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p.52 抽出テキスト

第8章 心筋症・心筋疾患

1 肥大型心筋症(HCM)

1990 年にSeidman らのグループが,HCM の大家系に対して連鎖解析を行い,原因変異として心筋βミオシン重鎖遺伝子のミスセンス変異を報告した215).以降,HCM 発症の原因遺伝子として,心筋の収縮を司るサルコメア構成蛋白をコードする遺伝子を中心に11 種類以上の遺伝子において1400 種類を超える変異が報告されている.本疾患で同定される遺伝子変異は,心筋βミオシン重鎖遺伝子(MYH7)と心筋ミオシン結合蛋白C 遺伝子(MYBPC3)の変異が大半を占めるが216, 217) ,サルコメア以外の蛋白をコードする遺伝子の関与も報告されている.

HCM 患者の約60% が常染色体顕性遺伝(優性遺伝)形式に従う家族歴を有しており,そのうち40 ~60% で,サルコメア構成蛋白をコードする遺伝子において原因変異が認められる218-220).さらに近年では,全ゲノムシークエンスを行うことで,原因変異の検出率が高まることが報告されるなど221),原因変異検出率上昇のための試みが行われている.その一方で,これまでにHCM の原因候補遺伝子として報告されているものに対して再評価を行うと,現時点でHCM との関連が確実といえるエビデンスを有する遺伝子は8 つに限られるとの報告もあり(表18) 222),遺伝学的検査の結果については慎重な解釈が要求される.

HCM は単一遺伝子疾患と認識されているが,本疾患患者の中には家族歴や遺伝学的検査が陰性である例も少なくない.近年,GWAS を行いcommon variant による遺伝的リスクスコア(genetic risk score: GRS)を用いて検討したところ,サルコメア遺伝子における病的変異を認めない患者においても,common variant の集積がHCM 病態の発症に関与している可能性が報告されている223).これまでHCM は単一遺伝子疾患として捉えられてきたが,単独の原因変異が存在せずとも, HCM 病態が発生する可能性が示唆されるものであり,今後の展開が注目される. 1.1 HCM における遺伝学的検査の有用性

HCM に対する遺伝学的検査が2022 年に保険収載された背景から,今後HCM 患者の遺伝学的検査が行われる機会が増加してくるものと考えられる.HCM 患者に対する遺伝学的検査の有用性については以下のものが挙げられる.1早期診断 遺伝学的検査により,発端者の原因変異が同定されれば,家族内スクリーニングの促進につながる.血縁者内で原因変異の有無を確認することによって,早期診断につながる可能性がある.ある時点で心筋肥大を認めていなくても,その後に心筋肥大が出現する場合があり,HCM では加齢に伴って原因変異の浸透率が上昇することが知られている224, 225).そのため家族スクリーニングで未発症者に原因変異を保有することが判明した場合には,今後の臨床経過で心筋肥大が出現する可能性を考慮し,慎重なフォローアップを行うべきである.一方で未発症血縁者において,発端者と同じ原因変異を有さない場合には,発症の可能性が低く,定期的なフォローアップは不要となる.2二次性心筋症の診断 HCM 類似の病態を呈する遺伝性の二次性心筋症の鑑別・診断に有用である.特に,疾患特異的治療が存在する二次性心筋症を診断し治療介入につなげる意味は大きい.詳細は第8 章4. その他の心筋症の項に譲る.3予後予測 遺伝学的検査を行うことで, HCM 患者の予後予測につながる可能性がある.サルコメア遺伝子に原因変異が同定される患者は,変異が同定されていない患者と比較して予後不良であることが報告されている226, 227).しかしながら,同一の原因変異を有する患者間でも臨床病型・臨床経過は異なることが多く228),原因変異から臨床経過を正確に予測することは現時点では困難であると考えられている(表19,20,21).

遺伝学的検査の実施に際して,家系図をしっかりと作成すること,そして,事前に二次性心筋症に伴う心肥大の可能性について臨床的に評価を行い,可能な限り二次性心筋症を除外しておくことが望ましい.また,検査前確率を予測しておくことも重要となる.米国のMayo Clinic から検査前確率の予測スコアが提唱されており,5 つの陽性予測