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2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン 日本循環器学会・2020・225 ページ · 弁膜症・大動脈・末梢・肺循環
p.1
2024 年8 月30 日更新

合同研究班参加学会

日本循環器学会  日本心臓血管外科学会  日本胸部外科学会  日本血管外科学会

日本医学放射線学会  日本心臓病学会  日本脈管学会

班員

大木 隆生大木 隆生東京慈恵会医科大学東京慈恵会医科大学

血管外科血管外科加地 修一郎加地 修一郎神戸市立医療センター中央市民病院神戸市立医療センター中央市民病院

循環器内科循環器内科

植田 初江植田 初江国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター

病理部病理部

圷 宏一圷 宏一日本医科大学付属病院日本医科大学付属病院

循環器内科循環器内科

齋木 佳克齋木 佳克東北大学大学院医学系研究科東北大学大学院医学系研究科

心臓血管外科学分野心臓血管外科学分野椎谷 紀彦椎谷 紀彦

浜松医科大学浜松医科大学

第一外科第一外科

古森 公浩古森 公浩名古屋大学大学院医学系研究科名古屋大学大学院医学系研究科

血管外科血管外科

加藤 雅明加藤 雅明森之宮病院森之宮病院心臓血管外科心臓血管外科

千葉 義郎千葉 義郎水戸済生会総合病院水戸済生会総合病院

循環器内科循環器内科森崎 裕子森崎 裕子榊原記念病院榊原記念病院臨床遺伝科臨床遺伝科林 宏光林 宏光日本医科大学日本医科大学

放射線医学放射線医学

志水 秀行志水 秀行慶應義塾大学医学部慶應義塾大学医学部

心臓血管外科心臓血管外科湊谷 謙司湊谷 謙司京都大学医学部附属病院京都大学医学部附属病院

心臓血管外科心臓血管外科

重松 邦広重松 邦広国際医療福祉大学三田病院国際医療福祉大学三田病院

血管外科血管外科松田 均松田 均国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター心臓血管外科( 血管外科)心臓血管外科( 血管外科)荻野 均荻野 均東京医科大学東京医科大学心臓血管外科学分野心臓血管外科学分野

班長

副班長飯田 修飯田 修関西労災病院関西労災病院循環器内科循環器内科

日本循環器学会/ 日本心臓血管外科学会/ 日本胸部外科学会/ 日本血管外科学会合同ガイドライン

2020 年改訂版

大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン

JCS/JSCVS/JATS/JSVS 2020 Guideline on Diagnosis and Treatment of Aortic Aneurysm and Aortic Dissection
p.2
外部評価委員

(五十音順,構成員の所属は2020 年3 月現在)

小野 稔東京大学大学院医学系研究科

心臓外科木村 剛京都大学大学院医学研究科

循環器内科学

大北 裕神戸大学大学院医学系研究科

心臓血管外科分野

上田 裕一奈良県総合医療センター宮田 哲郎山王メディカルセンター

血管病センター

目次

改訂にあたって10

表1推奨クラス分類11表2エビデンスレベル11

第1 章定義,病態,疫学13 1. 大動脈瘤の定義,病態,分類 ............ 13

1.1 定義 .............................. 13図1紡錘状大動脈瘤13

当麻 正直兵庫県立尼崎総合医療センター

循環器内科南都 清範

関西労災病院循環器内科

築部 卓郎神戸赤十字病院心臓血管外科

田崎 淳一京都大学大学院医学研究科

循環器内科学

松本 拓也国際医療福祉大学

血管外科学宮本 伸二大分大学医学部附属病院

心臓血管外科

樋上 裕起大津赤十字病院

循環器科

西部 俊哉東京医科大学心臓血管外科分野

山内 治雄東京大学医学部附属病院

心臓外科山中 一朗奈良県総合医療センター

心臓血管センター

師田 哲郎日本医科大学付属病院

心臓血管外科

森崎 隆幸東京大学医科学研究所附属病院

総合診療科吉岡 邦浩岩手医科大学放射線医学協力員岩橋 徹東京医科大学心臓血管外科分野上田 達夫

日本医科大学放射線医学

市橋 成夫奈良県立医科大学附属病院

放射線科

東 信良旭川医科大学血管外科学分野

岡田 健次神戸大学大学院医学研究科

心臓血管外科学分野渡橋 和政高知大学医学部外科学(外科二)講座

内田 敬二横浜市立大学附属市民総合医療センター

心臓血管センター

碓氷 章彦名古屋大学大学院医学系研究科

心臓外科学

川原田 修義

札幌医科大学心臓血管外科木下 順久豊橋ハートセンター

循環器科

神谷 健太郎東京医科大学心臓血管外科分野

勝間田 敬弘大阪医科大学胸部外科学教室
p.3
図2嚢状大動脈瘤13図3真性大動脈瘤14図4仮性大動脈瘤14

1.2 病態 .............................. 14 1.3 分類 .............................. 14表3大動脈瘤の分類15

図5胸腹部大動脈瘤の人工血管置換範囲によるCrawford 分類

15 2. 大動脈解離の定義,病態,分類 .......... 16

2.1 定義 .............................. 16表4 IMH (壁内血腫)の概念と表記17 2.2 病態 .............................. 17図6大動脈解離の病態17 2.3 分類 .............................. 17表5大動脈解離の分類18

図7偽腔の状態による大動脈解離の分類19

3. 疫学 .................................. 19

3.1 年間発症率 ........................ 19表6地域における急性大動脈解離の発症率調査19

図8本邦の非解離性胸部大動脈瘤,大動脈解離の手術件数の年次推移

20 図9本邦の非解離性腹部大動脈瘤の手術件数の年次推移

21 3.2 年齢による発症数の変化 ............ 19図10 本邦の非解離性大動脈瘤と大動脈解離の剖検数の

年齢分布

21 3.3 季節,時間,曜日による発症数の変化 .. 19 3.4 突然死例にみる大動脈解離 .......... 19 4. 用語 .................................. 20

4.1 大動脈瘤 .......................... 20 4.2 大動脈解離 ........................ 21 PQ 1:嚢状瘤は早期手術の対象とすべきか .. 22図11 高リスク嚢状瘤の定義(1) 23

図12 高リスク嚢状瘤の定義(2) 23図13 高リスク嚢状瘤23図14 低リスク嚢状瘤23

第2 章病理24 1. 大動脈の正常と加齢変化,動脈硬化 ...... 24図15 大動脈正常構造24

図16 大動脈の加齢変化24

2. 大動脈病変 ............................ 24 3. 大動脈瘤とは .......................... 25図17 大動脈瘤の形態25 4. 大動脈硬化症 .......................... 25図18 大動脈粥状硬化のグレード(AHA 分類) 25 5. 粥状硬化症による大動脈解離 ............ 25 6. 遺伝性結合織疾患による大動脈解離 ...... 26

第3 章症状,検査,診断26 1. 症状 .................................. 26

1.1 大動脈瘤の症状 .................... 26 1.2 急性大動脈解離の臨床症状 .......... 26 2. 血液検査 .............................. 28

2.1 大動脈瘤 .......................... 28
p.4
2.2 大動脈解離 ........................ 28 PQ 2: 大動脈疾患に合併した播種性血管内凝固

症候群(DIC)の治療法は .......... 29

3. 画像診断 .............................. 30

3.1 単純X 線写真 ...................... 30図19 大動脈瘤の単純X 線立位・仰臥位正面像30 3.2 CT 検査 ............................ 31図20 大動脈解離の造影CT 早期相31

図21 大動脈瘤のサイズ計測32図22 バルサルバ洞動脈瘤(心電図同期造影CT MPR 像)33図23 弓部大動脈瘤(造影CT MPR 像) 33図24 炎症性大動脈瘤34図25 感染性大動脈瘤34図26 外傷性大動脈瘤34図27 大動脈十二指腸瘻34図28 TEVAR/EVAR 後のtype II エンドリーク35図29 大動脈瘤のfrank (open) rupture 35図30 大動脈瘤のdraped aorta sign(造影CT) 35図31 腹部大動脈瘤のhigh-attenuating crescent sign

(HAC sign)

36 図32 大動脈解離,石灰化内膜偏位像37図33 偽腔開存型大動脈解離37図34 aortic cobweb(造影CT) 38図35 大動脈解離,entry 内膜欠損像38図36 大動脈解離,entry 内膜欠損像(MPR 像) 38図37 偽腔閉塞型大動脈解離急性期38図38 ULP(潰瘍様突出像)型大動脈解離39図39 ULP(潰瘍様突出像)型大動脈解離における壁内

血液貯留(造影CT)

39 図40 大動脈解離の心電図同期撮影によるアーチファク

トの低減

39 図41 大動脈解離による臓器虚血のメカニズム(造影

CT)

40 図42 Marfan 症候群に合併した大動脈三腔解離40

PQ 3: 大動脈瘤の大きさはどのようにして

計測するか ...................... 36 3.3 MRI 検査 .......................... 40 3.4 Adamkiewicz 動脈の同定 ............ 41図43 Adamkiewicz 動脈の同定42 3.5 血管造影検査 ...................... 42 3.6 エコー検査 ........................ 43図44 大動脈解離のエコー検査44

図45 大動脈解離に伴う脳malperfusion 45図46 大動脈解離に伴う腸管malperfusion 46

第4 章治療法の選択47 1.内科治療 .............................. 47

1.1 内科治療の目標 .................... 47 1.2 腹部大動脈瘤 ...................... 47図47 腹部大動脈瘤の診断・治療カスケード48 1.3 胸部大動脈瘤 ...................... 47図48 胸部大動脈瘤の診断・治療カスケード48
p.5
1.4 急性大動脈解離 .................... 49図49 急性大動脈解離の診断・治療カスケード49 1.5 慢性大動脈解離 .................... 49図50 慢性大動脈解離の診断・治療カスケード50 1.6 併存疾患に対する内科治療 .......... 50表7大動脈疾患の併存疾患に対する降圧薬の適応51 PQ 4: 大動脈瘤症例と慢性大動脈解離症例の

血圧管理目標値は ................ 51 PQ 5: 大動脈疾患症例の脂質管理目標値は

.................................. 52

2. 血管内治療 ............................ 54表8大動脈瘤・大動脈解離の血管内治療(TEVAR/EVAR)

54 2.1 TEVAR ............................ 54表9大動脈瘤・大動脈解離のTEVAR 54

図51 大動脈のステントグラフトlanding および移植

範囲のZone 分類

56 図52 TEVAR/EVAR 後のエンドリーク分類56

2.2 EVAR .............................. 57表10 大動脈瘤・大動脈解離のEVAR 57 2.3 その他の血管内治療 ................ 58 PQ 6: 腎機能低下・腎不全患者に対する

TEVAR/EVAR は妥当か ............ 58

3. 外科手術 .............................. 59

3.1 人工血管置換術 .................... 59 3.2 体外循環と臓器保護 ................ 59 3.3 院内死亡率 ........................ 59

第5 章大動脈瘤の治療60 1. 胸部大動脈瘤 .......................... 60

1.1 内科治療と侵襲的治療の適応 ........ 60表11 胸部大動脈瘤の内科治療60 PQ 7: 胸部大動脈瘤は瘤径何mm 以上で

侵襲的治療の適応となるか ........ 61図53 胸部大動脈瘤の瘤径と解離や破裂などの合併症の

発症率

62 1.2 非破裂性胸部大動脈瘤 .............. 62表12 大動脈基部と上行大動脈の非破裂性大動脈瘤の

外科手術

62 表13 非破裂性弓部大動脈瘤の外科手術64表14 非破裂性弓部大動脈瘤の血管内治療65図54 胸部大動脈瘤のハイブリッドTEVAR 66表15 非破裂性下行大動脈瘤の外科手術67表16 非破裂性胸腹部大動脈瘤の外科手術68図55 胸腹部大動脈瘤の人工血管置換範囲による

Crawford 分類の修正版

69 表17 非破裂性下行大動脈瘤の血管内治療70

1.3 胸部大動脈瘤破裂 .................. 71表18 大動脈基部と上行・弓部大動脈の大動脈瘤破裂の

治療

71 表19 大動脈基部~弓部大動脈瘤(非解離)破裂に対す

る開胸手術の成績

72 表20 弓部大動脈瘤破裂の血管内治療73表21 下行大動脈瘤破裂の血管内治療74

1.4 広範圍胸部大動脈瘤 ................ 75 2. 腹部大動脈瘤 .......................... 76

2.1 内科治療と侵襲的治療の適応 ........ 76表22 腹部大動脈瘤の内科治療とフォローアップ76

表23 腹部大動脈瘤の瘤径別推定年間破裂率78
p.6
PQ 8: 腹部大動脈瘤は瘤径何mm 以上で侵

襲的治療の適応となるか .......... 78 2.2 非破裂性腹部大動脈瘤 .............. 79表24 非破裂性腹部大動脈瘤の侵襲的治療の適応79

表25 非破裂性腹部大動脈瘤の術前評価79表26 非破裂性腹部大動脈瘤の外科手術術式80表27 非破裂性腹部大動脈瘤のEVAR 81図56 腹部大動脈瘤のEVAR 83図57 傍腎動脈型腹部大動脈瘤の開窓型EVAR 85図58 傍腎動脈型腹部大動脈瘤のdouble snorkel EVAR 85図59 腹部大動脈瘤の内腸骨動脈温存デバイス85

2.3 腹部大動脈瘤破裂 .................. 86表28 腹部大動脈瘤破裂の治療86

表29 腹部大動脈瘤破裂に対する侵襲的治療後の合併症

発症率

87 表30 腹部大動脈瘤破裂の治療後の死亡率87

2.4 大動脈腸管瘻 ...................... 88表31 大動脈腸管瘻の治療88 2.5 炎症性大動脈瘤 .................... 89表32 炎症性腹部大動脈瘤の診断と治療89 2.6 感染性大動脈瘤 .................... 91 2.7 外傷性大動脈瘤 .................... 92

第6 章大動脈解離の治療93 1. 総論 .................................. 93

1.1 定義と分類 ........................ 93 PQ 9: ULP 型大動脈解離をどのように扱うか

................................ 93 1.2 intramural hematoma(IMH) ........ 94 1.3 penetrating atherosclerotic ulcer (PAU) ............................ 94図60 PAU(穿通性動脈硬化性潰瘍)の進展様式95 1.4 外傷性大動脈損傷 .................. 95表33 外傷性大動脈損傷の治療選択96 1.5 医原性大動脈解離 .................. 96 2. Stanford A 型大動脈解離 ................ 96

2.1 治療適応 .......................... 96表34 Stanford A 型大動脈解離の治療96 2.2 急性 .............................. 97図61 高度な弯曲を呈する弓部大動脈での屈曲狭窄とそ

の治療

100 表35 急性Stanford A 型大動脈解離における冠動脈

malperfusion の診断と治療

100 表36 脳malperfusion を伴う急性Stanford A 型大動脈

解離の治療

101 PQ 10: 急性Stanford A 型解離の手術術式は

上行置換(hemiarch を含む)か,全弓部置換か .................... 99 2.3 慢性 ............................ 104 2.4 再手術 .......................... 106表37 Stanford A 型大動脈解離の再手術107 2.5 血管内治療 ...................... 108表38 Stanford A 型大動脈解離のTEVAR 108 3. Stanford B 型大動脈解離 .............. 109

3.1 急性および亜急性 ................ 109
p.7
PQ 11: Stanford B 型解離に対するステント

グラフト内挿術はいつが適切か .. 109図62 Stanford B 型大動脈解離の病期とTEVAR の適応110

表39 Stanford B 型大動脈解離急性期・亜急性期におけ

る慢性期偽腔拡大の予測因子

110 表40 complicated 急性/ 亜急性Stanford B 型大動脈解

離の治療

111 図63 大動脈解離に伴うmalperfusion の発生メカニズム

による分類

112 図64 TEVAR 施行の際に用いる大動脈真腔径の計測方法113表41 uncomplicated 急性/ 亜急性Stanford B 型大動脈

解離の治療

116 3.2 慢性 ............................ 119表42 慢性Stanford B 型大動脈解離の侵襲的治療119 3.3 術後フォローアップと再治療 ...... 123表43 大動脈解離の術後フォローアップと再治療123 3.4 広範囲大動脈解離 ................ 125

第7 章大動脈手術に伴う諸問題126 1. 脳保護 .............................. 126 2. 脊髄保護 ............................ 127表44 大動脈瘤・大動脈解離の侵襲的治療における脊髄

保護

127 2.1 脊髄動脈支配の解剖学的特徴 ...... 127図65 脊髄動脈支配の解剖学的特徴128 2.2 虚血性脊髄障害の病態 ............ 128図66 collateral network concept の水槽モデル130 2.3 脊髄保護法 ...................... 130 3. 再手術 .............................. 132

3.1 外科手術後 ...................... 132表45 大動脈再手術の術前検査と再開胸前の体外循環132 3.2 血管内治療後 .................... 134

第8 章その他の大動脈疾患134 1. 遺伝性大動脈疾患 .................... 134

1.1 定義 ............................ 135 1.2 症候群性遺伝性大動脈疾患 ........ 135表46 Marfan 症候群と類縁疾患の診断のための改訂

Ghent 基準(2010)

136 表47 血管型Ehlers-Danlos 症候群の診断基準(2017)137

1.3 非症候群性遺伝性大動脈疾患 ...... 138 1.4 遺伝子診断 ...................... 138表48 胸部大動脈瘤・大動脈解離を合併する遺伝性

症候群

140 1.5 外科手術 ........................ 141表49 遺伝性大動脈疾患の外科手術141 1.6 内科治療 ........................ 143表50 Marfan 症候群の内科治療143 1.7 血管内治療 ...................... 144表51 遺伝性大動脈疾患の血管内治療144 2. 大動脈二尖弁に伴うaortopathy ........ 145

2.1 病態 ............................ 145 2.2 手術適応 ........................ 145表52 大動脈二尖弁に伴うaortopathy の外科手術145 3. 動脈硬化性大動脈疾患 ................ 147

3.1 血栓塞栓性大動脈疾患 ............ 147 3.2 大動脈内血栓 .................... 148 3.3 動脈硬化性大動脈閉塞 ............ 148 3.4 大動脈石灰化 .................... 148 3.5 Leriche 症候群 .................... 149
p.8
3.6 shaggy aorta .................... 149表53 shaggy aorta 149

図67 典型的なshaggy aorta(造影CT 所見,前額断像)150

4. 大動脈炎 ............................ 150

4.1 定義,分類 ...................... 150表54 血管炎のカテゴリーと疾患151

図68 高安動脈炎(慢性活動期) 152図69 高安動脈炎(活動期) 152図70 巨細胞性動脈炎153図71 血管型Behçet 病153図72 炎症性大動脈瘤154図73 IgG4 関連疾患としての炎症性大動脈瘤154

4.2 画像診断 ........................ 154図74 PET/CT による大動脈炎の評価155

図75 高安動脈炎の早期にみられるdouble-ring like

appearance

156 4.3 侵襲的治療 ...................... 156 4.4 内科治療 ........................ 156表55 大動脈炎の内科治療156 5. 大動脈腫瘍 .......................... 158

5.1 病理 ............................ 158図76 大動脈内膜肉腫158

図77 大動脈内膜肉腫の分類158図78 大動脈内膜肉腫(血管肉腫型) 159

5.2 画像診断 ........................ 159図79 大動脈腫瘍(下行大動脈原発の内膜肉腫) 159 5.3 侵襲的治療 ...................... 159 6. 外傷性大動脈損傷 .................... 160表56 外傷性大動脈損傷の診断と治療160

6.1 病理 ............................ 160図80 外傷性大動脈損傷160 6.2 画像診断 ........................ 161図81 外傷性大動脈瘤161 6.3 侵襲的治療 ...................... 161 7. 先天性大動脈疾患 .................... 161

7.1 Kommerell 憩室 .................. 161図82 Kommerell 憩室瘤と嚥下障害例での食道狭窄162 7.2 大動脈縮窄症 .................... 162図83 大動脈縮窄症163 7.3 頚部大動脈弓 .................... 163図84 頚部大動脈弓163 8. 大動脈食道・気管支瘻 ................ 163表57 大動脈食道瘻,大動脈気管支瘻の治療163

8.1 大動脈食道瘻 .................... 164表58 大動脈食道瘻の原因164 8.2 大動脈気管支瘻 .................. 166 8.3 食道癌・肺癌の大動脈浸潤に伴う大動脈瘻 ............................ 166 PQ 12: 食道癌の大動脈浸潤に対しTEVAR

は有効か ...................... 167

第9 章リハビリテーション168 1. 大動脈解離のリハビリテーション ...... 168表59 大動脈解離急性期におけるリハビリテーション168

表60 大動脈解離の短期リハビリテーションプログラム

の適応基準

168 1.1 急性期から回復期まで ............ 168表61 大動脈解離の短期リハビリテーションプログラム

の例

169 表62 大動脈解離のリハビリテーションの開始基準169表63 大動脈解離のリハビリテーションの中止基準169

1.2 回復期から日常生活復帰へ ........ 169
p.9
2. 大血管周術期リハビリテーション ...... 170表64 大血管周術期リハビリテーション170

2.1 術前リハビリテーション .......... 170 2.2 術後リハビリテーション .......... 170 2.3 病態・治療法別の対応 ............ 170 2.4 周術期リハビリテーションの実施 .. 171表65 大血管疾患術後リハビリテーションの開始基準172

表66 大血管疾患術後リハビリテーションの中止基準172

第10 章大動脈疾患診療の諸問題173 1. 疾患予防 ............................ 173

1.1 治療成績と救命率の現状 .......... 173 1.2 大動脈解離の危険因子 ............ 173 1.3 大動脈解離の予防 ................ 174 2. サーベイランス ...................... 174表67 大動脈疾患慢性期のリスク管理174

表68 大動脈疾患のサーベイランス174

2.1 病期と病態の分類 ................ 175 2.2 臨床的病相 ...................... 175 2.3 診断 ............................ 175 2.4 術前サーベイランス .............. 175 PQ 13: 腹部大動脈瘤や慢性大動脈解離後の

CT 検査の頻度は .............. 176 2.5 侵襲的治療後のフォローアップ .... 176 PQ 14: 大動脈解離慢性期において運動制限

を行うべきか .................. 177

3. 画像診断での留意点 .................. 177

3.1 CT 検査による放射線被曝 .......... 177 3.2 ヨード造影CT 検査による造影剤腎症177表69 大動脈疾患症例における造影CT 177 PQ 15: 腎機能低下・腎不全患者に対し造影

CT 検査を行ってもよいか ...... 178 3.3 ガドリニウム造影MRA 検査 ...... 178 3.4 医療デバイスのMRI 検査適合性 .... 178

付表 班構成員の利益相反(COI)に関する開示 ................................................................ 179文献........................................................................................................ 182

(無断転載を禁ずる)

推奨とエビデンスレベル
p.10
改訂にあたって

日本循環器学会による大動脈疾患の診療ガイドラインは,2000年に「大動脈解離診療ガイドライン」(初版)が出版され,続いて2006年に大動脈瘤に対する診療指針を加えた「大動脈解離・大動脈瘤ガイドライン(2006年改訂版)」が,さらに2011年にその改訂版1)が上梓された.今回で3回目の改訂であり,やや大幅な改訂版となる.

社会の高齢化とともに大動脈疾患も増加し,大動脈瘤だけでなく大動脈解離のレジストリにおいても,発症率は人口10万人あたり年間10件以上であることが明らかとなりつつある.特に,本邦においては高いCT検査普及率のもと,大動脈疾患を診断できる施設,機会が多く,救急搬送を含めた診療体制の整備により,さらなる治療成績の向上が期待できる.そのためにも,従来の心臓血管外科が中心の診療体制から,循環器内科,放射線科,病理診断科,臨床遺伝科のほか,麻酔科,救命救急科,総合診療内科,

臨床検査技師・臨床工学技士,看護師などの参画による集学的な診療基盤が必要となる.したがって,本ガイドラインはその目的により,基本的な事項からエキスパートレベルまで幅広い内容を包括するものとして作成した.

主な改訂点は,第一に,国内と海外で異なる定義を有するものの解釈を明記した.その一つが,大動脈解離のintramural hematoma(IMH)の取り扱いである.本邦での定義は「大動脈壁中膜内に出血してできる壁内血腫」である.一方,欧米では拡大解釈され,偽腔閉塞型全般に用いられる傾向にあることから,その国際的なコンセンサスを重んじて呼称の一つとしてIMHを認めることとした.逆に本邦から発信されたもので,これまでやや不明瞭であったulcer-like projection(ULP)の基準を明確にした.これと

略語一覧AAA abdominal aortic aneurysm腹部大動脈瘤

ABF aorto-bronchial fistula大動脈気管支瘻

ACC American College of Cardiology米国心臓病学会ADD-RS Aortic Dissection Detection Risk Score大動脈解離診断リスクスコアAEF aorto-esophageal fistula大動脈食道瘻

AHA American Heart Association米国心臓協会

BAV bicuspid aortic valve大動脈二尖弁

ESC European Society of Cardiology欧州心臓病学会ESVS European Society for Vascular Surgery欧州血管外科学会ET elephant trunk EVAR endovascular aortic repair腹部ステントグラフト内挿術FET frozen elephant trunk

IMH intramural hematoma壁内血腫IRAD International Registry of Acute Aortic Dissection急性大動脈解離国際レジストリ

JACSM Japanese Committee for Stentgraft Management日本ステントグラフト実施基準管理委員会JCVSD Japan Cardiovascular Surgery Database日本心臓血管外科手術データベースNCD National Clinical Database PAU penetrating atherosclerotic (aortic) ulcer穿通性動脈硬化性潰瘍SCI spinal cord injury脊髄障害

STS Society of Thoracic Surgeons米国胸部外科学会

SVS Society for Vascular Surgery米国血管外科学会

TAA thoracic aortic aneurysm胸部大動脈瘤TAAA thoracoabdominal aortic aneurysm胸腹部大動脈瘤TEVAR thoracic endovascular aortic repair胸部ステントグラフト内挿術ULP ulcer-like projection潰瘍様突出像VSRR valve-sparing [aortic] root replacement自己弁温存大動脈基部置換術
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関連して,ULP型の位置づけやStanford A型偽腔閉塞型に対する外科手術の適応拡大についても記述した.さらに,急性大動脈解離とともに,急性大動脈症候群(AAS)の一要素であるpenetrating atherosclerotic ulcer(PAU)についても個別に概説した.

治療手段に関しては,大動脈疾患治療全体に占めるステントグラフト内挿術(TEVAR/EVAR)の割合が増加傾向にあり,この9年間のエビデンスとなる研究も多く,TEVAR/ EVARに関する記載が増加した.新たなデバイスの開発や改良もあり,下行大動脈瘤や腹部大動脈瘤において,施設によっては多くがTEVAR/EVARの対象となっている.その他,弓部大動脈瘤や胸腹部大動脈瘤の一部においても,分枝灌流に対する対策を施した新たな手技が導入され,良好な成績が実証されてきている.大動脈解離に目を向けても,解離に対してデバイスが承認されたこともあって,この9年間でTEVARの適応範囲は拡大してきている.Stanford B型解離の急性・亜急性期において,合併症を併発したcomplicated型だけではなく,合併症の併発や拡大・破裂の危険性が高いuncomplicated型に対しても,RCTの結果も相まって,TEVARがより積極的に適用されてきている.

一方,通常の外科手術においても,技術的な進歩,術式の改良,脳・脊髄保護の確立,人工血管の改良,経験の蓄積などに加え,高齢者など外科手術のリスクが高い症例に対するTEVAR/EVAR優先という要素も加わって,治療成績の向上がみられる.しかしながら,新しい画期的な手技・治療法が少ないため,エビデンスの基となる新規研究に乏しく,推奨度に関しても大きな変化がみられない.外科手術とTEVAR/EVARの推奨度を比較するうえでの注意点でもある.さらにこの9年間の発展として,両者の中間に位置するハイブリッド治療の定着があり,先行バイパスによる分枝処理(debranching)だけでなく,拡大性病変に対する段階的治療など,外科手術とTEVAR/EVARとを組み合わせた重要な治療戦略といえる.

大動脈解離に関するトピックスの一つとして,出血性合併症のほかに,malperfusion(分枝灌流障害)が治療成績に大きく影響することが明らかとなっている.特にA型解離における冠動脈や頚動脈,A/B型解離における上腸間膜動脈のmalperfusionにおいて死亡率が高く,迅速な対応が求められる.これと関連して,本邦においても2014年以降,企業製のfrozen elephant trunk(オープンステントグラフト)デバイスが使用可能となり,広範囲の弓部大動脈瘤や,malperfusion合併A型解離の遠位側吻合部処理に利用されている.これにより,早期成績の向上と遠隔期の下行大動脈リモデリング(偽腔消失)が得られ,国内外で大きな広がりをみせている.さらに,大動脈疾患と遺伝子異常との関係が年々明らか

になってきている.遺伝性結合織疾患を含めた「遺伝性大動脈疾患」に対する遺伝子診断を含む集学的な対応の重要性などについても概説した.

しかしながら,ガイドラインを作成するうえで問題となったのは,依然として,この分野のエビデンスの少なさである.大動脈解離を対象とする国際的なレジストリなどから多くの事実が明らかとなりつつあるものの,発症直後の死亡症例のデータや緊急時の細かなデータの不足などが,エビデンスの構築に至らない原因といえる.また,リスクの高い侵襲的治療が主体であり,RCTの対象となりにくい.さらに,外科医の経験や技術的要素,施設の体制が成績に大きく反映することも,メタ解析を含めてエビデンス不足の原因となる.したがって,推奨クラスとエビデンスの採用基準,レベル付けは,従来のガイドラインに用いられている標準的なものを用いた(表1,2).

昨今のガイドラインの中には,Minds形式を採用し,従来の推奨度と併記されているものもあるが,本領域においては,エビデンスやシステマティックレビューの対象となりえる研究が少ないため,Minds形式は採用しなかった.ただ,Minds形式におけるClinical Questionは,ガイドラインの読者にとり,通常の診療における疑問点を直ちに解決できる有用なものであり,本ガイドラインにおいても同

表1推奨クラス分類

クラスI手技・治療などが有効・有用であるというエビデンスがある,またはそのような見解が広く一致している.クラスII手技・治療などが有効・有用であることについて,エビデンスまたは見解が一致していない.

クラスIIaエビデンス,見解から有効・有用である可能性が高い.

クラスIIbエビデンス,見解から有効性・有用性がそれほど確立されていない.クラスIII手技・治療などが有効・有用でないとのエビデンスがある,またはそのような見解が広く一致している.

表2エビデンスレベル

レベルA複数のランダム化試験,またはメタ解析の結果による.

レベルB単一のランダム化試験,または多施設大規模レジストリ研究の結果による.レベルC専門家の間の一致した意見,または小規模臨床試験,サブ解析の結果などによる.
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様の目的で,「Practical Question(PQ)」として本文中に追加記載した.

最後に,本ガイドラインは関連学会の支援のもと,循環器内科医,放射線科医,病理医,臨床遺伝専門医,心臓血管外科医など多分野の医師が一堂に会し,集学的診療を基本概念に,大動脈瘤・大動脈解離に関する定義,診断・検査,内科治療・侵襲的治療,リハビリテーション,予防,サーベイランスなど,多くの関連事象を包括したものとして作成した.本邦における大動脈瘤・解離診療の良い指標となることを期待しているが,現時点での少ないエビデンスと,多くのエキスパートコンセンサスにより作成された診療指針であり,本ガイドラインにすべて則らなければならないというものではない.

むしろ,この分野の優れた医師らは,ガイドライン上のエビデンスやエキスパートコンセンサスを十分に知ったうえで,これによらない別の治療法や新しい治療法を,施設ごとの倫理審査委員会の承認の下に実施することもありうる.今後のエビデンスとして期待される部分でもある.また,施設ごと,医師ごとにリスク評価や治療内容・手技レベルは異なり,特に緊急手術を含め侵襲度の高い治療が多くを占める本領域においては,ガイドラインは診療内容を規定するものではなく,実際の診療はあくまで施設や医師ごとの判断に委ねられるものとする.特に,未破裂大動脈瘤に対する侵襲的治療などにおいては,その適応基準を明記しているが,医療従事者だけでなく,十分な説明のうえ,

患者,家族の希望,同意のもとに最終的に判断されるべきものと考える.

一方,若い医師,プライマリーケアを担当する医師,他分野を専門とする医師らにとり,現在の大動脈瘤・解離の診療レベルの医療を提供するには,まずこのガイドラインを十分に理解することが前提となる.むしろ,その意味合いを強く意識し,集学的診療による治療成績の向上を目指した記載内容の多い構成とした.

本邦は世界的にも大動脈疾患の発症率が高いが,救急診療体制を含め診療レベルも高く,治療成績は優れているといえる.本ガイドラインが本邦の大動脈疾患の診療レベルをさらに向上させ,多くの患者の救命とより良い生活につながることを,改訂にあたった関係者を代表して心から望む.

なお,本ガイドラインでは大動脈疾患の治療法を表す用語を下図に示す意味で用いた.「手術」は「侵襲的治療」と同義とし,外科手術と血管内治療を合わせたものとした.「外科手術」は開胸・開腹手術のことで,主に人工血管置換術を指す.一方,「血管内治療」はステントグラフト内挿術(TEVAR,EVAR),経カテーテル・ステント留置術などを指すものとした.

大動脈疾患の治療

内科治療

手術または侵襲的治療外科手術

主に人工血管置換術

血管内治療

本ガイドラインにおける大動脈疾患治療法の用語
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第1章 定義,病態,疫学

1 大動脈瘤の定義,病態,分類

1.1 定義

大動脈瘤(aortic aneurysm)は「大動脈の壁の一部が,全周性,または局所性に(径)拡大または突出した状態」とする.大動脈が全体にわたって拡大したものは,「大動脈拡張症(aortomegaly)」と称する.また,大動脈基部が拡張したものは「大動脈弁輪拡張症」とも称される.成人の大動脈の正常径としては,一般に胸部で30 mm,腹部で20 mmとされており,壁の一部が局所的に拡張した(こぶ状に突出,嚢状に拡大した)場合,または直径が正常径の1.5倍(胸部で45 mm,腹部で30 mm)を超えて拡大した(紡錘状に拡大した)場合に「瘤(aneurysm)」と称しているが,それに満たない拡大を「瘤状拡張(aneurysmal dilatation)」と称することがある2, 3).

大動脈瘤は限局的な大動脈壁の(径)拡大または突出であり,その形状が紡錘状であれば「紡錘状大動脈瘤(fusiform type aortic aneurysm)」(図1),嚢状であれば「嚢状大動脈瘤(saccular type aortic aneurysm)」(図2)と称される(PQ 1,P. 22参照).また,瘤の発生部位により,胸部大動脈では胸部大動脈瘤(thoracic aortic aneurysm, TAA),胸部と腹部に連続する胸腹部大動脈瘤(thoracoabdominal aortic aneurysm,TAAA),腹部では腹部大動脈瘤(abdominal aortic aneurysm,AAA)と称している.非拡張部の大動脈壁から瘤部の壁へは滑らかな移行を示し,病理組織学的には瘤部の壁に本来の大動脈壁の構造,特に中膜の弾性線維が残っていることが多い(図3-a).そのため,多くの場合,本来の大動脈壁が拡張したことを理解するのは容易である.しかしながら,瘤壁の破壊が進むと中膜が破壊消失し,線維性構造物しか残らない部分が出現してくる(図3-b).このような場合にも非拡張部からの移行は滑らかであり,詳しく瘤壁を観察すると他の部位に中膜の弾性線維の一部を確認できることが多い.このよう

な点で次に述べる仮性大動脈瘤と異なる場合,後者から明確に区別するために「真性大動脈瘤(true aneurysm)」と称する.

一方,「仮性大動脈瘤(pseudoaneurysm)」は大動脈壁の破綻により大動脈内腔と周囲組織との間に交通が生じて血液が周囲に漏出し,大動脈壁の外側に血液で満たされた腔が形成されるもので,その血液は時として血栓化して血腫となり,血液の漏出が閉鎖される(図4).したがって,最外層にあるのは線維性被膜のみであり3層構造はなく,「大動脈壁の破綻=破裂」が生じたあとの不安定な状態であると考えられる.また,大動脈解離において径拡大をきたして瘤を形成した場合は,「解離性大動脈瘤(dissecting aneurysm)」とも呼ばれる.

大動脈瘤の最も重要な臨床的問題は破裂である.「破裂」を厳密に定義することは困難であるが,一般的には血管外に血液の漏出を認めた場合を「破裂(rupture)」,血液の漏出はないが痛みの位置が瘤の存在部位と一致する場合を「切迫破裂(impending rupture)」と呼ぶ.切迫破裂では瘤

図1紡錘状大動脈瘤

図2嚢状大動脈瘤
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の壁在血栓が崩れて造影剤が一部流入するattenuating crescent signを認めることがある.近年では症状を重視して,「痛みがある=危険な状態」と認識し,「症候性(symptomatic)」と「無症候性(asymptomatic)」とに分け,症候性の大動脈瘤は侵襲的治療の適応とすることが多い.

大動脈瘤の発生には大動脈壁の脆弱化が大きく関与しており,その脆弱化はBehçet病4, 5),高安動脈炎6, 7),Marfan症候群のような遺伝性結合織疾患8, 9),粥状硬化10, 11)などによる壁の構造異常や破壊によってもたらされる.AAAの場合,内腔側には強い動脈硬化性変化があり,瘤の発生に動脈硬化が強く関連している12).しかし,AAAと閉塞性動脈硬化症との関連は乏しいこと13),家族内発症があること14, 15),糖尿病が危険因子でないという報告や逆相関を示す報告もあること16, 17),LDLコレステロールとの有意な関連がみられないこと18)など,AAAの発症が動脈硬化のみでは説明できない点もあり,他の要因,とくに遺伝的要因や高血圧の関与も考えられている3, 19).分子レベルではインターロイキンやインターフェロンγ などの炎症性サイト

カインや,マトリックスメタロプロテイナーゼなどの細胞外マトリックスの分解に関与する酵素の関与が強く示唆されている3, 19, 20).

1.2 病態

大動脈瘤による症候は,1破裂によって生じる「疼痛」や「出血」,2破裂前の瘤が周囲臓器へ及ぼす「圧迫症状」に分けられる.症状の詳細は別項に譲る(第3章の「1. 症状」,P. 26~).

疼痛と出血:一般的に破裂前の大動脈瘤は無症状であることがほとんどである.破裂後は激烈な痛みが生じる.出血の部位に応じて胸痛,背部痛,腹痛,腰痛などの症状が出現する.比較的強い症状があるが,血液が大動脈外へ漏出しておらず,破裂がおこりかけている状態を「切迫破裂」という.出血による症状は,出血性ショックによる意識障害,肺・気管支に穿破すれば喀血,食道に穿破すれば吐血,腸管に出血すれば下血,胸腔に出血すれば血胸となり呼吸不全,肺動脈に破裂すれば急性心不全などの症状が出現する.

圧迫症状:瘤による周囲組織への圧迫が症状として自覚されることは多くない.反回神経麻痺による嗄声,肺への圧排による血痰,食道の圧排による嚥下困難,消化管の圧排による通過障害などがある.圧排が長期にわたると瘻孔が形成され,破裂に近い出血が認められるとともに敗血症となる場合もある.

1.3 分類

瘤(aneurysm)の分類は,1瘤壁の病態(形態),2存在部位,3原因,4瘤の形状,により分類されている(表3) 21).

1.3.1 瘤壁の病態(形態)

真性(true aneurysm):瘤壁が大動脈壁成分(内膜・中膜・外膜の3層構造)からなるもの.ただし,瘤壁の一部で3層構造のすべてがみられない部分があってもよい.

仮性(pseudoaneurysm):瘤壁には大動脈壁成分がなく(線維性被膜と外膜の一部が含まれることがある),本来の大動脈腔の外にできた「新たな腔」を仮性大動脈瘤と呼ぶ.大動脈内腔とは交通(瘤孔を介して)している.大動脈腔外の血液が血栓化した場合には「血腫(hematoma)」と称される.

解離性(dissecting aneurysm):大動脈壁が中膜のレベ

図3真性大動脈瘤

内膜外膜中膜

滑らかな移行

中膜が消失し線維組織のみが残存している

a b

図4仮性大動脈瘤

壁の破綻

血腫

大動脈壁外の線維組織から構成される被膜大動脈壁から被膜への突然の移行

血流がある場合もある
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ルで2層に剥離して,本来の大動脈腔(真腔)以外に,壁内に生じた新たな腔(偽腔)をもつものが大動脈解離(aortic dissection)である.その状態で,大動脈径(主に偽腔径)が拡張して突出(嚢状拡張,限局型解離)または全周の拡張(紡錘状拡張,広範型解離)をきたした場合,「解離性大動脈瘤」と呼ぶ.大動脈解離の慢性期にみられる病態である.

1.3.2 瘤の存在部位

胸部(thoracic),胸腹部(thoracoabdominal),腹部(abdominal)に分類され,それぞれがさらに以下のように分類される.

胸部:上行(ascending),弓部(arch),下行(descending)に分かれる.

胸腹部:胸腹部瘤外科手術における置換範囲によるCrawfordの分類がある(図5).

腹部:腎動脈を基準に腎上部(supra-renal),腎下部(infra-renal)に分けられるが,瘤の多くは腎下部に生じる.

1.3.3 原因

瘤ができた原因によって,動脈硬化性(atherosclerotic),外傷性(traumatic),炎症性(inflammatory),感染性(infected),先天性(congenital)などがある.ほとんどが動脈硬化性である.

● 腹部大動脈瘤と胸部大動脈瘤の病因

AAAの病因は,以前は動脈硬化と考えられていたが,最近では変性(degeneration)とされており,古典的な「動脈硬化性腹部大動脈瘤」という病名は病態に則していない.しかしながら,病理学的に動脈硬化性変化は内膜病変として瘤壁に必ず存在し,大動脈瘤の拡大には大動脈壁の脆弱性に関与する重要な因子であることは否定できない.また,動脈硬化に伴った炎症や免疫反応による血管壁構造の破壊と再構築が,拡張病変の形成に重要な役割を果たし,その他,発生学的要因,血行動態学的要因,遺伝的要因などの関与も指摘されている.

以上より,AAAの病因は動脈硬化に加え,その他多くの因子が複合的に関与したものであり,「変性性腹部大動脈瘤」と呼ぶのが相応しい.

一方,TAAの病因は上行大動脈では囊状中膜壊死であることが多く,Marfan症候群やEhlers-

表3大動脈瘤の分類

存在部位: 胸部thoracic胸腹部thoracoabdominal腹部abdominal

瘤 の 形: 嚢状saccular type紡錘状fusiform type

壁の形態: 真性true解離性dissecting仮性pseudo原  因: 動脈硬化性atherosclerotic感染性infected外傷性traumatic炎症性inflammatory先天性congenitalその他(松尾汎,2004 21)より)

図5胸腹部大動脈瘤の人工血管置換範囲によるCrawford 分類

I型II型III型IV型
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Danlos症候群でみられる典型的な組織学的所見であり,瘤壁の弾性線維の減少を認める.これに対し,動脈硬化性のTAAは下行大動脈にみられることが多く,病理学的にはAAAと同様の所見であり,広義の変性が病因であるといえる.

1.3.4 瘤の形

瘤の形状から,紡錘状(fusiform type)と嚢状(saccular type)に分類される.紡錘状は大動脈全周での拡張であり,嚢状は局所(偏側性に一部)が拡張して嚢(ふくろ)状または球状をしているものとする(球状を示すものも嚢状に含める).(PQ 1,P. 22参照)

2 大動脈解離の定義,病態,分類

2.1 定義

大動脈解離(aortic dissection)とは「大動脈壁が中膜のレベルで2層に剥離し,大動脈の走行に沿ってある長さをもち2腔になった状態」で,大動脈壁内に血流または血腫(血流のある型がほとんどであるが,血流のない=血栓化した型もある)が存在する動的な病態である22, 23).剥離の長さについては1 cm以上あるものとしている論文もあるが24),明確な定義はない.臨床的には,画像診断で明確に描出できる長さが少なくとも1~2 cm以上なければならない.

大動脈解離は本来の大動脈内腔(真腔,true lumen)と新たに生じた壁内腔(偽腔,false lumen)からなり,両者は剥離した解離フラップ(flap,内膜と中膜の一部からなる隔壁)により隔てられる.解離フラップは,通常1~数個の内膜裂孔(tear)をもち,これにより真腔と偽腔が交通するが,内膜tearが不明で真腔と偽腔の交通が見られない例も存在する.真腔から偽腔へ血液が流入する主な内膜tear (initial tear,primary tear)をエントリー(entry)と称し,真腔へ再流入する内膜tearをリエントリー(re-entry)と称する.また,偽腔の再開通(re-canalization)とは,閉塞していた(血流がない)偽腔が再び開通して偽腔に血流が認められる状態となった場合をいう.再解離(re-dissection)は,従来の偽腔とは別の部位に新たに解離が生じた場合,または同じ部位に新たに解離が生じて3腔になった場合に用いる.本症は瘤化を認めないことも多く,通常は「大動脈解離」と称する.「解離性大動脈瘤(dissecting aneu- rysm)」という名称は,径が拡大して瘤形成を認めた場合

にのみ使用される.

大動脈解離の発症メカニズムは不明な点が多い.時間をかけて作られた「中膜病変=脆弱な中膜」を背景にして,「血行力学的な負荷」が加わって発症すると考えられている.中膜病変とは,弾性板の減少25, 26)と弾性板間架橋線維の減少26, 27)であると想定され,その原因は高血圧27),Marfan症候群を代表とする遺伝性結合織疾患25)などである.かつて指摘されていた中膜病変としての「嚢状中膜壊死(cystic medial necrosis)」はMarfan症候群などの結合織疾患には多く認められるが,それ以外の症例では明らかではない25, 28).また「血行力学的な負荷」の多くは,高血圧によって生じるずり応力29, 30)や大動脈基部の運動31)などと想定されており,今後のさらなる研究がまたれる.

解離に関する言葉の定義でもっとも混乱しているのは,以下に述べるintramural hematoma(IMH),penetrating atherosclerotic ulcer(PAU),ulcer-like projection(ULP)という用語である.本邦では古くより,大動脈解離を偽腔に血流のある開存型と血流のない閉塞型とに分け,この2つを同じ解離の分類と考えてきた.一方,欧米では「acute aortic syndrome(AAS)」という概念のなかの分類としてclassic dissection,IMH,PAUの3つを挙げている32).

IMH(intramural hematoma):欧米においては偽腔に血流のない偽腔閉塞型解離を指すが,これを壁内血腫あるいは壁内出血ととらえ,解離の亜型として認識してきたことに由来する.「原義のIMH」は病理学的に定義された内膜tearのない「壁内血腫」または「壁内出血」であるが,その後,画像診断の発展とともに,tearを伴うものも含んだ「IMH with ulcer」,「IMH with ULP」などの表現が頻用され,「原義のIMH」とは異なった使われ方をされている.そのため,本ガイドラインの前回改訂(2011)では,混乱を避けるためにIMHという用語を使用しなかった.しかし,国際的にはIMHが広く定着しているため,今回の改訂では,国際的に使用されているように,IMHを原義とは異なった広がりをもつ言葉として理解することとした.本邦と欧米の用語の対応関係を表4にまとめた.

PAU(penetrating atherosclerotic ulcer):「動脈硬化性病変が潰瘍化して,内弾性板,中膜以下に達するもの」と定義されており33),PAUそのものは解離とは異なる病態である.これが中膜方向に広がりをもつと解離,外膜方向に進行すると嚢状動脈瘤または大動脈破裂となる.しばしば実臨床で問題となるのは,PAUが中膜レベルでどこまで広がれば「解離」と呼ぶのかということである.もう一つの問題は,PAUとULPとの使い分けである(PQ 9,P. 93参照).

ULP(ulcer-like projection):主に急性大動脈解離の画
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像診断における画像所見の表現の一つであり,造影CTや血管造影において「閉塞した偽腔における頭尾方向の広がりが15 mm未満の造影域」と定義される.ULPはULP型解離におけるprimary entryである可能性が示唆されており,また経過中に拡大(開存型に移行する,あるいは瘤となる)・消退(縮小して偽腔閉塞型に移行する)して,予後の指標となることから,ULP型解離の重要な観察ポイントである.

2.2 病態

大動脈壁の解離とそこへの血液流入を本態とする大動脈解離は,発症直後から経時的な変化を起こし,動的な病態を呈する.また,広範囲の大動脈とその分枝に病変が進展するため種々の病態を示す(図6).解離が引き起こす病態を,1破裂,2分枝灌流障害(malperfusion), 3その他,と分けて整理するが,詳細は第3章の「1. 症状」(P. 26~)を参照のこと.

破裂:心タンポナーデと胸腔・腹腔内への破裂に大別できる.心タンポナーデは破裂の一形態であり,A型解離における死因として最も高率の病態で,検死となった症例の85%程度を占める34).上行大動脈における心膜翻転部までに大動脈壁の破綻が生じた結果,心膜腔へ大動脈血流が流入して血液(血性心嚢液)が貯留することで生じる.胸腔・腹腔内への破裂は残りのおよそ15%を占める34).

malperfusion:解離によって,大動脈の分枝動脈への血流が低下することにより臓器虚血が生じる.発生機序として,解離が直接分枝に及んで分枝そのものの真腔血流が低下するstatic obstruction,分枝への上流からの供給が狭小化した真腔(または偽腔)によって低下するdynamic obstructionがあり,その片方または両方により分枝虚血に陥る.冠動脈や頚動脈,肋間・腰動脈(Adamkiewicz動脈),腹腔動脈,上腸間膜動脈,腎動脈,総腸骨動脈などにmalperfusionが生じれば,心筋梗塞,脳梗塞,対麻痺,肝障害,腸管虚血,腎機能障害・高血圧・腎梗塞などの重要臓器障害や下肢虚血が生じ,急性大動脈解離の死因

となることがある.

その他:解離が大動脈基部に及べば大動脈弁閉鎖不全が生じ,重篤な心不全の原因となりうる.解離によって大動脈が拡張し大動脈瘤となれば,破裂の原因になりうる.また,偽腔内に大量の血栓が形成されれば播種性血管内凝固症候群(DIC)や炎症反応の上昇がみられる.

2.3 分類

大動脈解離の臨床的病型は,3つの視点から分類されている.すなわち,1解離の範囲からみた分類,2偽腔の血流状態による分類,3病期による分類である(表5).病態を把握し,治療方針を決定するためには,これら3つの要素を組み込んで病型を表現する必要がある.

図6大動脈解離の病態

脳虚血

胸腔内出血縦隔内出血

腹腔内出血後腹膜出血

心タンポナーデ冠虚血

大動脈弁閉鎖不全

肝虚血腸管虚血脊髄虚血

腎虚血

下肢虚血出血性合併症虚血性合併症

表4 IMH(壁内血腫)の概念と表記

概 念日本語表記英語表記

tear(内膜裂孔)がないもの(本来は病理学的診断)偽腔閉塞型大動脈解離(図7-a) IMH tear(内膜裂孔)が見えないもの(臨床診断)偽腔閉塞型大動脈解離(図7-b) IMH ULPがあるものULP型大動脈解離(図7-c) IMH with ULP IMH with ulcer intimal defect with IMH偽腔が開存しているもの偽腔開存型大動脈解離(図7-d ~f) aortic dissection or classic dissection IMH: intramural hematoma,ULP: ulcer-like projection
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2.3.1 解離の範囲からみた分類

Stanford分類とDeBakey分類がある.前者はentryの位置にかかわらず解離が上行大動脈に及んでいるか否かでA型とB型に分けている35).なお,弓部にentryや偽腔を有するB型解離が「non-A non-B解離」とされることもある.後者は解離の範囲とentryの位置によりI型,II型,III型(a,b)と分類している36).

2.3.2 偽腔の血流状態からみた分類

偽腔閉塞型,ULP型,偽腔開存型がある.以下のように定義する.

偽腔閉塞型:三日月型の偽腔を有し,偽腔内への血液の流入を認めない場合を指す.造影CT検査早期相において造影されない偽腔を認めるが,後期相において偽腔に造影剤による染まりを認める場合があり,その診断は造影剤注入直後の造影CT検査早期相にて行う.この型には,実際にtear がない場合(原義のIMH) (図7-a)と,tear があるが画像診断で血流を確認できない場合(図7-b)の両方が含まれていると考えられるが,両者を鑑別することは困難である. ULP型:発症2週以内の造影CT検査にて血栓化した偽

腔の一部にULPを一度でも認めた場合は,ULP型と分類する(図7-c).ULPに関して,そのサイズが頭尾側方向に15 mm以上(5 mmスライス厚CT横断像にて4スライス)認められた場合は,ULPの定義から外れる.その場合, ULP型ではなく,偽腔開存型に分類する.一方,閉塞した偽腔内に造影剤がプーリングする壁内血液貯留(intramural blood pooling,IBP) (後述)の場合,ULPとの鑑別が困難ではあるが,その形態から明らかにIBPと判断できる場合にはULPから除外する.

偽腔開存型:発症時の造影CT検査において造影される偽腔を認める場合であり,典型的には解離フラップにより真腔と偽腔が明瞭に識別される.この型の偽腔の状態は,偽腔にまったく血栓を認めない場合(図7-f),一部血栓化が起こっている部分閉塞型(partial thrombosis) (図7-e),さらに血栓化が進んでULP型に近い場合(図7-d)などがある.

2.3.3 病期による分類

発症後2週間以内を急性期,2週間を超えて3ヵ月までを亜急性期,3ヵ月を超えた場合を慢性期とする.救急医

表5大動脈解離の分類

1.解離の範囲による分類Stanford分類A型:上行大動脈に解離があるものB型:上行大動脈に解離がないものDeBakey分類I型:上行大動脈にtearがあり,弓部大動脈より末梢に解離が及ぶものII型:上行大動脈に解離が限局するものIII型:下行大動脈にtearがあるものIIIa型:腹部大動脈に解離が及ばないものIIIb型:腹部大動脈に解離が及ぶものDeBakey分類に際しては以下の亜型分類を追加できる弓部型:弓部にtearがあるもの弓部限局型:解離が弓部に限局するもの弓部広範型:解離が上行または下行大動脈に及ぶもの腹部型:腹部にtearがあるもの腹部限局型:解離が腹部大動脈のみにあるもの腹部広範型:解離が胸部大動脈に及ぶもの(逆行性III型解離という表現は使用しない)

2.偽腔の血流状態による分類偽腔開存型: 偽腔に血流があるもの.部分的に血栓が存在する場合や,大部分の偽腔が血栓化していてもULPから長軸方向に広がる偽腔内血流を認める場合はこの中に入れるULP型: 偽腔の大部分に血流を認めないが,tear近傍に限局した偽腔内血流(ULP)を認めるもの偽腔閉塞型: 三日月形の偽腔を有し,tear(ULPを含む)および偽腔内血流を認めないもの

3.病期による分類急性期:発症後2週間以内.この中で発症48時間以内を超急性期とする亜急性期:発症後2週間を超えて3ヵ月以内慢性期:発症後3ヵ月を超えるものStanford A型Stanford B型
p.19
療の立場からは,発症後48時間以内を超急性期と称する場合もある.

3 疫学

本邦における大動脈瘤と大動脈解離に関する全国統計はいまだなく,その正確な発症率は不明である.以下に数少ないデータベースからの統計を示す.

3.1 年間発症率

地域における統計として,数は少ないが地域調査が報告されている(表6) 37).10万人あたりの年間発症数はおよそ3人前後と思われていたが,東京都急性大動脈スーパーネットワークのデータでは,急性大動脈解離の発症は10万人あたり年間10人であると報告されている.

手術件数からの推定として,日本胸部外科学会の年次報告(2011~2017年)によると,非解離性TAA,大動脈解離ともに増加の傾向にある(図8) 38-43, 43a).また,NCD登録症例に基づく日本血管外科学会の年次報告(2011~ 2014年)によると,AAAの症例数も同様に増加傾向にある(図9) 43b).

3.2 年齢による発症数の変化

図10-aは非解離性大動脈瘤の発症の年齢分布を示し,ピークは男性70歳代,女性80歳代である44).非解離性大

動脈瘤が高齢に偏っているのは,動脈硬化との関連によるものと思われる.図10-bに示すように大動脈解離の発症のピークは男女とも70歳代である44).

3.3 季節,時間,曜日による発症数の変化

大動脈解離の発症は冬場に多く夏場に少ない傾向がある34, 45, 46).また,時間的には活動時間帯である日中が多く,特に午前6~12時に多いと報告されている.逆に深夜から早朝は少ない45–47).曜日による有意差はない34).

3.4 突然死例にみる大動脈解離

村井らによる東京都監察医務院における報告34)は,発病後短時間で死亡,あるいは予期しない死亡のケースの解剖がほとんどであることより,突然死の剖検報告と考えてよい.病院着前死亡は61.4%に及ぶ.発症から死亡まで1時

表6地域における急性大動脈解離の発症率調査

年対象地域対象人口発生数/ 10 万人/ 年1997大阪府北中部600万人3.12 1998三重県160万人3.7 1999阪神地区1000万人2.67 1991~2000大阪府高槻市37万人2.62 1997~2005岩手県都市圏100万人5.2 (福本仁志,2002 37)より)

図7偽腔の状態による大動脈解離の分類

d b a c e f

ULP

偽腔閉塞型解離ULP型解離偽腔開存型解離
p.20
間以内は7.3%,1~6時間は12.4%,6~24時間は11.7%であり,病院着前死亡と併せると,93%が24時間以内に死亡したことになる.解離の発症時期としては,急性期が94.5%.このうち解離型(DeBakey分類)ではII型が最も多く38.1%で,一般の解剖で I 型が最も多いこととは異なる.直接死因は98.5%が大動脈破裂である.上行大動脈破裂の結果として心タンポナーデとなるものが86.6%,次いで左右胸腔への破裂は8.1%であった.わずか1.5%が破裂以外を死因としており,それは解離の冠動脈への進展による心筋虚血であると推定された.一般には右冠動脈が関与することが多いとされているが,突然死例では左冠動脈に解離が及んだ症例が多かった.

4 用語

4.1 大動脈瘤aortic aneurysm

胸部大動脈瘤 thoracic aortic aneurysm(TAA):胸郭内にある大動脈に生じた瘤の名称.上行は大動脈弁輪から腕頭動脈分岐部まで,弓部は腕頭動脈起始部から第3~第4胸椎の高さ(肺動脈の左右分岐の部位)まで,下行は第3 ~第4胸椎の高さから下方の部分をいう.胸腹部大動脈瘤 thoracoabdominal aortic aneurysm (TAAA):胸郭から腹腔に連続した瘤の名称.Crawford分類により,人工血管置換範囲別に4型に分類する(図5).

腹部大動脈瘤 abdominal aortic aneurysm(AAA):腹部大動脈に生じた瘤の名称.真性大動脈瘤 true aneurysm:一般にいう大動脈瘤と同義.解離性大動脈瘤,仮性大動脈瘤と明確に区別する時に用いる.瘤壁は本来の動脈壁からなるが,瘤が大きくなった場合には組織学的に中膜が確認できない場合も存在する.解離性大動脈瘤 dissecting aneurysm:成因が大動脈解離である瘤.仮性(偽性)大動脈瘤 pseudo(false)aneurysm:大動脈の壁構造を有しない瘤.成因として,外傷,感染などが多い.紡錘状大動脈瘤 fusiform type aortic aneurysm:大動脈瘤の形態による分類の一つ.嚢状大動脈瘤 saccular type aortic aneurysm:大動脈瘤の形態による分類の一つ.紡錘状瘤と嚢状瘤:大動脈壁が全周性に拡張して正常径の1.5倍以上になった場合を「紡錘状瘤」,一部分のみがこぶ状に突出した場合を「嚢状瘤」と称する.なお,明確に判別できない場合は,嚢状瘤として取り扱う.臨床的には嚢状瘤は不安定であり,突出部の大きさにかかわらず手術適応とされることが多い.(PQ 1参照)炎症性大動脈瘤 inflammatory aortic aneurysm:成因が炎症である瘤.一般に炎症は感染を含む概念であるが,この場合の「炎症」は感染を含まない.大動脈周囲炎 inflammatory periaortitis:大動脈周囲に炎症が認められるが,瘤の定義をみたすほどの大動脈の拡

図8本邦の非解離性胸部大動脈瘤,大動脈解離の手術件数の年次推移(Amano J, et al. 2013

38),Masuda M, et al. 2014 39),Masuda M, et al. 2015 40),Masuda M, et al. 2016 41),Masuda M, et al. 2018 42),Shimizu H, et al. 2019 43),Shimizu H, et al. 2020 43a) より作図)

0 2000

4000 6000

8000 10000

12000 非解離性胸部大動脈瘤 大動脈解離

2012 2011 2013 2014 2015 2016 2017

手術件数

図9本邦の非解離性腹部大動脈瘤の手術件数の年次推移(日本血管外科学会43b) より作図)

0 2000

4000 6000

8000 10000

12000 14000

16000 18000

20000

2011 2012 2013 2014

外科手術EVAR

手術件数
p.21
張がない場合.感染性大動脈瘤 infected aortic aneurysm:成因が感染である瘤.破裂 rupture:動脈壁の破綻が起こって血管外へ血液が漏出している状態.切迫破裂 impending rupture:動脈瘤を原因とする痛みはあるが,動脈壁の破綻が起こっていない状態. 4.2 大動脈解離aortic dissection

解離性大動脈瘤dissecting aneurysm:瘤形成をした大動脈解離.以前は大動脈解離の一般的な呼称として用いられたが,大動脈解離急性期には瘤の定義を満たす拡大を認めないことが多いため,急性期の大動脈解離は「急性大

図10 本邦の非解離性大動脈瘤と大動脈解離の剖検数の年齢分布(日本病理学会44) より作図)

400 350

300 250

200 150

100 50

0

剖検数

0~9 10~19 20~29 30~39 40~49 50~59 60~69 70~79 80~89 90~年齢(歳)

男性女性

b 大動脈解離(2002~2008年)

1200 1000

800 600

400 200

0

剖検数

0~9 10~19 20~29 30~39 40~49 50~59 60~69 70~79 80~89 90~年齢(歳)

男性女性

a 非解離性大動脈瘤(2003~2008年)
p.22
PQ 1

動脈解離」と呼称する.真腔 true lumen:本来の動脈腔.偽腔 false lumen:壁内に新たに生じた腔(「解離腔」は用いない).解離フラップ flap:(内中膜)隔壁.剥離内膜ともいわれたが,実際は内膜と中膜の一部によって構成される.裂孔・裂口,亀裂 tear:解離でみられる,内膜・中膜の亀裂部位で,真腔と偽腔が交通する部位.intimal tearも慣用的にtearの同義語として用いられる.エントリー entry:真腔から偽腔へ血流が入り込む部位.リエントリー re-entry:偽腔から真腔へ血流が流れ込む部位. (入口entryと再入口部re-entryを兼ねる用語として,「交通口(交通孔)」も用いる)偽腔開存型解離:大動脈解離の欧州における分類のcommunicating aortic dissection と同義.classic dissection, double barrel aortaともいう.本邦における大動脈解離の3分類の一つ.偽腔閉塞型解離:大動脈解離の欧州における分類のnoncommunicating aortic dissectionと同義.本邦における大動脈解離の3分類の一つ.潰瘍様突出像ulcer-like projection(ULP):偽腔の一部に動脈造影検査などの画像診断で認められる小突出所見(protrusion).画像診断法によってその検出能は異なるが,「画像上の所見」であることから,それらの中には種々の病態(tear,分枝の断裂部位,動脈硬化性潰瘍部位など)が含まれる.臨床的にはサイズにかかわらず病態が不安定であることから,厳重な監視を必要とする.したがって,注意を喚起するため,次項の「ULP型解離」は偽腔開存型解離に準じて対処することを推奨する(詳細はPQ 9,P. 93参照). ULP型解離:ULPをもつ解離.本邦における大動脈解離の3分類の一つ.古典的大動脈解離 classic aortic dissection:tearやフラップをもつ解離.欧米におけるacute aortic syndromeの3分類の一つ.本邦の「偽腔開存型解離」とほぼ同義.壁内血腫intramural hematoma(IMH):病理学的にはtearのない解離.欧米におけるacute aortic syndromeの3分類の一つ.本邦の「偽腔閉塞型解離」とほぼ同義(詳細はPQ 9,P. 93参照).壁内出血 intramural hemorrhage:壁内血腫と同義.穿通性動脈硬化性潰瘍 penetrating atherosclerotic ulcer (PAU):動脈硬化性病変が潰瘍化して,内弾性板,中膜以下に達するもの.欧米におけるacute aortic syndromeの3分類の一つ.壁内血液貯留 intramural blood pool(IBP):肋間動脈が

傷害されたことに起因する血液貯留.ULPとの鑑別が必要.再解離 re-dissection:元来の解離の部位とは別の部位に新たに解離が発生したもの.または,同じ場所に新たな解離が起こって3腔となった場合.再開通 re-canalization:血流がなく閉塞していた偽腔に再び血流が生じた状態.逆行性解離 retrograde dissection:解離が中枢側に向かって逆行し,それが広範である場合を指す.左鎖骨下動脈以遠にULPがあるA型解離は逆行性解離を強く疑う.解離の進展 extension:解離が動脈の主に長軸方向に拡がること.いったん終了した解離がある時間をおいて再び進展すれば再解離の範疇に入れてよい.解離(偽腔)の拡大 enlargement:偽腔が主に短軸方向に拡がること.

嚢状瘤は早期手術の対象とすべきか推奨嚢状瘤,特に突出が著しい嚢状瘤ほど破裂しやすいが,破裂リスク評価はいまだ確定しておらず,嚢状瘤に対する手術適応は慎重に決定する必要がある.

大動脈瘤の形状は紡錘状と嚢状に大別される.大動脈瘤の手術適応は,紡錘状の場合には大動脈径によって決定されることが多いが,嚢状の場合には破裂のリスクが高いと考えられるため,紡錘状の場合よりも大動脈径が小さいにもかかわらず,より早期に手術適応とされることが多い.したがって,紡錘状であるか嚢状であるかは,手術適応を決定するための最も重要な判断材料の一つである.嚢状の一般的な定義は,「局所または偏側性の大動脈の拡大(focal or asymmetric aortic enlargement)」48)とされているが,曖昧であり,より厳密な定義が求められてきた.

近年では有限要素分析法により,破裂リスクの高い嚢状瘤と,紡錘状瘤と変わらず破裂リスクの低い「嚢状瘤と認識されてきた瘤」とがあることがわかってきた.図11のように,sac depth/neck width>0.8を高リスク嚢状瘤の定義とすれば,>0.8 をみたす嚢状瘤は,大動脈壁ずり応力(wall shear stress)が低く49),その結果,破裂のリスクが高くなる50).また,図12のように高リスク嚢状瘤をaspect ratio(vertical diameter/horizontal diameter)<1.0 と定義すると,<1.0 で最大主応力(maximum principle stress)が非常に高いことが示されている51).上記のように,高リスク嚢状瘤の定義は一様ではないが,嚢状瘤における瘤の突出が著しいほどsac depth/neck widthは大きくなり,逆にvertical/horizontal diameterは小さくなり,破裂リスク
p.23
が高くなることが示唆されている.したがって,上記の基準を満たす嚢状瘤は紡錘状瘤に比して破裂リスクの高い瘤として扱う必要があり,「真の嚢状瘤」といえる.ただし,突出部分(neck widthまたはvertical diameter)が短い嚢状瘤の場合には,上記パラメーターではリスクが過大評価されるので注意を要する.

また,瘤の存在部位に屈曲が重なると,嚢状瘤の評価が難しくなる.そのような場合には,冠動脈CT検査で使われている技術で画像を直線化して評価することが可能である.図13と14は,3D-CT画像ではどちらも嚢状にみえるが,直線化して上記の計算をしてみると図13は高リスク嚢状瘤,図14は低リスク嚢状瘤となる.

一方で,嚢状瘤の拡大速度は紡錘状瘤と差がないとする報告もあり52),また,大動脈径を補正した嚢状瘤の最大壁圧は紡錘状瘤と差がないとする報告53)もある.そもそも嚢状瘤の定義が曖昧であったため,研究対象の母集団の中に上記のような「嚢状瘤にみえる紡錘瘤」が多く混じっていたものと考えられる.結論として,嚢状瘤に対する侵襲的治療の適応サイズは明確にできないが,AAA多数例のコホート研究では,破裂時点における動脈瘤径の比較において嚢状瘤の8.4%が45 mm未満,紡錘状瘤の8.1%が55 mm未満とほぼ同比率であることより,「(紡錘状瘤の適応サイズ) - 10 mm」が侵襲的治療の適応の一つの目安と結論している54).この意見を採用すると,嚢状瘤における侵襲的治療の適応サイズはhorizontal diameterにて,AAA ≧45 mm以上,TAA≧50 mmを設定ラインと考えてよいかもしれない.

残念ながら,嚢状瘤の破裂リスク評価はその定義を含め確定しておらず,そのことに留意して治療適応を決定する必要がある.

図11 高リスク嚢状瘤の定義(1)

neck width

sac depth

高リスク嚢状瘤:sac depth / neck width>0.8

図12 高リスク嚢状瘤の定義(2)

vertical diameter

horizontal diameter

高リスク嚢状瘤:vertical diameter / horizontal diameter<1.0図13 高リスク嚢状瘤

右図はsaggital line(S)の矢状断を直線化したもの. sac depth (D) / neck width (W) =1.03>0.8 neck width (W) / horizontal diameter (H)=0.73<1.0 (D=54.8 mm,W=53.0 mm,H=72.2 mm)

図14 低リスク嚢状瘤右図はsaggital line(S)の矢状断を直線化したもの. sac depth (D) / neck width (W) =0.64<0.8 neck width (W) / horizontal diameter (H)=1.01≧1.0 (D=36.0 mm,W=56.5 mm,H=55.8 mm)
p.24
1 大動脈の正常と加齢変化, 動脈硬化

大動脈は大動脈弁を含むバルサルバ洞に始まり,上行,弓部,下行胸部,腹部へと続く.正常の大動脈は血流面の1層の内皮細胞とその直下の薄い基質からなる内膜層を有し,中膜は平行に走行する弾性線維による弾性板層と膠原線維とプロテオグリカン,それらを産生する平滑筋細胞から構成されている.中膜弾性板層は上行大動脈で最も多く50 ~60層あり,下行大動脈では30層以下となっている(図15).動脈硬化や中膜の変性,また加齢に伴って,以下の3つの変化,1中膜平滑筋細胞の減少,2弾性線維の断片化, 3細胞外基質の増加,がそれぞれ過剰になると,瘤として

の表現形を示す.その結果として血管は拡張し,長さも長くなって蛇行する(図16).外膜のvasa vasorumから中膜へ入り込む血管は中膜の外膜側1/3までで,それより内膜側には正常では血管の分布はない.しかし,中膜が破壊されるような病変がおこると中膜内の血管新生がみられる.外膜は疎な結合組織から構成され,vasa vasorumや末梢神経,リンパ節が散在性に存在する.大動脈疾患は,動脈硬化症,中膜変性疾患による中膜の萎縮,炎症性疾患に大別され,その多くが大動脈瘤となるが,中膜弾性板層の破壊と血行力学的な影響により大動脈瘤形成に至る55).

2 大動脈病変

大動脈の病理組織学的な病的反応として,内膜では線

第2章 病理

図15 大動脈正常構造(20 歳代代表例,非同一症例)

内膜

中膜

外膜

図16 大動脈の加齢変化(80 歳代代表例,非同一症例)
p.25
維細胞性内膜肥厚と動脈硬化性が主体であり,中膜を病変の主座とする疾患は結合織疾患と炎症性疾患があげられる.それぞれについては別項で記載する.

3 大動脈瘤とは

大動脈壁が拡張し,外膜側に突出している状態を指すが,真性瘤は大動脈瘤壁が内膜,中膜,外膜のすべてから構成されているもので,仮性瘤は瘤壁に中膜成分はなく,外膜または周囲結合織から構成されている場合である(図17).解離性瘤は,entryとしての内膜剥離から中膜筋層に血流が入り込み,偽腔を形成し,その偽腔が拡大して血管径が大きくなったものである55).

4 大動脈硬化症

動脈硬化は炎症,線維増生,石灰化などによる動脈壁の弾力性の低下から血管機能の障害をもたらす変化である(図18).加齢性変化や高血圧などの慢性的な圧負荷が原因となる.大動脈では主に石灰化を伴った進行した粥状硬化症により拡張と狭窄病変を呈する.動脈硬化性病変はAHAにより初期病変(グレードI,II),中等度病変(グレードIII),進行・複合病変(グレードIV,V,VI)に分類されている56–58).

進行・複合病変(advanced,complicated lesion)では線維性肥厚した内膜下にTリンパ球,マクロファージによる炎症とともに膠原線維増生と脂質の過剰な沈着(コレステリン沈着)から成る粥腫を形成する.内膜肥厚部では石

灰化も出現する.粥腫の形成は腹部大動脈では腎動脈下で最も顕著になる.腸骨動脈ではしばしば高度狭窄を呈する.胸部では弓部と頚部・鎖骨下の三分岐周囲に粥腫形成が先行することが多い.粥腫表面は内皮細胞傷害により潰瘍形成をきたし,そこに血栓形成などを呈することで,複合病変(complicated lesion)とよばれ,AHA分類56–58)のIVからVIに相当する(図18).この段階になると多量の粥腫が中膜にも波及し,中膜は菲薄化して動脈瘤形成や大動脈解離を惹起しやすくなる.

5 粥状硬化症による大動脈解離

穿通性動脈硬化性潰瘍(PAU)を基盤とし,PAUの潰瘍底部が破綻して解離に進展する59–64).

図18 大動脈粥状硬化のグレード(AHA 分類)グレードIV以上が複合病変

グレード I/II内膜肥厚粥腫なしグレード III

粥腫壊死なしグレード IV

粥腫壊死性コアなしグレード V

石灰化病変グレード VIプラーク破裂/潰瘍プラーク内出血

大動脈解離/解離性大動脈瘤

真性大動脈瘤

仮性大動脈瘤

図17 大動脈瘤の形態
p.26
6 遺伝性結合織疾患による 大動脈解離

遺伝的背景により,大動脈中膜の重要な構成成分である細胞外基質の形成異常から中膜に異常をきたし,拡張や解離をきたす.Marfan症候群ではフィブリリン-1遺伝子(FBN1)の異常により中膜のミクロフィブリルが不安定化し,結合織の脆弱性が生じる.組織学的には,部位による差異はあるが,弾性線維の断裂が目立ち,断裂した弾性線

維層間に細胞外基質(主にプロテオグリカン)が貯留して,いわゆる嚢状中膜壊死(cystic medial necrosis, CMN)像を呈する.近年,TGF-β 受容体の遺伝的異常である Loeys-Dietz 症候群に加え,他の家族性胸部大動脈瘤・解離においてもTGF-β シグナル伝達経路の遺伝的異常が同定され,Marfan症候群の原因蛋白質であるフィブリリン-1もTGF-β のシグナル調節因子であることが判明している(第8章の「1. 遺伝性大動脈疾患」P. 134~を参照).

1 症状

1.1 大動脈瘤の症状

TAA・AAAは大半が無症状であり,画像検査にて偶発的に診断されることが多い.しかし,大動脈瘤の部位や大きさ,拡大速度によっては併発症状を呈するので,診察の際は大動脈瘤を鑑別の一つに挙げておくことは重要である.

TAAでは咳や息切れ65),嚥下痛,嚥下困難66),嗄声を, AAAでは持続的または間欠的な腹部拍動感や腹痛,腹部不快感を自覚することがある.瘤圧迫により食事摂取時の腹満感から食欲低下をきたすこともある.一方で,大動脈瘤破裂または切迫破裂時には胸部・腹部・背部・臀部などに急激な疼痛を呈することが多く,破裂例ではバイタルサインの崩れをきたす.特殊な例として,大動脈下大静脈瘻から高拍出性心不全に起因する心不全症状,大動脈消化管瘻から吐血や下血,大動脈気管瘻から喀血を合併することがある. 1.2 急性大動脈解離の臨床症状

急性大動脈解離の臨床症状には,解離そのものによって生じる疼痛・失神と,解離が生じたことによって起こる続発症(合併症)がある.解離による続発症は,破裂・出血, malperfusion,その他の3つに大別される.

1.2.1 発症時の疼痛,失神

a. 疼痛

急性期においては疼痛が主症状であり,欧米においても大動脈解離診断リスクスコア(ADD-RS)の重要なリスクマーカーに列挙されている.大半の症例で発症時に胸部・背部に激痛を訴え,過去に経験したことのない強い疼痛と表現されることが多い.性状は鋭く引き裂かれるような痛みであり,突然発症が特徴的である.A型解離では前胸部痛, B型解離では背部痛や腹痛が特徴的である.また,痛みは解離部位の拡大とともに移動したり,逆に解離の進展が止まると一時的に疼痛が消退することもある.一方で,急性大動脈解離の6%程度は無痛性であることも重要である67). b. 失神

9~20%は典型的疼痛がなく失神をきたす68, 69).失神は,急性大動脈解離が心や脳血管に至る場合,心タンポナーデや脳虚血により生じるが,疼痛による迷走神経反射でも起

第3章 症状,検査,診断
p.27
こりうる.

1.2.2 解離による続発症

a. 破裂

上行大動脈の解離が心嚢内で破裂した場合,心タンポナーデを生じる.心タンポナーデは急性期の死因として最も多く重篤であり,剖検例報告では死因の70%が心膜腔への穿破とされる70).特に,心膜が覆っている上行大動脈に解離が波及した場合には,心タンポナーデを発症する可能性がある.心タンポナーデは解離した大動脈の心嚢内穿破に伴う血性滲出液貯留により生じるが,その量と貯留速度によって心タンポナーデ発症までの時間的経過は異なる.また,胸部・腹部大動脈解離から破裂が生じた場合,胸腔・腹腔内穿破による出血も認める.大動脈解離剖検例からは,死因となる大量出血が認められることが最も多い部位は左胸腔で,次に縦隔,後腹膜腔である71). b. 胸部・腹部大動脈分枝のmalperfusion

解離により大動脈分枝に狭窄や閉塞が発生した場合には,その分枝から血液供給を受けている臓器のmalperfusion(灌流障害)が生じ,さまざまな症状を呈する.malperfusionは,1dynamic obstruction(entryから偽腔内に入った血液がその抜け場所がなく,偽腔内に血液が溜まって真腔を圧迫し,分枝灌流を阻害する),2static obstruction(解離した内膜が分枝内に入り込み,分枝を閉塞して分枝灌流を阻害する),および1+2の併発型の3つに分類される.各malperfusionに対する治療方法の詳細は,第6章の「3. Stanford B型大動脈解離」の治療の項(P. 112~)を参照のこと. i. 冠動脈

冠動脈への解離の波及は,剖検例の報告から大動脈解離全体の3~7%とされている25, 72).ショック例を除く心筋虚血はA型解離の3~9%であり72, 73),胸痛,房室ブロック,呼吸困難などの冠動脈疾患にみられる種々の臨床症状を呈する.解離は大動脈基部では右冠尖から無冠尖に沿って進展することが多いため,左冠動脈に比べ,右冠動脈に解離による血流障害が生じやすい. ii. 脳血管

解離が頚動脈や椎骨動脈に及ぶと,脳血管灌流異常や低血圧,遠位部血栓塞栓症,神経圧迫などによりさまざまな神経症状を示す.脳神経症状は意識障害と局所的神経障害に分けられるが,その症状と程度はさまざまである.いずれも弓部分枝の血流異常によって発症するが,意識障害は心筋虚血や大量出血による全身の循環不全によっても生じることがある.脳虚血の合併率は3~7%である.脳梗塞はほとんどの場合,腕頭動脈や左総頚動脈の狭窄や閉塞により生じる.

iii. 脊髄虚血

下肢対麻痺は約4%に発症する71, 74).脊髄上部は主に椎骨動脈の分枝血流によって栄養されており,この部が大動脈解離によって傷害される頻度は少ない.一方,脊髄下部への主な血流は大動脈からの直接分枝である肋間動脈や腰動脈分枝によって保持されている.特に,胸椎下部から腰椎上部において前脊髄動脈に結合する分枝(Adamkiewicz動脈)は通常他の脊髄枝に比して太く,大根動脈(arteria radicularis magna)と呼ばれる.下行大動脈の解離によって肋間動脈や腰動脈が狭窄したり真腔から離断されたり,あるいは偽腔が血栓閉塞したりすると,Adamkiewicz動脈の血流障害が生じ,脊髄上部と下部の分水嶺域である胸髄中部に虚血が生じる.脊髄横断症状をきたすこともあるが,脊髄前方すなわち運動神経領域が傷害されやすく,対麻痺をきたす. iv. 腸管虚血

腸管虚血は腹腔動脈や上腸間膜動脈の狭窄や閉塞により併発し,その合併率は2~7%である70, 73, 75, 76).しかしながらその病態把握は難しく,手術後に急激に出現する場合もある.A型解離よりB型解離に合併率が高いという報告もある72).腸管虚血を併発した大動脈解離は予後不良であり77),腹痛,下血などの症状や血中乳酸値,LDH上昇などに留意して,その診断に努めるべきである. v. 腎虚血

malperfusionによる腎血流障害は約7%に発症し71),乏尿や血尿を呈する.腎動脈狭窄により高血圧を合併する可能性もある.左右差については左腎の方が影響を受けやすいとする報告もあれば,左右差がないとするものもあり,一定の見解はない. vi. 四肢虚血

腸骨動脈の狭窄・閉塞,ときに大動脈狭窄や血栓閉塞による下肢脈拍消失や下肢虚血症状は7~18%に合併する73, 75).広範囲解離症例に続発することが多く,多臓器虚血の併発も多い.下肢虚血に対しては侵襲的な治療介入を検討する必要がある.高度虚血の場合には,虚血再灌流障害である筋腎代謝症候群(MNMS)を合併することがある.一方,上肢虚血は腕頭動脈や鎖骨下動脈の狭窄・閉塞により起こり,A型解離の2~15%にみられる75, 76).臨床症状の有無にかかわらず,上肢血圧の左右差(>20 mmHg)まで含めると,約半数近くにみられる68). c. その他の病態i. 大動脈弁閉鎖不全

大動脈弁閉鎖不全は上行大動脈に解離が存在する場合に認められ,解離症例の約半数で大動脈弁に対する手術
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が必要である75).解離が大動脈弁輪部に波及した場合に弁交連部と弁輪が大動脈壁から剥れて内下方へ押しやられ,弁尖が左心室内に下垂した状態となって逆流をきたす.特に,無冠尖から右冠尖へと解離が進展すると,同部位の弁尖支持を失って下垂しやすい.症状としては胸痛の後に呼吸苦などの心不全症状が出現する. ii. 急性心不全

大動脈弁閉鎖不全および冠動脈血流低下や心筋梗塞により呼吸困難などの急性左心不全をきたすことが多い.一方, B型解離でも心筋虚血や既存の拡張機能障害,コントロール不良の高血圧により左心不全症状を呈することがある. iii. 凝固異常と発熱,呼吸障害

大動脈解離による播種性血管内凝固症候群(DIC)は,急性期に破裂による大量出血や偽腔内の大量血栓形成によって生じることが多いが,慢性期や術後においても血液凝固能異常が遷延して発症することがある.大動脈解離によるDICは線溶系亢進の病態をとる.また,破裂の有無とは無関係に胸水が貯留することは比較的多く,漿液性の場合もあれば血性になる場合もある.急性大動脈解離の発症後に血管の炎症,凝固線溶系の活性化から全身の炎症反応(SIRS)が引き起こされることがあり,約30%に38°Cを超える発熱を認める77).酸素化障害が遷延化する場合もある.

2 血液検査

大動脈瘤・解離の診断は画像検査が中心であり,血液検査の果たす役割は小さい.しかしながら,他の重篤な疾患との鑑別や,大動脈解離に合併するmalperfusionなどを診断していくうえで血液検査は有用である.さらに,大動脈疾患患者では高血圧症,脂質異常症,糖尿病,高尿酸血症,肥満ならびに喫煙などの動脈硬化性危険因子を有していることが多く,他領域に及ぶ動脈硬化性疾患に対するリスク管理を行ううえでも血液検査は重要である.

2.1 大動脈瘤

未破裂大動脈瘤を診断するための特異的バイオマーカーとしてさまざまなものが検討されており,フィブリノゲン, Dダイマー,CRP,IL-6,マトリックスメタロプロテイナーゼ9などがある78).中でも高感度CRP(hs-CRP)やDダイマーはAAAの瘤径と相関し,瘤の増大速度や破裂の予測に有用とする報告がみられる79–81).

大動脈瘤が破裂すると著明な貧血やショックに伴うアシドーシスを認めることがあり,特にヘマトクリットの急激

な低下は大動脈瘤破裂を強く示唆する.また,乳酸やLDHの上昇は各臓器のmalperfusionを示唆する.

大動脈瘤は大きいものほど凝固異常を示す傾向があり,大動脈瘤により線溶亢進型DICを併発することがある.必ずしも出血傾向を示すとは限らないが,抜歯や外傷などを契機に出血のコントロールが困難となるような慢性DICの経過をたどることがある82–84).一般に大動脈瘤に合併するDICは,血小板数の減少は軽度であり,プロトロンビン時間や活性化部分トロンボプラスチン時間がほぼ正常範囲のことも多いが,フィブリン分解産物(FDP)やDダイマーは上昇している.線溶亢進型DICの多くの症例でFDP/Dダイマー比が上昇しており,鑑別に有用である85, 86)(PQ 2, P. 29参照).

炎症性大動脈瘤では白血球やCRP,赤沈など炎症マーカーの上昇をきたす.近年,炎症性大動脈瘤はIgG4関連疾患との関連が示唆されており,IgG4関連疾患である場合にはIgG4高値に加え,IgEの上昇や抗核抗体陽性を示すことが多い87).また,感染性大動脈瘤との鑑別が必要になるが,困難であることも少なくない.

2.2 大動脈解離

急性大動脈解離の治療においては,画像診断を含めた迅速な診断が予後を決定する.そのためさまざまなバイオマーカーが検討されているが,急性心筋梗塞におけるトロポニンのような特異的なものはない.しかし,Dダイマーは急性大動脈解離の多くの症例で上昇しており,500 ng/ mLをカットオフ値とすると特異度46.6%,感度96.6%と感度が高く,除外診断に有用である88–91).ただし,偽腔閉塞型や若年者の場合は,Dダイマーの上昇がみられないことがあり,注意を必要とする92, 93).

欧米のガイドラインでは,大動脈解離診断リスクスコア(ADD-RS)とDダイマーとを組み合わせた診断アルゴリスムが検査前診断確率を高めるとして推奨されている94–99). ADD-RSは患者背景や症状・身体所見をスコアリングしたものであり,ADD-RSが0または1点でかつDダイマーが<500 ng/mLであれば,急性大動脈解離の除外診断が可能で,CT検査を省略できるとしている.一方,ADD-RSが2または3点の場合はDダイマーを測定することなくCT検査を施行すべきである.1850例を前向きに検討した結果, ADD-RSが0 または1点かつDダイマー<500 ng/mLであった924例のうち,急性大動脈解離であったのはわずか3例(0.3%)であったという報告もみられる99).一方,胸痛や背部痛の訴えがなく,脳虚血症状を呈する患者の中に急
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PQ 2

性大動脈解離が隠れていることがあるが,Dダイマー高値が鑑別診断に有用であったという報告がある100, 101).

なお,Dダイマーは測定法により単位がμg/mLとng/mLの2種類があるが,本邦ではμg/mLが多く使用されている.また,検査試薬によりカットオフ値が異なるので,各施設でカットオフ値の確認が必要である.

急性大動脈解離において,繰り返す腹痛に加えてCPKや乳酸,LDHの上昇は腹腔動脈や腸間膜動脈のmalperfusionを疑う根拠となる.また,約1/3の症例で発熱を伴うことが知られているが,発熱が診断の遅れにつながる危険因子となる102).さらに,発熱を呈した場合は細菌感染との鑑別が必要となるが,細菌感染のない場合はプロカルシトニンの上昇がみられないことが報告されている103).

急性大動脈解離ではDICを発症することはまれではない104).破裂による大量出血や偽腔内での血栓形成によることが多いが,DICに至らないまでも,急性期に偽腔への血流によって凝固の活性化や二次的な線溶系の亢進が起こり,凝固因子やフィブリノゲン,血小板などが減少し,術後経過の悪化や合併症の発生につながる105, 106).また慢性期の偽腔開存型大動脈解離においても大動脈瘤と同様に線溶亢進型DICが起こることがある107).

大動脈疾患に合併した播種性血管内凝固症候群(DIC)の治療法は推奨基礎疾患である大動脈疾患に対して侵襲的治療を検討する.線溶亢進型DICに対しては,DICの専門医に相談のうえ,抗凝固療法と抗線溶薬の併用が望ましい.

大動脈瘤にDICを合併することは古くから報告されており108),瘤径の大きい動脈瘤ほど凝固異常をきたしやすく,その合併率は4%程度とされている81, 83).実際,大動脈瘤や慢性期の偽腔開存型大動脈解離では,抜歯や外傷などを契機に出血制御が困難となる慢性DICに遭遇することがあるが,現状では明確な診断・治療指針がなく,対応に苦慮することが多い.

DICは線溶抑制型,線溶均衡型,線溶亢進型に分類される.線溶抑制型DICをきたす代表的な疾患としては敗血症があるが,線溶亢進型DICをきたす疾患としては一部の悪性腫瘍(急性前骨髄球性白血病,前立腺癌)や大動脈瘤がある85).大動脈瘤や慢性大動脈解離では瘤内部や偽腔内における壁在血栓の形成とその溶解,血液の乱流が線溶系亢進をきたすと考えられているが,詳細は解明されていない.

