p.91 抽出テキスト
行動をとること(アドヒアランス)が欠かせない.なかでも免疫抑制剤の服薬に関するアドヒアランスが重視されるが,それ以外にも,定期的に受診する,自ら健康状態をモニタリングする(毎日バイタル測定を行い,異常があればすみやかに医療者に報告するなど),感染症予防のための留意点を守る(5 章5. 感染症の予防を参照),適切な食事をとる(ダイエット),運動する(6 章4. 運動療法を参照),禁煙する,過度の飲酒をしないなども,広くアドヒアランスに含まれる520, 521). これらの行動を長期にわたって続けることは容易ではなく,アドヒアランスを維持できない状態,いわゆるノン・アドヒアランス(NA)が生じることはまれではない.海外では心臓移植患者におけるNA は服薬(0 ~40%),定期的な受診(2 ~27%),バイタル測定・健康状態のモニタリング(22 ~59%),食事(16 ~41%),運動(13 ~72%),禁煙(6 ~35%)で生じ,アルコール・薬物乱用も6 ~ 27% に生じると報告されている520, 522). 喫煙は心臓移植患者において冠動脈疾患,癌の発生率を高め,死亡率を1.8 倍上昇させる.禁煙指導を徹底し,適宜専門医療機関と連携する必要がある523).また,アルコール乱用(過度の飲酒習慣)および薬物乱用はNA と直結し,移植心廃絶のリスクを高める.対応は難しく,専門医療機関との連携が必要である524). いずれのNA も移植後,時間経過とともに増加する.このため医療者は移植早期のみならず,遠隔期においてもNA のモニタリングを行うべきである520, 522). 通常,患者が医療者に対して自発的にNA を申告することはない.たとえば,免疫抑制剤のトラフ値のコントロールが難しい場合や,頻繁に追加検査,薬剤の用量調整や変更を要する場合には,積極的に服薬のNA を疑う必要があり,家族からも追加の情報を得るようにする520, 522).NA の危険因子を表27 521)に示す.NA が発覚した場合,ただ厳重注意しても解決にはつながらず,具体的に,いつ,どのような状況でNA が生じているのか,アドヒアランス維持の障壁となっているのは何か,オープンかつ共感的に患者と話し合い,ともに対策を考えていく姿勢が大切である520, 521).精神障害,アルコール・薬物依存などの合併のためにNA が生じている場合には,精神科医との連携が欠かせない520, 521).服薬のNA に対して有効性が実証された単一の介入方法はなく520),個別の事情に応じた戦略が必要となる.教育(正しい情報や知識を患者の理解力に応じてわかりやすく提供する),行動のフィードバック(たとえば,服薬日誌の利用),複雑な処方を整理するなどが有効とされているため,家族の協力も得ながら,これらの方法を組み合わせて活用する520). 5.2 精神的側面 心臓移植後にはうつ,不安を主症状とした精神症状が生じることがあり,特に移植後早期における出現頻度が高いと報告されている.大うつ病は術後1 年間に14 ~20% の患者に生じ,以後1 年ごとに5% 程度の患者に新たに生じる.また,不安障害(パニック障害,全般性不安障害,外傷後ストレス症候群)は術後1 年間に17,18% の患者に生じ,以後1 年ごとに新たに1,2% の患者に生じると報告されている525).さらに,5 年以上経過した遠隔期にもうつ状態が生じることがあり,心臓移植後5 年で30%,10 年目で22% にうつ症状を認めたという報告がある526).そのため,心臓移植前に精神科医からの評価を受けるだけではなく,移植後にコンサルトできる体制を整備することが必要である. 精神症状の評価,特にうつ,不安の有無に対して定期的なスクリーニングを行うことが,ISHLT による心臓移植患者のケアに関するガイドライン2023 年版ではClass I で推奨され,スクリーニングのツールとしてPatient Health Questionnaire(PHQ)-9 が紹介されている47, 527).また,何らかの精神症状を疑う場合は,精神科へ早期にコンサルト 表27 NA の危険因子 患者関連因子・精神疾患・パーソナリティ障害・アルコール・薬物乱用・認知障害・NA の既往・思春期・短い教育歴・長い罹病(移植後)期間環境関連因子・社会的サポートの不足・経済的問題治療関連因子(服薬に対するNA の場合)・薬の副作用・複雑な処方・薬のコスト・飲み忘れ予防対策(ピルボックス使用など)の不足医師- 患者因子・医師とのコミュニケーション不足・医師- 患者関係の悪さ・不適切なアフターケアや退院計画・不十分な情報提供(移植前教育) (Fine RN, et al. 2009 521)より改変) Copyright (2009) The American Society of Transplantation and the American Society of Transplant Surgeons., with permission from Elsevier.