p.57 抽出テキスト
内の死亡,脳卒中,急性心筋梗塞,急性心不全の複合エンドポイントの発生率は22%(vs 12%)と有意に高かった328).死亡リスクは4% と低く,複合エンドポイントのほとんどは急性心不全であった.非心臓手術をうけたHCM 患者72 例を後ろ向きに解析した日本の単施設での研究では,手術死亡は認めず,入院中の心血管有害事象発生率(死亡および心不全増悪)は約3% と低く,退院後の平均観察期間 3.8 年で死亡率も4.2% であり,HCM の非心臓手術は安全 に可能であろうと結論づけられている327). 6.4 非心臓手術における術前準備と 周術期管理 術前評価では,症状,心機能,家族歴などから本症の疾患としての重症度を見極める必要がある.手術に際しては,麻酔導入や陽圧換気に伴う前負荷の減少,末梢血管抵抗の低下により引き起こされる可能性のある急性の左室流出路閉塞および低血圧に留意する.そのため左室流出路閉塞の予防に使用しているβ遮断薬や非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬およびジソピラミドやシベンゾリンなどの薬剤は原則として継続し,十分な前負荷の維持により循環血液量を適正化する必要がある.ただし,特に左室拡張機能の著しく低下した症例では,肺動脈カテーテルを留置して厳重に血行動態をモニターすることもある.また非常に稀であるが,過度の出血既往のあるHCM 患者では後天性von Willebrand 病を合併している可能性を考慮し,予定術式とその出血量に留意する必要がある335).これは重度の大動脈弁狭窄症でみられるHeyde 症候群と機序が同じとされ,左室流出路閉塞で生じる乱流によってvon Willebrand因子の多量体に剪断が起こることが原因とされている. HCM は,前負荷,後負荷の変化に伴い,流出路狭窄が顕在化,増悪したり,それに伴い僧帽弁逆流の出現,増悪がありうる.周術期でうっ血や低心拍出症状が出現した際,心エコーでの確認が重要である.場合によっては,利尿薬や血管拡張薬,強心薬でなく,輸液,β遮断薬が心不全治 療に必要なことがある.HCM の患者では,これらを術前から,周術期管理に携わる予定の医師(内科医,集中治療医,循環器医,外科医,麻酔科医)と話し合い共通認識にしておくことが重要である. 7 肺高血圧症 肺高血圧患者は血行動態変動に対する予備能が健常者に比べ劣っているため,周術期に右心不全や遷延する低酸素血症とショックを呈する肺高血圧クライシスを発症しやすい336, 337).周術期には,この肺高血圧クライシスの防止が重要である.肺高血圧患者がいったん顕著な低血圧に陥ると,右冠動脈還流圧低下から右室は虚血により機能が低下し,三尖弁逆流,心室中隔の左室圧排増悪を介して循環動態破綻は不可逆となるため,周術期には破綻の誘因となる低酸素血症と体血圧の低下への素早い対応が必要である. 7.1 合併症とリスク因子 7.1.1 周術期合併症 肺高血圧患者の周術期死亡率は1 ~18%,合併症発症率は6.1 ~42% と報告によってばらつきがあるものの338-350),非肺高血圧患者と比較すると,リスクが約3 ~4倍高くなる338, 344-346).遷延する低酸素血症(0.5 ~28%) 342, 348),うっ血性心不全(1.5 ~11%) 342, 350),右心不全(3.5 ~ 10.7%) 340, 350),不整脈(0.5 ~12%) 341, 342),血行動態不安定/ 低血圧(1.1~10.7%) 338, 340),敗血症(0.9 ~10.4%) 346, 348)などが周術期合併として報告されている. 7.1.2 患者リスク因子(表50) 336, 351, 352) 周術期の死亡または合併症に関連する患者リスク因子は75 歳以上(OR[オッズ比]5.0 ~6.3 345)),NYHA 分類III 度以上(OR 2.9 342)),6 分間歩行距離399 m 以下(OR 2.2 350)),米国麻酔医学会による全身状態分類(ASA 分類353)) Class III 以上(OR 4.2 346)),心電図上の右室肥大所見342),心エコー図検査による肺動脈収縮期圧(SPAP)>70 mmHg 344),右室収縮期圧/ 収縮期体血圧(RVSP/SBP) 0.66 以上342, 346)などが報告されている. 表49 肥大型心筋症の周術期リスク イベント発生率 周術期死亡0 ~6.7%周術期心不全1 ~16%周術期急性心筋梗塞0 ~2.9%周術期心房細動4% (黒岩政之ほか.2003 326), Yatabe T, et al. 2019 327), Dhillon A, et al. 2016 328), Haering JM, et al. 1996 329), Thompson RC, et al. 1985 331), Hreybe H, et al. 2006 332), Xuan TM, et al. 2007 333), Barbara DW, et al. 2016 334)を参考に作表)