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抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドライン 改訂第2 版 日本ペインクリニック学会・日本麻酔科学会・日本区域麻酔学会 合同 抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドライン 改訂ワーキンググループ
抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドライン 改訂第2 版 日本ペインクリニック学会・日本麻酔科学会・日本区域麻酔学会 合同 抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドライン 改訂ワーキンググループ
i 序 血栓症は,心筋梗塞や脳梗塞,肺塞栓といった致死的な疾患を引き起こし,世界では4 人に1 人が血栓症に関連する疾患で死亡するといわれています.血栓症の診断,予防,治療は公衆衛生上の重要課題であり,特に周術期における適切な対応は喫緊の課題となっています. 抗血栓療法は血栓症の予防と治療の根幹であり,区域麻酔や神経ブロックを必要とする患者が抗血栓療法中であることも少なくありません.区域麻酔や神経ブロックでは出血性合併症を生じるリスクがあり,抗血栓療法を適切に管理することは,安全な医療を提供するために不可欠となっています.この分野におけるガイドライン作成の必要性の高まりを受け,日本麻酔科学会,日本区域麻酔学会,日本ペインクリニック学会の3 学会は合同で『抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン』を作成,2016 年11 月に発刊いたしました.その後,寄せられた質問に対する回答をQ & A 形式で作成し,『抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン追補版』として2017 年11 月に発刊しています. その後,抗血栓療法は長足の進歩を遂げ,新たな薬物が上市されるとともに,現在用いられている治療薬についても,適応の拡大や用法用量の変更が行われました.区域麻酔・神経ブロックの領域では,超音波ガイド法の普及もあって,新たな神経ブロック法が相次いで開発されています.このような背景のもと,2024 年に『抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン』を改訂する必要性が議論され,第2 版の作成が決定いたしました.今回の改訂では,初版と同様に3 学会合同ワーキンググループにより作成することとし,2024 年7 月より活動を開始いたしました.各学会から代表者とグループメンバーを派遣いただき,日本麻酔科学会が手術麻酔領域,日本区域麻酔学会が術後鎮痛領域,日本ペインクリニック学会がペインクリニック手技を主として分担する形で作業を進めました.各項目の記載にあたっては,「Minds 診療ガイドライン作成マニュアル2020 ver.3.0」(https://minds.jcqhc.or.jp/methods/cpg—development/minds—manual/)を参考としました.総論や評価の定まった内容についてのバックグラウンドクエスチョン(BQ)に加え,クリニカルクエスチョン(CQ)を設けています. 本ガイドラインは,作成時点で公表されている情報の範囲で科学的妥当性をもって示した指針であり,個々の症例における治療方針の策定においては参考として使用し,診療や手技の実施法に制約を加えるものではありません.また,現状での科学的情報は限られており,随時更新されていることも認識していただきますようお願いいたします. 今回の改訂版が抗血栓療法を必要とする患者における区域麻酔・神経ブロックの質の向上に貢献できることを期待してやみません.最後に,作成に関わられたすべての皆様に心からの敬意と謝意を示します. 令和8 年7 月吉日 天谷 文昌 一般社団法人日本ペインクリニック学会 抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン改訂ワーキンググループ ワーキンググループ長
ii 抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン 改訂第2 版 目 次 序i目次ii作成メンバーvii利益相反(COI) viii 本ガイドラインの作成方法xi 総 論1 1 止血機構 2 止血機構とは何か? 2 抗血小板薬・抗凝固薬の薬理学 5 抗血小板薬および抗凝固薬の薬理作用はどのようなものか? 3 各血栓性疾患の治療法・予防法 10 血栓性疾患に対する治療および予防にはどのような方法があるか? 4 周術期の抗血栓療法管理 18 周術期における抗血栓療法の管理はどのように行うべきか? 5 神経ブロックにおける抗血小板薬・抗凝固薬の取り扱い 22 出血性合併症の軽減のために注意すべきことは何か? 抗血小板薬の休薬期間はどのように設定したらよいか?抗凝固薬の休薬期間はどのように設定したらよいか? 各 論29 1 脊髄くも膜下麻酔と抗血栓療法 30 BQ1:脊髄くも膜下麻酔後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ1:抗血栓療法を受けている患者に脊髄くも膜下麻酔を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は 中止すべきか? 2. 硬膜外麻酔と抗血栓療法34 BQ2:硬膜外麻酔後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ2:抗血栓療法を受けている患者に硬膜外麻酔を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止す べきか? 3. 腕神経叢ブロック(中枢側)と抗血栓療法38 BQ3:腕神経叢ブロック(中枢側)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスク は高まるか? CQ3:抗血栓療法を受けている患者に腕神経叢ブロック(中枢側)を施行する場合,抗血小板薬・抗 凝固薬は中止すべきか?
目 次iii 4 腕神経叢ブロック(末梢側)と抗血栓療法 40 BQ4:腕神経叢ブロック(末梢側)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスク は高まるか? CQ4:抗血栓療法を受けている患者に腕神経叢ブロック(末梢側)を施行する場合,抗血小板薬・抗 凝固薬は中止すべきか? 5. 傍脊椎ブロックと抗血栓療法42 BQ5:傍脊椎ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ5:抗血栓療法を受けている患者に傍脊椎ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中 止すべきか? 6. 肋間神経ブロックと抗血栓療法45 BQ6:肋間神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ6:抗血栓療法を受けている患者に肋間神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は 中止すべきか? 7. 胸腰椎神経根ブロックと抗血栓療法47 BQ7:胸腰椎神経根ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高 まるか? CQ7:抗血栓療法を受けている患者に胸腰椎神経根ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固 薬は中止すべきか? 8. 胸椎および腰椎椎間関節ブロックと抗血栓療法49 BQ8:胸椎および腰椎椎間関節ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫の リスクは高まるか? CQ8:抗血栓療法を受けている患者に胸椎および腰椎椎間関節ブロックを施行する場合,抗血小板 薬・抗凝固薬は中止すべきか? 9. 腹直筋鞘ブロック・腹横筋膜面ブロック(TAPA ブロックを含む)と抗血栓療法52 BQ9:腹直筋鞘ブロック・腹横筋膜面(TAP)ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓 療法で血腫のリスクは高まるか? CQ9:抗血栓療法を受けている患者に腹直筋鞘ブロック・腹横筋膜面(TAP)ブロックを施行する 場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止すべきか? 10. 坐骨神経ブロック(iPACK ブロック,膝窩神経叢ブロックを含む)と抗血栓療法54 BQ10:坐骨神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ10:抗血栓療法を受けている患者に坐骨神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は 中止すべきか? 11. 閉鎖神経ブロックと抗血栓療法56 BQ11:閉鎖神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ11:抗血栓療法を受けている患者に閉鎖神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は 中止すべきか? 12. 大腿神経ブロック(PENG ブロックを含む)と抗血栓療法58 BQ12:大腿神経ブロック(PENG ブロックを含む)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療 法で血腫のリスクは高まるか? CQ12:抗血栓療法を受けている患者に大腿神経ブロック(PENG ブロックを含む)を施行する場合, 抗血小板薬・抗凝固薬は中止すべきか?
目 次iv 13 腰神経叢ブロックと抗血栓療法 61 BQ13:腰神経叢ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ13:抗血栓療法を受けている患者に腰神経叢ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は 中止すべきか? 14. 頸部神経根ブロックと抗血栓療法63 BQ14:頸部神経根ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高ま るか? CQ14:抗血栓療法を受けている患者に頸部神経根ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬 は中止すべきか? 15. 頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックと抗血栓療法66 BQ15:頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療 法で血腫のリスクは高まるか? CQ15:抗血栓療法を受けている患者に頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックを施行する場 合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止すべきか? 16. 浅頸神経叢ブロックと抗血栓療法68 BQ16:浅頸神経叢ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高ま るか? CQ16:抗血栓療法を受けている患者に浅頸神経叢ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬 は中止すべきか? 17. 深頸神経叢ブロックと抗血栓療法70 BQ17:深頸神経叢ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高ま るか? CQ17:抗血栓療法を受けている患者に深頸神経叢ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬 は中止すべきか? 18. 星状神経節ブロックと抗血栓療法72 BQ18:星状神経節ブロック(SGB)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリス クは高まるか? CQ18:抗血栓療法を受けている患者に星状神経節ブロック(SGB)を施行する場合,抗血小板薬・ 抗凝固薬は中止すべきか? 19. 後頭神経ブロックと抗血栓療法74 BQ19:後頭神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ19:抗血栓療法を受けている患者に後頭神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は 中止すべきか? 20. 三叉神経節ブロックと抗血栓療法76 BQ20:三叉神経節ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高ま るか? CQ20:抗血栓療法を受けている患者に三叉神経節ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬 は中止すべきか? 21. 舌咽神経ブロックと抗血栓療法78 BQ21:舌咽神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ21:抗血栓療法を受けている患者に舌咽神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は 中止すべきか?
目 次v 22 下顎神経ブロックと抗血栓療法 80 BQ22:下顎神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ22:抗血栓療法を受けている患者に下顎神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は 中止すべきか? 23. おとがい神経ブロックと抗血栓療法82 BQ23:おとがい神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高 まるか? CQ23:抗血栓療法を受けている患者におとがい神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固 薬は中止すべきか? 24. 翼口蓋神経節ブロックと抗血栓療法84 BQ24:翼口蓋神経節ブロック(PPGB)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリ スクは高まるか? CQ24:抗血栓療法を受けている患者に翼口蓋神経節ブロック(PPGB)を施行する場合,抗血小板 薬・抗凝固薬は中止すべきか? 25. 眼窩下神経ブロックと抗血栓療法86 BQ25:眼窩下神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高ま るか? CQ25:抗血栓療法を受けている患者に眼窩下神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬 は中止すべきか? 26. 上顎神経ブロックと抗血栓療法88 BQ26:上顎神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ26:抗血栓療法を受けている患者に上顎神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は 中止すべきか? 27. 眼窩上神経ブロックと抗血栓療法90 BQ27:眼窩上神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高ま るか? CQ27:抗血栓療法を受けている患者に眼窩上神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬 は中止すべきか? 28. 肩甲上神経ブロックと抗血栓療法92 BQ28:肩甲上神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高ま るか? CQ28:抗血栓療法を受けている患者に肩甲上神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬 は中止すべきか? 29. トリガーポイント注射と抗血栓療法94 BQ29:トリガーポイント注射(TPI)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリ スクは高まるか? CQ29:抗血栓療法を受けている患者にトリガーポイント注射(TPI)を施行する場合,抗血小板薬・ 抗凝固薬は中止すべきか? 30. 関節内注射と抗血栓療法96 BQ30:関節内注射後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ30:抗血栓療法を受けている患者に関節内注射を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止す べきか? 31. 胸部交感神経節ブロックと抗血栓療法98 BQ31:胸部交感神経節ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは 高まるか?
目 次vi CQ31:抗血栓療法を受けている患者に胸部交感神経節ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝 固薬は中止すべきか? 32. 腰部交感神経節ブロックと抗血栓療法100 BQ32:腰部交感神経節ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは 高まるか? CQ32:抗血栓療法を受けている患者に腰部交感神経節ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝 固薬は中止すべきか? 33. 腹腔神経叢(内臓神経)ブロックと抗血栓療法102 BQ33:腹腔神経叢(内臓神経)ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫の リスクは高まるか? CQ33:抗血栓療法を受けている患者に腹腔神経叢(内臓神経)ブロックを施行する場合,抗血小板 薬・抗凝固薬は中止すべきか? 34. 産科麻酔と抗血栓療法105 BQ34:妊婦において,区域麻酔後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは 高まるか? CQ34:抗血栓療法を受けている妊婦に区域麻酔を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止すべ きか? 35. 小児に対する区域麻酔と抗血栓療法109 BQ35:小児において,区域麻酔後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは 高まるか? CQ35:抗血栓療法を受けている小児に区域麻酔を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止すべ きか? 36. 心臓大血管手術領域における区域麻酔と抗血栓療法112 BQ36:心臓大血管手術領域において,区域麻酔後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で 血腫のリスクは高まるか? CQ36:心臓大血管手術領域において区域麻酔を実施する場合,休薬期間・凝固機能管理を行うべき か? 資料 日本ペインクリニック学会有害事象調査報告のなかでの抗血栓療法や血腫形成に関する記載 116
vii 「抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン改訂第2 版」作成メンバー 抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン改訂ワーキンググループ ワーキンググループ長天谷 文昌京都府立医科大学 麻酔科学教室 教授紙谷 義孝岐阜大学大学院医学系研究科 麻酔科疼痛医学分野 教授中本 達夫関西医科大学附属病院 麻酔科・痛みセンター 診療教授 ワーキンググループメンバー五十嵐 孝自治医科大学麻酔科学教室 教授小川 覚山梨大学大学院 総合研究部医学域 臨床医学系 麻酔科学 教授香取 信之東京慈恵会医科大学 麻酔科学講座 教授上村 友二名古屋市立大学大学院医学研究科 麻酔科学・集中治療医学分野 講師汲田 翔五輪橋整形外科病院 麻酔科 診療部長小杉 寿文地方独立行政法人佐賀県医療センター好生館 緩和ケア科 部長酒井 規広総合大雄会病院 麻酔科・集中治療部 麻酔科医長田中 聡信州大学医学部 麻酔蘇生学教室 教授田村 高廣名古屋市立大学大学院医学研究科 麻酔科学・集中治療医学分野 教授平木 照之久留米大学医学部 麻酔学講座 教授前田 倫西宮市立中央病院 麻酔科 ペインクリニック内科・外科 副院長村田 寛明長崎大学大学院 麻酔集中治療医学 准教授 協力メンバー井内 貴子西宮市立中央病院 麻酔科 ペインクリニック内科・外科 副医長石田 高志信州大学医学部附属病院 麻酔科蘇生科 講師大下 健輔久留米大学医学部 麻酔学講座 講師島田 宣弘自治医科大学 緩和ケア部 講師上瀧 正三郎大牟田市立病院 麻酔科医長平 幸輝聖マリアンナ医科大学 麻酔学教室 講師田中 竜介信州大学医学部附属病院 麻酔科蘇生科 助教辻 達也岡崎市民病院 麻酔科 統括部長前田 知香京都府立医科大学 麻酔学教室牧野 佑斗名古屋市立大学大学院医学研究科 麻酔科学・集中治療医学分野 助教松村 陽子西宮市立中央病院 麻酔科 ペインクリニック内科・外科 部長三浦 大介地方独立行政法人佐賀県医療センター好生館 麻酔科 部長蜜澤 邦洋信州大学医学部附属病院 麻酔科蘇生科 助教吉田 敬之関西医科大学総合医療センター 麻酔科 講師 外部評価委員十時 崇彰大阪医科薬科大学 救急医学教室 特務講師(日本心臓血管麻酔学会)中澤 圭介日本大学医学部附属板橋病院 麻酔科 診療准教授(日本心臓血管麻酔学会)能見 俊浩東京D タワーホスピタル 麻酔科部長(日本心臓血管麻酔学会)
