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p.61 抽出テキスト

8 弁膜症

8.1 疫学

弁膜症は一般人口に占める有病率が比較的高く,一般人口の2 ~3%,75 歳以上では10 ~20% と報告されている374).弁膜症は心臓の代償機構のために病状が進行するまで自覚症状が現れにくく,重症弁膜症がありながら気づかれずに経過している症例も少なからずある.その1 例として,一般人口に占める弁膜症の有病率を調査したOxVALVE 研究375)では,65 歳以上人口における中等度以上弁膜症の有病率は11.5% であったが,調査時に弁膜症の診断がついていたのはその半数以下(4.9%)に過ぎなかった.

8.2 術前の病歴,身体所見の重要性

問診では弁膜症の既往だけでなく,呼吸困難,胸痛,動悸,倦怠感といった心不全症状を確認する.一般に,心不全が疑われる症例の11.3% に中等度,2.7% に重度の弁膜症が合併する376).身体所見では心雑音の聴取が重要であり,心雑音聴取症例の18% に中等度以上の弁膜症が認められる290).弁膜症が疑われれば,心エコー図検査を行い弁機能障害の程度,心機能を明らかにする.こうした病態を詳細に把握することで,綿密な周術期管理が可能となり,手術リスクを軽減できる377).

8.3 周術期管理の注意点

弁膜症の種類,重症度,心機能に応じて血行動態モニターや麻酔方法を選択する.特に高リスク非心臓手術や高度弁機能障害例では,術中,肺動脈カテーテルや経食道心エコーの使用を検討する.この際,大動脈弁狭窄症や僧帽弁狭窄症では頻脈を避け,血管拡張薬の使用は慎重に行い,前負荷を適正に保つことが重要である.大動脈弁閉鎖不全症や僧帽弁閉鎖不全症では徐脈を避け,血管拡張薬で後負荷を適正に保つことが重要である.

8.4 術前の弁膜症治療についての考え方

近年では麻酔技術向上の結果,自覚症状のない重度弁機能障害であれば,必ずしも弁膜症治療を先行して行わなく

とも,比較的安全に非心臓手術は実施可能であると報告されている378-380).症候性重症弁膜症は非周術期ならば弁置換術がClass I で推奨されている19).一方,過度に延期できない非心臓手術の場合もある.

高度弁膜症を合併する患者の非心臓手術では,選択肢として1弁膜症への介入を先行,2非心臓手術を先行,3どちらかのみ行う,4どちらも施行しない,が挙げられる.治療方針の決定において検討すべき項目として1弁膜症の重症度・緊急性(症状・血行動態の安定性,心機能),2非心臓手術のリスク,3弁膜症治療のリスク,4非心臓手術延期による原疾患への影響(原疾患手術の緊急性), 5弁置換術後の抗血栓薬の周術期での中止または継続による血栓,出血リスクなどが考えられる.外科医,麻酔科医,循環器内科医など関係する多専門科集学的チームがリスク,ベネフィットを包括的に吟味し,患者の価値観を理解し,患者と協働意思決定をすることが重要である(図2).

8.5 各弁膜症

8.5.1 大動脈弁狭窄症(AS)

a. AS の非心臓手術周術期心血管イベントリスク

過去のメタ解析を紹介する.2017 年のメタ解析381)で,重症AS(症候性,無症候性)の死亡リスクのリスク比(RR)は1.49(95%CI 0.85-2.61),心筋梗塞リスクRR 1.65(0.66- 4.13),心不全リスクRR 1.42 (0.47-4.24),脳卒中リスクRR 0.44(0.14-1.34)と有意差がなかった.

無症候性重症AS のみを対象にしたメタ解析382)では,死亡リスクはOR 0.96(0.40-2.30),心筋梗塞リスクOR 1.68(95%CI 0.76-3.70),心不全OR 1.04(95%CI 0.49- 2.22)と有意差はみられなかった.この研究では,無症候性であれば,周術期リスクを増加させず,予防的AVR やTAVI は不要だろうと考察された.

Part 2  CQ4 KQ4-1「重症AS は非心臓手術の周術期リスクを増加させるか?」に対しシステマティック・レビュー(SR),メタ解析を行った.ここで取り上げた研究はRaymer 1998 383),Calleja 2010 378),Agarwal 2013 379), Tashiro 2014 380),Maclntyer 2018 384)である.その結果は上記と矛盾しない. b. 非心臓手術における術前大動脈弁置換術の効果

本診療ガイドラインPart 2(第6 章)で,非心臓手術における術前大動脈弁置換術の効果がSR で検証された.SRにて,2 つの後ろ向き観察研究があった(Taniguchi 2020 385), Luis 2020 386)).詳細はPart 2 CQ4 C.2.2 KQ4-2 を参照.