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2025年改訂版 心臓移植に関するガイドライン 日本循環器学会・2025・139 ページ · 心不全・心筋症
p.1
班長2025 年3 月28 日発行

齋木 佳克齋木 佳克東北大学大学院医学系研究科東北大学大学院医学系研究科

心臓血管外科学分野心臓血管外科学分野吉岡 大輔吉岡 大輔大阪大学医学部附属病院大阪大学医学部附属病院

心臓血管外科心臓血管外科(副班長) (副班長)

日本循環器学会/ 日本心不全学会/ 日本小児循環器学会合同ガイドライン

2025 年改訂版

心臓移植に関するガイドライン

JCS/JHFS/JSPCCS 2025 Guideline on heart transplantation

合同研究班参加学会

日本循環器学会  日本心不全学会  日本小児循環器学会  日本胸部外科学会  日本心臓移植学会

日本移植学会  日本心臓血管外科学会  日本心臓病学会  日本心臓リハビリテーション学会

日本集中治療学会  日本成人先天性心疾患学会  日本臓器移植ネットワーク

秋場 美紀秋場 美紀東北大学病院東北大学病院臓器移植医療部臓器移植医療部新井 真理奈新井 真理奈

東北大学病院東北大学病院循環器内科循環器内科池田 善彦池田 善彦国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター

病理診断科病理診断科石塚 敏石塚 敏東京女子医科大学東京女子医科大学

移植関連検査室移植関連検査室

奥村 貴裕奥村 貴裕名古屋大学名古屋大学循環器内科学循環器内科学片平 晋太郎片平 晋太郎東北大学大学院医学系研究科東北大学大学院医学系研究科

心臓血管外科学分野心臓血管外科学分野菊池 規子菊池 規子東京女子医科大学病院東京女子医科大学病院

循環器内科循環器内科金萬 仁志金萬 仁志

九州大学病院九州大学病院

看護部看護部

芦刈 淳太郎芦刈 淳太郎公益社団法人公益社団法人日本臓器移植ネットワーク日本臓器移植ネットワーク

医療情報部医療情報部網谷 英介網谷 英介*

東京大学医学部附属病院東京大学医学部附属病院

循環器内科循環器内科安藤 政彦安藤 政彦東京大学医学部附属病院東京大学医学部附属病院

心臓外科心臓外科今村 輝彦今村 輝彦富山大学附属病院富山大学附属病院

第二内科第二内科

絹川 真太郎絹川 真太郎九州大学大学院医学研究院九州大学大学院医学研究院

循環器内科循環器内科坂口 平馬坂口 平馬国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター

小児循環器科小児循環器科塩瀬 明塩瀬 明九州大学病院九州大学病院心臓血管外科心臓血管外科進藤 考洋進藤 考洋太田西ノ内病院太田西ノ内病院周産期センター小児科周産期センター小児科

田原 良雄田原 良雄国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター

心臓血管内科心臓血管内科塚本 泰正塚本 泰正国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター

移植医療部移植医療部平田 康隆平田 康隆国立成育医療研究センター国立成育医療研究センター

心臓血管外科心臓血管外科藤野 剛雄藤野 剛雄*

九州大学病院九州大学病院循環器内科循環器内科

六鹿 雅登六鹿 雅登名古屋大学大学院名古屋大学大学院医学系研究科・医学部医学科心臓外科医学系研究科・医学部医学科心臓外科班員

協力員
p.2
目次

ガイドライン作成にあたって11心臓移植に関するガイドライン作成の背景...... 11ガイドライン作成の基本方針.................. 11本ガイドラインの策定方法:推奨・エビデンスレベルの記載法.............. 12表1  推奨クラス分類12

表2  エビデンスレベル12

第1章心臓移植の社会的背景13 1. 心臓移植の歴史と現状 .................... 13

1.1 世界の心臓移植の歴史と現状 .......... 13図1  世界の心臓移植実施数(成人および小児)の年次推移

14 1.2 日本の心臓移植の歴史と現状 .......... 13図2日本における心臓移植実施数(成人および小児)の年次推移

15 図3日本および世界の心臓移植後の累積生存率15

2. 倫理的側面 .............................. 15

2.1 生体移植と死体移植 .................... 15

略語一覧.................................................................................................... 9

* ガイドライン作成に必要不可欠な人材であり,班員/協力員として参画したが,過去3 年間のCOI に「金額区分3/寄附講座所属」に該当する自己申告が含まれることから,ガイドラインの公正性および透明性を担保するため,ガイドライン策定に関する議決権は有しない.

(構成員の所属は2025 年3 月現在)

佐藤 琢真佐藤 琢真国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター

移植医療部移植医療部高原 真吾高原 真吾Department of Cardiothoracic Department of Cardiothoracic Surgery, Westmead Children’s Surgery, Westmead Children’s Hospital (Westmead, New South Hospital (Westmead, New South

Wales, Australia) Wales, Australia)竹内 宗之竹内 宗之国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター

集中治療部集中治療部土井 研人土井 研人東京大学医学部附属病院東京大学医学部附属病院

集中治療部集中治療部

豊沢 真代豊沢 真代九州大学病院九州大学病院

看護部看護部後岡 広太郎後岡 広太郎

東北大学病院東北大学病院循環器内科循環器内科服部 英敏服部 英敏東京女子医科大学東京女子医科大学

循環器内科循環器内科武城 千恵武城 千恵東京大学医学部附属病院東京大学医学部附属病院

循環器内科循環器内科

帆足 孝也帆足 孝也埼玉医科大学国際医療センター埼玉医科大学国際医療センター

小児心臓外科小児心臓外科細山 勝寛細山 勝寛

東北大学病院東北大学病院心臓血管外科心臓血管外科松島 将士松島 将士

九州大学病院九州大学病院循環器内科循環器内科南 公人南 公人国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター

集中治療部集中治療部

八木田 美穂八木田 美穂

九州大学病院九州大学病院

看護部看護部渡邉 琢也渡邉 琢也国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター

移植医療部移植医療部渡邉 倫子渡邉 倫子千葉大学医学部附属病院千葉大学医学部附属病院

心臓血管外科心臓血管外科

小野 稔小野 稔東京大学大学院医学系研究科東京大学大学院医学系研究科

心臓外科心臓外科北岡 裕章北岡 裕章

高知大学高知大学老年病・循環器内科学老年病・循環器内科学絹川 弘一郎絹川 弘一郎富山大学附属病院富山大学附属病院

第二内科第二内科山口 修山口 修

愛媛大学愛媛大学循環器・呼吸器・腎高血圧内科学循環器・呼吸器・腎高血圧内科学

外部評価委員
p.3
2.2 臓器移植法における死の考え方 ........ 16 2.3 心臓移植の位置づけ .................. 16 2.4 臓器提供の意思表示 .................. 16 2.5 わが国における臓器移植法 ............ 16 3. 心臓移植に関わる法律 .................... 16

3.1 「臓器の移植に関する法律」の施行と改正 .......................... 16 3.2 基本的理念および医師の責務 .......... 17 3.3 脳死判定の要件 ...................... 17 3.4 臓器提供の意思表示 .................. 17 3.5 親族への優先提供 .................... 17 3.6 遺族および家族の範囲 ................ 17 3.7 児童からの臓器提供 .................. 17第2章心臓移植に関わるコーディネーション18 1. レシピエント登録手順 .................... 18

1.1 心臓移植希望者の適応評価 ............ 18図4心臓移植適応評価19

図5自施設内適応判定施設における心臓移植適応評価 19

1.2 JOT への登録 ........................ 20 2. JOT .................................... 20

2.1 移植医療における機能 ................ 20図6脳死下臓器提供のフローチャート21 2.2 ドナー早期化連絡・レシピエント意思確認 ............................ 20 2.3 移植後の情報収集における日本循環器学会との共同事業 .......... 22図7心臓移植患者における日本循環器学会(JCS)とJOT のデータベース

22 図8臓器移植データ一元化のためのデータセンター構築までの流れ

23 図9日本の臓器移植レジストリの方向性23

3. メディカルスタッフとコーディネーター .... 22図10 重症心不全患者が心臓移植を受けるまでの流れ24

第3章成人心臓移植の適応と術前管理25 1. 心臓移植の適応 .......................... 25表3 心臓移植の適応決定に際し考慮すべき事項25

1.1 適応疾患 ............................ 25表4心臓移植の適応となる疾患25

表5心臓移植の適応条件25図11 心臓移植患者の適応疾患26

1.2 絶対的除外条件 ...................... 26表6心臓移植の絶対的除外条件27 1.3 相対的除外条件 ...................... 27表7心臓移植の相対的除外条件28 2. 適応判定に必要な臨床検査 ................ 27表8心臓移植の適応判定に必要な臨床検査29

2.1 免疫学的適合性 ...................... 28 2.2 心機能・身体機能評価,心不全の原因検索 ............................ 28 2.3 除外基準の検討のために必要な諸検査 .. 31 3. レシピエントの選択 ...................... 32表9心臓移植希望者(レシピエント)選択基準33 4. 待機中の薬物治療 ........................ 35

4.1 VAD 装着前の薬物治療 ................ 35
p.4
4.2 VAD 装着後の薬物治療 ................ 35推奨表1  VAD 装着患者における各薬剤投与36 5. 待機中の非薬物治療(ICD,CRT) ........ 36

5.1 ICD ................................ 36 5.2 CRT ................................ 37 5.3 VAD ................................ 37図12 バイオフロート補助人工心臓セットHC 37

図13 Impella ®(米国Abiomed 社) 37表10 INTERMACS/J-MACS における心不全重症度のプロファイル分類

38 第4章心臓移植手術の実際39 1. 脳死からの臓器提供 ...................... 39 1.1 法的脳死判定 ........................ 39

1.2 脳死状態における循環生理 ............ 39 1.3 メディカルコンサルタントの役割 ...... 40 1.4 ドナー管理の要点 .................... 40推奨表2  ドナー管理41

表11 ドナーにおける循環管理・人工呼吸管理の目安42

1.5 3 次評価の実際 ...................... 41 1.6 ドナー心の選択基準 .................. 42表12 心臓臓器提供者(ドナー)適応基準42

表13 注意を要する拡大基準ドナーの条件43

2. 脳死ドナーから移植心の摘出・保存 ........ 44

2.1 摘出手技 ............................ 44 2.2 ドナー心筋保護 ...................... 47表14 国内で使用されている心臓保存液(UW 液,Celsior 液)の成分と性質

48 2.3 周術期管理 .......................... 48 3. 移植心の搬送 ............................ 49

3.1 虚血時間と臓器搬送時間 .............. 49 3.2 心臓搬送手段の調整 .................. 49図14 心臓の搬送49 4. 心臓移植手術の実際 ...................... 50

4.1 はじめに ............................ 50 4.2 術前準備から手術開始 ................ 50 4.3 体外循環の確立 ...................... 50 4.4 心臓摘出 ............................ 51図15 レシピエント心の摘出51 4.5 ドナー心の準備 ...................... 52図16 Lower-Shumway 法52

図17 bicaval 法53図18 modified bicaval 法53

4.6 体外循環からの離脱 .................. 53 4.7 各手術法のpros/cons ................ 53

第5章心臓移植後の管理54 1. 移植直後からの全身管理 .................. 54

1.1 術前因子の考慮 ...................... 54 1.2 モニタリング ........................ 54 1.3 循環管理 ............................ 54 1.4 感染管理 ............................ 56
p.5
2. 免疫抑制療法 ............................ 56図19 免疫抑制薬の作用部位57

2.1 CNI ................................ 57表15 AZP やMMF を併用する場合のCNI (CyA とTac)の血中濃度の目安

58 表16 免疫抑制薬(CyA とTac)の他の薬物との相互作用

59 2.2 代謝拮抗薬 .......................... 59 2.3 ステロイド薬 ........................ 60 2.4 抗CD25 抗体(抗IL-2 受容体抗体) .... 60 2.5 mTOR 阻害薬 ........................ 61推奨表3 mTOR 阻害薬の投与61

表17 mTOR 阻害薬の導入を考慮すべきポイント61表18 mTOR 阻害薬(EVL)の推奨血中濃度62

2.6 薬物血中濃度への影響因子 ............ 62 3. 拒絶反応 ................................ 64

3.1 細胞性拒絶反応 ...................... 64推奨表4 ACR の管理64

図20 心内膜心筋生検による移植心のACR の判定65表19 ISHLT によるACR の分類66

3.2 AMR の病態と診断 .................. 66図21 病理学的診断による移植心のAMR の判定67

表20 ISHLT によるAMR の病理学的診断67

3.3 血漿交換療法 ........................ 68 3.4 ガンマグロブリン .................... 69 3.5 リツキシマブ ........................ 69 4. 拒絶反応同定のための検査法 .............. 70

4.1 心筋生検 ............................ 70図22 Quilty 効果:限局隆起性のポリクローナルな炎症細胞浸潤

70 4.2 その他の検査法 ...................... 70 5. 感染症の予防 ............................ 71

5.1 移植前の感染症対策 .................. 71 5.2 CMV ................................ 72 5.3 EBV ................................ 73 5.4 ヒトヘルペスウイルス ................ 73 5.5 カンジダ ............................ 73 5.6 ニューモシスチス・イロベチイ ........ 74 5.7 肝炎ウイルス ........................ 74 5.8 HTLV-1 ............................ 74 5.9 その他 .............................. 75 6. 免疫抑制治療に続発する病態 .............. 75

6.1 腎機能障害 .......................... 75推奨表5免疫抑制治療に続発する腎機能障害の対応76 6.2 骨粗鬆症 ............................ 76 6.3 高血圧 .............................. 77 6.4 糖尿病 .............................. 77 6.5 脂質異常症 .......................... 77表21 免疫抑制薬の脂質への影響78

表22 心臓移植後におもに使用される脂質低下薬の有効性と免疫抑制薬との注意すべき相互作用78
p.6
第6章在宅治療と遠隔期合併症管理79 1. 移植後初期における在宅治療 .............. 79

1.1 一般的留意点 ........................ 79 1.2 個別化される留意点 .................. 80表23 心臓移植後早期の定期検査および外来フォローアップのスケジュール例

80 2. CAV .................................... 81図23 CAV の機序82

2.1 診断 ................................ 82図24 CAV の病理像83

図25 CAV 進行例1 びまん性病変(自験例) 83図26 CAV 進行例2 局在性病変(自験例) 83表24 CAV の冠動脈造影によるISHLT 分類84図27 CAV のIVUS 所見84図28 CAV のOCT 所見84

2.2 治療 ................................ 85 2.3 予防 ................................ 85 3. 悪性腫瘍 ................................ 86表25 心臓移植後の悪性腫瘍に対する対策方法86

3.1 診断と治療 .......................... 86 3.2 PTLD .............................. 87図29 PTLD の治療アルゴリズム88 4. 運動療法(リハビリテーション) .......... 87

4.1 心臓移植後の特徴 .................... 87図30 心臓移植後患者の心拍数への除神経の影響89 4.2 運動療法の有効性 .................... 89推奨表6 心臓移植後患者に対する心臓リハビリテーション

89 4.3 急性期リハビリテーション ............ 89表26 心臓移植後の急性期リハビリテーションプログラム

90 4.4 慢性期リハビリテーション ............ 90 5. 生活面・精神面の管理 .................... 90

5.1 治療に対するアドヒアランス .......... 90表27 NA の危険因子91 5.2 精神的側面 .......................... 91 5.3 社会的側面 .......................... 92 6. 妊娠出産 ................................ 92

6.1 妊娠・分娩・出産 .................... 92 6.2 妊娠前カウンセリング ................ 93 6.3 妊娠のタイミングと禁忌 .............. 93表28 妊娠を避けることが望ましい病態93 6.4 妊娠中の免疫抑制薬を含む薬剤管理 .... 93 6.5 母体管理 ............................ 94表29 心臓移植後症例における妊娠中母体のモニタリング

94 7. 終末期医療 .............................. 95

第7章小児の心臓移植96 1. 小児心臓移植の特殊性 .................... 96

1.1 心臓移植適応と待機中管理 ............ 96 1.2 わが国の脳死臓器提供 ................ 96表30 年齢による法的脳死判定96

図31 国内小児心臓移植件数の推移97

1.3 ドナー・レシピエントミスマッチ ...... 96 1.4 ドナー心摘出・心臓移植手技 .......... 97 1.5 免疫抑制療法 ........................ 97
p.7
1.6 感染症 .............................. 97 1.7 合併症 .............................. 97 1.8 精神的・身体的成長の問題 ............ 97 1.9 その他 .............................. 98 2. 心臓移植の適応 .......................... 98

2.1 乳児および小児の心不全ステージング .. 98表31 乳児・小児心不全の重症度ステージ98 2.2 適応となる疾患 ...................... 98 2.3 再移植の適応 ........................ 98 2.4 疾患ごとの心臓移植基準 .............. 99 2.5 適応除外条件 ...................... 100 2.6 適応を判断するうえで慎重を要する条件 100 3. 機械的循環補助 ........................ 100図32 EXCOR

R Pediatric のポンプ(A)と駆動装置(Ikus) (B)

101 3.1 EXCOR R Pediatric ................ 101図33 EXCOR

R Pediatric 装着後生存率102

3.2 EXCOR R Pediatric 補助下での心臓移植待機の問題点 .............. 101 3.3 両心室補助人工心臓(BiVAD) ...... 102 3.4 単心室補助 ........................ 102図34 左心低形成性症候群に対する手術103 4. 心臓移植手術 .......................... 103

4.1 手術の特徴 ........................ 103 4.2 手術手技 .......................... 103 5. 周術期管理 ............................ 104

5.1 巨大心を移植した場合の管理 ........ 104 5.2 先天性心疾患における移植後の管理 .. 104 5.3 免疫抑制剤の使用法と拒絶診断における工夫 .............. 104 6. 慢性期管理 ............................ 105

第8章心肺同時移植105 1. 歴史的側面 ............................ 105図35 成人心肺同時移植実施数の年次推移106

図36 年齢別小児心肺同時移植実施数の年次推移106

2. 日本における適応基準 .................. 106

2.1 適応条件と除外条件 ................ 107 2.2 ドナーの選定 ...................... 107 3. 手術手技 .............................. 107 4. 移植後管理 ............................ 107 5. 臨床成績と日本の現状 .................. 108図37 成人心肺同時移植後の生存曲線108

図38 成人心肺同時移植の時代別生存曲線108図39 小児心肺同時移植の時代別生存曲線109

第9章心臓移植と社会109 1. 移植医療の普及啓発 .................... 109

1.1 移植医療の特殊性 .................. 109 1.2 改正臓器移植法施行後の普及啓発 .... 110図40 臓器提供の意思表示の方法110 2. 患者の社会への受け入れ ................ 110
p.8
2.1 社会復帰 .......................... 110 2.2 身体活動 .......................... 111 2.3 日常生活 .......................... 111表32 心臓移植後の注意・禁止事項111

第10章今後の課題112 1. DCD の可能性 ........................ 112図41 DCD のふたつの形態112

図42 心停止後心臓移植の流れ113

2. 移植内科医の必要性 .................... 114

2.1 移植登録前の管理 .................. 114 2.2 移植適応判定 ...................... 114 2.3 移植待機中の管理 .................. 114 2.4 移植後の管理 ...................... 114 3. 心臓再移植 ............................ 115 4. 渡航移植 .............................. 115

市民・患者への情報提供116

付表1 免疫抑制治療プロトコール ............................................................................ 119付表2 班構成員の利益相反(COI)に関する開示 .............................................................. 123文献........................................................................................................125

(無断転載を禁ずる)
p.9
ACC American College of Cardiology米国心臓病学会ACE angiotensin-converting enzymeアンジオテンシン変換酵素ACR acute cellular rejection急性細胞性拒絶反応AHA American Heart Association米国心臓協会ALT alanine aminotransferaseアラニンアミノトランスフェラーゼAMR antibody mediated rejection抗体関連型拒絶反応ARB angiotensin II receptor blockerアンジオテンシンII 受容体拮抗薬AST aspartate aminotransferaseアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼATG antihuman thymocyte globulin抗ヒト胸腺細胞ウサギ免疫グロブリンAUC area under the curve曲線下面積〈血中濃度〉

AZP azathioprineアザチオプリン

BiVAD biventricular assist device両心室補助人工心臓

BMI body mass index肥満指数CAV cardiac allograft vasculopathy移植心冠動脈病変CMV cytomegalovirusサイトメガロウイルスCNI calcineurin inhibitorカルシニューリン阻害薬CPX cardiopulmonary exercise testing心肺運動負荷試験CRT cardiac resynchronization therapy心臓再同期療法CRT-D cardiac resynchronization therapy defibrillator両室ペーシング機能付き除細動器CT computerized  tomographyコンピュータ断層撮影

CyA cyclosporine Aシクロスポリン

CYP cytochrome P450チトクロームP450 DCD donation after circulatory death心停止ドナーEBV Epstein-Barr virusエプスタイン・バーウイルスECMO extracorporeal membrane oxygenation体外式模型人工肺eGFR estimated glomerular filtration rate推算糸球体濾過量EVL everolimusエベロリムス

FDG-PET fluorodeoxyglucose positron emission tomographyフルオロデオキシグルコース PET(ボジトロン[陽電子]放出型断層撮影) FKBP FK506-binding protein FK506 結合蛋白質HAM HTLV-1 associated myelopathy HTLV-1 関連脊髄症HBV hepatitis B virus B 型肝炎ウイルスHCV hepatitis C virus C 型肝炎ウイルス

HIV human immunodeficiency virusヒト免疫不全ウイルスHLA human leukocyte antigenヒト白血球抗原

HSV herpes simplex virus単純ヘルペスウイルスHTLV human T-cell leukemia virus ヒトT 細胞白血病ウイ

ルス

IABP intra-aortic balloon pumping大動脈内バルーンパンピングICD implantable cardioverter defibrillator植込み型除細動器IL interleukinインターロイキン

INTERMACS Interagency Registry for Mechanically Assisted Circulatory Support米国における機械的循環補助装置の登録事業

ISHLT International Society for Heart & Lung Transplantation国際心肺移植学会ISHT International Society for Heart Transplantation国際心臓移植学会IVUS intravascular ultrasound血管内超音波法

J-MACS Japanese registry for Mechanically Assisted Circulatory Support日本における補助人工心臓に関連した市販後のデータ収集JOT Japan Organ Transplant Network公益社団法人 日本臓器移植ネットワークLVAD left ventricular assist device左心補助装置LVEF left ventricular ejection fraction左室駆出率MIBG meta-iodobenzylguanidineメタヨードベンジルグアニジンMIT maximal intimal thickening最大内膜厚MMF mycophenolate mofetilミコフェノール酸モフェチルMRI magnetic resonance imaging核磁気共鳴像MRSA methicillin-resistant Staphylococcus aureusメチシリン耐性黄色ブドウ球菌mTOR mammalian target of rapamycin哺乳類ラパマイシン標的蛋白質NA non-adherenceノン・アドヒアランス

NO nitric oxide一酸化窒素NYHA New York Heart Associationニューヨーク心臓協会OCT optical coherence tomography光干渉断層法PaCO2 arterial partial pressure of carbon dioxide動脈血二酸化炭素分圧PAH pulmonary arterial hypertension肺動脈性肺高血圧PCPS percutaneous cardiopulmonary support経皮的人工心肺補助PCR polymerase chain reactionポリメラーゼ連鎖反応

PDE phosphodiesteraseホスホジエステラーゼ

略語一覧
p.10
PEEP positive end-expiratory pressure呼気終末陽圧PHQ Patient Health Questionnaire PLE protein-losing enteropathy蛋白漏出性腸症

PPD purified protein derivative PRA panel reactive antibody抗HLA 抗体(パネル試験) PRES posterior reversible encephalopathy syndrome可逆性後頭葉白質脳症PSA prostate specific antigen前立腺特異抗原PTLD posttransplant lymphoproliferative disease移植後リンパ増殖性疾患PVRI pulmonary vascular resistance index肺血管抵抗係数QOL quality of life生活の質

RCM restrictive cardiomyopathy拘束型心筋症

RCT randomized controlled trial無作為化比較試験

RPR rapid plasma reagin RVEF right ventricular ejection fraction右室駆出率S-ICD subcutaneous implantable cardioverter defibrillator皮下植込み型除細動器SPECT single photon emission computed tomography単光子放出型コンピュータ断層撮影

SRL sirolimusシロリムスSSRI selective serotonin reuptake inhibitor選択的セロトニン再取り込み阻害薬Tac tacrolimusタクロリムスTDM therapeutic drug monitoring治療薬物血中濃度モニタリングTEE transesophageal echocardiography経食道心エコー(法) TPG transpulmonary pressure gradient肺内外圧差(平均肺動脈圧- 平均肺動脈楔入圧) TPHA treponema pallidum haemagglutination TTE transthoracic echocardiography経胸壁エコー(法) UNOS United Network for Organ Sharing VAD ventricular assist device補助人工心臓VA-ECMO veno-arterial extracorporeal membrane oxygenation静脈-動脈体外式膜型人工肺VZV varicella zoster virus水痘・帯状疱疹ウイルスWHO World Health Organization世界保健機関
p.11
ガイドライン作成にあたって

心臓移植に関するガイドライン作成の背景

臓器移植法が1997 年に施行され,その法の下に第1 例目の心臓移植が1999 年に実施されてから四半世紀が過ぎた.2024 年12 月末日において累計930 例の心臓移植手術が施行され,直近2 年ではいずれも年間100 例以上実施されている.それに伴って移植後の長期遠隔期に至る治療成績を吟味できるようになっている.したがって,わが国における心臓移植医療は1997 年の夜明けから黎明期を経て,重症心不全に対する現実的な選択肢となる治療法として確立されているといえる.

移植医療は通常行われる薬物,あるいは,非薬物治療とは大きく異なり,脳死のドナーとご遺族からの善意に基づく臓器提供により可能となる医療である.愛する家族を失い深い悲しみに打ちひしがれているご遺族が,勇気を奮い立たせ他者を救うための尊い決断がなされた上に臓器が社会に提供され,そして,公平かつ公正に臓器提供が行われる社会システムが構築されていることで成立する医療である.その観点から,心臓移植医療の発展は日本国民の精神文化の成熟を反映しているものと捉えられる.

心臓移植治療実践のための診療指針として,2016 年版心臓移植に関する提言が8 学会1 研究班からなる合同研究班によりまとめられた1).その当時,日本における心臓移植数は累計300 例ほどにとどまっていたとされる.治療体系を科学的に検証したエビデンスを基に構築するガイドライン作成にはほど遠い時期と判断されたことから,ガイドラインではなく「提言」として刊行されることとなった.それから8 年の時を経て,心臓移植総数はその3 倍以上にまで増加した.その過程で心臓移植実施施設数は12 施設に増加し,今後さらに拡充していくことが期待される.それでも諸外国に比し,わが国において必要とされるだけの移植数を実施できるようになるためには,今後も社会環境やシステムを整備改良し続ける必要がある.より多くの重症心不全患者が移植医療の恩恵を受けられるようになるために,これまで蓄積された心臓移植治療にまつわる標準的知識と近未来の方向性についての考え方が共有されることを願い,このたび,ガイドラインと名称を改めて上梓される運びとなった.なお,ガイドライン作成組織構成員のCOI

は巻末の付表に掲載した.

ガイドライン作成の基本方針

本ガイドラインは,多くの医療関係者にとって身近に置いて役立つ診療指針を与えるものであることに加え,一般の方々が手に取って見やすく容易に理解できるものとすることを一つの基本方針としている.市民の皆様へと題するQ&A を盛り込んでいることもその表れである.

そのうえで,今後解決すべき臨床上の課題を浮き彫りにし,わが国の近未来に確立されることが期待される,よりアップデートされた診療体系も描くことができるよう意識した.2016 年心臓移植に関する提言1)に記載された内容に加えて新しい内容を盛り込み,また,2023 年度の日本循環器学会ガイドライン部会の基本方針として,実現性の高いと判断される先見的な治療法についても収載した.

具体的には,基本的事項として日本の移植医療を形作る歴史的背景を記載し,公平・公正な臓器提供と臓器配分がなされるための日本の移植制度,および,時代の要請に即応しながら現在の形となっているレシピエント選択基準を包含している.そのうえで,前回の提言作成の時点では明確に示しづらかった治療選択のための推奨とエビデンスレベルを具体的に標記することを試みた.

さらに本ガイドラインでは,心臓移植後の妊娠と出産に関する記載を現実的な観点に立脚し詳述していること,また,いまだ追いつけていない欧米での移植医療システムの1 つである心停止後の臓器摘出法として,心停止ドナー(DCD)の心臓移植について,記述を共有させていただいている.なお,レシピエント選択基準に関して,本ガイドライン発刊直前に策定された最新版の基準2)を含める方針とした.一部改正となった事項は,近い将来に社会実装されることになる.

移植医療における日常的に遭遇する薬物治療の厳格な管理については,エクスパートとしての薬剤師の視点を取り入れ詳細に記載した.移植に専門的にかかわる医師以外のすべての臨床医にとって心臓移植後患者のさまざまな全身管理に関与する有用な記載につながることを期待している.
p.12
そして最後に添付資料として,移植後に行うべき免疫抑制治療について,わが国の優れた心臓移植成績を裏打ちする代表的な薬物治療の実際と「多様性」も内在する免疫抑制治療プロトコール(付表1)をいくつか掲載することとした.そこには多くの共通点とバリエーションが織り成した実例が記載されている.それらを参照することで,移植後に必要な免疫抑制療法とそれに関連する補助療法の本質がみえるようにするとともに,許容されるバリエーションについての理解が進むことを期待したい.そして,それらが今後新規に参入する心臓移植施設にとって有用な情報となることを願っている.

そのほかの方針としては,心臓移植と関連性の深い心不全あるいは補助人工心臓に関わるガイドラインとの整合性に留意し,できるかぎりそれらのガイドラインとの重複記載を回避した.

本ガイドラインの役割は心臓移植に関係する医療現場における判断の参考となることを企図し,最新の医学情報を提供することにほかならない.具体的な患者・対象者の治療や管理に関する最終的判断は,担当医師や医療スタッフがその個別の患者・対象者にとって望ましい患者中心の治療を設定し,共有しながら形成されていくべきものであることを記したい.本ガイドラインがその一助になれば幸いである.本ガイドラインの策定方法:推奨・エビデンスレベルの記載法

推奨クラスとエビデンスレベルの記載は,従来のガイドラインの記載方法を踏襲した(表1,2).これらは,これまで公表された論文に基づいて執筆者が判断し,最終的に全班員と協力員による議論と外部評価委員による査読により決定した.

表1 推奨クラス分類

クラスI手技・治療が有効・有用であるというエビデンスがある,あるいは見解が広く一致している.クラスIIaエビデンス・見解から,有効・有用である可能性が高い.クラスIIbエビデンス・見解から,有効性・有用性がそれほど確立されていない.クラスIII No benefit手技・治療が有効・有用でないとのエビデンスがある.あるいは見解が広く一致している.クラスIII

Harm手技・治療が有害であるとのエビデンスがある,あるいは見解が広く一致している.

表2 エビデンスレベル

レベル A複数の無作為化介入臨床試験またはメタ解析で実証されたものレベル B単一の無作為化介入臨床試験または無作為化介入でない大規模な臨床試験で実証されたものレベル C専門家および/ または小規模臨床研究(後ろ向き研究および登録を含む)で意見が一致したもの
p.13
第1章 心臓移植の社会的背景

1 心臓移植の歴史と現状

1.1 世界の心臓移植の歴史と現状

臨床における最初の同所性同種心臓移植は,1967 年に南アフリカのケープタウンでChristian Barnard により行われた3).その症例は移植後18 日目に肺炎で死亡したが,翌年に施行された第2 例目(世界3 例目)の患者は日常生活に復帰し得た.世界2 例目はKantrowitz により低体温法を用いて新生児に対して実施された.1968 年には米国のスタンフォード大学のShumway が世界4 例目を実施した.この1968 年の1 年間で世界17 か国52 施設において102 例の心臓移植が実施されたことが記録されている.しかし,患者の多くは拒絶反応診断法や免疫抑制療法,感染症対応の困難さから数ヵ月以内に死亡した.1969 年には50 例,1970 年には20 例と心臓移植の実施数は激減し,多くの施設が心臓移植治療から撤退した.その後もスタンフォード大学をはじめとしたいくつかの施設で心臓移植は継続され,1970 年代は世界中で年間30 例程度が実施されていた.当時のスタンフォード大学での成績は1 年生存率が50% で,死体腎移植と同等であったとされる.

免疫抑制療法にはアザチオプリン(AZP),ステロイドが使用され,経過に応じて抗リンパ球グロブリンが追加された.1973 年に心臓カテーテル法による心筋生検法が拒絶反応診断に導入され4),1981 年に免疫抑制剤であるシクロスポリン(CyA)が登場したことにより安定した成績が得られるようになった5).その後急速に心臓移植実施数は増加し,年間数千例を越えるに至っている.

1981 年にのちの国際心肺移植学会(ISHLT)に発展する国際心臓移植学会(ISHT)が1981 年に設立され,世界規模での心臓移植レジストリが開始された.現在では世界中の心臓,肺,および心肺同時移植手術の症例が登録され,さらに補助人工心臓(VAD)装着手術症例についても集積がなされている.年次報告は2019 年までの公表にとどまっ

ているものの,世界の現況を映し出す鏡の役割を果たしてきている(図1) 6, 7).現在では世界中の心臓,肺,心肺移植の症例およびVAD の症例が登録され,世界の現況が報告されている.このレジストリによると,1992 年1 月~ 2017 年6 月までの成人および小児を含む114,783 例の心臓移植において,生存中央値は11.9 年,1 年生存症例に限った生存中央値は14.2 年で,心臓移植の成績は時代とともに向上している7).死亡原因としては,移植後早期ではグラフト不全,多臓器不全,感染が,そして5 年以上の遠隔期では悪性腫瘍,グラフト不全,移植心冠動脈病変(CAV),感染症がある7).

近年の世界では,心停止ドナー(DCD)からの心臓移植が開始されている.2014 年にオーストラリアで開始され, 5 年生存率が88% と脳死ドナーからの心臓移植と遜色のない結果が報告された8).米国でもDCD 心臓移植が急増しており,半年生存率は92.6% と報告され,脳死ドナーからの心臓移植と同等の成績であった9).各国で法制度および倫理面,そのほかの事由については,いまだ課題があるのも事実であるが,臓器提供数不足に対する1 つの解決策となる可能性があり,今後もさらなる増加が見込まれている.また2022 年には遺伝子操作されたブタの心臓をヒトに移植する異種心臓移植がGriffith らのグループにより実施された10).生命科学の進歩とともに心臓移植は今後も大きく発展していくであろうが,常に倫理面の課題が含まれているといえる.

1.2 日本の心臓移植の歴史と現状

わが国の臨床心臓移植第1 例目は1968 年に世界30 例目として札幌医科大学の和田寿郎により行われ,患者は術後83 日目に呼吸不全で死亡した11).この心臓移植で,レシピエントの適応妥当性とドナーの死の判定に疑義が呈され,大きな社会問題となり,以後30 年間わが国の心臓移植は停滞することとなった.この間,心臓移植を必要とする患者は海外への渡航移植により治療を受ける以外方法がなかった.
p.14
1980 年代後半から国内での脳死臓器移植実現への動きが活発化したものの,社会的議論が尽きない状況が続いた. 1990 年に,政府は臨時脳死および臓器移植調査会(臨調)を発足させ,1992 年に「脳死及び臓器移植に関する重要事項について」の最終答申で,脳死を人の死とすることにおおむね賛成し,臓器移植も容認するという内容が公表された.法制度化に向けて,1994 年に「臓器の移植に関する法律案」が国会に提出され,紆余曲折を経て1997 年6 月に成立に至った.1997 年10 月16 日に「臓器の移植に関する法律(以下,臓器移植法)」は施行され,わが国の心臓移植は法制度のもと再開となった.あわせて同年に日本臓器移植ネットワーク(JOT)が発足し,移植希望者の登録が開始された.

1999 年2 月28 日,臓器移植法に基づく再開心臓移植第1 例目が大阪大学で行われ12),同年5 月12 日,6 月13 日に国立循環器病センターで第2 例目,第3 例目が行われた13).以後も,年間5 例前後の心臓移植実施数が続いた. 2006 年に初めて年間10 例が実施されたが,移植希望者は増加する一方で,待機期間ばかりが延長する心臓移植医療では,依然として米国やドイツなどへの渡航移植が行われた.2008 年5 月に,国際移植学会は「移植が必要な患者の命は自国で救えるよう努力をすること」というイスタンブール宣言を表明し,これを機に国内での臓器提供数の増加に向けて,臓器移植法改正への動きが高まった. 2009 年7 月13 日に改正臓器移植法が成立し,2010 年

7 月17 日に施行された.旧臓器移植法では,臓器提供には本人の書面による提供意思表示と家族の同意が必須とされたが,改正臓器移植法では,本人の意思が不明な場合は家族による承諾のみで臓器提供が可能となり,また, 15 歳未満の小児からも臓器提供ができるようになった.この結果,改正前の12 年間で69 例であった心臓移植実施数は,法改正を契機に着実に増加し,2016 年には年間51 例,2023 年には年間115 例の心臓移植が実施され(図2),2023 年12 月までに累計819 例の心臓移植が実施された14).

1981 年のISHT 設立を受け,1982 年に日本心臓移植研究会が設立され,以後長らく日本の心臓移植において重要な役割を果たし,2024 年に日本心臓移植学会へと移行した.国内レジストリ報告によると,1999 年2 月~2022 年12 月まで704 例(成人および小児)において,死亡は62例(うち30 日死亡は5 例)で,5 年生存率は92.7%,10 年生存率88.7% と,長期生存率はISHLT からの報告と比べ,はるかに上回っており,日本の心臓移植の成績は世界的にみてきわめて優れている(図3)

14).18 歳以上の成人心臓

移植(636 例),18 歳未満の小児心臓移植(68 例)に分けてみても,同様にISHLT 報告をはるかに上回っている14).移植待機患者は2024 年6 月時点で835 人で15),そのほとんどが植込型VAD を装着した状態で待機している.移植

1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

その他北米欧州

6000 5500

5000 4500

4000 3500

3000 2500

2000 1500

1000 500

0

移植実施数

(年)

図1 世界の心臓移植実施数(成人および小児)の年次推移注:レジストリ登録された心臓移植実施数であり,必ずしも世界の心臓移植実施数を正確に反映していない可能性がある. (International Society for Heart and Lung Transplantation (ISHLT). 2019

7)より)
p.15
待機期間は2022 年の段階で約5 年となっており14),今後も移植待機期間の長期化の傾向は続くと予想される.

日本の臓器提供では,メディカルコンサルタント制度の効果もあって,ドナー候補者からの心臓提供率が高いとされており,少ない臓器提供数のなかで,少しでも多くの心臓移植を実施しようとする努力がなされている.加えて,昨今はアロケーション(臓器分配)システムの再考が検討されており,優れた成績を上げている日本の心臓移植は,さらなる普及と発展に向けて進んでいる. 2 倫理的側面

2.1 生体移植と死体移植

移植に用いられる臓器の提供元が生体か死体であるかは倫理的にも法律的にも大きな違いが存在する.生体から臓器の提供を受ける場合,提供者が死亡したときには殺人・

図2 日本における心臓移植実施数(成人および小児)の年次推移(一般社団法人 日本心臓移植学会.心臓移植レジストリ報告.2023 14)より)

120 100

80 60

40 20

0 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 2021 2022 2023 (年)

改正後改正前(2023.12.31 現在) 115 79

59 54

84 55 56 51 44 37 37

28 31 20

6

3 11 10 10 7 5 0 5 6 3 3

移植実施数

図3 日本および世界の心臓移植後の累積生存率(一般社団法人 日本心臓移植学会.心臓移植レジストリ報告.2023 14)より)

100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 0

704 1 2 3 4 5

346 6 7 8 9 10

132 11 12 13 14 15

39 16

15 年39.2%

移植後経過年数

累積生存率国内心臓移植(1999 年2 月~2022 年12 月,N=704)

国際心肺移植学会(ISHLT)統計(1992 年1 月~2017 年6 月,N=114,783)

No at risk (国内移植) 5 年92.7% 10 年88.7% 15 年79.6%

5 年72.2% 10 年56.5%

(%)
p.16
傷害致死・過失致死(刑法199 条・205 条・210 条・211条),死亡しなかったときには障害・過失傷害(刑法204条・209 条1 項・211 条)の問題が発生する.死体から臓器の提供を受ける場合,死体損壊(刑法190 条)の問題が発生する.生体移植は提供者に大きな犠牲を払うものであり多くの倫理的な問題をはらんでいることから,臓器移植は原則として死体移植であるべきと考えられている16, 17).

2.2 臓器移植法における死の考え方

臓器の移植に関する法律(以下,臓器移植法)は死体について「脳死した者の身体を含む」(臓器移植法第6 条1項)と規定している.脳死以外の死について臓器移植法の中では触れられていないものの,伝統的な死の概念である「心肺死」に脳死を加えた米国の「死の決定に関する統一法」18a)と同じ考え方をしていると理解されている.

臓器移植法は統一法と同じく脳死を「脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止している状態」(第6 条第2 項)と定義している.「心肺死」に関する定義は記載されていないものの,統一法と同じく「循環・呼吸機能の不可逆的な停止」と考えられていると推測される.

2.3 心臓移植の位置づけ

1967 年にBarnard は心臓死のドナーから移植用心臓を摘出したと発表した3).1968 年に和田寿郎は心臓死した者から心臓を摘出して心臓移植を行ったと記載している19).しかしながら,摘出した心臓がレシピエントのなかで機能したということは,ドナーの体内にあった心臓は「不可逆的に」停止していたとは言えず,「心臓死」や「心肺死」は訪れていなかったと考えられる.すなわち,ドナーは生きていたことになってしまう.

心臓移植が死体から行われることを明白に定義するために,1968 年にハーバード大学の特別委員会は脳死判定基準を発表し20),それ以降は,心臓移植は脳死体から行われるようになった.日本において移植医療の適正な実施に資することを目的として,脳死を人の死として含める臓器移植法が1997 年に成立した.

2.4 臓器提供の意思表示

生体移植においては提供者が臓器の処分権をもち,その承諾がなければ臓器を摘出することができない.承諾とは摘出に対して積極的に同意すること(Opt-In)を意味しており,反対していないこと(Opt-Out がない)だけでは不足である.

一方で,心臓移植が可能な脳死体からの臓器提供では臓器提供者のこのような意思表示の確認が難しいために,さまざまな問題をはらむことになる.死体を処分する権限を死者(その生前の意思)・遺族のいずれに認めるのか,また,その承諾はOpt-In/Opt-Out いずれの方式を用いるのかについて,国によって立法例が分かれている.欧州評議会決議は本人または遺族のOpt-Out がなければ死体から臓器を摘出できると表明している21).一方で,米国統一州法委員会の改正死体提供法は,本人または遺族のOpt-In を要求しており,Opt-Out がないことだけでは不十分であるとしている18b).

2.5 わが国における臓器移植法

改正前のわが国の臓器移植法は,脳死体から臓器提供を受ける場合,本人の書面によるOpt-In を必須として,さらに遺族のOpt-Out がないことが要求されていたため,脳死心臓移植はほとんど不可能な状態にあった.改正臓器移植法によって,本人のOpt-In/Opt-Out がない場合は,遺族のOpt-In だけで臓器提供が可能になった.本人のOpt-Inがあった場合でも,遺族がOpt-Out した場合は臓器提供を行うことができない.

内閣府が2021 年度に行った世論調査によると,健康保険証や運転免許証の裏面に臓器適用の意思表示欄が存在することを知っている人はそれぞれ60% を超えていた22).その一方,実際に意思表示をしている人は6.7% に留まっており,家族が死後の臓器提供について意思表示をしていなかった場合に,臓器提供の承諾をすることに負担を感じる人の割合は85.6% であった.家族や親しい人と臓器提供について話し合いをしたことがないと答えた人の割合は56.2% であり,臓器提供の意思表示や家族との対話の重要性を今後益々周知していくことが重要であろう.

3 心臓移植に関わる法律

3.1 「臓器の移植に関する法律」の

施行と改正

わが国における心臓移植は,「臓器の移植に関する法律」23)(以下,臓器移植法),施行規則,運用に関する指針17)(以下,指針)に則って実施されている.1997 年10
p.17
月に施行された臓器移植法により,本人の書面による臓器提供の意思表示があり家族が臓器の摘出を拒まない場合において,脳死した者の身体を含む死体から臓器を摘出できることとなった.しかしながら,書面での意思表示については遺言可能年齢に準じて15 歳未満は無効とされ,事実上,国内で小児心臓移植を受ける道が閉ざされた状況にあり,かつ書面での意思表示の普及が進まず,全体の脳死下臓器提供件数も年間10 件前後と低迷していた.

2008 年,国際移植学会によるイスタンブール宣言24)では,「移植を必要とする国民に対して,自国でドナーを確保するよう努力すべきである」と記され,わが国において臓器移植法改正の機運が高まった.2010 年7 月に臓器移植法が改正され,本人の書面による意思表示が不明な場合,家族の書面による承諾により脳死下臓器提供が可能となった.

3.2 基本的理念および医師の責務

臓器移植法第2 条の基本的理念において,1臓器提供の意思は尊重されなければならない,2臓器の提供は任意にされたものでなければならない,3臓器の移植は人道的精神に基づいて提供されたものであることから,必要とする者に対して適切に行わなければならない,4移植を受ける機会は公平に与えられるよう配慮されなければならないと定められている.

また,臓器移植を行う際の医師の責務については,臓器移植法第4 条で,臓器移植を行うに当たって診療上必要な注意を払い,移植を受ける者またはその家族に対して必要な説明を行い理解を得るよう努力しなければならないと定められている.

3.3 脳死判定の要件

脳死下臓器提供の前提となる法的脳死判定は,臓器移植法第6 条第3 項で,1本人が臓器提供の意思を書面により表示し,かつ脳死判定を拒否する意思を表示せず,本人の家族が脳死判定を拒まない場合,2本人が臓器提供の意思を書面により表示しておらず,かつ脳死判定を拒否する意思を表示せず,本人の家族が脳死判定の実施を承諾した場合,のいずれかに該当すれば行うことができ,2 回目の脳死判定終了時刻を死亡時刻とすると定められている.

3.4 臓器提供の意思表示

本人の書面による意思表示の有効性については,指針第1 において,民法上の遺言可能年齢などを参考として,15

歳以上の者の意思表示を有効なものとして取り扱うこととなっている.一方で,臓器提供や脳死判定の拒否については書面でなく口頭によるものであっても年齢にかかわらず有効であり,臓器摘出および脳死判定を行うことができない.

なお,知的障害者などの臓器提供に関する有効な意思表示が困難となる障害を有する者の場合,15 歳未満については,2023 年12 月の指針の改正により障害のない者と同様に臓器提供が可能となった.15 歳以上については,主治医などから家族その他の本人の意思を推定しうる者に対する病状や治療方針の説明のなかで,個別の事例に応じて慎重に判断することへ改正される.

3.5 親族への優先提供

臓器移植法第6 条の2 において,書面による臓器提供の意思表示に併せて,親族優先提供の意思を表示することができることとされている.また,臓器を優先的に提供できる親族の範囲は,指針第2 において,配偶者,子および父母と定められ,事実婚や養子縁組は認められない(特別養子縁組は可).親族優先提供の意思は臓器を提供する意思に併せて書面により表示する必要があり,自殺による親族への優先提供を行うことができない.親族関係であることについては公的証明書で確認することとなっている.

3.6 遺族および家族の範囲

臓器摘出や脳死判定の承諾に関する遺族および家族の範囲は,指針第3 において,一般的,類型的に決まるものではなく,死亡した者の近親者のなかから,個々の事案に即し,慣習や家族構成などに応じて判断すべきものであるが,原則として,配偶者,子,父母,孫,祖父母および同居の親族の承諾を得るものとし,これらの代表となるべきものにおいて総意を取りまとめるものとされている.ただし,この範囲以外の親族から異論が出された場合には,慎重に判断することとなっている.なお,死亡した者が未成年であった場合には,特に父母それぞれの意向を慎重かつ丁寧に把握することと定められている.

3.7 児童からの臓器提供

臓器移植法附則第5 では,虐待を受けた児童が死亡した場合に当該児童から臓器が提供されることのないよう,児童について虐待が行われた疑いがあるかどうかを確認し,
p.18
疑いがある場合に適切に対応するための必要な措置を講ずるものとすると定められている.また,指針第5 において,児童からの臓器提供については,虐待防止委員会などの院内体制の整備,および児童虐待の対応に関するマニュアルなどの整備が求められている.

このため,脳死・心臓死の区別にかかわらず,児童(18歳未満の者)からの臓器提供については,通常の診療の過程において,院内体制の下で児童虐待の防止等に関する法律(平成12 年法律第82 号)第6 条第1 項の規定による通告を行わない場合,または,通告の後,医学的理由などにより当該児童について虐待が行われたとの疑いが否定された場合については,その旨を関係機関に連絡したうえで,市区町村,都道府県の設置する福祉事務所または児童相談所が虐待として介入していないことが確認できた場合には,院内倫理委員会などの確認のもとに臓器の摘出を行って差し支えない17).

一方,虐待の関与は確定しないが,児童相談所や警察への照会により,過去の通告歴・通報歴がないことが明らかであり,司法解剖が不要と判断された場合や,虐待の関与がないことが明確である場合は,臓器提供を行うことができる24a).

もし,当該児童について虐待が行われた疑いがあると判断した場合には,児童からの臓器提供を行う施設は,児童相談所などへ通告するとともに,警察署へ連絡するなど関係機関と連携し,院内体制の下で当該児童への虐待対応を継続することとしたうえ,臓器の摘出は行わないこととされている.臓器提供を行う場合の対応として,主治医などは施設内の虐待防止委員会などと情報共有を図って必要に応じて助言を得たうえで,倫理審査委員会などにおいて臓器提供の可否について検討し判断することが求められる.

第2章 心臓移植に関わるコーディネーション

1 レシピエント登録手順

1.1 心臓移植希望者の適応評価

臓器移植法第2 条の基本的理念において,臓器の移植は人道的精神に基づいて提供されたものであることから,必要とする者に対して適切に行わなければならないと規定されている.心臓移植希望者は,日本循環器学会で定められた手順に従って適応評価を受け,JOT へ登録可能となる.

心臓移植レシピエントの適応基準は,日本循環器学会心臓移植委員会にて決定されている25).心臓移植の適応は,移植以外に患者の命を助ける有効な治療手段はないのか,移植治療を行わない場合,どの位の余命があると思われるかなどを考慮して決定する.心臓移植の適応となる疾患は,従来の治療法では救命ないし延命の期待が持てない拡張

型心筋症,および拡張相の肥大型心筋症,虚血性心筋疾患,その他(日本循環器学会および日本小児循環器学会の心臓移植適応検討会で承認する心臓疾患)などの重症心疾患とされている.年齢は65 歳未満が望ましく,除外条件が定められている.

心臓移植登録の可否は,各実施施設内適応検討会および日本循環器学会心臓移植委員会適応検討部会の2 段階審査を経て公式に適応を決定する.心臓移植は適応決定後,本人および家族のインフォームドコンセントを経て, JOT の移植患者待機リストに載った者を対象とすることとなる.

非移植実施施設においては,自施設の移植適応検討委員会で検討したとしても,日本循環器学会心臓移植適応検討部会に移植適応検討申請をする前に,実施予定施設に相談のうえ,当該患者の実施施設として同意を得る必要がある(図4).2015 年5 月より登録までの迅速化と簡略化を図るために,心臓移植実施数50 例以上で適切に心臓移植希望者の評価を行っている施設については,自施設内適応判定
p.19
のみにてJOT に登録することが可能になった(図5).ただし,自施設内適応判定のみでJOT に登録した症例であっても,登録後に日本循環器学会心臓移植適応検討部会への報告ならびに移植実施後の事後検証が必要となる.

2025 年3 月現在,心臓移植施設として認定されている施設は12 施設であり,登録時11 歳以上は,北海道大学病院,東北大学病院,埼玉医科大学国際医療センター,千葉大学医学部附属病院,東京大学医学部附属病院,東京女子医科大学病院,名古屋大学医学部附属病院,大阪大学医学部附属病院,国立循環器病研究センター,愛媛大学医

学部附属病院,九州大学病院の11 施設で実施可能であり,登録時11 歳未満は,埼玉医科大学国際医療センター,東京大学医学部附属病院,東京女子医科大学病院,国立成育医療研究センター,大阪大学医学部附属病院,国立循環器病研究センター,九州大学病院の7 施設で実施可能である.自施設内適応判定実施可能な施設は,東京大学医学部附属病院,大阪大学医学部附属病院,国立循環器病研究センター,九州大学病院の4 施設である.

ネットワーク心臓移植適応検討部会移植施設レシピエント診療施設

循環器内科・外科,小児循環器の評価委員と委員長,副委員長,幹事,副幹事

レシピエント登録日本循環器学会心臓移植委員会心臓移植適応検討部会実施施設内適応検討会

インフォームドコンセント

移植承諾書

登録決定施設内適応検討

図4 心臓移植適応評価各施設内適応検討会および日本循環器学会心臓移植委員会適当検討部会の2 段階審査.

ネットワーク心臓移植適応検討部会移植施設レシピエント診療施設

レシピエント登録日本循環器学会心臓移植委員会心臓移植適応検討部会インフォームドコンセント

移植承諾書施設内適応検討

登録報告移植後に事後評価実施施設内適応検討会

登録決定

図5 自施設内適応判定施設における心臓移植適応評価
p.20
1.2 JOT への登録

心臓移植希望者は,日本循環器学会心臓移植適応検討部会(または各実施施設内適応検討会)の適応評価を経て,移植実施施設よりJOT へ登録申請される26).JOT への登録申請は,1移植実施施設によるレシピエント検索システム(E-VAS)へのデータの入力と登録申請,2移植希望者による新規登録料の払込受理が完了した時点で登録となり,その日時から希望者は移植候補の対象となり待機日数が加算される.登録後は1 年に1 回の更新手続き,すなわち,移植実施施設への受診および更新料の払込が必要となる.なお,生活保護世帯や住民税非課税世帯は,生活保護受給証明書や世帯全員の住民票・非課税証明書など所定の書類を提出することにより,新規登録料および更新料が免除される.

2 JOT

2.1 移植医療における機能

JOT は,臓器移植法第12 条の「業として行う臓器のあっせんの許可」を受けており,わが国における心臓を含む臓器あっせん機関の役割を担っている.

2.1.1 基盤整備業務

JOT では,一般市民への普及啓発,臓器提供施設の院内体制整備業務,移植希望者の登録更新業務(1. レシピエント登録手順を参照),レシピエントの経過報告など医学情報の収集業務(2.3 移植後の情報収集における日本循環器学会との共同事業を参照),ドナー家族支援などの基盤整備業務を担っている.

2.1.2 臓器あっせん業務(図6) 27)

臓器あっせん業務は,JOT に所属する臓器移植コーディネーター約30 人,各都道府県行政により任命され,JOTが委嘱する都道府県臓器移植コーディネーター約60 人が担っている.

脳死下臓器提供が可能な施設(大学附属病院,日本救急医学会指導医指定施設,日本脳神経外科学会基幹施設・認定施設,救命救急センターとして認定された施設,日本小児総合医療施設協議会の会員施設のいずれかであり,臓器摘出について合意が得られており,適切に脳死判定を行

う体制がある施設)にて,脳死とされうる状態(法的脳死判定から無呼吸テストを除く検査を満たした状態)の患者がおり,家族が脳死下臓器提供について説明を聞く希望がある場合,JOT に連絡が入り,臓器移植コーディネーターが派遣される.派遣されたコーディネーターはドナー適応基準に照らし合わせて適応判断を行った後,患者家族に臓器提供について説明する.家族の総意で脳死下臓器提供の希望があった場合は,脳死判定承諾書・臓器摘出承諾書に署名を得る.移植検査センターへ患者の血液検体を搬送し,ウイルス感染症,ヒト白血球抗原(HLA)検査,リンパ球交差試験を実施する.