viii 利益相反(COI) 利益相反(COI)の開示本ガイドラインは,日本医学会が定めた「診療ガイドライン策定参加資格ガイダンス2023」に準拠し,利益相反(conflict of interest:COI)の開示項目および開示基準額を表a・b のとおり定め,ガイドライン発行時に過去3 年分のCOI(ガイドラインの内容に関係する企業や営利団体とのCOI 状態)を公開する.これに基づき,ワーキンググループ(WG)メンバーおよび協力メンバーのCOI を表c に示す. COI による参画制限規定には診療ガイドライン(CPG)策定参加資格基準が定められており,WG 長は表a・b の金額区分1, WG メンバーは金額区分2の基準額を超えないことが求められているが,基準額を超えたCOI を有する者が必要不可欠な人材と認められ,その判断と措置の公正性および透明性が明確に担保されるかぎり,推奨決定会議における最終決定権を持たせない等の措置を行うことを条件に参加を認めている.なお,本ガイドラインに関しては参画制限に該当する者はいないことをここに明示する. 組織のCOI の公開本ガイドライン作成のための費用はすべて日本ペインクリニック学会,日本麻酔科学会,日本区域麻酔学会が負担しており,第三者組織・団体等からの直接的な資金提供はない(表d). 表a 個人のCOI の開示項目と開示基準額(年間の1 企業または1 団体あたりの規定) 申告項目開示基準額区分 金額区分1金額区分2金額区分3 1—1.役員・顧問職・社員等の報酬100 万円以上500 万円以上1000 万円以上1—2.株の保有とその株式から得られる利益100 万円以上,5%以上の公開株式の保有500 万円以上1000 万円以上1—3.特許権使用料・譲渡料100 万円以上500 万円以上1000 万円以上1—4.講演料など50 万円以上100 万円以上200 万円以上1—5.原稿料など50 万円以上100 万円以上200 万円以上1—6.研究費100 万円以上1000 万円以上2000 万円以上1—7.奨学寄附金100 万円以上500 万円以上1000 万円以上1—8.寄附講座実質的に使途を決定し得る寄附金で実際に割り当てられた年間総額100 万円以上1—9.旅行・贈答品など5 万円以上20 万円以上50 万円以上1—10.配偶者の利益相反上記に準ずる 表b 組織のCOI の開示項目と開示基準額(年間の1 企業または1 団体あたりの規定) 申告項目開示基準額区分 金額区分1金額区分2金額区分3 2—1.受け入れ研究費1000万円以上2000万円以上4000万円以上2—2.奨学寄附金200 万円以上1000万円以上2000万円以上
ix 氏名経済的COI 状態(企業名・申告項目) 学術的COI(主な所属学会/専門分野) 天谷 文昌なし 日本ペインクリニック学会,日本麻酔科学会/術後痛,疼痛機序に関する研究,神経障害性疼痛 紙谷 義孝なし 日本区域麻酔学会,日本麻酔科学会/区域麻酔,疼痛科学,神経科学 中本 達夫なし 日本麻酔科学会,日本区域麻酔学会/超音波ガイド下神経ブロック,インターベンショナル治療 五十嵐 孝なし 日本ペインクリニック学会,日本麻酔科学会/ペインクリニック,麻酔,集中治療 小川 覚なし 日本ペインクリニック学会,日本心臓血管麻酔学会/血液凝固 香取 信之なし 日本区域麻酔学会,日本心臓血管麻酔学会/血液凝固,出血治療 上村 友二なし 日本麻酔科学会,日本産科麻酔学会/小児麻酔,産科麻酔,集中治療 汲田 翔なし 日本区域麻酔学会,日本ペインクリニック学会/神経ブロック 小杉 寿文第一三共株式会社・1—4 日本ペインクリニック学会,日本緩和医療学会/がん性疼痛,緩和ケア,ペインクリニック 酒井 規広なし 日本区域麻酔学会,The European Society of Regional Anaesthesia & Pain Therapy/区域麻酔,周術期疼痛管理,術後回復 田中 聡なし 日本麻酔科学会,日本ペインクリニック学会/術後痛,薬物療法 田村 高廣なし 日本麻酔科学会,日本心臓血管麻酔学会/麻酔科,集中治療科 平木 照之なし 日本麻酔科学会,日本神経麻酔集中治療学会/術後疼痛,神経麻酔 前田 倫なし 日本ペインクリニック学会,日本麻酔科学会/疼痛治療 村田 寛明なし 日本区域麻酔学会,日本麻酔科学会/超音波ガイド下神経ブロック,周術期疼痛管理 (協力メンバー) 井内 貴子なし 日本ペインクリニック学会,日本麻酔科学会/神経障害性疼痛 石田 高志なし 日本麻酔科学会 大下 健輔なし 日本麻酔科学会,日本心臓血管麻酔学会/心臓血管麻酔,生理学 島田 宣弘なし 日本ペインクリニック学会,日本緩和医療学会/緩和医療,がん疼痛 上瀧正三郎なし 日本麻酔科学会,日本区域麻酔学会/区域麻酔 表c WG メンバーおよび協力メンバーのCOI ※(前年に遡り過去3 年分) ※ガイドラインの内容に関係する企業や営利団体とのCOI 状態(WG メンバー)
x 氏名経済的COI 状態(企業名・申告項目) 学術的COI(主な所属学会/専門分野) 平 幸輝なし 日本ペインクリニック学会,日本小児麻酔学会/周術期管理 田中 竜介なし 日本麻酔科学会,日本ペインクリニック学会/術後痛,脳波 辻 達也なし 日本麻酔科学会,日本集中治療学会/処置時の鎮静・鎮痛,Rapid response system,診療報酬データベース研究 前田 知香なし 日本ペインクリニック学会,日本麻酔科学会/麻酔一般,術後痛,がん疼痛 牧野 佑斗なし 日本麻酔科学会,日本産科麻酔学会/周産期麻酔,臨床疫学 松村 陽子なし 日本ペインクリニック学会,日本麻酔科学会/頭痛,緩和医療 三浦 大介なし 日本麻酔科学会,日本区域麻酔学会/超音波ガイド下末梢神経ブロック 蜜澤 邦洋なし 日本麻酔科学会,日本神経麻酔集中治療学会/合併症に関する研究 吉田 敬之なし 日本区域麻酔学会,The European Society of Regional Anaesthesia & Pain Therapy/区域麻酔 (外部評価委員) 十時 崇彰旭化成ファーマ株式会社・1—4 日本心臓血管麻酔学会,日本血栓止血学会/血液凝固,麻酔,集中治療 中澤 圭介なし 日本心臓血管麻酔学会,日本区域麻酔学会/心臓血管麻酔,超音波ガイド下末梢神経ブロック,局所麻酔薬物動態の研究 能見 俊浩なし 日本心臓血管麻酔学会/心臓血管麻酔,経食道心エコー 表d 日本ペインクリニック学会・日本麻酔科学会・日本区域麻酔学会のCOI※(前年に遡り過去3 年分) ※ガイドラインの内容に関係する企業や営利団体とのCOI 状態1)3 学会の事業活動に関連して資金を提供した企業名 内訳企業名/提供額/事業活動名1教育・研究支援なし2寄附なし3共同研究なし2)本ガイドライン作成に関連して資金を提供した企業名なし3)本ガイドライン作成に要した経費にかかる資金源日本ペインクリニック学会の資金(会費/印税)日本麻酔科学会の自己資金日本区域麻酔学会の資金(会費)
xi 本ガイドラインの作成方法 ガイドライン作成ワーキンググループ本ガイドラインの改訂にあたり,3 学会合同「抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン改訂ワーキンググループ(WG)」を設置し,改訂作業を開始した.WG は各学会から5 名ずつ,計15 名で構成され,3学会内から14 名の協力メンバーが参加し,改訂作業にあたった. 本ガイドラインの作成方針と使用上の注意本ガイドラインは,区域麻酔や神経ブロックの診療に従事する医療者を対象に,本邦で行われる区域麻酔や神経ブロックにおける抗血栓療法のよりよい管理法を選択するための基準と,現在までに蓄積された根拠を示している.推奨事項はあくまでも現存の資料などから考察されたものであり,個別症例への適応に際しては,症例ごとの特性に基づき個別に判断されるべきである.個々の患者の病状は多様であり,本ガイドラインに記載されていない管理法を制限するものではない.また,本ガイドラインは,補償や訴訟などの司法判断に使用すべきものではないことをここに明記する. ガイドライン記載基本書式ガイドラインの構成は,日本医療機能評価機構内に設置されているEBM 医療情報事業(Minds)の「Minds診療ガイドライン作成マニュアル 2020 ver.3.0」に沿って,「BQ(バックグラウンドクエスチョン),CQ(クリニカルクエスチョン),Consensus Statement,Summary Statement,推奨度,解説」を基本書式とした.ガイドラインの基礎知識を理解するための,概論,総説としての記載にはBQ を設定した.WG 長がBQ, CQ案を作成し,WG メンバーと執筆協力者が内容の記載を行った. 文献の検索と採用原則として過去10 年間,2014 年以降に発行された文献を用いたが,それ以前の文献であっても重要なものは参考とした.参考文献の検索は,PubMed,医中誌(会議録を除く),コクランにおいて検索できる範囲とした.検索に際しては,PICO フォーマットを用いた.海外のガイドラインを参照する場合は原則として最新版を用いたが,ASRA ガイドラインでは第4 版を参照した個所もある.第5 版で掲載内容が大きく変化したためである. 推奨度とエビデンス総体の確実性の選定推奨度は, 1 強く推奨する/2. 弱く推奨する(提案する)/推奨なし のいずれかを記載した. エビデンス総体の確実性は, A(強):効果の推定値に強く確信があるB(中):効果の推定値に中程度の確信があるC(弱):効果の推定値に対する確信は限定的であるD(とても弱い):効果の推定値がほとんど確信できない のいずれかとした. 推奨度およびエビデンス総体の確実性は,WG が修正デルファイ法により決定した.推奨度は合意率80%以上をもって決定としたが,合意が得られなかった推奨度については会議で討論を行い,再度投票を実施した.各CQ には,投票結果の合意率を記載した. 外部評価・パブリックコメント作成した原案に対し,日本心臓血管麻酔学会より推薦された評価委員による外部評価を実施した.
本ガイドラインの作成方法xii また,日本麻酔科学会,日本区域麻酔学会,日本ペインクリニック学会においてパブリックコメントを受け付けた.外部評価委員の意見および3 学会から寄せられたパブリックコメントについて,ワーキンググループにおいて採否を判断し,一部内容の修正を行った.
抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック: 総 論
総 論2 1.止血機構 Summary Statement ●止血機構とは外的要因による出血からヒトが生存のために獲得した生理現象である. ●血小板,凝固因子および血管壁の相互作用として局所止血が達成され,血管壁の修復起点として作用する. 解 説 止血機構とは,ヒトが外的要因による出血事象から生存するために獲得した生理現象の一つである.この機構は,血小板と凝固因子の血液成分と血管壁による一連の相互作用によって構成されている.何らかの外的損傷が血管壁に生じると,損傷周囲の血管が収縮することで一時的に血流が低下する.これは,血管外失血を軽減させるための生体にとって重要な働きとなっている.通常,血小板は血管内皮に粘着したり,互いに凝集することなく,血液中を循環している.一方,血管壁の損傷でコラーゲン線維が内皮下へ露出すると,これに血小板が速やかに接着する.この接着は,血小板膜表面糖タンパクのGPIb/IXとコラーゲン上にあるフォンヴィレブランド因子(von Willebrand factor:vWF)の結合によって生じる.この際に発生する細胞内情報伝達を介することで血小板は活性化され,血小板表面上のGPIIb/IIIa がフィブリノゲンを介在することで血小板同士の凝集が促進する.一般に,この血小板血栓の形成過程を一次止血と呼ぶ.一次止血と連続またはほぼ同時に,組織液に含まれる組織因子が血液成分と接触することで凝固反応が開始される.連鎖的に生じる酵素基質反応の結果,最終的に基質フィブリノゲンが酵素トロンビンによってフィブリンへ変換される.従来,凝固反応は精巧なin vitro 実験の積み重ねで生じるカスケード理論によって解説されてきた1) (図1).試験管内において外因系凝固反応は組織トロンボプラスチンにより開始されるが,これが凝固検査のプロトロンビン時間に相当する.また,内因系凝固反応はセファリンによって惹起され,これが活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)に相当する.両経路は第X因子の活性反応で合流し,それ以降の反応を共通系凝固反応と称している.しかしながら,実際は片側の経路が機能しているにもかかわらず出血傾向を呈するなど,同モデルだけでは生体反応を説明することは困難であることが知られていた.現在では,生体環境をより反映した凝固反応モデルが受け入れられている2) (図2).血管内皮細胞の障害により血管外膜に豊富に含まれた組織因子が血液に接触すると,組織因子と第VII因子の間で複合体が形成される.この活性型第VII因子(VIIa)—組織因子複合体が第X因子と第IX因子を活性化させ,活性型第X因子(Xa)および活性型第IX因子(IXa)に変換させる.IXa 止血機構とは何か? 図1 試験管内における凝固反応XII/XI/IX/VIII/VII/X/Va:活性型第XII/XI/IX/VIII/VII/X/V因子. プレカリクレイン 高分子キニノーゲン Xa Va トロンビン フィブリン組織因子 XIIa VIIa XIa IXa VIIIa 内因系凝固反応外因系凝固反応 共通系凝固反応
1.止血機構3 は第VIII因子の存在下で,Xa の産生を促進させる.なお,第VIII因子は血中でvWF と複合体を形成して存在しているが,vWF は第VIII因子を安定化させる働きがある.次に,Xa は第V因子の存在下でプロトロンビン(第II因子)をトロンビンに変換する.トロンビンによってフィブリノゲンがフィブリンに変換されるが,フィブリンは第因子に架橋されることで強固なフィブリン網が形成される.最終的に血小板血栓とフィブリンが一体となった血栓が形成されるが,この過程を二次止血と呼んでいる.なお,トロンビンはフィードバック活性化により活性型第XI因子(XIa)による第IX因子の活性化を促進するが,これが安定的なトロンビンの増幅に関与している.また,組織液が混在しないよう採血した血液を,活性化試薬を含まないガラス試験管に注入した場合でも血液は凝固する.これはガラス面の接触を介して,高分子キニノーゲン,プレカリクレイン,第XII因子が活性化して凝固反応が発生するためである1) (図1).一方で,これら因子の先天的欠損患者では臨床的に出血傾向を示さないことが知られており,この活性化経路はヒトの止血にほぼ関与していないことが推測される.複雑な凝固経路の一方で,生体には血管内凝固を防止する機構が備わっている.正常血管では,血流,血管内皮細胞,線溶反応によって血液の流動性が維持されている.血液中に放出されたトロンビンは,アンチトロンビン(antithrombin:AT)およびプロテインC によって不活化される3).AT はトロンビンやXa と1:1 で結合し,抗凝固活性を呈する.AT は血流中や血管内皮上に存在し,ヘパリンまたは血管内皮上のヘパリン様物質に結合することで効率的に活性が増幅される仕組みになっている.また,トロンビンは血管内皮上のトロンボモジュリンに結合することで,その活性が失活される4).トロンビン—トロンボモジュリン複合体は血液中のプロテインC を活性化させる5).活性化プロテインC は活性型第V因子(Va)と活性型第VIII因子(VIIIa)を選択的に不活化させることで,さらに凝固反応を調整している.なお,この反応においてプロテインS は補酵素として作用する.このトロンボモジュリンとプロテインC による抗凝固経路はトロンビンによって誘導されることから,凝固反応に対するネガティブフィードバック機構として存在すると考えられる.また,血管内皮細胞は一酸化窒素やプロスタサイクリンの産生を介して血管の拡張や血小板凝集の抑制を行っており,血流を維持するための重要な役割と考えられる.線溶とは,形成された血栓を溶解する生体反応である.血管損傷部位にフィブリン血栓が形成されることで血管壁の修復機転となるが,修復完了後に血栓は線溶反応により溶解除去される.組織プラスミノゲン活性化因子(tissue plasminogen activator:t—PA)は血管内皮で産生され,プラスミノゲンをプラスミンに変換する6).プラスミンは,フィブリン血栓をフィブリン分解産物に分解する7).t—PA やプラスミノゲンはフィブリン血栓に対して高い親和性をもつことで効率的に線溶反応が発生する 図2 生体における止血反応vWF:フォンヴィレブランド因子,/XI/IX/VIII/VII/X/Va:活性型第/XI/ IX/VIII/VII/X/V因子.ファブリン IXa XIa VIIIa VIIa Xa Va II 血小板血小板 フィブリン 組織因子コラーゲン フィブリノゲントロンビン フィブリノゲンGPIIb/IIIa GPIb/IX vWF 血小板 XIIIa
総 論4 ようになっており,生体における血栓発生の予防として重要な仕組みの一つと考えられる. 参考文献1) Davie EW et al:Waterfall Sequence for Intrinsic Blood Clotting. Science 145:1310—1312, 1964. DOI:10.1126/ science.145.3638.1310 2) Hoffman M et al:A cell—based model of hemostasis. Thromb Haemost 85:958—965, 2001 3) Bolliger D et al:Pathophysiology and treatment of coagulopathy in massive hemorrhage and hemodilution. Anesthesiology 113:1205—1219, 2010. DOI:10.1097/ALN.0b013e3181f22b5a 4) Bauer KA et al:Role of antithrombin III as a regulator of in vivo coagulation. Semin Hematol 28:10—18, 1991 5) Oliver JA et al:Activated protein C cleaves factor Va more efficiently on endothelium than on platelet surfaces. Blood 100:539—546, 2002. DOI:10.1182/blood.v100.2.539 6) Lijnen HR et al:Interaction of plasminogen activators and inhibitors with plasminogen and fibrin. Semin Thromb Hemost 8:2—10, 1982. DOI:10.1055/s-2007-1005038 7) Ide M et al:Lessons from the aprotinin saga:current perspective on antifibrinolytic therapy in cardiac sur- gery. J Anesth 24:96—106, 2010. DOI:10.1007/s00540-009-0866-9
2.抗血小板薬・抗凝固薬の薬理学5 2.抗血小板薬・抗凝固薬の薬理学 Summary Statement ●抗血栓療法に用いられる薬物は,大きく抗血小板薬と抗凝固薬に分類される.これらはそれぞれ,血小板依 存性および凝固因子依存性の血栓形成機序を標的とし,動脈系血栓と静脈系血栓の病態に応じて適切に選択される. ●動脈血栓症(例:心筋梗塞,脳梗塞)は,高速血流下における血小板の活性化を主病態とするため,抗血小 板薬が主に用いられる. ●静脈血栓症(例:深部静脈血栓症,肺塞栓症,心原性脳塞栓症)は,血流の停滞および凝固因子の活性化が 主因であり,抗凝固薬が治療および予防に用いられる. ●各薬物群には,薬理作用,作用持続時間,代謝経路,モニタリングの要否などが異なる複数の薬物が存在し, 患者の基礎疾患,腎機能,出血のリスクなどを考慮して個別に選択・調整される必要がある. 解 説 1)抗血小板薬1 アスピリンアスピリンはシクロオキシゲナーゼ—1(cyclooxygenase—1:COX—1)をアセチル化することで不可逆的に阻害し,血小板由来のトロンボキサンA2(thromboxane A2:TXA2)産生を抑制する結果,血小板の活性化と凝集を抑制し,抗血小板作用は血小板寿命(約7~10 日)の期間持続する.臨床的には,60~325 mg/日以下の低用量でTXA2 を選択的に阻害し,1.5~2 g/日以上の高用量では内皮由来のプロスタサイクリン(血管拡張作用と血小板凝集抑制作用)合成も抑制され,抗血小板作用が減弱する(アスピリンジレンマ)ことから,抗血栓目的には低用量が推奨される1).アスピリン単独では神経軸麻酔に伴う硬膜外血腫のリスクを増加させないと考えられているが,他の抗血小板薬や抗凝固薬との併用によりリスクが増大する可能性がある. 2 チエノピリジン系薬物(チクロピジン,クロピドグレル,プラスグレル)これらの薬物はすべてプロドラッグであり,消化管から吸収された後,肝臓の薬物代謝酵素シトクロームP450(CYP)系により酸化されて活性代謝物へと変換される.その活性体が血小板膜上のアデノシン二リン酸(ADP)受容体であるP2Y12 受容体に不可逆的に結合することで,血小板凝集を抑制する抗血小板作用を発揮する2).この作用により,血小板内cAMP の低下とカルシウム濃度上昇を介した血小板凝集のシグナル伝達が遮断される.作用は血小板寿命(7~10 日)の期間持続するため,中止後も抗血小板作用は残存する.チクロピジンは第一世代薬で,顆粒球減少症や肝障害といった重篤な副作用の頻度が高く,現在では使用頻度は大きく低下している.クロピドグレルは第二世代薬で,CYP2C19 を主とする肝酵素により活性代謝物に変換される.このため, CYP2C19 の遺伝的多型を有する患者では薬効が減弱する可能性があり,心血管イベントの抑制効果が十分に得られない場合がある.プラスグレルは第三世代薬で,より迅速かつ安定した活性化が可能であり,CYP2C19によらない代謝経路をとるため,遺伝的多型の影響を受けにくい利点がある.クロピドグレルと比較して強力かつ持続的な抗血小板作用を有するが,その一方で出血性合併症のリスクが高いとされる.特に75 歳以上の高齢者,体重50 kg 未満の低体重者,脳出血の既往を有する症例では慎重な投与が求められる.いずれの薬物も,作用機序として不可逆的にP2Y12 受容体を阻害するため,抗血小板作用の消失には新たな血小板の産生を待つ必要があり,休薬後も7~10 日間にわたり効果が持続する. 3 非チエノピリジン系薬物(チカグレロル)プロドラッグではなく,活性型として直接的に作用する特徴を有し,P2Y12 受容体を可逆的に阻害する抗血小板薬である.作用発現は速やかで,投与中止後3~5 日以内に血小板機能はおおむね回復するとされる.臨床試験においては,心血管イベント予防効果がチエノピリジン系薬物を上回る可能性も示唆されている.一方で,呼吸困難感や徐脈といった特有の副作用が報告されており,投与に際しては慎重な経過観察が求められる3). 抗血小板薬および抗凝固薬の薬理作用はどのようなものか?