大動脈瘤に伴う線溶亢進型DICでは,血小板減少は軽度で,プロトロンビン時間(PT)や活性化部分トロンボプ

ラスチン時間(APTT)も正常のことがあり,多くの症例で見逃されている可能性がある.すでに大動脈瘤と診断されている患者でも,これらの検査項目は正常範囲で出血傾向を示さないため,慢性DICと認識されていない状態で,抜歯や外傷などを契機に出血傾向が顕性化する症例がある.また,大動脈瘤と診断されていない患者では,特発性血小板減少性紫斑病(ITP)など誤った診断をされていることもあるため,原因不明の血小板減少を見た際は大動脈瘤も鑑別の対象とする必要がある.

線溶亢進型DICの診断では,上述のとおり血小板減少は軽度で,PTやAPTTが正常範囲であっても,フィブリン分解産物(FDP)やDダイマーなどの他の凝固マーカーは異常値を呈している.プラスミン– α 2プラスミンインヒビター(PI)複合体(PIC)の著増,α 2PIとプラスミノゲンの低下,FDPとDダイマーの上昇がみられる.しかし,トロンビン–アンチトロンビン複合体(TAT)やPIC,α 2PIなどは,すぐに院内で結果が得られないことも多く,実臨床ではFDP/Dダイマー比の上昇が有用である86).これは局所での線溶系亢進によりフィブリノゲン分解(一次線溶)が主体となるため,FDPの産生に比してDダイマーがあまり生成されないためである.

DIC治療の原則は,基礎疾患の治療に加えて補充療法と抗凝固療法であるが,大動脈瘤や慢性期大動脈解離に合併する線溶亢進型DICの治療は現状で確立したものはない.基礎疾患の治療として侵襲的治療を検討し,また,出血傾向を呈しフィブリノゲンが低下している場合は新鮮凍結血漿の補充を考慮する.抗凝固療法として未分化ヘパリンやヘパリン類(低分子ヘパリン,フォンダパリヌクス,ダナパロイド),さらにナファモスタット,遺伝子組換えトロンボモジュリンといった薬物が用いられるが,大動脈瘤による慢性DICに対する投与量など確立されたものはない.一方で,線溶活性化がきわめて強い場合には抗凝固療法が出血を助長するという懸念がある85, 109).

また,線溶亢進型DICではトラネキサム酸などの抗線溶薬が用いられることがある.しかし,DICに対する抗線溶療法は,線溶活性化により微小血栓を溶解しようとする生体防御反応を抑制するため,むしろ血栓形成を助長することになり,単独で用いると臓器障害や全身血栓症などの重大な合併症をきたし,死亡例の報告もある110).このため,抗凝固療法を併用しながら抗線溶薬を使用することが推奨されている85).最近では抗凝固療法として直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulant,DOAC)を用いた報告もあり111),今後の知見の集積が期待される.
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3 画像診断

3.1 単純X線写真

大動脈瘤・解離を評価するには,胸部では立位胸部正面X線写真(PA像),腹部では仰臥位腹部正面X線写真(AP像)が基本となる.

3.1.1 大動脈瘤

TAAは,健診などの単純X線写真で発見されることがある.正面像で上行大動脈の輪郭に連続して右方に突出する陰影として認められることが多い(図19-a).弓部瘤では,左第1弓に腫瘤状の陰影を呈するが(図19-b),時に下方へ突出することもある.下行大動脈では,大動脈の輪郭に連続する紡錘形あるいは円形の陰影として認められる(図19-c).AAAにおける単純X線写真の意義は高くない

が,ときに動脈瘤壁の石灰化がみられ,瘤の存在を認識できることがある(図19-d).

3.1.2 大動脈解離

急性大動脈解離では縦隔陰影の拡大が見られることがあるが,仰臥位では正常でも縦隔が拡大して見えることがあるため,診断的意義については議論が分かれるところである.大動脈壁の内膜石灰化の内側偏位は解離を示唆する所見であり,とくに発症前の写真と比較して変化があれば信頼度は高い.大動脈壁外縁と内膜石灰化との距離は通常2~3 mmであり,6 mm以上あれば解離の存在を疑わせる112).しかし,解離があるにもかかわらず,単純X線写真で異常所見を認めない症例も約20%あるので注意が必要である113).そのため,縦隔拡大などの所見がなくても,臨床症状からその存在を疑う場合には,CT検査やMR検査など他の画像検査を積極的に進めるべきである.また,単純X線写真で解離に合併する胸水や心不全などの二次的所見を評価することができる.

図19 大動脈瘤の単純X 線立位・仰臥位正面像a :上行大動脈の輪郭に連続して右方に突出する陰影(PA像). b :左第1弓が左側に突出しており,弓部大動脈瘤が示唆される(PA像). c : 下行大動脈では,大動脈の輪郭に連続する紡錘形あるいは円形の陰影として認められる(PA像). d :腹部では動脈瘤壁の石灰化がみられ,瘤の存在を認識できることがある(AP像).

a b

c d
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3.2 CT検査

3.2.1 方法

単純および造影早期相の撮像が必須であり,必要に応じて造影後期相を追加する.単純CT検査は壁の石灰化の程度,内側偏位の有無に加え,偽腔閉塞型解離における偽腔内血腫の認識,瘤の切迫破裂を疑わせる壁在血栓内の高濃度域114)などの評価に有用である.

造影CT検査では,ヘリカルCTを用いて非イオン性造影剤を自動注入器で3 mL/s前後の注入速度で注入しながら,全大動脈の良好な造影早期相の撮像を行うことが原則である(図20-a).マルチスライスCT(MDCT)は検出器が多列化したヘリカルCTであるが,短い息止め時間で広範囲を高精細に撮像することが可能であり,大動脈瘤・解離の診断にきわめて役立っている.得られた高分解のデータを利用して,volume rendering(VR)やmulti-planar reconstruction (MPR)によって立体画像(図20-b)やさまざまな方向の断

層像(図20-c)を再構成することにより,精密な診断が可能となっている. 3.2.2 大動脈瘤のCT像

大動脈瘤の存在診断に加え,大きさと進展範囲,瘤壁の石灰化やその他の状況(炎症性大動脈瘤など),壁在血栓の量や状態,瘤と周辺臓器や主要分枝との位置関係などのさまざまな情報を得ることができる.紡錘状瘤の場合,瘤径は手術適応を決める重要な因子であり,一般的にTAAで径55~60 mm以上,AAAで径50~55 mm以上が手術適応とされ96),計測に精確さと客観性が要求される. a. 瘤径の計測i. center line法

MPRやcurved planar reconstruction(CPR)などによる3次元再構成CT画像を用いて,大動脈の中心線に直交する断面で瘤径を計測することが推奨されている(図21).横断像での計測と比較して,頭尾方向へ進展した大動脈瘤や屈曲蛇行した大動脈瘤の計測において,精確で再現性の高い瘤径の評価が可能である115–117). ii. 最大短径を用いる方法

3次元再構成CT画像を利用できない場合は,最大短径の計測を原則とする118).数スライスで瘤の短径を測定し,そのうち最も大きな径を最大短径とするものであるが,客

図20 大動脈解離の造影CT 早期相

c 造影CT MPR 像

a 造影CT 横断像b 造影CT VR 像
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観性に優れている.ただ,大動脈が蛇行や斜走する場合,瘤径を過大あるいは過少評価するリスクがある(図21). b. 胸部大動脈瘤i. 上行大動脈瘤

上行大動脈では,心拍動に伴う階段状のモーションアーチファクトが評価の妨げになるが,心電図同期下で撮像すればこの問題は生じない.バルサルバ洞動脈瘤や大動脈弁輪拡張症の評価に試みるのがよい(図22). ii. 弓部大動脈瘤

弓部大動脈瘤に対する侵襲的治療(外科手術とTEVAR)では,弓部分枝の再建を考慮する必要があり,瘤の進展範囲を精確に評価しなければならない.3次元画像では任意の方向から観察可能であり,大動脈瘤の形態や広がりを立体的に把握でき,瘤と弓部分枝との位置関係を評価することが可能である.瘤径の計測では,横断像に加えMPR像が有用である(図23). iii. 下行大動脈瘤

瘤の大きさ,壁在血栓の有無,上下方向への進展,周囲臓器との関係を評価するが,近位下行大動脈瘤では弓部

分枝との位置関係が問題になるため,近位側への進展に注意する. iv. 胸腹部大動脈瘤

腹部主要分枝の再建が必要になることがあり,瘤の下端とこれらの分枝の位置関係を明らかにする.TAAAあるいは遠位下行大動脈瘤の侵襲的治療の合併症として脊髄虚血があるが,Adamkiewicz動脈の閉塞が一因となっている.Adamkiewicz動脈はTh9~L2の肋間動脈や腰動脈から分岐する頻度が85~90%とされており,MDCTを用いて非侵襲的に描出することが可能になっている119). c. 腹部大動脈瘤

存在診断に加え,瘤径の正確な評価が可能であり,瘤壁の石灰化や周囲の状況,壁在血栓の量や状態,周辺臓器の状態を評価する.瘤と腎動脈および腸骨動脈との関係の把握が重要であるが,3次元画像が有用である.また,上記に加え,下腸間膜動脈や内腸骨動脈の開存などの必要な情報を得ることができる120–122).

図21 大動脈瘤のサイズ計測a :VR (volume rendering)像b :CPR (curved planar reconstruction)像c :stretched CPR像d :横断像 (axial image)での計測横断像での計測は,最大長径(点線:66.4 mm)は過大評価となり,最大短径(矢印:54.8 mm)は過小評価となる. e :大動脈中心線に対する垂直断面像 (perpendicular image)での計測大動脈の中心線ないし軸に直交する垂直断面像での計測(55.8 mm)が最も精確

な評価である.

d e

c a b

66.4 mm

54.8 mm 55.8 mm
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成などの液体貯留がみられること,短期間で急速に拡大することなどが挙げられる125)(図25). iii. 外傷性大動脈瘤

鈍的外傷によって生じる大動脈瘤であり,弓部と下行大動脈の移行部である大動脈峡部に好発する.大動脈峡部に壁の薄い嚢状大動脈瘤を形成し,しばしば周囲に血腫を伴う(図26).大動脈解離や壁内血腫を伴う場合には急性大動脈解離と同様の所見を呈するが,その範囲は限局的であることが多い. iv. 大動脈消化管瘻

大動脈と消化管が瘻孔を形成した病態である.好発部位は,胸部大動脈では弓部16%,下行78%,胸腹部6%で,大半が下行大動脈であり126–129),腹部では十二指腸で,水平脚に多い.吐下血を伴う大動脈瘤に認め,CT検査では大動脈壁内外のガス像や腸管内への造影剤漏出像を認める130)(図27). v. 大動脈瘤-下大静脈瘻

大動脈瘤-下大静脈瘻は,大動脈瘤や腸骨動脈瘤が下大静脈内に破裂・穿破した病態である.腸骨静脈に穿破することもある.特徴として,造影早期相にて下大静脈が大動脈と同程度の吸収値となること,下大静脈が拡張すること,動脈と静脈の間に瘻孔形成することなどが挙げられる. e. ステントグラフト内挿術前後の評価

TEVAR/EVARの適応と留置計画には,CT検査が最も有用である.ステントグラフトの種類によって,適応基準(instruction for use, IFU)は異なるが,術前に評価すべき項目は,1瘤の存在部位と中枢側および末梢側の大動脈径と性状(屈曲・蛇行,石灰化,壁在血栓の有無と程度), 2瘤と主要分枝の位置関係と距離(TAAでは弓部分枝との距離,AAAでは低位腎動脈との距離),3アクセスルートである腸骨動脈~総大腿動脈の血管径と性状(屈曲・蛇行,石灰化,壁在血栓の有無と程度)である.

一方,TEVAR/EVAR後では瘤径変化,エンドリーク,開存性,ずれや破損を評価する.エンドリークはtype IIエンドリーク(大動脈分枝からの逆流)を鑑別するため,造影CT後期相を含めて評価することが推奨される(図28).エンドリークの種類を鑑別することはその後の治療方針を決定するため重要であるが,困難であることも少なくない. f. 破裂・切迫破裂のCT像

大動脈瘤の破裂が疑われる場合,患者の状態から多少の時間的余裕があるときはCT検査が有用である.瘤の存在,破裂を確定診断できるだけでなく,血腫の広がりや周囲臓器との関係などを明らかにできる.破裂や切迫破裂は,動脈壁が完全に断裂したfrank(open)rupture,動脈壁が完全に破綻したものの血腫や周囲臓器で被包化されている

図22 大動脈基部拡大(大動脈弁輪拡張症,心電図同期造影CT MPR 像)

図23 弓部大動脈瘤(造影CT MPR 像)

d. 特殊な大動脈瘤i. 炎症性大動脈瘤

炎症性大動脈瘤は大動脈の瘤状拡張に加え,瘤壁の著明な肥厚や,しばしばリンパ濾胞を伴う外膜の著明な炎症細胞浸潤をきたし,瘤周囲の線維性肥厚や周囲組織との線維性癒着が特徴である.腹部大動脈に多く,AAAの3~ 10%に生じる123).単純CT検査では瘤周囲の前方から前側方に厚い軟部陰影を認め,造影CT後期相で同部が濃染する124)(図24).瘤の形態は紡錘状であることが多く,約1/3の症例に水腎症や腸管との癒着,瘻形成などの合併症が生じる. ii. 感染性大動脈瘤

感染が原因で生じる大動脈瘤であり,起炎菌としてグラム陽性球菌(主にブドウ球菌)やグラム陰性桿菌(主にサルモネラ菌)が多い.CT像の特徴として,限局した嚢状瘤を形成すること,動脈瘤周囲に炎症による浮腫や膿瘍形
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図25 感染性大動脈瘤不整な形態をした嚢状の大動脈瘤を認め(↑),短期間に急速拡大している.近傍には膿瘍と思われる被包化液体貯留を認める(▲). 5 日後

造影CT(初回検査) 3 日後

図26 外傷性大動脈瘤胸部下行大動脈に嚢状動脈瘤を認め,外傷性大動脈瘤が示唆される(↑).

造影CT 横断像造影CT MPR 像

図27 大動脈十二指腸瘻腹部大動脈瘤が十二指腸粘膜層に穿破し,粘膜下血腫を形成(↑).

造影CT 横断像

図24 炎症性大動脈瘤腹部大動脈瘤を覆うように前側方に軟部陰影を認め,同部は造影後期相にて淡く濃染している(↑).

造影CT 後期相

単純CT造影CT 早期相

contained(sealed)rupture,破裂の危機があるが破裂はしていない切迫破裂に分類できる.frank ruptureの場合, TAAでは血腫が縦隔内,胸腔内,心腔内へ,AAAでは後腹膜腔内,腹腔内へ広がる(図29).ただし,食道,気管支,腸管,下大静脈などに穿破した場合は血腫を認めないことがあるので,注意が必要である.また,破裂部位を造影剤の血管外漏出像として同定できることもある(図29).

瘤周囲の血腫により大動脈後壁が不明瞭化し,血腫と一塊となった瘤が椎体に覆い被さるように認められる所見は,「draped aorta sign」と呼ばれ,contained ruptureを示唆する所見である131)(図30).この場合,瘤の形状は不整であり,瘤の辺縁は炎症反応が生じることから瘤と接する
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椎体にびらんが見られることが多い.また,単純CT検査でAAAの周辺部にみられる高吸収域は「high-attenuating crescent (HAC) sign」と呼ばれ,破裂あるいは切迫破裂の際に高率に認められる114)(図31).瘤壁あるいは壁在血栓内の急性血腫を示すものと推測され,陽性適中率は53%と高くないが,腹痛を伴うなどで臨床的に切迫破裂が疑われる場合には注目すべき所見である.瘤径から見たAAAの平均拡大速度は2.8 mm/年程度とされており115),経過観察のCT検査において半年で5 mm以上の急速な拡大や形状の急激な変化がみられた場合には,破裂のリスクを示唆する兆候と考えられる132).

図29 大動脈瘤のfrank (open) rupture a:大動脈瘤の左側に血腫が広がっている(▲).b,c:大動脈瘤の左後壁より連続する造影剤の血管外漏出像(extravasation)を認める(↑)

a:単純CT b:造影CT 早期相c:造影CT 後期相

図30 大動脈瘤のdraped aorta sign(造影CT)不整な形態をした大動脈瘤が椎体に覆い被さるように存在している.瘤と接する椎体にはびらんを認める(↑).

図28 TEVAR/EVAR 後のtype II エンドリーク上腸間膜動脈からRiolan動脈弓を介して下腸間膜動脈に流入する逆行性血流(type IIエンドリーク)

造影CT 早期相

造影CT 後期相造影CT VR 像
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PQ 3大動脈瘤の大きさはどのようにして計測するか

推奨大動脈瘤径の計測は,大動脈長軸に直交する断面像において,長径と短径を計測する.

背景:大動脈瘤径の計測は,CT軸位断面像における最大短径を用いることが推奨されてきた.蛇行部位における軸位断面像では,長径は瘤径を反映しないためである.しかし,大動脈瘤は常に正円形に拡張するわけではない.偏心性の拡張は,嚢状大動脈瘤はもちろんのこと,紡錘状大動脈瘤においてもよくみられる所見であり,特に慢性大動脈解離においては,偽腔側の偏心性拡張は高率である.遠位弓部や横隔膜上の蛇行部分においては,頭尾側方向への偏心性の拡張は,軸位断面像では評価できないため,軸位断面像における最大短径のみの評価では,嚢状瘤の見落としや破裂リスクの過小評価につながる恐れがある.システマティックレビューのまとめ:CT検査における最大径評価法の検討は,AAAを対象として行われており, TAAにおける検討は見当たらない.AAA径は,任意断面像が作成可能なエコー検査で正確に把握できる.大動脈長軸に直交する断面像を正確に作成することが困難な場合,前後径を指標とした方がバラツキは少ない133).CT軸位断面像におけるAAA最大短径の評価では,偏心性拡大をきたした瘤径を過小評価する可能性が指摘されており116),軸位断面における前後径による評価よりも過小評価となる.また,直行断面の評価では,center line法を用いた自動解析の方が手作業によるmulti-planar recon struction(MPR)像構築よりもバラツキが少ない134).その他の考慮すべき要因:本邦の医療施設では,CT検査のDICOM画像を編集し,center line法などで任意のMPR像を構築するソフトウェアが普及しているが,クリニックレベルでの普及は十分ではない.CT像などの画像

を撮影した施設で再構築されなかった画像を,患者のかかりつけクリニックの担当医が再構築することは困難と考えられる.偏心性に拡大した大動脈瘤に対する治療介入の基準は確立していない.ガイドライン委員会での議論:CT・MRI検査の画像診断を依頼された施設においては,嚢状瘤の見落としを防ぎ,偏心性拡張を正しく認識するため,少なくとも遠位弓部・横隔膜上など,蛇行がみられる部位におけるMPR像を構築することが望まれる.その設備がない施設においては,軸位断面像における最大短径を指標とするが,瘤が描出されるスライス数とスライス幅から,頭尾側方向の拡張を見落とさないように注意する.偏心性に拡張した大動脈瘤の破裂リスクを短径のみで推定することは,リスクの過小評価につながると考えられる.介入基準を長径とするか,平均径とするかに関しては,今後のエビデンスの蓄積が待たれる.まとめ:大動脈瘤径の計測は,大動脈長軸に直交する断面像において,長径と短径を計測する.腹部大動脈など,エコー計測が可能な部位では,測定時に大動脈長軸に直交する断面像を正確に作成することが重要である.これが困難な場合,腹部エコー検査では前後径を指標とする. CT・MRI検査においては,検査実施施設においてMPR像を作成し,大動脈蛇行部位における頭尾側拡大を評価する.設備がない場合は最大短径を指標とするが,瘤が描出されるスライス数とスライス幅から,頭尾側方向の拡張を見落とさないように注意する.

3.2.3 大動脈解離のCT像

CT検査は信頼性が高く非侵襲的であること,全大動脈を評価できること,緊急に対応して短時間で検査できることから,大動脈解離の診断に必要不可欠である.大動脈解離は,1進展範囲(Stanford分類,DeBakey分類),2偽腔の血流状態(偽腔開存型,ULP型,偽腔閉塞型),3病期(急性期,亜急性期,慢性期)によって分類され,これらの3つの要素を組み込んで病型・病態を表現する.CT検査では上記の存在診断の病型分類(進展範囲,偽腔の血流状態,entry/re-entryの同定)に加え,合併症(破裂,心タンポナーデ,malperfusionなど)を診断することも重要である.

撮像は単純CT,造影CT早期相と後期相が基本である.最近ではMDCTによって全大動脈を短時間の息止で撮像することが可能となっており,施設の装置性能を把握してCT検査を施行する必要がある.横断像上で大動脈解離を

図31 腹部大動脈瘤のhigh-attenuating crescent sign

(HAC sign)単純CTにて大動脈瘤の辺縁部に三日月状の高吸収域を認め,highattenuating crescent signが示唆される(↑).
p.37
十分診断できるが,multi-planar reconstruction(MPR)像は偽腔やULPの頭尾側への進展,大動脈分枝への進展を把握するために有用である.単純CT検査においても石灰化や血腫が評価でき,したがって,大動脈内膜石灰化の内腔側偏位は大動脈解離診断の重要なポイントになる(図32).偽腔閉塞型の急性期は,凝血塊あるいは血腫によって満たされた偽腔が大動脈壁に沿って長軸方向に広範囲に広がり,三日月状の高濃度域として認められる135).造影早期相は造影剤のファーストパスの間に全大動脈を撮像する.偽腔開存型では造影される2腔構造,偽腔閉塞型では造影されない偽腔,ULP型ではULPの存在を証明することが可能であり,診断を確定することができる. a. 偽腔開存型

偽腔開存型(図33)の真腔と偽腔の判別は以下の基準に従う.

・ 拡大した方が偽腔であり,真腔は狭小化していることが

多い.・ 壁の石灰化がある腔が真腔である(例外として,慢性解

離で偽腔壁に石灰化をきたす場合がある).・ 壁在血栓がある腔が偽腔である(例外として,真性大動脈

瘤に解離を合併すると真腔に壁在血栓がある場合がある).・ dynamic studyで先に造影される腔が真腔であり,偽腔

は遅れて造影される.・ aortic cobweb(不完全に剥離した索状構造物で,中膜の

一部)が認められれば偽腔である136)(図34).また,偽腔血流が非常に遅延した場合には,造影早期相で偽腔が造影されず,後期相で造影剤の流入を認めることがあるため,造影後期相まで撮像する必要がある(図33).

entryに関しては,剥離内膜の断裂像として認められる(図35).上行大動脈では剥離内膜が撮像面と垂直になるためentryを捉えやすく,CTでは93%の症例で認識できたという報告がある137).一方,弓部大動脈では撮像面が剥離内膜と平行になるため認識しにくく,MPR像での評価が有用である(図36).TEVARによるentry閉鎖では, entryの位置を正確に同定する必要があるが,5 mm厚のCTではentryの同定が困難である.1 mm以下の薄いスライス厚で撮像し,ていねいに読影すれば,entryが同定可能となることが少なくない.また,急性大動脈解離で上行大動脈内のフラップの動きが激しい場合,心電図同期下での撮像が有効である.

図32 大動脈解離,石灰化内膜偏位像造影CTにて大動脈内膜の石灰化が解離により内側に偏位している(↑).

図33 偽腔開存型大動脈解離a:造影早期相にて偽腔内全体に血流を伴う典型的な偽腔開存型大動脈解離b ~e: 造影早期相では偽腔内の一部は造影されず,造影後期相にて遅れて

造影されている.

造影CT 早期相造影CT 早期相造影CT 後期相

a b d

c e
p.38
b. 偽腔閉塞型

偽腔閉塞型では,単純CT検査で凝血塊や血腫により満たされた偽腔が三日月状または輪状の高濃度域として,大動脈の長軸方向に連続して認められる(図37).造影CT検査ではむしろわかりにくくなるため,単純CT検査が必要である.また,この所見は大動脈瘤の破裂・切迫破裂で認めるhigh-attenuating crescent sign(図31 を参照)と類似しているが,鑑別点として,破裂・切迫破裂では画像上で限局した部位に高濃度域が認められ,解離では大動脈の長軸方向に連続する比較的広範囲な病変として認めることが多い.造影CT検査では,後期相に至るまで血栓閉塞した偽腔内部はまったく造影されない.閉塞した偽腔と大動脈の壁在血栓の鑑別が問題になるが,解離は内腔面が整であることが多く,動脈硬化性変化である壁在血栓の内腔面は不整であることから,区別が可能である. c. ULP型

ULPは,造影CT検査で偽腔内への潰瘍性病変として観察される(図38).複数存在することや経過観察中に生じることもある.経時的に拡大して偽腔開存型に変化したり,破裂の原因になったりするものがある.特に,上行大動脈,左鎖骨下動脈分岐直後,横隔膜近傍の下行大動脈に認める場合は,注意深い経過観察が必要である138).

近年,大動脈内腔との連続が明らかでないか,分枝血管(肋間動脈,気管支動脈,腰動脈など)と連続性をもつ血栓偽腔内の小造影域を壁内血液貯留(IBP)として,ULP

図34 aortic cobweb(造影CT)偽腔内に索状構造物を認め,aortic cobwebが示唆される(↑).

F

T F T

図35 大動脈解離,entry 内膜欠損像大動脈内膜が欠損している(↑).

造影CT 像造影CT VR 像

図36 大動脈解離,entry 内膜欠損像(MPR 像)

造影CT 横断像造影CT 矢状断像造影CT 冠状断像

図37 偽腔閉塞型大動脈解離急性期a: 大動脈辺縁に三日月状の高吸収域を認め(↑),偽腔閉塞型大動脈解離の急性期が示唆される. b:高吸収域が頭尾方向に連続している(▲).

a:単純CT 横断像b :単純CT MPR 像
p.39
と区別して取り扱うことがある139).IBPの画像所見はULPと類似しているが,ULPは不安定な病態であるのに対して, 15 mmを超えないIBPは自然に退縮して予後良好とされる139).IBPの画像的特徴としては,偽腔内血栓に島状の造影域として描出されること,偽腔外膜側に孤立性に形成されること,分枝血管との連続性を認めることなどが挙げられるが(図39),CT検査の空間分解能の点からULPとIBPを厳密に区別できないこともある. d. 合併症の診断

大動脈解離の合併症(続発症)には,破裂,心タンポナーデ,臓器や四肢へのmalperfusionなど重篤なものが多い.血性心嚢液は単純CT検査で高吸収を呈するが,少量の場合は高吸収を呈さないことがあり,注意が必要である.また,CT検査で大動脈基部や上行大動脈を評価する場合は,心拍動によるモーションアーチファクトのため評価が困難なことがあるが,心電図同期下に撮影することにより,解離フラップやentry,ULPを同定したり,解離の進展範囲を正確に評価したりできる(図40).頚動脈や冠動脈,上腸間膜動脈への解離の進展は,脳梗塞や心筋梗塞,腸管虚血などの重篤な合併症を起こす可能性が高く,早急な対応が求められる.malperfusionが生じる機序には,分枝自体に解離が進展して狭窄,閉塞をきたすもの(static obstruction)と,分枝自体には解離が進展していないが偽腔内圧が高くなり真腔を圧排・閉塞するもの(dynamic obstruction)とがある140)(図41). e. 非定型的大動脈解離

非定型的な解離形態を示すものとして,三腔解離,腹部限局解離,大動脈瘤と解離の合併があり,特殊な疾患に合併する比較的まれなものとして大動脈縮窄症に続発した解離,妊娠に合併した解離などがある.以下に三腔解離と,大動脈瘤と解離の合併について記載する.

図38 ULP(潰瘍様突出像)型大動脈解離a:閉塞した偽腔に突出する潰瘍状の突出像を認め,ULPが示唆される(↑). b,c:ULPは経時的に拡大し,最終的に偽腔開存型解離に移行している.

b:第12 病日c:第38 病日

a:発症日

図39 ULP(潰瘍様突出像)型大動脈解離における壁内血

液貯留(造影CT)血栓化した偽腔内の外側寄りに真腔との連続性が明らかでない島状の小さな造影域を認める(↑).肋間動脈(▲)と連続しており,壁内血液貯留(IBP)であることが示唆される.

図40 大動脈解離の心電図同期撮影によるアーチファクト

の低減心電図非同期撮影では不明瞭であった上行大動脈のULP(↑)と小さな解離腔(▲)が,心電図同期撮影では明瞭に描出されている.

心電図非同期心電図同期
p.40
i. 三腔解離

偽腔開存型解離の中で特殊な解離形態として三腔解離があるが,慢性解離に再解離が起きて3腔を呈したものである(図42).Marfan症候群に合併する率が高く,上行~弓部大動脈の人工血管置換術後に下行大動脈に生じることが多い.三腔解離における第2偽腔の多くはre-entryがなく,盲端となり下行大動脈に限局するが,re-entryがある場合では下行大動脈から腹部大動脈まで広範囲に進展しやすい. ii. 大動脈瘤と解離の合併

既存の動脈硬化性大動脈瘤に大動脈解離を合併したものである.従来,動脈硬化は解離の直接的な原因とはされず,瘤と解離との関連は検討されていなかったが,最近の報告では決してまれではない141, 142).既存の瘤と新たに発症した解離との関係はさまざまであり,解離は瘤から起始するものもあれば,瘤の部位で解離の進展が停止することもある.きわめてまれではあるが,大動脈瘤を越えて解離が長軸方向に進展することもある. 3.3 MRI検査

3.3.1 適応

多くの大動脈疾患において,MRA検査はCTA検査とほぼ同等の正診率を有する143, 144).MRI検査の利点として, X線被曝がないことに加えて,black-blood MRIを用いた血管壁/血栓評価,シネMRIを用いた大動脈弁や剥離内膜の動態評価,phase contrast MRIを用いた血流動態解析などの,他のモダリティーでは収集不可能な質的情報を得ることができる.一方,撮像時間が長いこと,全身状態のモニタリングが難しいこと,緊急対応が困難であることなどから,全身状態が不安定な急性期には不向きである144).また,多くの場合,急性期の大動脈疾患の画像診断として造影CTが施行されているため,MRA検査が施行される状況は限られている.

大動脈疾患に対してMRIの適応となる検査は以下のとおりである.・ 妊娠可能な女性や小児の大動脈疾患のフォローアップ・ 大動脈疾患の遺伝リスクを有する患者のスクリーニン

グ145)・ 高度腎機能障害や喘息患者の非造影MRA・ TEVAR/EVAR後のエンドリーク評価・ 血管壁の質的診断や炎症評価・ 大動脈疾患に合併した弁疾患や剥離内膜の動態評価・ 大動脈疾患により励起された血流状態異常の評価

一方,MRIの適応でない症例,検査として以下が挙げられる.・ 全身状態が不良で注意深いモニタリングが必要な症例・ 閉所恐怖症・ CTにて高度のアーチファクトが想定されるTEVAR/

EVARとその近傍の評価

図41 大動脈解離による臓器虚血のメカニズム(造影CT) a: 上腸間膜動脈に解離が波及し,上腸間膜動脈真腔(↑)は狭小化している.F:偽腔,T:真腔. b: 真腔は偽腔により高度に圧排されており,真腔より分岐する上腸

間膜動脈(↑)の血流が低下している.

F T

F

T

a:static obstruction b:dynamic obstruction

図42 Marfan 症候群に合併した大動脈三腔解離
p.41
・ MRI禁忌のデバイスを体内に有する患者146)(デバイスに

関しては,MRI検査に対応しているものや条件により撮像が可能なものなど,区分けがなされている147).添付文書による確認が必要であるが,ウェブ上の「医療機器のMR適合性検索システム」〔メディエ株式会社〕を用いて確認することもできる).また,CTA検査の代替検査としてMRA検査を行う場合やCTA検査とMRA検査を比較する場合は,下記に留意が必要である.・ MRAは内腔のコントラストは高いものの,壁構造や壁周

囲軟部構造のコントラストは不良である148).・ 石灰化病変に関しては描出が不可能.・ MRAの空間分解能は1~2 mm程度であり,CTの空間

分解能より劣る.・ MRI特有のアーチファクト149).

3.3.2 撮像法

a. 造影MRA検査

ガドリニウム造影剤を静注しながら,dynamic MRAの撮像を行う150).近年,撮像技術の改善により,2秒から十数秒程度の時間分解能で連続した多時相の造影MRAを撮像するtime-resolved MRA撮像が主流となっている151).大動脈解離の真腔から偽腔への血流動態や,TEVAR/ EVAR後のエンドリークの緩やかな流れが描出可能となり,その描出能はCTAよりも優れるとされる152). b. 非造影MRA検査

非造影MRA 150)の撮影法には主に2つの方法がある.一つは心電図を併用し,収縮期と拡張期において動脈血流の信号が異なることを利用して動脈血を可視化する撮像法であり,fresh blood imagingなどと呼称される153).ただし,流速が遅い血流の描出は不向きである.もう一つは冠動脈MRAなどにおいて用いられる手法と同一で,血液構造を高信号に保ちつつ,高速に画像を取得可能なsteady-state free precession(SSFP)シーケンスを基盤とした撮像法である154).ただし,特有のアーチファクトが生じたり,血栓信号が血液信号と類似したりして,血栓と内腔の判別が困難な場合がある149). c. 血管壁MRI検査

2D撮像法では1~2分程度,3D撮像法では5~10分程度の時間を要する.T1強調像とT2強調像の両者から,大動脈瘤壁や大動脈解離の偽腔内血栓の発生・変化の時相を捉えることができる155, 156).また,脂肪抑制T2強調像や造影剤投与後のT1強調像にて,高安動脈炎などの大型血管炎における血管壁の炎症を可視化することができる157). 3D撮像法では,血管壁構造や血栓構造の連続性を捉えることにより,形態診断と質的診断を組み合わせた評価が容

易となる156).ただし,逆流や乱流,遅延血流などが存在する場合には血流内腔が高信号となり,内腔と血管壁の分離が不十分になるリスクがある.また,大動脈腫瘍の場合,拡散強調画像を用いることにより腫瘍の質的評価が期待できる158). d. シネMRI検査

心機能解析で一般的に用いられる撮像法で,血管内腔を高信号に保ち,高速での信号収集が可能なSSFPシーケンスを用いる.1心拍間を20~30程度に分割した収集が可能である149, 150).得られたデータから大動脈弁や剥離内膜の動態を評価できる.解離のentryにおいてはジェット血流に伴う乱流が生じ,SSFP画像において信号の低下が生じるので159),間接的にジェット血流/異常血流を捉えることが可能である. e. phase contrast MRI検査

血流速度を定量可能な撮像法で,2D法の一断面であれば,十数秒~1分程度で撮影可能である160).1心拍間を20 ~30程度に分割してデータを収集,断面に対して直交する血流速度を定量することで,逆流や脈波伝播速度などの異常血流を捉えることができる161).近年,この2D phase contrast MRIを3次元方向に拡張した4D flow MRIが実現し162),複雑な血流動態が可視化され,血管壁にかかる壁ずり応力など新たな評価指標が測定可能となることが期待されている163, 164).

3.4 Adamkiewicz動脈の同定

胸部下行・胸腹部大動脈手術の最も重篤な合併症の一つに脊髄虚血に起因する対麻痺がある.この脊髄虚血を回避するため,脊髄を栄養するAdamkiewicz動脈をCT・MRI検査を用いて術前に同定することが試みられている.本邦で行われた大規模な臨床研究(Japanese Study of Spinal Cord Protection in Descending and Thoracoabdominal Aortic Repair [JASPAR]レジストリ)でその有用性が確認された165).

3.4.1 CT検査

Adamkiewicz動脈を描出するために,薄いスライスで広範囲の撮影が可能である16列以上のMDCTを用いる119, 166–168).スライス厚は0.5~1 mm程度である.造影剤は高濃度製剤を急速に注入したほうが描出率は高い168). Adamkiewicz動脈の描出には画像処理装置を用い,multiplanar reconstructionで脊柱管内を斜位冠状断像で観察する.Adamkiewicz動脈は前脊髄動脈と合流する際に特徴
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的なヘアピンターンを描くので,これを目印として同定する.この際に問題になるのは,静脈(前根髄質静脈)との鑑別である.その理由として,前根髄質静脈もヘアピンターンに類似した形態を呈するためである.両者の鑑別には,Adamkiewicz動脈とそれを分岐する肋間(腰)動脈との連続性を証明することが最も確実である.大動脈から肋間(腰)動脈,その後枝,根髄質動脈,Adamkiewicz動脈,そして前脊髄動脈へと至る経路を,curved planar reconstruction(CPR)を用いて一筆書きのように1本の血管として描出することにより,連続性を証明する119, 166–168) (図43).MDCTによるAdamkiewicz動脈の診断能は,ヘアピンターンの描出を診断根拠とした場合で80~90%,連続性の証明を診断根拠とした場合で29~60%と報告されている119, 166–168).しかし,近年のMDCT装置の進歩により,連続性の証明を診断根拠とした場合でも90%程度の高い描出能が報告されるようになった169–171).

3.4.2 MRI検査

1.5または3テスラ装置を用いて造影MRAで撮像する. time-resolved MRAが一般に用いられる.これは,造影剤を3~4 mL/s程度の速度で急速静注しながら,高速撮像法を用いて1回あたり10秒程度の撮像時間で同じ場所を繰り返し撮像する方法である.この方法では造影剤のファーストパスの状態を経時的に観察することができるので,動脈と静脈を区別することができる.Adamkiewicz動脈の診断能は,69~84%と報告されている172, 173).MRA検査は放射線被曝がなく,骨構造の影響を受けないなどの利点があるが,CT検査と比較して撮像に技術と熟練を要する.

3.4.3 CT検査とMRI検査の特徴

CT検査とMRI検査はそれぞれに利点と欠点を有してい

図43 Adamkiewicz 動脈の同定Adamkiewicz動脈は左第10肋間動脈より分枝し,脊柱管内で前脊髄動脈との合流部が特徴的なヘアピンカーブ状を呈している(↑).

Adamkiewicz 動脈

(肋間動脈)後枝

左第10 肋間動脈

前脊髄動脈るが,大動脈手術を前提としてAdamkiewicz動脈を診断

する場合の要点を述べる. a. 側副血行路

Adamkiewicz動脈を分岐する肋間(腰)動脈が動脈硬化などの原因で閉塞し,それに対して側副血行路が形成されることがある.このような症例はまれではなく,大動脈瘤症例の22~24%にみられる167, 170, 174).側副血行路のルートとして,肋間動脈の筋枝や後椎体枝などの脊椎の周囲に分布する動脈が85%,胸背動脈などの胸壁を走行する動脈が15%であったとの報告がある174).CTは躯幹部全体を撮影するのでこれらの血管を描出するのに支障はないが, MRIは撮像範囲が脊椎の周囲に制限されるために胸壁を走行する側副血行路は描出できない. b. CTとMRIの使い分け

CTもMRIもほぼ同等のAdamkiewicz動脈の診断能を有しているが,一般的にCTは実施が容易であり,側副血行路の描出にも支障がない.CTを第一選択とし,それでも診断が困難だった場合にMRIを追加する方法が有用である175).Adamkiewicz動脈の描出はCT,MRIともに装置の性能に大きな影響を受けるため,各施設で使用している装置の特性を理解したうえで検査方法を選択することが重要である.

3.5 血管造影検査

CT・MRI検査などの非侵襲的診断法の発展により,大動脈疾患の診断に血管造影が用いられる機会は減少したが,CT・MRI検査では十分な情報が得られない場合に用いられる.TEVAR/EVAR後のエンドリークの診断において,血管造影が有用な場合がある.また,大動脈解離において冠動脈と解離の関係やmalperfusionの診断に血管造
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影が必要な場合がある.digital subtraction angiography (DSA)の精度の向上から,細径カテーテルを用いた経動脈性DSAが行われる.カテーテルには通常4~5 Frのピッグテールカテーテルまたはその類似型のものを用いて,上腕動脈または大腿動脈から経皮的に挿入し,カテーテル先端を上行大動脈や下行~腹部大動脈に置いて造影する.撮影方向は,胸部では左前斜位50~60°と右前斜位20~ 30°の2方向撮影が,腹部では正面像が基本となる.

3.6 エコー検査

大動脈疾患の評価や治療には主にCT検査や血管造影検査などの放射線画像診断が用いられるが,エコー検査には放射線画像診断にない利点がある.すなわち,放射線被曝がない,患者の移動が必要ない,リアルタイムに情報が得られる,組織の性状や血栓化の過程を評価できる,などである.さらに,ドプラ法によって造影剤を使わず血流情報が得られ,最近の3Dエコーを用いればCT・MRI検査のような種々の走査面の断層画像や立体画像を得られる.また,コストも他の画像診断に比べて安価である.一方,空気や骨などで描出が妨げられることや,検者の技術力の差がそのまま診断の精度に影響しうるといった欠点がある.

エコー検査には,体表から走査する通常のエコー法(体表エコー)に加えて,半侵襲的な経食道エコー法(TEE),観血的な血管内エコー法(IVUS),心腔内心エコー法(ICE)などがある.近年,ポケットサイズの携帯エコー(ポケットエコー)も登場し,基本的な身体診察法の一部になりつつある176–178).

3.6.1 ERとICUにおける体表エコー検査

重篤な患者には,point of care ultrasound(POCUS)やfocused cardiac ultrasound(FOCUS)といった,系統的ではなく臨床上重要と判断されたものを中心に評価するエコー検査が行われる.体表エコーで骨や肺,腸管などを避けて音響窓(acoustic window)を見つけ,大動脈の情報を得る.胸部大動脈は胸骨傍,心窩部,心尖部,胸骨上の走査で描出し,腹部大動脈は腸管を避け実質臓器を通して描出する.また,弓部分枝は頚部から,大腿動脈は鼠径部から描出する(図44)

178).さらに,傍脊椎走査による下行

大動脈の描出や179),結腸後方走査による腹部大動脈描出178)も音響窓となりうる.

急性大動脈症候群(AAS)の診断において,エコー検査の有用性が多数報告されている180–185).急性解離では多彩な症状を呈するため初期診断が難しく,治療成績を左右することから186),エコー検査を活用することが必要である.また,症状と心電図所見から急性心筋梗塞を疑い,PCIが行

われ187),線溶療法により救命困難になったり188),抗凝固薬・抗血小板薬の投与で長期死亡率が高まったりすることがある189).POCUSやFOCUSを適切に用いることによって,誤診率や診断までの時間,死亡率を減らすことができる190).

脳卒中は発症早期の線溶療法で良好な治療効果が得られ,搬送前のt-PA投与が普及しているが,脳神経症状を呈している大動脈解離の患者では致命的となる.本邦でも死亡例が少なからず発生していることから,国立循環器病研究センターから声明が出され191),Dダイマーと頚動脈エコーが推奨されている.頚動脈は体表からわずか数cm以内の深さにあり,ポケットエコーでも評価可能である192).

AAS診断のゴールドスタンダードは造影CT検査であるが,初療(とくに地域医療での)ではAASを疑っても,造影剤アレルギーや腎機能障害を考慮して単純CT検査のみ行われることも少なくない.造影を行っても,造影不良であったりbloom artifactなどで疑陽性となったりすることもある193).侵襲的治療(外科手術,SG内挿術)に到達できれば9割が救命可能なことを考慮すると,迅速かつ簡便なエコー検査により,誤診やそれによる搬送の遅れを回避することが望ましい.ただ,TEEはCTと同等の診断能があるが194),挿入の刺激で破裂を誘発することがあり195, 196),初期診断には最適とはいえない.

3.6.2 術中エコー検査

AASでは,術前評価が不十分なまま手術せざるを得なかったり,術中に破裂や新たなmalperfusionが発生したりすることもまれではない.その際の方針を決定したり変更したりするためにTEEが有用である197–199).TEEは手術操作を中断せずに大動脈基部から腎動脈レベルの情報がリアルタイムに得られる200–203).ただ,検者の熟練度が評価に影響することと,食道損傷に注意が必要である.また,術野からdirect echo(epiaortic echo)を行うことにより,大動脈基部~弓部大動脈の情報を得ることが可能である. a. 破裂の診断

AASは心嚢内破裂や胸腔内出血を起こすことがあるが, TEEによって迅速な診断やリアルタイムの出血量の評価ができ,適切な対処を可能にする.血胸で破裂部位が不明な場合には,縦隔内血腫内のエコーフリースペースが破裂部位の特定に参考となることがある204). b. malperfusion(分枝灌流障害)

分枝動脈や臓器実質内の血流,心や腸管の動きで評価する205).放射線診断のdynamic/static obstructionは造影剤が早期に到達する範囲で評価されるが,エコー評価は大動脈,分枝動脈内の真腔,偽腔それぞれの大きさや血流を
p.44
もとに,aortic type(大動脈内のフラップが分枝入口部を閉塞),branch type(分枝内で真腔が閉塞)を評価する. i. 脳

体表エコーで総頚動脈や眼球動脈,中大脳動脈の血流情報が,TEEで弓部分枝の血流情報が得られる(図45) 192, 200, 206).経頭蓋ドプラ法は体外循環中など脳灌流圧が低いと血流を捉えにくい.網膜中心動脈で血流を評価する眼球ドプラも用いられるが207),角膜傷害を避けるため短時間で行う.頚部で総頚動脈を描出できるが,真腔閉塞の所見は必ずしも脳malperfusionと一致しない.腕頭動脈の真腔閉塞が真腔灌流でも回復しないことがあり,TEEはその評価に有用である208). ii. 心筋

冠動脈血流と左室壁運動で評価する.左冠動脈では左主幹部内に解離が進展して真腔狭窄をきたしやすく209),右冠動脈では入口部で内膜が引き抜けて偽腔から灌流されたり虚血を生じたりする.真腔に送血しても虚脱した真腔が回復しない210),偽腔送血で新たな心筋虚血をきたす211),大動脈再建後に冠動脈閉塞をきたす212)などのイベントが起こりうるので,direct echoやTEEで術中診断を行う.

iii. 腸管

上腸間膜動脈の血流と腸管蠕動で評価する(図46) 213).体表エコーで腸管の拡張や蠕動停止がみられる場合,腸管虚血の可能性を考慮する.腹腔動脈や上腸間膜動脈はポケットエコーでも描出できる213).TEEではaortic type, branch typeを評価する214, 215).分枝内に解離が及んでいても,真腔が大きかったり偽腔内に血流が認められたりする場合は,malperfusionの可能性は低い.真腔に送血しても真腔が回復しないこともあるため210),リアルタイムの評価が必要となる. iv. 下肢

大動脈解離の診断に結びついたという報告がある216).大腿動脈は偽腔内血栓により断端形成を行っても真腔血流が回復しないことがあるが,体表エコーでリアルタイムに血流を評価することが可能である205). c. 大動脈弁逆流の評価

大動脈弁逆流は上行大動脈拡大による交連の外側偏位,交連脱落による弁尖逸脱,フラップの嵌頓などで起こ

図44 大動脈解離のエコー検査(渡橋和政.2015 178)より)

動脈(フラップ)

下大静脈

拡張大動脈(フラップ)

静脈拡張

動脈(フラップ)

血流欠損心タンポナーデ局所壁運動異常

大動脈(フラップ)分枝内血流欠損

大動脈(フラップ)

小腸拡張、蠕動停止Kercklingヒダ,腹水脾

肝心

胃無気肺大動脈(フラップ)

血胸、無気肺

大動脈(フラップ)

血流欠損

大動脈内(フラップ)大動脈弁逆流

上行大動脈拡大弓部大動脈

拡大

下行大動脈

腹部大動脈下大静脈

血胸

フラップ

フラップ

偽腔(血栓化)
p.45
る217, 218).フラップが全周性に脱落し,重積や左室への逸脱をきたすこともある219, 220).逆に,逆流口がフラップで覆われて逆流が過小評価となる可能性もある. d. 送血関連のトラブルと術中解離

大動脈に直接送血管を刺入する場合,真腔に入っていることをTEEで確認する221, 222).大腿動脈送血では,DeBakey III型解離の逆行性進展症例で偽腔送血が起こりやすいので,送血時にモニターしておくことが望ましい211).術中解離が術野で疑われる場合はepiaortic echo 223),TEE 224)あるいは両者による評価が薦められるが225),血行動態や術野では気付かないこともあるため226, 227),送血開始時にTEEでモニターしておくことが望ましい.大動脈置換後に遮断部位から逆行性に解離をきたすことがあり,その診断にTEEが有用である228, 229).

3.6.3 ハイブリッド手術

段階的治療を目的にelephant trunk(ET)を留置する際,大動脈内で屈曲していないかをTEEで確認することができる230).ETをlandingや吻合に用いる場合,TEEによる

可視化がガイドとして役立つことがある231, 232).frozen elephant trunk(FET)では,対麻痺や壁損傷を回避するため挿入時にTEEガイドが用いられ233, 234),留置後のずれの診断にも大動脈壁とグラフトの両者を描出できるTEEが有用である235, 236).B型解離に対するTEVARでは,ガイドワイヤーを真腔に進めるときにTEEによるナビゲーションが用いられる237, 238).さらに,cheese-wire techniqueにおけるガイドワイヤーの偽腔への誘導239),開窓術のガイド240), re-entryへのステント留置にもTEEガイドが用いられている241).TEEは造影剤を用いずにリークを繰り返し評価できるため,タッチアップの評価などで造影剤の量を減らすことに役立つ可能性がある232, 242).EVAR後のリークの評価にコントラストエコーが用いられたり243),血管内エコーが用いられたりする244).

3.6.4 外傷性大動脈損傷

多発外傷の一病態であり,診断にはCT検査が第一選択

図45 大動脈解離に伴う脳malperfusion (Orihashi K. 2016 192),渡橋和政.2019 206)より) © 2016 Springer Japan. https://link.springer.com/journal/595,南江堂より許諾を得て抜粋・改変し転載.

フラップentry

上行大動脈

偽腔

右鎖骨下動脈左鎖骨下動脈

左総頚動脈右総頚動脈

右椎骨動脈左椎骨動脈

中大脳動脈

後大脳動脈

前大脳動脈静脈うっ滞

心拍出量減少(タンポナーデ,心筋虚血)

脳底動脈

Willis動脈輪

真腔近赤外線

分光法

眼球ドプラ

頚部エコー

経食道エコー

右総頚動脈左総頚動脈

右鎖骨下動脈左鎖骨下動脈

経頭蓋ドプラ

総頚動脈総頚動脈内頚静脈内頚静脈

フラップフラップ真腔偽腔硝子体

網膜中心動脈動脈血流

静脈血流
p.46
となるが,血行動態が不安定なときにはベッドサイドTEEが有用である245, 246).右室,右房,三尖弁の損傷,下大静脈内血栓など,随伴した病態も同時に評価できるメリットがある247, 248).しかし,外傷による食道損傷がある可能性もあり,TEEを使用する際に念頭に置くべきである249).

3.6.5 腹部大動脈瘤のスクリーニング

偶然の発見が多いAAAでは,一般住民を対象としたエコースクリーニングが行われ,瘤関連死を有意に減らせることが報告されている250–252).しかし,精度はCT検査に及ばず,見逃しの懸念もある253).ただし,見逃されるのは小さい瘤で,検出できなくてもリスクは高まらないという意見もある254, 255).瘤破裂による死亡を1人回避するために

必要なスクリーニングの人数(cost-effectiveness)に関しては賛否両論がある256–258).効率を高めるために,年齢や性別,喫煙の有無などで対象を絞る試みもある259, 260).兄弟にAAAがある人や心血管疾患のある患者でスクリーニングを推奨する意見もある261, 262).

また,心エコー検査の際に腹部大動脈を評価し,AAAが発見されることがある.心エコー検査をオーダーされる患者は何らかの心血管疾患を有する可能性が高く,一般の対象よりAAAの有病率が高い263).大動脈基部拡大を認めるとAAAが多く発見されたとの報告もある264).

図46 大動脈解離に伴う腸管malperfusion (Orihashi K. 2016 213)より) © 2015 Springer Japan. https://link.springer.com/journal/595

偽腔

腹部大動脈

aortic type

malperfusionありmalperfusionなし

branch type

branch type (malperfusionあり)偽腔にも血流(malperfusionなし) malperfusionによる腸管虚血

腹部大動脈

re-entry腹腔動脈

上腸間膜

動脈偽腔

偽腔偽腔

偽腔

真腔

真腔真腔真腔

真腔

上腸間膜動脈上腸間膜動脈腹部大動脈

腹部大動脈

偽腔

偽腔真腔真腔偽腔真腔

腹水

小腸拡大

Kerckringヒダ
p.47
1 内科治療

1.1 内科治療の目標

大動脈疾患に対する治療目標は疾患病期により異なる.ある病期においては内科治療が中心であり,一定の病期にまで進行すれば侵襲的治療が必要となる.侵襲的治療の有無にかかわらず,診断後は一生涯のサーベイランスと質の高い内科治療の継続が必要である.手術適応前の病期においては,瘤や解離の拡大予防と併存疾患の進行を防ぐことが最大目標となる.画像検査を用いた定期的なフォローアップにより侵襲的治療のタイミングを逃さず,専門チームで協議のうえ適切な手術方法を選択し,患者を大動脈関連死から守らなければならない.

手術後も一生涯のサーベイランスと併存疾患管理は必須であり,併存疾患,特に他の血管疾患に対する診断・治療とその発症危険因子への内科治療の「質」は,大動脈疾患患者の生命予後,経過に強く影響を及ぼす.

1.2 腹部大動脈瘤

AAAの診断・治療カスケードを図47に示す. AAAは原則無症状であり,健診や他疾患の精査中に偶発的に診断されることが多い.実臨床では腹満感,便秘,非特異的な腰痛などの症状からAAAの診断に至ることは珍しく,破裂症例の8割以上が救命不能であることから265, 266),いかにして無症状時にスクリーニングを行うかが重要となる.拍動性腫瘤の触診は,診察室において簡便に行える有用なスクリーニングの手段である.また,大動脈瘤罹患の可能性が高くなる,65歳以上の男性や65歳以上の喫煙女性267),第一度近親者に家族歴を有する者268, 269)に対しては,腹部エコー検査によるスクリーニングを積極的に考慮すべきである. AAAの診断にはCT検査を行い,最大短径30 mm以上

で診断に至る270).侵襲的治療の適応は,最大短径で男性55 mm以上,女性50 mm以上が推奨されているが,年齢や体格,性別や大動脈瘤の形態,拡大速度によって適応径未満でも侵襲的治療を考慮する場合がある.侵襲的治療の適応を満たさない場合は,初回指摘のAAAであれば半年後に再検を行い,5 mm以上の急速拡大の有無を確認する.既知のAAAでは,それぞれの瘤径に応じて定期的にCT検査でのフォローアップを行う.

AAAの拡大,破裂の重大な危険因子である喫煙に対しては,徹底した禁煙指導を行う271–273).薬物治療における瘤拡大抑制のエビデンスはないが,血圧管理をはじめ,心血管疾患発症リスクの低下を目標とした動脈硬化危険因子に対する管理と動脈硬化性疾患スクリーニングを厳格に施行する.

1.3 胸部大動脈瘤

TAAの診断・治療カスケードを図48に示す. TAAの多くも無症候性であり,健診や他の疾患の精査中などに偶然発見されることが多い.自覚症状としては嗄声,嚥下困難,胸部痛,背部痛などがある.TAAの診断にはCT検査が有用である.最大短径が45 mm未満では1年ごと,45 mm以上55 mm未満であれば3~6ヵ月ごとにCT検査を行う.

初回のCT検査において55 mm以上であった場合には,手術リスクを考慮し侵襲的治療を検討する.Marfan症候群などの遺伝性結合織異常の症例では,45 mm以上で侵襲的治療を検討する(詳細は表49,P. 141を参照).一般的に瘤径拡大速度は1.0~4.2 mm/年であるが118, 274),小径では遅く,瘤径の拡大とともに速くなるため,観察期間間隔は瘤径により判断する.瘤径が半年で5 mm以上増大する場合は破裂のリスクが高いため,侵襲的治療の対象とする.嚢状TAAでは瘤径が大きくなくても破裂のリスクが高いので,形態に留意して侵襲的治療を検討する.

第4章 治療法の選択
p.48
図47 腹部大動脈瘤の診断・治療カスケード

1.  拍動性腫瘤の触診2.  偶発的な発見(他疾患の精査など) 3.  エコー検査でのスクリーニング(65歳以上の男性,65歳以上の喫煙女性)

CT検査

1.  禁煙指導2.  血圧管理(130/80 mmHg 未満) 3.  心血管疾患の一次予防4.  定期的なサーベイランス(CT 検査) ◆ 30 ~40 mm 未満:1 ~2 年ごと◆ 40 ~50 mm 未満:6 ~12ヵ月ごと◆ 50 ~55 mm 未満:3 ~6ヵ月ごと

最大短径で30 mm以上の腹部大動脈瘤

1~3のいずれかを満たす注) PQ 8(P. 78),表24(P. 79)を参照.

ありなし1~4年後にエコー検査での再評価

1 最大短径が男性:55 mm以上女性:50 mm以上2 嚢状瘤3 半年で5 mm以上の瘤径拡大

いいえはい侵襲的治療を検討

図48 胸部大動脈瘤の診断・治療カスケード

1 胸部 X 線像で大動脈陰影の拡大2.  偶発的な発見(他疾患の精査など)

1.  禁煙指導2.  血圧管理(130/80 mmHg 未満) 3.  心血管疾患の一次予防4.  定期的なサーベイランス(CT 検査) ◆ 45 mm 未満:1 年ごと◆ 45 ~55 mm 未満:3 ~6ヵ月ごと

1~3のいずれかを満たす

1 最大短径が55 mm以上2 嚢状瘤3 半年で5 mm以上の瘤径拡大

いいえ侵襲的治療を検討

注)Marfan症候群に合併した胸部大動脈瘤は45 mm以上で侵襲的治療を考慮する(詳細は表49,P. 141を参照).

はい
p.49
1.4 急性大動脈解離

急性大動脈解離の診断・治療カスケードを図49に示す.急性大動脈解離を疑う場合には,素早く身体所見,バイタルサインをとり,血行動態が安定していればすぐに画像診断を行う.身体所見としては,四肢の脈拍触知,心雑音,腹部血管雑音などの有無が合併症(続発症)の早期発見につながる.心電図による心筋虚血の有無,心エコー検査による大動脈内解離フラップ,大動脈弁閉鎖不全,心嚢液の有無,などを評価する.引き続きCT検査を行い,確定診断に至る.血圧が高く疼痛が強い場合は降圧,鎮痛を図る275).血液検査による炎症所見やDダイマーの測定,血液ガスによる臓器虚血を示唆する乳酸アシドーシスの有無などの評価も重要である.

単純CTと造影CTの早期相および後期相を撮像し,解離の診断ならびに形態,解離の進展と範囲,entryの同定, malperfusionの有無について正確な診断を行う.malperfusionを合併する場合,static obstructionとdynamic obstructionの判断に迷う症例では,血管エコー検査も有用である.急性A型解離と診断された場合,緊急・準緊急手術

を考慮する.急性B型解離と診断され,合併症を有する場合(complicated型)には,侵襲的治療の適応となる.循環器内科医,心臓血管外科医,放射線科医などによる専門チームによる迅速な判断,治療が必要となり,集学的治療が可能な施設での治療が望まれる.一方,uncomplicated型においては保存的治療が選択される.しかしながら,その経過中に合併症を引き起こすこともあり,その場合には集学的治療が可能な施設との連携が望まれる.

1.5 慢性大動脈解離

慢性大動脈解離の診断・治療カスケードを図50に示す.ほとんどが急性大動脈解離発症時に診断された後のフォローアップ症例であるが, CT検査やMRI検査において偶然に無症候性大動脈解離が発見される場合もある.重要なことは,偶発的発見の大動脈解離が急性期でないことを確定診断することである.胸背部痛などの症状の出現時期を問診するとともに,血液検査による炎症反応や,心エコー検査での心嚢液の有無と輝度,心電図所見,単純CT検査

図49 急性大動脈解離の診断・治療カスケード

急性A型解離急性B型解離

急性大動脈解離を疑う所見

病歴□ 胸背部痛□ 分枝血管の虚血症状□ 既知の大動脈疾患身体所見

□ 四肢脈拍触知不良□ 心雑音の聴取□ 血圧左右差>20 mmHg □ 白血球/CRPの上昇□ D ダイマー>0.5μg/mL □ アシドーシス

血液検査結果

1.  心電図検査2.  心エコー検査3.  胸部 X 線検査上記検査で以下の評価を行う。急性冠症候群,心嚢水,壁運動,大動脈フラップ,心拡大,胸水

造影または単純CTで急性大動脈解離と診断

緊急手術保存的治療緊急手術

または保存的治療侵襲的治療を検討

専門チームによる迅速な判断および治療が必要

偽腔閉塞合併症いいえはいいいえはい
p.50
での偽腔血栓のCT値や偽腔隔壁の厚み,造影CT検査による真腔の形状などから総合的に判断する.

慢性期であると判断された場合には,瘤化部分の拡大速度を判定する必要があり,初診から3~6ヵ月後に単純CT検査で瘤径を確認する.発症時期が明らかである慢性大動脈解離(急性大動脈解離のフォローアップ症例)は発症後1,3,6,12ヵ月でCT検査を行い,瘤径の絶対値と拡大速度の2項目を中心に観察する.初期診断でULPを認める場合には,造影CT検査で形態変化も観察する.慢性期にULPが新規に出現する場合もあり,発症6ヵ月以内に1度は単純・造影CTを撮像することが推奨される.

慢性大動脈解離は,瘤径45 mm未満では年1回のCT検査で十分である.瘤径45 mm以上55 mm未満では3~6ヵ月に1度の連続したCT検査を行う.慢性大動脈解離(解離性TAA)に対しては,5 mm/半年以上の拡大または60 mm以上で侵襲的治療の適応とし,55 mm以上60 mm未満では全身状態,解剖学的条件,予想される手術侵襲度から,上記集学的診療チームで侵襲的治療について協議する.

慢性大動脈解離のフォローアップ中には,脳梗塞,心不全などの心血管イベントも多く,外来経過観察において,動脈硬化性疾患の危険因子,弁膜症,不整脈などを非侵襲的検査によりスクリーニングし,適切な管理を行う.

1.6 併存疾患に対する内科治療

大動脈疾患を管理するうえで,合併する危険因子や併存症への内科的アプローチは重要である.以下に高血圧,脂質異常症,糖尿病,喫煙,心不全,冠動脈疾患,頚動脈疾患について概説する. 1.6.1 高血圧

大動脈疾患では130/80 mmHg未満を目標に厳格な血圧管理が望まれる96).β 遮断薬は慢性大動脈解離における解離後のイベント発生率の低下276)や,Marfan症候群において瘤拡大速度の低下をもたらし,予後を改善する277).一方AAAに対しては,β 遮断薬を含むいずれの降圧薬も瘤拡大を抑制しない278, 279).したがって,大動脈疾患における降圧薬の選択は,併存疾患との兼ね合いも含め,短期・長期予後や薬物コンプライアンスを考慮して選択すべきである.併存疾患のない高血圧に対しては,Ca拮抗薬,レニン・アンジオテンシン系阻害薬(ARB・ACE阻害薬),利尿薬の3剤の中から選択する280).大動脈疾患の危険因子または併存疾患別の降圧薬選択について記述する(表7). a. 高齢者

誤嚥性肺炎を繰り返す高齢者にはACE阻害薬,骨折リスクの高い高齢者にはサイアザイド系利尿薬281),その他の高齢者にはCa拮抗薬,ARB・ACE阻害薬,サイアザイド系利尿薬が推奨される.β 遮断薬は心筋梗塞後,左室機能の低下した心不全合併例,その他不整脈などの心疾患合併例において投薬を検討する280). b. 脳梗塞

脳血管障害の再発と認知症に対し,ACE阻害薬と利尿薬の併用の抑制効果が報告されている282).必要に応じてCa拮抗薬の追加が検討される.β 遮断薬は他の降圧薬と比して脳血管障害再発予防効果が弱いとされるが,併存する心疾患とのバランスから投薬を検討する. c. 冠動脈疾患

狭心症に対しては,Ca拮抗薬と内因性交感神経刺激作用のないβ 遮断薬が第一選択薬である283).ただし,短時間

図50 慢性大動脈解離の診断・治療カスケード

定期的なサーベイランス(CT 検査) ◆ 45 mm 未満:1 年ごと◆ 45 ~55 mm 未満:3 ~6ヵ月ごと

侵襲的治療を検討はい

初診3~6ヵ月後にCT再検

1,2のいずれかを満たす

1 瘤径が60 mm以上2 半年で5 mm以上の瘤径拡大

いいえ

*瘤径が55 mm以上60 mm未満では, 全身状態, 解剖学的条件, 予想される手術侵襲度から専門チームで侵襲的治療について協議する.
p.51
PQ 4

作用型Ca拮抗薬は急激な降圧・反射性頻脈により心筋虚血が誘発される可能性があり,注意を要する.一方,心筋梗塞後症例においては,内因性交感神経刺激作用のないβ 遮断薬が心筋梗塞の再発や突然死を抑制し284),ACE阻害薬が,左室リモデリング抑制や心不全,突然死などの心イベントの抑制により,生命予後を改善する285, 286).したがって,心筋梗塞後はレニン・アンジオテンシン系阻害薬(ARBよりもACE阻害薬が望ましい)とβ 遮断薬の併用が第一選択である280). d. 心不全

LVEFが40%未満の心不全では血圧が正常または低値のことが多い.標準的な降圧薬として,ARB・ACE阻害薬,β 遮断薬,利尿薬が使用される.レニン・アンジオテンシン系阻害薬(ARBよりもACE阻害薬が望ましい)とβ 遮断薬は,心不全による再入院の予防を含め長期予後を改善する.利尿薬は臓器うっ血の治療や予防に有効である287).ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬は標準治療を受けている低LVEF合併心不全の予後を改善する288).一方, LVEFが50%以上に保持されている左室拡張機能障害に起因する心不全の予後を改善する薬物はない.個々の病態に応じて降圧薬を選択する. e. 心房細動

ARB・ACE阻害薬を中心とした降圧薬を選択する. ARB・ACE阻害薬は心不全や心室肥大の合併例において心房細動抑制効果が高い289).一方,発作頻度の低減,再発,慢性化の予防については明確なエビデンスはない. f. 慢性腎臓病(CKD)

蛋白尿がある慢性腎不全では,ARB・ACE阻害薬が推奨される.糖尿病がなく蛋白尿も認めない場合,ARB・ACE阻害薬,Ca拮抗薬,サイアザイド系利尿薬のいずれかが推奨される280). g. 糖尿病

糖尿病合併例での降圧薬の選択は微量アルブミン尿の有無により異なる.微量アルブミン尿を認める場合はARB・

ACE阻害薬を,認めない場合はARB・ACE阻害薬,Ca拮抗薬,サイアザイド系利尿薬の4剤から選択する280).

大動脈瘤症例と慢性大動脈解離症例の血圧管理目標値は推奨血圧管理は130/80 mmHg未満を目標とするのが望ましい.

本ガイドライン2011年改訂版において,TAAに対し,収縮期血圧105~120 mmHgを達成目標としていたが,確固たるエビデンスはない.併存疾患,年齢,フレイル(虚弱性)など総合的に判断したうえで,原則として130/80 mmHg未満を目標とした血圧管理が望まれる96).

使用する降圧薬として,AAA患者へのβ 遮断薬の投与に関しては,プロプラノロールを対象としたRCTの結果, AAAの拡大速度を落とすことができなかったうえに,患者のQOLも低下させた290).しかしながら,慢性心不全や冠動脈疾患などの併存疾患によっては,β 遮断薬の使用は有用な場合もあり,症例ごとに検討する必要がある.それ以外の疾患については,β 遮断薬使用による慢性大動脈解離における解離後のイベント発生率の低下276),Marfan症候群における瘤拡大と予後の改善277),などの報告がある.

また,β 遮断薬以外の降圧薬についても,同様にAAAの拡大を抑制できたという報告はない278, 279).各大動脈疾患における降圧薬選択は,併存疾患との兼ね合いから短期・長期予後や薬物コンプライアンスを考慮して行うべきである.大動脈疾患以外の併存疾患がない高血圧症例に対しては,Ca拮抗薬,ACE阻害薬/ARB,利尿薬の3種の中から選択する280).

表7大動脈疾患の併存疾患に対する降圧薬の適応

Ca 拮抗薬ARB/ ACE 阻害薬サイアザイド系

利尿薬β遮断薬

左室肥大〇〇左室駆出率(LVEF)が低下した心不全〇〇〇頻脈〇*〇狭心症〇〇心筋梗塞後〇〇蛋白尿/微量アルブミン尿を呈する慢性腎臓病〇

*非ジヒドロピリジン系
p.52
PQ 5

1.6.2 脂質異常症

一般的に日本人の動脈硬化性疾患の発症と死亡はLDL-C値により予測しうる291).また,LDL-C値と脳梗塞は正の相関,出血性脳卒中は負の相関が示されているが292),日本人において十分なエビデンスはない.2018年AHA/ACC動脈硬化ガイドラインでは,大動脈瘤の合併は粥状硬化性心血管疾患(atherosclerotic cardiovascular disease,ASCVD)に該当するが,超高リスク状態には該当しない.大動脈瘤患者の脂質管理目標は,75歳を境にして異なる.75歳を超える患者では,中強度スタチンでLDL-C値を平均30~49%低下させるか,高強度スタチンで平均50%以上低下させるのが妥当とされている(クラスIIa).一方,75歳以下の患者では,高強度スタチンでLDL-C値を50%以上低下させることを目標とし(クラスI),最大耐容量のスタチンでもLDL-C値が70 mg/dL以上であればエゼチミブの追加が推奨される(クラスIIb) 293).

本邦における「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年度版」294)では大動脈疾患における脂質管理目標は設定されていないが,冠動脈疾患では多くのエビデンスがある.大動脈疾患では冠動脈疾患の合併率が高く,同ガイドラインを参考とするのが良い.冠動脈疾患の既往がある場合(二次予防)は,家族性高コレステロール血症や急性冠症候群,糖尿病で他の高リスク病態を合併していれば,より厳格な管理が必要な病態と同様に,70 mg/dL未満ときわめて厳格な目標値設定が推奨されている.

以上より,大動脈疾患に加え,より厳格な管理が必要な病態である家族性高コレステロール血症,急性冠症候群の既往,糖尿病のうち一つでも合併していれば,LDL-C値を70 mg/dL未満,大動脈瘤と冠動脈疾患の合併であれば100 mg/dL未満,大動脈瘤のみであれば120 mg/dL未満を目標とする294).

大動脈疾患症例の脂質管理目標値は推奨大動脈疾患の症例にはスタチンの投与を検討する.LDLコレステロールの目標値は併存疾患に依存する.

本邦において「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2017年版」294)が脂質管理目標を提言しているが,大動脈疾患に特化した明確な脂質管理目標は提示されていない.一方,冠動脈疾患(CAD),末梢動脈疾患(PAD)などの粥腫性動脈疾患では,発症・増悪に脂質プラークの関与が指摘され, LDL-C値の管理によりプラークの退縮,安定化が報告されていることから,明確なLDL-C目標値が設定されている.しかしながら,大動脈瘤や大動脈解離の発生には脂質

プラークの直接的関与が証明されておらず,CADやPADなどと同様の粥状動脈硬化症と扱うべきかは不明である.大動脈疾患は,2018年のAHA/ACCの二次予防ガイドライン295)において,粥状動脈硬化症に該当するものの,大動脈瘤・大動脈解離の拡大や破裂に対する脂質異常そのものの直接的関与を示すエビデンスはない.あくまでCADやPADとの交絡因子であると捉えられる.

スタチンの投与に関しては,AAAの拡大抑制296)や大動脈瘤術後の生命予後の改善297, 298)の可能性が示され,スタチンによる血管壁への抗炎症効果などにより,予後が改善される可能性が指摘されている.また,血行再建を要するCADを合併した大動脈瘤・大動脈解離症例に対して,スタチン投与は生命予後を改善する可能性が示されている299).一方,遺伝性大動脈疾患に対するスタチンの有効性は不明である.動物実験では,スタチン投与によりMarfan症候群の大動脈径の拡大を抑制する可能性が示されているが300, 301),実臨床でのエビデンスはない.

スタチン以外の薬物(エゼチミブ,フィブラート系)治療と大動脈疾患およびその予後との関連を示す,大規模な観察研究やRCTは存在しないが,スタチンとエゼチミブを併用することでAAAの炎症マーカーが低下するとの報告がある302).スタチン以外の脂質低下療法についても,動脈硬化性疾患に対する脂質異常症の管理のエビデンスに従い,LDL-C目標値を達成できない場合に,スタチンにエゼチミブの追加投与やPCSK-9阻害薬の投与を考慮する.

以上より,本邦の現状では大動脈疾患に加え,より厳格な脂質管理が必要な家族性高コレステロール血症,急性冠症候群の既往,糖尿病のうち一つでも当てはまれば, LDL-Cの目標値を70 mg/dL未満とし,これらを認めず大動脈疾患+CADのみなら100 mg/dL未満,大動脈瘤のみであれば120 mg/dL未満として,脂質管理を行うことが望ましい.他の併存疾患を考慮して,LDL-Cが目標に達しない場合やスタチン不耐性の場合は,エゼチミブ, PCSK-9阻害薬などの他の脂質低下薬の投与を考慮する.しかしながら,大動脈疾患は遺伝性大動脈疾患を含め病態が多岐にわたるため,厳格な脂質管理を裏づけるエビデンスは十分とはいえず,すべての大動脈疾患に対して脂質管理を強く推奨するものではない.

1.6.3 糖尿病

糖尿病は心血管疾患予後における主要な危険因子であるが,AAA予後については疫学研究,観察研究などで負の相
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関が確認されている303).糖尿病を合併したAAAは非合併例と比較して瘤拡大は緩徐であり,糖尿病は瘤の拡大,破裂および生命予後に対して保護的に働いている.また,ステントグラフト内挿術(EVAR)後の瘤拡大と再治療についても,糖尿病は保護的である.TAAでもAAAと同様の傾向が認められ,メタ解析で糖尿病は上行・胸腹部・下行大動脈瘤の発症率に関して負の相関がみられる.一方,AAAに対する外科手術(人工血管置換術)後の心筋梗塞,感染,膵炎などの合併症や,EVAR後の手技合併症は,糖尿病が合併するとその発生率が高くなると報告されている303).

大動脈疾患に併存する糖尿病の治療目標は設定されていないが,「糖尿病治療ガイド2018-2019」では,年齢,罹患期間,臓器障害,低血糖のリスク,サポート体制,痴呆の重症度などを考慮し,患者の状態に応じた血糖コントロール目標の設定が必要とされている304).

1.6.4 喫煙

TAA,AAAのいずれにおいても喫煙は瘤拡大と破裂の最も重要な危険因子である305–311).喫煙量に依存して大動脈瘤の発生率が上昇することも明らかにされている307).したがって,小径大動脈瘤においても瘤拡大の抑制の観点から,禁煙指導には意義がある311, 312).特に男性では喫煙とAAA発症の関連がきわめて強く,65~75歳の男性のAAA有病率は,喫煙歴のある場合に6~7%であるのに対して,喫煙歴がない場合は2%である.一方,同じ年代の女性では,非喫煙者の有病率は0.6%未満であるが,喫煙歴があると0.8%になり,活動性喫煙では2%に上昇する.そのため,喫煙歴のある65歳以上の男性では,エコー検査やCT検査でAAAのスクリーニングを行うことが推奨される313).また,AAAに対する外科手術では,術前に禁煙を8週間以上実施すると,活動性喫煙患者と比べて周術期の肺合併症が少なくなる314).SVSガイドラインでは最低でも術前2週間の禁煙を推奨している315).

1.6.5 心不全

慢性大動脈解離やTAA,AAAにおける心不全に関するまとまった疫学はない.しかしながら,AAA遠隔期死亡の主要因は心疾患であり316),侵襲的治療(外科手術およびEVAR)の周術期合併症の大半は心不全である317, 318).術前の慢性心不全は術後の肺合併症,腎合併症の危険因子であり,慢性心不全の既往は術後の心合併症の危険因子である319, 320).したがって,不安定な心疾患(不安定狭心症,重症弁膜症,致死性不整脈,慢性心不全)が術前に診断されている場合は,大動脈疾患の侵襲的治療に先んじて,心臓専門医による心エコー検査での左室機能障害や弁膜症の評価,負荷試験による心筋虚血の評価が必要となり,

病態に応じて薬物治療を含めた内科的管理を行う.しかしながら,術前に心疾患と診断されてない場合でも,待機的侵襲的治療に際してはスクリーニングを行うべきで,スクリーニング法として日常活動度評価と安静時12誘導心電図が推奨される315, 321).原因不明の呼吸困難や増悪する呼吸困難がある場合は,経胸壁エコーによる精査を行うべきである315).AAAの術前では,日常活動度が4 METs未満で,脳血管障害,糖尿病,慢性腎不全のような危険因子を有する患者は,心臓専門医が行う非侵襲的検査による心疾患の精査の適応となる315, 321).

大動脈疾患の手術適応がある患者で,NYHA III度(心不全症状のため行動が制限される)あるいはIV度(安静時にも症状を伴う)の慢性心不全を合併する場合は,薬物治療(β 遮断薬,降圧薬,利尿薬)によって厳格に心不全を管理することが求められ,侵襲的治療は延期する321–324).個々の症例ごとにリスクとベネフィットが専門家により評価されるべきである.また,大動脈弁狭窄症はAAAの侵襲的治療において周術期リスクを最も高める心疾患であり,重度弁狭窄(平均圧較差40 mmHg以上,弁口面積1 cm 2未満,大動脈弁最大血流速度4.0 m/s以上)を伴う場合は大動脈瘤手術に先んじて大動脈弁狭窄症への侵襲的治療を優先する322, 323, 325, 326).

1.6.6 冠動脈疾患

心臓合併症は非心臓手術後の周術期死亡原因の40%以上に関連があると推定されており327),心疾患のリスク評価はきわめて重要である328).術前に左室機能障害や心臓弁の異常の検出,負荷試験による心筋虚血の非侵襲的評価を行うべきであるが,ルーチンのカテーテル冠動脈造影法は推奨されない323).その根拠として,2つのRCTによれば,左冠動脈主幹部病変あるいは三枝病変を有する患者,またはLVEFが35%未満の患者であっても,冠動脈疾患が不安定でなければ,大動脈手術前の予防的冠動脈血行再建の有益性は示されていない326).欧米のガイドラインでは予防的冠動脈血行再建の適応はきわめて限定的であるが323, 326, 329),本邦では大動脈疾患の特殊性や手術侵襲度を考慮して,積極的に施行されることも多くなってきている.

1.6.7 頚動脈疾患

大動脈瘤患者において,頚動脈狭窄症は大動脈瘤と共通の危険因子を有するため,その有病率は高い.SMART試験では,AAA患者の8.8%が少なくとも70%以上の無症候性頚動脈狭窄を有していた330).未治療の有意な頚動脈狭窄症はAAA治療後の長期予後に悪影響を及ぼすことが
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指摘されている331).したがって,頚動脈狭窄症を合併する患者では,大動脈瘤の侵襲的治療の前後,特に術後の薬物治療が有益である.ただし,大動脈瘤術前の頚動脈スクリーニングの有益性は証明されておらず332),ルーチンでの術前スクリーニングは推奨されていない.ESVSのガイドラインでは,複数の血管危険因子を有する患者において,無症候性頚動脈狭窄の選択的スクリーニングを行うことが推奨されている.これは,侵襲的な頚動脈インターベンションの適応例を探すためではなく,薬物治療によって遠隔期の心血管系疾患による死亡や合併症を減らすことを目的としている333).無症候性頚動脈狭窄症の患者において,大動脈瘤術前の予防的な頚動脈内膜剥離術またはステント留置術は,それが重症であっても有益性は証明されていない333).

1.6.8 大動脈疾患と抗菌薬治療

抗菌薬治療については,二次感染によりAAA拡大に関与するクラミジア肺炎に有効なドキシサイクリンやロキシスロマイシン投与が12ヵ月後の大動脈瘤拡大を抑えたとの報告があるが,2つのRCTで検証され,拡大抑制に有意な有益性を認めなかった334, 335).一方,フルオロキノロン系抗菌薬の使用は,動物実験において血管壁にマトリックスメタロプロテイナーゼの発現を促進し結合組織に影響を与えることが報告されており,観察研究においても大動脈瘤や大動脈解離の発症リスクを,ペニシリン系抗菌薬を使用している患者より上昇させることが報告されている336–338).米国FDAでは2018年12月の勧告で,大動脈疾患患者および大動脈疾患高リスク者へのフルオロキノロン系抗菌薬の投与を控えるよう勧めている.

2 血管内治療

表8大動脈瘤・大動脈解離の血管内治療(TEVAR/EVAR)の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

TEVAR,EVAR の適応は症例ごとの解剖学的要因(TEVAR,EVAR の解剖学的要件)を主として,病因,併存疾患,余命などを考慮に入れ,他の治療法(外科手術,内科薬物治療)と比較したうえで,総合的に判断する. I C瘤の中枢・末梢にTEVAR では20 mm以上,EVAR では10~15 mm 以上の健常なlanding zone の確保が必要である.また,それぞれのlanding zone において,大動脈径の10~30%オーバーサイジング径のステントグラフトで行う. I C

TEVAR,EVAR はそれぞれの大動脈血管内治療に熟練した施設,治療チームにおいて,外科手術チームのバックアップ態勢の下に行う. I C TEVAR,EVAR 後は定まった画像検査法を用いた定期的な(1,6,12ヵ月後,その後は1 年ごとの)フォローアップを生涯にわたり行う.異常が指摘された場合はさらに短い間隔でのフォローアップを行う339, 340). I C TEVAR,EVAR 後にエンドリークが判明した場合,type I,III は可及的すみやかに, type II, V は瘤径拡大を認めた場合に追加治療を行う341–348). I C大動脈血管内治療に熟練しておらず,外科手術チームのバックアップのない施設におけるTEVAR,EVAR は推奨されない. III C

2.1 TEVAR

表9大動脈瘤・大動脈解離のTEVAR の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

解剖学的要件を満たす下行大動脈瘤破裂に対しTEVAR を施行する349–353).(表21,P. 74 を参照) I C侵襲的治療が必要で,解剖学的要件を満たす外傷性大動脈損傷に対しTEVAR を施行する354–359).(表33,P. 96,および表56,P. 160 を参照) I C解剖学的要件を満たす下行大動脈瘤(≧60 mm)に対しTEVAR を施行する341, 358, 360–365).(表17,P. 70 を参照) I C解剖学的要件を満たす下行大動脈瘤(55~59 mm)に対しTEVAR を考慮する341, 358, 360–365). IIa C脊髄虚血のリスクが高い(ステントグラフト長≧200 mm または腹部大動脈瘤術後)胸腹部の大動脈瘤・解離に対するTEVAR 施行の際には,脳脊髄液ドレナージを考慮する366–371). IIa C中枢Zone 2 landing のTEVAR において中枢神経障害を防ぐための左鎖骨下動脈・再建を考慮する372, 373). IIa C
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外科手術に適さない弓部大動脈瘤,胸腹部大動脈瘤症例に対し分枝再建を伴うTEVAR(ハイブリッド治療)を考慮する374–383). IIa C解剖学的要件を満たさない下行大動脈瘤(≧60 mm)に対しTEVAR を考慮してもよい341, 360–365, 384). IIb C

2.1.1 適応

胸部下行大動脈病変(胸部下行大動脈瘤,PAU,鈍的外傷性大動脈損傷(BTAI),B型解離)がTEVARの対象疾患であり,現在,本領域における標準治療の一つとなっている.特にTEVARの解剖学的要件を満たす下行大動脈瘤(破裂を含む),PAU,BTAI,および急性(亜急性を含む)complicated B型解離においては外科手術よりTEVARが優先して推奨される341, 349–365, 384–387).TAA,PAU,BTAIにおけるTEVARの基本的な目標はステントグラフトによる瘤空置と瘤内の減圧による破裂治療ならびに破裂予防であり,大動脈解離においてはentryの閉鎖による偽腔血流の減少と真腔血流の増加,偽腔血栓化による偽腔拡大・破裂の予防である.

弓部大動脈病変,胸腹部大動脈病変に対するTEVARの際には分枝再建(弓部分枝,腹部主要分枝の再建)が必要となり,開窓型/分枝付きデバイスを用いたTEVAR,分枝へのバイパスを併用するハイブリッドTEVAR,chimney法あるいはsnorkel法といった姑息的分枝再建下でのTEVARが必要で,いまだ標準治療にはなりえず,外科手術困難・高リスク症例に限定された適用が現在位置となっている374–383).上行大動脈領域にはきわめて限られた症例にのみTEVARが適用されている388, 389).

合併症のないuncomplicated B型大動脈解離に対するTEVARは,RCTとシステマティックレビューにおいて,亜急性から慢性早期(発症1年以内)における偽腔拡大予防を目的としたTEVAR(preemptive TEVAR)が保存的治療に比して生命予後,大動脈イベント,大動脈リモデリングに関し良好な成績と報告されており,推奨できる390–395).しかし,TEVARにおける治療急性期のリスクは無視できないため,uncomplicated B型解離症例すべてに適応があるとは考えられず,将来の拡大予測などによる症例選択が重要である396–401).一方,偽腔が拡大・瘤化をきたした慢性B型解離症例に対するTEVARは,その治療効果と慢性期の成績が外科手術に比して明らかに劣り,治療急性期のアドバンテージを鑑みても強く推奨できない391, 402–405).

感染瘤や大動脈食道瘻(食道癌浸潤を含む),気管支瘻(肺瘻ならびに肺癌浸潤を含む)に対するTEVARは,血行動態不安定な症例と外科手術困難例に適応がある.血行

動態不安定症例ではTEVAR後,血行動態が安定すれば,感染などの程度に応じ外科手術を追加すべきと考えられている406).

2.1.2 治療に用いるデバイス

TEVAR用のステントグラフト(SG)は基本がストレート型(I型)で,ステンレス,ニチノールより成る自己拡張性ステントの骨格と,ポリエステル糸あるいはePTFE(expanded polytetrafluoroethylene)より成るファブリックで形成されている.SG径,SG長はメーカーごとに一定のバリエーションが存在する.中枢と末梢とで大動脈径に違いがあることが多いため,SGにも4~10 mmのテーパー型が存在する.多くの場合は16~24 Fr(ID)シース内に格納された状態で大動脈内に運ばれる(Gore社のデバイスのみが特殊なラッピングシートに包まれた形でカテーテル先端に固定され,この状態で大動脈内に挿入される).腹部のそれとは異なり,デバイス先端のベアステント部分にactive fixationのフックなどが付いていないのが胸部デバイスの特徴である.これは逆行性A型大動脈解離などの大動脈損傷を避ける目的と, SG留置後の中枢側landing部分にかかるずり応力の違いに起因するものと思われる.

2.1.3 標準的治療方法

治療は胸腹部造影CTなどにより得られた詳細な画像診断をもとに,「術前のプランニング」から始まる.病変部分(瘤化部分あるいはentry)の中枢側ならびに末梢側に20 mm以上の健康で直線的な大動脈壁が存在すること(healthy landing areaの存在)が大前提となる.ただし,大動脈解離の場合は,特に末梢側において解離大動脈壁の真腔をlandingとしなければならないことが多い.SGのlandingの範囲はIshimaruらのZone分類(図51)にて標準化されている.また,SG径はそのlandingする大動脈の径に対し10~30%のオーバーサイズが必要なことより,SGが接合する大動脈の径は42 mm以下が原則となる.

胸部下行大動脈瘤(遠位弓部大動脈瘤)やB型大動脈解離へのTEVAR施行の際には,良好な中枢側landingを得るため,しばしば左鎖骨下動脈をカバーする形でSG留置が行われる(Zone 2 landing).この場合,左鎖骨下動脈を単純閉鎖するか,バイパスなどにより血行再建を行うかは,当該症例の側副血行の良悪ならびに症状出現の可能性,あるいはその身体状況(合併症の有無)を鑑みて決める必要があるが,脳・脊髄神経合併症の観点からは再建(左総頚-左鎖骨下動脈バイパスなど)が推奨されている372, 373). TAAAの場合,腹腔動脈をカバーしてその末梢側landing
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を得る場合があるが,この際にも(上腸間膜動脈からの)側副血行を確認のうえ,単純閉鎖,バイパスなどによる血行再建を考慮するべきである.また長区間(≧200 mm)のTEVARにおいては脳脊髄液ドレナージが脊髄神経合併症の減少に有効であるとの報告が多い366–371).

TEVARにおけるアクセスは,そのシース径が極端に太いため(最大内径24 Fr,外径27 Fr),シース挿入部位(多くは大腿動脈,場合により総腸骨動脈,腹部大動脈から挿入される)は慎重に選択されなければならない.また,この極太シースの挿入にはきわめて硬いガイドワイヤーが必要で(多くの場合Lunderquist ®ガイドワイヤー),このワイヤーをガイドにしてシースとデバイスを目的部位に挿入する.pull-through wire(through-and-through wire)は脳合併症,血管合併症の観点から,単純なTEVAR施行には推奨されない407).さらにSG留置時には,目的位置への正確な留置のため,心拍出量の低減化が最も効果を発揮する.薬物による降圧よりrapid pacingが推奨される389, 408, 409).

2.1.4 成績と合併症

2016年の本邦におけるTEVAR治療5246症例の急性期治療成績(NCD-JACSM追跡調査)では,院内死亡は4.8%,脳卒中は4.0%,SCIは2.7%である.解離と非解離との間で大きな差はないが,中枢側landing部Zone 0~2 (弓部)とZone 3以遠(下行)において脳卒中発生率に大きな差を認める(7.6%対1.6%) 410).本邦における待機的TEVAR後の中間期成績は1,3,5年の生存率が80.7%, 66.9%,56.9%,動脈瘤関連死亡回避生存率が97.8%, 95.9%,94.2%と,比較的安定した成績となっている.