臓器提供施設においては,6 時間の間隔(6 歳未満においては24 時間間隔)をあけて2 回の法的脳死判定が実施され,2 回目の脳死判定終了時刻が死亡時刻となる(4 章1.1 法的脳死判定を参照).第1 回法的脳死判定終了後に, JOT の調整によりメディカルコンサルタントを派遣し,ドナーの医学的適応評価(超音波検査,気管支鏡検査など)を実施するとともに,循環・呼吸管理(4 章1.3 メディカルコンサルタントの役割,1.4 ドナー管理の要点を参照)の助言を行う.

JOT コーディネーターは,臓器摘出手術の集合日時に合わせて臓器提供施設に派遣された心臓を含む各臓器の摘出チームを迎え入れ,第三次評価(4 章1.5 3 次評価の実際を参照),摘出チームミーティングを実施する.その後, JOT 摘出手術担当コーディネーターは,臓器摘出手術の連絡調整を行う.摘出された臓器は,順次,臓器提供施設から移植施設までJOT が手配した経路により搬送される(4章3.1 虚血時間と臓器搬送時間を参照).臓器提供施設から臓器が出発する際に,ドナー家族が声を掛けながら見送ることも多い.臓器提供後,JOT コーディネーターは,ドナーの死亡退院の見送りに立ち会う.このタイミングで心臓移植施設より移植心の心拍が再開した旨の連絡が届くと,ドナー家族に報告する.

臓器提供直後,1 ヵ月,3 ヵ月,6 ヵ月,1 年のタイミングで,JOT コーディネーターはドナー家族に対して,移植施設から受けたレシピエントの経過を報告する.また,ドナー家族へ厚生労働大臣の感謝状やレシピエントからのサンクスレターを届ける.さらに臓器提供施設にも移植後の経過を報告する.

2.2 ドナー早期化連絡・ レシピエント意思確認

臓器提供施設において実施される法的脳死判定と並行し
p.21
提供施設公益社団法人日本臓器移植ネットワーク移植施設

被虐待児でないことの確認(18 歳未満)器質的障害により深昏睡,自発呼吸消失を来たし,原疾患の確実な診断及び適切な治療を行った事例深昏睡,瞳孔拡大・固定,脳幹反射,平坦脳波を確認口頭又は書面により告げること説明を聞くことを強制してはならない電話連絡

Co 派遣

あっせん対応本部設置

臓器を提供しない意思及び脳死判定に従わない意思がないことを確認脳死判定の概要臓器提供を前提として脳死と判定された場合,法により人の死となる

心停止後臓器提供に関する家族の承認脳死判定承認書及び臓器摘出承諾書の作成

検査依頼

心停止後臓器提供

移植検査センター組織適合性検査

感染症検査

血液搬送

検査結果

レシピエント選定

意思確認事前連絡

諾否の連絡

脳死判定記録書・脳死判定の適確実施の証明書の作成死亡診断書の作成

意思確認連絡レシピエント決定

臓器搬送移植手術摘出手術

臓器摘出記録書の作成(各臓器別)

情報公開Co による手記または搬送臓器搬送完了の確認あっせん対応本部解散臓器あっせん帳簿の作成

脳死とされうる状態と判断

臓器提供の機会があること及びCo の説明があること

家族の承認

ネットワークへの連絡

主治医とCo との打ち合わせ

院内体制の確認医学的情報収集

家族へ脳死下臓器提供及び心停止後臓器提供の説明

脳死下臓器提供に関する

家族の承諾

1 次評価

2 次評価

法的脳死判定(1 回目)

ドナー候補者採血

6 時間以上(6 歳未満24 時間以上)

法的脳死判定(2 回目)

死亡宣告

検視(明らかな内因性疾患以外)

死後の処置

お見送り

3 次評価ドナー管理

臓器移植記録書の作成

最終意思確認

移植術実施の説明記録書の作成

摘出チーム派遣

情報受信

事前連絡受信

ネットワーク本部にて心・肺・肝・膵・腎・小腸の選定

:主治医・看護師:脳死判定医(主治医が兼ねる場合もある) :コーディネーター(Co) :摘出医・移植医・レシピエントCo :上記以外

ドナー情報フリーダイヤル0120-22-0149(24 時間対応)

レシピエント

候補者

Co が連絡受診

図6 脳死下臓器提供のフローチャート(公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク.脳死下臓器提供 フローチャート27)より)
p.22
て,JOT あっせん対応本部では,レシピエント選択基準(3章3 レシピエントの選択を参照)に基づき,E-VAS で移植登録者の検索を行う.

従来は,第2 回法的脳死判定後にJOT から移植施設への意思確認を実施されていたが,臓器摘出術までの時間が切迫していることも多く,移植施設での移植候補者の受け入れ,手術準備,摘出チームの派遣など短時間で調整する必要があり,業務負担が大きかった.

2017 年12 月より臓器移植の円滑な実施を目的として,第1 回法的脳死判定後にJOT から各臓器上位5 人の移植施設(同一の移植施設の場合は,2 施設以上)へ意思確認の早期化連絡を実施している.この早期化連絡では,JOTから移植実施施設に,臓器提供事例があるという事実,選定されている上位候補者氏名,ドナーの発生地,年齢,性別,血液型,身長,体重,原疾患,第2 回法的脳死判定や臓器摘出術のスケジュールなど基本情報が口頭で伝達され,移植施設にて受け入れ体制などを事前に整えることができるようになった.

なお,早期化連絡の時点で候補者に連絡するかどうかは移植実施施設の判断に任されている.また,明らかにドナー条件やサイズ差などにより受諾しない場合は,早期化連絡の時点で辞退することができる.

第2 回法的脳死判定が終了した後に,JOT から移植施設への正式な意思確認の連絡が改めて行われ,ドナーの詳細情報,メディカルコンサルタントの評価結果,リンパ球交差試験の結果などがドナーデータ伝達システム(DDDS)で伝えられる.早期化連絡の時点で辞退した場合は,電話連絡はされないが,DDDS は送信される.受諾・辞退の連絡は,意思確認票の書面での返信を行う必要がある.受諾の際は,最新の保存血清採血日以降で輸血歴の有無を把握し,輸血歴があった場合は,改めて採血を行ったうえで,再度リンパ球交差試験の実施が必要である.

早期化連絡を含めた意思確認について,JOT では効率化と業務負担軽減のため,自動化・電子化を進める予定となっている.

2.3 移植後の情報収集における 日本循環器学会との共同事業

これまで心臓移植を受けた患者の予後調査については,心臓移植実施施設から日本循環器学会,JOT のそれぞれで行われていたが,同一レシピエントについて重複した報告が必要であり,事例数の増加に伴って移植実施施設の負担が大きくなっていた.そこで,日本循環器学会とJOT で協議し,個人情報保護の遵守の下,2024 年度より一本化することとなった(図7).

今後は各移植施設からの移植後の予後調査については, JOT への報告に統一され,JOT から日本循環器学会に第三者提供されることになるため,各心臓移植施設の負担軽減になり,悉皆性が担保される仕組みとなる(Step 1,図8 ).なお,データの第三者提供の同意については,各心臓移植施設にて患者から取得されている.

さらに今後は,Step 2 として,日本循環器学会とJOT のデータベースの統一を発展させ,日本移植学会などの関連学会と協議し,Transplant Central Registry(TRACER)として全臓器の死体移植データベースを一元化する方向で取り組んでいる(図9).さらに最終的な理想形となるStep 3として,生体移植のデータも統一し,わが国の臓器移植データを一元化し悉皆性を担保するデータベースの構築を計画している(図8).

3 メディカルスタッフと コーディネーター

現在国内の重症心不全の患者が心臓移植を受けるまでの一般的な過程は以下のようになっている(図10). 1 重症心不全の治療選択肢として「心臓移植」の提示. 2 心臓移植レシピエント登録にあたっての意思決定. 3 心臓移植レシピエント適応申請.

図7  心臓移植患者における日本循環器学会(JCS)とJOT

のデータベースJOT

JCS移植施設1

3 2 2	 移植希望者の診療情報,移植者の移植後経過情報

JOT

JCS移植施設

1は,2のデータの一部

3は,2のデータの一部

従来(2024 年度以前)

今後(2024 年度から)
p.23
図9 日本の臓器移植レジストリの方向性KONOS: Korea Network for Organ Sharing

公の事業として脳死・生体臓器移植が一元的に悉皆性をもって管理されるレジストリ

(JOT 定款・イスタンブール宣言などに準拠/UNOS・KONOS などで実現)

生体間臓器移植(+渡航移植)

死体臓器移植JOT事業推進本部各種学会研究者など

社会国民

厚生労働省

人的資源/ 資金源の課題生体移植の同意取得の課題段階的に死体臓器移植から一元化

TRACER

登録・更新移植時情報移植時経過情報データ提供

社会への情報公開

資料

※組織移植なども検討

TRACER(TRAnsplant CEntral Registry)システム

図8 臓器移植データ一元化のためのデータセンター構築までの流れ

TRACER(2025 年1 月〜)

心臓予後共有JOT →JCS死体臓器移植一元化臓器横断システム構築

JOT 内専門部署設置臓器移植全体の一元化

Step 1 Step 2 Step 3(最終形)

Step 2(2024 年4 月〜)

移植施設JOT

事業参加学会

など

匿名加工情報閲覧・取得

調査・研究部

未加工未加工情報情報匿名加工匿名加工

情報情報

変換未加工情報匿名加工

情報

※ 2024 年4 月~設置登録時事業同意書取得

※現在も全例で取得

EVAS死体臓器移植
p.24
4 移植ネットワーク登録. 5 植込型VAD 装着(長期待機期間を安全に管理するため,成人患者の場合ほとんどの患者が植込手術を受ける). 6 移植待機(植込型VAD を装着した場合はおもに在宅管理). 7 移植ドナー発生. 8 心臓移植実施. 9 移植後の管理.

上記の過程に関わるメディカルスタッフ,コーディネーターは,施設ごとで名称は異なるが以下の職種である.

メディカルスタッフ:医師は,心臓血管外科・循環器内科を中心に,麻酔科,小児科,病理部,検査部,薬剤部,画像診断部,感染症科,呼吸器外科,精神科,血液内科,臓器移植に関わる部門,集中治療部,リハビリテーション科などがある.

ほかに,看護師(外来,病棟,ICU,手術室),薬剤師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,臨床工学技士,ソーシャルワーカー,レシピエントコーディネーター,人工心臓管理技術認定士,栄養士などが関わる.各部門の担当者は,移植に至る過程で情報共有しながら,チームとなり移植医療に携わっている.

コーディネーター:レシピエントコーディネーターは,移植の情報提供,意思決定,移植登録,移植待機期間の管理,植込型VAD 装着例での在宅管理,移植手術,その後の管理での患者のサポートにおいて非常に重要な役割を担っている.コーディネーターの役割には大きく分けて,患者・家族の意思決定支援,患者・家族そして移植チーム

内の円滑な連携と調整,患者家族の指導教育・継続フォローがある.患者が移植を考え始めた初期の段階からの意思決定支援に始まり,移植までの長い待機期間のサポート,移植手術前後の急性期,そして移植後,生涯続く健康管理支援など,移植のすべての過程において患者に関わる存在である.患者にとって一番の理解者として,移植チーム内へ患者の情報を発信するなど,さまざまな多職種が関わる移植チーム内の調整役として活動している.

レシピエントコーディネーターになるためには,日本移植コーディネーター協議会(通称JATCO)が年に1 回開催している総合研修会,看護協会が年に1 回開催している研修の2 種類のどちらかの研修を受講する必要がある.また臓器移植に従事してから2 年以上の経験が必要である.

移植医療は,非常に専門性が高く,これに関わる各分野の人材育成は,日本の移植医療の大きな課題である.レシピエントコーディネーターの実態調査では,多数の移植を行う実施施設以外では,通常勤務と兼任している例もあった.これは移植件数によっては,施設で専任での雇用が難しい現状を反映していると考えられるが,専門的な資格を得た人材が継続的に診療に携わることこそが,より安全で良好な患者の予後を目指すうえでは重要であると思われる.移植に関わる各認定資格を診療報酬制度に結びつけることで,専門性に根差したインセンティブを確保するなどの対策が必要である.

患者移植

医師コーディネーター

医療スタッフ

支援植込型VAD 装着下で移植待機

移植への意思決定レシピエント

適応申請レシピエント

登録移植ドナー

発生

図10 重症心不全患者が心臓移植を受けるまでの流れ
p.25
第3章 成人心臓移植の適応と術前管理

1 心臓移植の適応

心臓移植に関する適応患者判定・評価は,各施設内検討会および日本循環器学会心臓移植委員会適応検討小委員会の2 段階審査を経て適応が決定される.2015 年5 月1日からは50 症例以上の心臓移植実施実績があり,心臓移植適応判定,心臓移植医療が適切に行われていると日本循環器学会心臓移植委員会で判断された施設においては, 111 歳未満の非先天性心疾患の症例,218 歳未満の2心室循環の先天性心疾患の症例,3すべての単心室循環の症例を除いて,各施設内での適応検討委員会で適応と判定されれば,直接JOT への移植希望登録が可能である28).

実臨の心臓移植の適応は表3 の事項をおもに考慮し決定される29).これらの事項を原則とし,実際の適応疾患,除外条件が定められている.

1.1 適応疾患

適応疾患を表4 に示す29).心臓移植の適応となる疾患は従来の治療法では救命ないし延命の期待がもてない重症心疾患である(表5) 29).すべての疾患において,心臓以外の病態が今後予後を決定しないかどうか判断する必要がある.また,現在のわが国の移植待機期間(2022 年末でStatus 1* での待機期間が平均1,769 日) 30)を考慮した申請時期の判断が必要である.

1.1.1 拡張型心筋症および拡張相の肥大型心筋症

拡張型心筋症に関しては鑑別が重要である.はじめに,心臓サルコイドーシス,脚気心,Fabry 病のように,特異的な治療法が存在する疾患を鑑別する.これらの疾患であることが判明した場合は,原則的には特異的治療法を行った後,または積極的治療法が無効であると推測される病態でなければ移植登録をすべきではない.第二に,アミロイドーシス,筋ジストロフィーに伴う心筋疾患,ミトコンドリ* Status 1:VAD を装着中,または人工呼吸管理を受けている状態,あるいはカテコラミンなどの強心薬の持続的な点滴投与

を受けている状態(表9 を参照).

表3  心臓移植の適応決定に際し考慮すべき事項

移植以外に患者の命を助ける有効な治療手段はないのか?移植治療を行わない場合,どの位の余命があると思われるか?移植手術後の定期的(ときに緊急時)検査とそれに基づく免疫抑制療法に心理的・身体的に十分耐え得るか?患者本人が移植の必要性を認識し,これを積極的に希望すると共に家族の協力が期待できるか? (日本循環器学会心臓移植委員会.2024. 12 改訂29)より)

表4 心臓移植の適応となる疾患

心臓移植の適応となる疾患は従来の治療法では救命ないし延命の期待がもてない以下の重症心疾患とする.

拡張型心筋症,および拡張相の肥大型心筋症虚血性心筋疾患その他(日本循環器学会および日本小児循環器学会の心臓移植適応検討会で承認する心臓疾患) (日本循環器学会心臓移植委員会.2024. 12 改訂29)より)

表5 心臓移植の適応条件

不治の末期的状態にあり,以下の条件を全て満たす場合.ガイドラインに定められた標準治療(guideline-directed medical therapy: GDMT)ではNYHA3 度ないし4 度から改善しないステージD 心不全,または現存するいかなる治療法でも無効な致死的重症不整脈を有する症例(modifier A を含む).運動耐容能の著しい低下(目安として最大酸素摂取量peak VO2が14 mL/kg/min 未満または年齢補正正常値の50% 未満),または静注強心薬ないし補助循環に依存している状態.年齢は当面,65 歳未満とする.本人およびケアギバー(多くの場合家族)の心臓移植に対する十分な理解と協力が得られること. (日本循環器学会心臓移植委員会.2024. 12 改訂29)より)
p.26
ア心筋症のような全身性疾患を鑑別する.これらの疾患は一部を除き,移植適応とはならない.第三に心筋炎,周産期心筋症,飲酒中止後のアルコール性心筋症,服薬中止後の薬剤誘発性心筋症のように,自然回復にある程度の時間が必要な疾患は,その回復の判断に十分時間をかけることが移植適応決定に必要となる.

拡張相肥大型心筋症は,以前に心肥大の存在が確認され,現在心拡大,左室収縮能低下を示している症例にて疑うこととなる.特異的な治療法が存在しない点は拡張型心筋症と同様であるが,予後不良であるため,早めの心臓移植登録が望ましい31).

1.1.2 虚血性心筋疾患

血行再建の余地が残されている冠動脈狭窄がないこと,または存在しても生存心筋が失われていること,その虚血心筋量が小さく,心筋虚血が改善しても予後の改善に至らないことを示す必要がある.

1.1.3 その他(日本循環器学会および日本小児循環器学 会の心臓移植適応検討会で承認する心臓疾患)

上記以外の疾患として,図11 に示すように拘束型心筋症(RCM),心筋炎後心筋症,心臓サルコイドーシスなどが比較的多く登録されている30).近年,筋ジストロフィーは古典的病型分類だけではなく,責任遺伝子・蛋白に基づいた分類もなされるようになってきている.また,同じ遺伝子に変異が起こっても異なる病型を示す場合(表現型多様性)も知られてきた.また病型が確定しない症例もいる.

そのため,心臓以外の病態が今後予後を決定しないことを示す必要があり,専門医の診断および見解を意見書として提出する必要がある.心臓サルコイドーシスについては,心外のサルコイドーシスの所見がある場合には,それが少なくとも5 年間の予後を規定していないことについて専門医が認める場合には移植適応となりうる32).幼小児期からの複数回にわたる開心術の影響,解剖学的右心室を体心室とする疾患群の存在,Fontan 術後症例など先天性心疾患は移植適応判定が難しく,またVAD の適応も限られているという現状がある.

1.2 絶対的除外条件

絶対的除外条件を表6 29)に示す.肝臓や腎臓に不可逆的機能障害がある症例は除外となる.表6 のb. に示す活動性のある感染症罹患者は絶対的除外条件に当てはまる.また,ウイルス感染症の既往のある患者は表6 のb. に示す条件があることに留意する.肺血管抵抗が血管拡張薬を使用しても6 Wood 単位以上の肺高血圧症は心臓移植単独の適応判定の絶対的除外条件になる(心肺同時移植の適応を検討する).悪性腫瘍既往のある患者は専門医やキャンサーボードによる評価が必要である.

拡張型心筋症..................439拡張相肥大型心筋症......72肥大型心筋症........................1拘束型心筋症.....................15 DCM/RCM...............................3虚血性心筋症.....................69弁膜症.......................................3 ARVC .......................................10サルコイドーシス...........13周産期心筋症........................4心筋炎後心筋症................31薬剤性心筋症.....................12 Becker.....................................19 Duchenne 保因....................1先天性心疾患........................9 Marfan.......................................2川崎病.......................................1 DCM+ICM の2 例をDCM に分類DCM の1 例はdextrocardia RCM+VSD の1 例をRCM に分類Marfan+ICM の1 例をMarfan に分類

439

1 2 9 1

19 12 31 4 13 10 3

69

3 15

1 72

(疾患名) (例数)

(合計704 例,2022 年12 月31 日現在)

図11 心臓移植患者の適応疾患(一般社団法人 日本移植学会.ファクトブック2023 30)より)
p.27
1.3 相対的除外条件

相対的除外条件を表7 29)に示す.腎機能障害,肝機能障害を合併している患者は腎臓内科・肝臓内科専門医による腎臓・肝臓の可逆性に関する評価が必要である.糖尿病に関しては,単純性網膜症があったとしても移植適応除外とはならない.また,インスリン依存の場合には糖尿病専門医から「移植後免疫抑制剤使用中も血糖コントロールが十分可能であり,重大な合併症が生じる可能性は低い」ことの確認,意見が必要である.精神神経症に関しては,自分の病気,病態に対する不安を取り除く努力をしても,何ら改善がみられない場合に除外条件となることがあり,精神科専門医の評価・意見が必要である.肺梗塞症の既往,肺血管閉塞病変に関しても評価が必要である.また,膠原病などの全身性疾患の場合は心外病変が予後を規定することかどうかの専門医の評価,意見が必要である.また,心外のサルコイドーシスの所見がある場合には,それが少なくとも5 年間の予後を規定していないことについて専門医

が認めることが条件となる.アドヒアランス不良や高度肥満も相対的除外条件となりうる.

2 適応判定に必要な臨床検査

心臓移植の適応判定に必要な臨床検査は,1適応基準を満たすか,2除外基準に該当しないか,3心臓移植手術あるいは術後の予後や生活の質(QOL)に支障をきたすような併存疾患や問題点はないか,という点を考えて行われる.心臓移植の適応判定のために用いられるデータシートを記載するために必要なおもな臨床検査について,表8 に示す.以下にそれぞれの検査について概説する.

表6 心臓移植の絶対的除外条件

絶対的除外条件a.肝臓,腎臓の不可逆的機能障害(肝硬変,維持透析中) b.活動性感染症

b.1 HIV:抗体陽性 原則除外b.2 HTLV-1/2 抗体陽性:個別に移植適応の判断b.3 HBV:肝硬変や肝癌を併発しておらず,DNA コピー数が低titer であれば登録可能.核酸アナログ使用下で低

titer の場合も移植登録可能. *1 b.4 HCV:肝硬変や肝癌を併発しておらず,抗ウィルス薬投与終了後PCR 陰性を維持している場合に登録可能.抗

ウィルス薬投与中の症例はその時点では登録不可*2 c.肺高血圧症(肺血管抵抗が血管拡張薬を使用しても 6 Wood 単位以上) d.薬物依存症

d1 禁酒・禁煙の宣言が必須*3 e.悪性腫瘍 なお以下の条件を満たす場合には移植適応とする

e.1 完全寛解後5 年以上経過している症例(専門医の意見書付き) e.2 根治的がん治療後のホルモン療法などの併用がん治療が不要で,地域がん診療連携拠点病院基準以上の認可をう

ける医療機関のキャンサーボードにおいて,5 年無再発生存率が,95% 以上と推定されると判断された症例.

*4

*1 考慮される移植時期の3 ヵ月以上前より予防的に核酸アナログを使用開始することが望ましい.登録にあたっては肝臓専

門医のコンサルトを受け,意見書を添付すること.6 ヵ月ごとの経過観察結果を報告する.「自施設内判定」は適用されない. *2 登録にあたっては肝臓専門医のコンサルトを受け,意見書を添付すること.ただし,6 ヵ月ごとの経過観察結果を報告す

る.「自施設内判定」は適用されない. *3 喫煙歴のある症例は入院による受動的禁煙の確認のみでは不十分であり,退院後の確認が必須であると考えられ,

Destination therapy などの対応にて退院した後の禁煙状況の確認が望ましい.またそのような対応が難しい場合には「6 ヵ月報告」を義務化する. *4 対象部位候補例として以下があげられる.[ 胃がんI期,大腸がんI期,乳がんI期,子宮頸がんI期,子宮内膜がんI期,皮膚がんI期,低リスク甲状腺がん,喉頭がんI期,腎がんI期,精巣がんI期,前立腺がんI期,など](あくまで,がん非専門医に対する例示であって,その他のがん種について除外するものではない).本基準の対象患者においては,移植登録後「6 ヵ月ごと報告」を義務化する.また「自施設内判定」は適用されない.移植登録後,新規がん合併により Status  3 になった症例についても本基準を適応して,Status 1/2 への復帰を再評価可能とする. (日本循環器学会心臓移植委員会.2024. 12 改訂

29)より)
p.28
2.1 免疫学的適合性

2.1.1 HLA

心臓移植後の拒絶反応はHLA の相性がよければ起こりにくく,移植後の免疫抑制薬の投与量も少なくてすむとされているが,HLA 型の一致は心臓移植では選択基準にはされていない33).しかし,上記のリスク評価の観点から,あらかじめ同定することが求められる.臓器移植で特に重要なのはHLA-A,HLA-B,HLA-DR の3 種類であり,最低限この3 種は測定する.

2.1.2 抗HLA 抗体(パネル試験)(PRA)

心臓移植待機患者は,輸血,妊娠などにより,さまざまなHLA 抗原に感作され抗体を保持している可能性があり, PRA 高値の患者はダイレクトクロスマッチ陽性のため心臓移植までの待機期間が延長する可能性が高いのみならず,移植後の死亡率,拒絶反応,CAV の発生率が高まることが示唆されている.

PRA 陽性の患者は,どのHLA 抗原に対する抗体がどの程度存在するのか,抗原同定検査まで行って確認することが望ましい.また心臓移植待機中もPRA の推移を観察

し,PRA 高値の場合には移植手術前に脱感作療法を検討する必要がある34).

2.2 心機能・身体機能評価, 心不全の原因検索

2.2.1 一般的検査

一般血液検査,胸部レントゲン,12 誘導心電図,心臓超音波検査は心不全診療における必須の検査である.その経時的変化を確認することは病態の進行を把握するうえで役に立つ.心電図は,ペーシングを要している症例の場合は,ペーシングオフもしくはペーシング前の心電図も確認する.ホルター心電図は,合併不整脈の評価と植込み型除細動器(ICD)や両室ペーシング機能付き除細動器(CRT-D)の適応検討に必要である.血液生化学検査や免疫学的検査では,心臓サルコイドーシスにおけるリゾチームやアンジオテンシン変換酵素(ACE)活性,可溶性インターロイキン(IL)-2 受容体,心アミロイドーシスにおける血清M蛋白や尿中Bence-Jones 蛋白,Fabry 病におけるαガラクトシダーゼ活性などは診断の有力な手がかりとなる32, 35).

表7 心臓移植の相対的除外条件

a.腎機能障害

a.1 eGFR >35 mL/min/1.73 m

2 であることが望ましいが,30 ~35 mL/min/1.73 m 2 の場合はシスタチンC によるeGFR や蓄尿によるCCr の値などを参考に腎臓専門医の意見により可逆性を判断. b.肝機能障害c.活動性消化性潰瘍d.糖尿病

d.1 単純性網膜症があったとしても移植適応除外とはならない. d.2 インスリン依存の場合には糖尿病専門医の「移植後免疫抑制剤使用中も血糖コントロールが十分可能であり,重

大な合併症が生じる可能性は低い」との意見が必要. e.精神神経症(自分の病気,病態に対する不安を取り除く努力をしても,何ら改善がみられない場合に除外条件となるこ

とがある) f.肺梗塞症の既往,肺血管閉塞病変g.移植後の生命予後が不良と考えられる全身性疾患

g.1 心外のサルコイドーシスの所見がある場合には,それが少なくとも5 年間の予後を規定していないことについて専門医が認めることが条件となる. g.2 Duchenne 型筋ジストロフィーは適応外. g.3 Marfan 症候群は解離して拡大した大動脈は原則全て修復されていること. g.4 ミトコンドリア病は他臓器の合併症を慎重に判断. g.5 心アミロイドーシスも原則除外. h.高度肥満

h.1 BMI >30 は高度肥満として取り扱う(BMI 25 ~29 は将来の減量を前提として適応とする場合がある). i.治療アドヒアランス不良(日本循環器学会心臓移植委員会.2024. 12 改訂29)より)
p.29
表8 心臓移植の適応判定に必要な臨床検査

臨床検査解釈/ 移植申請にあたって考慮すべき事項

免疫学的適合性血液型HLA抗HLA 抗体(パネル試験)(PRA) 10% 以上の場合や輸血施行後は定期的な評価が必要.心機能・身体機能評価 / 心不全の原因検索12 誘導心電図検査ペースメーカ植込み術後の症例では,移植申請時にペーシングオフ時もしくはペーシング前の12 誘導心電図記録も必要.ホルター心電図検査心臓超音波検査移植申請時には経時的な所見の変化の記載が必要.心肺運動負荷試験(CPX) peak · VO2 < 14 mL/kg /分,%peak · VO2 < 50%,VE/VCO2 slope > 35 などが予後不良の所見.CPX 施行困難時は6 分間歩行距離< 300 m も参考にする.右心カテーテル検査肺血管抵抗が血管拡張薬を使用しても 6 Wood 単位以上の場合は除外.冠動脈造影検査冠動脈造影は冠動脈CT で代用できることもある.心筋生検明らかな虚血性心筋症を除いて必須.心臓MRI 検査(遅延造影による評価を含む)心筋症の鑑別診断,虚血性心筋症における心筋生存能評価に有用.核医学検査 (201TlCl,123I-MIBG,

99mTC-PYPなど)虚血領域の評価,心不全の予後評価,二次性心筋症の鑑別に有用. 18F-FDG PET 検査(必要に応じて)虚血性心筋症における心筋生存能評価, 心筋炎や心臓サルコイドーシスの診断に有用.一部の二次性心筋症の診断に有用な血液マーカー(必要に応じて)リゾチーム,ACE 活性,可溶性IL-2 受容体,血清M 蛋白,α-ガラクトシダーゼ活性など.他臓器評価,併存疾患の評価一般血液・生化学検査アミオダロン内服中はKL-6 と甲状腺機能(fT3,fT4,TSH)も必要.尿検査eGFR もしくはCCr肺機能検査DLco も必要.肺機能検査が困難な場合は血液ガスで代用する.胸部X線・胸部CT腹部超音波頚動脈超音波(必要に応じて) ICM 症例では必要.頭部CT もしくはMRI足関節上腕血圧比(必要に応じて) ICM 症例では必要.便潜血2 回以上陰性を確認する.上部・下部消化管内視鏡血行動態不安定で施行困難の場合には腫瘍マーカーの測定と腹部CT などを考慮する.泌尿器科的検査男性で50 歳以上はPSA が必須.婦人科評価・細胞診(女性)歯科口腔外科的評価眼科評価(糖尿病患者の場合)精神心理学的評価神経学的評価(必要に応じて)

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臨床検査解釈/ 移植申請にあたって考慮すべき事項

感染症HBs 抗原/ HBs 抗体/ HBc 抗体いずれかが陽性の場合にはHBV-DNA 定量が必要.肝硬変や肝癌を併発しておらず,DNAコピー数が低 titer であれば登録可能.核酸アナログ使用下で低 titer の場合も移植登録可能. HCV 抗体陽性の場合にはRNA 定量が必要.肝硬変や肝癌を併発しておらず,抗ウイルス薬投与終了後 PCR 陰性を維持している場合に登録可能.抗ウイルス薬投与中の症例はその時点では登録不可. HIV 抗体陽性の場合には原則除外. HTLV-1 抗体陽性の場合には個別に移植適応の判断.梅毒検査 (RPR 法 / TPHA 法)ツベルクリン反応(PPD) HSV IgG / IgM VZV IgG / IgM CMV IgG / IgM EBV IgG / IgMトキソプラズマ IgG / IgM

表8 (続き)

肥大型心筋症やFabry 病(特に女性)においては,遺伝子検査も診断確定のために有効である.

2.2.2 冠動脈造影,冠動脈CT

冠動脈造影による冠動脈の評価は,虚血性を疑う場合,あるいはその除外のために必要である.冠動脈CT で代用も可能であるが,冠動脈造影と比較し陽性的中率はやや劣ることから,評価にあたっては注意が必要である.さらに心筋生存能や残存虚血の有無,その範囲の評価のためには心筋シンチグラフィや18F-FDG PET,心臓MRI 遅延造影像などでの評価が有用であり,血行再建術の適応や有用性について検討を行う36).また,冠危険因子が少ないにもかかわらず冠動脈病変を認めたり,急性冠症候群や冠動脈治療後の再狭窄を繰り返したりするような患者においては,血栓性素因や血管炎などの動脈硬化以外の原因疾患の検索が必要である.

2.2.3 心臓MRI

心臓MRI は,先天性心疾患などの解剖学的異常の検索や評価にとどまらず,その高い時間分解能と空間分解能から,シネMRI による左室・右室の壁運動や容積・心機能の評価が可能である.また,心筋障害のマーカーとして遅延造影,T1 マッピング,ECV,心筋浮腫のマーカーとしてT2 強調画像が心筋症の鑑別に有用で,虚血性心筋症と非虚血性心筋症の鑑別のみならず,さまざまな心筋症に特徴的なパターンを示す.さらに,不整脈による突然死のリ

スクの評価や予後の予測にも有用とされている.

2.2.4 核医学検査

201Thallium(201Tl)や99mTechnetium(99mTc)などの核種を用いた心筋血流イメージングは,心筋虚血や心筋生存能の評価に特に有用である.また,心電図同期心筋SPECTでは,左室造影やMRI と同様に,心室の壁運動や容積,駆出率といった心機能の評価が可能である.交感神経機能の評価に有用とされている123I-MIBG シンチグラフィは心縦隔比や洗い出し率が心不全の予後予測に有用であるとされている37).99mTc-PYP シンチグラフィは近年,アミロイドーシスの診断に頻用されている.18F-FDG-PET は虚血性心筋症における心筋生存能の評価に有用であると同時に,心臓サルコイドーシスの診断および活動性の評価において必須の検査である32).

2.2.5 心筋生検

明らかな虚血性心筋症症例を除けば,心臓移植の適応を検討するような重症心不全では,二次性心筋症の除外のために心筋生検は必須である.心筋炎やアミロイドーシスの確定診断には組織診断が必須であり,検出率は低いものの非乾酪性肉芽腫は心臓サルコイドーシスに特徴的な所見である.拡張型心筋症では特徴的な病理所見には乏しいものの,線維化の程度や心筋細胞の変性や脱落の程度は予後を
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予測する参考所見となる38).

2.2.6 心肺運動負荷試験(CPX)

心臓移植の目的は重症心不全患者の生命予後の改善およびQOL の改善であるため,移植手術を受けることで利益を得られる患者を選別することが重要である.つまり心不全で推定される予後と心臓移植手術後に推定される予後との比較が重要になる.心不全患者の予後に相関する因子は数多く報告されているが,そのなかでももっとも重要な項目の1 つが患者の運動耐容能である.

心不全患者におけるCPX の目的は,運動耐容能測定,心機能の重症度ならびに予後推定,治療効果判定,運動処方や生活指導の指標とすることである.CPX から得られる各指標のなかで,最高酸素摂取量(peak VO2)は心不全患者の重症度と生命予後のもっとも鋭敏な予測因子である. Peak VO2 <14 mL/kg/分の症例では生命予後が不良であり,特に予後が不良であるpeak VO2 <10 mL/kg/ 分の患者や,peak VO2 が10 ~14 mL/kg/ 分で日常生活動作が強く制限される患者は心臓移植の適応と考えられる39).患者の努力不足などによる不十分な負荷によるpeak VO2 の信頼性の問題については,負荷時のpeak RQ(呼吸商)>

1.10 を達成できている場合には比較的信頼度が高く,わが

国での検討でも1.20 以上を目指して負荷を行った場合に,予後予測においてより高い信頼性が得られたとする報告がある40).また,年齢や性別の影響を除外するために,peak VO2 の年齢別標準値に対する実測値の割合(予測率, %peak VO2)< 50%,最大負荷まで行わなくとも得られる指標として二酸化炭素排出量に対する換気当量の傾き(VE/VCO2 slope)> 35 を閾値として提唱する報告もあり, CPX から得られた指標は総合的に解釈することが重要である41, 42).運動耐容能は治療内容や疾患自体の進行によって経時的に変化する可能性があり,登録前や待機期間中も繰り返し行うことが勧められる.CPX が施行できない症例における身体能力の指標として6 分間歩行テストの有用性が報告されており,6 分間歩行距離が300 m 未満の症例は予後不良であることが報告されている43).しかしながら,この値も年齢や性別,あるいは体格などによって大きく左右されることを念頭におく必要がある.

2.2.7 右心カテーテル検査

原則として,右心カテーテル検査は心臓移植適応を検討する全症例で施行しなければならない.その目的は,血行動態の正確な評価と重症度の判定,内科的治療のさらなる介入の余地の検討,肺動脈圧および肺血管抵抗の評価である.わが国では,肺血管抵抗が血管拡張薬を使用しても6 Wood 単位以上は心臓移植の除外条件となる29).この場

合,心臓移植ではなく心肺同時移植を考慮しなければならない.

2.3 除外基準の検討のために必要な諸検査

2.3.1 腎機能

腎機能障害がある場合にはその可逆性が重要である.心臓移植後は免疫抑制薬であるカルシニューリン阻害薬(CNI)による腎機能障害の可能性もあることから,術前に十分な評価が必要である.血清クレアチニン値やクレアチニン・クリアランスに加えて推算糸球体濾過量(eGFR)を評価する.やせた女性ではシスタチンC での評価を検討する.国際心肺移植学会のガイドラインでは,eGFR < 30mL/min/1.73 m 2 を相対的除外基準と定めている33).腎機能障害を認めた場合には,腎臓内科専門医に相談し,検尿,腹部エコー,腎動脈エコーなどで原因検索を行う.

2.3.2 肺機能

閉塞性換気障害や拘束性換気障害を有する患者では心臓移植術後の呼吸器合併症の頻度が高い.1 秒量 < 1.0 Lあるいは肺活量予測率< 50% では予後が不良である.また抗不整脈薬のアミオダロン内服中の症例では肺拡散能の評価も重要である.胸部CT で器質的な肺疾患の有無を確認することも必須である.全身状態が悪く,肺機能検査が施行できない症例に対しては,血液ガス所見を参考に判断する.肺塞栓症の合併が疑われる症例では肺換気-血流シンチグラフィを行う.

2.3.3 肝機能

高度右心不全を合併している症例では,肝機能障害をしばしば合併する.肝機能障害を認める場合には腹部エコーや腹部CT での評価を追加する.肝硬変は心臓移植の除外基準に該当する.胆石症の有無についてもスクリーニングを行う.

2.3.4 悪性腫瘍

すべての症例において便潜血と腹部超音波検査のスクリーニングを行う.若年者で便潜血が陰性の場合を除いて,可能な限り上部消化管および下部消化管内視鏡検査を実施する.血行動態が不安定で検査が困難な場合には腫瘍マーカーや腹部CT を参考にする.また,男性では前立腺癌,女性では乳癌や婦人科領域の悪性疾患のスクリーニングが推奨される.以前に悪性腫瘍の病歴がある症例では,専門
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医の診察のもと,再発や遠隔転移について十分に検索する.

2.3.5 糖尿病

糖尿病のコントロール状態,インスリン分泌能や抵抗性についての評価を行う.大血管障害のほか,糖尿病性網膜症,腎症,神経症の評価を行う.心臓移植後はステロイドの使用により耐糖能が悪化する可能性があることから,移植後の血糖コントロールが可能かどうかもについても十分に評価を行う必要がある.

2.3.6 末梢血管疾患

動脈硬化の危険因子を有する症例では足関節上腕血圧比の測定や頚部血管エコーなどを行う.

2.3.7 精神神経学的疾患

移植後の長期にわたる薬剤管理の必要性や,ドナーの負託に応えられるレシピエントであるべきとの考えから,精神神経学的な問題の有無を評価する必要がある.海外でも,認知行動障害のある患者に対する移植適応には慎重であるべきとの提言もあり,わが国でも相対的除外項目に該当する.しかし,心不全に伴い抑うつ傾向をきたすことも多く,適否の評価は精神神経科医師の専門的な意見が必要と考えられ,現在の心臓移植適応検討においては,原則として精神科医の評価ならびにその意見書を添付することが求められている.

2.3.8 歯科口腔外科的疾患

移植周術期ならびに移植後の免疫抑制薬投与の管理の観点から,歯科口腔外科的な評価を行い,処置の必要な齲歯などについては術前に処置を行う.

2.3.9 感染症

心臓移植登録時のウイルス感染症の取り扱いについては,日本循環器学会心臓移植委員会の心臓移植レシピエント適応基準を参考にする29).

心臓移植後の免疫抑制療法下ではウイルスや原虫,あるいは真菌などの日和見感染症は大きな問題になりやすい.あらかじめ単純ヘルペスウイルス(HSV)やサイトメガロウイルス(CMV),エプスタイン・バーウイルス(EBV),水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV),トキソプラズマのIgG, IgM 抗体を測定しておく.また,移植後は生ワクチン接種ができなくなるため,生ワクチンが必要な水痘,麻疹,風疹,ムンプスの抗体価も測定し,必要に応じて移植までにワクチン接種を済ませておく方がよい. 3 レシピエントの選択

レシピエントの選択は,厚生労働省で定められた各臓器のレシピエント選択基準に則って行われる.心臓移植レシピエント選択基準は1997 年10 月に臓器の移植に関する法律が施行されたときに定められ,数回の改正を経て,2025年3 月に最終改正された(表9) 2).まずは,適合条件として,ABO 式血液型の一致(identical)と適合(compatible)が対象となり,適合よりも一致が優先されることになっている.

体重差(ドナー/ レシピエント)は従来より-20% ~+ 30% が望ましいとされているが,実際の選択ではその範囲外は除外されず,事例ごとの判断となる.近年では,体重よりもpredicted heart mass を用いてサイズミスマッチを判断する方法が推奨されるようになっている6, 44).小児におけるサイズミスマッチの予後への影響については,最近はtotal cardiac volume を用いた方法の有効性が報告されている45).

さらに,あらかじめ採血し凍結保存した移植希望者の血清とドナーのT 細胞リンパ球を用いて,移植検査センターでリンパ球直接交差試験(ダイレクト・クロスマッチテスト)を実施し,T 細胞を用いた補体依存性細胞傷害作用(complement-dependent cytotoxicity: CDC)法で陽性の場合は,移植候補の対象から除外される.一方,B 細胞での陽性例やフローサイトメトリー法による陽性例は候補からは除外されない.なお,血清保存後に輸血歴などがある場合は,改めて新鮮血によるリンパ球直接交差試験を実施する必要がある.抗HLA 抗体パネル試験(PRA)陰性である場合は,リンパ球直接交差試験を省略できることとなっているが,現実的には全例において省略せずリンパ球直接交差試験を実施している.一方で,Virtual(仮想)的クロスマッチ検索であるVirtual(仮想)PRA は,提供ドナーのリンパ球を使用せずにドナー特異的抗HLA 体(DSA)を検出する方法になる(表9).リンパ球直接交差試験,Virtual PRA により,レシピエントの選択,脱感作療法,免疫抑制療法を検討する必要がある46).

予想される搬送時間も考慮が必要であるが,ドナー心の虚血許容時間は4 時間以内が望ましいとされているため,提供施設から移植施設までの搬送に許される時間は2 ~3時間を目標として搬送手段が手配される47).

治療などの状況による優先度はStatus 1A,Status 1, Status 2 に分類され,この順に優先される.Status 3 は,
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1.適合条件(1) ABO 式血液型

ABO 式血液型の一致(identical)及び適合(compatible)の待機者を候補者とする. (2) 体重(サイズ)

体重差は-20% ~30% であることが望ましい.ただし,移植希望者(レシピエント)が小児である場合は,この限りではない. (3) 前感作抗体

リンパ球直接交差試験(ダイレクト・クロスマッチテスト)を実施し,抗T細胞抗体が陰性であることを確認する.パネルテストが陰性の場合,リンパ球直接交差試験(ダイレクト・クロスマッチテスト)は省略することができる. (4) CMV 抗体

CMV 抗体陰性の移植希望者(レシピエント)に対しては,CMV 抗体陰性の臓器提供者(ドナー)が望ましい. (5) HLA 型

当面,選択基準にしないが,必ず検査し,登録する. (6) 虚血許容時間

臓器提供者(ドナー)の心臓を摘出してから4 時間以内に血流再開することが望ましい.

2.優先順位適合条件に合致する移植希望者(レシピエント)が複数存在する場合には,第一に(1)が優先され,第二に(2)の1. Status 1A を優先する.それ以降の優先順位は,(2)の2. Status が上位のものを優先し,同じStatus 内では,(3)~ (5)までを勘案して決定する(3. の具体的選択方法を参照). (1) 親族

臓器の移植に関する法律第6 条の2 の規定に基づき,親族に対し臓器を優先的に提供する意思が表示されていた場合には,当該親族を優先する. (2) 治療等の状況による優先度

1.Status 1A: 緊急に心臓移植を施行しないと短期間に死亡が予測される病態や疾患群で,予測余命1 ヶ月以内の60 歳未満の者2.Status 1:Status 1A 以外で次の(ア)~(エ)までのいずれか1 つ以上に該当する状態

(ア) 補助人工心臓を装着中の状態(イ) 大動脈内バルーンパンピング(IABP),経皮的心肺補助装置(PCPS),セントラル体外式膜型人工肺

(ECMO),又は補助循環用ポンプカテーテル(ウ) 人工呼吸管理を受けている状態(エ) カテコラミン等の強心薬の持続的な点滴投与を受けている状態*カテコラミン等の強心薬にはフォスフォディエステラーゼ阻害薬なども含まれる3. Status 2:待機中の患者で,上記以外の状態4. Status 3:Status 1A,Status 1,Status 2 で待機中,除外条件(感染症等)を有する状態のため一時的に待機

リストから削除された状態

Status 1A,Status 1,Status 2 の順に優先する.また,Status 3 への変更が登録された時点で,選択対象から外れる.除外条件がなくなり,Status 1A,Status 1又はStatus 2 へ再登録された時点から,移植希望者(レシピエント)として選択対象となる. (3) 年齢臓器提供者(ドナー)の年齢及び移植希望者(レシピエント)の(公社)日本臓器移植ネットワークに移植希望者(レシピエント)の登録を行った時点における年齢に応じ,3.の具体的選択方法に示す区分に従い優先順位を定める. (4) ABO 式血液型ABO 式血液型の一致(identical)する者を適合(compatible)する者より優先する.

表9 心臓移植希望者(レシピエント)選択基準

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(5) 待機期間以上の条件が全て同一の移植希望者(レシピエント)が複数存在する場合は,待機期間の長い者を優先する. ○Status 1A の移植希望者(レシピエント)間では,待機期間はStatus 1A の日数とする. ○Status 1 の移植希望者(レシピエント)間では,待機期間は Status 1 の日数とする. ○Status 2 の移植希望者(レシピエント)間では,待機期間は登録日からの日数とする.

3.具体的選択方法(1)臓器提供者(ドナー)が18 歳以上の場合

順位

*治療等の状況による優先度年齢ABO 式血液型1 Status 1A 60 歳未満一致2

Status 1

60 歳未満一致3適合4 60 歳以上一致5適合6

Status 2

60 歳未満一致7適合8 60 歳以上一致9適合* 同順位内に複数名の移植希望者 (レシピエント) が存在する場合には待機期間の長い者を優先する.

(2)臓器提供者(ドナー)が18 歳未満の場合

順位

*治療等の状況による優先度年齢ABO 式血液型1 Status 1A

18 歳未満

一致2 Status 1

一致3適合4 Status 2

一致5適合

6 Status 1A 18 歳以上 60 歳未満 一致

7 Status 1

18 歳以上60 歳未満一致8適合9 60 歳以上一致10適合11

Status 2

18 歳以上60 歳未満一致12適合13 60 歳以上一致14適合* 同順位内に複数名の移植希望者 (レシピエント) が存在する場合には待機期間の長い者を優先する. 4.その他今後,新たな医学的知見などを踏まえ,優先順位の評価やブロック制の導入などについて,適宜選択基準の見直しをすることとする.また,Status 2 の18 歳未満の移植希望者(レシピエント)に対する心臓移植の優先順位については,改正選択基準の施行後の移植実績の評価等を踏まえて適宜見直しを行うこととする.

(厚生労働省.心臓移植希望者(レシピエント)選択基準[一部改正,令和7 年3 月7 日.健生発0307 第6 号] 2)より)

表9 (続き)
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Status 1A,Status 1,Status 2 の登録者が感染症などの除外条件によって一時的にリストから外れた状態であり,除外条件が解消されれば元のStatus に戻る.

年齢については,18 歳未満のドナーからの心臓は登録時18 歳未満の希望者に優先提供される.18 歳以上のドナーからの心臓提供は,登録時60 歳未満の希望者が優先される.医学的緊急度,年齢条件,血液型条件が同一の場合は, Status 1A の登録者間ではStatus 1Aの日数,Status 1 の登録者間ではStatus 1の日数,Status 2 の登録者間では登録日からの日数が長い順となる.

4 待機中の薬物治療

4.1 VAD 装着前の薬物治療

待機中に薬物療法を適正化する意義は,安全に心臓移植まで到達することであるが,ときにリバースリモデリングにより喫緊の心臓移植を回避しうるまで心機能が改善することもある.原則としてレシピエント登録には,ガイドラインを遵守した薬物治療(GDMT)が必須である.レシピエントの多くは左室駆出率(LVEF)の低下した心不全であり, ACE 阻害薬・アンジオテンシンII 受容体拮抗薬(ARB)/ ARNI,β遮断薬,MRA,SGLT2 阻害薬を導入のうえ,忍容性の許す限り目標用量まで増量し,イバブラジンやベルイシグアトを適宜併用する48-50).うっ血には利尿薬を併用し,経口強心薬が併用されることもある.これらの治療は,忍容性のある限り継続し,中止しない51).しかしながら,血圧や腎機能の低下,自覚症状の悪化などに伴い,レニン-アンジオテンシン系阻害薬やβ遮断薬を減量したり,経口強心薬や利尿薬を増量することもある.

Status 2 で登録された場合にはこのような薬物治療を継続するが,非代償性心不全に陥った際には,入院のうえ静注強心薬を投与する.静注強心薬にはドブタミン,ドパミン,ノルアドレナリン,ホスホジエステラーゼ(PDE)3 阻害薬(ミルリノン,オルプリノン)などがあるが,ドブタミンまたはPDE3 阻害薬を単独使用または併用することが多い.実際,2022 年AHA/ACC/HFSA 心不全診療ガイドライン51)でも,GDMT 抵抗性の重症心不全患者において, VAD または心臓移植までの橋渡し治療として,静注強心薬の持続点滴を行うことが推奨されている(推奨クラスIIa,エビデンスレベルB-NR).およそ,ドブタミン3μg/ kg/分程度,PDE3 阻害薬0.2μg/kg/分程度が安定的に管理可能な上限と考えられており,それ以上の増量が必要な

場合には,その他の静注強心薬の投与や機械的循環補助をためらわない.静注強心薬の減量により,血圧低下や倦怠感の悪化,肝臓・腎臓などの臓器障害の増悪を認めるなど,離脱が困難な場合(INTERMACS profile 3)には,Status 1 となる.

VAD 装着術前の肺高血圧症に対するPDE5 阻害薬,エンドセリン受容体拮抗薬などの肺血管拡張薬により術後の右心不全を回避しうるという明確なエビデンスは確立していない52-54).

不整脈や心拍数・調律管理も血行動態の安定化に重要である.重症心不全患者における心室不整脈の治療においてはICD が第一選択であるが,心房細動や心房頻拍では,抗不整脈薬の調整や電気的除細動,カテーテルアブレーションなどを考慮し,積極的にリズムコントロールを図る.難治性不整脈は,待機中とりわけVAD 装着後の右心不全リスクとなるため55),可能な限り事前に是正しておくことが望ましい.

4.2 VAD 装着後の薬物治療

VAD 装着患者において,心不全治療薬継続の効果を検討した大規模無作為化研究はない.しかしながら,心不全治療はVAD 装着患者に継続するのが妥当と考えられている.実際,非虚血性心筋症の患者では,VAD 装着後もリシノプリル,カルベジロール,スピロノラクトン,ロサルタンに加えて,クレンブテロールを積極的に投与することで,より強力な心筋の回復が報告されている56, 57).また最近のRESTAGE-HF 研究では,リシノプリル,スピロノラクトン,ジゴキシン,ロサルタン,カルベジロールといった心不全治療を継続した非虚血性心筋症患者36 人のうち19人がVAD を離脱しえた58).

このため,2023 ISHLT の補助人工心臓ガイドライン59)では,心不全治療薬としてのACE 阻害薬,ARB またはARNI は,VAD 装着後も忍容性がある限り使用されるべきであるとしている.β遮断薬もまた,心不全治療およびレートコントロール目的に,継続的な使用が推奨される.腎機能が保たれた患者では,ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の投与により,カリウム補給の必要性を抑えることができる.SGLT2 阻害薬もその有益性に基づいて,VAD装着患者において使用が考慮される.

VAD 装着後は,抗凝固薬(ワルファリン)と抗血小板薬(アスピリン81 ~325 mg/日)を投与する55, 59).プロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)のターゲットはデバイスによって設定が異なる.しかしながら近年,HeartMate 3 装
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着患者において,アスピリンの不使用が血栓塞栓症リスクを増加させずに出血リスクを減らすことが報告され60),アスピリンフリーの管理が米国食品医薬品局(Food and Drug Administration: FDA)に認可された.高血圧は後負荷を増大し,循環効率の低下を招くため,連続流VAD では平均体血圧を75 ~90 mmHg に保つべく,ACE 阻害薬・ARB,ARNI,β遮断薬,MRA を用いて,適切にコントロールする59).心室頻拍や心室細動など致死性不整脈の予防には,β遮断薬やアミオダロンを使用する.右心不全を伴う症例では,強心薬(ドブタミン,PDE3 阻害薬)と一酸化窒素(NO)の吸入を考慮する.VAD 装着後早期の肺高血圧症の管理では,左室充満圧の上昇を注意深く監視しながら,NO 吸入,硝酸薬,エポプロステノール,PDE5 阻害薬などの肺血管拡張療法が考慮されることがある.

VAD 装着後でも心機能が回復する症例があり(bridge to recovery),心臓移植待機中でも薬物治療の適宜見直しと適正化が求められる.各薬剤の投与における推奨は推奨表1 に示した.

5 待機中の非薬物治療(ICD,CRT)

本項では,慢性心不全において生命予後改善の明確なエビデンスが確立しているICD と心臓再同期療法(CRT)について概説する.重症心不全患者では,この両者はCRT-D として同時に施行されることが多い.

5.1 ICD

心臓移植適応となる重症心不全患者では,致死性心室不整脈による心臓突然死は主要な死因であり,ICD は原因心疾患や適応(一次予防/二次予防)に関わらず,不整脈死予防により生命予後を改善するもっとも有効な治療である61).ICD 植込みの根拠となる臨床試験の多くは海外で行われているが,わが国でのICD 植込みは各種のガイドラインに準じて行われる49, 62).最近では,わが国の心不全患者において致死性不整脈発生リスクは以前考えられていたよりも高く,欧米と同等であることが明らかとなっている63).「不整脈非薬物治療ガイドライン(2018 年改訂版)」では,一次予防適応でのICD に関して虚血性心筋症と非虚血性心筋症に分けて記載されているが,いずれも十分な薬物治療下に,NYHA 心機能分類II 以上かつLVEF 35% 以下で,NSVT ありの場合がクラスI である.虚血性心筋症では,LVEF 40% 以下でNSVT があり,電気生理検査で

VT/VF が誘発された場合もクラスI である62).これまでの前向き大規模臨床試験では,器質的心疾患を有する患者の心臓突然死の最大のリスク要因は心機能低下と心不全重症度であることが明らかにされているが,近年ではより詳細な致死性不整脈のリスク因子を用いたいくつかのスコアリングシステムの有効性も提唱されている64).これらのスコアリングについては,日本人での有効性の検証が必要である.

重症心不全患者では,VAD を装着した後も致死性不整脈を合併することはまれではない.VAD が正常に作動している状態で致死性不整脈を生じても意識は消失しないことが多く,覚醒下でのICD 作動を避けるためにショックデリバリーは起きないように設定することも多い.VAD が正常作動している状態で心室細動が生じても即座に致命的となることは少ないが,右心機能低下による心拍出低下をきたすことがある.その際には鎮静下で除細動を行い,薬物治療を強化する必要がある.

近年では,経静脈リードを用いたICD の代わりに皮下植込み型除細動器(S-ICD)が用いられることも増えており,デバイス関連の合併症やショックの不適切作動において,経静脈リードを用いたICD と同等であることが示されている65).S-ICD は,経静脈的リード挿入に伴う合併症,リード損傷,デバイスに関連する菌血症などの問題を回避できることが期待される一方で,心筋症に合併する徐脈に対してペーシングができない,CRT ができないといったデメリットがあるため,特に重症心不全症例では個々の症例で適応をよく検討する必要がある.