総 論6 4 ホスホジエステラーゼ(PDE)阻害薬(シロスタゾール)血小板内のホスホジエステラーゼIII(phosphodiesterase 3:PDE3)を選択的に阻害し,cAMP 濃度を上昇させることにより血小板凝集を抑制するとともに,血管拡張作用を有する.抗血小板作用は可逆的であり,作用消失は比較的速やかである.末梢動脈疾患や脳梗塞の二次予防に用いられるが,心不全に対する禁忌があるため,適応には注意を要する4).休薬後3~4 日で血小板機能は回復するとされている. 5 アデノシン取り込み阻害薬(ジピリダモール)アデノシンの細胞内への取り込みを阻害することで細胞外アデノシン濃度を高め,血小板内のcAMP 濃度を上昇させ,抗血小板作用を示す.単剤での効果は弱く,一般的にはアスピリンとの併用で脳梗塞後の再発予防などに用いられる.作用は可逆的であり,休薬後数日で血小板機能は回復する.副作用として頭痛や起立性低血圧などが知られている5). 6 プロスタノイド誘導体(ベラプロストナトリウム)プロスタサイクリン類似物質であり,血小板のIP 受容体を刺激し,cAMP 上昇を介して血小板凝集抑制作用と血管拡張作用を発揮する.抗血小板作用は可逆的であり,比較的短時間で効果が消失し,末梢循環障害や肺高血圧症などの適応がある6). 7 イコサペント酸エチルイコサペント酸エチル(EPA 製剤)はω—3 脂肪酸製剤であり,血小板膜の脂質構成を変化させ,TXA3 の生成を促すことで,TXA2 による血小板凝集を間接的に抑制する.抗炎症・脂質改善作用を併せもち,抗血小板作用は比較的弱く,通常の臨床用量では単剤での出血のリスク増加は限定的とされるが,他の抗血小板薬との併用時には注意を要する7). 2)抗凝固薬1 ワルファリンワルファリンはビタミンK エポキシド還元酵素(vitamin K epoxide reductase:VKOR)を阻害することで,活性型ビタミンK の再生を抑制し,ビタミンK 依存性凝固因子(第II因子,VII因子,IX因子,X因子)のγ—カルボキシ化を阻害する.その結果,機能的に活性な凝固因子の産生が抑制され,抗凝固作用を示す.治療域のモニタリングにはプロトロンビン時間国際標準比(PT—INR)が用いられ,いずれか1 つの凝固因子活性が20%未満となるか,全因子が50%程度まで低下すると,全体の凝固能は著しく抑制されるとされている.ワルファリンの抗凝固効果発現には数日を要し,これは各凝固因子の半減期が異なるためであり,特に第II因子(プロトロンビン)の半減期が長いことが影響している.PT—INR は主に第VIIおよびIX因子に敏感であり,第II因子の低下は反映されにくいため,PT—INR が必ずしも実際の凝固能を正確に示しているとは限らない.したがって,区域麻酔の安全な施行に際しては,十分な休薬期間(通常5 日間)の確保とPT—INR の正常化を確認することが基本となる.しかし,休薬期間が不十分な場合や出血高リスク例においては,施設で実施可能であれば粘弾性凝固検査(TEG,ROTEM など)や各凝固因子の個別測定を追加指標として参照することが,より正確な凝固能の把握につながり臨床的に有用である.ワルファリンの代謝には主にCYP2C9 が関与しており,遺伝的多型によって代謝速度や薬物感受性に個人差が生じる.また,VKORC1 遺伝子の多型もワルファリン感受性に影響し,特に東アジア人では感受性が高い傾向がある8).加えて,ワルファリンの抗凝固作用はビタミンK 摂取量の影響を大きく受けるため,納豆,青汁,クロレラなどビタミンK を多く含む食品の摂取によって効果が減弱する可能性がある. 2 未分画ヘパリン未分画ヘパリンは,分子量約5,000~20,000 のヘパラン硫酸由来の陰性荷電を有するムコ多糖であり,抗凝固活性を示すためにはアンチトロンビン(antithrombin:AT)との結合が必要である.AT は活性型第X 因子(Xa),第IIa 因子(トロンビン)を阻害し抗凝固活性を発揮する.ヘパリン自体には抗凝固作用はないが,ATと結合することでその阻害活性を数千倍に高め,第Xa 因子およびトロンビンを強力に阻害する.トロンビン阻害作用には,ヘパリン鎖がAT およびトロンビンの双方に結合可能な十分な鎖長(約18 糖以上)を有することが必要である.一方,第Xa 因子阻害にはAT との結合のみで機能するため,より短鎖のヘパリンでも阻害作用が得られる.この機序の違いは,後述する低分子ヘパリンとの薬理学的相違点にも関係する(図3).未分画ヘパリンは即効性があり,静脈内投与により速やかに抗凝固効果を発揮する.半減期は約45~90 分と短く,投与終了後は比較的速やかに作用が消失する.可逆性も高く,出血時にはプロタミンの投与により速やかな中和が可能である(1 mg のプロタミンで約100 単位のヘパリンを中和可能).
2.抗血小板薬・抗凝固薬の薬理学7 抗凝固効果のモニタリングには,活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)が用いられるのが一般的である.特に治療用量では,目標APTT を通常の1.5~2.5 倍に維持することが推奨される9). 3 低分子ヘパリン低分子ヘパリンは,未分画ヘパリンを加水分解することにより得られた分子量約4,000~6,000 の短鎖ヘパリンであり,主としてAT を介した第Xa 因子阻害作用により抗凝固効果を発揮する.これは,糖鎖の長さが不十分なために,ATとトロンビンの同時結合が困難であり,トロンビンに対する阻害能は限定的であるためである10).抗第Xa 因子活性は,投与後3~5 時間でピークに達し,12 時間後でも一定の活性が持続する.半減期は約2~4 時間でヘパリンより長く,皮下投与により安定した薬物動態が得られる.また,未分画ヘパリンと比較して血漿タンパク結合が少なく,バイオアベイラビリティが高い.排泄は主に腎由来であるため,クレアチニンクリアランス(CCr)が30 mL/min 未満の症例では血中濃度が上昇し,出血リスクが高まる可能性がある.腎機能障害がある場合には慎重な用量調整が必要であり,CCrが30~50 mL/minの範囲でも減量を考慮すべきである.一般的には定期的な薬効モニタリングは不要とされているが,高齢者,腎機能障害患者,極端な低体重あるいは高度肥満の患者,出血または血栓症の高リスク患者では,抗Xa 活性測定による薬効評価が推奨される場合がある.出血時の中和に対しては,プロタミンによる効果は未分画ヘパリンほど十分ではなく,最大でも抗Xa 活性の約60%程度しか中和されないとされる. 4 ダナパロイドナトリウムダナパロイドナトリウムは,平均分子量約6,000 の低分子ヘパラン硫酸を主成分とするヘパリノイド製剤であり,ブタ小腸粘膜由来の糖鎖混合物から構成される.主にAT を介して第Xa 因子を選択的に阻害し,抗第Xa 因子/抗トロンビン活性比は約20:1 と高く,血中半減期は約20 時間と長く,持続的な抗凝固作用を有する.本邦では播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation:DIC)に対してのみ保険適用があるが,海外ではヘパリン起因性血小板減少症(heparin—induced thrombocytopenia:HIT)発症時の代替薬としても使用されることもある11).ただし,HIT に対する有効性については確立したエビデンスが乏しく,使用にあたっては患者ごとに慎重な判断が求められる.主な排泄経路は腎臓であり,腎機能障害を有する患者では血中濃度の上昇に伴う出血リスクが高まる可能性がある.そのため,必要に応じて投与量の調整や投与間隔の延長を検討すべきである. 5 合成Xa 阻害薬(フォンダパリヌクス)フォンダパリヌクスは,未分画ヘパリンの最小有効構造単位であるアンチトロンビン結合部位(ペンタサッカライド)のみを化学合成した抗凝固薬であり,選択的かつ間接的な活性化第Xa 因子阻害薬である.AT に結合することでその第Xa 因子阻害活性を著しく増強し,トロンビン活性には影響を与えない点が特徴である.これにより,血液凝固カスケードの中心部である第Xa 因子の活性化を選択的に阻害し,フィブリン生成を抑制することで抗凝固作用を発揮する12).皮下投与により良好に吸収され,投与後約2 時間で最高血中濃度に達し,消失半減期は14~17 時間と長いため,1 日1 回の投与で安定した抗凝固効果が得られる.腎排泄性が高いため,腎機能障害患者では半減期の延長が認められる.特にCCr が30 mL/min 未満の重度腎機能障害では禁忌とされている.また,体重50 kg 未満の患者では薬物クリアランスが低下し,抗Xa 活性が過剰となる可能性があるため注意が必要である.プロタミンなどの拮抗薬が存在しないため,出血時の対応が困難であることも臨床的な留意点である. 図3 未分画ヘパリン,低分子ヘパリン,フォンダパリヌクスの作用機序ヘパリンはアンチトロンビン(AT)を介して第IIa 因子(トロンビン)を阻害する際には,AT,トロンビン双方に結合しなければならない.一方,第Xa 因子を阻害するためにはAT に結合するのみで足りる.低分子ヘパリンは,糖鎖が短いのでトロンビンと結合できず,第Xa 因子のみを阻害する.フォンダパリヌクスは,アンチトロンビン結合部位のみでできているため,これも第Xa 因子のみを阻害する. AT IIa Xa AT Xa IIa AT Xa IIa フォンダパリヌクス未分画ヘパリン低分子ヘパリン
総 論8 6 直接経口抗凝固薬(DOACs)近年,出血性合併症のリスクを低減しつつ,より予測可能かつ迅速な抗凝固作用を発揮する新規経口抗凝固薬が臨床応用されている.これらは従来のビタミンK 拮抗薬とは異なり,特異的な凝固因子を標的とすることから,直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOACs)と総称される.現在,DOAC はその標的分子により大きく以下の2 つに分類される(表1).・第Xa 因子阻害薬:リバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバン・トロンビン阻害薬:ダビガトランこれらの薬物に共通する利点として,以下が挙げられる.・効果発現が速やか(通常1~4 時間以内)・薬物動態が安定しており,個体差が少ない・食品や多くの薬物との相互作用が軽微・定期的なモニタリング(PT—INR など)を必要としない・固定用量での投与が可能・頭蓋内出血を含む重大な出血のリスクが低減される傾向これらの特徴により,患者の服薬アドヒアランスの向上にも寄与することが示されている.DOAC は,心房細動における脳塞栓症予防や静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)の治療・再発予防を含むさまざまな臨床場面で,ワルファリンの代替薬として推奨される機会が増加している13).ただし,高齢者,腎機能障害,低体重者など,特定の背景を有する患者では薬物の蓄積や出血リスク上昇の可能性があるため,個別の用量調整や腎機能の定期的な評価が必要である. 3)直接Xa 因子阻害薬(リバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバン)近年,ワルファリンに代わる新規経口抗凝固薬として,DOAC が広く使用されている.DOAC は,従来のワルファリンと比較して,効果発現が速やかで,予測可能な薬物動態を有し,定期的な凝固モニタリングを原則として必要としないことが大きな特徴である.また,食品や薬物との相互作用が少なく,出血リスクも比較的低いことから,非弁膜症性心房細動に伴う脳梗塞・全身性塞栓症の予防やVTE の治療・再発予防において第一選択薬として位置付けられている14).直接Xa 因子阻害薬は,AT を介さずに活性型第X 因子(FXa)を選択的かつ直接的に阻害する経口抗凝固薬である.遊離型FXa のみならず,プロトロンビナーゼ複合体に結合したFXa も阻害可能であるため,より広範かつ安定した抗凝固効果を発揮する(表1).また,トロンビンによる血小板活性化には直接作用しないため,出血性合併症のリスクが相対的に低い可能性も指摘されている15).一方で,高齢者,低体重者,腎機能障害を有する患者では薬物の体内動態が変化し,出血リスクが上昇する可能性がある.そのため,薬物ごとに定められた用量調整の基準を遵守し,患者背景に応じた個別の投与設計が求められる.DOAC の多くは腎排泄型であり,特にリバーロキサバンおよびエドキサバンでは腎機能の影響を受けやすいため,腎機能の定期的な評価が,安全な投与管理に不可欠である16). 4)直接トロンビン阻害薬(ダビガトラン)ダビガトランは,経口で使用可能な唯一の直接トロンビン阻害薬であり,非弁膜症性心房細動患者を対象と 表1 直接経口抗凝固薬の薬理学的特徴リバーロキサバンアピキサバンエドキサバンダビガトラン 標的の凝固因子活性型第X因子活性型第X因子活性型第X因子トロンビンプロドラッグなしなしなしあり生体内利用率80% 50% 62% 7% Tmax 2 時間2 時間1.5 時間2 時間腎排泄率35% 25% 36~45% 80%半減期6~9 時間a 8~10 時間a 6~9 時間b 11~14 時間b Tmax:最高血中濃度への到達時間,CCr:クレアチニンクリアランス. a:CCr<15 mL/min の腎機能障害では半減期が延長する. b:CCr<30 mL/min の腎機能障害では半減期が延長する.
