p.102 抽出テキスト
急性大動脈解離に伴って生じる脳虚血症状は,昏睡などの意識障害と片麻痺などの局所的神経障害に分けられる.原因は弓部分枝の解離によるmalperfusion,弓部分枝解離部遠位側の血栓塞栓症,低血圧(心筋虚血や心タンポナーデまたは大量出血による全身の循環不全),脳神経の機械的圧迫,などに大別される.弓部分枝真腔狭窄に,心タンポナーデによる血圧低下など複数の要因が関与することもある.急性A型解離に伴い弓部分枝に解離が波及する率は5~46%とされる95).なかでも腕頭動脈の解離は急性A型解離に合併しやすく,実際に脳虚血症状を呈する症例では右総頚動脈へ解離が進展している場合が多い.剖検例の検討では,弓部分枝に解離を認めるのは42.2%であった24).しかしながら,頚動脈に解離が波及しても必ずしも臨床的に脳虚血症状を呈するとは限らず,大部分の症例で弓部分枝末梢にtear(re-entry)が発生するため,神経障害が持続する例は20%に満たない69, 1162, 1163). 急性解離に伴う脳虚血例に対し,緊急大動脈修復術か,内科(保存的)治療かについては議論の分かれるところである75, 96, 1164–1166).通常の体外循環を用いた大動脈修復術では,脳出血(梗塞後脳出血)や広範な脳浮腫が危惧される.一方,意識障害や片麻痺などの神経学的徴候が持続し,かつ急性解離そのものがきわめて不安定な症例では,院内死亡率が36.2~55.9%ときわめて高い1167).特に頚動脈のmalperfusionは予後不良の徴候で,生存率は10%以下であり,内科治療の成績は著しく不良である1168–1170). しかしながら近年,超急性期手術の有用性が明らかとなっている1058, 1159, 1171–1173).発症から10時間以内の大動脈修復術が開始された場合,80%の症例で脳神経学的改善が得られたとの報告がある1159).昏睡などの重度の意識障害合併例においても,5時間以内に手術室に入室した症例の86%で脳神経学的徴候の改善が得られている1058).したがって,発症から手術までの時間短縮により,重症の脳虚血症状を有する症例においても大動脈修復術の治療成績の改善が期待できる.さらに,比較的解離の波及が少ない総頚動脈への直接灌流法1160)や,大動脈修復術前の脳虚血時間の短縮を目的とした非解剖学的大動脈–頚動脈バイパス術の有用性も報告されている1161).可及的早期の手術時期に加え,大動脈修復術の内容においても,超低体温法に選択的脳灌流法を併用して脳を適切に保護しながら,解離した弓部分枝の血流を確実に再建することが重要となる.その観点から,解離が波及しやすい腕頭動脈のみを置換し,かつ全弓部置換よりも時間的短縮が可能な部分弓部置換を好んで施行している施設もある1170). c. 腹部内臓,腎,下肢 i. 発生率,病態,予後 malperfusionによりもたらされる腹部内臓・腎・四肢の虚血は,急性A型解離のそれぞれ5.8%,8.7%,12.6%にみられ,早期死亡(30日以内)のオッズ比は,腹部内臓虚血3.24,四肢虚血1.43と高い1138).一方,急性B型解離では,腹部内臓虚血の発生率が7.1%とやや高めで,腎虚血や下肢虚血の合併も多く,手術後の院内死亡のリスクも高い(オッズ比4.44) 1174).特に腸管虚血は,虚血に陥って約 4時間で腸管壊死に至り,腹膜炎や多臓器不全へと進行する.また,下肢虚血は阻血時間が3~4時間を超えると,再灌流しても筋腎代謝症候群をきたし,全身に悪影響を及ぼす.このように救命には治療に至るまでの時間が重要であり,心臓外科,血管外科,血管内治療のチームによる外科手術と血管内治療(ハイブリッド手術を含む)が可能な施設への迅速な搬送が必要で1175),そのためにも迅速な診断が望ましい. 放射線診断ではdynamic obstructionとstatic obstructionの評価が可能である1176).前者は,大動脈内で高い偽腔内圧に押されたフラップが分枝入口部を塞ぎmalperfusionをきたすもので,しばしば中枢側の大動脈にも真腔狭窄があり,分枝レベルに届く血流自体が減少している.このタイプでは,ステントグラフトによるentry閉鎖や中枢側大動脈の真腔を拡張させるデバイスなど,大動脈への治療が選択される.一方,後者は分枝動脈内に解離が進展し,血栓化した偽腔が真腔を閉塞するもので(Williamsらの報告では,「dissecting hematoma」1176),末梢にre-entryがないと起こりやすい.このタイプでは分枝動脈に対する治療(血管内治療,外科手術)が必要となることが多い.エコー検査が可能であれば,大動脈,分枝動脈それぞれの真腔血流や分枝内の偽腔血栓化の程度をリアルタイムで評価でき,治療方針決定の参考となることがある. ii. 腸管虚血の診断 腸管虚血の診断は必ずしも容易ではない.虚血があっても腹痛を訴える患者はその約半数にとどまる一方,虚血がない患者もその約2割が腹痛を訴える77).大動脈解離自体による痛みと考えられるが,自覚症状だけでは鑑別が難しい.身体診察によっても,壊死に至るまで明らかな異常所見が現れない.虚血の段階で確実に診断できる血液検査もない. 標準的な画像診断法は造影CT検査で,明らかな血流途絶と腸管の拡張,腹水などが認められれば診断は可能である.不可逆的な変化を示す前に腸管虚血を疑う所見として,上腸間膜動脈(SMA)と上腸間膜静脈の径の比が報告されたが1177),合致しない症例も少なくない.SMAが造影され