術後の合併症としては,1逆行性A型大動脈解離を代表とする急性大動脈症候群の発生,2エンドリーク(type I ~ V,図52),re-entry flow 342),3脳卒中,4SCI,5アクセストラブル,6局所性DIC(消費性凝固障害)などが挙げられる372, 411–415).生命予後やQOLに直接的に影響が及ぶ1, 3,4については,術前における高リスク症例の選別と術中・術後の予防策が必要である341, 363, 366–369, 378, 407, 414, 416–422).

なお,胸部大動脈疾患に対するTEVARは,いまだその歴史が浅く,外科手術や保存的治療との比較により適応,方法においてさらなる変革を遂げる可能性がある.グローバルな領域において比較検討の対象となるためには, TEVAR施行における適応(分類),方法,フォローアップを含めた各データが定まったフォーマット(reporting standard)に沿って記録されるべきである339).図51 大動脈のステントグラフトlanding および移植範囲

のZone 分類中枢側・末梢側 landing zone およびステントグラフト移植範囲はこの Zone 分類を用いて記載する.

図52 TEVAR/EVAR 後のエンドリーク分類A I: 動脈壁とステントグラフト(SG)の接合部分からの血液漏れで瘤内に血液が流れ込むものa:中枢側からb:末梢側からII: 大動脈瘤の側枝(肋間動脈,腰動脈,下腸間膜動脈,正中仙骨動脈など)から血液が逆流して瘤内へ流れ込むもの. IIIa: SG-SG間の接合部分からの瘤内への血液漏れ. IIIb: SG-ファブリックの破損などにて瘤内に血液が流れ込むもの. IV: SGのポロシティ(人工血管基布に開いている小孔)からの血液漏れ:通常は抗凝血薬を中止すればなくなるはずのエンドリーク. V: 瘤内に血流が認められないにもかかわらず,瘤が拡大傾向を示すもの. B TEVARによる entry 閉鎖後の re-entry flow

Ia

Ib

III IV

V II

A B
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2.2 EVAR

表10  大動脈瘤・大動脈解離のEVAR の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

侵襲的治療の適応で,解剖学的要件を満たす腹部大動脈瘤に対し,術後早期の生命・生活予後改善を期待してEVAR を施行する423–428). I A EVAR の解剖学的要件を満たさない外科手術リスク中等度以下の症例に対し,外科手術を施行する. I C 10 年以上の生命予後が期待される腹部大動脈瘤症例にはEVAR よりも外科手術を優先的に考慮してもよい316, 317, 429–436). IIb B外科手術不能の無症候性腹部大動脈瘤症例に対しEVAR を考慮してもよい437–439).(表27,P. 81 を参照) IIb B中枢側ネックの解剖学的要件を満たさない外科手術リスク中等度以下の腹部大動脈瘤症例に対しEVAR は推奨されない440–445). III C

2.2.1 適応

EVARは腎動脈下(infra-renal)AAAの標準治療の一つとなっている.EVARの解剖学的な要件を満たす腎動脈下AAA症例における外科手術とEVARの選択は,いまだ議論の多いところである.急性期の成績(生命予後と有害事象)は複数のRCTによりEVARの優位性が証明されたが423–428),10年以上の遠隔成績(生命予後)において逆転し,外科手術の優位性が証明されている317, 429–436).それゆえ両者(外科手術とEVAR)が可能な症例においては,治療近接期にメリットが多い症例ではEVARが,10年以上の予後が期待される症例においては外科手術が優先される.外科手術の高リスク症例と外科手術不能症例に対する侵襲的治療はEVARが優先されるが,年齢・解剖学的状況により,内科治療も考慮されるべきである437–439).また,デバイスごとに定められた解剖学的要件(instruction for use,IFU)を満たさない腎動脈下AAAへのEVARは推奨できないが, IFU内でのEVARの成績との間に差を見出せないという報告もあり,外科手術,内科治療によるサーベイランスと比較しながら個別に検討するべきである440, 441, 446–450).

傍腎動脈AAA,腎動脈上AAAに対するEVARの適応は限定的なものとなる.血液浄化を必要とする高度腎機能障害例においては上腸間膜動脈直下に中枢側のlanding zoneを確保できる症例が適応となるが,腎動脈を犠牲にできない(し

ない)症例においては,両側腎動脈,上腸間膜動脈,(腹腔動脈)の再建が必要であるため,再建方法(開窓型/分枝付きデバイスの使用,バイパスの併用,あるいはchimney法などの併用),患者の身体状況(年齢,合併症の有無など)を含めた外科手術との比較が必要となる315, 318, 343, 451–458).

両側腸骨動脈が瘤化している場合,1iliac bifurcated device(腸骨動脈のY字型デバイス)を用いて再建を行う315, 459–466),2外腸骨–内腸骨動脈バイパスを用いて再建を行う315, 463, 467),3両側内腸骨動脈(あればその分枝)を塞栓し,外腸骨動脈landingを行い,内腸骨動脈を再建しない,といった対処があるが,両側内腸骨動脈を再建しない場合,最大63%の症例で殿筋跛行の合併があり,両側内腸骨動脈の閉塞で最大9%の腸管合併症(虚血性大腸炎あるいは虚血性腸管壊死)が発生するとされている460, 461, 468).片側の内腸骨動脈再建が強く推奨される.

炎症性AAA,AEF(多くは十二指腸),破裂症例へのEVARの適応は各論を参照されたい.

2.2.2 デバイス

EVAR用のステントグラフト(SG)は,ステンレスやニチノールなどより成る自己拡張性ステントの骨格と,ポリエステル糸あるいはePTFE(expanded polytetrafluoroethylene)のファブリックとから構成される.大部分がY字型となっており,中枢側の固定部に吊り下げられるhanging typeのものと大動脈分岐部にsit downする形態のものがある. hanging typeには中枢側固定部にactive fixation用のsuprarenal stentやフックが取り付けられているものが多い.

2.2.3 治療方法

大部分の症例で両側の大腿動脈からアクセスしてY字型のSGを腹部大動脈から両側腸骨動脈にかけて移植し,瘤を体血圧から除外する.胸部同様,胸腹部造影CTなどによる詳細な画像診断をもとに「術前プランニング」を行い,中枢・末梢のlanding zoneを設定する.中枢側には長さ10~15 mm以上の拡大していない(32 mm以下)直線的なhealthy neckが必要で,末梢側には長さ10 mm以上の拡大していない(<23 mm)直線的なlanding zoneが必要となる.中枢・末梢の接合にはそれぞれ10~30%オーバーサイジングのSGが必要である.これらのlanding areaの設定以外にも,ネックと瘤を含めた大動脈の角度,ネックと腎動脈上大動脈の角度,アクセスの径などについて, IFU(instruction for use)が存在しているが,予後に直接的に影響を及ぼすという意味で中枢側のネックに関するIFUが重要である440–445).
p.58
PQ 6

2.2.4 成績と合併症

2016年の本邦におけるEVAR治療9872症例の急性期治療成績(NCD-JACSM追跡調査)では,院内死亡は1.6%,瘤破裂は0.18%,脳卒中は0.4%,腎機能障害は3.2%,塞栓症は0.9%,アクセス合併症は1.1%である.

EVARの術後合併症は,1大動脈・腸骨動脈損傷(破裂・解離),2塞栓・血栓症,3エンドリーク(type I ~V,図52),4腎機能障害,5アクセストラブル,6脚閉塞, 7瘤拡大・瘤破裂,などが挙げられる469). 1  大動脈・腸骨動脈損傷(破裂・解離):状況に合わせて

治療のタイミング,追加治療の方法(surgical convertionか否か)を考慮しなければならない. 2  塞栓・血栓症:大きな塞栓は腸管壊死,虚血性大腸炎,

腎梗塞,壊死性胆嚢炎などを併発する.小さい塞栓(コレステロール結晶塞栓症)は,術直後ではなく術後1~ 4週間後に,蛋白尿を伴う腎機能障害と食欲不振などの特有の症状が出現する. 3  エンドリーク(type I ~V):type Iならびにtype IIIエ

ンドリークはすみやかな追加治療が必要である343–347). type IIエンドリークは遷延すると(6ヵ月以上),瘤拡大や接合部の減少に応じて,その対処が求められる348). 4  腎機能障害:SGによる腎動脈カバー,造影剤の使用,

上記塞栓などに起因する腎機能障害がある. 5  アクセストラブル:小柄な女性,腸骨動脈石灰化症例

で発生しやすい. 6  脚閉塞:腸骨における屈曲や外腸骨動脈landingで発

生しやすい. 7  瘤拡大・瘤破裂:エンドリーク(タイプは問わず)に伴い

瘤拡大をきたす場合がある.type I,IIIエンドリークが判明すれば,すみやかな追加治療,あるいはsurgical convertが必要であるが,type IIエンドリークの場合は追加治療の効果が乏しく,また,直接的に破裂に至りにくいこともあり,現在のところ定まった治療指針がない470–474).本邦におけるEVAR後慢性期の予後は2015年までのJACSM追跡調査文献を参照されたい440).EVARは瘤を処理しないため,慢性期において破裂,瘤関連死亡などの重大イベントが発生しやすい治療方法である.また,これら重大イベントの発生は時間経過とともにプラトーにはならず,定まったフォーマットによる継続したフォローアップがきわめて重要である340).

2.3 その他の血管内治療

大動脈瘤・大動脈解離に対するTEVAR・EVAR以外の血管内治療としては,真腔狭窄,malperfusion症例に対す

る血管内開窓術と真腔へのベアステント留置が挙げられる475–481).推奨と詳細については,第6章の「3. Stanford B型大動脈解離」(P. 111~)を参照されたい.

腎機能低下・腎不全患者に対するTEVAR/EVARは妥当か推奨慢性腎臓病患者に対するTEVAR/EVARは,腎機能悪化のリスクはあるが,その低侵襲性の有利さを否定するほどに不利ではない.しかながら,急性腎障害や造影剤腎症の発症予防に努めることが肝要である.

手術成績:慢性腎臓病(CKD)患者における大動脈瘤の侵襲的治療では,EVAR,TEVAR,外科手術を問わず, CKDが進行するほど死亡率や術後合併症が増加する482–485).EVAR,外科手術ともに,CKDステージ4以上(eGFR≦29 mL/min/1.73m 2)ではステージ3以下の患者に

比べ成績が不良であったが,両治療法間では差を認めなかった.一方,ステージ3(eGFR: 30~59 mL/min/1.73m 2)では,外科手術において死亡率や心血管イベント,急性腎障害(acute kidney injury,AKI)の発生率が有意に高く482),中

等度CKDに対してはEVARが手術に比べ有利である.造影剤使用とAKI発症:TEVAR/EVARにおいて,術後AKI発症の主原因の一つとして造影剤腎症(contrast medium-induced nephropathy,CIN)を常に念頭に置く. CIN発症の危険因子としては,CKD,高齢,貧血,糖尿病,慢性心不全,脱水,腎毒性のある薬物の使用486)があり,また造影剤使用量に発症リスクが比例する487).AKIの原因はCIN以外に,周術期血行動態の変動,術中操作に伴う微少塞栓も重要な因子488)である.腎動脈上ステントを有するデバイスは,腎機能に影響がないとする報告もあるが489–491),腎動脈上血栓の場合には慎重な留置が必要である487).TEVAR/EVAR後のAKI発症は重要な術後予後規定因子であり492, 493),術中の慎重なカテーテル操作,適切なデバイスの選択,造影剤使用量や周術期管理などに留意する.なお,CINを含めた術後AKIの発症率はCKD患者で高い傾向がみられるが483),その発症率,侵襲的治療との関連性や造影剤使用量の上限について十分なエビデンスはない. CINの予防:CINは一般に,ヨード造影剤投与後72時間以内に血清クレアチニン値が前値より0.5 mg/dL以上または25%以上上昇した場合と定義される494).CIN予防のためには造影剤使用量の低減以外に,術前術後の生理食塩水輸液が有用とされてきたが495),近年のRCTにおいては,
p.59
CKD患者ではCIN発症に差がなく,輸液に伴う有害事象を認めるという結果が報告されたため496),輸液の適応と量に関してはさらなる検討が必要である.また,CKD患者に対してCO2造影を行うこともあるが497),解像度では現行の造影剤の方が優れており,CO2造影には塞栓症のリスクもあることから,適応は限られる.術後腎機能:AKI/CIN発症の有無あるいはCKD患者か否かにかかわらず,TEVAR/EVARによる経年的な腎機能の影響について言及した報告はない.EVAR群は外科手術群よりも早期のAKI発症は少ないが長期における腎機能低下はEVAR群の方が著しいとの報告もある498, 499).その理由の一つとして,術後フォローアップのための頻回な造影CT検査が挙げられる499).CKD患者に対しては造影CT検査を必要最小限にとどめ,腹部エコー,単純CT, MRIなどの,造影剤を使用しない画像診断も検討されるべきである.

3 外科手術

3.1 人工血管置換術

大動脈瘤や大動脈解離における外科手術の目的の大部分は,大動脈壁の破綻による生命の危機を防ぐことにある.その他の目的として,大動脈瘤による隣接臓器圧迫の解除500)や灌流障害の改善,塞栓症の予防501)などがある.外科手術の基本は人工血管による置換である.最近では人工血管置換術が困難な症例に対してステントグラフト(SG)内挿術(TEVAR/EVAR)が行われるが,ハイブリッド治療(外科手術とTEVAR/EVARを合わせた治療)として人工血管とSGを併用することもある.

人工血管はポリプロピレン製とePTFE(expanded polytetrafluoroethylene)製に大別される.人工血管は国内外の企業により販売されており,大動脈基部から腹部大動脈に至る解剖に合わせたデザインの人工血管が使用可能である.人工血管の登場以前より使用されていたホモグラフトは,特に感染性病変に使用される502).この感染性病変に対しては,最近では異種心膜で作製された導管による置換の報告があるが,遠隔期成績は不明である503–505).

大動脈径を縮小させるために大動脈壁を形成する手術や,大動脈をフェルトや人工血管で覆う手術(ラッピング)が施行されることもある506–509).近年,大動脈基部をラッ

ピングする手術(external aortic root support)も報告されている510).しかし,組織が壊死を起こすとの報告511)もあり,注意が必要である.TEVAR/EVARの増加に伴い, SG内挿術後の人工血管置換術(open conversion)も増加傾向にあり,手技的にも容易ではないとする報告も散見される448, 512–514).SGをすべて除去することが困難な場合には,切断したSGを一部残さざるをえないが,その遠隔期における影響は不明である.非解剖学的バイパス手術も必要に応じて実施される.

人工血管置換術後の抗凝固療法は原則として不要である.術後遠隔期には吻合部の仮性瘤が発生することが知られており,新たな病変の発生の有無を確認する意味も含めてCTやMRIでの定期的な画像診断による経過観察が望ましい.

3.2 体外循環と臓器保護

大動脈基部から上行・弓部に至る大動脈手術には,原則として体外循環が必須である.また,心臓手術に準じた心筋保護法も必須である.下行から胸腹部の大動脈手術にも体外循環が使用される.腎動脈下AAAの手術では体外循環は不要である.置換の際には,大動脈遮断を行ったうえで病変を切除して,人工血管で再建する.大動脈遮断が難しい場合には体外循環を用い,低体温法を併用して循環停止としたうえで大動脈を開放(open aortic technique)して,病変の切除や吻合を行う.循環停止法において,あるいは広範囲の大動脈置換を実施する場合,最大の懸念は臓器障害であり,必要に応じて各臓器への灌流を併用する分離体外循環を用いる.

3.3 院内死亡率

日本胸部外科学会の報告43)によると,2016年の集計で,大動脈解離手術の院内死亡率は急性A型解離が11.3%,急性B型解離が10.0%,慢性A型解離が4.3%,慢性B型解離が3.8%であった.また非解離性大動脈手術の院内死亡率は,非破裂例に限ると上行3.0%,基部4.1%,弓部6.2%,下行5.5%,胸腹部9.6%であり,破裂例においては上行17.0%,基部19.2%,弓部16.9%,下行29.7%,胸腹部28.6%であった.

日本血管外科学会の報告515)によると,2014年の集計で, AAA手術は19,216例実施され,院内死亡率は3.2%,非破裂症例の手術に限ると1.2%,破裂症例の手術では19.7%であった.
p.60
1 胸部大動脈瘤

1.1 内科治療と侵襲的治療の適応

表11 胸部大動脈瘤の内科治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

血圧値130/80 mmHg 未満を目標として血圧管理を行う10). I C

禁煙を指導する516). I C画像検査(CT またはMRI)を用いたサーベイランスを考慮する(瘤径の拡大がない場合は1 年に1 回,瘤径の拡大がある場合は3~6ヵ月に1 回)95, 516). IIa C

1.1.1 疫学,内科治療の位置づけ

TAAの頻度はスウェーデンから,剖検10万人あたり男性489人,女性437人と報告されている517, 518).多くの場合は無症状であり,健診や他の疾患の精査中に偶然発見される.発見された時点で,一般的に侵襲的治療が選択されるため,内科治療に関する報告は少なく,手術困難または手術拒否例の自然歴,破裂例の後ろ向き調査に関するものがほとんどである.内科治療の目的は大動脈壁へのずり応力,衝撃力を最小化し,さらなる瘤増大を抑制することにある.また, TAAの手術例・非手術例にかかわらず,高血圧症,脂質異常症(特に高コレステロール血症),糖尿病,高尿酸血症,肥満ならびに喫煙などの動脈硬化性危険因子を有していることが多い.したがって,生命予後の改善を図るために,これらの危険因子について十分に患者に指導し,禁煙を含めた生活習慣の改善がきわめて重要である95, 516, 519, 520). 1.1.2 血圧コントロール

最も重要で,減圧により大動脈壁へのストレスを抑制しうる.TAAでの降圧目標は,収縮期血圧105~120 mmHgが望ましいとされるが10),低血圧になるリスクを考慮すると現実的には130/80 mmHg未満が妥当と考えられる.β遮断薬による降圧療法が第一選択であるが10, 95, 521),最大投与量のβ 遮断薬を用いても降圧が不十分である場合,他の降圧薬を適宜追加投与し,目標の血圧値まで降圧を図る.ただし,多くの推奨はMarfan症候群のTAA非手術例を対象とした臨床研究に基づいており,動脈硬化性TAAなど非Marfan症候群患者に適用しうるかどうかについては明らかにされていない. a. β遮断薬

陰性変力作用により左室収縮とずり応力を抑制し,大動脈壁にかかる衝撃力を減少させる効果があり522),β 遮断薬が第一選択薬である.Marfan症候群のTAA非手術例を対象にβ 遮断薬(フロプラノロール)を用いたRCTで,同薬で瘤の拡大速度が73%抑制され,大動脈イベントと死亡率を有意に抑制したと報告されている277).Marfan症候群以外のTAA患者にも同様の結果が得られるかどうかは不明であるが,投与は妥当と考えられる. b. ACE阻害薬,ARB

動物実験では動脈瘤の形成におけるレニン・アンジオテンシン経路の役割が明らかにされている523–525).ACE阻害薬は,炎症メディエーターを修飾し,血管平滑筋のアポトーシスを減少させることで瘤拡大抑制効果をもたらす可能性がある526).ARBはMarfan症候群の動脈瘤患者において,TGF-β を制御して動脈瘤拡大を抑制する可能性がある527, 528).Marfan症候群と大動脈基部拡大を有する若年患者の非ランダム化試験では,ARBは大動脈径拡大率を有意に低下させた527).ARBとACE阻害薬の比較に関しては,マウスモデルにおいてARBが大動脈径拡大抑制効果に優れていた. c. スタチン

AAAを対象とした研究が大半であるが,スタチンはマトリックスメタロプロテイナーゼやプラスミノゲンアク

第5章 大動脈瘤の治療
p.61
PQ 7

ティベータを抑制し529),瘤拡大抑制に効果的に働く可能性がある.スタチン服用患者では非服用患者と比べ,死亡率や合併症発症率が低下し,手術回避率が向上したという報告もある529).

1.1.3 運動制限,生活指導

喫煙,暴飲暴食,過労,睡眠不足,精神的ストレスなどを避けるよう指導する.また,運動時には血行動態の変化から大動脈瘤壁のずり応力が大きく変化しうるため,重量物の挙上や牽引など急激な血圧上昇を生じるような急な等張性運動は避けるべきである530).TAA非手術例では大動脈解離を合併することがあり,その多くは労作や安静と無関係に通常の運動強度で発症するとされるものの,少数例では等張性運動時に発症するとされている531).他にも,排便時のいきみ,持続する咳き込みなども急に血圧を上昇させることから,注意を払うよう指導する.十分な降圧薬服用下で,トレッドミルなどの運動負荷時に収縮期血圧が180 mmHgを超えないと確認できた場合には,軽度のランニングやエアロバイクなどの有酸素運動は許容される10).

1.1.4 内科治療の限界の見極め

TAAの破裂時期や瘤径の拡大速度を予測することは困難である.破裂の危険因子は,下行・腹部大動脈径,高齢,疼痛,COPD,などとされている.また,心血管イベント発生率は胸部大動脈の瘤径が50~60 mmで年間6.5%, 60 mm以上で年間15.6%とされる118).Marfan症候群や他の大動脈炎などを合併しないTAA患者では,瘤径の拡大速度は4 mm/年と報告されている118).このため,前述した内科治療を行ったうえで,定期的にCT・MRI検査により瘤径(最大短径)や形状変化を評価し,破裂のリスクや死亡率が侵襲的治療介入によるリスクを上回ったと判断される場合,侵襲的治療介入を検討する.

1.1.5 画像のフォローアップ

基本的にはTAA発見時の画像から6ヵ月後にCT・MRI検査を再施行し,瘤径に著変がなければ1年ごとに画像検査で経過観察を行う532).急速な拡大がみられる例では, 3~6ヵ月ごとの経過観察が望ましい.大動脈基部や上行大動脈に拡大がみられる患者では,心エコー検査で大動脈弁閉鎖不全や二尖弁の有無をチェックする必要がある533).大動脈瘤のサイズに応じてフォローアップ間隔を変える必要があり,以下の推奨がなされている95). 1  大動脈基部・上行大動脈瘤:35~45 mm未満は6~

12ヵ月ごと,45~55 mm未満は3~6ヵ月ごと2  遺伝性結合織疾患が疑われる大動脈基部・上行大動脈瘤:35~40 mm未満は6~12ヵ月ごと,40~50 mm

未満は3~6ヵ月ごと3  胸部弓部・下行大動脈瘤:45 mm未満は12ヵ月ごと,

45~55 mm未満は3~6ヵ月ごと

1.1.6 侵襲的治療の適応

1年以内に致死的状況に陥る可能性が,径60 mm以上で15.6%,径50~60 mm未満で6.5~11.8%と報告されており118),一般的に胸部最大短径55 mm以上,あるいは6ヵ月で5 mm以上拡大する急速増大例では,侵襲的治療(外科手術,TEVAR)を考慮する.

Marfan症候群のような遺伝性結合織疾患や先天性二尖弁,大動脈縮窄症の例では45 mmを超えた場合に侵襲的治療を検討する.嚢状の大動脈瘤では径が大きくなくても破裂のリスクが高いので,形状にも留意する.

1.1.7 遺伝性・家族性の評価

TAA患者,特に若年発症の場合,また大動脈瘤とすでに診断されている患者の一親等以内で大動脈の拡大や解離を認めた場合には,遺伝性また家族性大動脈疾患を評価する.TAA患者の一親等以内の親族は20%の確率でTAAを有するとの報告もある534).

胸部大動脈瘤は瘤径何mm以上で侵襲的治療の適応となるか推奨大動脈基部・上行大動脈では,遺伝性大動脈疾患がない場合は大動脈径≧55 mm,先天性大動脈二尖弁(大動脈解離の危険因子または併施する開心術がない場合)では≧55 mm,Marfan症候群では ≧45~50 mm, Loeys-Dietz症候群では≧40 mm,弓部大動脈以下では遺伝性大動脈疾患がない場合は,弓部で≧55 mm,下行・胸腹部で≧60 mmを侵襲的治療(手術またはTEVAR)の適応基準とする.ただし,患者背景によっては,より小径での治療が望ましい(P. 62の表12,P. 141の表49,P. 145の表52を参照).

侵襲的治療の適応は破裂のリスクと治療のリスクとの兼ね合いで決定される.

破裂のリスクは主に大動脈径と遺伝性大動脈疾患の有無に影響され,形状や拡大速度にも影響される.また,大動脈拡大に伴い,解離を起こしやすくなる.破裂あるいは解離が発生する率は40 mm未満で7.1%,40~50 mm未満で8.5%,50~60 mm未満で12.8%,60 mm以上で45.2%とされる535).解離や破裂などの合併症を起こす確率
p.62
は,上行大動脈瘤では60 mm,下行大動脈瘤では70 mmで急激に高くなるhinge pointが認められた(図53) 535).大動脈径や断面積を身長で除した係数(≧4.35 cm/m,≧10 cm 2/m)が上行大動脈瘤・拡大症例で大動脈イベントの危険因子であることが報告されており535a, 535b),女性の成績不良への関与も示唆されるので,低身長の患者では早めの介入を検討する.

遺伝性大動脈疾患には,Marfan症候群,Loeys-Dietz症候群,Ehlers-Danlos症候群,家族性胸部大動脈疾患,先天性大動脈二尖弁などがあるが,治療適応となる大動脈径は組織脆弱性に応じて小さくなる.形状では,紡錘瘤に比べ嚢状瘤が破裂しやすいため,CT検査など画像診断で形状を見て適応決定やフォローアップ時に参考とする.一方,瘤径拡大速度はTAAで5 mm/年未満だが,瘤径の拡大とともに速くなる.半年で5 mm以上拡大する症例では破裂しやすく,フォローアップ期間を考慮するうえで参考にされたい.たとえば,50 mm未満なら半年後にCT検査を再施行し,半年で拡大がなければ年1回のチェックとする.しかし,上記の基準に達しなくても破裂する症例がある.関与する要因として,激しい運動や精神的ストレス,季節や時間帯,高血圧の日内変動,睡眠障害などが明らかとなっている.TAAは睡眠時無呼吸の存在により拡大率が大きくなる.これら要因の影響によって適応基準が必ず

しも適切でなくなる可能性もあり,フォローアップの際に治療できる要因は治療し,啓発が有効なものに関しては患者教育などで「回避しうるイベント」を回避する努力も必要だろう.

治療成績の向上に伴い,より小さい瘤径であっても侵襲的治療の適応となる.日本胸部外科学会の2016年の年次報告によると43),非解離性大動脈瘤の手術症例では,院内死亡率が2.9~6.9%(上行~胸腹部大動脈,TEVARを含む)であり,破裂のリスクがこれを上回る場合を治療の適応とするのが一般的な考えである.しかし,これらはあくまで統計的なもので,手術のリスクは個別に判定されるべきである.近年ではデータベースへの登録がほぼ100%になってきたことに伴い,背景因子から手術リスクが算出できるようになってきている.患者の高齢化に伴い,既往歴,服薬歴,フレイルなどが手術リスクを高めうるため,大動脈がより小さいうちに,より低侵襲な治療法を選択するなどの検討も必要となる.

1.2 非破裂性胸部大動脈瘤

1.2.1 大動脈基部・上行大動脈瘤

表12 大動脈基部・上行大動脈の非破裂性大動脈瘤の外科手術の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

無症状の非解離性大動脈瘤,IMH, PAU,感染瘤,仮性瘤では,最大径≧ 55 mm,または<55 mm であっても拡大速度≧5 mm/ 半年の場合は行う384). I C Marfan 症候群(表49,P. 141 を参照)

最大径≧50 mm に行う536). I C最大径≧45 mm,かつ大動脈解離の危険因子

*を有する場合に考慮する536). IIa C妊娠予定の女性では最大径≧40 mm で予防的に行うことを考慮する537). IIa C最大径40~45 mm,かつ大動脈解離の危険因子

*を有する場合に考慮してもよい536). IIb C大動脈二尖弁に伴う大動脈瘤(表52,P. 145 を参照)

最大径≧55 mm に行う538–542). I C

図53 胸部大動脈瘤の瘤径と解離や破裂などの合併症の発症率(Coady MA, et al. 1997 535)より) Copyright (1997) Mosby-Year Book, Inc., with permission from Elsevier. https://www. sciencedirect.com/journal/the-journal-of-thoracic-and-cardiovascular-surgery

上行大動脈瘤の瘤径 (cm)

(%) hinge point at 6.0 cm (p = 0.005)

hinge point at 7.0 cm (p = 0.006)

40 30

20 10

0 0 4 5 6 7 8

下行大動脈瘤の瘤径 (cm)

50 40

30 20

10 0 0 4 5 6 7 8

合併症発症率

(%)

合併症発症率
p.63
大動脈解離の家族歴を有し,拡大速度≧ 5 mm/ 半年で,手術リスクが低い症例は,熟練した施設で施行される場合において,最大径≧50 mm で手術を考慮する538, 539, 543). IIa C重症の大動脈弁狭窄症または閉鎖不全症に対して大動脈弁手術を施行する際,最大径≧45 mm で基部・上行大動脈置換術の併施を考慮する544–548). IIa C *大動脈解離の家族歴,大動脈拡大速度≧5 mm/半年,重症の大動脈弁閉鎖不全症,妊娠希望など

a. 標準的手術術式

手術術式は,瘤化(拡大)の範囲,大動脈弁の状態,バルサルバ洞の状態,瘤の成因病理(遺伝性結合織異常,炎症性疾患,解離など),などを考慮して決定される.大動脈基部の手術は,機械弁ないしは生体弁を用いた弁付グラフト(Bentall手術),同種大動脈弁(ホモグラフト),異種大動脈弁,自己肺動脈弁(Ross手術)などによる弁置換を基本とする術式と,自己大動脈弁を温存する術式(VSRR)とに大別される.

Carrelパッチ法で冠動脈を再建するmodified Bentall法549)が標準手術とされるが,大動脈弁輪部膿瘍を伴う重症感染性心内膜炎などに対しては,ホモグラフト,異種大動脈,自己肺動脈などの生体材料が選択される550).2010年に報告されたホモグラフト置換とRoss手術を比較したRCTでは,ホモグラフト群の長期成績がやや不良であったが(クラスIb),ともに有用な術式と結論づけられている551).

大動脈基部に拡大や解離,炎症,感染などの異常がない場合には,上行大動脈置換術単独の対象となる.大動脈弁の性状により弁置換を併施する場合もあるが,sinotubular junction(バルサルバ洞・上行大動脈結合部)の拡大に伴う大動脈弁閉鎖不全の場合(Boodhwani,El Khouryらが報告した分類のtype Ia 552))には,中枢側吻合においてsino-tubular junction縫縮を併施することにより大動脈弁逆流を制御できる553).解離による急性大動脈弁逆流に対する大動脈弁交連部吊り上げについては大動脈解離の項で述べる(第6章の「2. Stanford A型大動脈解離」P. 97).上行大動脈ラッピングは高リスク患者を中心に一つの選択肢ではあるが,遠隔成績に関するデータは少なく,一般的ではない506, 507).

遠位側吻合に関しては,大動脈解離の場合,大動脈遮断を用いない遠位側開放下血管吻合術554)が用いられることが多いが,真性瘤においては通常,大動脈遮断下に施行される.しかしながら,腕頭動脈より近位での大動脈遮断が高リスクまたは不可能な場合,あるいは遮断部の大動脈の拡大を認める場合には,遠位側開放下血管吻合術が選択される.後者に関して定まった大動脈径の適応基準は特

にないが,Marfan症候群などの遺伝性結合織異常の患者においては,将来の解離の発生起点となりうる大動脈送血部や遮断部の切除目的もあり,遠位側開放下血管吻合術の対象とされることが多い.一方,遠位側開放下血管吻合術においては何らかの脳保護法が必要であり,脳合併症のリスクを考慮したうえで適応を決定する必要がある. b. 冠動脈の再建法

おもな方法として以下のものがある. 1  冠動脈周囲の大動脈壁を直接人工血管に吻合する

Bentall原法555) 2  冠動脈入口部をCarrelパッチ法で人工血管に縫い付け

るbutton Bentall(modified Bentall)法549) 3  1本の小口径人工血管を介在させて両側冠動脈を再建

するCabrol法556) 4  短い小口径人工血管を介在させるPiehler法557) 5  左冠動脈再建に関しては,大動脈基部置換の人工血管

の後方を走行させ,人工血管の右側後方に吻合するSvensson法558) Bentall原法は出血のコントロールが難しく,大動脈壁のラッピングを要した時代の術式で,吻合部仮性瘤も発生しやすく,現在用いられることはない.Cabrol法では人工血管閉塞のリスクがあり559),近年ではbutton Bentall法が一般的である549).なお,再手術,炎症などで冠動脈の授動が困難な場合には,人工血管を介在させるPiehler法, Svensson法が有効である557, 558).大動脈基部置換術と上行大動脈置換術時における大動脈弁置換術の人工弁選択に関しては,日本循環器学会の「弁膜症治療のガイドライン」560)に譲る. c. 自己弁温存大動脈基部置換術(VSRR)

Yacoubのremodeling法561, 562)とDavidのreimplantation法563)に大分される.おのおの長所,短所を有するが,後者は弁輪固定が可能で大動脈弁逆流の制御がしやすく,出血も少ないことから一般的に広く用いられている.2000年代に入り,自己大動脈弁の長期耐久性の点でバルサルバ洞機能の重要性が提唱され,専用にデザインされた人工血管の開発564)や術式の改良565–567),さらには重度の基部解離を伴った急性A型解離に対する応用568–571)など,大きく発展してきている.標準術式といえるBentall手術に対する利点として,抗凝固療法の必要がなく出血性合併症が少ないこと,人工弁関連合併症がないこと,弁口面積が広く,より生理的であること,などがある.一方,危惧される点として,高度な技術を必要とし,大動脈遮断時間の延長により手術のリスクが増加すること,自己大動脈弁の長期耐久性が不明なこと,などが挙げられる.
p.64
近年,Bentall法とVSRRのより精度の高い比較検討が行われている.Marfan症候群におけるメタ解析では, VSRR群で血栓塞栓症,出血,感染性心内膜炎の発症率が低く,より良好な生存率が報告されている572).また, propensity score matching比較では,機械弁Bentall法がゴールドスタンダードであるが,抗凝固療法を回避するためには生体弁Bentall法とVSRRの有用性が報告されている573).Davidらによる機械弁Bentall法,生体弁Bentall法, VSRRの比較検討では,VSRRはBentall法に比べ生存率,弁関連イベント回避率が有意に高く,VSRR後の大動脈弁再手術率は生体弁Bentall法に比べて有意に低く,機械弁Bentall法と比べても差を認めなかった574).さらに,SF-36を用いた術後QOLを比較した検討では,精神的,肉体的評価,雑音の点などからVSRRでより良好なQOLが得られていた575).以上,大動脈基部置換術としてBentall法が標準術式であることに変わりはないが,基部拡大を伴う若年患者に対する熟練外科医によるVSRRはクラスI,エビデンスレベルCで推奨される576).

1.2.2 弓部大動脈瘤

a. 外科手術表13 非破裂性弓部大動脈瘤の外科手術の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

脳卒中と高次機能障害の防止対策を行う577–585). I B最大径≧55 mm には外科手術を考慮する535). IIa C弓部大動脈全域に及ぶ大動脈瘤,慢性解離性弓部大動脈瘤,近位下行大動脈を含む遠位弓部大動脈瘤に対して,全弓部大動脈置換術を考慮し,適宜elephant trunk(ET)法の併用を考慮する586–589). IIa B有意狭窄の冠動脈病変を有する症例に対しては冠動脈バイパスグラフト術(CABG)の同時施行を考慮する95). IIa C脳障害を最小限にするため,低体温循環停止下の選択的順行性脳灌流法(ASCP/ SCP)または逆行性脳灌流法(RCP)の併用を考慮する577–585). IIa B瘤径55 mm以上535),痛みなどの症状があるもの,周辺臓器の圧排症状を有するもの(嚥下障害,嗄声など)などが外科手術の適応となる.また,瘤径が55 mm未満であっても,隣接する上行大動脈や下行大動脈に手術を行う場合96)や,嚢状瘤の場合には外科手術の適応となる.弓部大動脈置換術は,手術手技や脳保護法の発展,それに伴う治療戦略の標準化95)によって治療成績は良好となり590),

弓部大動脈瘤に対する標準的治療法として確立している.有意な冠動脈病変を有する症例に対しては冠動脈バイパス術(CABG)を同時に施行する95).

弓部・遠位弓部大動脈瘤の手術は,体外循環の確立が容易,確実な脳と心臓の保護,同時心臓手術が可能,肺に対する圧迫操作の回避,などの利点により,胸骨正中切開法で行われることが大部分であり,末梢側へ進展した遠位弓部大動脈瘤の場合など一部の症例において左開胸法が用いられる591).広範囲置換術を要する場合には,胸骨正中切開+左開胸,胸骨正中+横切開+左開胸(ドアオープン),両側開胸+胸骨横切開などのアプローチ法を用いれば,一期的に広範囲置換術を行うことは可能である.しかし,左開胸を伴うこれらの術式は侵襲性が高いため,1回目の手術として胸骨正中切開でアプローチ可能な近位大動脈置換術にとどめ,末梢側に遺残する瘤内に人工血管を内挿しておくET法586–589)を行い,2回目の手術としてETを利用して下行置換術あるいはTEVARを行うことで治療リスクを軽減する,段階的手術を選択することが多い.

近年,循環停止中に人工血管のETの代わりにステントグラフトを末梢大動脈に挿入するオープンステントグラフト(frozen elephant trunk,FET)法592)も普及している. FET法では,大動脈瘤末梢の吻合をステントグラフトで代用できることから,広範囲弓部大動脈瘤を左開胸なしで一期的に治療できる,末梢吻合部が従来よりも浅い位置で吻合できる,などのメリットがあり,有用な術式である.一方,SCIの合併率が高いことが指摘されている593).第9胸椎レベル以遠までの深い挿入や周術期の低血圧などがSCIの危険因子であり594),これらに対する予防策を講じることが重要である.

弓部大動脈手術において,脳卒中と高次機能障害の予防対策はきわめて重要であり,脳障害を最小限度にすることで治療成績の向上が図られてきた577–585).弓部再建中の補助手段は,低体温循環停止法595)を基本に,順行性脳灌流法(SCP) 596, 597)や逆行性脳灌流法(RCP) 598, 599)が追加される.

大動脈再建の範囲により,hemiarch置換術,弓部分枝を一部置換する部分弓部置換術,弓部分枝をすべて置換する全弓部置換術に分けられる.hemiarch置換術では循環停止時間が限られるため,低体温循環停止法ないしはRCPを中心とした(SCPを用いる方法もある)脳保護下に末梢側から吻合する.近位弓部大動脈を含む上行大動脈瘤に対しては,腕頭動脈のみを置換する部分弓部置換術が有用である.全弓部置換術では良好な視野で確実な末梢吻合を行うため,ステップワイズ法600)などの工夫もなされ
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ている.弓部分枝の再建は,以前は島状再建も行われたが,弓部分枝分岐部に動脈硬化性病変が多く,かつ止血が容易なため,現在は弓部大動脈手術用にデザインされた分枝つき人工血管を用いて弓部分枝を個別再建する597).

標準的な補助手段であるSCP下での吻合順は,最初に大動脈末梢吻合を行って弓部以遠の循環を再開させ,中枢吻合,弓部分枝の順に再建するが,左鎖骨下動脈を中枢吻合の前に行うことも多い.また,胸腔内で左鎖骨下動脈を再建せずに,別の皮膚切開で露出した左腋窩動脈に分枝グラフトを吻合する方法もある.RCPの場合は脳保護時間の制限があるため,先に弓部分枝を再建し,末梢,中枢の順に吻合するarch first techniqueが用いられる601, 602).末梢吻合(下半身循環停止)中の深部体温(膀胱温または直腸温)は,以前は20°C以下のdeep hypothermiaが主流であったが,最近は25~28°C程度のmoderate hypothermiaが多く行われるようになった603). b. 血管内治療表14 非破裂性弓部大動脈瘤の血管内治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

外科手術が高リスクの症例には,開窓型ステントグラフトを使用したTEVAR604),分枝再建を伴うTEVAR(ハイブリッドTEVAR)379, 605, 606),またはin situ 開窓術を用いたTEVAR607–609) を考慮する.

※ IIa C

外科手術が高リスクの症例には,chimney 法を用いたTEVAR を考慮してもよい610, 611). IIb C外科手術が低リスクの症例には,ハイブリッドTEVAR は推奨されない612, 613). III B ※ ‌in situ開窓術を用いたTEVARの適応は,外科手術が高リスクの症例に限り,

TEVARならびに大動脈分枝血管のカテーテル治療に熟練した施設・術者においてのみ行われるべきである. i. ハイブリッドTEVAR

弓部大動脈瘤に対するTEVARは,屈曲部への留置による術後エンドリークの懸念,頚部分枝の血流確保という観点から,通常のTEVARのみでは対処できない症例が多い.弓部大動脈瘤治療の第一選択は全弓部置換術であり,高齢あるいは外科手術が高リスクの症例に限りTEVARが考慮される.TEVARを行う場合,landing zoneの確保のために閉鎖する頚部分枝に非解剖学的な経路でバイパス血行再建を施行した後にステントグラフト(SG)を挿入する方法が用いられる.それらはハイブリッドTEVARと総称される379, 605, 612–619)(図54).

ハイブリッドTEVARはtotal debranching TEVARとpartial debranching TEVARに二分される.total debranch- ing TEVARは,胸骨正中切開下に弓部3分枝すべての再

建を行い,SGで瘤を空置する方法である.主なinflowとして上行大動脈が使用されることが多いが,性状が悪い場合は上行大動脈置換術を先行させることもある.partial debranching TEVARは,開胸操作が必要となることが少なく,主に腕頭動脈以外の頚部分枝再建(頚動脈-頚動脈-左鎖骨下動脈バイパスなど)後にSGで瘤を空置する方法である.頚部分枝のdebranchingの際には,上行大動脈の部分遮断や頚動脈遮断,さらに粥腫のある血管へのlandingに伴う手技や塞栓症により脳梗塞を発症することがある379, 407, 620).このため,鎖骨下動脈のみのカバーで治療可能な遠位弓部大動脈瘤に比べ,周術期の脳梗塞と逆行性A型大動脈解離の発症率は高い620).

全弓部置換術との比較では,ICU滞在期間,在院日数はハイブリッドTEVARが有意に短いが,エンドリークに伴う再治療率は高い606, 621).しかし一方で,ハイブリッドTEVARの方が高リスクで高齢の患者が対象であったにもかかわらず,死亡率や脳梗塞を含めた周術期合併症の発症率はリスクの低い患者に対する全弓部置換術のそれと同等であった606, 621).

partial debranching TEVAR とtotal debranching TEVARの比較では,partial debranchingの方が中枢landing zoneが短いためエンドリークの発生率は高いが,侵襲度は低い622).また,partial debranching TEVARは,体外循環非使用下で大動脈瘤の治療ができるため,侵襲度が低く,ICU滞在期間,在院日数を含めたQOL向上に貢献しており,より高リスクの患者に対して第一選択となりうる. ii. 完全血管内治療

近年,TEVARのメインデバイスを粥腫の少ない上行大動脈に留置し,カバードステントを用いて腕頭動脈,左総頚動脈を再建する完全血管内治療(totally endovascular TEVAR)が注目されている.完全血管内治療の術式として,chimney法,開窓型SG,in situ開窓術,企業製の分枝付きSGが挙げられる. 1  chimney法:通常のSGと平行に上行大動脈に向かって

頚部分枝からカバードステントを留置し,頚部分枝の血流を確保する術式である623, 624).しかしながら,SG間からのガターリークが発生することがある.ガターリークはtype Iエンドリークと同等であり,ガターリークを含む約11%にtype Iエンドリークが生じるとの報告がある610, 611).また,死亡率は4%と低い傾向にあるが,脳梗塞発症率11%,chimney法後の再治療率は10~ 25%と高く,外科手術が追加される症例も少なくない610, 625).このため,完全血管内治療の中では第一選択
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a b f

c d

e g

図54 胸部大動脈瘤のハイブリッドTEVAR a: 左総頚–左鎖骨下動脈バイパス+TEVAR(1 debranch+TEVAR) b: 右腋窩–左総頚・左腋窩動脈バイパス+TEVAR(2 debranch+TEVAR).大腿動脈ならびに右腋窩動脈,左鎖骨下動脈,左総頚動脈より送血を施行し,弓部大動脈を腕頭動脈と左総頚動脈との間で開胸. c: 右総頚–左総頚・左鎖骨下動脈バイパス+TEVAR(2 debranch+TEVAR) d: 上行大動脈–左総頚・左腋窩動脈バイパス+TEVAR(2 debranch+TEVAR) e: 上行大動脈–腕頭・左総頚・左腋窩動脈バイパス+TEVAR(3 debranch+TEVAR) f: 腸骨–腹腔・上腸間膜・左右腎動脈バイパス+TEVAR g: オープンステントグラフト法(上行・弓部手術を伴う).上行大動脈と弓部分枝は4分枝付き人工血管に

て再建.下行大動脈には末梢側のみステントを固定したステントグラフトを挿入し,上行の人工血管と下行に挿入したステントグラフトを弓部大動脈にて縫合する.

になりにくい.しかしながら,既製のデバイスで行えるという利点があり,高リスクの緊急症例などには一定の役割がある. 2  開窓型SG:本邦で開発され,保険承認されている唯一

のZone 0ランディング可能なSGがこれに相当する.セミカスタムメイドであるため,開窓部の数を調整することが可能である.製作に約3週間を要するため,緊急手

術には対応できないという欠点がある.通常のSG留置時の小弯側のbird’s beakはエンドリーク発生の重要な因子とされているが,この開窓型SGは小弯側にもフィットし,弓部小弯側の嚢状瘤は良い適応である413).また,他の胸部SGとは異なり内骨格であるため,強い固定力
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が要求されない大動脈解離も良い適応である.初期成功率は91%で,3年時の瘤関連死亡回避率は97%,再治療回避率は84%と報告されている604).IFU(instruction for use)内,保険適用内で使用できるため,解剖学的要件を満たす高リスク患者の弓部大動脈瘤に対して第一選択である. 3  in situ開窓術:SGを用いて頚部分枝をカバーした後,

鎖骨下動脈や頚動脈から逆行性にレーザーや穿刺針(retrograde in-situ branched stent grafting,RIBS)などを用いてSGを開窓し,カバードステントを留置することにより頚部分枝血流を確保する方法である.保険適用外使用であるが,再建した頚部分枝は100%の高い開存率を認め,術後type I,IIIエンドリーク発生の報告も少なく,良好な成績が報告されている607–609).以上のように,完全血管内治療は高リスク患者には有用な手技である.デバイス選択については保険適用のある開窓型SGが第一選択に挙げられるが,解剖学的要件を満たす弓部大動脈瘤は多くない.そのため開窓型SGの適応外の弓部瘤については,術後のエンドリーク発生率を考慮すると,in situ開窓術が短期成績は良い.しかし,長期成績についてはいまだ不明であり,今後の報告が待たれる.

1.2.3 下行・胸腹部大動脈瘤

a. 下行大動脈瘤の外科手術表15 非破裂性下行大動脈瘤の外科手術の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

瘤の病変範囲を明確にし,主な肋間動脈など脊髄虚血に関連する潜在的リスクを特定するため,術前にCTA またはMRA検査を行う626, 627). I C冠動脈疾患の病歴を有する症例では,術前に潜在的な心疾患の重症度を明確にするための追加検査を考慮する628). IIa C症候性または重症の無症候性冠動脈疾患を合併する症例では,術前に冠動脈血行再建術を考慮する629). IIa C術前に肺,腎臓,脳血管に関連した周術期リスク評価を考慮する630–632). IIa C TEVAR の適応外の瘤径≧60 mm には外科手術を考慮する384, 633). IIa C TEVAR の適応外の瘤径55~59 mm には外科手術を考慮してもよい384, 633). IIb C

i. 瘤径と手術適応

大動脈瘤は径が60 mmになると,年間10%の破裂リスクがあることから手術適応と判断される.一方,径55 mm

未満の大動脈瘤への介入は,生存の利益をもたらさないかもしれない.しかしながら,女性または遺伝性結合織異常の症例においては,50~55 mm以上が手術適応となる384).また,初回CT検査で55 mm以上の場合は,手術リスクを考慮しながら手術適応を検討する.

経過観察となった症例では,半年後にCT再検査を行い,大動脈径の拡大速度に応じて,その後の検査間隔を考慮する.瘤径拡大速度は,TAAで1~4 mm/年535, 634, 635)といわれているが,小径では遅く,瘤径の拡大とともに速くなるため,観察期間は瘤径により判断する.半年で5 mm以上拡大する場合は破裂のリスクが高いため,手術を方針とする.嚢状瘤では径が大きくなくても破裂のリスクが高いので,形態にも留意する. ii. 外科手術

下行大動脈は走行が直線的であるためTEVARを容易に施行でき,エンドリークやステントグラフトのずれなどの問題も発生しにくいので,TEVARのメリットが大きい領域である.デバイスの進歩とともに安定した成績が得られ,今や第一選択の治療になりつつある.そのため下行大動脈瘤に対する外科手術は,若年患者やTEVARに不向きな患者に対して行うことが一般的である.外科手術の主な適応は以下のとおりである.・ 外科手術のリスクが高くない,比較的若年の患者384)・ Marfan症候群などの遺伝性結合織疾患の患者・ 近位部または遠位部のlanding zoneがない患者・ 大動脈瘤へアクセスするための動脈が欠如633),大動脈/

腸骨動脈へのアプローチが困難,すなわち”hostile” abdomen(頻回の腹部手術後,人工肛門増設術後,放射線治療後など)の患者,または大動脈腸骨動脈に重度の動脈硬化性疾患をもつ患者・ 腹部大動脈手術の既往があり,骨盤内の血流循環が低下

し,腰動脈の閉塞した広範囲の胸部下行大動脈瘤であり, TEVAR施行後にSCIのリスクがきわめて高いと判断される患者626, 627, 636, 637)・ 胸部の椎体(慢性疼痛症候群),気管または左主気管支(呼吸困難),食道(嚥下困難)などの隣接臓器に対して圧迫による症状をもつ患者638)肋間開胸する肋間の位置とアプローチ方法,また術中補助手段の使用の観点からも,瘤の大きさと位置が手術戦略の決定に影響を及ぼす.そのため,3次元画像を含むCT検査が術前の評価の中心となる.瘤の大きさ,壁在血栓の有無,上下方向への進展,周囲臓器との関係を明らかにする.近位下行大動脈に瘤が存在する症例では,外科手術に際し弓部分枝動脈との位置関係が問題となるので,瘤の
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近位側への進展を明らかにすることは重要である.通常は,第5~6肋間左開胸下に下行大動脈瘤に到達する.近位下行大動脈瘤に対しては第4~5肋間左開胸,横隔膜近傍の遠位下行大動脈瘤に対しては第7~8肋間左開胸を用いる場合もある.

術前検査には,脊髄血液供給に主要な役割を果たす肋間動脈・腰動脈と骨盤内動脈のCTA検査またはMRA検査を含めるべきである119, 639).胸部下行大動脈瘤手術に関連する死亡率と合併症のリスクを最小限に抑えるために,心機能,肺機能,腎機能,ならびに頚動脈と末梢動脈閉塞性疾患の術前評価が不可欠である.心エコー検査,心臓カテーテル検査,そして必要と判断された患者ではホルター心電図などの追加の検査は通常,冠動脈疾患(CAD)または心臓弁膜症の病歴のある患者に求められる.下行大動脈瘤に症候性CADを合併している患者では,大動脈瘤手術前にCADの治療を先行させるべきである.無症候性CADを合併する患者の治療については,非積極的な治療を示唆する最近の文献629)を考慮すると,議論の分かれるところである.このような症例においては,術前に計画された外科手術による置換範囲とCAD重症度が,術前戦略を決定するうえで重要である628).

また,喫煙歴とCOPDの存在は術後呼吸不全のリスクを増大させるため,肺機能検査と動脈血ガス分析が重要となる630).

術後腎不全のリスクは腎機能障害のある患者でより高く,そのため術前の水分補給と術中・術後の適切な腎灌流の確保によりリスクを軽減することが可能である631).

脊髄虚血や腸間膜虚血および腎虚血のリスクは大動脈遮断時間に関連している631, 632, 640, 641).大動脈遮断時の補助手段には,部分体外循環法,左心バイパス法と低体温循環停止法などが含まれる.低体温循環停止法は,破裂例や中枢側の大動脈遮断が困難な場合に役立つ642).しかしながら,連続387症例の下行大動脈瘤の後ろ向き分析では,左心バイパス法を適用しても対麻痺リスクの有意な減少はなかった640)(脊髄虚血の予防については,第7章の「2.3.脊髄保護法」P. 130~を参照).

下行大動脈瘤の待機的外科手術の結果は,過去25年間において症例の多いハイボリュームセンターで改善されてきた640, 643, 644).しかしながら,これらの許容される結果は,米国大規模データベースNational Inpatient Sample(NIS)のデータで裏づけられたものではなく,症例の多いハイボリュームセンターで達成された結果を反映している.待機および緊急手術の症例における死亡率は,それぞれ10%と45%であった.さらに,脊髄虚血も11~15%の範囲で報告されている645). b. 胸腹部大動脈瘤の外科手術

表16 非破裂性胸腹部大動脈瘤の外科手術の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

術前に心臓,肺,腎機能を評価して外科的リスクを推定し,術前の状態を改善するための治療を開始する646–648). I C外科的リスクが低~中等度で,瘤径≧ 60 mm,または急速な動脈瘤拡大(≧ 5 mm / 半年),または瘤関連症状を伴う動脈硬化性胸腹部大動脈瘤の症例では,外科手術を考慮する635). IIa C広範囲胸腹部大動脈瘤(Crawford I 型,II型,III 型)で,とくに長時間の大動脈遮断時間を必要とする場合,虚血による合併症を減らすため,下半身および腹部臓器を灌流する体外循環を考慮する649, 650). IIa C広範囲胸腹部大動脈瘤Crawford I 型,II型,III 型)では,虚血性脊髄障害のリスクを減らすため,脳脊髄液ドレナージを考慮する651–653). IIa B術中の脊髄保護のため,平均血圧と大動脈遠位側の圧の最適化,中等度低体温,電気生理学的脊髄機能モニタリング,および肋間動脈の再建を考慮する654). IIa Cハイボリュームセンターへの集中化を考慮してもよい655, 656). IIb C i. Crawford分類

CrawfordはTAAAの分類を報告し,現在ではこれが一般に受け入れられている657).これはTAAAの手術において連続して人工血管置換される範囲による分類で,報告時はI 型からIV型までの4種類であった(P. 15,図5)

658).

I 型:胸部下行大動脈と腎臓上部の腹部大動脈の大部分または全部を置換することが含まれる.すなわち,典型的には左鎖骨下動脈のすぐ遠位から腎動脈上部にまで及ぶ.

II型:胸部下行大動脈,および腹部大動脈の腎臓上と腎臓下セグメントの大部分または全部を置換することを含む.これらは一般的に,左鎖骨下動脈のすぐ遠位から始まり,大動脈分岐部まで広がる.

III型:胸部下行大動脈の遠位半分(すなわち,第6肋骨の下)とさまざまな程度の腹部大動脈を置換することを含む.ほとんどの場合,下行中部の胸部大動脈から始まり,大動脈分岐部まで広がっているが,一部は腎臓上大動脈内で終わる.

IV型:横隔膜tear付近で始まり,しばしば腹部大動脈全体を含む.

Crawford分類の修正がSafiらによって提案された659) (図55).追加されたV型は,胸部下行大動脈の遠位半分
p.69
(すなわち,第6肋骨の下)から始まって腎動脈より上で終わり,腎臓下の大動脈を温存する.このV型は,オリジナルのCrawford分類では,I型(腎臓下の大動脈を温存するという点で)またはIII型(近位胸部下行大動脈を温存するという点で)のいずれかに分類されていた.V型の置換術後では脊髄合併症のリスクが低いと報告されている657).

Crawford分類はいくつかの重要な機能を果たしている.すなわち,TAAA手術に関連するリスクは置換される大動脈の部位と置換範囲に依存する.そのため,この分類を用いることで,適切にリスクを評価し,大動脈置換術の予想される処置の程度に従って外科的アプローチを計画し,特定の治療法を選択するための枠組みを提供することが可能である.この分類を用いて大動脈瘤疾患の範囲を説明することに関しては,国際的な合意が得られている.外科手術とTEVARの両方において,この分類は処置の程度,手術に伴う技術的課題,および潜在的な術後リスクの指標を提供する.さらに,5つのタイプはそれぞれ,対麻痺,腎不全,および腹部臓器虚血などの異なる臓器合併症とも関連している. ii. 適応

瘤径が60 mmを超える(遺伝性結合織疾患は除く),瘤径の急速拡大(≧5 mm/半年),または症状を伴う,および低~中程度の外科的リスクを有する場合に,TAAAは外科手術の対象となる649, 660).

手術介入によるTAAAの破裂のリスクを評価することはきわめて重要であり,特に併存疾患のある患者における広範囲TAAAの術前リスク分析は,手術手順を決定するうえでも必須である. iii. 標準的術式

第5~6肋間開胸から腹部に至るspiral incision下に到達する.横隔神経の温存目的に横隔膜を弧状に切離し,腹部大動脈へは後腹膜腔あるいは経腹膜的にアプローチする.従来は広背筋,前鋸筋切開の後側方開胸で到達する方法が一般的であったが,最近は脊髄への側副血行路による血流温存目的に広背筋,前鋸筋温存アプローチも報告されている661).大動脈再建法は末梢側から再建する報告662)もみられるが,通常は中枢側から脊髄虚血時間を短縮するため分節遮断法663)を用いて再建する.本邦では肋間動脈や腹部分枝動脈は,8 mmまたは10 mmの小口径人工血管を用いて個別に再建する方法が一般的である.肋間動脈再建は人工血管を用いて個別または複数本を再建するか,あるいは人工血管を用いず直接個別に再建するか,複数本を島状に一括再建する664).Marfan症候群においては遠隔期に肋間動脈の島状再建部の動脈壁に瘤形成を認めることが多く,個別再建を原則とする665). iv. 補助手段

近位下行大動脈遮断は心臓への前・後負荷を増加させ,逆に遮断の遠位部は循環がなくなり,脊髄,腹部臓器,腎臓,下肢などの虚血合併症を生じる.単純遮断下の再建も可能であるが,一般的には以下の体外循環で遠位側大動脈灌流を施行し,臓器の虚血性合併症を減少させる.1大腿静脈(右心房)脱血-大腿動脈送血バイパス(部分体外循環),2左心房脱血-大腿動脈送血バイパス(左心バイパス),などを使用することで,臓器虚血予防が可能である649, 666).本邦では不測の大出血や低酸素血症への対応の点で,1の利用率が高い.両者の違いは,例外はあるが人

図55 胸腹部大動脈瘤の人工血管置換範囲によるCrawford 分類の修正版

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I型II型III型IV型V 型
p.70
工肺使用の有無にあり,したがってヘパリン使用量が異なってくる.その点で2を好む術者もいるが,前者においてもheparin-coatingまたはX-coating回路が開発され,理論上は閉鎖回路であれば同程度のヘパリン量ですむ.一方,弓部近傍の中枢側遮断困難例,再手術による剥離困難例,大動脈解離例などに対しては,大腿静脈吸引脱血または主肺動脈脱血追加併用の完全体外循環下の低体温循環停止法による大動脈開放下血管吻合法が用いられる667, 668). v. 腹部臓器保護

腹腔動脈と上腸間膜動脈は血液灌流で,両腎動脈は冷却晶質輸液(乳酸リンゲル液など)の注入か,または血液灌流を行うことにより,内臓器虚血を減少させる650).部分体外循環や左心バイパス回路の側枝から,バルーン付きカニューラを用いて各腹部分枝動脈の選択的持続灌流を行う.定説はないが,1分枝につき流量150~200 mL/minが目安とされている.順行性上腸間膜動脈灌流にもかかわらず粘膜損傷が発生する可能性があり,炎症反応の誘発に注意する669). vi. 脊髄保護法(第7章の「2. 脊髄保護」P. 127~も参照)

虚血性SCI発症の危険因子には長時間の大動脈遮断,広範囲の大動脈瘤,大動脈解離,緊急手術,内腸骨動脈非再建,および腹部大動脈手術の既往が含まれる.SCIを予防する手段として,遠位側大動脈灌流,肋間動脈再建651),肋間動脈灌流,脳脊髄液ドレナージ(CSFD) 651–653),脊髄冷却670),および周術期の脊髄機能評価671)などがある.最近の2つのレビューで,SCI予防のために利用可能なすべての戦略がまとめられている651, 653).

本邦では,可能であれば術前にMR検査やCT検査などの非侵襲的血管造影検査により,Adamkiewicz動脈とそれにつながる肋間・腰動脈または側副血行路を同定し,術中の肋間動脈再建,温存の手掛かりとすることが一般的である672).術前日ないしは当日にCSFDチューブを挿入し,術中から術後3日間の継続使用が行われ,その有用性が証明されている653).術中は,運動性脊髄誘発電位や体性知覚電位により脊髄虚血をモニタリングする654, 673, 674).術前同定検査や術中脊髄虚血モニタリングを参考にしながら,必要であれば責任肋間・腰動脈を再建する.CSFD,適切な血圧の維持,遠位側大動脈灌流の使用,および肋間動脈の血行再建を含む多様式アプローチは,脊髄虚血のリスクを軽減するのに効果的である675). vii. 成績

TAAAの外科手術の結果に関する論文の大多数は,高度に専門化されたハイボリュームセンターからのシリーズに由来する646, 660, 671).これらの経験豊富な施設は,術後の死亡率を5~15%の間で報告している.主な合併症は呼吸不全(最大60%),神経学的障害(3~18%),および腎不

全(3~15%)である.高度に専門化された施設以外では死亡率と合併症発生率がこれらのほぼ2倍になる.米国のカリフォルニア州全体のデータベースでは,TAAAの外科手術後の30日死亡率と1年後死亡率は,それぞれ19%と31%であった675).これらの結果は,TAAAの外科手術のような複雑な手術は専門センターでの施行が望まれ,実際には十分なスタッフサポート,および病院規模と外科医の数が術後生存率に大きく影響することを示している.また,手術経験が少ないことが術後死亡率の上昇と相関することを明らかにした報告もある655).すなわち,TAAAの手術を受けた患者1542症例において,症例が少ない病院(27.4%)と症例が多い病院(15%)との間に,死亡率の有意差(P< 0.001)が認められた.また,外科医が少数の病院(25.6%)は外科医が多数いる病院(11.0%)と比較して死亡率が有意に(P<0.001)高かった.これらの症例数と転帰の関係(volume-outcome relationship)はシステマティックレビューにまとめられている656). c. 下行大動脈瘤の血管内治療表17 非破裂性下行大動脈瘤の血管内治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

解剖学的要件を満たせばTEVAR を施行する360–365, 676―678).(表9,P. 54 を参照) I C下行大動脈瘤に対する外科手術とTEVAR間のRCTによるエビデンスはいまだ得られていないが,文献上は早期死亡率,合併症発生率,入院期間などにおいてTEVARの結果が優れている360–365, 676, 677).5年までの遠隔期死亡率においては差がみられず362),下行大動脈の直線部分に対するTEVARではエンドリークはそれほど多くみられないことから(3.9~15.0%),解剖学的要件を満たす下行大動脈瘤に対しては,Marfan症候群などの遺伝性結合織疾患を除いて,TEVARが推奨される678).また,TEVARは,外科手術に比べSCIの発生率が低く(2.8~21.0%)

363, 676, 678–680),しか

も遅発性SCIが特徴であり,不全麻痺が多く,回復も比較的早い.ステントグラフトによるカバー領域が200 mm以上,T8~T12レベルをカバー,AAA置換術後,内腸骨動脈閉塞,左鎖骨下動脈閉塞などがSCIの解剖学的危険因子である.慢性腎機能障害,周術期の低血圧(平均<70 mmHg)もSCIの発生につながる678, 679, 681, 682).このような場合は,SCI予防として脳脊髄液ドレナージを行う.現行のデバイスにおいては,landing部分の大動脈内径≧40 mm,landing zoneの長さ≦15 mmはTEVARの適応外である365, 683).また,瘤による圧迫症状を呈するもの(食道,
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心臓の圧迫など),さらに食道などとの交通をもつ大動脈消化管瘻,感染瘤は,TEVARの適応外である684–686).喀血を伴う気管支瘻,肺瘻に関しては決して良い適応とはいえないが,外科手術の成績が不良であり,TEVARが用いられていることが多い684, 685, 687).

下行大動脈瘤に対するTEVARでは,十分なlanding zoneを得るために,10~50%の割合で左鎖骨下動脈をカバーする必要があり,脳脊髄障害や上肢虚血の発生率は上昇する.少なくとも開存している左内胸動脈がある場合や,左椎骨動脈が優位である場合には,左鎖骨下動脈への血行再建が推奨される370, 371, 636, 688–692).十分なlanding zoneを得るために腹腔動脈を安全にカバーするのは有効だが683),そのためには造影CTで解剖を把握することが重要である.腹腔動脈をカバーする場合,事前または術中に血管造影で腹腔動脈と上腸間膜動脈の交通を確認するべきである693).側副血行路が十分にない,門脈血流が乏しい,腹腔-腸間膜動脈共通幹であるような場合,腹腔動脈閉塞は禁忌である.そのようなときはスキャロップを作成したデバイスを用いたり,snorkel,chimneyと呼ばれるテクニックが用いられたりするが,それらが安全,有用であるというデータは乏しい532). d. 胸腹部大動脈瘤の血管内治療

外科手術は依然として心肺循環障害,腎障害,対麻痺を含む神経障害などの問題があるため,それに代わる2つの方法が現在普及しつつある.

一つはハイブリッド治療と呼ばれる方法で,非解剖学的バイパスによって腹部分枝をバイパスし,その後にステントグラフト(SG)内挿を行うものである.バイパスとSG内挿を同時に一期的に行うか,分割して段階的に行うかは議論の分かれるところである.一期的では死亡率,腎障害発生率が高く,段階的では待機中の破裂のリスクがある694, 695).瘤径によって待機期間を考慮する必要があり, 60 mmを超えている場合は数日以内に行う696).高リスク患者に行われているという背景を考えると,このハイブリッド治療の死亡率,SCI発生率は比較的良好で697–699),腹部分枝バイパスの遠隔期開存率も良好である700, 701).しかしながら,この方法も侵襲度は決して低くなく,海外では次に述べる完全血管内治療が広く行われるようになり,ハイブリッド治療は緊急症例でデバイスが間に合わないときのみの選択肢となっている532).一方,本邦では認可された分枝付きSGはないため,ハイブリッド治療は現在においても外科手術の適応のない高齢者やCOPD患者などにおける重要な選択肢となっている.

もう一つの新たな手技は,分枝付きSGを用いた完全血管内治療である.傍腎動脈AAAの治療として開窓型デバイスが良好な成績を収めた702)ことから,ハイブリッド手術

室の登場,画像イメージ技術の向上とともに,この方法は発展してきた.RCTがなく,より高リスクの患者に対しては血管内治療が行われるため,30日死亡率,SCI発生率ともに現段階では外科手術との間に有意差はない703–707).本邦では認可デバイスがなく,限られた施設においてのみ施行されている.

1.3 胸部大動脈瘤破裂

1.3.1 大動脈基部,上行・弓部大動脈瘤

表18 大動脈基部と上行・弓部大動脈の大動脈瘤破裂の治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

治療適応があれば緊急手術を行う96). I C瘤破裂が疑われる症例では,全身(頚部から鼠径部までを含む)の非造影または造影CT 検査を行う96). I C専門的技術の提供が可能な施設で行われる場合,解剖学的要件を満たせば,外科手術よりもTEVAR を選択する96, 708). I C遠位弓部大動脈瘤破裂に対する全弓部置換術において,frozen elephant trunk 法の併用を考慮してもよい709, 710). IIb C Japan SCORE を用いた手術リスクの予測を考慮してもよい711).注: 臓器保護法(低体温循環停止,脳

灌流など),フレイルなど,リスク予測モデルに含まれない項目があり,手術死亡などの予測結果が実際の結果と解離する可能性がある. IIb C

a. 背景と疫学

本邦には非解離性TAAの破裂に関する疫学的統計は存在しない.2015年と2016年を対象期間としたJCVSDの胸部大動脈手術の報告711)では,胸部大動脈手術(胸腹部大動脈手術を含む)35,427例のうち,非解離性大動脈瘤破裂は1399例で,そのうち基部から弓部までの範囲の外科手術は435例存在した(表19).国外からの報告として, 1980年代のスウェーデン,ストックホルム市での2時点観察調査712)が存在する.この報告ではTAA破裂の発症率は人口10万人に対して5件と推計されている.1980年82例, 1989年76例のTAA破裂が発生し,計158例のうち手術が行われた症例は2例であった.158例のうち生存して救急外来に搬送されたのは64例(41%)で,老人福祉施設での
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死亡例11例(7%),病院外死亡例83例(53%)であった.破裂部位は上行大動脈81例,弓部23例,下行45例,不明9例であった.また,症状出現から6時間以内の死亡が54%,7~24時間22%,それ以降24%であった. b. 破裂の危険因子

TAA破裂の予測因子として,古典的指標である瘤径が挙げられる.60 mmを境界に破裂の可能性が高まる535, 635).弓部大動脈に関しては,年に5.5 mm以上の拡大速度が破裂を予測する因子として抽出されており,さらに瘤径65 mm以上,高脂血症が拡大速度の増加に影響する713).ただし,多くは後ろ向きの研究であり,大規模な研究が少ないため,エビデンスレベルが低いのが現状である714). c. 診断

心嚢,縦隔,胸腔への穿破は致命的であり,患者は救護者との意思疎通を図るまでもなく,発症現場で頓死する.それ以外の生存例では,突然発症する胸背部痛や意識障害が主な症状となる.また,気管や食道などへの瘻孔が形成された場合には,喀血や吐血を生じる.呼吸不全は,胸腔内への出血の結果として生じる場合もある.総じて,破裂に特異的な症状はなく,疑いをもつことが重要となる.破裂が疑われた場合には単純および造影CT検査が必須である.治療方針決定のうえでも,CT検査の撮影範囲は胸部だけでなく,腸骨領域まで範囲を広げて撮影することが重要である96).意識障害を認める場合は頭部の同時撮影を行う. d. 治療

救命目的の緊急手術が必須となる.TEVAR/EVARが確立された現在でも,基部から弓部にかけての破裂の治療は外科手術が標準である.破裂部を含む,瘤化した大動脈すべてを人工血管に置換することが望ましいが,救命が最優先であるゆえ,術前の血行動態や呼吸状態,併存疾患の有無,年齢,あるいは術中の所見などにより置換範囲を勘案するべきであり,置換範囲の予防的拡大に固執する必要はない.

TAA破裂に対して,TEVAR 708, 715)あるいは,外科手術とTEVARを組み合わせたハイブリッド手術の報告709, 710)も存在するが,上行から弓部大動脈に及ぶ範囲にTEVARを行う場合には,頚部分枝への血流を何らかの方法で維持する必要がある.また,エンドリークが生じた場合,破裂孔から出血に至る可能性も考慮する必要がある.術前の血行動態が破綻している場合または悪化しつつある場合には,直ちに経皮的体外循環の開始,あるいは早急な開胸による破裂部の用手圧迫などが求められる716).近年では,TEVARによりいったん出血のコントロールを行った後(ブリッジ使用),開胸に至る方法717)も報告されている.患者の病態に応じた初動対応が肝要であることは論を待たない. e. 部位別の手術術式i. 大動脈基部

大動脈基部の破裂は,先天性バルサルバ洞動脈瘤または大動脈弁輪拡張症が主たる原因である.先天性バルサルバ洞動脈瘤は,主に心腔内に破裂することが多く,心嚢内への破裂の報告はきわめて少ない718).右冠洞より発生することが多く(約60~80%),次いで無冠洞で(約20%),左冠洞からはまれ(約1~10%)である719, 720).破裂先は右心系が多く,左右短絡を形成することにより心不全を発症するが,症状の程度は短絡量や罹病期間により変化する.

治療は外科手術が原則である.破裂した洞の位置,破裂孔の大きさ,短絡先,さらには大動脈弁尖の異常,大動脈弁閉鎖不全症の存在,先天性心室中隔欠損症の有無などによりアプローチを選択する.大動脈,右心房,右心室あるいは肺動脈のいずれか1ヵ所または2ヵ所を切開して,破裂孔の直接閉鎖またはパッチ閉鎖を行う.大動脈または右心房切開のみで破裂孔の修復が可能な症例も存在するが,一般的には2方向からアプローチすることが多い719, 720).大動脈弁尖の異常や大動脈弁閉鎖不全症が存在する場合には,大動脈基部置換術,大動脈弁置換術に破裂孔の閉鎖,VSRRなどの方法が選択される.破裂孔閉鎖の際には,瘤の再発,大動脈弁閉鎖不全症の発生,刺激伝導系の障害に注意が必要である.手術の成績は早期,遠隔期ともに比較的良好であるが,遠隔期の大動脈弁閉鎖不全症の発生721),瘤の再発や破裂722),房室ブロックなどが報告されており,注意を要する.

近年では,心室中隔や動脈管閉鎖用のoccluderを用いて破裂部を経カテーテル的に閉鎖する方法が報告され,その成績も比較的安定しているため,重症患者においては有意義な選択肢となりうる723).一方,10 mm以上の破裂孔に対しては無効例もあり,また,固いoccluderがバルサル

表19  大動脈基部~弓部大動脈瘤(非解離)破裂に対する

開胸手術の成績置換範囲症例数手術死亡数手術死亡率(%)基部95 19 20.0上行116 21 18.1基部~弓部10 5 50.0弓部214 43 20.1合計435 88 20.2 JCVSDの2015年1月~2016年12月のデータによる(志水秀行ほか.2019 711)より抜粋)
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バ洞に及ぼすストレスが遠隔期にどのように影響するかは不明であるため,原則として体外循環を用いた手術を回避すべき患者に限定した使用が安全と考えられる724).

大動脈弁輪拡張症は,Marfan症候群などの遺伝性結合織疾患で認められることが多い.解離の発症を経た後の破裂に比べ,非解離の状態から破裂に至る可能性は少ない725).大動脈弁閉鎖不全症の有無にかかわらず,大動脈基部置換術またはVSRRが選択される.術式の詳細は本章の「1.2.1. 大動脈基部・上行大動脈瘤」(P. 63~)を参照されたい. ii. 上行大動脈

上行大動脈置換術が第一選択である.破裂孔が基部に近い場合は,体外循環の確立後に大動脈遮断下での置換が可能である.弓部側に破裂孔が存在する場合には,体外循環確立後に破裂部を用手的に閉鎖しながら冷却し,超低体温循環停止下に破裂孔を含む末梢側大動脈の置換を先行することが必要となる場合がある. iii. 弓部大動脈

全弓部置換術あるいは部分弓部置換術が基本となる.破裂部位により心嚢内,縦隔または胸腔内に出血をきたすが,破裂部は容易に確認できないことがある.遠位弓部周辺に高度な石灰化を有する症例,あるいは下行大動脈に瘤化病変が広範囲に進展している症例など,正中切開のみで末梢側大動脈吻合が困難な症例では,正中切開に左側開胸を加えたアプローチ(trapdoor開胸法,ドアオープン法など),左側開胸,あるいは左側開胸に胸骨横断と右側開胸を加えたアプローチ(clamshell法)で全弓部または部分弓部置換術を行う方法もある.

しかし,これらのアプローチは開胸に至るまでに時間を要することが,迅速な対応が要求される破裂例においては問題となる.そこで,正中切開のみで,破裂部より中枢側の上行大動脈や上行および近位弓部大動脈を開放し,末梢の破裂部を含む瘤化部分にステントグラフト(SG)を留置する方法(オープンステントグラフト法,またはfrozen elephant trunk法)も破裂症例で応用され,比較的良好な成績が報告されている726).

また,頚部分枝へのバイパスを開胸または非開胸下に行った後にTEVARを行う方法,開窓型(SG)を用いた方法,chimney法を用いた方法などの報告715)も存在するが,弓部大動脈瘤に関するESCのガイドライン96)では,「anatomy is favorable and the expertise available」である場合にTEVARを適用するべきとされている.この場合,合併症として逆行性A型解離の発生率が高いことが問題となる727). f. 外科手術の成績

2015年と2016年を対象期間としたJCVSDに基づく報告711)では,非解離性TAA破裂に対する外科手術の早期死亡率(30日死亡と院内死亡)は,基部20.0%,上行18.1%,基部から弓部50.0%,弓部20.1%であった(表19).基部から弓部にかけての非解離性TAA破裂に対する手術症例の遠隔期成績について調査された報告は存在しない.また,早期死亡に関連する危険因子について解析された報告も現時点で存在しない.

1.3.2 弓部大動脈瘤

表20 弓部大動脈瘤破裂の血管内治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

弓部大動脈瘤破裂に対しハイブリッドTEVAR を考慮する710, 715). IIa C

下行大動脈瘤破裂に対するTEVARと外科手術(人工血管置換術)を比較した報告では,30日死亡率はTEVAR群17%対 外科手術群24%,4年生存率は75%対64%と, TEVARで良好な成績が得られている349).したがって,下行大動脈瘤破裂に対してもTEVARが推奨される352, 728, 729).一方,弓部大動脈瘤に対するTEVARは,屈曲部への留置による術後エンドリークの懸念,頚部分枝の血流確保という観点から,通常のTEVARのみでは対処できない.このため弓部大動脈瘤治療の第一選択は外科手術であり,高齢あるいは外科手術のリスクが高い症例に対してTEVARが考慮される.

高リスク患者に対してのTEVARは良好な成績が報告されている710, 730).弓部大動脈瘤へTEVARを行う場合,landing zoneの確保のために頚部分枝に非解剖学的な経路でバイパス血行再建を施行した後,ステントグラフトを挿入するハイブリッドTEVARや,ステントグラフトを挿入して開窓するin situ開窓術などの完全血管内治療が行われる(本章の「1.2.2.-b. 血管内治療」P. 65を参照).

ハイブリッドTEVARや完全血管内治療は開胸の必要がないため,低侵襲であり,外科手術と比較しても成功率,死亡率ともに遜色なく,弓部大動脈瘤破裂症例に対し選択肢となりうる715, 731).ただし,現時点で弓部大動脈瘤破裂に対するTEVARの成績を示した論文は,いくつかの小規模検討と症例報告のみである.
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1.3.3 下行・胸腹部大動脈瘤

a. 下行大動脈瘤の外科手術

下行大動脈瘤の破裂は致死率が高い.下行大動脈瘤破裂は侵襲的治療によってのみ治療が可能であるが,多くの患者は,治療を受ける前に出血により死亡するか,治療を受けても生き延びることができない.また,耐術生存しても,多臓器不全や脳・脊髄障害のリスクが伴う.下行大動脈瘤破裂224症例を対象としたメタ解析では,外科手術(人工血管置換術)後の30日死亡率が33%であり352),主な合併症である心筋梗塞,脳卒中,対麻痺はそれぞれ11.1%,10.2%,5.5%であった.同じ著者による下行大動脈瘤破裂69症例の後ろ向き多施設研究では,死亡,脳卒中,対麻痺を合わせると36.2%であった349).また,米国大規模データベースNational Inpatient Sample(NIS)を用いたより大きな研究の結果では,下行大動脈瘤破裂559症例の死亡率は28.6%であった351).これらのデータは,下行大動脈瘤破裂の治療としての外科手術が高い死亡率と罹患率に関連していることを示唆している.

胸部下行大動脈瘤破裂症例では,肺との癒着もあり大動脈遮断まで時間を要することが多く,その間に循環が破綻する.そのため手術室まで患者を搬入できたら左開胸前に直ちに大腿動静脈経由で体外循環を確立する.AAAと違って破裂部位によってはバルーンでの遮断が困難なので,循環が落ち着いていても,いつ循環破綻するかは予測できず,できるだけ早期に大動脈遮断が必要である.CT検査で破裂部位を同定できていれば,胸膜を切除し,破裂部位から距離のある大動脈を露出して遮断することは可能である.

一方,後述するように,近年,破裂を含め下行大動脈病変に対して,TEVARが外科手術に代わる手技として行われるようになっており,TEVARにより死亡率と合併症発症率の低下が示唆されている349, 351, 352).しかし,米国の入院患者サンプルデータを用いた研究では,TEVARは外科手術と比較して死亡率に有意差はなく,対照的な結果であった(23.4%対28.9%,P=0.064) 351).

また,食道癌あるいは肺癌の下行大動脈浸潤に起因する下行大動脈瘤破裂に対してTEVARの有効性が報告されており732–734),治療の選択肢の一つとなっている. b. 胸腹部大動脈瘤の外科手術

TAAAの破裂も致死率が高い.外科手術のまとまった論文は少なく,2016年のESVSのガイドラインでもTAAA破裂の外科手術についてのコメントは存在しない.1990年代の米国での手術死亡率は53.8% 735)と報告されていたが,最近は破裂症例でも脳脊髄液ドレナージ,肋間動脈再建,付随手術などを省いてシンプルにすることで手術死亡率は

14%まで改善されている736).下行大動脈瘤破裂時と同様に,TAAAの破裂症例をTEVARで治療する施設が増えているが,下行大動脈瘤ほど簡単ではなく,National Surgical Quality Improvement Program(NSQIP)のデータベースを用いた研究では,TAAA破裂206例(外科手術144例, TEVAR 62例)を比較したところ,術後の腎不全(32%対13%,P=0.004),呼吸不全(58%対37%,P=0.007)ではTEVARが優っていたが,死亡率には有意差はなかった(38%対26%,P=0.09)と報告されている737). c. 下行・胸腹部大動脈瘤の血管内治療表21 下行大動脈瘤破裂の血管内治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

解剖学的要件を満たせばTEVAR を第一選択とする349).(表9,P. 54 を参照) I C TEVARと外科手術を比較したRCTはないが,近年,明らかにTEVARによる治療率が増加している349, 738–740).メタ解析,後ろ向き研究においてもTEVARにより低い死亡率と合併症発症率が得られており349, 352),胸部下行大動脈瘤破裂に対しては,解剖学的要件を満たせばTEVARが第一選択となる.しかしながら,TEVARでは死亡を含む遠隔期大動脈関連イベントの発生率が高く,遠隔期予後の面で外科手術に対する優位性は示されていない352, 738).

破裂に対する緊急症例の38%で,十分な中枢側landing zoneを確保するためにはステントグラフト(SG)内挿に伴う左鎖骨下動脈起始部の閉塞が必要であるが,そのほとんどで鎖骨下動脈の再建はなされていない352).左鎖骨下動脈の再建が不要であるというデータはなく,少なくとも冠動脈に吻合され開存している左内胸動脈がある場合や,左椎骨動脈が明らかに左優位である場合には,再建することが推奨される.それ以外であれば,緊急下でのSG内挿に伴う左鎖骨下動脈起始部カバーは許容される689, 729).同様に,緊急性があれば,SGによる腹腔動脈(CA)起始部カバーは許容される.待機的TEVARと同様にCAをバルーン閉塞し,上腸間膜動脈の造影検査により側副血行を確認すべきであるが,上腸間膜動脈からCA領域への側腹血行が確認できたにもかかわらず,実際のSGによるCA起始部閉塞後にCA領域の虚血性合併症が発生している532).可能であれば,小径SGを用いたパラレルまたはペリスコープなどの手技や741),自作開窓型SGなどにより,CAの血流を確保する.

腹部分枝の再建を必要とするTAAA破裂に対し完全血管内治療を行うには,開窓型SGまたは分枝付きSGを用
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いての手技となる.緊急対応の可能性(off-the-shelf)があるとすれば後者であり,分枝付きSGを用いてTAAA破裂の治療を行った結果,30日死亡率6%,SCI 6%と比較的良好な成績が報告されている742).しかし,世界的にみてもまだ普及には時間がかかる.その他,既存のSGと小径の長いカバードステントを組み合わせたサンドイッチ法により,TAAA破裂に対しきわめて良い成績が得られている743).本邦においては小径のカバードステントが認可されたが,大動脈瘤に対しては適応外使用となる.

そこで,開腹して腹部分枝をより末梢の血管よりバイパスしたのちにSGを挿入する(腹部debranch)ハイブリッド治療が選択肢となる.しかしながら,腹部debranch自体,侵襲度が高く,待機例においても外科手術に対する優位性は明確となっていない744).破裂においては腹部debranchに時間を要するため,疼痛のみの切迫破裂例ではまだしも, CT検査で血管外血腫が確認できる破裂になると成績は不良であり745),ショック症例は適応外である.

1.4 広範囲胸部大動脈瘤

1.4.1 外科手術

広範囲TAAの定義は定まっていないが,本項では弓部大動脈から下行大動脈または腹部大動脈に至る非解離性TAAと定義して,手術適応と手術術式を記載する. a. 開胸部位

解剖学的制限から,胸骨正中切開では弓部から遠位弓部大動脈が一般的な手術範囲となる.また,TEVARを組み合わせることにより,下行大動脈への手術介入が胸骨正中切開から可能となる.一方,左開胸では遠位弓部から下行大動脈さらに後腹膜アプローチを追加することにより,胸腹部大動脈が手術範囲となる.胸骨正中切開と左開胸アプローチを組み合わせて広範囲TAAの手術を計画することになり,解剖学的制限と患者の耐術能を考慮して,一期的手術または段階的手術を計画する. b. 一期的手術

一期的手術では,胸骨正中切開,胸骨正中切開+左開胸,左開胸の3種類のアプローチから選択できる.手術操作からは,胸骨正中切開では通常の人工心肺操作,低体温導入が可能であるが,下行大動脈への末梢側吻合には高い手術技術が必要であり,種々の吻合法が報告されている600).

胸骨正中切開による弓部手術にオープンステントグラフトを組み合わせた術式は,下行大動脈への手術介入が可能であり,手術侵襲を軽減する術式であるが,SCIや脳梗塞の発生率上昇が報告されている380, 746, 747).JCVSDの2015~2016年次報告では非解離大動脈瘤手術でSCIの発

生率は,弓部置換術(n=2938)で2.0%に比して,ハイブリッド手術で(n=958)5.4%であり,オープンステントグラフト使用では常にSCIに留意が必要である711).オープンステントグラフト法は1996年にKatoら749)により臨床成績が報告され,elephant trunk(ET) 750)をステントで固定する術式のため,「frozen elephant trunk(FET)法」とも呼ばれている592, 746).本邦では2014年から市販のオープンステントグラフトが使用可能となった.

胸骨切開+左開胸のアプローチでは,弓部から下行大動脈全長を露出でき,確実な手術操作が可能であるうえに,通常の人工心肺操作が可能であるという利点があるが,左開胸を加えることにより手術侵襲は大きくなり,呼吸器合併症の発症率が上昇する751).アプローチとして以下の方法などが用いられている.1胸骨正中切開+左開胸:胸骨正中切開に左開胸を加えて下行大動脈末梢側吻合を行う.下行大動脈内に人工血管を走行させるpull-through法752),下行大動脈を空置する術式がある753).2胸骨部分切開+左前側方開胸:胸骨上方部分切開と左前側方切開を組み合わせたL字開胸(ドアオープン)法754, 755),胸骨下方部分切開と左前側方切開を組み合わせたALPS(antero-lateral partial sternotomy)法756),左前側方切開に胸骨横切を組み合わせたクラムシェル法757)などが用いられる.

左開胸アプローチにおいても,頭側に開胸範囲を広げることにより心嚢内操作は可能であり,弓部大動脈への手術介入は可能である.左後側方開胸による弓部から下行・胸腹部大動脈置換術は報告されている758). c. 段階的手術

段階的手術は,それぞれの手術のリスクと侵襲度の軽減に有用と考えられるが,第2期手術待機中の大動脈イベントのリスクが常に懸念される.基本的には胸骨正中切開による弓部大動脈置換術を初回手術とする.この際,ETやFETを使用して,第2期手術に備えることが一般的である.第2期手術では左開胸による下行大動脈置換術や,胸腹部大動脈置換術を施行するが,下行大動脈へのTEVARで手技を貫徹できる症例も多い.また,弓部置換術+FETではSCIのリスクが上昇するため746),弓部置換術+ETを初回手術として施行し,第2期手術をTEVARで貫徹する方法も施行されている. d. ハイブリッド手術

従来の人工血管置換術とTEVARを組み合わせた術式が,ハイブリッド手術として認知されている.Bavariaら605)はハイブリッド手術を,上行大動脈中枢側から弓部3分枝をバイパスし弓部大動脈にTEVARを施行するtype 1,上行大動脈を人工血管に置換し,ここから弓部3分枝を再
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建して弓部大動脈にTEVARを施行するtype 2,弓部大動脈置換術+ETにTEVARを施行するtype 3,に分類している.type 1は人工心肺を使用せずに施行できる利点があるが,脳梗塞のリスクが上昇することが報告されている759). e. リスクを考慮した手術適応と術式選択

広範囲TAAの手術においては,常に手術リスクと合併症発症率を考慮して,手術適応,術式選択を考慮する必要がある.

2014年日本胸部外科学会学術集計によると,手術死亡率は手術範囲により異なる.非解離性大動脈瘤の院内死亡率は,手術範囲が上行・弓部に限定される症例では3.5%であるのに対し,弓部+下行大動脈では10.2%であり,手術範囲が広範囲となることにより手術リスクは上昇する.さらに,広範囲TAAでは動脈硬化病変が強く,血管性状が不良なため,脳梗塞とSCIの発生率が高いことが報告されている760).手術適応は大動脈破裂のリスクと手術のリスクのバランスにより決定されるため,広範囲TAAでは慎重な検討が求められる.

1.4.2 血管内治療

広範囲TAAにおいて,脳循環に関わる弓部に対する手術操作と,横隔膜を挟んだTAAAへの手術操作とが必要になる場合,一部または全部にステントグラフト(SG)を用いて低侵襲化を図ることがある.この場合,人工血管置換術やSG内挿術(TEVAR)の手術手技は個々の手技と同じであり,許容できる手術侵襲とTEVARに必要な解剖学的要件のバランスをとりながら手術戦略を考えることになる.