2.抗血小板薬・抗凝固薬の薬理学9 した大規模臨床試験において,ワルファリンと比較して同等あるいは優れた抗血栓効果を示しつつ,脳出血などの重篤な出血性合併症のリスクを有意に低減することが報告されている17).プロドラッグとして経口吸収された後に加水分解により活性型へ変換され,トロンビンを直接かつ可逆的に阻害することによって抗凝固作用を発揮する.これにより,フィブリンの生成阻害に加え,トロンビン依存性の血小板活性化も抑制される.薬物動態上の特徴として,タンパク結合率は約35%と比較的低く,約80%が腎排泄されるため,腎機能の影響を受けやすい.この腎排泄性により,他のDOAC とは異なり,透析による血中濃度の低下が可能である点は重要な特徴である.また,作用発現が速く,定常状態への到達が早いことから,治療開始時にも迅速な抗凝固効果が期待できる.日常的な抗凝固モニタリングは原則不要であり,ワルファリンのようなPT—INR 測定も必要とされない.区域麻酔施行時の休薬戦略においても,本邦の実臨床における測定の普及度を考慮し,本ガイドラインでは主に薬物動態に基づく休薬期間の設定(時間ベース管理)を基本方針としている.しかし,緊急手術や腎機能低下例,高齢者などの高リスク患者においては,休薬期間のみでは安全性の担保が困難な場合がある.そのような場面においては,施設で可能であれば残存DOAC 濃度(<30 ng/mL)や抗Xa 活性(≦0.1 IU/mL)の測定を追加し,深部の神経ブロック施行可能の閾値として積極的に参照することが推奨される.なお,現在,薬物動態ベースのより短い休薬戦略の安全性を検証するPAUSE—2 試験 18)などが進行中であり,その結果次第では今後のガイドライン改訂において休薬期間や管理アプローチが変更される可能性がある点に留意が必要である.特に腎排泄性が高いため,腎機能の定期的評価は安全な使用のために不可欠である. 参考文献1) Ferri N et al:Pharmacology of the new P2Y12 receptor inhibitors:insights on pharmacokinetic and pharmacodynamic properties. Drugs 73:1681—1709, 2013. DOI:10.1007/s40265-013-0126-z 2) Savi P et al:Clopidogrel and ticlopidine:P2Y12 adenosine diphosphate—receptor antagonists for the prevention of atherothrombosis. Semin Thromb Hemost 31:174—183, 2005. DOI:10.1055/s-2005-869523 3) Wallentin L et al:Ticagrelor versus clopidogrel in patients with acute coronary syndromes. N Engl J Med 361:1045—1057, 2009. DOI:10.1056/NEJMoa0904327 4) Shinohara Y et al:Cilostazol for prevention of secondary stroke(CSPS 2):an aspirin—controlled, double—blind, randomised non—inferiority trial. Lancet Neurol 9:959—968, 2010. DOI:10.1016/S1474-4422(10)70198-8 5) Diener HC et al:European Stroke Prevention Study. 2. Dipyridamole and acetylsalicylic acid in the secondary prevention of stroke. J Neurol Sci 143:1—13, 1996. DOI:10.1016/s0022-510x(96)00308-5 6) Melian EB et al:Beraprost:a review of its pharmacology and therapeutic efficacy in the treatment of peripheral arterial disease and pulmonary arterial hypertension. Drugs 62:107—133, 2002. DOI:10.2165/00003495- 200262010-00005 7) Bhatt DL et al:Cardiovascular risk reduction with icosapent ethyl for hypertriglyceridemia. N Engl J Med 380:11—22, 2019. DOI:10.1056/NEJMoa1812792 8) Ansell J et al:Pharmacology and management of the vitamin K antagonists:American College of Chest Physicians Evidence—Based Clinical Practice Guidelines(8th Edition). Chest 133:160S—198S, 2008. DOI:10.1378/ chest.08-0670 9) Hirsh J et al:Heparin and low—molecular—weight heparin:The Seventh ACCP Conference on Antithrombotic and Thrombolytic Therapy. Chest 126:188S—203S, 2004. DOI:10.1378/chest.126.3_suppl.188S 10) Weitz JI:Low—molecular—weight heparins. N Engl J Med 337:688—698, 1997. DOI:10.1056/ NEJM199709043371007 11) Bauersachs RM et al:Danaparoid—Consensus Recommendations on Its Clinical Use. Pharmaceutics 17:1584, 2024. DOI:10.3390/ph17121584 12) Büller HR et al:Subcutaneous fondaparinux versus intravenous unfractionated heparin in the initial treatment of pulmonary embolism. N Engl J Med 349:1695—1702, 2003. DOI:10.1056/NEJMoa035451 13) Joglar JA et al:2023 ACC/AHA/ACCP/HRS Guideline for the Diagnosis and Management of Atrial Fibrillation:A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines. J Am Coll Cardiol 83:109—279, 2024. DOI:10.1016/j.jacc.2023.08.017 14) Patel MR et al:Rivaroxaban versus warfarin in nonvalvular atrial fibrillation. N Engl J Med 365:883—891, 2011. DOI:10.1056/NEJMoa1009638 15) Perzborn E et al:Rivaroxaban:a new oral factor Xa inhibitor. Arterioscler Thromb Vasc Biol 30:376—381, 2010. DOI:10.1161/ATVBAHA.110.202978 16) Giugliano RP et al:Edoxaban versus warfarin in patients with atrial fibrillation. N Engl J Med 369:2093—2104, 2013. DOI:10.1056/NEJMoa1310907 17) Connolly SJ et al:Dabigatran versus warfarin in patients with atrial fibrillation. N Engl J Med 361:1139—1151, 2009. DOI:10.1056/NEJMoa0905561 18) Suleiman A et al:Direct oral anticoagulant management for neuraxial anaesthesia and deep peripheral nerve blocks. Br J Anaesth 135:1603—1608, 2025. DOI:10.1016/j.bja.2025.09.007
総 論10 3.各血栓性疾患の治療法・予防法 Summary Statement ●血栓性疾患の治療・予防には抗血小板療法,抗凝固療法,血栓溶解療法が用いられる. ●3 つの療法は血栓性疾患の病態によって使い分けられる. 解 説 抗血栓療法は血栓症の治療・予防に用いられ,抗血小板療法,抗凝固療法,血栓溶解療法に分類される.抗血小板療法は血小板の機能を抑制し,心筋梗塞や脳梗塞などの主に動脈血栓症の予防に用いられる.抗凝固療法は凝固因子の作用を抑制または産生を阻害し,深部静脈血栓症(deep vein thrombosis:DVT)や心房細動(atrial fibrillation:AF)に伴う脳梗塞などの静脈血栓症の予防だけでなく,ヘパリン起因性血小板減少症などの全身性の血栓症の治療などにも用いられる.血栓溶解療法は血栓によって閉塞した血管を再開通させる治療であり,心筋梗塞や肺血栓塞栓症,血栓性脳梗塞などが適応となる.血栓性疾患の治療法・予防法は国や地域によって差異があるため,本稿では日本循環器学会と領域関連学会との合同ガイドラインおよび日本脳卒中学会のガイドラインを参考にした.日本循環器学会のガイドラインでは米国心臓病学会(ACC)および米国心臓協会(AHA)のガイドラインと同様に,推奨度はクラスI~III,エビデンスレベルはA~C で記載している.一方,日本脳卒中学会のガイドラインでは推奨度およびエビデンスレベルの表記が異なっているため,本稿での推奨度およびエビデンスレベルは日本循環器学会の表記を採用した(表2,3)1). 1)心房細動(AF)における脳梗塞発症のリスク評価と抗凝固療法AF は最も一般的な不整脈であり,加齢とともにその有病率は増加する.AF に伴う左房血栓は脳梗塞の原因となり,その発症リスクに応じて抗凝固療法が適応となる.従来はワルファリンが抗凝固療法の主流であったが,2011 年以降は直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOACs)が治療選択肢として加わり,治療の多様性が広がっている.この領域の抗血栓療法については日本循環器学会/日本不整脈心電学会合同の『2020 年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン』2)および『2024 年JCS/JHRS ガイドライン フォーカスアップデート版 不整脈治療』1),日本脳卒中学会の『脳卒中治療ガイドライン2021[改訂2025]』3)をもとに以下に示す. 血栓性疾患に対する治療および予防にはどのような方法があるか? 表2 推奨クラス分類 クラスI手技・治療が有効・有用であるというエビデンスがある,あるいは見解が広く一致しているクラスIIaエビデンス・見解から,有効・有用である可能性が高いクラスIIbエビデンス・見解から,有効性・有用性がそれほど確立されていないクラスIII No benefit手技・治療が有効・有用でないとのエビデンスがある.あるいは見解が広く一致しているクラスIII Harm手技・治療が有害であるとのエビデンスがある,あるいは見解が広く一致している(日本循環器学会/日本不整脈心電学会.2024 年JCS/ JHRS ガイドラインフォーカスアップデート版不整脈治療.https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/ 2024/03/JCS2024_Iwasaki.pdf.2026 年4 月閲覧)表3 エビデンスレベル レベルA複数のランダム化介入臨床試験またはメタ解析で実証されたもの レベルB単一のランダム化介入臨床試験またはランダム化介入でない大規模な臨床試験で実証されたもの レベルC専門家および / または小規模臨床試験(後ろ向き研究および登録を含む)で意見が一致したもの(日本循環器学会/日本不整脈心電学会.2024 年JCS/ JHRS ガイドラインフォーカスアップデート版不整脈治療.https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/ 2024/03/JCS2024_Iwasaki.pdf.2026 年4 月閲覧)
3.各血栓性疾患の治療法・予防法11 推奨クラスI・AF 患者の心原性脳梗塞のリスク評価にCHADS2スコア(表4) 2)を用いる【レベルB】・AF 患者の出血リスク評価にHAS—BLED スコア(表5)4)を用いる【レベルB】・中等度~重度の僧帽弁狭窄症(mitral stenosis:MS)を伴うAF の脳梗塞予防としてワルファリンを用いる【レベルB】・非弁膜症性AF を伴う脳梗塞または一過性脳虚血発作患者の再発予防にはDOAC またはワルファリンによ る抗凝固療法を行う【レベルB】・AF を合併する心筋症や心不全では抗凝固療法を行う【レベルC】・機械弁置換術後のAF 患者の脳梗塞予防にワルファリンを用いる【レベルA】・DOAC を使用可能なAF 患者の脳梗塞予防を新規に開始する際には,ワルファリンよりもDOAC を用いる【レベルA】・DOAC は腎機能・年齢・体重・併用薬を考慮し,薬物の選択と用量調節を行う【レベルC】・DOAC 投与適否の判断,用量設定の判断のためにクレアチニンクリアランス(CCr)(アピキサバンの用量 設定では血清クレアチニン,体重,年齢)を確認する【レベルA】・軽度~中等度腎機能障害患者(30 mL/min≦CCr<50 mL/min)に対して抗凝固療法を行う(ワルファリン よりもDOAC を優先する)【レベルA】・承認用量での抗凝固薬投与が困難な超高齢高出血リスク*AF 患者に対して,エドキサバン15 mg を開始す る【レベルB】*:80 歳以上かつ,次の1~5のいずれか.115 mL≦CCr<30 mL/min,2体重≦45 kg,3重要部位で の出血既往(脳出血を含む),4非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の常用,5抗血小板薬の使用.ただし,4,5においては,その必要性をまずは吟味すること. 表4 CHADS2スコア 頭文字危険因子点数 C Congestive heart failure心不全1 H Hypertension高血圧(治療中も含む) 1 A Age年齢(75 歳以上) 1 D Diabetes mellitus糖尿病1 S2 Stroke/TIA脳卒中/TIA の既往2最大スコア:6 (日本循環器学会/日本不整脈心電学会.2020 年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン.https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/ 2020/01/JCS2020_Ono.pdf.2026 年4 月閲覧) 表5 HAS—BLED スコア(文献4 より改変) 頭文字危険因子点数 H Hypertension高血圧(収縮期血圧>160 mmHg) 1 A Abnormal renal and liver function(1 point each)腎機能障害*1・肝機能障害*2(各1 点)1 or 2 S Stroke脳卒中1 B Bleeding出血*3 1 L Labile INRs不安定な国際標準比(INR)*4 1 E Elderly(>65 y) 66 歳以上1 D Drugs or alcohol(1 point each)薬物,アルコール*5 各1 点1 or 2 *1:腎機能障害(慢性透析,腎移植,血清クレアチニン 200μmol/L[2.26 mg/dL]) *2:肝機能障害(慢性肝障害[肝硬変など]または検査値異常[ビリルビン値>正常上限×2 倍,AST/ALT/ ALP>正常上限×3 倍]) *3:出血歴,出血傾向(出血素因,貧血など) *4:不安定なINR,高値またはINR 至適範囲内時間(TTR)<60% *5:抗血小板薬,消炎鎮痛薬の併用,アルコール依存症最大スコア:9
総 論12 推奨クラスIIa・AF 患者の心原性脳梗塞のリスク評価にHELT—E2S2スコア(表6)5)の使用を考慮する【レベルB】・脳梗塞リスクが低い一次予防目的のワルファリン投与では,年齢によらずプロトロンビン時間国際標準比(PT—INR)1.6~2.6 で管理する【レベルB】・脳梗塞既往のある患者や高リスク患者のワルファリン投与では,年齢70 歳以上ではPT—INR 1.6~2.6 で,70 歳未満では2.0~3.0 で管理する【レベルB】・出血リスクの高い患者ではDOAC(ダビガトラン,アピキサバン,エドキサバン)を用いる【レベルA】・重度腎機能障害患者(15 mL/min≦CCr<30 mL/min)に対し,DOAC(ダビガトラン以外)を考慮する【レ ベルB】 推奨クラスIIb・CCr<30 mL/min かつ非透析導入の末期腎機能障害患者に対し,ワルファリンを用いた抗凝固療法施行を考 慮してもよい【レベルC】推奨クラスIII・透析患者に対してワルファリンを用いることは推奨されない【レベルB】 2)弁膜症日本循環器学会の『心房細動治療(薬物)ガイドライン 2013 年改訂版』では人工弁置換(生体弁,機械弁)とリウマチ性僧帽弁膜症(主に狭窄症)を弁膜症性としていたが,その後の海外のガイドラインでの推奨や臨床研究の結果を踏まえて,『2020 年改訂版 弁膜症治療のガイドライン』 6)では,中等症以上のMS と機械弁を弁膜症性とし,その他の弁膜症や生体弁は非弁膜症性と定義している.弁膜症領域の抗血栓療法については日本循環器学会の『2020 年改訂版 弁膜症治療のガイドライン』 6),『2020 年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン』 2)および『2024 年JCS/JHRS ガイドライン フォーカスアップデート版 不整脈治療』 1),日本脳卒中学会の『脳卒中治療ガイドライン2021[改訂2025]』 3)をもとに以下に示す.推奨クラスI・中等度~重度のMS を伴うAF,機械弁置換術後のAF 患者の脳梗塞予防にワルファリン(PT—INR 2.0~3.0) を用いる【レベルB】・機械弁置換術後のワルファリンによる永続的な抗凝固療法【レベルB】・左心系機械弁の血栓弁による症状が出現した場合の低用量血栓溶解療法または緊急手術【レベルC】推奨クラスIIa・適切な抗凝固療法中であっても明らかな血栓塞栓症を発症した機械弁置換術後患者に対するPT—INR 2.5~ 3.5 を目標としたワルファリン投与【レベルC】 ・生体弁置換術後3 ヵ月未満の症例に対する,PT—INR 2.0~2.5 でのワルファリンによる抗凝固療法【レベル B】・経カテーテル的大動脈弁留置術(transcatheter aortic valve implantation:TAVI)後6 ヵ月未満におけるア スピリン75~100 mg+クロピドグレル75 mg の併用投与後,アスピリンまたはクロピドグレル単剤投与の続行【レベルC】表6 HELT—E2S2スコア(文献5 より改変) 頭文字危険因子点数 H Hypertension高血圧1 E Elderly, age 75~84 years 75~84 歳1 L Low BMI(<18.5 kg/m2) BMI 18.5 未満1 T Type of AF(persistent/permanent)持続性/永続性心房細動1 E2 Extreme elderly, age≧85 years 85 歳以上2 S2 previous Stroke脳卒中の既往2
