p.77 抽出テキスト
第11章 不整脈原性右室心筋症(ARVC) 1 概論 ARVC は,右室を中心とした心筋の線維脂肪置換による進行性の心筋障害を特徴とする,遺伝性の心筋症である792).右室起源の心室不整脈を生じ,突然死の原因となる.右心室のみならず両心室あるいは左心室単独に病変が認められる場合もあり,ACM という包括的な用語も使用される. 2019 年HRS のエキスパートコンセンサスステートメントによると,ACM は虚血・高血圧・弁膜症に起因しない,不整脈(心房不整脈・心室不整脈・伝導障害)を呈する心筋症と定義されており,遺伝性疾患だけではなくサルコイドーシス・アミロイドーシスなどの全身性疾患・孤発性の心筋炎・シャーガス病などの感染性疾患を含み,不整脈を呈するDCM や左室緻密化障害ともオーバーラップする,非常に範囲の広い疾患概念である793).本ガイドラインは遺伝的要因を重視したものであり,病因と表現型の関連性を重要視した2023 年版ESC ガイドライン794)の内容を取り入れ,原則ARVC に関して記載する. 2 疫学 ARVC の有病率は約2,000~5,000 人に1 人と報告されている795).ARVC の年齢層は若年から高齢者まで幅広いが,発症年齢は20 ~40 歳代で,20 歳代半ばがもっとも多い796, 797).男性が女性より多く798),50 歳未満では女性より男性に不整脈イベントが多い799).ARVC と診断された患者の約半数は家族歴を有している800).ただし,ARVCの原因となるバリアントは不完全浸透で発症が限定的なため,家族内有病率が過少評価されている可能性もある796).日本人では後述するようにDSG2 バリアントの潜性(劣性)遺伝形式で発症することが多いため801),家系内発症者がいないこともある.ARVC 患者の予後は,不整脈と心室機能障害による心不全に大きく依存する.若年(<35 歳)で は突然死が多い796).おもに高リスク患者が含まれる医療機関ベースの研究からは死亡率が0.08 ~3.6%/ 年とされているが,地域ベースの研究では1%/ 年未満とされ,長期予後はかならずしも悪くない800).わが国を含めたアジアでのARVC/ACM の疫学データは十分でない. 3 遺伝的背景 ARVC のおもな原因はデスモソーム関連遺伝子(PKP2, DSG2,DSC2,DSP)と,TMEM43,DES,PLN である802) (図32). ARVC 患者の約60% に原因遺伝子バリアントが同定される.欧米ではPKP2 が主要な原因遺伝子であるが,日本人ARVC ではDSG2 バリアントがもっとも多い801).欧米ではJUP やDSP のバリアントの潜性(劣性)遺伝形式で皮膚や毛髪の異常を合併するARVC も報告されているが803),わが国では非常にまれである.一方わが国では,毛髪や皮膚の異常を伴わないDSG2 やDSC2 のホモ接合や複合ヘテロ接合といった潜性(劣性)遺伝形式をとるバリアントが報告されている804, 805).潜性(劣性)遺伝の場合,発端者の同胞のみが罹患者になる可能性があり,親や子は症状のない保因者になるため,孤発例のようにみえることがある.そのため家族歴のないARVC 患者に対しても,遺伝学的検査は有用である.ARVC の表現型は原因遺伝子により異なり,典型的な臨床像はPKP2 バリアントを原因とするARVC 患者に多い.各原因遺伝子の特徴を表21 801, 806-821)に記載した. ARVC の遺伝学的検査についての推奨を推奨表20 に示す.詳細は「2024 年改訂版心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関するガイドライン」29)を参照のこと.