推奨表1  VAD 装着患者における各薬剤投与の推奨と

エビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

ACE 阻害薬,ARB またはARNI を投与する. I B β遮断薬を投与する. I C

SGLT2 阻害薬を投与する. I C

ワルファリンを投与する. I B

アスピリンを投与する. I C
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5.2 CRT

重症心不全患者では,しばしば心室内伝導障害により心室内・心室間同期不全を合併する.特に左脚ブロックは左室全体の同期障害に伴う左室ポンプ機能低下をきたし,生命予後を悪化させる.このような病態では,CRT は同期不全を解消し,心機能を向上させ自覚症状や予後の改善をもたらすことが示されている.心臓移植を考慮する際には,薬物療法に加えてCRT を含めたデバイス治療を最大限に行っていることが前提となる.

これまでの臨床研究から,CRT の有効性を予測する因子としてLVEF 低下,QRS 幅,伝導障害のタイプが重要である.心エコー検査による同期不全の評価は,大規模試験での有用性は見出されていない.詳細な適応は他のガイドラインに譲るが,わが国のガイドラインではNYHA 心機能分類III ~IV の重症心不全患者において,クラスI での適応となるのは洞調律,LVEF 35% 以下,左脚ブロックタイプでQRS 幅が120ms 以上の場合である49,  62).また,心機能が低下しており,心室ペーシングが必要な患者においては,右室単独ペーシングよりもCRT の方が有効であることも示されている66).CRT 植込み後には最適化を行うことが推奨されている.

CRT は高い有効性が期待できる症例が存在する一方,効果の乏しい症例も多く,心臓移植を考慮する上で必ずしも必須の治療ではないことに注意が必要である.さらに,Stage D 心不全例におけるCRT 治療の限界も指摘されており,重症例ではVAD 治療を優先的に検討すべきである67, 68).CRT の適応については個々の症例で十分に検討した上で,適否を判断する必要がある.

近年は,CRT 適応となる症例に対して,刺激伝導系ペーシングとしてヒス束ペーシングや左脚ペーシングがCRT よりも有効性があるとする報告が小規模ながら散見される69, 70).今後はこれらがCRT にとって代わる可能性もあり,さらなるエビデンスの構築に期待したい.

5.3 VAD

薬剤抵抗性の重症心不全に対して大動脈内バルーンパンピング(IABP),体外式模型人工肺(ECMO)などの機械的補助が選択されるが,その効果には限界があり,さらに重症化した病態に対してはVAD が必要となる71-73).

以下,心臓移植に向けたVAD 治療について概要を述べるが,詳細については「2021 年改訂版重症心不全に対する植込型補助人工心臓治療ガイドライン」を参照されたい55).

5.3.1 人工心臓の種類

a.体外設置型VAD

左室または左房より脱血し,上行大動脈に送血するシステムであり,送脱血管が皮膚を貫通し,体外のポンプと接続され,左心補助を行う.2015 年に小児用VAD として保険適用になったBerlin Heart Excor と,2021 年に保険適用となった国産のバイオフロート遠心ポンプがある(図12). b.経皮的心内留置型VAD 74)

循環補助用心内留置型ポンプカテーテルとして2017 年にImpella(図13)が保険適用となった.このデバイスの特徴としては,経皮的に大腿動脈や鎖骨下動脈から低侵襲的に挿入できることである.小型の軸流ポンプが組み込まれ,左心室から脱血し,上行大動脈に送血する.補助流量が違う2 種類のラインナップ(Impella CP:4.3L/ 分, Impella 5.5:5.5L/ 分)があり,使用可能な補助期間はそれぞれ8 日間,30 日間とされている.

VA-ECMO とImpella を併用したECPELLA 療法が行

図13 Impella ®(米国Abiomed 社) (画像提供:日本アビオメッド株式会社)

図12 バイオフロート補助人工心臓セットHC (画像提供:ニプロ株式会社)
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われることも少なくない.ECMO により右心室の容量負荷を低減し,末梢臓器灌流の改善と血液酸素加を図る.さらにImpella で左心室内の減圧を行うことで両心室を補助し,総心拍出量を増加させることが可能となる. c.植込型VAD

ポンプ本体を体内に留置するもので,2025 年現在,わが国で保険償還されているものは,連続流型遠心ポンプである国産のEVAHEART とHeartMate 3 の2 機種である.

5.3.2 適応基準55)

VAD の装着適応判断としてINTERMACS/J-MACS における心不全重症度のプロファイル分類が基準として用いられている.病態ごとに7 つのprofile に分かれておりprofile 1 が体外設置型VAD もしくは経皮的心内留置型VAD の適応,profile 2 ~3 が主として植込型VAD のよい適応とされている(表10) 48, 75).

5.3.3 主要な有害事象とその対策

VAD 装着中には装置の不具合,感染,神経機能障害,出血などさまざまな有害事象が起こりうる.これらに対し予防・対策,発生後の処置を適切に行い,心臓移植まで待機することが重要である55, 76). 5.3.4 在宅管理

植込型VAD の最大の利点は,退院・在宅治療へ移行できることである.植込型VAD は高リスクの生命維持装置であり,これを用いた在宅治療には周到な準備が必要となる.術前に長期安静による筋萎縮・廃用性障害や心臓悪液質が合併しているため,術後は効率のよい心臓リハビリ・トレーニングを行い,自宅復帰に必要な運動耐容能獲得を目指す.また,装置の機器管理,ドライブライン貫通部の自己管理や緊急時の対応などを指導する.介護者についても同様のトレーニングを行う.また,機種に応じた電源コンセント,たとえば3P 電源コンセント(接地[アース]極付きコンセント)や非常用電源などの在宅環境の整備を行う.患者とVAD 管理チームとの連絡体制を構築し,適切なモニタリングを行う.職場復帰・就学復帰を実現するためには,職場や教育機関での緊急時の態勢を整備する.植込型VAD 患者については自動車や自転車の運転は禁止とする.

5.3.5 終末期管理77)

重度な脳障害を含む諸臓器不全などで,治療の継続が困難な終末期に陥った場合は,本人・家族・介護者に対する十分なインフォームドコンセントを行い,多職種チームによる合議のうえ,VAD の駆動中止を含めた治療方針を決定する.

表10 INTERMACS/J-MACS における心不全重症度のプロファイル分類

レベルINTERMACS J-MACS VAD 適応決定までの猶予

1 Critical cardiogenic shock 重度の心原性ショック 数時間

2 Progressive decline 進行性の衰弱 数日

3 Stable but inotrope dependent 安定した強心薬依存 数週

4 Resting symptoms 安静時症状 数ヵ月

5 Exertion intolerant 運動不耐容

6 Exertion limited 軽労作可能状態

7 Advanced NYHA III 安定状態

(日本循環器学会,日本心不全学会,2021 48),Stevenson LW, et al. 2009 75)を参考に作表)
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第4章 心臓移植手術の実際

1 脳死からの臓器提供

1.1 法的脳死判定

前述(1 章3. 心臓移植に関わる法律を参照)のように,脳死下臓器提供の前提となる法的脳死判定は,臓器移植法第6 条第3 項で,1本人が臓器提供の意思を書面により表示し,かつ脳死判定を拒否する意思を表示せず,本人の家族が脳死判定を拒まない場合,2本人が臓器提供の意思を書面により表示しておらず,かつ脳死判定を拒否する意思を表示せず,本人の家族が脳死判定の実施を承諾した場合,のいずれかに該当すれば行うことができ,2 回目の脳死判定終了時刻を死亡時刻とすると定められている.

1.1.1 脳死下臓器提供の施設条件

脳死下臓器提供施設は,指針17)において,下記のいずれの条件をも満たす施設に限定されている. 1 臓器摘出の場を提供する等のために必要な体制が確保

されており,当該施設全体について,脳死した者の身体からの臓器摘出を行うことに関して合意が得られていること.なお,その際,施設内の倫理委員会等の委員会で臓器提供に関して承認が行われていること. 2 適正な脳死判定を行う体制があること. 3 救急医療等の関連分野において,高度の医療を行う施

設(いわゆる5 類型施設)であること.さらに,18 歳未満の児童からの臓器提供を行う施設に必要な体制としては,虐待防止委員会などの院内体制が整備され,児童虐待対応のマニュアル等の整備を満たしていることと定められている.

1.1.2 脳死判定医の資格要件

脳死判定は,脳神経外科医,神経内科医,救急医,麻酔・蘇生科・集中治療医または小児科医の学会専門医,あるいは学会認定医の資格を持った医師が2 人以上で行う.

1.1.3 脳死とされうる状態の判断

指針において,主治医などは,患者の状態について,脳死とされうる状態にあると判断した場合に,臓器提供の機会があることを告げることとなっている.

脳死とされうる状態とは,脳の器質的な障害により深昏睡および自発呼吸を消失した状態と認められ,かつ,原疾患が確実に診断されていて,回復の可能性がないと認められる者について,深昏睡,瞳孔固定・散大,脳幹反射の消失,平坦脳波,自発呼吸の消失が確認された場合と定められている.

1.1.4 法的脳死判定の実施

脳死判定医は,前提条件を満たしていること,除外例に該当しないことを確認してから法的脳死判定を開始する.法的脳死判定は,生命徴候,深昏睡,瞳孔散大・固定,脳幹反射消失(対光反射,角膜反射,毛様脊髄反射,眼球頭反射,前庭反射,咽頭反射,咳反射),平坦脳波,自発呼吸の消失を確認する.第1 回法的脳死判定の終了時点から6 歳以上では6 時間以上,6 歳未満では24 時間以上が経過した時点で,第2 回法的脳死判定を開始する.第2 回の判定終了時刻を死亡時刻とする.

1.2 脳死状態における循環生理

脳死後の血行動態不安定性はドナー管理において重要な課題であり,適切な循環状態を維持することがドナー臓器保護にもつながる.

脳損傷が進行し,頭蓋内圧が上昇して脳灌流が障害されるようになると,急激なカテコラミン血中濃度上昇が起こり(交感神経ストーム; sympathetic storm/autonomic storm),動脈圧および心臓後負荷の上昇,内皮損傷,心筋酸素消費量増加などを引き起こし78),心筋細胞傷害,不整脈,心筋虚血などをきたす79, 80).この交感神経ストームは肺胞上皮損傷,肺毛細血管透過性亢進もきたし,陽圧換気による肺傷害も惹起する.続いて圧受容体の活性化や脳幹
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の血管運動中枢機能喪失,脳浮腫に対する浸透圧利尿薬や尿崩症による循環血液量低下などにより血圧低下,心収縮機能低下,徐脈が生じる79).

脳死に至ると,中枢性交感神経遮断による末梢血管抵抗低下と下垂体後葉機能喪失による中枢性尿崩症が生じる.中枢性尿崩症は脳死に関連する内分泌障害の初期徴候であり,脳死ドナーの46 ~86% で報告されている81).海外のドナー管理に関するガイドラインでは,臓器への血液灌流維持のために循環血液量維持および是正の重要性が強調されている82-84).多尿や高浸透圧,高ナトリウム血症などが認められたら,高血糖や浸透圧利尿薬など他の原因を除外したうえで中枢性尿崩症の診断・治療を行うことが重要である.

脳死はコルチゾールや甲状腺ホルモンなどの血中濃度低下の原因となるが,多くの場合下垂体前葉から分泌される甲状腺刺激ホルモンや副腎皮質刺激ホルモンは完全には枯渇しない85, 86).甲状腺ホルモン補充療法の有用性については観察研究がほとんどで前向きランダム化試験では実証されておらず87),海外のガイドラインでも血行動態が不安定なドナーの管理に考慮される可能性があるものの,有効性は不明との表現にとどまっている82).脳死ドナー管理におけるステロイド治療は血行動態安定や炎症改善のために考慮され79),低用量のヒドロコルチゾン投与の有用性が示唆されている88, 90).

1.3 メディカルコンサルタントの役割

日本では,ドナー発生後に移植実施施設から評価チームを派遣しドナー評価を行い,必要時にはドナー管理も行う独自のシステムが確立されてきた.そのなかで,2002 年11 月より,メディカルコンサルタント制度が開始された.メディカルコンサルタントは第1 回法的脳死判定以降に臓器提供病院に派遣され,ドナー評価を行った後,第2 回法的脳死判定以降からは提供病院のドナー管理を支援する90).以下,具体的にその役割を示す.

メディカルコンサルタント派遣後,まずドナーの病歴から脳死に至った経緯,心停止の有無(心肺蘇生までに要した時間,蘇生法),評価時点のカテコラミン・抗利尿ホルモンの使用の有無(投与量とその使用量の変化)を確認する.次に2 次評価まで施行されてきた検査データを確認する.ドナー候補者となった初回の検査からメディカルコンサルタントが介入されるまで期間が空いている場合もあるため,必要時には検査(心電図,採血,培養検査など)を追加する必要がある.胸部レントゲン検査では心拡大,胸水,胸部臓器損傷の有無を確認する.心停止がある場合,虚血性の心電図変化がある場合が多いため,回復傾向と梗塞の所

見がないことを確認することが重要である.虚血性心疾患や遺伝性心疾患の有無に関しては生活歴や家族歴から推測できることもある.

検査結果や病歴などを確認した後,心臓超音波検査を行い(施設により使用している超音波機器が異なる場合もあるため,提供施設の循環器内科医もしくは検査技師に依頼する場合もある)心機能の評価を行う.超音波検査を行う前にCT(必ずしも造影でなくてもよい)で大動脈の石灰化,拡大の有無,冠動脈,弁尖の石灰化について情報を確認することが望ましい.60 歳を超える高齢のドナーにおいては悪性腫瘍の合併も考えられるため,心臓だけでなく肺野や腹部臓器に関してもCT での確認が必要である.心臓超音波検査では心機能(房室弁逆流,心室壁運動,LVEF,心室容積,心室重量を計測)を評価し,ドナーチャートに記載する.動脈硬化リスクが高いケース,冠動脈病変が疑われるケースでは,冠動脈CT や冠動脈造影などによる積極的な冠動脈評価が望ましい.ドナーチャートの全体評価にはドナー心について評価し,メディカルコンサルタントとしての意見を記載する.

基本的にドナーの全身管理は提供病院の担当医が臓器提供に向けて行うが,メディカルコンサルタント介入後はその管理において必要時,メディカルコンサルタントと担当医が相談し管理を行う.すなわち,ドナーの合併疾患の治療に加え,脳死に伴う循環生理学的変化に合わせた電解質,血糖を含めた水分バランス管理,循環・呼吸管理,体温管理,感染予防などの観点からメディカルコンサルタントが必要と考える場合,薬剤調整をメディカルコンサルタントから依頼することもある91).

脳死判定と並行して,JOT あっせん対応本部ではレシピエント選択基準に基づいてプログラムされた移植登録者検索システムで移植待機者の検索を行う.法的脳死判定終了後に移植施設経由でレシピエント候補者の意思確認を行う27).レシピエントが選定され,移植施設に連絡が入る.その際,移植施設よりメディカルコンサルタントに対しJOT を経由してドナーの状態について直接連絡を取り,情報を得ることも可能である.

1.4 ドナー管理の要点

脳死ドナーの管理において,移植に適した良質の臓器を提供するためには,循環動態の安定化と臓器機能の維持が重要である91, 92).脳死では,交感神経系の過剰な活性化と血管拡張により循環動態が不安定化する.脳死特有の生理学的変化を念頭に,血管内脱水を避け,臓器の灌流を保ち,
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輸液と血管作動薬の適正使用により血行動態を安定化させる(推奨表2).

循環管理では,血中乳酸値の上昇や混合静脈血酸素飽和度の低下が移植に適した臓器とならないことの判断指標となる.収縮期血圧を90 mmHg 以上,尿量を0.5 ~1.0 mL/kg/時以上,LVEF 45% 以上に維持することを目標とする(表11) 92).適切な輸液にも関わらず低血圧が持続する場合には,バソプレシン0.01 ~0.02 単位/kg/ 時での投与開始を考慮する.十分な輸液とバソプレシン投与でも血圧が維持できない場合には,心血管作動薬を検討する.臓器血流維持のため,可能な限りノルアドレナリンの使用を避ける.やむを得ずカテコラミンを使用する場合には,心障害やβ受容体のダウンレギュレーションを避けるため,可能な限り低用量での使用が望ましく82),ノルアドレナリンは0.1 μg/kg/分以下,ドパミン10 μg/kg/分以下での投与が推奨される93).最近では,カテコラミン必要量を減らし,高ナトリウム血症を予防する観点から,より積極的にバソプレシン投与が考慮される94).実際,バソプレシンの開始により,ノルアドレナリンが中止でき,心機能が改善したとのランダム化比較試験がある95).ドナー管理中は,繰り返し経胸壁心エコーを実施し,心機能の把握に努める.

また,動脈硬化リスクが高い場合や冠動脈病変が疑われるケースでは,冠動脈CT,冠動脈造影などによる積極的な冠動脈評価を考慮する.呼吸管理では,喀痰貯留による無気肺や肺炎に注意する.気管支鏡による吸痰や無気肺の

緩徐も考慮する.人工呼吸管理では,一回換気量や最大吸気圧を低く抑え,人工呼吸器関連肺傷害を予防する.動脈血酸素飽和度は93% 以上に維持する.PaO2 は70 ~100 mmHg,PaCO2 は35 ~45 mmHg,pH は7.35 ~7.45 に維持する.一回換気量は8 ~10 mL/kg とし,FiO2 は必要最小限とする.適切な体温管理(36±0.5 ̊C),電解質・血糖の是正,感染予防対策も重要である.必要に応じて輸血も考慮する.脳死では除神経の状態にあるため,体位変換や移動時の血圧変動には十分注意する.

臓器摘出手術時も,呼吸循環管理医と連携して適切な全身管理を行い,摘出臓器の質の維持に努める.ドナー管理では,術直前にメチルプレドニゾロン1 g,筋弛緩薬を投与する.血圧低下時には,輸血やアルブミン製剤の急速注入で対応する.血管収縮薬は,臓器血流を低下させ,保存液の灌流を不良にするので,追加注入や増量は可能な限り行わない.すべての臓器摘出の準備が整った時点で,へパリン500 単位/kg を中心静脈路から注入し,バソプレシン投与を中止する.心臓剥離操作中は,不整脈をきたしやすいため注意を要する.徐脈時には心外膜ペーシングの使用を考慮する.肺摘出がある場合には,気管遮断後に人工呼吸を停止する.心臓摘出医は,摘出手術の統括を行い,呼吸循環管理医を支援する.

1.5 3 次評価の実際

3 次評価はJOT によるレシピエント決定後,臓器摘出医または移植医により行われる.レシピエントが選定された後,JOT から送られてくる臓器摘出手術スケジュールに従い,摘出チームが提供施設に集合する.3 次評価を行うにあたり心臓超音波検査評価を行える医師が同行していることが望ましい.集合後,臓器ごとに3 次評価が行われる. 3 次評価を行う医師がドナーのベッドサイドに向かう際には必ず,白衣と身分証明証を着用する.摘出チームの担当者2,3 名がコーディネーターの誘導のもとベッドサイドに行き,直接ドナーを診察およびエコーを施行し評価する.エコー検査後は検査用ゼリーをしっかりと拭き取り着衣を整える.2 次評価から数日経過していることもあるため,2次評価後からの経過を十分に検討し評価を行う.主治医が同席している際には,評価結果を伝える.評価終了後は待機室に戻り,所定用紙に評価結果を記載しコーディネーターへ提出する.

3 次評価では移植が可能か否かを,実際に移植施設の医師が行うことで提供病院や臓器提供施設の担当医の責任を軽減する役割を担っているとも考えられる.

推奨表2 ドナー管理における推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

臓器灌流維持のために,適切な血圧を維持する. I C肺障害の予防のために,適切な一回換気量の確保とPEEP を行う. I C臓器灌流維持のために,中心静脈圧を指標に輸液管理を行う. I C臓器機能を最適化するために,36.0 ± 0.5°Cの適切な体温を維持する. I C心機能評価のために,経胸壁心エコーを繰り返し行う. I C血圧管理のために,バソプレシンを投与する. I C動脈硬化リスクが高い場合や冠動脈病変が疑われるケースでは,冠動脈CT,冠動脈造影などによる冠動脈評価を考慮する. IIa C循環動態安定化のために,漫然と高用量のカテコラミンを使用するべきではない. III Harm C
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1.6 ドナー心の選択基準

ドナーの状態はさまざまである.血行動態の安定化,恒常性の維持,尿崩症からの循環血液量や電解質異常の是正が行われて,ドナー心の状態が評価されるべきである.メディカルコンサルタントが介入する前にドナーの状態が評価され,斡旋の可否が判断されている.すなわち,斡旋が行われる段階で絶対的不適応のドナー心ではないということであり,最終的には各々の施設での判断で受諾が決定されている.

標準的ドナー条件がJOT により示されている(表12) 96).一方で,これらの条件を満たさないドナーを拡大基準ドナー(いわゆるマージナルドナー)という.標準的ドナー条件をすべて満たすドナーはそう多くなく,何らかの逸脱要

表11 ドナーにおける循環管理・人工呼吸管理の目安

循環管理の目安血圧成人(13 歳以上):収縮期血圧 ≧ 90 mmHg 1 歳未満:収縮期血圧 ≧ 65 mmHg 1 歳以上13 歳未満:収縮期血圧 ≧ (年齢× 2)+65 mmHg体温36 ± 0.5 ̊C尿量≧ 0.5 ~1.0 mL/kg/ 時,乳児は1 ~2 mL/kg/ 時ただし,血管内脱水に対しての利尿薬は禁忌動脈血酸素飽和度≧ 93%血液ガスph:7.3 ~7.5 PaCo2:35 ~45 mmHg PaCo2:70 ~100 mmHg人工呼吸管理設定の目安を優先し,ある程度のPaCo2 高値,PaO2 低値は容認する.血清ナトリウム脳死判定前:< 155 mmol/L 管理目標:135 ~150 mmol/L血糖値120 ~180 mg/dLヘモグロビン値Hb ≧ 7 g/dL,Ht ≧ 20%心臓超音波検査左室駆出率(EF)≧ 45%血行動態不安定時に追加を考慮するもの心係数≧ 2.4 L/ 分/m

2 Stroke volume variation <10 ~15%

人工呼吸管理の目安一回換気量6 ~8 mL/kg(理想体重)プラトー圧< 30 cmH2O PEEP 8 ~10 cmH2O より開始,SpO2 を保つための最小限F1O2 との兼ね合いで増加させて良い. F1O2 SpO2 ≧ 93% を目標に可能な限り低値.持続的な陽圧の維持閉鎖式吸引回路を使用する.一時的な陽圧解除後にはリクルートメント手技を行う. (厚生労働科学研究費補助金 地域医療基盤開発推進研究事業.主任研究者 嶋津岳士・田﨑修.「5 類型施設における効率的な臓器・組織の提供体制構築に資する研究-ドナー評価・管理と術中管理体制の新たな体制構築に向けて」令和4年3月.より92) 抜粋)

表12 心臓臓器提供者(ドナー)適応基準

1.以下の疾患または状態を伴わないこととする. (1) 全身性の活動性感染症(2) HIV 抗体,HTLV-1 抗体,HBs 抗原,HCV 抗体などが

陽性(3) クロイツフェルト・ヤコブ病およびその疑い(4) 悪性腫瘍(原発性脳腫瘍および治癒したと考えられるも

のを除く) 2.以下の疾患または状態を伴う場合には,移植の適応を慎重に検討する. (1) 心疾患の既往(2) 心電図,心エコー図などによる心疾患の所見(3) 大量のカテコラミン剤の使用(例:ドパミン10 μ g/

kg/ 分にても血行動態の維持が困難な場合) (4) HBc 抗体陽性3.年齢:50 歳以下が望ましい. (公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク.臓器提供者(ドナー)適応基準96)より)
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素を持つことがほとんどである.一般に高齢・体格差・性別ミスマッチ(女性ドナー・男性レシピエント)・心肺蘇生の既往の有無・高用量カテコラミン投与・低心機能・左室肥大・併存する冠動脈病変・4 時間以上の虚血時間などがあげられる(表13).

標準的ドナー条件からの逸脱をどの程度許容するかについては,レシピエントの状態により決定され,その判断基準は施設間での差が大きく,また時代によっても異なるといえる.今後も拡大基準ドナーからの移植についての議論は続くものと思われるが,ここでは海外ガイドラインを踏まえてわが国のドナー心の選択基準について論ずる93).

1.6.1 年齢

海外のレジストリから,ドナーの年齢が上がるにつれて移植後の成績が低下するとの報告がある97, 98).ISHLT ガイドラインでは,45 歳未満のドナーがClass I/エビデンスレベルC で推奨されており,45 歳以上の場合には,冠動脈病変の評価や予想される虚血時間などをもとに判断することが推奨されている93).しかし,わが国の臓器提供では,多くのドナーで冠動脈造影が行われていないこと,50 歳以上のドナーが約4 割を占めていることから96),年齢だけでの判断は現実的ではない.現時点では臓器提供の年齢の上限についての規定はない.あくまでレシピエントの状態も考慮して,総合的に判断されるべきである.

1.6.2 体格差と性別

かつては,性別のミスマッチや体重差が問題にされることが多かったが,現在では必ずしもそうではないかもしれない.特に女性ドナーから男性レシピエントへの移植については,近年ではレシピエントの肺高血圧や極端な体重差がなければ安全に行うことができると考えられている(Class I/エビデンスレベルC) 93).肥満指数(BMI) 99)や

predicted heart mass 100, 101)なども判断指標の1 つとされ, ISHLT のガイドラインでは,predicted heart mass がレシピエントの20 ~30% 以内であれば許容できるとしている(Class I/エビデンスレベルC) 93).一方で,肺高血圧を合併しているレシピエントに対して右室機能の低下しているドナー心を移植するには,体格差や性別のミスマッチをより考慮したほうがよいかもしれない(Class IIb/エビデンスレベル C) 93).

1.6.3 心肺蘇生の既往

心疾患の既往がなく,心機能が正常に復しているドナーであれば,心肺蘇生の既往は大きく影響しない可能性がある.また,30 分以上の心停止であっても心機能が正常に復していれば,転帰に影響しない可能性がある(Class IIa/エ

ビデンスレベルC) 93).

1.6.4 血行動態

Swan-Ganz カテーテルにより血行動態がモニタリングされているドナーはほとんどない.したがって,適切な血管内ボリュームのもとで安定した血行動態を維持している循環作動薬の量がその判断指標とならざるをえない.心機能を評価するうえでは,どの程度のカテコラミンが使用されているかについても念頭に置く必要がある.標準的ドナー条件に示されている10 μg/kg/分以上のカテコラミン投与量は,1 つの判断指標となる102).また,ノルアドレナリンの投与量も0.1 μg/kg/分以下が望ましく,ISHLT ガイドラインではClass I/エビデンスレベルC で推奨されている93).これ以上の投与量の場合には,高用量を要する病態が潜んでいる可能性を考慮に入れる必要がある.

1.6.5 低心機能

低左心機能の脳死ドナーで繰り返し心エコー検査を行うことは,左心機能が回復するのを確認するのに有用である(Class I/エビデンスレベルC) 93).特に,若年ドナーであれば,低心機能であっても,繰り返しの心エコー検査で回復を確認することができれば問題がないかもしれない(Class IIa/エビデンスレベルC) 93).LVEF 45% 未満の場合に,ドブタミン負荷心エコー検査が有用であることがある(Class IIa/エビデンスレベルC) 93, 103).

1.6.6 左室肥大

心エコー検査で心室中隔や左室後壁の壁厚の測定による左室肥大の評価は有用で,ISHLT ガイドラインでも推奨されている(Class I/ エビデンスレベルC) 93).壁厚11 ~13 mm を軽度,14 ~16 mm を中等度,17 mm 以上を重度と

表13 注意を要する拡大基準ドナーの条件

年齢:高齢

性別ミスマッチ:女性ドナー/ 男性レシピエント

20 ~30% を超える体格差

心肺蘇生の既往10 μg/kg/ 分以上のカテコラミン

0.1 μg/kg/ 分以上のノルアドレナリン

低心機能(低左心機能・低右心機能)

左室肥大冠動脈病変4 時間以上の心虚血時間
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定義し,中等度以上の壁厚の場合には慎重なドナー選択を要する.14 mm 以上の左室肥大がある場合に,55 歳以上のドナーや心虚血時間が4 時間を超える場合では,転帰に影響する可能性がある(Class IIa/エビデンスレベルB) 93, 104).

1.6.7 冠動脈病変

わが国では,多くのドナーで冠動脈造影が行われておらず,かつ50 歳以上のドナーが比較的多いため96),潜在的に冠動脈病変を有することを考慮しておかなければならない.冠動脈造影が行われていない代替の評価手段として, CT で冠動脈の石灰化の有無を確認することや冠血管リスク因子を評価することが参考となる105).1 枝病変では移植後の生存率が軽度低下するが,多枝病変では予後が悪化する106).

1.6.8 心虚血時間

心臓移植では,心虚血許容時間としては4 時間が長らく目安とされてきた.現在もISHLT ガイドラインでは4 時間以内の心虚血時間が推奨されている(Class I/エビデンスレベルC) 93, 107).将来的には,体外臓器灌流装置やDCD からの移植の導入などにより,虚血許容時間の概念が変わるかもしれない.

わが国の心臓移植では,医療システムやレシピエント・ドナーの背景が海外とは異なるため,必ずしも海外のガイドラインが当てはまるわけではない.心臓移植を行うことのメリットと基準から逸脱することによるリスクとのバランスを鑑みて,個々の症例において総合的に決定することが何よりも重要である.

2 脳死ドナーから移植心の 摘出・保存

2.1 摘出手技

脳死ドナーからの心臓摘出手技は,多くの心臓移植実施施設において,下記に記載された手技の大部分が標準的とされていると思われる.しかし,他の多くの外科手術手技と同様に,手術進行上の状況変化,レシピエントやドナーの状態,および各施設の方針に応じて,これらの手技は臨機応変に変更しうるものである.そしてもちろん,すべての手技にデータに基づく確立したエビデンスがある訳ではない.したがって,必ずしもすべてを下記の通りに遵守すべきとは考えていない.

一方で,心臓摘出手術の責任者には,肺や肝臓などの他臓器を摘出する他施設の責任者と互いに協力し合いながら,ドナー手術全体を滞りなく安全に進行させるという責任がある.臓器摘出の現場で摘出施設間の意見が著しく異なることは理想的ではなく,ある程度はこれらの手技を標準的と考えるという事前コンセンサスを得ておくことも必要と思われる.以上の観点から,本ガイドラインの心臓摘出手技の概要を下記の如く纏めた.

2.1.1 ドナー心摘出術において配慮すべき点

脳死患者は除神経状態にあるために体位変換による血圧低下を生じやすく,丁寧にゆっくりと手術台に移動する.肩枕を入れ,除細動パドルを貼り付け,両上肢はシーツなどで包んでベッドに固定する.体毛がある場合には,体幹前面・陰部・鼠径部を剃毛する.消毒は,前頚部から体幹・両鼠径部まで行う.胸骨切痕から恥骨レベルまで皮膚切開できるようにドレーピングする.中心静脈カテーテルは内頚静脈から留置されていることが多いが,上大静脈結紮時に浅く引き抜けるよう,呼吸循環管理医に固定糸をはずしてテープで仮固定しておいてもらう.限られた術野に胸部2 人,腹部2 ~3 人が立ち,胸部と腹部の操作が同時並行で進むため,胸部と腹部のチームは声を掛け合い,お互いに譲り合いながら操作を進めることを心がける.心臓チームの責任者が術野の責任者となって血行動態を含めた管理に注意を払い,呼吸循環管理医などとよくコミュニケーションをとり,安全かつ予定通りに摘出手術が進行するように配慮する.術中に徐脈となった際には体外式ペーシング療法を考慮し,不整脈発生時には電気的除細動やカルディオバージョンを考慮する必要がある.

進行のタイミングで気を付けるべきところは「ヘパリン化」と「大動脈遮断」である.ヘパリン化は胸部・腹部ともに剥離などの摘出準備が完了したことを確認してから行う.大動脈遮断はドナー臓器の虚血時間の開始時刻となるため,大動脈遮断時間を早める時は各臓器担当医の合意を得なければならない.予定より早く大動脈遮断しても,虚血時間が不必要に延びてしまうことになりうる.一方で予定よりも進行が遅れてしまうと,搬送経路で予定していた新幹線や航空便に乗り遅れて虚血時間が著しく延長してしまう危険性があるため,極めて不都合であり回避しなくてはならない.

2.1.2 臓器採取術前ミーティング

各摘出施設のメンバー,呼吸循環管理医,提供施設のスタッフ,およびJOT のコーディネーターと共に摘出前ミー
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ティングを行う.心臓摘出チームの責任者は,メンバー紹介をして第三次評価の結果を報告する.執刀前のメチルプレドニゾロン(1 g),ヘパリン量(400 U/kg)を確認する.ミーティング前後のタイミングで,持参したメチルプレドニゾロン 1 g とヘパリン原液 400 U/kg をそれぞれシリンジに準備して,JOT のコーディネーターを介して呼吸循環管理医に渡す.心臓摘出直前に中心静脈カテーテルを浅く引き抜けるように,ドレーピング前にカテーテル留置部の固定糸をはずしてテープで仮固定することを呼吸循環管理医に依頼する.腹部臓器の摘出がある場合は,下大静脈に腹部からカニュレーションして脱血することを腹部チームに依頼する.ただし,胸部・腹部チームが互いに合意すれば,腹部から下大静脈に脱血管を入れず,肺チームも合意のうえ,右開胸として血液が可能な限り胸腔内に流れ込むようにしてもよい.右開胸として心囊内に流れこむ温血液の量を最小限とすることは,大動脈遮断時の視野の確保だけではなく,心保護の観点からも重要である.右開胸としたうえで,横隔膜上で下大静脈・右房接合部を切開して,ここに吸引管を置いて吸引脱血してもよい.いずれにしても大動脈遮断前に横隔膜上で肝臓摘出医との合意ラインで下大静脈・右房接合部を切開することを確認する.肺摘出がある場合,左房切開は肺摘出医と一緒に目視しながら慎重に行うことを確認する.灌流液投与中の左房の脱血・減圧をどこで行うか(左心耳切開,左房下面切開,肺摘出がない場合は右上肺静脈切開も可)をミーティング時に確認する.吸引は胸部と腹部で2 系統ずつ,計4 系統使用できるよう依頼しておく.心保存液灌流カニューレからヘパリン加血の採血ができるので,採血希望の移植チームがあるか確認する.ヘパリン化前の採血が必要な分は,摘出手術開始前に呼吸循環管理医に動脈ラインから採血してもらう.心臓採取医がドナー手術中の術野の責任者となって統括するので,特にヘパリン投与時と大動脈遮断時に,手術室にいる全員に周知して行うことを確認する.

2.1.3 実際の心臓採取手順(開胸から大動脈遮断まで)

手術開始前にメチルプレドニゾロン1 g を呼吸循環管理医に投与してもらう.胸骨正中切開を行う.頭側の皮膚切開が不十分だと,腹部側が大きく開くために胸骨が「ハの字」に開いて開胸器がずれやすいので,頭側も十分に切開する.心膜を縦切開して,ペアンなどで吊り上げる.肺の最終評価後に心膜に吊り上げ糸をかけることを希望する肺採取医もいるため,肺チームと吊り上げ糸をかけるタイミングを相談しておく.心臓表面,特に冠動脈を視診および触診で確認する.解剖学的異常や冠動脈硬化がないことを確認し,移植の可否(最終評価)をJOT のコーディネーターに告げる.

肺チームと交代し,肺チームが左右開胸して肺の最終評価を行う.肺の評価時には肺/ 心臓の圧排や肺の加圧などが必要になる場合があり,循環動態が変動しやすい.心臓チームの責任者が常に血行動態に気を配り,必要な対処を他の手術メンバーや呼吸循環管理医に声掛けしていく必要がある.

心臓チームに再び交代し,上大静脈を剥離・露出する.前方は心膜を切開して左右腕頭静脈合流部までを露出する.上大静脈の内側後方で右肺動脈との間を剥離し,尾側は左房天井まで,頭側は奇静脈がテーピングできるところまで剥離・露出する.奇静脈は結紮する.奇静脈より頭側の上大静脈に2 号絹糸を回しておく.上大静脈の背側を左房天井まで剥離しておくと,後程の左房切開線が分かりやすい.右肺の提供がある時は右側左房切開時のように心房間溝を剥離する(右肺提供がない時は不要).下大静脈を心囊内で剥離・露出する.右下肺静脈と下大静脈の間も剥離する.テープまたは2 号の絹糸を下大静脈に回しておく.上行大動脈から近位弓部大動脈の腕頭動脈分岐部レベルまで剥離・露出する.肺動脈幹・右肺動脈と上行大動脈の間を剥離し,上行大動脈をテーピングしておく.

全身ヘパリン化に備えて,上行大動脈に心保存液灌流カニューレ固定用の糸をかける.大動脈遮断は腕頭動脈分岐部直前の最遠位上行大動脈とするため上行大動脈のどこでも大丈夫だが,ある程度遠位にすれば移植される部位にこの孔が含まれずに閉じる必要はなくなり,また移植される範囲に孔が含まれればレシピエントの大動脈遮断解除後の脱気・ベンティングにこの孔を利用できる.肺チームと交代し,肺チームが肺動脈幹遠位に肺灌流カニューレ固定用の糸をかける.心臓摘出する際の肺動脈切離ラインはこの肺灌流カニューレを抜去した孔から全周性に離断することが多いため,カニュレーション位置を肺チームと一緒に確認する.肺動脈基部または右室流出路を軽く尾側に牽引してカニュレーション部位の視野を展開する.肺動脈幹遠位で左右肺動脈分岐直前にカニュレーションするよう依頼するが,遠位にし過ぎると左右肺動脈のどちらか一方ばかりに肺灌流液が流れてしまう恐れがあり注意が必要である.または,心臓チームと肺チームの合意があれば,肺動脈弁の損傷に注意しながらカニュレーションしやすい近位部でカニュレーションを行い,大動脈遮断後にそのタバコ縫合を結紮してより遠位部で肺動脈を全周性に離断してもよい.

心臓チームと交代し,腹部を含めた摘出予定臓器の剥離・準備が完了したことを確認してから,呼吸循環管理医にヘパリン400 U/kg の投与を依頼する.ヘパリン投与後,
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3 分間待つ間に心保存液回路を術野に準備する.上行大動脈に心保存液灌流用針を刺入して固定する.ヘパリン加血の採血で必要な分をこのカニューレから採血した後に心保存液回路とカニューレを接続する.肺チームと交代し,肺チームが肺動脈幹の糸をかけておいた場所に肺灌流カニューレを挿入し,肺灌流液回路と接続する.

心臓チームと再び交代し,上大静脈内の中心静脈カテーテルを触知して先端の位置を確認しながら,中心静脈カテーテルを呼吸循環管理医に浅めに引き抜いてもらい,右腕頭静脈内まで先端が引き抜かれたところでテープ固定し直してもらう.または,中心静脈カテーテルをそのままの位置に留置しておき,後の上大静脈結紮の直前に抜去してもよい.腹部から下大静脈にカニュレーションして脱血する場合は,腹部から下大静脈に挿入した脱血管を心囊内で触知しないか確認する.もし触知した場合は,先端が横隔膜下になるまで引き抜いてもらう.ここから先の操作では血圧が急降下していき,手を止めず流れるように大動脈遮断・灌流液投与まで進めていく必要があるため,ここで灌流液投与までの手順について呼吸循環管理医を含めた全員と再確認してから行うとよい.これらの手順の数分後には大動脈遮断となって臓器の虚血時間が始まるため,予定時刻より早く進める場合には各臓器担当医の合意を得る必要がある.予定時刻まで待つこともある.肺提供がある場合,肺チームによっては肺動脈幹に針付シリンジでプロスタグランジンE1 500μg を注入する.数心拍で血圧は必ず著しく低下してくるが,このまま大動脈遮断に向かうので血圧低下に対しては特に処置は行わない.

上大静脈頭側に回していた2 号絹糸をできるだけ頭側で結紮する.肺摘出がある場合は,気管支離断直前まで換気を続けてもらう.肝臓チームと一緒に確認しながら,下大静脈を横隔膜から掘り起こした部位で長い鉗子を用いて遮断し,下大静脈・右房接合部の前方を半周性に切開する.腹部臓器摘出がある場合で,あらかじめ合意の下に腹部から下大静脈に脱血管を入れない時は,肺チームも合意の上,右開胸として血液が可能な限り胸腔内に流れ込むようにする.右開胸としたうえで,下大静脈の遮断はせずに下大静脈・右房接合部前方を半周性に切開し,ここに吸引管を置いて静脈血をしっかりと吸引する.下大静脈・右房接合部の切開時には完全に離断せず,前方半周だけ切開する.

上行大動脈を遮断する.ここまでで十分に血圧は下がっているため,そのまま上行大動脈最遠位の腕頭動脈分岐直前で大動脈を遮断する.肺動脈幹にプロスタグランジンE1 注入を行っていない場合は,血圧が十分に下がっていないことがあるため,十分に血圧が下がったことを確認してから大動脈を遮断する.後に左心耳切開をする場合は,大動脈遮断前に左心耳をサティンスキー鉗子などで把持し

ておく.心保存液を投与開始する.最もよく使われているCelsior 液では30 mL/kg を60 ~80 mmHg の灌流圧で投与する.大動脈遮断が十分になされていて,心保存液注入により大動脈基部がある程度張っていることを確認する.心保存液投与開始後すぐに,肺摘出がある場合は左心耳切開もしくは左房下面切開で,肺摘出がない時は右上肺静脈切開で,左心系の減圧・ドレナージを開始し,左心系が減圧されているのを確認してから,肺摘出がある場合は肺灌流液の投与を開始する.肺摘出がある場合でも左心耳切開をしない施設があり,その場合は左房下面切開でドレナージする.心臓の過伸展と肺の鬱血を防ぐために,胸部だけで2 系統の吸引を用いる.1 系統は切開した左心耳から左房内に吸引管をやさしく挿入して吸引・減圧し,もう1 つは下大静脈・右房接合部の切開部や心囊・胸腔を吸引する.心保存液・肺灌流液投与中はアイススラッシュを心囊内に入れて心筋温を下げるようにする.心筋の低温障害や心保存液の末梢灌流不良を危惧してアイススラッシュを使わない施設もある.

2.1.4 実際の心臓採取手順(大動脈遮断から心臓摘出まで)

心保存液と肺灌流液の投与がすべて終わるのを待ってから心臓摘出を開始する.まず,下大静脈・右房接合部の残っている後方半周を切離する.心尖部を頭側に挙上し,左右の下肺静脈と左房下壁を確認する.左房下壁に尖刃刀で切開を入れ,ここからメッツェン剪刀で左房切開を行う.肺摘出がある時は,肺側に左房カフが残っていなければならないため,左房切開ラインは肺チームと一緒に確認しながら慎重に行う.メッツェン剪刀の向きが肺静脈側に向かないよう注意する.肺摘出がない時は左房切開せず,上下左右肺静脈を切離して左房をすべて摘出する.左房下壁の切開部から右側は,下大静脈・右房接合部切離口の背側に切開を進め,下大静脈・右房接合部切離口を越えるところで,あらかじめ剥離してあった心房間溝を頭側に切開していく.上大静脈の背側で左房天井側へ少し切開を進める.心房間溝剥離部内で切開していけば,右肺静脈の左房カフは確保できる.

左房下壁の切開部から左側は,肺静脈・左房接合部から5 mm ほど左房壁を肺静脈側に残したラインで切開していく.左上肺静脈と左心耳の間は左房壁の幅が狭いことがあり,肺静脈側にも心臓側(左心耳側)にも左房壁が残るように慎重に切開していく.左上肺静脈を越えて左房天井は心臓側に十分に左房壁が残るように肺動脈幹背側で左心耳背側の左房壁を切開していく.この段階で左右からの左房切開線がつながらずに左房天井が残っていてもよい.左側
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左房の切開時は心臓を右側に牽引して左房壁が伸展しているため,切開後には左房壁が短縮して思いのほか少ししか残っていないということがありうるので注意する.

挙上・牽引していた心尖部を心嚢内に戻し,大動脈を遮断鉗子の遠位で切離する.遠位弓部大動脈と頚部分枝で切離し,弓部大動脈まで採取する施設もある.切離した大動脈を遮断鉗子ごと手前に牽引して上行大動脈背側を右肺動脈下縁の高さまで剥離する.この操作で肺動脈幹から右肺動脈が良好に視認できるようになり,肺動脈切開部もよくわかる.肺灌流カニューレを抜去し,抜去した孔が肺動脈幹遠位であれば,この孔から左右に肺動脈幹最遠位で全周性に切開する.または,心臓チームと肺チームの合意があれば,タバコ縫合を結紮してより遠位部で肺動脈を全周性に離断してもよい.肺摘出がある時は左右肺動脈に切り込まないように注意する.肺摘出がない時は左右分岐後の肺動脈を切離する.

上行大動脈と肺動脈幹を手前に牽引し,大血管後面の結合織を尾側に切離していき,残った左房天井を切開する.肺摘出がない時は左房背側の結合織を切離していき,左房をすべて摘出するようにする.上大静脈をできるだけ頭側(結紮部のすぐ心臓側)で切離する.奇静脈がまだ切離されていなければ切離する.これで心臓摘出となる.上大静脈を最後まで切離しないでおいたほうが,上大静脈を損傷するリスクが少ない.上大静脈を先に切離してフリーになっていると,左房切開時に誤って損傷することがある.

2.1.5 摘出心のパッキングと搬送

摘出した心臓をバックテーブルに移し,残っている冷保存液で心臓を洗浄する.上行大動脈は遮断鉗子で遮断したまま切離し,バックテーブルで心臓を冷保存液に浸漬した状態としてから遮断鉗子を外す.見える範囲で心臓の異常の有無(卵円孔開存や弁尖の異常など)を確認する.心臓を滅菌アイソレーションバッグに入れ,心臓が完全に浸る量(500 ~1000 mL)の冷保存液を入れて,空気を十分に抜きながら紐で二重に縛って密封する.氷は入れない.心臓が入ったアイソレーションバッグを,完全に浸る量(500 ~1000 mL)の冷生食もしくは冷乳酸リンゲル液とともにもう1 枚の滅菌アイソレーションバッグに入れ,紐で二重に縛って密封する.氷は入れない.1 重目に入れた臓器と保存液の氷や保冷剤による凍結・低温障害を防ぐために,2 重目のアイソレーションバッグに液体を入れることが重要である.これをもう1 回行って,3 重の滅菌アイソレーションバッグに密封する.3 重の滅菌アイソレーションバッグに密封したものを滅菌金属容器に入れて密封する施設もある.3 重の滅菌アイソレーションバッグまたは密閉式金属容器をクーラーボックスに入れ,周囲に氷または保冷剤

を詰めて位置を安定させてしっかりフタを閉じ,手術室から退室する.手術室退室時には,提供施設の呼吸循環管理医やその他のスタッフ,その他の摘出施設スタッフに対する礼意を伝える.また,提供施設を出発する際には玄関でドナーご家族によるお見送りがあることが多い.ドナーご家族に対する礼意を伝え,JOT のコーディネーターの立会いのもとでご家族にクーラーボックスに触れてもらう.安全かつ迅速な搬送をすることも大切であるが,ドナーご家族にお別れの時間をしっかりとって頂けるように配慮する.

2.2 ドナー心筋保護

ドナーより摘出される心臓は,大動脈遮断後に心保存液を単回投与し,冷却した保存液に浸した状態で搬送する.この心保存液の投与と冷却により,細胞内の嫌気的解糖を抑えアデノシン三リン酸の消費を抑えて細胞壊死を抑制することで,レシピエントに移植され再灌流されるまでの間の心筋保護を行う.摘出時の心保存液の投与方法は本ガイドライン別項(2.2.1 摘出手技)を参照.

2.2.1 薬剤の使用状況・使用成績と推奨

現在国内の心臓移植実施施設では細胞外液型のCelsior液108,109),細胞内液型のUniversity of Wisconsin(UW)液110)が使用されている(2024 年10 月現在).Celsior 液, UW 液の成分を表14 111)に示す.世界的には上記2 剤含め,おもに4 種類の保存液が使用されている.2019 年に報告されたUNOS データベースを用いた大規模レジストリの後向き研究では,心保存液の使用状況は,ほぼ半数がUW液,約4 分の1 がCelsior 液,4 分の1 が改良型Bretschneider であるhistidine-tryptophan-ketoglutarate (HTK)液112)であった113).UW 液,Celsior 液,HTK 液, Saline の比較で,心保存液組成による差は認められないものの,細胞外液型心保護液使用群で1 年生存率がその他の心保存液に比して劣ることが示された113).Pannekoekらによる,RCT 3 編を含む9 編の臨床研究の検討では,比較的短時間の心保存の場合は長期生存率に心保存液の種類による影響は明らかでないが,高カリウム型心筋保護液は各種心保存液に比して不良であり,特に4 時間以上の心保存・心虚血時間を要する例 やハイリスクドナー心の保存についてはUW 液の使用が望ましいと報告されている114).以上の臨床研究の報告からは,比較的短時間の虚血および標準的ドナー心においては心保存液の選択が予後に及ぼす影響は少ないと考えられる.一方,長時間心保護などにおいては細胞内液型UW 液が心保存液としてより理想的で
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あることが示唆された.

2.2.2 今後の課題

国内の心保存液の使用について,現在心保存目的に国内で保険適用が得られた薬剤はなく,薬剤選択は各施設の判断に委ねられている.UW 液は,腎臓,肝臓,膵臓のドナーからの臓器摘出時の臓器灌流・冷保存目的で,国内に流通がある.Celsior 液の使用は現状海外からの輸入で購入し使用する他に方法はなく,施設ごとに使用にあたっての申請,海外輸入の手続きなどを行う必要がある.薬剤の発注・納品までには平均3 ~4 週間を要すること,脳死移植の発生時期は予想が困難であることから,各施設が一定の在庫を抱えることが必要となっている.これまでの国内の心臓移植での心筋保護液の使用成績を踏まえた検証をもとに,移植に際して安定した利用を可能とするためにも,一定の薬剤について保険適用を通すことを視野に入れていくことが望ましい.また,他臓器(肺)では国産保存液の利

用が可能となっていることから,心臓の分野でも独自の保存液の開発も検討されうる.

2.3 周術期管理

2.3.1 血行動態の管理115-121)

ドナー心機能の管理は,前負荷および後負荷の調節で行い,抗利尿ホルモンを投与し,血圧を維持し,カテコラミンの投与量を最低維持量(ドパミン10 μg/kg/min 以下)にとどめる.カテコラミンが必要なければ,減量もしくは中止することが望ましい.

血行動態の目標値は,1収縮期血圧90 mmHg 以上, 2中心静脈圧6 ~10 mmHg,3尿量100 mL/ 時(0.5 ~3 mL/kg/ 時),4心拍数80 ~120 回/ 分である.

脳死となり,下垂体機能の機能が消失すると,下垂体後葉から抗利尿ホルモンの分泌が低下し,消失することもある.おもな作用としては,1腎集合管の細胞の管腔側の細胞膜の透過性を亢進させて,水の再吸収を促進させる.2血管を直接収縮させる作用.3βアドレナリン受容体へのアドレナリンの親和性を増加させる作用がある.そのため抗利尿ホルモンの血中濃度が低下すると,1尿崩症,2血管の緊張の低下,3心筋のβアドレナリン受容体の親和性の低下をきたすため,血行動態が不安定となる.抗利尿ホルモンの補充により,循環動態が改善し,腎機能も改善するので,尿量が安定することが多い.

抗利尿ホルモンの投与方法は,ボーラスで0.02 U/kg(または1 U)静脈投与し,持続的に静脈投与(0.01 ~0.2 U/ kg/ 時または0.5 ~1 U/ 時)し,血行動態を安定させる.血行動態安定後は,ノルアドレナリン,アドレナリンの順にカテコラミンの漸減をはかる.抗利尿ホルモン投与開始後,尿量の低下がおきる場合には減量も考慮する.

2.3.2 呼吸管理115, 116)

脳死後,全身性炎症反応がおき,交感神経系が過剰に興奮するため,急性肺障害および成人呼吸促迫症候群が一定頻度で発生することがあり,これらの予防が重要となってくる.呼吸条件としては,FiO2 は低め設定で,かつPEEP 5 cmH2O でPaO2 100 mmHg 以上,1 回換気量10 ~12 mL/kg で最大気道圧も30 mmHg 以下が望ましい.酸素投与濃度,1 回換気量,PEEP を可能な限り低めに保つことが,肺の炎症性反応を軽減するので,移植後の肺機能も改善させるものと考えられている.

脳死後,気道の神経反射(咳嗽反射など)が消失するの

表14 国内で使用されている心臓保存液(UW 液,Celsior

液)の成分と性質

成分UW 液(g/L) Celsior 液

(g/L)

Pentafraction 50 - Lactobionic Acid 35.83 28.664 Potassium Phosphate monobasic 3.4 - Magnesium Sulfate heptahydrate 1.23 - Raffinose pentahydrate 17.83 - Adenosine 1.34 - Allopurinol 0.136 - Glutathione 0.922 0.921 Potassium Hydroxide 5.61 - Mannitol - 10,930 Glutamic Acid - 2.942 Sodium Hydroxide Adjust to

pH 7.4 4.000

Calcium chloride dihydrate - 0.037 Potassium chloride - 1.118 Magnesium chloride hexahydrate - 2.642 Histidine - 4.650 Histidine monohydrochloride monohydrate - - Hydrochloric acid Adjust to

pH 7.4 -

Sodium chloride - - Potassium hydrogen 2-ketoglutarate - - Tryptophan - - Physical properties pH 7.4 7.3 Osmolarity (mosmol/kg) 320 320 (Hess NR, et al. 2022

111)より抜粋) © Hess NR, et al. 2022. CC BY 4.0
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で,定期的な体位変換,気道内吸引は,肺感染症,無気肺を予防するため必要であるが,心臓・血管反射なども消失するため,血圧変動もおき,体位変換,気道内吸引ができないこともある.そのため前述の抗利尿ホルモンによる血圧管理は重要となってくる.

肺の評価のため,気管支鏡は必須の検査であるが,深部の痰の吸引ができない場合にも適応となる.定期的に胸部レントゲンで無気肺,肺炎の経過を観察していくことも重要である.

2.3.3 血液データ,体温管理

高Na 血症は,肝・膵臓機能に悪影響を及ぼすことがあり,ドナー選択基準でも慎重な対応が必要となってくる. Na の正常化もドナー管理において重要である.高Na 血症の補正のためには,Na 無添加の補液をすることが一般的であるが,ADH を補正することで,Na 利尿が促進される.目標値は135 ~150 mEq/L となる.脳死による尿崩症では,循環血液量が減少するため,多量の輸液により血液が希釈され,K 値も低下することがある.血清K 値も適宜,中枢ルートから補正し,3.8 ~4.5 mEq/L に補正する.ヘマトクリットも同様に低下するので,30% 以上になるように適宜輸血し補正する.高血糖となる場合は,血糖値120 ~180 mg/dL を目標に,インスリン持続投与などによる補正を考慮する.

脳死後は,体温の調整機能もできなくなり,低体温症となりやすいため,35.5 ~36.5 ̊C 目標に補正する.

2.3.4 感染症の管理

脳死後の管理が長くなると,易感染性となり,無気肺からの肺炎,褥瘡・各種カテーテルからの感染症を起こしやすい.気管内吸引,体位変換なども重要であるが,感染が疑われるときには細菌検査を行い,感受性のある抗生剤を

使用する.また,摘出手術の際には,開心術同様,1 時間前に抗菌薬を投与し,皮膚切開前に抗菌薬の血中濃度を高くすることが重要である.

3 移植心の搬送

3.1 虚血時間と臓器搬送時間

心臓移植希望者(レシピエント)選択基準2)では,虚血許容時間について「臓器提供者(ドナー)の心臓を摘出してから4 時間以内に血流再開することが望ましい」と記載されているが,ドナー体内での大動脈遮断(クロスクランプ)からレシピエント体内での血流再開までの時間を最短とすることが重要である.