3.各血栓性疾患の治療法・予防法13 推奨クラスIIb・適切な抗凝固療法中であっても明らかな血栓塞栓症を発症した機械弁置換術後患者に対する,アスピリンの 併用【レベルC】推奨クラスIII・弁膜症性AF にはDOAC の適応はない【レベルB】・機械弁置換術後患者にはDOAC を使用しない【レベルB】・機械弁置換術後患者にはアスピリン単剤投与は行わない【レベルB】 3)冠動脈疾患(CAD)冠動脈疾患(coronary artery disease:CAD)に対する抗血栓療法は抗血小板療法が中心であり,主にアスピリンとP2Y12 受容体遮断薬が用いられる.CAD に対しては経皮的冠動脈形成術(percutaneous coronary intervention:PCI)や冠動脈バイパス術(coronary artery bypass grafting:CABG)などの侵襲的治療も適応であり,PCI やCABG の周術期および術後も抗血小板療法が必要となる.この領域の抗血栓療法については日本循環器学会の『2020 年JCS ガイドライン フォーカスアップデート版 冠動脈疾患患者における抗血栓療法』 7),『2022 年JCS ガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療』 8),『2023 年改訂版 冠動脈疾患の一次予防に関する診療ガイドライン』 9),『2023 年JCS/CVIT/JCC ガイドライン フォーカスアップデート版 冠攣縮性狭心症と冠微小循環障害の診断と治療』 10)をもとに解説する. 1 急性発症または経皮的冠動脈形成術(PCI)施行時の負荷投与推奨クラスI・アスピリン未服用の患者に対してST 上昇型心筋梗塞(ST elevation myocardial infarction:STEMI),非ST 上昇型急性冠症候群(non—ST—elevation acute coronary syndrome:NSTE—ACS)または急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)が強く疑われる時点でアスピリン162~324 mg を咀嚼服用させる【レベルA】・P2Y12 受容体遮断薬未服用のSTEMI 患者に対して,primary PCI 施行前にプラスグレル20 mg を投与する【レベルA】・P2Y12 受容体遮断薬未服用のNSTE—ACS 患者に対して,冠動脈病変を確認後,PCI 施行前にプラスグレル 20 mg を投与する【レベルA】・P2Y12 受容体遮断薬未服用のSTEMI またはNSTE—ACS 患者で,プラスグレルの投与が困難な場合には primary PCI 施行前にクロピドグレル300 mg を投与する【レベルA】・アスピリン未服用の安定狭心症患者に対して,PCI 施行前にアスピリン162~324 mg を咀嚼服用させる【レ ベルA】・P2Y12 受容体遮断薬未服用の安定狭心症患者に対して,冠動脈ステント留置時にプラスグレル20 mg または クロピドグレル300 mg を投与する【レベルC】推奨クラスIIb・P2Y12 受容体遮断薬未服用のSTEMI またはNSTE—ACS 患者で,プラスグレルおよびクロピドグレルの投 与が困難な場合には,PCI 施行前にチカグレロル180 mg の投与を考慮する【レベルB】2 急性冠症候群(ACS)推奨クラスI・冠動脈ステント留置後は,アスピリンとプラスグレルまたはクロピドグレルを3~12ヵ月間併用投与する【レ ベルA】・薬剤溶出ステント(drug eluting stent:DES)留置後,出血リスクが高い患者に対して,抗血小板薬2 剤併 用療法(dual antiplatelet therapy:DAPT)は1~3 ヵ月間に短期化する【レベルA】・禁忌がない限り,無期限にアスピリン81~162 mg/日を経口投与する【レベルA】・左室・左房内血栓を有する心筋梗塞患者,重症心不全患者,左室瘤を合併する患者,機械弁置換術後の患者 に対してワルファリンを併用する【レベルB】推奨クラスIIa・血栓リスクと出血リスクがともに高い患者に対して,DAPT を短期間で終了し,P2Y12 受容体遮断薬単剤投 与の継続を考慮する【レベルA】
総 論14 ・冠動脈ステント留置後,出血リスクが低く,ステント血栓症を含む血栓イベントのリスクが高い患者に対し て,DAPT の長期継続を考慮する【レベルB】・アスピリン服用の禁忌患者に対して,チエノピリジン系抗血小板薬単剤投与を考慮する【レベルC】推奨クラスIIb・DAPT の適応患者で,アスピリンと併用するチエノピリジン系抗血小板薬の投与が困難な場合には,チカグ レロルの投与を考慮してもよい【レベルB】推奨クラスIII・AF を合併する出血リスクが高いPCI 施行患者に対して,抗凝固薬とDAPT の3 剤併用は1 ヵ月以上長期継 続すべきではない(Harm)【レベルB】3 安定狭心症推奨クラスI・冠動脈ステント留置後,アスピリンとクロピドグレルまたはプラスグレルのDAPT を1~3 ヵ月間継続する【レベルA】・禁忌がない限り,無期限にアスピリン81~100 mg/日を経口投与する【レベルA】推奨クラスIIa・血栓リスクと出血リスクがともに高い患者に対して,1~3 ヵ月後にDAPT を終了し,P2Y12 受容体遮断薬 投与の継続を考慮する【レベルA】・出血リスクが高い患者に対して,DAPT 継続期間の1~3 ヵ月への短期化を考慮する【レベルB】・薬剤コーティングバルーンのみでPCI を行った患者に対して,DAPT の1~3 ヵ月間の継続を考慮する【レ ベルB】・アスピリン服用の禁忌患者に対して,チエノピリジン系抗血小板薬単剤投与を考慮する【レベルC】推奨クラスIIb・虚血イベントリスクが高く,12 ヵ月間のDAPT 継続期間に出血イベントがない出血リスクの低い患者に対 して,30 ヵ月までのDAPT 継続を考慮してよい【レベルB】4 経皮的冠動脈形成術(PCI)非施行患者推奨クラスI・アスピリン81~100 mg/日を継続的に投与する【レベルA】・ACS 患者に対して,低用量アスピリンとクロピドグレルのDAPT を少なくとも6~12 ヵ月継続する【レベ ルB】推奨クラスIIa・アスピリン服用の禁忌患者に対して,チエノピリジン系抗血小板薬単剤投与を考慮する【レベルC】推奨クラスIIb・出血リスクが高い患者に対して,アスピリンまたはチエノピリジン系抗血小板薬の単剤投与を考慮してもよ い【レベルC】5 抗凝固療法を必要とする冠動脈疾患(CAD)患者推奨クラスI・冠動脈ステント留置患者に対して,留置2 週間以降に抗凝固薬とP2Y12 受容体遮断薬との2 剤併用療法を行 う【レベルA】・AF に対する抗凝固薬の選択において,ワルファリンよりもDOAC を優先する【レベルA】・左室・左房内血栓を有する心筋梗塞患者,重症心不全患者,左室瘤を合併する患者,機械弁置換術後の患者 に対して,急性冠症候群・冠血行再建後に抗血小板薬とワルファリンを併用する【レベルB】・慢性期(1 年以降)の心筋梗塞患者,ステント留置患者,CABG 施行患者,および冠血行再建術を受けてい ないCAD 患者に対して,リバーロキサバンを単剤で投与する【レベルB】・冠動脈ステント留置患者に対して,周術期に抗凝固療法とDAPT の3 剤併用療法を行う【レベルC】推奨クラスIIa・抗血小板薬併用の際に,脳卒中抑制効果が証明されている用量でDOAC を投与する【レベルA】・機械弁置換術後の患者に対して,慢性期(1 年以降)にワルファリンと低用量アスピリンの併用を考慮する【レベルC】
3.各血栓性疾患の治療法・予防法15 推奨クラスIIb・抗血小板薬投与中のワルファリン投与ではPT—INR の目標値を2.0~2.5(70 歳以上は1.6~2.5)と低めに設 定し,至適範囲内時間(time in therapeutic range:TTR)を65%以上としてもよい【レベルC】推奨クラスIII・AF を合併するPCI 施行患者のなかでも特に出血リスクが高い患者に対して,抗凝固薬とDAPT の3 剤併用 療法は1 ヵ月以上継続すべきではない(Harm)【レベルB】6 冠動脈バイパス術(CABG)推奨クラスI・ハートチームで出血リスクと血栓リスクを評価し,CABG 施行時期の検討を行い,周術期の抗血栓療法に関 する計画を立てる【レベルC】・アスピリン服用中でCABG を施行される患者に対して,周術期にアスピリン(81~162 mg/日)を継続する【レベルC】・冠動脈ステント留置後のDAPT 期間中にCABG を施行される患者に対して,術後,可及的速やかに負荷投 与を行ったうえでP2Y12 受容体遮断薬を再開し,推奨されるDAPT 期間が終了するまで継続する【レベルC】・ACS に対してCABG が施行される場合,長期の経口抗凝固薬投与が不要であれば,術後,可及的速やかに 負荷投与を行ったうえでP2Y12 受容体遮断薬を開始し,最長12 ヵ月までDAPT を継続する【レベルC】推奨クラスIIa・P2Y12 受容体遮断薬服用中でCABG を施行される患者に対して,チカグレロルは中止後3 日以上,クロピド グレルは中止後5 日以上,プラスグレルは中止後7 日以上経過した後にCABG を施行することを考慮する【レベルB】・安定冠動脈疾患患者に対するオフポンプCABG 術後の静脈グラフト開存率の改善を目的として,術後の DAPT を考慮する【レベルB】推奨クラスIII・抗凝固薬の適応がない場合の,CABG 術後のグラフト開存率向上を目的とした抗凝固薬投与は推奨されない(No benefit)【レベルA】・CABG 術後のグラフト開存を含む予後改善を目的に,術前からアスピリンに加えて他の抗血小板薬を併用す べきではない(Harm)【レベルB】7 その他推奨クラスI・川崎病後遺症として冠動脈瘤残存例や中等瘤以上の既往を有する例にはアスピリンを投与する【レベルC】・川崎病患者で巨大瘤や急性心筋梗塞の既往,瘤内血栓を有する例にはワルファリンを投与する【レベルC】推奨クラスIII・有意な器質的狭窄のない冠攣縮性狭心症患者に対し,アスピリンの投与は推奨されない(No benefit)【レベ ルB】 4)深部静脈血栓症(DVT),肺血栓塞栓症(PTE) DVT,肺血栓塞栓症(pulmonary thromboembolism:PTE)は周術期に危惧すべき重篤な合併症であり,その治療と予防は周術期管理の重要課題である.DVT は静脈還流障害によるさまざまな症状をきたし,DVTが遊離して肺動脈に流入するとPTE を発症する.急性PTE の塞栓源の90%以上は下肢深部静脈または骨盤内静脈由来のDVT とされており,DVT とPTE を総称して静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)と呼ぶ.VTE の発症には血液凝固関連因子異常などの先天性因子の他,外傷や手術,長期臥床などの後天性因子が関与しており,多くのVTE 症例では複数の誘因が関与しているが,誘因のない症例も存在する.この領域については日本循環器学会の『2025 年改訂版 肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症に関するガイドライン』11)を参考に解説する. 1 深部静脈血栓症(DVT)推奨クラスI・中枢型DVT に対して,急性期治療としてDOAC を投与する【レベルA】
総 論16 ・すべての中枢型DVT に対して,抗凝固薬の禁忌や継続困難な出血がない場合,少なくとも3 ヵ月の抗凝固 療法を行う【レベルA】・中枢型DVT の急性期治療として,ヘパリンなどの非経口抗凝固薬を開始し,経口抗凝固薬であるワルファ リンを併用する.非経口抗凝固薬はワルファリンの効果が治療域に到達するまで継続する【レベルB】・末梢型DVT には画一的に抗凝固療法を施行しない【レベルB】・末梢型DVT に抗凝固療法を施行する場合は,3 ヵ月までとする(活動性がん患者の末梢型DVT については 他の推奨項目も参照)【レベルB】推奨クラスIIa・中枢型DVT 患者のワルファリンの治療域は,PT—INR が1.5~2.5 となるように調節することを考慮する【レ ベルC】・活動性がん患者など再発リスクが高い患者以外の中枢型DVT に対する延長治療には,低用量DOAC を考慮 する【レベルA】・活動性がん患者の中枢型DVT への抗凝固療法は,出血性合併症に留意しながら,がんの活動性がなくなら ない限り継続することを考慮する【レベルB】2 肺血栓塞栓症(PTE)推奨クラスI・急性PTE で,ショックや低血圧が遷延する血行動態が不安定な例に対しては,血栓溶解療法を施行する【レ ベルB】・血行動態の安定している急性PTE に対して,急性期治療としてDOAC を投与する【レベルA】・急性PTE の急性期治療として,ヘパリンなどの非経口抗凝固薬を開始し,経口抗凝固薬であるワルファリ ンを併用する【レベルB】推奨クラスIIa・急性PTE で,正常血圧であるが右室機能不全と心臓バイオマーカー陽性がともに認められる患者に対して は,非経口薬による抗凝固療法を第一選択とし,循環動態の悪化徴候がみられた場合には,血栓溶解療法を考慮する【レベルB】・活動性がん患者のPTE への抗凝固療法は,がんが治癒しない限り継続することを考慮する【レベルB】・ワルファリンの治療域は,PT—INR が1.5~2.5 となるように調節することを考慮する【レベルC】 5)末梢動脈疾患(PAD)末梢動脈疾患(peripheral artery disease:PAD)には,頸動脈・椎骨動脈閉塞性疾患,上下肢閉塞性動脈疾患などが含まれる.閉塞性動脈疾患の病態は,動脈硬化や血管炎,外傷,解剖学的走行異常,形成異常など原因はさまざまである.この領域については日本循環器学会の『2022 年改訂版 末梢動脈疾患ガイドライン』12)および『2025 年JCS/JSVS ガイドライン フォーカスアップデート版 末梢動脈疾患』13)を参考に解説する.推奨クラスI・急性下肢(上肢)虚血(acute limb ischemia:ALI)と診断された患者には,速やかにヘパリンを投与する【レベルA】・ALI の治療後,AF や心内血栓が指摘されれば,長期間の抗凝固療法を行う【レベルB】・動脈硬化が原因の急性動脈閉塞患者には,通常の末梢動脈疾患患者と同様に,二次予防目的にて抗血小板薬, スタチンの投与を行う【レベルA】・症候性下肢閉塞性動脈疾患に対して抗血小板薬を使用する【レベルC】・間歇性跛行患者に対して,脳心血管イベント予防を目的として,アスピリンもしくはクロピドグレルを投与 する【レベルA】・心不全のない間歇性跛行患者に,シロスタゾールを投与する【レベルA】推奨クラスIIa・下肢バイパス術後の抗血栓療法においては,低用量リバーロキサバンをアスピリンに追加することを考慮す る【レベルB】推奨クラスIIb・急性動脈閉塞の治療後,塞栓源が特定されなくても,再発防止のため抗凝固療法を考慮してもよい【レベル C】
3.各血栓性疾患の治療法・予防法17 参考文献1) 日本循環器学会,日本不整脈心電学会:2024 年JCS/JHRS ガイドライン フォーカスアップデート版 不整脈治療,2025,https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2024/03/JCS2024_Iwasaki.pdf(2025 年10 月閲覧) 2) 日本循環器学会,日本不整脈心電学会:2020 年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン,2023,https://www.j-circ. or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/01/JCS2020_Ono.pdf(2025 年10 月閲覧) 3) 日本脳卒中学会 脳卒中ガイドライン委員会:脳卒中治療ガイドライン2021[改訂2025],2025,https://www. jsts.gr.jp/img/guideline2021_kaitei2025_kaiteikoumoku.pdf(2025 年10 月閲覧) 4) Pisters R et al:A novel user—friendly score(HAS—BLED)to assess 1—year risk of major bleeding in patients with atrial fibrillation:the Euro Heart Survey. Chest 138:1093—1100, 2010. DOI:10.1378/chest.10-0134 5) Okumura K et al:A novel risk stratification system for ischemic stroke in Japanese patients with non—valvular atrial fibrillation. Circ J 85:1254—1262, 2021. DOI:10.1253/circj.CJ-20-1075 6) 日本循環器学会,日本胸部外科学会,日本血管外科学会,日本心臓血管外科学会:2020 年改訂版 弁膜症治療のガイドライン,2020,https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/04/JCS2020_Izumi_Eishi.pdf (2025 年10 月閲覧) 7) 日本循環器学会:2020 年JCS ガイドライン フォーカスアップデート版 冠動脈疾患患者における抗血栓療法, 2024,https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/04/JCS2020_Kimura_Nakamura.pdf(2025 年10月閲覧) 8) 日本循環器学会,日本医学放射線学会,日本核医学会,日本冠疾患学会,日本胸部外科学会,日本心血管インターベンション治療学会,日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会:2022 年JCS ガイドライン フォーカスアップデート版 安定冠動脈疾患の診断と治療,2022,https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2022/03/ JCS2022_Nakano.pdf(2025 年10 月閲覧) 9) 日本循環器学会,日本栄養・食糧学会,日本小児循環器学会,日本女性医学学会,日本腎臓学会,日本心臓病学会,日本心臓リハビリテーション学会,日本高血圧学会,日本糖尿病学会,日本動脈硬化学会,日本老年医学会:2023 年改訂版 冠動脈疾患の一次予防に関する診療ガイドライン,2023,https://www.j-circ.or.jp/cms/ wp-content/uploads/2023/03/JCS2023_fujiyoshi.pdf(2025 年10 月閲覧) 10) 日本循環器学会,日本心血管インターベンション治療学会,日本心臓病学会:2023 年JCS/CVIT/JCC ガイドライン フォーカスアップデート版 冠攣縮性狭心症と冠微小循環障害の診断と治療,2023,https://www.j-circ. or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/03/JCS2023_hokimoto.pdf(2025 年10 月閲覧) 11) 日本循環器学会,日本肺高血圧・肺循環学会:2025 年改訂版 肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症に関するガイドライン,2025,https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Tamura. pdf(2025 年10 月閲覧) 12) 日本循環器学会,日本心臓血管外科学会:2022 年改訂版 末梢動脈疾患ガイドライン,2025,https://www.j-circ. or.jp/cms/wp-content/uploads/2022/03/JCS2022_Azuma.pdf(2025 年10 月閲覧) 13) 日本循環器学会,日本心臓血管外科学会:2025 年JCS/JSVS ガイドライン フォーカスアップデート版 末梢動 脈疾患,2025,https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Shigematsu.pdf(2025 年10月閲覧)
総 論18 4.周術期の抗血栓療法管理 Summary Statement ●抗血栓療法患者は血栓症の高リスク患者である. ●周術期の抗血栓療法では血栓症のリスクと出血のリスクの両方を評価する. ●抗血栓療法休止の可否は周術期全体での患者のメリットを優先したうえで決定する. 解 説 抗血栓療法中の患者は原則として血栓症の高リスク群であり,周術期といえども血栓症治療・予防の観点からは抗血栓療法を休止すべきではない.しかし,周術期に抗血栓療法を継続することは手術や区域麻酔などの侵襲的処置に伴う出血のリスクを増加させる(表7).特に心臓血管外科手術のように術中に全身ヘパリン化を要する手術に関しては,2024 年のEACTS/EACTAIC patient blood management ガイドライン 1)および2021年のSTS/SCA/Am SECT/SABM ガイドライン 2)のいずれにおいても,抗血栓療法の継続が周術期出血を増加させることが示されている.周術期は抗血栓療法の継続・休止だけでなく,術中ヘパリン投与や体外循環装置の使用が重なることで止血機構が複合的に障害され,出血リスクが一層増幅されると考える.したがって,抗血栓療法患者に侵襲的処置を行う際は,処置の必要性と緊急性を熟慮し,さらに処置に伴う出血のリスクと出血が原因となって生じる合併症(硬膜外血腫など)の重症度,抗血栓療法を休止した場合に生じうる血栓症とその重症度を十分に評価した後に休薬の可否を決定すべきである.本邦における周術期の抗血栓療法の管理については日本循環器学会の『2020 年JCS ガイドライン フォーカスアップデート版 冠動脈疾患患者における抗血栓療法』 3)および『2020 年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン』 4)にまとめられているため,これらのガイドラインをもとに以下に示す. 1)虚血性心疾患患者の待機的非心臓手術(抗血小板療法)推奨クラスI・非心臓手術の出血リスクを評価し,周術期の抗血栓療法を検討する【レベルC】・出血リスクが許容される場合には周術期はアスピリンを継続し,血栓リスクが高く術前にP2Y12 受容体遮断 薬が休薬された場合は術後,可及的速やかに(24~72 時間以内に)負荷投与を行いP2Y12 受容体遮断薬を再開する【レベルB】・薬剤溶出ステント(drug eluting stent:DES)留置後にP2Y12 受容体遮断薬の休薬を要する待機的非心臓 手術を行う患者に対して,可能であれば手術はDES 留置後6 ヵ月以降に延期する【レベルB】推奨クラスIIa・DES 留置後にP2Y12 受容体遮断薬の休薬を要する待機的非心臓手術を行う患者に対して,血栓リスクが低 い場合は経皮的冠動脈形成術(percutaneous coronary intervention:PCI)施行後3 ヵ月以降の手術を考慮する【レベルB】・術前のP2Y12 受容体遮断薬投与の休薬に関しては,チカグレロルでは遅くとも3 日前,クロピドグレルでは 遅くとも5 日前,プラスグレルでは遅くとも7 日前を考慮する【レベルB】推奨クラスIIb・DES 留置後にP2Y12 受容体遮断薬の休薬を要する待機的非心臓手術を行う患者で周術期のアスピリン継続 が可能な場合は,血栓リスクの低い患者ではPCI 施行後1~3 ヵ月,血栓リスクの高い患者ではPCI 施行後1~6 ヵ月での手術を考慮してもよい【レベルC】推奨クラスIII・ヘパリンによる抗血小板薬の代替療法は,ステント血栓症を予防するうえでの有効性は示されていないため 推奨されない(No benefit)【レベルB】・心房細動(atrial fibrillation:AF)患者において,手術前のヘパリンによるワルファリンの代替療法は,心 血管イベント減少に寄与せず,周術期の出血性合併症を増加させる可能性があるため推奨されない(No benefit)【レベルB】 周術期における抗血栓療法の管理はどのように行うべきか?
