p.26 抽出テキスト
心エコー法には,胸痛患者の診療において救急室(ER)で繰り返し施行でき,その場で診断できる利点がある.心エコー法を用いたACS の診断として,1責任冠動脈病変の推測,2心筋虚血範囲と程度の同定,3左室機能の評価,4機械的合併症の確認が可能である.また,心筋虚血以外の胸痛疾患,すなわち1急性大動脈解離,2急性肺血栓塞栓症,3心外膜炎,4大動脈弁狭窄症,5肥大型心筋症,6劇症型心筋炎などの鑑別にも有用である. 壁運動異常の出現部位や範囲から責任冠動脈の推察が可能である.Horowitz らによる心エコー法を用いた胸痛患者の研究では,臨床的に心筋梗塞と診断し得た患者群において,左室局所壁運動異常による診断感度は94% であったが,発症早期の心電図異常では45%,心筋バイオマーカー(CK-MB)上昇では52% であったことが報告されている169).UA では,壁運動異常(とくに拡張能異常)が症状よりも長く持続し,症状や心電図異常が改善した後でも心エコー法で壁運動異常を捉えられることがあり,診断に有用である.緊急CAG の結果慢性完全閉塞を含む多枝病変が明らかになった場合,再灌流療法のターゲットを心エコー法による壁運動や壁厚に基づいて決定することもある.心筋梗塞発症早期に低血圧を呈する最も多い原因は,急性下壁梗塞患者でみられる迷走神経過緊張である.このような患者では,心エコー法で前側壁領域の壁運動が良好であり,広範な右室梗塞や機械的合併症がなければ左室心筋原性ショックは否定される.機械的合併症のなかで,左室自由壁破裂(LVFWR)は最も重篤で急速に死に至ることも多い.心エコー法では心膜液の貯留(echo free space)が認められるが,貯留量が少ない場合でも右室拡張早期の虚脱(diastolic collapse)は心タンポナーデの指標となる. VSP では,カラードプラ心エコー法で左右短絡血流の存在から穿孔部位を確認できる.乳頭筋が心筋虚血に陥り,機能不全または断裂が起こると僧帽弁逆流を生じる.とくに乳頭筋断裂では僧帽弁逆流により急激に重篤な心不全が生じる.断層像では断裂した乳頭筋が腱索に付着し,可動性の塊状エコーとしてみられる.胸痛を伴う心血管疾患で,急性大動脈解離(上行大動脈や腹部大動脈の剥離内膜[intimal flap],大動脈弁逆流,心膜液貯留),急性肺血栓塞栓症(右房および右室の拡大,左室の圧排像),急性心膜炎(局所壁運動異常のない心膜液貯留)などの疾患との鑑別にも心エコー法は有用である.しかし,STEMI の診断が明らかな患者では,心エコー法施行のために再灌流療法を遅らせてはならない.胸痛の再燃がなく,心電図変化や心筋トロポニン値にも異常がないがACS を否定できない患者には,治療に先だって非侵襲的な負荷心エコー法を行う.Gibler らは,運動負荷心エコー法を用いたアルゴリズムにより,ER を受診した患者の82.1% が安全に帰宅し 得たことを報告している170).またBholasingh らは,ERを受診し,心電図変化が典型的でなく,心筋トロポニンTが陰性の低リスク胸痛患者を対象にドブタミン負荷心エコー法の有用性を検討し,ドブタミン負荷心エコー陰性症例ではその後の心血管イベント発生率が有意に低いことを報告している171).Kang らは,心電図上明らかなST 上昇や異常Q 波を伴わない労作性または安静時胸痛を訴える患者に,心筋コントラストエコー法を用いた場合に,AMIの診断感度は93%,特異度は63% であり,UA の診断感度は59%,特異度は96% であったことを報告している.彼らの検討では,心筋コントラスト法はACS の診断として,心電図,心筋トロポニンまたは左室壁運動異常のみを用いた場合より優れていた172).またTong らは,ER での心筋コントラストエコー法の異常所見は,胸痛患者においてバイオマーカーの異常が検出されるより早く,短期および長期予後の推定に有用であることを報告している173). 1.8 初期診断時に行うリスク評価 胸痛患者の来院時には,来院時に得られる情報(年齢,現病歴,既往歴,身体所見,12 誘導心電図,臨床検査所見など)からACS の可能性を判断する必要があり,その可能性によって「非心臓性疾患」,「慢性安定狭心症」,「ACS の可能性あり」,「ACS 確実」の4 つのカテゴリーに分類する.ACS 確実,またはその可能性が高いと判断した場合には,短期的な生命予後(心臓死,非致死的な心事故発生)に関するリスク層別化を行い,迅速かつ的確な治療を行うことが予後の改善に重要である.心筋梗塞の臨床診断に必須である心筋バイオマーカーの検査結果を待たずに,治療の集中度や内容を決定する必要がある場面も存在 表9初期診断時のリスク評価に関する推奨とエビデンスレベル 推奨 クラスエビデンス レベル 診断, 短期予後評価のために,臨床経過,症状,バイタルサインや身体所見,心電図やバイオマーカーを用いたリスク評価を行う72, 174–177) I A予後の評価のために確立したリスクスコア(TIMI,GRACE など)を用いる 76, 178–185) I A治療方針の決定のためにリスクスコアの評価を考慮する76, 179–186) IIa B注: 発症時期が不明な場合には,来院時を発症時間として心筋トロ ポニン値を評価する