わが国は,米国や,国境を越えて臓器が配分される欧州に比べて国土が狭く,離島を除けば主要な空港間は飛行機で2 時間程度に収まる.搬送距離や時間を考慮しリージョン制での心臓配分を行っている諸外国も多いなかで,わが国では特にリージョン制を導入せず,日本全体で個々の事例での搬送時間を勘案し,移植の可否を判断している.

3.2 心臓搬送手段の調整

心臓搬送手段については,主としてJOT が手配や調整を行う(図14).臓器提供の承諾後,心臓移植希望者(レシピエント)選択基準に従って心臓移植候補者が選定され,提供施設から各候補者の移植施設までの搬送手段を想定

移植施設

空港

虚血許容時間

4 時間以内

搬送2 時間以内空港

提供施設

図14 心臓の搬送
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する.最終的には,受諾した心臓移植施設に想定搬送ルートを提示した上で確定し手配する.

提供施設から最寄りの空港までは可能な限り,都道府県消防防災ヘリコプター,または都道府県警察ヘリコプターに協力要請する.ヘリを使用しなくても虚血時間が収まることが予想される場合には,ヘリを使用せず,緊急車両での走行で最寄り空港まで搬送することも多い.緊急走行の手段としては,JOT 所有の緊急車両,自治体消防の救急車,タクシーのパトカー先導となる.天候不良などによりヘリが飛ばないことも想定し,バックアップの搬送手段も調整し手配することもある.

提供施設の最寄りの空港から移植施設の最寄りの空港までは,プライベートジェットのチャーター機となる.心臓搬送時の飛行ルートは,航空管制の特例的な優先扱いにより,通常の定期航空便よりもショートカットし最短ルートとなる.

移植施設の最寄りの空港から移植施設までの搬送手段についても,上記同様,ヘリまたは緊急車両での走行となる.

各空港においても,ヘリやチャーター機の離発着,緊急車両の乗り入れなど特例的な手続きが必要となり,JOT からその都度申請し許可を得ている.ヘリやチャーター機の離着陸については,他の定期航空便よりも優先的な対応を要請し,空港内でスムーズに乗り換えができるよう隣接する駐機スポットの手配や,緊急車両が空港内の駐機スポットまで緊急ゲートから乗り入れられる手配などを行っている.

提供施設から移植施設まで距離が比較的短い場合は,チャーター機を使用せずに,ヘリや緊急車両のみで搬送する場合も多い.また,近隣空港がなく新幹線駅が近い場合には,新幹線で心臓を搬送する頻度も上がっている.

このように,心臓搬送は,提供施設から移植施設まで途切れないよう連続的な手配・調整が必要である.

4 心臓移植手術の実際

4.1 はじめに

心臓移植の手術術式のうち,ドナー心とレシピエント心を左右の心房レベルで吻合を行うbiatrial anastomosis 法は,1960 年にLower とShumway がイヌの実験において初めて報告した方法で,1967 年にBarnard らによって世界で初めて施行された心臓移植以降,長らく心臓移植手術手技のスタンダード法として用いられてきた122).その後

1990 年代に右心房の代わりに上下大静脈で吻合を行うbicaval anastomosis 法が提唱され,その長所について多くの報告がなされた123).一方で,Lower-Shumway 法は手技が簡便で体外循環時間や虚血時間が短くて済むという長所があり,依然として多くの症例で用いられている.

4.2 術前準備から手術開始

ドナー手術とレシピエント手術の進行予測に基づいて手術室入室,全身麻酔導入のタイミングを決定する.特に再開胸症例では剥離に要する時間の予測が重要で,ドナー心の到着予測時間から逆算して,全身麻酔導入時間を決定する.わが国の心臓移植レシピエントの多くはすでに左心補助装置(LVAD)が装着されているため,ドナー心到着の少なくとも3,4 時間前にはレシピエントの手術が開始できるように準備をする必要がある.ドナー病院での最終評価でドナー心に問題がないことが連絡された時点で手術を開始することが一般的であるが,レシピエントの条件を勘案して個々の症例ごとに調整を図る.

LVAD 症例ではワルファリンを服薬しているため,手術前に凝固能を補正する必要があるが,ビタミンK や新鮮凍結血漿投与では効果発現時間や容量負荷の問題があり,近年ではプロトロンビン複合体製剤(prothrombin complex concentrate: PCC)の使用が推奨されている.PCC は米国心臓病学会において抗凝固薬内服患者の重篤出血に対する第一選択薬として推奨されており124),術後血栓塞栓症の発生率も上昇させないと報告されている125).

再開胸症例では大腿動静脈を露出し,緊急カニュレーションに備える.上行大動脈やoutflow graft,右心室が胸骨後面に強固に癒着している症例では,開胸時にこれらを損傷し循環停止を余儀なくされることがある.術前CT などから損傷なく剥離することが不可避と予想される症例では,開胸前に両側鎖骨下動脈および右総頚動脈にあらかじめカニュレーションしておくことで循環停止時に速やかに脳分離循環を確立することができる.

4.3 体外循環の確立

ドナー心到着のタイミングに合わせてカニュレーションを開始する.全身ヘパリン化の後,上行大動脈遠位部に送血管を挿入し,上下大静脈に脱血管を挿入する.この際, LVAD 装着症例ではoutflow graft 吻合部はすべて切除するため,その遠位での大動脈吻合の余地を残して大動脈遮断鉗子がかけられるよう,十分に高位の大動脈まで剥離し,
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人工心肺送血カニューラを挿入する.必要であれば弓部大動脈に送血カニューラを挿入してもよい.

拡張型心筋症患者など動脈硬化の少ない症例では,full flow が確保されるのであれば大腿動脈などperipheral access の送血路でも問題はない.Lower-Shumway 法での吻合を予定している場合には,心臓摘出時に心房カフを十分残せるように,また吻合の際の視野を妨げないように脱血カニューラを挿入する.レシピエント洞機能は必要なくなるため,上大静脈へのカニュレーションは洞房結節近くの右外側寄りの右房から行う.下大静脈へもなるべく右外側部から挿入し,心臓摘出時にカニューラ挿入部から心房カフを十分残せるようにする.Bicaval 法の場合は上・下大静脈に吻合の余裕を残す必要があるため,可及的上位・下位で脱血カニューラを挿入する.下大静脈は大腿静脈からカニュレーションを行えば,良好な視野とゆとりのある吻合長を確保できる.上下大静脈を剥離テーピングし,体外循環を開始する.癒着が高度である場合は,まず体外循環を開始してから残りの剥離操作を行う.

経静脈的植込み型ペースメーカが挿入されていれば,体外から最小レート・最小出力に変更し,体外循環開始後にLVAD を停止する.次いでoutflow graft を遮断して切離する.バッテリーケーブルは縦隔内でニッパープライヤーなどを用いて切断しておき,切断端はサージカルグラブの切れ端などを被せておき汚染を予防する. 4.4 心臓摘出

ドナー心が手術室に到着し,間違いなく使用可能であることを確認してからレシピエント心の摘出を開始する.上下大静脈のテープをスネアし,LVAD outflow graft 吻合部より上位で上行大動脈を遮断する(図15)

126).Lower-

Shumway 法では,右心耳の基部に切開を置き,房室間溝に沿い尾側に向かって右房切開を行う.下大静脈カニューラからできるだけ距離をおいて十分なカフを残し,冠静脈洞に向かって切開を延長する.頭側では右心耳を周り心房中隔に向かって切開を延長する.右心房下縁の切開部から心房中隔に向かって切開を置き,頭側の切開線と連続させる.Bicaval 法では上大静脈・下大静脈それぞれを横切するが,modified bicaval 法では上・下大静脈ともに前面1/2 の切開に止め後壁を残して上下大静脈の連続性を保つ切開線を繋げる.

上行大動脈および肺動脈をいずれも弁の直上にて離断する.両大血管起始部の間,およびその後面を剥離するが,この際,右肺動脈を損傷しないように注意する.心臓を下方に牽引しながら左房天井を左心耳基部に向かい切開する.次いで冠静脈に沿い僧帽弁輪からあまり離れない位置で左房切開を延長し,心摘出を完了する.

図15 レシピエント心の摘出(Jacob S, et al. 2022

126)より) © Jacob S, et al 2022. CC BY 3.0
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図16 Lower-Shumway 法(Jacob S, et al. 2022

126)より) © Jacob S, et al 2022. CC BY 3.0

4.5 ドナー心の準備

肺摘出がなかった場合,左心房は両側肺静脈レベルで離断・摘出されているため,左右肺静脈流入部をつなげるように左房後壁を切開し,肺静脈組織をトリミングする.心肺同時摘出の場合には摘出時に左心耳切開によるventingが行われているため,これを縫合閉鎖しておく.

Lower-Shumway 法では右心房を下大静脈から側壁に沿って切開し,なだらかなカーブを描くように右心耳基部に切開を延長する.右房内を観察し,卵円孔開存がないか確認し,あれば縫合閉鎖する.上大静脈も縫合閉鎖しておく.Bicaval 法/modified bicaval 法でも同様に卵円孔開存の有無を確認するが,その他,右心房のトリミングなどは特に必要としない.

4.5.1 吻合

a.Lower-Shumway 法(図16) 126)

LVAD ブリッジ症例ではレシピエント心の左房は高度に拡大している場合が多く,左房カフは小さめにトリミングし,吻合後の歪みおよび僧帽弁逆流の発生を避ける必要がある.レシピエント左上肺静脈流入部とドナー左心耳のレベルから左房縫合を開始する.通常,数針のparachute suture を置いたのち,ドナー心を心囊内に降ろし,全周連続で縫合を行う.縫合完了前に左室ベント用カニューラを右上肺静脈より挿入する.右房は心房中隔の吻合線中央あたりから縫合を開始し,頭側および尾側へ連続縫合を行い,吻合を完了する.次いで肺動脈の吻合に移る.ドナー,レ

シピエント肺動脈断端をトリミングし長さを調節する.長すぎると屈曲し狭窄の原因となるので注意を要する.またねじれが起こらないように方向を確認する.後壁にstay suture などを置く場合もある.大動脈も同様にトリミングする.LVAD ブリッジ症例ではoutflow graft を残さないようにレシピエント大動脈を切離する.肺動脈と同様に連続縫合で吻合する.

以上が一般的な吻合の順番であるが,左房の吻合の後はどのような順番での吻合も可能である.虚血時間が長い場合,大動脈をまず吻合し,再灌流を開始してから以降の吻合を行うこともある. b.Bicaval 法(図17) 126)/modified bicaval 法(図

18) 126)左房はLower-Shumway 法と同様に4 肺静脈一括左房吻合で縫合する.続いて肺動脈吻合を行った後,下大静脈の吻合に移る.心筋虚血時間を短縮する目的で大動脈吻合を先行させる場合もあるが,大動脈遮断解除後は冠静脈洞からの血流が増えるため,視野確保という点では下大静脈吻合を先行させる方が良い.Bicaval 法では下大静脈を端々吻合で縫合する.体格差で下大静脈長が足りない場合は,予め摘出時にドナー心の上大静脈から無名静脈を採取しておき,静脈パッチ形成などで長さを補う方法がある. Modified bicaval 法は右房後壁で上・下大静脈の連続性を残す方法である.ドナー肝の提供があった場合にはドナー心の下大静脈は右房側で切離されていることがあり, modified bicaval 法であれば右房後壁を利用して大静脈吻
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図17 bicaval 法(Jacob S, et al. 2022

126)より) © Jacob S, et al 2022. CC BY 3.0図18 modified bicaval 法

(Jacob S, et al. 2022

126)より) © Jacob S, et al 2022. CC BY 3.0

合を行うことで口径差を解消できる.Modified bicaval 法では右房後壁を橋状に残して連続性を維持しておくことで,bicaval 法で生じうる上・下大静脈の縮みやねじれを予防して吻合部狭窄の発生を防止し,またドナー心のレシピエント胸腔内オリエンテーションを容易にして,過伸展や屈曲を防止するという利点もある.一方,上述した下大静脈長が足りない場合では,使用する静脈パッチの形状をシンプルにできる,という点でbicaval 原法が選択されることがある.

多くの場合,下大静脈吻合後に大動脈吻合を行い, warm cardioplegia を注入し大動脈遮断解除を行う.Bicaval 法/modified bicaval 法ともに上大静脈は端々吻合で行い,すべての吻合を終了する.

4.6 体外循環からの離脱

大動脈吻合の後,terminal warm cardioplegia を順行性に注入する.大動脈遮断を解除し,十分な時間再灌流を行い心機能が回復するのを待って体外循環から離脱する.ドナー心の機能は脳死完成時の障害,保存搬送時の虚血,虚血再灌流障害などにより低下している.レシピエント側の要素としては長年の左心不全による肺高血圧が影響する可能性がある.これらの結果として右心不全が顕在化する場合があり,左心不全よりもむしろこの右心不全の方が問題となることが多い.強心薬,NO 吸入などによっても改善しない場合には右心バイパスなどが必要になる場合もある. 4.7 各手術法のpros/cons

近年わが国の心臓移植術式としてはbicaval 法/modified bicaval 法が多く用いられている.当初報告されたLower-Shumway 法では,術後急性期から右心房の容積拡大と歪みによる三尖弁閉鎖不全症の頻度が高いことが報告されている127).これに対してbicaval 法ではドナー心の右房の容積と形態が保たれ,三尖弁逆流発生は少なくなる.三尖弁逆流は,心筋生検に伴う弁下組織損傷や乳頭筋不全,拒絶反応などに起因する場合もあるが,bicaval 法に比べLower-Shumway 法でよりその頻度が高いとの報告がほとんどであり,やはり心房の拡張,ねじれなどが影響している可能性が高い.

Lower-Shumway 法では右房の長い切開線による洞結節動脈の切断や屈曲・過伸展により洞結節機能不全の頻度が増加すると報告されている.洞機能不全症候群は心臓移植後にみられる不整脈で最も頻度が高く,特に術後急性期に多くみられ,徐脈が改善しない場合,ペースメーカ植込みの適応となる.一方,bicaval 法では大きな右房切開を行わないので,洞結節動脈が保存され,洞結節機能不全の頻度が著しく低下する.この結果として術後ペースメーカ植込みの必要性が低下することが報告されている128, 129).一方で,Lower-Shumway 法でも50 ~60% の症例で遠隔期に洞機能が回復し,ペースメーカが不要になっているとの報告もある130).

Lower-Shumway 法ではレシピエントとドナー心房の両者が残ることにより通常より拡張し形態的に歪んだ心房が
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形成される.また両者が非協調的に収縮する.これらの結果,血行動態的にはbicaval 法に比べて心房圧が高値で心拍出量は低めとなるとの報告が多い131, 132).また心房内に血流がうっ滞することにより血栓形成が認められることも報告されている133).これらの血行動態への影響や上述した三尖弁逆流発生頻度の違いが生存率に及ぼす影響については,急性期成績はLower-Shumway 法で不良であるとの報告もあるが,遠隔期生存率に関しては両者に差がないとの報告が多い129, 131),一方で,わずかではあるがbicaval法で長期生存率も優れており,可能な場合はbicaval 法を行うべきとする報告もある134).

以上より,bicaval 法/modified bicaval 法はLower- Shamway 法に比べて技術的な難度差はそれほどなく,

長期生存率は同等か若干良好な可能性がある.2005 年のUNOS 集計報告によると,米国ではbicaval 法の方がLower-Shamway 法より多く利用されるようになっている135).また日本国内ではmodified bicaval 法が約7 割の症例に用いられている136).一方で,先天性心疾患で大静脈や左心房の位置関係が正常でない場合にはLower- Shamway 法を選択せざるを得ない.また,大静脈のサイズミスマッチが大きく,大静脈レベルでの吻合が困難な場合や,再手術例で右房周囲の剥離が一部困難である場合にもLower-Shamway 法が適応となる可能性がある.

第5章 心臓移植後の管理

1 移植直後からの全身管理

1.1 術前因子の考慮

レシピエント要因として,術前のECMO と人工呼吸器の使用が心臓移植後1 年死亡率上昇の最大のリスク因子であり,そのほかにVAD の使用,移植前の緊急入院,心臓手術の既往,レシピエントの年齢が若いこと,または高齢であること,eGFR が低下していること,総ビリルビン値が上昇していること,肺血管抵抗が上昇していること,移植時のパネル反応性抗体の上昇などがリスク因子と報告されている139).ドナー要因としては,高齢,左室機能障害(LVEF < 50%),女性ドナーから男性レシピエントへの移植,サイズミスマッチ(ドナーとレシピエントの予測心臓質量比が0.86 未満)が心臓移植後1 年死亡率上昇のリスク因子と報告されている97, 139).術前からこれらの情報を収集し,術後管理に備えることが望ましい. 1.2 モニタリング

術後は集中治療室に入室し,モニタリングは通常の心臓手術後に準じ呼気終末二酸化炭素分圧,動脈血酸素飽和度,体温,心電図,観血的動脈圧,中心静脈圧(または右房圧)を持続的に測定する.肺動脈カテーテルはほとんどの症例で挿入されるため,肺動脈圧,心拍出量,混合静脈血酸素飽和度を連続測定する.心臓移植後患者に対するarterial pressure-based cardiac output(APCO)モニターの使用は十分検討されておらず,心臓手術患者を対象とした研究においてもその精度は低いため使用は推奨されない137, 138).

1.3 循環管理

術後早期の管理として,出血のモニタリングと必要時の早期の再開胸止血術の施行が重要である.通常の心臓手術後の出血量に準じ,術後1 時間で500 mL/ 時以上,術後2 時間で400 mL/ 時以上,術後3 時間で300 mL/ 時以上,術後4 時間で200 mL/ 時以上の出血が認められた場合は再開胸の適応となる140).わが国ではVAD による
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Bridge to transplantation 症例が多く,VAD 装着部位や,癒着の剥離面,ドライブライン皮膚貫通部位からの出血にも注意が必要である.術後出血のドレナージが不良となれば心タンポナーデとなり,中心静脈圧の上昇,肺動脈圧の低下および脈圧の狭小化,血圧・心拍出量,混合静脈血酸素飽和度の低下が認められた場合は経胸壁心エコーを行う.心臓手術後は経胸壁心エコーでは診断がつかない場合も多く,必要に応じて経食道心エコー検査やCT により診断する141, 142).心タンポナーデと診断された場合は,直ちに開胸ドレナージ術を施行する.

心臓移植後の心機能は,虚血再灌流障害や心筋浮腫の影響により術後12 時間程度で収縮能,拡張能がともに低下することが多い.ドナー心のLVH(壁厚 ≧ 1.4 cm)や長い虚血時間(> 240 分)は術後早期の拡張障害のリスク因子と報告されている143, 144).術後早期の経僧帽弁血流波形はしばしば拘束性パターンとなる145).これらの拘束性血行動態は一過性であることが多いが,術後6 ~8 週間持続する場合もある146, 147).拡張障害が高度の場合は,中心静脈圧を10 ~14 mmHg 程度に保ち,心外膜リードが留置されている際はペースメーカを使用して心拍数90 ~110 bpm 程度とし,心拍出量を保つ.

術後は人工心肺の使用による炎症反応や,cGMP-NO 経路の調節障害により体血管抵抗が低下するvasoplegia となることが多い.vasoplegia は,通常術後,12 時間程度で改善してくることが多いが,術後長期にわたり遷延する場合もある47).術後,vasoplegia のリスク因子として,高齢レシピエント,長い術前LVAD 使用期間,腎機能障害,長い人工心肺時間,長いドナー心虚血時間などが報告されている148, 149).対処法として灌流圧を維持するために血管収縮薬を使用する.治療薬の第一選択はノルアドレナリンで,次いでバソプレシンを使用する150).これらの薬剤に対し治療抵抗性の場合は,経口ドロキシドパ151)やメチルチオニニウム塩化物水和物(いずれも国内未承認) 152)により有効な灌流圧を維持できたという報告がある.ただし,両薬剤とも人工心肺を用いた体外循環後のvasoplegia に対する国内での保険適用は現時点では得られていない.

術後早期の合併症として,早期グラフト機能不全(primary graft dysfunction: PGD)が重要である.PGD とは,手術手技上の問題や免疫学的機序による超急性期の拒絶反応といった明らかな原因のない場合の重度の移植片機能不全のことで,左心不全,右心不全,両心不全のいずれをも呈する可能性がある.PGD の定義は報告によって異なり,術後24 時間以内に2 種類以上のカテコラミンの投与を要するもの,術後24 時間以内にIABP やVAD などの機械的循環補助(mechanical circulatory support: MCS)を要するものなどがある.そのため,報告されている有病率は

1.4 ~30.7% と幅広くなっている143).PGD は複合的な原

因により生じるが,レシピエント要因として肺高血圧症,高い肺血管抵抗,術前からのMCS の使用,ドナー要因として高齢,長い虚血時間,サイズミスマッチなどがリスク因子として報告されている143).

術後右心不全の診断には肺動脈カテーテルの使用が有用である.平均肺動脈圧が25 mmHg 以上の場合,肺高血圧症と診断されるが,重症右心不全の場合には,平均肺動脈圧はむしろ低下するため注意が必要である153).手術時の肺動脈吻合部狭窄や肺静脈吻合部狭窄が右心不全の原因となる場合もあるため,経胸壁エコー(TTE)や経食道エコー(TEE)を用いて診断する.必要時は手術による狭窄解除を検討する.(肺動脈収縮期圧- 肺動脈拡張期圧)/ 右房圧から計算されるpulmonary artery pulsatility index (PAPi)は右心不全の検出に有用なパラメーターであり,心臓移植前のPAPi < 1.68,心臓移植後のPAPi < 2.37 はPGD と関連すると報告されている154, 155).右心不全時の循環管理としては,右室前負荷の適正化,大動脈圧の維持,右室収縮力の最適化,肺血管抵抗の低下が重要である.大動脈圧を維持することで右冠動脈血流を維持し,右室仕事量を増大させる156).また,大動脈圧を維持することで心室中隔の位置を保ち,右心機能の低下を防ぐことができる157).収縮力の維持のためにはドブタミンやドパミンが用いられる.ミルリノンは心収縮力の増加作用と肺血管抵抗の低下作用を持つため使いやすい.NO 吸入療法は,体血管抵抗を低下させることなく肺血管抵抗を選択的に低下させることができるため使用しやすい143).また,不適切な人工呼吸管理は右室後負荷を上昇させる可能性があるため注意が必要である.最高気道内圧は30 cmH2O 未満とし, Auto-PEEP を避け,肺血管抵抗を上昇させる高二酸化炭素血症,低酸素血症,アシドーシスとならないような呼吸器設定とすることが望ましい143, 158).このような治療に反応しないような重症の右心不全を呈する場合は,遅滞なくMCS を導入することが推奨される.

術後の心拍数は徐脈となる場合もあれば,頻脈となる場合もある.ほとんどの場合は洞調律であるが,ドナー心摘出時の手技や虚血時間により洞不全が認められる場合もある159).心臓移植後は房室伝導障害が10% 程度で認められ, biatrial 法(Lower-Shumway 法)や長い手術時間がリスク因子として報告されている160).他の心臓移植後の徐脈の原因としては,術前からのドナー心の洞不全,術中の洞房結節動脈損傷,拒絶反応,術前からのレシピエントへのアミオダロンの使用などがあげられる161).術後は心房,心室に一時的心外膜リードを留置し,DDD pacing を使用する
p.56
ことが多い.心臓移植直後は拡張障害により1 回心拍出量が減少しているため,十分な心拍出量を維持するために心拍数は90 ~110 bpm に設定することが多い.移植心は除神経されているため,アトロピン硫酸塩水和物は無効であり,薬物治療を行う場合はイソプロテレノールを投与する.術後3 週間以上経過しても徐脈が続く場合は,永久的ペースメーカ挿入術が考慮される162).心房細動,心房粗動,心室頻拍といった頻脈性不整脈もまた心臓移植後にしばしば認められ,拒絶反応やCAV との関連が報告されているため,発症時は早期の心筋生検や冠動脈造影による診断を検討する163).頻脈性不整脈の治療薬として,アミオダロンやカルシウム拮抗薬,β遮断薬は心臓移植後患者に安全に使用できると報告されている164).アミオダロン,カルシウム拮抗薬はCNI との相互作用により血中CNI 濃度が上昇するため注意を要する.

術後腎機能に関して,心臓移植術を受ける患者は重症心不全患者であり,慢性的な低心拍出量,静脈圧上昇,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の亢進により塩類と水分の貯留が認められる165).心臓移植術後は心腎症候群や利尿薬抵抗性により体液貯留が起こりやすく,体液管理に難渋することも多い.また,免疫抑制剤であるCNI には腎血管収縮作用があり,術後早期の使用により利尿薬に対する反応性はさらに低下するため注意が必要である143).術前に植込型LVAD などの補助循環を使用していた患者においては,心臓移植術を受ける際の体液量が適正範囲内にあることが多く,慢性心不全患者でみられる腎機能障害は改善していることが多い.右心系のoverload をきたすことなく適切な心拍出量を維持するため,術後の右房圧,中心静脈圧は5 ~12 mmHg の範囲で管理することが望ましい.心臓移植術後は右心不全を呈する場合がしばしば認められ,右房圧は高くなりやすい.右房圧が15 ~20 mmHg以上となると,腎静脈圧が上昇し腎灌流圧は低下する166- 168).尿量が1 mL/kg/ 時に低下した場合は介入が必要である.右房圧が低い場合は輸液による前負荷の適正化を検討する.右房圧が高い場合はまずは利尿薬を使用し,利尿薬抵抗性の場合は限外濾過の開始を検討する169).心臓移植後の急性腎障害(AKI)の発症率は54 ~78% と報告されており,術後AKI は移植後1 年死亡率の上昇と関連する.心臓移植後AKI のリスク因子としては,高齢,長い虚血時間,高いBMI,低い術前eGFR,MCS の使用,高用量カテコラミンの使用などが報告されている170-174).心臓移植術後に無尿,乏尿,術後2 ~4 時間以内の血清クレアチニン値の急激な上昇が認められた場合には,早期の腎代替療法の施行が推奨されている47).術前より腎機能低下の認められる患者や,術後2 日以内に腎機能の増悪が認められる患者には,CNI 投与の開始を遅らせることが推奨されてい

る.術前より腎機能障害の認められる患者や移植後腎機能障害患者に対して,抗CD25 モノクローナル抗体であるバシリキシマブを使用しCNI 投与の開始時期を遅らせる戦略が報告されている175, 176).しかし,わが国において,現時点では心臓移植後のバシリキシマブの使用は保険適用外であることに注意が必要である.

血糖管理に関しては,心臓移植術後は人工心肺の使用や免疫抑制剤としてのステロイドの使用により高血糖となりやすい.術後高血糖は創部感染のリスクを上昇させると報告されており,周術期はインスリンの持続静注による血糖管理を行う.血糖値の目標値は200 mg/dL 以下が推奨されている177).

1.4 感染管理

心臓移植後のsurgical site infection(SSI)の起炎菌としては,コアグラーゼ陰性Staphylococci とStaphylococcus aureus の頻度が高いが,グラム陰性桿菌やCandida によるSSI の報告もみられる178-180).MRSA 検出率の高い施設ではバンコマイシンを追加投与する181, 182).植込型LVADや,体外型LVAD,Impella などのデバイス関連感染症の既往のある患者に対しては,検出された菌をカバーする抗菌薬を選択することが多いが,その根拠は乏しく今後の研究が望まれる.

世界保健機構の発行するSSI 予防ガイドラインにおいて, SSI リスクの低減目的に予防的な局所陰圧閉鎖療法(Negative pressure wound therapy: NPWT)の使用が社会的資源に応じて推奨されており183),日本外科感染症学会においても切開創SSI ハイリスク症例に対するNPWT の使用が推奨されている184).心臓移植を受ける患者は多くが植込型LVAD 装着術後の再手術症例であることや,術後免疫抑制剤を使用することから切開創SSI ハイリスク症例に該当し,予防的NPWT の使用が検討される.

2 免疫抑制療法

心臓移植後における免疫抑制療法は,CNI を基本とし,核酸合成阻害薬やmTOR 阻害薬およびステロイド製剤を加えた3 剤併用療法が一般的である.ステロイドについては時期をみて減量をはかり,可能であれば中止し,その後は2 剤併用療法で管理する(図19).
p.57
2.1 CNI

CNI は心臓移植後に使用される免疫抑制薬として主軸のうちの1 つであり,CNI と代謝拮抗薬あるいは細胞増殖抑制薬,ステロイドの3 種類を組み合わせて免疫抑制薬のレジメンを作成することが多い.しかし,腎機能障害をはじめとするCNI の副作用の問題もあり,CNI の減量やCNIを使用しない免疫抑制薬のレジメンが報告されている47).

2.1.1 CNI の作用機序

CyA とタクロリムス(Tac)は,T リンパ球の細胞質内シクロフィリン(cyclophilin)およびFK506 結合蛋白質(FK506-binding protein: FKBP)と複合体を形成してカルシニューリンに結合し,その活性化を阻害することで,T細胞特異的転写因子(nuclear factor of activated T cell)やNF-κB の活性化を阻害し,IL-2,4,5,6,17 などの炎症惹起性および細胞増殖性のサイトカインの転写を抑制する185, 186).また,IL-2 の受け手である,細胞障害性T 細胞のIL-2 受容体も抑制する.基本的にはヘルパーT 細胞に作用するが,サプレッサーT 細胞や細胞障害性T 細胞への効果もあり,一方でB 細胞への作用はわずかである.

2.1.2 製剤の種類

CyA の製剤にネオーラルとサンディミュンがあるが,後者は経口でのバイオアベイラビリティが低く,患者間で薬物動態の差異が大きい.マイクロエマルジョン前濃縮物質製剤が推奨されている143).

Tac はさまざまな製剤が開発されており,通常は1 日2回投与の製剤(プログラフ)を選択するが,1 日1 回投与の

徐放製剤(グラセプター)を使用することもできる47).後者は薬物放出の延長とバイオアベイラビリティの向上に有利であり,1 日1 回の投与も可能であるが,長期的な効果はまだ確立していない187).また,製剤間の移行の際には薬剤量の決定に調整が必要である.心臓移植後では1 日2 回の製剤を使用することが推奨され,アドヒアランス,副作用などから1 日1 回の製剤が望ましいときに移行を検討する47).1 日1 回の薬剤を使用する場合には薬物濃度とグラフト機能などを,より注意して経過をみる.基本的にCNIは内服投与になるが,経口投与が困難な場合には経静脈的投与で代替し,CyA については経口の30% 程度の用量で, Tac の場合には10 ~33% 程度の用量で持続投与を行う.

2.1.3 血中濃度モニタリング

CyA およびTac は患者間および測定機器間の濃度変動が大きいため,治療薬物血中濃度モニタリング(TDM)を行いながら用量調整することが望ましい.CyA では12 時間トラフあるいは2 時間ピークの値を参考にし,Tac は製剤によって12 時間トラフの値を参考にする.CyA の場合には,トラフ値より内服後2 時間値がAUC(area under the curve)をもっともよく反映するとされ,これを指標にすることでよりグラフト拒絶を効率的に抑制できるとする報告もある188).一方で,2 時間値の濃度測定は煩雑であり一般化しにくい点もあるが,濃度調整で難渋する場合にはトラフと2 時間値の両者で調整するなど適宜検討が必要である143, 189, 190).通常,測定は用量調整後2,3 日後の濃度測定が推奨される.CNI の代謝動態は遺伝子多型によっても左右され,CYP3A4 およびCYP3A5 の影響を受ける(2.6

steroid

MHC 抗原

抗原提示細胞

T 細胞TCR ATG

CD3

CD4

CNI NF-AT Cytokine

IL-2 Anti CD25 mAb

IL-2R

EVL

steroid

細胞周期Calcineuirin

mTOR

Cyclin/CDK

MMF AZP

図19 免疫抑制薬の作用部位
p.58
薬物血中濃度への影響因子を参照) 47).

2.1.4 濃度設定

濃度設定については測定系によっても異なり,またinduction therapy の有無,併用している他の免疫抑制薬の種類によっても個別に調整が必要である.一般的にはAZPやミコフェノール酸モフェチル(MMF)と併用するプロトコールの場合には,表15 143)を1 つの指標に検討する.薬物代謝も人種などの影響を受けることに注意が必要である.Induction therapy の有無や移植後の時期によって目標血中濃度は変化すると思われ,個々の施設の治療に沿った調整が望ましい.

通常,術後の尿量の確保を確認してから投与を開始する.一例として,Tac であれば1 回0.5 mg を1 日2 回から開始し,目標濃度を目指して増量し,CyA については3 mg/kgの1 日量を2 回に分けて経口投与する.

Induction therapy が行われた場合にはCNI 投与の開始のタイミングを1 ~10 日後など少し遅らせることが可能である191).また薬剤血中濃度も少し低めの値を目標として設定可能である.

2.1.5 CyA とTac の比較

CNI として使用するCyA とTac の効果の比較については,今までいくつかの報告がなされている.移植後の生存率は同等であることが報告されているが192, 193),しかしグラフト拒絶の抑制についてはTac のほうが優れていると報告されている194-196).耐糖能障害や脂質異常についてはCyA のほうが高率に認められる192).腎機能低下については両群に差を認めなかった197-199).薬剤選択については個々の副作用も含めて総合的に判断する.換算量としてはCyAの1/25 ~1/20 がTac の量に相当する.

2.1.6 CNI 減量の試み

CNI は基本的に移植後の免疫抑制の軸となる薬剤であるが,腎機能障害,血圧上昇などの副作用の問題も多く, CNI の用量を減量する試みが複数報告されている200-204).

MMF やエベロリムス(EVL)を用いたCNI の量低減の試みも複数あるが201, 202),近年ではEVL の導入に関する報告が多く,EVL と併用することでMMF やAZP の併用時に比べて,CNI を40 ~60% 程度減量をはかっても,拒絶などの抑止効果が変わらないことが示されている47, 203).この際のEVL の濃度設定も3 ~8 ng/mL で十分と報告されている204).

また近年,CNI を完全に中止し,EVL を軸に治療する検討がなされており,EVL 群のほうが腎機能障害を抑えることができるが,一方でグラフトの拒絶リスクは若干高くなる205, 206).CAV に関しては,EVL 群のほうがリスクを抑える結果であった.

2.1.7 副作用

CNI の副作用として最も注意すべきは腎毒性,高血圧,代謝障害,神経障害である.腎障害については別項の記載があるが,高カリウム血症にも注意が必要である207).代謝障害については脂質異常,耐糖能障害などが含まれ,6. 免疫抑制治療に続発する病態を参照とする.神経障害はCyA およびTac の両者で認めるが,出現の仕方は多様である.振戦,神経痛,末梢神経障害はTac にみられやすい.重度のものとして,幻覚,精神症状,構音障害,てんかん発作,小脳失調などが起こり得る.急な高濃度のCNI の曝露は危険因子になるが,トラフ濃度との関連はない208).また可逆性後頭葉白質脳症(PRES)という病態があり,頭痛,視覚障害,意識変容,けいれん発作などを呈する. PRES は通常数日から数週間で回復し,障害による脳出血や障害そのものによる脳浮腫によって生じる.容量過多や血圧上昇,腎機能障害などがPRES のリスクとなる209, 210).

CNI はCYP3A4 にて代謝されることより,薬物相互作用についても注意すべきである(表16) 47, 211).

表15 AZP やMMF を併用する場合のCNI(CyA とTac)の血中濃度の目安

CyA(ng/mL) Tac(ng/mL)目標濃度許容範囲目標濃度許容範囲

~術後6 週間325 275 ~375 12.5 10 ~15

6 ~12 週275 200 ~350 12.5 10 ~15 3 ~6 ヵ月225 150 ~300 10 8 ~12 6 ヵ月~ 200 150 ~250 7.5 5 ~10 (Costanzo MR, et al. 2010 143)より作表)
p.59
2.2 代謝拮抗薬

代謝拮抗薬(核酸合成阻害薬)は,種々の代謝経路で核酸の基になっているプリン,ピリミジンの合成を抑制することにより,DNA やRNA の合成を抑制し,リンパ球増殖を抑制する.心臓移植に関しては,1970 年代からAZP がCNI,ステロイドと併用されてきた.その後,AZP に比して好中球抑制や脱毛などの副作用が少ないMMF が登場し現在はMMF が第一選択となることが多い.一方,MMFは妊娠中の投与は禁忌であるため,AZP は現在でも挙児希望のある患者に対して用いられることがある.

2.2.1 MMF

a.作用機序

MMF は,投与後,生体内で速やかにミコフェノール酸(MPA)に加水分解される.MPA はde novo 系,salvage系のプリン生合成経路のうち,de novo 経路を選択的に阻害し,DNA 合成を抑制する.T,B リンパ球細胞は核酸合成を主としてde novo 系に依存するのに対し,免疫系以外の細胞はde novo 系,salvage 系の両者に依存しているため,salvage 系酵素に影響しないMMF は結果的にリンパ球細胞の増殖を選択的に抑制する. b.用法・用量

CNI と併用の場合,1 回500 ~1500 mg を1 日2 回12時間ごとに経口投与する.静注薬はない.移植直後は白血球減少になりやすいので,500 ~1000 mg/日で開始して問題がなければ2000 mg/日に増量する.急性細胞性拒絶反応(ACR)が頻回にみられたり,抗体関連型拒絶反応(AMR)がみられたりする場合は,3000 mg/日まで増量可能である.腎機能障害がみられる場合にも,CNI を減量する代わりにMMF を増量することがある.

MMF 投与によるTDM 実施については施設により異なる.一般的には,トラフ値のみによるモニタリングは推奨

されていない. c.おもな注意点

副作用として,消化器症状(悪心,嘔吐,下痢など)が多いのが特徴である.

骨髄抑制を起こしやすいので,定期的に血液検査を行い,白血球減少の際には減量,休薬,顆粒球増殖因子投与などを行う.

重度の慢性腎不全患者では血中濃度が高くなることがあるため,2000 mg/日までとする.また,使用中に重度の腎障害が出現することがあるため,臨床検査所見に注意する.

AZP に比して拒絶反応抑制は強いが,特にウイルス性感染症が増加することが知られている212).ウイルス感染,特に新型コロナウイルス感染症の際には減量または中止を検討してもよい213).

形態異常誘発が報告されており,妊娠中の投与は禁忌である.挙児希望の場合は,受胎を望む6 週間前には中止しておくことが推奨されている214).その場合はAZP への変更を検討する.

2.2.2 AZP

a.作用機序

AZP は生体内で6- メルカプトプリンに分解され,細胞内で核酸合成を阻害することにより様々な免疫抑制作用を示す. b.用法・用量

心臓移植においては,成人および小児に維持量として1 ~2 mg/kg/日を1 日1 回経口投与する. c.おもな注意点

骨髄抑制を起こしやすいので,定期的に血液検査を行い,白血球減少の際には減量,休薬,顆粒球増殖因子投与などを行う.なお,NUDT15 遺伝子多型のうち日本人の約1%に存在するCys/Cys 型を保有する場合,チオプリン製剤投

表16 免疫抑制薬(CyA とTac)の他の薬物との相互作用

相互作用の薬物CNI の濃度

CyAクロラムフェニコール,アロプリノール,イマチニブ,ドセタキセル,メトクロプラミド,アセタゾラミド,カルベジロール,コルヒチン上昇

チクロピジン,オクトレオチド,プロブコール,テルビナフィン低下

Tacプロトンポンプ阻害薬(オメプラゾール,ランソプラゾール)上昇

両剤マクロライド系抗生物質(クラリスロマイシン,エリスロマイシン),アゾール系抗生物質(イトラコナゾール),カルシウム拮抗薬(ジルチアゼム,ニカルジピン,ベラパミル),免疫抑制薬(EVL,メチルプレドニゾロン),HIV プロテアーゼ阻害薬上昇

抗てんかん薬(カルバマゼピン,フェノバルビタール,フェニトイン),抗結核薬(リファンピシン)低下

(Velleca A, et al. 2023 47),日本TDM 学会/ 日本移植学会. 2018 211)より作表)
p.60
与開始後早期に重篤な白血球減少を生じることが多いとされ,使用を回避することが望ましい215).NUDT15 遺伝子検査は,チオプリン製剤を考慮する複数の病態において保険適用となっているが,2024 年8 月現在,心臓移植後に関しては承認されていない.

臨床,動物実験で催奇形性が報告されているが,本剤は代謝拮抗薬で唯一胎盤を通過しない薬剤であるので,挙児希望の場合には,MMF やEVL を本剤に切り替え,拒絶反応などがないことを確認してから妊娠するよう指導する.

過度の免疫抑制により移植後リンパ増殖性疾患(PTLD)の可能性が高まることがあるため,有効最低限の免疫抑制を維持する.

間質性肺炎を疑う症状が現れた場合には投与を中止し,適切な処置を行う.

2.3 ステロイド薬

ステロイド薬は免疫抑制作用と抗炎症作用を発揮し,導入免疫抑制療法,維持免疫抑制療法,さらに急性拒絶反応発症時の治療において重要な役割を果たす.急性拒絶反応の予防と治療において幅広く使用される一方で,長期使用による副作用がしばしば問題となる.ISHLT レジストリのコホート研究では,移植後5 年以上のステロイドの使用は,移植後2 年以内にステロイドを中止した場合と比較して,移植後10 年目までの死亡率が有意に増加していたことが報告されている216).6 ヵ月以降のステロイドの漸減・中止に関しては良好な成績が報告されているが217, 218),症例に応じた検討が必要である.

2.3.1 作用機序

ステロイドは,白血球(T リンパ球,B リンパ球,顆粒球,マクロファージ,単球)や内皮細胞の機能に影響を及ぼす複数の遺伝子の転写調節を変化させることによって作用する.第1 の機序として,ステロイドは細胞膜を透過し,細胞内のグルココルチコイド受容体(glucocorticoid receptor: GR)と結合する.活性型になったGR は核内に移行し複数の標的遺伝子に結合することで遺伝子の転写を調節(活性化または抑制)する.第2 の機序は,リンパ球,マクロファージなどにおいて,activating protein-1 (AP-1)やnuclear factor-kappa B (NF-κB)といった転写因子を抑制することにより,サイトカイン産生,増殖因子,接着分子を制御する遺伝子を含むいくつかの遺伝子の発現に影響を及ぼす.これらの結果として,免疫抑制作用や抗炎症作用を生じる219). 2.3.2 用法の例

周術期:メチルプレドニゾロンドナーに執刀直前に20 mg/kg を静脈内投与する.レシピエント側には大動脈遮断解除直前に10 mg /kg を静脈内投与し,術後には2.5 mg/kg を8 時間ごとに計3 回,静脈内投与する.

術後・慢性期:プレドニゾロン成人には,初回量として,1 日20 ~60 mg(0.4 ~1.2 mg/ kg)を1 ~4 回に分割経口投与する.その後の漸減プロトコルは施設により異なり,また個々の症例に応じた調整が必要であるが,長期投与による副作用のリスクも鑑みわが国では術後1 年程度で漸減中止とする施設が多い.詳細は添付資料も参照されたい.小児では成長障害の原因となるため可能な限り3 ~6 ヵ月以内に中止できるようにする.

拒絶反応発症時:メチルプレドニゾロンメチルプレドニゾロン500 ~1000 mg/ 日を3 日間静脈内投与する.

2.3.3 副作用

長期使用による副作用として代表的なものに,高血圧,糖尿病,創傷治癒遅延,消化性潰瘍,精神変調やうつ状態,白内障,骨粗鬆症,大腿骨および上腕骨などの無菌性骨頭壊死,満月様顔貌,皮膚症状(ざ瘡,多毛,脱毛など)がある.

2.4 抗CD25 抗体(抗IL-2 受容体抗体)

2.4.1 作用機序

抗CD25 抗体製剤は活性化T リンパ球に選択的に発現するCD25(IL-2 受容体)のαサブユニットに競合的に結合し,その阻害により細胞性拒絶反応の主要な機序であるリンパ球の増殖および分化が抑制される.抗CD25 モノクローナル抗体製剤であるバシリキシマブは,おもに移植後急性拒絶反応を予防するために周術期に使用される強力な免疫抑制療法,つまり導入療法として使用されている.導入療法の目的は拒絶のリスクが高いときに強力な免疫抑制を行うことであり,拒絶反応のリスクの高い患者に対する移植後急性期の拒絶反応発症抑制や腎機能が低下したレシピエントで腎毒性の強いCNI 投与の開始を遅らせることができる,といった利点がある.
p.61
2.4.2 使用方法

ISHLT レジストリによれば,近年約50% の症例で導入療法が行われているが,導入療法の有無による移植後の生存率に差は認められず6),ルーチンでの導入療法実施は推奨されていない.わが国では2024 年春現在,抗CD25 モノクローナル抗体製剤であるバシリキシマブは腎移植周術期の導入療法としての投与のみが保険適用となっており,心臓移植を含む他臓器移植への適応拡大に向けた調査研究が進行中である.

心臓移植で抗CD25 抗体による導入療法を行った群と導入療法を行わなかった群を比較した3 つのランダム化比較試験220-222)を含むシステマティックレビューにおけるランダム効果モデルでは,抗CD25 抗体による導入療法がコントロール群と比較し急性拒絶反応のリスクは低下させず,死亡率,感染症や悪性腫瘍の発生に関して有意差は認められなかった223).日本においては適応外使用となることから心臓移植領域におけるバシリキシマブのエビデンスは乏しい.バシリキシマブによる導入療法に関する単施設後ろ向き観察研究では,導入療法によりTac 投与開始を遅らせても急性細胞性拒絶反応はむしろ低い傾向にあり,腎機能障害のあるレシピエントの術後6 ヵ月の腎機能が改善するなど,導入療法群を行わなかった群と比較して非劣性の結果が得られ,一方で細菌・真菌感染の頻度は高いという結果が得られた224).

これらの状況から,心臓移植において抗CD25 抗体による導入療法をルーチンで行うことは推奨できないが,腎機能障害を有するレシピエント,ドナー特異的抗体を持つなど拒絶反応のリスクが高いレシピエント,高齢や心機能の低下したマージナルドナーからの移植など,ハイリスクな移植においては抗CD25 抗体による導入療法が有益と考えられ,術後状態が安定するまでCNI 投与の開始を遅らせることで腎機能障害を軽減できると考えられる.

また海外からはCNI による副作用を呈した症例に対して抗CD25 抗体製剤を投与してCNI 投与を中止する,といったいわゆる維持療法としてのCD25 抗体製剤使用に関する報告225)もあるが,米国臨床薬理学会・米国移植学会・国際心肺移植学会からは心臓移植を含めた全ての臓器移植において維持療法としての投与は推奨されておらず,他に選択肢のない状況に限定する必要があるとされている226).わが国からは術後早期にTac による可逆性脳血管攣縮症候群(Reversible cerebral vasoconstriction syndrome: RCVS) 227, 228)や血管攣縮性急性腎障害229)を呈した症例に対し,バシリキシマブを投与してTac を一時中断することで改善が得られた症例報告が散見される.このように免疫抑制薬を中断せざるを得ない症例においてバシリキシマブ

を一時的な維持療法として検討することは許容されうるものと考えられ,今後のエビデンスの蓄積が必要である.

2.5 mTOR 阻害薬

mTOR 阻害薬は,心臓移植後の免疫抑制療法において, CNI や核酸合成阻害薬(MMF)と併用される.EVL とシロリムス(SRL) (保険未償還)が代表的なmTOR 阻害薬であり,維持期に導入する要因として,CAV の進行,腎機能障害の進行,悪性腫瘍合併などがあげられる(推奨表3,表17).

2.5.1 作用機序

EVL は,細胞質内のイムノフィリンであるFKBP12 と複合体を形成し,その複合体が哺乳類ラパマイシン標的蛋白質(mTOR)に結合することにより,造血細胞(T 細胞, B 細胞),血管平滑筋細胞,酵母などの細胞周期をG1 で停止させる.

2.5.2 mTOR 阻害薬に期待される効果

mTOR 阻害薬では,移植後の拒絶反応予防やCAV の進展抑制に有用性が示されている230-232).EVL1.5 mg 投与,

3.0 mg 投与は,ともにAZP 投与に比べて,急性拒絶反応

の頻度が減少した233).SRL の使用でも急性拒絶反応が減少し,結果的にCAV が減少することが報告されている234).メタ解析でも,mTOR 阻害薬の使用がCAV の相対リスクを61% 減少させることが報告された235).mTOR

推奨表3  mTOR 阻害薬の投与における推奨と

エビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

CAV や腎機能障害の進行予防目的に, mTOR 阻害薬を考慮する. IIa B血中トラフ濃度を使用したmTOR 阻害薬のモニタリングを考慮する. IIa B

表17 mTOR 阻害薬の導入を考慮すべきポイント

● CAV の抑制● CNI による腎機能障害の抑制● CMV 感染症の抑制● 移植後悪性腫瘍の抑制● ほかの薬剤で管理困難な拒絶反応の抑制
p.62
阻害薬の使用により,最大内膜厚(MIT)や内膜面積,容積,CAV 発症率が,AZP 233)やMMF 236)に比べて有意に減少することも報告されている.

EVL を併用することで,腎毒性のあるCNI を減量し,心臟移植後の腎機能低下リスクを軽減できる可能性が示唆されている237, 238).

EVL は,CAV の進行に関与するとされるCMV 感染症を含むヘルペスウイルス感染症の発症頻度を減少させる233, 236).CMV 抗体陽性ドナーから陰性レシピエントへの移植など,CMV 感染リスクの高い場合では,維持免疫抑制療法としてEVL への変更も検討される47).一方で, EVL は,AZP やMMF に比較して,細菌や真菌による感染リスクを高める危険性があり,注意が必要である.

移植後遠隔期の悪性腫瘍に対する抗腫瘍効果も期待されている.SRL 239),EVL 240)ともに,PTLD の原因となるEBV 感染細胞の増殖を抑制することが報告されている.

mTOR 阻害薬の導入時期に関しては,移植後早期の開始が,CAV の予防や腎機能保護の面で有益である可能性が示唆されているが238, 241, 242),創傷治癒を遅延する可能性があり,術後の創部治癒の程度を考慮しながら検討する.一方で,CNI 投与を中止したmTOR 阻害薬による免疫抑制療法は,拒絶や有害事象のリスクが高まるため,特に移植後早期のCNI 投与の中止は避けるべきである205, 206, 235).

2.5.3 EVL の使用法(表18) 47)

成人では,EVL1.5 mg を1 日2 回に分けて経口投与し, 1 日量3 mg まで増量できる.CyA と併用する場合,推奨されるEVL の血中トラフ濃度は,3 ~8 ng/mL である47). EVL は,肝臓や小腸壁の薬物代謝酵素CYP(シトクロムP450)で代謝され,Tac 同様,TDM が必要である.マクロライド系抗菌薬や抗真菌薬のイトラコナゾールなど,チトクロームP450(CYP)を阻害する薬剤を併用する場合には,血中濃度の変化に注意すべきである.mTOR 阻害薬とCNI を併用する場合,CNI 単独療法と比較して,CNI の目標トラフ濃度を30 ~70% 程度低く設定する204, 243).Tacと併用する場合,推奨されるEVL の血中トラフ濃度は, 3 ~8 ng/mL である47).一方,CNI を中止してmTOR 阻害薬で治療を行う場合は,拒絶リスクを考慮して,EVL のトラフ濃度を6 ~10 ng/mL,SRL を8 ~15 ng/mL に設定することが提案されている47).

小児の心臓移植患者に対するmTOR 阻害薬の使用経験は限定的であるが244),成人と同様の投与方法が提案されている.CNI と併用する場合,推奨されるEVL の血中トラフ目標濃度は3 ~6 ng/mL とされ,CNI 投与を中止して治療する場合には,3 ~8 ng/mL が推奨される47).ただし,小児では成長障害や副作用のリスクを考慮し,個々の

患者の状態に応じた慎重な投与が求められる.拒絶のリスクが高い症例ではmTOR 阻害薬の高用量を,感染症や腎機能障害のリスクが高い症例では低用量を検討すべきである.

2.5.4 副作用と注意すべき点

mTOR 阻害薬の使用にあたっては,口腔内潰瘍,間質性浮腫,創傷治癒遅延などの副作用に注意が必要である236, 245-247).特に移植直後の高用量投与では,創部離開やグラフト血栓症,感染症といった周術期合併症のリスクが高まることが報告されており236, 247),移植後早期の使用は勧められない.また,形態異常誘発があり,男性では精子運動能,精子数および血漿中テストステロン濃度の減少などが報告されており248),挙児希望の場合,産科と相談のうえ薬剤変更を検討する.mTOR 阻害薬の導入や投与量の調整は,患者の拒絶リスクや副作用の発現状況を考慮しながら,個別に判断することが重要である.

2.6 薬物血中濃度への影響因子

2.6.1 CYP3A 活性と遺伝子多型ならびに CYP3A 発現量に影響をおよぼす因子

CNI はCYP3A による代謝を受ける薬剤である.CYP活性については遺伝子多型によるところが大きい.Tac はCYP3A で代謝されるため,CYP3A5 の遺伝子多型によるその用量が異なることが知られている249, 250).CYP3A5発現者(CYP3A5*1/*1,または*1/*3)では非発現者(CYP3A5*3/*3)(代謝が遅い)に比較してTac 投与量が多く必要であり,投与量調整の際の増量幅を大きくして目標血中濃度への到達が遅れないようにする必要がある.一

表18 mTOR 阻害薬(EVL)の推奨血中濃度

EVL(ng/mL)成人CNI の併用あり3 ~8なし(例:mTOR 阻害薬+MMF) 6 ~10小児CNI の併用あり3 ~6なし(例:mTOR 阻害薬+MMF) 3 ~8 (Velleca A, et al. 2023 47)より作表)
p.63
方,日常診療下において遺伝子多型の測定は保険適用では行われず,評価は困難である.したがって,投与開始後早期から血中濃度を確認することでCYP3A5 遺伝子多型を考慮して投与量の幅を調整することが望ましい.

CYP3A の発現量に変化をおよぼす因子としては年齢,性別,肝臓の大きさ,疾患による影響,喫煙,食事因子,ホルモンなどである251).また,肝血流量が大きければ薬物クリアランスが大きくなり薬物血中濃度は低下する.肝血流量に寄与する因子としては年齢,心不全などの疾患,薬物などが知られており,妊娠した場合,妊娠時期により分布容積が変化するため薬物動態が変化することが知られている.さらに血中のプロゲステロン濃度の上昇により,胃および腸管の通過時間が増加するため薬物吸収が増えるとされている252).CYP3A の発現量は妊娠により増加するため,CNI の血中濃度が低下することが報告されている253).したがって,妊娠中は初期から後期まで変動要因が多岐にわたるため頻回にCNI の血中濃度を含めた慎重なモニタリングを行う必要がある.

2.6.2 EVL 測定間誤差

全血中のEVL 濃度測定にはLC-MS/MS 法,ECLIA法,LTIA 法,ACMIA 法がある254, 255).2016 年から一般社団法人TDM 品質管理機構によってスパイクサンプルを用いた免疫抑制薬血中濃度測定の全国QC サーベイが毎年実施されている.CyA,Tac,EVL,MMF について,おのおの3 つの濃度のサンプル検体が参加施設に配布され各施設の測定方法を用いて測定し,その測定間誤差が報告されている.毎年,EVL の各測定系における測定間誤差が大きい.一方で,論文などではどの測定方法を用いた血中濃度であるかを明示されていることが少なく,日常診療下でも研究下においても,EVL の血中濃度を評価するには測定方法を考慮しながら判断すべきである.