4.周術期の抗血栓療法管理19 ・冠動脈ステント留置後1 ヵ月以内の患者に対して,待機的非心臓手術を施行すべきではない(Harm)【レベ ルB】 2)心房細動(AF)患者の待機的非心臓手術(抗凝固療法)推奨クラスI・出血低リスク手技での抗凝固薬継続【レベルA】・抜歯時の,至適治療域に管理されたワルファリン継続【レベルA】推奨クラスIIa・抜歯時の直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOACs)継続【レベルC】・出血中等度リスク手技での抗凝固薬継続【レベルC】・心臓デバイス植込手術時の,至適治療域に管理されたワルファリン継続【レベルB】・心臓デバイス植込手術時のDOAC 継続【レベルC】・出血低リスクの消化器内視鏡時の,至適治療域に管理されたワルファリン継続【レベルB】・血中濃度がピークの時間帯を避けた出血低危険度までの消化器内視鏡時のDOAC 継続【レベルC】・出血が起こった場合に対処が困難な出血低・中等度リスク手技での抗凝固薬休薬【レベルC】・出血高リスク手技での抗凝固薬休薬【レベルC】・出血高リスクの消化器内視鏡時のワルファリン休薬,もしくは至適治療域に管理されたワルファリン継続【レベルC】・出血高リスクの消化器内視鏡時の,処置当日の朝にDOAC 休薬と翌朝からの再開【レベルC】推奨クラスIIb・ワルファリンまたはDOAC 休薬時のヘパリン置換【レベルB】 注:『2020 年JCS ガイドライン フォーカス アップデート版 冠動脈疾患患者における抗血栓療法 2020 年フォーカスアップデート版』 3)ではワルファリンのヘパリン置換は推奨クラスIII 3)冠動脈バイパス術(CABG)推奨クラスI・ハートチームで出血リスクと血栓リスクを評価し,冠動脈バイパス術(coronary artery bypass grafting: CABG)施行時期の検討を行い,周術期の抗血栓療法に関する計画を立てる【レベルC】・アスピリン服用中でCABG を施行される患者に対して,周術期にアスピリン(81~162 mg/日)を継続する【レベルC】・冠動脈ステント留置後の抗血小板薬2 剤併用療法(dual antiplatelet therapy:DAPT)期間中にCABG を施 行される患者に対して,術後,可及的速やかに負荷投与を行ったうえでP2Y12 受容体遮断薬を再開し,推奨されるDAPT 期間が終了するまで継続する【レベルC】・急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)に対してCABG が施行される場合,長期の経口抗凝固薬 投与が不要であれば,術後,可及的速やかに負荷投与を行ったうえでP2Y12 受容体遮断薬を開始し,最長12 ヵ月までDAPT を継続する【レベルC】推奨クラスIIa・P2Y12 受容体遮断薬服用中でCABG を施行される患者に対して,チカグレロルは中止後3 日以上,クロピド グレルは中止後5 日以上,プラスグレルは中止後7 日以上経過した後にCABG を施行することを考慮する【レベルB】・安定冠動脈疾患患者に対するオフポンプCABG 術後の静脈グラフト開存率の改善を目的として,術後の DAPT を考慮する【レベルB】推奨クラスIII・抗凝固薬の適応がない場合の,CABG 術後のグラフト開存率向上を目的とした抗凝固薬投与は推奨されない(No benefit)【レベルA】・CABG 術後のグラフト開存を含む予後改善を目的に,術前からアスピリンに加えて他の抗血小板薬を併用す べきではない(Harm)【レベルB】
総 論20 4)冠動脈バイパス術(CABG)以外の心臓手術心臓手術周術期の抗血栓療法に関するガイドラインでは,「心臓手術」はCABG を指すことが多く,CABG以外の弁置換術や弁形成術に関しては十分に言及されていない.この領域のエビデンスは不十分ではあるが,冠動脈疾患患者がCABG 以外の心臓手術を受ける場合の周術期の抗血栓療法の管理については,原則としてCABG に準拠してよいと考えられる.心臓手術患者はAF を合併することも多く,AF に対し抗凝固療法を受けている患者がCABG 以外の心臓手術を受ける場合も,AF 患者の待機的非心臓手術に準拠してよいと考えられる. 5)カテーテルアブレーション推奨クラスI・AF アブレーション施行時のワルファリンまたはダビガトラン継続【レベルA】推奨クラスIIa・AF アブレーション施行時のリバーロキサバンまたはアピキサバンまたはエドキサバン継続【レベルB】・AF アブレーション施行直前のDOAC の1~2 回の休薬【レベルB】・持続性AF や高リスク例(CHADS2 スコア2 点以上)でのAF アブレーション3 週間以上前からの,ワル ファリンあるいはDOAC 継続【レベルC】(CHADS2 スコアは前稿参照) 表7 各診療領域の術式に応じた出血リスク(文献1, 2 より作成) 出血リスク低リスク中等度リスク高リスク 一般外科領域ヘルニア手術,瘢痕ヘルニア形成術,胆嚢摘出術,虫垂・結腸切除術,胃・小腸部分切除術,乳房部分切除術,体表手術(瘢痕切除,皮膚小切開手術)痔核切除術,脾臓摘出術,胃切除術,肥満手術,直腸切除術,甲状腺切除術乳房全摘術,肝切除術,膵頭十二指腸切除術,食道がん手術,肝移植 血管外科領域血管造影,末梢血管内治療,下肢動脈バイパス術,四肢切断術開腹による腹部大動脈手術,胸部・腹部ステントグラフト内挿術(TEVAR・EVAR),頸動脈内膜剥離術開腹による胸部・胸腹部大動脈手術 整形外科領域手の手術,肩・膝の関節鏡,軽度の脊椎手術人工肩関節手術,主要な脊椎手術,膝手術(前十字靱帯,骨切り術),関節鏡下手術,足の手術主要な人工関節手術(股・膝関節),外傷(骨盤骨折,大腿骨骨折),高齢者の近位大腿骨骨折手術 泌尿器科領域膀胱鏡,尿管カテーテル,尿管鏡経皮的腎瘻造設術,前立腺生検,精巣摘除術,包皮環状切除術膀胱全摘術,腎部分切除・全摘術,前立腺全摘術,経尿道的腫瘍切除術(TUR—BT),経尿道的前立腺切除(TUR—P),腎移植胸部外科領域肺区域切除術,診断目的の胸腔鏡,胸壁切除術肺葉切除術,肺全摘術,縦隔腫瘍切除術胸膜肺切除術,肺移植手術 消化管内視鏡上部消化管内視鏡,下部消化管内視鏡(ポリペクトミーを除く),カプセル内視鏡,内視鏡的粘膜切除術,内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)内視鏡的生検,ポリペクトミー(ポリープ切除術),内視鏡的粘 膜焼灼術,内視鏡的胃・食道静脈瘤治療アカラシア内視鏡的手術,内視鏡的粘膜切除術,内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD),内視鏡的乳頭括約筋切開術,膵嚢胞病変に対する超音波内視鏡下穿刺吸引術 その他歯科処置(抜歯,インプラントなど),体表皮膚科手術,気管支鏡など咽頭・喉頭手術,鼓室形成などの耳手術,副鼻腔手術,心臓デバイス植込み術,気管支鏡下生検など脊髄くも膜下/硬膜外麻酔,開頭手術,脊髄手術,広範囲脊椎固定術,頭頸部がん手術など出血リスクの分類は2 つのガイドラインで異なる部分も多く,各施設での状況を加味したうえで参考にすることが望ましい.
4.周術期の抗血栓療法管理21 参考文献1) EACTS/EACTAIC/EBCP Scientific Document Group:2024 EACTS/EACTAIC Guidelines on patient blood management in adult cardiac surgery in collaboration with EBCP. Eur J Cardiothorac Surg 67:ezae352, 2025. DOI:10.1093/ejcts/ezae352 2) Tibi P et al:STS/SCA/AmSECT/SABM Update to the Clinical Practice Guidelines on Patient Blood Management. J Cardiothorac Vasc Anesth 35:2569‒2591, 2021. DOI:10.1053/j.jvca.2021.03.011 3) 日本循環器学会:2020 年JCS ガイドライン フォーカスアップデート版 冠動脈疾患患者における抗血栓療法, 2024,https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/04/JCS2020_Kimura_Nakamura.pdf(2025 年10月閲覧) 4) 日本循環器学会,日本不整脈心電学会:2020 年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン,2023,https://www.j-circ. or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/01/JCS2020_Ono.pdf(2025 年10 月閲覧)
総 論22 5.神経ブロックにおける抗血小板薬・抗凝固薬の取り扱い 手術室やペインクリニックの診療現場において,抗血栓療法中の患者に神経ブロックを計画する場合,その臨床対応に苦慮することも少なくない.2016 年に本ガイドラインの初版1)が刊行されたが,年月が経過して診療内容も変遷するなかで改訂が必要ないくつかの点についても議論されてきた.本ガイドラインの主要な目的の一つに,抗血小板薬・抗凝固薬の休薬による血栓リスクと抗血栓効果の残存による出血リスクを勘案して休薬期間を決定することがある.安全性を優先するためには,抗血栓効果の消失が期待される十分な休薬期間を設けることが基本となる.一方で,血腫による永続的な神経学的合併症の発生率は極端に低く,休薬期間の違いが安全性に及ぼす影響に関して十分なエビデンスを構築することが困難であるのも事実である2, 3).血栓症の頻度や抗血小板薬・抗凝固薬の効果に影響を及ぼす人種の遺伝子多型や体格の差異を考慮すれば,日本人患者におけるエビデンスの集積が求められる.しかしながら,大規模な患者を対象にしたランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)の実施も残念ながら困難である.神経ブロックの最終的な実施には,診療ガイドラインを参考に,症例ごとの利害得失を診療チーム内で協議することが重要である.本ガイドラインの初版が刊行されてから現在に至るまで,諸外国における同領域のガイドラインの改訂や発表が行われている.2018 年,疼痛関連6 学会合同ガイドラインが改訂されて,第2 版が発表された4).2022 年には,欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインが発表された5).また,2025年に,米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン第5 版が発表された6).診療ガイドラインは各医師が実地診療において治療法を選択するうえでの現状の指針であり,その内容も世界的な変化のなかで継続的に改訂される必要がある7).今回の改訂では,現状でのエビデンスと本邦の診療状況に諸外国のガイドラインの内容を勘案し,直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOACs),アスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の取り扱いについて部分変更を行い,新規抗血小板薬のチカグレロル,抗血小板薬・抗凝固薬の拮抗治療薬などの追記も行った. Summary Statement ●出血が患者転帰へ及ぼすリスクが潜在的に高い脊髄幹麻酔や深部の神経ブロックの実施にあたっては,薬物 動態に基づいた抗血小板薬・抗凝固薬の休薬期間を設ける. ●神経ブロック手技の多くが超音波ガイド下に安全に実施できることから,超音波ガイド法を積極的に用いる ことが望ましい. ●脊髄幹麻酔を実施する場合,血小板数は10.0×104/μL 以上が望ましい. ●硬膜外カテーテル留置中の患者では,背部痛,下肢筋力低下,膀胱直腸障害の出現に注意する.特に,下肢 筋力低下についてはカテーテル抜去後の24 時間まで観察を継続する. 解 説 抗血栓療法中の患者に神経ブロックを実施するにあたり,出血リスクを患者ごとに個別評価して対応する.軽微な出血であっても自然に止血されず,血腫が拡大する背景には患者要因と手技要因がある.患者要因として,先天性または後天性の出血素因,重篤な出血イベントの既往,腎不全や肝不全の合併,血管壁や軟部組織の脆弱性,高度肥満,高齢,性差(女性),悪性疾患の合併,抗血小板薬・抗凝固薬の効果に相互作用する他薬物の併用などが挙げられる.手技要因には,神経ブロックの種類やアプローチ,ブロック針の口径,施術者の技量などが挙げられる.実臨床においてはこれら因子が複雑に交絡することから,患者に応じて最良の方針を検討することが重要である.本ガイドラインで提案する休薬期間は最短のものであり,例えば,腎機能障害の合併により薬物排泄の遅延が想定される場合に休薬期間の延長を検討するといった対応が望まれる.特に出血リスクが高い患者では脊髄幹麻酔や深部の神経ブロックを回避して,全身麻酔を単独で実施することや体表面の神経ブロックで代替することも検討する.一方で,血栓性リスクが高い患者では,周術期を通して抗血小板薬・抗凝固薬の休薬を回避することも検討する.出血が患者転帰に及ぼすリスクが潜在的に高い脊髄幹麻酔(硬膜外麻酔,脊髄くも膜下麻酔)や深部の神経 出血性合併症の軽減のために注意すべきことは何か?
