p.63 抽出テキスト
2.2.3 左室腔内閉塞 a. 左室流出路閉塞,僧帽弁複合体(mitral complex)の異常 肥大型心筋症では,心室中隔左室面と僧帽弁前尖の間に機能的狭窄を呈する症例が多い.これは閉塞性肥大型心筋症と分類され,非閉塞性と区別される.左室流出路閉塞は,左室収縮期圧の上昇を引き起こし,結果として左室弛緩の延長,左室拡張末期圧の上昇,心筋虚血などをもたらす.加えて僧帽弁尖の収縮期前方運動(systolic anterior motion)に起因するMRや流出路閉塞が相まって心拍出量の低下をもたらす.その主たる機序として,以前は心室中隔肥厚により狭小化した流出路を血液が高速で通過したときのベンチュリ効果で生じる陰圧により僧帽弁前尖が中隔側に引っ張られて(drag force)閉塞が生じるとの説明がなされてきたが,現在ではdrag forceの直接の関与は乏しいとされている.近年は,1乳頭筋の前方偏位のため,収縮により僧帽弁尖が中隔側に引っ張られ流出路内に偏位する,2前尖が伸長していて,後尖が前尖の体部と接合するため,前尖先端部に余剰部分が生じ,その部分が折れ曲がって心室中隔に接する,3乳頭筋間が狭小化して前尖中央部に付着する腱索にたるみが生じるため,僧帽弁前尖先端部(とくにその中央部)に緊張がなくなり,流出路の血流の影響を受けて中隔に押し付けられる,等により収縮期に僧帽弁複合体の位置が前方へ偏移し,それが上記のdrag forceにより前尖の流出路へのさらなる偏移をきたし,結果として流出路の閉塞を引き起こすという機序が流出路閉塞の主たる病態と考えられている361-363).その証拠として,前尖の収縮期前方運動開始時には,左室流出路の流速は多くの症例で正常範囲内であるという事実があげられる.流出路狭窄によって生じた速い流速がベンチュリ効果によって同部に陰圧を発生させ,その結果前尖が心室中隔方向へ引っ張られるというベンチュリ効果主因説と実際の現象とには乖離があることが明らかとなっている364-366). 流出路の圧較差は種々の要因により非常に変化しやすい.とくに収縮性の増強,前負荷の減少,後負荷の減少は,心室の容積を減少させ,僧帽弁装置を中隔に近づけ,圧較差が増強するように働く.収縮期前方運動はMモード法にて確認する.左室流出路閉塞により駆出血流が途絶する例では,大動脈弁の収縮中期半閉鎖がみられる.左室流出路を通過する高速血流はカラードプラ法のモザイクシグナルとして,また連続波ドプラ法では収縮中期~後期にピークを有する駆出血流速波形として観察される.簡易Bernoulli式を用いて,この駆出血流の最大流速(Vmax)より左室流出路圧較差(Δ P)が推定でき(Δ P=4V 2) 367),心臓カテーテル法で求めた圧較差と良好な一致を示す368)とされてき たが,現在本法による圧較差推定は,ベンチュリタイプの狭窄部を通過する血流の圧力回復の理論から過大評価の傾向にあることが指摘されている. 左室流出路血流速波形は僧帽弁逆流血流速波形と酷似するが,前者は大動脈弁開放時から大動脈弁閉鎖時まで,後者では僧帽弁閉鎖から僧帽弁開放まで持続するので,逆流時相の違いで鑑別する.しかし,両者の血流信号が重なり,鑑別が困難な場合には,比較的高速血流の血流速測定が可能で,かつ空間分解能を有するhigh PRF(pulse repetition frequency)パルスドプラ法が役立つ. 内腔狭窄による圧較差の有無は,突然死リスク評価において重要であり,安静時,さらに座位や半座位にてバルサルバ手技を用いて測定を試みる必要がある.簡易Bernoulli式による圧較差が50 mmHg未満の症例において(前述の閉塞性肥大型心筋症において簡易Bernoulli式を用いて算出した圧較差の精度にここでは触れない),無症状の場合は1年ごとの経過観察でよいが,有症状の場合はトレッドミルまたはエルゴメータを用いた運動負荷心エコー法が推奨される(図17) 351, 352).ただし,統一されたプロトコールはなく,また運動負荷に伴うリスクも存在するため,それぞれの検査室で十分なトレーニングを受けて行うことが望ましい369).心エコー法施行下でのドブタミンや硝酸薬による圧較差誘発は生理的誘発ではないため,運動負荷が困難な症例に限定して行われるべきである. b. 左室中部閉塞 心室中部閉塞型心筋症(mid ventricular obstruction)は左室中部で閉塞機転を生じるタイプであり,肥大した乳頭筋が収縮期に偏位し左室自由壁との間で閉塞をつくることによって生じる350).具体的には,中隔,側壁および乳頭筋の肥厚・肥大の程度,収縮中期の位置関係が左室中部に閉塞をもたらす.心尖部肥大型心筋症では,心尖部を中心とした肥大により内腔閉塞が起こり心尖部に心室瘤を合併する例がある.そのような症例では内腔閉塞を起こしている部位が中部閉塞の部位となる370).その重症度は,収縮機能,前負荷,後負荷により影響を受ける.なお,心室中部閉塞型心筋症で心尖部に心室瘤を合併している症例は予後不良と報告されている371, 372). c. MR 閉塞性肥大型心筋症における収縮期前方運動は僧帽弁尖の歪みをもたらし,MRが出現することが多い.また,拡張相肥大型心筋症では,収縮機能低下による心拡大に伴い機能性MRが生じ予後に影響する.症状・予後に密接に関係するMRの評価も重要である.