上行大動脈と腸骨動脈にlanding zoneを設けることができるのであれば,すべての大動脈をTEVARにより治療することは理論上,可能である.しかし,上行大動脈径が40 mm以上に拡大している場合には,大動脈のbandingや上行大動脈置換を考慮する.上行大動脈の拡大が弓部の拡大に連続していれば,上行弓部置換を行ってETやオープンステントグラフトを留置し,下行大動脈や胸腹部大動脈に対するTEAVRの中枢側landing zoneとして利用する.この場合,上行大動脈や弓部大動脈の瘤化自体は手術適応径(55 mm以上)に達していないこともありうるが,脳保護を要する弓部置換を避けるために上行置換を行う,あるいは左開胸による弓部手術の高い手術侵襲を考慮して正中切開による弓部置換を行う,といったバランスの中で適応を考えることになる.

広範囲TAAにおいてハイブリッド手術を選択する場合,下行大動脈に対するTEVARが重視される.これを胸腹部大動脈まで延長する場合には,分枝付きSGを用いれば完全血管内治療が可能であるが,デバイス自体が本邦では承

認されていない.腹部分枝に対するバイパス術を併用してTEVARを施行することは可能である.

弓部大動脈に対する手術操作による脳梗塞や,胸腹部大動脈に対する手術操作によるSCIのほか,個々の手術に関連するさまざまな合併症が考えられるが,広範囲の手術操作では総体としてそのリスクが高まる.

2 腹部大動脈瘤

2.1 内科治療と侵襲的治療の適応

表22 腹部大動脈瘤の内科治療とフォローアップの推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

禁煙を指導する271–273, 311, 761–764). I A小径(<40 mm)の瘤に対し腹部エコー法によりフォローアップする765). I B収縮期血圧130/80 mmHg 未満を目標とした厳格な血圧管理を行う763, 766). I C CT または腹部エコー法によるフォローアップを以下のように行う765, 767).最大短径50~55 mm未満では3~6ヵ月ごと最大短径40~50 mm 未満では6~ 12ヵ月ごと最大短径30~40 mm 未満では1~2

年ごと

(表68,P. 174 を参照) I B

フォローアップ時に瘤径拡大速度≧ 5 mm/ 半年を認める場合に侵襲的治療を考慮する765, 767). IIa C

非解離性AAAは原則として無症状であり,健診などで偶発的に診断されることが多い.また,腹部の拍動性腫瘤で気付かれることもある.AAAの治療方針はその最大径によって決定する必要がある.大動脈瘤は,一度発生すると拡大を続ける傾向にあり,破裂症例では病院に救急搬送されても8割以上が救命不能である265, 266)ため,無症状の状態で診断・治療を行うことが重要である.

AAAに対する内科治療の目的は,瘤の拡大・破裂の予防と,動脈硬化に関連した心血管イベントリスクの低減である.これまで,あらゆる薬物療法において大動脈瘤の拡
p.77
大を抑制したというエビデンスはない.一方,喫煙はAAAの拡大・破裂の重大な危険因子であり,禁煙指導は内科治療の重要な一部である.また,AAA患者は心血管イベントのリスクが高く,AAAに対する外科手術後における主要な晩期死亡原因は,心疾患,肺癌,肺疾患の順である768).AAAの外科手術症例の長期予後調査では,死因の約4割が心血管関連であり,22%が心筋梗塞と報告されている317).腎動脈下AAA患者に対する待機的外科手術の術前に冠動脈造影を施行したところ,半数以上が冠動脈疾患を合併していたとの報告があり769),負荷心筋SPECT施行にて冠動脈虚血の存在を評価した研究においては, AAA症例の37%に心筋虚血を認め,末梢動脈疾患合併例でより高くなる(77%)との報告がある770).以上より, AAA患者では発症リスクの高い心血管疾患に対するリスク低下を目標に,動脈硬化危険因子に対する管理と動脈硬化性疾患のスクリーニングを厳格に施行する必要がある.

2.1.1 血圧目標値

AAAにおいてはエビデンスのある血圧目標値は存在しないが,TAAと同様に130/80 mmHg未満とするのが望ましい.

2.1.2 薬物療法

a. β遮断薬

プロプラノロールに関するRCTの結果によると,AAAの拡大速度を低下させることができなかった上に,患者のQOLも低下させたことが報告されている290).しかしながら,慢性心不全や冠動脈疾患といった併存疾患によってはβ 遮断薬がAAA患者にとって有用なケースも考えられるため,症例ごとに検討する. b. ACE阻害薬,ARB

大規模な一般住民対象の症例対照研究で,ACE阻害薬は破裂予防において有益性が示唆された(オッズ比0.82, 95%CI 0.74~0.90) 771).しかし,最近報告された2つの研究では相反する結果が示されている.UK Small Aneurysm Trial 772)においてはACE阻害薬の使用がAAA拡大と関連していたが,Chichester研究773)ではARBとアルドステロン拮抗薬に拡大速度を抑制する効果が示唆された. AAA患者に対するACE阻害薬とCa拮抗薬のRCTでは動脈瘤拡大への影響に有意差はなく,ACE阻害薬の優位性は示されなかった774).以上より,ARB/ACE阻害薬もまたAAAの拡大抑制に明らかな有効性は認めず,併存疾患により症例ごとに検討する必要がある. c. その他の降圧薬

降圧利尿薬やCa拮抗薬,ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬などの降圧薬に関しては大動脈瘤拡大抑制の十分なエ

ビデンスがない.Ca拮抗薬に関しては,有意差はないものの大動脈瘤拡大を抑制する傾向を示した報告がある305). d. スタチン

AAAの拡大・破裂をスタチンが予防することを明確に示したRCTはなく,後ろ向き研究でもその関連は示されなかった772, 774).しかしながら,近年行われた大規模なメタ解析の結果,スタチンはAAA拡大・破裂を抑制し,AAAに対する手術の周術期リスクを下げる因子となる可能性が示唆され,動脈硬化を背景とした心血管イベントの発症抑制効果も報告されており766),AAA患者への投与は推奨される. e. 抗血小板薬

AAA患者への抗血小板薬投与により,5年生存率が改善されたとの報告もあるため,動脈硬化性疾患を合併するAAA患者において抗血小板薬の投与を考慮する.

2.1.3 安静度,運動,禁煙

喫煙は大動脈瘤の拡大速度を20~25%上昇させるともいわれ,逆に禁煙により大動脈瘤拡大のリスクは低下する271, 272, 761, 762).喫煙者のAAA破裂あるいは破裂による死亡の率は,非喫煙者や禁煙者より高いことが確認されている763, 764).最大短径30 mmを超えるAAA患者15,475例のデータを用いた最近のメタ解析では,現在の喫煙は拡大速度の0.35 mm/年の上昇と関連しており,これは喫煙の既往または非喫煙者における拡大速度の2倍である311).同様に,一般住民対象の研究からのデータは,喫煙が大動脈瘤の転帰の最も重要な予測因子であることも示されている273).

食事介入または運動処方のAAA拡大に対する有用性は示されていないが,どちらも動脈硬化性疾患のリスクが高いAAA患者において必要な指導である.最大短径55 mm未満のAAA患者140例を対象とした最近の試験では,3年間にわたる職場と家庭でのトレーニングにより,通常の治療群に比較し大動脈瘤の拡大率に差はなかったが,心肺機能の改善が認められた775).ただし,激しいアイソメトリックストレーニングは推奨されない.

2.1.4 内科治療の限界の見極め

内科治療の限界とはAAAの破裂の可能性が高まる時期といえる.具体的には,十分な降圧治療,禁煙指導,脂質管理を行ったうえで下記のリスク評価を行い,次項目に示す侵襲的治療介入の適応に達した場合には集学的治療介入が可能な医療機関での治療方針の検討が必要である. a. 腹部大動脈瘤のリスク評価

AAAの破裂リスクの評価は,大動脈瘤の径と拡大速度,瘤の形状,疫学的因子で評価する.
p.78
PQ 8

大動脈瘤の最大短径が大きくなるほど壁張力が増大し761, 776),破裂する可能性が増大する(表23) 777, 778).瘤径の拡大速度も破裂のリスクに影響し,著しく速く拡大する大動脈瘤は破裂のリスクが高い.大動脈瘤の形状では,紡錘状よりも嚢状のほうが破裂のリスクが高い779).また,瘤の一部が突出している形状も破裂しやすい780, 781).

欧米で行われている疫学調査では,大動脈瘤破裂の発生率は女性が男性より3倍高く763, 782, 783),高血圧,喫煙, COPD合併がその発生率を高めるとされている764, 784, 785).特に喫煙に関しては,大動脈瘤破裂による死亡のリスクがタバコで6.5倍,葉巻で6.7倍,手巻きタバコで25倍上昇する19).AAAの家族歴がある場合は破裂のリスクが上昇する786).このような症例では侵襲的治療介入の対象を55 mm以下とすることに,一定の合理性がある. b. 大動脈瘤による末梢動脈塞栓のリスク

AAAの3~29%に末梢動脈塞栓症が合併すると報告されているが787–789),AAAが末梢の塞栓源となるかどうかの予測は困難である.

2.1.5 画像でのフォローアップ

スクリーニングで発見されたAAAは至適時期に治療することにより破裂死を減少させることができる765, 767).したがって,定期的な画像によるフォローアップが重要である.腹部エコー検査は,CT検査に比較し大動脈瘤サイズを過小評価するとされるが,大動脈瘤が小径(40 mm未満)の場合はエコー検査でのフォローが推奨される765).AAAの初回診断時におけるCT検査での最大短径が侵襲的治療の適応サイズ(男性55 mm以上,女性50 mm以上)である場合には,全身状態評価のうえ侵襲的治療を検討する.

50~55 mm未満の場合は3~6ヵ月ごと(または手術に向けて精査開始),40~50 mm未満の場合は6~12ヵ月ごと,30~40 mm未満の場合は1~2年ごとを目安にCT再評価(40 mm未満の場合は腹部エコー検査で可)を行い, 6ヵ月で5 mm以上の拡大速度の場合には全身状態評価の

うえ,侵襲的治療について検討する.また,女性や喫煙者ではより短い間隔でのフォローアップも考慮する.AAAに対する侵襲的治療後の画像フォローアップについてはサーベイランスの項目に譲る(P. 174を参照).

2.1.6 侵襲的治療の適応

AAAの侵襲的治療の適応は最大短径で男性55m以上,女性50 mm以上が推奨されているが,年齢や体格,性別や大動脈瘤の形態・形状,拡大速度によって,最大短径40~ 50 mm未満のAAAへの侵襲的治療も考慮する場合がある.

腹部大動脈瘤は瘤径何mm以上で侵襲的治療の適応となるか推奨瘤径(最大短径)≧55 mmが侵襲的治療の絶対的適応であり,瘤径≧50 mmも適応として許容される.また,女性では破裂のリスクが高く,瘤径≧45 mmで侵襲的治療が考慮される.

無症候性のAAAに対する侵襲的治療は,破裂予防をその目的とする.一方,症候性AAAについてはすでに破裂している,または破裂が迫っている状況であり,侵襲的治療は救命を目的とする.また,嚢状瘤については形状により破裂リスクが高いと判断されることが多い.このため症候性AAAや嚢状AAAでは瘤径は侵襲的治療の適応基準とはならず,このPQではAAAの多くを占める「紡錘形の無症候性AAA」の侵襲治療適応について記述する.

瘤径40~55 mmのAAAに対するUK Small Aneurysm Trial 790)とAmerican Aneurysm Detection and Management 791)の2研究で,外科手術においては瘤径55 mm未満で人工血管置換術を行っても55 mmに至ってから行っても,生命予後は変わらないことが示された.また,治療のもう一つの軸であるEVARも同様に,Comparison of Surveillance vs. Aortic Endografting for Small Aneurysm Repair (CAESAR) 792)とPositive Impact of Endovascular Options for Treating Aneurysm Early (PIVOTAL) Study 793)の2研究において,瘤径55 mm未満で行っても55 mmに至ってから行っても生命予後は変わらないとの結果であった.これらの結果から,AAA瘤径≧55 mmに対する侵襲的治療(外科手術/EVAR)が欧米のガイドラインにおいてクラス1,エビデンスレベルAとされた.したがって,本邦においても瘤径≧55 mmが侵襲的治療の絶対的な適応となる.

一方,本邦における待機的手術の成績はきわめて良好で,日本血管外科学会からの報告内の手術死亡率は,外科手

表23 腹部大動脈瘤の瘤径別推定年間破裂率

最大短径 (mm)破裂率 (%/ 年)

40未満0 40~50未満0.5~5 50~60未満3~15 60~70未満10~20 70~80未満20~40

80以上30~50

(Brewster DC, et al. 2003 778)より改変) Copyright (2003) Society for Vascular Surgery and The American Association for Vascular Surgery., with permission from Elsevier. https://www.sciencedirect.com/ journal/journal-of-vascular-surgery
p.79
術1.0%,EVAR 0.7%であり794),前述の欧米の報告に比して良好である.このため本邦では瘤径≧50 mmを侵襲的治療の適応としている施設も多く,瘤径≧50 mmでの適応も許容される.また,女性は男性よりも破裂リスクが4倍高いとされ311, 763, 795),瘤径45 mmの女性の破裂リスクは瘤径55 mmの男性のリスクと同等であるとのメタ解析795)もあり,本邦の良好な手術成績を考慮すると,体格も男性に比べ小柄な女性については,瘤径45 mmを超えた場合は相対的な適応と考えることも許容される.しかしながら,本邦において上記4研究のようなRCTはおこなわれておらず,本邦における現状の適応の推奨度は必ずしも高くない.

2.2 非破裂性腹部大動脈瘤

2.2.1 手術適応

表24 非破裂性腹部大動脈瘤の侵襲的治療の適応の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

瘤径≧55 mm の場合,侵襲的治療を行う790, 791, 796–798). I A有症状の症例ではすみやかに侵襲的治療を行う. I C瘤径≧50 mm の場合,侵襲的治療を考慮する. IIa C嚢状瘤や急速拡大(≧5 mm/ 半年)する瘤には侵襲的治療を考慮する. IIa C

AAAと腸骨動脈瘤の治療には外科手術(人工血管置換術)とステントグラフト内挿術(EVAR)があるが,適応については差がない. a. 腹部大動脈瘤

欧米のガイドラインでは径55 mm以上が侵襲的治療の適応である.ただし,本邦では手術成績が良好であることより,適応を径50 mm以上としている施設も多い.径55 mm未満の動脈瘤に対する治療方針を決定するためのRCTが4つ(2つは外科手術790, 791),2つはEVAR 797, 798)による)報告されているが,いずれも経過観察群と早期治療群との間で遠隔期生存率に差はなく,コストの面からも経過観察が推奨されている.多くの動脈瘤は経時的に拡大することが確認されており796),経過観察中に瘤径が治療適応に到達した時点で治療を考える.また,同じ瘤径であっても女性の破裂率は男性の4倍と報告されており795),女性の場合は手術適応となる瘤径を男性より小さく設定すること

は合理的といえる.最大短径が40 mm未満の瘤は破裂のリスクがほとんどないので,手術適応としない.ただし,嚢状瘤や瘤の一部が突出している瘤は破裂のリスクが高いため,瘤径にかかわらず手術を検討する必要がある.拡大速度は瘤径により異なる(表23).RCTはないが,拡張率5 mm/半年以上で手術とする意見が多い799, 800).いずれにしても,有症状のAAAは破裂のリスクがあり,手術適応と考えられる801–803).

また,末梢への塞栓源となっているAAAは,むしろ径の小さいものが多い788, 804).頻回に塞栓症を認める場合は侵襲的治療を考える.感染性AAAは破裂の可能性が高いため,瘤径にかかわらず,主に外科手術を行う805, 806).凝固異常の原因となっているAAAは侵襲的治療の適応となりうる83, 806). b. 腸骨動脈瘤

歴史的に瘤径30 mm以上が治療適応とされることが多かったが,ガイドラインは存在していなかった.2019年のESVSガイドライン321)で初めて「3.5 cm以上で治療を考慮してもよい」とする基準が示されたが,確たるエビデンスに乏しい.ESVSガイドラインでも,最近の後ろ向き多施設研究の結果から,高齢男性では40 mmまでは経過観察が推奨されることも言及されている807).

2.2.2 術前評価

表25 非破裂性腹部大動脈瘤の術前評価の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

運動耐容能が低い症例(4 METs 未満)や有意な心血管疾患(不安定狭心症,非代償性心不全,重度の弁膜症,不整脈など)を有する症例では,術前に循環器科医による精査・治療介入を行う322, 323). I C

a. 大動脈瘤,合併する他部位の動脈瘤の評価

AAAの95%は腎動脈分岐以下に生じるが83, 808),腎動脈直下より瘤化している症例では腎動脈分岐上部での大動脈遮断が必要となる.その他,12%に合併するTAA 808),腎動脈下極枝の存在,約1/4に合併する内腸骨動脈瘤,3.5%に合併する末梢動脈瘤(大腿動脈,膝窩動脈) 809, 810),などの有無を画像検査で確認する. b. 手術リスクの評価

AAAの手術死亡率に影響する因子として,患者の心機能,肺機能,腎機能,年齢,腎動脈と瘤の位置関係,内腸骨動脈瘤合併の有無,大動脈壁の石灰化の程度,炎症性
p.80
動脈瘤,術者の経験,などがある810–814).多数の手術を行っている専門施設でのAAAの待機的手術の成績は良好で,手術死亡率は1~5%と報告されており,本邦では1%以下との報告も多い.専門施設に限定しない場合,手術死亡率は4~8%と高くなる812–816).したがって,ESVSのガイドラインでは年間症例が30例以上の施設での手術治療が推奨されている321, 816). c. 冠動脈疾患の評価

AAAに対する開腹手術はACC/AHA 322)とECSのガイドライン321, 323)では高リスク手術に分類されているが,術前,全例に冠動脈造影などの侵襲的精査を行うことは推奨されない.心血管疾患が安定している患者では術前の心血管リスクを点数化することで,臨床的重症度を低リスク群,中間リスク群,高リスク群に分類する315, 320, 322, 323, 817).低リスク群ではさらなる精査は必須ではない.一方,運動耐容能が低い(4 METs未満)患者や有症状の心血管疾患(不安定狭心症,非代償性心不全,重度の弁膜症,不整脈など)を有する患者では,術前に精査と治療を行う必要がある.

術前からのスタチン投与開始によって血管手術後の心血管イベントの発生が抑制されると報告されており,スタチンの追加投与は推奨される315, 321, 818, 819).一方,術前からのβ 遮断薬の新規投与に関しては,複数のRCTの結果,脳血管障害と死亡率が悪化することが示され,有用性は否定された820–823).心疾患コントロールのために術前にβ 遮断薬を開始する場合は,手術までに十分な期間をおくべきである.

冠動脈狭窄例に術前に冠血行再建を行うかどうかについては議論がある.心症状が安定している患者では術前の予防的冠血行再建は必ずしも推奨されない.一方,左主幹部に50%以上の狭窄病変,LVEFが20%以下の左室不全,高度の大動脈弁狭窄などを合併していない安定した冠動脈病変の患者では,術前に冠動脈血行再建を行っても,周術期の急性心筋梗塞と遠隔期死亡は減少しなかった326, 823)との報告がある.ただ,ともに15年前の海外からの報告であり,むしろ本邦において盛んに施行されている冠動脈カテーテル治療(PCI)や非体外循環下冠動脈バイパス術(OPCAB)の著しい進歩の中では多少状況が異なること,また,AAA治療も手術だけではなくEVARの選択肢ができたことなどを十分に考慮したうえで,症例ごと,施設ごとに最適の治療選択がなされることが望まれる. 2.2.3 外科手術の術式

表26 非破裂性腹部大動脈瘤の外科手術術式の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

少なくとも一側の内腸骨動脈血流を温存する824–826). I C腹腔動脈や上腸間膜動脈に狭窄性病変を認める,下腸間膜動脈からの拡張した側副血行路を認める,結腸切除の既往がある,内腸骨動脈が温存できないなどの場合,下腸間膜動脈の再建を考慮する315, 320–323, 817). IIa C a. アプローチ

AAAに至る方法には,経腹膜経路と後腹膜経路がある.経腹膜経路は素早く広い視野が得られ,腹腔内臓器の検索ができるという長所があるが,術後腸管運動の回復が遅れる傾向がある.後腹膜経路は複数の開腹術,腹膜炎,腹部臓器放射線照射などの既往をもつ「hostile abdomen」の患者や,傍腎動脈瘤,炎症性動脈瘤などの腎動脈分岐上部大動脈の遮断が必要な患者に対して,左腎を右側に脱転する操作が可能なため,有効な到達法とされる315).最近はEVARが行われるようになり,外科手術の対象が変化して,解剖学的にEVARに適さない瘤を対象とすることが多くなってきため,症例ごとに適した到達法を選択することが重要である. b. 大動脈遮断

大動脈遮断部位の壁の石灰化,粥腫の状況を術前にCTで評価しておく必要がある.腎動脈下大動脈で遮断ができない場合は,腹腔動脈上部を含めた腎動脈上部大動脈の遮断が必要となる.腎動脈上部大動脈遮断で腎機能低下や合併症が増加する可能性はあるが,症例数の多い専門施設であれば手術死亡率は腎動脈下大動脈遮断の場合と変わらないとする報告もある326, 827–829). c. 人工血管の選択

人工血管の種類による合併症の差はなく,選択は術者の好みでよい.直型グラフトか分枝付きグラフトかの選択は腸骨動脈の拡張状況により判断する.また,リファンピシン浸漬は,人工血管感染の予防効果を期待して,感染性AAAや人工血管感染後に使用されているが,支持する明確なエビデンスはない828, 830). d. 骨盤血流維持

AAA手術では下腸間膜動脈,内腸骨動脈の血流が阻害され,虚血性大腸炎,臀筋跛行,性機能障害,SCIの問題が生じる場合があるが,その発生は複数の因子に影響さ
p.81
れる.

下腸間膜動脈再建の虚血性大腸炎予防効果は依然として賛否両論があるが830–834),RCTが行われ,予防効果がないとの結論であった834, 835).腹腔動脈や上腸間膜動脈に狭窄性病変を認める,下腸間膜動脈からの拡張した側副血行路を認める,結腸切除の既往がある,内腸骨動脈を温存できないなどの場合には,虚血性大腸炎予防のため下腸間膜動脈の再建を検討する必要がある315, 320–323, 817).

虚血性大腸炎,臀筋跛行,性機能障害,SCIなどの予防のため,従来,内腸骨動脈は少なくとも一側は再建するべきとされてきた.どちらか一側の内腸骨動脈を再建した場合の結腸虚血発生は0.3%,両側再建しなかった場合は2.6%との報告がある824–826, 835, 836).48例の両側内腸骨動脈非再建(EVAR 32例,外科手術16例)で,重症合併症を認めなかったが,臀筋跛行が42%,勃起障害が14%に発生したとの報告がある824, 836).明確なエビデンスはないが,少なくとも一側の内腸骨動脈血流を確保することが望まれる824–826). e. 遠隔期成績

後述するように(次項の「2.2.4.-b. ランダム化比較試験の結果」),解剖学的に外科手術とEVARいずれでも適応となる症例に関しては,複数のRCTによって遠隔期の全生存率・瘤関連死亡率・再治療率が報告されている.

通常のEVARの適応外である,腎動脈上部大動脈の遮断が必要となる症例に関しては,Vascular Study Group of New Englandレジストリの報告が最新かつ最大である.腎動脈上遮断を要した症例(443例)では腎動脈下遮断症例(1432例)と比較して,術後30日以内死亡率が有意に高い(3.6%対1.2%,P=0.002)ものの,遠隔期予後に関しては差を認めなかった(術後5年生存率71%) 837).

AAAに対する外科手術後は他疾患に対する開腹手術後と比較して,腹部創部の瘢痕ヘルニアの発生率が高いことが報告されている.結合織の脆弱性との関連が推定されているが,明確ではない838).到達法が経腹膜経路の場合は後腹膜経路よりも発生率が高く,約10%の症例で遠隔期に瘢痕ヘルニアがみられる839).

他の遠隔期合併症として吻合部の仮性動脈瘤が挙げられる.Edwardsらの報告では中枢吻合部の仮性瘤は術後8年では1%の症例に認めるのみだが,術後15年では20%に認められ,発見までの平均期間は12年であった840). 2.2.4 血管内治療

表27 非破裂性腹部大動脈瘤のEVAR の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

外科チームのバックアップ下に行う841, 842). I C施行後は生涯にわたり経過観察を行う317, 431, 432, 768, 843, 844). I A解剖学的要件を満たし,かつ中枢landing zone の条件を満たす症例に行う423, 425,

426, 845–854). I A解剖学的要件を満たし,外科手術のリスクが高い症例には考慮する317, 423, 425, 426, 428, 431, 432, 437, 768, 843, 844, 854–858).(表10,P. 57を参照) IIa A施行時に下腸間膜動脈のコイル塞栓の倂施を考慮する859). IIa B施行時に少なくとも一側の内腸骨動脈の順行性血流の温存を考慮する315, 461). IIa B中枢landing zone 以外の解剖学的要件を満たさない症例には考慮してもよい845–853). IIb B傍腎動脈腹部大動脈瘤に考慮してもよい860, 861). IIb C

EVARは,1991年にParodiによって初めて報告され世界的に注目を浴びた862).本邦においても2006年に企業製のステントグラフト(SG)が保険承認され,急速に普及している.近年ではEVARの利点・欠点を理解したうえで治療適応を適切に選択することが重要である. a. 適応とデバイス

適応は外科手術の場合と同じである(本章の「2.2.1. 手術適応」P. 79を参照). i. ステントグラフト

現在,本邦では5種類の腹部用SGが使用可能である.解剖学的要件は各SGにより違いがあるため,それぞれのIFU(instruction for use)を参照すべきである.EVARを行うにあたっては,まず造影CT検査を行い,解剖学的にEVARに適しているか否かを評価する.IFUを逸脱することは医師の裁量において可能であるが,短期・長期成績はともに悪化する可能性があることは認識しておく必要がある845–852).特に,中枢landing zoneの適応は遠隔期成績に強く影響を及ぼすため,適応を順守すべきである849, 850, 853). ii.EVAS

近年,EVARに代わる手術としてEVAS(endovascular
p.82
aneurysm sealing)という概念がある.PTFE(polytetrafluoroethylene)で覆われたballoon expandable stent周囲のポリマー充填ポリウレタンバッグを拡張して瘤内を完全にシールすることにより863),エンドリークや位置のずれ(migration)などの手術合併症を防ぐという方法である.先行する欧米での報告によれば,エンドリーク,ずれ,および瘤の拡大が予想以上に発生し,ESVSガイドラインでも適切に評価されるまでは,倫理委員会によって承認された臨床研究でのみ使用すべきとされている321).近年,このデバイスに類似した,中枢ネックにポリマーを充填する新しいデバイスが本邦でも承認された. b. ランダム化比較試験の結果

EVARは2002年にEUROSTARレジストリで初めてその有用性と安全性が示唆された864).その後,EVAR試験425),DREAM試験426),OVER試験854),ACE試験423)において,解剖学的要件に適合し,全身状態が良好な患者におけるEVARと外科手術のRCTが行われ,現在は初期成績だけでなく長期成績も示されつつある. i. 短期成績

EVAR 1試験はEVARと外科手術を比較した最初のRCTであり,60歳以上で最大短径55 mm以上の,解剖学的にEVAR,外科手術のいずれにも適した,全身状態良好なAAAを対象とした.30日死亡率(EVAR 1.7%,外科手術4.7%)と瘤関連死亡率(EVAR 3.5%,外科手術6.3%)はEVARの方が低く,両群間で6ヵ月後の全死亡率と瘤関連死亡率に有意差はなかった425).

ほぼ同じ条件でのDREAM試験でも同様に,30日死亡率(EVAR 1.2%,外科手術4.6%)や瘤関連死亡率(EVAR 4.7%,外科手術9.8%)はEVARで良好であった.2年生存率はEVAR 89.7%,外科手術89.6%で有意差はなく,瘤関連死亡率はEVAR 2.1%,外科手術5.7%で,EVARで有意に低かった426).

OVER試験では,30日死亡率はEVAR 0.5%,外科手術3%とEVARで有意に低く428, 854),2年後の全死亡率もEVARで低い傾向にあった. ii. 中・長期成績

EVAR 1試験では,4年後までの瘤関連死亡率は外科手術に比べEVARで有意に低かったが,8年後には逆転してEVARで有意に高くなった.主な原因は瘤破裂であった.再治療率はEVARで有意に高く,遠隔期全生存率はEVARが劣っていた317).

DREAM試験では,瘤関連死亡率が6年後でEVAR 68.9%,外科手術69.9% 843),12年後でEVAR 38.5%,外科手術42.2%であり,いずれも差はなかった431).再治療回避率は6年後でEVAR 70.4%,外科手術81.9%,12年後でEVAR 62.2%,外科手術78.9%であり,外科手術が有意に

優れていた431).

OVER試験では9年後の瘤関連死亡率はEVARで有意に高かったが,再治療率は有意差がなかった768).生存率, QOL,医療費,費用対効果は両群で差がなかった844).

ACE試験では,平均3年間のフォローアップにて,外科手術とEVARの間で生存率に差がなかった(EVAR 82.4%,外科手術85.1%).再治療率はEVARで有意に高く(EVAR 16%,外科手術2.4%),瘤関連死亡率はEVARで高い傾向にあった(EVAR 4%,外科手術0.7%) 423).

上記の4 つのRCTのメタ解析432)によると,EVARでは30日死亡率が低く,全死亡率も0~6ヵ月の間で低かったが,その後の追跡期間では全死亡率に有意差はなかった.瘤関連死亡率は30日後から術後3年までは両者で差がなかったが,3年後からはEVARで高いという結果となった.再治療介入率はEVARが高かったが,OVER試験428)のように腹壁瘢痕ヘルニア,腸閉塞,その他の開腹に伴う合併症を考慮すると,両者の差は明らかでなかった.しかし,使用されたSGの多くは第1または第2世代のものであり,上記の結果の解釈には注意が必要で,新しい世代のSGによる成績を含めて考える必要がある.ただし,EVARでは術後8~10年に合併症の発生率が上昇し,EVARの優位性が保たれなくなることを考慮すると856),現状では長期生存が見込まれる若年者には外科手術を推奨するのが合理的である.

EVAR 2試験は,外科手術には適さないフレイル患者(症候性心不全,弁膜症,COPD,慢性腎不全のいずれかを合併)のAAAを対象に,EVARと経過観察とを比較したRCTである857).EVAR後の周術期死亡率(7.3%)と全死亡率(64%)は予想より高かった.4年の追跡調査では瘤関連死亡率,全死亡率におけるEVARの優位性はみられなかったが437),15年間の追跡では経過観察群と比べてEVAR群で瘤関連死亡率が有意に低かった858). c. 本邦における現状と成績

本邦では当初,各施設において自作SGが用いられていたが,2006年に企業製SGが初めて保険承認され,以後EVARは増加の一途にある.日本血管外科学会の調査では,2006年にはEVARは手術全体の約2.7%にすぎなかったが,2014年にはハイブリッド手術も含めると55.7%であり,SGの使用が半数以上を占めている515, 865).

本邦では企業製SGの承認以降,ウェブを使用した追跡調査を義務付けている.2006年12月,関連11学会(現在10学会)はEVARを安全に普及することを目的として「日本ステントグラフト実施基準管理委員会」(JCVSD)を設置し,施設基準・実施医基準・指導医基準からなる「腹部
p.83
ステントグラフト基準」を制定した(http://stentgraft.jp). 2016年からはNCD(National Clinical Database,http:// www.ncd.or.jp/)と連動して登録を行っている.2006年から2015年までの10年間に登録されたEVAR 38,003例の追跡調査440)では,術死亡率は0.08%,院内死亡率は1.07%であった.有害事象は腎機能障害(2.6%)が最も多く,エンドリークはtype I 6.7%,type II 16.6%,type III 0.6%, type IV 0.6%であった.全生存率は6ヵ月93.5%,1年88.3%,3年76.2%,5年63.7%,8年38.8%であった.また,47.6%がIFU(instruction for use)外であり,アクセス不良やlanding zoneの著明な石灰化が死亡や再介入,有害事象の強い危険因子となっていた. d. EVARの実際i. 術前評価

EVARは大動脈遮断も必要なく,血行動態に大きな影響を与えないため841),ACC/AHAならびにESC/ESAのガイドラインでは手術リスクは低~中程度として扱われている12, 866).身体活動度4 METs以上の生活で症状がなければ心精査は必要ないが,冠動脈疾患,うっ血性心不全,糖尿病,腎不全,脳血管障害などの危険因子を複数有する場合は,症例に応じた術前検査,周術期管理が推奨される866). EVARの適応を判断するために造影CT検査を施行するが,頚動脈から大腿動脈部までのCTを撮影する術前のプランニングは重要であり,アクセスルートを含めて解剖を確認する必要がある867).通常,大腿動脈からアプローチするが,血栓や高度石灰化などアクセスに不安がある場合は,腸骨動脈などからのアクセスに変更する. ii. 準備とセッティング

digital subtraction angiography(DSA)撮影が可能な透視装置がある手術室,あるいは全身麻酔が可能な清潔度の高い血管造影室で行う.各種ステントグラフト(SG)により必要な物品が異なるため,おのおののIFUを熟知するべきである.外科医の数や施設の規模が手術成績に影響するため841, 842),SVSガイドラインでは,EVARは院内死亡率やopen conversionが2%以下で年間10例以上の症例を有する施設で行うべき,とされている315). iii. 麻酔

全身麻酔,硬膜外麻酔,局所麻酔のいずれでも施行できるが,EUROSTARレジストリによれば麻酔が軽いほど低侵襲であると示唆されており868),局所麻酔は全身麻酔よりも手術時間,ICU滞在時間,入院期間が短く,術後合併症発生率も少なかった.ENGAGEレジストリもEUROSTARと同様であったが,周術期死亡率に差がないことから,硬膜外麻酔や局所麻酔を第一選択とすることは推奨されていない. iv. 手術手技

通常,大腿動脈を外科的に露出しSGを挿入するが, low profile化により経皮的に行われるようにもなってきた.経皮的アプローチは外科的アプローチと比較し,手術時間の短縮や創合併症が少ないなどの有用性が報告されている869).留置法は各SGで異なるため,それぞれの特性を理解する必要がある.SGの展開後,バルーンで圧着する.至適位置に留置されていること,エンドリークがないことを造影で確認する(図56).SVS reporting standardにおける「初期成功」は,「至適位置に留置され,術死やopen conversion,脚閉塞,type I・IIIエンドリークがない」と定義される340). v. 術中処置

SVSガイドラインには,腎動脈狭窄や上腸間膜動脈狭窄は,有症状であれば重症度や術後合併症を考慮して術前に治療介入してよいと記載されているが,無症状の場合については推奨されていない315). e. EVAR特有の合併症

EVARは外科手術よりも遠隔期合併症発症率や再介入率が高く435),注意深い経過観察が必要である.遠隔期のエンドリークは最もよく遭遇する合併症である. i. エンドリーク

エンドリーク(図52,P. 56)はSG留置後に大動脈瘤内に血液の漏れがある状態であり340),直後から発生するものと遅発性に発生するものとがある.発生原因によりtype I ~Vに分類される.エンドリークのおよそ半分(主にtype II)は自然消失するが854),抗凝固療法は術後エンドリークの発生リスクを高める可能性がある870).エンドリークによる瘤破裂のリスクは瘤内圧に関連していると考えられており,対処法はエンドリークの種類によって異なる871, 872).

図56 腹部大動脈瘤のEVAR

治療前治療後
p.84
type I:SGとlanding zoneにおける血管壁の間を通じた瘤内への血液の漏出であり,中枢側(Ia),末梢側(Ib), aorto-uniiliac SGのiliac plugに起きるエンドリーク(Ic)に分類される.高い圧の血流が瘤内に流入するため瘤破裂をきたしやすく873),すみやかに加療しなければならない. type Iエンドリークの治療は,SGを追加し,landing zoneを延長するか874, 875),延長できるlanding zoneがない場合はバルーン圧着やベアメタルステントを追加する875–877).中枢側においてはsnorkel/chimney法によるlanding zoneの延長が有効なこともあるが878),無効な場合はopen conversionを考慮する.

type II:分枝(側副血行路)からの逆行性血流であり,腰動脈や下腸間膜動脈が主な原因となる.ESVSガイドラインでは下腸間膜動脈由来(IIa),腰動脈由来(IIb)に分類される321).自然消失することも多く,破裂の可能性は低い(1%未満) 854, 879).type IIエンドリークは18%に出現, 5%は持続し,11%は経過中に新たに発生する879).予測因子として年齢や性別,デバイス,内腸骨動脈のコイル塞栓の有無,末梢側延長,瘤内血栓,ならびに腰動脈・下腸間膜動脈の数や径から生じる解剖学的要因などがある879–882).治療の適応はいまだ確立されていないが472),経動脈的あるいは直接穿刺して塞栓術を行う883).塞栓物質としてNBCA(n-butyl-2-cyanoacrylate)やコイルがあり,いずれも成功率は高いが,介入のタイミングや治療効果のエビデンスは乏しい883–885).近年ではEVARを行う際に同時に下腸間膜動脈を塞栓することによりtype IIエンドリークが減少するという報告もある859).

type III:SG間の接合部分(IIIa),あるいはファブリックの破綻(IIIb)による血液の漏れである.type Iと同様にすみやかな治療が必要であるが,SGによるreliningなどで対応できる.

type IV:SG自体からの血液の漏れで,「EVAR後30日以内のリーク」と定義されている886).血栓化することが一般的であり,通常は再治療の必要はない.

type V(endotension):画像診断上は明らかなエンドリークを認めないが,瘤拡大をきたすものである.その機序として,グラフト透過性の亢進やグラフトを介して直接圧が伝達することなど,諸説がある887). ii. ステントグラフト閉塞

1.4~8%の確率で起こるとされており888–895),危険因子として腸骨動脈の屈曲石灰化,15%以上のオーバーサイジングなどがあるが888, 890, 896),外腸骨動脈landingが最も高リスクであると報告されている430, 888, 893). iii. landing zoneの大動脈径の拡大

24.6%の頻度で起こるとされる343).中枢landing zoneの大動脈径の拡大はSGのずれやtype Iエンドリークと密接

な関係がある343). iv. デバイスのずれ(migration)「当初の固定位置と比較して10 mm以上の移動」と定義される897).中枢側のずれの危険因子として,大きな瘤径,短いlanding zone,landing zoneの急峻な角度,SGサイズが挙げられている884, 898, 899).末梢側のずれはオーバーサイジング(>30%)やlanding zone(<20 mm),フレアリムの使用が危険因子となる900–903). v. open conversion

急性期と遠隔期に分けられる.急性期のopen conversionはアクセスの問題,バルーンによる破裂,SGのずれ,腎動脈閉塞,SG血栓,SG留置不成功などが原因であり, EVAR導入初期には16%の患者にみられた904).その後のデバイスの改良により著明に減少し,EVAR 1試験では2.5%,DREAM試験では1.8%であった.遠隔期のopen conversionはエンドリークに起因することが多い.エンドリークの多くは血管内治療で対応可能であるが,その後に瘤拡大が続く場合はopen conversionの適応になる.当初はSGを完全除去していたが,その成績は不十分であった.近年,SGを部分的に除去するようになり905, 906),その成績は向上している890, 894, 895).現在はSGをすべて除去する必要はなく,不具合のある部分を治療することが基本である. vi. ステントグラフト感染

0.6%に発生し907),背部痛や発熱をきたすことが多い908).診断にはCT,Gaシンチグラフィ,または保険適用外であるがFDG-PETが有用である909).治療として,感染巣除去のためSGの全抜去が必要であり,再建方法は解剖学的人工血管置換あるいは非解剖学的人工血管バイパスに加えて大網充填を行うことが多いが910),院内死亡率は依然として高い907).リファンピシン浸漬人工血管やホモグラフトが用いられることがある911).

二次性大動脈消化管瘻の場合は吐血や下血をきたす.大動脈消化管瘻は十二指腸に最も多く,約8割を占める912).治療ではSGの全抜去と,瘻孔をきたした消化管の切除と再建を要する(第8章の「8.1.4. 治療」P. 165~を参照). f. 術後フォローアップ

前述した特有の合併症や遠隔期での破裂の報告があり,生涯にわたるフォローが必要である.JACSMでは術後(退院時),術後1ヵ月,(1ヵ月の時点でエンドリークを認める場合は3ヵ月),6ヵ月,1年,その後は年に1回の画像フォローアップが推奨されている. g. 傍腎動脈腹部大動脈瘤

傍腎動脈AAAはsuprarenal(腎動脈上)AAAとjuxtare-
p.85
nal AAAの両者を含む.上腸間膜動脈を巻き込む瘤はsuprarenal AAAで,腹腔動脈を巻き込む瘤はTAAA(Crawford IV型)と区別される.解剖学的観点から通常のEVARの治療適応にはならない.EVARを行う場合,分枝付きSGや開窓型SGを用いた分枝付きEVAR(図57)やsnorkel/chimney EVAR(図58)が選択肢になる.分枝付きEVARは限られた施設でのみ施行可能であり,分枝付きEVARと外科手術を比較した報告によると,周術期死亡はいずれも4.1%と同等の結果であった860).snorkel/chimney EVARはメインボディと腹部分枝に挿入したステントまた

はSGを平行に留置する方法であるが,既存のデバイスで完遂できる一方,ガターリークが発生することがある. PERICLESレジストリによれば周術期死亡率は3.7%であった861).いずれも本邦では保険適用外である. h. 腸骨動脈瘤

腸骨動脈瘤の多くはAAAに合併しており,孤立性腸骨動脈瘤はまれである.治療適応について確立されたデータはないが,ESVSガイドラインでは瘤径35 mm以上を推奨している321, 807, 913, 914).近年では腸骨動脈瘤に対するEVARの良好な成績が報告されている915, 916).内腸骨動脈の塞栓を伴うEVARを行うが,適切なlanding zoneを確保できる場合は脚のみで,確保できない場合にはメインボディを追加する917).内腸骨動脈を塞栓すると28%に臀筋跛行が起きるが,大半はフォローアップ中に軽快する918).その発生率は,片側塞栓(26.7%)と比較して両側塞栓(38.3%)で高い.インポテンツの発症は片側塞栓で10%,両側塞栓で16%と差はなく,虚血性大腸炎も少なかった460, 918).また,内腸骨動脈は脊髄血流の側副血行路の役割を担っており,両側内腸骨動脈塞栓後ではその後の大動脈手術において対麻痺合併に留意する919).SVSガイドラインではEVARと外科手術のいずれにおいても,少なくとも一方の内腸骨動脈を温存すべきとしている12, 461).近年,内腸骨動脈温存可能なデバイス(iliac branch device,IBE)が開発され(図59),臀筋跛行が減少したとの報告がみられる920, 921).本邦においても2016年にIBEが保険適用となった.

図59 腹部大動脈瘤の内腸骨動脈温存デバイス企業製内腸骨動脈温存デバイスによる右内腸骨動脈の再建.

治療前治療後

図57 傍腎動脈型腹部大動脈瘤の開窓型EVAR腹腔動脈を温存し,上腸間膜動脈,両側腎動脈をカバードステントで再建.

治療後

治療前

図58 傍腎動脈型腹部大動脈瘤のdouble snorkel EVAR企業製ステントグラフトとベアメタルステントによる両側腎動脈の再建.

治療前治療後
p.86
2.3 腹部大動脈瘤破裂

表28 腹部大動脈瘤破裂の治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

解剖学的要件を満たしていれば,EVARを第一選択とする321, 922–925). I B侵襲的治療後には膀胱内圧を測定し,腹部コンパートメント症候群が発生していればすみやかに開腹減圧手術を行う321, 922, 926–928). I B侵襲的治療後,心血管リスクを評価し,管理する321, 856, 929). I B侵襲的治療の際に,循環動態が不安定な場合,可及的すみやかに大動脈閉塞バルーンによる大動脈遮断を考慮する321, 930). IIa B

AAA破裂は依然として致死率の高い疾患であるが,近年の診療体制の整備やAAA破裂特有の周術期管理の進歩により,救命率が少しずつ改善されてきている931).加えて近年,AAA破裂に対するステントグラフト内挿術(EVAR)の成績が外科手術と同等かそれ以上に良好であるとするエビデンスが蓄積され,本ガイドラインを含め世界のガイドラインが大幅に変更されている321, 922).

2.3.1 疫学

本邦におけるAAA破裂は,National Clinical Database (NCD)登録が始まった2011年から2014年までの間,侵襲的治療に至ったものだけで年間平均1600例程度が登録され,AAA手術全体の約10%を占めている515, 932–934).一方,スウェーデンでのAAA破裂の発生率(剖検例と非侵襲的治療例を含む)は,2000~2004年の集計で10万人年あたり10.6人とされ,65~94歳の男性がその7割以上を占めると報告されている935).

2.3.2 診断

突然の腹痛・背部痛,血圧低下,腹部拍動性腫瘤は古典的なAAA破裂の3徴であるが,3 つ揃うのは全体の約50%であり321),3つ揃わなくてもAAA破裂を疑う.AAA破裂が疑われる患者において,循環動態が安定していれば迅速なCT検査が推奨されるが321, 922),血行動態が不安定で手術室に直行しなければならない場合は,手術室でエコー検査などの画像診断を行って,EVARの可能性を検討する321). 2.3.3 診療体制

救命率を上げるためには,破裂プロトコールが確立され,デバイスが整っていて,血管内治療も選択可能な施設を選択すべきであり,病院間連携の確立と搬送中の患者管理プロトコール確立が重要である922).意識のある患者においては輸液を制限した低血圧管理(目標収縮期血圧は70~90 mmHg)を推奨する321, 922).

2.3.4 麻酔

AAA破裂に対してEVARを選択する場合,局所麻酔の選択を考慮すべきであり,局所麻酔で実施可能であることがEVARの大きな利点でもある321).外科手術の場合,全身麻酔導入時にしばしば突然の低血圧を起こすため,麻酔導入前に外科医が手洗いをして,消毒・覆布がけ・ドレーピングを終えてから麻酔導入を行う321).

2.3.5 大動脈遮断

循環動態が不安定な場合,EVARではもちろん,外科手術においても大動脈遮断用バルーンの使用が推奨される321, 930, 936).

2.3.6 治療法選択

EVARと外科手術のいずれも選択可能ではあるが,以下の3 つの理由により,解剖学的にEVARに適していればEVARが第一選択として推奨されてきている321, 922). IMPROVE 923, 924, 937),AJAX 938),ECAR 939)の3つのRCTの結果,AAA破裂に対するEVAR群の成績は外科手術群と同等以上であった925).また,IMPROVE試験において,手術死亡率はEVAR群35.4%,外科手術群37.4%と有意差はなかったが,EVAR群で有意に入院期間が短く,自宅退院率が高かった937).さらに,1年後の生存率には差がなかったが,EVAR群で有意にQOLが高く923),3年後では外科手術群に比べEVAR群で生存率が高く,費用面でも優れていた924).大規模なメディケア研究では,propensity score matching後の周術期死亡率が,EVAR 33.8%に対して外科手術47.7%(P<0.001)で,早期生存でも優位性が示された940).メタ解析では,循環動態不安定に対するAAA破裂の死亡率は,EVAR 37%に対して外科手術で62%(P=0.009)であった941).EVARの急性期と遠隔期の成績が外科手術と同等かそれ以上であれば,侵襲度の低いEVARが優先され,欧米のガイドライン321, 922)も一致してEVARを第一選択として推奨している.本邦においても欧米と同様,AAA破裂に対するEVARの選択が年々増加しており,2014年時点でAAA破裂の31%にEVARが選択
p.87
され,AAA破裂症例の救命に実臨床で貢献していることが,日本血管外科学会の集計によって示され,エビデンスも集積されてきている515, 932–934).

2.3.7 術後管理

EVARでも外科手術でも,AAA破裂に特徴的な重要な合併症として,腹部コンパートメント症候群と虚血性大腸炎,多臓器不全があげられる321, 922).加えて,心合併症や呼吸不全も生命予後に直結する重要な合併症として,術後管理において重要である. a. 腹部コンパートメント症候群

AAA破裂の術後7~20%に発生する926, 927, 942).腹腔内圧上昇により多臓器不全に陥り,さらに気道内圧上昇,心拍出量低下に至る.発症例は非発症例に比べ,30日死亡率が約2倍であったと報告されている.本症診断のために膀胱内圧を測定し,30 mmHg以上,または20 mmHg以上でかつ臓器不全がある場合は,早期の外科的減圧手術の施行が望まれる321, 922, 928, 942). b. 虚血性大腸炎

AAA破裂の1/5~1/3に発症し,発症すると致死率は高く(45~67%),AAA破裂例の死因の第1位は虚血性大腸炎であった.虚血性大腸炎の発症率はEVAR後23%に対して外科手術後42%という報告もあるため,疑わしい場合には早めの内視鏡検査が必要である922). c. 心合併症,呼吸不全

冠動脈疾患などの心疾患(急性冠症候群,不整脈,心不全)やCOPDはAAAに高率に合併しており,術前から存在する背景に加えて,循環動態や血液凝固能の急激な変動,低酸素状態,腹腔内圧上昇などが加わって発症する.緊急手術であるために術前情報が乏しい中,冠血流や心機能,呼吸機能に留意した術後管理が求められる.術直前と術後の心電図記録,術後の心血管リスク評価と管理が重要である321). d. 多臓器不全

循環動態不安定と虚血再灌流障害によって発生する.多臓器不全に至ったAAA破裂例の致死率は50~70%ときわめて高い922). e. 脊髄虚血と下肢虚血

まれではあるが,AAA破裂では脊髄虚血が発生することが知られている.高位での大動脈遮断や長時間の内腸骨動脈血流遮断に加え,長時間の低血圧状態などがその発生に関与しているのではないかと推察されている943).また,動脈硬化性あるいは塞栓に加えて長時間の血流遮断などにより,下肢虚血が併発・増悪することはまれではなく,適切に治療しないと下肢切断・死亡につながるため,術直後の下肢血流確認を推奨する321).

f. 合併症発症率

米国Vascular Quality Initiative(VQI)データベースによるAAA破裂の術後の各種合併症発症率は表29のとおりである944).腹部コンパートメント症候群や腸管虚血,多臓器不全の管理・早期対策といったAAA破裂特有の術後管理の観点からも,経験豊富な施設での治療が望ましい922).

2.3.8 手術後短期および長期生存率

AAA破裂に対する治療後の死亡率はいくつかのレジストリデータベースによると表30のとおりである.長期生存に関しては,治療後90日生存したAAA破裂症例は,待機的手術を受けた非破裂AAA例と比較して,5年生存率に有意差を認めず,その主たる死因が心血管イベントであることが報告されている856).術後長期にわたる心血管リスクに対する管理が重要である321, 929).

表29 腹部大動脈瘤破裂に対する侵襲的治療後の合併症発

症率

EVAR外科手術P 値

心合併症29% 38% 0.001肺合併症28% 46% <0.0001腎不全24% 38% <0.0001腸管虚血3.9% 10% <0.0001下肢虚血2.7% 8.1% <0.0001 (Ali MM, et al. 2015 944)より作表)

表30 腹部大動脈瘤破裂の治療後の死亡率

Vascunet VQI NCD

参加国欧州9ヵ国米国日本調査年代2005~2009年2003~2013年2011~2014年症例数7040 1165 6379観察指標手術死亡率院内死亡率手術死亡率(院内死亡率)全体31.6% 30.0% 17.6% (20.7%) EVAR 19.7% 25.0% 15.1% (17.9%)外科手術32.6% 33.1% 17.6% (21.0%) (Mani K, et al. 2011

931),Ali MM, et al. 2015 944),日本血管外科学会515, 932-934)より作表)
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2.3.9 特殊な腹部大動脈瘤破裂

AAAが下大静脈内あるいは腸骨静脈内に穿破した場合,大動脈大静脈瘻をきたし,AAA症例の0.22~6%に存在すると報告されている945).腹痛,腹部拍動性腫瘤,および腹部血管雑音が3徴とされているが,高拍出性心不全や肺塞栓で発見される場合もある.二重走査法やCT検査で確定診断を得ることができる.治療法としてEVARと外科手術が選択可能であるが,外科手術では大出血のリスクや肺動脈塞栓症のリスクがあり,EVARの方が低リスクである946).EVARのみで動静脈瘻を閉鎖できない症例に対する大静脈側あるいは瘻孔に対する血管内治療が報告されている947, 948).

2.4 大動脈腸管瘻

表31 大動脈腸管瘻の治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

大動脈瘤や大動脈再建の既往例で大量の消化管出血があれば,大動脈腸管瘻を検索する. I C保存的治療は致死的であるため,侵襲的治療を行う. I C大量出血または持続する出血を認める症例では,止血のためのブリッジ目的でEVAR を考慮する. IIa C

大動脈腸管瘻はまれな疾患であり,診断に難渋し,確立された治療法もなく致死的な転帰をたどることが多い912, 949).原因により一次性と二次性に分類され,その多くは十二指腸と瘻孔をきたす.大動脈腸管瘻全体の手術死亡率は21~40%である950).大動脈腸管瘻の古典的3徴は,消化管出血,腹痛,腹部拍動性腫瘤である.消化管出血64~94%,腹痛32~48%,腹部拍動性腫瘤17~25%の割合で認め,すべてを認めるのは11%にすぎない951).その他,背部痛,発熱,敗血症などがある.2/3の症例でHbが8 g/dL以下であり,1/4の症例では白血球数が10000/μLを超えている952).一次性,二次性大動脈腸管瘻で「herald bleed」と呼ばれる前駆出血を認める.これは血管攣縮と血栓形成により一次的に瘻孔が塞がれて止血される現象である.この前駆出血の段階で緊急入院となることが多いが,繰り返しエピソードを認めていることも多い.初期症状があるにもかかわらず,無治療の場合は50%が24時間以上, 29%が1週間以上の比較的長い経過をたどって,大出血に至る953). 2.4.1 一次性と二次性の違い

一次性大動脈腸管瘻は大動脈瘤,感染症,悪性腫瘍,外傷などが原因で発症するものである954, 955).一次性の発症率は0.04~0.07%であり956),AAAの0.69~2.36%に合併し,十二指腸と瘻孔をきたすものが8割以上で大動脈十二指腸瘻を形成する957).

二次性は,外科手術(人工血管置換術)またはEVAR後に腸管と瘻孔をきたすものである.グラフトの再建部位により瘻孔をきたす部位も異なるが,一次性と同様に十二指腸遠位側(62%)か空腸近位側に多い912).二次性の大動脈腸管瘻の発症率は0.36~1.6% 958, 959)であり,一次性より多く認める.大動脈再建から症状出現までの平均期間は4 (1.5~8.7)年である912).二次性大動脈腸管瘻は,さらにグラフト吻合部に発症するものとグラフト本体に発症するものとに大別される.グラフト吻合部に発症するものは大出血を認めることがあるのに対し,グラフト本体に発症するものは初期には感染徴候を認めて判明することが多い.発症機序としては,感染,拍動性圧力,腸管損傷などの手技的要因が考えられる.病因としては,患者,手術側両方の要因が関わっており,頻回の血管外科手術,創部合併症,グラフト感染,緊急手術,手術手技の問題などが挙げられる.また,近年EVAR後の大動脈腸管瘻の報告が増加している960).その発症機序としては,持続的なエンドリークを伴う瘤拡大,エンドリーク治療時の頻回のコイリングの影響,エンドテンション,ステントグラフト留置時の感染が考えられている961).

2.4.2 診断

診断方法は患者の循環動態により異なる.大量の消化管出血があるか,AAAの既往または治療(外科手術/EVAR)後であれば,常に大動脈腸管瘻を念頭に置くことが重要である.大量出血がある場合は試験開腹で診断がなされることがある.患者の循環動態が安定していれば,造影CT検査,胃食道内視鏡検査,血管造影検査によって診断される.CT検査が低侵襲であり初期診断として有用である. a. 造影CT検査

造影CT写真で大動脈周囲脂肪織の消失,グラフト周囲の液体貯留,軟部組織の肥厚,異所性のガス像,大動脈グラフト周囲の隣接する肥厚した腸管ループのひきつれ,大動脈から巻き込まれた腸管への造影剤の漏出を認めることがある. b. 胃食道内視鏡検査

内視鏡検査は急性消化管出血の処置には必須である.大動脈腸管瘻の同定ができなくても,他の出血源の除外が
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可能である.熟練した内視鏡医が大動脈腸管瘻を念頭に置くことによって,注意深い観察により人工血管や付着した血餅または外因性拍動性腫瘤を伴う,潰瘍,びらんを見出すことができる.しかし,内視鏡検査の主目的は,消化管出血の原因として他の病態を除外することでもある.血行動態が安定した患者のみに行うべきであり,大量出血に対応できるように,手術場で行うことも考慮する. c. 血管造影検査

循環動態の安定した患者では,血管造影時には瘻孔が血栓でシールされているため,大動脈腸管瘻の同定は通常困難である. d. 他の検査法

MRI検査,エコー検査,消化管造影検査などは,診断の補助にはなるが,正確な診断に至らないうえ,施行時間が長い.MRI検査やFDG-PET検査はグラフト感染の診断には有用であるが,大動脈腸管瘻の同定は困難であり,検査時間の観点からも循環動態不安定な患者には不向きである.

2.4.3 治療

保存的治療は常に致死的であり,外科手術が唯一の救命可能な手段である.活動性の出血か,一次性か二次性か,敗血症の有無,大動脈再建の吻合部位が,効果的な手術ができるか否かの重要な決定因子である.活動性出血を伴う循環動態が不安定な症例や敗血症の症例は,緊急手術の適応になる.前駆出血を伴う循環動態が安定した患者に対しては,大動脈腸管瘻の評価と施行術式のプランニングを熟考する.術前に尿管ステントを挿入しておくと,後腹膜の炎症が高度でも尿管損傷のリスクを減らすことができる.厳重にモニター管理し,できるだけすみやかに手術を行う.30%の患者は6時間以内に,50%の患者は24時間以内に再出血する961). a. グラフト抜去

大動脈瘤が閉塞またはすでにグラフトが閉塞していた場合や,術前のCT検査と血管造影検査で十分に側副血行路が発達している場合は,グラフトを再建せずに抜去だけでも可能なことがある. b. 解剖学的人工血管置換

感染が大動脈側に波及しているかどうかにもよるが,軽度汚染であれば局所の清拭と,凍結保存血管,リファンピシン浸漬人工血管などで,解剖学的血行再建を行うことが多い962).非解剖学的血行再建と比較した後ろ向きコホート研究では,手術死亡率に差はない963).後腹膜や大網で消化管とグラフトの分離に努めることと,抗菌薬の長期投与が考慮される. c. 自家静脈を用いた解剖学的血行再建

自家静脈による大動脈腸骨動脈再建では大腿膝窩静脈が使用される964).採取側の肢の静脈灌流不全による下腿コンパートメント症候群に注意する. d. 非解剖学的人工血管バイパス

感染が明らかな場合や,下肢血行と骨盤内血流で長時間にわたり遮断が必要なことが想定される場合に,選択されることがある965, 966).一期的に行う場合は腋窩–両大腿動脈バイパスを先行させ,腹部の大動脈の処理と消化管の再建を行う.大動脈は盲端にして,大網などで覆う.

15~25%で起こりうる非解剖学的バイパスの感染は,適切な抗菌薬投与により最小限にできる967).培養が陰性の場合は1週間で終了し,陽性の場合は4~6週間投与が推奨されている953). e. 血管内治療

EVARでは再発,新たな感染,出血を認め,29%が敗血症のため死亡している.予後不良患者の治療や,感染をコントロールして患者の状態を安定化させるまでのブリッジ治療に限定すべきである968).

2.5 炎症性大動脈瘤

表32 炎症性腹部大動脈瘤の診断と治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

炎症性腹部大動脈瘤が疑われる場合には,血清IgG4 を測定する969, 970). I C有症状例には,ステロイド薬などによる抗炎症療法を考慮する971–975). IIa C瘤径が男性では55 mm,女性では50 mmを超える症例で,解剖学的要件を満たしていれば,EVAR を第一選択として考慮する975, 976). IIa C

2.5.1 概念,病理,病因

炎症性AAAは,1935年に尿毒症をきたす原因疾患の一つとして報告され,1972年Walkerら977)によって初めて疾患概念が紹介された.腹部大動脈の瘤状とその壁の著明な肥厚,大動脈瘤周囲ならびに後腹膜に広範に及ぶ線維化,十二指腸や尿管など周囲腹部臓器との癒着を特徴とした動脈瘤である.腎動脈下に好発するが,胸部大動脈や内腸骨動脈,大腿動脈に生じたとの報告もある978, 979).

肉眼的には,腹側から観察すると白色の光沢ある硬い隆起性病変として認められる.病理組織学的には,外膜とそ
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の外側周囲組織に硝子化を伴う線維化が広範囲にみられ,リンパ球やマクロファージを中心とした非特異的な慢性炎症細胞が,リンパ瀘胞の形成を伴いながら層状に浸潤する977).それにより線維化と炎症細胞が交互に存在する構造を呈し,本疾患の特徴的な組織像となっている.一方,中膜より内腔側の組織は通常のAAAと同様の変化を示す.すなわち,中膜は著明に菲薄化し,それを被覆するように粥状硬化が生じる.中膜がほとんど消失する場合もある.炎症性AAAとAAAの関連についてはいまだ不明な点が多いが,AAAにおいても外膜に炎症細胞浸潤が認められることがあること980),リンパ球の亜集団にも大きな違いがみられないこと981),両者ともに同様の危険因子をもっていることなど,両者を明確に区別することはできない.遺伝的な要因982)に加え,喫煙983)やヘルペス・サイトメガロウイルス感染984)などの因子により,炎症がより強く発現されたものが炎症性AAAではないかという見方もある985).巨細胞性動脈炎や高安動脈炎などの大型血管炎に合併するとの報告もある986).また近年では,IgG4関連疾患との合併が注目されているが,炎症性大動脈瘤の約半数は病理組織学的にIgG4陽性であると報告されている969).

2.5.2 有病率

欧米で本症の報告は散見され,その有病率は4~15%である987–989).本邦での報告990, 991)によると,エコー検査所見上での有病率は4.9%,手術例での検討では3%で,欧米に比して若干低率である.男女比は30:1~6:1までさまざまであるが,男性に好発し,年齢層は動脈硬化性のAAAと比較して5~10歳ほど若い985).

2.5.3 臨床症状

臨床症状は腹痛・腰痛・腹部不快感,体重減少,赤血球沈降速度亢進・CRP高値,などの炎症に由来すると思われる3症状が典型的である.また,合併症としては,瘤壁の肥厚が尿管を巻き込み992),水腎症を生じて腎不全となり,乏尿や浮腫が生じることもある.まれではあるが,消化管を巻き込んで消化管の通過障害や破裂などをきたすこともある.

2.5.4 診断

前記の臨床症状を有するAAAでは本疾患を疑う.血液検査では赤血球沈降速度の亢進やCRP高値などが高率にみられるが,細菌感染を示唆する白血球増多や培養陽性などは認めない.また,IgG4関連疾患の関与をみるためには血清IgG4の測定が有用である969).診断には画像所見が重要であり,エコー検査とCT検査が有用である.エコー検査では腹部瘤周囲の肥厚所見(mantle sign:瘤

の前方または前側方の低エコー域)が特徴的である.造影CT検査では,単純CTで低CT値であった瘤周囲部が造影され,周囲と明瞭に区別できるようになる(図24,P. 34).肥厚が高度な例では,尿管や消化管,下大静脈や腎静脈などの周囲臓器の巻き込みがみられることがあり,手術時における腸管や尿管の損傷などの合併症予防のためにも,本症の診断は重要である.FDG-PET検査は,大動脈壁や周囲の活動性炎症の検出に有用である993–995).炎症部位はFDG集積亢進として検出され,炎症性大動脈疾患の検出感度83~100%,特異度77~100%と報告されている993).

感染性大動脈瘤との鑑別は,典型的なCT所見と血液培養陰性,ツベルクリン反応陰性,梅毒陰性などの所見で可能である.

2.5.5 治療

大動脈瘤自体の治療のみならず,合併する瘤周囲の線維性肥厚に伴う諸器官の通過障害に対する処置や予防が必要である.手術適応にならない小さな大動脈瘤で,疼痛や体重減少,水腎症を伴う場合は,炎症改善のためステロイド薬投与を考慮する.推奨される投与量や投薬期間は定まっていない.ステロイド薬不応例では免疫抑制薬や抗エストロゲン薬が有用であったとの報告もある971–973).

通常のAAAの適応に準じて,男性55 mm,女性50 mm以上が手術適応とされているが,脳血管障害,冠動脈疾患,呼吸器障害,腎障害などの全身の合併症との関連で決定される.炎症により大動脈と十二指腸が高度に癒着していることが多く,外科手術を行う場合は十二指腸の損傷を避けるために後腹膜アプローチが推奨される996).近年, EVARによる治療が行われ,瘤縮小やCT上のmantle signも改善されたと報告され,その有用性が示唆されている976).ただ,炎症や癒着が強い例ではステントグラフト脚のキンクや狭窄を生じたとの報告があり,注意が必要である.また,IgG4陽性の炎症性AAAはEVAR後に大動脈周囲線維化の増悪や瘤径拡大が生じやすいとの報告もある970).手術後は水腎症などの通過障害も改善されることが多いが,特にEVAR後は炎症が残存することも少なくなく,尿管カテーテル留置やステロイド・免疫抑制薬投与も考慮すべきである.

2.5.6 転帰,予後

自然予後は不明である.外科手術を行った場合,広範な癒着のために周術期合併症と死亡率が通常のAAAと比較して3倍高かったという報告もある974).外科手術とEVARを比較した総説では1年後の全死亡率が外科手術14%に対
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して,EVARは2%であった975).瘤周囲の肥厚外膜は,外科手術では軽減・消失する例が多く,EVARよりも外科手術の方が尿管通過障害による水腎症の改善が得られやすいと示唆されている.

2.6 感染性大動脈瘤

2.6.1 定義と疫学

感染に起因するすべての大動脈瘤と,既存の大動脈瘤に感染が加わったものとを併せて,「感染性大動脈瘤」と総称している.感染性大動脈瘤は比較的まれな疾患であり,全大動脈瘤に占める割合は0.5~1.3% 997–999)と報告されている.感染源は必ずしも判明しない場合もあるが,齲歯,腸管からのbacterial translocationや,尿路感染からの波及や,歯周病に由来する動脈硬化の増悪などで,まれにカテーテル操作や手術に続発する医原性もある.背景として高齢化に伴う易感染性の危険因子増加も指摘されている.糖尿病や悪性腫瘍治療,膠原病治療による慢性的免疫機能低下も重要な危険因子である.

感染部位としては,胸部大動脈に生じるものが32%で,腹部分枝に隣接する腹部大動脈が26%,腎動脈以下の腹部大動脈が42%と,腎動脈下大動脈に多い1000).

起炎菌に関しては,ブドウ球菌を主としたグラム陽性球菌,あるいはサルモネラ菌を主としたグラム陰性桿菌が多いと報告されている.Mayo Clinicからの報告1000)では50%がグラム陽性球菌(ブドウ球菌30%,連鎖球菌20%), 35%がグラム陰性桿菌(サルモネラ菌20%,大腸菌15%)であったが,台湾大学からはサルモネラ菌が76%を占め,グラム陽性球菌は10%程度であったという報告があり1001),起炎菌に関しては地域性があると考えられる.また,頻度は低いが抗酸菌や真菌によるものもある.

致死率は23.5~37%と報告されており,非感染性大動脈瘤に比してきわめて高く1002),その主要な原因は大動脈瘤破裂,術後であれば吻合部などの破綻,または,敗血症による多臓器不全である.

2.6.2 診断

多くの症例で発熱や背部痛などの自覚症状が発現する.血液検査上の炎症所見の亢進もみられるが,非特異的所見に留まる.AAAの場合,拍動性腫瘤を触知することもある.画像診断としては,特に造影CT検査の診断精度が高いが,腹部領域ではエコー検査も有用である.感染徴候を呈する患者において大動脈瘤が発見された場合は,感染性大動脈瘤を常に考慮しなければならない.画像診断上の感染性動脈瘤の特徴として,限局した嚢

状瘤を形成することが多いといわれているが,既存の紡錘状瘤に感染を併発している場合もあり,形態のみから感染の合併を判断することは困難である.しかしながら,大動脈瘤周囲の液体貯留は炎症による浮腫,あるいは膿瘍形成を示すものであり,感染を強く疑わせる所見である.また経時的に観察していて急速に拡大する場合は,やはり感染性大動脈瘤の可能性が高い.

術前の血液培養は適切な抗菌薬選択のために必須の検査であり,感染性心内膜炎の診断に準じて複数回採血すべきである.

2.6.3 治療

a. 抗菌薬治療

感染性大動脈瘤が診断され次第,培養検査の結果に応じて強力な抗菌薬治療を開始する.抗菌薬治療に対する反応が良好で感染徴候がすみやかに軽快する場合は,十分な期間抗菌薬の投与を行い,可能であれば炎症反応が陰性化してから手術に臨むことが理想的ではある.一方で,炎症反応が沈静化しているように思われる場合であっても,常に大動脈瘤破裂のリスクがあることを念頭に置き,大動脈瘤の形態や経時的な拡大傾向に注意しながら,手術時期を逸しないようにする.破裂例は当然であるが,急速な拡大が見られる場合は,たとえ感染の制御が不十分であっても早急な手術を検討する.また,適切な抗菌薬投与にもかかわらず感染の制御が不良な場合も,早期の手術が必要である.

大動脈瘤そのものが小さくて手術適応がなく,抗菌薬治療によって感染が消退した場合の手術の必要性については,一定した見解はない. b. 手術i. 術式

感染性大動脈瘤の手術においては,大動脈瘤切除により破裂を予防し,感染巣を除去するという2つの目的を同時に達成するため,通常の大動脈瘤手術と異なり,大動脈瘤を含む感染組織を可能な限り除去する必要がある.胸部大動脈における食道瘻,あるいは腹部における十二指腸瘻を伴う症例では,消化管の修復または切除が必要となることが多い.さらに,人工血管とその吻合部や大動脈断端への感染の波及を予防することが重要である.

再建方法に関して,腎動脈下の感染性大動脈瘤に対しては,以前には感染巣内に人工血管を移植することを避けるため,大動脈瘤の前後の大動脈を閉鎖し,腋窩動脈–大腿動脈バイパスによって下半身の血行を再建するという非解剖学的バイパス術が標準術式とされていたが,近年では,
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in situ人工血管置換術を第一選択とした報告が多い1001–1003).最近では腎動脈下の感染性大動脈瘤の手術成績は向上しており,早期死亡率は10~15%程度と報告されている1002, 1004).腎動脈上大動脈の感染瘤に対しては,その解剖学的な要因から,腎動脈下の感染性大動脈瘤に比して手術および再建が複雑となり,吻合部が多いため予後が悪いと考えられる.死亡率80%に達するという1005)報告もあるが,早期死亡率10~16%程度という良好な成績の報告もある998, 1006). ii. グラフトの選択

移植血管の感染再発を予防するために,使用するグラフトにもさまざまな検討がなされている.中でも凍結保存した同種大動脈グラフト(ホモグラフト)に関して,良好な早期および長期成績が報告されている1007–1009).Vogtらは感染性大動脈瘤と人工血管感染に対して,凍結保存した同種大動脈グラフトをin situに移植した症例と,人工血管をin situまたは非解剖学的バイパスとして用いた症例とを比較し,特に感染の制御に関してホモグラフトがきわめて有効であったとしている1007).Lescheらはホモグラフト移植後の平均3年間の追跡において閉塞や瘤化は17%と報告しており,いずれも感染とは無関係で容易に再手術が可能であったとしている1008).移植されたホモグラフトの耐用年数に関して10年以上の成績はいまだ不明であるが,感染性大動脈瘤においては早期の感染制御が救命のために必要であり,この点においてホモグラフトは優れた材料であると考えられる1009).

これまでは日本国内でのホモグラフトの入手は困難であったが,臓器移植法の施行に伴う組織提供の広まりや組織バンクの活動により,一定条件下で保険適用になり,今後さらに普及していくことが期待される.

この他に,抗菌薬に浸漬した人工血管1010)や自家大腿静脈1011)の使用が散発的に報告されているが,通常の人工血管に対する優位性に関しては不明である. iii. 大網充填

大網は血流とリンパに富む組織で感染制御に有効と考えられており,開心術後の縦隔炎の治療にもしばしば用いられている1012).感染性大動脈瘤の手術においては,in situに移植した人工血管の周囲を大網で被覆して感染の波及を予防する.右左どちらかの胃大網動脈を血管茎とした有茎

大網は,胸部から腎動脈下までの広い範囲の大動脈に対して使用することが可能である1013). iv. 術後抗菌薬治療

術後の強力な抗菌薬治療は必須である.起炎菌に合わせた抗菌薬を静脈投与し,炎症反応の陰性化を目標に6週間から8週間は継続する.その後は抗菌薬を中止して問題ないとする報告もあるが1001),一方で生涯にわたり経口抗菌薬を投与すべきとする報告もある998, 1013). c. 血管内治療

近年,下行TAAや腎動脈下AAAに対するステントグラフトによる血管内治療が急速に普及している.感染性大動脈瘤に対して血管内治療を行い,強力な抗菌薬治療を併用することで治癒させえたという報告が散見される1014–1016)が,救命に至らないことが多い.感染巣と人工血管が隣接し,感染巣が閉鎖腔として残存するこの治療法は,感染増悪のリスクを有し禁忌との意見もある1017).しかしながら,破裂を予防し,次の人工血管置換術に向けてのブリッジ治療としての意義は認められている.

2.7 外傷性大動脈瘤

本項ではまれな腹部大動脈の外傷について記載し,比較的多い胸部大動脈の外傷については,別項(第6章の「1.4 外傷性大動脈損傷」,P. 95)に記載する.

腹部大動脈の外傷はまれであり,文献も症例報告やそのレビューが大半である1018–1021).鋭的外傷と鈍的外傷に大別され,鋭的外傷の原因は欧米の報告では銃創が大半であり1019),刺創の場合には深い位置にある大動脈の損傷は少なく,それ以外の臓器損傷が多い.鈍的外傷の原因はシートベルトによる損傷を含む交通事故が大半である1020–1022).

診断については,他の外傷の診断も含めてCT検査の有用性が確立されているが,血行動態が不安定な場合には,開腹手術の準備をしながら診断を進める必要がある1023).

治療法は,血行動態が不安定な状態であれば迅速な開腹手術が優先される.比較的安定した状態であれば,塞栓術を中心とした血管内治療の有用性が報告されている1018, 1024).
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PQ 9

1 総論

1.1 定義と分類

大動脈解離の定義と分類については,第1章の「2.1. 定義」(P. 16~)と「2.3. 分類」(P. 17~)を参照されたい.

偽腔閉塞型大動脈解離は偽腔開存型と比較して予後が良いとされるが,ULP型の予後は両者の中間であり,病態が不安定な例を含んでいる.このため本ガイドライン2011年改訂版では,ULP型には偽腔開存型に準じた対応を推奨していた1).しかしながら,ULPの位置や大きさと予後との関係は十分に明らかではなく,一律に偽腔開存型に準じた対応を推奨する根拠もない.また,2011年改訂版では,偽腔の大部分が血栓化していても偽腔に血流を確認できる例(thrombosed false lumen communicating with true lumen)は偽腔開存型に分類するとされたが,この病態とULP型の境界も明瞭ではなかった.さらに近年,欧米から一部に血栓を形成している例(partial thrombosis)がB型解離の偽腔拡大因子として報告されているが1025, 1026),この多くは本邦のガイドライン2011年改訂版におけるULP型である可能性が指摘されている1027).

以上から本改訂版では,ULPの定義を暫定的に,偽腔内の造影される部分で大動脈長軸方向の広がりが15 mm未満のものとし,偽腔の大部分が血栓化していても開存偽腔が頭尾側方向に15 mm以上(5 mmスライス厚CT横断像にて4スライス以上)広がるもの(偽腔開存型に分類される)やpartial thrombosisなどとは明確に区別することとした.今後,これらの病態とULP型の予後の差に関する知見が蓄積されることを期待する. ULP型大動脈解離をどのように扱うか

推奨ULP型は偽腔開存型の一部として扱い,画像診断でのフォローを含め,厳重な経過観察が必要である.

潰瘍様突出像(ULP)とは,主に大動脈解離の画像診断における画像所見の表現の一つであり,造影CT検査や血管造影検査において「閉塞した偽腔における頭尾方向の広がりが15 mm未満の造影域」と定義される.ULP型解離は,「ULPの存在」にて偽腔閉塞型解離と区別され,「ULPの長径はおよそ15 mm未満」とすることで偽腔開存型解離と区別される.

欧米で用いられる「intramural hematoma(IMH,壁内血腫)」という言葉と,本邦の「偽腔閉塞型」との差異に関してしばしば議論になる.近年では,IMHは原義から広がりをもつ言葉となり,ULPの併存を許容し,IMH with ulcer,IMH with ULPのように,本邦の「偽腔閉塞型およびULP型」がIMHに対応する概念となっている(P. 17 の表4を参照).

ULPは,ULP型解離におけるprimary entryである可能性が示唆されている1028, 1029).また,経過中の拡大(開存型に移行する,あるいは瘤となる)

1030, 1031)と消退(縮小して

偽腔閉塞型に移行する)

1032)は,予後の指標となることから,

ULP型解離の重要な観察ポイントである.ULPはしばしば穿通性動脈硬化性潰瘍(penetrating atherosclerotic ulcer,PAU) 33)との異同が問題となるが,両者の意味は異なる.PAUはそれが生じるまでのプロセスも含めての「病態の表現」であり,ULPは単に「画像上の形態の表現」であることを理解することは重要である.

第6章 大動脈解離の治療
p.94
1.2 intramural hematoma(IMH)

1.2.1 概念と経緯

intramural hematoma(IMH,壁内血腫)は,大動脈中膜内に出血し血腫が形成された病態である.本来は,病理学的診断として「解離内膜に亀裂を認めないもの」1033, 1034)であり,古典的にはvasa vasorumの破綻を原因とするものとされているが,欧米を中心に臨床で画像上「tearが描出されず,偽腔形態が三日月状で造影効果を認めないもの」1035)がIMHと診断されている.したがって,tearがあっても画像診断で描出されず,偽腔に造影剤の流入がなければ,IMHと診断される.欧米では単回のCT検査で,しかも造影遅延相の撮像なしにIMHと診断することが多いためか,古典的大動脈解離に進展する率が高く,内科治療の成績は不良である60).

一方,本邦や韓国では,軽症例での高い発見率や初期診断の厳格さ,また経過を追ってCT検査を行うこともあり,内科治療の成績は良好である.このような曖昧性のため,本ガイドライン2011年改訂版では,あえて「誤った病態の理解に進む可能性があるIMHという診断名は本邦では臨床的に用いない」として,「偽腔閉塞型」という用語の使用を推奨し,さらに,小さなtearの痕跡を認める症例には「ULP型」との用語を用いた1).しかしながら欧米では, IMHは本邦の偽腔閉塞型やULP型をも含んだ病態を意味する用語として普及しているため,本改訂版では,日本語表記と英文表記を整理した(表4,P. 17).

1.2.2 疫学

偽腔閉塞型は,欧米では急性大動脈症候群の10~25%,アジアでは20~50%程度を占める.偽腔開存型に比し,より高齢で男性に多い傾向にある.欧米ではA型解離が30~40%,B型解離が60~70%の比率であるが95, 96),本邦ではA型解離の30~40%程度,B型解離の40~70%が偽腔閉塞型またはULP型であるとされる.解離が腹部大動脈に及ぶことは少なく,malperfusionをきたすことも少ない1036).

1.2.3 診断

画像診断に至る過程は通常の大動脈解離と同様である.

1.2.4 治療と予後

A型解離の偽腔閉塞型(+ULP型)の場合,欧米では再開通率がきわめて高く予後不良であるため,手術適応とされる.しかながら,近年ではエビデンスの蓄積により,本

邦と韓国では上行大動脈径<50 mmかつ偽腔厚<11 mmの場合,厳重な管理下であれば保存的治療も可能とされている1, 96).B型解離の偽腔閉塞型では,原則として保存的治療が選択される.なお,complicated型(malperfusionまたは破裂)やULP型に対し,近年では血管内治療を積極的に行う傾向にある1036).

1.3 penetrating atherosclerotic ulcer (PAU)

1.3.1 概念

penetrating atherosclerotic ulcer(PAU,穿通性動脈硬化性潰瘍)は,penetrating aortic ulcerとの表記もみられるが,潰瘍形成をきたした動脈硬化性病変において,潰瘍の深度が内弾性板を越え中膜に達した病態である.そのまま中膜内に血腫を形成して大動脈解離と同様の病態に至ることもあれば,外弾性板を越え外膜破綻(=破裂)に至ることもある(図60) 33).解離がある程度の長さに進展しているものに関して,ULP型との鑑別は粥状硬化の程度で判断するが,重複している病態もあり困難なことも多い1037).

1.3.2 疫学

古典的解離(double barrel dissection),IMH,PAUを総称してacute aortic syndrome(急性大動脈症候群)と呼ぶが,欧米ではこのPAUは急性大動脈症候群の5%を占める.古典的解離に比し,動脈硬化危険因子を複数有する男性に多い傾向にあるが,若年者にも発症することがある.部位としては下行大動脈に多く,至る所に多発することもある96).

1.3.3 診断

無症状であれば,偶然に画像診断で発見される.急性大動脈症候群を呈すれば,画像診断に至る過程は通常の大動脈解離と同様である.下行大動脈のPAUであれば,経食道エコー検査でも診断可能である.前述のごとく,典型的には粥状硬化の強い大動脈に限局性の中膜血腫と潰瘍状の血流腔を認める.PAUは破裂のリスクが高いので,慎重に判断することが重要である.

1.3.4 治療と予後

急性期に症状が持続する症例は血管内治療のよい適応となるが,重症の動脈硬化のためアクセスに問題があることが多い.それ以外では厳格な基礎疾患管理のもとに経過
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観察を行い,径拡大や症状発現時に血管内治療を考慮する.画像診断は,当初3年間は半年ごとに施行することが推奨されている.解剖学的に血管内治療が困難であれば人工血管置換術となるが,いずれにしても術中の塞栓症のリスクは高く,急性期PAUの手術死亡率は血管内治療で7%,人工血管置換術で16%と報告されている.また,本症では全身の動脈硬化性疾患により生命予後は不良で,非手術症例でも5年生存率は65%と報告されている1037).

1.4 外傷性大動脈損傷

1.4.1 定義と疫学

鈍的な外傷性胸部大動脈損傷は,交通事故や転落に伴う正面または側面からの突然の衝撃,または体幹移動の急激な減速によって発症することが多い.大動脈局所のねじれ現象やずり応力の集中が生じやすい部位は,動脈管索近傍,大動脈基部,横隔膜近傍である.この外傷性大動脈損傷の約9割は,いわゆる大動脈峡部近傍に生じる1038).損傷の程度により病理形態は,内膜裂開,壁内血腫,仮性瘤,破裂に分かれる.

1.4.2 症状と診断法

発症様式は背部痛,特に肩甲骨間の痛みである.しかしながら,多発外傷を伴っている場合が多いため,他の臓器損傷による痛みにより胸部症状が非特異的となる場合も少なくない.破裂をきたした場合,低血圧やショック状態に

陥る場合もある.診断の精度は造影CT検査がきわめて高い.したがって,胸部X線写真上での縦隔陰影の拡大や左側血胸の所見が得られた場合や,多発骨折などの多発外傷の身体所見がみられた際には,外傷性胸部大動脈損傷の併発を考慮して造影CT検査を考慮する.

1.4.3 治療適応

治療介入のタイミングについてはいまだ議論が分かれている領域である.大動脈が破裂するのは外傷受傷後24時間以内であることが多いという観察に基づいて,かつては常に緊急手術が必要と考えられていた.しかしながら,骨盤骨折に伴う出血持続症例や頭部外傷に伴う意識障害が遷延した患者などにおいて,ある程度の観察期間を設けた症例の経験蓄積によって,緊急手術を回避しての準緊急手術や亜急性期における治療介入の有用性も認識され,比較的安全にdelayed repairを実施しうる症例があることも事実である.外傷外科領域の大規模な前向き研究やガイドラインでも,死亡率やSCIの低減の観点からdelayed repairの有用性が示唆されている1039, 1040).しかしながら,画像所見などに基づき大動脈破裂のリスクが高いことが疑われる症例では,delayed repairを考慮すべきではないとされている.

図60 PAU(穿通性動脈硬化性潰瘍)の進展様式(Stanson AW, et al. 1986 33)より) Copyright (1986) Annals of Vascular Surgery, Inc., with permission from Elsevier. https://www.sciencedirect.com/journal/annals-ofvascular-surgery

プラークの潰瘍化

粥状硬化内膜の潰瘍

内膜プラークの潰瘍中膜の血腫外膜の仮性動脈瘤貫壁性の断裂

内膜中膜外膜

大動脈粥状硬化
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1.4.4 治療法

表33 外傷性大動脈損傷の治療選択の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

侵襲的治療を要する場合は,解剖学的要件を満たしていれば,外科手術よりもTEVAR を優先する.(表9,P. 54,および表56,P. 160 を参照) I C全身状態が比較的安定している場合は,多発外傷併発の有無にかかわらず,緊急手術よりも待機的手術を優先的に考慮してもよい. IIb C多発外傷を伴っている症例では,複数領域の専門医からなるチーム医療の形成が必要であり,各損傷に対する治療の優先順位の決定と大動脈損傷に対する治療介入のタイミングの決定は,チーム医療の中での合意形成が有用である.治療経過における血圧管理は重要であり,平均拡張期血圧は80 mmHgを超えないことが肝要である1041, 1042).

確立された侵襲的治療としては,右側臥位,左後側方開胸,部分体外循環下での胸部下行大動脈の人工血管置換術が一般的である.近年では,TEVARが開胸手術に比較して,より低侵襲であり治療成績も優れているとする報告が増えており,大動脈の解剖学的要件が満たされればTEVARが治療の第一選択として推奨される1040, 1043).

1.5 医原性大動脈解離

医原性大動脈解離は,冠動脈カテーテル治療,開心術, TEVAR,末梢血管病変への血管内治療,大動脈内バルーンパンピングなどの治療に伴って発症しうる大動脈の病態である.まれではあるが心臓カテーテル検査中にも発症することがある1044, 1045).上行大動脈,特に右冠動脈近傍に内膜tearが生じ,末梢に解離が進展する病態が比較的典型的である.ときに近位側にも進展し,大動脈弁閉鎖不全や心タンポナーデをきたしうる.造影剤が大動脈壁内に停留することでも診断できるが,経食道心エコー検査やCT検査で確実に診断できる.

カテーテル関連の大動脈解離については,治療管理指針が必ずしも標準化されていない.一般に腹部大動脈,末梢血管,または大動脈弁尖付近に限局した解離の場合には保存的治療がなされることが多い.ただし,冠動脈入口部狭窄をきたした場合には,冠動脈内ステント留置が必要となる.大動脈解離が数cm以上にわたり上行大動脈内に進展した場合には,緊急手術による大動脈人工血管置換術が必要となることもあるが,破裂をきたすことはまれである.

開心術中に発症する大動脈解離の好発部位は,送血管挿入部位,心筋保護液注入部位,そして大動脈遮断部位である1046).診断は,直視下の観察で上行大動脈に暗紫色の色調変化,術中経食道心エコーによるフラップの同定,末梢血管での動脈圧低下によって気づかれることがある.送血操作に伴って大動脈解離が発症した場合には可及的早期に送血流路変更を行う.治療としては,上行大動脈,さらには弓部大動脈の人工血管置換術を考慮する.

2 Stanford A型大動脈解離

2.1 治療適応

表34 Stanford A 型大動脈解離の治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

偽腔開存型の症例には緊急外科手術を行う68, 1047, 1048). I B偽腔閉塞型の症例には緊急外科手術を考慮する1049–1053). IIa C偽腔閉塞型の症例には内科治療を考慮する1031, 1054–1056). IIa C

上行大動脈に解離が及ぶA型解離はきわめて予後不良の疾患で,発症後に致死率が1時間あたり1~2%上昇すると報告されており68),侵襲的治療(外科手術/TEVAR)を行わなければ48時間以内の致死率が約50%とされる.主な死因は破裂,心タンポナーデ,心筋虚血,脳虚血,腸管虚血などである1047, 1048).後述する一部の解離を除いて,内科治療の予後はきわめて不良で,緊急侵襲的治療,なかでも緊急外科手術の適応である.ステントグラフト単独による治療(TEVAR/EVAR)はごく一部の施設で行われているが,有効性は明らかではなく,現時点では一般的な治療とは言い難い.

緊急手術を施行するにあたり,意識障害(昏睡),心タンポナーデによるショック,心筋虚血,malperfusion,脳虚血は術後死亡の重要な予測因子である.なかでも神経症状または意識障害があるA型解離において,手術が予後を改善するか,手術自体をするべきかどうかは議論がある1057, 1058).脳虚血合併例は一般的には予後不良であることが多く,手
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術がためらわれることが多いが,脳の早期再灌流が可能であった場合は神経学的予後が良好であることが報告されている1058).特に,神経症状が出現してから手術室到着まで5時間以内であれば,積極的手術の有効性が報告されている1058).

