p.127 抽出テキスト
め,より安全な方法として選択的順行性脳灌流法(ASCP/ SCP) 596)または逆行性脳灌流法(RCP) 598)が追加され,成績の向上をみた(クラスIIb) 1447). SCPにおいては,20~22°C程度の低体温下にバルーン付きカニューラを腕頭動脈,左総頚動脈,左鎖骨下動脈に挿入し,10 mL/kg/minの流量を目安に順行性に脳を灌流する方法が一般的である596).その安全性から,最近では25~28°Cの中等度低体温下手術も行われている(クラスIIb) 603, 1448).しかし,最低体温を28°Cまで上昇させても,それ以下の温度設定での成績と比較して,これまでのところ臨床的に明らかに大きなメリットは示されていない1449).なお,RCPにおいて低体温は必須であると考えられており, 18°C前後の超低体温下に上大静脈経由で,中心静脈圧15~20 mmHgを目安に逆行性に脳を灌流する. RCPでは60分までという脳保護の時間的制約があると考えられており,その制約の解決策としてarch first technique(先に弓部分枝を再建し,末梢,中枢の順に吻合する)が用いられている601).なお,大動脈手術における低体温の定義について,profoundは鼻咽頭温14°C以下, deepは14.1~20°C,moderateは20.1~28°C,mildは28.1 ~34°CとするExpert Consensusが発表された1450).今後の学術的な報告においてはこの基準が使用されると考えられる.RCPは超低体温法単独とのRCTにおいてその有用性が証明されず(クラスIb) 1451),SCPとのRCTにおいて一過 性脳障害の発生増加を認めた(クラスIIa) 1071).また,日本 成人心臓血管外科手術データベースによるmatched paired analysisでは,RCPはICU滞在日数の延長が認められた585). このような結果もあって,生理的な灌流で時間的制限の少ないSCPが本邦で最も普及している脳保護法となっている.一方,hemiarch置換または遠位側開放下血管吻合術を用いた上行置換など,超低体温循環停止の時間が限られている症例においては,SCP時の弓部分枝へのカニューラ挿入が不要で,簡便かつ塞栓症のリスクも軽減できるという利点があるRCP法を用いている施設もある. 術中モニタリングについては,温度(鼓膜温・鼻咽頭温と膀胱温・直腸温),灌流圧(左右橈骨動脈圧,カニューラ先端圧,下肢動脈圧など)に加え,最近では近赤外線分光法を用いた脳局所酸素飽和度(rSO2)の経時的な観察が有用である.この他,体外循環時の送血部位の選択,SCP用カニューラ挿入時や再建時の弓部分枝の操作,循環停止時と体外循環再開時の脳空気塞栓の防止,なども脳合併症の予防対策として重要であり,注意深い対応が必要である.表44 大動脈瘤・大動脈解離の侵襲的治療における 脊髄保護の推奨とエビデンスレベル 推奨クラスエビデンス レベル 広範囲下行・胸腹部大動脈の開胸開腹手術で,禁忌でなければ脳脊髄液ドレナージを行う652, 1452). I B遅発性脊髄障害に対して脳脊髄液ドレナージを行う682, 1453, 1454). I C術前に造影MRI,造影CT などの非侵襲的検査による脊髄栄養動脈の同定を考慮する165, 1455). IIa C同定された栄養動脈の温存または再建を考慮する165, 1455). IIa C広範囲胸腹部大動脈置換術に際して肋間動脈再建を考慮する1408, 1456). IIa C心拍動下手術に際して遠位側大動脈灌流を考慮する1457). IIa C小範囲分節遮断によるepidural networkを活かした肋間動脈再建を考慮する1458, 1459). IIa C一期的手術の必然性がない症例には段階的手術を考慮する1411). IIa C脊髄障害の高リスク例に対するTEVARで,禁忌でなければ脳脊髄液ドレナージを考慮する1460). IIa C周術期にナロキソンの持続静脈内投与を考慮してもよい1461). IIb C電気生理学的脊髄機能モニタリングを考慮してもよい671, 1456). IIb C 大動脈周術期における虚血性脊髄障害(虚血性SCI)の原因には,栄養動脈の一時的・永久的閉塞に伴う血流低下と塞栓症があり,その発症時期により即時性と遅発性がある.脊髄保護のためには虚血性SCIの多様な病態を正しく理解し,多方面からアプローチすることが必要である. 2.1 脊髄動脈支配の解剖学的特徴 ヒト脊髄の動脈支配は,縦走する1本の前脊髄動脈と1対の後脊髄動脈による(図65).重要なのは灰白質の大部分と前側索を栄養している前脊髄動脈であり,両者の交通は脊髄円錐部(末端部)を除き不良である1462). 2 脊髄保護