2.6.3 後発(ジェネリック)医薬品

2024 年10 月1 日から同じ成分の後発医薬品がある先発医薬品の長期収載品に関して,特別な理由がない限り先発医薬品を選んだ場合に特別の料金(課税対象のため消費税も含まれる)が患者負担となった.しかし,特に移植臓器の機能が安定している患者では,先発医薬品から後発医薬品への機械的な切り替えを,日本移植学会は推奨していない.理由としては,後発医薬品の製造承認要件は健常被験者10 人程度のクロスオーバー試験における-20% ~ +25%(AUC またはCmax)の生物学的同等性試験に基づいており,臓器移植患者における使用を想定しているものではない点にある256).また免疫抑制薬の投与量設定に使用されているCmin(トラフ値)の同等性に関しては検討さ

れていない.さらに,先発医薬品と後発医薬品の切り替えに際し,薬物血中濃度の低下や急性拒絶反応による移植臓器機能異常,免疫抑制薬の副作用が報告されている257-259).そのため,先発医薬品で治療中の臓器移植患者において後発医薬品への切り替えを要する場合には,入院中の切り替えや頻回のTDM が必要となる.この際に必要となる追加の検査に加え,急性拒絶反応や有害反応の発現などの医学的リスク,ならびに,それらがもたらす保険請求可能範囲を超える経済的負担を考え合わせると,移植臓器の機能が安定している患者での先発医薬品から後発医薬品への機械的な切り替えは,本ガイドラインにおいても推奨されない.

2.6.4 薬物間相互作用

薬物動態の吸収,分布,代謝,排泄過程において,薬物間相互作用が多く認められるのは代謝過程である.特にCYP の阻害(代謝が遅れ薬物血中濃度が上昇)と誘導(発現量増加により代謝が亢進することで,薬物血中濃度が低下)がおもな原因となる249-251).CNI やEVL はCYP3A 群で代謝されることが知られている.したがってCYP3A を誘導する薬剤,阻害する薬剤,CYP3A 群で代謝される薬剤との相互作用に注意しなければならない.CYP3A を誘導する薬剤としてリファンピシン,リトナビル,フェニトイン,カルマバゼピン,フェノバルビタールが知られている260-262).一方CYP3A を阻害する薬剤として,14 員環マクロライド系抗生剤,アゾール系抗真菌薬,ベラパミル,ジルチアゼム,シメチジン,エチニルエスタラジオールが報告されている263-265).心臓移植後の日和見感染に投与されるアゾール系抗真菌薬については,その阻害の強さが薬剤によって異なることがISHLT から報告されている264).また,ジヒドロピリジン系Ca 拮抗薬(アムロジピン,ニフェジピン,ニカルジピンなど)はCYP3A4 による代謝を受けるため,CNI と競合拮抗することでCNI の血中濃度を上昇させることが報告されている264, 266, 267).

心臓移植前にアミオダロンを長期に投与していた場合,その代謝物デスエチルアミオダロンが脂肪組織など全身に蓄積するため,アミオダロン長期内服例ではCNI との相互作用に留意しなければならない268).また,心臓移植後にしばしば併用することが多いスタチンもCNI と相互作用があることが知られており,詳細は6.5 脂質異常症を参照いただきたい.

近年,レテルモビルが「臓器移植(造血幹細胞移植を含む)におけるCMV 感染症の発症抑制」に対して,マリバビルが「臓器移植(造血幹細胞移植を含む)における既存の抗CMV 療法に難治性のCMV 感染症」に対して使用可
p.64
能となった.レテルモビルはCYP3A を時間依存的に阻害しCNI やEVL の血中濃度を上昇させることが添付文書に明記されている269).また,CyA の血中濃度を上昇させるため,用量を通常量の半量とすることが添付文書に明記されている269).一方,治療薬のマリバビルはCNI やEVLの血中濃度を上昇させること,またCYP3A4 の誘導作用も有することが添付文書に記載されている270).

食品との相互作用として有名な例はグレープフルーツによるCYP3A 阻害であり,グレープフルーツに含まれるフラノクマリン類の一部が小腸のCYP3A4 を阻害する271)一方,抗うつ作用があるとして使用されるハーブのセントジョーンズワート(西洋オトギリソウ)はCYP3A を誘導することが報告され,CYP3A4 で代謝される薬剤との相互作用に注意が必要である272).

3 拒絶反応

3.1 細胞性拒絶反応

移植心(ドナー心)を非自己と認識することにより,レシピエントの活性化された単核球(T リンパ球主体)が移植心の心筋細胞を直接的に攻撃することで起きる生体反応である.現在の標準的三薬併用療法を中心とした免疫抑制療法がなされるようになり,重篤な急性拒絶反応は減少した.しかし重篤な拒絶反応が発生すると移植後の予後に関与してくるため,そのマネジメントと治療は重要となる.

急性拒絶反応のほとんどは臨床的には無症状で,中等度以上の拒絶反応で症状を呈する.症状としては,発熱,倦怠感,筋肉痛,関節痛などの感冒様症状や頻脈,心膜摩擦音,上室性不整脈や心不全症状などである.症候性の場合には入院して治療すべきであり,血行動態の悪化を認める場合には(低血圧,心拍出量の低下,肺動脈楔入圧の上昇など)集中治療室で管理の下で治療すべきである(推奨表4).

3.1.1 診断

急性拒絶反応の診断におけるゴールドスタンダードは,心筋生検での病理組織学的所見である(図20).ISHLT から心筋生検による移植心のACR について診断基準が提唱されており,2004 年には1990 年に提唱されたものより単純化した基準が報告された(表19) 273).これは拒絶反応の主体である細胞浸潤と細胞傷害の程度と広がりから分類されたものである.ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色標

本で診断するが,線維化や心筋細胞傷害の識別に役立つマッソントリクローム(Masson’s trichrome)染色も併用する.また,非侵襲的検査も併用しながら拒絶反応についてモニタリングする.心臓超音波検査では,拒絶反応による心筋間質の浮腫の結果として左室壁の肥厚や心筋重量の増加,左室拡張期コンプライアンスの減少による拡張機能の変化,心嚢液の貯留などがみられる.さらに,種々のバイオマーカー(トロポニンT・トロポニンI・NT-proBNP など)の測定も診断の補助となる.

心筋生検のほとんどはルーチンサーベイランスとして無症候の移植患者に実施されている.CNI とMMF のレジメで無症候である場合,中等度以上のACR がある確率は1 ~2% とされており274),さらにACR の発生率は移植後経年的に減少していく.ルーチンサーベイランスとしての心筋生検の実施を減らし,非侵襲的検査でモニタリングを実施していく取り組みがなされてきている.末梢血の遺伝子発現プロファイリングを用いて血液中の20 種類のRNA検出を行うことでISHLT2004 のGrade 2R 以上のACR を予測する検査(AlloMap 検査) 275)や移植心が傷害された際に遊離するドナー由来DNA を検出する方法(Donor derived cell-free DNA) 276)が欧米で使用されてきているが,日本ではまだ臨床応用されていない.心臓MRI を用いたサーベイランスプロトコルが移植後1 年間の細胞性拒絶反応の評価として利用可能であったという報告もあり277),今後非侵襲的なモニタリング法を確立していくためにさらな

推奨表4  ACR の管理における推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

症候性ACR は入院のうえ加療し,血行動態の悪化を認める(低血圧,心拍出量の低下,肺動脈楔入圧の著明な上昇)場合は集中治療室で治療する. I C症候性ACR に対する治療の第一選択は,静注高用量ステロイドである. I Cステロイド治療後に改善がみられない場合は,抗胸腺細胞抗体の使用を考慮する. IIa C ACR の再発リスクを減少させるために,免疫抑制療法を適切に行う(服薬アドヒアランスについて確認,現在の免疫抑制療法の強化,新規薬剤の追加や変更). I C中等症以上のACR(ISHLT2004 のGrade 2R)は無症候であっても静注高用量ステロイドで治療する. I C治療経過を評価するための心筋生検は, ACR の治療開始1 ~4 週間後に行う. I C
p.65
る検討が必要である.

3.1.2 治療

ACR の治療としては47),うっ血や低心拍出の症状があり心筋生検で拒絶が確認されれば,入院継続のまま免疫抑制療法を強化する.心臓超音波検査で左室や右室の収縮能低下が確認されれば,無症候でも症候性拒絶として治療が考慮される.さらに症状や心機能低下がなくても,重症ACR(ISHLT2004 のGrade 3R)では治療を行う.まずは高用量ステロイド静注(メチルプレドニゾロンパルス療法: 500 ~1000 mg/日× 3 日間)が選択される.重篤なACRの場合は,Swan-Ganz カテーテルで血行動態をモニタリングしながらカテコラミンを使用し,場合によっては血漿交換(3 日間)を行い,メチルプレドニンパルスに加え抗ヒト胸腺細胞ウサギ免疫グロブリン(ATG)を使用する.ACRの再発リスクを減らすために患者のアドヒアランスを確認し,免疫抑制薬の量を増量することや新規免疫抑制薬の追加や変更を検討する.拒絶反応を繰り返したり,ステロイド抵抗性の場合には,CNI を変更したり,補助免疫抑制薬であるメトトレキセートを追加使用することを検討する.

治療強化後には心筋生検のフォローアップを1 ~4 週間実施し,効果を確認する(より早期に病理学的評価をすべき場合を除く).血行動態が悪化している場合には,AMRやCAV の可能性も考慮する.再発性ACR の場合には, ATG での治療を考慮し,無症状であっても心臓超音波検査で心機能を頻繁に評価すべきである.

移植後超急性拒絶反応が疑われる場合には,術中に心筋組織を採取し,診断を確定する.診断後はすぐに治療を開始すべきで,高用量ステロイド,血漿交換,免疫グロブリン静注療法,ATG,CNI,MMF の使用,強心剤・昇圧剤の使用,機械的循環補助の使用がなされる.それでも移植片が回復しない場合には緊急再移植が考慮されることがあるが,日本のシステムでは実施不可能である.

a b

c d

50μm

20μm

図 20 心内膜心筋生検による移植心のACR の判定a:Grade 1 R(Grade 1 A);リンパ球による心筋破壊はない.b:Grade 1 R(Grade 1 B);リンパ球は心筋細胞周囲に広がるが破壊はない. c:Grade 2 R(Grade 3 A);2 ヵ所以上の心筋細胞破壊.d:Grade 3 R(Grade 3 B);広範な心筋細胞破壊を伴う炎症. *Grade はISHLT 2004 のグレード(括弧内はISHLT1990 のグレード),表19 参照.

50μm 50μm
p.66
3.2 AMR の病態と診断

3.2.1 病態

ドナーに対する抗体,すなわちドナー特異的抗体(donor specific antibody; DSA)が産生され,血管内皮細胞への抗原抗体反応による障害から重篤な心機能障害に陥る可能性があり,細胞性拒絶に比べて致命率の高い病態である. DSA は,抗HLA 抗体と抗non-HLA 抗体に分類される.後者には,主要組織適合性複合体クラスI 鎖関連A (major histocompatibility complex class I chain-related A: MICA)抗体などが含まれる.さらに,抗体の検出時期によっても2 種類に分類され,移植前から存在するDSA はpreform DSA,移植後に出現したDSA はde novo DSA と呼ばれる.輸血,妊娠,VAD などによる感作が抗体産生に影響するといわれるが,国内の移植待機患者のほとんどがVAD 植込み状態であり,AMR 発症のリスクがあると考えられる.病態の解明は進んできたものの,診断・治療法におけるエビデンスに基づくデータの蓄積は乏しく,さらなる研究が望まれる分野である47).

抗体特異性,親和性,および生物学的活性によって関与する経路が異なるため,まれな超急性拒絶反応からさまざまな強度の急性拒絶反応,そして最終的には無症状または不顕性拒絶反応まで,AMR の発現形態は多様であ

る278, 279).

一般に,HLA クラスI 抗原は,移植片を含む体内のすべての有核細胞に発現するため,移植片が直接目に見える形で障害される可能性が高くなる.HLA クラスII 抗原は,活性化した冠動脈内皮を含む抗原提示細胞上にのみ発現し,一般に,成人および小児の心臓における慢性的な臨床症状をもたらす280-283).

超急性拒絶反応では,移植後数分から数時間以内に免疫介在性の急性グラフト機能不全が現れる.重篤なグラフト不全は,レシピエント血清中に存在するドナー抗原に対する高力価抗体が原因で,典型的には心原性ショックを引き起こす.

わが国ではドナーリンパ球を用いた細胞傷害性試験でT 細胞クロスマッチが陰性の場合のみ心臓移植を施行しており,超急性拒絶反応はまれである.急性期以降に誘因のない心機能低下,血行動態悪化を認めた場合は,常にAMR の可能性を念頭に置いた対応が必要である.また移植1 年後以降より発症する晩期のAMR はCAV の増悪やグラフト不全の重要な原因であることが確認されている282, 284, 285).

3.2.2 診断

AMR の診断には,抗HLA 抗体検査,心内膜心筋生検

表19 ISHLT によるACR の分類

ISHLT 2004 ISHLT 1990

Grade 0R炎症や心筋細胞傷害を示す所見なし. Grade 0所見なし. Grade 1R, mild間質または血管周囲性炎症細胞浸潤を認めるが,心筋傷害像が1 ヵ所までのもの. Grade 1, mild A Focal

B Diffuse局所的な血管周囲への大型リンパ球浸潤が1 ヵ所以上で認められるが,心筋細胞傷害は認められない.

びまん性に炎症細胞浸潤が広がるが,心筋傷害像を伴わない.

Grade 2, moderate (focal)心筋傷害像を伴う炎症細胞浸潤が1 ヵ所まで.

Grade 2R, moderate心筋傷害像を伴う炎症細胞浸潤を2 ヵ所以上認めるもの. Grade 3, moderate A Focal

B Diffuse心筋傷害像を伴う多発性炎症細胞浸潤を認めるもの.

多発性,融合性に心筋傷害像を伴う炎症細胞浸潤を認めるもの.

Grade 3R, severeびまん性に炎症細胞浸潤を認め,心筋傷害像も多数伴うもの(浮腫,出血,血管炎を伴うこともある).

Grade 4, severeびまん性に多型の炎症細胞,広範囲な心筋傷害像がみられ,浮腫,出血,血管炎を伴うこともある.

(Stewart S, et al. 2005

273)より) Copyright (2005) International Society for Heart and Lung Transplantation., with permission from Elsevier.
p.67
による心筋の病理組織学的診断による評価(免疫染色を含む)を行う286, 287).AMR の病態に関わるドナー特異的抗体(DSA)の検出を目的とした免疫学的検査と,病理組織学的検査がある.

臨床的にAMR を疑う場合,循環破綻を回避するよう介入し,DSA 同定,病理組織学的検査を行う.

DSA の検出には,Virtual(仮想)PRA を実施しIgG 抗体の存在を検査しているが,補体成分であるC1q またはC3 が関与する抗体を検査することで,拒絶反応リスク,予後の評価につながる.補体結合能があるDSA は,心臓移植後のAMR やCAV の発症率が高いとする報告もあ

る288).また,non- HLA 抗体である血管内皮細胞抗体, vimentin 抗体,MICA・ MICB 抗体などもAMR に関与する.

3.2.3 病理組織学的検査

ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色(図21,表20 289))は,血管内活性化単核細胞,特に血管内マクロファージの毛細血管や静脈への集積が特徴的で,血管内腔が膨張し充満,内皮細胞の腫脹が血管内腔を閉塞させているように

図21 病理学的診断による移植心のAMR の判定グレードは ISHLT2013 のグレードa:pAMR 2; 血管内皮細胞の腫大と近接する単核球(矢印),b:pAMR 2; 毛細血管にC4d 陽性(矢印)(凍結蛍光免疫染色),c:pAMR 2; 血管内皮細胞にC4d 陽性(矢印)(パラフィン免疫染色),d:pAMR 2; 血管内のCD68 陽性マクロファージの集簇(矢印)(パラフィン免疫染色).

a b

c d

表20 ISHLT によるAMR の病理学的診断

Grade定義所見pAMR 0 Negative for pathologic AMR組織学的,免疫病理学的所見のないもの. pAMR 1 (H+) Histopathologic AMR alone組織学的所見を認めるが,免疫病理学的所見はないもの. pAMR 1(I+) Immunopathologic AMR alone組織学的所見はなく,免疫病理学的所見は認めるもの(CD68 +and/or C4d +). pAMR 2 Pathologic AMR組織学的所見と免疫病理学的所見のいずれも認めるもの.

pAMR 3 Severe pathologic AMR間質への出血,毛細血管の破綻,多彩な炎症細胞浸潤,内皮細胞傷害,著明な浮腫を認め,かつ免疫病理学的所見を認めるもの.血行動態は破綻し,臓器予後は不良を示唆する. (Berry GJ, et al. 2013

289)より) Copyright (2013) International Society for Heart and Lung Transplantation., with permission from Elsevier.補足 pAMR 1(H+):HE 染色でのみAMR を示す組織像(内皮細胞の腫大を伴う毛細血管内にマクロファージの充満)を認めるが,免疫染色では陽性像がない.pAMR 1(1+):組織変化に乏しく,免疫染色でのみ陽性像を認める.C4d,CD68(パラフィン標本を推奨),C3d(凍結標本を推奨).pAMR 2:HE 染色,免疫抗体法の両方でAMR 陽性所見を認めるもの(図21a ~d を参照).
p.68
みえる.重度のAMR は,出血,間質性浮腫,筋細胞壊死,毛細血管断片化,混合性の炎症性細胞の浸潤,内皮細胞化膿,および/ または核分裂が存在する場合に報告される.

免疫染色(図21,表20 289))は,パラフィン切片(C4d, CD68)または免疫蛍光切片(C4d,C3d,HLA-DR)の両方で,マクロファージの血管内浸潤と抗体沈着または補体活性化のマーカーを同定する抗体パネルで評価され,強度と分布に従ってスコア化される287).

3.2.4 治療

AMR をきたした場合には心機能低下による心不全に陥ることも多く,場合によっては強心剤や昇圧剤,IABP など機械的循環補助を必要とする場合もある.治療の適応を検討するには心機能障害の有無,病理学的所見,DSA の有無を参考に検討するが,もっとも重要なのは病理学的所見になる286).しかしながら,Biopsy negative rejection (BNR)の場合にも,血行動態が悪化する場合にはAMRを念頭において治療することも検討する290).

そのほかに,pAMR2 でDSA 陽性,あるいはpAMR3であれば心機能障害が明らかでなくても治療介入を検討する.治療薬としてはコルチコステロイドが主体になり, 500 ~1000 mg のメチルプレドニゾロン経静脈的投与3 日間に加えて,以下に詳述する血漿交換や免疫グロブリン, ATG,リツキシマブなどさまざまな治療を組み合わせて行う.治療評価判定には,血行動態の改善や心機能の改善をみるため,BNP などの血液検査,心臓超音波,右心カテーテルなどを用いる.併せて検出されたDSA の抗体量の評価を行うことも重要である.無症状のAMR の治療の是非については十分には確立されていない.しかしながら,無症状のAMR もCAV の危険因子となることや,後々の心血管イベントのリスクが上がると報告されている291).

3.2.5 リスク評価と予防

AMR のリスク評価のために,PRA スクリーニングは,すべての心臓移植候補者に実施し,PRA が高値(10% 以上)である場合は,プロスペクティブクロスマッチまたはバーチャルクロスマッチを実施し,また脱感作療法を検討する.心臓移植の場合にはDSA の特定は移植直前まで不明であるため,脱感作の対象についてはPRA 高値,移植までの待機期間,過去において心臓移植候補者にあがった際にダイレクトクロスマッチ検査で陽性と判定されたことの有無などを総合的に判断して検討する.また移植後も定期的に抗HLA 抗体のフォローを行う. 3.2.6 予後

AMR の半分程度が血行動態の破綻に陥る292)など臨床的なインパクトも大きいが,十分な治療がされれば,生存率が大きくかわることはない291).一方で,移植後1 年以後の晩期のAMR については予後不良で,3 ヵ月生存率が60%,1 年生存率が50% としている報告もある284).無症状のAMR についてはCAV の発症リスクも高く,臨床的な影響も大きいと報告しているものもある.移植後5 年程度で20% にDSA の検出があるとの報告もあり,出現は1年以内が多い293, 294).

3.3 血漿交換療法

心臓移植後においてはAMR の治療として抗HLA 抗体を除去する目的で使用されるが,移植前の抗HLA 抗体存在下での脱感作療法としても用いられる.血漿交換療法には単純血漿交換療法(plasma exchange),二重濾過血漿交換療法(double-filtration plasmapheresis),血漿吸着療法(immunoadsorption plasmapheresis)などの種類がある.血漿吸着療法のほうが治療効果が高いとも考えられるが,現実的に使用可能な血漿交換が限られることもあり,施行可能な方法を選択する46).ただ血漿交換は血液中に漏出している免疫グロブリンの回収するのみであり,直接的に組織の抗HLA 抗体を除去できるわけではない.それゆえにAMR の治療としては血漿交換単独で行うことは少なく,他の治療と一緒に行われることが多い295-297).他の臓器においても血漿交換療法はAMR の治療法として用いられている298).

施行時の懸念点としては蛋白成分の漏出,容量負荷が懸念され,他には出血傾向の増悪,血圧低下,アレルギー反応などが考えられる46).血漿交換単独でAMR の効果について検討したランダム化試験はなく,報告はいずれも少数例である296, 297).

AMR の治療に加えて移植前の脱感作の治療として使用されることがある299, 300).

血漿交換の回数については確立していないが,2015 年のAHA のステートメントでは1 ~7 回/ 週を1 ~4 週おきに行うことが提示され,1 ~2 倍程度の循環血液量の新鮮凍結血漿やアルブミンを置換することを目安とする286). 2023 年のレシピエント管理に関するISHLT のガイドラインでは,週1 ~5 回を1 ~4 週おきに行うと提示されている47).
p.69
3.4 ガンマグロブリン

AMR は抗体に関連した細胞傷害が血管内皮を傷害し,微小血管の凝固,心筋虚血,さらには移植心機能障害を引き起こすものであるが,免疫ガンマグロブリン(IVIg)はAMR の治療,および移植前抗HLA 抗体の存在下に脱感作療法の際に検討される薬剤であり,2010 年のISHLT ガイドラインでは,AMR の治療選択として血漿交換の次にIVIg の投与が記載されている143).しかしながら,単独の効果についてのエビデンスは十分ではなく,他の免疫抑制薬や血漿交換と合わせて効果を確認されていることも多く,また他の臓器のエビデンスも含めて参考にすすめる必要がある301-305).

期待される効果としては,1大量のIgG のFc 部分によってFcγ受容体を阻害,2C3b などの補体成分にIgGが結合し反応を抑制,3抗イディオタイプ抗体による作用,4炎症性サイトカインに対する中和抗体の作用などがある46, 306).

2010 年のISHLT ガイドラインでは用量としては0.1 ~

1.0 g/kg を1 ~3 回/ 週程度としている143).2022 年の

ISHLT ガイドラインでは0.1 ~2.0 g/kg とされており,低用量を週1 ~3 回程度を1 ~4 週間というプロトコールと,

2.0 g/kg の高用量を4 週間おきとするというプロトコール

の二つの提示がある47).他の諸外国のガイドラインも1.0 ~2.0 g/kg 程度の同様の投与量の推奨である307, 308).

わが国で2023 年に行われた調査によると,従来は1 回投与量として半数が0.2 g/kgと低い量にとどまっているが,今後はより海外の報告に準じた適切な量での投与が期待される309).なおIVIg はわが国においてAMR の治療として保険適用がある.

本製剤は血中に存在する抗体の反応を抑えると同時に,別の抗体に置き換えることで感染のリスクを低減させる効果もある47).血漿交換と併行して行う場合には血漿交換後に投与することに注意する.血漿交換を含めて日和見感染などの感染症のリスク増悪が予想されるが,Perrottet らによると血漿交換療法では感染のリスクが5.3 倍に上昇するも,IVIg は 0.29 倍に抑えられたと報告している310).

本治療はAMR に対する治療として使用される以外に,移植前の抗HLA 抗体に対する脱感作療法としても使用される311).また,移植後,抗HLA 抗体が存在する患者などを対象に予防的に投与してAMR を予防できるかについては,十分に確立されておらず,他の臓器移植後なども参考にしながら治療を検討する311). 3.5 リツキシマブ

3.5.1 作用機序と適応

リツキシマブは,抗ヒトCD20 ヒト・マウスキメラ抗体であり,CD20 を発現しているB 細胞に対する分子標的薬である.リツキシマブは,わが国での全国使用実態調査312)の結果を受けて,心臓移植におけるAMR の治療薬として2023 年12 月に承認された.AMR の治療以外にも,移植前の脱感作療法,PTLD の治療,またまれに,導入療法としても用いられることがある47).

3.5.2 使用法

AMR と診断された場合,まずはIVIg の投与や血漿交換が考慮されるが,効果不十分な時にリツキシマブが考慮される.通常,成人には,リツキシマブ(遺伝子組み換え)として1 回量375 mg/m 2 を投与し,血行動態,心機能,心筋生検でのC4d 染色などの所見を参考にしながら,1 週間をあけて複数回投与することができる.Infusion reaction を予防するために前投薬が必要である.本剤は生理食塩水または5% ブドウ糖注射液にて10 倍に希釈調製し使用する.

3.5.3 使用上の注意点

CD20 を発現しているB 細胞およびメモリーB 細胞に対して効果を発揮するが,抗体を産生する形質細胞はCD20を発現しておらず,リツキシマブは直接的な効果を発揮できないため,AMR に対する効果発現には時間を要することに注意が必要である.通常,1 回の投与で血中のB 細胞を6 ~12 ヵ月間は感度以下まで減少させることができるが,複数回の投与でさらにリンパ節内のB 細胞にも抑制効果をもたらすことが示されている313).膠原病や悪性リンパ腫に対してリツキシマブを使用した場合,副作用として二次性低ガンマグロブリン血症を発症し遷延することがあり,ガンマグロブリン補充療法を要する例が報告されている314).

AMR の治療として血漿交換と併用されることが多いが,リツキシマブ投与直後に血漿交換を行うことがないよう注意が必要である.
p.70
4 拒絶反応同定のための検査法

4.1 心筋生検

非侵襲的な検査の有用性の報告はあるものの,心移植後の拒絶反応の評価としてのゴールドスタンダードは現在も心筋生検である.心筋生検のプロトコールは施設間で異なるが,特に初期の心臓移植の時代では拒絶反応の頻度が高かったため心筋生検の重要性は大きく,歴史的に多くの施設で高頻度の心筋生検が行われてきた.心内膜心筋生検は通常,手術後7 日目~3 週間は毎週施行,以降は2 週間ごと,4 週間ごと,8 週間ごとと延ばしていき,6 ヵ月目以降は90 日ごとに,1 年後からは6 ~12 ヵ月ごとに施行する.拒絶反応が認められた場合は治療2 ~4 週間後に治療効果判定のため,追加の心筋生検を行う.

しかし免疫抑制,臓器保存・手術手技の進歩により拒絶の頻度が減少し,それに伴い心筋生検の頻度も減少している.拒絶の頻度が高い移植後早期には,ACR またはAMR の早期発見のため,特に心筋生検の重要性は高いとされているが,心移植後6 ヵ月~1 年以上経過した無症状患者における心筋生検による中等度以上のACR の検出率は1 ~2% と低く274, 315 ),また高頻度に心筋生検を施行している施設がそれ以外の施設と比較して長期の生存率や中~重度の拒絶を早期発見できているわけではないとされる316).そのため心移植後慢性期の定期的な心筋生検の必要性については否定的な報告もある274, 317, 318).一方で,特に移植後早期に中等度から重度の拒絶反応の既往がある小児では,臨床的に拒絶の疑いがなくても心筋生検によって重大な拒絶が発見されることがあるとされている319, 320).そのため国内の施設では,移植後1 年を超える安定期であっても少なくとも年に1 回以上の心筋生検を行っている施設が多いが,今後の検討が必要である.

4.1.1 方法

左室からの生検も可能だが,右室からの生検が一般的である.頚静脈または大腿静脈から経カテーテル的に生検鉗子を進め.右室中隔の心内膜側から2 ~3 mm 大の心筋組織を採取する.サンプリングエラーの可能性を少なくするために,心筋組織が50% 以上を占める生検標本が少なくとも4 個は採取されている必要がある.心内膜心筋生検は頻回に施行され,標本採取部位が比較的一定しているので,採取標本の大部分が以前の生検部位の線維化巣や,修復

過程の肉芽組織であることがある.合併症を避けるために心尖部近くの中隔からの採取が望ましい.合併症として,心室穿孔による心タンポナーデ,脚ブロック,三尖弁逆流の出現に注意が必要である.左室生検で0.64%,右室生検で0.82% の重大な合併症があったとの報告がある321).1生検あたり治療介入を必要とする合併症の発生率は0.08%,合併症全体の発生率は0.54 ~1.4% であったとの報告がある315).

Quilty 効果(図22)は,局所的で心内膜に限局したリンパ球の密な隆起性の集簇像を指すが,心内膜を超えて心筋層への浸潤所見を示すこともある.急性拒絶反応に合併している場合も合併していない場合もある.浸潤細胞は主としてT 細胞であるが,マクロファージやB 細胞も含まれ多彩で,時に新生血管も含まれる.拒絶反応や予後とは関連がないという報告もあり322),自然消退することもある.

4.1.2 拒絶の分類

ISHLT からACR およびAMR についての診断基準が提唱されている.なお,各表は本章の3.1 細胞性拒絶反応ならびに3.2 AMR の病態と診断を参照されたい.

4.2 その他の検査法

拒絶反応を検出するためのゴールドスタンダードとなる検査が心筋生検であることはいうまでもないが,心筋生検は侵襲的な検査であり,繰り返し施行することで合併症のリスクが高まる.また,サンプリングエラーは無視できず,心筋生検では検出できない拒絶反応が存在することも知られている.そのため,心筋生検以外の臨床検査や画像検査を組み合わせて拒絶反応の診断に至ったり,治療の必要性を検討したりすることもある.

図22 Quilty 効果:限局隆起性のポリクローナルな炎症細

胞浸潤
p.71
4.2.1 拒絶反応を示唆する臨床所見

拒絶反応に特徴的な症状や臨床所見はなく,移植後外来においては一般的な症状の変化,新たなIII 音やIV 音の出現など心機能障害を示唆する身体所見,血液検査・心電図・心エコー図検査の変化に注意を払い,拒絶反応の可能性を疑うことが重要である.日々の体調やバイタルサイン,免疫抑制剤の内服量をノートに記載してもらい,外来受診時に確認する.心不全症状は通常,中等度以上の拒絶反応で認められ,免疫系が活性化されることに伴う倦怠感,筋肉痛,悪心嘔吐,発熱などの非特異的な症状も認めることがある.

4.2.2 バイオマーカー

高感度の心筋逸脱酵素(トロポニンI およびT)は, ACR の診断に有用であるとされ,心筋生検による拒絶のグレードと相関することも報告されている323).

心不全もしくは心機能のマーカーであるBNP もしくはNT-proBNP は,その絶対値と拒絶反応の相関は乏しいものの,個々の患者における値の変動が拒絶反応と相関していることが報告されている324).

さらに海外では,血液検査により,より特異的に拒絶反応を診断する方法も実用化されている.拒絶反応に関連する遺伝子の賦活化を遺伝子発現プロファイリングの手法を用いて検出し,拒絶反応を検出する方法325)や,末梢血中に存在するドナー心由来のDNA(donor-derived cell-free DNA)を検出し心筋傷害を検出する方法326)も活用されている.今後はわが国でもこれらの方法が導入されることを期待したい.

4.2.3 ドナー特異的抗体

AMR の診断にも組織学的検査が重要であるが,確定診断はしばしば困難であり,患者血清中のドナー特異的抗体(donor-specific antibody: DSA)の存在が診断に際して重要な参考所見となる.近年,AMR は急性発症するものから不顕性・慢性に経過するものまで幅広い病態を含んでいると認識されており,顕性のAMR(多くはHLA)クラスI抗原に対するDSA により生じる)では,急速に血行動態の破綻を伴うことが多く,救命のために早期の診断と治療介入が必要である一方,不顕性・慢性に生じたAMR(多くはHLA クラスII 抗原に対するDSA により生じる)は遠隔期のCAV や心機能障害と関連することが示唆されている286). 4.2.4 生理学的検査

心電図変化としては,PR 間隔の延長,R 波の低下,ST変化などが拒絶反応の所見としてみられることがあるが,いずれも特異性に乏しい所見である.これらの所見がみられた際には,心エコーや心筋生検を含めたより詳細な検査を検討する.

心エコー図検査では,早期には左室拡張機能障害や,拒絶反応に合併した心筋間質浮腫の結果として左室壁の肥厚や心筋重量の増加が認められる.病態が進行すれば左室収縮機能障害や心囊液貯留を呈する.特に心筋生検が困難な小児の心臓移植例では,相対的に心エコー図検査の重要性が高くなる.

4.2.5 画像検査

拒絶反応を診断する画像検査として最も広く用いられているのは心臓MRI 検査である.拒絶反応に伴う炎症や浮腫を反映し,T2 強調画像での高シグナルが生じ,線維化を生じればnative T1 値の上昇,extracellular volume の増加や遅延造影像を呈する.また急性拒絶反応に伴う左室壁厚の増加や壁運動低下も検出することができるが,軽度の拒絶反応を検出するには限界がある327).

5 感染症の予防

5.1 移植前の感染症対策

心臓移植後の感染症は,移植後の主要な死亡原因の1 つであり,とりわけ移植後30 日以降1 年以内の死亡原因のなかでは1/3 程度と,死亡原因のなかで最多である.心臓移植後の感染症の特徴として,各時期によって原因となる病原体や発症機序が異なる点があげられる.移植術後30日以内の急性期は,一般の開心術後の合併症としての感染症が主であり,細菌や真菌による手術創部の感染,肺炎,尿路感染が多い.一方で30 日以降は免疫抑制療法に伴う感染症が多いのが特徴であり,内因性の病原体の活性化やドナー由来の病原体による感染症への注意が必要である.特にCMV,EBV,肝炎ウイルスなどが問題になりやすい.免疫抑制下でのこれらの感染症は,初期症状が非特異的で診断が遅れがちであるうえにそれ自体が重篤になりやすいことから,早期診断と治療がきわめて重要である.
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a. ワクチン接種

心臓移植後は生ワクチンの接種は原則禁忌となることから,移植までのあいだに麻疹,水痘,ムンプス,風疹については未接種であれば積極的に接種を勧めるべきである.一方でインフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチン,B 型肝炎ウイルス(HBV)などは不活化ワクチンであるため,インフルエンザワクチンについては心臓移植後も接種を見合わせる特別な理由がない限り接種が推奨される.またCOVID-19 ワクチンに関しては2024 年8 月時点では,インフルエンザワクチンと同様に接種が推奨される. b. 心臓移植前の感染スクリーニングと対策

心臓移植レシピエントは移植手術までに長期の入院を要することや,VAD を長期間装着していることが多く,鼻腔,咽頭,喀痰,VAD の脱送血カニューレやドライブライン挿入部の細菌培養と感受性検査を定期的に行っておくとともに,移植手術直前にも同様の評価を行う.また口腔内衛生にも留意し,齲歯や歯周炎についても定期的に評価と治療を行っておく. c. 周術期の感染症予防と管理

心臓移植周術期の感染症の病原体としては細菌と真菌が重要である.通常の心臓手術と同様にグラム陽性球菌および陰性桿菌をターゲットとして予防的な抗生物質の投与を行う.ただし,術前の各種培養の結果を確認し,特に慢性のVAD 関連細菌感染を合併している場合には,術前の細菌培養と薬剤感受性を参考にしたうえで適切な抗生物質の選択を心がけ,必要であれば抗MRSA 薬の投与も考える. VAD 装着に関連して真菌感染を合併している場合には,アゾール系抗真菌薬の投与を行うことは妥当と考えられるが,薬物相互作用によるCNI の血中濃度の変動には注意が必要である.近年公表された「深在性真菌症の診断と治療のガイドライン2014」328)では,VAD 後心臓移植症例はカンジダ症の高リスクと考え,抗真菌薬の予防投与を推奨している.

5.2 CMV

CMV 感染は心臓移植後に問題となりやすい日和見感染の一つである.ドナー心や輸血製剤由来で感染することもあれば,内因性のウイルス再活性化によることや,移植後の生活の中で初感染することがある.したがってCMV 抗体陰性患者(R-)はもちろん,抗体陽性患者(R+)でも臨床的に問題になる可能性がある.一般的なCMV 感染は不顕性感染の形で感染し,生涯その宿主に潜伏感染し,免疫抑制状態下で再活性化し,種々の病態を引き起こす.免疫抑制剤服用中においては,症状や臓器障害をきたさないこともあれば,発熱や白血球減少,血小板減少などの症状を

伴う場合や,さらには間質性肺炎,消化管の潰瘍や炎症,網膜炎や脳炎などの臓器障害を伴い致命的となることもある.また間接的な影響として,急性拒絶反応や慢性期のCAV との関係も示唆されている.

CMV 感染への対処法としては,予防治療(prophylactic therapy)と,定期的CMV 抗原血症検査(アンチゲネミア法)やreal-time PCR 法によるCMV-DNAemia の評価において感染を認めた場合に速やかに抗ウイルス薬を投与する先制治療(preemptive therapy)の2 つの考え方があり,移植施設によって異なる.海外においてはCMV 抗体ミスマッチ症例(CMV 抗体陰性のレシピエント(R-)にCMV抗体陽性のドナー心(D+)が移植された場合)の場合はCMV 感染症の高リスクと考え,3 ~6 ヵ月の予防的治療が推奨されている329).予防治療においては,その投与量および治療期間によりバルガンシクロビル耐性が問題となることが報告され,慎重なウイルスサーベイランスの下で先制治療を行う施設もある330).

予防治療においてはガンシクロビル5 mg/kg/日の静脈内投与を1 ~3 ヵ月間,あるいはバルガンシクロビル900 mg/日の投与をCMV 陽性患者(R+)に対しては3 ヵ月,抗体陰性患者(R-)には3 ~6 ヵ月間行う(ただし,わが国においてはバルガンシクロビルの心臓移植後の予防的投与については,100 日間を目安に使用することとなっている).施設によっては,早期に抗CMVγグロブリンの併用を行うこともある.その後は1 ~2 週ごとにCMV 抗原もしくはDNA の定量を行い,一定の量を超えた場合にはガンシクロビルもしくはバルガンシクロビルの治療用量の投与を最低2 週間行い,抗原もしくはDNA 定量の陰性化を2 回連続確認するまで継続する.小児にはバルガンシクロビルとして次式により算出した 投与量を1 日1 回,食後に経口投与する.ただし1 日用量として900 mg を超えないこととする(投与量(mg)=7 ×体表面積(m 2)× eGFR(mL/ min/1.73 m 2)).どちらの薬剤の場合も,投与量については腎機能によって調整が必要である点と,顆粒球減少症などの副作用の出現に注意する必要がある.予防治療の場合は,約3 割の患者で治療終了後に遅発性CMV 感染が生じることが報告されており331),抗ウイルス薬終了後も定期的なCMV 抗原やDNA 定量の監視の継続が必要である.一方で,先制治療の場合は移植後3 ヵ月までは,CMV 抗原もしくはDNA 定量を毎週評価し,陽性基準を超えた場合には臨床症状がなくとも治療を開始する.

CMV に対する抗ウイルス薬の長期投与の弊害として,副作用に加えて薬剤耐性の問題がある.心臓移植後の他の薬剤でも起こりうる顆粒球減少の副作用のために投与困難
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な場合には,ホスカルネットやCidofovir(国内未承認)の投与を検討する.腎移植後のCMV 予防治療においては,バラシクロビルとバルガンシクロビルの無作為化非盲検単施設試験にて,バラシクロビルはCMV ウイルス血症を有意に増加させることなく副作用は有意に少なかったと報告されている332).わが国においてはバラシクロビルのCMV感染への適応はないが,今後の選択肢としての可能性を感じる.

5.3 EBV

EBV は主にリンパ球B 細胞内に感染し,B 細胞の無制限な増殖を誘導する.通常はこのような増殖は宿主の細胞性免疫により抑制されているが,心臓移植後の細胞性免疫抑制状態下においてはその制御機構が破綻してB 細胞の無制限な増殖によるPTLD を発症することがある.日本では多くの成人レシピエントは既感染で抗体を有しているが,持続的な潜伏感染の状態にあり,免疫抑制状態下でウイルスが再活性化することによって発症する.一方,若年者や小児では抗体を有していないレシピエントも比較的多く, EBV 抗体ミスマッチ症例では初感染によりPTLD を発症する危険性があり特に注意が必要である333).また抗CD3 (OKT3)モノクローナル抗体を使用した場合やCMV 感染もPTLD の高リスク群となることが報告されている334).

PTLD は伝染性単核症に類似した多クローン性リンパ増殖症から,単クローン性のリンパ増殖をきたし悪性化することもあるなど多彩な病態を示しうる.障害される臓器によって,発熱やリンパ節腫大から下痢,嘔吐,腹痛,消化管出血といった消化器症状や呼吸困難,肝障害,腎障害,さらには血球貪食症候群と症状や徴候が異なる.EBV の活動性のモニタリングにはEBV DNA 定量を定期的に行うことが推奨されているが,その頻度や治療を開始するウイルス量については確固としたエビデンスは認めない.移植時のinduction therapy の影響や,CNI の目標血中濃度を高く維持する移植後早期は,特に注意が必要である.アシクロビルやガンシクロビルなどの抗ウイルス薬の予防的投与が行われることもあるが,現時点ではその有効性を示唆するエビデンスは確立されていない335).PTLD が疑われた場合には,超音波検査,CT,MRI などにより胸腹部,骨盤内の腫瘤やリンパ節の腫脹などの検索を行い,確定診断のために生検を行う.ガリウムシンチグラフィやFDG- PET なども臓器検索には有用である.治療については,まず免疫抑制薬の減量や中止の検討が優先される.抗ウイルス薬としてはガンシクロビルの単独投与もしくはガンマグロブリン製剤との併用投与が行われることが多い.治療抵抗性あるいはモノクローナルなPTLD に対しては,悪性リ

ンパ腫に準じたCHOP 療法(シクロホスファミド+ドキソルビシン+ビンクリスチン+プレドニゾロン)や抗CD20モノクローナル抗体であるリツキシマブの投与を検討する.

5.4 ヒトヘルペスウイルス

HSV,VZV などはいずれも初感染に引き続いて潜伏感染の状態にあり,免疫抑制療法下での再活性化により有症候性となる.HSV は臓器移植後いつでも発症する可能性があり,一般集団よりもHSV 感染のリスクが高いことがわかっている336).これらのウイルスに関してはルーチンでの定期的なモニタリングは推奨されていない337).これらのウイルス感染症ではCMV 感染症に対する抗ウイルス薬の予防投与が同様に有効であることが証明されているが, CMV 感染症の予防が行われていない場合にはアシクロビルやバラシクロビルの予防投与が推奨されている337).

5.5 カンジダ

カンジダ症は心臓移植後における最もよくみられる侵襲性真菌症であり,移植術後1 ヵ月以内の発症が多い.心臓移植後患者においては,C.albicans とC.tropicalis が起炎菌として多いことが報告されている338).局所的な感染として,口腔内,食道,膣などの粘膜や,術後胸骨創部などが想定される.播種性カンジダ症は全ての主要臓器に発症する可能性があり,発熱や罹患臓器に関連した症状を呈する.

侵襲性カンジダ症の診断は主に血液培養によってなされ,診断補助としては血性診断法として(1 →3)-β-D- グルカンが知られている.しかしこれらの検査はいずれも感度が高くなく,症状は非特異的であることが多いため,診断はしばしば困難である339).そのため,宿主のリスク因子,臨床症状,炎症所見,画像,血清診断法,真菌学的検査,病理学的検査,眼科的診察などを併せて総合的に診断を行われなければならない.便,表在皮膚,ドレーン,喀痰,尿の培養からカンジダ菌が検出されても,それ自体が感染を裏付けることにはならないが,少なくとも感染を発症するリスクを把握する上では重要である.また,様々な異なる場所からカンジダ菌が検出された場合は,侵襲性カンジダ症を積極的に疑うきっかけにもなるであろう.

術後早期には消化管への真菌症対策として,アムホテリシンB シロップによる口腔内洗浄および嚥下を食間に実施し,術後1 年目を目途に中止する.侵襲性カンジダ症の治療として以前はアムホテリシンB 製剤が多く用いられてきたが,腎障害その他の副作用の面から,原因真菌がフルコ
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ナゾール感受性であればフルコナゾールが使用される.フルコナゾールはCYP3A4 を阻害するので,併用によりCNI の薬剤の血中濃度が上昇することがあるため,投与後の血中濃度に注意を払う必要がある.薬剤耐性のリスクと合併症の有無,重症度に応じて治療薬が選択される.

5.6 ニューモシスチス・イロベチイ

ニューモシスチス・イロベチイ(Pneumocystis Jiroveci)による肺炎は発症すると重症化する危険が高く,術後早期より予防的治療が推奨される.発症のリスクは移植後6 ヵ月以内が最も高いが,高用量のステロイドの長期使用など,特定の危険因子がそれを増大させる可能性がある.乾性咳嗽,息切れや進行性の低酸素血症の症状を呈し,胸部X線は一般的にびまん性間質性浸潤を示し,時に空洞性病変を伴う.診断は気管支肺胞洗浄や喀痰検査を行い,病理組織学的染色による検出によってなされることが多い.PCRやβ-D-グルカンの上昇による診断は非特異的で確定診断には結びつかず,解釈には注意が必要である340).

移植後は6 ~12 ヵ月間のスルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST)合剤の予防的投与が推奨されている47).サルファ剤アレルギーやグルコース-6- リン酸脱水素酵素欠乏症の患者では,ペンタミジンの吸入やアトバコンなどの代替薬が用いられる.

5.7 肝炎ウイルス

HBV やC 型肝炎ウイルス(HCV)については,移植後の再活性化が報告されている.HBV に関しては,移植適応検討時におけるスクリーニングとして,HBs 抗原,HBs抗体に加えてHBc 抗体の測定が必要である.HBs 抗体のみが陽性の場合はワクチン接種後である可能性が高い. HBs 抗原,HBs 抗体が陰性で,HBc 抗体のみが陽性の場合は,既感染後,偽陽性あるいはseroconversion windowの可能性がある.このような患者ではHBV-DNA 定量検査を行い,専門医に相談のうえ核酸アナログの投与やモニタリングについて検討する.HCV 抗体陽性の場合には, HCV 感染が持続しているか,キャリアか,感染既往者かを区別するためにHCV-RNA 測定が必要である33, 47).

HBV 既感染ドナーからの心臓移植における未感染レシピエントの感染率は3% と報告されているが341),感染した場合は時に劇症化する場合もあり,注意が必要である.抗HBc 抗体が陽性のHBV 既感染ドナーから心臓移植を受ける場合は,移植前にレシピエントに対して十分な説明を行うことが推奨される.移植に際しては,専門家にコンサルトし,移植後のモニタリングや核酸アナログの予防投与に

関して検討する47).移植後のHBV モニタリングフローチャートに関しては,日本移植学会感染症対策委員より発行されている「HBc 抗体陽性のHBV 既往感染ドナー(肝臓以外)からの 臓器移植におけるHBV 感染予防のための診療指針」を参照されたい342).

E 型肝炎ウィルス(HEV)は急性肝炎の原因となるウイルスであるが,臓器移植後などの免疫抑制状態におけるHEV 感染により,慢性肝炎および肝硬変を引き起こすことが明らかになっている343, 344).HEV は糞便中に排泄されたウイルスによって汚染された水や,ウイルスを保有した豚やイノシシなどの動物の生肉を摂取することによって感染することが多いが,輸血による感染も報告されている.原因不明の肝障害を認めた場合には,HEV を鑑別にあげてHEV-RNA の検査を行う.免疫抑制状態のためIgA- HEV 抗体は陰性となる可能性があり,HEV-RNA 検査が必要である.HEV 感染と診断された場合には免疫抑制薬を減量する.その後HEV-RNA が陰性化しない場合はリバビリンが効果的とされている345).

5.8 HTLV-1ヒトT 細胞白血病ウイルスI 型(HTLV-1)は,世界の中でも特に日本に感染者が多いウイルスである.HTLV-1 は,特に合併症などのない感染者の場合,約0.3% に重篤な神経難病であるHTLV-1 関連脊髄症(HAM)を,約5 ~ 10% に致死率の高い成人T 細胞白血病リンパ腫(adult T-cell leukemia/lymphoma: ATL)を引き起こすことが知られているが,これらの疾患に対する有効な治療薬や発症予防法は確立されていない346).近年,生体腎移植や肝移植において,HTLV-1 感染ドナーから移植を受けることで,高頻度にレシピエントがHTLV-1 に感染するだけではなく,移植後早期にHAM や成人T 細胞白血病(ATL)を発症する危険性が高まることが報告されている346-348).HTLV-1 抗体陽性のドナーからの移植を行う場合には,レシピエントへの事前告知および同意を得ることが不可欠であり,移植後も長期にわたり注意が必要である346).現時点においてHTLV-1 抗体陽性ドナーからの心臓移植はUnited Network for Organ Sharing(UNOS)より推奨されていない.

腎移植においてHTLV-1感染レシピエントへの腎移植は,たとえHTLV-1 感染ドナーからの腎移植であっても, HTLV-1 関連疾患発症の危険性は高いとはいえないことが報告されている346).心臓移植においては,HTLV-1 抗体陽性レシピエントにおける十分な観察期間の研究が存在しな
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いため,現在のところそのリスクは不明である.

5.9 その他

5.9.1 アスペルギルス

大規模な前向きコホート研究において,心臓移植後患者における侵襲性真菌感染の12 ヵ月累積発生率は全体で3.4% と報告されており,アスペルギルスはもっとも頻度の高い真菌症の1 つである.一般的には移植後6 ヵ月以内の早期に発生することが多く,危険因子としてATG の使用,再手術,移植後透析,CMV 感染が知られている349, 350).アスペルギルス芽胞は一般環境に広く存在しており,感染は通常芽胞の吸入により惹起され,呼吸器系,副鼻腔,皮膚,中枢神経系,腹腔内などの侵襲性アスペルギルス症に進展する.アスペルギルス症は,心臓移植患者のあらゆる肺感染症の鑑別診断において考慮されるべきである.診断は気管支肺胞洗浄や結節病変の生検による証明が有用であり,血液培養の陽性率は低いことが知られている.血液検査ではアスペルギルス抗原のほか,アスペルギルス-PCR の診断価値が高い.後者は血液のほか喀痰,各種組織を用いても測定可能である.深部真菌感染症の指標であるβ-D-グルカンの上昇も診断の契機となるが,アスペルギルス感染症に特異的でないことに留意する.現時点では,アスペルギルス症に対する予防的な抗真菌薬の投与は推奨されていない.

5.9.2 トキソプラズマ

トキソプラズマ症はトキソプラズマ原虫を原因とした人獣共通感染症である.免疫抑制状態にある心臓移植後患者においては,ドナーの臓器から,もしくは不適切に調理された食肉や寄生虫卵に汚染された猫などのペットの排泄物などを介して感染する可能性がある.移植後,特に6 ヵ月以内の発症が多く,再活性化による感染の場合はそれ以降に発症する傾向がある.ST 合剤はトキソプラズマ感染症の予防に有効であることが示されている351).

臨床症状としてはリンパ節腫脹とは血球減少を伴う発熱として現れることがもっとも多いが,脳炎,肺炎,心筋炎としてもみられる.トキソプラズマに関連した心筋炎の症例は時に急性拒絶反応と同様の症状を示すことがあるが,トキソプラズマ症は心筋病理所見において好酸球の増加がある点で鑑別される.確定診断には病理学的所見が重要だが,トキソプラズマに対するIgG およびIgM 抗体の血清学的検査も診断の補助に有用である.髄液トキソプラズマPCR の感度は不均一であるが,特異度は高いことが知られている352).

トキソプラズマ抗体陰性のレシピエントが抗体陽性のドナーから心移植を受けた場合のアウトカムについては一定の見解が得られていないが,ミスマッチがある場合はST合剤などによる予防を行うことが検討される353).

6 免疫抑制治療に続発する病態

6.1 腎機能障害

心臓移植適応検討時は,心不全増悪により他臓器機能が低下していることが多い.移植待機期間中の右心不全による腎うっ血,感染,抗生物質使用,非ステロイド性抗炎症薬などにより待機中にも腎機能障害は進行しうる.心臓移植術前に1/3 以上の患者で慢性腎臓病(CKD) grade 3 以上であったという報告がある354).術前クレアチニン・クリアランス(CCr)が50 mL/min 以下の症例は,50 mL/min以上の症例に比べ術後30 日以内の死亡率が有意に高いことも報告されている355).そのため,待機中も腎機能の維持に努めることは移植後管理の上でも重要となる(推奨表5).

心臓移植後急性期に無尿,乏尿,血清クレアチニン値が急激に上昇する際には,体液量の管理や腎代替のために早期に血液透析が考慮される.また,心臓移植周術期におけるCNI の早期開始は,CNI に腎血管収縮作用のため腎灌流圧が低下し,利尿薬に対する反応性が低下する.術前に腎機能障害がある症例や術後腎機能が悪化した症例においては,CNI 開始を遅らせるためのポリクローナル抗体であるATG やIL-2 受容体アンタゴニストであるバシリキシマブを使用する戦略も考慮される175, 176).心臓移植術後に急性腎障害を起こし血液透析を要した患者では死亡率が高率であったと報告されている354).

移植後患者ではしばしば腎機能障害を合併しており,進行しうる.腎機能の評価(eGFR,アルブミン尿)は少なくとも年に2 回は実施し,CKD の有無を同定し,CKD がある場合には腎臓内科専門医に紹介すべきである.心臓移植前の腎機能障害や心臓移植後のCNI による影響に加えて,高血圧,糖尿病,高コレステロール血症,長期に内服する抗真菌薬や抗ウイルス薬,CAV の診断目的で行う冠動脈造影に使用される造影剤などの影響により腎機能障害は進行する.さらに腎機能障害の進行はその後の死亡率上昇と関係する356).1990 ~2000 年,米国での臓器移植レジストリの報告(Scientific Registry of Transplant Recipients)
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では,5 年で10%,10 年で20% 程度の心臓移植患者が慢性腎不全(eGFR<30 mL/min/1.73m 2)に至っている356).

心臓移植後は生涯にわたる免疫抑制療法が必要となり, CNI には腎毒性があることが知られている(CNI related nephrotoxicity).尿細管細胞の空胞変性,尿細管間質の線維化,輸入細動脈の硝子化などを特徴とし,その障害はCNI の減量や中止で回復しうるといわれるが,長期的には不可逆的な変化を引き起こす.腎機能障害例ではCNI の減量が必要となり,CNI とMMF と併用する際に,CNI の血中濃度レベルを下げて管理することは拒絶を増加させることなく,腎機能改善に寄与する357).また,MMF をmTOR 阻害薬のEVL へ切り替えるか併用することにより, CNI のトラフ値を下げて管理する方法もある206, 358, 359).個々の有害事象のリスクとのバランスを考えながら調整する必要がある.

また,特に誘因なく腎機能障害が進行する際には,BKウイルス感染の可能性を考慮する360).BK ウイルスは,ポリオーマウイルス科に分類されるDNA ウイルスであり,多くは幼少期に感染し尿路系上皮細胞に潜伏する.移植後の免疫抑制療法により再活性化し腎機能障害をもたらすことがある.腎移植患者で,BK ウイルス尿症から血症を経て腎症に進展した場合の予後は不良である361).スクリーニング法として尿細胞診でdecoy cell の同定を行い,血清・尿BK ウイルスDNA を測定する.BK ウイルス感染がみられた際には拒絶をモニタリングしながら免疫抑制療法を減量する.

腎機能障害の進行を予防するための介入としては,一般人口におけるCKD の管理と同様である.ACE 阻害薬・ARB,カルシウム拮抗薬,SGLT2 阻害薬を使用しながら血糖や血圧を厳格にコントロールする.特にSGLT2 阻害薬については,糖尿病の有無にかかわらずCKD に対する腎保護効果が報告され362),今後心臓移植患者における効果についても検討されているところである363).さらに,末期腎不全に至った際には生体腎移植も考慮され,透析療法と比較して死亡率が低いことが示されている356, 364).

腎不全は移植後遠隔期の主要な死因の1 つである.心臓移植後も腎機能の維持に努めることは予後の観点からも重要である.

