p.129 抽出テキスト
2.2.2 側副血行路の有効性 栄養動脈閉塞時の側副血行路の有効性は,解剖,病変や既往手術による修飾,血行動態,手術戦略に依存する.側副血行路には前脊髄動脈を介するもの,脊柱管内のネットワーク(硬膜外アーケード)を介するもの,脊柱管外のネットワークを介するものがある.これらに加え,病変や既往手術による修飾の結果,胸腔外側副血行路が発達している場合がある. 前脊髄動脈を介する側副血流は,ヘアピン形状をしたAdamkiewicz動脈の頭側で前脊髄動脈が狭小化するため, Adamkiewicz動脈より尾側から頭側へは分布しがたい.これが遠位側大動脈灌流ではSCIを防ぎきれない理由である1471).一方で,4割程度にAdamkiewicz動脈より尾側(多くは腰仙部の分節動脈由来)に2本目の神経根髄質動脈が存在する1472, 1473).この2本目の栄養動脈は,多くの場合ヘアピン形状をとらず,前脊髄動脈に尾側から合流する形態となる(合流部より頭側の狭小化がない) 1473).この場合, Adamkiewicz動脈を遮断しても,遠位側の神経根髄質動脈から前脊髄動脈へ流入した血液はAdamkiewicz動脈領域へ到達すると考えられる.実際,この2本目の栄養動脈を有する場合,遠位側大動脈灌流と盗血防止とにより脊髄虚血を回避できることが示されている1473). 硬膜外アーケードを介する側副血行路は,上下左右に隣接する分節動脈間に常に存在するものである.手術中に,逆流の弱かった分節動脈が周囲の分節動脈閉鎖後に逆流旺盛となることは,よく経験されることである.実験的にも,硬膜外アーケードを介する側副血流はAdamkiewicz動脈閉塞直後から機能することが示されている1474).したがって,Adamkiewicz動脈に連なる肋間動脈を再建する際には,隣接する肋間動脈からの硬膜外アーケードを介する側副血流を生かす戦略が有利である.本邦で発展してきた小範囲分節遮断法1458, 1459)は,その方法の一つである. 脊柱管外ネットワークを介する側副血流は栄養動脈を閉塞した直後から機能するものではなく,チャネルが開くのに時間を要することが実験的に示されている1474).これは,その過程に細動脈を介するためと考えられる.一方,肋間動脈閉鎖後に末梢肋間動脈圧を測定した臨床研究では,拍動流から定常流へ移行すると劇的に末梢肋間動脈圧は低下している1475).これは,良好な拍動流を末梢にも維持することにより,急性期にも脊柱管外ネットワークを介する側副血流量を改善できる可能性を示唆する.これが, TEVARで分節動脈非再建にもかかわらずSCI発生率が低いことの要因である可能性がある.したがって,外科手術においても末梢に拍動流を維持するような戦略が有効である可能性が示唆される. 胸腔外の側副血行路も分節動脈閉塞後に発達するため,十分な血流量を供給できるようになるまでに時間を要すると考えられる.YoshiokaらはTEVARによりAdamkiewicz動脈を閉塞した後,術前にはみられなかった胸背動脈由来の側副血行路が術後発達したことを,画像で示した1476). Grieppらは実験的に,分節動脈閉塞後5日目に脊柱管外ネットワークと胸腔外の側副血行が増加していることを示した1477).胸腔外の側副血行を活かすには,その供給源となる動脈を温存した段階的手術が有利と考えられる.Etzらは,段階的手術により,一期的手術よりも広範に分節動脈を閉塞したにもかかわらず,SCI発生率は有意に減少したと報告している1411). 2.2.3 collateral network concept Grieppが2007年に提唱したcollateral network concept 1478)は,「脊髄は多数の流入動脈を有し,脊柱管内外に豊富な側副血行路を有するため,血流は1本の動脈に依存するものではなく,側副血流を維持することこそが重要である」というものである.この解剖学的・血行動態的事実は,すでに1970年代から知られている.臨床的にも, Acherは1990年にすでに分節動脈非再建+脳脊髄液ドレナージ(+ナロキソン)という戦略でCrawford II型でもSCIが5%という成績を報告し1461),Borstは1996年,その教科書の中で「分節動脈は盗血を防ぐため可及的に早く閉鎖すべきである」と述べている. 本コンセプトを表現するのに,1つの水槽に複数の水栓から水を注ぐモデルがよく用いられる.しかし,このモデルが該当するのは,前脊髄動脈に狭小部分がないか,あっても第2の神経根髄質動脈の存在や既往手術などによる修飾などで側副血行路が発達している場合に限られ,全体の4割程度と考えられる1473).残りの6割の症例では,1水槽ではなく複数の水槽を細い管で連結したモデルがより適している(図66) 1459).細い連結管(Adamkiewicz動脈合流 部頭側の前脊髄動脈の狭小部分)の存在が遠位側大動脈灌流だけでは脊髄保護が不十分となる大きな要因の一つであり1471),また,分節動脈を再建しない術式において遅発性SCIが多い原因でもある.すなわち,collateral network conceptは,脊髄血流は1本の動脈に依存するものではないことを示す一方で,側副血流の供給源である分節動脈再建を否定するものではない.「分節動脈再建は意味がない」という解釈は誤りである. 2.2.4 術式別の障害発生メカニズム 分節動脈再建を行う外科手術の場合,SCI発生の主因は