p.75 抽出テキスト
3.3 末梢動脈石灰化 大動脈から末梢動脈にかけて高度な石灰化をきたす常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)性疾患として,NT5E,ABCC6, ENPP1 欠損症があげられる.NT5E 遺伝子は細胞外のアデノシン一リン酸(AMP)をアデノシンとリン酸に分解するCD73 蛋白をコードする.そのホモ接合体変異は手足の関節周囲の石灰化と腹部および下肢動脈の著明な石灰化をきたすため,関節と動脈石灰化(calcification of joints and arteries: CALJA)あるいはCD73 欠損による動脈石灰化(arterial calcification due to deficiency of CD73: ACDC)と呼ばれる431).これまでの報告では40 歳代以降の診断が多く,わが国から大動脈弁狭窄症との合併例が報告されている432).ABCC6 遺伝子のホモ接合体変異は弾性線維性仮性黄色腫として知られる.弾性線維の断裂と石灰化によ り皮膚,網膜,動脈など弾性線維に富む組織が傷害され,典型例では小児期から思春期に特徴的な皮膚所見(頸,腋,鼠経などの黄色丘疹),次いで眼所見(血管線条やオレンジ皮様外観)を呈し,成人期に動脈石灰化による間欠性跛行や心筋梗塞をきたす433, 434).ENPP1 遺伝子のホモ接合体変異は乳児期発症の動脈石灰化症(generalized arterial calcification of infancy 1: GACI1)をおこす.ENPP1 遺伝子は常染色体潜性(劣性)低リン血症性くる病の原因遺伝子の1 つとしても知られ,大型~中型血管に広範囲の石灰化をきたす.多くは生後半年以内に死亡する予後不良の疾患である435, 436).なお,上述のABCC6 遺伝子ホモ接合体変異の最重症例でもGACI1 と同様の病態を示すため437),その場合はGACI2 と呼ばれる. 第11章 虚血性心疾患 虚血性心疾患は,器質的冠動脈疾患と機能的冠動脈疾患に大別されるが,このうち機能的冠動脈疾患は病態主座の部位により,さらに冠攣縮性狭心症と微小血管狭心症に分類される.それぞれ危険因子や背景を異にしているため遺伝的素因の関与の程度も機序も当然異なる.よって,以下にはそれぞれの疾患別に疾患感受性遺伝子やバリアントに関して概説する. 1 器質的冠動脈疾患 (冠動脈硬化性心疾患) 高血圧症,糖尿病,脂質異常症などの危険因子を背景に発症する虚血性心疾患は多因子疾患であり,生活習慣などの環境要因と,複数の遺伝的素因の相互作用の結果で発症するとされる.虚血性心疾患の家系内集積について,古くは発端者の第一度近親者における発症リスクが2 ~4 倍になること438),発端者が45 歳以下の男性の場合,同胞が55歳までに冠動脈疾患を発症するリスクは6.7 ~11.4 倍になること439)が報告されている.また,既知の冠危険因子で 補正してもこれらが発症に寄与することから,既知の冠危険因子とは独立した遺伝的冠危険因子が存在することが示唆されている.わが国からは,Yamada らが112 のバリアントを用いたケースコントロール研究でconnexin 37,プラスミノーゲンアクチベーターインヒビター1(PAI-1),マトリックスメタロプロテアーゼ3(MMP3)のバリアントが心筋梗塞発症の予測因子となることを以前報告している440). 最近ではわが国においても全ゲノムにわたってバリアントを検討した網羅的アプローチ(genome-wide approach)が積極的に行われており,高血圧症,糖尿病はじめ,多因子疾患である虚血性心疾患に関連するバリアントに関して多くの知見が得られつつある.これまでにGWAS により虚血性心疾患(狭心症,心筋梗塞)に関与する250 領域以上の感受性座位が欧米を中心に報告されてきた441-449).これらの座位には,従来の危険因子である高血圧症や糖尿病,脂質異常症,肥満にかかわる遺伝子だけでなく,免疫反応・炎症や血管収縮,血管新生,血管リモデリング,血栓,細胞増殖・転写制御などにかかわる遺伝子も含まれている.