p.61 抽出テキスト
第5章 大動脈弁狭窄症(AS) 1 病因 ASの主たる病因は地域や時代によって大きく異なる.平均寿命が長いわが国をはじめとする先進国では,加齢に伴う大動脈弁尖の変性に基づくASの占める割合が最も大きく,手術を要する重症ASの80%以上を占める135).かつて大多数を占めていたリウマチ性は,小児期にリウマチ熱に対する適切な治療が行われるようになったため,近年ではほとんど認められなくなっている.このように先進国では加齢に伴うASが主となるため,ASの頻度は加齢とともに上昇し,70歳未満における重症ASは1%未満であるのに対し,80歳以上では報告によりばらつきが大きいが7%程度と思われる136, 449, 450).一方,加齢性,リウマチ性以外の原因としては先天性があり,一尖弁,二尖弁,四尖弁がよく知られている.この中では二尖弁が最も多く,有病率は全人口の0.5~2%で,男女比は3:1で男性に多い451).70歳未満でAVRを受けた患者の中では,大動脈弁が三尖の患者数より二尖の患者数の方が多いとも報告されている452).一尖弁の割合は二尖弁の1/10 ~1/30程度とされ452, 453),四尖弁はきわめて稀である454). 2 病態と自然歴 ASの病態は,左室流出路にある大動脈弁の狭窄に伴う慢性的な左室への圧負荷である.圧負荷により増大する左室壁応力(ストレス)を軽減するための代償機転として左室肥大が起きるが,神経体液性因子の活性化なども加わり,左室肥大の進行,左室線維化の亢進などが生じる.その結果として左室機能障害を生じ,最終的には血行動態の破綻に至る.近年の観察研究において,LVEF< 50%を伴う重症ASとなるまでの経過をみると,3年程度前でまだ重症ASには至っていない段階からLVEFが低下し始め,直前の1年間で急速に低下する傾向にあること が報告されている455).つまり,左室機能障害は中等症以下のASによる圧負荷でも生じうると認識しなければならない. 大動脈弁の経時的な変化をみると,当初は弁狭窄を伴わない大動脈弁硬化であるが,無症状のうちに次第に進行して大動脈弁尖の肥厚,線維化,石灰化が生じ,ASに至る.この大動脈弁尖の変性は,機械的刺激,内皮機能障害,酸化ストレス,炎症反応,弁尖の出血など多因子が関与して進行するとされているが,厳密には機序は明らかではない456, 457).臨床的な因子の中で変性によるASの進行に寄与するものとして,加齢,男性,高LDL血症,高血圧,喫煙など動脈硬化促進因子と共通する因子をあげる研究報告がある一方で,高血圧,喫煙,高LDL血症はASの促進因子とはならないとする報告もあり,一定の見解を得ていない24, 456, 458-462).また動脈硬化と密接に関連する糖尿病もASの促進因子とはならないとされている.さらに,虚血性心疾患に有効なスタチンはASの進行を止めることはできないとする介入研究の結果も複数報告されている463-465).したがって,現段階では動脈硬化とASを同一の病態としてみるのは誤りと思われる456).そのような中で,リポ蛋白(a)の遺伝子変異とASの進行との間に関連があるとする研究結果が複数報告されている466). AS患者の自然歴としては,1968年に出された論文をもとに,心不全,失神,胸痛などの自覚症状が出現すると平均余命は2~3年というデータが有名である467).有症状となった後の重症AS患者の予後は手術を拒否した患者でしか評価できないため限られたデータしかないが,平均余命は,狭心痛出現後が45ヵ月,失神後が27ヵ月,心不全後が11ヵ月というデータもその後に報告されており468),有症候性重症AS患者の予後が不良であることは,変わりない事実と考えられる.一方,無症候性であっても,全体的にみると重症AS患者の予後は不良である(表29) 28, 469-473).ただし,突然死のリスクは年1%程度とされ,無症状のままAVRを受けることなく経過をみることができた場合の5年生存率は93%と報告されている28).無症候性重症ASの中でも弁狭窄の程度が特に強い患者,