p.101 抽出テキスト
大動脈解離が大動脈基部に及びフラップが冠動脈入口部を閉塞した場合,または冠動脈に解離が波及し偽腔の圧迫により真腔が閉塞した場合,冠動脈malperfusionが発生する.多くは大動脈解離発症と同時に発生するが,時間差をもって発生する場合もある.手術中,体外循環開始時に偽腔圧の上昇から発生する場合や,冠動脈分岐部上部での人工血管吻合後,バルサルバ洞に解離が残存し,大動脈遮断解除後や手術終了後に発生したとの報告もある1131).冠動脈malperfusionの発生率は急性A型大動脈解離例の5.7~14.9%とされているが,術前虚血症例のみを対象としているか,術中術後の発生を含むかにより,差がある1127–1129, 1132–1140).左右の割合に関しては,右冠動脈に多いとする報告が多く1136, 1141),大動脈基部への解離の進展が大弯側に生じやすいことが理由として挙げられている.しかしながら,非手術症例を含めると左右の差はなく,左冠動脈虚血症例は急速に循環虚脱に陥り手術に至らず死亡している症例が多いためと考察する報告もある1140, 1141). 急性A型大動脈解離の偽腔開存型では冠動脈の動脈硬化性病変を合併する率が低い1142).大動脈解離に合併する冠動脈malperfusionは,狭心症の既往のない患者で冠動脈分岐部に突然発生する病態であり,心筋細胞壊死の進行は早い.完全閉塞の場合,発症後90分を過ぎてからの再疎通では心筋壊死が高度に進行してしまう1143).左冠動脈主幹部閉塞による急性心筋梗塞に対するPCIの治療成績は,早期死亡率11~44%と不良である1144).一方,右冠動脈malperfusionにおいても,右室梗塞に伴う右心不全を合併し,周術期管理を困難にする. Neriらは冠動脈解離24例を閉塞機序により3つに分類した.A型は冠動脈起始部の解離閉塞,B型は解離が冠動脈に進展した閉塞,C型は冠動脈内膜の断裂による閉塞である.そして,A型は冠動脈起始部をボタン形成,B型は冠動脈を縦切開しパッチ形成,C型は冠動脈閉塞部を切除し静脈グラフトを間置した後に基部置換を行い,死亡率21%と報告した1127).本邦のKawahitoらの報告では,12例の冠動脈malperfusion(術前からの虚血9例)に対し大動脈基部置換は行わず,上行大動脈置換に冠動脈バイパス術を追加し,死亡率33.3%であった1128).別の報告では,左冠動脈malperfusion 11例の45%,右冠動脈malperfusion 9例の22%が死亡しており,前者で死亡率が高い1135). Neri A,B型ではentryを切除した大動脈修復術を行えば,冠動脈バイパスや大動脈基部置換は必要ないが,C型では注意を要する.C型は順行性心筋保護液を冠動脈入口部から注入したときの偽腔内への漏出で診断できる.この場合,冠動脈バイパスと上行大動脈置換では,基部解離腔にentryを残すことになる.冠動脈バイパスに加え,上行置換と冠動脈起始部結紮,または基部置換が必要である. 2000年Barabasらは,左冠動脈主幹部へのステント留置後の急性A型大動脈解離に対する手術症例を報告した1145).本邦のImotoらも2005年に同様の症例を報告1146).その後,冠動脈入口部に解離が及ぶ症例75例(術前虚血48例)で,冠動脈ステントによる術前の冠動脈再疎通を7例(右4例,左3例)に施行し,術後低心拍出症候群を予防できたと示した1130).また,同施設のUchidaらは,14例(左8例,右6例)に冠動脈ステントを留置,うち11例(左5例,右6例)に大動脈修復術を施行し,手術症例は全例救命できたことを報告した1140).同様の症例報告が他にもあり,ほとんどが左冠動脈malperfusion例であった1147–1157). しかしながら,急性A型解離における術前冠動脈ステント留置は容易ではない.偽腔へのカテーテル迷入やフラップの動きによるカテーテル操作の制限により,治療が不成功に終わることもある.また,術前に冠動脈ステント留置を先行すると,大動脈修復術を遅延することになり,成績悪化にもつながる.冠動脈malperfusion合併例に対し,冠動脈ステント留置を先行させるか否かは各施設の状況により判断される.急性A型解離の存在に気づかずに,急性心筋梗塞の診断で緊急冠動脈造影検査が開始されることがある.この場合,手術準備を開始すると同時に,その場で冠動脈ステント留置を行うことができれば,迅速かつ有効な治療が可能となる.循環器内科医と心臓血管外科医との密接な協力が必須といえる. 留置したステントの処置にも問題がある.術中,ステント摘除により内膜損傷を起こす可能性があるが,摘除せずに残すとステントの亜急性血栓閉塞のリスクがある.冠動脈径に対しステントの拡張が不十分であればさらにこのリスクは高まるので,厳重な抗血小板療法が必須となる. 一方,大動脈修復術中に発生した冠動脈malperfusionに対しては,経食道心エコー検査による迅速な診断が重要である212, 1158).体外循環開始時や大動脈遮断解除時に左室壁運動を評価する必要がある.体外循環開始時であれば早期の大動脈遮断と心筋保護液注入による心停止,大動脈遮断解除後であれば静脈グラフトによる冠動脈バイパスの追加により,重篤な心筋障害を回避できる. b. 脳表36 脳malperfusion を伴う急性Stanford A 型大動脈解離の治療の推奨とエビデンスレベル 推奨クラスエビデンス レベル 急性解離に伴う頚動脈malperfusion に対し,超急性期に頚動脈血流改善を目的に大動脈修復術を考慮する1058, 1159–1161). IIa C