p.11 抽出テキスト
ガイドライン作成にあたって 心臓移植に関するガイドライン作成の背景 臓器移植法が1997 年に施行され,その法の下に第1 例目の心臓移植が1999 年に実施されてから四半世紀が過ぎた.2024 年12 月末日において累計930 例の心臓移植手術が施行され,直近2 年ではいずれも年間100 例以上実施されている.それに伴って移植後の長期遠隔期に至る治療成績を吟味できるようになっている.したがって,わが国における心臓移植医療は1997 年の夜明けから黎明期を経て,重症心不全に対する現実的な選択肢となる治療法として確立されているといえる. 移植医療は通常行われる薬物,あるいは,非薬物治療とは大きく異なり,脳死のドナーとご遺族からの善意に基づく臓器提供により可能となる医療である.愛する家族を失い深い悲しみに打ちひしがれているご遺族が,勇気を奮い立たせ他者を救うための尊い決断がなされた上に臓器が社会に提供され,そして,公平かつ公正に臓器提供が行われる社会システムが構築されていることで成立する医療である.その観点から,心臓移植医療の発展は日本国民の精神文化の成熟を反映しているものと捉えられる. 心臓移植治療実践のための診療指針として,2016 年版心臓移植に関する提言が8 学会1 研究班からなる合同研究班によりまとめられた1).その当時,日本における心臓移植数は累計300 例ほどにとどまっていたとされる.治療体系を科学的に検証したエビデンスを基に構築するガイドライン作成にはほど遠い時期と判断されたことから,ガイドラインではなく「提言」として刊行されることとなった.それから8 年の時を経て,心臓移植総数はその3 倍以上にまで増加した.その過程で心臓移植実施施設数は12 施設に増加し,今後さらに拡充していくことが期待される.それでも諸外国に比し,わが国において必要とされるだけの移植数を実施できるようになるためには,今後も社会環境やシステムを整備改良し続ける必要がある.より多くの重症心不全患者が移植医療の恩恵を受けられるようになるために,これまで蓄積された心臓移植治療にまつわる標準的知識と近未来の方向性についての考え方が共有されることを願い,このたび,ガイドラインと名称を改めて上梓される運びとなった.なお,ガイドライン作成組織構成員のCOI は巻末の付表に掲載した. ガイドライン作成の基本方針 本ガイドラインは,多くの医療関係者にとって身近に置いて役立つ診療指針を与えるものであることに加え,一般の方々が手に取って見やすく容易に理解できるものとすることを一つの基本方針としている.市民の皆様へと題するQ&A を盛り込んでいることもその表れである. そのうえで,今後解決すべき臨床上の課題を浮き彫りにし,わが国の近未来に確立されることが期待される,よりアップデートされた診療体系も描くことができるよう意識した.2016 年心臓移植に関する提言1)に記載された内容に加えて新しい内容を盛り込み,また,2023 年度の日本循環器学会ガイドライン部会の基本方針として,実現性の高いと判断される先見的な治療法についても収載した. 具体的には,基本的事項として日本の移植医療を形作る歴史的背景を記載し,公平・公正な臓器提供と臓器配分がなされるための日本の移植制度,および,時代の要請に即応しながら現在の形となっているレシピエント選択基準を包含している.そのうえで,前回の提言作成の時点では明確に示しづらかった治療選択のための推奨とエビデンスレベルを具体的に標記することを試みた. さらに本ガイドラインでは,心臓移植後の妊娠と出産に関する記載を現実的な観点に立脚し詳述していること,また,いまだ追いつけていない欧米での移植医療システムの1 つである心停止後の臓器摘出法として,心停止ドナー(DCD)の心臓移植について,記述を共有させていただいている.なお,レシピエント選択基準に関して,本ガイドライン発刊直前に策定された最新版の基準2)を含める方針とした.一部改正となった事項は,近い将来に社会実装されることになる. 移植医療における日常的に遭遇する薬物治療の厳格な管理については,エクスパートとしての薬剤師の視点を取り入れ詳細に記載した.移植に専門的にかかわる医師以外のすべての臨床医にとって心臓移植後患者のさまざまな全身管理に関与する有用な記載につながることを期待している.