5.神経ブロックにおける抗血小板薬・抗凝固薬の取り扱い23 ブロックでは,薬物動態に基づいた抗血小板薬・抗凝固薬の休薬計画を検討する.一方,体表面の神経ブロックにおいては,患者の出血リスクが高いなどの場合を除いて抗血小板薬・抗凝固薬の休薬は必須としない.神経ブロックの種類によっては深部もしくは体表面のいずれの神経ブロックに相当するか議論が分かれるが,本ガイドラインで分類を提案した(表8).多くの神経ブロック手技は超音波ガイド下に実施可能である.超音波ガイド法の併用により血管穿刺リスクを軽減できることから8),抗血小板薬・抗凝固薬の投薬中には積極的な併用を考慮する.一方,超音波ガイド下であっても,深部の神経ブロックでは抗血小板薬・抗凝固薬の推奨される休薬期間を短縮せずに実施に臨むことが適切である.脊髄幹麻酔を実施する際の血小板数は10.0×104/μL以上が望ましい.より小さい口径の穿刺針を用いることで硬膜外・脊髄内血腫の発生リスクの軽減が期待できるが,5.0×104/μL 未満での脊髄くも膜下穿刺,8.0×104/μL 未満での硬膜外穿刺は一般に推奨されない9).硬膜外カテーテル留置中の患者では,背部痛,下肢の筋力低下,膀胱直腸障害などの硬膜外・脊髄内血腫に伴う神経学的徴候の出現に注意する.特に下肢の筋力低下について注意深く観察を行い,カテーテル抜去後も24 時間継続する2).カテーテル抜去に伴う出血のリスクを考慮して,止血凝固異常や脊髄圧迫徴候を認める場合はカテーテルの抜去を避ける.血腫形成の徴候を認めた場合には早急にMRI による画像診断を行い,整形外科または脳神経外科と手術適応について協議する2).症状出現から6 時間以内に椎弓切除による除圧が速やかに実施されることが重要である.表8 神経ブロックの分類 脊髄幹麻酔・深部の神経ブロック体表面の神経ブロック 頭頸部頸部硬膜外麻酔頸部神経根ブロック頸椎椎間関節ブロックa 深頸神経叢ブロック星状神経節ブロック三叉神経節ブロック上顎神経ブロック下顎神経ブロック翼口蓋神経節ブロック舌咽神経ブロック浅頸神経叢ブロック後頭神経ブロックおとがい神経ブロック眼窩上神経ブロック眼窩下神経ブロック 上肢腕神経叢ブロック(斜角筋間 / 鎖骨下アプローチ)腕神経叢ブロック(鎖骨上 / 腋窩アプローチ) 肩甲上神経ブロック尺骨 / 正中 / 橈骨神経ブロック 胸部胸部硬膜外麻酔胸部傍脊椎ブロック胸椎神経根ブロック胸部交感神経節ブロック肋間神経ブロック前鋸筋面ブロック胸椎椎間関節ブロックa腰部脊髄くも膜下麻酔腰部硬膜外麻酔腰部傍脊椎ブロック腰椎神経根ブロック腰部交感神経節ブロック腰椎椎間関節ブロックa腹部・骨盤腹腔神経叢(内臓神経)ブロック腹直筋鞘ブロック腹横筋膜面ブロック腸骨鼠径・腸骨下腹神経ブロック下肢仙骨硬膜外麻酔腰神経叢ブロック仙骨神経叢ブロックpericapsular nerve group(PENG)ブロック坐骨神経ブロック(前方 / 傍仙骨アプローチ)大腿神経ブロック閉鎖神経ブロック坐骨神経ブロック(臀下部 / 膝窩アプローチ)外側大腿皮神経ブロック伏在神経ブロック脛骨 / 腓腹神経ブロック全身関節内注射トリガーポイント注射a:後内側枝ブロックを含む
総 論24 Summary Statement ●P2Y12 受容体遮断薬の服用患者では,脊髄幹麻酔や深部の神経ブロックの実施前に休薬する.クロピドグレ ルとプラスグレルでは7 日間,チカグレロルでは5 日間の休薬期間を設ける. ●低用量アスピリン(<200 mg/日)を含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の服用患者では,神経ブロッ クの実施前の休薬は必須でない. ●抗血小板作用を有するイコサペント酸エチル,シロスタゾール,ジピリダモール,ハーブ類(にんにく,イ チョウ葉,チョウセンニンジン),抗うつ薬については,神経ブロックの実施前の休薬は必須でない. 解 説 抗血小板薬は可逆的または不可逆的に血小板機能を障害することから,神経ブロック時の出血のリスクを増加させる.脊髄幹麻酔や深部の神経ブロックは出血の高リスク手技であり,P2Y12 受容体遮断薬を事前に休薬することが望ましい.不可逆的な抗血小板作用をもつクロピドグレルとプラスグレルでは7 日間の休薬期間を設けることを提案する.なお,脳梗塞や虚血性心疾患の二次予防を目的にプラスグレルが投与されている場合,休薬期間を5 日間に短縮することも許容される.この場合,血小板数が基準値にあることや,利用可能な環境であれば血小板凝集能の改善を神経ブロックの実施前に確認することが安全であろう.また,2016 年に本邦でも使用可能となったチカグレロルについては,P2Y12 受容体への結合が可逆的なことから,クロピドグレルとプラスグレルよりも短い5 日間の休薬とした10, 11) (表9).アスピリンは,虚血性心疾患や脳血管障害の予防に頻用されている.一般的な81~100 mg/日の低用量(< 200 mg/日)であれば神経ブロック時の出血のリスクを増加させるというエビデンスに乏しいことから,神経ブロック実施前の休薬は必須でないとしたが 5, 6) (表9),出血と血栓症の利害得失に応じて個別に決定することが望ましい.200 mg/日以上の高用量が投与されている患者において,アスピリンが出血のリスクを増加させるかについては議論が分かれている12).しかしながら,アスピリンによる出血のリスクが用量依存性であることを踏まえて,高リスク手技では3~7 日間の休薬期間を提案する13).アスピリン以外のNSAIDs についても,低用量アスピリンと同様に取り扱い,神経ブロック実施前の休薬は必須でないと考える.なお,本ガイドラインでは脊髄刺激電極の植え込み,経皮的椎体形成術,エピドラスコピーといった侵襲的疼痛治療の一部を対象に設定していない.しかしながら,大口径のブロック針の使用や血腫による神経学的合併症の重大性を考慮すると,前述の2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドラインと同様にNSAIDs を休薬することも考慮してもよい(例:アスピリン6 日間)4).イコサペント酸エチル,シロスタゾールやジピリダモールについては,初版において休薬期間の提案を行った.しかしながら,休薬を支持するエビデンスを認めていないことから,今回の改訂では休薬日数の提案は行わなかった.一方,出血のリスクが高いと判断される事例において休薬が適当と判断される症例では,シロスタゾールやジピリダモールで2 日間,イコサペント酸エチルで7 日間の休薬期間を目安とする.また,抗血小板作用を有するハーブ類や抗うつ薬も一律に休薬を支持するデータがなく,今回の改訂では休薬期間の提案は行っていない.仮に休薬を検討する場合には,にんにく,イチョウ葉,チョウセンニンジンのハーブ類の摂取患者では,それぞれ7 日間,2 日間,1 日間を目安にする1).また,セロトニンの抑制を介して血小板凝集に影響を及ぼす可能性のあるクロミプラミン,セルトラリン,パロキセチン,フルボキサミンは5 日間を目安に休薬するが,休薬に伴う精神症状の悪化には十分な配慮が必要である1).経口抗血小板薬と抗凝固薬を併用している患者では,周術期の出血リスクが特に高い.しかしながら,両薬物の薬物動態における相互作用は確認されておらず,それぞれの休薬期間を延長させる必要性を示すエビデンスはない14).一方で,抗血小板薬と抗血小板作用を有する他薬物の相互作用が懸念される.例えば,アスピリンとハーブ類,またはアスピリンとセロトニン作動性の抗うつ薬を継続して実施される高リスク手技の安全性は現状で不明であることから5),休薬や神経ブロックの回避が適切かもしれない. Summary Statement ●脊髄幹麻酔または深部の神経ブロックの実施に際して,抗凝固薬に応じた適切な休薬期間を設ける.一方, 抗血小板薬の休薬期間はどのように設定したらよいか? 抗凝固薬の休薬期間はどのように設定したらよいか?
5.神経ブロックにおける抗血小板薬・抗凝固薬の取り扱い25 患者の出血のリスクが特に高いと考えられない場合,休薬期間を設けずに体表面の神経ブロックの実施が可能である. ●ワルファリンの投与患者では5 日間の休薬期間を設ける. ●DOAC の投与患者では,低用量と標準・高用量に分類して休薬期間を設ける.低用量の患者では,活性型第 X 因子阻害薬で24 時間,ダビガトランで48 時間を目安に休薬する.標準・高用量の患者では,それぞれ72時間の休薬期間を設ける.高度の腎機能障害を合併した患者では,休薬期間の延長や神経ブロックの中止を考慮する. ●未分画ヘパリンの投与患者では静脈内投与で4 時間,皮下投与で8~10 時間,エノキサパリンの投与患者で は12 時間,また,フォンダパリヌクスでは36 時間の休薬期間を設ける. ●硬膜外カテーテルの抜去に際しては,挿入手技時と同様に抗凝固薬の休薬期間を設ける. 解 説 脊髄幹麻酔または深部の神経ブロックを予定した場合,抗凝固薬の薬理活性や薬物半減期(t1/2)を参考に休薬期間を計画する.ワルファリンは投与量によって薬物半減期が比例して延長する.薬理作用はビタミンK 依存性凝固因子の制御程度に依存することから,その活性が正常域まで復帰する5 日間を休薬期間の目安とする.また,穿刺の実施前にプロトロンビン時間国際標準比(PT‒INR)≦1.2 であることを確認することが望ましい15).DOAC として,活性型第X 因子阻害薬のリバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバンが,直接トロンビン阻害薬としてダビガトランが臨床で使用されている(表10).DOAC はその適応病態や患者背景に応じて異なった用量が設定されている.従来,未分画ヘパリンに代表される抗凝固薬の用量では予防的用量と治療的用量への分類が一般的であったが,DOAC の適応病態が段階的に拡大されてきた背景のなか,予防目的と治療目的の用量境界(すなわち,予防的用量=低用量,治療的用量=高用量)が不明瞭になっている.そこで,今回の改訂では, 表9 高出血リスクの神経ブロックにおける抗血小板薬・抗凝固薬の取り扱い(脊髄幹麻酔・深部の神経ブロック) 薬物商品名休薬期間カテーテル抜去から薬物再開までの時間 抗凝固薬ワルファリンワーファリン® など5 日0 時間活性型第X因子阻害薬【低用量】イグザレルト® など(リバーロキサバン),エリキュース®(アピキサバン),リクシアナ®(エドキサバン) 24 時間a 6 時間活性型第X因子阻害薬【標準or 高用量】72 時間24 時間ダビガトラン【低用量】プラザキサ® など48 時間b 6 時間ダビガトラン【標準用量】72 時間b 24 時間未分画ヘパリンヘパリン®,カプロシン® 4 時間(静注) 8~10 時間(皮下注) 2 時間低分子ヘパリンクレキサン®(エノキサパリン) 12 時間c 4 時間フォンダパリヌクスアリクストラ® 36 時間d 6 時間抗血小板薬アスピリン【低用量】eバイアスピリン®,アスピリン®など休薬なし―アスピリン【高用量】3~7 日6 時間P2Y12 受容体遮断薬プラビックス® など(クロピドグレル),エフィエント® など(プラスグレル),ブリリンタ® (チカグレロル) 7 日:クロピドグレル7 日:プラスグレル5 日:チカグレロル0 時間:クロピドグレル24時間:プラスグレル,チカグレロルFXa:活性型第X 因子,CCr:クレアチニンクリアランス. a:腎機能障害では活性型第X因子阻害薬の半減期が延長するため(リバーロキサバン・アピキサバン:CCr<15 mL/min,エドキサバン:CCr<30 mL/min),休薬期間の延長(72 時間)や神経ブロックの中止を考慮する. b:CCr<30 mL/min の腎機能障害ではダビガトランの半減期が延長するため,休薬期間の延長(72 時間)や神経ブロック中止を考慮する. c:CCr<30 mL/min の腎機能障害ではエノキサパリンの半減期が延長するため,休薬期間を24 時間に延長する. d:CCr<50 mL/minの腎機能障害ではフォンダパリヌクスの半減期が延長するため,休薬期間を72時間に延長する. e:アスピリン<200 mg/日:虚血性心疾患や脳血管障害に使用される81~100 mg/日は低用量に分類される.アスピ リン以外のNSAIDs の一般的な用量もこれに含まれる.
総 論26 DOAC の投与患者を「低用量」と「標準or 高用量」の2 つへ分類し(表11),休薬期間を個別に設定した.通常,服用からt1/2の2 倍に相当する2×t1/2時間が経過すると薬物血中濃度は25%に低下し,それ以降における血中濃度の低下は緩やかである.2×t1/2時間の休薬設定は,休薬に伴う血栓性リスクと抗凝固効果の残存に伴う出血リスクのバランスを考慮したアプローチである16).一方で薬物が十分に排泄されるまでの時間に相当する5×t1/2時間では最高血中濃度の3%程度まで低下することから,より出血リスクを重視した慎重な対応かもしれない4).すなわち,低用量DOAC の投与患者の最短休薬期間を2×t1/2時間として,標準or 高用量DOACの投与患者の最短休薬期間を5×t1/2時間とすることを提案する.低用量の患者では,活性型第X 因子阻害薬で24 時間,ダビガトランで48 時間を目安に休薬する.標準or 高用量の患者では,それぞれ72 時間の休薬期間を設ける(表9).なお,クレアチニンクリアランス<30 mL/min の腎機能障害では薬物排泄が遅延することを考慮して,休薬期間の延長や神経ブロックの中止も考慮する.未分画ヘパリンの投与患者では,静脈内投与で4 時間,皮下投与で8~10 時間の休薬期間を設ける(表9).神経ブロックの実施前に活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)や活性化凝固時間(ACT)が基準値にあることを確認することが望ましい.低分子ヘパリンのエノキサパリンでは12 時間,合成ペンタサッカライドのフォンダパリヌクスでは36 時間を目安に休薬期間を設ける.硬膜外血腫は穿刺手技時のみならず,カテーテルの抜去時に発生することが知られている.カテーテル抜去に伴う出血のリスクを考慮して,抜去前にはカテーテル挿入時と同様の休薬期間を設けることが望ましい(表9).カテーテル留置中に低用量の抗凝固薬(術後の下肢深部静脈血栓症の予防に使用される標準的用量)の使用は禁忌でないが,例えば,エノキサパリンの場合には最終投与から12 時間を空けてからカテーテルを抜去する.仮に抗凝固薬の適切な休薬期間が設けられずに患者からカテーテルが偶発的に抜去された場合,出血に伴う神経学的徴候の出現について厳重な観察を実施する. Summary Statement ●神経ブロックに伴う重篤な出血が生じた場合,血腫増大の制御を目的に拮抗治療の実施を検討する. ●ワルファリンに対してプロトロンビン複合体製剤,ダビガトランに対してイダルシズマブ,活性型第X 因子 阻害薬に対してアンデキサネット・アルファ,未分画ヘパリンに対してプロタミンの投与を検討する. ●抗血小板薬による薬効の残存が疑われる場合には,血小板製剤の投与を考慮する. 解 説 前述のとおり,脊髄幹麻酔または深部の神経ブロックを予定した場合,適宜,抗血小板薬・抗凝固薬の休薬 抗血小板薬・抗凝固薬の拮抗治療にはどのようなものがあるか? 表11 直接経口抗凝固薬の用量による分類 リバーロキサバンアピキサバンエドキサバンダビガトラン 低用量10 mg×1 回/日2.5 mg×2 回/日15 mg×1 回/日110 mg×2 回/日標準or 高用量15 mg×1~2 回/日5~10 mg×2 回/日30~60 mg×1 回/日150 mg×2 回/日 表10 直接経口抗凝固薬の薬理学的特徴リバーロキサバンアピキサバンエドキサバンダビガトラン 標的の凝固因子活性型第X因子活性型第X因子活性型第X因子トロンビンプロドラッグなしなしなしあり生体内利用率80% 50% 62% 7% Tmax 2 時間2 時間1.5 時間2 時間腎排泄率35% 25% 36~45% 80%半減期6~9 時間a 8~10 時間a 6~9 時間b 11~14 時間b Tmax:最高血中濃度への到達時間,CCr:クレアチニンクリアランス. a:CCr<15 mL/min の腎機能障害では半減期が延長する. b:CCr<30 mL/min の腎機能障害では半減期が延長する.