6.2 骨粗鬆症

年単位での移植待機によるデコンディショニングのため,骨密度の低下をきたしている心臓移植患者は多い.また,免疫抑制療法として,心臓移植後には比較的大量かつ長期のステロイド使用を余儀なくされることもある.ステロイド使用による骨量減少は投与量に依存するが,安全域はなく,少量のステロイドでも骨粗鬆化は必発であり,投与開始後3 ~6 ヵ月で急速に進行するとされる.また骨折のリスクは骨密度低下前から上昇することも知られている365).プレドニゾロン換算2.5 mg/日以上を1 年間内服すると,椎体骨折の相対リスクは4 ~5 倍になるという報告もあり366),ステロイドを長期に使用している心臓移植患者の骨密度の低下には注意を要する.一方,ステロイドを中止すると骨折のリスクは急速に減少する.骨粗鬆症予防をいつまで継続するべきかの明確な基準は明らかではないが,ステロイドの投与期間,年齢,定期的な骨密度測定,骨折の既往などの骨折のリスク因子に基づき判断する.

心臓移植患者は移植後5 年目までは年2 回程度,以後10 年目まで年1 回程度,骨密度を測定する.骨粗鬆症の

推奨表5  免疫抑制治療に続発する腎機能障害の対応におけ

る推奨とエビデンスレベル推奨クラスエビデンス

レベル

移植後急性期,無尿・乏尿,血清クレアチニン値の上昇がある際には,体液量管理と腎代替のために血液透析を早期に実施する. I B術前に腎機能障害がある場合や術後2 日以内に腎機能の悪化がある場合には, CNI の開始を遅らせることを考慮してもよい. IIb C mTOR 阻害剤をCNI フリーのレジメで使用すれば,腎機能に長期的なベネフィットをもたらす可能性がある.個々の有害事象のリスクとのバランスを考慮する. IIa B抗体製剤による免疫抑制導入は,腎機能障害のリスクが高い患者において,CNIの使用を遅らせるか回避する目的で使用を考慮する. IIa B腎機能の評価(eGFR, アルブミン尿)を少なくとも年に2 回は実施し,CKD の有無を同定する. I C進行性のCKD を有するレシピエントには,代謝異常や合併症の管理のために腎臓専門医を紹介する. I C CKD のある移植患者では,CNI を免疫抑制効果が得られる最小レベルまで下げる.さらにCNI を減量しても腎機能障害が持続している場合には,拒絶反応に注意しながらCNI フリーのレジメを使用する. I C末期腎不全の心臓移植患者において生体腎移植を行う. I C
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予防および治療として,骨折や転倒に注意した適切な運動療法と,推奨される範囲内でのカルシウムおよびビタミンD の摂取を指導する.「グルココルチコイド誘発性骨粗鬆症の管理と治療のガイドライン2023」に示された診療アルゴリズムに基づいて危険因子の評価を行い,薬物治療を開始することが推奨される367).薬物療法としては,一般的に用いられてきたビスホスホネート製剤に加え,近年では抗RANKL 抗体(デノスマブ)の有効性も示されている.ビスホスホネート製剤,デノスマブともにまれではあるが顎骨壊死の副作用が報告されており,心臓移植前から歯科医との連携は重要である.

6.3 高血圧

移植後の高血圧発症については固形臓器移植後全般に認められ,年齢層としても幅広く,小児,成人両者に認められる368, 369).なかでも治療が必要な割合は70% にのぼるが,理想的な血圧へのコントロールの達成率はそこまで高くない370).また年齢とともに発症リスクはあがる371).

移植後高血圧の一つの原因としてCNI の使用による高血圧の関与が強く,他の臓器移植でもCNI 内服による高血圧発症は70 ~90% という報告がある372, 373).メカニズムとしては糸球体輸入細動脈が収縮し,それに伴い糸球体濾過率,腎血流の障害がおきることや,遠位尿細管に存在するNa-Cl 共輸送体の阻害に伴い,ナトリウム蓄積傾向になることの関与がある374-376).またレニン-アンジオテンシン- アルドステロン系の亢進,エンドセリン-1 の上昇,活性酸素なども関与するといわれる.ほかにプレドニゾロンの内服も高血圧症のリスクになる377).高血圧発症は移植後1 年以内に生じやすく,ドナーが女性,移植前の高血圧の存在,そのほかにメタボリック症候群などがリスクの1 つとなる378, 379).

高血圧は腎機能障害のリスクになり380),またその後のCAV の進行など含めた,予後を悪化させる可能性があり,治療の必要性が示唆される.一方,高血圧のコントロールにより,移植心の左室肥大の進展を抑制できることが報告されている381).

高血圧の治療についてはまずは塩分制限,体重コントロール,適切な運動習慣など生活習慣是正が重要であることは移植後患者においても変わらない382).またCNI など血圧上昇に寄与すると考えられる薬剤の量調整を検討することも重要であるが,コントールが難しい場合には薬物治療も考慮する.

ACE 阻害薬については早期から使用しても高K 血症や腎機能障害で中止することなく安全に使用できることが確認されている.早期投与の結果,血圧だけでなく他の臨床

転帰の改善への効果についても示されている383-387).移植後の腎機能障害の点もACE 阻害薬について有用性が期待できる.カルシウム拮抗薬については体血管抵抗を下げるという意味ではCNI による血管抵抗上昇に対して有効な薬剤である.しかしカルシウム拮抗薬はCYP3A4 で代謝されるものが多く,CyA やTac と交互作用があることが多いことが知られており,Ca 拮抗薬とCNI の個々の相互作用について投与の際に注意を要する.Ca 拮抗薬の中でもジルチアゼムやニカルジピンなどはCYP3A4 の阻害が大きいが,アムロジピンは比較的影響が少ない.またサイアザイド系利尿薬による治療もCNI による血圧上昇には推奨される388).

6.4 糖尿病

糖尿病は脂質異常症と並ぶ心血管疾患の重大な危険因子であり,心臓移植後の高用量ステロイド使用や免疫抑制薬により約30% のレシピエントが糖尿病を発症することが報告されており389),周術期より高血糖が問題となることも少なくない.移植後冠動脈病変の進展予防の意味でもその管理は重要である.早期から糖尿病内科専門医に介入を依頼し,経口薬の単剤または併用療法,インスリン療法を導入していく必要がある.また,運動療法や管理栄養士による介入を併せて行うことが望ましい.移植後糖尿病患者に対しては,糖尿病関連合併症のスクリーニングを定期的に行う47).心臓移植後患者に対するSGLT2 阻害薬やGLP-1 受容体作動薬の使用に関しては非移植後患者と同様の有用性と安全性が小規模ながら報告されている47, 390-392).移植後の新規糖尿病発症は腎機能低下,移植後死亡,再移植と相関があることがISHLT レジストリより報告されている392, 393).

6.5 脂質異常症

心移植後の患者において動脈硬化は進行しやすく,心血管疾患のリスクが進行することが知られている394).また,免疫抑制薬の内服に伴い脂質異常症を発症・増悪することがあり,心移植後の成人での合併率は米国では50% と報告されている395).小児においても脂質異常症の管理と治療は重要である.

免疫抑制薬による心血管脂質代謝への影響を表21 396)に提示する.副腎皮質ステロイドには血糖上昇作用,血圧上昇,中性脂肪上昇,LDL コレステロール上昇作用がある397).また,CNI には血糖・血圧・中性脂肪上昇作用が
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あり,特にCyA は脂質代謝異常への影響が大きい397).

心移植後患者における目標LDL コレステロール値に関するデータはないが,ほとんどの成人心移植後患者に対してLDL コレステロール値100 mg/dL 以下を目指すことは妥当性がある47).特にCAV の患者には,より積極的なLDL コレステロール値目標(70 mg/dL 以下)を設定して良い47).

心移植後におもにわが国で使用される脂質低下薬の有効性と免疫抑制薬との注意すべき相互作用を表22 396)に提示する.スタチンは心移植後患者の冠動脈プラークを消退させる398, 399).しかし,免疫抑制薬(特にCNI)との相互作用により,用量の調整が必要となることがある7).

エゼチミブは腸管での脂質吸収を阻害することで血清LDL コレステロール値を減少させる.免疫抑制薬と相互作用が少ないが,CyA の血中濃度を上昇させる可能性がある400).エゼチミブは心臓移植後の脂質異常症を管理するのに効果的であることが示されている400, 401).そのため,エゼチミブは,制御不能な脂質異常症を持つ成人の心臓移植患者において,スタチンとの併用,またはスタチン不耐性の患者への代替薬として使用可能である.

Proprotein convertase subtilisin-kexin type 9(PCSK9)は,LDL コレステロールの肝代謝を促進するLDL 受容体を分解して血中LDL コレステロールの代謝を抑制する402).最近,いくつかの小規模な短期間の観察期間での報告において,PCSK9 阻害剤がおもな免疫抑制薬と相互作用がなく,心臓移植患者のLDL コレステロール値を安全に低下させたことが報告された403, 404).そのため,PCSK9 阻害剤は制御できない高脂血症を持つ成人心移植後患者においてスタチンへの併用薬となりえる.また,スタチン不耐性の場合には代替薬としても考えられる.

インクリシランナトリウムは,PCSK9 蛋白質をコードする mRNA を標的としたsiRNA 製剤である.肝臓に取り込まれ,肝臓のPCSK9 mRNA を特異的に分解しPCSK9 蛋白質を作らないことで,LDL 受容体によるLDL コレステロールの取り込みを促進し,血中LDL コレステロール値を低下させる405).心臓移植後患者における有効性・安全性の報告は現在ないが,そのLDL コレステロール低下作用からスタチン不耐性の場合に代替薬として期待される.

表21 免疫抑制薬の脂質への影響

免疫抑制薬脂質への影響

糖質コルチコイドプレドニゾロン中性脂肪値上昇,LDL コレステロール値上昇CNI CyA中性脂肪値上昇,LDL コレステロール値上昇

Tac中性脂肪値上昇,LDL コレステロール値上昇

mTOR 阻害薬EVL中性脂肪値上昇,LDL コレステロール値上昇代謝拮抗薬AZP報告されていない.

MMF報告されていない.

(Iannuzzo G et al. 2022

396)を参考に作表) © Iannuzzo G et al. 2022. Licensee MDPI, Basel, Switzerland. CC BY 4.0

表22 心臓移植後におもに使用される脂質低下薬の有効性と免疫抑制薬との注意すべき相互作用

脂質低下薬有効性相互作用

スタチンアトロバスタチンLDL コレステロール値低下中性脂肪値低下プラーク安定化

CNI との併用により,スタチンの血中濃度が上昇する.ロスバスタチンシンバスタチン

エゼチミブLDL コレステロール値低下CyA の血中濃度が上昇する可能性がある. PCSK9 阻害薬エボルクマブLDL コレステロール値低下免疫抑制薬との相互作用の報告はない. PCSK9 合成抑制薬インクリシランナトリウムデータなし.データなし. (Iannuzzo G et al. 2022

396)を参考に作表) © Iannuzzo G et al. 2022. Licensee MDPI, Basel, Switzerland. CC BY 4.0
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第6章 在宅治療と遠隔期合併症管理

1 移植後初期における在宅治療

1.1 一般的留意点

心臓移植後患者の管理については,医師(心臓外科,循環器内科,精神科,感染症科,歯科),レシピエント移植コーディネーター,看護師,薬剤師,管理栄養士,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,チャイルドライフスペシャリスト,臨床心理士およびソーシャルワーカーといった多職種によるハートチームで関わることが必要である406-407).移植後初期は,体力の回復も不十分で,多量の免疫抑制薬を使用し血中濃度が不安定な場合も多く,在宅での食生活,体調管理に不安を抱えていることも多いため,特にその関わりは重要である. 心臓移植後患者の在宅での状態を共有し,服薬アドヒアランスを確認する方法として自己管理ノートや自己報告書の作成が有用である408).

定期外来受診回数や入院頻度は患者の状態に依存し,施設間でも一般化されていないが,移植後6 ヵ月までは頻回の定期的な心筋生検による拒絶反応の評価を要し,ステロイドの量も多いために生活には注意を要する47).移植後早期に移植実施施設以外の病院と連携する場合には,情報共有を密にすることが必要である409).

1.1.1 感染症予防の指導

心臓移植後30 日以降で1 年以内の最多の死亡原因は感染症である47).免疫抑制療法下の心臓移植後患者は,日和見感染を起こしやすい.毎日体温を測定し,38.0°C以上の発熱,咳嗽,呼吸困難を伴う呼吸器症状や嘔吐,下痢などの消化器症状を認める場合には,すぐに報告するように指導する.また,感染者との接触を避けるため,人混みのなかに行く場合や病院受診の際には,マスクを使用し,うがい,手洗いを励行する.ペットについてはトキソプラズマ感染の危険もあるため,前もっての相談が必要である.ワクチンで発症予防が可能なウイルス感染症については,移

植待機中に抗体を有しているかを確認し,抗体を有していない場合には移植前に速やかに(生ワクチンは少なくとも移植4 週間前,不活化ワクチンは2 週間前までに)ワクチンを接種することが推奨される410).移植後患者の家族や,移植後患者に密に関わる関係者にもワクチン接種を励行する必要がある410).移植後であっても不活化ワクチンの接種は一般的に安全とされているが,生ワクチンの接種は禁忌であるために,麻疹,ムンプス,風疹,水痘および帯状疱疹ワクチンは特に,移植前に実施することが必要である410).mRNA ワクチンおよび遺伝子治療の技術を用いたウイルスベクターワクチンの移植後患者への安全性については明確ではないが,必ずしも免疫応答の賦活化により拒絶反応のリスクを上昇したとする報告はなく408),利益とリスクを正しく評価し,適応を判断する必要がある.移植後どれくらいの期間でワクチン接種を可能とするかは明確ではないが,移植後6 ヵ月で接種可能と判断していることが多い.インフルエンザワクチンについては移植後1 ヵ月から接種可能とされている410).

1.1.2 免疫抑制薬の服薬管理

服薬管理は,心臓移植後患者の長期予後に関連するもっとも重要な要素である411).心臓移植後患者の予後に影響を与える服薬アドヒアランスには,必ずしも患者自身の問題だけでなく多角的な要因(患者自身,家族やケアギバー,患者医師関係,患者施設関係,医療社会システム)があるとされ412),薬剤師,精神科,臨床心理士やソーシャルワーカーも含めた多職種でのアプローチが必要である.

1.1.3 栄養指導

免疫抑制薬の内服は,薬剤性の高脂血症,骨粗鬆症および糖尿病の原因となり,肥満や血液検査異常を回避するための栄養指導は重要である413).また,免疫抑制薬の血中濃度に影響を与える食事の理解や生もの摂取を避けるなどの食品衛生の理解も必要である414).
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1.2 個別化される留意点

わが国の心臓移植は,植込型VAD 装着下での長期待機を要し415),レシピエントの状態に応じては,高齢や心機能の低下したドナー心(マージナルドナー)を受託する必要がある.ドナーとレシピエントの個々のマッチングにより個別化される留意点を有する.

1.2.1 感作された(抗HLA 抗体を有する)移植後患者

植込型VAD 装着による移植待機は,感作されたレシピエントを増加させることが示唆されており416),わが国では感作されたレシピエントが多いことが推測される.近年の報告では,抗HLA 抗体を多く有することはPrimary graft dysfunction と関連することが報告されている417).一方で,国際的なレジストリーデータを用いた報告では,心臓移植前に植込型VAD を装着していなかった移植後患者が抗HLA 抗体を有することは移植後の予後不良と関連していたが,心臓移植前に植込型VAD を装着していた移植後患者では,感作の有無と移植後の予後に関連は示されず418),臨床的な意義については複雑である34).

ドナー特異的抗HLA 抗体(Preformed DSA) は,移植心と反応して免疫複合体(immune complex)を形成し,補体依存性細胞傷害作用活性やADCC 活性のAMR,CAV

を進行させる.その結果,最終的には機能廃絶に陥るため,心臓移植では,移植前,移植時,移植後においてクロスマッチ試験の結果による対応が必要である46).

Preformed DSA を有することが,移植後の予後に関連するかどうかは明確ではないが,AMR のハイリスクであることが報告されており419),感作されていないレシピエントよりも,スクリーニング検査および抗体特異性同定検査を頻回に実施することを検討する34)(表23).また,移植後に消退した抗ドナー特異的抗HLA 抗体が陽転化したり,新規のドナー特異的抗HLA 抗体(De novo DSA)を認める場合には,心筋生検によるAMR の評価を行うことも検討する34).

1.2.2 ドナー心由来の冠動脈病変を有する移植後患者

ドナー心由来の冠動脈病変は,CAV の進行および病変の早期の顕在化に影響を与えることが示唆されているため420),早期からCAV の進行に対する予防的介入を検討する(2.3 予防を参照).

1.2.3 腎機能障害を有する移植後患者

長期の移植待機期間は腎機能の低下を招く可能性があり,移植前の腎機能障害は移植後の生命予後および腎機能

表23 心臓移植後早期の定期検査および外来フォローアップのスケジュール例

年1月1 2 3 4 4,5 5 6 7 8 9 10 11 12週1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 16 18 20 24移植術後入院● ● ● ● ● (退院後)定期検査入院○ ○ ○ ○ ○ ○外来通院△ △ × △ × × × × × ×定期心筋生検× × × × × × × × × ×冠動脈造影△ △ △ × ×血液検査× × × × × △ × △ × △ × × × × × × × × × × ×尿検査× × × × × △ × △ × △ × × × × × × × × × × ×胸部単純写真× × × × × × × × × × × × × × × × × ×心電図× × × × × △ × △ × △ × × × × × × × × × × ×心エコー検査× × × × × × × × × × ×抗HLA 抗体スクリーニング検査△ △ △ × △ △ △ △ △ △ △ × CMV DNA × × × × × × × × × × × × × ×悪性腫瘍スクリーニング×歯科受診× × △ △ △ △ △ △ △ × ●:術後入院継続,○:退院後再入院,×:実施,△:必要に応じて実施
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予後にも影響を与えることが報告されている421).移植直後から急性期は,移植前に低心拍出に伴う心腎連関によって腎機能が低下していた患者は,移植後の循環動態の改善により,一過性にeGFR が上昇する一方で,移植前に腎機能が保持されていた患者はeGFR が低下するが422),最終的には,移植前から腎機能障害を認めている患者のほうが腎機能障害を有する割合が多いことが報告された422).この結果は,移植後の腎機能の推移を予測するために有用であり,移植前に腎機能障害を有する患者においては,移植後急性期eGFR の変化によらず,薬剤性腎機能傷害のリスクとなるCNI の減量247, 423)もしくは終了238)といった免疫抑制療法や減塩といった腎保護戦略を検討する. CNI の急性毒性反応は,血管攣縮,血栓性の微小血管症および中毒性尿細管障害などによると示唆されている424).急激な腎機能障害の進行を認め,CNI による急性毒性反応を疑う場合には,腎ドプラエコーにより腎動脈の血管攣縮を評価することで,早期に診断に至る可能性もある229).

また,急激に原因不明の腎機能悪化を認める場合にはBK ポリオーマウイルス(BKV)腎症による腎機能障害を考慮する必要がある425).BKV は一般的に,多くは小児期に感染し,おもに腎尿細管や尿路上皮細胞に潜伏感染する.免疫抑制状態において,尿細胞診でDecoy 細胞を検出するBKV 尿症から,血中のBKV-DNA を検出するBKV 血症へと進展し腎機能傷害の原因となり,最終的にBKV 関連腎症を発症する.心臓移植後患者では,移植後1 年以内に19% でBKV 尿症を認め,5% でBKV 血症を認めるとされているが,発症リスク因子や推奨されるモニタリング方法は確立していない425).腎移植における最新のガイドラインでは,定量的なPCR によるBKV-DNA のスクリーニングが推奨されているが426),保険適用外の検査である.原因不明の腎機能障害で尿中のDecoy 細胞を検出する場合には,BKV-DNA の検出および腎生検による確定診断を検討する.治療法は明確ではないが,免疫抑制薬の減量(特に,代謝拮抗薬を減量または終了してmTOR 阻害薬へ変更)が効果的である可能性がある426).

1.2.4 頻脈を有する移植後患者

心臓移植後は副交感神経系の除神経により洞房結節の抑制が失われることにより安静時心拍数が持続的に上昇するとされている427).交感神経系の除神経は,運動やストレスに対する洞房結節への反応の遅延に寄与し,運動による心拍応答が低下し,運動耐容能の低下につながる427).心拍数が高いことは心臓移植後の予後不良と関連するという報告があり,β遮断薬428),カルシウム拮抗薬および過分極活性化環状ヌクレオチド依存性チャネル(Hyperpolariza- tion-activated cyclic nucleotide-gated channel: HCN チャ

ネル)阻害薬(イバブラジン塩酸塩) 429)などの使用が予後を改善するという報告もあり,今後のエビデンスの構築が望まれる430).

2 CAV

CAV は臨床的には急激に症状が出現することもあり,致死性不整脈や心筋梗塞,突然死などきわめて重篤な結果をもたらす.心臓移植後は,心臓への交感神経支配が切断されているため,狭心症様の症状は認められない.臨床症状が出現するのは,大部分の患者ではCAV がかなり進行した段階である.CAV を早期に診断するには,後述するように定期的な冠動脈造影や冠動脈血管内超音波法(IVUS)などによる冠動脈の評価が必要である.

ISHLT の統計によると,近年の心臓移植後の1 年生存率は約85%,5 年生存率は約75% であるが,その後の生存曲線も直線的な右下がり(毎年3 ~4% の低下)を形成している97).CAV は,このような移植後遠隔期のおもな死因の1 つである.急性拒絶反応や感染症が一番問題となる急性期から一段落した慢性期に問題となり,その発生機序の1 つとして免疫学的要因が推定されることから,以前は「慢性拒絶反応」ともよばれていた.ISHLT 統計では,移植後5 年間のCAV 回避率は約70%,10 年間で約50% となっている97).

わが国のCAV の疫学についてまとまった報告はないものの,日本心臓移植研究会のレジストリではCAV が原因で死亡した症例は2022 年末までで2 例のみとなっている431).

CAV により冠動脈内膜に傷害をきたす機序は,免疫学的と非免疫学的に分けて考えられる(図23) 432).免疫学的要因には細胞性およびAMR,CMV 感染などがあげられ,非免疫学的要因としては脳死時(特にくも膜下出血)の大量カテコラミン放出,移植手術時のドナー心虚血と再灌流障害,移植後高血圧,移植後耐糖能異常,移植後脂質異常症,Tac による血管内皮障害,また高齢ドナーなどがあり,またドナー心由来の動脈硬化性変化も加え,それらが総合的に本病変を形成する433).

免疫学的機序によるCAV は,移植心の心外膜冠動脈から心筋内動脈に至るびまん性で進行性の冠動脈内膜肥厚が特徴的である.粥状冠動脈硬化症と類似点もあるが,免疫学的機序が主体の場合は,びまん性で末梢の冠動脈まで侵されるのに対し,粥状冠動脈硬化症では冠動脈の所々が限
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局的に侵される434).ほとんどの血管がびまん性に侵されるため,ある血管の支配領域に虚血を生じても,ほかの部位から側副血行路は発達しにくい.その他,石灰化病変が少ない,内弾性板は保たれるといった特徴がある.また,発症原因である内膜の炎症として細胞浸潤/ 血管炎が認められるが,粥状冠動脈硬化症ではまれである.進展速度は,粥状冠動脈硬化症が年単位で進行するのに対し,免疫学的機序に伴うものでは月単位に進展することもまれではない.

2.1 診断

CAV は移植後心に生じる種々の冠動脈変化を包括した呼称である432).前述の通り種々の理由による血管内皮細胞への慢性的な炎症,傷害に伴い,冠血管内膜が線維素筋性(fibromuscular)に肥厚することによるびまん性狭窄で慢性的虚血をきたす病態である(図24) 435).血管内超音波検査での解析では,冠血管内膜の肥厚に加えて,血管外膜の収縮性変化を含む血管リモデリングがCAV の進行(冠動脈内腔の狭小化)に影響を与えることが報告されている436).病理での解析でも,心内膜から外膜および静脈に至る全血管性の炎症性細胞の浸潤が示されており437),病態生理は複雑である.臨床的にはCAV の進行は,移植後のAMR や急性細胞性拒絶後に急速に進行するびまん性の全枝にわたる冠動脈の狭小(図25)やレシピエントの経年的な動脈硬化性変化に伴う局所的で偏心性の冠動脈狭窄

(図26)の両者を含み,病態の複雑さを反映している438).近年の光干渉断層法(OCT)による解析でも病変の多様性を示す報告がされている439).

前述の典型的なCAV 進行の特徴(心外膜冠動脈から心筋内動脈に至るびまん性の病変)を考慮すると,CAV が進行した後の冠動脈病変の局所への治療介入の有効性は限定的である.そのため,CAV の画像診断には,狭心痛を生じない移植心(除神経心)においてCAV の進行と重症度を確認することに加えて,進行を予測する指標としての役割がある47).

CAV の進行を早期に診断するためには,ドナーとレシピエントの年齢,抗HLA 抗体やドナー特異的抗HLA 抗体の有無,ドナー持ち込み病変の有無,拒絶反応の既往, CMV 感染症の既往,それまでのCAV 進行の程度,レシピエントの動脈硬化リスク因子の有無,およびレシピエントの腎機能を参考にして,進行リスクに合わせた定期的な冠動脈の評価が必要である.侵襲的な冠動脈検査の適正な頻度は明確ではない47)が,移植後早期4 ~8 週目,その後は1 ~2 年ごとに1 回程度の頻度が一般的である. IVUS については,心臓移植後早期4 ~8 週目にドナーからの持ち込み病変の有無を評価し,予後予測の観点からは移植後1 年目および5 年目に実施することは妥当である.

図23 CAV の機序(Schmauss D, et al. 2008 432)を参考に作図)

非免疫学的機序免疫学的機序

脳死虚血時間再灌流障害移植心における免疫反応

T 細胞の活性化↓細胞障害性T 細胞活性化

B 細胞による抗体産生炎症性サイトカインCMV 感染

サイトカイン酸化ストレスNO 産生障害

動脈硬化リスク(耐糖能異常,脂質異常症,高血圧)

ドナー心由来の

冠動脈病変血管の炎症

内皮障害

CAV
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2.1.1 診断のための検査

a.冠動脈造影

CAV の診断のゴールドスタンダードは冠動脈造影検査(Coronary Angiography: CAG)であり,わが国においてもCAG 所見の診断基準に準じたISHLT 分類が用いられている(表24) 440).ISHLT 分類のCAV2 以上は長期予後と関連することが示されている441)ため,新規に進行したCAV1を認めた際に,それ以上のCAV 進行を抑制する治療介入の指標とすることには妥当性がある.心外膜冠動脈から心筋内動脈に至るびまん性の病変を考慮すると,病変の進行(狭窄度)を評価しにくい点には注意が必要である.

b.IVUS

CAG は冠動脈内腔のシルエットをみるのに対し,IVUSは血管内膜肥厚と血管リモデリングの状態を把握することができる436)(図27).

IVUS による明確なCAV の定義は確立されていないが, Stanford 分類442)を用い,MIT 0.5 mm 以上は予後不良で

あることが報告されている420).IVUS 上で定義されるCAV はCAG によって定義されるCAV より感度が高く,有病率が上がるが443),CAG によるISHLT 診断基準では病変が描出できていないIVUS 上のドナー持ち込み病変を含むCAV が,以降のCAV 進行と関連性があることが報告されており420),IVUS 上のCAV は,CAV のさらなる進行を抑制する治療介入の指標となり得る.

IVUS 上のCAV 進行の定義も明確ではない.心臓移植後1 年目までに0.5 mm 以上のMIT の増加を認めると予後が悪いことが報告されている444).また,心臓移植後1年目から5 年目までに0.35 mm 以上のMIT の増加を認める場合にも心血管イベントと関連することが報告されている445).以上の報告から,1 年間に0.3 ~0.5 mm 以上のMIT の増加を有意な病変進行と評価して,進行を抑制するための治療介入の指標とすることには妥当性がある.

また,3D-IVUS の研究では,移植後1 年での内膜増殖

狭小化した冠動脈内腔著明に肥厚した

冠動脈内膜内弾性板

図24 CAV の病理像(松田暉ほか.2012 435)より)

図25 CAV 進行例1 びまん性病変(自験例)図26 CAV 進行例2 局在性病変(自験例)
p.84
に対する血管リモデリング(血管拡張)が不十分であること(paradoxical vessel remodeling)が長期予後と関連することが報告されている446). c.OCT

OCT はIVUS よりも高い解像度で冠動脈病変の組織性状を評価することを可能とし,CAV の病態解明や進行予測につながる新たな指標が得られる可能性がある439).一方で,明瞭な画像を得るためには造影剤が必要な点は,ルーティン評価としての導入の妨げとなる.

OCT 上のCAV の定義は明確ではない.OCT による内膜肥厚の描出は,IVUS よりも感度が高い439).多施設共同研究の報告では,異常な内膜肥厚を内膜- 中膜比(I/M ratio)に着目して(図28 A),観察血管内のI/M ratio の平均が1 以上と定義されたが447),CAV 進行との関連性は明確ではない.層状線維素性プラーク(Layered fibrotic plaque) (図28 B[アスタリスク])とマクロファージの集積(bright spot)(図28 C[矢尻])を示唆する所見がCAV の進行と関与することが報告された448).また,新生血管を

示唆するmicrochannels がCAV の進行と関与する可能性がある449)ことも報告されている.一般的な粥状動脈硬化の急性冠症候群発症のリスクとされる不安定プラークが観察されており,心血管イベントとの関連については影響が示唆されるところである439). d.冠血流予備能

CAV は心筋内の細小動脈までびまん性に侵される病態であるために,侵襲的に測定される冠血流予備能(Coronary flow reserve: CFR)の低下や微小血管抵抗指数(index of microcirculatory resistance: IMR)の上昇450, 451)が心臓移植後の心血管イベントの予測指標となる報告がされている.

表24 CAV の冠動脈造影によるISHLT 分類

ISHLT CAV0(病変なし):造影上,病変なし. ISHLT CAV1(軽症) :造影上,左冠動脈主幹部狭窄<50%,あるいは冠動脈近位部または側枝の狭窄< 70%,かつ心機能低下なし. ISHLT CAV2(中等症) :造影上,左冠動脈主幹部狭窄<50%,あるいは冠動脈近位部1 枝または2 系統の側枝の狭窄≧70%,かつ心機能低下なし.

ISHLT CAV3(重症) :造影上,左冠動脈主幹部狭窄≧50%,あるいは冠動脈近位部2 枝以上または全3 系統の側枝狭窄≧70%,心機能低下あり.(左室駆出率≦45%[壁運動異常を伴う]),または拘束性血行動態あり. (Mehra MR, et al. 2010

440)より改変) Copyright (2010) International Society for Heart and Lung Transplantation., with permission from Elsevier.

図27 CAV のIVUS 所見

内膜肥厚外弾性板

血管内腔

図28 CAV のOCT 所見

(A)

(B) (C)

内膜

中膜

外膜
p.85
e.その他の画像検査

さまざまな低侵襲的な画像検査(ドブタミン負荷エコー452),心臓MRI 453))が,冠動脈の評価に使用されているが,軽度のCAV を描出するには感度が低いこと,CAV進行を予測するための指標が確立していないことから, CAV の評価としては一般化されていない.冠動脈CT においては,狭窄率50% 以上の病変に対して高い陰性的中率(99%)が報告されており454),CAV 進行の低リスク患者における移植後慢性期のフォローアップへの有用性はある.移植心の特性を考慮すると細い冠動脈については描出力が低いこと,除神経心の高い心拍数が,実施の可否に影響を与える.

2.1.2 心筋虚血評価,治療適応のための検査

冠動脈病変の治療の適否は,心筋虚血の有無に基づいて判断されるが,CAV の心外膜冠動脈から心筋内動脈に至るびまん性の病変という特徴からは,心筋虚血の評価も一定ではない455).SPECT を用いた負荷心筋シンチは中等度(ISHLT 分類CAV2-3)のCAV においても診断率は高くなかった455).アンモニアPositron emission test(PET)は,診断率が高いことが示された456).冠血流予備比(fractional flow reserve: FFR)は,冠動脈狭窄に伴う虚血の評価として確立しているが,ISHLT 分類CAV0-1 の患者においても移植後1 年以内にはFFR 低下(<0.80)を認める場合がある点には注意を要する457).また,局所の有意な狭窄病変または冠血管内膜の肥厚がなくてもびまん性の血管の狭小化(negative remodeling)がFFR の低下をきたすことも報告されているため,局所の中等度狭窄病変の治療の適否の判断にも注意を要する458).

2.2 治療

前述の古典的なCAV 進行の特徴(心外膜冠動脈から心筋内動脈に至るびまん性の病変)を考慮すると,進行したCAV に対する冠動脈血行再建術(冠動脈バイパス術や経皮的冠動脈インターベンション)という局所的な治療の効果は限定的とされる.一方で臨床的なCAV の進行形態は多様であり438),局所的な狭窄病変の場合には冠動脈血行再建術が試みられる443, 459).治療適応となる虚血の有無の評価が難しい点は前述の通り課題である455, 457, 458).局所的な治療が困難な病変に対しては再移植が根本的な治療となるが,慢性的で極度なドナー不足からは,わが国においては現実的ではない(10 章3. 心臓再移植を参照). 2.2.1 免疫抑制薬

CAV 進行に対する免疫抑制薬選択の有効性のエビデンスは後述の予防にある.近年のmTOR 阻害薬の報告では,移植後慢性期(2 年以上)のCAV に対しても有効性が示されており245, 415, 460),慢性期に進行したCAV の治療としての有用性も期待される.

2.2.2 冠動脈血行再建術

冠動脈血行再建術が適応となりうる病変に,経皮的冠動脈インターベンションか冠動脈バイパス術のどちらを選択するかは病変形態によって決定されることは,通常の安定冠動脈疾患と同様である461).わが国では,植込型VAD 装着を経て心臓移植を受けていることが多く,ステロイドおよびmTOR 阻害薬の創傷遅延を含めた免疫抑制薬使用での再開胸のリスク,経皮的冠動脈インターベンション後に必要となる2 剤の抗血小板薬の使用の出血リスクなどについて,ハートチームで総合的に議論される必要がある461).抗血小板薬の使用法については通常の安定冠動脈疾患のガイドライン461)や最新のエビデンス462, 463)に基づいて議論される.

最近のメタアナリシスでは,大多数のCAV が経皮的冠動脈インターベンションで治療されており(96.7%),経皮的冠動脈インターベンションが可能なCAV のほうが,冠動脈バイパス術を要するCAV よりも予後がよいことが示された459).経皮的冠動脈インターベンションにおいて,ベアメタルステントに対する薬剤溶出ステントの優位性は示されなかった459).一方で,第2 世代の薬剤溶出ステントは,第1 世代の薬剤溶出性ステントやベアメタルステントと比較してステント内再狭窄率が低いことが報告されている464, 465).遅発性ステント血栓症の発症リスク,薬剤コーティングバルーン466)や生体吸収型ステント467)の有効性については症例の蓄積が必要である.

2.3 予防

CAV を予防するためには,その発生機序(免疫学的機序および非免疫学的機序)から,なるべく急性拒絶反応を発症させないように管理し,また粥状冠動脈硬化症の危険因子である高血圧,脂質異常症,耐糖能障害などをコントロールすることが重要である.また,CMV 感染はCAV の進展に関与するとされ,CMV 感染予防がCAV の進展予防につながることが示唆されている468).それぞれの併存症の治療については別項で記載する.

心臓移植後早期からアスピリンを使用することの有効性
p.86
については,観察研究でCAV の予防効果が示されており,ガイドラインでも使用することが推奨されている469, 470).

また海外のガイドラインでは,移植後はコレステロール値にかかわらず全患者にスタチンを使用することが推奨されている.目標となるLDL コレステロールレベルに関するエビデンスはないものの,通常は100 mg/dL 以下が推奨され,CAV を認めるもしくはハイリスクな症例ではさらに積極的脂質降下療法が有効である可能性がある.スタチン使用下で,もしくはスタチン不耐のため残存する高LDL血症に対しては,エゼチミブやPCSK-9 阻害薬が推奨されるが47),PCSK-9 阻害薬による治療がCAV 予防に有効かどうかは明らかでない471).

現在,CAV に対して有用性が示されている免疫抑制薬がmTOR 阻害薬である.mTOR 阻害薬であるEVL を用いた免疫抑制薬のレジメンにより,冠動脈内膜肥厚の抑制効果が数多くの臨床試験で示されている235).近年では,mTOR 阻害薬をより移植後早期から開始し長期間用いることでCAV の抑制さらには予後改善効果が示されている206, 245).

3 悪性腫瘍

心臓移植後の免疫抑制剤によりがん免疫が抑制されることに加えて,おもに使用されるCNI はそれ自体がトランスフォーミング増殖因子β1(transforming growth factor β1: TGF-β1)や血管内皮成長因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)を増加させる作用と,がん抑制遺伝子のp53 を抑制する作用を併せもつため472),悪性腫瘍の発症・進行を促進させる.その他,EBV(PTLD),ヒトパピローマウイルス(子宮頚癌や膣癌),肝炎ウイルス(肝癌),ヘルペスウイルス8(カポジ肉腫)などの発癌ウイルスへの感染も増加するため,移植後,悪性腫瘍の発症率は増加し,悪性腫瘍の発症は予後を著明に低下させる473).2019年のISHLT の統計によると,移植後3 年以降で悪性腫瘍による死亡率は20% 程度を占め,移植後5 年以降では最大の死因となる.成人では皮膚癌,前立腺癌,肺癌,乳癌などが多く,小児では移植後の悪性腫瘍の発症率は10 年で10% と成人と比較し低く,大部分がPTLD である474, 475).しかしながら,わが国での移植後の悪性腫瘍の発症に関するデータはまだ不十分であり,今後のデータの蓄積が望まれる.

悪性腫瘍発症のリスク因子として,免疫抑制剤の継続的な使用に加え,高齢,男性,移植前の悪性腫瘍の既往などがあげられる.悪性腫瘍の既往のあるレシピエントにおい

ては,移植後の全死亡率,悪性腫瘍による死亡率,新規の悪性腫瘍発症率いずれもが有意に上昇し,悪性腫瘍発症から移植までの期間が短いほど悪性腫瘍発症率が高くなる可能性が示唆されており,計画的な対応が必要となる476, 477)(表25) 478-480).

3.1 診断と治療

全悪性腫瘍の予防のために,免疫抑制剤は可能な限り最小限の投与にするように努める.皮膚癌の予防には日々の紫外線対策や全身の皮膚の観察481),固形癌の早期発見,早期診断のためにはがん検診が重要である47, 480).現時点では悪性腫瘍予防や発症時の適切な免疫抑制剤の調整方法はまだ確立していないが,CNI やAZP は発癌作用をもち,一方でmTOR 阻害薬はproto-oncogenic pathways を阻害し,抗ウイルス作用ももつことから482),悪性腫瘍発症時にはCNI は減量,もしくは中止とし,mTOR 阻害薬主体のレジメンへの切り替えを検討する483).mTOR 阻害薬は唯一抗がん剤としても使用される薬剤であり,悪性腫瘍の発症率,再発率,全死亡率のいずれも低下させることが

表25 心臓移植後の悪性腫瘍に対する対策方法

リスク因子年齢(≧ 40 歳)

男性悪性腫瘍の既往

喫煙歴あり

予防(全例)免疫抑制剤の最小化

・CNI の減量・EVL の導入などワクチン接種・HPV ワクチン・HBV ワクチン紫外線対策,皮膚の観察

種類対象検診方法肺がん40 歳以上1 年ごとの胸部X 線前立腺がん40 歳以上1 年ごとのPSA 検査乳がん40 歳以上自己触診+2 年に1 回のマンモグラフィ大腸がん40 歳以上1 年ごとの便潜血検査その他固形がん国のがん検診に準ずる(Yoosabai A, et al. 2015 478),Higgins RS, et al. 2014

479),厚生労働省.がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針2024

480)より作表)
p.87
報告されている484).ただし,mTOR 阻害薬メインのレジメンとする場合,拒絶反応が増加する傾向がある485).特にEVL のトラフ値が5 ng/mL を下回るような低い状況で起こりやすい可能性があり,血中濃度のこまめな調整と拒絶が起きないかの慎重な観察が必要である205).

悪性腫瘍に対する治療は通常通り行われるが,免疫抑制剤との相互作用のある薬剤もあり注意を要する.また近年,悪性腫瘍に対する抗PD-L1 抗体や抗CTLA-4 抗体といった免疫チェックポイント阻害薬が使用可能となっているが,これらはT 細胞に対する抑制を解除しT 細胞を活性化させることで抗がん作用を呈する.しかし,T 細胞の活性化は抗がん作用のみならず,グラフトへの拒絶反応も引き起こし,グラフトロスにもつながることが報告されており,使用は避けるのが望ましい486).

3.2 PTLD

PTLD は移植後の細胞性免疫抑制状態を背景にみられるリンパ組織や形質細胞の増殖をきたす疾患である.その発生頻度は英国では10 年間で2.4%(年間0.5% 未満)と報告されている487).また,米国からの報告では2000 ~ 2007 年において,10 年間で3.8% のPTLD 発症を認めたが,2008 年以降の発症率が減少しているという報告もある488).小児は成人と比較しPTLD の発症率が高い. PTLD 発症の危険因子としては,移植時の年齢,男性, EBV ミスマッチ(ドナーEBV[+],レシピエントEBV [-]),退院時のCyA 使用があげられる487, 488).また,移植後1 年以内に急性拒絶があった場合,PTLD の発生率が上昇することも知られている(3 年間での発症率1.4% vs. 0.9%) 488).

3.2.1 病態

PTLD は伝染性単核症に類似した多クローン性リンパ増殖症から,単クローン性のリンパ増殖をきたし悪性化することもあるなど多彩な病態をとり,障害される臓器によって,症状や徴候も発熱やリンパ節腫大から下痢,嘔吐,腹痛,消化管出血や呼吸困難,肝障害,腎障害,さらには血球貪食症候群と多彩である.

3.2.2 診断

臨床症状,血液検査,画像検査,病理学的検索から総合的に診断する.移植前EBV 未感染症例と移植時年齢が1 歳未満の症例に対しては,移植後1 年間は定期的(1 ~ 3 ヵ月ごと)にEBV DNA 定量を行うことが推奨されている.血液検査では,原因不明の貧血/ 血球減少,AST/ ALT 上昇,血清LDH,可溶性IL-2 受容体の測定が診断

の参考となる.画像検査の目的は,病巣部位の検索,生検部位の同定に加え病期の確定にある.一般的には頚部,胸部,腹部,骨盤の造影CT 検査を行うが,FDG-PET の有用性が報告されている.さらに,下痢,血便などの腹部症状を認める症例では消化管内視鏡検査の適応となり,中枢神経症状のある症例では頭部MRI や腰椎穿刺,骨髄浸潤が疑われる症例では骨髄穿刺の適応となる.PTLD を確定させるには病理学的診断が必須であり,白血病・リンパ系腫瘍の2008 年WHO 分類を用いる.

3.2.3 治療と予防

PTLD の治療アルゴリズムを図29 489, 490)に示す.免疫抑制薬の減量が最初の治療である.免疫抑制軽減の効果は2 ~4 週間でみられる.腎臓や肝臓移植では免疫抑制薬を中止する症例もあるが,心臓移植後は減量しただけでも急性拒絶反応やCAV のリスクが高まることから,完全に中止することは困難である.mTOR 阻害薬であるEVL が, in vitroでEBV 感染細胞の増殖を抑制するとの報告があり, CNI を減量しEVL を併用する治療も選択されている.悪性リンパ腫の治療薬として使用される抗CD20 抗体製剤であるリツキシマブはPTLD でも有用である.免疫抑制薬減量不応例に対するリツキシマブ単独使用では,1 年全生存率は67% と高いが,再燃しやすいため,単調性(monomorphic)PTLD に対しては化学療法との併用を選択する.悪性リンパ腫では,CHOP 療法(シクロホスファミド+ドキソルビシン+ビンクリスチン+プレドニゾロン)に比べ,リツキシマブを併用したR-CHOP 療法の有効性が報告され,PTLD でも同様に良好な成績が期待される.

4 運動療法(リハビリテーション)

4.1 心臓移植後の特徴

心臓移植後は除神経心であることに加えて,摘出前の状況,摘出時の虚血,拒絶反応などにより心筋障害を認める.また,移植後の収縮能はFrank-Starling 機序が主体となるが491),不十分な変時作用のため,強度の高い運動を行うためには,この機序のみでは不十分であることから,運動への心臓の反応が通常と異なる.さらに重症心不全患者で認められるさまざまな骨格筋異常は移植後速やかに改善することはない.このような複数の因子により心臓移植後の
p.88
運動耐容能は正常レベルまで改善せず491-494),平均最大酸素摂取量は健常人の予測値の50 ~70% 程度である495-497).

4.1.1 除神経

求心性インパルス反応の低下により血管の調節反応は変化する.副交感神経の無支配は安静時心拍数を増加させ,交感神経の無支配は運動時心拍応答を低下させ498),運動時の心拍応答の変化は循環血中カテコラミンに影響を受ける492).移植心にも自律神経再分布が起こるが499),交感神経の再分布は部分的に起こり1 年以上の時間が必要である500).一方,迷走神経の再分布は交感神経に比較すると起こりにくく,2 年以上を要するという報告や501),6 ヵ月以内に再分布しうるという報告がある502).心臓移植後2.5 ~5 年までに38% の患者において自律神経再分布の指標である心拍応答が改善(運動開始30 秒以内に頻拍数が5 bpm 以上上昇)し,その多くが若年者であったが,最大酸素摂取量はこの心拍応答とは関係しなかったとの報告もある503).しかしながら,神経再分布が運動耐容能に与える影響は十分には明らかにされていない. 4.1.2 移植心の生理学

移植後の収縮能は除神経であることから運動開始・終了後の心拍数と心収縮力が副腎から分泌されるアドレナリンによって制御される.除神経およびカテコラミン分泌の影響のため,心拍数は運動開始直後からではなく遅延して増加し,最大運動時のピークは低く,運動終了後に緩徐に減少する(図30).心臓移植患者では最大運動負荷時の心拍数よりも,運動終了1 分後の心拍数のほうが多いこともしばしば経験する.移植心の運動初期のFrank-Starling 機序が主体であり,心拍出量増加は,末梢血管抵抗低下と骨格筋ポンプによる静脈灌流の増加の影響を受ける.しかし,この機序による心拍出量の増加は20% 程度であり,さらなる増加には血中アドレナリンの増加が必要である.除神経のため心筋虚血時の胸痛もみられなくなる.術後早期よりしばしば拡張機能障害を認め,拘束性の血行動態を呈するが504),初期にはドナー心の虚血再灌流障害や心サイズ不適合,長期的には拒絶反応や免疫抑制薬による高血圧, CAV が関わっていると考えられる.

リツキシマブ

+化学療法残存/ 進行病変

緩和

可能であれば免疫抑制薬減(RIS)

リツキシマブ

+化学療法中枢神経病変

放射線療法化学療法再発

局所切除/ 放射線療法

局所病変

臨床症状・血液検査,WHO 分類・病期,EBV のステータス,多職種チームと患者・家族とのディスカッション

多巣性病変

低リスク群RIS 後病変残存

リツキシマブ

完全寛解

RIS の継続とモニター中間/ 高リスク群

RIS 後病変残存

再発

残存/ 進行病変

完全寛解

RIS の継続とモニター

再発

図29 PTLD の治療アルゴリズム(Parker A, et al. 2010

489)より) Copyright © 2010 Blackwell Publishing Ltd. Reproduced with permission of John Wiley & Sons Ltd.リスク分類は年齢(60 歳以上:1 点),LDH 値(増加:1 点),ECOG(Eastern Cooperative Oncology Group) パフォーマンスステータス(2 ~ 4:1 点)により決定され,低リスク群は0 点,中間リスク群は1 点,高リスク群は2 点以上とする490)).
p.89
4.1.3 骨格筋異常

重症心不全患者ではさまざまな骨格筋の異常が知られており,骨格筋線維型変移,骨格筋エネルギー代謝および萎縮などが心不全患者の運動耐容能低下に大きく関わっているが505),心臓移植後にこれらの異常は速やかに改善するわけではなく,移植後の運動耐容能にも大きく関わっている506, 507).免疫抑制薬は骨格筋萎縮をきたすことも知られている507).

4.1.4 運動耐容能の予測因子

心臓移植後に左室収縮能が正常な患者の運動耐容能予測因子として年齢,最高心拍数,β1アドレナリン受容体多型,拡張機能,BMI,体脂肪率が知られている496, 508-510).また,右室収縮能も心臓移植後の運動耐容能に関連するという報告もある511).

4.2 運動療法の有効性

心臓移植患者に対する運動療法の効果に関する報告は1980 年代からみられる.36 例の男性患者において,平均

16.3 ヵ月間の歩行とジョギングによる運動プログラム(平

均で週に24 km の歩行距離)では,除脂肪体重は増加し,安静時心拍数や血圧は減少し,最大酸素摂取量は21.7 ±

4.5 ~25.8 ± 6.4 mL/kg/分まで増加した494).1999 年に

は27 例の移植後患者を無作為に運動療法(有酸素運動)とコントロールの2 群に分け,6 ヵ月後に評価したRCT が報告された.この報告では移植後早期の運動療法によって,最大酸素摂取量はコントロール群に比して運動療法群で増加の程度が大きかった(1.9 対4.4 mL/kg/分) 512).運動療法(有酸素運動およびレジスタンス運動の一方もしくは両者)と通常治療群の2 群に無作為化された6 試験のメタ解

析では,運動療法によって最大酸素摂取量は2.34 mL/kg/分増加し,チェストプレスおよびレッグプレスの最大筋力は有意に改善した513).最近では移植後早期からの高強度インターバルトレーニングが中強度持続的トレーニングよりも最大酸素摂取量は1.8 mL/kg/ 分増加することが報告されている514).運動療法の効果に男女で差がないことも報告されおり515),運動療法は心臓移植後患者の運動耐容能とQOL を高めるのに有用であり,参加可能なすべての心臓移植患者にリハビリテーションが推奨される(推奨表6) 516).

4.3 急性期リハビリテーション

術後退院までは急性期と回復期に分けたリハビリが提唱されている517).心不全患者の心臓リハビリテーションプログラムに準じて早期の社会復帰を目指す(表26) 516).

4.3.1 急性期

可能な限り早期からベッド上リハビリテーションを行い,安静臥床による合併症予防,精神的ストレスの軽減を図り早期離床,移植病棟内歩行などを行う517).移植後3 ヵ月以内は感染症を発症しやすいため,感染予防が重要となる.移植後3 週間程度は衛生環境が保たれた室内などでリハビリを行う.運動強度は患者の体調や筋力などの運動

HR最大運動(移植)最大運動(健常者)

1安静時HR 増加

健常者

心臓移植患者

2運動中HR 増加反応の低下

3最大運動時HR の低下4運動後のHR 回復の遅れ

安静時運動中回復期HR: 心拍数図30 心臓移植後患者の心拍数への除神経の影響推奨表6  心臓移植後患者に対する心臓リハビリテーション

の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

すべての参加可能な患者に対して包括的リハビリテーションプログラムを実施する. I A心臓移植後患者の管理に精通した施設で心臓リハビリテーションを行うことを考慮する. IIa B有酸素運動とレジスタンストレーニングを組み合わせた運動療法を考慮する. IIa B自覚的運動強度または心肺運動負荷試験による運動処方に基づいた運動療法を考慮する. IIa C運動耐容能の評価と適正な運動処方を目的に6 分間歩行試験と心肺運動負荷試験を定期的に行うことを考慮するIIa C [2021 年改訂版心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドラインからの変更点]2 項目の推奨文に「心臓リハビリテーションを」を追加. (日本循環器学会,日本心臓リハビリテーション学会.2021

516)より改変)
p.90
能力にあわせて実施する.拒絶反応や感染などの合併症がなく,プレドニゾロンの内服量が15 mg /日以下の条件下で500 m の歩行を行えれば,心リハ室での監視下運動療法への移行を検討する517).

4.3.2 回復期

心不全患者の心臓リハビリテーションプログラムに準じて早期の社会復帰を目指す.移植心は除神経心であるため,心拍数を指標にした運動強度の設定が困難であり,初期はBorg 指数11 ~13 を目安に運動強度・時間を決定する.その後,CPX にて運動耐容能を評価し,最大酸素摂取量の40 ~60% または嫌気性代謝閾値レベルの運動強度に設定する.除神経されているため,心拍数を指標とした運動強度設定は行わない.低強度のレジスタンス運動は併用してもよく,導入期は最大筋力の30% 未満,Borg 指数12未満を目安に行う.退院時には,再度運動耐容能を評価し,可能な限り外来通院型心臓リハビリテーションに参加させ,在宅運動療法も併用する.心臓リハビリテーションプログラムを利用した患者教育・カウンセリングを含む疾病管理も有用と考えられる.

4.4 慢性期リハビリテーション

慢性期は維持期としてリハビリテーションが提唱されている517).回復期に得られた良好な身体的・精神的機能を,社会復帰後も生涯にわたって維持し,快適で質の高い生活を送ることを目的として行う.移植後冠動脈疾患は心臓移植後の死因の上位を占めているが,移植心は除神経されて

いるので胸痛がなく,発見が遅れ,運動を継続すれば致死的な不整脈が発生することもあるので,場合によっては運動療法中の心電図モニタリングを検討する.特に女性で発生率が高い518)とされるAMR は移植後冠動脈疾患と関連するともいわれており518),AMR の既往がある場合には心電図により注意を払う.運動強度の設定はおおむね回復期に準じる.自覚的運動強度(Borg 指数13)と最大酸素摂取量に基づいて運動強度の設定を行い,最大酸素摂取量の40 ~60% を目安とする519).運動の頻度は週に3 ~5回,運動時間は1 回20 ~60 分程度とする517).

5 生活面・精神面の管理

心臓移植の目的は生命予後の改善にとどまらず,患者の心理社会的な機能の回復にある.その回復が不十分であると,QOL の低下をもたらすばかりでなく,長期予後(罹病率,死亡率)にも悪影響を及ぼす.このため,患者の生活面,精神面には十分に配慮し,問題があれば適宜介入する必要がある.

5.1 治療に対するアドヒアランス

心臓移植後,最善の予後をもたらすためには患者自身が医療者の推奨する治療方針に同意し,主体的に適切な受療

表26 心臓移植後の急性期リハビリテーションプログラム

実施時期運動移植後の経過期間

第1 段階循環動態安定後自動体交,受動座位 90°可自動運動(筋力低下が著しい場合は他動的屈伸運動を行う)第2 段階端座位・立位負荷試験後端座位で足踏み練習1 日3 回5 分間第3 段階室内歩行(2 分間)負荷試験後病室内歩行練習1 日3 回10 分間第4 段階100 m 歩行負荷試験後(プレドニゾロン内服量30 mg/ 日以下) 100 m 歩行練習1 日3 回おおむね 1 週間第5 段階200 m 歩行負荷試験後(プレドニゾロン内服量20 mg/ 日以下) 200 m 歩行練習1 日3 回おおむね 3 週間第6 段階500 m 歩行負荷試験後(プレドニゾロン内服量15 mg/ 日以下) 500 m 歩行練習1 日3 回おおむね 5 週間第7 段階心臓リハビリテーション(退院前~回復期リハビリテーションへ 移行)自覚的運動強度(Borg 指数13)または peak V· O2 の40 ~ 60% を目安とする.頻度は3 ~5 回/ 週,運動時間は1 回20分から60 分程度[2021 年改訂版心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドラインからの変更点]環境の項目を削除. (日本循環器学会,日本心臓リハビリテーション学会.2021

516)より改変)
p.91
行動をとること(アドヒアランス)が欠かせない.なかでも免疫抑制剤の服薬に関するアドヒアランスが重視されるが,それ以外にも,定期的に受診する,自ら健康状態をモニタリングする(毎日バイタル測定を行い,異常があればすみやかに医療者に報告するなど),感染症予防のための留意点を守る(5 章5. 感染症の予防を参照),適切な食事をとる(ダイエット),運動する(6 章4. 運動療法を参照),禁煙する,過度の飲酒をしないなども,広くアドヒアランスに含まれる520, 521).

