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p.10 抽出テキスト

第1章 冠動脈疾患と危険因子の疫学

1 わが国の冠動脈疾患の特徴

厚生労働省の2020年の人口動態統計2)によると,心疾患はわが国の死因の第2位で,その死亡数は205,596人であった.このうち冠動脈疾患(CAD)の死亡数は67,305人(急性心筋梗塞(AMI)30,538人,その他のCAD 36,767人)であり,総死亡(1,372,755人)に占める割合は約4.9%となっている.

1.1 冠動脈疾患の死亡率・罹患率の比較

人口動態統計2)によると,CADと同じ循環器系の疾病である脳卒中はわが国の死因の第4位で,その死亡数は102,978人(総死亡の約7.5%)である.つまり,心疾患全体の死亡数は脳卒中よりも多いが,CADに限定すると脳卒中の死亡数より少ない.

WHOのデータに基づく2002年の死亡統計3)によると,世界の多くの国においてCADの年齢調整死亡率は脳卒中を上回っているが,わが国に加えて韓国,中国を含む東アジアの国々ではCADの死亡率は脳卒中よりも低い傾向にあり,とくにわが国のCADの死亡率は世界の主要国のなかで最も低いレベルにある.また,MONICA研究に参加している欧米を中心とした世界各国の疫学調査とわが国の主な疫学調査の成績を比較した報告4)でも,わが国のAMIの年齢調整罹患率は脳卒中と比べて低く,世界のなかで最も低いレベルにあることが明らかとなっている(図1).

このように,わが国では欧米主要国と異なり,脳卒中と比べてCADの死亡率・罹患率がともに低いことが特徴である.その原因として,遺伝背景や生活習慣,危険因子の分布が欧米諸国とわが国では異なっていることが挙げられる.たとえば,わが国では欧米と比べて食塩摂取量が多く高血圧の有病率が高いことから脳卒中発症のリスクが比較的高く,一方で,血清コレステロールレベルが低く推移してきたことからCAD発症のリスクは比較的低いと考えられている.循環器疾患全般をエンドポイントとした欧米の

疫学研究や臨床研究を解釈する際には,脳卒中と比べてCADが比較的少ない日本人に当てはめるうえで限界があることを念頭に置く必要がある.

1.2 わが国の冠動脈疾患の死亡率および 罹患率の時代的推移

厚生労働省の人口動態統計5)によると,心疾患の粗死亡率は1950年代以降,時代とともに増加している.そのうち, CADの粗死亡率は1950年代から1960年代にかけて増加したが,1970年代から2010年代にかけては(1995年に死亡診断書の書式改訂に伴う見かけ上の増加を認めた以外は)ほぼ変わらず,2010年代に入りやや減少傾向にある.

このようなCADの死亡率の時代的変化,とくに近年の死亡率の低下の原因が,CADの発症リスクすなわち罹患率の低下によるものなのか,それとも,診断技術や治療法の進歩に伴う発症後の生命予後の改善によるものなのか,区別することは難しい.そのため,わが国ではいくつかの疫学調査により,地域住民におけるCADの罹患率の時代的推移が検討されている.しかし,その成績は必ずしも一致していない.

CADの罹患率の時代的推移に関する疫学報告

秋田・大阪研究6)では,都市部(大阪府八尾市南高安地区)と農村部(秋田県井川町)の40~69歳の地域住民を対象に,1964年から2003年にかけての長期にわたってCAD罹患率の時代的推移を検討した.年齢調整後のCAD(心筋梗塞,冠動脈再建術,心臓突然死)の罹患率は,八尾市の男性において主に1980年以降,有意な増加を示した.特に1980年以降の冠動脈再建術の普及がこの結果に寄与していた.一方,八尾市の女性および井川町の男性では明らかな時代的変化がなく,井川町の女性ではCADの罹患者数が少ないため評価が困難であった.

久山町研究7)では,都市近郊型の農村地域である福岡県久山町の40歳以上の地域住民を対象に,CAD