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p.82 抽出テキスト

EACTSの弁膜症ガイドライン3)では,軽度TRであっても三尖弁輪径40 mm以上もしくは体表面積で補正した21 mm/m 2以上の弁輪拡大のある例では,左心系手術を行う時に同時に行う三尖弁形成術を推奨クラスIIaとしている.三尖弁輪径は心エコー図心尖四腔像で計測するとされ,この計測値は三尖弁輪周囲長と良好な相関があることが示されている635).この三尖弁輪径のカットオフ値を最初に示したのは2007年ESC弁膜症ガイドライン636)であるが,そこでは2つの論文がその根拠として示されている.1 つ目は,僧帽弁手術を行う50人を対象に,TR重症度に関わらず21 mm/m 2以上の三尖弁輪拡大を認める例に対してDeVega法による三尖弁形成術を行ったColomboらの論文である625).遠隔期に重症TRを生じた例はなく,比較的臨床経過も良好であったが,この研究は対照群もなく臨床エビデンスとしては限界が多い.2 つ目は,僧帽弁形成術を行った311人を対象に,三尖弁輪径と術後TRの進行について後ろ向き解析を行ったDreyfusらの研究である592).術中の直接測定で三尖弁輪径が正常の2倍となる70 mm以上に拡大していれば,TRの重症度にかかわらず弁輪形成術を行った方が将来的なTR増悪を防ぐことができると結論付けている.この研究では,心エコー図による弁輪径については検討されていない.

一方で,この三尖弁輪径40 mmもしくは21 mm/m

2 というカットオフ値の妥当性について検討したランダ

ム化比較試験はごく限られている.Benedettoらは,中等症未満(≦2+)のTRかつ三尖弁輪径>40 mmを有し,かつ僧帽弁手術を行った44人を対象に,三尖弁形成術を行う群と行わなかった群の2群に割り付けて,前向き観察研究を行った626).12ヵ月後のTR(-)症例は三尖弁形成術施行群で71%,非施行群で19%であり,中等症以上の TRは,三尖弁形成術施行群0%,非施行群28%に認められた(P<0.05).NYHA心機能分類の改善度には差はないが,6分間歩行は三尖弁形成術施行群で改善度は高く,右室リバースリモデリングも有意に多く認められた.44人中33人(75%)が術前TR(1+)またはTR(-)の群であった.すなわち,左心系弁膜症手術と同時に行う三尖弁形成術の適応を欧米のガイドライン通りに行えば,12ヵ月という短期間では予後や症状改善効果は期待できないが,右心機能改善は有意に得られるため,長期的な予後あるいは症状改善効果は期待できるかもしれないと解釈できる.Shiらは,中等症以下のTRを有し,かつ僧帽弁手術を行った167人を,三尖弁形成術施行群70人と非施行群97人に割り付けた637).三尖弁輪径≦21 mm/m 2

では遠隔期のTR重症度に有意差は認めず,>21 mm/ m 2 では施行例で有意にTR重症度が抑制されていた.この研究では対象の多くが軽症以下のTRであったが中等症TRも一定数含んでおり,さらに割付けが不均一で両群の手術時期が異なっているなど,症例の選択に何らかのバイアスがあった可能性は否定できない.このため,本CQを結論付けるためのエビデンスとしては,この論文の信頼性は限定的であると考えられる.

弁輪径のカットオフ値についてはいくつかの観察研究の結果も報告されている593, 610, 630, 638, 639).たとえば, Van de Veireらの報告593)によれば,僧帽弁形成術を行う症例で,三尖弁輪径が40 mm以上の例では,軽症TRでも三尖弁形成術を行った方が,遠隔期のTR増悪や右室リモデリングを有意に予防できた.一方で, Davidらは三尖弁形成術を行わずに僧帽弁形成術を行った312人の中で,遠隔期に中等症以上のTRを生じる因子を検討したが,三尖弁輪径40 mmはその予測因子とならなかったと報告している639).しかし,これらの研究もすべて後ろ向き研究であり,術式の違いなどさまざまなバイアスを含むことに注意しなくてはならない.さらに,≦40 mmの弁輪径でも三尖弁形成術を行わなければ,軽症TR(≦1+)が遠隔期に中等症以上に増悪する例があるという報告630)や,遠隔期TRの重症化群と非重症化群では,術前の三尖弁輪径に有意差はないとする報告619),TRの進行における弁輪拡大の寄与はわずかであるとの報告もあり611),三尖弁輪径のみで同時三尖弁形成術の適応を決定することには限界があると考えられる.

また,術後のTR増悪に関して,僧帽弁置換術は僧帽弁形成術よりも術後TR増悪のリスクが高いことを示す報告も多く,左心系の手術を一律同じように考えられない可能性もある.たとえば,僧帽弁置換術例においては,弁輪拡大があると高い確率で術後にTRが増悪することや631),僧帽弁置換術そのものがTRの増悪因子となることが示されている622).僧帽弁置換術症例であれば,軽度TRには弁輪径に関係なく一律三尖弁形成術を同時施行したほうが,周術期リスクを増加させることなく遠隔期のTR増悪を防ぐことができる可能性も傾向スコアマッチングで示されている623).

以上のように,左心系術後隔期にTRが中等症以上に増悪して予後不良となること,弁輪径が術後TRの増悪に関連していることは十分示されているが,弁輪径のみで三尖弁形成術の適応を一様に考えるにはエビデンスが不十分と考えられ,「弱く推奨する」とした.