これらの行動を長期にわたって続けることは容易ではなく,アドヒアランスを維持できない状態,いわゆるノン・アドヒアランス(NA)が生じることはまれではない.海外では心臓移植患者におけるNA は服薬(0 ~40%),定期的な受診(2 ~27%),バイタル測定・健康状態のモニタリング(22 ~59%),食事(16 ~41%),運動(13 ~72%),禁煙(6 ~35%)で生じ,アルコール・薬物乱用も6 ~ 27% に生じると報告されている520, 522).

喫煙は心臓移植患者において冠動脈疾患,癌の発生率を高め,死亡率を1.8 倍上昇させる.禁煙指導を徹底し,適宜専門医療機関と連携する必要がある523).また,アルコール乱用(過度の飲酒習慣)および薬物乱用はNA と直結し,移植心廃絶のリスクを高める.対応は難しく,専門医療機関との連携が必要である524).

いずれのNA も移植後,時間経過とともに増加する.このため医療者は移植早期のみならず,遠隔期においてもNA のモニタリングを行うべきである520, 522).

通常,患者が医療者に対して自発的にNA を申告することはない.たとえば,免疫抑制剤のトラフ値のコントロールが難しい場合や,頻繁に追加検査,薬剤の用量調整や変更を要する場合には,積極的に服薬のNA を疑う必要があり,家族からも追加の情報を得るようにする520, 522).NA の危険因子を表27 521)に示す.NA が発覚した場合,ただ厳重注意しても解決にはつながらず,具体的に,いつ,どのような状況でNA が生じているのか,アドヒアランス維持の障壁となっているのは何か,オープンかつ共感的に患者と話し合い,ともに対策を考えていく姿勢が大切である520, 521).精神障害,アルコール・薬物依存などの合併のためにNA が生じている場合には,精神科医との連携が欠かせない520, 521).服薬のNA に対して有効性が実証された単一の介入方法はなく520),個別の事情に応じた戦略が必要となる.教育(正しい情報や知識を患者の理解力に応じてわかりやすく提供する),行動のフィードバック(たとえば,服薬日誌の利用),複雑な処方を整理するなどが有効とされているため,家族の協力も得ながら,これらの方法を組み合わせて活用する520). 5.2 精神的側面

心臓移植後にはうつ,不安を主症状とした精神症状が生じることがあり,特に移植後早期における出現頻度が高いと報告されている.大うつ病は術後1 年間に14 ~20% の患者に生じ,以後1 年ごとに5% 程度の患者に新たに生じる.また,不安障害(パニック障害,全般性不安障害,外傷後ストレス症候群)は術後1 年間に17,18% の患者に生じ,以後1 年ごとに新たに1,2% の患者に生じると報告されている525).さらに,5 年以上経過した遠隔期にもうつ状態が生じることがあり,心臓移植後5 年で30%,10 年目で22% にうつ症状を認めたという報告がある526).そのため,心臓移植前に精神科医からの評価を受けるだけではなく,移植後にコンサルトできる体制を整備することが必要である.

精神症状の評価,特にうつ,不安の有無に対して定期的なスクリーニングを行うことが,ISHLT による心臓移植患者のケアに関するガイドライン2023 年版ではClass I で推奨され,スクリーニングのツールとしてPatient Health Questionnaire(PHQ)-9 が紹介されている47, 527).また,何らかの精神症状を疑う場合は,精神科へ早期にコンサルト

表27 NA の危険因子

患者関連因子・精神疾患・パーソナリティ障害・アルコール・薬物乱用・認知障害・NA の既往・思春期・短い教育歴・長い罹病(移植後)期間環境関連因子・社会的サポートの不足・経済的問題治療関連因子(服薬に対するNA の場合)・薬の副作用・複雑な処方・薬のコスト・飲み忘れ予防対策(ピルボックス使用など)の不足医師- 患者因子・医師とのコミュニケーション不足・医師- 患者関係の悪さ・不適切なアフターケアや退院計画・不十分な情報提供(移植前教育) (Fine RN, et al. 2009

521)より改変) Copyright (2009) The American Society of Transplantation and the American Society of Transplant Surgeons., with permission from Elsevier.
p.92
することが望ましい.小児や思春期の心臓移植後患者はさらに精神症状を合併するリスクが高く,家族との関係やその変化が状況を複雑化する可能性があることに留意する47).

精神症状に対して向精神薬を使用する場合,心血管系への安全性ならびに免疫抑制薬との薬物相互作用の2 点に十分な配慮が必要528)であり,精神科・薬剤師など多職種との情報共有が必須である.ISHLT2023 では,心臓移植患者のうつ病・うつ状態に対して選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI,特にcitalopram)および新規抗うつ薬のミルタザピンの使用が2010 年版と同様にClass I,エビデンスレベルB で推奨されている47).フルボキサミンはCNI (Tac,CyA)が代謝を受けるCYP3A4 に対する阻害作用を有するため,避けるべきである(Class I,エビデンスレベルB).三環系抗うつ薬は心毒性(心伝導障害,低血圧,抗コリン作用)を有するため,その使用は重症の治療抵抗性うつ病に限定すべきとされている(Class I,エビデンスレベルB) 47).ベンゾジアゼピン系抗不安薬は心血管系へのリスクはほとんどないが,依存性(特に常用量依存)が問題となるため,漫然とした長期投与を避けるべきである528).

5.3 社会的側面

心臓移植後,多くのレシピエントの対人関係,社会的な役割,娯楽活動は移植前に比べて改善し,時間経過とともにさらに社会に適応していく傾向にある529).多くの患者が移植後,就労を開始あるいは再開するが,欧米では心臓移植後1 ~12 年における就労率(雇用からボランティアまで含む)は22 ~86% と報告されている529).

一方で,移植後にたとえ患者が就労可能な状態になっても,移植前の不安定な就労歴や長期離職,身体的問題のために実際の就労につながりにくいのも事実である530).

医療者,家族は心臓移植後には就労が可能となることを移植前から認識し,術後リハビリテーションの目標として位置づけ,支援すべきである.そのためにも移植前から可能な限り就労を継続する(退職しない)よう指導する.ソーシャルワーカーは移植チームの一員として,機能的,身体的な制約を含めた就労能力の評価,復職に向けたリハビリテーションのコーディネート,雇用主への情報提供などを行う529). 6 妊娠出産

6.1 妊娠・分娩・出産

日本における心臓移植後の妊娠の報告は乏しいが,外科手術および免疫抑制療法などの進歩とそれに伴う長期成績の改善により,妊娠適齢期に達する心臓移植レシピエントは少なくない.2023 年にISHLT から心臓移植を含む胸部臓器移植後のステートメントが発表され531),慎重に患者を選択すれば心臓移植後の妊娠出産の管理も可能532)と考えられるが,通常の妊娠・出産に比較して合併症の頻度は高い.1987 年から2018 年10 月までの国際的な移植後妊娠に関するレジストリからの報告533)では,心臓移植後レシピエント100 例における177 件の妊娠が登録されており,生児出産は67% で新生児死亡は1%,流産25% であった.出生児のうち在胎37 週未満の早産は43% であった.2020年に発表された心臓移植レシピエントを含む胸部臓器移植レシピエントにおける妊娠のシステマティックレビューおよびメタ解析の報告によれば534),心臓移植後の妊娠中母体死亡率は0.5%,3 ~7 年の追跡期間中の死亡率は10.8% であった.生出産は79.9%,流産22.0%,死産1.9%,中絶5.8% であり,生児のうち3.8% が新生児死亡であった.妊娠中に9.4% で拒絶反応を認め,腎機能障害を11.5%,高血圧を25.8%,妊娠高血圧腎症を17.8%,妊娠糖尿病を6.0% に認めたと報告している.

また,米国における2010 ~2020 年の再入院データベースに基づく報告によれば,心臓移植後レシピエントの重度の母体合併症,早産,出産後1 年以内の再入院は非レシピエントに比較して高率であった535).

このように心臓移植レシピエントの妊娠出産はハイリスクであると考えられるが,これらの海外からの報告については計画外の妊娠が含まれているものも多く,それが合併症の一因である可能性がある531, 532).ISHLT のステートメントによれば,心臓移植後の妊娠について,母体や胎児へのリスクに関する特有の問題に留意する必要があるが,一般的に移植心機能が安定し形態異常誘発性のない免疫抑制療法下に,拒絶反応や胎児への影響をもたらす感染症がコントロールされていれば,移植レシピエントの妊娠は比較的安全とされている531).わが国でも2021 年に日本移植学会より臓器移植後妊娠・出産ガイドラインが発刊されており6),参照されたい.
p.93
以上のように,心臓移植レシピエントの妊娠出産を検討する際には,周産期の母体・児合併症を考慮し,妊娠前のカウンセリングや適切な症例選択,妊娠中および周産期の母体・胎児や新生児の管理が重要であり,産科,循環器,移植医療領域の医師およびメディカルスタッフに加えて麻酔学,新生児学,心理学,遺伝学などの専門家を含む多職種のチームが参画する必要がある.

6.2 妊娠前カウンセリング

心臓移植後レシピエントにおいて最適な妊娠・出産を達成するためには妊娠前からの多職種によるチームの参画が必要である531).心臓移植後の妊娠には血行動態学的および免疫学的リスクが伴うため,妊娠前からのカウンセリングが重要である532).カウンセリングは妊娠の希望や移植後の妊娠のタイミング,移植後特有の問題を含む母体および胎児のリスク,最適な意思決定支援が含まれ,妊娠適齢期のすべての患者に行われることが望ましい.移植心機能や併存疾患,免疫抑制薬のMMF をはじめとする定期薬による形態異常誘発性は,母体・胎児双方のリスクとなりうるため,妊娠・分娩は計画的に行われることが望ましい.

しかし欧米では心臓移植レシピエントにおいて多くが予期せぬ妊娠であったとの報告もあり536, 537),ISHLT のステートメントでも適切な避妊法およびその重要性が記載されている531).男性の心臓移植レシピエントがパートナーとの間に挙児を希望する場合も,投薬による形態異常誘発性や生殖能への影響について確認しておく必要がある.腎移植領域で父親へのMMF 投与による出生転帰のリスク増加はなかったことが報告されており538),挙児希望の男性におけるMMF は継続可能と考えられる.

抗CMV 薬として保険適用があるガンシクロビル,バルガンシクロビルは妊娠中の投与は禁忌であるとともに,遺伝毒性のためパートナーが妊娠する可能性のある男性においても投与期間中および投与後90 日間は有効な避妊が必要である.

また,動物実験においてCNI やEVL による精子数減少,精子運動能低下およびオスの生殖能低下が報告されている.遺伝性の心筋症もしくはその疑いがある場合,先天性心疾患のレシピエントは遺伝カウンセリングの重要性も高く,出生時およびその後定期的な児のスクリーニングが必要となる537).

6.3 妊娠のタイミングと禁忌

拒絶反応のリスクは移植後の最初の6 ~12 ヵ月でもっとも高く,強力な免疫抑制療法を必要とするため,移植後

管理に関する2023 年のISHLT ガイドラインでは移植後最初の1 年以内では妊娠を試みるべきではないと勧告している(Class I,エビデンスレベルC) 47).また米国移植学会は妊娠を考慮するにあたり,過去12 ヵ月間に拒絶反応がなくグラフト機能が安定していること,活動性感染症がなく,免疫抑制療法が安定していることを推奨している539).

ISHLT のステートメントでは心臓移植に至る心臓原疾患が周産期心筋症の場合に心臓移植後の妊娠がハイリスクである可能性について言及されているが,これを裏付けるエビデンスには乏しい531).表28 531)に妊娠を避けることが望ましいとされる心臓移植後の病態について示す.

6.4 妊娠中の免疫抑制薬を含む薬剤管理

妊娠中も拒絶反応や,それに伴うグラフト不全を防ぐために適切な免疫抑制療法を維持することが重要である.しかしながら,妊娠中の生理学的変化が免疫抑制薬を含む薬剤の薬物動態に重大な影響を与える可能性や,子宮内での薬剤曝露による胎児毒性などを慎重に考慮する必要がある.ISHLT のステートメントでは妊娠中の免疫抑制薬としてステロイドやCNI が比較的安全性が高いと報告されており531),これらを中心とした免疫抑制療法を考慮することになる.

Tac やCyA といったCNI は心臓移植後の主要な免疫抑制薬であり,移植後妊娠に関連する国際レジストリからの

表28 妊娠を避けることが望ましい病態

病歴移植後1 年以内アドヒアランス不良抗HLA 抗体ドナー特異的抗体陽性免疫抑制療法適正な濃度のCNI で拒絶反応コントロール困難MMF 中止困難拒絶反応1 年以内の拒絶反応歴抗体拒絶反応歴心機能症候性のグラフト不全LVEF <30%重度の弁狭窄CAV Grade 2 以上のCAV合併症・併存症コントロール不良の高血圧コントロール不良の糖尿病重度の腎機能障害(eGFR <30mL/min/1.73m

2 など)著明な蛋白尿活動性感染症1 年以内のCMV 感染症

(Kittleson MM, et al. 2023 531)を参考に作表)
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報告でも99% の妊娠症例でCNI が投与されていた536). Tac とCyA はどちらも胎盤を通過し,子宮内で胎児が曝露されるリスクを有している540, 541)が,CNI を投与されている臓器移植レシピエントから出生した児の先天異常のリスクは,一般的な妊娠からの出生児と同等であると報告されている542).CNI のおもな代謝酵素であるCYP3A4 の酵素活性は妊娠中の期間を通じ増加する543)ため,血中濃度を慎重にモニタリングし,治療濃度維持のために投与量を調整(循環血液量が約1.5 倍に増加し希釈されることもあり,非妊時に比べて増量を要する可能性が高い)する必要がある.

プレドニゾロンは移植後もっとも一般的に使用されるステロイドである.ステロイド投与は胎児の口唇口蓋裂や早産に関連するとされているが,現在の移植後の用量では比較的安全であり531),妊娠が血中濃度に及ぼすほかの免疫抑制薬減量・中止に伴うものでない限り,妊娠のみを理由とした用量調整は不要であると考えられる.

MMF は動物実験および市販後報告から,臓器移植レシピエントにおける流産および頭蓋顔面先天異常の発生率が上昇することが知られており,計画妊娠の6 週間前からの中止もしくは妊娠確認次第,中止が必要である47, 531, 532, 536). MMF のほかの免疫抑制薬への変更については,拒絶反応,感染のリスク,潜在的な副作用の忍容性などを考慮して決定する必要がある.

ISHLT のステートメントは,Tac の目標血中濃度を下げる必要のあるレシピエントに対してMMF 中止後のAZPへの変更が提案されている.AZP およびその代謝物である6-メルカプトプリンは,移植および非移植症例において,妊娠中に使用した場合でも先天異常とのリスク増加と関連しないことが報告されている536, 544, 545). mTOR 阻害薬であるSRL,EVL が妊娠中に投与されて

いた腎臓移植後や心臓移植後の報告は散見される536, 546)ものの,安全性に関するデータが限定的であること,帝王切開後の創傷治癒遅延も懸念されることから,ISHLT のステートメントでは妊娠6 ~12 週間前の中止が推奨されている531).

妊娠中の降圧薬など循環作動薬の使用については「心疾患患者の妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライン(2018 年改訂版)」547)も参考にされたい.ACE 阻害薬や

ARB は胎児異常のリスクのため,妊婦への投与は禁忌であり,ジヒドロピリジン系Ca 拮抗薬は比較的安全とされている531).

妊娠中の感染に対する抗菌薬投与については感染源,感染の重症度,使用が想定される抗菌薬に応じて個々に協議する必要がある.前述のように,抗CMV 薬ガンシクロビル,バルガンシクロビルは妊娠中の投与は禁忌である.

6.5 母体管理

ISHLT のステートメントでは,過去6 ヵ月以内に心エコーによる心機能の評価,および臨床学的経過に応じて拒絶反応や移植心冠動脈の詳細な評価がなされていない場合は,これらを妊娠前に実施することを推奨している531).さらに免疫抑制薬血中濃度や血算,肝臓および蛋白尿を含む腎臓機能評価,CMV など感染症のスクリーニングが必要である.また妊娠中にも拒絶反応や併存疾患の管理のため定期的なスクリーニングが必要となる.ISHLT のステートメントで推奨されている妊娠中のスクリーニング検査については表29 531, 548)に示す.妊娠中は産科,循環器科,移植領域の医師や看護師,薬剤師など多職種からなるチーム

表29 心臓移植後症例における妊娠中母体のモニタリング

身体所見,バイタルサイン,検尿12 誘導心電図心エコー図妊婦健診ごと4 週間ごと在胎24 週まで;1 ~2 ヵ月ごと,24 週~分娩;4 週間ごと腎機能,肝機能,血算妊娠糖尿病スクリーニング免疫抑制薬血中濃度抗HLA 抗体4 週間ごと在胎12 週;随時血糖在胎24 ~28 週;随時血糖もしくは50 g グルコース負荷試験在胎32 週まで;4 週間ごと,32 ~36 週;2 週間ごと,36 週~分娩;1 週間ごと分娩1 ~3 ヵ月後(妊娠中の拒絶反応あればより早期の施行が望ましい)白血球分画,C 反応性蛋白CMV PCR尿培養トキソプラズマ(未感染者),単純ヘルペス,肝炎ウイルス4 週間ごと4 週間ごと4 週間ごと在胎36 ~37 週で施行胎児エコーハイリスク妊娠に対する産科エコーに準じる(Kittleson MM, et al. 2023 531),産婦人科診療ガイドライン産科編2023 548)を参考に作表)
p.95
で管理されることが望ましい.

観察研究において,心臓移植後の妊娠中4.5 ~19% で拒絶反応が発生したと報告されているが,これらの研究には予期せぬ妊娠例が多く含まれており,一般に移植心機能が安定し,併存疾患のない経過良好な心臓移植レシピエントでは拒絶の率が低いと考えられている532).拒絶反応に対しては免疫抑制薬の用量調整を行い,ISHLT2004 のGrade 2R 以上のAMR が診断された場合には通常と同様のステロイドパルスを行う214, 534).

心臓移植患者では免疫抑制療法による糖尿病をきたしうるが,妊娠は耐糖能を低下させることが知られており,既存の糖尿病の悪化や妊娠糖尿病の発症につながる可能性がある531, 549).

心臓移植患者では高血圧の合併もしばしばみられるが,妊娠中に起こる循環量の増加と血液希釈は高血圧の発症を促進しうる531, 550, 551).また高血圧に加え腎機能障害の有病率も高いため,心臓移植患者では妊娠高血圧症候群が増加する534).

移植後は免疫抑制療法による易感染性からCMV の初感染および再活性化がしばしばみられるが,妊娠中のCMV感染症は胎児の先天性CMV 感染症のリスクとなり,知的障害,小頭症,視覚障害や難聴をきたしうる552).このため心臓移植後の妊娠においては,定期的なCMV 検査が推奨される531).

ISHLT のステートメントによれば,周産期管理としては母体または胎児の状態悪化がない場合,妊娠は39 週ごろまで継続されるべきであり,それ以前に状態の悪化を認めた場合は適切な分娩誘発や帝王切開を検討すべきとされている531).出産時の母体の移植心機能,妊娠合併症を含む全身状態および胎児の状態により,経腟分娩が可能かどうかを判断する214, 534, 553).分娩時には心機能のモニタリングが必須であり,適切な鎮痛が推奨される.

7 終末期医療⦆

ISHLT レジストリによれば,心臓移植後の生存率は10年間で60% 程度で,主たる死亡原因としてグラフト不全,感染症,CAV,多臓器不全,急性拒絶反応,リンパ腫を含む悪性腫瘍,腎不全などが報告されている6).わが国の心臓移植後の成績は良好であるとはいえ,同様な経過をたどる症例が経験される.心臓移植後に生じるこれらの病態に対して,免疫抑制療法を継続しながら対応する必要がある

ため,特に免疫抑制療法が病態を悪化させうる感染症,リンパ腫を含む悪性腫瘍,腎不全などの治療は難渋することがある.

治療困難となった感染症やリンパ腫を含む悪性腫瘍,移植心以外の脳を含む諸臓器機能不全が高度で回復が期待できないと考えられる場合,種々の免疫抑制療法によってもコントロールできない急性拒絶反応,血行再建が困難で末期心不全となったCAV など,心臓移植治療の目的が果たせない状態(終末期)になったと判断される場合には,免疫抑制療法を含めた治療の継続を検討する必要がある.

治療の継続や中断の判断は,ほかの循環器疾患の治療における終末期医療554)と基本的に同様である.終末期医療に際しては本人および家族の意思を確認することが重要であり,本人の意思を確認できない場合には家族の意思が尊重される.治療継続による治療効果を得がたい末期的状況であることを十分説明し,理解され受容されれば,治療の中止,また新たな治療や治療の高度化を行わないことなどを検討する.これらの判断は,心臓移植後の場合,貴重な善意のドナー心を提供されたという特殊な事情もあり,特に慎重な配慮が求められる.医療従事者や家族らの間で意見がまとまらない場合には,臨床倫理コンサルテーションなどを利用し,複数の専門家から助言を得て多職種チームで意思決定のプロセスを進めることが推奨されている555).緩和ケアについては,循環器疾患における緩和ケアに準ずる554).終末期においては,ホスピスを含めた苦痛や心理的負担を軽減するケアプランへの変更も考慮する必要がある.

末期状態におよぶ以前に,末期における対応,意思疎通ができなくなった場合の代理意思決定などについては,本人・家族と相談し,対応方法を決定しておくことが望ましい556).そのためには,移植後のみならず,移植前から本人や家族に移植後の生活さらには終末期のことも含めて情報提供や継続的な意思決定支援が必要であろう.心臓移植に到達する患者の大多数は移植待機中に植込型VAD 治療を行っており,植込型VAD 治療においてはアドバンス・ケア・プランニングとして事前指示書の取得を行っていることが多いが,心臓移植後は定期的に事前指示書の取得を行っていない場合が多い.心臓移植後患者に対するアドバンス・ケア・プランニングも重要であり,そのためには意思決定のための十分な情報提供とともに,患者の治療意欲や人生観の把握,家族を含めた社会背景を把握することが必要であろう.
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第7章 小児の心臓移植

1 小児心臓移植の特殊性

小児の心臓移植は,単に体が小さいというだけでなく,移植適応から移植後管理に至るまで,さまざまな小児固有の特殊性があり,それを熟知することが重要である.またわが国独自の特殊性もある.

1.1 心臓移植適応と待機中管理

適応疾患は,大きく心筋症と先天性心疾患に二分され,心筋症では成人に比してRCM が多い.適応判定において,体格が小さいため心筋生検ができないことがあり,小児特有の心不全症状(発育不全,易感染性,哺乳力低下など)に注目し,家族のコンプライアンスを綿密に調査することが重要である.体格が大きい場合は多くの植込型VAD が装着できる(3. 機械的循環補助を参照).そのため,VAD装着患児の院内学級の充実や通学などの体制整備が必要である.移植後は生ワクチンの接種ができないため,計画的に必要な生ワクチンを接種しておく.待機中の患児・家族の精神的・経済的支援の点で,チャイルド・ライフ・スペシャリスト,臨床心理士,医療社会福祉士による関与の意義は大きい. 1.2 わが国の脳死臓器提供

小児の法的脳死判定は,平成11(1999)年度厚生省小児脳死判定基準が基本となるが(表30),この基準により判定医に小児科医が加わった.各々の学会専門医または学会認定医の資格をもち,かつ脳死判定に関して豊富な経験を有し,しかも臓器移植にかかわらない医師が2 人以上で行うことになった.被虐待児,深昏睡の原因が代謝・内分泌障害,低体温状態,急性薬物中毒の場合,年齢不相応の低血圧,低体温などは法的脳死判定の対象から除外される.

法改正後2022 年12 月31 日までに,国内で移植時18歳未満の68 人(移植時18 歳未満登録,移植時平均9.4 歳)が心臓移植を受けている(図31)

14).原疾患は,拡張型心

筋症47 人,RCM 10 人,拡張相肥大型心筋症1 人,心筋炎後心筋症2 人,拡張型/ 拘束型混在型心筋症3 人で成人と比べてRCM の占める割合が多く,また男児は33 人であった.

1.3 ドナー・レシピエントミスマッチ

体重差のミスマッチに関しては成人におけるドナー心の適応範囲より許容範囲が広く,特に乳児がレシピエントの場合にはその体重の最大3倍までのドナーが許容されるが,術式,術後管理に工夫が必要である.大きなドナー心もレシピエントの体格に合わせて小さくなることが知られてい

表30 年齢による法的脳死判定

年齢15 歳以上6 ~15 歳未満生後12 週*~6 歳未満判定基準昭和60 年度厚生省脳死判定基準昭和60 年度厚生省脳死判定基準平成11 年度厚生省小児脳死判定基準判定医6 学会専門医2 名以上6 学会専門医2 名以上6 学会専門医2 名以上判定施設5 類型5 類型5 類型2 回の判定間隔6 時間以上6 時間以上24 時間以上その他18 歳未満については被虐待児への院内対応被虐待児への院内対応被虐待児への院内対応* 在胎週数が40 週未満であった者にあっては,出産予定日から起算して 12 週.
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る.移植後管理の点で,EBV,CMV などの既感染のミスマッチを調べておくことは重要である.

1.4 ドナー心摘出・心臓移植手技

心筋症では,ドナー心摘出方法は成人と同じであるが,先天性心疾患では,レシピエントの心臓,大血管,静脈の形状に応じて欠損している部分(missing parts)を心臓と同時に摘出し,移植時にその部位の再建を行う.

1.5 免疫抑制療法

小児は腎機能が未熟であるので,抗IL-2 受容体抗体(バシリキシマブ)を使用して,早期にCNI の投与量を減量することが望ましい.成長を考慮して,6 ヵ月以内にステロイドを中止する.成人では心筋生検が標準的検査法であるが,小児例では心筋生検の合併症を避けるために,非侵襲的な診断法を重要視している施設が多い.非侵襲的な検査法として心臓超音波検査がもっとも重要視され,左室壁厚,拡張期時間,LVEF,左室拡張能,僧帽弁逆流,心囊液貯留などをスコア化し,移植後経日的に測定してスコアに変化があれば拒絶反応と診断する.

1.6 感染症

術後早期は成人と差はないが,退院後は伝染性疾患(インフルエンザ,麻疹,風疹,ムンプス,水痘,アデノウイルス,EBV,CMV など)に罹患しやすいので,感染予防

が大切である.マスク着用,うがい・手洗い励行,生ものの摂取の禁止に加えて,動物(特に猫・鳥)・植物・泥との接触の禁止,雑魚寝の禁止などを徹底する.

1.7 合併症

使用する免疫抑制薬は成人より少ないが,PTLD の発症頻度は高く,EBV,可溶性IL-2 受容体などのモニタリング,血液内科との連携が重要である.移植後の腎機能障害も成人より重度になりやすいので,他科と連携し,可能な限り免疫抑制薬を減量する.

1.8 精神的・身体的成長の問題

ステロイドから離脱できれば,ほぼ正常の体重・身長の増加が見込まれるが,移植前の状況が影響する.心臓は患児の体格に合わせて成長する.自分で心臓移植を受けるかどうか決めていないこと,ニキビ・肥満・多毛などの免疫抑制薬の副作用があること,思春期で葛藤の時期を経過することなどから,服薬アドヒアランスの低下をきたしやすいので注意深い観察とともに,綿密な精神支援・指導が必要である.チャイルド・ライフ・スペシャリスト,臨床心理士などの患児を支援する体制整備,成人診療科への移行のための体制整備が必要である.

図31 国内小児心臓移植件数の推移(一般社団法人 日本心臓移植学会.心臓移植レジストリ報告.2023 14)より)

18 16

14 12

10 8 6 4 2

0 1999

2000 2001

2002 2003

2004 2005

2006 2007

2008 2009

2010 2011

2012 2013

2014 2015

2016 2017

2018 2019

2020 2021

2022

7

1 1 2 1 3 2 3 1 5 3 10

5 2 1 1 1 1

2 4 7

3 1 1

(年)

移植時10歳未満移植時10~17歳(2022.12.31 現在)
p.98
1.9 その他

院内の小児循環器科・心臓血管以外の専門医,看護師,チャイルド・ライフ・スペシャリスト,臨床心理士,院内学級スタッフはもとより,地元の小児科医,教育機関との連携も重要である.また,移植患者との交流を深め,服薬アドヒアランスの低下の抑制を期待し,移植者スポーツ大会やサマーキャンプの参加も重要である.

2 心臓移植の適応

小児では成人より病期の進行が速い場合があることと,成人で必須とされている検査(心筋生検,運動耐容能検査など)が実施しにくいこと,β遮断薬・ACE 阻害薬の効果についてもいまだ議論があること,小児特有の疾患があること(先天性心疾患など)などから,成人とは違った観点から心臓移植の適応を判定する必要がある.

2.1 乳児および小児の心不全ステージング

小児心不全の重症度スコアリングシステムにはいくつか提唱がある.ここでは米国心臓協会(AHA)/ 日本循環器学会に従い,以下のStage A ~D に分類する(表31) 557-559).

乳幼児では,哺乳力低下,体重増加不良,発育障害,易感染性(特に繰り返す呼吸器感染),多呼吸・努力性呼吸なども心不全のステージングとして考慮する. 2.2 適応となる疾患

従来の治療法では救命ないし延命の期待がもてない小児重症心疾患が適応となる.小児の場合は,心不全によりさらに日常生活が障害され,長期的に著しい成長障害を含む心臓外合併症出現の可能性が高い状態も適応として考慮する.以下に適応となる疾患を示す. 1心筋症:拡張型心筋症,拡張相肥大型心筋症,RCM,不整脈原性右室心筋症ほか. 2二次性心筋症:心筋炎後,川崎病後虚血性心筋症,薬剤性心筋症,筋ジストロフィ,代謝性心筋症ほか. 3先天性心疾患:心機能低下を認める成人先天性心疾患を含む先天性心疾患(未手術,姑息術後,心内修復術後, Fontan 手術後). 4致死的難治性不整脈. 5心臓腫瘍,心室憩室. 6そのほか日本循環器学会が適応と認める疾患.

2.3 再移植の適応

以下の患者は再移植の適応となる. 1心室機能異常および中等度以上のCAV を伴う患者. 2心室機能は正常だが中等度以上のCAV を伴う患者.

* 中等度以上のCAV があっても,活動性の急性拒絶反

応がある間は,再移植はすべきでない. * 初回移植から6 ヵ月間は,移植心不全などの特別な場

合を除き,再移植は適切でない.

表31 乳児・小児心不全の重症度ステージ

stageリスクと症状例

A心不全に進展するリスクを有するが,心機能は正常で容量負荷を認めない状態心毒性を有する薬剤使用歴,遺伝性心筋症の家族歴B構造的ないし機能的心疾患で,心不全の既往または症状がない状態無症状の心筋症,単心室,修正大血管転換左室拡大を伴う大動脈閉鎖不全C構造的ないし機能的心疾患で,心不全の既往または症状を有する状態有症状の心筋症先天性心疾患術後または未手術例D強心薬の持続投与,機械的循環補助,心臓移植,あるいは緩和ケアを要する終末期心不全の状態有症状の心筋症先天性心疾患術後または未手術例(Rosenthal D, et al. 2004

557)より) Copyright (2004) International Society for Heart and Lung Transplantation., with permission from Elsevier.
p.99
2.4 疾患ごとの心臓移植基準

2.4.1 拡張型心筋症・拡張相肥大型心筋症

同期不全がある場合はCRT などの非薬物治療を含む十分な内科的治療を行ったうえで,以下の所見を認める場合が適応となる.ただし,小児においてはβ遮断薬,ACE 阻害薬の有効性はまだ確立しておらず,必ずしもこれらの薬剤の使用効果を必須の条件としなくてもよい. 12 歳以降(特に6 歳以降)の発症(治療しても改善傾向のない2 歳未満の症例も適応と考える). 2低身長(-2 標準偏差未満). 3診断時のうっ血性心不全. 4治療抵抗性の致死性心室不整脈. 5Near-death experience. 6カテコラミンの使用. 7LVEF < 30%. 8左室拡張末期圧(LVEDP)> 25 mmHg.

なお,薬剤性心筋症などの二次性心筋症も,この基準に準ずる.

2.4.2 RCM

小児期の本疾患は予後不良なことが多く,特に低年齢(2歳以下)で発症した症例や,心室収縮力が保たれていても小さな心室に比べて心房の大きな症例では予後が悪く,突然死のリスクが高い.十分な内科的治療を行ったうえで,以下の所見を認める場合が適応となる. 1低年齢発症(特に2 歳以前). 2NYHA 心機能分類III 度以上または乳児・小児心不全重症度ステージC 以上. 3肺うっ血の所見(胸部レントゲン所見[カーリーB 線など],肺動脈楔入圧> 18 mmHg). 4肝うっ血の所見(肝腫大,腹水,肝静脈の怒脹,ときに蛋白漏出性腸症[PLE]). 5心房細動や心房頻拍など不整脈合併. 6診断時の収縮能低下(左室内径短縮率低下). 7心房拡大(左房径/ 大動脈径>1.5),心胸比> 55%.

* 原疾患の進行により,心房圧が上昇し肺うっ血のため

に肺高血圧や高肺血管抵抗を合併する場合や,肝うっ血のために肝硬変を合併する場合があるので,心臓移植適応判定時にはこれらの評価を行うことが重要である.高肺血管抵抗の場合には心肺移植の適応となる. 2.4.3 左室低形成症候群

Norwood 手術前後で以下の所見を認める場合が適応となる. 1高度三尖弁閉鎖不全. 2低右室駆出率(RVEF) < 30%). 3冠不全(高度上行大動脈低形成など). 4総肺静脈還流異常合併(ただし肺内肺静脈そのものの狭窄や異常がないもの).

2.4.4 先天性心疾患術後または 成人先天性心疾患術後患者

以下の条件のいずれかを満たす場合が適応となる. 1日常生活がきわめて制限されるStage C *の患者(参考値:最高酸素摂取量< 15 mL/kg/ 分,または<健常者の50%). 2高度の体心室機能不全があり,適切な内科的治療にもかかわらず持続または反復するStage D *の心不全. 3あらゆる治療に抵抗性を示し,繰り返し症状を呈する心室不整脈. 4心臓移植を要するが肺血管抵抗が高い場合,強心薬や肺血管拡張薬により肺血管抵抗係数(PVRI)が6 Wood 単位・m 2 未満または肺内外圧差(TPG)(平均肺動脈圧-平均肺動脈楔入圧)が15 mmHg 未満に低下する患者. 5予後不良が予想される以下の構造的・機能的異常を伴う患者.・ 将来的に進行し肺血管抵抗により心臓移植適応外となる

可能性がある肺高血圧.・ 外科的修復術が困難な高度の大動脈弁閉鎖不全または

体心室房室弁閉鎖不全.・ 高度のチアノーゼがあり外科的修復術困難.・ 内科的外科的治療抵抗性のPLE.

*AHA/ACC Stage 分類.

2.4.5 単心室型先天性心疾患

単心室型先天性心疾患は,二心室修復術が不可能な複雑先天性心疾患の総称で,通常はFontan 手術の対象となる疾患群である.以下の理由でFontan 手術以前に心臓移植の適応となる場合と,Fontan 手術後に心臓移植の適応となる場合に分けられる.

2.4.6 Fontan 手術前

Fontan 手術の耐術ができない以下の条件のいずれかを満たす単心室症例が適応となる. 1カテコラミンの持続投与が必要な場合.
p.100
2治療抵抗性の致死性不整脈. 3低体心室駆出率 < 30%. 4高度房室弁逆流(外科的修復が困難なもの).

* ただし,高肺血管抵抗(PVRI ≧9 Wood 単位・m 2),

肺動脈・肺静脈低形成などを伴っている場合は,心臓移植の適応ではなく,心肺移植の適応である.

2.4.7 Fontan 手術後

Fontan 手術後,急性期から遠隔期にかけて,薬物治療,アブレーション,外科治療など非薬物治療を行っても以下の条件のいずれかを満たす場合が適応となる. 1内科的治療抵抗性の心不全(特にカテコラミン持続点滴を要する場合). 2薬物,アブレーション,外科治療(Maze 手術など)に抵抗性の致死性不整脈. 3高度房室弁逆流. 4チアノーゼが著明な肺動静脈瘻合併例. 5難治性PLE. 6高度左室流出路狭窄(外科的修復のできないもの).

* 病期が進行し,肝硬変などの不可逆性の心外合併症

をきたした場合は適応とならない.

2.4.8 心臓腫瘍

横紋筋腫,線維腫などが心臓に広範囲または多発性にあり,かつ心機能の低下または血流障害を生じており,心臓を摘出しない限り根治性がなく,心臓以外に腫瘍がない場合が適応となる.

2.4.9 川崎病

虚血性心筋症に陥り,薬物治療,冠動脈バイパス術,経皮的冠動脈形成術を行っても改善が見込めない重症心不全に至った場合,または治療抵抗性の致死性不整脈を認める場合が適応となる.

2.5 適応除外条件

下記の条件を1 つでも満たす場合には心臓移植の適応とならない. 1高度の肝腎機能障害. 2高度精神神経障害(精神発達遅帯が強く,家族の協力があっても服薬管理が困難な場合を含む). 3全身性感染症. 4高肺血管抵抗(PVRI >9 Wood 単位・m 2)(心臓移植手術に耐術しないため,心肺移植の適応).

* 小児例では成長に伴い循環血液量が大きく変化するため,成人のように肺血管抵抗ではなく,体格を考慮

して体表面積で補正したPVRI で肺血管抵抗を検討する. * 酸素吸入(100%),NO 吸入(最大40 ~80 ppm)な

どを行い,PVRI が9 Wood 単位・m 2 未満またはTPG が15 mmHg 未満は,肺血管抵抗は可逆的であると判断でき,心臓移植の適応である. * 長期の強心薬治療,長期の肺血管拡張薬使用,

LVAD 装着により,PVRI が上記基準より低下した場合には,心臓移植の適応となる. 5高度肺動脈低形成・肺静脈狭窄

* 心臓移植時に修復可能な肺動脈狭窄,総肺静脈還流

異常・部分肺静脈還流異常は心臓移植の適応となるが,外科的修復が不可能な肺血管の異常例は心肺移植の適応となる. * これまでの海外の報告から,無脾症,多脾症は,移植

後の予後に差がないため適応とされている.

2.6 適応を判断するうえで慎重を要する条件

以下のような症例では,心臓移植後改善が見込めるかを慎重に判定し適応を判断する. 1高度な大動脈– 肺動脈,および大静脈– 心房側副血行路を認めるもの. 2肺静脈狭窄・肺動脈狭窄を認めるもの. 3複数の手術歴のあるもの. 4高度の肺動静脈瘻や難治性PLE を伴うもの.

3 機械的循環補助

成人に比し,小児の場合は初回の心不全入院時から重症な心原性ショックを呈し,内科的治療が奏功せず在院のままECMO を経て,あるいは初回からVAD 装着を要し,心移植を待機するケースが多い560).VAD 治療は小児VAD装着実施認定を取得している14 施設において可能であり,その適応やデバイスの空き状況は,日本小児循環器学会が設置する「小児重症心不全相談窓口」561)への相談で24 時間以内に把握できる.

移植適応を取得し,待機リストに登録されてから実際の移植までの期間が長いわが国では,ECMO 補助からの心臓移植はこれまでのところ非現実的であり,薬物治療に抵抗性な末期的心不全はVAD 治療の適応となる.VAD 治
p.101
療のデバイス選択は40 kg 以上の思春期・若年成人(AYA)世代では成人に準じ植込型を選択する.40 kg 未満,特に30 kg 未満またはBSA 1.0 未満の小児例へのHeartMate 3 R植込みは可能ではあるが,検討を要する562).小型軽量で小児例への適応を考慮されるEVAHEART ® は従来品の問題点を解消したEVAHEART2 Rの,HeartMate 3 Rに対する非劣性を比較検討中である563).それ以下の体格では新生児から使用可能な体外式拍動流型VAD であるBerlin Heart 社製のEXCOR R Pediatric を装着する(図32) 564).

3.1 EXCOR R Pediatric

2010 年に改正移植法が施行され,小児心移植の増加とその橋渡し(bridge to transplant: BTT)治療の必要性に対応するため,体格の小さな小児用VAD の臨床使用が急務となった.EXCOR RPediatric は2012 年から施行されたわが国における臨床治験9 例でその安全性が確認された後,2015 年6 月保険承認,同8 月償還に至った565).2024年5 月までの9 年間に,上述治験9 例を含む延べ127 例(3 例は同一症例の再装着)に対し植込みが行われ,装着時年齢は0 歳53 例(41.7%)ともっとも多く,以降1 ~2 歳36 例(28.3%),3 ~5 歳18 例(14.2%),および6 歳以上20 例(15.7%)であった.このうち58 例(46.8%)が心臓移植に至っており(国内41 例,渡航17 例),国内移植までの装着期間は平均577 日(範囲:45 ~1851 日),1 年7 ヵ月であった.2024 年6 月1 日時点で22 例が機械的循環補助を受けながら心臓移植待機中である.期間内の離脱は再装着の3 例を含む25 例,死亡は12 例であった.生存率は1年95.9%,2 年89.1%,および3 年71.4% と良好である(図33).

3.2 EXCOR

RPediatric 補助下での心臓移植待機の問題点

体外設置型VAD 装着下の心臓移植待機では,人工臓器材料と血液の接触による血栓形成促進に伴う合併症のほかに,体表を貫いて送脱血管が体外に露出することによる感染症,および長期入院管理に伴う諸問題がある.

3.2.1 抗血栓関連

術後急性期のヘパリン持続静注による抗凝固治療の後,ワルファリンによる抗凝固療法とアスピリンによる血小板凝集抑制療法を継続するが,過凝固に伴う遊離血栓による(主として脳血管)塞栓症と,PT-INR 過延長による出血が問題となる. 脳血管関連イベントは装着早期に多く566),遠隔期の発生はポンプ交換に伴う傾向がある567).

3.2.2 感染

送脱血管が腹壁を貫通する部分(刺入部)の感染は,深刻化すると縦隔洞炎や血流感染から敗血症や心尖カフ縫着部・送血管- 大動脈吻合部の破綻に至る致死的合併症となる568).刺入部の清潔を保つとともに同部の皮膚の安静を保つことも重要で,デバイスの固定やポンプの振り子運動の防止に工夫を要する.待機期間の延長から長期VAD 装着を余儀なくされる患者での刺入部感染は,増加する傾向にある567).

A B

図32 EXCOR R Pediatric のポンプ(A)と駆動装置(Ikus) (B) (B はToda K, et al. 2024 564)より抜粋)
p.102
3.2.3 長期入院

EXCOR R体外設置ポンプは血液chamber と空気chamber が3 層の膜で接しており,血液chamber は送脱血管を介して左室心尖(または左房)と上行大動脈につながっている.血液は左室→EXCOR Rポンプ→上行大動脈の一方向に流れるように血液chamber と送脱血管の接続部には一方向弁が付いている.駆動装置であるEXCOR ® Ikus (Ikus 駆動装置)内のコンプレッサーから空気圧が空気chamber 内に送られることで血液chamber 内の血液が駆出される.このIkus 駆動装置は重量が100 kg 以上あり,またバッテリー駆動時間は30 分と移動に適さない.そのため長い移植待機期間中,患児(と施設によっては付き添いの家族)は院内で過ごす必要があり,集団生活や社会体験の欠如が,移植後の社会復帰や登校の妨げとなることが懸念されている.Ikus 駆動装置はすでに2023 年末の時点で製造中止になっているが,同時点ですでにEU38 ヵ国では後継機であるEXCOR R ACTIVE 駆動装置の臨床使用が開始されている.わが国でも2024 年11 月に薬事承認されたこのEXCOR R ACTIVE はバッテリーを含めた総重量が15 kg とコンパクトで,キャンディーに乗せて固定することができる.バッテリー駆動時間は両心サポート状態でも6.2 時間,左心補助では約10.7 時間とされている.メーカーの推奨はないが,本システムを用いた「在宅体外設置型VAD プログラム」の試みも紹介されており569),体格や血液型によっては,長期のVAD 装着下移植待機を強いられる患者とその家族に対応するための1 つの解決策となる可能性がある.実臨床使用が期待されていた小児用植込型VAD であるJarvik 2015 に関する臨床治験は,製造元の経済的理由などで7 例目をもって保留となっている570).

3.3 両心室補助人工心臓(BiVAD)

従来その治療成績は,LVAD に比し不良とされてきたBiVAD 治療に関し,患者背景を傾向スコアによるマッチングを行うことで,生存率に有意差を認めないことが報告された571).しかし,本検討結果は,2:1 マッチングによりサンプルサイズが小さいこと,追跡期間が6 ヵ月と短いこと,そしてマッチングを行うことで,結果的に「拡大適応として」不要なBiVAD 治療を選択された症例が多く含まれる可能性があることなどから,懐疑的な見方もある.実際BiVAD 治療が選択される症例は年々減少しており572),最新のPedimacs,paedi-EUROMACS の両解析でも治療成績は劣性であることから,その適応と治療効果に関し,今後の検討が待たれる573, 574).現在のところ,実臨床においては長期に渡るBiVAD 装着下での心室間相互作用調節の複雑さと,LVAD 治療長期化で増悪する右心不全の存在も考慮したVAD 治療戦略が必要となる.

3.4 単心室補助

先天性心疾患に対するVAD 治療において,単心室血行動態に対するVAD 治療成績が二心室血行動態に対し非劣性であることが報告されている573).Fontan 循環成立後の単心室機能不全へのVAD 治療成績は,比較的良好であると従来から報告されてきたが572),段階的Fontan 治療戦略におけるinterstage でのBTT としてのVAD 装着も,その治療成績が向上している.単心室,とりわけ左心低形成症候群に対する治療成績は向上したが,5 年生存率とFontan

1.0 0.8

0.6 0.4

0.2 0.0 1 year: 95.9% 2 years: 89.1% 3 years: 71.4%

Overall survival

Pt at risk 133

0.00 67

1.00 27

2.00 10

3.00 2 4.00 2 5.00 6.00

Years after Excor implantation

図33 EXCOR R Pediatric 装着後生存率株式会社カルディオ.EXCOR Pediatric Summary Report in Japan【No.27】より解析.
p.103
手術到達率は70% 前後とprimary Norwood 手術,左心低形成症候群に対するhybrid 手術のいずれの治療戦略においても,いまだ良好とはいえない575, 576)(図34A,B).近年,本疾患群に対する積極的治療として,心機能や合併した形態異常から患者層別化を行い,早期のVAD 装着から心移植を目指す報告もある577).単心室におけるVAD 治療成績は,未手術血行動態で比較的安定した成績が報告される.一方,おそらくは低酸素血症の進行のためGlenn血行動態(図34C)で不良で578, 579),shunt 血行動態へのtake-down あるいは,Fontan 循環(図34D)へのアップグレードの同時施行が必要と考えられている.

4 心臓移植手術

4.1 手術の特徴

小児心臓移植の手術手技は基本的には成人の心臓移植手技と同様であり,biatrial 法(Lower-Shumway 法) 580)またはbicaval 法581)が基本となる.しかし小児心臓移植は,成人心臓移植と異なる下記のようないくつかの特徴を有するため,それらに対応した移植手技が必要になる. 1小児心臓移植の対象疾患は心筋症以外に先天性心疾患,特に複雑心疾患症例が多く,その解剖,病態が成人に比べはるかに複雑であり,各症例の解剖学的特徴に応じた手術手技が求められる. 2ドナーとレシピエントの体格差については,小児心臓移植のドナー不足は成人以上に深刻であり,より長い総虚血時間やサイズミスマッチなどを許容せざるを得ないことがある.体格の指標としては一般的に用いられている体重, BSA のほかにpredicted LV mass(PLM) 582),total cardiac

volume(TCV) 45, 583)などが提唱されているが,もっともよい指標がどれであるかは,明確なコンセンサスはない.また,特にレシピエント側は栄養状態不良のため,本来の体格に比して体重が不均衡に軽いことも多く,マッチするドナーの選択には注意を要する.

小児においてはおおむね,レシピエント側の心臓が拡大して心嚢が大きいことが多く,ドナー・レシピエント体重比で最大300% までの体重サイズミスマッチが許容されることがある584).また,ドナー・レシピエント体重比80 ~ 200%,TCV 比100% 未満では,術後急性期死亡のリスクが低いことが示されている583).逆にドナーが小さい場合は術後の拡張障害,心不全に注意する必要があり,ドナー・レシピエントの体重比で85 ~90% 以上が望ましい582).特に,Fontan 患者などでは側副血行路が多く,術後の心拍出量を維持するために大きめのドナーを選択するのが望ましい.

4.2 手術手技

小児では上記の特徴を十分理解したうえで,綿密な手術計画を立てる必要がある.

ドナー心摘出においては,小児ドナーでは卵円孔や動脈管開存例が多いため,必ず確認しなければならない.疾患によっては,大動脈,肺動脈,大静脈などの再建を要するので,レシピエントの欠損部分をドナーから採取する必要があり,肺摘出チームとの連携が重要である.

移植手術においては,心筋症ではあまり成人と差はないが,小児では肺血管抵抗の高い症例が多いため,biatrial法よりも移植後の三尖弁逆流が少ないbicaval 法が多く用いられる.しかしサイズミスマッチのある症例ではbiatrial法も有用である.

図34 左心低形成性症候群に対する手術

Norwood 手術(A),hybrid 手術(B),両方向性Glenn 手術(C)および心外導管を用いたFontan 手術(D)

A B C D
p.104
先天性心疾患症例では複数回の姑息術や根治術(Norwood 手術,Fontan 手術,Mustard/Senning 手術など)を受けた後の心不全症例が多く,解剖学的特徴に加えて,移植前に受けた手術術式に応じた対応が必要である. Fontan 手術後では,上大静脈を肺動脈から切離した後,多くの場合左右肺門部まで広範な肺動脈形成を必要とする585).肺動脈形成の素材として,欧米ではホモグラフトパッチが一般的であるが,わが国では入手困難なため,異種心膜やPTFE パッチなどが用いられる.ドナーの大動脈などを使用することも可能であるが,心筋虚血時間に留意する必要がある.もっとも工夫を要するのが,situs inversus のように大静脈関係が交錯しているものであり,いくつかの方法が報告されている.ドナーの無名静脈を利用して左上大静脈との吻合を行い,左下大静脈はそのまま吻合する比較的シンプルな方法586),ドナー心を右側に回転させて縫合する方法587),などいくつかの方法が報告されている.

5 周術期管理

小児に対する心臓移植の特徴としては,巨大心を移植した場合の管理,先天性心疾患に対する移植後の管理があげられる.また,小児特有の免疫抑制剤の使用法と拒絶の診断における工夫について要点を述べる.

5.1 巨大心を移植した場合の管理

小児の心臓移植においては,レシピエントの体重に対してドナーの体重が3 倍程度までのミスマッチは許容される584).また,レシピエントが肺高血圧を合併している場合は,むしろドナー心臓が大きいことが望ましいといわれている588).一般的に,レシピエントの不全心は体重に比して大きく,心囊内のスペースも拡大しているため,サイズミスマッチがあっても比較的余裕がある場合が多い.しかし,再手術症例などで人工心肺時間が長く,浮腫をきたした場合などは,心臓が心囊内におさまらない場合もある.このような場合は,一期的に胸骨を閉鎖せず,浮腫が改善するまで胸骨開放のまま管理し,二期的な胸骨閉鎖を行う.術後管理上は,心拍出量増大に伴う高血圧が問題となる.術後の高用量ステロイドの副作用と合わせ,術後の高血圧が顕著となる場合があるため積極的な降圧治療が必要になる.移植術後急性期には亜硝酸薬,カルシウム拮抗薬やhANP などの持続点滴治療を用いて降圧を行い,経口投与への移行後には,ACE 阻害薬やARB などの追加治療が

必要となることもある.術後数ヵ月間にわたり頭痛を訴える症例もあり,その場合には,ほかの病態との鑑別を要する.CNI の副作用としてPRES という病態があり,頭痛・視覚障害・意識変容・けいれん発作などを呈する.CNI の容量過多やそれに伴う血圧上昇,腎機能障害などがPRESのリスクとなるため巨大心移植後の高血圧との鑑別が必要となる.

5.2 先天性心疾患における移植後の管理

先天性心疾患に対する移植の場合,これまでに複数回にわたり開心術を繰り返してきたことに起因するさまざまな問題を想定しておく必要がある.高度の癒着,側副血行路,主要な血管の狭窄・閉塞および長年の姑息的な血行動態などがあげられる.その結果,移植術に際しては,その剥離,出血に十分注意し,また,径の異なる血管吻合などを適切に行わなければならない589).また,不良な血行動態の他臓器への影響も術後管理に反映させなければならない.特に長年にわたり使用された利尿剤や,高い中心静脈圧は,腎臓や肝臓の機能に潜在的に影響を与えている.術後の使用薬剤の特性をよく考え配慮すべきである.

5.3 免疫抑制剤の使用法と拒絶診断における 工夫

小児は腎機能が未熟であるので,抗IL-2 受容体抗体(バシリキシマブ)を使用して,早期にCNI の投与量を減量することが望ましい.しかし,現時点ではバシリキシマブの心臓移植に対する保険適用はなく,各施設の判断でofflabel での使用がなされている.成人・小児ともに心臓移植への適用拡大へ向けた取り組みが始まっている.小児においては成長を考慮して,6 ヵ月以内にステロイドを中止する590).成人では心筋生検が標準的検査法であるが,小児例では心筋生検の合併症を避けるために,非侵襲的な診断法を重要視している施設が多い.非侵襲的な検査法として,心臓超音波検査がもっとも重要視され591),左室壁厚,拡張期時間,LVEF,僧帽弁逆流,心嚢液貯留などをスコア化し,移植後経日的に測定してスコアに変化があれば拒絶反応と診断する.近年では,左室の心臓超音波検査所見のみならず,FAC(右室面積変化率)やTAPSE(三尖弁輪収縮期移動距離)といった右室機能の指標と急性細胞性拒絶の関連性に注目されており,経時的な評価が早期診断につながるものと考えられている592).
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6 慢性期管理

小児心臓移植を受ける患児は,幼少期からの心不全症状に伴う身体的・精神的抑圧を経験し,繰り返す入院・検査・治療に伴う苦痛などがその発達・発育に与える影響は小さくない.本来,毎日経験すべき集団生活での同世代の友達とのやり取りは極端に減少し,医療者(大人)とのやり取りが主体となってしまう.その結果,言語性認知能力は維持される傾向にあるが,非言語性認知能力の停滞が問題となる.このような身体的・精神的な後退を心臓移植後に取り戻す努力も重要だが,心臓移植待機期間中に医療者が意識して患児たちと向き合っていく努力が必要である.院内の循環器小児科・心臓血管外科以外の専門医,看護師,チャイルド・ライフ・スペシャリスト,臨床心理士,院内学級スタッフはもとより,地元の小児科医,教育機関との連携も重要である.

幼少期に心臓移植を受けた患児にとっては,移植後の経過年数が長くなればなるほど移植医療を受けたこと,命をつないできた気持ちは遠い記憶となってしまう.中学,高校と進学支援をしていくことと同時に,成人診療科への移行を念頭に,自身の体調を自分で管理できるように,保護者と相談しながら進めていく.診察時の説明を自身で聴取し,家人に説明できるように進めていく必要がある.保護者はこれまでの大変であった闘病生活のため,無意識のうちに過剰な保護につながる傾向がある.この傾向は決して患児の自立を支援するものではないことを誤解なく保護者と共有し,成人診療科への移行を進めていきたい.また,性教育についても感染経路や予防方法を含めて理解できるよう,チームで取り組んでいく必要がある.

なお,感染症,合併症,精神的ならびに身体的成長の問題593)に関しては,1.6 感染症,1.7 合併症,1.8 精神的・身体的成長の問題にそれぞれ詳述した.

