p.63 抽出テキスト
大動脈解離の家族歴を有し,拡大速度≧ 5 mm/ 半年で,手術リスクが低い症例は,熟練した施設で施行される場合において,最大径≧50 mm で手術を考慮する538, 539, 543). IIa C重症の大動脈弁狭窄症または閉鎖不全症に対して大動脈弁手術を施行する際,最大径≧45 mm で基部・上行大動脈置換術の併施を考慮する544–548). IIa C *大動脈解離の家族歴,大動脈拡大速度≧5 mm/半年,重症の大動脈弁閉鎖不全症,妊娠希望など a. 標準的手術術式 手術術式は,瘤化(拡大)の範囲,大動脈弁の状態,バルサルバ洞の状態,瘤の成因病理(遺伝性結合織異常,炎症性疾患,解離など),などを考慮して決定される.大動脈基部の手術は,機械弁ないしは生体弁を用いた弁付グラフト(Bentall手術),同種大動脈弁(ホモグラフト),異種大動脈弁,自己肺動脈弁(Ross手術)などによる弁置換を基本とする術式と,自己大動脈弁を温存する術式(VSRR)とに大別される. Carrelパッチ法で冠動脈を再建するmodified Bentall法549)が標準手術とされるが,大動脈弁輪部膿瘍を伴う重症感染性心内膜炎などに対しては,ホモグラフト,異種大動脈,自己肺動脈などの生体材料が選択される550).2010年に報告されたホモグラフト置換とRoss手術を比較したRCTでは,ホモグラフト群の長期成績がやや不良であったが(クラスIb),ともに有用な術式と結論づけられている551). 大動脈基部に拡大や解離,炎症,感染などの異常がない場合には,上行大動脈置換術単独の対象となる.大動脈弁の性状により弁置換を併施する場合もあるが,sinotubular junction(バルサルバ洞・上行大動脈結合部)の拡大に伴う大動脈弁閉鎖不全の場合(Boodhwani,El Khouryらが報告した分類のtype Ia 552))には,中枢側吻合においてsino-tubular junction縫縮を併施することにより大動脈弁逆流を制御できる553).解離による急性大動脈弁逆流に対する大動脈弁交連部吊り上げについては大動脈解離の項で述べる(第6章の「2. Stanford A型大動脈解離」P. 97).上行大動脈ラッピングは高リスク患者を中心に一つの選択肢ではあるが,遠隔成績に関するデータは少なく,一般的ではない506, 507). 遠位側吻合に関しては,大動脈解離の場合,大動脈遮断を用いない遠位側開放下血管吻合術554)が用いられることが多いが,真性瘤においては通常,大動脈遮断下に施行される.しかしながら,腕頭動脈より近位での大動脈遮断が高リスクまたは不可能な場合,あるいは遮断部の大動脈の拡大を認める場合には,遠位側開放下血管吻合術が選択される.後者に関して定まった大動脈径の適応基準は特 にないが,Marfan症候群などの遺伝性結合織異常の患者においては,将来の解離の発生起点となりうる大動脈送血部や遮断部の切除目的もあり,遠位側開放下血管吻合術の対象とされることが多い.一方,遠位側開放下血管吻合術においては何らかの脳保護法が必要であり,脳合併症のリスクを考慮したうえで適応を決定する必要がある. b. 冠動脈の再建法 おもな方法として以下のものがある. 1 冠動脈周囲の大動脈壁を直接人工血管に吻合する Bentall原法555) 2 冠動脈入口部をCarrelパッチ法で人工血管に縫い付け るbutton Bentall(modified Bentall)法549) 3 1本の小口径人工血管を介在させて両側冠動脈を再建 するCabrol法556) 4 短い小口径人工血管を介在させるPiehler法557) 5 左冠動脈再建に関しては,大動脈基部置換の人工血管 の後方を走行させ,人工血管の右側後方に吻合するSvensson法558) Bentall原法は出血のコントロールが難しく,大動脈壁のラッピングを要した時代の術式で,吻合部仮性瘤も発生しやすく,現在用いられることはない.Cabrol法では人工血管閉塞のリスクがあり559),近年ではbutton Bentall法が一般的である549).なお,再手術,炎症などで冠動脈の授動が困難な場合には,人工血管を介在させるPiehler法, Svensson法が有効である557, 558).大動脈基部置換術と上行大動脈置換術時における大動脈弁置換術の人工弁選択に関しては,日本循環器学会の「弁膜症治療のガイドライン」560)に譲る. c. 自己弁温存大動脈基部置換術(VSRR) Yacoubのremodeling法561, 562)とDavidのreimplantation法563)に大分される.おのおの長所,短所を有するが,後者は弁輪固定が可能で大動脈弁逆流の制御がしやすく,出血も少ないことから一般的に広く用いられている.2000年代に入り,自己大動脈弁の長期耐久性の点でバルサルバ洞機能の重要性が提唱され,専用にデザインされた人工血管の開発564)や術式の改良565–567),さらには重度の基部解離を伴った急性A型解離に対する応用568–571)など,大きく発展してきている.標準術式といえるBentall手術に対する利点として,抗凝固療法の必要がなく出血性合併症が少ないこと,人工弁関連合併症がないこと,弁口面積が広く,より生理的であること,などがある.一方,危惧される点として,高度な技術を必要とし,大動脈遮断時間の延長により手術のリスクが増加すること,自己大動脈弁の長期耐久性が不明なこと,などが挙げられる.