p.105 抽出テキスト
弓部大動脈分枝に解離が波及し脳灌流が不確実になる可能性が危惧される場合には,分枝を末梢で離断し人工血管を縫着した後に灌流するなど,確実な脳灌流の保持を心掛ける1216, 1217). i. 大動脈弁閉鎖不全の修復 急性解離では約80%の症例において大動脈弁吊り上げ術(解離した大動脈弁交連部を縫合再固定する)により大動脈弁閉鎖不全が修復されるが,慢性例(急性期手術の慢性期への移行を含む)で大動脈弁閉鎖不全を伴う症例では,大動脈弁形成術(±VSRR)を行うか,困難な場合には大動脈弁置換術を行う.長期間の大動脈弁閉鎖不全により弁尖の変化をきたしている場合は,形成・修復が困難なことも多い. ii. 弁付き人工血管による大動脈基部置換術 バルサルバ洞が拡大した大動脈弁輪拡張症に解離が合併した症例で,VSRRが困難な場合には弁付き人工血管による大動脈基部置換術(Bentall手術)を選択する549).冠動脈の再建法はボタン法が一般的であるが,冠動脈の授動が困難な症例では小口径人工血管を介在させるPiehler法557)を行う場合もある.その際,屈曲防止のために短い間置が望ましい.または,左冠動脈再建に関しては,基部置換の人工血管の後方を走行させ,人工血管の右側後方に吻合する方法もある(Svensson法558)). iii. 自己弁温存大動脈基部置換術(VSRR) バルサルバ洞が拡大しているか,または解離が大動脈基部に進展し,基部置換術を必要とする症例のうち,大動脈弁尖が正常な症例または形成・修復可能な症例では,Yacoubのremodeling法562),またはDavidのreimplantation法1082)のどちらかによるVSRRが行われている.慢性例では,長期間の交連部解離により弁尖を含む基部全体の変形を伴っていることもあり,困難例も散見され,上記Bentall手術の対象としなければならないことも少なくない.むしろ,急性期からの移行例(急性期に通常の冠動脈分岐上(supracoronary)で修復された症例の基部拡大や再開通の場合)においては,大動脈弁吊り上げ術により交連部の解離に対処ずみのことが多く,VSRRを適用できる場合が多い. b. 人工血管による大動脈再建 大動脈病変により置換範囲は異なるが,遮断鉗子による脆弱な大動脈壁の機械的損傷を防止し,かつ解離を伴う病的大動脈壁を十分に切除するため,循環停止下に大動脈を開放した状態で末梢側の人工血管吻合を行う「遠位側開放下血管吻合術」が一般的に用いられる.その際の脳保護として,選択的順行性脳灌流法を用いるのが安全であるが,症例や状況に応じて,単純な超低体温循環停止法や逆行性脳灌流法などが選択されることもある.いずれの方法においても,循環停止に移行する際に,体外循環の脱血停止 による静脈圧上昇やヘッドダウン体位など,大動脈開放時の空気塞栓防止に対する十分な配慮が必要である. i. 上行大動脈置換術 entry(tear)が上行大動脈に存在し,弓部が拡張していない症例(解離のないDeBakey II型を含む)が適応となる.末梢吻合は通常,遠位側開放下血管吻合術を用いる.遠隔期の弓部大動脈に対する再手術を回避するためには真腔への人工血管の吻合が望ましいが,脳を第一に遠位側の臓器灌流に十分配慮したうえで慎重に決定する.冷却中,上行大動脈遮断下に中枢側大動脈の処置を先行させる方法(中等度以上の大動脈弁閉鎖不全を伴う場合)もあるが,急性期手術と同様に,上行大動脈遮断に伴う遠位側のmalperfusionの発生に十分注意する.一方,末梢側吻合を先行させた場合には,吻合終了後に人工血管の側枝より順行性全身灌流を再開し,加温を行いつつ,中枢側偽腔閉鎖,断端形成後に中枢側人工血管吻合を行い,上行大動脈置換を完成させるのが一般的である.急性期同様に,大動脈弁の処理も含め中枢側を別の人工血管で吻合し,最後に人工血管どうしを縫合する方法もある. ii. 上行・部分弓部大動脈置換術 entry(tear)が弓部大動脈の小弯側に存在する場合, tearを含む弓部大動脈を斜めに切除し,上行大動脈~弓部大動脈小弯側を部分的に置換することができる(hemiarch置換).弓部分枝に解離が及んでいる場合には,1分枝または2分枝を再建(部分弓部置換)することで安全性が高まり,縫合(吻合)線が楕円から円形になるため手技がむしろ容易となり,後出血や内膜損傷が発生しにくいという利点もある.弓部大弯側にtearがある場合も,状況によっては後者で十分に対処可能な場合がある.全弓部置換に比べ,遠位側吻合部がより中枢側にあり,手技的に容易で時間の短縮にもなる. 2.3.2 弓部大動脈 急性A型大動脈解離の多くは診断されれば緊急手術の対象となるため,発症時の症状が軽微で診断に至らなかった症例が慢性A型解離として,待機的手術の対象となる.本ガイドラインでは,急性A型解離に対する上行置換術後の慢性大動脈解離を慢性B型解離として扱うため,慢性A型解離のために上行または大動脈基部に加え弓部大動脈に手術操作が加わる症例が本項の対象となる.2016年の日本胸部外科学術集計では,慢性A型解離の手術は1261例であり,弓部置換296例,基部から弓部置換51例,FET法174例で,うち164例は全弓部置換術に併施されていた.これらの症例は慢性A型解離全症例の40%に相当した42).