p.31 抽出テキスト
心疾患そのものの病態や妊娠・分娩管理などの詳細については,「心疾患患者の妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライン(2018 年改訂版)」を参照して頂きたい75).ここでは「遺伝性の心臓血管疾患を有する女性」への「妊娠・出産に関する遺伝カウンセリング」について,特に「プレコンセプションケア」および「妊娠前カウンセリング」の観点から解説する. 2 プレコンセプションケア 「プレコンセプションケア(Preconception care)」とは,「受胎前からの健康管理」のことである.妊娠前からの健康管理が,次世代の健康状態および自身のその後の人生の健康状態を改善するという考えに基づいている.近年,妊娠前からの母体の生活習慣や栄養状態が,妊娠中の母体や胎児に影響を及ぼすこと,あるいは将来の子どもたちの長期的な健康管理(ヘルスケア)や健康寿命に影響を及ぼすことが指摘されるようになった.これは胎児期や出生後早期の発達過程におけるさまざまな環境が,その後の将来の健康や特定の疾患へのかかりやすさに影響するDevelopmental Origins of Health and Disease (DOHaD) 76)という概念に基づいている.こうした観点から,妊娠前の女性やカップルの健康状態を把握し,適切な知識と情報を提供することがヘルス・リテラシーの向上につながると考えられる. 海外では,2006 年に米国疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC) 77),2012 年には世界保健機関(World Health Organization: WHO) 78)がプレコンセプションケアを本格的に推奨し,WHO では「妊娠前の女性とカップルに医学的・行動学的・社会的な保健介入を行うこと」と定義している.世界産婦人科連合(The International Federation of Gynecology and Obstetrics: FIGO)もプレコンセプション期の栄養の重要性について推奨を出した79).国内でも国立成育医療研究センターにプレコンセプションケアセンターが2015 年に開設された80). 日本において「プレコンセプションケア」とは「女性やカップルを対象として将来の妊娠のための健康管理を促す取組」と定義されている(成育医療等の提供に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針[2021 年2 月]).この基本方針は,「安心・安全で健やかな妊娠・出産,産後の健康管理を支援するため,プレコンセプションケアの実施などの支援を求める者や,支援が必要と認められる成育過程にある者等に対して適切に支援を実施するなど,需要に適確に対応した切れ目のない支援体制を構築する」.あるいは「男女を問わず,相談支援や健診等を通じ,将来の 妊娠のための健康管理に関する情報提供を推進するなど,プレコンセプションケアに関する体制整備を図る.特に,若年女性の痩せは骨量減少,低出生体重児出産のリスク等との関連があることを踏まえ,妊娠前からの望ましい食生活の実践等,適切な健康管理に向けて,各種指針等により普及啓発を行う」とされ,政策として強化が図られている. つまり,プレコンセプションケアとは,男女を問わず,思春期も含めた成育過程にある者等に対する健康管理(ヘルスケア)への医学的・行動学的・社会的な保健介入であるといえる. 3 プレコンセプションケアの目的 プレコンセプションケアの目的は,前述のWHO によると,妊娠前の女性とカップルの健康状態を改善し,母体や児の予後を悪化させる要因となる行動や個人的あるいは環境的要因を低下させること,そして究極の目的は母体と児の短期的あるいは長期的な予後の改善にあるとしている78). プレコンセプションケアとして妊娠前に介入すべき項目をCDC とWHO がいくつか掲げている.一般的なプレコンセプションケアとして取り組むべき共通の課題は,家族計画,適切な運動による体重や栄養の管理,感染症治療のためのスクリーニング,適切なワクチン接種,胎児に影響を及ぼす薬剤の確認などが挙げられる.これらは,だれもが受けるべきプレコンセプションケアの項目である. 一方,基礎疾患を有する女性への各疾患に対する妊娠前のケアとカウンセリングも重要となる.この点を踏まえて,米国産婦人科学会(American College of Obstetricians and Gynecologists: ACOG)の推奨では,妊娠前カウンセリングとして,妊娠時に影響のある併存疾患の把握を挙げている.糖尿病,高血圧,甲状腺機能低下症,精神疾患,ヒト免疫不全ウイルス(HIV),血栓症,そして過去の周産期合併症などである.さらに,夫婦の遺伝性疾患の有無を含めて,家族歴および遺伝歴の確認を挙げている81).これら内科疾患の合併は妊娠前に厳重にコントロールされた状態であることが必須である.慢性疾患では,妊娠のアウトカムを最適化するよう,事前にコントロールしておくことが基本である82).