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第1章 心臓移植の社会的背景 1 心臓移植の歴史と現状 1.1 世界の心臓移植の歴史と現状 臨床における最初の同所性同種心臓移植は,1967 年に南アフリカのケープタウンでChristian Barnard により行われた3).その症例は移植後18 日目に肺炎で死亡したが,翌年に施行された第2 例目(世界3 例目)の患者は日常生活に復帰し得た.世界2 例目はKantrowitz により低体温法を用いて新生児に対して実施された.1968 年には米国のスタンフォード大学のShumway が世界4 例目を実施した.この1968 年の1 年間で世界17 か国52 施設において102 例の心臓移植が実施されたことが記録されている.しかし,患者の多くは拒絶反応診断法や免疫抑制療法,感染症対応の困難さから数ヵ月以内に死亡した.1969 年には50 例,1970 年には20 例と心臓移植の実施数は激減し,多くの施設が心臓移植治療から撤退した.その後もスタンフォード大学をはじめとしたいくつかの施設で心臓移植は継続され,1970 年代は世界中で年間30 例程度が実施されていた.当時のスタンフォード大学での成績は1 年生存率が50% で,死体腎移植と同等であったとされる. 免疫抑制療法にはアザチオプリン(AZP),ステロイドが使用され,経過に応じて抗リンパ球グロブリンが追加された.1973 年に心臓カテーテル法による心筋生検法が拒絶反応診断に導入され4),1981 年に免疫抑制剤であるシクロスポリン(CyA)が登場したことにより安定した成績が得られるようになった5).その後急速に心臓移植実施数は増加し,年間数千例を越えるに至っている. 1981 年にのちの国際心肺移植学会(ISHLT)に発展する国際心臓移植学会(ISHT)が1981 年に設立され,世界規模での心臓移植レジストリが開始された.現在では世界中の心臓,肺,および心肺同時移植手術の症例が登録され,さらに補助人工心臓(VAD)装着手術症例についても集積がなされている.年次報告は2019 年までの公表にとどまっ ているものの,世界の現況を映し出す鏡の役割を果たしてきている(図1) 6, 7).現在では世界中の心臓,肺,心肺移植の症例およびVAD の症例が登録され,世界の現況が報告されている.このレジストリによると,1992 年1 月~ 2017 年6 月までの成人および小児を含む114,783 例の心臓移植において,生存中央値は11.9 年,1 年生存症例に限った生存中央値は14.2 年で,心臓移植の成績は時代とともに向上している7).死亡原因としては,移植後早期ではグラフト不全,多臓器不全,感染が,そして5 年以上の遠隔期では悪性腫瘍,グラフト不全,移植心冠動脈病変(CAV),感染症がある7). 近年の世界では,心停止ドナー(DCD)からの心臓移植が開始されている.2014 年にオーストラリアで開始され, 5 年生存率が88% と脳死ドナーからの心臓移植と遜色のない結果が報告された8).米国でもDCD 心臓移植が急増しており,半年生存率は92.6% と報告され,脳死ドナーからの心臓移植と同等の成績であった9).各国で法制度および倫理面,そのほかの事由については,いまだ課題があるのも事実であるが,臓器提供数不足に対する1 つの解決策となる可能性があり,今後もさらなる増加が見込まれている.また2022 年には遺伝子操作されたブタの心臓をヒトに移植する異種心臓移植がGriffith らのグループにより実施された10).生命科学の進歩とともに心臓移植は今後も大きく発展していくであろうが,常に倫理面の課題が含まれているといえる. 1.2 日本の心臓移植の歴史と現状 わが国の臨床心臓移植第1 例目は1968 年に世界30 例目として札幌医科大学の和田寿郎により行われ,患者は術後83 日目に呼吸不全で死亡した11).この心臓移植で,レシピエントの適応妥当性とドナーの死の判定に疑義が呈され,大きな社会問題となり,以後30 年間わが国の心臓移植は停滞することとなった.この間,心臓移植を必要とする患者は海外への渡航移植により治療を受ける以外方法がなかった.