A型解離に対する外科手術では,tearのある上行大動脈置換術と,必要に応じて弁輪部の修復術が行われる.その場合,遠位部の偽腔が完全に閉塞するのは10%以下であるとされており1059),偽腔が残存し,将来,瘤化する可能性がある.近年,遠位弓部から下行大動脈にかけて,オープンステントグラフト/ FETを内挿することにより,malperfusionや将来の瘤化を防ぐことが可能であると報告されている1060–1062).しかしながら,手術時間延長と合併症増加の可能性があるため,適応は慎重に検討されるべきである.詳細については後述する.

2.2 急性

2.2.1 大動脈基部・上行大動脈・部分弓部大動脈置換術

a. 緊急手術の原則「tear-oriented surgery」と称し,tear(entry)を含む解離大動脈壁の切除と同部位の人工血管置換術を原則とする.すなわち,上行大動脈にtearが存在するならば上行大動脈置換,弓部にtearが存在すれば近位弓部置換術,全弓部置換術,近位下行大動脈にtearが存在するならば全弓部置換術+真腔内にET留置1063, 1064),あるいは下行大動脈置換術を行う.近年では遠隔期の遠位部大動脈リモデリング(偽腔の消退)を期待してオープンステントグラフト/ FETを留置することも多い1065).急性解離においてtearの直接閉鎖術で対応できる症例はほとんど存在しない.

近年,手術成績の向上に伴って,A型解離のうちtearが弓部あるいは弓部分枝,下行大動脈に存在する場合やMarfan症候群に伴うA型解離には,全弓部置換術にET/ FET法を併用した拡大再建術が施行されるようになり,その成績はおおむね良好である1066).以下に各術式を述べる. b. 上行大動脈置換術

胸骨正中切開で到達し,上・下大静脈または右房脱血,大腿動脈1067),上行大動脈真腔1068),腋窩動脈1069),心尖1070)などからの送血による体外循環を補助手段として用いる.脳,腹部臓器などのmalperfusionを合併している場合には送血路を複数にして,上行大動脈,腋窩動脈および大腿動脈送血を併用することがある.上行大動脈にtearが存在する場合,大動脈遮断下に上行大動脈置換を行うことも可能であるが,脆弱な解離大動脈壁を遮断すると大動脈損傷につながるため,厳重な注意を要する.現在の標準的な補

助手段は超低体温循環停止法1071)である.この時,上大静脈経由の逆行性脳灌流法を併用することもある.

手術は,超低体温循環停止としたところで上行大動脈を切開してtearの位置を確認し,これを周囲大動脈壁とともに切除する.置換範囲を決定して人工血管置換術を行うが,通常は末梢側吻合には大動脈遮断を行わず,超低体温循環停止下に遠位側開放下血管吻合術を用いる.また,tearが上行大動脈遠位側あるいは弓部近位側に存在する場合には,tearを切除して,腕頭動脈より左総頚動脈起始部付近まで大動脈弓小弯側に斜切開を延長し,斜めに切断した人工血管で置換するhemiarch置換を行う.その際,偽腔を閉鎖し真腔のみに血流が流入するように,内側・外側フェルトで断端形成を行った後,人工血管を吻合することが重要である.

治療の原則はtearを切除し救命することであるが,最近の末梢側置換範囲の傾向として,遠隔期の残存解離に関わる諸問題を回避する目的で,比較的若年で低リスクの症例1072)や弓部大動脈の拡大,脳灌流障害を伴う頚部分枝の解離した症例を選択し1073),上行大動脈・hemiarch置換術よりも弓部分枝を含めた全弓部置換術が選択されることが多くなっている.手術死亡率と術後合併症発生率を上昇させることなく施行可能とする報告が多いが,遠隔期生存率で明らかな優位性を証明する論文はいまだ少ない.

一方,中枢側は残存解離を減らすため,sino-tubular junction(バルサルバ洞・上行大動脈結合部)の直上で大動脈壁を離断,切除する.偽腔が残存する際には,偽腔内に生体糊や外科用接着剤を注入して偽腔を閉鎖,フェルトで補強して断端形成を行い,人工血管を縫着する.内側・外側フェルトのみで断端形成する方法,偽腔内にテフロンフェルトを挿入する方法1074),大動脈外膜を内翻し補強とする方法1075),などがある. c. 大動脈弁閉鎖不全の処置i. 大動脈弁吊り上げ術

解離の進展により大動脈弁交連部(特に右冠尖–無冠尖交連部)が離開し,弁尖が左室方向に下垂すると,弁逆流が発生する.Marfan症候群などに合併する大動脈弁輪拡張症や器質的大動脈弁病変を有する症例でなければ,大動脈交連部を吊り上げ,冠動脈遠位側(supra-coronary)で人工血管と吻合,近位側の遺残解離腔は生体接着材料などで閉鎖する術式が可能である1076).諸家の報告においても,大動脈弁吊り上げ術の遠隔成績は下記の人工弁付き人工血管による基部置換術(Bentall手術)と比較しても遜色なく,術後QOLを考えると,まずは試みられるべき術式である1077, 1078).その際,生体糊や外科用接着剤で閉鎖する術式
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の有用性は高いが,外科用接着剤の組織毒性に起因する内膜壊死や仮性動脈瘤発生の報告が散見され1079, 1080),使用を少量に止めるなど細心の注意が必要である. ii. 大動脈基部置換術

tearがバルサルバ洞深くに及んでいる症例,大動脈弁輪拡張症を伴っている症例などでは,Bentall手術1081)が適応とされ,現在はbutton Bentall手術が標準術式となっている549).さらに最近は,Yacoubのremodeling法562)やDavidのreimplantation法1082)などのVSRRが試みられるようになった.これらの術式は大動脈弁尖に異常のない症例が適応で,術後抗凝固療法を必要としないなどの利点を有しているが,Bentall手術と比較して操作が複雑で習熟を要する.しかしながら,最近では循環動態が安定したmalperfusionを合併しない患者を選択して施行された場合570, 571)のみならず,患者選択を行わない場合においても良好な成績が報告され569),ハノーファー大学からは20年に及ぶ良好な長期成績が報告されている568).

2.2.2 弓部大動脈置換術

a. 術式

entryが弓部に存在する場合には,entry切除を原則とする大動脈解離の治療という観点から,できる限り上行・全弓部置換が望ましい1083).また,弓部の解離が複雑で弓部の修復が必要な場合,弓部分枝のmalperfusionを伴う場合,弓部分枝自体にentryが存在する場合,弓部が瘤化・拡大している場合,なども全弓部置換の適応となる. Marfan症候群やLoeys-Dietz症候群などの遺伝性結合織異常に発生したA型解離においては,entryが上行大動脈に存在していても,上行・hemiarch置換を行った後の慢性期に弓部大動脈以下の拡大が認められることが多いため,全弓部置換の適応となる1084, 1085).

全弓部置換を実施する場合には,内膜側からの補強,吻合部のリーク予防,末梢側偽腔の閉鎖などの目的,さらには下行大動脈以下の拡大に際しての追加治療を容易にする目的で,下行大動脈の真腔へ径18~22 mm,長さ5~ 10 cm程度の人工血管を内挿して吹き流し様にするET法750, 1063, 1086)を併用することが推奨される.また,A型解離の中には,entryが下行大動脈に存在する例1087, 1088)もあり,それに対する術式は左開胸でentryを切除して遠位弓部・下行大動脈置換を行うよりも,胸骨正中切開による全弓部置換+ET法を行うことで,末梢側偽腔の血栓閉鎖化を期待できる1089).

全弓部置換の手術手技は,最初に末梢側の残存偽腔を閉鎖するよう断端形成を行い(ET法の併用),弓部再建用の4分枝付き人工血管を縫着する.次いで,大動脈中枢側吻合を行って,弓部3分枝を順次再建する.もしくは,弓部3分

枝再建を先行させる.一方,近年FETを下行大動脈に挿入し,全弓部置換術を行う手術も増加してきた1090–1092).FET法は,これまでのET法に比べて偽腔閉塞率がやや高いことが知られているが,SCIと遠隔期に新たなentry(stent graft-induced new entry)を発生させるという欠点をもつ.このFETの詳細については,次項(2.2.3.frozen elephant trunk)に譲る. b. 成績

画像診断法の進歩により大動脈解離発症直後の早期診断が可能となり,また,人工心肺確立時の送血路の工夫や補助手段の改良による脳保護の進歩,さまざまな止血材の導入により,治療成績は向上している.特に本邦の成績は世界的にみてもきわめて良好である1072, 1093, 1094).この成績の違いが,人種差によるのか,手術手技に起因するのか,あるいは患者搬送や緊急手術受け入れまでの迅速さなどのシステムによるものかは,今後検討されるべきである.

日本胸部外科学会学術調査によると,本邦で2016年度に登録された5461例の急性大動脈解離のうち,基部置換を併施していない全弓部置換術1426例の成績は,30日死亡率が9.0%,院内死亡率は11.3%であった43). IRADの報告では,全1241例の登録症例中334例に全弓部置換術が施行され,院内死亡率は17.1%であった1095).German Registry for Acute Aortic Dissection Type A(GERAADA)における2137例の登録症例では,346例に全弓部置換術が施行され,30日死亡率は22.3%であった1096).

上行・hemiarch置換と比較して拡大手術となる全弓部置換術はより侵襲的と考えられるため,急性大動脈解離に対する救命手術としては上行・hemiarch置換で十分であるという議論がある.しかし,entry切除を原則とする手術を実施する場合,症例の前提条件が異なるので,この2つの手術成績の優劣に関する比較は困難である.Poonらはメタ解析で,急性大動脈解離に対する全弓部置換術とhemiarch置換術の比較を行い,2つの手術成績に有意な差がなかったことを示している1097).しかし,用いられたデータは症例数の多い施設や経験豊富な外科医によってのみ論文化されている可能性がある.また,ある施設における急性大動脈解離に対する手術の85%がhemiarch置換であるという報告もある1098).したがって,急性大動脈解離における救命手術としては,いたずらに置換範囲を拡大する必要はないことも銘記する必要がある.
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PQ 10急性Stanford A型解離の手術術式は上行置

換(hemiarchを含む)か,全弓部置換か推奨entryが弓部~近位下行大動脈や弓部分枝に存在する,弓部大動脈が拡大している,Marfan症候群,若年,などが全弓部置換の適応と判断されるが,術前患者状態や施設・手術チームの経験を勘案して総合的に判断する.

急性A型解離に対する手術の目的は第一に救命である.したがって,術式選択に関しては,entry部位や解離の進展範囲などの解剖学的要件とともに,患者の術前状態(意識レベル,malperfusionの有無,年齢など)や手術侵襲とのバランスなどを考慮した,適切な判断が求められる.

日本胸部外科学会の年次報告43)によれば,急性A型解離に対する上行置換(hemiarchを含む),基部置換,弓部置換,基部~弓部置換の症例数は,それぞれ2738例,190例,1426例,180例で,上行置換は弓部置換の約2倍である.術式ごとの院内死亡率は10.4%,22.1%,11.3%, 17.8%であり,死亡率は基部置換の有無によって大きく異なる.一方,弓部置換の有無による死亡率の差はあまりなく,早期成績を見るかぎり,本邦における弓部置換の選択基準は現状において妥当性があると考えられる.

JCVSDの2015年と2016年の解析結果711)においても,急性大動脈解離(A型,B型を含む)に対する上行置換と弓部置換の治療成績の比較では,死亡率(弓部置換なし11.4%,弓部置換あり11.4%),脳梗塞(10.8%対11.9%),対麻痺(3.0%対3.4%)の合併率に差はなく,腎不全(10.3%対12.0%,P<0.05)のみに有意差を認めている.

以前は,entryが弓部に存在する場合でも治療の侵襲性を考慮して上行置換(hemiarch置換を含む)にとどめるべきとの考え方もあったが,弓部置換は上行置換よりも慢性期における遠位部の偽腔血栓化が高率で,偽腔拡大や再手術のリスクが低いことも示されており1097, 1099, 1100),良好な早期成績を考慮すれば,少なくとも弓部大動脈や弓部分枝にentryがある場合には,entry切除の原則に基づく弓部置換が推奨される.

偽腔拡大に対する慢性期手術の際にも,弓部置換後であれば初回手術とは別アプローチ(左開胸)による下行置換,TEVARなどが可能であるが,弓部置換が未施行の場合には前回手術と同一アプローチ(正中切開)による弓部置換の先行や,左開胸・循環停止など侵襲性の高い手術を要することになり,その点においても初回手術時に弓部置換を行う利点はある.

Marfan症候群の場合,entryが上行大動脈に存在していても,上行・hemiarch置換では,慢性期に残存する弓部大

動脈の拡大1101)や遠位側大動脈のイベントが多いため1102),弓部大動脈に解離があれば積極的に全弓部置換を考慮すべきである1063, 1064, 1066).

entryが下行大動脈に存在する場合も,ET法750)を用いた全弓部置換によって,末梢側の偽腔血栓化が得られやすく,追加治療にも有利である1088, 1094, 1103).近年,B型大動脈解離に対するTEVARの有効性が示されているが,下行大動脈にentryを有するA型解離に対するTEVARの治療効果に関してはエビデンスがほとんどなく,少なくとも現時点では一般的ではない.オープンステントグラフト法749)/ FET法592)は,近位下行大動脈のentry閉鎖1065)がより確実に可能で,急性期における末梢側の真腔拡大や臓器malperfusionの改善に加え,慢性期における偽腔血栓化や瘤拡大の抑制効果もあることが報告されている1060–1062, 1104, 1105).従来の弓部置換よりも末梢吻合を浅い術野で行うことができることも,全弓部置換を普及させる推進力となっている.今後,SCIの増加や遠隔期stent graft-induced new entryなどの課題が解決されれば,FET法を用いた全弓部置換の適応はいっそう広がっていく可能性がある.

一方,急性A型解離の全例に対して弓部置換を行う必要はなく,弓部にentryが存在する,弓部大動脈径が40 mm以上,弓部分枝のmalperfusionがある,などを適応として弓部置換を選択すれば,上行置換の遠隔成績(死亡,再手術など)は弓部置換と同等であるとの報告もある1073).また,すべての施設で弓部置換の早期成績が上行置換の成績と同等ではないので,術式選択に関しては,施設や外科医の習熟度,術前患者状態なども勘案すべきとの指摘もある1097, 1099).

急性大動脈解離に対する手術では,第一に良好な早期成績を達成し,そのうえで遠隔成績の向上を目指す術式を選択すべきである.

2.2.3 frozen elephant trunk(FET)

a. 歴史

急性大動脈解離に対する全弓部置換術において,遠位側大動脈の真腔拡大・偽腔閉鎖を目的とし,遠位側の下行大動脈内にステント付きの人工血管を挿入することが,加藤らによって始められた749).当初は,「オープンステント」または「サージカルステント」と呼ばれていたが,現在ではelephant trunk(ET) 750)にステントを装備したものとして,「frozen elephant trunk(FET)」592)と呼ばれることが多い.FETは限られた施設で自作デバイスを用いて開始されたが749, 1091, 1106–1108),2014年に国産の企業製デバイスが認可されると急速に普及した1109).海外のFETデバイスには分
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枝付きのものがあるが,本邦の承認デバイスは弓部分枝が備わっておらず,弓部置換用に分枝付き弓部グラフトの追加が必要となる. b. 適応

遠位弓部真性瘤と大動脈解離(急性,慢性)の両者において適応とされる.急性大動脈解離においては,通常のETですでに証明されている末梢側偽腔の血栓閉鎖化,真腔拡大1094, 1103)をさらに促進する目的で行われる.特に, malperfusion症例,遠位弓部または近位下行大動脈にentry(tear)が存在する症例,比較的若年の症例などが良い適応となる1110). c. サイジングと挿入位置

FETのサイジングに関しては,真性瘤と大動脈解離では異なり,議論の多いところである.急性解離においてはFET遠位端のlanding部位の大動脈径1111)またはその90% 1109)が推奨されてきた.しかしながら,急性解離ではFETによる解離内膜の安定(固定)が主目的であり,近年はFETによる末梢側の新規entry(stent graft-induced new entry, SINE)を危惧し,真腔直径と同径(結果的に大動脈径の90%以下となる)のより小さなサイズを選ぶ傾向にある.普及当初はSCIを危惧し短いステント(6 cm)を浅く(T5~ T7),より近傍に挿入していたが1109),グラフト部位の屈曲(後述),SINE発生を防ぐ目的から,より長いステントを直

線化した下行大動脈まで挿入する施設が増えている. d. 成績

急性大動脈解離に対するFETを用いた全弓部置換術後の院内死亡率は5~18.2% 1106, 1109, 1111–1114)と報告されている.下行大動脈のリモデリング率は通常のETに比べて高く1104),急性解離に対する全弓部置換は,FETを併置するとこのリモデリング効果により,上行置換に比して遠隔期予後を改善する1061, 1105, 1115, 1116).また,急性期でのFETは慢性期のFETに比し胸部下行大動脈のリモデリング率が高く(33%対17.5%)

1117),再治療率も低い1109, 1111, 1114).周術期の対麻痺

(一過性も含む)は0~22%で発生し1108, 1109, 1111–1114, 1118–1121),その発生率は術中の低血圧またはグラフト屈曲や残存する

末梢解離による真腔狭小化(cutoff)により高まる1107, 1122). FETによる末梢側のSINEの発生率は5%以下であり,その半数は追加治療を要しないか,TEVARによる追加治療が可能である1123).SINE予防には下行大動脈の直線化した部分に遠位端を留置することが推奨される.急峻な弓部を有する場合,非ステント部分が屈曲狭窄するとの報告があり1124)(図61),弓部屈曲部分にステント部分がくるようにデバイスを挿入するべきである1124).Marfan症候群の急性解離でもFETの早期・中期成績は比較的良好であると報告されている1125, 1126).しかし,entryがFET遠位端に隣接する場合,小さい真腔,屈曲の強い例は合併症発生率が高く,推奨されない1125).

2.2.4 malperfusion

a. 冠動脈表35 急性Stanford A 型大動脈解離における冠動脈malperfusionの診断と治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

術前に12 誘導心電図により心筋虚血変化の有無を,心エコー検査により壁運動異常の有無を評価する1127, 1128). I C手術中に経食道心エコーにより心筋虚血発生の有無を評価する212). I C人工血管置換術のみで改善されない冠動脈malperfusion に対し,静脈グラフトによる冠動脈バイパス術(CABG)を行う1128). I C緊急カテーテル検査中に解離の診断がついた場合,外科手術準備の開始と同時にカテーテル治療による冠動脈再疎通を考慮する1129, 1130). IIa C冠動脈malperfusion により血行動態が破綻し,かつ迅速な外科手術開始が困難な場合,術前にカテーテル治療による冠動脈再疎通を考慮してもよい1129, 1130). IIb C

図61 高度な弯曲を呈する弓部大動脈での屈曲狭窄とその治療

高度の屈曲狭窄TEVAR 前TEVAR 後
p.101
大動脈解離が大動脈基部に及びフラップが冠動脈入口部を閉塞した場合,または冠動脈に解離が波及し偽腔の圧迫により真腔が閉塞した場合,冠動脈malperfusionが発生する.多くは大動脈解離発症と同時に発生するが,時間差をもって発生する場合もある.手術中,体外循環開始時に偽腔圧の上昇から発生する場合や,冠動脈分岐部上部での人工血管吻合後,バルサルバ洞に解離が残存し,大動脈遮断解除後や手術終了後に発生したとの報告もある1131).冠動脈malperfusionの発生率は急性A型大動脈解離例の5.7~14.9%とされているが,術前虚血症例のみを対象としているか,術中術後の発生を含むかにより,差がある1127–1129, 1132–1140).左右の割合に関しては,右冠動脈に多いとする報告が多く1136, 1141),大動脈基部への解離の進展が大弯側に生じやすいことが理由として挙げられている.しかしながら,非手術症例を含めると左右の差はなく,左冠動脈虚血症例は急速に循環虚脱に陥り手術に至らず死亡している症例が多いためと考察する報告もある1140, 1141).

急性A型大動脈解離の偽腔開存型では冠動脈の動脈硬化性病変を合併する率が低い1142).大動脈解離に合併する冠動脈malperfusionは,狭心症の既往のない患者で冠動脈分岐部に突然発生する病態であり,心筋細胞壊死の進行は早い.完全閉塞の場合,発症後90分を過ぎてからの再疎通では心筋壊死が高度に進行してしまう1143).左冠動脈主幹部閉塞による急性心筋梗塞に対するPCIの治療成績は,早期死亡率11~44%と不良である1144).一方,右冠動脈malperfusionにおいても,右室梗塞に伴う右心不全を合併し,周術期管理を困難にする.

Neriらは冠動脈解離24例を閉塞機序により3つに分類した.A型は冠動脈起始部の解離閉塞,B型は解離が冠動脈に進展した閉塞,C型は冠動脈内膜の断裂による閉塞である.そして,A型は冠動脈起始部をボタン形成,B型は冠動脈を縦切開しパッチ形成,C型は冠動脈閉塞部を切除し静脈グラフトを間置した後に基部置換を行い,死亡率21%と報告した1127).本邦のKawahitoらの報告では,12例の冠動脈malperfusion(術前からの虚血9例)に対し大動脈基部置換は行わず,上行大動脈置換に冠動脈バイパス術を追加し,死亡率33.3%であった1128).別の報告では,左冠動脈malperfusion 11例の45%,右冠動脈malperfusion 9例の22%が死亡しており,前者で死亡率が高い1135).

Neri A,B型ではentryを切除した大動脈修復術を行えば,冠動脈バイパスや大動脈基部置換は必要ないが,C型では注意を要する.C型は順行性心筋保護液を冠動脈入口部から注入したときの偽腔内への漏出で診断できる.この場合,冠動脈バイパスと上行大動脈置換では,基部解離腔にentryを残すことになる.冠動脈バイパスに加え,上行置換と冠動脈起始部結紮,または基部置換が必要である.

2000年Barabasらは,左冠動脈主幹部へのステント留置後の急性A型大動脈解離に対する手術症例を報告した1145).本邦のImotoらも2005年に同様の症例を報告1146).その後,冠動脈入口部に解離が及ぶ症例75例(術前虚血48例)で,冠動脈ステントによる術前の冠動脈再疎通を7例(右4例,左3例)に施行し,術後低心拍出症候群を予防できたと示した1130).また,同施設のUchidaらは,14例(左8例,右6例)に冠動脈ステントを留置,うち11例(左5例,右6例)に大動脈修復術を施行し,手術症例は全例救命できたことを報告した1140).同様の症例報告が他にもあり,ほとんどが左冠動脈malperfusion例であった1147–1157).

しかしながら,急性A型解離における術前冠動脈ステント留置は容易ではない.偽腔へのカテーテル迷入やフラップの動きによるカテーテル操作の制限により,治療が不成功に終わることもある.また,術前に冠動脈ステント留置を先行すると,大動脈修復術を遅延することになり,成績悪化にもつながる.冠動脈malperfusion合併例に対し,冠動脈ステント留置を先行させるか否かは各施設の状況により判断される.急性A型解離の存在に気づかずに,急性心筋梗塞の診断で緊急冠動脈造影検査が開始されることがある.この場合,手術準備を開始すると同時に,その場で冠動脈ステント留置を行うことができれば,迅速かつ有効な治療が可能となる.循環器内科医と心臓血管外科医との密接な協力が必須といえる.

留置したステントの処置にも問題がある.術中,ステント摘除により内膜損傷を起こす可能性があるが,摘除せずに残すとステントの亜急性血栓閉塞のリスクがある.冠動脈径に対しステントの拡張が不十分であればさらにこのリスクは高まるので,厳重な抗血小板療法が必須となる.

一方,大動脈修復術中に発生した冠動脈malperfusionに対しては,経食道心エコー検査による迅速な診断が重要である212, 1158).体外循環開始時や大動脈遮断解除時に左室壁運動を評価する必要がある.体外循環開始時であれば早期の大動脈遮断と心筋保護液注入による心停止,大動脈遮断解除後であれば静脈グラフトによる冠動脈バイパスの追加により,重篤な心筋障害を回避できる. b. 脳表36 脳malperfusion を伴う急性Stanford A 型大動脈解離の治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

急性解離に伴う頚動脈malperfusion に対し,超急性期に頚動脈血流改善を目的に大動脈修復術を考慮する1058, 1159–1161). IIa C
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急性大動脈解離に伴って生じる脳虚血症状は,昏睡などの意識障害と片麻痺などの局所的神経障害に分けられる.原因は弓部分枝の解離によるmalperfusion,弓部分枝解離部遠位側の血栓塞栓症,低血圧(心筋虚血や心タンポナーデまたは大量出血による全身の循環不全),脳神経の機械的圧迫,などに大別される.弓部分枝真腔狭窄に,心タンポナーデによる血圧低下など複数の要因が関与することもある.急性A型解離に伴い弓部分枝に解離が波及する率は5~46%とされる95).なかでも腕頭動脈の解離は急性A型解離に合併しやすく,実際に脳虚血症状を呈する症例では右総頚動脈へ解離が進展している場合が多い.剖検例の検討では,弓部分枝に解離を認めるのは42.2%であった24).しかしながら,頚動脈に解離が波及しても必ずしも臨床的に脳虚血症状を呈するとは限らず,大部分の症例で弓部分枝末梢にtear(re-entry)が発生するため,神経障害が持続する例は20%に満たない69, 1162, 1163).

急性解離に伴う脳虚血例に対し,緊急大動脈修復術か,内科(保存的)治療かについては議論の分かれるところである75, 96, 1164–1166).通常の体外循環を用いた大動脈修復術では,脳出血(梗塞後脳出血)や広範な脳浮腫が危惧される.一方,意識障害や片麻痺などの神経学的徴候が持続し,かつ急性解離そのものがきわめて不安定な症例では,院内死亡率が36.2~55.9%ときわめて高い1167).特に頚動脈のmalperfusionは予後不良の徴候で,生存率は10%以下であり,内科治療の成績は著しく不良である1168–1170).

しかしながら近年,超急性期手術の有用性が明らかとなっている1058, 1159, 1171–1173).発症から10時間以内の大動脈修復術が開始された場合,80%の症例で脳神経学的改善が得られたとの報告がある1159).昏睡などの重度の意識障害合併例においても,5時間以内に手術室に入室した症例の86%で脳神経学的徴候の改善が得られている1058).したがって,発症から手術までの時間短縮により,重症の脳虚血症状を有する症例においても大動脈修復術の治療成績の改善が期待できる.さらに,比較的解離の波及が少ない総頚動脈への直接灌流法1160)や,大動脈修復術前の脳虚血時間の短縮を目的とした非解剖学的大動脈–頚動脈バイパス術の有用性も報告されている1161).可及的早期の手術時期に加え,大動脈修復術の内容においても,超低体温法に選択的脳灌流法を併用して脳を適切に保護しながら,解離した弓部分枝の血流を確実に再建することが重要となる.その観点から,解離が波及しやすい腕頭動脈のみを置換し,かつ全弓部置換よりも時間的短縮が可能な部分弓部置換を好んで施行している施設もある1170). c. 腹部内臓,腎,下肢

i. 発生率,病態,予後

malperfusionによりもたらされる腹部内臓・腎・四肢の虚血は,急性A型解離のそれぞれ5.8%,8.7%,12.6%にみられ,早期死亡(30日以内)のオッズ比は,腹部内臓虚血3.24,四肢虚血1.43と高い1138).一方,急性B型解離では,腹部内臓虚血の発生率が7.1%とやや高めで,腎虚血や下肢虚血の合併も多く,手術後の院内死亡のリスクも高い(オッズ比4.44)

1174).特に腸管虚血は,虚血に陥って約

4時間で腸管壊死に至り,腹膜炎や多臓器不全へと進行する.また,下肢虚血は阻血時間が3~4時間を超えると,再灌流しても筋腎代謝症候群をきたし,全身に悪影響を及ぼす.このように救命には治療に至るまでの時間が重要であり,心臓外科,血管外科,血管内治療のチームによる外科手術と血管内治療(ハイブリッド手術を含む)が可能な施設への迅速な搬送が必要で1175),そのためにも迅速な診断が望ましい.

放射線診断ではdynamic obstructionとstatic obstructionの評価が可能である1176).前者は,大動脈内で高い偽腔内圧に押されたフラップが分枝入口部を塞ぎmalperfusionをきたすもので,しばしば中枢側の大動脈にも真腔狭窄があり,分枝レベルに届く血流自体が減少している.このタイプでは,ステントグラフトによるentry閉鎖や中枢側大動脈の真腔を拡張させるデバイスなど,大動脈への治療が選択される.一方,後者は分枝動脈内に解離が進展し,血栓化した偽腔が真腔を閉塞するもので(Williamsらの報告では,「dissecting hematoma」1176),末梢にre-entryがないと起こりやすい.このタイプでは分枝動脈に対する治療(血管内治療,外科手術)が必要となることが多い.エコー検査が可能であれば,大動脈,分枝動脈それぞれの真腔血流や分枝内の偽腔血栓化の程度をリアルタイムで評価でき,治療方針決定の参考となることがある. ii. 腸管虚血の診断

腸管虚血の診断は必ずしも容易ではない.虚血があっても腹痛を訴える患者はその約半数にとどまる一方,虚血がない患者もその約2割が腹痛を訴える77).大動脈解離自体による痛みと考えられるが,自覚症状だけでは鑑別が難しい.身体診察によっても,壊死に至るまで明らかな異常所見が現れない.虚血の段階で確実に診断できる血液検査もない.

標準的な画像診断法は造影CT検査で,明らかな血流途絶と腸管の拡張,腹水などが認められれば診断は可能である.不可逆的な変化を示す前に腸管虚血を疑う所見として,上腸間膜動脈(SMA)と上腸間膜静脈の径の比が報告されたが1177),合致しない症例も少なくない.SMAが造影され
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ていても,有意な腸管虚血が起こっていることもある1178).開腹あるいは腹腔鏡で直接,腸管の色調を確認するのがより確実だが1179, 1180),血行動態が不安定な状況では大動脈手術を優先せざるをえない場合もある.また,小開腹や腹腔鏡では,限局性の腸管壊死が見逃されるおそれもある210).完全な壊死に至っていない段階では,視診でも判別が困難なことがあるが,ICG(インドシアニングリーン)造影検査が有用であるとの報告もある1181).

迅速,簡便に施行できるエコー検査も選択肢の一つといえる.SMAは体表エコーで描出できることが多く,腸管蠕動の減弱も腸管虚血を疑う参考所見となる213, 1182).一方,十分な術前評価もないまま手術を開始した場合や,術中に新たにmalperfusionが発生した場合,あるいは非開腹症例で灌流回復を確認したい場合には,経食道心エコー検査が有用である(第3章の「3.6. エコー検査」P. 43~参照). SMAの真腔径が血管全体の半分以下であれば,腸管虚血を強く疑う所見である214, 215). iii. 腸管虚血の治療

侵襲的治療として,大伏在静脈を用いた開腹下のSMA血行再建術1183),SMAへのステント留置術1184),大動脈内の内膜フラップ開窓術1185)などがある.特に血管内治療の成績は従来の外科手術と同等かそれ以上とされ,主流になってきている1186).侵襲的治療において,大動脈手術(大動脈修復術),SMAの血行再建術,腸管切除術の優先順位が問題となるが,症例ごとに個別に決定する必要がある.心タンポナーデや他部位の重篤なmalperfusionがある場合や,腸管の虚血が高度でなければ,大動脈修復術を先行させる477, 1162, 1187).腸管壊死を最小限にすることが予後を改善すると考えられる場合には,SMAの再灌流を優先する477, 1136, 1188).両者とも急ぐ場合には,SMAの一時的選択的灌流をしながら大動脈修復術を行う方法もある1189, 1190).ハイブリッド手術室では大動脈修復術と血管内治療が部屋の移動なしに迅速にできるメリットがある1175, 1191). iv. 腎虚血

両側腎動脈がともに閉塞することはまれで,片側性が多い.大動脈修復術によるentry切除と大動脈再建を行って真腔優位の血流とすることにより,分枝灌流が再開する(dynamic obstruction)ことも多いが,再開しない症例もある.TEVARも含め大動脈修復術後も高度狭窄が残存する場合には,SMAのstatic obstructionに対しステント留置を行う. v. 下肢虚血

急性B型解離における下肢虚血の発生率の報告は5.7~ 30.0%とさまざまである.腹部大動脈置換術後の症例が急性B型解離を発症すると,75%と高率に下肢虚血をきたす479).下肢虚血合併例では院内死亡率が高いが1192),高率

に腸管虚血を合併し479, 1193),筋腎代謝症候群を併発しうることがその原因と思われる.したがって早期診断が重要であるが,診断は必ずしも容易ではない.急性動脈閉塞が疑われてFogartyカテーテルで血栓除去が行われたり1194),強い胸背部痛のため下肢痛がマスクされたりすることも多く,下肢のだるさ,知覚障害,運動障害が現れるのは15~ 20%と少ない479).下肢の運動障害はこの下肢虚血または脊髄虚血で起こり,約半数は両側発症である.

治療には外科手術と血管内治療があるが,合併している灌流障害も考慮する必要がある.腹部内臓虚血や腎虚血を合併している場合,腹腔動脈上や腎動脈上で大動脈を遮断してフラップを切除する外科的開窓術,下肢単独の片側虚血では大腿–大腿動脈バイパス術,両側虚血では腋窩–両側大腿動脈バイパス術が行われる.血管内治療としては, TEVARによるentry閉鎖,大動脈末梢側や腸骨動脈領域のステントグラフト留置,血管内開窓術(バルーンのみ,またはステントを留置するfunnel technique 1192))などが選択される.

下肢末梢の灌流評価にはドプラ血流計が用いられるが,近赤外線分光法で組織内局所酸素飽和度(rSO2)を測定する方法もある1195).灌流再開後には,筋腎代謝症候群とコンパートメント症候群に注意が必要である.前者に対しては,必要に応じて血液透析濾過により救命を図る1196).後者は,malperfusion発生の数時間後から筋肉の浮腫で筋膜内の圧が高まり,新たに筋隔内での血行障害を生じて筋壊死をきたすおそれがある.触診に加え筋膜内の圧を測定し,30 mmHg以上なら早急に筋膜切開を加え,コンパートメント症候群のさらなる悪化を防ぐ.

2.2.5 内科治療

a. A型偽腔閉塞型解離

A型偽腔閉塞型解離に対する治療指針には欧米とアジア諸国とで意見の違いがみられ,また,国内においても外科医と内科医で意見が異なることが多い.

韓国のSongらは,偽腔閉塞型は臨床上いくつかの点で偽腔開存型とは異なると報告している1030).すなわち,患者背景としてより高齢者が多く,また,大動脈弁閉鎖不全症や脳梗塞などの合併症が少なかった.また,内科治療で良好な成績が得られ,合併症のない(uncomplicated)症例に対しては初期的内科治療を推奨している1197).本邦でも,合併症のない症例に対して,初期には内科治療を施行している施設が少なからず存在する1198–1200).偽腔閉塞型解離に対しては原則内科治療を施行し,血栓化した偽腔が増大した例と偽腔開存型へ移行した例に対しては緊急(24
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時間以内)または準緊急手術(2~3日以内)を施行した結果,院内死亡率は7%と低く,5年生存率も90%と長期予後も良好であったと報告されている1031).本邦や韓国を中心に同様の報告が多くみられる1030, 1054–1056, 1197, 1201, 1202).

これに対して欧米を中心に,A型偽腔閉塞型解離に対する内科治療の成績は不良なため,緊急手術が望ましいという意見が強い1049–1053, 1203–1205).2010年の米国合同委員会が作成した胸部大動脈疾患診療ガイドライン(AHA/ACCFガイドライン)では,A型偽腔閉塞型解離に対して,偽腔開存型解離と同様の治療,すなわち緊急手術を施行することが,クラスIIaとされている95, 1206).また,2014年に発表された欧州心臓病学会の大動脈疾患診療ガイドライン(ESCガイドライン)においても,緊急手術がクラスIとされている96).特に,偽腔閉塞型解離はmalperfusionが少ないため,手術成績が良好であることが報告されており1052),緊急手術を推奨する根拠となっている.

ここで注意すべきことは,初期に内科治療を選択した場合,厳重な降圧治療(収縮期血圧≦120 mmHg,心拍数< 60回/分が望ましい)と画像診断による経過観察が必要なことである.内科治療を行った報告では,約30~40%の症例で解離の進行が認められ,手術を施行している1031, 1055, 1056).一方で,大動脈径が48 mm以上1207),50 mm以上1056, 1208), 55 mm以上1055),あるいは血栓化した偽腔径が11 mm以上1207),あるいは16 mm以上1055)の例は,内科治療中に解離が進行する率が高く,「高リスク群」と認識されている.

以上のことから,A型偽腔閉塞型解離の現時点での治療方針については,以下のように考えられる.まず,心筋虚血,大動脈弁閉鎖不全症,心タンポナーデの合併例は緊急手術の適応である.また,上行大動脈に明らかな血流を有する例は,ULP型へ移行したものと考えられるため,同じく早期の手術を考慮するべきである(注:このようなULPを有する例は,偽腔閉塞型として認識されることも多いが, ULPを有する例が予後不良であることが報告されていること1035, 1209, 1210)から,本邦のガイドラインでは偽腔閉塞型解離とは異なった病態としてとらえ,「ULP型」と定義していることに留意されたい).さらに,大動脈径が50 mm以上あるいは血腫の径が11 mm以上の例は高リスク群と考えられ,早期の手術が望ましいと思われるが,循環動態が安定していれば,必ずしも緊急手術は必要でなく,準緊急手術で対応可能と思われる.上記以外の症例では初期の内科治療が可能と思われるが,内科治療にあたっては,画像診断を頻回に施行して,経過を追うことが重要である.経過中,血栓化した偽腔の増大や上行大動脈の偽腔内に血流が生じた例(ULP型または偽腔開存型)には,早期の手術が推奨される.したがって,手術がいつでも可能である状況が望ましく,年齢や手術リスクを考慮のうえで,「大動脈チー

ム」で手術適応を検討するべきである.早期の手術が望ましいとする議論があることも常に考慮に入れて,治療についての同意を得ることが望ましい. b. 胸部下行大動脈にtearを有するA型逆行解離

一般に,A型解離は上行大動脈内にtear(entry)が存在し,そこから解離が順行性に進行することが多いが,上行大動脈内にtearがなく,弓部や下行大動脈や腹部大動脈に存在するtearから逆行性に解離が進行する例がある.このような逆行解離例の中で,上行大動脈が完全に血栓化している症例では,保存的に血栓化した偽腔の退縮が期待でき,内科治療が可能である.Kajiらは,上行大動脈の偽腔が完全に血栓化した逆行解離の14例に内科治療を行い,5年生存率93%と良好な長期予後を報告している1211).また,上行大動脈の偽腔が完全に血栓化した逆行解離の16例に内科治療を行い,良好な成績が得られたという報告もみられる1212).したがって,上行大動脈の偽腔が完全に血栓化した症例では,画像診断を頻回に施行して血栓化した偽腔の増大や偽腔への新たな血流がないかに注意しながら経過を追うことによって,内科的に治療することが可能である.

内科治療を施行するにあたっては,上行大動脈にtearが存在しない逆行解離であることと,上行大動脈の偽腔が完全に血栓閉塞して偽腔内に血流を認めないことをMDCT検査あるいは経食道心エコー検査で確認しておく必要がある.上行大動脈の偽腔に血流を認めた場合(ULP型または偽腔開存型)は,偽腔の退縮は期待できず,内科治療は推奨されない.

2.3 慢性

2.3.1 大動脈基部,上行・弓部大動脈

慢性大動脈解離例では急性解離例と比較し,大動脈壁がより強固で大動脈吻合がより容易であり,かつ広範囲に偽腔が拡大瘤化していることが多く,大動脈置換範囲が拡大する傾向にある.体外循環の確立にあたり,慢性解離のために特別に留意しなければならない点もあり,症例に応じた手術戦略が必要となる. a. 体外循環確立と各種術式

安全な体外循環の確立が肝要であるが,順行性に流れていた血流が逆行性に流れた場合に,必ずしも臓器血流が保たれるとは限らない.通常,慢性A型解離では上行大動脈(真腔)送血は不可能なことが多く,送血部位として腋窩動脈1213, 1214),大腿動脈,心尖部1215)などが選択される.症例に応じた送血部位の慎重な決定が重要である.また,
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弓部大動脈分枝に解離が波及し脳灌流が不確実になる可能性が危惧される場合には,分枝を末梢で離断し人工血管を縫着した後に灌流するなど,確実な脳灌流の保持を心掛ける1216, 1217). i. 大動脈弁閉鎖不全の修復

急性解離では約80%の症例において大動脈弁吊り上げ術(解離した大動脈弁交連部を縫合再固定する)により大動脈弁閉鎖不全が修復されるが,慢性例(急性期手術の慢性期への移行を含む)で大動脈弁閉鎖不全を伴う症例では,大動脈弁形成術(±VSRR)を行うか,困難な場合には大動脈弁置換術を行う.長期間の大動脈弁閉鎖不全により弁尖の変化をきたしている場合は,形成・修復が困難なことも多い. ii. 弁付き人工血管による大動脈基部置換術

バルサルバ洞が拡大した大動脈弁輪拡張症に解離が合併した症例で,VSRRが困難な場合には弁付き人工血管による大動脈基部置換術(Bentall手術)を選択する549).冠動脈の再建法はボタン法が一般的であるが,冠動脈の授動が困難な症例では小口径人工血管を介在させるPiehler法557)を行う場合もある.その際,屈曲防止のために短い間置が望ましい.または,左冠動脈再建に関しては,基部置換の人工血管の後方を走行させ,人工血管の右側後方に吻合する方法もある(Svensson法558)). iii. 自己弁温存大動脈基部置換術(VSRR)

バルサルバ洞が拡大しているか,または解離が大動脈基部に進展し,基部置換術を必要とする症例のうち,大動脈弁尖が正常な症例または形成・修復可能な症例では,Yacoubのremodeling法562),またはDavidのreimplantation法1082)のどちらかによるVSRRが行われている.慢性例では,長期間の交連部解離により弁尖を含む基部全体の変形を伴っていることもあり,困難例も散見され,上記Bentall手術の対象としなければならないことも少なくない.むしろ,急性期からの移行例(急性期に通常の冠動脈分岐上(supracoronary)で修復された症例の基部拡大や再開通の場合)においては,大動脈弁吊り上げ術により交連部の解離に対処ずみのことが多く,VSRRを適用できる場合が多い. b. 人工血管による大動脈再建

大動脈病変により置換範囲は異なるが,遮断鉗子による脆弱な大動脈壁の機械的損傷を防止し,かつ解離を伴う病的大動脈壁を十分に切除するため,循環停止下に大動脈を開放した状態で末梢側の人工血管吻合を行う「遠位側開放下血管吻合術」が一般的に用いられる.その際の脳保護として,選択的順行性脳灌流法を用いるのが安全であるが,症例や状況に応じて,単純な超低体温循環停止法や逆行性脳灌流法などが選択されることもある.いずれの方法においても,循環停止に移行する際に,体外循環の脱血停止

による静脈圧上昇やヘッドダウン体位など,大動脈開放時の空気塞栓防止に対する十分な配慮が必要である. i. 上行大動脈置換術

entry(tear)が上行大動脈に存在し,弓部が拡張していない症例(解離のないDeBakey II型を含む)が適応となる.末梢吻合は通常,遠位側開放下血管吻合術を用いる.遠隔期の弓部大動脈に対する再手術を回避するためには真腔への人工血管の吻合が望ましいが,脳を第一に遠位側の臓器灌流に十分配慮したうえで慎重に決定する.冷却中,上行大動脈遮断下に中枢側大動脈の処置を先行させる方法(中等度以上の大動脈弁閉鎖不全を伴う場合)もあるが,急性期手術と同様に,上行大動脈遮断に伴う遠位側のmalperfusionの発生に十分注意する.一方,末梢側吻合を先行させた場合には,吻合終了後に人工血管の側枝より順行性全身灌流を再開し,加温を行いつつ,中枢側偽腔閉鎖,断端形成後に中枢側人工血管吻合を行い,上行大動脈置換を完成させるのが一般的である.急性期同様に,大動脈弁の処理も含め中枢側を別の人工血管で吻合し,最後に人工血管どうしを縫合する方法もある. ii. 上行・部分弓部大動脈置換術

entry(tear)が弓部大動脈の小弯側に存在する場合, tearを含む弓部大動脈を斜めに切除し,上行大動脈~弓部大動脈小弯側を部分的に置換することができる(hemiarch置換).弓部分枝に解離が及んでいる場合には,1分枝または2分枝を再建(部分弓部置換)することで安全性が高まり,縫合(吻合)線が楕円から円形になるため手技がむしろ容易となり,後出血や内膜損傷が発生しにくいという利点もある.弓部大弯側にtearがある場合も,状況によっては後者で十分に対処可能な場合がある.全弓部置換に比べ,遠位側吻合部がより中枢側にあり,手技的に容易で時間の短縮にもなる.

2.3.2 弓部大動脈

急性A型大動脈解離の多くは診断されれば緊急手術の対象となるため,発症時の症状が軽微で診断に至らなかった症例が慢性A型解離として,待機的手術の対象となる.本ガイドラインでは,急性A型解離に対する上行置換術後の慢性大動脈解離を慢性B型解離として扱うため,慢性A型解離のために上行または大動脈基部に加え弓部大動脈に手術操作が加わる症例が本項の対象となる.2016年の日本胸部外科学術集計では,慢性A型解離の手術は1261例であり,弓部置換296例,基部から弓部置換51例,FET法174例で,うち164例は全弓部置換術に併施されていた.これらの症例は慢性A型解離全症例の40%に相当した42).
p.106
慢性A型解離症例はentryが大きいDeBakey II型が多く,このような症例では上行大動脈置換に加え,腕頭動脈,左総頚動脈再建を併施する部分弓部置換術を選択することが多い.上行大動脈に加え,弓部・下行大動脈に解離腔を認める症例では,広範囲な大動脈解離に対する手術戦略が必要となる.左開胸による一期的な上行・弓部・下行大動脈置換術は困難なため,手術を分割できない症例では,両側前方開胸や胸骨正中切開(+左開胸)から一期的に上行弓部~下行大動脈置換術を施行する1218, 1219).

しかし一般的には,胸骨正中切開による弓部大動脈手術を初回手術とし,下行大動脈に対する手術を第2期手術とする段階的手術が行われる.初回手術では弓部大動脈置換術に加え,下行大動脈真腔に血流を誘導するETやFETが併施される1220).初回手術で下行大動脈の偽腔血栓化が進み遺残解離部位が縮小傾向にある症例は経過観察可能であるが,拡大傾向を示す症例では下行大動脈真腔へのTEVAR追加,または左開胸による下行・胸腹部大動脈置換術の適応となる.stent graft-induced new entryを発症する症例があり1221),注意深い経過観察が必要である. a. 吻合法

慢性大動脈解離では急性解離に比較して大動脈壁が強固であり,大動脈吻合は容易である.外膜は肥厚し,偽腔に対しても強固な吻合が可能となる.吻合法としては真腔,偽腔の両者に吻合するdouble barrel法と,血管形成を行い真腔のみに吻合する方法が用いられている.前者ではmalperfusionのリスクはないが,偽腔血栓化は期待できない.慢性A型解離の中枢側吻合はentry切除のために真腔への吻合となる.末梢側は下行大動脈真腔へ血流を誘導するために,偽腔閉鎖のための血管形成を行い,真腔にETやFETを挿入し,挿入したグラフトと一緒に血管吻合を行う方法が一般的である.吻合部位が拡大していると血管形成が困難なため,拡大の小さい部位が吻合部となり,上行大動脈が選択される症例もある.下行大動脈真腔が極度に圧迫されている症例ではETやFETは挿入が困難であり,末梢側吻合にdouble barrel法を用いる例や,解離フラップを切除して偽腔にETを挿入する例もある.下行大動脈真腔へのFET挿入ではstent graft-induced new entry発症のリスクが指摘されている1221).ステントグラフトのオーバーサイズや弓部屈曲部位への留置が危険因子として報告されている. b. 合併症

慢性B型解離の項(本章の「3.2.4.-f.手術例の慢性期管理における注意点」P. 123)を参照. 2.4 再手術

2.4.1 背景と疫学

急性A型大動脈解離ではentry(tear)の多くは上行大動脈に存在する.entry切除の原則から,手術は上行大動脈置換術,あるいは上行・弓部大動脈置換術が標準的術式となる.初回手術時に遠位側残存解離の行く末を考慮して(下行大動脈以下の偽腔消退を目指して)全弓部置換術を施行することの是非は,entryの部位,解離の範囲,施設や術者の経験などにより推奨度が異なり,いまなお議論の余地がある. a. 術後遠隔期合併症

大動脈弁吊り上げ術(解離した大動脈弁交連部の縫合固定)を中心に自己大動脈弁温存を基本とした大動脈修復術(冠動脈上部修復supra-coronary repair)後の大動脈弁閉鎖不全症,中枢側・末梢側大動脈の瘤化,縫合不全(仮性瘤),再解離・再開通などは再手術の原因となる. b. 残存解離部の瘤化

急性A型解離の多くを占めるDeBakey I型の場合,上行および弓部置換術を施行しても遠位部大動脈に解離が残存するため,遠隔期の残存解離の進展,拡大,偽腔血栓化などに対する注意が必要である.A型解離術後の遠位側残存偽腔の46~78%で開存の持続が認められている1222–1225).術後生存例で,かつ瘤径の拡大を認めないものは3年で75%,5年で59%,8年で43%と報告されている1226).拡大例に対しては,人工血管置換術またはステントグラフト内挿術(TEVAR/EVAR)などによる再手術を検討する必要がある. c. 再手術率

日本胸部外科学会からのJCVSDを基に集計された2016年の年次報告によれば,急性A型解離の再手術例の院内死亡率は7.9%である43).再手術の原因の80%以上が破裂,再解離,瘤の拡大などである1227–1229).初回手術後5,10, 15年における再手術回避率は94%,64%,35%との報告1229)がある一方,初回手術後(術式にかかわらず)の遠隔期再手術率は4~28%との報告1230)もある.急性A型解離に対する上行大動脈置換術後(大動脈弁修復が必要であった基部置換例を含む)592例のうち,104例で再手術を要し,再手術までの期間は5.2±5.3(0.1~29.3)年で,再手術の要因と再手術までの期間との間に関連はなかった1231)と報告されている.当然ではあるが,初回手術において上行大動脈置換術のみ施行された症例での再手術率が高い1232)(初回手術は慢性期,急性期の両方を含む).
p.107
なお,遠位弓部以遠の残存解離や瘤化に対する手術に関しては他項(第7章の「3. 再手術」P. 132)を参照されたい.本項では大動脈基部を含む中枢側・末梢側吻合部の再手術について概説する.

2.4.2 再手術の原因と手術適応

表37 Stanford A 型大動脈解離の再手術の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

残存大動脈の破裂,または大動脈径の急速な拡大(≧5 mm/ 半年)に対して再手術を行う384). I C残存大動脈径の拡大(≧60 mm)に対して再手術を行う384, 1233). I C初回手術で上行大動脈置換のみ施行された症例では,術後1,3,6,12ヵ月後と,以後は6ヵ月ごとのCT 検査を考慮する1231, 1232). IIa C

再手術の原因は,吻合部中枢側拡大(大動脈基部拡大,大動脈弁閉鎖不全を含む),末梢側偽腔拡大,人工血管感染などである.再手術の適応は,通常の真性瘤に準じて最大短径≧55~60 mmや急速拡大(≧5 mm/半年)が基本であり,これに症状などを併せて再手術が検討される384). Marfan症候群を代表とする(遺伝性)結合織異常を伴う場合は,最大短径≧45~50 mmとするなど,適応を早める必要がある.

2.4.3 再手術の術式と注意点

A型大動脈解離修復術後の再手術は多くの場合,再開胸(再胸骨正中切開)を必要とする.したがって,心・大血管損傷に備えて,瞬時に体外循環を確立できるよう,送・脱血路に利用できる末梢動静脈の事前の剥離と確保が重要である.多くは,迅速に直接挿管可能な片側あるいは両側の鼠径部動静脈が利用される.腋窩,鎖骨下動脈も利用できるが,十分な太さの送血管を挿入できない場合もあり,その場合は径8 mm程度の人工血管が吻合後に送血路として利用される.送血路確立の即時性に劣るのが欠点であるが,脳分離体外循環の送血路として併用できるという利点がある.脆弱な吻合部仮性瘤が胸骨裏面に密着する場合は,まず体外循環を開始し,短時間の循環停止が可能な温度帯まで冷却した後に胸骨切開を行うのが安全である.低温心室細動中の左室の過伸展が危惧される場合は,送血圧を低下させる,あるいは左第5肋間などから左室心尖部にベントを直接挿入することも有効である.胸骨切開に際しては,埋植された人工血管やそれに連続

する瘤化病変が胸骨裏面に近接・癒着している場合,その損傷の回避に工夫を要する.前回手術時に埋植された胸骨ワイヤーを安易に抜去せず,胸骨鋸の深達指標・臓器の防御盾として利用することは有効である.また,胸骨切開の直前に傍胸骨肋間を胸膜外で小切開し,これより用指的に胸骨裏面と人工血管,瘤壁の癒着を剥離するとともに,胸骨鋸の誘導や胸骨自体の腹側への牽引を行うことも,臓器損傷の回避に有効である. a. 大動脈基部拡大と中枢側吻合部仮性瘤

大動脈基部の拡大や,それに伴う中等度以上の大動脈弁閉鎖不全症,吻合部仮性瘤などが再手術の適応となる.術式は年齢,耐術能,病変,併存疾患などを考慮し決定する.基部置換後の場合,冠動脈再建後の強固な癒着のために冠動脈本幹または冠動脈入口部の受動が困難であることや,外科用接着剤による組織変性などのため,冠動脈ボタン作製が困難な場合がある.この場合は小口径人工血管を間置するPiehler法が有用である.

再手術における冠動脈再建時の合併症発症率は25~ 50%と高く1234–1236),周術期心筋梗塞や予期せぬ冠動脈バイパス手術の追加は早期死亡の独立した危険因子である1235, 1237).また,大動脈解離の症例は大動脈弁自体の病変がないことが多く,若年齢症例を中心にVSRRの適応となりうる.さらに,初回手術としての大動脈弁置換後の症例で,人工弁が機械弁の場合は,人工弁を温存して基部を人工血管で置換する術式も選択肢の一つである1238).

注意点として,ほとんどの症例で中枢側吻合にフェルト補強がなされており,無理な剥離・除去により右心房,冠動脈,肺動脈の損傷をきたす.また,初回手術時の外科用接着剤や止血薬使用例においては,再手術時にも残存するものがあり,塞栓症の原因となるため,ていねいな除去に留意する.外科用接着剤の中には大量使用下で組織変性をきたしている場合があり,遺残組織の強度にも配慮する. b. 末梢側吻合部仮性瘤と吻合部以遠の拡大

全弓部置換術の術式は,真性瘤のそれに準じる.注意点として,DeBakey III型逆行性解離の初回手術では,下行大動脈以下のentry(tear)を残したまま,上行および部分弓部置換,または全弓部置換が選択されていることがある.この場合,遠隔期に下行大動脈以下の偽腔の拡大をきたす.術式として,ET/FETやTEVARの併用などによる,一期的手術または段階的手術を検討する.再手術での遠位側大動脈吻合に際しては,慢性期の解離フラップの可塑性に乏しい場合が多いので,無理なFET挿入を含め,真腔拡大操作と吻合の双方に細心の注意を要する.中枢側同様に,外側フェルトの剥離・除去,外科用接着剤の処理に
p.108
は注意を払う.

2.4.4 再手術から見た初回手術術式

Kazuiら1239)の報告によると,急性A型解離に対して上行置換を行った症例では,その多くで遠位側に開存偽腔が残っており,再手術を含めた大動脈関連イベント回避率は6年で70%であった.上行・部分弓部置換後,50~70%の患者で胸部下行大動脈に開存偽腔を認めたが,全弓部置換後では30%のみであったとの報告もある1091).1992年にCrawfordら1064)は,急性A型解離においてentryが上行大動脈にあったとしても,手術における危険因子が存在しなければ,同一視野で施行可能な上行・全弓部置換をすべきであると報告している.実際,急性A型解離における初回手術で,可能な範囲での拡大手術(基部置換,全弓部置換)を施行することにより再手術率が下がるという報告は散見される1091, 1231, 1240–1242).しかしながら,緊急手術前の,検査を含めた術前情報の不足や,大動脈解離自体による循環不全や臓器虚血の存在下での拡大手術は,それなりのリスクを伴い,多くが救命目的である初回手術時に,むしろ早期成績を悪化させる可能性があるため,その適応には慎重を要する.特に,夜間の緊急手術も多く,症例数の少ない施設や経験の少ない外科医が対応することもあるため,まずは救命を第一に優先する方針が重要とされる.

entryが下行大動脈にあるようなDeBakey III型逆行性解離では,遠隔期に下行大動脈の拡大が予想されるため,全弓部置換術が有効な選択肢となりうる.その際,下行大動脈にFETを挿入するか,追加TEVARの可能性を踏まえ,十分なlanding zoneのためのET法を倂施する.

2.4.5 再手術の成績

最近の報告1233)で,再手術における術後30日の院内死亡率は7.0%,再手術後1年および5年の生存率は85.9%, 64.9%であった.年齢と脳,心,肺,腎,肝などの主要臓器の機能は,到達法,術式,成績自体に影響を及ぼす可能性がある.実際,胸骨正中切開による大動脈再手術の院内死亡に影響を及ぼす因子は,術前の心機能と腎機能であったと報告されている1243). 2.5 血管内治療

表38 Stanford A 型大動脈解離のTEVAR の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

下行大動脈の内膜tear による逆行性A型解離の症例で,弓部大動脈置換術が高リスクの場合にはTEVAR を考慮してもよい1244–1246). IIb C

A型大動脈解離に対するステントグラフト(SG)内挿術の応用はFET法が最も多い.通常のTEVARは,急性A型解離に対しては4875例中90例(1.8%)にすぎず,慢性A型解離では1211例中161例(13.3%)に施行されているが,これにはDeBakey III型逆行性解離や急性A型解離に対する人工血管置換術後のTEVARも含まれている可能性がある(日本胸部外科学会2015年集計) 42).

A型解離では上行大動脈にentryが存在することが最も多い.したがって,外科手術(人工血管置換術)が第一選択であるが,認知症,進行癌,脳障害などの重症malperfusionの他,高齢,フレイル(虚弱性),開胸到達困難,再手術,心不全やCOPDなどの併存疾患,宗教的理由による輸血拒否例などでは施行が困難である1247).内科(保存的)治療の予後が不良であることから1248),外科手術困難な限られた症例に対してのみ,entry閉鎖のためのTEVARが施行されているのが現状である.

SGによる上行大動脈のentry閉鎖の可能性について,CT検査を用いたシミュレーションが報告されているが1249–1251),実施の可能性について定説を得ているとは言い難い.弓部大動脈や上行大動脈に留置するための分枝付きや短いSGが開発されているが,現時点で本邦において保険適用のデバイスはない.

急性A型解離の発症直後に行われた上行大動脈に対するTEVARの報告は2004年からなされている1252–1254).また,急性期に限らず,亜急性期や慢性期に施行されたTEVARや,人工血管置換術後の残存解離や大動脈瘤も含めた上行大動脈に対するTEVARについての中規模の報告はあるが, 389, 1255–1261),外科手術を第一選択としたうえでの限られた適応での報告であり,病期や部位もさまざまでエビデンスに乏しい.

下行大動脈にentryがあるDeBakey III型において解離が上行大動脈に及ぶ逆行性A型解離については,上行大動脈の解離腔の血栓化が得られている場合などは,一般に予後が良いとされ,急性期の内科治療が可能であると報告
p.109
PQ 11

性・再発性疼痛があればcomplicated B型解離として緊急処置を検討する390, 1271).

complicated急性B型解離に対しては,侵襲的治療として血管内治療が推奨される386, 1272).破裂であっても,解離に瘤が合併していない限り,TEVARが優先される1273). malperfusionの場合も,かつて本邦で多く行われてきた非解剖学的バイパス術はstatic obstruction例を除いて適応にはならず,TEVARによるmajor entryの閉鎖(±大動脈分枝へのステント留置) 386, 1272, 1274, 1275),あるいは腹部大動脈レベルでの開窓術(血管内治療あるいは外科手術)を行う140, 477–481, 1276–1279).

急性期(発症から2週間以内)を脱した亜急性期(発症から3ヵ月以内)において,急性期同様のcomplicationが出現すれば,急性期に準じて治療を行う1280–1286).

一方,重篤な合併症がなく比較的安定した病態(uncomplicated B型解離)のうち,将来,偽腔の拡大が予想される症例(high-risk uncomplicated) 385, 396–400, 1287–1292) (「3.1.3.-a. 定義」P. 116と,PQ 11の表39 を参照)においては,TEVAR発症から1年以内の胸部entry閉鎖(preemptive TEVAR)が推奨される.preemptive TEVARの施行時期に関しては,急性期(発症≦14日)に行うとの意見もあるが1293, 1294),エビデンスに乏しいのが現状である.急性期TEVARにおいて比較的高率に発症する逆行性A型解離を避けるため417),より発症リスクの低い亜急性期から慢性早期(1年以内)での施行が適切と思われる390, 1287, 1295–1299).今後,

拡大予測にもとづく患者選択下でのRCTの施行が望まれる.

Stanford B型解離に対するステントグラフト内挿術はいつが適切か推奨急性期・亜急性期のcomplicated症例にTEVARを施行する.亜急性期・慢性早期に将来の偽腔拡大が予測されるuncomplicated症例にTEVARを施行する.

本ガイドラインではB型解離において,急性・亜急性と慢性とに分けて,それぞれのTEVARに関する記載を行っており,病期とその適応に関し混乱が生じる可能性もあるので,補足記載する.

B型解離に対するTEVARの適応は以下の3つに大別できる(図62). 1  急性・亜急性期complicated型に対する緊急・準緊急

TEVAR 2  亜急性期から慢性早期(発症後1年以内)に行うpre-

emptive(先制)TEVAR

されている1211, 1212, 1262).また,逆行性A型解離に対するTEVARは,2001年のKatoら以来報告されており1244–1246),胸骨正中切開による人工血管置換術では到達困難な下行大動脈のtearを閉鎖する方法として有用であるほか,高齢者などの高リスク患者において低侵襲治療として検討してよい.ただ,上行大動脈の拡大や心嚢液貯留を伴う場合には人工血管置換術を倂施する必要がある.FET法でも同様の効果が見込まれるが,TEVARは低侵襲である一方で,中枢側landing zoneが解離しているため,新たな内膜亀裂による大動脈解離の再発も懸念される.

3 Stanford B型大動脈解離

3.1 急性および亜急性

3.1.1 治療適応:総論

臨床症状,基本的な検査所見より急性大動脈解離を疑うことが最も重要である.

急性解離を疑う臨床症状・所見として,突然生じる激烈な胸背部痛・胸内苦悶,ショックバイタル,異常高血圧,意識障害・下肢麻痺,腹痛,腰痛,移動性疼痛,血圧の左右差,上下肢血圧差,脈拍欠損,などがある.検査所見として,胸部X線写真の縦隔陰影の拡大,胸水の出現,心電図異常,血液検査上の白血球数やCRP値の上昇,貧血, Dダイマー上昇,などが挙げられる.特にDダイマー上昇は感度が高く,解離を疑いさらなる検索を行う契機となる98).また,経胸壁エコー検査による心嚢水の貯留,大動脈弁閉鎖不全,バルサルバ洞の拡大などは急性大動脈解離を疑う所見となる.上記検査より急性解離を疑えば,次に造影CT検査などの画像診断を行う.画像上A型・B型の鑑別をする.急性B型解離の診断を得れば,続いてcomplicated,uncomplicatedの診断を行う(次項の「3.1.2.a.定義」を参照).

A型解離と異なりB型解離は,急性期の保存的治療による死亡率が10%程度と低いため1192, 1263–1265),破裂やmalperfusionなどの重篤な合併症(続発症)のないun complicated症例には心拍数・血圧のコントロール,安静を中心とした内科治療が推奨されてきた1263–1270).内科治療は心拍数,血圧にそれぞれの目標が設定される(心拍数<60/ min,100≦収縮期血圧≦120 mmHgなど)

1264, 1266–1270).最

も重要なことは急性期における疼痛の状況であり,持続
p.110
成績(生命予後)が優位であったが,5年のフォローアップでTEVARが優位となった1287)ことより,すべての偽腔開存型B型解離がTEVARの適応であるとは言い難い.現在のエキスパートによる推奨では,内科治療のみでは数年後に偽腔拡大・瘤化が予測される症例(表39)

385, 399, 400, 1279, 1287–1291)

がTEVARの適応となる.(本章の「3.1.3. uncomplicated」P. 116の表41を参照).

一方,偽腔拡大・瘤化をきたした慢性B型解離に対するTEVARの適応はエビデンスが乏しく,本治療を外科手術と同等として推奨するには至らない.entryのみを閉鎖しても拡大した偽腔の縮小が得られず,さらに拡大が続き破裂のリスクを減じないことも報告されており1279, 1301, 1302),外科手術と同様の結果が期待できるものではない402–405, 1279).胸腹部,腹部・腸骨動脈領域に残存するすべてのentry,reentryを閉鎖でき,complete exclusionに持ち込むことができれば,偽腔が縮小して,手術と同等の効果が得られる可能性がある1303).また,candy plug法1304),ニッカーボッカー法1305),コイルや塞栓剤を用いた偽腔塞栓1306),などの

3  慢性期の偽腔瘤化を伴う病変(解離性大動脈瘤)に対

するTEVAR. 1は急性・亜急性期に発症する合併症(破裂,malperfusionなど)に対するTEVARで,本章の「3.1.2. complicated」(P. 111)の表40を参照されたい.2は将来の偽腔拡大を予防することを目的としたTEVAR(preemptive TEVAR)で,3は偽腔が拡大・瘤化した慢性B型解離症例に対して破裂を防ぐことを目的としたTEVARである. 2と3の適応を考えるうえで,2のpreemptive TEVARは内科治療によるサーベイランスとの比較が,3の瘤化症例に対するTEVARは手術との比較が必要であるが,2に1つのRCTによるエビデンス1287)があるのみで,3にはエビデンスがない.

preemptive TEVAR(偽腔の拡大予防を目的としたTEVAR)の適応は,INSTEAD試験1287)の結果を受け,発症1年以内の慢性B型解離が対象となる.INSTEAD試験は発症後1年以内の胸部偽腔開存・慢性B型解離症例に対する介入である.2年間のフォローアップ1300)では内科治療の

図62 Stanford B 型大動脈解離の病期とTEVAR の適応

発症

病期

適応

推奨クラス2週3ヵ月1年

complicated

TEVAR

I(レベルC) IIa(レベルB) IIb(レベルC)

急性期亜急性期

偽腔拡大予測

緊急/準緊急 TEVAR preemptive TEVAR解離性大動脈瘤に対する TEVAR

瘤化

慢性期

表39 Stanford B 型大動脈解離急性期・亜急性期における慢性期偽腔拡大の予測因子

正の予測因子負の予測因子

年齢<60歳心拍数≧60/min Marfan症候群と遺伝性大動脈疾患フィブリン分解産物(FDP)≧20 μg/mL大動脈径≧40 mm楕円状の真腔/円形の偽腔偽腔の開存小弯側の偽腔やentry偽腔の部分血栓閉塞単独のentry偽腔径≧22 mm large entry≧10 mm心拍数≦60/min Ca拮抗薬の使用大動脈径<40 mm円形の真腔/楕円状の偽腔偽腔の完全血栓閉塞多数のentry,re-entry
p.111
SVS/STSから報告された「Reporting standard for type B aortic dissection」においては,上記1,2のみをcomplicated dissection とし,3~5はuncomplicated dissectionに分類したうえで,亜急性期あるいは慢性期においてcomplicated(破裂や瘤化)につながる病態として「high-risk aortic dissection」と分類している1317).1,2は明らかな致死的合併症であるのに対し,3~5はそのリスクが低いため,SVS/STSのReporting standardの分類の方が,平等に成績比較できるものと考えられる.ただし,本項の引用文献の多くはIRADの分類に沿ったものであり,1~5を含めてcomplicatedとしている.大動脈解離におけるcomplicatedの意味するものは上記5つであるが,このすべては1と2に集約される病態ともいえる.3の持続痛・再発痛は,5の解離の進展,あるいは解離した大動脈壁の強いストレッチを意味し,1の切迫破裂とも解釈できる.また,5の大きな大動脈径,あるいは急速拡大する大動脈解離は,もともと真性瘤の存在下に解離が合併したもの,あるいは偽腔のストレッチに伴う急速拡大を指し,1の切迫破裂につながる.4のコントロール不能の高血圧は,2のmalperfusionに伴う上半身における血管抵抗の上昇,あるいは腎動脈狭窄などに伴う腎血管性・異常高血圧症を意味する病態とも考えられる.これらcomplicated急性B型解離は,B型解離全体の約25% (20~50%)に認められ,1と2の状態では至急の侵襲的治療が必要で,3~5においても早急な侵襲的治療を検討すべきである390, 399, 1271, 1308–1310).

破裂・切迫破裂のメカニズムは,entryから偽腔内に入った血流,あるいは中膜内出血の逃げ場所がなく,血液が偽腔内に溜まり,外膜側に破綻した状態といえる.このため破裂・切迫破裂症例では多くの場合,re-entryが存在しない.それゆえ,治療は偽腔に流れ込む血流を停止,すなわちentryを閉鎖することを基本と考えれば解決することが多い.

malperfusionのメカニズムは以下の3つに分類される(図63).a: dynamic obstruction,b: static obstruction,c: mixed type obstruction.aはentryから偽腔内に入った血液がその抜け場がなく,偽腔内に血液が溜まって真腔を圧迫し発症すると考えられる.bは解離した内膜が分枝内にも入り込み,これが分枝血流を阻害するもので,cはaとbの併存を指す.aはTEVARによるentry閉鎖で,bおよびcはentry閉鎖に加え,閉塞血管への直達治療(ベアステント留置,大動脈開窓術や分枝バイパス手術)で解決できる1274, 1318–1322).

偽腔への介入により,拡大した偽腔のcomplete exclusionが得られれば,これも治療効果が期待できる1307).いずれにしても外科手術との平等な比較が行われなければ強い推奨はできず,現時点では外科手術の高リスク症例に対してのみTEVARが推奨される.

3.1.2 complicated

表40 complicated 急性/ 亜急性Stanford B 型大動脈解離

の治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

急性例への初期治療としての心拍数と血圧の厳格なコントロールを行う(心拍数<60/min,100 mmHg ≦収縮期血圧≦ 120 mmHg)1264, 1266–1270). I C急性例を緊急手術(血管内治療または外科手術)が可能な施設へ搬送する68). I C急性・亜急性例にTEVAR を行う384, 386, 390, 399, 1271, 1272, 1274, 1275, 1280, 1288, 1308–1311). I C灌流障害のある急性・亜急性例に対し血管内治療(血管内開窓術・血管内ステント留置)を考慮する140, 477–481, 1276–1279). IIa C血管内治療が困難な灌流障害例に外科手術(外科的開窓術・バイパス術)を考慮する1133, 1278, 1312–1315). IIa C TEVAR の適応ではない急性期破裂に対し人工血管置換術を考慮する386, 1272,

1308–1310). IIa C血管内治療の適応ではない症例に対しfrozen elephant trunk を用いた全弓部置換術を考慮してもよい1316). IIb C急性期の症例に対し外科手術を考慮してもよい1273, 1312). IIb C

a. 定義「complicated急性B型解離」*は「解離発生に伴い,生命を含む急性期予後に危険が及ぶ,下記1~5がみられる状態」と定義される1271, 1308, 1309). 1 破裂・切迫破裂2  malperfusion(分枝灌流障害):腹部主要分枝,下肢,

脊髄などへの灌流障害3 持続する痛み,または再発する痛み4 コントロール不能の高血圧5  大きな大動脈径,真性瘤と一致した部位の解離合併,

急速拡大・進展する大動脈解離*  上記の1~5のcomplicated dissectionの定義は

IRADから引用したものである.しかし,近年
p.112
参考に診断する.大動脈径が50 mmを超えている場合や発症後2週間以内における5 mm以上の急速な大動脈径拡大も,切迫破裂と同様に扱う.腹部主要分枝と下肢のmalperfusionの診断には経腹壁血管エコー検査や足関節上腕血圧比検査も一助となる.しかしながら,malperfusionによる臓器・組織障害の診断がついても,治療方針の決定(TEVARによるentry閉鎖など)は造影CT検査に頼らざるをえず,ともに補助診断の域を出ない.経食道エコー検査はB型解離の診断ならびにentryの評価,真腔狭窄の程度を評価でき,造影CT検査が施行できない際の有用な画像診断法となる.腎機能低下症例で時間的に余裕がある場合はMRI・MRA検査が診断の助けとなる1328, 1329).CT検査に比べ解像度が低いのが欠点となるが,entryの診断など治療方針決定の一助となる. c. 血管内治療i. 適応

急性B型解離に伴う重篤な合併症として,破裂,malperfusionに伴う臓器虚血,難治性疼痛,コントロール困難な高血圧,急速拡大などがある.これらを伴うcomplicated急性B型解離は緊急性,重症度ともに高く,病態に応じて侵襲的治療が行われる.従来,破裂や大動脈拡大に対する外科手術(人工血管置換術),malperfusionに対する解離フラップの開窓術,内臓動脈や下肢動脈へのバイパス手術などが行われてきたが,その治療成績は不良であった1330, 1331).しかし現在では,complicated急性B型解離に対し,開胸・開腹操作や体外循環を要さずentryを閉鎖できるTEVARの有効性が確立されている96, 1332–1335)(クラスI,エビデンスレベルC).

いわゆる切迫破裂は難治性の疼痛を伴うことが多く, TEVARの良い適応になる.また,破裂のうちで比較的安定した状態を呈するsealed ruptureやcontained ruptureといわれる状態も良い適応になる.臓器虚血の定義は臓器によりさまざまであり,適応の判断に苦慮する場合も多い.生命に関わる可能性の高い,腹腔動脈と上腸間膜動脈の血流障害が疑われれば,積極的にTEVARが考慮されるが,画像上で片側の腎動脈のみに血流障害を認めるものの無症状で血液検査にても異常をきたしていない場合や,画像上では腸骨動脈の血流障害を認めるものの下肢の虚血症状がない場合の適応については,一定の見解が得られていないのが現状である.

日本胸部外科学会2016年の年次集計によれば,急性B型解離に対する治療症例550例のうち,ハイブリッド治療を含めたTEVARは469例(85.3%)を占めている43). ii. 方法

2019年現在,本邦では3機種のステントグラフト(SG)

このようにcomplicated急性B型解離発症のメカニズムを考えれば,TEVARによるprimary entryの閉鎖が第一選択として推奨される理由がよくわかる386, 1272).ただし,破裂の場合は偽腔内へのチャネルをすべて止めることが必要で,とくに胸部大動脈瘤合併のcomplicated B型解離は, TEVARにおけるcomplete exclusionが得られないかぎり外科手術による置換が推奨される.bまたはcの症例で閉塞血管をカテーテルで突破できない場合は,バイパス手術や分枝動脈での開窓術が行われる. b. 診断i. 症状,身体所見

ショックバイタル,異常高血圧,不安・不穏,胸背部痛・腰痛,腹痛,下肢痛,下肢麻痺,上下肢脈拍触知不能,四肢血圧の解離,尿量減少などが挙げられる.疼痛の持続,再発はcomplicatedの診断に重要な症状である. ii. 血液生化学的検査

malperfusionの結果,腎機能の急速悪化,乳酸値やCPKの上昇などが起こる.しかし,これらのパラメーターが上昇した場合には,すでにmalperfusionによる臓器・組織障害が発生した後であり,治療のタイミングとしては遅きに失している可能性がある.急速進行する貧血は破裂・切迫破裂の診断の一助となる. iii. 画像診断

多くは造影CT検査に頼らざるをえない385, 399, 1281, 1301, 1323–1327).破裂の診断は大動脈解離の存在と大動脈周囲の血腫の存在により可能である.切迫破裂の診断は,大動脈解離の存在とその周囲への(血性)胸水の漏れで行うが, CT値のみから胸水を診断するのは難しく,症状(胸痛の持続など)や胸水穿刺(胸水中Ht値が血中Ht値の50%以上)などを

図63 大動脈解離に伴うmalperfusion の発生メカニズムによる分類a.  dynamic obstruction: 大動脈真腔の狭小化に伴い分枝血流が阻害される. b.  static obstruction: 解離した内膜が分枝内に入りこみ血流を阻害する. c.  mixed type obstruction: aとbが合併した形で分枝血流が阻害さ

れる. a b c
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6malperfusionに対する追加治療:真腔の血流障害の原因として,分枝の真腔が大動脈から離断されることや,偽腔による圧迫が考えられる.開存した偽腔の真腔圧迫(dynamic obstruction)による狭窄に対しては,SGによりentryを閉鎖すると偽腔の血流が消失して,真腔の拡大が得られやすい.一方,血栓閉塞した偽腔による圧迫(static obstruction)の場合には,entryを閉鎖しても圧迫が解除されず,ステント留置やバイパス術などの追加治療が必要になる140). iii. 成績

complicated急性B型解離に対するTEVAR後の死亡率は決して低くはないが,従来の外科手術に比べて明らかに改善されており,欧米では30日死亡率2.8~13.3%と報告されている1308, 1311, 1334, 1339–1345).日本胸部外科学会の2016年の年次報告によれば,急性B型解離に対するハイブリッド治療を除く418例のTEVAR後の30日死亡率は6.5%であった43).

一方,complicated急性B型解離に対するTEVARの合併症は,慢性B型解離に対するそれの約3倍とされている1333).脳梗塞2.8~7%,SCI 3.4~13.3%と報告されているが1308, 1311, 1339, 1340, 1342, 1343),心合併症,呼吸不全,腎不全,腸管虚血などの消化器合併症,破裂後の血胸,下肢虚血などを合併することもあり,合併症全体では20~30%とされている1308, 1343).

また,急性大動脈解離では,挿入手技やSGによる脆弱な解離フラップの新たなtearの発生が危惧される1346–1348).最も深刻な合併症である逆行性A型解離は,急性解離に限って起こるわけではなく,発生率もそれほど高くないが,致死率の高い重篤な合併症であり,回避に努める必要がある1311).この逆行性A型解離は真性大動脈瘤よりも大動脈

によるcomplicated急性B型解離の治療が保険適用となっている.また,ベアステントの1機種も補助的なデバイスとして使用でき,PETTICOAT法1336, 1337)の施行が可能である.大動脈解離に対するTEVARの手技自体は大動脈瘤に対する手技と大差ない.

1アクセス:大動脈解離に対するTEVARにおいては真腔内にSGが挿入されていることが必須である.ガイドワイヤーやデバイスの挿入に際しては,大動脈造影や血管内エコーによりガイドワイヤーやデバイスが通過している部位を十分に確認することが重要である.

2landing zone:閉鎖すべきentryの前後でSGが大動脈壁に十分に圧着固定されるlanding zoneが必要で,圧着固定が不十分であれば,entryの閉鎖が不完全となる(type Iエンドリーク).中枢側landingには可能なかぎり非解離部を選択すべきで,これは後述のstent graft-induced new entry(SINE)が中枢側landing部に発生した際に,容易に中枢側に解離が進展し,致死的な合併症である逆行性A型解離となる懸念があるためである.急性B型解離では末梢側landing zoneの多くは解離部分となり,可能な限り屈曲のない平坦な部分が選択される.

3SG径:急性解離に対するTEVARにおいては,SGによる新たな内膜亀裂(SINE)の発生が多いとされており, SG径は大動脈瘤に対するSG径より小さな(5~9%オーバーサイジング)ものを選択する416, 1338).非解離部における大動脈径の計測は通常どおりであるが,解離部(特に末梢側)においてはその計測方法に議論がある.内膜の周径を計測し,この周径を正円に見立てて真腔径とする方法(図64 のA),真腔の長径を真腔径とする方法(B),解離後の大動脈径(急性期のみ)を基準とする方法(C)がある.

4PETTICOAT法:破裂の場合,entry位置が不明瞭なことが多いため,SGをできるだけ長く,横隔膜レベルまで留置することがある.このため広範囲に肋間動脈を閉塞させることになり,SCIの発生が懸念される.一方, malperfusionの場合は,entry閉鎖ができる長さにとどめる場合もある.PETTICOAT法は大口径のベアステントにより,肋間・腰動脈だけでなく腹部分枝も閉塞させることなく真腔を拡大させる方法であり,その有効性が報告されている1336, 1337).

5re-entry:大動脈解離においては主要なentryの他にも複数のtearがあることが多く,主要なentryをTEVARで閉鎖しても,他のtearから偽腔への血流が残存することがある.偽腔内の血流の残存は分枝からの逆流でも起こりうる.偽腔内の血流の残存により,破裂による出血がコントロールできないことが起こりうるほか,真腔の拡大が得られないために臓器虚血が改善されないことがある.図64 TEVAR 施行の際に用いる大動脈真腔径の計測方法A: 内膜の周径を計測し,この周径を正円に見立てて真腔径とする方法. B:真腔の長径を真腔径とする方法. C:解離後の大動脈径(急性期のみ)を基準とする方法.

A B C
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直達的血行再建はバイパス術または人工血管置換術で達成できる1133).

dynamic obstruction:TEVAR時代にあっては,dynamic obstructionに対する外科手術の適応は,解剖学的にTEVARが不適な症例に限られてきている.これを背景として,entry閉鎖目的の外科的中枢大動脈再建は,正中からのFET手術が増加し1316),左開胸手術は減少している.一方,腹部大動脈での開窓術(腎動脈下の人工血管置換術を伴う場合が多い)は,単純遮断で実施可能で,最も侵襲が小さく,血管内開窓術と比較し効果がより確実であるため,有用なオプションの一つである1315).しかしながら,本術式はあえてdouble-barrel (classical) aortic dissectionを作製するものであるため,遠隔期の偽腔拡大の点では不利である.開窓術は腎動脈下大動脈遮断でも可能であるが,腹部分枝から開窓部分までの距離が遠くなり,真腔拡大効果が不十分となる場合がある.したがって,腎動脈上遮断や腹腔動脈上遮断により,分枝部分の剥離内膜を切除(切開)する場合もある.この場合でも,内膜切除後は腎動脈下に遮断をかけかえて虚血時間は最小限とする.胸腹部切開で剥離内膜切除を行う方法もあるが,侵襲が大きいうえに,遠隔期の偽腔拡大破裂も危惧される1278).

大動脈型dynamic obstructionに対する腋窩–大腿動脈バイパス1354)は,本邦で多く行われる術式である.下肢のみの虚血には有効であるが,腹部臓器虚血が存在する場合,血流量不足のため成績は不安定で推奨できない.

static obstruction:第一選択は経皮的ステント留置であるが,閉塞長が長い場合や真腔血栓閉塞を伴う場合などには,バイパス手術や血栓摘除術などの外科手術の適応となる.片側腸骨動脈閉塞には大腿–大腿動脈バイパスが頻用され1313, 1314),上腸間膜動脈で血管内治療が困難な場合は腸骨動脈–上腸間膜動脈バイパスの適応となる.腹腔・上腸間膜・腎動脈へのバイパスでは,inflowとする動脈の血流を確保する必要があり,対象動脈の真腔が狭小化している場合には,開窓のための腎動脈下腹部大動脈置換術を併施することが多い.腸管虚血を伴う場合には,可逆性の確認も可能な開腹経路が選択されることが多い.代用血管としては,自家静脈やePTFE(expanded polytetrafluoroethylene)人工血管がよく用いられるが,感染を危惧して自家静脈が選択されることが多い.上腸間膜動脈バイパスは,中枢吻合部位の大動脈解離の存在のため,かつ末梢吻合部位が閉塞部位より末梢になるため,素直な形態になる逆行性(inflowは腎動脈下腹部大動脈または腸骨動脈)が主に用いられる.末梢吻合部が閉塞部位から離れすぎると血流不足を生じうる.

解離で,慢性大動脈解離よりも急性解離で発生しやすいとされている417).さらに,末梢側landing zone以遠にSINEが起こることもあり,これも急性解離に限って起こるわけではない.しかしながら,SINEは急性解離に対するTEVARより,慢性解離に対するTEVARにおいて発生率が高いとされ1349),解離フラップの硬さの違いによると考えられる. iv. 長期予後

complicated急性B型解離に対するTEVAR後の生存率は術後1~2年で80%以上,5年でも70%以上と報告されている1341–1346).主要な合併症回避率が2年で48%であったという過去の報告もあるが1346),近年の報告では, freedom from reinterventionやtreatment failure freeと表現されている再治療回避率は5年で60%程度とするものが多い.

比較的高率に再治療が多い原因として,真腔が拡大するとともに偽腔が血栓化して縮小する大動脈のリモデリングが得られないことがあげられる.complicatedかどうかに関係なく,急性期から亜急性期のB型解離に対するTEVARでは,SGを内挿した部分でのリモデリングはほぼ確実に得られる一方で,腹部のリモデリングが不良なために再治療を要する場合がある1284, 1343, 1344, 1350, 1351).

PETTICOAT法は腹部主要分枝や肋間腰動脈の起始部を覆うことなく真腔の拡大が得られるため,特にmalperfusionを伴う場合に有効であると報告されている1318).胸部から腹部にかけての早期の大動脈リモデリングに寄与するという報告もあるが1284, 1350),長期的な有用性はいまだ確認されていない1284, 1318, 1337, 1352, 1353). d. 外科手術

complicated急性B型解離に対する侵襲的治療の第一選択は,TEVARを始めとする血管内治療に移行してきており,外科手術を実施する機会は減少している.しかしながら,血管内治療はすべての患者に有効なわけではなく,解離の弓部大動脈への進展度合い,破裂様式,malperfusionの発生機序などにより,適用が困難あるいは単独では無効な場合もある.complicated急性B型解離のうち,外科手術の適応となりうる病態とその根拠,ならびに選択されうる術式を合併症の病態別に記載する. i. malperfusion

Williamsらは,偽腔減圧で改善されるものをdynamic obstruction,改善されないものをstatic obstructionとし,後者には直達的血行再建が必要であるとしている1176).これはTEVARをはじめとする血管内治療の指針として報告されたものであるが,原則は外科手術にも応用可能である.すなわち,偽腔減圧はentry閉鎖または大動脈開窓術で,
p.115
iii. 手術の成績

2013年のJACC Interdisciplinary Expert Consensusにおける1529例の集計では,早期死亡17.5%(95%CI 15.6 ~19.6%),脳梗塞5.9%(95%CI 4.8~7.3%),SCI 3.3% (95%CI 2.4~4.5%)で,5年生存率は44~64.8%,5年大動脈イベント回避率は58.7~68%であった1358). e. 内科治療i. 初期診療

急性大動脈解離を疑う症状を認める患者を診察する場合には,素早く身体所見,バイタルサインをとり,早急に画像診断を行う必要がある.必ず両側上下肢の血圧を測定し,解離ならびにmalperfusion発見のきっかけをつかむ.急性B型解離はA型解離よりも発症時血圧が高値であることが多く68, 1359–1361),血圧が高く疼痛が強い場合は,直ちに静注薬にて降圧と鎮痛を図りながら,すみやかに心エコー検査を行い,CT検査室に移動して画像診断を行う.用いる静注薬は,反射性頻脈の発生に注意した選択が必要で, β 遮断薬や非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬(ベラパミル,ジルチアゼムなど)などとなる.

complicated急性B型解離の場合には,緊急TEVARまたは人工血管置換術が必要であり,両方が可能な専門施設での治療が必須となる.また,uncomplicated急性B型解離の場合においても,内科治療の経過中にcomplicated typeに転じる場合があり,同様の施設での管理が望ましい. ii. 診断後の初期治療

complicated急性B型解離と判明後,直ちに侵襲的治療(人工血管置換術よりもTEVAR優先)の準備に入る.侵襲的治療が困難か,または患者が拒絶した場合は,降圧を中心とした内科(保存的)治療を継続する.いずれにしても,診断確定後,侵襲的治療の待機中,動脈ラインと末梢静脈ラインの確保に続き,急変に備え中心静脈ラインの確保を行う.大腿動静脈にシースを挿入し,経皮的心肺補助(PCPS)に備える準備があってもよい.

命に関わる状態の症例を除いたcomplicated症例における内科治療の成績は,急性期死亡率23.2~35.6%と報告されている1271, 1362).

ii. 破裂・切迫破裂

complicated急性B型解離に対する治療成績の報告の多くは,malperfusionと(切迫)破裂を併せて対象としており,破裂のみを対象とした研究はきわめて少ない.このような現状においても緊急TEVARが推奨されている背景には,外科手術の成績不良がある.

IRADのデータでは外科手術後の死亡率は50%に及ぶのに対し1312),SVSのOutcome Committeeの集計で破裂に対するTEVAR後の30日死亡率は17%で1313),フランスの2施設からの報告でも16%である1273).しかしTEVARでは,一度止血された後の再破裂例もあり,活動性出血例は止血困難となる可能性がある.前述のSVSの集計でも1年死亡率は42%であり,その多くは3ヵ月以内と報告されている1313).本邦からの報告でも,TEVAR後の早期成績は院内死亡率0~55%とばらつきが大きく1355, 1356),院内死亡なしとする報告においても1年生存率は71%で,外科手術の86%と差を認めなかった1356).すなわち,切迫破裂を除いた純粋な破裂に関するかぎり,TEVARの外科手術に対する優位性は十分に確立されておらず,外科手術は現在でも重要な選択肢であることに変わりはない.

外膜破綻部位を直接修復できることが外科手術のTEVARに対する最大の利点である.したがって,多くの場合,左開胸直達手術が選択される.complicated急性B型解離に対するFET手術の報告でも,破裂は主たる対象ではない1316, 1357).

