p.70 抽出テキスト
吟味は,潜在性病変の存在を「診断(スクリーニング)」することを目的とした一般臨床上の役割とは異なっていることに留意されたい. なお,本セクションは日本動脈硬化学会の動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版39)執筆時に行われた系統レビューを基に,その後発表されたエビデンスも加味して記載している. 1.1 頸動脈内膜中膜厚(IMT) わが国において頸動脈IMT測定により古典的な危険因子の集積を超えるCAD発症予測能があるかどうかを検討した報告はきわめて少ない.大阪府吹田市の地域住民4,724人を対象としたコホート研究(吹田研究) 791)によると,総頸動脈(CCA)の平均IMT,CCAの最大IMT,頸動脈全体(CCA,内頸動脈,外頸動脈)の最大IMTの上昇に伴い,CAD発症のハザード比はそれぞれ有意に増加した.さらに,吹田研究が開発した心血管疾患発症のリスク予測モデル(吹田スコア) 43)にCCAの最大IMT肥厚(>1.1 mm以上)もしくは頸動脈全体の最大IMT肥厚(>1.7 mm)を追加することにより,CAD発症のc統計量は有意に増加した.吹田スコアにCCAの平均IMT肥厚(>0.95 mm)を加えた場合には,統計学的に有意ではないものの, c統計量は増加する傾向を認めた.しかし,わが国の一般地域住民を対象に検討した研究はこの1報以外に見当たらず,現時点では健常者を対象とした頸動脈IMT測定には, CADの発症予測改善を目的として明確に推奨する根拠としては十分とは言えないと考えられる. また,3,263人の糖尿病患者を対象とした国内の5つの研究の統合研究792)によると,CCAの平均IMT,CCAの最大IMT,CCAから内頸動脈にかけての最大IMTの上昇に伴い主要心血管イベント(CAD,脳卒中,末梢動脈疾患の発症および心血管死亡を含む)の発症リスクはそれぞれ有意に増加し,古典的な心血管危険因子からなる統計モデルにこれらのIMTの情報を追加することにより,その予測能(c統計量)は有意に改善した.しかし,CAD発症に限定した検討はなされていないことから,現段階では糖尿病などの心血管疾患のハイリスク者でも,CADの発症予測改善を目的とした頸動脈IMT測定の有用性のエビデンスは,十分でないと言える. 1.2 冠動脈石灰化 ACC/AHAの循環器疾患一次予防ガイドライン(2019年版) 22)によると,古典的心血管危険因子に基づくリスクスコアによって動脈硬化性疾患の10年発症リスクが7.5~ 20%と推定された中等度リスクの成人男性(40~75歳)では,スタチンによるコレステロール管理などの予防的治療の適応を検討するための補助検査として,冠動脈石灰化の評価を行うことは妥当であるとしている.しかし,欧米人ではCADの罹患率が日本よりも高いことを考慮すると,米国人を対象としたガイドラインをそのまま日本人に当てはめることは適切ではないと思われる.冠動脈CT検査は放射線被曝の問題もあり,さらに日本人一般集団において冠動脈CTによる石灰化の評価が古典的危険因子に上乗せしたCAD予測能を有することを明確に示したエビデンスはないため,CADの一次予防を目的とした冠動脈CTの実施を推奨する根拠は乏しいと言える. 1.3 足関節上腕血圧比(ABI) 福岡県久山町の地域住民を対象としたコホート研究(久山町研究) 793)によると,ABI低値群(0.9以下)は正常群(1.00~1.40)と比べてCAD発症のリスクが有意に高かった.しかし,この報告ではc統計量などを指標とした予測能の評価は行われていない. 久山町研究を含む日本の疫学調査の成績を統合したJ-BAVEL-ABI研究794)によると,ABI低下は心血管疾患発症の有意な危険因子であった.しかし,フラミンガムリスクスコア(FRS) 789)にABIを加えてもc統計量,NRI, IDIの有意な改善はなかった.本研究では心血管疾患全体をエンドポイントとしており,CADに限定した解析は行われていない.さらに,古典的危険因子の集積は米国人を対象に開発されたFRSに基づいていることから,日本人のCADの一次予防においてABIの測定が古典的危険因子の集積を超えて有用であるといったエビデンスは,現時点ではないと言える. ABIの測定はベッドサイドで簡便に実施可能であり侵襲も少なく,主に下肢の閉塞性動脈硬化症など末梢動脈疾患の評価として有用であるが,現時点ではCADの発症予測能の改善を目的とする場合は推奨できるほどの十分なエビデンスはないと言える. 1.4 脈波伝播速度 わが国では四肢(上腕および足関節)の血圧測定と同時に脈波測定を行うためのデバイスが普及しており,この機器によりABIとともにarterial stiffnessの指標である上腕-足首間脈波伝播速度(baPWV)が測定可能である.また, baPWVは血圧の影響を受けるといった欠点があるため,