第8章 心肺同時移植

1 歴史的側面

世界最初の心肺同時移植手術成功例はスタンフォード大学のShumway とReitz らのグループにより1981 年に実施されたが,それ以来,心肺同時移植は末期重症心肺機能不全に対する確立された治療として行われている594, 595). ISHLT におけるレジストリデータ7)によれば,1982 ~ 2015 年に成人症例に対して実施された心肺同時移植総数は3,879 例に達した.その間,1989 年は年間226 例実施され最多年度となったが,その後は減少に転じ,2005 年以降は100 例未満で推移していた596)(図35) 7).また小児心肺同時移植数についても同様の傾向がある(図36) 7).その理由として,肺高血圧症と心不全のそれぞれの治療が進化したことで,それらの内科的治療と心臓,または肺移

植の組み合わせが可能となり,それにより心肺同時移植を回避できる症例が増えたためと考えられている.

しかしながら,このガイドラインの前身である「2016 年版心臓移植に関する提言」1)が発表されて以降,世界では心肺同時移植実施数が少しずつ増加に転じており,特に症例数の多いハイボリュームセンターにおける年間移植数の増加が報告されている597).2020 年以降には,脳死ドナーからの臓器提供に加え,DCD からの心肺臓器提供が加わっていることも影響している.一方で小児では, 1987 ~2018 年の期間に573 例の心肺同時移植候補者がUNOS に登録されたが,移植実施は209 例であった.この数字は移植待機期間における治療の困難さを物語るものである598).

心肺同時移植の適応としては,成人では特発性肺動脈性肺高血圧が約40% ともっとも多い597).小児でも同疾患が
p.106
23% を占めて598)おり,続いてEisenmenger 症候群を合併した複雑先天性心疾患の割合も13% と高く,Eisenmenger化していない先天性心疾患が11% と続いていた.Eisenmenger 症候群については「成人先天性心疾患診療ガイドライン(2025 年改訂版)」599)に詳記されている. 2 日本における適応基準

日本循環器学会心肺移植適応検討会で定められた適応疾患は,1心機能低下を伴う原発性肺高血圧症を含む肺移植適応肺疾患,2肺高血圧を伴う先天性心疾患

1989 1990 1991 1992

1988 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

(年)

移植実施数300 250

200 150

100 50

0 図35 成人心肺同時移植実施数の年次推移

(International Society for Heart and Lung Transplantation (ISHLT). 2019 7)より)

図36 年齢別小児心肺同時移植実施数の年次推移(International Society for Heart and Lung Transplantation (ISHLT). 2019 7)より)

1988 1989 1990 1991 1992

1984 1985 1986 1987 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

(年)

11~17 6~10 1~5 <1

年齢(歳)

移植実施数65 60

55 50

45 40

35 30

25 20

15 10

5 0
p.107
(Eisenmenger 症候群)で外科的修復が困難か,心機能低下を伴うもの,3肺低形成を伴う先天性心疾患で外科的修復が困難か,心機能低下を伴うもの,4その他,同適応検討会が認めたものである.

2.1 適応条件と除外条件

適応条件としては,1進行した肺疾患により肺移植の適応が考えられる症例において,外科的修復の難しい先天性心疾患や高度心機能低下を伴い,最大限の内科的治療によってもNYHA 心機能分類III ~IV 度に相当する臨床症状から脱しない場合,2高度心不全を呈し心臓移植の適応が考えられる症例において,薬剤抵抗性の不可逆的肺高血圧(NO の吸入またはプロスタサイクリンの静脈内投与でTPG が15 mmHg 以上,または肺血管抵抗が8 Wood 単位以上)を伴う場合,355 歳以下であること,4本人および家族の心肺移植に対する十分な理解と協力が得られていることがあげられる.

Eisenmenger 症候群では,頻回の多量の喀血,薬剤に抵抗性の心室不整脈,心機能不全が認められれば移植を考慮する.わが国では,左室の発育異常または特発性のRCM に高度肺高血圧を伴う例が乳幼児期や10 歳代で散見され,心肺同時移植の適応と判定される例がある.

なお,絶対的除外条件として,肝臓,腎臓の不可逆的機能障害,活動性・全身性感染症,薬物依存症,悪性腫瘍,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)抗体陽性などがある.

相対的除外条件としては,肝臓,腎臓の可逆的機能障害,活動性消化性潰瘍,合併症を伴ったインスリン依存性糖尿病,高度胸郭変形や胸膜の広範な癒着や瘢痕,高度筋・神経疾患,極端な低栄養または肥満,リハビリテーションが行えない,またはその能力が期待できない症例である.本人および家族の理解と協力が得られない,精神社会生活上の重要な障害なども含まれる.

2.2 ドナーの選定

ドナーとレシピエントの適合やレシピエントの選定,また脳死から臓器摘出に至る過程で肺が傷害されている例が多い.さらに,心肺の保存安全許容時間は単純浸漬保存で心臓と同様に4 時間以内である.こうした厳しい条件が背景にあるため,心肺移植に適したドナーのドナー心は,心臓単独移植の場合の約1/4 程度とされる.

適合条件としては,心臓と肺のドナー適応条件の両方を満たさなければならない.心肺移植希望患者は,心臓移植・肺移植の両方のリストに登録され,それぞれの臓器の選定基準に従い,どちらかの1 位に選定された場合にレシ

ピエントとして選定される.

3 手術手技

ドナー手術は胸骨正中切開で心肺に達し,ヘパリンとプロスタグランジン投与後に,上下大静脈を遮断・切開して,血液をドレナージし心臓虚脱後に上行大動脈と肺動脈に挿入したカニューレから灌流液を投与する.心停止後,心肺を一塊として摘出し,冠血管床を保存液で置換後,4°Cの保存水に浸す.

移植手術は,胸骨正中切開下に上行大動脈送血,上下大静脈脱血で体外循環を確立し,心臓を摘出後,左右別々に肺を摘出し,移植グラフトを気管,右房,大動脈の順に吻合する.

先天性心疾患の,大血管転位,大静脈系の走行異常,大動脈縮窄症・離断などの大動脈低形成例では,それに見合ったドナーの血管をドナー心肺とともに摘出する必要がある.また,移植前に体肺動脈シャントやGlenn 手術などの姑息手術歴や,肺に側副血行路がある症例では,術中・術後出血のリスクが高いため注意を要する.

4 移植後管理

免疫抑制薬は心臓移植と同様に3 薬併用療法が基本である.ただし,気管縫合不全を防ぐために術後早期にはステロイドを使用せず,抗胸腺細胞グロブリンを使用する施設が多い.

拒絶反応は心臓と肺で別々に起こるため,適宜,心臓は心筋生検を,肺は各種画像検査と気管支鏡下またはCT カイド下に肺生検を行い病理学的に判定する.気管支肺胞洗浄液の細胞分画も参考にする.肺の拒絶反応は心臓よりも発生しやすく,全体の33% の患者に発生すると報告され,多くは術後4 週以内に起こる.

慢性期には各臓器の移植と同様,CAV や閉塞性細気管支炎が問題となる.これらは遠隔期におけるおもな死因となり,有効な治療法はともに再移植のみである.日常の呼吸機能測定(特に1 秒率検査)や定期的なIVUS が診断に有用である.

近年は,ステロイドを中心とした治療から3 薬併用への進展により,感染症が軽減し,創傷治癒が改善された.し
p.108
移植実施年:1992 ~2017 年

N=2,829

生存率100 75

50 25

0 移植後年数

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25

(%)

図37 成人心肺同時移植後の生存曲線(International Society for Heart and Lung Transplantation (ISHLT). 2019 7)より)

かし,移植肺は解剖学的に神経もリンパ系も遮断されているため,心肺移植は,心臓のみ移植より,高頻度かつ重症の感染症を起こしやすく,特に肺感染症に罹患しやすい.遠隔期に閉塞性細気管支炎をきたすと肺感染症の危険性がさらに高まるため,留意が必要である.

5 臨床成績と日本の現状

成人における心肺同時移植後の治療成績は,2016 年のISHLT による発表において,2004 ~2014 年における生

存率は1 年で63%,5 年で45% で600),2013 ~2023 年においては,それぞれ84%,60% と改善している597).また2019 年のISHLT の発表では,小児を含め,2016 年の報告からより長期のデータが提示されている(図37,38, 39) 7).

日本においては,心肺同時移植はこれまで3 例に実施されている.心肺同時移植の適応となる患者数は限定されているものの,ほかに根本的な代替治療がない現代においては,心肺同時移植は重要な治療の選択肢である.DCD からの臓器提供技術が進化することで,心肺同時移植を必要とする患者に対する移植の機会が増える可能性が高まると

移植実施年:1992 ~2017 年

生存率100 75

50 25

0 移植後年数

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24

1992 ~2001 年 vs. 2002 ~2009 年:p=0.031 1992 ~2001 年 vs. 2010 ~2016,2017 年:p=0.025 2002 ~2009 年 vs. 2010 ~2016,2017 年:p=0.691 1992 ~2001 年(N=1619)

2002 ~2009 年(N=743) 2010 ~2016,2017 年(N=467)

(%)

図38 成人心肺同時移植の時代別生存曲線(International Society for Heart and Lung Transplantation (ISHLT). 2019 7)より)
p.109
移植実施年:1992 ~2017 年

生存率100 75

50 25

0 移植後年数

0 1 2  3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

1992 ~2001 年(N=281) 2002 ~2009 年(N=108) 2010 ~2016,2017 年

(%)

図39 小児心肺同時移植の時代別生存曲線(International Society for Heart and Lung Transplantation (ISHLT). 2019 7)より)

考えられる.

また,多臓器移植においては,現在,日本では膵臓・腎臓同時移植が広く行われており,肝臓と腎臓,肝臓と小腸などの組み合わせ移植も少数ながら実施されている599).

一方,海外では,心臓と肺,心臓と肝臓,心臓と腎臓の同時移植は治療の選択肢として確立され,適応の適格化と

周術期管理の習熟により治療成績は改善している.今後わが国でも,多臓器移植でしか救うことができない患者に対する治療法として,さらなる検討が進むことが期待される.

第9章 心臓移植と社会

1 移植医療の普及啓発

1.1 移植医療の特殊性

移植医療は,移植医療を受ける患者とその医療行為を提供する二者間でのみ成り立つのではなく,臓器提供者(ドナー)の存在により成立する医療である.第三者の善意による臓器の提供がなければ成り立たず,提供施設の協力も必要で,一般市民への普及啓発や臓器搬送時には行政機

関も関わることになるため,移植医療が社会に普及していくには医療全体に対する理解と信頼を得ることが不可欠である.

心臓移植などの脳死下臓器提供の場合,ドナーの多くは脳死発生の数日前までは元気に生活していた人である.不意に訪れた不幸の死に対し,残された家族は臓器提供の可能性を考えることになる.臓器提供や移植医療について,健康な人も常々考え,自分の意思を家族と共有しておく必要がある.
p.110
1.2 改正臓器移植法施行後の普及啓発601)

2010 年7 月17 日に改正臓器移植法が施行され,本人の意思が不明な場合にも家族の承諾があれば脳死下の臓器提供ができるようになった.このことにより,15 歳未満であっても脳死下の臓器提供が可能となり,小児の移植の道が開かれた.よって,法改正後は,家族が臓器提供について判断するときに迷いや不安のないように,本人の意思表示促進や家族間の話し合いの重要性を啓発することを重要視している.

意思表示は,「臓器を提供する」という意思だけではなく,「臓器を提供しない」という意思も表示でき,どちらの意思も尊重される.提供する意思の表示は,民法上の遺言可能年齢である15 歳以上が有効であるが,提供しない意思は何歳からでも有効である.そのほか,提供したくない臓器の選択や特記欄には組織提供や親族優先提供の希望などを記入することができる.また表示した意思はいつでも何度でも変更可能である.基本的に本人の意思が尊重されるが,最終的には家族の承諾がなければ臓器提供は行われない.

現在の臓器提供の意思表示方法としてはおもに3 種類ある.1マイナンバーカード,運転免許証の意思表示欄への記入,2インターネットによる意思登録,3臓器提供意思表示カードに記入,である(図40) 602).そのほか,JOTを中心に各種リーフレットの配布,ポスターの掲示,インターネットやテレビ,交通での広告,市民向け講演会などを通じて広く国民へ意思表示を促す取り組みがなされている.特に,毎年10 月は臓器移植普及推進月間で,国や地方自治体と連携をとりながら,臓器移植推進国民大会の開催や,移植医療のシンボルであるグリーンリボンのキャン

ペーン実施などにより,多くの人たちに臓器移植について理解を深める普及啓発を行っている.

さらに,子供のころからいのちの大切さや臓器移植を正しく理解してもらえるよう,幼少期から高校,また大学での教育,さらに社会人向けには理解と関心を深めるための取り組みを行っている.昨今は,中学校道徳の教科書にも生命の尊さをテーマに,臓器移植に関する内容が掲載されている603).

さまざな普及啓発活動がなされているものの,2021 年の内閣府「移植医療に関する世論調査」22)によると,臓器を提供したい人の割合は約40% であるのに対して,意思表示を行っている割合は約10%と依然として低い結果であった.

臓器移植について,臓器を「提供する」「提供しない」,あるいは臓器移植を「受ける」「受けない」といった個々の意思が適切に示され,その意思が尊重され,提供される臓器が移植で救える命に適正につなげられる社会を構築するための普及啓発が,より一層必要であろう.

2 患者の社会への受け入れ

2.1 社会復帰

心臓移植は心臓を提供してくれるドナーの存在があってはじめて成り立つ医療であり,ドナーやその家族が協力してくれたことへの感謝の念を忘れてはならない.心臓移植によって重症だった心臓は,レシピエント(患者)心から移植心へと入れ替わることで,心機能や身体能力は劇的に改善する.それゆえに,心臓移植後は,積極的な社会復帰,社会貢献を患者に期待したいが,実際には約6 ~7 割程度の患者しか移植後の社会復帰が達成されていないのが実状であり,ほかの臓器移植後の成績とは大きな乖離がある604).

その背景には,ほとんどの患者は心臓移植を受ける前から長期に渡り重症心不全に罹患しているため,運動能力の低下や臓器障害が進行しており,満足な就労活動が行えていないことが多くある.一般的には移植後数ヵ月から半年以降には就労可能とされている.しかしながら,心機能は移植によって劇的に改善しているものの,運動能力の低下や移植前から長期間離職していたことによる自信の喪失は,

かならずしも移植後に改善するとはいえない.また高齢化の図40 臓器提供の意思表示の方法

(公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク602)より)
p.111
問題,さらには就職先が心臓移植患者に対する理解が十分ではないこともあり,移植後の就労への壁は低くない605).

しかし,移植前のVAD 装着中から就労を継続できていた患者は,移植後も復職できることが比較的多いため,移植前から可能な範囲で社会との繋がりを残しておくことが肝要と考えられる529).身体障害者の枠を利用したり地元のハローワークを積極的に利用したりすることも有効である.障害福祉サービスによる就労支援事業などを利用するのもよい.一方で心臓移植後の患者に対して一定の配慮が必要なことも事実であり,社会への啓発活動に力を入れていく必要もある.

2.2 身体活動

心臓移植後は心機能が劇的に改善するため,日常の身体活動は大幅に広がることになる.移植前にVAD を装着していた場合はドライブラインやデバイスの管理などさまざまな制約があったため,これらの制限からも解放されることになり,さらにQOL が向上する606).一方で,長年心不全を患っていたために全身の骨格筋筋肉は著しく低下しており,心機能が改善している割に運動耐容能はかならずしも期待通りではない点にも注意を要する607).心臓移植によって心臓は除神経化されており,運動中に心拍数追従が不十分であったり,また運動後の心拍数の低下に時間がかかるため,注意を要する608).これらの問題は積極的に運動に従事したり,心臓リハビリテーションプログラムに参加したり,時間経過とともに心臓神経が発達するにつれて改善していく502, 609).家族や職場は,心臓移植後,ただちに運動耐容能が健常人と同等になる訳ではない点を理解する必要がある.

2.3 日常生活

日常生活を送るうえでの注意点や禁止事項を表32 に記す.心臓移植後,心機能自体は改善していても運動耐容能や骨格筋筋力はかならずしも正常化しておらず,健常人と同等ではない点に本人も周囲も理解しておく必要がある.

健常人との相違として重要なことに,免疫抑制剤を終生にわたって内服することがあげられる.

生活面では,禁酒禁煙を遵守して規則的な生活を送り,免疫抑制剤をはじめとする内服を決められた時間に服薬する必要がある.また周囲もその配慮が必要である.移植後は,易感染性の状態にあるため,特に術後早期の免疫抑制剤の服用量が多い時期には表32 に示す,生ものの摂取やペットの飼育などの禁止事項のみならず,手洗い・うがいの励行,また住居や職場も清潔に保つなどの注意事項も徹底が望ましい.

免疫抑制剤としてEVL を内服している場合は創傷治癒が遅延しており,侵襲的な治療を行う際には配慮が必要となる610).妊娠や出産に関しては専門医との十分な事前協議が必要であり611),免疫抑制剤によっては胎児へ悪影響を与えるものもある.具体的には,MMF は形態異常誘発性をもつことが知られており,妊娠初期への投与は行うべきでないと考えられている.CNI は形態異常誘発性・胎児毒性のいずれも強くはなく,かならずしも禁忌とは考えられていない.一方で,心臓移植患者における妊娠・出産は拒絶反応の発生率を上昇させることが知られており,妊娠・出産の可否について主治医と十分に検討したうえで計画する必要がある.

表32 心臓移植後の注意・禁止事項

注意事項

免疫抑制剤の定期的な内服手洗い・うがいの徹底住居や職場を清潔に保つ妊娠・出産は主治医と相談するバランスの取れた食事を心がける適度な運動習慣を心がける禁止事項

生もの摂取飲酒・喫煙や暴飲暴食免疫抑制が強い時期のペットの飼育グレープフルーツジュースの摂取
p.112
第10章 今後の課題

1 DCD の可能性612-618)

わが国における心臓移植医療は,重症心不全治療の一環として確立され,心臓移植候補の選定,心臓移植ドナーの出現からドナー心摘出までの手順,摘出手術,ドナー心の運搬,心臓移植実施施設での移植手技,移植後の術後管理,免疫抑制剤の管理,その後の社会復帰のプロトコールは各施設で体系化され,粛々と移植医療が行われているのが現状である.

現在の心臓移植医療の大きな妨げとなっているものは,心臓移植のドナー不足である.わが国の臓器移植は,2010年の法改正後ドナー数の増加もあり,心臓移植の件数は増加したが,心臓移植待機患者数も年々増加しており,相対的にドナー不足は全く解消されておらず,深刻な問題である.しかし2023 年には,その前年と比較すると顕著にドナーが増加し,心臓移植の実施件数もはじめて100 例を超え,今後さらなる提供数の増加に期待がもたれる.

海外でもドナー不足は深刻な問題であり,その対策の1つとして脳死後臓器提供(donation after brain death: DBD)に加えて,DCD による心臓移植を積極的に導入し,ドナー数の確保に努めている国も多数ある(図41).わが国でもDCD からの臓器移植は,腎臓,角膜,膵臓で行われているが,DBD の増加に反して,DCD 提供数は,2010年の改正後,むしろ減少の一途である.海外では,スペイン,英国,米国を中心にDCD の件数を伸ばしている.

DCD のドナーは,計画的生命維持治療の中止(withdrawal of life support therapy: WLST)を伴うcontrolled DCD(cDCD) (modified Maastricht classification III)が主体である.このcDCD では心停止による温阻血時間が不可避であるため,心臓移植を成功させるためには,その過程で機械的体外灌流(ex vivo Machine Perfusion: EVMP)による移植前の心拍の再開と評価が必要である.心臓摘出と評価の方法は,2 種類あり,DPP(Direct procurement and perfusion)とNRP(normothermic regional perfu- sion)である(図42).

DPP は,手術開始し開胸後に速やかに心筋保護液を注入し,心臓採取を行い,EVMP(Transmedics 社[米国]のOrgan Care System がおもに使用されている)を装着し,心拍動を再開させ,心機能の評価を行い移植の可否を決めるものである.

NRP は心停止後に脳循環を遮断したうえでVA-ECMOを導入し,心拍動が戻るのを確認し,移植心としての使用の可否を評価,心臓採取を行う.その後の保存・搬送方法は通常通りの氷冷保存法や,近年では虚血時間の短縮を目的に前述のOrgan Care System やXVIVO 社(スウェーデン)が提供するXVIVO Heart Assist Transport TM を使用した持続冠灌流法が試みられている.

DCD 心臓移植の成績に関しては,2023 年のNew England Journal of Medicine でも報告されているが,6 ヵ月後の生存率においては,DBD とDCD の差はないとされている.そのほかの報告でもDCD が劣っているとの報告

図41 DCD のふたつの形態Uncontrolled DCD(左図)とは,予期せぬ心停止や到着時心停止の状態を指す.おもに救急外来でみられる. Controlled DCD(右図)とは,脳死判定には合致しないが,不可逆的で致命的な脳障害を負った患者において家族の同意のもと,計画的に生命維持治療を中止し,予測時間内(通常は30 分以内)に起こる循環停止を指す.おもに集中治療室でみられる.

おもな実施場所

●	 到着時心停止●	 予想外の心停止

集中治療室救急外来

Uncontrolled DCD Controlled DCD

●	 計画された治療の中止●	 予測時間内(通常30 分以内)の心停止
p.113
図42 心停止後心臓移植の流れControlled DCD において家族の同意のもと,計画的に人工呼吸器の離脱など,生命維持治療を中止する.その後既定の時間内に循環停止

*が起こった際, 死亡宣告を行う.一定の観察時間

*をおいて循環の再開が起こらない場合,手術室へドナーを移送し手術を開始する. Normothermic Regional Perfusion(NRP)法(左図)においては,可及的速やかにVA-ECMO を開始し,脳循環を遮断した状態で冠灌流を再開する.その後心拍動の再開を確認,心機能の評価を行う.移植心としての使用が可能と判断した場合,心保護液を注入し,再度心停止を誘導し,心摘出を行う.摘出後は氷冷保存もしくは持続冠灌流法を用い,実施施設へ搬送,移植手術を行う.一方Direct Procurement and Perfusion(DPP)法(右図)では開胸した後,速やかに心筋保護液を注入し,心摘出を行う.その後Transmedics社のOrgan Care System(OCS)に代表される機械的体外灌流装置を装着し,冠灌流を再開,心拍動および心機能の確認を行う.本装置では心拍動を維持したまま実施施設まで搬送が可能であり,適当と判断されれば移植手術が行われる. * 定義や期間は国や地域により異なる.心停止液注入

心摘出

NRP DPP

補助循環による冠灌流再開

心拍再開心機能評価

移植施設へ輸送

脳循環の遮断補助循環(VA-ECMO)の確立

心拍再開心機能評価

心停止液注入

心摘出

移植施設への移送生命維持治療の中止

心停止

死亡宣告観察時間

手術室へ移送

手術開始

Alamouti-fard E, et al. Cureus 2022;14:e26437. DOI: 10.7759/cureus.26437 © 2022 Alamouti-fard, et al. CC BY 4.0

Loforte A, et al. Ann Cardiothorac Surg 2024;13:522-30. DOI: 10.21037/acs-2024-dcd-26 CC BY-NC-ND 4.0
p.114
はない.

DCD 導入の課題としては,死後のVA-ECMO やEVMP などの臓器保護のための医学的問題,生命倫理的,社会的な問題などがあり,実現に向けての整備には,時間を要するものと思われる.しかしながら,潜在的DCD 候補の推定人数などの把握,DCD 導入において障害となる課題の特定は遅滞なく行えると考えられる.

2 移植内科医の必要性

心臓移植は心臓外科単独で行われる治療ではなく,長い慢性心不全管理を経て心臓移植希望登録ののちに,年余に渡る移植待機を乗り越えて行われるものである.心臓移植を行ってからは,終生に渡って免疫抑制剤治療を継続する必要がある.心臓移植術そのものは心臓外科医によって行われるが,上記の一連の過程の大部分は内科医によって連続的に行われるべきである.

しかしながら,現状はさまざまな問題点があり,かならずしも満足な医療体制が整えられていない.近年,日本移植学会では2020 年に移植内科医育成を目的としたtransplant physician 委員会が設立され,2023 年には「内科医のための臓器移植診療ハンドブック」619)が出版されている.

2.1 移植登録前の管理

心臓移植希望登録を行うに際して,最大限の内科治療に抵抗性を示す重症心不全の存在が要求される一方で,重症心不全に合併するほかの臓器障害は,最低限で可逆的であることが要求されている.肺高血圧症や慢性腎臓病などを適切に管理しておくことが心臓移植後の予後改善にも寄与することが明らかである620, 621).したがって,心臓移植後の管理を念頭に置いた心不全管理を行うことができる内科医の存在が必要不可欠である.また,適切な患者に適切なタイミングで移植希望登録を行うために,心臓移植適応に関する知識の普及など広く啓発活動を行っていくことも内科医の重要な責務である622).

2.2 移植適応判定

施設内適応検討委員会と日本循環器学会心臓移植適応検討部会の二段階審査を経て心臓移植希望登録が行われる.いずれも移植医療に精通した内科医の存在が必要不可欠であり,医学的な側面のみならず,心臓移植後の自己管

理が問題なく行えるかどうか,患者の社会的側面も含めて多職種で慎重な議論が行われる.ここでも,慢性心不全を管理するなかで患者の特性を総合的に把握できる内科医の存在が重要な役割を担っている.

2.3 移植待機中の管理

数年におよぶ待機期間中の管理でも,移植後を念頭においた内科医による一貫した関わりが必要不可欠である.大部分の患者はこの待機期間中にVAD 治療を受けることになる623).できるだけ移植後の管理に支障がでないように,主要臓器の障害や脳卒中,感染症などのVAD 関連合併症を未然に回避する精緻な管理が内科医に委ねられている624).

しかし,内科的な管理だけでは限界があり,適宜外科医と協力して最善の管理を目指す必要がある.また,在宅管理を行ううえでは,移植コーディネーターや臨床工学技士,看護師,栄養管理士,リハビリテーション専門職など多職種でチームを組んで多面的なアプローチを行う必要がある.移植希望待機中は移植前カンファレンスが定期的に開催され,内科医を含む多職種間でそれぞれの患者の問題点を共有する.

2.4 移植後の管理

心臓移植が行われる際には,レシピエントの腎機能や感染症の有無,ドナー・レシピエントのHLA マッチングなどを考慮して周術期の免疫抑制剤のレジメを決定する.特に移植直後は,腎機能・心機能・感染症の程度や免疫抑制剤の血中濃度をモニタリングしながら薬物治療を行う.

中長期的な管理としては,免疫抑制剤の調整やその副作用への対策と対応,感染症の予防とその治療,拒絶反応に対する定期的なスクリーニングとその治療がある.さらに, CAV の予防・スクリーニング・治療,悪性腫瘍のスクリーニングやその管理など,非常に多岐にわたる.

現状では,専属の医師を確保することは困難であり,多くの場合は心不全患者などの管理と掛け持ちすることが実情で,移植後の管理に精通している循環器内科医は限られている.学会での講演や出版物などを通じてその必要性を継続的にうったえることが重要であり,本ガイドラインがその一助となることに期待したい.
p.115
3 心臓再移植

JOT によれば,2024 年時点で,再移植希望登録された患者数は5 例のみ(2023 年12 月末時点で,国内移植からの再登録2 例,海外移植からの再登録3 例)とまだ非常に少なく,日本において心臓再移植が施行された症例はいまだない.しかし,日本における心臓移植が現行法の下で27年を経過し,移植患者数が900 人を超えることから,今後心臓再移植が必要となる症例は徐々に増加することが予想される.

心臓再移植の疫学や成績については,海外からのデータが必要とされる.UNOS からのデータを用いた臨床研究によると,2005 ~2020 年の間に1189 例の心臓再移植手術が施行され,そのおもな原因はCAV が50% 以上を占めていた.また,免疫抑制剤による腎障害の進行が併発することがあり,1189 例中251 例が心腎同時移植を受けている.近年,心腎同時移植の割合は増加傾向にある.再移植後の5 年生存率は心臓単独再移植で69%,心腎同時移植で81% であった625).

さらに別の報告によれば,2006 ~2016 年までの10 年間に米国で心臓再移植を受けた18 歳以上の464 例のうち,再移植の原因はCAV が249 例,PGD(primary graft dysfunction)が56 例であった.383 例は再移植前に機械的循環補助を受けておらず,29 例がECMO,完全置換型人工心臓が13 例,植込型LVAD が13 例,体外型LVADが25 例であり,ECMO 補助からの心臓再移植の成績は不

良であった626) .心腎同時移植がまだ施行されていない日本においては,腎機能障害により心臓再移植が困難な症例が存在する可能性がある.心臓再移植が必要な患者が増加してきた場合,心腎同時移植の可能性についても検討する必要がある.

4 渡航移植

JOT の集計によると,1996 ~2023 年の間に日本で心臓移植希望登録をした後,海外で渡航移植を行った患者数は75 人であった.内訳として,0 ~9 歳が26 人,10 ~19歳が22 人と,20 歳未満が多くを占めている.15 歳未満での心臓移植が可能となった改正臓器移植法が施行される前の2010 年以前が40 人と過半数を占めているが,改正臓器移植法施行後も年間1 ~5 人程度が渡航移植を受けている.

人種により心臓移植後の成績が異なることはUNOS のデータからも示されているが,アジア人についての成績はほとんど報告されていない.ドナーとレシピエントの人種が異なることが移植後の生存率に与える影響については,レシピエントの人種差に比べて非常に小さいと報告されている627).いずれにせよ,渡航移植に依存する必要のない移植体制の確立が必要であり,ドナー数増加のための政策が不可欠である.
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本ガイドラインは,心臓移植について診療指針を記述しておりますが,心臓移植を受けられる患者さんやそのご家族にも心臓移植のことをよく知っていただく必要があると考え,本項では,心臓移植の適応や移植待機期間中および移植後の日常生活における注意事項について,情報提供させていただきます.本項を通じ,心臓移植という治療が広く市民に認知され,それによって救命される重症心不全患者さんが増える一助となることを願っております.

臓器提供とはどのようなものですか?

臓器移植には,健康な方の臓器の一部を提供していただく生体臓器移植,心停止後の方から臓器を提供していただく心停止下臓器提供,脳死(心臓はまだ止まっていないが,脳全体の機能は停止し回復が見込めず,まもなく心臓も停止してしまう状態)後の方から臓器を提供していただく脳死下臓器提供があります.現在確立している心臓移植は脳死下臓器提供によるものです.

日本では,2010 年の「改正臓器移植法」施行後,脳死状態の方が生前に臓器提供拒否の意思表示をしていなければ,ご家族の同意で脳死下臓器提供が可能となり,15 歳未満の小児からも脳死下臓器提供が可能となりました.

ご自身が脳死あるいは心停止の状態になったときに「臓器提供したい」あるいは「臓器提供したくない」という意思をあらかじめ示すことが可能で,マイナンバーカード,運転免許証に記載欄があります.市区町村の役所,保健所,郵便局,運転免許試験場,一部のコンビニエンスストアなどでは臓器移植提供の意思表示カードが無料配布されています.公益財団法人 日本臓器移植ネットワーク(JOT)のホームページには,臓器提供の意思を登録できるページもありますので活用してください.また,臓器提供についてご自身の考えをご家族に伝え,よく相談しておくことも大切です.

なお,ご本人に臓器提供の意思があっても,臓器の状態や病院の機能,ご家族の拒否など,さまざまな条件により臓器提供が叶わない場合もあります.

心臓移植を受けるのは,どのような病気の人ですか?

特発性心筋症,心筋梗塞,心臓弁膜症,一部の先天性心疾患などの基礎心疾患があり,現在の内科的・外科的治療を十分尽くしても病状が回復しない重症心不全の患者さんが,心臓移植の対象となります.

心臓移植が必要な患者さんは,主治医から移植実施施設に紹介されます.移植実施施設では,心臓移植の適応判定に必要な全身検査を行い,検査結果やこれまでの治療経過を踏まえ,心臓移植以外に治療手段がないか,心臓移植が行えない条件がないか,複数の専門医が慎重に検討します.患者さんは心臓移植について十分な説明を聞き,治療を受けることに同意された場合には,移植実施施設から日本循環器学会の心臓移植委員会に審査を依頼します.委員会の承認

Q1

Q2市民・患者への情報提供
p.117
が得られれば,JOT に心臓移植希望者として登録されます(国立循環器病研究センター,大阪大学医学部附属病院,東京大学医学部附属病院,九州大学病院の4 施設は,日本循環器学会の審査を経ずに成人の患者さんを登録できます).

心臓移植待機期間中は,どのような生活を送りますか?

JOT に登録後は,登録からの経過日数,年齢,医学的緊急度などから心臓移植の順番が決まります.心臓移植は,脳死に至った方から善意の臓器提供があって初めて成り立つ医療です. 2010 年に改正臓器移植法が施行され,脳死下臓器提供の件数は増加しましたが,それを上回る数の心臓移植希望者が待機している状況が続いており,最近の待機期間は約5 年に及びます.そのため,大半の患者さんは植込型補助人工心臓(VAD)を植え込んだ状態で自宅待機することになりますが,VAD を植込み後も心不全の薬物治療は継続されます.VAD を植込み後は,接続部の感染や,血栓予防のため抗凝固薬の内服が必須となるため,出血の合併症にも留意します.状態が安定していれば,就学や就労も可能ですが,日常的な付き添いや,非常時の機械操作の習得など,ご家族や周囲の協力が不可欠です.待機期間中の生活習慣管理も治療の一環と考え,規則正しい生活を心がけてください.

また,心臓移植後は,生ワクチンの接種ができなくなるため(季節性インフルエンザウイルスをはじめとする不活化ワクチンの接種は可能です),待機期間中に各種感染症の予防接種を受けることを推奨します.基礎心疾患の特性上VAD 植込みが向かない患者さんや,体格が小さくVAD 植込みができない小児の患者さん,VAD 植込み後も強心薬の持続点滴を要するような患者さんは,入院にて心臓移植まで待機します.

心臓移植の機会は突然に訪れます.夜間や休日に連絡が来ることもあるので,いつでもすぐに対応できるよう,あらかじめ移動手段や入院準備についても話し合っておいてください.入院後は必要に応じ術前検査を行い,ドナーの心臓が到着し次第,移植手術が行われることになります.心臓移植の順番が回ってきても,ドナーの血液型や体格など,さまざまな理由でドナーの心臓が患者さんに不適合だと判断された場合には,機会を見送ることもあります.

心臓移植後も,治療の継続が必要ですか?

心臓移植後は心機能が戻り,日常生活の制限が大幅に緩和され,社会復帰される患者さんも多くいらっしゃいますが,検査や治療から完全に解放されるわけではありません.

元来「他者」である移植後の心臓を,ご自身の免疫機構が「異物」と判断し,排除しようと攻撃することを拒絶反応といい,拒絶反応が起こらないよう,免疫抑制薬をはじめとする複数の薬剤を,生涯内服し続ける必要があります.免疫抑制薬の血中濃度を適切に保つために血液検査を行い,内服量の調整を行うため,定期的な通院も必要です.生活環境が変化しても,規則正しい生活を心がけ,指示通りに服薬することを怠らないようにしてください.薬を飲んだが吐いてしまった場合,飲み忘れた場合は必ず移植施設に連絡し,指示を仰いでください.また,施設によりスケジュールは多少異なりますが,拒絶反応の診断のため,移植後1 カ月までは毎週,3 カ月までは2 週間毎,半年までは毎月,その後年に1 ~2 回の心筋生検を行い,その都度入院が必要になります.

免疫抑制薬を服用中の患者さんは,免疫力が低下しているため,感染症にかかりやすくなり,敗血症などの重篤な感染症では,命を落とすことも考えられます.そのため,日頃から手洗い・うがい,マスク着用などの基本的な感染予防対策は怠らないようにし,風邪や小さな怪我も,自己判断で対処せず,移植実施施設に相談してください.動物との接触も,許可できない場合

Q3

Q4
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があります.

感染症予防や内服薬との相互作用の観点から,摂取を避けるべき食品の一例をあげます.・生の肉・魚(刺身),にぎり寿司・ドライフルーツ・発酵食品(生味噌類・納豆)・カビを含んでいるチーズ・アルファルファ豆他,種の新芽・生の木の実(くるみ,アーモンドなど)・自家製の漬け物・賞味期限切れの食品・調理後2 時間以上たった食品・食べ残し,飲み残し・煮沸していない漢方薬・グレープフルーツジュースそれ以外にも,1 回ずつ使い切れる個別パックになっているものや,無菌充填・加熱殺菌などの表示があるものを選ぶなどの工夫をしてください.
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付表1:免疫抑制治療プロトコール成人

投与例1投与例2投与例3

CNI Tac術後早期術後1 日目夕より0.06 ~0.3 mg/kg/ 日(分2)の経口もしくは胃管投与を開始.

胃管投与不能例:1 mg/ 日で持続静注を開始.第1 病日より0.01 ~0.015 mg/ kg/ 日の持続静注を開始.第3 病日より経口投与へ移行,内服したタイミングで静注薬を即時終了.内服量は,0.05 ~0.08 mg/kg/ 日(分2)を目安に,それまでの静注

量や血中濃度の結果も踏まえ容量を調整.・ トラフ値が安定するまで,術後1

~2 週間は連日血中濃度測定をし,調整する.術後2 ~3 日より1.0 mg/ 日(分2)で経口もしくは胃管投与を開始.胃管投与不能症例 :経口投与量の1/5 ~1/3 量で持続静注.・腎機能やバシリキシマブ使用有

無に合わせて適宜調整.

目標血中濃度(C0) 12 ~14 ng/mL (C0) 10 ~15 ng/mL (C0) 9 ~12 ng/mL

術後1ヵ月以降目標血中濃度(C0)1 ~6 ヵ月:10 ~12 ng/mL

6 ヵ月~1 年:8 ~10 ng/mL 1 ~10 年:8 ng/mL 10 年~:6 ~8 ng/mL (C0)1 ~3 ヵ月:10 ~15 ng/mL

3 ~6 ヵ月:8 ~12 ng/mL 6 ~12 ヵ月:5 ~8 ng/mL 1 年~:5 ~7 ng/mL (C0)術後~1 年:10 ~12 ng/

mL 1 ~3 年:8 ~10 ng/mL 3 ~5 年:8 ng/mL 前後5 ~10 年:6 ~8 ng/mL 10 年~:5 ~7 ng/mL

CyA術後早期術後1 日目夕より100 mg/ 日(分2)経口もしくは胃管投与を開始.胃管投与不能症例:サンディミュン注1 mg/kg/ 日で持続静注を開始.

第一選択はTac プロトコール.術後1 ~2 日目尿量確保を確認後, 6mg/kg/ 日(分2)経口投与を開始し目標に達するまで漸増.

第一選択はTac プロトコール.第1 病日より1.0 ~1.5 mg/kg/日の持続静注を開始.第3 病日より経口投与へ移行,内服したタイミングで静注薬を即時終了.内服量は,5 ~8 mg/kg/ 日(分2)を目安に,それまでの静注量や血中濃度の結果も踏まえ容量を調整.・ トラフ値が安定するまで,術後1

~2 週間は連日血中濃度測定をし,調整する.

第一選択はTac プロトコール.

目標血中濃度(C0) 160 ~180 ng/mL (C0)200 ~350 ng/mL (C0)300 ~350 ng/mL

術後1ヵ月以降目標血中濃度(C0)1 ~3 ヵ月:160 ~180 ng/mL

3 ~6 ヵ月:130 ~150 ng/mL 6 ~12 ヵ月:100 ~130 ng/mL 1 ~10 年:100 ng/mL 10 年~:80 ~100 ng/mL (C0)術後~3 ヵ月:200 ~350

ng/mL 3 ヵ月~:150 ~250ng/mL・ バシリキシマブを投与した場合

は,術後1 ~2 週より循環状態・腎機能の安定を確認して開始. (C0)1 ~3 ヵ月:250 ~300 ng/

mL 3 ~6 ヵ月:200 ~250 ng/ mL 6 ~12 ヵ月:150 ~200 ng/ mL 1 年~:80 ~120 ng/mL

核酸合成阻害薬MMF術後1 ~2 日目経口可能となれば2000 mg/ 日(分2)で開始.・副作用が出現すれば減量.術後1 日目夕より500 mg/ 日(分2)で経口もしくは胃管投与を開始.白血球減少や下痢がなければ,第2 ~3 病日には1000 mg/ 日(分2)に増量.その後,白血球減少に注意し,最大2000 mg/ 日まで増量.・ 体重50 kg 未満:1000 ~1500

mg/ 日まで増量.第2 病日より500 mg/ 日(分2).第3 病日に1000 mg/ 日(分2).副作用がなければ数日後に1500 mg/ 日(分2)に増量.体格に合わせて1500 ~2500 mg/ 日(分2)まで増量.・DSA 陽性症例では増量.・消化器症状,血球減時は減量.・ 1 年以降の遠隔期やCNI,EVL
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付表1:成人(続き)

投与例1投与例2投与例3

核酸合成阻害薬MMF・ 体重50 kg 以上:1500 ~2000

mg/ 日まで増量.との3 剤併用で使用する場合に

は500 ~1000 mg/ 日(分2)で使用することも少なくない.

AZP投与基準1 ~2 mg/kg で経口投与.・ 挙児希望のある女性に対しMMF やEVL

より変更.原則的に使用しない. 100 mg または2 mg/kg/ 日(分2)で経口投与.・ MMF 副作用が高度,かつEVL

への変更も困難な時のみ使用.・ 例外的にではあるが,挙児希望のある女性に対して事前の十分なカウンセリングのうえで使用することがある.・ 使用前にNUDT15 遺伝子変異を

確認する.

m T O R阻害薬EVL投与開始日(目安)下記適応症例においてMMF をEVL に変更.移植後8 週以降で経口投与. MMF による副作用が高度で代替法がなく,創部の状態が良好な場合には,より早期の導入も検討.術後3 ヵ月以降に経口投与開始.

投与基準・ 移植心冠動脈病変のハイリスク症例:高

齢者ドナーや冠動脈病変を有するドナーの場合.・ CNI による腎機能障害の症例.・ 拒絶反応のハイリスク症例:高PRA 症例,反復もしくはステロイド不応の拒絶反応を認める症例.・EBV 感染例,CMV 感染例.・悪性腫瘍,またはその既往.腎機能障害,血球減少,CAV, CMV 感染症,DSA 陽性,繰り返す拒絶反応.腎機能,CAV,悪性腫瘍の有無など個々の状況に応じて投与を考慮.

投与量EVL(サーティカン)1.5 mg/ 日(0.75mg2錠分2)より開始,同時にMMF を500 mg/ 日(250 mg2 錠分2)に減量. 1 週間後にトラフ値を測定し,3 ng/mLを超えたらMMF 中止.目標血中濃度(トラフ値):3 ~8 ng/mL. 1.0 mg/ 日( 分2) で開始.目標トラフ値5 ng/mL 前後. (C0) Tac と併用: 6 ~8 ng/mL RAD 単独の場合(悪性腫瘍など治療時):8 ~10 ng/mL(必要に応じてステロイドと併用).

ステロイド減量プロトコール手術開始時,血流再開直前:MP 各500 mg静注.術後24 時間:MP 125 mg を8 時間ごとに3 回静注.術後1 日:MP 1 mg/kg/ 日(分2).術後2,3 日:MP 0.875 mg/kg/ 日(分2).術後4,5 日:MP 0.75 mg/kg/ 日(分2).術後6,7 日:MP 0.625 mg/kg/ 日(分2).術後8,9 日:MP 0.5 mg/kg/ 日(分2).術後10,11 日:MP 0.375 mg/kg/ 日(分2).術後12 日以後:MP 0.25 mg/kg/ 日(分2).周術期のMP は20 mg/ 日まで減量後は術後3 週まで20 mg/ 日で維持.以降,心筋生検で拒絶がなければPSL 内服に変更し漸減していく.術後3 週~:PSL 17.5 mg/ 日術後5 週~:PSL 15 mg/ 日以後,心筋生検スケジュール(術後7 週, 11 週,4.5 ヵ月,6 ヵ月,9 ヵ月,1 年, 1.5 年...)ごとに拒絶がなければ2.5 mgずつ減量し中止する.再灌流直前:人工心肺回路内にMP 1000 mg. ICU 入室後:MP 125 mg を8 時間ごとに3 回静注. 24 時間以降:PSL 20 mg/ 日静注(経口可能となれば内服へ移行).

24 時間~4 週:PSL 20 mg/ 日. 4 ~6 週:PSL 15 mg/ 日. 6 ~8 週:PSL 12.5 mg/ 日. 8 ~10 週:PSL 10 mg/ 日. 10 ~12 週:PSL 7.5 mg/ 日. 3 ヵ月~1 年:5 mg/ 日. 1 ~2 年:2.5 mg/ 日. 2 年~:中止ICU 入室後:MP 125 mg を8 時間ごとに3 回静注.以降,PSL 経口もしくは胃管投与(分1).

4 週まで:20 mg. 4 ~6 週:15 mg. 6 ~8 週:12.5 mg. 8 ~10 週:10 mg. 10 週~3 ヵ月:7.5 mg. 3 ヵ月~: 5 mg.有害事象がなければ5 mg を継続.・ それぞれ,心筋生検で拒絶反応

を認めないことを確認後に減量.
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投与例1投与例2投与例3

導入免疫抑制療法バシリキシマブ20 mg/ 回静注. 1術中(体外循環終了後3 時間以内)もしくは術直後. 2術後4 日目に静注. 20 mg/ 回静注. 1術当日. 2術後4 日目. 20 mg/ 回静注. 1術当日止血確認後. 2術後4 日目.

投与基準高齢ドナー・レシピエント,小児,移植前肝腎機能障害症例,高PRA または抗ドナーHLA 抗体陽性などでAMR リスクが高いレシピエント.腎障害でCNI 開始を遅らせる場合.基本的に全例に使用.

付表1:成人(続き)

小児

投与例1投与例2投与例3

CNI CyA術後早期基本的に移植直後に選択することはない.Tac でPRES を発症した症例で再発リスクを避ける,Tac 使用中にHbA1c が上昇するなどの場合に変更を検討.術翌々日から経口(あるいは胃管)で開始.初期量1.5 mg/kg/ 回,1 日2 回から開始.トラフ値を確認しながら漸増し,術後10 日頃までに目標血中濃度まで増量する.現在は,副作用などでTac が使用できない症例に投与.術翌々日から経口(胃管)で開始.体格に応じて初期量1.5mg/kg/ 回,1日2 回から開始.トラフ値を確認しながら漸増し,術後10 日ごろまでに目標血中濃度まで増量する.

目標血中濃度200 ~300 ng/mL 200 ~300 ng/mL

術後1ヵ月以降目標血中濃度1 ~6 ヵ月:150 ~250 ng/mL 6 ヵ月~1 年:100 ~200 ng/mL 1 ~2 年:100 ~150 ng/mL 2 年以降:80 ~150 ng/mL 1~6 ヵ月:150 ~250 ng/mL 6 ヵ月~1 年:100 ~200 ng/mL 1 ~2 年:100 ~150 ng/mL 2 年以降:80 ~150 ng/mL

Tac術後早期バシリキシマブ使用例:POD4 まで投与開始を遅らせることを可能とし,経口開始とともに0.1 mg/kg/ 日で開始.バシリキシマブ非使用例:POD2 より持続投与開始.術翌々日から経口(あるいは胃管)で開始体格に応じて初期量0.05mg ~ 0.2mg/ 回,1 日2 回から開始.トラフ値を確認しながら漸増し,術後10 日ごろまでに目標血中濃度まで増量する.術1 週間後から経口(胃管)で開始.体格に応じて初期量0.05 mg ~0.2 mg/ 回,1 日2 回から開始.トラフ値を確認しながら漸増し,術後2 週間ごろまでに目標血中濃度まで増量する.

目標血中濃度10 ~12 ng/mL(最大15 ng/mL) 9 ~12 ng/mL 10 ~12 ng/mL

術後1ヵ月以降目標血中濃度1 ~3 ヵ月:10 ~12 ng/mL 3 ~6 ヵ月:8 ~10 ng/mL 6 ~12 ヵ月:6 ~8 ng/mL 1 年以降:5 ~6 ng/mL 1 ~3 ヵ月:8 ~12 ng/mL 3 ~12 ヵ月:8 ~10 ng/mL 1 ~2 年:6 ~8 ng/mL 2 年以降:4 ~8 ng/mL 0 ~3 ヵ月:10 ~12 ng/mL 3 ~6 ヵ月:8 ~10 ng/mL 3 ヵ月~3 年:6 ~8 ng/mL 3 年以降:5 ng/mL 前後

核酸合成阻害薬MMFバシリキシマブ使用例:POD4 まで投与開始を遅らせることを可能とし,経口開始とともに10 mg/kg/ 日で内服開始.2 ~3 日ごとに40 mg/kg/日まで増量.バシリキシマブ非使用例:遅くとも術後72 時間以内の開始を目標とする.経口.術後,経腸栄養が確立したら20 mg/ kg/ 日分2(最大量1000 mg/ 日)から開始.術後1 週間で40 mg/kg/ 日(最大量2000 mg/ 日)に増量. WBC <4000 μL で減量を考慮する.トラフ値はおおむね1 ~3 程度を目安とするが,腸肝循環する薬物動態であり参考程度とする.経口.術後,経腸確立したら20 mg/kg/ 日分2 から開始.術後2 週間で40 mg/kg/ 日.WBC <4000μL で減量考慮.トラフ値はおおむね1 ~ 3 程度を想定.

AZP投与基準使用していない.使用していない.使用していない.
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投与例1投与例2投与例3

m T O R阻害薬EVL投与開始日(目安)術後2 ~3 ヵ月以降,創部の安定をみて開始可能とする.体格に応じて0.1 ~0.25mg/ 回,1日2 回から開始.トラフ値を確認しながら漸増する.術後2 ~3 ヵ月以降,創部の安定をみて開始.体格に応じて0.05 ~0.25mg/ 回, 1 日2 回から開始.トラフ値を確認しながら漸増する.

投与基準MMF による有害事象を認める場合や,Tac の有害事象によりTac の血中濃度目標を下げたい場合に,EVLへの変更を検討.腎機能低下やEBV,CMV 陽性など, CNI を減量したいとき.腎機能低下やEBV,CMV-DNA 陽性などCNI を減量したいとき.投与量Tac との血中濃度の合計が10 ng/mL程度になるように管理.トラフ値3 ~6 を目標(併用するCNIのトラフ値とのバランスも考慮する).トラフ値3 ~5 を目標.

ステロイド減量プロトコールmPSL 術中20 ~25 mg/kg.最終投与8 時間後を目安に開始. 2 mg/kg/ 回を8 時間ごとに静注.経口開始とともにPSL 内服に変更し, 1 ヵ月程度は0.4 mg/kg/ 日.以降漸減し,biopsy の経過がよければ3 ヵ月程度で終了. ICU 帰室時,帰室8 時間後,帰室16時間後にメチルプレドニゾロン静注2.5 mg/kg を1 日3 回.術翌日から経腸確立まではプレドニゾロン静注 0.4mg/kg/ 日を1 日1 回.経腸確立後はプレドニゾロン内服 0.4 mg/kg/ 日 分1.術1 ヵ月後のEMB に問題なければ0.3 mg/kg/ 日に減量.術2 ヵ月後のEMB で問題なければ0.2 mg/kg/ 日に減量.術3 ヵ月後のEMB に問題なければ0.1 mg/kg/ 日に減量.術6 ヵ月後のEMB で問題なければ中止とする. ICU にてAo declamp 後にメチルプレドニゾロン静注 7 mg/kg .翌日はメチルプレドニゾロン静注 1.5 mg/kg を2 回投与.第2 病日からはプレドニゾロンを1 mg/kg/ 日を経口(もしくは静注)で1 日2 回に分割して投与.約6 週間かけて漸減中止する.後に0.1mg/kg/ 日に減量.術6 ヵ月後のEMB で問題なければ中止.

導入免疫抑制療法バシリキシマブ30 分で点滴静注. 1POD0(帰室直後). 2POD4 12 mg/m

2 または0.4 mg/ kg/ 回. 12 mg/m 2 / 回. 1術当日. 2術4 日後. 30 kg 未満 10 mg/ 回,30 kg以上20 mg/ 回. 1術当日. 2術4 日後.

投与基準全例.全例.全例.

付表1:小児(続き)
p.123
氏 名参加者自身の申告事項配偶者・一親等親族または収入・

財産を共有する者についての申

告事項所属する組織・部門の長に関する申告事項(参加者が組織・部門の長と共同研究の立場に

ある場合)

顧問株保有・

利益特許使用料講演料原稿料研究費奨学寄附金寄附講座その他顧問株特許研究費奨学寄附金

班長:齋木 佳克

大塚製薬アボットメディカルジャパン医療法人松田会旭化成ファーマ医療法人社団仁明会ニプロ日本ライフライン日本ゴアテルモ日本メドトロニック班員:網谷 英介

ツムラニプロセンチュリーメディカル小野薬品工業サンメディカル日本ベーリンガーインゲルハイムテルモ日本メドトロニック日本アビオメッドフクダライフテック東京持田製薬泉工医科工業AQ uA班員:今村 輝彦

アストラゼネカ

班員:絹川 真太郎

興和日本ライフライン班員:塩瀬 明

ニプロ日本ライフラインテルモCSL ベーリングエドワーズライフサイエンス日本メドトロニックマリンクロットファーマアボットメディカルジャパンエア・ウォーターCorcym Japanエドワーズライフサイエンス日本メドトロニック

アイティーアイアボットメディカルジャパンカナヤ医科器械ジーエムメディカルセンチュリーメディカルテルモジェイ・エム・エス日本メドトロニック平和物産班員:塚本 泰正

ニプロ

班員:藤野 剛雄

ニプロアボットメディカルジャパン日本メドトロニック協力員:奥村 貴裕

アストラゼネカ日本ベーリンガーインゲルハイムファイザーノバルティスファーマ田辺三菱製薬

付表2 2025 年改訂版 心臓移植に関するガイドライン:班構成員の利益相反(COI)に関する開示(2022 年1 月1 日~2024 年12 月31 日)
p.124
氏 名参加者自身の申告事項配偶者・一親等親族または収入・

財産を共有する者についての申

告事項所属する組織・部門の長に関する申告事項(参加者が組織・部門の長と共同研究の立場に

ある場合)

顧問株保有・

利益特許使用料講演料原稿料研究費奨学寄附金寄附講座その他顧問株特許研究費奨学寄附金

協力員:土井 研人ニプロ協力員:後岡 広太郎

サノフィNEC ソリューションイノベータ協力員:松島 将士

ツムラ

外部評価委員:小野 稔

日本医療機器学会ゲティンゲグループ・ジャパン第一三共アステラス製薬ハイレックスメディカル荏原製作所外部評価委員:北岡 裕章

アストラゼネカファイザーブリストル・マイヤーズ スクイブアルナイラムアレクシオンファーマ外部評価委員:絹川 弘一郎

大塚製薬ノバルティスファーマ第一三共アストラゼネカニプロ日本メドトロニックアボットメディカルジャパンバイエル薬品ノボノルディスクファーマ日本アビオメッド大塚製薬

外部評価委員:山口 修アストラゼネカノバルティスファーマ小野薬品工業第一三共バイエル薬品日本ベーリンガーインゲルハイムキヤノンメディカルシステムズ大塚製薬※法人表記は略

※以下の構成員については申告事項なし副班長: 吉岡 大輔班 員: 芦刈 淳太郎班 員: 安藤 政彦班 員: 坂口 平馬班 員: 進藤 考洋班 員: 田原 良雄班 員平田 康隆班 員六鹿 雅登協力員: 秋場 美紀協力員: 新井 真理奈協力員: 池田 善彦協力員: 石塚 敏協力員: 片平 晋太郎協力員: 菊池 規子協力員: 金萬 仁志協力員: 佐藤 琢真協力員: 高原 真吾協力員: 竹内 宗之協力員: 豊沢 真代協力員: 服部 英敏協力員: 武城 千恵協力員: 帆足 孝也協力員: 細山 勝寛協力員: 南 公人協力員: 八木田 美穂協力員: 渡邉 琢也協力員: 渡邉 倫子

※本ガイドライン作成に掛かるすべての費用は日本循環器学会が負担しており,民間企業からの資金提供は受けていない.
p.125
文献

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