左開胸手術の補助手段としては,超低体温循環停止法と遠位側大動脈灌流法がある.前者は解離の中枢側進展により,Zone 2以遠での中枢側大動脈遮断が困難・不可能・高リスクの場合に選択される傾向にある.特に急性解離であれば,解離した大動脈の遮断は回避すべき手技である.活動性出血例に対する外科手術では,開胸前に体外循環を確立し,開胸後すみやかに破裂部位を確認できれば,用手圧迫で冷却を続けることができる.なお,右胸腔や後縦隔への活動性出血がありうるので注意を要する.IRADデータでは,超低体温循環停止は急性B型解離に対する外科手術の6割に用いられている1312).一方,遠位側大動脈灌流は遮断下手術が可能な場合に選択されるが,活動性出血例においては開胸後すみやかな大動脈遮断が必須である.このため,開胸前あるいは開胸操作と並行してカニュレーションが可能な大腿動静脈送脱血の部分体外循環が有利である.本法は大出血への対応や循環停止への変更が容易な点でも有利である.contained ruptureであっても,血腫部分の壁側胸膜切開は活動性出血を惹起する可能性があるため,大動脈剥離は血腫の周辺部位からはじめ,まず中枢遮断部位を確保する.
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b. 血管内治療i. preemptive TEVARの適応

uncomplicated B型解離に対するTEVARと薬物治療を比較したRCT(INSTEAD試験)で,割り付け後1年,2年の予後を悪化させたのはTEVARの介入であると結論されたことから1287, 1300, 1371),すべてのuncomplicated B型解離がTEVARの適応であるとは考えられていない392, 393, 1267, 1281, 1372).つまり,uncomplicated B型解離に対するTEVARでは患者選択が必要と考えられ,慢性期における偽腔拡大が予測される場合(high-risk uncomplicated dissection)が適応と考えられる385, 396–400, 1287–1292).uncomplicated B型解離における慢性期拡大は急性期・亜急性期のパラメーターから予測可能で,現在さまざまな予測因子が報告されている385, 396–400, 1287–1292).また,uncomplicated B型解離のうち,将来において拡大や大動脈関連事象に至る症例(chronic complicated型)は全体の40%程度とも報告されている1373). ii. preemptive TEVARのタイミング

推奨の根拠となるuncomplicated急性B型解離に対するRCT(INSTEAD試験)の登録期間は解離発症後2~52週(亜急性期から慢性早期)となっているが1287, 1300),その大部分の症例は発症6ヵ月以内にTEVARが行われており, preemptive TEVARに最適のタイミングは発症から6ヵ月以内とする意見が多い1287, 1295, 1368–1370, 1374, 1375).このタイミングはTEVAR後の偽腔が胸腹部において良好なリモデリングを得る時期とも一致しており,推奨を後押しするものとなっている.一方,急性期においてpreemptive TEVARを施行するRCTでは,内科治療に比しTEVAR後1年経過した時点での生命予後における優位性は証明されず,意見相反している1293, 1294).特に,急性B型解離に対するTEVAR後における逆行性A型解離の発生率の高さは,preemptive TEVARを急性期に行うことを躊躇させる417).反対に, uncomplicated急性B型解離に対するTEVARは内科治療との慢性期比較において,1年後以降の大動脈リモデリングに関する優位性が報告され,発症急性期にpreemptive TEVARを行うことの重要性を示唆しており1294, 1376, 1377),議論の分かれるところである. iii. preemptive TEVARの方法

まず,造影CT検査から得られた情報よりステントグラフト(SG)による胸部entry閉鎖のプランニングを行う. entry部の正確な同定を行い,その中枢端から中枢側20 mm以上の部分をlanding中枢端とする.また,この中枢landing部は非解離部かつ大動脈径≦37 mmで,SG径はlanding大動脈の径の109%以下であることが望ましい416, 417).さらに,Zone 2,3への留置に際しては,小弯側のbird’s beakを防止すべく,その留置デザインは細心の注

3.1.3 uncomplicated

表41 uncomplicated 急性/ 亜急性Stanford B 型大動脈

解離の治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

急性期の症例には内科治療を行う1263–1270). I C腹痛が出現したり繰り返したり,腹部分枝のmalperfusion を疑う場合,造影CT検査(早期相と遅延相)や血管エコー検査を繰り返すことを考慮する390, 1271, 1363). IIa C β 遮断薬を薬物療法の第一選択として考慮する1264, 1266, 1267, 1269, 1270, 1364–1367). IIa C初回診断後1 週間以内に,(造影)CT によるフォローアップを考慮する 68, 1269). IIa C急性期に緊急の侵襲的治療が可能な施設への搬送を考慮する68). IIa C将来拡大が予測される(high risk uncomplicated dissection)症例に対し,亜急性期または慢性早期にpreemptive TEVAR を考慮する385, 1287, 1289). IIa B急性期にpreemptive TEVAR を考慮してもよい1293, 1294). IIb B

急性期に外科手術は推奨されない. III C

a. 定義

前出の「complicated急性B型大動脈解離」でない場合が,「uncomplicated」とされる.uncomplicated症例においてはその急性期に心拍数・血圧のコントロールを中心とした内科治療が施される1263–1270).近年,uncomplicated B型解離へのTEVARによる介入が慢性期予後(生命予後ならびに大動脈偽腔の予後)を改善するというRCTの報告があり1287, 1289),症例選択と介入のタイミングについて多くの議論がなされている385, 396–400, 1267, 1287–1292, 1295, 1368–1370).

この選択の対象は,慢性期において偽腔が瘤化し,いわゆる解離性大動脈瘤となり,大動脈破裂のリスクを伴う症例であり,「high-risk uncomplicated dissection」とも呼ばれている1317).B型解離発症急性期・亜急性期における慢性期での偽腔拡大予測は,表39のパラメーターが参考となる385, 396–400, 1287–1292).また,uncomplicated B型解離における慢性期拡大はStanford大学が開発したcalculatorより推測することもできる401).

TEVARによる介入のタイミングは次項の「preemptive TEVARのタイミング」,およびPQ 11(P. 109)を参照されたい.
p.117
から早期のタイミングにおけるpreemptive TEVARの成績は生命予後,大動脈リモデリングに関して保存的治療に比し有意に良好である.

B型解離に対するTEVARの合併症として以下のものがある.

1逆行性A型解離:B型解離に対するTEVAR後における発生率は4.0~6.9%で,変性病因のTAAに対するTEVAR後と比べて高い416, 417, 1379).また,治療成績は不良(30%台の死亡率)で,その発生には十分な注意が必要である416, 417, 1379).発生のタイミングはTEVAR術中が約20%,TEVAR後30日以内が約50%,TEVARの31日後以降が約30%で,TEVAR後1年以上経過した時点ではまれとなる416, 417, 1379).発生の予測因子としては,内的因子として急性期症例,部分閉塞か完全閉塞,中枢 landing Zone 0,中枢landing部大動脈径≧40 mmがあり,これらの因子を満たす症例は「TEVAR unfit(解剖学的要件を満たしていない)」と考えた方がよい416, 417, 1379–1382).外的因子としてはSGオーバーサイズ≧10%,中枢ベアステント付きデバイスがあり,これらの事項に細心の注意を払って治療を施行すべきである416, 417, 1379, 1380).

2脳卒中:Zone 2より中枢のlandingにおいて脳梗塞の発症率が上昇する.左鎖骨下動脈の再建はSCI発生,脳梗塞発症の低減効果があるとされ,推奨される372, 373).

3SCI:B型解離に対するTEVARの多くは遠位弓部から近位下行大動脈にSGが留置されることが多く,脊髄栄養動脈(Adamkiewicz動脈)を直接閉塞することはまれと考えられる.しかし,中枢のentry閉鎖に伴い,術後時間経過とともに偽腔分枝の肋間動脈閉塞が発生することがあり,遅延型SCIを併発することがある.術前の造影CT検査で多くの肋間動脈が偽腔分枝である場合はSCIの高リスク症例として,術中・術後のSCI対策を講じなければならない.

4腎機能障害:偽腔灌流となっている腎動脈がentryを閉鎖することによりmalperfusionに陥る可能性がある.しかし,偽腔灌流となっているかぎりその急性期には同部分にtearが存在しており,発症から半年以内にこのtearが完全に閉鎖することはきわめてまれである.術中の血管造影などで中枢のentryを閉鎖した際の腎血流を確認し,不足が疑われればtearを通した腎動脈再建が必要になる.

5末梢stent graft-induced new entry(SINE):大動脈解離症例に対するTEVARはSGの末梢側が解離部に留置されることが多く,SG末梢部の内膜にnew entryが発生し,これをSINEと呼ぶ.発生の機序はSGによる末端部のulcerationとSG留置後の内膜フラップのスウィングに伴う疲労性のentry tearが考えられる.両者のnew entry tearの

意を払って選択しなければならない.これら中枢側landingに関する注意は,そのentry閉鎖の可否のみならず,致死的な合併症である逆行性A型解離の予防のためでもある.末梢側landingはentry末梢から末梢側20 mm以上の下行大動脈の直線部分に位置を定めるべきである.末梢側のSG径はCTによる真腔周径の計測より割り出された真腔径の110~120%を原則とする.その結果,中枢と末梢のSG径に平均8~10 mm前後の口径差が生じるが,テーパーグラフトや2本のSGを繋ぎ合わせる形で対応する.全長において,できるだけspring backの力がかからないよう配慮する.

preemptive TEVARの場合,entry閉鎖による腹部主要分枝のmalperfusionを考慮する必要はない.すなわち,偽腔灌流になっている場合は同部に必ずentry,re-entryが残存している.アクセスは真腔につながりやすいサイドからアプローチし,血管内エコー法などを用いて真腔を確認する.ガイドワイヤーは通常のTEVARと同じく,super stiffあるいはextra stiffワイヤーを用いる.pull-throughワイヤーは血管合併症が多いため,よほどの屈曲がないかぎり用いないほうがよい407, 1378).SG留置時には高頻度ペーシングを用い,心拍出量を落として留置する409).デバイス留置後のタッチアップバルーニングは原則として行わない. iv. TEVAR後のフォローアップ

術後は造影CT検査,経腹壁血管エコー検査で,ターゲットのentryが閉鎖されるか否か,残存entryの位置,reentryからのフローの範囲,腹部主要分枝や下肢動脈の灌流状態を評価する.経時的な観察(1,6,12ヵ月後,以降1年ごと)において大動脈径,真腔径,偽腔径を定点(最大径部,SG末端,横隔膜レベル,腎動脈下腹部大動脈など)にてチェックする.多くの場合,慢性期においてreentry flowの吹き上がり上端部に拡大が起こりやすいため,この部分の大動脈径は特に注意が必要である. v. 治療成績と合併症

急性期・亜急性期から慢性早期におけるpreemptive TEVARの急性期治療成績は,治療のタイミングにばらつきがあるため整理されたデータはないが,uncomplicated急性B型解離に対するTEVARでは,院内死亡率7.1%, SCI 3.4%,呼吸器合併症13.2%,腎機能障害14.7%と決してよくない393, 1299, 1372, 1374).このuncomplicated急性B型解離に対するTEVARの成績は,治療急性期こそ保存的治療に劣るが,1年後以降の破裂,生命予後,大動脈リモデリングにおいて保存的治療に優ることが報告されており,本治療推奨の根拠となっている.慢性期生存率,大動脈関連イベント回避率および大動脈リモデリングに関してはINSTEAD試験,ADSORB試験を参照するとよいが1294, 1300, 1371),発症
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内治療が発達した現在においても,uncomplicated typeに対する内科(保存的)治療の急性期死亡率は2.4~6.3%と報告されており,TEVARの6.6~7.1%に比し同等あるいはやや良好であるため393, 1272, 1390),uncomplicated typeに対しては内科治療が急性期の標準治療とされている.しかしながら,発症1年後以降の慢性期においては急性期TEVARの生命予後が内科治療を上回るとされ393, 1390, 1391),今後この領域においてもRCTが望まれる.

1心拍数と血圧の管理:急性期において回避すべきは,破裂やmalperfusionによる臓器不全,解離の進展や再解離であり,血圧,心拍数,疼痛などのコントロールと安静が重要である.急性B型解離と診断された後,最初に行うべきは心拍数と血圧のコントロール(dV/dt,dP/dtの低減)であり,目標心拍数は60回/min未満,目標収縮期血圧100~120 mmHgとされており,迅速な調整が推奨される96, 275, 532, 1270, 1288).循環動態のモニターとしてモニター心電図,末梢動脈圧ライン,中心静脈ラインが準備され,このモニタリング下で,臓器血流が阻害されない範囲で目標とする心拍数・血圧値が得られるよう,細かい調整を行う.急性期に心拍数を60回/min未満にコントロールすることで,遠隔期の大動脈関連イベントを低減できるとの報告もあり1270),禁忌がないかぎり早期にβ 遮断薬の静注にて心拍数60回/min未満にコントロールすることが推奨される1206, 1269, 1365–1367).β 遮断薬が使用できない場合は,非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬により心拍数コントロールを行い,心拍数コントロールの後に血圧120 mmHg以下を達成できない場合は他のCa拮抗薬やACE阻害薬,ARBなどの降圧薬を併用することで,血圧をコントロールする.

超急性期は静注剤による血圧,心拍数のコントロールが調節性に優れているため推奨されるが,発症1日目以降はβ 遮断薬の経口剤あるいは貼付剤を開始,併用してもよい.ニカルジピンの経静脈投与を行う場合には,長期かつ大量に使用すると反応性の頻脈,静脈炎の合併や麻痺性イレウスの発生が報告されており1392–1394),早期に内服併用を心がける.

2疼痛の管理:降圧と同時に,持続する痛みに対しては迅速に鎮痛,鎮静を図り,反応性の心拍数・血圧の上昇を抑える.適切な静注オピオイドによる鎮痛で心拍数や血圧のコントロールが容易となる.

3発熱・炎症,サイトカイン血症,呼吸不全への対応:急性大動脈解離に伴い,全身性炎症反応(SIRS)が起こりCRPが上昇する.急性解離関連の呼吸不全は大動脈周囲の炎症に伴う胸水と臥床による無気肺などが関与しているが,炎症反応が高度になるとSIRSを呈し,急性の肺障害を合併することがある.これには大動脈解離に伴うサイト

位置は微妙に異なるが,病態としては同様であり,区別する必要はない.このnew entryがもともとの偽腔につながれば初回治療前のdouble barrelとなるが,まれに新たな解離となり三腔解離となるものもある.発生率は7.9%程度で,発生に関与する因子は,治療のタイミング(急性4.3%,慢性12.9%),SG オーバーサイジング(ポジティブ因子), restrictive bare stent(PETICOATステント)の使用(ネガティブ因子)などである1349, 1383–1386).初回治療がpreemptive TEVARの場合,新たなtearが原因で意図した偽腔の縮小が得られない結果に陥るため,早期の追加治療(大部分は追加TEVAR)が必要である1387).

6エンドリーク:タイプI ~IVは胸部大動脈瘤に対するTEVARと同様であるが,double barrel症例ではSGによるentry閉鎖後,re-entryから偽腔内に血流が吹き上がることがあり,これをre-entry flow(false lumen retrograde flow)としてエンドリークと区別する(P. 56,図52 のB).このre-entry flowは偽腔部の拡大・拡大傾向の原因となるため,追加治療を要する1306). c. 外科手術

uncomplicated急性B型解離の治療原則は内科治療であり,外科手術の適応はない.INSTEAD XL試験1287)の結果が報告されて以降,亜急性期に症例を選んで先制攻撃の(preemptive)TEVARが行われるようになってきている.しかしながら,これはあくまで低侵襲のTEVARが前提の適応であり,それなりの侵襲を伴う外科手術に該当するものではない.一部の施設で,弓部に逆行性解離が進展している症例を対象に,preemptiveな全弓部大動脈置換+ FET手術が行われているが,かかる治療の妥当性はリスクとベネフィットの比較により検証される必要がある.

ただし,解離自体はuncomplicated typeであっても,真性大動脈瘤に解離が合併した場合は破裂のリスクが高まるため,例外的に扱う1388).この場合,complicatedの一種と考えることもできるが,急性期治療を推奨するエビデンスはない.症状や画像所見を中心に注意深く経過観察を行い,至適時期に侵襲的治療を行う.解剖学的状況などから外科手術の適応となる症例もあり,弓部大動脈瘤合併例ではFET手術も選択される. d. 内科治療i. 初期治療

uncomplicated急性B型解離には初期治療として内科治療が選択されてきた.これは,心臓や脳の続発症を伴いやすいA型と異なり,破裂やmalperfusionなどの生命を脅かす合併症の発症率自体が低いこと,侵襲的治療の必要性も低いこと,外科手術に比べ内科治療の成績が良好であったことが根底にある1389).TEVARを中心とした低侵襲の血管
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血圧コントロールに加えて脂質低下療法や糖尿病のコントロール,禁煙といった動脈硬化危険因子に対する内科治療を念頭に置き,慢性期への管理につなげる.

3.2 慢性

3.2.1 手術適応と術式選択

表42 慢性Stanford B 型大動脈解離の侵襲的治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

最大短径≧60 mm の症例に侵襲的治療を行う1330). I C慢性期のULP 型やDeBakey IIIa 型にTEVAR を考慮する. IIa C慢性期のDeBakey IIIb 型に外科手術を考慮する402, 1399, 1400). IIa C外科手術が困難なDeBakey IIIb 型にTEVAR を考慮する. IIa C慢性期のDeBakey IIIb 型にTEVAR を考慮してもよい1400, 1401). IIb C a. 適応

preemptive TEVARのウィンドウ期間を過ぎたB型解離慢性期における手術の多くは,拡大・瘤化後の破裂防止目的で実施されている.したがって,その適応基準は非解離性大動脈瘤に準じるのが妥当と考えられる.実際には,これに年齢,自覚症状の有無,COPDの有無,体格,拡大速度,遺伝的背景などを勘案して個別に判断されるが,大動脈解離では非解離性大動脈瘤より拡大速度が速いとされるため,留意が必要である.

2010年の米国ガイドラインでは,胸部下行大動脈瘤の手術適応は55 mmとされ,TAAAの60 mmとは区別されているが,解離と非解離の区別はされていない95).慢性B型解離の手術では,下行大動脈置換術であっても半数強で手術侵襲が大きい超低体温循環停止が必要とされることや,弓部+下行大動脈置換術の早期成績は本邦の集計でも胸腹部大動脈置換術とほぼ同等の水準であることを考慮すると,慢性B型解離の手術適応はTAAAに準じるのが妥当と考えられる.

一方,2014年の欧州ガイドラインでは,非解離性胸部下行大動脈瘤の適応はTEVARで55 mm,外科手術(人工血管置換術)では60 mmとされた96).しかし,慢性B型解離を対象とした場合,TEVARは外科手術より早期成績は良いものの,5年生存率に差は認めず,追加治療回避率は

カイン血症が関連している.体位変換だけでなく,シベレスタット投与などにより呼吸器合併症の回避に務める.

4安静度:破裂や解離の進展の可能性が高いとされる24時間以内は安静を必要とする1395, 1396).その後の安静・解除については,第9章の「1. 大動脈解離のリハビリテーション」(P. 168)を参照のこと.しばしば問題となる,高齢者を中心とする不穏やせん妄の合併も,過度の安静や絶飲・絶食に関連している可能性がある.合併症のリスクが低い症例においては,早期のリハビリテーションによる離床によってせん妄が減少したとの報告もあり,解離の重症度に応じて対応する必要がある1395, 1397). ii. 画像診断によるフォローアップ

初回診断後1週間以内での再CT検査が望ましい.初期診断時にuncomplicated急性B型解離と診断された後に,数日から数週の経過で大動脈径の急激な拡大や,解離の進展,再解離に伴うmalperfusionが起こることがあり,病態の悪化が疑われる場合はすみやかに再度CT検査が必要となる.また,malperfusionにより腎虚血をきたした場合,腎機能低下や治療抵抗性の高血圧を招くため,CT検査と血管エコー検査による血流評価を考慮する.腸管虚血は破裂と並んで死因として最も多いとの報告もある1192).腹痛や腹部膨満に対する注意が最も重要であるが,腹部X線写真でのガス像の評価に加え,定期的な血液ガス検査で乳酸値の上昇を認めた場合は,腹部臓器虚血を疑い,CT検査や血管エコー検査を行う.

CKD合併例や解離発症後に腎障害を合併した症例では,頻回の造影CT検査により造影剤腎症のリスクが高くなるため,全身状態の変化やmalperfusionを疑う所見がなければ,必ずしも造影CT検査の必要はない.逆に,malperfusionが疑われる症例,特に腸管虚血例では早期の治療介入により生命予後が改善されるので,造影CT検査を躊躇すべきではない.慢性期における大動脈関連事象の危険因子として,急性・亜急性期の大動脈径≧40 mm,偽腔径≧22 mm,偽腔の部分血栓化などの画像所見が報告されており396, 1025, 1398),該当症例またはそれに近い症例においてはより注意深い画像検査でのフォローが必要である. iii. 急性期以降の薬物治療

超急性期(24時間以内)を乗り切った急性期における問題は,血圧・心拍数の管理と安静度の解除,せん妄や呼吸不全への対応などである.血圧管理は100~120 mmHgを基準とするが,尿量減少など灌流圧の低下による腎機能障害などが生じる場合は,目標血圧値を上げざるをえないことがある.また,高齢者を中心に動脈硬化を背景として発症した急性解離症例では,手術症例においても内科治療のみの症例においても,遠隔期の心血管イベント抑制のため,
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作が必要である.

置換範囲は大動脈径により決定されるが,SCI防止の観点からは段階的手術が有利と考えられる.ただし拡張部分を残すと破裂のリスクがあり,症例,病変ごとに慎重に判断する.一般に,遠位下行大動脈~腹部大動脈が40 mm程度以下の場合は置換の対象とせず,段階的手術とされることが多い.ただしMarfan症候群などの遺伝性大動脈疾患の場合,拡大速度が速く破裂のリスクが高いため,一期的な胸腹部大動脈置換の適応とされることが多い.段階的手術とした場合,末梢側を真腔のみへ吻合するか,両腔へ吻合するかに関しては議論のあるところであるが,腹部主要分枝が起始する腔や,その近傍のtearの位置や大きさ,脊髄栄養動脈が起始する部位や腔に応じて判断する.

腎動脈下腹部大動脈のみが単独で拡大する場合には, AAAの適応基準(50~55 mm)で介入するが,腎動脈レベルに非拡大部分が存在することが前提であり,一連の拡大の場合はTAAAに準じる.

3.2.2 血管内治療

従来,大動脈解離における慢性期の定義は発症後2週間以上であった.これに従うと,preemptive TEVARの多くは慢性期に施行されているが,長期的な予後の改善について検討される中で,おおむね6ヵ月から1年以内に行われるのが好ましいと考えられるようになった.そのため,慢性期の他に亜急性期や慢性早期といった概念が提唱されている.ここでは,外科手術と同様に,すでに瘤化した慢性B型解離に対する破裂防止のためのTEVARについて論じ,従来の定義による発症後2週間以上の時期に行ったpreemptive TEVARについては他項に譲る(本章の「3.1.3.b. 血管内治療」,P. 116を参照).

大動脈解離に対するTEVARの手技自体は大動脈瘤に対するものと大差ない.閉鎖すべきentryの前後でステントグラフト(SG)が大動脈壁に十分に圧着固定されるlanding zoneが必要で,圧着固定が不十分であれば,血液が隙間を通りentryに流入してしまう(type Iaエンドリーク).中枢側landing zoneについては,Gore社のcTAG ®では「主要なentryから中枢側に20 mm以上」とされているが,Cook社のZenith ®大動脈解離用では「entryの近位に解離していない大動脈部分が20 mm以上」とされている.一方,末梢側landing zoneの長さは規定されていない.

慢性大動脈解離に対するTEVARにおいては,下行大動脈の真腔が狭小化していることも多く,中枢側と末梢側で異なる径のSGを必要とすることが多い.中枢側に比べて末梢側が5~10 mm細いテーパー型のSGを用いたり,末梢側にあらかじめ細径のSGを留置してから,その内部に

TEVARのほうが低い1358).したがって,外科手術よりもTEVARにおいて早期の介入を推奨する根拠は希薄である.

2013年の欧州のExpert Consensusでは,complicated B型解離を急性期と慢性期に分け,慢性期(chronic complicated)にもTEVAR(解剖学的に不適であれば外科手術)を推奨した1358).ここでのcomplicatedの定義は,症状の再発,拡大・瘤化(>55 mm),年間4 mmを超える拡大である.しかし,上記の考察を踏まえると,これら慢性期合併症に対する侵襲的治療(外科手術,TEVAR)介入には慎重になる必要がある.実際,chronic complicatedという概念は2014年欧州ガイドラインでも踏襲されているが,治療介入基準はTEVAR,外科手術の区別なく最大径60 mm,年間10 mm以上の拡大に修正されている96).以上を総合すると,慢性B型解離の拡大・瘤化に対する侵襲的治療介入の閾値は60 mmが妥当と考えられる.

亜急性期を過ぎたB型解離に対するpreemptive TEVARについては,本章の「3.1.3.-b. 血管内治療」(P. 116)を参照のこと. b. 術式

拡大・瘤化した慢性B型解離においても,ULP型やDeBakey IIIa型では,非解離性大動脈瘤と同様にTEVARの治療効果が期待できる.一方,慢性DeBakey IIIb型においては,TEVARによるentry閉鎖やステント骨格によるフラップ固定で瘤拡大の抑制効果を期待しうるのは,偽腔吹き上げ血流(re-entry flow)の影響が小さい遠位弓部~下行大動脈までである1286).したがって,より広い範囲が拡張した病変における治療の第一選択は外科手術で, TEVARの適応は外科手術が高リスクの症例に限られる.かかる症例にTEVARを実施する場合,偽腔吹き上げ血流に対するさまざまな追加治療が実施されている(次項「3.2.2血管内治療」を参照).

外科手術においては拡大部分を含む人工血管置換術が選択される.ほとんどの場合,これは左開胸の直達手術である.正中切開から可能なFET併用全弓部置換術は,拡大部分を置換しないことが多いため,治療効果はTEVARと同等と考えられる.

左開胸下手術における補助手段としては,低体温完全体外循環と部分体外循環もしくは左心バイパスによる遠位側大動脈灌流が選択される.慢性B型解離の半数強は弓部または近位下行大動脈の遮断が困難なため,完全体外循環・超低体温循環停止法を用いた近位側開放下血管吻合術の対象となる.一方,後者の補助手段下に弓部大動脈やその近傍に大動脈遮断を置くことも可能であるが,逆行性A型解離など,遮断に伴う大動脈損傷が危惧される.したがって,遮断時の血圧管理など,慎重な大動脈遮断操
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完全血栓化につながることが多く,TEVARの良い適応である.一方,DeBakey IIIb型ではre-entryの残存による偽腔拡大の懸念が残る.

慢性B型解離に対する胸腹部置換術は,若年患者が多く,動脈硬化性変化もより少ないことから成績は比較的良好であるが,手術死亡や合併症の発生に関してはTEVARの有利性は動かない.しかしながら,両者の長期成績に関するRCTは存在しないが,生命予後に差はなく,再治療率がTEVAR群で明らかに高いことは事実である.したがって,症例,病変に応じた両者の適応判断が求められる.

3.2.3 外科手術

a. 弓部・下行大動脈置換術

拡張部分を含む(弓部)下行大動脈を人工血管に置換する手術である.開胸肋間は,置換範囲に応じて第4~第6から選択され,しばしば肋骨離断rib crossが行われる.通常,中枢側は解離のない大動脈に吻合される.末梢側を解離した部分に吻合する場合,開窓して両腔吻合とする場合と,断端形成して真腔吻合とする場合がある.真腔吻合は下流偽腔のリモデリングを期待して実施されるが,ある程度以上拡大した偽腔のリモデリングは慢性期手術ではあまり期待できない.また,Adamkiewicz動脈が偽腔由来の場合や,腹部主要分枝,特に上腸間膜動脈が偽腔起始の場合には注意が必要で,脊髄1407)や腸管が虚血となる可能性を念頭に入れておく必要がある.さらに,真腔吻合は末梢遮断部位にtearを作らないよう,遠位側開放下血管吻合術で行うほうが良い.

手術は分離肺換気とし,左開胸から行われる.肺出血による呼吸不全を避けるため,肺はできるだけノータッチとし,ヘパリン化中は換気しない.遮断下に手術を行う場合,中枢側大動脈遮断は左総頚動脈と左鎖骨下動脈の間になることが多い.これは,粥腫病変を伴う症例では脳梗塞,弓部大動脈拡大例など大動脈壁の脆弱性を有する症例ではclamp injuryや逆行性A型解離などの,重篤な合併症につながる可能性がある.このため,弓部大動脈の性状には十分注意を払う必要があり,リスクがある場合には超低体温循環停止を選択する.ただし,左開胸超低体温手術は侵襲が大きく,その応用に際しては十分な準備が必要である.

遮断時の脊髄・腹部臓器保護目的では,遠位側大動脈灌流法が用いられる.本法で脊髄や腹部臓器のmalperfusionを惹起する可能性がある場合,末梢側の大動脈遮断を一時的に解除し,フラップを切除開窓後に大動脈を再遮断することで,これを防止できる.置換範囲にAdamkiewicz動脈が含まれる場合には,胸腹部大動脈置換術に

中枢側ステントグラフトを積み上げることもある.

慢性解離の場合,SGによる新たな内膜亀裂(stent graftinduced new entry)の発生が多いとされており,SGの径は大動脈瘤の場合に比べ小さな径(大動脈径の5%増し程度)のものを選択するのが良いとされている416, 1402).一方, SGを留置する長さについては議論の余地がある.entryを閉鎖することが第一の目的であるが,肋間動脈などの小分枝の起始部などにあるre-entryの閉鎖を同時に行うために,留置長を延ばすこともある.一方,広範囲に肋間動脈を閉塞させることによるSCIの懸念が生じる.

大動脈解離においては,主要なentryの他にも複数のtearがあることが多く,主要なentryをSGで閉鎖しても,残存するtearから偽腔への血流(re-entry flow)が残存することがある.これに関連して,偽腔が開存しているよりも一部血栓化しているほうが予後が悪いとする報告1025)もあり,entry閉鎖により偽腔の血流を遮断できることが多いDeBakey IIIa型のほうが,腹部大動脈にre-entryが残存するDeBakey IIIb型より予後が良いとの報告1402a)もある. TEVARによるentry閉鎖後の偽腔血流動態の変化については,発症からの時期,re-entryの場所,数,部位などが関与すると思われるが,現時点では正確に予測できない.

慢性B型解離に対するTEVAR後に偽腔の血流が残存して拡大をきたした場合,TEVARを施行した部位を含めて完全に人工血管置換術に移行することもあるが,残存するre-entryを切除するためにSGの末梢で大動脈を切断して偽腔を閉鎖し,それ以下を人工血管で置換することもある.また,分枝付きSGを用いてTAAAの場合に準じたTEVARを施行し,腹部分枝起始部のre-entryも閉鎖することもあるが,分枝付きSGは本邦ではいまだ保険承認されていない.

近位~中部下行大動脈の偽腔が拡大することが多いため,遠位下行大動脈の偽腔において腹部大動脈からの血流を遮断することにより,近位下行大動脈の偽腔の拡大を阻止することが試みられている.コイル塞栓術は多数のコイルを必要とし,一般化していないが,腸骨動脈や腹部大動脈のre-entryから横隔膜直上の遠位下行大動脈の偽腔内に鼓状の短いSGを留置する方法(candy-plug法)が報告されている416, 1402–1404).海外では専用デバイスが使用されているが,本邦では承認されていないため,既存の短いSGの中央部に展開を制限して小さな輪となるよう結紮糸をかけ,SG内に残存する内腔はvascular plugにより閉鎖する1405, 1406).また,真腔内に大口径のSGを留置してバルーンにより偽腔を圧迫,閉塞するまで拡大させる方法(ニッカーボッカー法)もあるが,一般化していない1305).

DeBakey IIIa型ではTEVARによるentry閉鎖が偽腔の
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換術と同様の配慮に加え,脊髄保護と腹部臓器保護が重要となる.脊髄虚血に関しては,脊髄栄養動脈の同定,電気生理学的モニタリング,薬理学的保護に加え,collateral network concept(P. 129を参照)に基づく遠位側大動脈灌流,分節動脈盗血の防止と灌流,脳脊髄液ドレナージ,高血圧管理が行われている.脊髄栄養動脈非再建に伴う遅発性SCIのリスクを下げるため,分節動脈再建が好まれるが,詳細は第7章の「2.3. 脊髄保護法」(P. 130~)を参照されたい.なお,低体温は脊髄虚血許容時間を延長するため,硬膜外アーケードを介する側副血流を期待できる小範囲分節遮断下の分節動脈再建が不可能な場合など,脊髄保護目的にも超低体温法は選択されている.

腹部主要分枝動脈の再建時は,腹腔動脈と上腸間膜動脈は選択的灌流,左右腎動脈は選択的灌流または4°Cの乳酸リンゲル液の灌流1412)にて臓器保護を行う.Custodiol®液灌流の有効性も検討されている.超低体温法を用いる際には,必ずしも灌流は必要ない.なお,腎血流には自動調節能があるため,ポンプによる単独強制灌流は低流量(150 ~200 mL/片側)としても高圧灌流による腎障害のリスクが高い.選択的灌流を行う場合には,腹腔動脈や上腸間膜動脈,あるいは腸骨動脈といっしょにして,逃げ道を設けることが重要である. c. frozen elephant trunk(FET)

弓部大動脈が拡張し,下行大動脈遠位の拡張が著明ではない場合や,拡張・瘤化以外の慢性期合併症に対して選択されることがある.通常の弓部大動脈置換術と同様の方法で全弓部置換術を行い,末梢の真腔にFETを挿入する.挿入長が長いとSCIが危惧されるため,T8より中枢までに留めるが,短すぎると遠位端が下行大動脈屈曲部にあたり,stent graft-induced new entry(SINE)を惹起するリスクが高まる.ステントグラフト径も,遠位側SINE回避のため,留置部遠位端の真腔径に基づき,オーバーサイズ比を低めにするようにサイズを選択することが推奨される.遠位側大動脈吻合部は,弓部拡大例では拡張部分の末梢に求める場合が多いが,その他の適応では,鎖骨下動脈より中枢側に求めることもできる.ステントがない部分を過長にすると,同部位が屈曲やキンクなどで狭窄となることがあるので注意を要する. d. 腹部大動脈置換術

腎動脈下腹部大動脈のみが拡張した場合,通常のAAAと同様の手術が実施される.この場合,re-entry閉鎖によるmalperfusion誘発を回避するため,中枢側吻合部のフラップを切除・開窓し,両腔吻合とする必要がある.

準じた治療計画を立案する.

弓部大動脈へ解離が進展している症例や,弓部大動脈が拡張している症例,中枢側遮断を回避する選択をした場合には,超低体温循環停止法を用いる.脱血には大腿静脈経由右房脱血が頻用されるが,良好な脱血を得ることが肝要で,広い範囲に側孔を有するカニューラ先端を上大静脈に留置し,陰圧吸引補助脱血を用いるとよい.送血は真腔に連なる側の大腿動脈が頻用されるが,malperfusionやdebrisによる脳梗塞発生を危惧し,上行大動脈や腋窩動脈などを好む外科医も多い.

脳保護と心筋保護が不十分になりがちな術式であり,各種工夫がなされている.脳保護は基本的に低体温によるため,脳温を反映する脱血温(鼻咽頭温や鼓膜温でもよい)で18°C以下に冷却する.術野の制約があるが,選択的脳灌流の付加,バルビツレイトや抗痙攣薬ホスフェニトインの投与も行われる.虚血時間が30分程度であるため,心筋保護はこのレベルの低体温のみでも十分であるが,低体温のみでは心静止が得られない場合,循環停止直前に20 mEq程度のカリウムのボーラス投与や,循環停止後にバルーンカテーテルを介する順行性心筋保護液投与,術野によっては上行大動脈遮断による順行性心筋保護液投与も行われる.より重要なことは心室細動中の左室ベンティングであり,特に復温中の左室拡大は回避しなければならない.

弓部大動脈を開放下に中枢側大動脈を離断後,人工血管と吻合する.吻合終了後は十分に空気を押し出した後に,グラフト側枝から上半身灌流を1~1.5 L/minで再開する.復温中にグラフト末梢側吻合を行い,必要に応じて肋間動脈や左鎖骨下動脈を再建する. b. 胸腹部大動脈置換術

胸部下行大動脈から腹部大動脈までびまん性に拡大した症例が適応となる.Marfan症候群など遺伝的背景を有する症例も,遠隔期の解離部分の拡張が高率にみられるため,適応とすることが多い.手術死亡率と対麻痺の発症率が高く,特にCrawford II型の成績には課題を残す1408)が,近年は早期死亡率3.6~5.8%,対麻痺発生率2.6~6.0%, 5年生存率65~79%という良好な成績も報告されている1409, 1410).また遺伝的背景を有する疾患群では成績は比較的良好である1408).一方,段階的手術がSCI発生率を低下させることも報告されており1411),下流の拡大が中等度に留まる場合には下行大動脈置換術と胸腹部大動脈置換術の段階的手術も検討する.この場合,第2期手術待期中の破裂のリスクに加え,再開胸となる第2期手術のリスクを勘案し,慎重に決定する必要がある.

胸腹部大動脈置換術においては,(弓部)下行大動脈置
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MRI検査を一定間隔で行う.CT検査のフォローアップ間隔に関しては,発症の1,3,6ヵ月後,以降は発症2年後まで6ヵ月ごと,あるいは1,3,6,9,12ヵ月後に行うべきと報告されている68).大動脈径が手術適応に近くなればCT検査の間隔を短くすることもあり,また,放射線被曝と造影剤の腎障害を考慮すると,大動脈径が小さく偽腔が血栓閉塞してULPもないなどの場合は若干CT検査の間隔を長くする必要もあるかもしれない. e. 内科治療の限界

CT・MRI検査の結果で(再)手術をするか,降圧のみで経過をみることができるかを決定しなくてはならない.大動脈解離も一般的に真性瘤同様の状況下で手術適応とされるが,ULPが存在し形態変化が著しい場合には,治療方針の再検討が必要である. f. 手術例の慢性期管理の注意点

術後遠隔期合併症に関しては,縫合不全や吻合部仮性瘤,再解離の有無について,CT検査でのフォローが必要となる.

残存解離による瘤形成に関しては,残存解離の進展や拡大,血栓化の程度や偽腔の状態についてCT検査でのフォローアップが必要となる.A型解離術後症例の46~78%で偽腔開存が認められ1222–1225),術後生存かつ瘤径拡大を認めないものは,3,5,8年で75%,59%,43%と報告されている1226).遠隔期に拡大する症例では外科手術やTEVARの追加を検討する.

3.3 術後フォローアップと再治療

表43 大動脈解離の術後フォローアップと再治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

術後に定期的な(1,6,12ヵ月後,その後は12ヵ月ごとの)画像検査を含むフォローアップを行う1291, 1418–1420). I C残存偽腔拡大などに伴う有症状の症例に,侵襲的治療を再度行う. I C残存偽腔拡大(大動脈径55~60 mm以上)に対し,侵襲的治療を再度行う. I C A 型解離の術後・残存偽腔開存例で,偽腔拡大や真腔狭小化が予測される場合,解剖学的要件を満たせば早期のTEVARを考慮する1421, 1422). IIa C

3.2.4 内科治療

慢性期における患者管理の最大の目的は再解離と破裂の予防であり,手術・再手術のタイミングと術式を決定することである.また,大動脈疾患術後の患者においても,術前の患者と比較して心筋梗塞や脳卒中といった心血管イベントのリスクが高いことが報告されており299),手術施行の有無にかかわらずoptimal medical treatment(OMT),すなわち血圧,脂質,動脈硬化危険因子などの改善を目的とした内科治療が重要である. a. 血圧管理

最も大切なのは血圧管理である.良好な血圧コントロールは再解離の発生を約1/3に減らすと報告されている1413).そのための降圧目標値は130/80 mmHg未満である.降圧薬の選択に関しては,確実な降圧が得られることが肝要であるが,入院などの大動脈解離関連イベントを減らし276),また瘤径の拡大を抑える1414)などのエビデンスがあるのはβ 遮断薬のみである.IRADの解析では,β 遮断薬は慢性大動脈解離において使用率が最も高く,生存率の向上に有意に寄与したと報告している1269).Marfan症候群患者においてはARBであるロサルタンは大動脈径拡大を緩徐にするとの報告もある1415).いずれの薬物を用いても,目標血圧に至るまで最大許容用量を投与し,厳格な血圧コントロールを行うことが肝要である. b. 動脈硬化危険因子の管理

動脈硬化を原因として発症した大動脈解離では,手術症例においても内科治療症例においても,遠隔期の心血管イベント抑制のため,血圧コントロールに加えて脂質低下療法や糖尿病のコントロール,禁煙などの内科治療が重要である.スタチンについては,冠動脈疾患と同様に大動脈疾患においても心血管イベント抑制効果が報告されており299),積極的な導入が望まれる. c. 安静度,運動

通常の日常生活に関する制限はほとんど必要ない.運動に関するエビデンスは少ないが,収縮期血圧低下効果の高いウォーキングや軽いランニングなど軽度から中等度の有酸素運動(3~5 METs相当)を1日30分以上,週150分以上行うことが推奨される1416).胸腔内圧を上昇させるような重量挙げなどは避けるべきであり,軽い負荷で負担を感じる前に止めるべきである.収縮期血圧が180 mmHgを超えないような運動強度を患者ごとに設定し,その運動強度をトレッドミル運動負荷検査などで推定するべきである. d. 画像検査によるフォローアップ

外来においては大動脈径の変化を経時的に観察するために,大動脈解離関連イベントの多い2年後までは,CT・
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3.3.1 術後フォローアップ

大動脈解離においては,外科手術後あるいはTEVAR後においても残存解離が存在することが多く,厳密なフォローアップが重要となる.特に画像によるフォローアップとして,術後1ヵ月,6ヵ月,12ヵ月,その後1年ごとのCT検査は必須であり,腎機能障害などにより造影が不可能な場合はMRI検査や経食道エコー検査で真腔・偽腔の血流を評価するべきである1328, 1329).偽腔開存例や遺伝的素因のある解離症例においては,さらに密なフォローアップを考慮すべきである.

3.3.2 再治療の適応

A型解離術後の遠位側(弓部・下行大動脈)残存解離部,あるいはB型解離に対する侵襲的治療(外科手術またはTEVAR)後の残存解離部において,偽腔拡大をきたす症例がある342, 1079, 1085, 1421, 1423–1431).また,B型解離に対するTEVAR後のstent graft-induced new entry(SINE)を含むエンドリークは再侵襲的治療の理由として最も多い342, 512, 1423).これら残存解離に対する再侵襲的治療の適応は,以下のとおりである. 1  残存解離偽腔拡大や真腔狭窄に伴う有症状(胸背部痛,

嗄声,嚥下障害など) 2  残存解離大動脈径≧55~60 mm 3  残存解離大動脈径の急速拡大(≧5 mm/半年)または

再解離,FETまたはTEVAR後のエンドリーク,SINE,あるいは逆行性A型解離4  A型解離術後の遠位側残存解離において,将来の偽腔

拡大が予測される症例(preemptive TEVARの適応)

3.3.3 再治療の発生率

a. A型解離術後の遠位側

急性A型解離術後の症例の11.6~22.7%に遠位側再治療が行われている1079, 1085, 1421, 1426, 1428–1434).この遠位側再治療の発生率は初回手術の内容により異なる.上行・hemiarch置換術に比し,FETを含めた全弓部置換では,その再治療のリスクをハザード比にて0.37に低減できることが報告されている1435–1437).したがって,この再治療を抑制するメリットが侵襲増大に伴うデメリットに勝ると考えられる,リスクが中等度以下の症例において,FET併用全弓部置換術が初回手術として推奨される.当然であるが,遠位側残存偽腔開存例で再治療率が高く,CT検査によるフォローアップが重要である1291, 1418, 1419). b. B型解離術後

初回治療の時期と方法に依存する.初回治療が急性complicated型に対するTEVARの場合,再治療の発生率

は1年で15.4%であった342, 1424).一方,慢性解離に対するTEVAR後の再治療発生率は平均33.7ヵ月の追跡で20.2 (6.0~53.3)%で,外科手術後の11.8(0~26)%に比し有意に高く342, 386, 402, 404),再治療までの期間も有意に短かった(TEVAR 15.4±2.3ヵ月,外科手術65±9ヵ月).初回治療が外科手術の場合,時期により再手術の発生率は大きく異なる.急性complicated型の場合はその治療範囲が胸部に限定されていることが多いため,再治療は1年で5.5%発生し,その率はTEVARのそれと大きな違いはない386).一方,慢性解離の場合,約半数が胸腹部大動脈置換術となるため,再治療の発生率は平均27ヵ月の追跡で11.8(0 ~26)%と,TEVARに比べ低かった342, 386, 402, 404, 405, 1438).

3.3.4 方法と成績

a. A型解離術後の遠位側

初回手術が上行・hemiarch置換術の場合,残存解離のentryは初回手術の末梢側吻合部(解離フラップの損傷),弓部・近位下行,弓部分枝に残存することが多い.再治療における外科手術はこれらのentryを含めた拡大部分を人工血管で置換し,血管内治療においては残存するentryをステントグラフト(SG)などにより閉鎖する術式となる. entryが弓部・弓部分枝に残存する場合は外科手術が中心となり1113, 1233, 1429, 1439–1441),下行に残存する場合はTEVARが主体となるが,弓部や弓部分枝の治療をTEVARやハイブリッド治療で行う技術は成熟しており,その急性期治療成績は外科手術のそれを上回る1421, 1422).ただし,解離症例に対するTEVARはさらなる再治療の原因にもなりやすく1421),また,再治療のタイミングも外科手術に比して早期であることが多い1422).これはSGによるentry閉鎖だけでは拡大した偽腔の良好なリモデリングが得られないことにもよる. b. B型解離術後

再治療の方法の選択は,初回治療の術式(外科手術またはTEVARを含む血管内治療),拡大部位,残存するentryとre-entryの位置,主要分枝の灌流状態(真腔灌流・偽腔灌流)に加え,病因,全身状態,予想される予後,アドヒアランスの良否などを含め,総合的に判断される.外科手術,TEVAR・EVARにおける基本的な考え方は初回手術と同様で,外科手術の場合は拡大部の切除と人工血管置換術,TEVARやEVARの場合は残存entryの閉鎖である.

初回治療がTEVARであった症例に血管内治療を施行する場合,SGを留置した部位にも偽腔が残存するため, entry閉鎖によりcomplete exclusionとなる症例以外では, re-entryから偽腔への血流が残存しターゲットとなった部
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位においても偽腔が縮小しない,あるいはさらに拡大する例も多くみられる391).このことよりcomplete exclusionに持ち込むことが残存解離を治療,閉鎖する近道となる1303).また,ターゲットとなった偽腔を完全な血栓化に持ち込むために偽腔への介入も考慮すべきである1307, 1406).

再治療の方法は,偽腔拡大症例においては外科手術が優先されるが,初回に血管内治療を選択した場合は再治療においても血管内治療が選択されることが多く,初回に外科手術が選択された場合には再治療においても外科手術が選択されることが多い405).しかしながら,大動脈解離術後・残存解離においては大動脈全域に病変が存在していることが多いため,両術式とハイブリッド治療を適切に組み合わせて加療することが患者の予後向上に寄与すると考えられる.したがって,外科手術と血管内治療の両者に熟練した施設において,この複雑な解離治療が行われることが望まれる.

B型解離における再治療では,外科手術,血管内治療ともに胸腹部大動脈領域に治療範囲が及ぶことが多く,この胸腹部領域における外科手術と血管内治療(TEVAR,ハイブリッド治療,開窓型/分枝付きデバイスによるEVAR)の比較では,生命予後とSCI発生率において大きな差がないとされている1442).しかしながら,慢性期の再々治療の発生率は血管内治療において明らかに高く,症例の年齢,病因,アドヒアランスの良否を考慮に入れた術式の選択が肝要である.

3.4 広範囲大動脈解離

3.4.1 外科手術

慢性B型解離のうち,下行大動脈から腹部大動脈にかけて大きな偽腔を有する(解離性)大動脈病変を「広範囲大動脈解離」とし,急性A型解離に対する上行大動脈・hemiarch置換術後の遺残解離もこの範疇に含め,その手術適応と手術術式について記載する.なお,B型解離は「上行大動脈に解離を有しない症例」と定義されているが,弓部にentryを有する症例や弓部に偽腔を有するB型解離を「non-A non-B解離」として別分類する動きがある1443). a. アプローチ

胸骨正中切開では弓部から遠位弓部大動脈までが一般的な外科手術の治療範囲となる.全弓部置換術に下行大動脈真腔へのFETの挿入を組み合わせることにより,下行大動脈のentry閉鎖が胸骨正中切開から可能となる.一方,左開胸では遠位弓部から下行大動脈,さらに腹部大動脈への到達が可能である.また,左開胸からも心嚢内操作や弓部大動脈への手術操作は可能である.上行・弓部大動脈

への手術操作が必要なnon-A non-B解離では,胸骨正中切開による全弓部置換術を初回手術とし,下行大動脈に対する手術を第2期手術とする段階的手術が行われる.初回手術では全弓部置換術に加え,下行大動脈真腔または両腔に血流を誘導するETやFETが併施される.第2期手術は下行大動脈真腔へのTEVAR追加,または左開胸による外科手術(下行大動脈置換術または胸腹部大動脈置換術)が施行される.若年者など拡大手術が可能な症例,または段階的手術のリスクが高い(巨大下行大動脈瘤か切迫破裂)か困難な症例には一期的手術を選択する1218, 1219). b. 吻合法

慢性A型解離の項(本章の「2.3.2. 弓部大動脈」,P. 105)を参照されたい. c. 合併症

弓部から胸腹部大動脈に及ぶ広範囲慢性B型解離の手術では,脳梗塞とSCIへの留意が必要である.

胸骨正中切開アプローチでは,通常の人工心肺操作が可能であるが,弓部大動脈に偽腔が存在するため送血部位の選択が重要である.上行・弓部大動脈に加え,腋窩動脈1213, 1214),大腿動脈,心尖部送血などが選択できる.その際,大腿動脈経由の逆行性灌流による臓器血流不全や偽腔内血栓の飛散に留意しなければならない.人工心肺により低体温を導入し,選択的脳灌流法や逆行性脳灌流法を脳保護法として用いる.弓部分枝に解離が及んでいる症例では選択的脳灌流法の確立が困難なことがあり,あらかじめ人工血管縫着後に灌流するなど,確実な脳灌流保持が重要である.分枝に偽腔内血栓が存在する症例では,血栓飛散による脳梗塞に留意が必要である.

左開胸アプローチでは,大腿動脈送血が第一選択となるが,逆行性灌流による偽腔内血栓飛散による塞栓症のリスクがある.順行性送血部位としては腋窩動脈や,心嚢内操作により上行大動脈,心尖部1215)も選択可能である.脳保護法は低体温が基本となる.低体温循環停止法,高本法1444)による逆行性脳循環法を用いて弓部大動脈遮断を行わない術式や,バルーン付送血管を弓部大動脈に留置して脳灌流を行う方法がある.弓部大動脈を遮断して腋窩動脈や上行大動脈からの順行性送血を行う順行性脳灌流法などが行われている.しかし,左開胸アプローチでは胸骨正中切開に比べ脳・心保護効果が不安定であり,特に脳梗塞には留意が必要である.高本法は本邦発の脳保護法であり,Trendelenburg体位で,置換予定の下行大動脈を遮断し,大腿動脈より送血を行い,右房圧を15~25 mmHgに上げることにより逆行性脳灌流を行う脳保護法である.

SCIも重大な合併症である.正中切開手術では全弓部置
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換術に加え,FETが併施されることが多い.FETによる肋間動脈閉塞,あるいは偽腔血栓化に伴う肋間動脈閉塞がSCIの原因と考えられる.術後に発生する遅発性SCIも報告されている1408).手術範囲が下行大動脈から胸腹部大動脈の広範囲に及ぶ症例でSCIの発生率が上昇する1445). JCVSDの2015年の年次報告で,慢性大動脈解離手術でのSCIの発生率は,外科手術1.5%,ハイブリッド手術7.1%であった711).ハイブリッド手術の多くはFET併施であり,慢性B型解離においてもFETに伴うSCIには常に留意が必要である.

3.4.2 血管内治療

慢性B型解離において,弓部に対する手術操作と,横隔膜を挟んだTAAAに対する手術操作が必要となる場合,一部または全部にステントグラフト(SG)を用いて低侵襲化を図ることがある.A型(DeBakey I型)解離に対する上行置換術や部分弓部置換術が行われた後に弓部に解離が遺残している場合も同様である.A型解離に対する上行置換術や部分弓部置換術の末梢側吻合部でのリークの場合,弓部または弓部分枝内にentryが残存している場合,胸骨正中切開による近位下行大動脈内のentryの切除が可能な場合に,全弓部置換術が施行される.この際,ETまたはFETを留置しておけば,後の下行大動脈病変に対するTEVARに利用できる.

一方,近位下行大動脈のentryはTEVARによる閉鎖が可能であり,弓部分枝を閉塞する場合には,一般的にはバイパス術を先行させるハイブリッド治療が選択される.一部,分枝付きSGを用いたTEVARの報告もある.したがって最近になり,初回手術において単純な上行置換術や

hemiarch置換術ではなく,腕頭動脈のみや腕頭動脈と左総頚動脈を置換する部分弓部置換術の選択が推奨されてきている.この場合,後の同様の問題に対し全弓部置換術の必要はなく,ハイブリッド治療で解決できるという利点がある.

胸骨正中切開ではentryに到達困難な場合には,逆に弓部分枝バイパスの必要がなく,単純TEVARによるentry閉鎖が可能である.ただ,中枢側landing zoneが解離している場合が多いため,解離フラップの損傷の懸念があり, SG径は少なめのオーバーサイズが望ましい416).

TAAAに対し,分枝付きSGを用いることで完全血管内治療が可能であるが,デバイス自体が本邦では保険承認されていないため,腹部分枝バイパス術を併用してTEVARを施行するハイブリッド治療の適応となる.また,SGに人工血管を吻合する場合,SG単独に吻合することも可能であるが,SG周囲の大動脈壁とともに吻合することで,出血を防止しSGを安定させることができる1446).SGは自己拡張型ステントが用いられているので,鉗子による遮断を解除すれば再度拡張する.

上記の治療を組み合わせて行うことになるが,弓部に対する人工血管置換術と下行・胸腹部に対するTEVARは段階的に行われるのが一般的である.弓部,下行,胸腹部の完全血管内治療や腹部分枝バイパス術を併用した下行・胸腹部のTEVARによるハイブリッド治療を一期的に施行することは可能であるが,SGの留置長が長いことや,出血など血行動態悪化によるSCI,腹部分枝バイパス術の侵襲などを勘案し,一期的に行うか段階的に行うかを慎重に検討する.

第7章 大動脈手術に伴う諸問題

上行大動脈置換や弓部大動脈置換の際にopen distal

1 脳保護techniqueを必要とする場合,あるいは左開胸下からの遠

位弓部大動脈へのアプローチの際にopen proximal techniqueを必要とする場合,補助手段としての脳保護を実施する必要がある.超低体温循環停止法のみでも脳保護は可能595)だが,単独では時間的制約がある.特に,全弓部大動脈置換においては長時間の脳保護を必要とするた
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め,より安全な方法として選択的順行性脳灌流法(ASCP/ SCP) 596)または逆行性脳灌流法(RCP) 598)が追加され,成績の向上をみた(クラスIIb)

1447).

SCPにおいては,20~22°C程度の低体温下にバルーン付きカニューラを腕頭動脈,左総頚動脈,左鎖骨下動脈に挿入し,10 mL/kg/minの流量を目安に順行性に脳を灌流する方法が一般的である596).その安全性から,最近では25~28°Cの中等度低体温下手術も行われている(クラスIIb) 603, 1448).しかし,最低体温を28°Cまで上昇させても,それ以下の温度設定での成績と比較して,これまでのところ臨床的に明らかに大きなメリットは示されていない1449).なお,RCPにおいて低体温は必須であると考えられており, 18°C前後の超低体温下に上大静脈経由で,中心静脈圧15~20 mmHgを目安に逆行性に脳を灌流する.

RCPでは60分までという脳保護の時間的制約があると考えられており,その制約の解決策としてarch first technique(先に弓部分枝を再建し,末梢,中枢の順に吻合する)が用いられている601).なお,大動脈手術における低体温の定義について,profoundは鼻咽頭温14°C以下, deepは14.1~20°C,moderateは20.1~28°C,mildは28.1 ~34°CとするExpert Consensusが発表された1450).今後の学術的な報告においてはこの基準が使用されると考えられる.RCPは超低体温法単独とのRCTにおいてその有用性が証明されず(クラスIb)

1451),SCPとのRCTにおいて一過

性脳障害の発生増加を認めた(クラスIIa)

1071).また,日本

成人心臓血管外科手術データベースによるmatched paired analysisでは,RCPはICU滞在日数の延長が認められた585).

このような結果もあって,生理的な灌流で時間的制限の少ないSCPが本邦で最も普及している脳保護法となっている.一方,hemiarch置換または遠位側開放下血管吻合術を用いた上行置換など,超低体温循環停止の時間が限られている症例においては,SCP時の弓部分枝へのカニューラ挿入が不要で,簡便かつ塞栓症のリスクも軽減できるという利点があるRCP法を用いている施設もある.

術中モニタリングについては,温度(鼓膜温・鼻咽頭温と膀胱温・直腸温),灌流圧(左右橈骨動脈圧,カニューラ先端圧,下肢動脈圧など)に加え,最近では近赤外線分光法を用いた脳局所酸素飽和度(rSO2)の経時的な観察が有用である.この他,体外循環時の送血部位の選択,SCP用カニューラ挿入時や再建時の弓部分枝の操作,循環停止時と体外循環再開時の脳空気塞栓の防止,なども脳合併症の予防対策として重要であり,注意深い対応が必要である.表44 大動脈瘤・大動脈解離の侵襲的治療における

脊髄保護の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

広範囲下行・胸腹部大動脈の開胸開腹手術で,禁忌でなければ脳脊髄液ドレナージを行う652, 1452). I B遅発性脊髄障害に対して脳脊髄液ドレナージを行う682, 1453, 1454). I C術前に造影MRI,造影CT などの非侵襲的検査による脊髄栄養動脈の同定を考慮する165, 1455). IIa C同定された栄養動脈の温存または再建を考慮する165, 1455). IIa C広範囲胸腹部大動脈置換術に際して肋間動脈再建を考慮する1408, 1456). IIa C心拍動下手術に際して遠位側大動脈灌流を考慮する1457). IIa C小範囲分節遮断によるepidural networkを活かした肋間動脈再建を考慮する1458, 1459). IIa C一期的手術の必然性がない症例には段階的手術を考慮する1411). IIa C脊髄障害の高リスク例に対するTEVARで,禁忌でなければ脳脊髄液ドレナージを考慮する1460). IIa C周術期にナロキソンの持続静脈内投与を考慮してもよい1461). IIb C電気生理学的脊髄機能モニタリングを考慮してもよい671, 1456). IIb C

大動脈周術期における虚血性脊髄障害(虚血性SCI)の原因には,栄養動脈の一時的・永久的閉塞に伴う血流低下と塞栓症があり,その発症時期により即時性と遅発性がある.脊髄保護のためには虚血性SCIの多様な病態を正しく理解し,多方面からアプローチすることが必要である.

2.1 脊髄動脈支配の解剖学的特徴

ヒト脊髄の動脈支配は,縦走する1本の前脊髄動脈と1対の後脊髄動脈による(図65).重要なのは灰白質の大部分と前側索を栄養している前脊髄動脈であり,両者の交通は脊髄円錐部(末端部)を除き不良である1462).

2 脊髄保護
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前脊髄動脈は,発生学的には分節動脈由来の前神経根動脈anterior radicular arteryが吻合したものであり1463),癒合過程で前神経根動脈の多くが退縮するため,残存する神経根髄質動脈radiculomedullary artery(前神経根動脈のうち脊髄に至るもの)は平均6~8本となる1462, 1463).前脊髄動脈の太さは,T4レベルより尾側から細くなり,後述のAdamkiewicz動脈合流部より尾側から太くなる1462, 1464).このため胸髄レベルは虚血に弱い(critical zone 1462, 1464)).したがって,長時間単純遮断などによる重篤な脊髄虚血で, T4レベル付近からの対麻痺が生じる.

頚髄・T1~T2胸髄では,前神経根動脈は鎖骨下動脈系(椎骨動脈,肋頚動脈幹–深頚動脈・最上肋間動脈,甲状頚動脈幹–上行頚動脈),ときに外頚動脈系の上行咽頭動脈から分岐する1462–1464).このため,左鎖骨下動脈の灌流・温存は脊髄保護に重要となる.

胸髄・腰髄レベルでは,前神経根動脈は分節動脈(第3肋間~第4腰動脈)に由来するが,このうち1~2本が神経根髄質動脈となる1462, 1464).このうち,下部胸髄・上部腰髄レベルに存在する最も太くて重要なものをAdamkiewicz動脈と称する.これはT9~T12から3/4,左側から3/4が起始する1462).分節動脈由来の神経根髄質動脈は特徴的なヘアピンカーブを呈するが,これは,1脊椎骨と脊髄の成長の差により,脊柱管内で一度上行すること,2神経根髄質動脈合流部頭側の前脊髄動脈は細径となるため,動脈は尾側へ連続する形態をとることによる.このため, Adamkiewicz動脈を介する血流は主に腰髄に分布し,下部胸髄血流への関与はきわめて少ない1464).分節動脈は脊柱管内外で上下・左右の吻合を形成する.解剖学的には,椎体外の吻合は縦方向が優勢であるが,脊柱管内・硬膜

外の吻合は横方向が優勢である1463).この豊富なネットワークの存在により,Adamkiewicz動脈を分岐する分節動脈1本を閉塞しても,ほとんどの場合SCIは発生しない.これは1970年代初頭からalternative pathwayとして知られている事実である1464).

仙骨レベルでは分節動脈は外側・正中仙骨動脈lateral & median sacral arteryなどに再構築され,第5腰動脈は正中仙骨動脈や腸腰動脈iliolumbar arteryから分岐する1463).脊髄血流に最も重要なのは外側仙骨動脈で,馬尾から脊髄円錐部にかけての血流供給源となる1462, 1464).このため,脊髄血流にとって内腸骨動脈血流は重要である.

2.2 虚血性脊髄障害の病態

2.2.1 即時性障害と遅発性障害

虚血性SCIは即時性と遅発性がある.即時性障害は術中の脊髄虚血により脊髄が不可逆的な障害をきたすものである.塞栓など永続性の虚血によっても生じるが,一過性虚血であっても許容時間を超えると不可逆的障害をきたす.虚血許容時間は,実験的には常温で5~10分程度と考えられるが,臨床的には側副血流の存在のため虚血の程度に差があり,かつ脊髄温度を知ることも困難である.また,側副血流の存在のため,分節動脈非再建=永続性虚血ではない.

遅発性障害の要因としては,術後の栄養動脈閉塞(再建動脈の閉塞,解離における偽腔血栓化進行に伴う閉塞など)や,術後の脊髄浮腫に伴う髄腔圧上昇1465)や血行動態悪化に伴う脊髄灌流圧低下などが挙げられてきた1462).後者の病態は,手術により側副血流依存で障害発生のボーダーラインまで低下していた脊髄血流量が,術後の血行動態悪化で障害発生レベルまでさらに低下することと考えられる.実験的には,分節動脈全閉鎖後の側副血行路の血流予備能は術後72時間程度まで不十分であり1466),術後の血流需要増に見合わないことが示されている.臨床的にも,遅発性障害は分節動脈を再建しない術式1467)やTEVAR 679)に多く,これら術式のSCIに占める遅発性障害の率は80%を超えるとの報告もある679, 1467).その対策として,分節動脈非再建の場合には術後3日間,高血圧管理+脳脊髄液ドレナージを持続することが推奨されている1466, 1468, 1469).実験的には,遅発性障害は術中虚血によるアポトーシス1470)や再灌流障害などにより生じている可能性があり,薬理学的脊髄保護のターゲットとなっている.

図65 脊髄動脈支配の解剖学的特徴

Adamkiewicz 動脈

椎骨動脈

(胸部神経根髄質動脈)

頚部神経根髄質動脈

硬膜外アーケード

外側仙骨動脈
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2.2.2 側副血行路の有効性

栄養動脈閉塞時の側副血行路の有効性は,解剖,病変や既往手術による修飾,血行動態,手術戦略に依存する.側副血行路には前脊髄動脈を介するもの,脊柱管内のネットワーク(硬膜外アーケード)を介するもの,脊柱管外のネットワークを介するものがある.これらに加え,病変や既往手術による修飾の結果,胸腔外側副血行路が発達している場合がある.

前脊髄動脈を介する側副血流は,ヘアピン形状をしたAdamkiewicz動脈の頭側で前脊髄動脈が狭小化するため, Adamkiewicz動脈より尾側から頭側へは分布しがたい.これが遠位側大動脈灌流ではSCIを防ぎきれない理由である1471).一方で,4割程度にAdamkiewicz動脈より尾側(多くは腰仙部の分節動脈由来)に2本目の神経根髄質動脈が存在する1472, 1473).この2本目の栄養動脈は,多くの場合ヘアピン形状をとらず,前脊髄動脈に尾側から合流する形態となる(合流部より頭側の狭小化がない)

1473).この場合,

Adamkiewicz動脈を遮断しても,遠位側の神経根髄質動脈から前脊髄動脈へ流入した血液はAdamkiewicz動脈領域へ到達すると考えられる.実際,この2本目の栄養動脈を有する場合,遠位側大動脈灌流と盗血防止とにより脊髄虚血を回避できることが示されている1473).

硬膜外アーケードを介する側副血行路は,上下左右に隣接する分節動脈間に常に存在するものである.手術中に,逆流の弱かった分節動脈が周囲の分節動脈閉鎖後に逆流旺盛となることは,よく経験されることである.実験的にも,硬膜外アーケードを介する側副血流はAdamkiewicz動脈閉塞直後から機能することが示されている1474).したがって,Adamkiewicz動脈に連なる肋間動脈を再建する際には,隣接する肋間動脈からの硬膜外アーケードを介する側副血流を生かす戦略が有利である.本邦で発展してきた小範囲分節遮断法1458, 1459)は,その方法の一つである.

脊柱管外ネットワークを介する側副血流は栄養動脈を閉塞した直後から機能するものではなく,チャネルが開くのに時間を要することが実験的に示されている1474).これは,その過程に細動脈を介するためと考えられる.一方,肋間動脈閉鎖後に末梢肋間動脈圧を測定した臨床研究では,拍動流から定常流へ移行すると劇的に末梢肋間動脈圧は低下している1475).これは,良好な拍動流を末梢にも維持することにより,急性期にも脊柱管外ネットワークを介する側副血流量を改善できる可能性を示唆する.これが, TEVARで分節動脈非再建にもかかわらずSCI発生率が低いことの要因である可能性がある.したがって,外科手術においても末梢に拍動流を維持するような戦略が有効である可能性が示唆される.

胸腔外の側副血行路も分節動脈閉塞後に発達するため,十分な血流量を供給できるようになるまでに時間を要すると考えられる.YoshiokaらはTEVARによりAdamkiewicz動脈を閉塞した後,術前にはみられなかった胸背動脈由来の側副血行路が術後発達したことを,画像で示した1476). Grieppらは実験的に,分節動脈閉塞後5日目に脊柱管外ネットワークと胸腔外の側副血行が増加していることを示した1477).胸腔外の側副血行を活かすには,その供給源となる動脈を温存した段階的手術が有利と考えられる.Etzらは,段階的手術により,一期的手術よりも広範に分節動脈を閉塞したにもかかわらず,SCI発生率は有意に減少したと報告している1411).

2.2.3 collateral network concept

Grieppが2007年に提唱したcollateral network concept 1478)は,「脊髄は多数の流入動脈を有し,脊柱管内外に豊富な側副血行路を有するため,血流は1本の動脈に依存するものではなく,側副血流を維持することこそが重要である」というものである.この解剖学的・血行動態的事実は,すでに1970年代から知られている.臨床的にも, Acherは1990年にすでに分節動脈非再建+脳脊髄液ドレナージ(+ナロキソン)という戦略でCrawford II型でもSCIが5%という成績を報告し1461),Borstは1996年,その教科書の中で「分節動脈は盗血を防ぐため可及的に早く閉鎖すべきである」と述べている.

本コンセプトを表現するのに,1つの水槽に複数の水栓から水を注ぐモデルがよく用いられる.しかし,このモデルが該当するのは,前脊髄動脈に狭小部分がないか,あっても第2の神経根髄質動脈の存在や既往手術などによる修飾などで側副血行路が発達している場合に限られ,全体の4割程度と考えられる1473).残りの6割の症例では,1水槽ではなく複数の水槽を細い管で連結したモデルがより適している(図66)

1459).細い連結管(Adamkiewicz動脈合流

部頭側の前脊髄動脈の狭小部分)の存在が遠位側大動脈灌流だけでは脊髄保護が不十分となる大きな要因の一つであり1471),また,分節動脈を再建しない術式において遅発性SCIが多い原因でもある.すなわち,collateral network conceptは,脊髄血流は1本の動脈に依存するものではないことを示す一方で,側副血流の供給源である分節動脈再建を否定するものではない.「分節動脈再建は意味がない」という解釈は誤りである.

2.2.4 術式別の障害発生メカニズム

分節動脈再建を行う外科手術の場合,SCI発生の主因は
p.130
再建中の脊髄虚血である1479, 1480).すなわち,再建中に十分な側副血流を維持できていないにもかかわらず,再建に要する時間の分だけ大動脈遮断時間が延長する(末梢大動脈由来の側副血行路に拍動流が回復するまでの時間が延長する)結果,一過性ではあっても脊髄虚血が許容時間を超えてしまうのが原因である.したがって,その多くは即時性障害となる1459).その他の障害発生原因としては,shaggy aortaの操作に伴う塞栓症1481)や,再建分節動脈の閉塞に伴う虚血などが考えられる.

分節動脈再建を行わない術式の場合,SCI発生の主因は,栄養動脈閉鎖に伴う周術期の血流低下である.これは側副血流量に左右されるため,解剖,病変や既往手術による修飾,血行動態,そして手術戦略に依存する.虚血は術中のみならず術後にも発生し,遅発性障害の形をとることも多い.

分節動脈再建を行わない外科手術の場合,盗血を最小限にし,大動脈遮断時間を短縮し,多少なりとも側副血行路のチャネルが開くことを期待して,瘤切開前に外から分節動脈を順次閉鎖するほうが有利である1482, 1483).超低体温の応用は,分節動脈非再建の場合,虚血許容時間の延長という利点を活かしきれないばかりか,復温中の低圧・定常流灌流による側副血流低下という弱点を抱えており,侵襲の大きさを考えると決して得策ではない.

TEVARは,大動脈遮断がなく遠位側大動脈に拍動流が維持される点,盗血現象がない点で,術中は外科手術より有利である.ただし,塞栓による障害1481)には十分な注意が必要である.一方で分節動脈が再建できないため側副血流依存性となり,術後数日間にわたって遅発性障害のリスクがある.カバー長が長いほど側副血流の供給源が減少するため,リスクは高い.EUROSTARレジストリでは,オーバーオールの対麻痺のリスクは2.5%であるが,3個以上のデバイスを使用するとオッズ比は3.5となり,外科手術と

比較して決して有利とはいえない688).これは特にAdamkiewicz動脈をカバーする場合に顕著である1455).

FET法に伴うSCIの原因は多様である.より遠位への留置594, 1484)や左鎖骨下動脈非灌流746)が危険因子とされる点からは,TEVARと同様,カバー長依存性の側副血流低下も一因と考えられる.しかし1990年代には,より浅い留置であっても障害が多発しており,その原因は独特である.留置時に遠位側灌流で大動脈を満たす対策が有効とされる点からは,空気や粥腫を含む塞栓症が関与594, 1484)しているとも考えられる.他には,解離の場合,偽腔の急激な血栓閉塞に伴うものがある.

2.3 脊髄保護法

2.3.1 脊髄栄養動脈の同定と温存,再建

古くは選択的肋間・腰動脈造影が行われたが,同定率は55~89%に留まるうえ,検査自体がSCIの原因となりうることなどから,一般化しなかった1462).最近はより低侵襲のマルチスライスCT(MDCT)や造影MRIを用いた検査が普及しており,その同定率は70~94%である119, 165, 166, 1460, 1485).

collateral network conceptの普及に伴い,かかる栄養動脈の同定・再建は意味がないとする誤った理解が広まった.しかし,本コンセプトは本来,脊髄血流は1本の動脈に依存するものではないことを示すものであり,側副血流の供給源である分節動脈再建を否定するものではない.広範囲TAAAの外科手術において,肋間動脈非再建がSCI発生の危険因子であることは多くの報告がある1408, 1456).本邦の多施設共同研究165)でも,術前同定されたAdamkiewicz動脈の温存・再建はSCI発生率を低下させると結論されている.またTEVARであっても,特に治療長が長い場合には,開存しているAdamkiewicz動脈のカバーはSCI発生の危険因子であることが示されている1455).

術中に脊髄栄養動脈を同定する試みは,分節的大動脈遮断と電気生理学的モニタリングの組み合わせ1480, 1486)や,遮断分節や再建動脈への冷却液注入を電気生理学的モニタリング1487)や硬膜外温度センサーで検出するなどが行われている.しかし,術前に低侵襲で栄養動脈を同定できる時代を迎え,術中モニタリングの意義は変化している.

2.3.2 電気生理学的モニタリング

術中に脊髄機能を監視する試みは,1980年代から体性感覚誘発電位1486)や脊髄誘発電位1480)を用いて臨床的に行われてきた1488).しかし,体性感覚誘発電位は簡便である

図66  collateral network concept の水槽モデル(Shiiya N, et al. 2019 1459)より) © 2019 The Japanese Association for Thoracic Surgery. https://link.springer.com/ journal/11748

鎖骨下動脈肋間動脈

胸髄頚髄内腸骨動脈

腰髄遠位側大動脈灌流
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ものの,末梢神経刺激–皮質感覚野導出のため,末梢神経や脳を含む感覚神経系のモニターであり,感受性・特異性ともに低い1489).脊髄誘発電位は2本の硬膜外電極による脊髄刺激–脊髄導出で,脊髄特異的で麻酔耐性が強く,特異性は良好であるが,硬膜外血腫や電極位置不良によるモニタリング不能例が問題である.また脊髄運動細胞ではなく脊索の機能を反映するため,虚血から電位変化までの時間が長いことも欠点であった1488).

1990年代後半以降,経頭蓋電気刺激にtrain刺激が導入され,運動誘発電位が大動脈外科領域でも普及してきた673).これは皮質運動野刺激–四肢筋電図導出の運動機能のモニタリングであり,感受性が高く,虚血に対する反応も早いため,現在最も頻用されている1488).ただし,麻酔薬の影響を受けやすく,麻酔管理に留意が必要であるほか,脳や末梢神経,神経筋接合部の影響も受け,特異性,安定性に問題がある.このため,経食道刺激など,安定性を改善する工夫がなされている1490, 1491)が,臨床研究段階である.

電気生理学的モニタリングは,1990代には再建すべき分節動脈の同定目的でも応用された1480, 1486)が,術前に非侵襲的に栄養動脈を同定できる時代を迎え,その意義は変化している.すなわち,術中の側副血流は十分か,分節動脈再建は適切に行われているか,などを監視することが主眼となっている671, 1456).この目的では近年,近赤外線分光法を用いた脊柱起立筋の酸素飽和度モニタリングが,脊柱管外ネットワークの側副血流のモニタリングとして注目されている1492, 1493).

2.3.3 遠位側大動脈灌流

遠位側大動脈灌流は,分節的大動脈再建との組み合せで,中枢大動脈吻合時に分節動脈灌流を維持することにより分節動脈の総遮断時間を短縮する目的で用いられてきた.しかし,分節動脈再建中の虚血対策としては単独では不十分であった.collateral network conceptの時代を迎え,遠位側大動脈灌流の目的は,分節動脈再建中も含めた大動脈遮断中の脊髄側副血流量を高く保つことに変化している.このため大動脈遮断・遠位側大動脈灌流中も,中枢血圧,末梢灌流圧ともに高く維持することが推奨1483)されており,大動脈遮断下の手術を選択する場合には,脳脊髄液ドレナージ+分節動脈盗血防止とともに,手術戦略の基本となっている1457, 1483).本邦では,これに加え,硬膜外アーケードを介する側副血流を活かす戦略(小範囲分節遮断による分節動脈再建1458, 1459)など)や末梢側に拍動流を活かす工夫も行われている. 2.3.4 分節動脈盗血の防止と灌流

再建中に分節動脈からの逆流により脊髄側副血流を盗血することがSCIの重要な要因であることは,1980年代から知られている1494, 1495).したがって,虚血許容時間が長い超低体温循環停止法を用いる場合を除き,分節動脈からの逆流はすみやかに制御する必要がある.再建予定の動脈からの逆流制御には,内腔からのバルーンカテーテル留置や外側からの遮断が用いられている.再建予定がない場合には,これをすみやかに止血することが重要である.大動脈遮断前に瘤外から順次クリッピングする戦略は,側副血行路のチャネルを開く目的のみならず,盗血を回避する意味でも有用である1483).

一方,盗血制御によってもモニタリング上の脊髄虚血が改善されない場合を中心に,肋間動脈灌流が行われている.細径の肋間動脈を有効に灌流するのは困難であるが,現在は専用のカニューラも市販されており,150~200 mmHgの回路圧で30~40 mL/minが至適灌流量と報告されている1496).

2.3.5 脳脊髄液ドレナージ

脊柱管は閉鎖腔であるため,脊髄灌流圧は平均動脈圧と脳脊髄液圧の差で規定される.灌流圧が50 mmHgを割ると脊髄血流は低下し1497),15 mmHg以下ではSCIが発生する1498)と報告されている.脊髄灌流圧を上昇させる目的での脳脊髄液ドレナージ(CSFD)は,1960年にMiyamotoらによって初めて提唱された1499).しかしCrawfordらの1991年のRCT 1500)によって,50 mLのドレナージが無効であると結論付けられて以降,一部の施設で良好な成績が報告されていた1461, 1468)にもかかわらず,広く普及するには至らなかった.

CSFDが市民権を得たのは,2002年にCoselliらが,現在臨床的に行われている圧規定ドレナージ法を用いてその有用性を報告652)して以降である.これと相前後して,外科手術における有用性を示す多くのコホート研究の結果1452)も報告され,さらには遅発性SCIがCSFDによって改善されたとの報告が,外科手術後1453)のみならずTEVAR後の症例でも多数行われるに至り682, 1454),CSFDはcollateral network concept時代の基本戦略となっている.ただし硬膜外血腫,髄膜炎,チューブ断裂,頭痛などに加え,頭蓋内硬膜下血腫という重篤な合併症が報告されている1452).頭蓋内出血は架橋静脈の断裂により生じるとされ,ドレナージ量が多いことが危険因子とされる.このためドレナージ圧10~13 cmH2O以上1501),ドレナージ速度<15 mL/h 1452)が推奨されている.
p.132
2.3.6 低体温

低体温は脊髄虚血許容時間を延長するが,臨床的に脊髄温のサロゲートとなる温度モニター部位に定見がないこともあり,脊髄のQ10(温度係数)は確立されていない.実験的には,ウサギモデルで34.5~38.5°Cの範囲では1°Cの温度低下により虚血許容時間が5.5分延長したと報告されている1502).

心拍動下の手術においては,灌流冷却やnatural driftによる軽度~中等度全身低体温が用いられている.一方,中枢側大動脈遮断が困難な症例,あるいは分節的大動脈遮断が困難な症例を中心に,脊髄保護目的の超低体温循環停止下の手術も実施されている.しかし開胸術野からの超低体温手術は,心肺の保護に制約があり,手術侵襲が大きいため,1990年代前半には欧米では成績不良であった1503).1990年代後半になり,Kochoukosらの優れた成績667)が報告されて以降,成績も向上しているが,これを第一選択としている施設は限定されている.

脊髄を局所冷却する試みも,クモ膜下腔1504)や硬膜外腔1505)の冷却灌流により古くから試みられてきた.後者は本邦でも用いられているが,いまだ臨床研究の段階である.

2.3.7 段階的手術

Etzらは2010年,段階的手術がSCI発生率を低下させると報告した1411).これは,初回手術により分節動脈が閉塞された後,側副血行路が発達する時間が与えられるためと考えられている.段階的手術が可能な病態の多くは慢性大動脈解離であり,下流の大動脈拡大をどこまで許容して残すかという選択になる.段階的手術を選択する場合,第2期手術待期中の破裂のリスクに加え,再開胸となる第2期手術のリスクの評価も重要である.

2.3.8 薬理学的保護

実験的には多くの薬物で脊髄保護効果が証明されているが,臨床的にエビデンスを有するものはない.ナロキソンはAcherらの報告1461)以降,広く臨床応用されているが,その脊髄保護効果を比較検証した報告はなく,脳脊髄液中の神経興奮性アミノ酸放出を抑制したという傍証が存在するのみである1506).一方で,血管拡張薬であるニトロプルシドは,脳脊髄圧を上昇させ脊髄保護に不利であることが示されている. 3.1 外科手術後

表45 大動脈再手術の術前検査と再開胸前の体外循環の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

術前にマルチスライス造影CT 検査を考慮する. IIa C術前のマルチスライス造影CT 検査で胸骨と心臓・上行大動脈・冠動脈バイパスグラフトとが隣接していることが判明した場合には,胸骨再切開に先立ち末梢血管へのカニュレーションを介して体外循環を確立することを考慮する. IIa C胸部および腹部領域の大動脈再手術は,大きく2つに分類できる1507, 1508).1つは初回手術での置換部位,またはステントグラフト(SG)留置部位から,隣接する非瘤化部位に新たに病変が進展した場合であり,新規病変の位置により,さらに近位側病変と遠位側病変に分けられる.2つめは,初回手術部位の修復または治癒不全によるもので,外科手術(人工血管置換術)後の吻合部瘤,近位または遠位端側の仮性瘤,パッチ瘤,人工血管感染,隣接臓器への瘻孔形成,TEVAR後のエンドリークによる瘤拡大,解離発症,SG感染,瘻孔形成などが挙げられる.病態の複雑性により手術成績は異なるが,日本胸部外科学会の年次報告によれば,再手術時の手術死亡率は初回手術時の2~5倍高くなる42).再手術時の手技的な工夫と補助手段の修飾などが必要となるが,近年では外科手術後のTEVAR, TEVAR後の外科手術という選択も多くなされ,相補的なスキルセットになっているともいえる.

3.1.1 大動脈基部

大動脈基部置換術後の再手術としては,弁輪縫合部や冠動脈再建部からの仮性瘤形成が特徴的である,診断のためには経胸壁エコー検査,経食道エコー検査が低侵襲であり有用である.人工弁周囲の構造変化をとらえるのが難しいこともあるが,その場合には心電図同期CT検査が有用で,診断精度はきわめて高い.仮性瘤形成の背景には,先天性結合織異常,自己免疫類縁疾患や感染合併があることが多いとされる1509).近年,VSRRが普及するにつれ,

3 再手術
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大動脈弁閉鎖不全症の再燃に対する弁病変への治療介入症例も増えつつある.また,成人先天性心疾患領域でチアノーゼ性心疾患根治術後の大動脈基部拡大病変が手術適応となることも散見される1510).Ross手術後のpulmonary autograft failureといわれる,遠隔期弁輪拡大による大動脈弁逆流も再手術の適応となっている1511).

大動脈基部または上行大動脈に対する再手術のまとまった成績報告としては,各施設での症例数56~269例の手術成績の解析で,早期死亡率は6.0~16.4%であった1509).同一領域の初回手術に比較し3倍以上の死亡率になるとされている.数値の開きが大きいのは,手術対象となる疾患背景に違いがあるためと考えられる.再手術時の危険因子としては,NYHA心機能分類III度またはIV度,年齢75歳以上,女性,慢性肺疾患,術前腎機能障害,予定外のバイパス手術を要するような冠動脈疾患,周術期心筋梗塞,緊急手術,体外循環時間の延長,術後に大動脈内バルーンパンピングを要する状態などが挙げられている1509).

再手術方法としては,病態と患者の全身状態を勘案し,個別化した術式の選択が必要となる.吻合部仮性瘤に対しては,同一術野から直達手術により仮性瘤修復を行うことが多いが,形態的な考察に基づいて低侵襲の治療法を選択しうる場合には,血管内治療としてコイル塞栓,プラグによる閉鎖,再TEVARも選択しうる1512, 1513).人工血管感染に対しては,再開胸ドレナージ,創洗浄,再置換,大網充填,閉創という一連の治療により根治を図るのが一般的である.しかしながら,患者状態が著しく不良な場合, vacuum-assisted wound closure(VAC)療法を行い,人工血管または同種保存凍結組織(ホモグラフト)などによる再置換を回避し,大網充填を行って治療するという選択肢もある1514, 1515).

上述の外科手術に入る場合に必要となる再胸骨正中切開に際しては,特記すべき留意点がある.弁膜症や冠動脈疾患,あるいは先天性心疾患における再手術と異なり,拡大した大動脈そのものや先行手術で置換された人工血管が胸骨裏面に強固に癒着している場合がまれではないことである.胸骨を切開する際にいかに細心の注意を払っても,大動脈や人工血管の損傷を回避しえない解剖学的状況がある.再開胸時に大出血をきたした場合の手術死亡率は47%にも上るとの報告もある1516).その可能性を事前に把握するためには,術前造影CT検査が有用であり,精度の高い評価を得るためには心電図同期CTが有用である1509).再開胸時に大動脈や人工血管の損傷を回避しえないと判断された場合には,再開胸に先立ち大腿動静脈などの末梢血管を露出させ,あらかじめ体外循環を確立して大出血に備える準備が必要である1509).大出血が予期された場合には超低体温循環停止法を併用し,許容時間内で再開胸操作

と大動脈遮断操作を完了して体外循環を再開する必要がある.循環停止時間が延長すると予期される場合には,あらかじめ両側総頚動脈に選択的にカニュレーションし,脳分離体外循環を確立する方法も有用と考えられる.さらに,大動脈近位部の再手術における死因として心筋梗塞が重要であることを勘案し,術中の心筋保護法に関しては特別の注意を払う必要がある1517).

3.1.2 上行・弓部大動脈

上行大動脈置換ならびに弓部大動脈置換術後の再手術の適応病態は,吻合部仮性瘤,置換部位以遠の瘤化病変の進展,解離発症,そして人工血管感染がある.これらの病態は下行大動脈・胸腹部大動脈置換術後にも同様に発生しうる.弓部・胸腹部大動脈置換術後のいわゆるパッチ瘤は,島状に人工血管に端側吻合された複数の頚部分枝,肋間動脈や腹部分枝血管の周囲が,瘤化した病態である.肋間動脈周辺の瘤に関しては,TEVARで治療可能な場合もあるが,虚血性SCIをきたすリスクがある.腹部分枝に関しては,分枝の個別再建術,または分枝をdebranchingしたうえでTEVARを行うという選択肢もある.

再左側開胸を要する再手術としての胸部下行大動脈置換術,または,胸腹部大動脈置換術に関するまとまった報告によれば1507),再手術の割合は,すべての胸部下行・胸腹部大動脈人工血管置換術の10.2~30.0%を占め,その早期死亡率は8.7~22.9%と記録されている.この死亡率については,初回手術の死亡率と比較して統計学的有意差はないとしている報告が多い1507, 1518)が,初回手術よりも有意に死亡率が高かったとする報告もある1508).一般に再手術症例には,Marfan症候群に代表される先天性結合織異常を伴う患者の割合が多いが,それらの患者は比較的若い年齢層であることが多いため,再手術操作に伴うリスクが相殺される可能性がある.したがって再手術時のリスク評価については,患者個々の危険因子を正しく評価に組み入れる必要があると考えられる.また,上述の成績報告はTAAAに対する手術経験が豊富な施設からの報告であることを念頭に置く必要がある.同様に,再手術時の主要合併症についても,統計学的に有意な増加はみられないとしている報告あるが,術後のSCI,腎障害,呼吸器障害の発生率については増加傾向がみられる報告もある.特に再左側開胸を施行する際には,左肺の剥離操作中に胸壁に強固に癒着した胸膜と肺実質を損傷することを回避できないことも多く,それに引き続く肺出血や無気肺などの肺合併症の併発リスクが高まる.
p.134
3.2 血管内治療後

TEVAR後におけるステントグラフト(SG)の瘤内への位置ずれ(migration),エンドリーク,瘤径拡大,破裂,逆行性A型大動脈解離(RTAD) 417),末梢側のstent graftinduced new entry 1221, 1349),感染,食道瘻・気管支瘻などが,再手術の適応となる.

RTAD,感染,食道瘻・気管支瘻などに対する治療は人工血管置換術が基本であり,type Iエンドリーク,SGのずれ,SGの破損,大動脈解離に対するTEVAR後の偽腔拡大などは,症例により人工血管置換術が選択される513, 1446, 1519, 1520).

感染や食道瘻・気管支瘻に対する人工血管置換術では手術時にSGを全抜去するのが原則である.しかし,一般的にSGのlanding zoneとなっていた部分の大動脈壁は菲薄・脆弱化し,SG抜去後にこの部分の血管壁を吻合に用いることは困難なことが多い.そのため,感染などを伴わず,SGを全抜去する必要がなければ,landing部分のSG

を切断して残し,大動脈壁とともに吻合に利用するのが原則である1446, 1520, 1521).

