p.9 抽出テキスト
第1章 放射線被ばくの現状と考え方 1 医療現場での放射線被ばくへの 警鐘 1895年,レントゲンがX線を発見した.その後,1896年にベクレル,1898年にキュリー夫妻により,ウラン化合物やラジウムなどのラジオアイソトープ(放射性同位元素: RI)が発見された.そして,1929年のフォルスマンによるX線透視下での心臓へのカテーテル挿入をもって放射線診療が始まった.1941年にはクールナンとリチャーズにより心臓カテーテル検査法が確立され,さらに1971年にはハウンズフィールドがX線CTを開発して,これらの放射線診断検査機器が医療現場で積極的に利用されるようになった. これらはいずれもノーベル物理学賞・化学賞・生理学医学賞の受賞という輝かしい功績であり,高度な画像診断や放射線治療を受けることを可能にした.一方,どの検査・治療手技も放射線被ばくを伴うという欠点があったが,その当時はこれらの物質が人体に与える影響についてはあまり考慮されていなかった.実際,放射線被ばくによる人体への長期的障害に関する科学的データは,広島や長崎の原爆被害に関するものが唯一といってよいほどであったが,皮膚炎,脱毛症,皮膚癌,白血病などが報告されるようになって,放射線利用に関する管理対策が進むようになり,国際放射線防護委員会(ICRP)から放射線防護の基本的な枠組みと防護基準の勧告が行われた.これらはわが国でも放射線防護関係の法令に取り入れられている. 放射線防護の3原則として「行為の正当化」,「防護の最適化」,「線量限度の適用」が重要であり,医療被ばくではとくに正当化と最適化を考慮する必要がある. 米国放射線防護審議会(NCRP)の2006年の報告(Report No. 160)によると,米国人の1年間の放射線被ばく量は6.2 mSvで,その内3.0 mSvが医療被ばくであった1).一方, 1980~1982年の報告では,医療被ばくが0.53 mSv,医療以外からの被ばくは3.1 mSvであった2).すなわち,この約25年間で医療以外からの被ばく量に変化はみられなかったが,画質の改善や放射線防護の取り組みにもかかわらず, 医療被ばくは約6倍に増えていたのである3). これまで放射線業務従事者に対する実効線量の管理は行われてきたが,患者に対する画像診断に伴う被ばく線量はモニターされていなかった.そこでFazelらは,18~ 64歳の約1億人の医療検査に伴う被ばく線量について調査を行った4).3年の調査期間中に認められた実効線量は,対象者の約8割で年間3 mSv未満であったが,年齢の高い人や女性で高い傾向にあった.また検査法の中では, CT検査や心筋血流シンチグラフィにおいて実効線量が高かった4, 5).心臓CT検査や心臓核医学検査(特に心筋血流イメージング)の検査数は年々増加し,被ばく線量も増えているため3, 6),不要な医療被ばくを減らす必要性が強く示唆された.また,ヨーロッパにおいても,画質の向上とともに医療被ばくの低減を目指し,心臓CT検査や心臓核医学検査の撮像法の改善が図られている7). 一方,厚生労働省医療放射線の適正管理に関する検討会の報告では,わが国では診断装置による医療被ばくの線量が世界的に高いことが指摘されている.特に単純X線撮影が他国と比較して多く,CT検査数はいずれの撮影部位でも最多で,それに伴い単純X線検査やCT検査による被ばく線量は世界平均より高くなっている. 医療被ばく防護の最適化のために,診断参考レベル(DRL)の使用が推奨されている.DRLを設定することにより患者の平均被ばく線量の大幅な低減が可能となるが,わが国のCT検査におけるDRLは他国と比較して高く,適正な管理を進める必要がある.さらに,循環器画像検査や,冠動脈インターベンション,カテーテルアブレーションなどの治療手技による被ばくは,癌治療を除いた全医療被ばくの約40%と報告されており,患者や医療従事者への影響は大きい8-10). しかしながら,多くの循環器科医師は,検査手技に伴う被ばく量や健康に及ぼす影響についての理解が少なく,経験的な判断で診療が行われることが多い11, 12).そのため,安易に単純X線撮影やCT検査が選択され,撮像範囲を広げて行われる事例も見受けられる.また,リンパ腫や乳癌に対する放射線治療後に生じる心疾患も報告されてい