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p.76 抽出テキスト

わが国からは,バイオバンク・ジャパンのゲノムデータを用いた約2 万5 千人の冠動脈疾患患者におけるGWASで,これまでの欧米人集団を対象とした研究では同定されていなかった8 領域を含む,48 の冠動脈疾患に関わる疾患感受性座位が報告され,これらの多くはLDL 受容体(LDLR)やプロタンパク質転換酵素サブチリシン/ ケキシン9 型(PCSK9)など脂質関連遺伝子を含むことが示された450).また,合計5 万人に及ぶ日本人集団の遺伝情報を用いて,2 つのGWAS のメタ解析が行われ,虚血性心疾患に関わる18 領域の疾患感受性座位が同定された451).さらに,人種横断的なメタ解析で新たな3 領域を含む76 領域の疾患感受性座位が同定され,この3 領域は免疫系を介した動脈硬化の進展に関与する1q21 のCTSS 座位452, 453)と11q22 のRDX-FDX1 座位454),脂質系に影響している10q26 のWDR11-FGR2 座位455)であることも分かった.上記の76 領域に関しては,心筋梗塞発症に関わる臓器・組織において日本人集団と欧米人集団では影響の違いがみられ虚血性心疾患の発症にも遺伝要因に人種差があることが示唆されている.さらに,やはりバイオバンク・ジャパンのゲノムデータを用いた42 疾患21 万人余りの日本人における疾患横断的GWAS では,全体で27 疾患の発症に関連する320 の疾患感受性座位が同定され,このうち冠動脈疾患に関連する11 番染色体上のATG16L2 遺伝子のミスセンスバリアントは,欧米人を対象としたGWASでは検出することができないものであった456).

これら欧米人ではみられない疾患感受性座位の同定は,日本人特有の虚血性心疾患の病因解明にもつながることが期待される.また,Tcheandjieu らが行った虚血性心疾患GWAS では,欧米人に加えてアフリカ系,ヒスパニック系民族でも大規模な解析が行われ,各民族の遺伝的基盤の異質性を明らかにした448).これらの結果は,多様な民族におけるゲノム解析が,包括的な疾患メカニズム解明に重要であることを示している.

2 機能的冠動脈疾患

2.1 冠攣縮性狭心症

虚血性心疾患の中でも心外膜冠動脈が攣縮する狭心症(冠攣縮性狭心症)では,日本人の発症率が高く逆に欧米人では低いことが古くから報告されている457, 458).冠攣縮の発症に関わる重要な環境因子は喫煙であることがすでに報告されているが459, 460),こうした生活習慣に加えて遺伝

的な背景が関与することにより,発症の地域差,人種差が生じると考えられる.

Yoshimura とNakayama らは,冠攣縮の発症機序に血管内皮機能障害が関与しており461),血管内皮で一酸化窒素(nitric oxide: NO)を合成する血管内皮型一酸化窒素合成酵素 (endothelial nitric oxide synthase: eNOS, NOS3)のバリアント,つまりeNOS 遺伝子の第7 エキソンの894G/T(Glu298Asp)と5’ 側非翻訳領域の-786T/C の一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)が冠攣縮性狭心症の発症と関連していることを以前報告している462, 463).この2 つのeNOS のバリアントの頻度は人種によって異なることから,虚血性心疾患の発症メカニズムの人種差の一因を示唆するものと思われる464, 465).eNOS のバリアントと冠攣縮を含めた虚血性心疾患との関連については,欧米人や同じ日本人で異なる報告があり,今後全ゲノムレベルなどでの再確認が望まれる.

日本人における冠攣縮と関連するバリアントについては, eNOS 以外の遺伝子にもいくつか報告があり,ホスホリパーゼC delta-1(PLCD1)のバリアントはアセチルコリンによる細胞内Ca 濃度を上昇させ466-468),尿素サイクルの主酵素であるオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)のバリアントはエルゴノビンによる冠動脈収縮性を高め469),それぞれ冠攣縮性狭心症への関与が報告されている.また, GWAS を用いて非翻訳領域のSNP であるrs10498345 が日本人女性の冠攣縮と関連していた報告がある470).

さらに,日本人冠攣縮性狭心症患者で候補遺伝子29 個を検索したところ,男性においてはチトクロームB-245α鎖(p22 phox)のバリアントのみが冠攣縮性狭心症との関連が認められた.一方,女性においては動脈硬化関連因子であるMMP3 とインターロイキン6(IL6)のバリアントが冠攣縮性狭心症と関連することが報告され,冠攣縮性狭心症における性差の一因が示唆された471).また,東アジア人に多いアルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)の無活性化多型ALDH2 *2 が冠攣縮のみならず,ST 上昇型急性心筋梗塞との関連が深いこと472, 473),喫煙は相乗的にそのリスクを上昇させること474)が明らかにされており,日本人の冠攣縮の成因には血管内皮機能障害によるNO 産生の低下と酸化ストレスの増加のみならずALDH2 のバリアントによるアルデヒド代謝の停滞が関与することが示唆されている.

加えて,日本人冠攣縮性狭心症患者において発症リスクへの関連遺伝子としてRNF213 が報告された475).国立循環器病研究センターバイオバンクに登録された冠攣縮性狭心症66 人を含む冠動脈疾患1,088 人との症例対照研究で, RNF213 p.R4810K バリアントが7 人(10.6%)に認められ,