TEVAR後の人工血管置換術は,RTAD,感染,食道瘻・気管支瘻などのため緊急または準緊急手術を要することも多く,これらに対する治療成績はやや不良である1522).一方,TEVAR後のstent graft-induced new entryやSG近傍の瘤化などに対する追加治療は,TEVARで対応可能なことが多い1349).エンドリークに対する治療に関しては,type IIIあるいは分枝動脈までの距離があるtype Iでは血管内治療(SGの追加留置,コイル,プラグなど)が可能なことが多いが,type IIエンドリークでは腹部の場合とは異なり,流入血管(肋間動脈や気管支動脈)に対するカテーテルによるアプローチが困難なことが多い.

また最近では,大動脈解離に対するTEVAR後の慢性期の偽腔拡大に対して,さまざまな血管内治療の術式が工夫され,実践されている1523).

第8章 その他の大動脈疾患

大動脈瘤・解離の発症年齢の分布は高齢にピークがある.その一方で,大動脈瘤・解離は若年でも発症することが知られ,また,そのような場合には家族歴が認められることが多く,遺伝の関与が想定されていた.Marfan症候群はFBN1遺伝子の異常が最初に確認された疾患群であり,若年発症の大動脈疾患の原因としてよく知られている.しかし,同時にMarfan症候群の診断基準にあてはまらない患者群の存在も明らかになり,若年発症の大動脈疾患であるがMarfan症候群とは診断できない,いわゆる「Marfan類縁疾患」の概念が確立した.それらはMarfan症候群と同様に何らかの遺伝子異常にもとづく血管の脆弱性が背景

1 遺伝性大動脈疾患にあると考えられ,遺伝子解析の技術の進歩を背景として

次々にその遺伝子異常が明らかにされてきた.

以上のごとく,若年(50歳未満)発症の大動脈疾患をみたときには,まず遺伝性を想起することが重要である.鑑別疾患として,若年性高血圧,閉塞型睡眠時無呼吸,大動脈炎などがあり,これらを除外できれば遺伝性大動脈疾患の可能性が高くなる.外見上,高身長で,家族歴があれば,まずMarfan症候群が疑われる.Marfan症候群は急性大動脈解離のおよそ5%程度と報告されているが1524),遺伝性大動脈疾患のなかでは最も多く,半数以上を占め, Marfan症候群以外の遺伝子異常による大動脈疾患すべてを合わせて残りの半数程度であるとの報告もある1525).また,いまだに多くの遺伝子異常が明らかになっていない.

遺伝子異常の個々の診断に関しては次項に譲るが,以下のような考え方に基づいて遺伝性大動脈疾患を考える.家族歴がないからといって遺伝子異常を否定できない.その
p.135
患者が発端者(家系内で遺伝子変異が最初に起こった患者)である可能性がある.Marfan症候群には診断基準があり(改訂Ghent診断基準)

1526),遺伝子検査をしなくても

臨床的に診断できる.Marfan症候群以外の遺伝性大動脈疾患については臨床的な診断基準がなく,確定診断には遺伝子検査が必要となる.

遺伝子異常には症候群性(身体所見にある程度の特徴がある)であるMarfan症候群,Loeys-Dietz症候群,血管型Ehlers-Danlos症候群,SMAD3遺伝子異常などと,非症候群性(その外見から遺伝子異常を推定することは不可能)であるACTA2遺伝子異常などがある.

遺伝子異常は大動脈壁中膜に異常を引き起こすことにより,若年で大動脈疾患を発症させる.中膜病変の程度は大動脈の脆弱性を規定するが,疾患によってその程度には大きなばらつきがあり,それが大動脈疾患の発症年齢の規定因子の一つであるとされている.以前はその中膜病変は「嚢状中膜壊死」(cystic medial necrosis, CMN)と表現されてきたが,他にcystonecrosis,cystic degeneration, mucoid degenerationなど,用語の統一がなく混乱をきたしたとして,近年ではmucoid extracellular matrix accumulation(MEMA)を用いることが米国と欧州の心臓血管病理学会から推奨され,明確な定義もなされている1527).

1.1 定義

「遺伝性大動脈疾患」とは,遺伝により発症が規定される大動脈疾患である.ただし,患者の代で新生突然変異などが生じる場合,浸透率が低いために遺伝子の変化があっても発症しない場合,潜性遺伝(劣性遺伝)形式のためにヘテロ接合体では発症しない場合など,家族や親族に大動脈疾患のみられないことがある.遺伝性大動脈疾患の多くは常染色体顕性遺伝(優性遺伝)病であり,大動脈以外の特徴的な所見を伴う「症候群性」と病変がほぼ大動脈に限られる「非症候群性」に大別されるが,同じ病因遺伝子による疾患であっても大動脈病変以外の変化がごく軽微なこともある.

遺伝性大動脈疾患では組織学的に嚢状中膜壊死所見を呈することが多い.Marfan症候群,血管型Ehlers-Danlos症候群は原因遺伝子の変異解析が診断基準でも重視されるようになったが,すべての遺伝子変異が同定されるとは限らない(本章の「1.4. 遺伝子診断」,P. 138~を参照).さらに,未同定の原因遺伝子の変化によるものもある.加えて,新生突然変異による場合も少なくないために,詳細な家族歴調査でも遺伝性が明らかにならないこと,遺伝子の変化(変異)が同定されても病因とはならない良性の変異(多型)との区別が容易でないこともあり,遺伝子解析(検

査)は万能ではない.また,大動脈二尖弁は家系内発症率が高く,大動脈瘤発症に関係し大動脈解離発症リスクが高いことが知られ,一部に特定遺伝子の変異との関係が報告されている.

1.2 症候群性遺伝性大動脈疾患

1.2.1 Marfan症候群

小児科医Marfanの報告(1896年)

1528)にちなんで命名さ

れた常染色体顕性遺伝(優性遺伝)疾患で,心血管病変,筋骨格異常および眼病変を合併し,遺伝性発症を示す全身性の結合織形成不全疾患である1528, 1529).原因と病態の解明が進み,ミクロフィブリルの主要構成成分であるフィブリリン-1をコードするFBN1遺伝子の変異により発症する疾患1530)と理解されている.遺伝子異常により弾性線維の形成や構築の異常,さらには平滑筋細胞との結合に異常が発生することが知られている1531)が,フィブリリン-1がTGF-β の機能変化をもたらし,細胞の分化増殖の要としてのTGF-βシグナルの増加を引き起こすことも,病態の原因となっている528, 1532).

20~30%は新生突然変異で生じ,心血管病変,骨関節病変,眼病変のすべてを呈しない症例もある.診断基準は,まずベルリン診断基準が提案され,その後,改訂版としてGhent診断基準が提案された.さらに,遺伝学的検査・家系情報の重要性が指摘されて,改訂Ghent診断基準(2010) (表46)

1526)が提案された.この診断基準は大動脈基部拡大と水晶体偏位を主要所見とし,FBN1遺伝子の検査所見を重視する.家族歴がない場合にも,大動脈基部拡大と水晶体偏位があればMarfan症候群と診断される.一方しかみられない場合には,FBN1変異の存在または身体徴候スコア7点以上でMarfan症候群と診断される.家族歴がある場合には,水晶体偏位,身体徴候スコア7点以上,あるいは大動脈基部拡大のいずれかにより診断される.身体徴候スコアは表46の項目により点数化される1526).その評価のため,心エコー検査(僧帽弁逸脱,大動脈基部拡大), CT検査(全身の大動脈瘤,硬膜拡張),骨X線検査(側弯,後弯,寛骨臼突出),眼科的検査(水晶体偏位),遺伝子検査が行われる.大動脈基部径は,年齢,身長・体重(体表面積)で補正評価したZスコア1533–1535)を算出し,スコア> 2(小児では,>3)により判定するが,他の大動脈疾患と同様に大動脈径計測と解離の有無の判定も重要である.
p.136
疾患であるが,新生突然変異があること,病変が動脈に限らず全身の臓器に及ぶことから,病像が多岐にわたる.特徴的所見は薄く透過性のある皮膚で,易出血性を認め,特徴的顔貌を呈する.寿命は短く,腸管,子宮の突然の破裂や動脈出血による突然死が少なくない.全身の脈管系に変化が生じ,大動脈,分枝動脈,脳動脈いずれも解離を生じることがあり,動脈径と解離との関係はないとされる.できるかぎり非侵襲的な検査を行うべきとされる.

1.2.2 血管型Ehlers-Danlos症候群

血管型Ehlers-Danlos症候群(Ehlers-Danlos症候群IV型)はCOL3A1遺伝子の機能異常によるIII型コラーゲン分子の異常によって引き起こされる疾患である1536).各種動脈をはじめ全身臓器の機能異常を生じるまれな遺伝性疾患であり,臨床所見・画像所見とCOL3A1遺伝子の変異同定1537)により診断される.常染色体顕性遺伝(優性遺伝)

表46 Marfan 症候群と類縁疾患の診断のための改訂Ghent 基準(2010)家族歴がない場合(1)大動脈基部病変注1)(Z≧2)かつ 水晶体偏位 →「Marfan症候群」* (2)大動脈基部病変(Z≧2)かつ FBN1遺伝子変異

注2) →「Marfan症候群」(3)大動脈基部病変(Z≧2)かつ 身体徴候(≧7点)→「Marfan症候群」

*

(4)水晶体偏位 かつ 大動脈病変と関連するFBN1遺伝子変異

注3) →「Marfan症候群」・ 水晶体偏位があっても,大動脈病変と関連するFBN1遺伝子変異を認めない場合は,身体徴候の有無にかかわらず「水晶体偏位症候群(ELS)」とする.・ 大動脈基部病変が軽度で(バルサルバ洞径;Z<2),身体徴候(≧5点で骨格所見を含む)を認めるが,水晶体偏位を認めない場合は「MASS」

注4)とする.・ 僧帽弁逸脱を認めるが,大動脈基部病変が軽度で(バルサルバ洞径;Z<2),身体徴候を認めず(<5点),水晶体偏位も認めない場合は「僧帽弁逸脱症候群(MVPS)」とする.

家族歴

注5)がある場合(5)水晶体偏位 かつ 家族歴 →「Marfan症候群」(6)身体徴候(≧7点) かつ 家族歴 →「Marfan症候群」* (7)大動脈基部病変(20歳以上Z≧2,20歳未満Z≧3)かつ 家族歴 →「Marfan症候群」*

* この場合の診断は,類縁疾患であるShprintzen-Goldberg症候群,Loeys-Dietz症候群,血管型Ehlers-Danlos症候群との鑑別を必要

とし,所見よりこれらの疾患が示唆される場合の判定は,TGFBR1/2遺伝子,COL3A1遺伝子,コラーゲン生化学分析などの諸検査を経てから行うこと.なお,鑑別を要する疾患や遺伝子は,将来変更される可能性がある.

注1) 大動脈基部病変:大動脈基部径(バルサルバ洞径)の拡大(Zスコアで判定),または大動脈基部解離注2) FBN1遺伝子変異:別表にくわしく規定される(仔細省略)注3) 大動脈病変と関連するFBN1遺伝子変異:これまでに,大動脈病変を有する患者で検出されたFBN1遺伝子変異注4) MASS:近視,僧帽弁逸脱,境界域の大動脈基部拡張(バルサルバ洞径;Z<2),皮膚線条,骨格系症状の表現型を有するもの注5) 家族歴:上記の(1)~(4)により,個別に診断された発端者を家族に有する

身体徴候(最大20点,7点以上で身体徴候ありと判定) • 手首サイン陽性かつ親指サイン陽性3点(手首サイン陽性または親指サイン陽性のいずれかのみ  1点) • 鳩胸2点(漏斗胸または胸郭非対称のみ1点) • 後足部の変形2点(扁平足のみ1点) • 肺気胸2点• 脊髄硬膜拡張2点• 寛骨臼突出2点• 重度の側弯がない状態での,上節/下節比の低下+指極/身長比の上昇  1点• 側弯または胸腰椎後弯1点• 肘関節の伸展制限1点• 特徴的顔貌(5つのうち3つ以上):長頭,眼球陥凹,眼瞼裂斜下,頬骨低形成,下顎後退  1点• 皮膚線条1点• 近視(-3Dを超える) 1点• 僧帽弁逸脱1点(Loeys BL, et al. 2010 1526)より) Reproduced with permission from BMJ Publishing Group Ltd.
p.137
本症候群は広範な血管系症状(大動脈瘤・解離,中小動脈瘤,先天性心奇形)と種々の骨格系症状(漏斗胸または鳩胸,側弯,弛緩性関節,先天性内反足,頭蓋骨早期癒合,頚椎不安定性など)を高率に認める1539).臨床像はきわめて幅広く,Marfan症候群と酷似した所見を呈する症例(以前に2型Marfan症候群と呼ばれていた疾患を含む)

1540)や,血管型Ehlers-Danlos症候群様の易出血性を呈する症例,Shprintzen-Goldberg症候群様の異形性の強い症例,血管系以外の症状は伴わず家族性大動脈瘤と診断される症例1541) など,さまざまである.その後,類似の臨床症状を呈し大動脈瘤・解離をきたす患者で,TGF-βシグナルを構成する因子SMAD3やTGF-βリガンドをコードする遺伝子(SMAD3,TGFB2,TGFB3)

1542–1544)の変異が報

告された.この疾患概念はより広く,また,ときに急速に病状が進行する点で,Marfan症候群や他の胸部大動脈瘤・解離とは異なる.

身体的所見が少ない症例もあり,Marfan症候群や血管型Ehlers-Danlos症候群との鑑別は重要である.中には染色体部分欠失によりこれらの遺伝子のハプロ不全を生じて本症候群の特徴を示す症例もあり,この場合,大動脈瘤・解離の所見自体は軽い.同じ遺伝子変異の症例間でも異なる遺伝子変異の症例間でも,症状の程度や所見にはばらつきが大きいが,全体としての生命予後は同様である.一方で,急速に進行する大動脈瘤1545)は本症候群の特徴の一つであり,特にTGFBR1あるいはTGFBR2遺伝子に変異を有する頭蓋顔貌所見の強い患者は,より小さい血管径でも大動脈解離を生じる.

これらの遺伝子変異を有する疾患は,個々の症例の臨床所見のばらつきは大きいものの,Loeys-Dietz症候群として診断・管理されるようになっている.臨床所見・画像所見を参考に,病因として知られる遺伝子(TGFBR1, TGFBR2,SMAD3,TGFB2,TGFB3など)の病的変化の同定により診断される.さらに,未知の病因遺伝子もありうることに注意が必要である.また,大動脈病変の進行も症例ごとのばらつきが大きいことに注意すべきである.

1.2.4 動脈蛇行症候群

大動脈や中動脈の蛇行,延長,瘤形成を特徴とするまれな常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)疾患1546)である.肺動脈や大動脈の局所狭窄がみられることもある.長い顔,眼瞼裂短縮,眼瞼裂斜下,鈎鼻,高口蓋,小顎などの特徴的顔貌,結合織疾患特有の柔らかで伸びやすい皮膚,高身長,胸郭変形,関節弛緩,関節拘縮など,Marfan症候群様の骨格系の特徴もみられる.

糖質トランスポーターGLUT10 をコードするSLC2A10

特徴的臨床所見・画像所見とCOL3A1遺伝子の病的変化の同定により診断される.診断基準は,表47 1537)にある大基準1項目または小基準複数項目の存在により疾患が疑われ,遺伝子検査により診断される.最終診断はCOL3A1遺伝子の病因変異(バリアント)の同定によるが,同定されない場合には培養線維芽細胞のIII型コラーゲンの生化学分析が行われ,異常が同定されることで診断される.

1.2.3 Loeys-Dietz症候群

Loeys-Dietz症候群は当初,大動脈蛇行と全身の大動脈瘤,眼間開離,二分口蓋垂を3主徴とし,Marfan症候群に類似した身体所見を呈するが,水晶体偏位を伴わない常染色体顕性遺伝(優性遺伝)疾患であり,病因としてTGF-β I型・II型受容体の遺伝子変異によると報告された1538).

表47 血管型Ehlers-Danlos 症候群の診断基準(2017)診断は大基準の1 つまたは小基準の複数の存在で疑われる(とくに40歳未満の症例).以下の臨床所見は遺伝子解析実施の判断に有用である. A. 大基準・動脈瘤,動脈解離,動脈破裂・小腸破裂・妊娠中の子宮破裂・血管型Ehlers-Danlos症候群の家族歴B. 小基準・薄く透けた皮膚(とくに胸部,腹部)・特徴的顔貌(薄い口唇,小顎,細い鼻,大きな眼)・肢端早老症(とくに手指)・頚動脈海綿状動静脈瘻・小関節過動性・腱/筋肉断裂・若年発症静脈瘤・気胸/血胸・易出血性(自然に,または些細な外傷で)・慢性関節(亜)脱臼・先天性股関節脱臼・内反足

発端者の血管型Ehlers-Danlos症候群の診断は次のいずれかによる. 1.  遺伝子検査によりCOL3A1遺伝子の病因バリアントがヘテロ接合体として同定される. 2.  血管型Ehlers-Danlos症候群が疑われるがCOL3A1遺伝子の病因バリアントが同定されない場合に,培養線維芽細胞のIII型コラーゲンの生化学分析によりIII型コラーゲンの産生異常や易動度異常を認める.なお,1臨床的に診断が疑われる場合にはCOL3A1 の遺伝子検査が勧められる,2臨床的に類似所見があるかまたは軽い場合にも遺伝子検査は価値がある.まれにCOL3A1遺伝子の両アレルに病因となるバリアントが同定されることがある.通常,血管型Ehlers-Danlos症候群は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式で遺伝する. (Malfait F, et al. 2017 1537)より作表)
p.138
るとの報告もある.診断は上記原因遺伝子の変異確認によって行われるが,新生突然変異や低浸透率に注意すべきである.

ACTA2遺伝子は,血管平滑筋αアクチンをコードする遺伝子であり,非症候群性家族性TAAの約15%はこの遺伝子の変異により発症する1552).本邦の解析でも,50歳以下で発症した若年性の非症候群性家族性TAA患者の約20%で同遺伝子の変異が同定されている1557).また,ACTA2遺伝子変異を有する家系では,冠動脈疾患やもやもや病などの脳血管障害の合併が多い.もやもや病などの脳血管障害の合併1555)は特定のACTA2遺伝子変異の特徴とされている.大動脈病変の浸透率は48%とMarfan症候群に比べると必ずしも高くないが,20歳以下や若年での解離例の報告も少なくないことに注意する必要がある.これらの症例の診断はACTA2遺伝子の解析による.

一方,MYH11遺伝子は,平滑筋ミオシン重鎖をコードする遺伝子であり,TAA症例でこの遺伝子の変異が報告されている1553).この遺伝子変異によるTAAの特徴は,動脈管開存症を伴うこととされるが,報告症例は少ないため,疾患の全容はまだ明らかになっていない.

1.3.2 大動脈二尖弁

大動脈二尖弁(BAV)は先天性心血管構造異常のなかで最も多くみられるもので,全出生の1%弱にみられる1558).左冠尖と右冠尖の融合が7割以上,右冠尖と無冠尖の融合が1~2割,左冠尖と無冠尖の融合は1割以下である.二尖弁では正常弁に比べて大動脈拡大がみられやすい.動脈径拡大は早期と報告されるが,疫学的な検討は不十分である.左冠尖と右冠尖の融合の場合に大動脈縮窄を合併し,大動脈縮窄を伴うBAVでは大動脈瘤や解離の合併が高率となる.

一部のBAV患者でNOTCH1遺伝子の変異1559)が報告され,その場合は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)として家系内に二尖弁が検出される.未同定の原因遺伝子もあるとされる.BAVは心エコー検査により検出され,MRIまたはCT検査により大動脈疾患が診断されるが,遺伝子検査によりNOTCH1遺伝子の変異が見いだされて診断されることもある.

1.4 遺伝子診断

1.4.1 臨床的意義

原因遺伝子が明らかになっている遺伝性大動脈疾患は, Marfan症候群などの遺伝性結合織異常による全身性疾患

遺伝子の変異1547)による.血管所見(大動脈や中動脈の蛇行,延長,瘤形成)と特徴的顔貌,皮膚所見,骨格所見とSLC2A10遺伝子の異常により診断されるが,未知の遺伝子の変化によることも考えられる.

1.2.5 その他の遺伝子変異関連疾患

Loeys-Dietz症候群に類似の身体所見を有する大動脈疾患患者でX染色体連鎖性遺伝形式をとるBGN遺伝子変異1548)の報告,COL1A1遺伝子またはCOL1A2遺伝子の変異を認める骨形成不全症1549)での大動脈疾患,Ehlers- Danlos症候群様の身体所見や僧帽弁疾患などを示す大動脈疾患患者でX染色体連鎖性遺伝形式をとり,異所性灰白質症を伴うFLNA遺伝子変異1550)の報告があり,これらの遺伝子変異が大動脈疾患の病因と考えられている.診断はそれぞれの臨床所見と当該病因遺伝子変異の同定によるが,現時点で未同定の病因遺伝子もあると考えられる.

1.2.6 Turner症候群

X染色体すべて,または一部のモノソミー(欠失)によって生じる疾患である1551).患者(女性)は低身長,種々の心構造奇形,大動脈疾患,代謝内分泌系の変化による肥満,耐糖能異常,脂質異常,卵巣機能異常を呈する.12%に大動脈縮窄による高血圧,30%に大動脈二尖弁,75%に心構造奇形を認める.大動脈解離の発症率は対照の100倍にもなる.心血管系変化についての病因遺伝子の解明はいまだなされていない.診断は上記の特徴的臨床所見と染色体検査(X染色体モノソミーまたはX染色体の一部の欠失)によって行われる.

1.3 非症候群性遺伝性大動脈疾患

1.3.1 家族性胸部大動脈瘤・解離

家族性胸部大動脈瘤・解離は常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式をとるが,浸透率は高くなく,新生突然変異により発症する場合を含め,遺伝性・家族性が不明瞭なこともある.既知の原因には,血管平滑筋収縮蛋白質をコードする遺伝子(ACTA2,MYH11,MYLK)

1552–1554)の変異が含ま

れる.ACTA2遺伝子変異による場合,冠動脈疾患,脳血管障害やもやもや病に似た脳動脈奇形1555)を呈する症例もある.MYH11遺伝子変異による場合は動脈管開存を伴う症例1553)もあり,MYLK遺伝子変異による場合は動脈径拡大を伴わず解離を発症する症例がある.また,血管平滑筋弛緩に関係するcGMP依存性蛋白キナーゼをコードするPRKG1遺伝子の変異1556)により大動脈瘤・解離を発症す
p.139
くなく(B群),4遺伝子については大動脈瘤・解離を認めることもあるがリスクは不明(C群),23遺伝子については大動脈瘤・解離のリスクが否定された(D群).その他の7遺伝子については,現時点では判定できず,今後の再検討が必要な遺伝子(recent gene)と分類されている1562)(表48).A群は大動脈瘤・解離が主症状であり,瘤と解離を高率に合併することが確認されており,臨床的にも積極的介入が推奨される.これらはさらに,A1(definitive):症候群性大動脈瘤・解離の原因遺伝子,A2(definitive):非症候群性大動脈瘤・解離の原因遺伝子,A2(strong):症例数は少ないが,実験データなどにより大動脈瘤・解離のリスクがきわめて高いと判断される遺伝子,の3つに細分類される.このうち,臨床的意義の大きいA1,A2の中でも比較的頻度の高い遺伝子について解説する. a. A1:症候群性大動脈瘤・解離i. FBN1 遺伝子(15q21)

Marfan症候群の原因遺伝子であり,細胞外マトリックスの主要成分であるフィブリリン-1の前駆体蛋白質をコードしている1530).フィブリリン-1は皮膚や血管を構成する弾性線維の構成成分として必須の糖蛋白質であるだけでなく,TGF-β シグナルの活性を制御することにより血管壁の恒常性の維持に関わるとされる.病原性バリアントの約1/3が,ナンセンス・バリアントやフレームシフト・バリアントなど,ペプチド合成自体が阻害される変異であることから,Marfan症候群の症状の多くは,FBN1遺伝子のハプロ不全で説明可能である1563).また,こうしたハプロ不全型バリアントを認める患者では,血管合併症がより重症化しやすいとされる1564).一方,一部のミスセンス・バリアントには,変異蛋白質による優性阻害効果を引き起こすものもあり,水晶体偏位合併例にはシステインに関連するミスセンス・バリアントが多く,また新生児期に診断される重症例には特定の領域のミスセンス・バリアントや大きな構造異常をもたらすものが多い. ii. TGFBR1 遺伝子(9q22),TGFBR2 遺伝子(3p24)

Loeys-Dietz症候群の原因遺伝子であり,それぞれTGF-βのI型受容体,II型受容体をコードしている1538–1540). TGF-β シグナル伝達系は細胞増殖・分化の制御をとおして生体の恒常性の維持に広く関わっているため,その制御異常により骨や血管を中心とした全身の結合組織に症状が現れる.TGFBR1・TGFBR2遺伝子の異常では,一般的には症候群性大動脈瘤・解離の臨床型を呈するが,同じ遺伝子バリアントであっても症状の個人差は大きいので,血管外症状が乏しい症例の存在に注意する.

の一症状として大動脈病変を認める「症候群性」と,血管系のみに病変が限定される「非症候群性」に大別される.前者の場合,早期から原因遺伝子ごとに骨格・眼・皮膚などにも特徴的な症状を認めることが多く,身体所見から診断に至るのが一般的だが,血管症状の発現は他の症状に比べて遅れる傾向にあり,血管合併症が見逃されることも少なくない.後者では大動脈解離を発症するまで診断されないことがほとんどである.

一方,遺伝性大動脈疾患の多くは,若年期から大動脈瘤・解離などを発症するが,降圧薬治療や予防的大動脈基部置換術などの早期介入により,解離を予防することが可能となる.早期診断には遺伝学的検査がきわめて有効なことから,2016年4月にMarfan症候群など一部において診断を目的とした遺伝学的検査が保険収載された.さらに,遺伝学的検査に際しては,患者管理や家族のケアもふくめ検査前後の遺伝カウンセリングが必須であり,カウンセリング自体も保険適用となっている.

1.4.2 遺伝性大動脈疾患の原因遺伝子

大動脈瘤・解離をその要因から分析すると,胸部と腹部とで異なる.大動脈瘤の多くは腹部大動脈を好発部位とする高齢者の病気であり,高血圧や動脈硬化が背景にあり,発症には生活習慣などの環境要因の影響が大きい.腹部大動脈瘤・解離は,その10~20%に家族歴を認め,遺伝的要因の関与が推測されるが1560),遺伝的要因と環境要因の両者が発症に関与する多因子疾患であり1561),単一遺伝子の変異が原因で発症するものはきわめてまれである.

一方,胸部大動脈瘤・解離の一部には,単一遺伝子の異常で発症するものがある.その代表がMarfan症候群など症候群性遺伝性結合織異常である.しかしながら,これはTAA全体の10%以下であり,多くは大動脈病変以外の症状を伴わない非症候群性大動脈瘤である.ただし,非症候群性TAAでも,その約20%は家系内に患者を認め534),高血圧・動脈硬化などの危険因子を伴わず若年で解離を発症する家系については,背景に単一遺伝子異常がある場合がある.結果として,胸部大動脈瘤・解離の最大25%は単一遺伝子異常が原因で発症し,これらを「遺伝性大動脈疾患」と呼ぶ.多くは常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式をとるため,原因遺伝子を明らかにすることにより,病態に基づいた患者管理が可能となり,早期診断・治療や家族のスクリーニングに結びつくことが期待される.

遺伝性大動脈疾患の原因遺伝子については,2018年に大動脈解離のリスクをもとに再評価がなされ,その結果, 11遺伝子において大動脈瘤・解離発症リスクが高く(A群), 8遺伝子がリスクはあるものの解離に進展するリスクは高
p.140
iv. SMAD3 遺伝子(15q22)

TGF-β の下流でR-Smad(receptor-regulated Smad)としてシグナル伝達に働く細胞内蛋白質であり,TGF-β のI型受容体により活性化されて核内に移行し,さまざまな遺伝子の発現に関わる.Loeys-Dietz症候群の原因遺伝子の一つに分類されるが,変形性関節症を伴うaneurysmsosteoarthritis syndromeの所見が特徴である1542).

iii. COL3A1 遺伝子(2q32)

血管型Ehlers-Danlos症候群の原因遺伝子であり,III型コラーゲンの前駆体蛋白質をコードしている1565).III型コラーゲンは細胞外マトリックスの主要成分として皮膚・肺・腸管壁・血管壁に多く存在する.発症機序は優性阻害とハプロ不全の両方を認めるが,後者では一般的に軽症の傾向がある1566).表48 胸部大動脈瘤・大動脈解離を合併する遺伝性症候群(アルファベット順)

グループ原因遺伝子遺伝形式関連する臨床病型A群. 大動脈瘤・解離を主症状として認めるA1. 症候群性大動脈瘤・解離の遺伝子definitive COL3A1 FBN1 TGFB2 TGFBR1 TGFBR2 SMAD3 AD AD AD AD AD AD血管型Ehlers-Danlos症候群Marfan症候群Loeys-Dietz症候群4 Loeys-Dietz症候群1 Loeys-Dietz症候群2 Loeys-Dietz症候群3,AOS A2. 非症候群性大動脈瘤・解離の遺伝子definitive

strong ACTA2 MYH11 MYLK LOX PRKG1 AD AD AD AD AD B群. 大動脈瘤を副症状として認めるが,解離に進展するリスクは低いmoderate limited EFEMP2 ELN FBN2 FLNA NOTCH1 SLC2A10 SMAD4 SKI AR AD AD XL AD AR AD AD皮膚弛緩症候群皮膚弛緩症候群Beals症候群(先天性拘縮性くも状指趾症)脳室周囲結節性異所性灰白質ほか大動脈二尖弁動脈蛇行症候群若年性ポリポーシス症候群Shprintzen-Goldberg症候群C群. 大動脈瘤をときに合併するlimited CBS COL4A5 PKD1 PKD2 AR XL AD ADホモシスチン尿症Alport症候群多発性嚢胞腎多発性嚢胞腎その他,新規遺伝子で大動脈瘤・解離との関連が未確立uncertain BGN FOXE3 HCN4 MAT2A MFAP5 SMAD2 TGFB3 XL AD AD AD AD AD AD洞不全症候群

Loeys-Dietz症候群

AD:常染色体顕性遺伝(優性遺伝),AR:常染色体潜性遺伝(劣性遺伝),XL:X染色体連鎖性遺伝AOS: aneurysms-osteoarthritis syndrome
p.141
Marfan 症候群で妊娠希望の女性では,大動脈基部または上行大動脈径≧40 mmの場合に考慮する1568–1571).(表12,P. 62を参照) IIa C Loeys-Dietz 症候群では,Marfan 症候群よりも大動脈基部または上行大動脈径がより小さい場合でも考慮する1539). IIa C Marfan 症候群の下行・胸腹部大動脈病変では,TEVAR よりも左開胸下の外科手術を優先的に考慮する1572). IIa C Marfan 症候群では,大動脈基部または上行大動脈径≧45 mm の症例に考慮してもよい1567). IIb C Marfan 症候群では,大動脈解離の危険因子

*を有する,大動脈基部または上行大動脈径40~45 mm の症例に考慮してもよい1567).(表12,P. 62 を参照) IIb C * 大動脈解離の家族歴,大動脈拡大速度≧5 mm/半年,重症の大動脈弁閉鎖不全症,妊娠希望など

1.5.1 Marfan症候群の大動脈基部置換術

遺伝性大動脈疾患で代表的なものはMarfan症候群である.バルサルバ洞が洋ナシ状に拡張する大動脈弁輪拡張症が特徴的であり,自己大動脈弁の形状は比較的正常に保たれている.主にFBN1遺伝子異常をベースにもち,動脈硬化性の大動脈疾患に比べ若年発症が多く,術後長期予後を考慮する必要がある.手術の基準に関して,2012年に報告された後ろ向きコホート研究の結果,手術既往のないMarfan症候群の大動脈イベント(突然死・解離)リスクは,大動脈径50 mm未満で0.05%/年であったのに対し,50 mm以上では4倍に上昇するため,50 mm以上の大動脈径に対し非Marfan症候群よりも早期からの予防的大動脈手術が推奨された536).また,大動脈解離の家族歴を有する場合,大動脈径の急速拡大(>10 mm/年),または高度の大動脈弁逆流を有する場合には,50 mm未満での早めの手術適応が望ましい1567).Marfan症候群の女性は妊娠中と産褥期に大動脈解離のリスクが高いことが知られ,妊娠中にはバルサルバ洞径の拡大率も増すことから,妊娠希望の女性のMarfan症候群ではより早い,40 mm以上のバルサルバ洞径に対する予防的手術が望ましい1568–1571).

大動脈基部置換術は1968年にBentallにより人工弁つきcomposite graftを使用した術式が発表555)されて以降,これが標準治療とされてきた.しかしながら,人工弁にまつわる血栓塞栓症などの問題から,1990年代以降は自己弁温存大動脈基部置換術(VSRR)としてremodeling法561, 562)とreimplantation法563)が行われてきた.2015年のDavidの報告では,Marfan症候群146例に対するVSRRの前向

b. A2:非症候群性大動脈瘤・解離i. ACTA2 遺伝子(10q23)

血管平滑筋αアクチンをコードしており,非症候群性大動脈瘤・解離の約15%はこの遺伝子の変異が原因とされる1552).血管外症状が乏しいため,家族歴がないかぎり発症前に診断することは難しいが,一部の遺伝子バリアントでは脳血管や動脈管,冠動脈,虹彩,腸管などに特徴的所見を認める症候群性の臨床型をとることがあり,これらのバリアントを認めた場合には全身精査を必要とする. ii. MYH11 遺伝子(16p13)

平滑筋ミオシン重鎖をコードする遺伝子であり,TAA症例でこの遺伝子の変異が報告されている1553)が,症例数は多くない.動脈管開存症の合併が特徴とされるが,報告症例は少なく,疾患の全容は明らかになっていない.

1.4.3 遺伝学的検査結果の解釈

近年の遺伝子解析技術の急激な進歩により,遺伝学的検査は遺伝性疾患の診断に欠くことのできない検査となっている.特に,次世代シーケンサーを用いたパネル解析が主流となり,複数の候補遺伝子を同時に解析できるようになってからは,検査精度・迅速性・費用対効果,いずれにおいても従来のサンガー法をはるかに凌ぐものとなった.その結果,診断においても,臨床所見以上に遺伝学的検査が重視される傾向にある.しかし,結果の解釈に際しては,「変異(バリアント)の存在=診断」ではないことに留意する必要がある.たとえば,Marfan症候群の原因遺伝子であるFBN1遺伝子は,コーディング領域だけで65個のエクソンを含む巨大遺伝子であり,疾患とは直接関係のないバリアントも数多く,病原性の判定は容易ではない.

1.5 外科手術

表49 遺伝性大動脈疾患の外科手術の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

Marfan 症候群では,大動脈基部または上行大動脈径≧50 mm の症例に行う536). (表12,P. 62 を参照) I C Marfan 症候群では,大動脈解離の危険因子

*を有する,大動脈基部または上行大動脈径≧45 mm の症例に考慮する1567). (表12,P. 62 を参照) IIa C
p.142
遺伝性大動脈疾患に対する大動脈基部置換術では,若年齢の大動脈弁輪拡張症で大動脈弁の機能が保たれている場合にはVSRRの良い適応であり,大動脈弁閉鎖不全の再発の観点でremodeling法よりもreimplantation法のほうが良好な予後を期待できる.しかしながら,VSRRはBentall法と比べて手術手技がやや複雑で,人工心肺時間や心停止時間の延長を伴うなど手術リスクが増すため,手術手技に熟練した外科医と施設での実施が望ましく,術後の心臓弁および大動脈関連合併症の予防や治療のために,定期的な心エコー検査やCT検査による継続的な経過観察が不可欠である.

1.5.2 Marfan症候群の急性大動脈解離

Marfan症候群を初めとする遺伝性大動脈疾患では大動脈壁の脆弱性ゆえに大動脈解離をきたしやすく,大動脈解離に対する治療後も遺残大動脈に対する注意が必要である.IRADのデータからMarfan症候群の258例を含む6424症例を検討した結果,Marfan症候群の有無により急性A型解離の院内死亡率に差を認めなかった.しかしながら,Marfan症候群の5年生存率は80.1%,再手術回避率は55.3%で,再手術のリスクは高かった1581).遺伝性大動脈疾患に対する大動脈基部置換術後の弓部以遠の治療成績の検討では,手術死亡率2.5%で対麻痺の合併はなく,術後10年生存率62%,大動脈イベント回避率24%で,いったん大動脈解離を発症すると高率に再手術が必要となることが明らかとなった1582).

急性A型解離の際,entryの位置や手術リスクとの兼ね合いで,上行大動脈置換,大動脈基部置換,弓部置換まで,さまざまな手術術式が選択される.Marfan症候群における急性A型解離発症時に上行大動脈置換にとどめるか基部置換まで行うかの比較では,20年後の基部再手術回避率は基部置換で79%に対し,上行置換のみの場合は20%と低く,Marfan症候群のA型解離発症時にはBentall手術もしくはVSRRが推奨される1583).一方,弓部大動脈に関して,非解離の症例では基部置換に弓部置換を同時に行わない場合に弓部への再手術率は3%程度であるが,急性A型解離の症例では全弓部置換まで行わないと弓部への再手術率は33%と有意に上昇する1584).しかしながら,実際には救命が第一の目的であり,基部置換を合わせるとかなりの侵襲になることから,急性A型解離発症時に全弓部置換まで行うかどうかは,施設や外科医の経験値と手術リスクを考慮して慎重に判断する必要がある.

最近になりオープンステントグラフト/FETの有効性が示されている.Marfan症候群の急性解離に対しFETを併施した全弓部置換106例の検討では,手術死亡率6.6%,

き試験で,reimplantation法121例,remodeling法25例の結果,術後15年生存率は93%と,年齢性別をマッチさせた対照に比べ低かったが,大動脈弁閉鎖不全の再発率は7.9%であり,reimplantation法でより良好な結果であった.また,術後15年間に大動脈解離が17%に発症し,主要な死因であった1573).別の施設からの2013年の報告では, 178例の遺伝性結合織疾患(84%がMarfan症候群)に対するreimplantation法において,周術期死亡はなく,術後8年の生存率94%,術後6年の大動脈弁再手術回避率92%であり,再手術の主な原因は感染性心内膜炎と弁形成不全であった.中等度以上大動脈弁閉鎖不全の再発率は術後4年で12%であった1574).本邦からの報告でも,Marfan症候群47例を含む59例のreimplantation法の検討にて,手術死亡はなく,術後5年生存率は94%,大動脈弁再手術の回避率96%,中等度以上大動脈弁閉鎖不全の再発率は11%であった1575).また,VSRR術後10年で大動脈弁置換術回避率が60%以下まで低下しており,その要因としてremodeling法が挙げられた1576).

近年,Marfan症候群に対するBentall手術とVSRRとの比較研究がいくつか発表された.単施設での後ろ向き研究では,Bentall法に比べてVSRRでは血栓塞栓症と出血合併症が少ない一方で,遠隔期生存率,再手術回避率には差がなかった1577, 1578).2014年の多施設共同前向き研究では, Marfan症候群の316例をVSRR群239例とBentall群77例で比較した結果,術後1年生存率は97~98%で差がなかったが,VSRR群で中等度以上大動脈弁閉鎖不全が7%に出現しており,中長期予後について続報が待たれる1579).また,メタ解析もあり,2011年の報告では11論文1385症例(VSRR群413例,Bentall群972例)の検討で,再手術率がVSRR群で高く(年間1.3%対0.3%),remodeling法はreimplantation法よりも高かった(年間2.4%対0.7%).一方,血栓塞栓症の発症率はBentall群で高かった(年間0.3%対0.7%) 1576).2017年の報告では23論文2976例(VSRR群1352例,Bentall群1624例)の検討で,VSRR群は遠隔期死亡が少なく,血栓塞栓症リスクが低く,出血合併症,感染性心内膜炎も少なかった.一方,再手術回避率は両群で有意差を認めなかった572).2018年には20論文2156症例を用いたreimplantation法に限定したVSRRとBentall手術との比較において,中遠隔期の生存率と院内死亡率や再手術回避率についてもreimplantation法の方が良好であった1580).なお,Bentall手術における人工弁については,弁関連合併症や心臓関連死亡が多く,生体弁使用時は再手術率が高く,機械弁使用時は抗凝固関連合併症が多かった574).

これらの報告をもとに,Marfan症候群をはじめとする
p.143
の大動脈手術が施行されたが,そのほとんどが大動脈解離合併例であった.また,基部置換後は大動脈,弁関連の合併症はなく,10年で89%の生存率と良好な成績が示された1589).

Marfan症候群とLoeys-Dietz症候群との大動脈手術症例を後ろ向きに比較した検討では,初回発症が解離であったのは3~4割で差はなく,長期生存率にも差はなかった.また,全弓部置換術の必要性はMarfan症候群12%に対し, Loeys-Dietz症候群で22%であった1590).Marfan症候群の急性大動脈解離に対する治療方針決定と同様に,全弓部置換まで行うかどうかは施設および外科医の経験値と手術リスクを考慮して判断する必要がある.

1.5.4 血管型Ehlers-Danlos症候群

血管型Ehlers-Danlos症候群はIII型コラーゲン遺伝子異常により,大動脈から中小動脈まで動脈瘤や解離のリスクが高い疾患である.長期予後を調査した後ろ向き観察研究では,約半数の症例に手術が施行され,手術死亡率は約10%で,術後出血を高率に合併し,術後遠隔期にも血管関連合併症を40%にきたした1591).したがって,大動脈合併症のリスクが高いが,外科的加療のリスクも高いため,予防的な大動脈手術を行うための明確な基準はなく,生命リスクが高いと判断された場合に個々の症例に応じた対応が必要である.最近は大動脈手術後の安定した成績の報告も散見され1592),手術に関する今後の臨床試験が期待される.

1.6 内科治療

1.6.1 Marfan症候群

表50 Marfan 症候群の内科治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

定期的に画像診断を行う. I C

運動制限を行う. I C大動脈径拡大の予防のためβ遮断薬を投与する277, 1593, 1594). I B大動脈径拡大の予防のためβ遮断薬の代替薬としてアンジオテンシンII 受容体拮抗薬(ARB)を投与する1595–1598). I A大動脈径拡大の予防のためβ遮断薬とARB の併用を考慮してもよい1415, 1598, 1599). IIb A

SCI発生率0.9%であった.遠隔期死亡率は5年4%,8年18%,10年25%,再手術回避率は5年88.8%,8年84.2%と報告された1105).また,FETによるentry閉鎖を行うことで,真腔は拡大して偽腔内の血栓化が促進され,29%で大動脈リモデリングが得られた1585).一方,急性B型解離に対するTEVARにおいても,術後8年で80%が生存しており,生存例の38%で下行大動脈以下の大動脈リモデリングが得られていたが,遠隔期の大動脈再治療率は33%に達した1586).したがって,B型解離に対するTEVARは,非Marfan症候群症例と比べて,短期成績は遜色ないが,逆行性A型解離やstent graft-induced new entryに対する再手術も多い.以上から,遺伝性大動脈疾患に対するTEVARが正当化されるのは,急性大動脈症候群(破裂と解離)に対する救命目的,または年齢や高い手術リスクにより開胸手術が不適と判断された場合に限定される1586, 1587).

一方,大動脈置換術の成績に関する2017年の後ろ向き観察研究の報告では,遺伝性大動脈疾患65例に対し胸腹部大動脈置換術が施行され,86%の症例に大動脈手術既往があり,緊急手術は11%,手術部位は胸部下行15%,胸腹部大動脈Crawford I型17%,II型40%,III型17%, IV型7%であった.手術死亡率は14%で,その原因は出血,神経障害,心不全,呼吸不全であり,7時間以上の長時間手術が手術死亡の危険因子であった.再治療回避率は85%,1年生存率80%であった1572).したがって,遺伝性大動脈疾患は複数回手術が行われることが通常で,手術リスクは高く,経験値の高い施設での治療が望ましい.また,遠隔期の大動脈再治療率はTEVARに比べ低く,長期的な生命予後は比較的保たれる.

1.5.3 Loeys-Dietz症候群

主にTGF-β 受容体の遺伝子変異に起因する遺伝性大動脈疾患であり,Marfan症候群と比べて大動脈イベントリスクがより高いことから,大動脈基部または上行大動脈がMarfan症候群の場合よりも小さい径で手術を考慮することが推奨されている1539).Loeys-Dietz症候群に伴う大動脈弁輪拡張症に対するreimplantation法は,Marfan症候群と同様に良好な成績が報告されている.2011年の報告ではLoeys-Dietz 症候群31例(うち77%は小児)に対しreimplantation法を施行し,手術死亡はなく,遠隔期の中等度以上大動脈弁閉鎖不全の再発が3%のみで,弁置換,血栓塞栓症,感染性心内膜炎などの合併はなかった1588). 2019年の報告では,Loeys-Dietz症候群53例のうち33例(62%)に大動脈手術が実施され,緊急手術の死亡率は6%で,67%は再手術の必要がなかった.一方,33%に複数回
p.144
1.7 血管内治療

表51 遺伝性大動脈疾患の血管内治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

複数の人工血管置換が行われている症例では,非置換部を橋渡しする形(ブリッジ)でのTEVAR を考慮する1582, 1601–1603). IIa C生命の危険を伴う複雑な大動脈疾患(大動脈食道瘻,大動脈気管支瘻,感染性大動脈瘤など)に対する根本的な治療(外科手術)までのブリッジとしてTEVARを考慮する1604). IIa C生命の危険を伴う急性大動脈疾患(complicated 急性B 型解離,侵襲的治療の適応である急性大動脈症候群)に対し,解剖学的要件を満たす場合にTEVAR を考慮する1381, 1586, 1605). IIa C侵襲的治療の適応があり,外科手術が困難または高リスクの症例には,解剖学的要件を満たせばTEVAR を考慮する1381, 1586, 1601, 1602, 1604, 1606 – 1608). IIa C A 型解離に対しfrozen elephant trunk法を用いた全弓部置換術を考慮する1105,

1125, 1582, 1585, 1609, 1610). IIa C非遺伝性大動脈疾患と同様の適応でTEVAR/EVAR を考慮してもよい. IIb C

遺伝性結合織疾患に対するステントグラフト内挿術(TEVAR/EVAR)は限定的な使用に留めるべきと考えられている1587, 1611–1613).これは同疾患に対するTEVAR/EVAR後のエンドリーク,再治療,生命に危険の及ぶ合併症(逆行性A型解離など)の発生率が,非遺伝性大動脈疾患の場合に比べて高いと考えられるからである416, 417, 1380, 1587, 1611, 1614, 1615).遺伝性大動脈疾患は真性瘤にしても大動脈解離にしても,その病変部が大動脈全域に及ぶことが多いため,大動脈の複数ヵ所に侵襲的治療を施さなければならないことがしばしばである.その際,複数の外科手術にて置換された人工血管どうしを橋渡しする形でのTEVAR/EVAR使用は推奨できる1582, 1601–1603).また,救命のために緊急治療が必要な急性大動脈症候群(大動脈解離,IMH,PAU)のcomplicated症例に対するTEVAR(あくまで解剖学的要件を満たす場合)も推奨できる1381, 1586, 1601, 1602, 1605, 1606).その他,外科手術を行うまでのブリッジを目的としたTEVAR,あるいは外科手術が困難な高リスク症例におけるTEVARも推奨できる1582, 1604, 1607, 1608).しかしながら,遺伝的素因をもたない大動脈瘤・解離の症例に対するTEVAR/EVARの

過激な運動の制限などが必要となるが,日常生活は病態により異なる.病態の変化に応じて判定するが,通常生活での制限を要することは少ない.

薬物治療としては心疾患や動脈疾患への「血圧のコントロール」がある.β遮断薬が大動脈基部の拡大を抑制するとの報告277, 1593, 1594)から,現状では本疾患の大動脈拡大予防を目的にβ遮断薬が第一選択として使用されているが,大規模研究はなく,比較的小人数でのRCTが1つあるのみである277).また,大動脈解離や大動脈破裂の予防効果についての明らかなエビデンスはない.

TGF-β阻害薬でもあるARBがマウスにおける大動脈基部拡大を明らかに抑制すると報告され528),それ以降に多くの研究でその効果が検討されている.ARBとβ遮断薬の効果を比較した複数の大規模RCTでは,大動脈径拡大の進行予防についてほぼ同等の結果であった1595–1597).これらの試験のメタ解析でも同様の結果1598)であったことから, ARBは大動脈径拡大予防を目的にβ遮断薬と同程度の効果を有するものと考えられ,β遮断薬の代替薬として使用することに関しては問題ない.しかしながら,β遮断薬以上の効果があるわけではないため,積極的にβ遮断薬をARBに置換することを推奨することはできない.

ベースライン治療(多くの場合はβ遮断薬)にARBを追加投与する効果を検討した大規模RCTでは,大動脈径拡大の進行を抑制したという報告と,できなかったという報告がある1415, 1599).このことからβ遮断薬にARBを併用する効果については一定の見解を得ていない.メタ解析でも同様の結果であり1598),現状ではβ遮断薬にARBを併用した場合の大動脈径拡大予防効果は明らかではない.

1.6.2 Loeys-Dietz症候群

Loeys-Dietz症候群に対して薬物治療の有効性を検討した十分な報告はなく,基本的にMarfan症候群の治療に準ずる.

1.6.3 血管型Ehlers-Danlos症候群

β 2刺激作用を有するβ 1遮断薬であるセリプロロールが,血管型Ehlers-Danlos症候群での動脈解離や動脈破裂の発症予防に有効との報告がある1600).
p.145
動脈の拡大率はともに大きいが,BAVでの大動脈拡大は半数程度の症例にすぎず,BAVの病態の多様性が示唆された1624).2015年の後ろ向き観察研究では,大動脈弁置換術後の大動脈解離の発症率は,Marfan症候群で5.5%に対しBAVでは0.5%と低く,大動脈瘤手術もMarfan症候群で10.4%に対しBAVでは2.5%と低かった1625).また, 2016年の前向き臨床研究では,大動脈解離の発症率と解離後の遠隔期死亡率はともに,Marfan症候群に比べBAVで低かった1626).したがって,bicuspid aortopathyは遺伝性大動脈疾患の一つであるが,正常大動脈に比べリスクが高いものの,他の遺伝性大動脈疾患に匹敵するほどではないと認識されている.最近の病理学的検討では,Marfan症候群とBAVはともに大動脈組織中のフィブリリン-1の発現低下が認められたが,発現マーカーの一部に違いもあり,異なる遺伝子異常が背景にあると考えられている1627).

BAVの原因遺伝子についてはNotch1の関与が報告された1628, 1629)が,他にも複数の遺伝子が示唆されており, BAVの遺伝的背景の全容は解明されていない.

BAVに伴う異常血流ストレスについては,4次元心臓MRIにより血流の方向や速度が可視化され,大動脈壁ずり応力が定量的に評価されている.BAVでは正常大動脈と比べて異常な右回りのらせん血流が上行大動脈に生じ,血流の軸が大きく傾くことで大動脈壁ずり応力が増加し,大動脈拡大に影響することが示唆された1630).大動脈壁ずり応力が増加した部位では中膜弾性線維が崩壊し,TGFβ ,マトリックスメタロプロテイナーゼの上昇など細胞外マトリックスの異常を伴い,bicuspid aortopathyとの関連が示唆された1631).また,BAVの弁形態に応じて異なる心拍出ジェット方向と速度を示し,大動脈の拡張形態の違いをきたすメカニズムも示唆された1632).

2.2 手術適応

表52 大動脈二尖弁に伴うaortopathy の外科手術の推奨

とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

無症状の大動脈二尖弁に伴う大動脈基部・上行または弓部大動脈径≧55 mmの症例に行う543, 1626, 1633–1635).(表12, P. 62 を参照) I C大動脈解離の危険因子

*を有し,無症状の大動脈二尖弁に伴う大動脈基部・上行大動脈径≧50 mm の症例に考慮する539, 543, 1551, 1633, 1634, 1636).(表12,P. 62を参照) IIa C

場合と同様の適用と使用方法が遺伝性大動脈疾患にも許容されるかどうかは,現在のところエビデンスに乏しく,推奨できない.

一方,A型解離手術におけるオープンステントグラフト/ FETを併用した全弓部置換術は,遺伝性大動脈疾患においても安定した早期成績,良好な遠隔期予後と大動脈リモデリングが得られており,推奨できる1105, 1125, 1582, 1585, 1609, 1610).

遺伝性大動脈疾患に対する侵襲的治療の範囲は全大動脈領域とその主要分枝に及ぶことも多く,これを複数回の外科手術のみで治療する方針よりも,適切なタイミングと治療範囲で血管内治療を計画的に併用する方針が,予後を改善するものと考える.今後は外科手術とTEVAR/ EVARともに熟練した施設において症例を重ね,データを集積することが必要である1582, 1602, 1604, 1606, 1608, 1609, 1612, 1613, 1616).

2.1 病態

大動脈二尖弁(BAV)に伴う上行大動脈(基部~弓部)の拡大や瘤化は「bicuspid aortopathy」と呼ばれ,BAV患者の約4割にみられる1617).このbicuspid aortopathyでは,遺伝性要因が判明したものは全体の数%にすぎず,多くはBAVに伴う血流ストレスが影響した多因子疾患と考えられている1618).BAVの形態として180°で2分する真性二尖弁はまれであり,左冠尖–右冠尖癒合型70%,右冠尖–無冠尖癒合型10~20%,左冠尖–無冠尖癒合型5~10%の割合である1619).一方,bicuspid aortopathyの形態は,I型:大動脈基部のみ拡大(13%),II型:上行大動脈のみ拡大(14%),III型:上行から弓部大動脈の拡大(28%), IV型:基部から弓部大動脈まで拡大し弓部径は漸減(45%)に分類される1620).左–右冠尖癒合型ではI,II型が多く,右–無冠尖癒合型では基部拡大はまれでII,III型が多い1621).また,大動脈縮窄症の症例の約90%で左–右冠尖癒合型のBAVを合併する1622).

BAV症例は,他の遺伝性大動脈疾患と同様に若年齢で急性大動脈解離をきたしやすい1623).大動脈組織中のフィブリリン-1発現が低下して大動脈径が拡大する540)ことから, Marfan症候群との類似性を考慮し,2010年のAHA/ACCガイドラインでは遺伝性大動脈疾患に準じたbicuspid aortopathyの治療戦略が推奨された95).しかし,その後のBAVとMarfan症候群の大動脈径の比較研究では,上行大

2 大動脈二尖弁に伴うaortopathy
p.146
大動脈弁置換のみ施行後も大動脈イベント発生率が0.2%と抑えられたことから,大動脈径45 mm以上に大動脈置換を併せて行うことが推奨された547).

また,Turner症候群患者の10~25%はBAVを合併するが,大動脈解離を発症したTurner症候群のほとんどはBAVを合併しており,解離発症時の上行大動脈径係数2.7 cm/m 2 であった.Turner症候群は低身長が特徴で,通常の大動脈径を適用すると治療タイミングが遅いという懸念があることから,Turner症候群で18歳以上,大動脈径係数>2.5 cm/m 2では大動脈置換術を検討する1551, 1636).

2.2.3 大動脈基部と弓部大動脈に及ぶ場合

bicuspid aortopathyの拡大の範囲により手術範囲は異なる.BAV症例に発症する大動脈解離では拡大した大動脈基部にentryを有することが多いことから539),基部拡大を伴う場合は大動脈基部置換術の適応となる.一方,基部は拡大せず上行大動脈のみ拡大したBAV症例に対し大動脈弁置換と上行大動脈置換のみ実施した場合には,術後遠隔期に基部拡大が問題になることは少ないため,大動脈基部置換術は推奨されていない545, 1637).また,bicuspid aortopathyに大動脈弓部拡大を伴う場合の治療についてAHA/ACCとESCのガイドラインではこれまで明示されなかったが,bicuspid aortopathyの拡大部位が基部と上行にとどまるものは全体の1/4程度にすぎない1620).弓部拡大の手術適応は2014年にカナダのガイドラインで55 mmとされた1635).

以上をふまえて,2010年のAHA/ACCガイドライン95), 2014年のESCガイドライン96),2016年のAHA/ACCによる Statement Clarification 1639),2018年のAATSコンセンサスガイドライン1640)に基づいて,表52の手術適応基準が推奨される.また,BAVと診断され大動脈径>40 mmとなった場合には,年1回(拡大傾向があれば半年ごと)の心エコー検査またはCT/MRI検査などの画像評価を定期的に行い,大動脈径の定期的フォローが必要である.さらに,一親等の家族(特に男性)に対するスクリーニングも行うことが望ましい.

大動脈弁手術または他の開心術を予定している,大動脈基部・上行大動脈径≧ 45 mm の症例に併施を考慮する544–548, 1633, 1637).(表12,P. 62 を参照) IIa C大動脈弁手術または他の開心術を予定している,弓部大動脈径≧50 mm の症例に併施を考慮する1620, 1635). IIa C大動脈解離の危険因子

*と併施する開心術の予定がない,無症状の大動脈二尖弁に伴う大動脈基部・上行大動脈径≧ 50 mm の症例に考慮してもよい1617, 1620, 1635, 1638). IIb C * 大動脈解離の家族歴,大動脈拡大速度≧5 mm/半年,重症の大動脈弁閉鎖不全症,妊娠希望など

2.2.1 無症状の場合

bicuspid aortopathy患者は健常人と比べ,大動脈解離は8.4倍,大動脈瘤は86倍も発症率が高いとの報告があり1633),早期の大動脈治療が考慮されてきた543)が,最近では三尖弁患者と差がないとの報告もある。bicuspid aortopathyに対する手術加療は比較的安全で,生存率や大動脈イベント回避に寄与する1617).したがって,無症状のbicuspid aortopathyに対する基部・上行大動脈置換術の適応としては径55 mm以上が推奨される.一方でbicuspid aortopathyの上行大動脈径の観察研究では,径50 mm以上または年に5 mm以上の拡大率があれば大動脈手術を行うことで,健常人と同様の予後が期待できると報告され1634),BAVの後ろ向き観察研究では,上行大動脈は径53 mm,大動脈基部は50 mmから急性大動脈解離のリスクが高まったことから,大動脈治療の経験値が高い施設では径50 mm以上で手術が推奨される1638).

2.2.2 大動脈弁手術時の同時治療

BAVに対する弁手術を行う際に,軽度の上行大動脈拡大を伴う場合に大動脈置換を同時に行うべきかが,以前から議論されてきた.BAVでは三尖弁に比べて大動脈弁置換術後に上行大動脈の拡大が早く,解離の発生リスクが高まる546, 548).2004年に報告された,BAVの201例に対する大動脈弁置換術後の大動脈径に関する後ろ向き観察研究では,手術時の上行大動脈径40 mm未満,40~44 mm, 45~49 mmの3群において,術後15年間の大動脈イベント回避率はおのおの86%,81%,43%であり,bicuspid aortopathyは45 mm以上で弁置換との同時手術が推奨された544).2011年には1800例余りのBAVに対し,大動脈弁置換のみ施行と上行大動脈置換も併せて施行とを比べた結果,手術死亡率は1%で差はなく,遠隔期の生存率,大動脈イベント発生率にも差はなかったが,45 mm未満では
p.147
造影後の27%にコレステリン結晶塞栓症を認めた1653)と報告されている.心臓手術921症例の検討では,動脈硬化性病変の有無によって,脳梗塞発症率は8.7%と1.8%と,病変を有する群で有意に高かった1654)が,いずれも剖検での発症率よりは低い.

心臓カテーテル検査において橈骨動脈アプローチでも大腿動脈アプローチでも,脳梗塞の発症率は0.1%,0.5%と低く,有意差は認めないとメタ解析で報告されており1655),心臓カテーテル検査自体は一般的に脳梗塞発症のリスクは高くない.現在,経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI)は動脈硬化性病変を主として多くの合併症を有する高齢者に行われるようになっているが,メタ解析によって心尖アプローチでは(大腿または腋窩)動脈アプローチよりも脳梗塞を減少させることが報告されており1656),動脈硬化病変の有無,部位,程度によってそのリスクは変化する.

腹部大動脈以下の末梢動脈疾患に対する血管内治療の際,大動脈腸骨動脈領域ステント留置において1.3~3.6%にコレステリン結晶塞栓症を認めたとの報告1657–1659)がある.一方,腎動脈以下の外科手術においても2.9%に塞栓症を認めたとの報告もあり1660),血管内治療と外科手術で発症率は変わらない.しかしながら,shaggy aortaや潰瘍性プラークを有する症例における血管内治療は高リスクである1648).

3.1.2 治療

抗血栓療法(抗血小板薬,抗凝固薬)は血栓塞栓症のリスク軽減のためには必要であるが,大動脈に起因する血栓塞栓症に関する研究はほとんどなく,その多くが小規模である.大動脈プラークに対するワルファリンの有効性が認められたとする研究1661–1663)とともに,抗血小板薬と比較してワルファリンの有効性は認められないとする報告もある1664, 1665).逆に,抗血栓療法はコレステリン結晶や粥腫の遊離を促進する恐れもある1666, 1667). a. 脂質低下療法(プラーク安定化)

スタチンを用いた脂質低下療法は症候性の動脈硬化性疾患の発症リスクを抑える点で有用である1668).粥腫塞栓症による脳梗塞患者においてスタチン内服を推奨するRCTは認めないが,家族性高コレステロール血症症例において経食道エコー検査による評価で,2年間で粥腫進展が19%,粥腫縮小が38%に認められたと報告されている1669).また,6ヵ月間のスタチン内服により,MRI検査で大動脈粥腫体積が15%減少したとの報告1670)や3ヵ月間のスタチン内服によりPET検査でのプラーク炎症が減弱したとの報告もある1671).高度な大動脈プラーク症例を対象とした大規模な後ろ向きの検討では,スタチンのみが脳梗塞

3.1 血栓塞栓性大動脈疾患

大動脈におけるプラークは,動脈硬化巣進展の結果として大動脈内膜・中膜層に蓄積した脂質からなる.二次性の炎症,線維性組織の沈着,次いで形成される血栓と内腔面のびらんはいずれも血栓性(血栓塞栓性)もしくは動脈硬化性(コレステリン結晶)塞栓を引き起こす要因となる1641).血栓塞栓性の塞栓子は通常大きく,一般的には中~大型動脈を閉塞させ,脳梗塞,一過性脳虚血発作,腎梗塞,腸管虚血,末梢動脈血栓塞栓症の原因となる.一方,コレステリン結晶性の塞栓子は小動脈や細動脈を閉塞させ,blue toe症候群や腎不全の原因になりうる.

3.1.1 疫学

大動脈プラーク形成に至る危険因子として,他の血管床の動脈硬化巣と同様に,年齢,性別,高血圧,糖尿病,脂質異常症,運動の少ない生活習慣,喫煙と炎症が挙げられる.Offspring Framingham研究では大動脈プラークは正常血圧者の46%に認められ,女性に多いと報告されている.大きなプラークは高血圧と関連しており,心血管疾患を有する症例に多くみられたとの報告がある1642).大動脈プラークが脳血管のみならず末梢動脈塞栓症に関与していることは,剖検の結果1643),非致死性の脳血管や末梢血管疾患を有する患者の研究1644),さらに経食道エコー検査や術中エコー検査が行われた症例研究からも明らかになっている1645, 1646).

心房細動の症例において,経食道エコーで可動性のあるプラーク,プラークにおける潰瘍形成,4 mm以上の厚さをもつプラークを有する症例では,プラークを認めない症例の4倍の脳梗塞リスクを有すると報告されている1647).また,脳梗塞患者における大動脈プラークについて,厚さ4 mm以上のプラークは脳梗塞再発とすべての血管イベント発生の独立した危険因子であると報告されている1648).

剖検例において動脈硬化性(コレステリン結晶)塞栓症は0.18~2.4%に認められた1649).塞栓イベントは血管造影検査,心臓カテーテル検査や大動脈内バルーンパンピング(IABP),心臓手術の際にも認める.大動脈に何らかの処置を行った症例では12~77%にコレステリン結晶塞栓症を認め1650, 1651),剖検では心臓手術後の22%に1652),大動脈

3 動脈硬化性大動脈疾患
p.148
また,近年シスプラチンやベバシズマブを用いた抗癌薬治療中に大動脈血栓を呈する症例も報告されており,化学療法中の癌症例では注意を要する1684, 1685).

3.3 動脈硬化性大動脈閉塞

胸部大動脈の閉塞が動脈硬化性(変性)で生じることは,急性・慢性を含めてきわめてまれであり,腹部大動脈の急性閉塞もまれである.一方,腹部大動脈が慢性閉塞に陥った場合には,傍腎動脈大動脈閉塞まで閉塞病変が進展することもあるが,側副血行路の広範な発達により急性の虚血症状は呈さず,臨床症状として跛行症状にとどまることが多い.しかしながら,急性閉塞として発症すると致死的な病態になる.要因としては,通常の閉塞性動脈硬化症の進展,小口径大動脈(いわゆるsmall aorta)の関与,急性の場合には鞍部塞栓症,大動脈解離などが含まれる.

急性の場合,症状は血流の急激な途絶に伴って側副血行路が閉塞に陥るまで進行性に悪化し,末梢動脈拍動の消失や冷感,下垂足などの下肢急性動脈閉塞症に起因する臨床症状を呈し,下肢・脊髄神経,腸管,腎臓などに高度な虚血症状を引き起こす.診断はほとんどの場合,臨床症状に加えてドプラエコー検査でなされるが,CTやMRIなどの画像検査により,治療方針の決定に有用な情報も得られる.鞍部塞栓症では,発症後早期に血流が再開され虚血再灌流障害(筋腎代謝症候群)に陥るリスクが低い場合は血栓除去が可能であるが,遅れた場合は血流再開を断念せざるをえず,生命予後も不良である1686).慢性の場合にはバイパス術または血管内治療が行われるが,いずれも成績は良好である1687).

3.4 大動脈石灰化

高度な動脈硬化を呈する胸部大動脈は,単純写真で磁器様大動脈(porcelain aorta)として観察されることで容易に存在診断ができる.また,腹部大動脈においても同様に大動脈の走行に沿って石灰化像が認められ,容易に診断される.維持透析症例では末梢動脈のみならず大動脈においても高度石灰化を認める.いずれの領域においても,その範囲と病態の進展状況はCT検査で診断される.腹部大動脈の石灰化は手術における塞栓のリスクのみならず,心血管・脳血管イベントの独立危険因子であることが示されている1688)が,心臓血管外科手術においても石灰化病変は大動脈へのカニュレーション,遮断,各種バイパス術の障害となるとともに,脳梗塞や末梢への塞栓症の危険因子となる.このような磁器様大動脈を呈する患者において,アク

の発症リスクを70%低下させるとの報告がなされており1664),塞栓源としての粥腫の安定化を目的としたスタチン投与も考慮されるが,大規模なRCTが必要である. b. 血行再建

末梢での塞栓症の原因となっている病変に対する外科的アプローチは,塞栓再発リスクを減少させる一手段である.大規模なRCTはなく,大動脈粥腫に対する外科手術・血管内治療については多くが単施設からの報告である.腎動脈以下の病変に対する外科手術は良好であるが1672, 1673),腎動脈上病変が関与すると手術死亡率が高くなり1672),予防的治療としては十分な検討がなされるべきである.また,胸部大動脈病変に対する血栓内膜摘除術や人工血管置換術は,手術侵襲が大きいため,再発を繰り返す症例に限って検討される1674, 1675).大動脈粥腫症例では血管内治療自体が塞栓症の誘因となるために,適応や選択には十分な考慮が必要である.胸部下行大動脈より末梢の病変ではステントグラフトを用いて病変部位をカバーする方法の報告もみられるようになってきたが1676, 1677),現時点では大規模な研究はない.

3.2 大動脈内血栓

脳梗塞や末梢動脈の塞栓症患者の経食道エコー検査により,広範な動脈硬化を伴わない若年者に弓部大動脈内血栓を認めることが報告され,可動性の高い大動脈内血栓を認めた23例うち4例のみが血栓傾向を呈しており,このような病変の病態生理はいまだはっきりしていない1678).このような大動脈壁に固着していない大動脈内血栓は,脳梗塞のみならず内臓動脈や下肢への塞栓源となり,生命を脅かす病態である.解離,外傷,動脈硬化性変化などの大動脈病変に引き続いて発症することが多く,血栓傾向をその病態として正常血管に起こることは少ない.遠位弓部および下行大動脈における診断には,リアルタイムに血栓の可動性や浮動性を確認することのできる経食道エコー検査が第一選択であり,CT・MRI検査も治療方針を決定するうえで有用である1679, 1680).腹部大動脈については腹部エコーで,リアルタイムでflatteringしている血栓が描出されることも多く,CT・MRI検査も同様に詳細な診断や治療方針決定に有用である.

ヘパリン化による保存的治療1679),血管内治療による血栓吸引1681),ステント留置・ステントグラフト内挿術1681)や血栓除去1679),人工血管置換1682)を中心とした外科手術などの報告がみられるが,大規模な比較研究はない.

癌関連血栓症の表現型として静脈血栓症のみならず,大動脈内血栓を認める症例の報告も多くなってきている1683).
p.149
3.6 shaggy aorta

表53 shaggy aorta に関する推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

治療介入中の多発性血栓塞栓症を回避するために,大動脈瘤治療介入前にshaggy aorta の有無について造影CT による評価を考慮する. IIa C

shaggy aortaは大動脈内に存在する高度でびまん性の粥状硬化病変によって,大動脈内面が麻生地のように毛羽立っている様相を指す(図67).臨床上,造影CT検査やエコー検査による画像所見を指して呼称されることが多い1695).また,shaggy aorta症候群は,胸部または腹部大動脈内での不安定で浮動性のある粥腫に由来する微細なコレステリン結晶が,明確な誘因のない自然経過として,あるいは大動脈内カテーテル操作や外科手術操作によって遊離し,末梢動脈を塞栓することによって,さまざまな臓器障害を呈する疾患群である1696).画像診断のモダリティーによって評価法が異なることから,shaggy aortaの画一的な定義は明確には定まっていないが,一般的には術前造影CT,術中経食道エコーや大動脈エコー検査上,4~5 mm以上の厚みを有する不整形で内腔へ突出した粥腫病変が広範囲に及んでいる大動脈をそのように表現し,特に可動性のある粥腫の場合には,臨床的に臓器塞栓症をきたすリスクの高い大動脈粥状硬化病変として認識されている1697).

病因と病態については,血管炎としての捉え方もあるが,遺伝的要因も含め未解明な部分が多い.内科治療法として,スタチンによる粥腫と壁在血栓の減少効果に関する報告も散見されるが1698, 1699),RCTについては今後の進捗と結果報告が待たれている段階にある1700).

大動脈瘤の侵襲的治療におけるshaggy aortaの影響を検討した報告によれば,AAA患者447例中,shaggy aortaは48例(11%)に認められ,shaggy aortaを有する患者の術後30日までの主要合併症発症率と死亡率の合計は, shaggy aortaを有しない患者に比し4.1倍高かった1701). shaggy aortaを有する患者は,術前因子として脳梗塞,慢性腎障害,閉塞性動脈硬化症の既往が有意に高かったが,上記の主要合併症と死亡に関与する主たる原因は多発性血栓塞栓症であった.このことは外科手術とTEVARのいずれにおいても当てはまり,治療法にかかわらず多発性血栓塞栓症のリスクを回避しえないことを意味している.さらに,術後5年までの遠隔成績を比較してもshaggy aortaを有する患者群において生存率が有意に低かった.

セスルートの問題がなければ,リスク・ベネフィットを考慮して血管内治療も選択する.

サンゴ様大動脈(coral reef aorta)は,腎動脈を中心とした腹部内臓動脈分枝レベルの大動脈に,きわめて高度な石灰化と内腔に進展した石灰化病変による狭窄を呈する疾患である.臨床研究の多くは症例報告であり,80例以上の報告は1報のみである1689).本疾患は,腹部内臓動脈分枝を分岐するレベルの腹部大動脈の高度な石灰化,各腹部内蔵動脈の石灰化を伴う狭窄により,腎血管性高血圧や腹部アンギナ,下肢虚血症状を呈するまれな疾患である.本疾患は他の動脈硬化性疾患と異なり女性に多いと報告されており,病因や発生機序はいまだ不明である.過去には血栓内膜摘除を中心とする外科治療が行われてきた1689)が,心合併症や多臓器不全により手術死亡率が11.6%に及び1690),近年は特に高リスク症例を中心に非解剖学的バイパス術1691)やステントグラフトによる血管内治療が行われるようになってきた1692)が,いまだ大規模な研究は行われていない.

3.5 Leriche症候群

「Leriche症候群」は大動脈腸骨動脈領域の閉塞性疾患全般の呼称とされることがあるが,大動脈腸骨動脈領域の解剖学的閉塞のみでは同症候群ではない.あくまで間欠性跛行,末梢動脈拍動の減弱・消失,性機能不全の3症状を呈する場合に「Leriche症候群」と称する.

大動脈腸骨動脈領域の閉塞の多くは動脈硬化に基づき,高齢者に多いが,Leriche症候群は主徴候として性機能不全を認め,40~60歳代で診断されることが多い.治療は通常の閉塞性動脈硬化症による大動脈腸骨動脈領域の閉塞性疾患と同様に行われ,外科的血行再建(大動脈両側腸骨動脈バイパス術,大動脈両側大腿動脈バイパス術)あるいは血管内治療が行われる.近年,血管内治療の成績が良好となり,高位大動脈閉塞(傍腎動脈大動脈閉塞)以外は血管内治療が選択されることが多くなってきた1693).欧米ではベアメタルステントに加えてステントグラフト内挿術が行われ,一次開存率は1年後87%,2年後82%と報告されている1694).間欠性跛行は上記のバイパス術や血管内治療で改善されるが,性機能不全の改善には内腸骨動脈領域の血流改善が必要であり,内腸骨動脈再建可能な症例では再建を考慮する.
p.150
完了させるという基本的な考えがある1706, 1707).一方,大動脈遮断と遮断解除操作によるdebrisの飛散が血栓塞栓症の主因と考え,超低体温循環停止法を行い,大動脈遮断を行わない方法も,shaggy aorta対策として採用されることがある1708).しかし,その場合でも体外循環を確立するまでの過程において,送血管のカニュレーション部位とカニューラの形状,上下半身送血間の流量バランスなど,体外循環法の詳細について留意する必要はある1697).

4.1 定義,分類

4.1.1 炎症性大動脈疾患

血管炎の分類は,Chapel Hill Consensus,CHCC(1994年初版1709),2012年改訂1710))が世界的な共通認識で,日本循環器学会の「血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版)」1711)でもこれに準じて,大型血管炎(大動脈とその主要分枝),中型血管炎(臓器動脈),小型血管炎(細・小動脈,毛細血管)とその他の血管炎に分類されている(表54).また,2014年にESCから大動脈疾患の診療ガイドラインが発表され96),続いて病理組織診断の新たな疾患概念に基づいた疾患分類が示された1712).

4.1.2 高安動脈炎

日本人眼科医,高安右人が眼病変として1908年に初めて報告した疾患で,欧米でもTakayasu arteritisと呼ばれている(図68,69).大動脈の分枝血管の狭窄病変による「脈なし病」とか,大動脈全体に病変が広がるため「大動脈炎症候群(aortitis syndrome)」と呼称されることもあった.本邦を中心に東洋の若年女性に多いのが特徴で,欧米ではまれな疾患である1710). a. 肉眼像

典型例では血管内腔の狭窄病変から始まる.特に大動脈弓の分岐部分から上行する3分枝の血管が侵されやすく,狭窄部位によっては鎖骨下動脈盗血症候群など頭部や上肢虚血症状の原因となる.病変は弓部の主要分枝血管,さらに下行大動脈内にも進行していくが,上行大動脈では拡張傾向となり,上行大動脈瘤と大動脈弁閉鎖不全をきたす.大動脈弁輪部から大動脈弁に炎症が波及するのは自件例で約5%である1713).まれではあるが,大動脈解離をきたす

4 大動脈炎

また,TAAA人工血管置換患者251例の報告によれば,解離性大動脈瘤139例を含む全症例の中でshaggy aortaを有するのは36例(14%)であった1702).shaggy aortaを有しない76例とshaggy aortaを有する36例,合計112例の変性性大動脈瘤手術患者を比較すると,shaggy aortaを有する患者群において,手術死亡率が約5倍,SCI発生率が約4倍に増加していた1702).同様に弓部大動脈人工血管置換患者179例を対象とした臨床研究によれば,上行または弓部大動脈にshaggy aortaを有していた患者は34例(19%)であった1703).それらの患者の手術死亡率には統計学的に有意な増加はみられなかったものの,一時的脳神経障害発症に関与する危険因子としてのshaggy aortaのオッズ比は4.4であった.さらに,shaggy aortaを有する患者群では弓部置換術後の遠隔期生存率が有意に低いとの結果が示されている.

近年shaggy aortaのスコアリングを行った報告もあり,この報告では再構築したCTの軸位像で,1潰瘍様血栓を有し,2最大血栓の厚さが5 mm以上で,3大動脈径2/3周以上を血栓で占拠される場合にshaggy scoreを1点とスコアリングしたもので,今後の術後塞栓症の指標となることが期待されている1704).

shaggy aortaを有することによる大動脈瘤手術治療成績の悪化は,手術時における多発性血栓塞栓症の併発が主たる要因と考えられる.そのため,手術成績向上のための工夫として術中血栓塞栓症を回避する方法が考案されている1705).弓部大動脈人工血管置換術時の脳塞栓の回避,また,胸部下行~胸腹部の大動脈瘤に対するTEVAR時の腸管や腎臓への塞栓による重篤な合併症を回避するために,それらの支配血管をあらかじめ露出して,大動脈内の循環から一時的に分離させた状態とし,大動脈への手術操作を

図67  典型的なshaggy aorta(造影CT 所見,前額断像)胸部大動脈内に存在する不整形で,びまん性の粥状硬化病変が広範囲にみられる.
p.151
状の石灰化が進行する.

4.1.3 巨細胞性動脈炎

欧米に多い疾患で,本邦では比較的少ない(図70).高安動脈炎に比して高齢者(60歳以上)に多く,リウマチ性多発筋痛症との関連も指摘されている.側頭動脈,眼動脈など頭部の動脈の炎症がみられるが,約10~20%は大動脈の病変を有する.組織学的には側頭動脈生検により診断されることも多く,中膜の外弾性板を中心に巨細胞を含む炎症細胞浸潤がみられ,内膜・外膜の線維性肥厚とともに内腔は同心円状の狭窄をきたす.大動脈の病変は,やはり

こともあり,肺動脈に病変が進展することもある.瘢痕期には血管内腔は狭窄と著明な石灰化により鉛管状となる. b. 組織学的変化

組織学的に炎症の活動期は外膜から中膜に及ぶ高度な炎症細胞浸潤がみられ,特に中膜層の弾性線維を破壊,傷害する虫食い状病変を認める.主に中膜で巣状の肉芽腫性病変を形成し,中膜の小梗塞となることもある.肉芽腫内に,ときに弾性線維を貪食している多核巨細胞も出現する,欧米で多い巨細胞性大動脈炎との鑑別が難しい場合もある.瘢痕期では中膜は菲薄化が進み,外膜は線維性肥厚を呈し,内膜にもびまん性の内膜肥厚が生じ,そこに板

表54 血管炎のカテゴリーと疾患

CHCC2012 原文日本語訳

Large vessel vasculitis, LVV

Takayasu arteritis, TAK Giant cell arteritis, GCA大型血管炎

高安動脈炎巨細胞性動脈炎

Medium vessel vasculitis, MVV

Polyarteritis nodosa, PAN Kawasaki disease, KD中型血管炎

結節性多発動脈炎川崎病

Small vessel vasculitis, SVV

Antineutrophil cytoplasmic antibody (ANCA)-associated vasculitis, AAV Microscopic polyangiitis, MPA Granulomatosis with polyangiitis (Wegener’s), GPA Eosinophilic granulomatosis with polyangiitis (Churg-Strauss), EGPA Immune complex SVV

Anti-glomerular basement membrane (anti-GBM) disease Cryoglobulinemic vasculitis, CV IgA vasculitis (Henoch-Schönlein), IgAV Hypocomplementemic urticarial vasculitis, HUV (anti-C1q vasculitis)小型血管炎

抗好中球細胞質抗体(ANCA)関連血管炎顕微鏡的多発血管炎多発血管炎性肉芽腫症(Wegener肉芽腫症)好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(Churg-Strauss症候群)免疫複合体性小型血管炎

抗糸球体基底膜抗体病(抗GBM病)クリオグロブリン血症性血管炎IgA血管炎(Henoch-Schönlein紫斑病)低補体血症性蕁麻疹様血管炎(抗C1q血管炎)

Variable vessel vasculitis, VVV

Behçet’s disease, BD Cogan’s syndrome, CS多様な血管を侵す血管炎

Behçet病Cogan症候群

Single-organ vasculitis, SOV

Cutaneous leukocytoclastic angiitis Cutaneous arteritis Primary central nervous system vasculitis Isolated aortitis単一臓器血管炎

皮膚白血球破砕性血管炎皮膚動脈炎原発性中枢神経系血管炎限局性大動脈炎

Vasculitis associated with systemic disease

Lupus vasculitis Rheumatoid vasculitis Sarcoid vasculitis全身性疾患関連血管炎

ループス血管炎リウマトイド血管炎サルコイド血管炎

Vasculitis associated with probable etiology

Hepatitis C virus-associated cryoglobulinemic vasculitis Hepatitis B virus-associated vasculitis Syphilis-associated aortitis Drug-associated immune complex vasculitis Drug-associated ANCA-associated vasculitis Cancer-associated vasculitis推定病因を有する血管炎

C型肝炎ウイルス関連クリオグロブリン血症性血管炎B型肝炎ウイルス関連血管炎梅毒関連大動脈炎薬剤関連免疫複合体性血管炎薬剤関連ANCA関連血管炎がん関連血管炎

(日本循環器学会.2017 1711), Jennette JC, et al. 2013 1710)より) © 2013 American College of Rheumatology
p.152
ある.

4.1.4 孤発性大動脈炎

大動脈とその分枝に限局した血管炎を認めることから,高安動脈炎や側頭動脈炎と区別されることがあり,

中膜に多核巨細胞を含む炎症細胞浸潤がみられ,弾性線維が傷害され内膜と外膜の線維性肥厚をきたす.高安動脈炎との組織学的な相違点は,ほとんどの症例で多核巨細胞が認められ,外膜の炎症細胞浸潤や線維化が軽度なことであるが,病期によっては組織所見のみでは鑑別困難で

図68 高安動脈炎(慢性活動期)外膜の線維性肥厚が著明で,中膜の炎症も高度に認められる(左:全層,右上:炎症による中膜破壊部拡大像,HE染色).中膜弾性板も炎症周囲では断裂がみられる(右下,EVG染色).

図69 高安動脈炎(活動期)弾性線維の破壊が高度で,中心部は壊死に陥っている(左).壊死の周囲は多核巨細胞とリンパ球で囲まれている(右上・下).
p.153
られ,大動脈の組織像だけでは高安動脈炎や巨細胞性動脈炎と鑑別が難しい.

4.1.6 梅毒性中膜炎

20世紀初頭まで梅毒は大動脈瘤の原因として重要であったが,現在ではきわめてまれである.中膜の炎症後の不規則な収縮に由来する内膜のちりめん状のしわが肉眼的特徴とされている.拡張が高度になり,上行大動脈瘤となることが多い.組織学的には中膜主体の肉芽腫性の炎症性病変で,形質細胞を多く認める.多核巨細胞を含むこともある.炎症による中膜弾性線維が虫食い状に断裂した像を認める.

isolated aortitisと呼ばれる1714).Chapel Hill Consensusではsingle-organ vasculitisに分類されている1710).

4.1.5 血管型Behçet病

トルコの皮膚科医Behçetにより報告された疾患で,シルクロードの国々に多いといわれている(図71).本邦では東北・北海道に多いとされる.口腔アフタ,陰部潰瘍などの症状が有名であるが,さまざまな血管に炎症をきたすことが特徴で,静脈血栓を伴う閉塞性静脈炎から大動脈瘤まで病変は多彩である.大動脈にも炎症をきたし,好中球を多く認める高度の炎症細胞浸潤が中膜と外膜で破壊性に進行する.多核巨細胞を含む肉芽腫様病変もしばしば認め

図70 巨細胞性動脈炎肉眼的には硬化性病変が主体である(a).外膜の高度な肥厚は軽度(b).弾性線維が破壊され,凝固壊死に陥った周囲に炎症細胞, 多核巨細胞が多数認められる(c ~e).c: HE染色(下は強拡大),d: masson trichrome染色,e: EVG染色.

a c d e

b上行大動脈

図71 血管型Behçet 病a: 中膜壊死を伴う動脈中膜炎(HE染色).b: 大動脈中膜弾性板の断裂(EVG染色).c: 右冠尖とそのバルサルバ洞.d: 右冠尖の炎症による破壊.

c a b d
p.154
着してそこで炎症を起こし,破綻しやすい動脈瘤を形成したものを指している.しかし現在では概念を広げ,既存の大動脈瘤に感染が加わったものや,瘻孔形成など周囲の感染が大動脈に波及したものも含めて,「感染性大動脈瘤」と総称している.

4.2 画像診断

高安動脈炎の診断は画像診断を中心に行う必要があり,画像検査所見として大動脈とその第一次分枝の両方または

4.1.7 炎症性腹部大動脈瘤,IgG4関連炎症性大動脈瘤

炎症性AAAは1935年にJames 1715)により尿毒症を引き起こすAAAとして報告され,1972年Walkerら977)によって疾患概念が示された.腹部大動脈の瘤状の拡張に加え,その壁の著明な肥厚,外膜にリンパ濾胞をしばしば形成する著明な形質細胞主体の炎症細胞浸潤をきたし,大動脈瘤周囲の線維性肥厚とともに周囲組織との線維性癒着を特徴とする大動脈瘤である.動脈硬化性病変を合併していることが多く,粥腫に対する特殊な細胞応答などが考えられている.外膜内の炎症細胞浸潤はリンパ球を中心としてリンパ濾胞を形成していることもある(図72).肉芽腫の形成はほとんどない.

近年,浸潤する炎症細胞にはIgG4を産生する形質細胞を多く含む症例があることが明らかにされた.他臓器においても自己免疫性膵炎や硬化性胆管炎,涙腺・唾液腺炎,甲状腺炎などで同様にIgG4の関連が示され,炎症性大動脈瘤もIgG4関連疾患の一つとして認識されるようになった.Kasashimaら87)の報告では炎症性AAAの23例中13例(56.5%)をIgG4関連と診断している.IgG4関連疾患では血中のIgGとIgG4値が高値を示すことが多い.組織学的には炎症細胞は外膜主体に慢性炎症細胞,とくに形質細胞が高度に浸潤する(図73).また,リンパ濾胞の形成もみられる.近年示された包括的なIgG4関連疾患の診断基準では,病理組織標本においてIgG4/IgG陽性形質細胞比が40%以上で,かつ高倍率視野に10個を超えるIgG4陽性形質細胞を認めることが診断基準となっている

1716).IgG4関連大動脈瘤は報告が少ないながら,全切除例の5%との報告もある.

4.1.8 感染性大動脈瘤

細菌性動脈瘤は1885年にOslerにより,感染性心内膜炎からの細菌性塞栓によって生じた動脈瘤として初めて報告され,厳密には感染巣から感染性塞栓が末梢の動脈に付図72 炎症性大動脈瘤

高度な外膜の線維性肥厚(上),外膜中心のリンパ濾胞を伴う炎症細胞浸潤(下)を認める.

図73 IgG4 関連疾患としての炎症性大動脈瘤大動脈壁のHE染色では多数の形質細胞の浸潤を認め(左),これらはほとんどがIgGを産生(中),さらにIgG4が優位(40%)である(右).
p.155
した大動脈壁のdouble ring-like patternを認め(図75),本症に特徴的とされている1720, 1721).また,FDG集積の程度は高安動脈炎の臨床的活動度とも相関しており1719),治療効果判定にも有用である.

狭窄性病変,拡張性病変は胸部X線(下行大動脈辺縁の波状化),CTA,MRA,心臓エコー(大動脈弁閉鎖不全),血管造影で描出される.上行大動脈は拡張し,大動脈弁閉鎖不全を伴いやすい.慢性期には胸部X線にて大動脈辺縁の線状石灰化,大動脈弁閉鎖不全に伴う心拡大を認め,大動脈狭窄が強い場合は肋間動脈からの側副血行路の発達を反映した肋骨下縁の浸蝕像(rib notching)を認める.また,CTにて動脈壁の全周性石灰化を認め,CT血管造影とMR血管造影にて血管の限局性~びまん性狭窄・拡張や側副血行路の発達が描出される.

どちらかに検出される,多発性またはびまん性の肥厚性病変,狭窄性病変(閉塞を含む)または拡張性病変(瘤を含む)の所見の存在が診断基準の1項目を構成している1711).すなわち,高安動脈炎の確定診断には上記画像検査所見の存在が必須である.これらの評価は,胸部X線検査, CT・MRI検査,エコー検査,血管造影検査,PET/CT検査で行う.ただし,CT・MRI検査の普及によって,初期診断に侵襲的血管造影が利用されることは少ない.なお, F-18 FDG PETは,2018年4月より一部のPET施設において,他の検査で病変の局在または活動性の判断がつかない大型血管炎患者を対象に,保険適用での検査が可能となった.

肥厚性病変は,エコー(総頚動脈のマカロニサイン)

1717),

造影CT,造影MRI(動脈壁全周性の造影効果)

1718),PET/

CT(動脈壁全周性のFDG取り込み)で描出される1719) (図74).特に造影CT後期相では,高安動脈炎早期に肥厚

図74 PET/CT による大動脈炎の評価大動脈壁の広範囲に全周性のFDG集積が認められる(↑).

PET

冠状断像

矢状断像

横断像PET/CT CT
p.156
4.3.2 血管内治療

狭窄病変や動脈瘤に対するステントグラフト内挿術が試みられている1723).しかし狭窄病変については,動脈壁全層が瘢痕線維化や石灰化を伴っていることから,第一選択の治療であるとは言い難い1724).また,動脈瘤に対しても遠隔成績は現時点において不明である1725).

4.4 内科治療

表55 大動脈炎の内科治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

高安動脈炎にステロイド薬を投与する1726). I B高安動脈炎に対するステロイド薬投与にトシリズマブを追加投与する1727). I B巨細胞性動脈炎にステロイド薬を投与する1728). I B巨細胞性動脈炎に対するステロイド薬投与にトシリズマブを追加投与する1729). I B IgG4 関連疾患としての大動脈炎にステロイド薬を投与する1730). I C最大径が手術適応ではない炎症性大動脈瘤にステロイド薬投与を考慮する1731). IIa C感染性大動脈瘤に対して感受性のある抗菌薬投与を考慮する. IIa C血管(型)Behçet 病にステロイド薬投与+免疫抑制療法を考慮する1732). IIa C

4.3 侵襲的治療

侵襲的治療の適応は炎症性ではない狭窄病変や瘤病変に対する適応と同一である.しかし,炎症が持続している場合には人工血管との吻合不全のリスクが高くなる.したがって,待機的侵襲的治療を行う前には炎症が寛解していることが望ましい.

本邦での大動脈炎は大半が高安動脈炎であり,巨細胞性動脈炎の本邦での発症率が著しく低いことと,侵襲的治療に関するエビデンスが乏しいことから,主として高安動脈炎に対する侵襲的治療を記す.本項ではUenoらによる血管病変の分類1722)の中で,胸腹部閉塞型と動脈瘤型について記述する.

4.3.1 外科的血行再建術

a. 胸腹部閉塞型

一般的には異型大動脈縮窄症を呈し,遠位下行大動脈から腹部大動脈に狭窄性病変を有することが多く,腹部主要分枝の虚血症状とともに腎血管性高血圧を呈する.遠隔成績や侵襲度を考慮して大動脈–大動脈バイパス術,腋窩動脈–大腿動脈バイパス術,大動脈置換術が行われる.腹腔内主要分枝に病変を呈し各臓器の虚血症状などを伴う場合には,その動脈に対する血行再建を要する. b. 瘤型病変

拡張性の病変は真性瘤が大多数を占め,解離性瘤の発症率は低い.手術適応は変性疾患である通常のTAA/ TAAA,AAA,末梢動脈瘤に準じる.上記の狭窄性病変が併存することも多く,その場合には補助手段や手術術式を含めて総合的に工夫を要する.

図75 高安動脈炎の早期にみられるdouble-ring like appearance大動脈周囲に全周性の壁肥厚を認める.肥厚した壁は造影CTでは内側に低吸収域を,外側に高吸収域を認め,二重のリング状の様相を呈する(↑).

a 単純CT b 造影CT(早期相) c 造影CT(後期相)
p.157
らの手術が推奨されている.一方で,ステロイド薬投与によって大動脈壁が脆くなり破裂のリスクが上昇することも報告されており1736–1738),瘤径が大きい場合にはステロイド治療なしで手術を行うという選択肢を十分に検討する必要がある. b. 免疫抑制薬,生物学的製剤

ステロイド治療を行ったのちに再発した場合に,ステロイド薬との相乗効果またはステロイド薬の減量効果を期待して,ステロイド薬と併用して投与する.免疫抑制薬ではメトトレキサート,アザチオプリン,シクロホスファミド,ミコフェノール酸モフェチル,タクロリムス,シクロスポリン,生物学的製剤ではトシリズマブ(抗IL-6受容体抗体),TNF阻害薬などを用いる.特にトシリズマブは今後ステロイド薬とならぶ主要な治療薬となることが期待されているが,現時点ではステロイド治療後の再発例に対する薬物,あるいは再発予防のための薬物1726)と位置づけられている

4.4.2 巨細胞性動脈炎

まずステロイド薬を投与し1728),再発したらステロイド薬+トシリズマブ1729)など,ほぼ高安動脈炎と同様の治療が行われる.

4.4.3 血管(型)Behçet病

血管(型)Behçet病はBehçet病の特殊型の一つで,完全型または不全型の基準を満たし,動脈瘤,動脈閉塞,深部静脈血栓症,肺塞栓などの病態を伴うものをいう.ステロイド薬+免疫抑制薬が用いられるが1732),大血管病変の管理に関して確固たるエビデンスはない.

4.4.4 炎症性大動脈瘤

ステロイド治療が奏功することが多く,第一選択である1731).ステロイド薬の開始量に関して定説はないが,高安動脈炎に準じて決めることが多い.IgG4関連疾患の大動脈炎の場合は0.5~0.6 mg/kg/日とする考えもある1730).再発した場合は免疫抑制薬が用いられることがあるが,現時点では治療法として十分に確立しているとはいえない.炎症性大動脈瘤の瘤径が手術適応を超えている場合にはステロイド薬での炎症のコントロールにこだわらず,侵襲的治療も検討するべきである.

4.4.5 感染性大動脈瘤

何らかの感染によって大動脈壁の脆弱性が生じているため,根治的治療は感染創を除去しうる外科手術であり,可及的すみやかに行うことが望ましい.内科治療としての抗

大動脈炎の内科治療は抗炎症作用をもつステロイド薬と免疫抑制薬,生物化学製剤による.以下,高安動脈炎,巨細胞性動脈炎,血管Behçet病,炎症性大動脈瘤または大動脈周囲炎,IgG4関連疾患の一つとしての大動脈炎,感染性大動脈瘤に分けてその内科治療を概説する.

4.4.1 高安動脈炎

a. ステロイド薬

従来,大動脈炎に対して行われてきた基本的治療であり,初期治療として重要である.しかしながらステロイド薬単独の有効率は約50%である1726, 1733). i. 適応

臨床経過から本疾患が疑われても,炎症の活動性が低い場合にはステロイド治療の適応とならない場合がある.可能であればF-18 FDG PET,PET/CT検査を施行して炎症を客観的に評価する1719). ii. 投与法

高安動脈炎では「プレドニゾロン0.5~1 mg/kg/日× 2~4週 → 毎週5 mg減量(30 mg/日まで)→ 毎週2.5 mg減量(20 mg/日まで)→ 月あたり1.2 mgを超えない減量→ 維持量:5~10 mg/日」を一つの目安として推奨している1711).その他の疾患では開始投与量の目安がなく,多くは高安動脈炎に準じて投与量を決定している. iii. 経過観察

外来でフォローの際には採血でCRPなどによって再燃がないかチェックする.他に赤沈値,ペントラキシン3 (PTX3),他の炎症マーカーがフォローの指標として検討されたが,最適なものはないとされている.CRPの他に症状と画像所見で増悪が認められれば,再入院でステロイド薬に加えて免疫抑制薬,生物化学製剤などを含めた治療を再検討する. iv. 併用薬

ステロイド薬投与によって生じる高血糖,易感染性,胃潰瘍,骨粗鬆症に注意する.ステロイド薬開始時には厳格に血糖値を管理し,必要があればその治療を行う.易感染性に関しては,ステロイド薬の投与量がある程度減るまでは入院での管理を行い,ST合剤などの内服を行う.胃潰瘍,骨粗鬆症の予防のために経口薬を投与する. v. 大動脈瘤を合併している場合

高安動脈炎では大動脈瘤の合併が15%と報告されている1734).炎症がある状態での手術は炎症をコントロールして行った手術に比べて,再手術率と手術部位や他部位に病変が現れる率が有意に高かった1735)との報告があり,また炎症がある状態での手術は術後の仮性瘤などの問題が生じるため,可能なかぎり炎症のコントロールを行ってか
p.158
い「未分化型」(UIS)とに分類される1742).分化型が最も多く,血管内皮マーカー(CD31,CD34,第XIII因子)とサイトケラチンなど上皮性マーカーの両者が陽性を示す類上皮血管肉腫(epithelioid angiosarcoma)が多いとされている1743)(図77).未分化型は核分裂像が多く,多形性を示し,免疫組織化学的にはビメンチンが陽性,α平滑筋アクチンは陽性のことが多いが,CD31やサイトケラチンは陰性となる(図78).粘液腫性,骨化生,軟骨基質などさまざまな組織所見を呈することも特徴である.しかし,大動脈の悪性腫瘍は組織学的に分類が困難であり,発生部位に起因する症状が先行することから,確定診断が難しい.

鑑別疾患として大動脈瘤,血管内血栓症,血栓塞栓症,血管壁由来の血管肉腫,悪性腫瘍転移性塞栓症が挙げられる.

菌薬は,術前の感染のコントロールと術後の再発の予防を目的として投与される.しかし,術前の感染のコントロールにこだわりすぎると,手術のタイミングを逸して破裂を招くので,注意が必要である.ステロイド薬はむしろ禁忌である.

5.1 病理

大動脈の腫瘍はそのほとんどが内腔に発育する内膜肉腫(intimal sarcoma)で,大動脈壁の平滑筋から発生する原発腫瘍はきわめてまれである.内膜肉腫は主に大動脈,肺動脈,下大静脈といった大血管の内膜に発生し,血管内増殖するまれな悪性軟部腫瘍で,これまでに100例近い報告がある1739).予後は大動脈ではきわめて悪いが,内腔内で比較的ゆっくりと増殖するため,発症早期の発見は難しい.一方,肺動脈原発の内膜肉腫は予後が比較的長い症例も散見される.内膜肉腫と腫瘍の血管内腔側に付着した血栓とが血管分岐部で内腔を閉塞し,血栓塞栓症とみなされることがある(図76).大動脈内膜肉腫では多臓器梗塞をきたし,カテーテルによる血栓除去手術などが施行され,その病理から診断されることもある.人工血管吻合部からの内膜肉腫発生の報告もある1740).大動脈弁狭窄として発症した大動脈内膜肉腫の症例も報告されている1741).

組織学的には,線維芽細胞,筋線維芽細胞への組織分化を示す「分化型」(DIS)と,明らかな組織分化を示さな

5 大動脈腫瘍

図77 大動脈内膜肉腫の分類未分化型多形性肉腫(悪性線維性組織球腫:MFH)

血管肉腫,類上皮分化̶

内皮特異的抗原

粘液線維肉腫,骨肉腫型/軟骨肉腫型分化̶

オステオポンチン など

平滑筋肉腫型分化̶

αSMA

内膜肉腫未分化型

分化型図76 大動脈内膜肉腫

大動脈の各分枝に腫瘍が入り込んでいる.

下腸間膜動脈上腸間膜動脈腹腔動脈

左腎動脈
p.159
とが多く,切除自体が困難であることが多い.生命予後の改善のためには,内膜摘除術やステントグラフト内挿術による狭窄解除が有用な場合がある1747).

5.2 画像診断

原発性大動脈腫瘍の画像診断としては,造影CT検査(図79)または造影MRI検査が行われることが多いが,組織性状の評価と血栓との鑑別能に優れる造影MRI検査がゴールドスタンダードとされている1744).ただし,乏血性腫瘍のことも多く,腫瘍の造影効果が判定しにくいこともあるため,注意が必要である1745).内膜由来のintimal typeは大動脈内腔に向かって突出するように発育するため,動脈硬化性の粥腫や壁在血栓との鑑別が必要である.一方,中外膜由来のmural typeは外向性に発育するため,大動脈瘤や偽腔閉塞型大動脈解離との鑑別が必要である.腫瘍のサイズが大きくなるにつれて腫瘍の造影効果は明瞭になる.また,FDG-PET検査において高い集積を呈するので,鑑別に有用である1746).骨を含めた遠隔転移の有病率が高いため,疑われた場合は骨シンチグラフィ検査やPET/CT検査の実施が推奨される1744).

5.3 侵襲的治療

既報の大部分は血管肉腫の症例報告であり,症例自体がまれであるためにエビデンスとなりうる報告は存在しない.また,侵襲的治療の役割も明確ではない.原則として大動脈とともに腫瘤を一塊として切除することが望ましいと考えられるが,転移が進んだ状態で初めて診断されるこ

図78 大動脈内膜肉腫(血管肉腫型)第VIII 因子

ビメンチン染色

図79  大動脈腫瘍(下行大動脈原発の内膜肉腫) a ~c は造影CT横断像,d は造影CT矢状断像.

a

b

c d
p.160
6.1 病理

交通事故による損傷は胸部下行大動脈に起こりやすく,とくに左鎖骨下動脈の分岐直後に横向きの断裂が入る例が多くみられる.断裂が大きい場合は大量に出血するため致死的となるが,損傷が小さい場合は外膜下に血腫を形成し,仮性瘤となることがある.損傷後数ヵ月から年単位で瘤化することもある.

損傷後慢性期の大動脈瘤はしばしば嚢状瘤の形態を呈する.病理組織学的には正常中膜弾性板が突然途絶し,仮性瘤となっていることが多い(図80).仮性瘤では外傷性大動脈損傷の既往歴を把握しておくことが大切である.まれではあるが,加齢などにより中膜平滑筋層の変性があると,術中の送血管などの挿入時に解離を起こすことがある.

Rabinらは損傷の程度により以下のように分類している1751).グレード1:内膜の破綻または内膜内血腫,グレード2:限局した仮性瘤(全周の50%未満),グレード3:広範囲の仮性瘤(全周の50%以上),グレード4:血管破裂または血管断裂.

表56 外傷性大動脈損傷の診断と治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

大動脈損傷が疑われる症例にCT 検査を行う1038, 1748). I C大動脈損傷例にTEVAR を行う96, 1749, 1750). (表9,P. 54,および表33,P. 96 を参照) I C

鈍的外傷による大動脈損傷は,急速な減速(交通事故,高所からの墜落)が主な原因で発生する1751).大動脈基部,動脈管索近傍,横隔膜など,大動脈が固定されている部位において生じやすいとされており,90%は動脈管索近傍の大動脈峡部に発生する1038, 1748).

6 外傷性大動脈損傷

図80 外傷性大動脈損傷外傷直後の腸骨動脈損傷.中膜が完全に離断し,血栓が付着している.

弓部大動脈仮性瘤

20年前の交通事故で最近,弓部大動脈瘤を指摘された.外傷により中膜弾性板層の右半分は消失し,線維化している.外膜は高度に線維性肥厚している(←→). 2年前の外傷後の仮性瘤.中膜消失部に内膜肥厚( )ができ,仮性瘤となっている.

中膜消失部↑
p.161
動脈損傷に対しては,SG治療を考えるべきである96, 1750).大動脈損傷は多発外傷の一つであることが多く,体外循環を用いた外科手術はリスクが高い1752–1754).一方,SG治療は体外循環を必要とせず,治療後にすみやかに他の合併外傷の治療を行うことができるため,治療成績を著しく向上させてきた1755–1758).

致死的な破裂が早期(24時間以内)に起こるためすみやかに治療すべきとされてきたが,type Iの場合などでは全身状態が安定してから治療するほうがよいとする報告もある.破裂や内膜損傷の程度などによりリスクを判断し,SG内挿術の施行時期を遅らせたり,非侵襲的治療を選択したりすることも有用である1751, 1759–1763).

SGに関連する合併症が多いことから,改良が行われてきた1750, 1754).本邦においても1機種が外傷性大動脈損傷に対して保険適用になっている.

7.1 Kommerell憩室

7.1.1 概念,病因

1936年にKommerellは,右鎖骨下動脈の起始異常を合併し,左側大動脈弓から下行大動脈にある憩室により食道が圧迫され嚥下障害をきたした症例を報告した1764).現在ではKommerell憩室は,「鎖骨下動脈の起始異常を伴う大動脈弓で近位下行大動脈に認める憩室」と定義されている.胎生期に大動脈弓部分枝の発生異常に起因して,左側大動脈弓,右側大動脈弓,鎖骨下動脈起始異常,Kommerell憩室が形成される500).出生に対し,左側大動脈弓かつ右鎖骨下動脈起始異常0.7~2.0%,右側大動脈弓かつ左鎖骨下動脈起始異常0.04~0.4%であり1765),それらの20~ 60%がKommerell憩室瘤を形成する(図82-A).

7.1.2 症状

小児期例では憩室瘤による直接的な圧迫や憩室瘤が形成する血管輪により症状を呈する.主な症状は気道狭窄による呼吸障害である.成人例の多くは無症状であるが,ときに嚥下障害,胸痛,上肢血圧の左右差を認める.無症状の症例も近年の画像検査の進歩により偶発的に発見されるようになった.成人期には瘤の破裂や大動脈解離を発症することがあるが,自然経過についての報告はない.

7 先天性大動脈疾患

6.2 画像診断

胸部X線検査では上縦隔開大,大動脈隆起の消失,左血胸,apical cap,第1・第2肋骨骨折,気管右方偏位,左主気管支下方偏位,胃管の右方偏位などの所見がみられるが,偽陰性の症例も存在する112).

CT検査は迅速に施行可能で再現性が高く,感度,特異度とも100%に近いため,本症が疑われる場合には必須の検査である.胸部大動脈損傷のCT所見は,大動脈峡部に壁の薄い嚢状大動脈瘤を形成し,しばしば周囲に血腫を伴う(図81).大動脈解離や壁内血腫を伴う場合には,急性大動脈解離と同様の所見を呈するが,その範囲は限局的であることが多い.また,縦隔血腫,血胸を認めることがある.multi-planar reconstruction(MPR)などの3次元CT画像はステントグラフト(SG)による治療を行う際の術前評価に有用である.

一方,血行動態が不安定でCT検査が困難な場合は,ベッドサイド経食道エコー検査が有用である.大動脈損傷のみならず右室,右房,三尖弁などの損傷,下大静脈内血栓など,随伴した病態も同時に評価できる利点もある.ただし,経食道エコー検査により食道損傷をきたした症例もあり,注意すべき重大合併症である.

6.3 侵襲的治療

交通事故や墜落による大動脈損傷は,事故現場での致死率が80%以上とされ,多発外傷を伴うことも多いが,生存して搬送されれば救命できる可能性も高くなってきている.type I(内膜損傷),type II(壁内血種),type III(仮性瘤),type IV(破裂)に分類される1749).大動脈峡部に起こることが最も多く,峡部や下行大動脈に発生する外傷性大

図81 外傷性大動脈瘤a,bともに胸部下行大動脈に嚢状瘤を認め(↑),外傷性大動脈瘤が示唆される.

a 造影 CT b 造影 CT MPR 像
p.162
能である.また,合併疾患の種類によっては胸骨正中切開による全弓部置換術が選択される.起始異常を伴う鎖骨下動脈の再建に関しては,in situで再建する方法と非解剖学的バイパス術がある.ただし,非解剖学的バイパス術で再建した場合,周囲臓器への圧迫の症状が残存する可能性がある.憩室瘤に対する到達法とその治療法は,いずれの場合にも良好な成績が報告されている500, 1768). b. 血管内治療

ハイブリッドTEVARが選択されることもあるが,数は少なく,遠隔期成績は不明である.エンドリーク,大動脈食道瘻,上肢の虚血などの合併症も報告されており,適応は慎重に決定する必要がある.

7.2 大動脈縮窄症

大動脈弓部末梢に狭窄を生じる,最も一般的な先天性大動脈疾患であり,出生の0.5%に認める(図83).狭窄部位と動脈管(索)との位置関係により,管前型(乳児型),管後型(成人型)に分類される.動脈管開存症,心室中隔欠損症,その他の先天性心疾患を伴うことが多い.ほとんどの大動脈縮窄症は成人以前に治療される.

身体所見には上肢血圧の上昇,下肢脈拍動触知の低下,左肩甲骨での雑音聴取,スリルの触知などがある.ときに下肢の発育障害,下肢間欠性跛行,左室肥大,心不全,鼻出血,胸部単純写真での浸蝕像(rib notching)を認める. Campbellらの1歳以降の本症自然歴の報告によると,平均寿命は34歳で,死亡原因は心不全(25%),大動脈破裂(21%),感染性心内膜炎(18%),頭蓋内出血(12%),その他(24%)である1769).発達した側副血行のAbbott’s arteryは拡大すると脊髄圧迫によるSCIや破裂をきたすこ

7.1.3 診断

CT・MRI検査が有用で,周囲臓器との関係や血管輪の存在を診断できる.憩室瘤径に関して決まった計測方法はなく,瘤径による破裂や解離のリスクの基準が統一されていない.また,画像検査による周囲臓器との関係,圧迫の有無の評価が必須である.胸部X線検査では偏位した大動脈陰影を認めることもあり,嚥下障害を有する症例では食道バリウム検査でその狭窄が観察されることがある(図82-B).

7.1.4 手術適応

Kommerell憩室瘤の圧迫による嚥下障害や気道狭窄による呼吸障害がある場合には手術適応となる.しかし,多くは無症状であり,手術適応は憩室瘤の瘤径,形態により検討する.瘤径が50 mmを超える場合,起始異常を認める鎖骨下動脈の開口部が30 mmを超える場合,手術適応とするのが妥当と考える1766).

7.1.5 治療方法

a. 開胸手術

小児期,成人期においても開胸手術の目的は,Kom merell憩室瘤の切除と起始異常のある鎖骨下動脈の再建である.小児期にはKommerell憩室瘤の切除と動脈管索の離断,起始異常のある鎖骨下動脈の再建が行われる1767).成人期では憩室瘤の閉鎖,パッチ形成術よりも人工血管置換術が選択される.

憩室瘤の位置により右または左側方開胸による下行大動脈置換術と,鎖骨下動脈の起始異常を伴う場合にはその再建術が行われる.この場合,部分体外循環下で手術が可

図82  Kommerell 憩室瘤(A)と嚥下障害例での食道狭窄(B)

A

Kommerell憩室瘤B
p.163
7.3 頚部大動脈弓

まれな先天性大動脈疾患である.胎生期に第4鰓弓から大動脈弓が形成される際の発生異常で,より高位の鰓弓が残存することが原因である.Mullinsら1774)は大動脈弓の頂点が頚部に存在し,大動脈弓部分枝の起始異常を伴い,下行大動脈の走行異常を伴うものと定義しているが,大動脈弓の頂点が鎖骨より頭側に達すれば該当すると定義しているものもある(図84).拍動性の頚部腫瘤として触知されることや,気道や食道の圧迫症状を呈することがある. Haughton 1775)は大動脈弓の形状と弓部分枝の配列によりA ~Eの5型に分類しているが,type D(正常頚部分枝を伴う左頚部大動脈弓で,余剰の大動脈弓部と,ときに低形成の左下行大動脈を認める)の手術の報告がある1776, 1777).

表57 大動脈食道瘻,大動脈気管支瘻の治療の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

食道癌や肺癌の大動脈浸潤に伴う大動脈破裂に対する救命措置としてTEVAR を行う1778). I C大動脈食道瘻,大動脈気管支瘻による大量出血時,または大量出血が危惧される場合,大量出血を防ぐため可及的すみやかにTEVAR を行うことを考慮する1779). IIa C

8 大動脈食道・気管支瘻

とがある.そのため早期の侵襲的治療が必要で,in-situ,非解剖学的バイパス術の適応となる1770).近年,ステントグラフト治療の有効性,安全性の報告もある1771).

偽性大動脈縮窄症は,subclinical form of coarctationとしてSoudersらにより最初に報告され1772),形態的特長によりkinking or buckling of aortic archと呼ばれることもある,胎生初期に発生する先天異常である.Gayらの診断基準は,左上縦隔の異常陰影,上下肢の圧較差<25 mmHg,側副血行は認めない,弓部大動脈から下行大動脈起始部の延長,をあげている1773).また,弓部大動脈の位置は高く,大動脈峡部で大動脈は捻れていることがある.瘤形成を認める場合には治療対象となる.

なお,先天性に対して,大動脈炎症候群(高安動脈炎/脈なし病)による狭窄は「異型大動脈縮窄症」と呼ばれる.

図83 大動脈縮窄症

図84 頚部大動脈弓右鎖骨下動脈瘤動脈管遺残瘤

左鎖骨下動脈起始部憩室

左椎骨動脈
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TAAに対する外科手術後1.7% 641)に対してTEVAR術後1.7% 967)と差がないが,AEF発症までの期間はTEVARの方が短い1790).

好発部位は門歯から20~30 cmの食道(上・中部)の後壁から左側壁で,食道内視鏡で位置確認できるが,大動脈側の位置を正確に記載した報告は乏しい.記載のある論文126–129)の集計では,弓部16%,下行78%,胸腹部6%で,大半が下行大動脈であった.

起炎菌は黄色ブドウ球菌が最も多く,次いで溶連菌の報告が多い.その他には,大腸菌,緑膿菌,真菌,腸球菌,肺炎球菌などがあった1790).また,MRSAを起炎菌とする場合の予後は不良で,30日死亡率は70%を超える1790).

症状としては前述のChiariの3徴候が古くから知られているが,前兆吐血は65%,胸痛は59%とあまり高率ではなく1780),CzernyらはTEVAR後AEFで不明熱81%,吐血53%,ショック22% 1778),Chiesaらは吐血68%,不明熱58%,ショック26%,胸痛5%と報告している967).外科手術とTEVARの比較検討では,痛み(73%対35%)と悪寒発熱(84%対61%)は外科手術で多く,吐血(12%対42%)はTEVARの方が多い1790).

抗菌薬投与などによる保存療法だけでは遠隔生存は得られないとの昔からの見解は,現在も変わっていない. Czernyらは食道抜去をせずに1年生存した患者はいなかったと報告し1778),Akashiらは救命するためには食道抜去,人工血管置換術(ホモグラフトを含む),大網充填が必要で,TEVARのみに留めるべきではないとしている126).食道抜去と人工血管置換術などの根治的手術の成績をみると,院内死亡率は14.3% 1781),22.2% 127),25% 1782)と良好なものから64%と不良なものまでさまざまであるが967),遠隔成績はいずれも不良で,手術成績が良かったYamazatoらの報告でも5年生存率は42.4%であった127).

感染組織は人工物も含め,除去を考慮する126, 127, 1778, 1780–1783). IIa C大動脈食道瘻では食道抜去を考慮する126, 127, 1778, 1781, 1782). IIa C癌の放射線治療や化学療法に伴う大動脈食道瘻,大動脈気管支瘻の破裂が危惧される症例に,一次性大動脈食道・気管支瘻または癌の浸潤部位に一致してTEVAR を先行させ,破綻を防止したうえで治療することを考慮する1778). IIa C

8.1 大動脈食道瘻

8.1.1 概念

大動脈食道瘻(AEF)は比較的まれな疾患であるが,予後はきわめて不良である.近年,ステントグラフト(SG)内挿術などの血管内治療の増加に伴い,二次性AEFが増加してきている967, 1778).

1818年にDubrueilが初めてこの疾患を報告している1784).Chiariは1914年に,1胸部中ほどの痛み,2初期の明赤色の少量吐血,3その後に続く大量の吐血をAEFの臨床3徴候として報告し1785),「大動脈食道症候群」とも呼称している.この臨床所見に最も合致するのは魚骨などの異物誤飲によるAEFであり,原因によって症状も異なる. 1980年にCterctekoとMokは異物誤飲によるAEFの手術で最初の成功例を報告している1786).TAAによるAEFに対しては1983年SnyderとCrawfordの成功例が最初とされている1787).しかし,今日に至っても治療成績は不良で,まとまった数の研究はいまだに少ない.

AEFの発生機序はいまだ不明であるが,食道動脈の閉塞,血腫による縦隔の炎症,瘤やSGによる機械的圧迫などから,食道壁が血流障害をきたしてAEFが生じるとの仮説がある967, 1778).一方,瘻孔形成の第一の要因としてSGや人工血管の感染を考えるべきだ1788)との意見もある.二次性AEF発生の機序として,食道の圧迫壊死,SGによる食道栄養血管の閉塞に起因する虚血性壊死,SGのオーバーサイズや繰り返すTEVARによる食道内腔の虚脱,感染瘤内の菌の閉じ込め,エンドリークなどが考えられている1778, 1780, 1789).

8.1.2 疫学

AEFの要因は表58にあるように多岐に及ぶが,一次性AEFの原因で最も多いのはTAAで,発生率は0.16%といわれている1780).二次性AEFと大動脈気管支瘻(ABF)は,表58 大動脈食道瘻の原因

TEVAR後二次性胸部大動脈人工血管置換術後胸部大動脈瘤異物誤飲食道癌食道潰瘍と逆流結核外傷性仮性大動脈瘤アルカリ溶液誤飲気管食道大動脈瘻動脈硬化性大動脈潰瘍先天性弓部大動脈異常(Hollander JE, et al. 1991 1780) より作表)
p.165
階的アプローチの場合は右開胸または右胸内視鏡下に食道を切除し,感染巣の十分な郭清と洗浄を行う.いずれの場合も,頚部に食道瘻,腹部上部に胃瘻の造設を行う. d. 大動脈再建術

二次性AEFでは,人工血管やSGの全切除を行うことが原則である.左開胸で行うが,そのアプローチは部位によって異なる.弓部大動脈に及ぶ場合は前側方開胸や後側方開胸から胸骨を横切して視野を展開する方法を用い,下部下行大動脈の場合は胸腹部大動脈手術に準じたStoney切開や前側方直線的切開などによって行う.いずれにしても,大腿動静脈を露出して体外循環下に手術が行われる.弓部大動脈に及ぶ場合は,低体温(25~28°C)と順行性脳分離体外循環を併用して大動脈を再建する.遠位弓部大動脈以遠で大動脈を遮断できる場合は,上半身は自己心拍動下で,下半身は部分体外循環で大動脈を再建する.まず感染した大動脈と感染組織を除去する.食道抜去を同時に行う場合は大動脈を除去後,食道を抜去し,両断端は一時的に閉鎖する.その後,十分な洗浄を行う.

以前は,感染巣内に人工血管を移植することを避けるために,大動脈断端の閉鎖と上行大動脈–腹部大動脈バイパスによる下半身の血行再建が行われてきたが(非解剖学的バイパス術),最近はin situへの人工血管置換術を第一選択とすることが多い.非解剖学的バイパス術の遠隔期に起こることがある大動脈断端の仮性瘤や出血,バイパス閉塞などの合併症を考えると1793),in situ人工血管置換術が標準術式になっていくと思われる. e. グラフトの選択

Vogtらは感染性大動脈瘤においてホモグラフト(凍結保存同種グラフト)が感染制御に関してきわめて有効であったとしている1794).しかし,本邦では組織バンクでの保存数は少なく入手困難であり,グラフト径が小さいことが多い.Lesècheらはホモグラフト移植後の平均3年の追跡で閉塞や瘤化は17%と報告しており1008),遠隔成績にはいまだ問題がある128, 1795).このため,本邦では人工血管の使用が多く,リファンピシン浸漬グラフトを術中に作製して使用した報告が多い1796, 1797).そのほか,ePTFE(expanded polytetrafluoroethylene)人工血管,ウシ心膜で作製した人工血管503),銀コーティング人工血管1798)などがあるが,有効性は不明である. f. 大網充填

大網は血流とリンパに富む組織で,感染制御に有効と考えられており,開心術後の縦隔炎の治療にもしばしば用いられている1012).AEF手術においてはin situに移植した人工血管の周囲を大網で被覆して感染の波及を予防する.右左どちらかの胃大網動脈を血管茎とした有茎大網は,弓部

8.1.3 診断

不明熱や胸痛や初期の少量吐血などの初期症状の段階から診断に至るまで時間を要することも多い.血液検査での著明な炎症所見が発見の契機となることがある.画像診断では,CT検査が有用で,大動脈と食道の周囲のガス像を伴った液体貯留は炎症による浮腫あるいは膿瘍形成を示すものであり,感染を強く疑わせる所見である.また,食道内視鏡検査で食道壁の小さな潰瘍像や異物突出によりAEFとほぼ確定できるが1791),患者の状態によっては必ずしも必要はない.そのほかに診断手段として大動脈造影や食道バリウム造影検査もあるが,一般的ではない.また,治療方針を決めるうえで,感染や炎症の及んでいる範囲を知るためにPET/CT検査が有用なことがある.

8.1.4 治療

抗菌薬のみによる保存療法では救命は100%不可能で,侵襲的治療を要する1778, 1780).TEVARのみで救命できたとの報告は散見するが,感染巣へのステントグラフト留置は長期予後に大きな問題がある.Kanらは感染性大動脈瘤に対するTEVARとEVARの1年生存率は,持続性感染群が感染治癒群より劣ることを報告している1783).一般的には, TEVARのみ,食道ステントのみの予後は不良で126, 127, 1778),長期生存を得るためには食道抜去,感染組織の清拭と十分な洗浄,感染した大動脈の除去と大動脈の再建,再建部位の大網充填のすべてが必要である126, 127).これらの治療を一期的に行う場合と127),患者の状態や侵襲の大きさを考慮して段階的に行う場合がある128, 129).術後感染をコントロールできた段階で,最後に食道再建術を行う. a. 抗菌薬治療

培養検査の結果に応じて強力な抗菌薬投与を開始する.複数の菌が同定された場合や菌が同定されない場合は,広範囲に効く抗菌薬の投与で初期対応する.しかしながら,縦隔に感染巣があるので,あくまで手術までの感染制御が目的である. b. 大量出血制御のためのTEVAR

AEFからの大量出血時や大量出血が危惧される場合は,まず緊急TEVARによって大量出血を防ぐこと(bridging TEVAR)が不可欠である1779).すでに大量出血してショック状態の場合,TEVARまでの出血コントロール目的でSB (Sengstaken-Blakenmore)チューブの使用は有用である1792). c. 食道抜去術

食道抜去と大動脈再建術を同時に行う場合は,左開胸アプローチで大動脈を切除した後に食道を抜去できる.段
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迫による無気肺からの気道出血との鑑別は画像診断では困難なことが多い.このような場合,気管支鏡検査が薦められるが,その侵襲度は低くない.また,瘻孔を直接視認できれば確定診断となるが,末梢型の場合は診断が困難であることから,ABFの内視鏡検査にはAEFの場合ほどの有用性はない.呼吸状態が悪化するような気道出血がある場合は,確定診断に時間を割くよりも,早期に瘤切除,気管支瘻閉鎖術を行うべきである.

8.2.4 治療

AEFと同様に保存的治療の成績は悪く,大動脈瘤切除,ステントグラフト摘除,気管支瘻閉鎖もしくは肺切除が標準的な治療である.治療成績はAEFと比較すると良好である.気道の環境は食道内部と比べて常在菌叢が少なく,食道のような再建を必要としないことなどがその理由である.また,TEVARのみで治療できる症例も存在する. Canaudは134例のTEVAR治療のメタ解析で,30日死亡率5.9%,18ヵ月後の大動脈関連死亡率14.3%,ABF再発率11.1%と良好な成績を報告した1781).CzernyはEuropean Registry of Endovascular Aortic Repair Complications (EuREC)でのTEVAR後ABFの26例を検討したが,経過観察5例,肺気管支手術のみ2例,TEVARのみ9例,ステントグラフト摘除と肺気管支手術,in situ大動脈再建8例であった1778).2年後の生存率は積極的治療群で63%であり,姑息的手術の21%より良好であったと報告している.

以上のごとく,ABFはAEF同様に早期の根治的手術が原則であるが,症例によってはTEVARも選択肢の一つである.

8.3 食道癌・肺癌の大動脈浸潤に伴う 大動脈瘻

食道癌や肺癌の大動脈浸潤に伴う一次性大動脈食道・気管支瘻に関しては,TEVARは適応外使用であるが,破裂防止による延命(救命)措置としてのTEVARが新しい試みとして注目されている1801).放射線治療や化学療法に伴う大動脈食道・気管支瘻の破裂が危惧される症例に対して,一次性大動脈食道・気管支瘻または癌の浸潤部位に一致してTEVARを先行させて瘻破裂の防止策をとったうえで,放射線治療や化学療法を行うといった選択肢がある.しかし,TEVARの適応外使用を含めて,施設ごとの判断で行われており,症例数が限られ,全国レベルでの調査研究もなく,治療成績については明らかでない.

から下行までの広い範囲の大動脈に対して使用することが可能である911, 1013).AkashiらはAEFの予後改善のうえで有茎大網の有用性を報告している126). g. 術後抗菌薬

術後の強力な抗菌薬治療が必須である.起炎菌に合わせた抗菌薬を静脈内投与し,炎症反応の陰性化を目標に4週間から8週間は継続する.その後,抗菌薬は中止して問題ないとする報告もあるが1001),一方で生涯にわたり経口の抗菌薬を投与すべきとする報告もある998, 1006). h. 食道再建術

感染の完全な制御と全身の栄養状態の改善を待って行うため,大動脈血行再建術の数週間~数ヵ月後に施行されることが多い.食道の代用としては,胃管作製,結腸導管などがある.縫合不全や縫合部狭窄を懸念して,胸骨前や胸骨後のルートに作製することが多い.

AEFは死亡率の高い疾患であるが,迅速に術前診断を行い,早期に侵襲的治療を行うことが救命率の向上につながると考えられる.

8.2 大動脈気管支瘻

8.2.1 概念

大動脈気管支瘻(ABF)は1914年にGirardetが初めて報告した1799).以後,症例報告が数多くなされてきたが, ABF単独での報告よりもAEFと一緒に報告されることが多く,臨床上も両者が合併することはまれではない.ABFも発生原因から一次性,二次性に分けられることが多く1781),また,瘻の気道での存在部位から中心性と末梢性に分けられることもある1778).

8.2.2 疫学

発生率はさまざまであるが,AEFと大差なく,0.3~5%である.von Segesserらは胸部下行大動脈・胸腹部大動脈瘤手術145例中8例(5.6%)にABFが発生したと報告した1800).ABF発生もTEVAR普及と並行して増加している. TEVAR後のABF発生率としてLuehrは0.5% 1782),Chiesaは0.4% 967),Czernyは0.6% 1778)と報告している.ABFの発生機序はAEFとは違い,ステントグラフトの圧迫や瘤破裂による穿破がほとんどである.

8.2.3 診断

初発症状として発熱,喀血または飲み込んだ喀血の吐血が多く,CT検査で肺浸潤影を認めることが多い.大きな血腫が肺内に存在すれば診断は容易であるが,瘤の圧
p.167
PQ 12 9.4%,外科手術27.5%とTEVARで良好な成績が報告さ

れている1806).

もう一つは食道切除術前または放射線化学療法施行前に行う予防的TEVARである.大動脈浸潤を疑う進行食道癌患者は,外科手術の際に腫瘍浸潤した大動脈壁を損傷しやすく,また放射線化学療法においても浸潤した腫瘍細胞が壊死し大動脈壁破綻のリスクがある732).治療前のCT検査で胸腔腫瘍性病変の大動脈浸潤を疑う場合には,予防的TEVARを行うことで出血や破裂のリスクを軽減し,安全に食道癌に対する手術や放射線化学療法を施行することが可能となる732, 1808).

同様に,肺癌をはじめとする肺疾患を有する患者では大動脈気管支瘻(ABF)の病態を呈することがあり1809–1812),この場合も重篤な出血をきたすことがある.症状は喀血が主体であるが,手術の周術期死亡率は15~24%と報告されている1813, 1814).ABFに対してもTEVARは低侵襲かつ効果的に瘻孔部を閉鎖し,出血の制御が可能であり,緊急時の有効性が報告されている1815–1817).

AEFやABFに対するTEVAR後は,遠隔期のステントグラフト感染が危惧されるが,留置後6~8週間は広域スペクトラムの抗菌薬投与を行い,その後は生涯にわたる抗菌薬の内服が推奨される406).適切な抗菌薬投与により術後のステントグラフト感染は2.9%との比較的良好な成績も報告されている732).

AEFを有する患者の出血に対する緊急TEVARや,大動脈浸潤を疑う手術・放射線化学療法前の予防的TEVARはいずれも有用な治療手段の一つである.しかし,これらのTEVARはいずれも保険適用外で,IFU(instruction for use)外使用となっており,その費用は病院側の負担となっているのが現状である.今後早期に保険収載されることが望まれる.

食道癌の大動脈浸潤に対しTEVARは有効か推奨出血を認める症候性の大動脈食道瘻に対し緊急TEVARを行う.また,食道切除術や放射線・化学療法を施行する前の,出血や大動脈破裂を回避する目的の予防的TEVARは有効である.

食道は解剖学的に胸部下行大動脈に近接しており,進行食道癌においては約17%で大動脈浸潤を認めると報告されている1780).大動脈浸潤を認める進行食道癌は大動脈食道瘻(AEF)にまで進行すると重篤な出血をきたすリスクが高い1779, 1802).AEFに対するTEVARは1994年に初めて報告されたが1803),その後も大動脈浸潤を伴う進行食道癌に対しTEVARで重篤な出血を予防できたという報告が多く,出血のリスクの高い進行食道癌に対しTEVARは有用な治療法となっている732, 1801, 1804, 1805).

大動脈浸潤を認める進行食道癌に対するTEVARの施行時期は,その目的により2つに分類される.一つは症候性に対する止血を目的とした緊急TEVARである.吐血を呈する症候性の進行食道癌患者に対しては,大動脈置換と食道切除が必要である.また,AEFにまで進行した場合は,リファンピシン浸漬人工血管による大動脈置換,大網充填とともに食道切除などからなる一連の外科手術が選択肢の一つであるが,侵襲が大きく,周術期死亡率は45.4~ 55%と高い406, 1806).一方,TEVARでは腫瘍浸潤している胸部大動脈へのステントグラフト留置のみで出血の制御が可能であり,短時間で低侵襲かつ効果的な方法である1807). AEFまで進行している場合は,この後に前述の外科手術が必要となることがあるが,ブリッジ手術としてもTEVARは有効な手段である.術後30日死亡率もTEVAR
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ラムも安全に施行できる1395).リハビリテーション中に状態が悪化し合併症が発生することもあり,合併症を生じた症例ではリハビリテーション進行を中止し,侵襲的治療に関し再検討する.発症時から合併症を有する症例,DIC合併例は,短期リハビリテーションプログラムは適切ではなく,個別に対応する必要がある.短期リハビリテーションプログラムの適応基準を表60に示した.

1.1 急性期から回復期まで

急性期に侵襲的治療を行わなかった症例は,急性期の大動脈解離関連合併症を防ぐため,以前はベッド上安静を7日間続けることになっていたが,現在では循環状態が落ち着き次第,早期に離床するプログラムが行われる1395, 1397, 1819).短期リハビリテーションプログラムの例を表61に示す1395).

リハビリテーションの開始に際しては,血行動態や呼吸状態,意識状態が安定している必要がある.急性期には各種降圧薬の投与により,収縮期血圧を100~120 mmHgにコントロールし,心拍数も60回/min未満になるように調整することが推奨される1270).血圧コントロールを十分行い,積極的に安静度の解除を心掛ける.リハビリテーション開始基準を表62に示した1820).

リハビリテーション進行中に状態が悪化した場合は,リハビリテーションの進行を中止する必要がある.中止基準を表63に示した1821).負荷合格基準は負荷後の収縮期血圧が140 mmHg以下とした.合格しなければ降圧薬を増量し,翌日に再施行とする.せん妄のため決められた安静が守れない場合は,守れる段階のリハビリテーション負荷に

表59 大動脈解離急性期におけるリハビリテーションの推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

内科治療の対象となった急性大動脈解離(主にuncomplicated B 型)において,心拍数・血圧管理下のリハビリテーションプログラムに従った離床と日常生活への復帰を促進することを考慮する1395, 1397). IIa C大動脈解離のリハビリテーションは心臓領域に比してエビデンスに乏しく,リハビリテーション施行の方法・効果(評価)とも定まったものがない.本項では保存的治療の適応となる大動脈解離,すなわちuncomplicated B型解離について述べる.急性期に侵襲的治療(TEVARまたは人工血管置換術)を行った症例については周術期リハビリテーションの項(P. 170)に譲る.

急性解離に対する標準化されたリハビリテーションの報告は少なかったが,平成14(2002)年度厚生労働省科学研究費の効果的医療技術の確立推進臨床研究事業の援助のもと,多施設で急性大動脈解離の具体的な医療手順に関する研究の一環として,入院後の診断の治療の標準化と早期離床に関するリハビリテーションプログラムを作成し,クリニカルパスを臨床導入した1818).急性解離における急性・亜急性期合併症(破裂・切迫破裂,臓器虚血,コントロール不能の高血圧,拡大したあるいは急速拡大)は病型や病態により予後が異なるため,1つのリハビリテーションプログラムで対応することは困難である.大動脈解離合併症を起こす可能性の低い病態は,より短期のリハビリテーションコースが推奨される.早期離床により肺炎や薬物の使用を要する不穏が減少することから,低リスクの症例は積極的に離床を進めることによりICU滞在日数や入院日数の短縮が望め1397, 1819),さらに短期のリハビリテーションプログ

1 大動脈解離のリハビリテーション

第9章 リハビリテーション

表60 大動脈解離の短期リハビリテーションプログラムの適応基準急性 B 型解離の症例で・破裂,切迫破裂ではない・malperfusion(分枝灌流障害)がない・痛みのコントロールができている・血圧,心拍数のコントロールが達成されている・大動脈径の拡大(胸部大動脈瘤合併)がない・DIC(播種性血管内凝固症候群)の合併がない
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1.1.3 清潔

入院時より介助による清拭を開始し,洗髪,シャワー浴と順次リハビリテーションを進める.体を清潔に保つことは感染のみならず,精神の安定と入院中のQOLを確保する意味で重要である.

1.2 回復期から日常生活復帰へ

回復期のリハビリテーションは,入院中の安静に伴う身体機能低下の改善を主な目的に施行される.退院後1ヵ月以内が相当すると考えられるが,この時期における急性解離の治癒過程は十分に解明されていないため,リハビリテーションは500 m以内の軽い散歩程度にとどめる.

発症から2~3ヵ月後以降は,社会(職場)復帰し日常生活を行う時期であり,QOLに大きな影響を与えるため,きめ細やかな指導が必要となる.血圧コントロールが最も重要であるため,血圧値をエンドポイントとしたトレッドミルなどの運動負荷試験により,血圧と活動範囲の評価が必要となる.血圧コントロールは安静時血圧130/80 mmHg未満を目標とする1263).

留める.また,大動脈解離発症前から,脳血管障害や運動器障害でADLが低下している症例では,解離発症前ADL以上の負荷を避けることが望ましい.

1.1.1 初期安静時間

基本的には早期離床が重要であり,炎症性胸水による無気肺の予防,長期臥床による下肢静脈血栓症の予防,高齢者などでは強制的な安静による不穏や認知症悪化の予防が目的である1819).急性期の大動脈関連の合併症を防ぐため,最初の24時間はベッド上安静になるが,患者視野を広くして飲水や内服を容易にするため,他動体交は当日から可能とする.

1.1.2 排泄

大動脈解離では腸管血流の低下から麻痺性イレウスが発症することがある.さらに,床上での排泄は困難であり,排便コントロール困難から便秘になりやすく,これもイレウスの要因となる1389, 1822).リハビリテーションプログラムでは,ベッドサイドでの起立訓練後にベッドサイド便器(室内トイレ)の使用が可能となるため,安定している症例では早期の立位が望まれる.

表61 大動脈解離の短期リハビリテーションプログラムの例

病日安静度排泄清潔食事発症日ベッドレストベッド上清拭(介助あり),洗顔(介助あり)なし2日ベッド座位ベッド上清拭(介助あり),洗顔(介助なし)介助あり3日ベッド周囲歩行室内トイレ清拭(介助あり),室内洗顔↓ 4日↓ ↓清拭(介助なし),室内洗顔介助なし5日病棟内歩行病棟内トイレ清拭(介助なし),病棟内洗面↓ 6日↓ ↓ ↓ ↓ 7日院内自由歩行↓ ↓ ↓ 8日↓ ↓シャワー可↓ (Niino T, et al. 2009 1395)より作表)

表62 大動脈解離のリハビリテーションの開始基準・覚醒状態-2≦RASS≦1 30分以内に鎮静が必要であった不穏がない・呼吸呼吸回数<35 回/min 未満が一定時間持続酸素飽和度(SaO2) 90%以上が一定時間持続吸入酸素濃度(FiO2) <0.6・循環血圧,心拍数のコントロールが達成されている新たな重症不整脈の出現がない新たな心筋虚血を示唆する心電図変化がない・発熱38.5°C以上の発熱がないRASS: Richmond Agitation Sedation Scale (日本集中治療医学会.2017 1820)より作表)表63 大動脈解離のリハビリテーションの中止基準

・意識障害意識・鎮静レベルがRASS≦-3鎮静薬の増量,新規投与が必要なRASS>2労作時の呼吸困難,患者の拒否・呼吸状態呼吸数が5 回/min 未満40 回/min 以上SpO2が88~90%,4%以上の低下・循環動態運動療法下にて心拍数≧100/min,収縮期血圧> 140 mmHg新たな重症不整脈の出現新たな心筋虚血を示唆する心電図変化RASS: Richmond Agitation Sedation Scale (Adler J, et al. 2012 1821)より作表)
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手術予定のAAA患者において運動療法によって酸素摂取量や無酸素性代謝閾値といった運動耐容能が改善され1826–1828, 1844),周術期合併症や在院日数が減少することが報告されている1829).また,運動療法は瘤径を拡大することはなく,逆に手術適応前のAAA患者のリハビリテーションにより瘤拡大が抑制される可能性が示されている1845).いずれの結果も術前の運動療法を支持するものが多く,待機的手術前(特にAAA)の監視下運動療法が推奨される.

また,手術患者の高齢化に伴い一定の割合で認められる術前の軽度認知障害(MCI)や認知症は,術後認知機能障害(POCD)や術後せん妄,呼吸器合併症,術後自宅復帰の可否などと関連する1830, 1846–1848).このような症例では離床遅延も起こりやすいため,Mini Mental State Examination (MMSE)など客観的な認知機能評価を実施しておくとよい.運動機能低下や認知機能低下が認められる場合,術後自宅復帰が困難となることがあるため,術前から多職種で介護保険利用状況や家族の居住形態,就労状況などの社会環境について調査,把握し情報共有を行う.

2.2 術後リハビリテーション

術後リハビリテーションの目的は廃用症候群の予防および回復である.また,大動脈瘤の部位によってADLが上昇するまでの期間やADL阻害要因も異なることが報告されており1849, 1850),手術部位に応じた周術期リハビリテーションが必要となる.

術後リハビリテーションによってもたらされる効果として,身体機能の改善により在院日数の短縮や早期離床が可能になり,術後合併症(感染,肺炎,胸水貯留,せん妄など)の発生率も低下する1851–1854).また,早期社会復帰や社会復帰率の向上が得られ,生命予後やQOLの改善と高齢者の早期回復率向上につながる.

高齢者や虚弱性の高い症例においては,術後嚥下障害を合併する可能性が高く1416, 1823, 1825, 1855),嚥下リハビリテーションが術後呼吸器合併症の減少,QOL向上,慢性期の生命予後改善に寄与する可能性がある.

2.3 病態・治療法別の対応

2.3.1 大動脈解離手術後

A型解離に対する外科手術の多くが緊急手術であること,解離が広範囲に及ぶと血流障害に伴う臓器障害が併発することなどから,術後の全身状態や離床時のリスクは症例によって大きく異なる.そのため離床の開始時期につい

慢性期には収縮期血圧の低下効果がより高い3~5 METsの有酸素運動を,1日30分以上,週150分以上を目安として定期的に行うことが推奨されている1416, 1823, 1824).努責を伴った身体負荷(自身の100%に近い力をかけた運動:ベンチプレスや強度の等尺性負荷)は避けることが望ましい1416, 1823).A型解離術後の患者においても,監視下運動療法により運動耐容能の改善が報告されている1824, 1825).

表64 大血管周術期リハビリテーションの推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

腹部大動脈瘤の術前に循環動態を監視しつつ,心肺機能の強化を図る目的で運動療法を行う1826–1829). I A大動脈の侵襲的治療の術後早期から,動脈瘤の部位・治療法(外科手術, TEVAR/EVAR)に応じた運動療法や呼吸器リハビリテーションを考慮する1830). IIa C大動脈領域におけるリハビリテーションは,心臓領域に比してエビデンスに乏しいが,大動脈治療を受ける患者層は心臓領域に比べより高齢で虚弱性も高く,治療に伴う合併症や併存症も多いため,早期離床により術後合併症予防や入院日数短縮,生命予後の改善が期待できる.

2.1 術前リハビリテーション

待機的手術前のリハビリテーションの主たる目的は,術後急性期合併症の回避と早期の社会復帰の実現である.一般に大動脈疾患患者は心臓手術患者より高齢であり,喫煙歴を背景とする閉塞性肺疾患の合併が多い1831, 1832).術前から運動習慣のある患者ではより早期に離床できることが報告されており1833),術前の禁煙,理学療法と運動プログラムは呼吸機能を改善し1834),術後合併症の減少に寄与する.開胸・開腹手術前の呼吸器リハビリテーションが呼吸機能を改善し,術後呼吸器合併症を減少させるというRCTのエビデンスが複数存在しており,推奨される1835–1842).とくに,COPD合併例や術前呼吸機能検査で異常のある症例に推奨される.

AAA患者では術前運動療法について,複数のRCTとシステマティックレビュー,メタ解析が報告されている.心肺運動負荷試験はAAA患者に安全に施行可能であり1843),

2 大血管周術期リハビリテーション
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化や二酸化炭素貯留に注意する.弓部置換術後や高齢者の術後では嚥下機能が低下することが多く1856–1859),術前から嚥下機能評価,嚥下訓練を考慮し,術後はとろみ食の導入などの嚥下摂食療法を積極的に導入する.

弓部置換術や上行置換術で冠動脈血行再建術を併施された患者では,リハビリテーション前後の心電図変化に注意しながら段階的な歩行負荷やシャワー負荷を随時行い, ADL拡大を図る. b. TEVAR後

TEVARでは術創が鼠径部であるため,その影響はEVARと大差ないが,血圧管理や画像診断はより厳格に行うことが推奨される.SCIを合併するリスクが高い場合や,一過性に対麻痺症状が出現した場合は,血圧低下による症状誘発・悪化が懸念されるため,高めの目標血圧設定が必要になる.

脊髄ドレナージ挿入中は安静度を上げられないため,ドレナージ抜去後に立位からリハビリを開始する.その際も,血圧低下や対麻痺の出現,低髄圧症候群の発症に注意が必要である.

2.3.4 胸部大動脈瘤治療後の対麻痺

TAAに対する外科手術またはTEVAR後に対麻痺などSCIを発症した場合,その障害の程度に応じた専門のリハビリテーションプログラム1860)が必要となる.完全対麻痺の場合は座位の保持が困難となるため,患者はベッド上生活となる.褥瘡の発生を予防するための定期的な体位変換や,膀胱直腸障害による排尿・排便への対応が必要になる.不全対麻痺の症例では残存機能の保持・改善のため,発症早期からの理学療法を施行する.

2.3.5 非破裂例(待機的手術例)と破裂例(緊急的手術例)

非破裂例と破裂例とで病状が異なり,リスク管理も異なる.破裂例では全身状態が不良で,術後合併症の発生が多い.また,術前評価も不足していることから,冠動脈疾患,脳血管疾患,肺疾患など併存疾患を把握できていない状態でリハビリテーションに取り組むことになる

2.4 周術期リハビリテーションの実施

早期の歩行練習は有用で,段階的にADLを拡大し,自転車エルゴメータなどのような低強度の運動療法に進む.

外科手術では,リハビリテーション開始基準(表65)に該当すれば集中治療室在室中から,鎮痛下に体位交換,半座位,肺理学療法などを行う.痰が多い場合はギャッジ座位での吸入療法と呼吸排痰療法が推奨される.臥床状態

ても,治療経過や全身状態に応じて個別的に判断することが望ましい.また,A型解離術後は病変が残存(残存解離)していることが多く,その日常生活と身体活動に一定の制限を設けることが一般的となっている.術後慢性期には3~5 METsの有酸素運動を,1日30分程度(150分/週)を目安に行うことが推奨され1416, 1823),努責を伴った高強度の身体負荷や息が切れる程度(6 METs以上)の有酸素運動,いきみを伴う排便などは避けるべきである.A型解離術後の患者においても,監視下運動療法による運動耐容能の改善が報告されている1825, 1855).

Marfan症候群による急性大動脈解離では,若年者が多く,他臓器の動脈硬化性疾患の合併率は少ないが,組織の脆弱性を特徴とするため,心拍数が100回/minを超えるような高強度の運動や等尺性運動,コンタクトスポーツは推奨されていない1823).

2.3.2 腹部大動脈瘤

a. 外科手術後

AAAの外科手術後では,腸管への影響が大きく,消化器症状がADL阻害要因となる1849).腹痛や腹部膨満が増悪しイレウスを発症した場合は,リハビリテーションの進行を中止して安静が必要となることもある.AAAの人工血管置換術後早期からのリハビリテーションは,腸閉塞のリスクを減らし,食事摂取を促し,創部の治癒,在院日数の短縮,早期離床,呼吸器合併症の減少といった効果があるとの報告がある1850–1853). b. EVAR後

EVARの術創は通常鼠径部のみであり,手術翌日からADL維持のため積極的にリハビリテーションを行う.内腸骨動脈塞栓を施行した症例では,リハビリテーション施行時に臀筋跛行症状に注意する.また,大動脈終末部が狭小化した症例や,高度石灰化を有する腸骨動脈症例では,脚閉塞や狭窄に注意する必要があり,術前・術後の足関節上腕血圧比を比較し,間欠性跛行の出現に注意する.

2.3.3 胸部大動脈瘤

a. 外科手術後

上行・弓部大動脈置換術では脳梗塞や嚥下障害,下行・胸腹部大動脈置換術では対麻痺,呼吸障害に注意が必要である.本邦の報告では術後早期自立に至る症例の割合が,上行置換術では75%であるのに対し,弓部や下行・胸腹部置換術ではそれぞれ39%,30%と少ない1850).自立が遅れる原因として,弓部置換術では脳血管障害が多く,胸部下行・胸腹部置換術では術後の胸水貯留やSCIが多い.下行置換術後は胸水管理や無気肺の有無に留意し,酸素
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2.4.3 中止基準

術後リハビリテーション実施の際には表66の項目に注意し,中止基準に該当する場合には進行を中止,あるいは実施しない.

2.4.4 退院時指導

再発症時の症状や対処法,退院後の日常生活の注意点(血圧や排便の管理,塩分制限,水分摂取の必要性,胸骨保護),および術後合併症(人工血管感染・創感染,輸血による副作用),緊急受診の方法などを,退院に向けて家族も含めて指導する.

外来での収縮期血圧の管理指標を設定し,血圧測定法や時間帯,記録法などを指導する.種々の理由で術後管理が長引き,転院となった場合でも,転院先に適切なリハビリテーションの施行を依頼し,社会復帰を目指す1861).

が長期化するとさまざまな合併症が出現するため,早期離床に向けて持続点滴を中止し,バルーンカテーテルなど挿入・装着されているライン類をできる限り少なくする.鎮痛を図り,歩行器使用による歩行練習を開始する.

2.4.1 血圧コントロール

術直後は尿量維持と脳血流維持に配慮するが,なるべく低血圧を目指す.術後ADLの拡大とともに目標血圧値は症例に応じて調整が必要であるが,基本的には安静時収縮期血圧130 mmHg未満に維持する.

2.4.2 運動負荷

座位,立位,病棟内歩行,シャワー,入浴とADLを順次拡大する.通常の歩行のほか,トレッドミル,自転車エルゴメータなどによる運動も行う.

表65 大血管疾患術後リハビリテーションの開始基準

以下の内容が否定されれば離床を開始できる. 1. 低(心)拍出量症候群(LOS)により, 1  人工呼吸器,IABP,PCPS などの生命維持装置が装着されている. 2  ノルアドレナリンやカテコラミン製剤などの強心薬が大量に投与されている. 3  (強心薬を投与しても)収縮期血圧が80~90 mmHg 以下. 4  四肢冷感,チアノーゼを認める. 5  代謝性アシドーシス. 6  尿量:時間尿が0.5~1.0 mL/kg/h 以下が2 時間以上続いている. 2. スワン・ガンツカテーテルが挿入されている. 3. 安静時心拍数が120/min 以上. 4. 血圧が不安定(体位交換だけで低血圧症状がでる). 5.  血行動態の安定しない不整脈(新たに発生した心房細動, Lown IVb 以上の心室期外収縮). 6. 安静時に呼吸困難や頻呼吸(呼吸回数30 回/min 未満). 7. 術後出血傾向が続いている. IABP: 大動脈内バルーンパンピング,PCPS: 経皮的心肺補助表66 大血管疾患術後リハビリテーションの中止基準

1. 炎症・発熱37.5°C以上・炎症所見(CRP の急性増悪期) 2. 循環動態・新たな重症不整脈の出現・頻脈性心房細動の場合は医師と相談する・安静時収縮期血圧130 mmHg以上・離床時の収縮期血圧30 mmHg以上の低下・あらたな虚血性心電図変化:心拍数120/min以上3. 貧血・Hb 8.0 g/dL 以下への急性増悪・無輸血手術の場合はHb 7.0 g/dL 台であれば医師に相談4. 呼吸状態・ SpO2 の低下(酸素吸入中も92%以下,運動誘発性にSpO2が4%以上低下)・呼吸回数 40回以上5. 意識状態・意識・鎮静レベルがRASS≦-3・鎮静薬の増量,新規投与が必要なRASS>2・労作時の呼吸困難:患者の拒否RASS: Richmond Agitation Sedation Scale
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medial degeneration)が生じる1869).50 mm以下の手術適応に達しない大きさでも,激しい運動で解離が起こることがある1870).このような身体的ストレスに曝されているオリンピック選手については国際オリンピック委員会によりスクリーニングが提唱されたものの,社会事情もあって, 2016年リオデジャネイロ・オリンピックでは心エコーなどの検査が行われたのは3割程度であった1871).また,身体的ストレスだけでなく,激昂など情動的ストレスも解離発症に関与するといわれている1872).

1.2.3 高血圧

大動脈解離症例の8割で高血圧の合併を認め68, 1873),逆に高血圧がある人で解離発症率が高い1873).10万人あたりの発症数は高血圧ありで21人,高血圧なしで5人であった.解離症例の約半数では発症前に180 mmHg以上の血圧が何度も記録され,病院到着前に死亡した症例では発症前の血圧が有意に高いことから1862),高血圧は治療可能な危険因子と考えられる.また,解離症例の多くは血圧の変動が大きく,夜間に血圧が低下しなかったり上昇したりすることが夜間のB型解離の発症に関連していると報告されている1874).

1.2.4 季節,時間帯,曜日

解離の発症は冬に多いとされるが1875–1883),否定的な報告もある1884, 1885).発症には気温低下が影響していると考えられ,3日間気温が低下した日に発症が多いとする報告もある一方で1877),関連がないという報告もある1884, 1885).気圧についても,関連ありという報告と1880),ないという報告がある1886).週の中では月曜日に発症が多く,死亡率は週末ほど高くなるとの報告がある一方で45, 1882, 1887–1889),差を認めないという報告もある46).週末の死亡率には救急医療体制の手薄さが影響している可能性がある.一日の中では午前中の発症が多い46, 47, 1875, 1882, 1890–1892).同様の傾向が急性心筋梗塞1893–1895)や脳卒中1896, 1897)でも認められ,血圧上昇や心拍数上昇,交感神経緊張,血管収縮に関与するホルモン,血小板凝集能などが午前中に高くなる日内変動が影響している可能性がある1898).

1.1 治療成績と救命率の現状

急性大動脈解離や大動脈瘤破裂は治療成績が向上し,手術死亡はそれぞれ9.6%,17.6%となったが42),病院到着前に約半数が死亡しているという報告もあり1862),真の救命率は著しく低いのが実状である.この状況を解決するための方法は,両疾患で異なる.大動脈瘤は拡大・破裂に至るまでに時間があるため,破裂前に発見して治療することが重要であり,X線検査やエコー検査によるスクリーニングが必要である.

一方,大動脈解離は発症時まで疾患そのものが存在しないため,発症を回避することと,発症後には可及的すみやかに治療することが必要になる.後者は本ガイドラインの第6章に委ねるが,前者については,確実な予防策がない以上,発症の引き金となる因子を回避し,それが困難なら発症しやすい状況を把握して準備すべきである.

1.2 大動脈解離の危険因子

1.2.1 大動脈径

胸部大動脈径が60 mmを超えると解離,破裂ともに起こりやすくなるため535, 635, 1863),大動脈拡大を検知して予防的に治療することが有効である.しかし,Marfan症候群でなくても径40 mm以下で解離を発症することがあり1864–1866),他の因子の関与がうかがわれる.

1.2.2 身体的・精神的ストレス

重量挙げや激しい運動が解離の発症に関与する可能性がある1867, 1868).バーベルを上げると血圧は300 mmHgを超え,繰り返すことにより大動脈壁に中膜嚢胞変性(cystic

1 疾患予防

第10章 大動脈疾患診療の諸問題
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表67 大動脈疾患慢性期のリスク管理の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

大動脈解離では大動脈関連死亡リスクを抑制することを目的として,有効な降圧薬を投与する276, 1364). I C慢性大動脈解離では晩期における心血管死亡リスクを抑制することを目的として,降圧療法,スタチンによる脂質管理,抗血小板薬投与,禁煙指導を行う1330, 1904). I C uncomplicated 慢性B 型解離にβ遮断薬を長期投与する276). I C大動脈疾患慢性期には厳格な血圧管理(130/80 mmHg 未満)を行う96). I C腹部大動脈瘤の外科手術後は血圧と脂質の管理に加えて,抗血小板薬により心血管リスクを管理する929, 1905–1911). I B腹部大動脈瘤では降圧療法,スタチンによる脂質管理,抗血小板薬による心血管リスク管理を考慮する1905, 1912–1915). IIa B

表68 大動脈疾患のサーベイランスの推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

胸部大動脈疾患のサーベイランスはCT検査により行う69, 143). I C小径の腹部大動脈瘤の診断とサーベイランスはエコー検査を第一選択とする1916–1919).(表22,P. 76 を参照) I B腹部大動脈瘤のサーベイランスは瘤径が30~40 mm 未満では1~2 年ごと,40 ~50 mm 未満では6ヵ月~1 年ごと, 50~55 mm 未満では3~6ヵ月ごとに,エコーまたはCT で行う795).(表22, P. 76 を参照) I B腹部大動脈瘤の破裂の診断と治療方法の決定にCT を用いる1701, 1918, 1920). I C TEVAR/EVAR 後早期(30 日以内)のサーベイランスでは,画像診断によりエンドリーク評価,ステント留置部と接合部などの確認を行う889, 1921–1923). I B

2 サーベイランス

1.2.5 睡眠障害

A型解離の約半数に睡眠障害が認められる1899).睡眠障害は高血圧の発症率を高め1900),冠動脈病変の危険因子になっており1901),心血管系疾患死も多い1902).睡眠障害には不眠症,睡眠不足,閉塞型睡眠時無呼吸症候群(OSAS)があるが,OSASでは吸気時に胸腔内圧が-50 mmHg程度に下がることが影響している可能性がある.無呼吸低呼吸指数(AHI)によるOSAS重症度をみると,解離症例の約半数で高度であった1903).また,下行大動脈の偽腔拡大とOSASの重症度には強い関連があり,通常は1~3 mm/年である大動脈の拡大率が,AHI>30イベント/hの群では7.5 mm/年と上昇した.

1.3 大動脈解離の予防

以上のような大動脈解離発症のリスクを下げるためには,かかりつけ医や総合診療専門医の役割が重要である.まず,高血圧などの背景因子や家族歴のある患者では,大動脈疾患スクリーニングとして,CT検査の機会があれば大動脈全体をカバーすべきである.大動脈瘤の9割以上は偶然発見であり,同様に大多数が偶然発見である肺癌の発見にも役立つ.被曝の問題はあるが,CT検査が広く普及している本邦のメリットを最大限に活かすべきである.心エコー検査を行う機会があれば,大動脈基部だけでなく腹部大動脈もカバーすべきである(「第3章 症状,検査,診断」P. 26~を参照).

次に,血圧の上昇や変動を正確に把握することが必要である.血圧変動は治療可能な危険因子であり,血圧管理による解離発症の予防が重要である.とくに,血圧自己測定によって日内変動を把握すべきである.また,血圧変動に影響しうるスポーツや情動的ストレス,季節・日内変動については,禁煙とともに一般の啓発が必要であり,行政や報道機関も含めた多面的なアプローチが望ましい.

最後に睡眠障害の管理が重要であり,OSASの積極的な診断・治療や一般の啓蒙が必要である.不眠や睡眠不足には仕事のストレスが大きく影響しているため,職場の環境改善やかかりつけ医,広く行政を含めた対策が必要とされる.働き方改革は労働面だけでなく解離発症の回避の観点からも重要と思われる.
p.175
部痛,灌流障害による間欠性跛行・腹痛・腎機能悪化などの症状を呈することがある.

2.3 診断

大動脈疾患は造影・非造影CT検査,MRI検査,経食道エコー検査などの断面像にて診断される.大動脈疾患の慢性化は,画像的には壁肥厚,非可動性解離内膜,偽腔血栓化,慢性解離の瘤化(主に遠位弓部)などで診断される.症候性患者においては,破裂に伴い各種画像検査にて縦隔血種,心嚢液・胸水貯留,後腹膜血腫などを認めれば早急に集学的治療を検討する.

2.4 術前サーベイランス

大動脈疾患に対する術前サーベイランスは,どの疾患に対して,どのモダリティーを用い,どのような間隔で,何を目的に行うか,などを疾患別に考慮して計画する.大動脈疾患にはTAA,AAAと急性/亜急性大動脈解離,解離性大動脈瘤が含まれるが,より動脈硬化素因が強いAAAとTAA(弓部・下行大動脈)においては,大動脈疾患のみを注視するのではなく,他の動脈硬化性疾患や危険因子に対する管理が必須である.

TAAに関する術前サーベイランスはCTによる評価が推奨されており,瘤径が45 mm未満であれば1年ごと,45~ 55 mm未満であれば3~6ヵ月ごとでのCT検査が必要となる.TAAに対する画像検査にて瘤径拡大速度が半年で5 mm以上,または瘤径が55 mm以上と診断された場合は,侵襲的治療を検討する.一方,AAAの術前サーベイランスにはエコー検査,治療方針決定にはCT検査を用いることが推奨されており,瘤径が30~40 mm未満は1~2年ごと,40 ~50 mm未満は6~12ヵ月ごと,50~55 mm未満は3~6ヵ月ごとでのエコー検査またはCTを用いたサーベイランスが推奨されている321).AAAに対する画像検査にて瘤径拡大速度が半年で5 mm以上,または瘤径>55 mm (男性),大動脈径>50 mm(女性)を認めた際には侵襲的治療を検討する.なお,本邦における小径大動脈瘤の定義と的確なサーベイランス間隔に関する議論はPQ 13 に委ねる.

急性大動脈解離においては,発症から2週間後までを急性期,発症2週間後以降3ヵ月後までを亜急性期,発症3ヵ月後以降を慢性期と臨床的に分類する.急性期に合併症のあるA型・B型解離は緊急・準緊急侵襲的治療(人工血管置換術/TEVAR)の対象となる.一方,A型解離(偽腔閉塞型)と合併症のないB型解離のうち径が40 mm以上のも

急性B 型解離発症後,腹痛の出現または再発があり,かつ腹部分枝のmalperfusion が疑われる場合は,再度CT 検査を行う1363). I C uncomplicated 慢性B 型解離の内科治療中は,定期的な画像診断による連続的評価を行う1050, 1924). I C下行大動脈疾患に対し胸部大動脈から総大腿動脈までのマルチスライスCT (MDCT)による評価を考慮する1925, 1926). IIa C胸部大動脈疾患の急性期サーベイランスでの画像診断としてCT 検査を考慮する1925). IIa C TEVAR 術後のtype I・III エンドリークにはすみやかな侵襲的治療を考慮する658, 1927). IIa C TEVAR/EVAR 術後はCT またはMRI による継続的なサーベイランスを考慮する658). IIa C

大動脈疾患においては,治療手段が内科治療か侵襲的治療(人工血管置換術またはTEVAR/EVAR)かにかかわらず,一生涯のサーベイランスが必要である.そのサーベイランスには臨床症状の評価,内服薬の評価,画像検査による疾患推移の評価,各病勢・病期における治療目標の同定,併存疾患に対する積極的診断と介入,などが含まれる96).

2.1 病期と病態の分類

大動脈解離の病期は,発症から2週間後までを急性期,発症2週間後以降3ヵ月後までを亜急性期,発症3ヵ月後以降を慢性期と,臨床的に分類する.一方,大動脈疾患の病態は,1安定した病勢かつ合併症を伴わない,2安定しない(進行性瘤径増大,慢性的骨盤内・下肢灌流障害,持続性・

再発性症状を伴う合併症併発),3上行大動脈解離に対する侵襲的治療後の残存解離を伴う,の3つに分類される96).

2.2 臨床的病相

臨床的病相は,初発が急性大動脈疾患で慢性疾患に移行するものと,初回診断時に慢性化していたもの(ほとんどは無症状)の2つに分けられる.後者は偶発的に胸部X線検査で縦郭・大動脈弓拡大が発見されることや,他疾患評価目的でのエコー検査やCT検査で発見されることが多い.これらの症例に対しては明確な発症時期を同定することは困難であるが,診断後に,急性・亜急性期に発現する症状,身体・検査所見の確認や評価が重要である.まれにTAAや解離性TAAの進行により,拡大に伴う嗄声・胸
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PQ 13圧に関しては,過去の文献では約50%以上の症例で治療

抵抗性の高血圧を有するため,厳重な管理が必要である1928).治療後慢性期における症状出現はまれで疾患特異性が低いが,瘤拡大に伴う嗄声・嚥下障害などの新規出現,間欠性跛行・腹痛などの慢性的低灌流に伴う症状の増悪,破裂に伴う胸背部痛の出現には注意する. a. TEVAR後

一生涯のCT検査によるフォローアップが必要である.放射線被曝を防ぐためにMRI検査による代用の可能性もあるが,現状ではステンレススチールによる広範囲アーチファクトの問題がある1929).一方,ニチノールベースであればMRI検査は対応可能であるが1930),ステントストラットを可視化できないため,胸部X線検査でステントグラフト骨格の構造不全を評価する.本邦では体内植込み装置や金属などの医療デバイスは,「MRI禁忌」「MRI対応」「条件により撮像が可能」と区分されている146, 147).添付文書による確認に加え,ウェブ上の「医療機器のMR適合性検索システム」(メディエ株式会社)などで確認してから検査を行う.CT・MRI検査を施行できない重度腎機能障害症例に対しては,非造影CTや経食道エコー検査と胸部X線検査などを併用して評価する.

TEVAR後のCT検査は,1,6,12ヵ月後,その後は年1回が推奨される.心電図同期のほうが画質は良い.TAAに対するTEVAR後,エンドリークを認めず,患者の状態が24ヵ月を超えて安定した場合には,画像フォロー間隔を2年にまで延長可能であるが,患者症状や内服加療を含めた経過観察は1年ごとに行う.一方,大動脈解離に対するTEVAR後は,腹部大動脈レベルの偽腔は開存していることが多く,血行動態の時間的変化から疾患増悪の可能性もあり,TAAに対するTEVAR後のフォローアップ間隔と同等,もしくはさらに厳密なサーベイランスが必要である. b. 外科手術後

吻合部瘤や人工血管感染といった外科手術(人工血管置換術)特有の合併症や,人工血管置換部と離れた場所での大動脈疾患の増悪・新規発症について,評価が必要である.A型解離に対する外科手術後では,胸部下行・腹部大動脈領域に残存解離を有していることが多く,再解離・解離腔拡大に関するフォローアップが必要である.画像検査を術後1,3,6,12,18,24ヵ月後に施行し,その後は最低年1回施行する.

2.5.2 腹部大動脈瘤

EVAR後と人工血管置換術後ではフォローアップ間隔が異なる.AAAは,動脈硬化要因が強く関わるため,心血管イベント抑制のために禁煙を含む薬物治療を一生涯継続

のなどに対しては,発症後数週間以上経過してから侵襲的治療を行うこともある.その際には,急性期から亜急性期・慢性期の経過において細かなサーベイランスから病勢を正確に評価し,手術時期を逸しないよう努める.瘤化した慢性大動脈解離については,大動脈瘤(TAA,AAA)の場合のサーベイランスに準ずるが,解離性TAAに対しては, 60 mm以上で侵襲的治療の適応とし,55 mm以上60 mm未満では全身状態,解剖学的要件,予想される手術侵襲度にもとづき専門チームで侵襲的治療について協議する.

腹部大動脈瘤や慢性大動脈解離後のCT検査の頻度は推奨AAAでは,瘤径30~39 mmで1~2年ごと,40~49 mmで6ヵ月~1年ごと,50~55 mmで3~6ヵ月ごとにCT検査で瘤径を評価する.慢性解離では,45 mm未満で1年ごと,45~55 mmで3~6ヵ月ごとに評価する.

AAAではメタ解析により,瘤径が5 mm拡大するごとに破裂リスクは1.91倍になることが示された.一方,瘤径が小さい場合には,経過観察は数年ごとでも多くの場合で問題ないことが示された795).SVSとESVSのガイドラインでは,瘤径30~39 mmで3年ごと,40~49 mmで1年ごと, 50 mm以上で3~6ヵ月ごとの瘤径評価が推奨されている.本邦では欧米と比べてCT検査を施行しやすく,社会的事情もあって,瘤径の評価が頻繁に行われている.瘤径30~ 39 mmで1~2年ごと,40~49 mmで6ヵ月~1年ごと, 50~55 mmで3~6ヵ月ごとに瘤径を評価することが多い.

一方,慢性大動脈解離後の瘤化のフォローアップ間隔に関するエビデンスは乏しい.瘤径と破裂リスクに関する研究も乏しいが,瘤径<45 mmでは破裂することは少なく,年1回のCT検査で十分であるが,瘤径45~55 mmでは3~6ヵ月に1度の連続したCT検査が行われる.遺伝性結合織疾患など瘤化の危険因子が存在する症例では,より慎重なフォローアップが必要である.

2.5 侵襲的治療後のフォローアップ

2.5.1 胸部大動脈疾患

侵襲的治療後は原則として1,6,12ヵ月後と,12ヵ月後以降は年1回の画像検査によるフォローアップを行う.また同時に臨床症状の定期的な観察が必要である.特に血
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PQ 14大動脈瘤・解離の経過観察において画像診断の果たす

役割は大きい.しかし,画像診断を適切に行うには検査法の特徴をよく理解しておく必要がある.本項では施行頻度の高いCT・MRI検査における留意点を中心に述べる.

3.1 CT検査による放射線被曝

CT装置の進歩により検査に伴う放射線被曝は低減してきているものの,若年者,特に妊娠可能な女性や小児に対する経過観察を目的に繰り返し行う画像診断としてのCT検査では,これに伴う医療X線被曝を十分に考慮し,その適応を慎重に判断することが必要で,可能な場合にはエコー検査やMRA検査などの代替手段も考慮する.放射線被曝に関連する癌発生のリスクは男性より女性の方が高いとされている.ただし,50歳を超えるとそのリスクは低下する1933).

CT放射線被曝に関して,他施設と比べて自施設の被曝線量が高いか否かを知ることは重要であり,そのための判断基準として診断参考レベル(diagnostic reference level, DRL)が利用されている.2015年に設定された標準体格(50~60 kg)の成人に対するCT検査の診断参考レベルは,胸部1相15 mGy,胸部~骨盤1相20 mGy,上腹部~骨盤1相20 mGyである1934).自施設の線量がこれを超える場合は,診療に影響を与えない範囲で線量を低減する必要がある.

3.2 ヨード造影CT検査による造影剤腎症

表69 大動脈疾患症例における造影CT の推奨とエビデンスレベル

推奨クラスエビデンス

レベル

高度腎機能障害(eGFR <30 mL/min /1.73m2)に対しては,造影剤腎症の予防策を講じたうえで,造影CT を考慮してもよい494, 1935, 1936). IIb C

eGFRが30 mL/min/1.73m 2以上の軽度~中等度腎機能障害例では,造影剤投与後に造影剤腎症(contrast induced nephropathy, CIN)を発症する可能性は低い.一方,eGFR 30 mL/min/1.73m 2未満の高度腎機能障害例に

3 画像診断での留意点

する. a. EVAR後

原則として1,6,12ヵ月後,その後は年1回のCT検査が推奨される.一方,最近のメタ解析ではtype IIエンドリークの診断にコントラストエコー検査が有用と報告されている1931).再治療を必要とするtype I・IIIのエンドリークは通常のエコー検査で十分同定できる.EVAR後から10 mm以上の瘤径拡大を認めた場合,type IIエンドリークに対する再治療を検討する.MRI検査に関してはTEVAR後と同様である. b. 外科手術後

吻合部瘤などを評価するため,少なくとも5年ごとにCT検査やエコー検査を行う.また,外科手術後は腹壁瘢痕ヘルニアに関する注意も必要である.米国メディケアを用いた観察研究ではヘルニアの処置が4年内に5.8%に必要とされた.5年および15年の経過観察にて,吻合部瘤は1%, 12%,脚閉塞が1%,5%と報告されている.また,5年経過でのグラフト感染は0.5~5%で,二次性大動脈消化管瘻は1%未満であった321).

大動脈解離慢性期において運動制限を行うべきか推奨大動脈解離慢性期の日常生活においては,過度の制限を設けず,軽度から中等度の有酸素運動を定期的に行うことが望ましい.

慢性大動脈解離における運動に関するエビデンスは少ないが,収縮期血圧の低下効果がより高いウォーキングや軽いランニング,自転車などの軽度から中等度の有酸素運動(3~5 METs相当)を1日30分以上,週150分以上行うことが推奨される1416, 1823).胸腔内圧を上昇させるような過度の重量挙げなどは,大幅な血圧上昇をきたすため避けるべきである1416, 1823).A型解離術後の患者においても,監視下運動療法により運動耐容能の改善が報告されている1825, 1855).この際の運動強度はBorg Scale 11程度の軽度のリハビリテーションであり,運動中の最大血圧は150 mmHg前後に維持されていた1855).適切に運動療法を施行された患者では,20 kg程度の重量物の運搬や登山,ダイビングといった野外活動の再開もできたとの報告もある1932).適切にリハビリテーションを施行された症例では日常生活や性生活に制限はなく,階段昇降や自転車,ガーデニング,買い物,体重の50%程度までの重量物の運搬は許容される1824).
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PQ15の危険を伴う循環動態不安定な症例で大動脈瘤破裂や急

性大動脈解離が強く疑われる場合においては,腎機能障害の有無にかかわらず,造影CT検査を考慮してもよい.

CIN予防のための輸液法としては,等張性輸液である0.9%食塩水(生理食塩液)を,造影開始6時間前より1 mL/kg/hで輸液し,造影終了後は1 mL/kg/hで6~12時間輸液する.輸液時間が限られた緊急症例においては,重炭酸ナトリウム(重曹)液(1.26%,152 mEq/L)を,造影開始 1 時間前より3 mL/kg/hで輸液し,造影終了後は1 mL/kg/hで6時間輸液する494).ただし,輸液により心不全を起こす可能性がある場合には,輸液量を減量することを考慮する.なお,CINの予防法として有効性が確立された薬物療法は存在せず,血液浄化療法も推奨されない.

3.3 ガドリニウム造影MRA検査

高度腎機能障害(eGFR 30 mL/min/1.73m 2未満)例,透析ならびに急性腎不全例に対するガドリニウム造影剤を用いた造影MRA検査は,腎性全身性線維症発症のリスクがあるため禁忌である1937).輸液や透析による予防効果も証明されておらず,代替法を考える必要がある.

3.4 医療デバイスのMRI検査適合性

体内植込み装置や金属などの医療デバイスは,「MRI禁忌」「MRI対応」「条件により撮像が可能」と区分されている147).添付文書による確認に加え,ウェブ上の「医療機器のMR適合性検索システム」(メディエ株式会社)などを用いて確認してから検査を行うことが重要である.

造影CT検査を行う際は,必要に応じてCIN発症のリスクなどを説明し,適切な予防策を講じることが必要である494, 1935, 1936).造影CTにおいて造影剤の減量はCIN発症のリスクを減少させる可能性があるため,特にCINのリスクが高い患者では,診断能を維持できる範囲内で最小限の造影剤使用量とすることが推奨される.

造影剤を減量する場合には,低管電圧CT撮影と逐次近似画像再構成の併用が望ましい.また,短期間(24~48時間)内での造影CT検査の反復はCINのリスクを増大させる可能性があるため,十分に留意する必要がある.

腎機能低下・腎不全患者に対し造影CT検査を行ってもよいか推奨高度腎機能障害(eGFR<30 mL/min/1.73m2)の場合,造影CT検査後の造影剤腎症発症に留意し,等張性輸液の投与で予防策を講じる.あるいは,検査回数の減少や造影剤の減量を考慮する.

軽度~中等度腎機能障害(eGFR≧30 mL/min/1.73m 2)においては造影剤投与後に造影剤腎症(CIN)を発症する可能性は低いため,造影CT検査を行ってもよい.一方,高度腎機能障害(eGFR<30 mL/min/1.73m 2)においてもCINのリスクは低いと推測されるが,エビデンスが不十分なため,CIN発症の危険性を説明すると同時に,適切な予防策を講じることが必要である494).また,集中治療が必要な患者や重篤な救急外来患者は,造影剤投与の有無にかかわらず急性腎障害を発症するリスクが高いため,中等度腎機能障害(eGFR<45 mL/min/1.73m 2)においても,十分な説明と適切な予防策を講じる必要がある.一方,生命
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付表 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン:班構成員の利益相反(COI)に関する開示(2017 年1 月1 日~2019 年12 月31 日)

氏名参加者自身の申告事項配偶者・一親等親族または収入・財産を共有する者についての申告事項所属する組織・部門の長に関する申告事項(参加者が組織・部門の長と共同研究の立場にある場合)

顧問株保有・

利益特許使用料講演料原稿料研究費奨学寄附金寄附講座その他顧問株特許研究費奨学寄附金

班長:荻野 均テルモジェイ・シー・ティー副班長:飯田 修Cardinal health Japanテルモボストン・サイエンティフィックジャパンメドトロニック日本ゴア日本メドトロニック班員:大木 隆生Endov a s c u l a r Japan日本ゴアC a r d i n a l health Japan班員:古森 公浩第一三共サノフィ第一三共日本ゴア班員:齋木 佳克旭化成ファーマ泉工医科工業センチュリーメディカルエーザイ日本血液製剤機構エドワーズライフサイエンス旭化成ファーマ日本ゴアテルモジェイ・エム・エス日本ライフライン班員:志水 秀行アストエドワーズライフサイエンスセント・ジュード・メディカルテルモ小野薬品工業泉工医科工業第一三共帝人ファーマ日本メドトロニック日本ライフライン武田薬品工業班員:林 宏光第一三共班員:松田 均日本メドトロニック班員:湊谷 謙司日本ライフラインテルモ住友ベークライト秋田住友ベークエドワーズライフサイエンス泉工医科工業協力員:東 信良北海道厚生農業協同組合連合会協力員:市橋 成夫W. L. Gore & Associates
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氏名参加者自身の申告事項配偶者・一親等親族または収入・財産を共有する者についての申告事項所属する組織・部門の長に関する申告事項(参加者が組織・部門の長と共同研究の立場にある場合)

顧問株保有・

利益特許使用料講演料原稿料研究費奨学寄附金寄附講座その他顧問株特許研究費奨学寄附金

協力員:碓氷 章彦テルモ日本血液製剤機構iCorNet 研究所エドワーズライフサイエンステルモトレステックファイザー泉工医科工業第一三共田辺三菱製薬日本メドトロニック日本ライフライン協力員:岡田 健次NeXTアボットジャパンエドワーズライフサイエンスサノフィメディコン相澤病院泉工医科工業日本メドトロニック協力員:川原田 修義エドワーズライフサイエンス協力員:木下 順久テルモ朝日インテック協力員:田崎 淳一第一三共第一三共公立小浜病院E Pクルーズ第一三共田辺三菱製薬武田薬品工業協力員:西部 俊哉第一三共協力員:宮本 伸二エドワーズライフサイエンス日本ライフライン岡病院協力員:山中 一朗日本ライフライン協力員:吉岡 邦浩バイエル薬品キヤノンメディカルシステムズ日本メジフィジックスGE ヘルスケア・ジャパンエーザイバイエル薬品アミン根本杏林堂外部評価委員:上田 裕一エドワーズライフサイエンス外部評価委員:大北 裕メドトロニックエドワーズライフサイエンス日本ライフラインテルモアボット泉工医科工業ジャイ・エム・エス
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氏名参加者自身の申告事項配偶者・一親等親族または収入・財産を共有する者についての申告事項所属する組織・部門の長に関する申告事項(参加者が組織・部門の長と共同研究の立場にある場合)

顧問株保有・

利益特許使用料講演料原稿料研究費奨学寄附金寄附講座その他顧問株特許研究費奨学寄附金

外部評価委員:木村 剛アステラス・アムジェン・バイオファーマアボットバスキュラージャパンサノフィブリストル・マイヤーズスクイブボストン・サイエンティフィックジャパン興和創薬第一三共日本ベーリンガーインゲルハイムニプロEPクルーズエドワーズライフサイエンス第一三共ファイザーアステラス製薬大塚製薬第一三共田辺三菱製薬日本ベーリンガーインゲルハイム武田薬品工業外部評価委員:宮田 哲郎第一三共バイエル薬品アンジェスバイエル薬品第一三共*法人表記は省略*以下の構成員については特に申告事項なし班員:圷 宏一班員:植田 初江班員:加地 修一郎班員:加藤 雅明班員:椎谷 紀彦班員:重松 邦広班員:千葉 義郎班員:森崎 裕子協力員:岩橋 徹協力員:上田 達夫協力員:内田 敬二協力員:渡橋 和政協力員:勝間田 敬弘協力員:神谷 健太郎協力員:築部 卓郎協力員:当麻 正直協力員:南都 清範協力員:樋上 裕起協力員:松本 拓也協力員:森崎 隆幸協力員:師田 哲郎協力員:山内 治雄外部評価委員:小野 稔
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