5.神経ブロックにおける抗血小板薬・抗凝固薬の取り扱い27 期間を設ける.一方,適切な休薬期間にもかかわらず血腫に伴う神経学的合併症や重篤な状態が発生した場合,その要因に抗血小板薬・抗凝固薬の薬効残存が疑われることが生じうる.また,通常,体表面の神経ブロックの多くが抗血小板薬・抗凝固薬を休薬せずに実施できるが,血管穿刺に伴う血腫が発生し,用手圧迫でも制御困難な事態も想定される.神経ブロックに伴う重篤な出血が生じた際には,抗血小板薬・抗凝固薬の拮抗治療を行うことで血腫増大を制御できる可能性がある.ワルファリンはビタミンK 依存性凝固因子である第II,VII,IX,X因子の産生を制御することで,その効果を発揮する.その拮抗にビタミンK 製剤は有効ではあるが,効果発現が遅く,治療の迅速性に欠く.プロトロンビン複合体製剤(prothrombin complex concentrate:PCC)は,ビタミンK 依存性凝固因子やプロテインC などを含有するヒト由来の血液濃縮製剤であり,ワルファリンで低下したビタミンK 依存性凝固因子を選択的かつ迅速に補充可能である17).PT‒INR を用いて,PCC の投与や用量を決定して,効果判定を行う.DOACの特異的拮抗薬として,2016 年よりダビガトランに対してイダルシズマブが,2022 年より活性型第X 因子阻害薬に対してアンデキサネット・アルファが本邦でも利用可能となった(表12).イダルシズマブはトロンビン上のダビガトラン結合部位に高い親和性を有したフラグメント抗体で,ダビガトランと競合的に作用して抗凝固作用を拮抗する18, 19).アンデキサネット・アルファは,第X因子のGla domain を欠損させることで活性型第X因子阻害薬の結合ドメインを変異させたデコイ型の遺伝子組み換え製剤である20).未分画ヘパリンに対して使用されるプロタミンは魚類の精子に存在する低分子量の強塩基タンパクであり,その硫酸塩は未分画ヘパリンと複合体を形成することでその効果を中和させる.投与または効果判定にAPTT やACT が有用である.低分子ヘパリンに対するプロタミンの拮抗効果は限定的であるが,臨床上有益と判断される場合には投与を検討する21).各種の抗血小板薬に対して特異的拮抗薬は利用できないが,血小板製剤が抗血小板薬の薬理作用の中和に有効である22).血小板凝集能のポイント・オブ・ケア・テストを用いて薬効をモニタリングできる可能性があるが本邦では広く普及しておらず,また製剤の投与量についても明確でない.抗血小板薬の内服直後であれば生体に投与される血小板が抗血小板薬の薬効に影響を受ける可能性があるが,重篤な出血時には躊躇せずに投与を検討すべきであろう. 参考文献1) 日本ペインクリニック学会・日本麻酔科学会・日本区域麻酔学会 合同 抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドライン 作成ワーキンググループ:抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック ガイドライン(第1 版), 2016, https://anesth.or.jp/files/pdf/guideline_kouketsusen.pdf(2025 年10 月閲覧) 2) Volk T et al:Incidence of spinal haematoma after epidural puncture:analysis from the German network for safety in regional anaesthesia. Eur J Anaesthesiol 29:170—176, 2012. DOI:10.1097/EJA.0b013e3283504fec 3) Pitkänen MT et al:Serious complications associated with spinal and epidural anaesthesia in Finland from 2000 to 2009. Acta Anaesthesiol Scand 57:553—564, 2013. DOI:10.1111/aas.12064 4) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Medications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 5) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 6) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:Ameri- can Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth 表12 抗凝固薬の拮抗薬抗凝固薬拮抗薬ワルファリンプロトロンビン複合体製剤ダビガトランイダルシズマブ活性型第X 因子阻害薬aアンデキサネット・アルファ未分画ヘパリンプロタミン低分子ヘパリンプロタミン(部分拮抗) a.リバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバン.
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抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロック: 各 論
各 論30 1.脊髄くも膜下麻酔と抗血栓療法 Summary Statement ●脊髄くも膜下麻酔は脊髄幹麻酔に分類される. ●脊髄くも膜下麻酔後の血腫は非常にまれな合併症であり,正確な発生率はわからない.これまでの報告では, 約160,000~775,000 件に1 件である. ●抗血栓療法で脊髄くも膜下麻酔による血腫のリスクは高まる可能性がある.ただし,アスピリンを含む非ス テロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を単独で使用している患者に関しては,血腫のリスクが高まる可能性は低いと考える. 解 説 脊髄くも膜下麻酔後の合併症として,脊髄レベルで起こる血腫の正確な発生率はわからない.ほとんどは凝固異常や薬物投与によって出血傾向のある患者に起こる非常にまれな合併症と考えられている.一般的に,カテーテル挿入を伴わない1 回穿刺法の脊髄くも膜下麻酔は,カテーテル挿入を伴う硬膜外麻酔よりも血腫のリスクは低いと考えられる.予防的に周術期血栓症対策が実施される以前の推定では,脊髄くも膜下麻酔後に血腫が発生するのは, 220,000 件に1 件以下とされていた1).アンケート方式で調べられたスウェーデンの1990~1999 年の抗凝固療法中の患者も含むデータ解析によると,脊髄くも膜下麻酔後の血腫発生頻度は,1,260,000 件の脊髄くも膜下麻酔で8 件と,約160,000 件に1 件で,やはり血腫は非常にまれであった2).フィンランドでの2000~2009 年の保険請求を基にした報告では,脊髄くも膜下麻酔後の血腫発生頻度は,約775,000 件に1 件であった3).近年,本邦の診療情報データベースを用いた研究が報告された4).対象は,2010 年7 月~2017 年3 月の間に脊髄くも膜下麻酔,硬膜外麻酔,脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔(combined spinal—epidural anesthesia:CSEA)を受けた手術患者(3,833,620 人)で,血腫の発生率は,100 万件あたり27 件(95%信頼区間[CI]:22~32)であった.脊髄くも膜下麻酔単体については,硬膜外麻酔またはCSEA と比較して,発生は有意に少なかった(オッズ比:0.15,95%CI:0.08~0.32).この研究では,脊髄くも膜下麻酔による血腫の発生数が不明のため,正確な絶対リスクの推定は困難であるが,脊髄くも膜下麻酔による血腫のリスクは低いと考えられる.しかしながら,脊髄くも膜下麻酔を受けた患者における血腫のリスクは,年齢,性差,抗血栓療法などの使用薬物,血液疾患や側弯症などの基礎疾患といった患者要因に加え,穿刺針の太さ,穿刺手技の技術・方法や回数などの医療介入要因があり,これらが多因子的に影響を与えると考えられる.また,脊髄幹穿刺に超音波のプレスキャンを用いることで,穿刺回数の減少や初回穿刺成功率が向上することがシステマティックレビュー・メタアナリシスで示されている5, 6).超音波の使用が,血腫のリスクを軽減するという明確なエビデンスは現時点では得られていないが,適切なトレーニングを受けた術者による超音波の使用は,出血のリスクが懸念される症例では一つの選択になると考える.抗血栓療法で脊髄くも膜下麻酔による血腫のリスクが高まるという明確なエビデンスは存在しないが,生理的には抗血栓療法による血腫のリスクが高まることが推測できる.抗凝固療法については,フィンランドでの2000~2009 年の保険請求を基にした報告では,脊髄幹穿刺を含む1,400,000 件の手技で,13 件の脊髄レベルの血腫が報告されている3).そのうち10 例はエノキサパリン,ダルテパリン,フォンダパリヌクスによる血栓予防を行っていた.ただし,これら10 例中6 例では,抗凝固療法の中止または再開と穿刺との間隔が不十分であった可能性が示唆されている.Schroeder は,1993~1997 年に,脊髄くも膜下麻酔下で膝関節または股関節置換術を受け,低分子ヘパリン投与後に血腫を生じた症例報告から,統計学的に血腫発生頻度を導き出した7).それによると,低分子ヘパリン投与を受けた患者の血腫発生の確率は,脊髄くも膜下麻酔後で約40,800 件に1 件と推計した.穿刺針の性状や,抗凝固療法についても現在のガイドラインに基づいた方法で実施されたものではないが,低分子ヘパリン投与を受けていない患者(約160,000~ 775,000 件に1 件)に比べると,血腫のリスクは高まる可能性がある.一方で,アスピリンを含むNSAIDs については,単独で使用している患者は血腫のリスクが高まる可能性は低いと考える8, 9).1,013 例の脊髄幹麻酔(脊髄くも膜下麻酔39%,硬膜外麻酔61%)を対象とした後方視的研究では,脊髄レベルでの血腫の発生は認めなかった8).患者全体の39%が抗血小板薬を投与されており,その BQ1:脊髄くも膜下麻酔後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか?
1.脊髄くも膜下麻酔と抗血栓療法31 うち過半数が高用量アスピリン(平均1,889 mg/日)を服用していた.抗血小板薬を投与された患者では,穿刺針やカテーテルの挿入時に血性髄液や血液の吸引を認めるなど軽度出血性合併症の頻度が上昇した.さらに1,000 例の整形外科手術患者を対象とした前向き研究では,39%の患者がアスピリンまたは他のNSAIDs を使用していたにもかかわらず,脊髄幹麻酔に関連する軽度出血性合併症の発生率は上昇していなかった9). NSAIDs 使用群のうち,半数は1 日あたり60~4,800 mg のアスピリンを服用していたが,脊髄血腫の報告例はなかった.これらの報告から,アスピリンを含むNSAIDs を使用している症例においては,軽度の出血性イベントに関して注意が必要であるが,脊髄幹麻酔に関連する重篤な出血性合併症のリスクは低いと考えられる.よって,抗血栓療法で脊髄くも膜下麻酔による血腫のリスクは高まる可能性がある.ただし,アスピリンを含むNSAIDs を単独で使用している患者に関しては,血腫のリスクが高まる可能性は低いと考える. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に脊髄くも膜下麻酔を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率80%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●抗血栓療法を受けている周術期患者に対しては,各薬物の特性に応じた適切な休薬期間を設けたうえで,脊 髄くも膜下麻酔を実施すべきである. ●低用量アスピリン(<200 mg/日)を含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を単独で使用している患者に 関しては,脊髄くも膜下麻酔の実施は禁忌ではない. 解 説 抗血栓療法を受けている周術期患者に脊髄くも膜下麻酔を施行する際の安全性に関するエビデンスは十分ではなく,本CQ の推奨の根拠となるランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)も限られている.そのため,本CQ の検証にあたり,2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドライン10)における検索式を参考とした.文献検索はMEDLINE などを用いて実施し,言語による制限は設けなかった.検索期間は,前回のガイドライン作成時の検索期間以降となる2014 年1 月から2025 年5 月までとした.また,検索で同定できなかった関心の高い文献については,適宜追加する方針とした.データ解析の対象としては,成人(妊婦を除く)を対象に実施されたRCT を想定したが,脊髄くも膜下麻酔に関連する脊髄または硬膜外血腫の発症はきわめてまれであることから,ガイドライン,レビュー,後方視的研究も評価対象とした.文献検索の結果,3,206 件の文献が抽出された.重複および本CQ と関連性の乏しい文献を除外した結果,最終的に32 件(ガイドライン6 件,レビュー12 件,RCT2 件,後方視的研究12 件)を選定した.さらに,本CQ に対するステートメントを作成するにあたり,あらかじめ定めた執筆要項に基づき,ガイドライン2 件,レビュー3 件,後方視的研究2 件の計7 件を用いた.米国区域麻酔学会(ASRA)11)およびESAIC/ESRA 10)のガイドラインでは,抗血栓療法を受けている患者に脊髄幹麻酔注[1]を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬の休薬を推奨している.近年出版されたレビューでは,米国,欧州,ドイツ,ベルギー,イタリア,北欧各国における,抗血栓療法中の脊髄幹麻酔施行に関するガイドラインがまとめられている12).これら各国のガイドラインを比較すると,薬物ごとの推奨される休薬期間には差異があるものの,いずれも脊髄または硬膜外血腫の発症リスクを考慮し,適切な休薬期間を設けることが共通して推奨されている.休薬期間(薬物投与終了から脊髄幹麻酔施行までの期間)は,一般的に薬物動態に基づき,消失半減期の約2 倍に設定されることが多い.抗血栓療法を受けている周術期患者において,脊髄幹麻酔に伴う血腫のリスクが増加するかどうかについては,依然として議論が分かれている.まず,本邦の診療情報データベースを用いた研究を紹介する4).対象は, CQ1:抗血栓療法を受けている患者に脊髄くも膜下麻酔を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止す べきか?
各 論32 前述のとおり2010 年7 月~2017 年3 月の間に脊髄くも膜下麻酔,硬膜外麻酔,CSEA を受けた手術患者(3,833,620 人)で,全体における脊髄または硬膜外血腫の発症率は,100 万例あたり27 例(95%CI:22~32)であった.抗血小板薬を使用した場合のオッズ比は0.49(95%CI:0.06~3.91),抗凝固薬を使用した場合のオッズ比は1.65(95%CI:0.95~2.85)であり,いずれも血腫の発症との有意な関連は認められなかった.ただし,本研究では抗血小板薬・抗凝固薬を周術期に継続したまま脊髄幹麻酔を受けた患者が少なく,統計学的な検出力が不十分であった可能性が指摘されている.次に,ドイツの周術期患者に対して脊髄幹麻酔が施行された31,129 例を対象としたレジストリ研究の結果を示す13).単剤で抗凝固療法を受けていた周術期患者の出血のリスク 注[2] (調整後オッズ比:0.95,95%CI:0.82~ 1.10)は,抗凝固療法を受けていない患者と有意差は認められなかった.一方で,抗凝固療法の休薬期間がガイドラインに従っていなかった患者群では,遵守されていた群と比較して,出血のリスクが有意に増加していた(調整後オッズ比:1.42,95%CI:1.03~1.97).さらに,抗血小板薬と抗凝固薬を併用していた患者では,いずれの薬物も使用していない患者と比較して,出血のリスクが有意に増加していた(調整後オッズ比:1.77, 95%CI:1.31~2.40).この結果から,脊髄幹麻酔施行にあたり,抗血小板薬・抗凝固薬の中止に関するガイドラインの遵守は,出血のリスクの低減に寄与することが示唆される.特に,抗血小板薬および抗凝固薬の併用療法中の患者では,出血のリスクが高まることに留意すべきである.同様に,脊髄幹麻酔において,抗血栓療法と脊髄または硬膜外血腫の大きさ,および神経学的予後との関連を検討したシステマティックレビューが,2025 年に発表された14).本研究では,2023 年までに報告された脊髄幹麻酔に伴って脊髄または硬膜外血腫を発症した症例報告を網羅的に検索・収集し,抗血小板薬・抗凝固薬を内服していた患者(209 例)と内服していなかった患者(126 例)における血腫の大きさ,および神経学的予後を比較した.血腫の範囲の中央値は,内服群で5 セグメント(四分位範囲:3~7),非内服群で4 セグメント(四分位範囲:3~7)と,統計的有意差は認められなかったものの,内服群では神経障害が持続するリスクが有意に高かった(オッズ比:2.00,95%CI:1.24~3.23).抗血小板薬・抗凝固薬の中止に関するガイドラインを遵守していた患者は,遵守していなかった患者と比較して,神経障害が完全に回復する可能性が高かった(オッズ比:2.43,95%CI:1.25~4.74).例外として,低用量アスピリン(<200 mg/日)を含むNSAIDs については,内服を継続したまま脊髄くも膜下麻酔の施行が許容されるとするガイドライン10, 11)およびレビュー15)が散見される.アスピリンは,周術期に最も一般的に使用される抗血小板薬であるが,脊髄幹麻酔施行時の血腫のリスクについては,長らく議論が続けられてきた.低用量アスピリンは血小板のシクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase:COX)—1 を選択的かつ不可逆的に阻害し,その効果は高用量であっても増強されない.一方で,高用量アスピリンによるCOX—2の追加的な阻害は,内皮由来のプロスタサイクリンの合成を抑制し,かえって抗血栓作用を減弱させる可能性が指摘されている.しかしながら,現在得られているデータに基づくと,低用量アスピリンを含むNSAIDs を継続したまま脊髄くも膜下麻酔を施行することは,おおむね容認可能であるという見解が,各国のガイドラインやレビューにおいて広く共有されている.また,一部のガイドラインでは,アスピリンの安全性は低用量に限られるとする見解も示されている10).以上の文献を総合的に考慮すると,低用量アスピリンを含むNSAIDs を除く抗血栓療法を受けている患者に脊髄くも膜下麻酔を施行する場合,脊髄または硬膜外血腫のリスクが増加する可能性があり,適切な休薬期間を設けることを弱く推奨する.また,ガイドラインに従って適切な休薬期間を設定・遵守することは,出血のリスクの低減および神経学的予後の改善に寄与すると考えられる.脊髄または硬膜外血腫の発症頻度は,硬膜外麻酔やCSEA と比較して,脊髄くも膜下麻酔のほうが低いことが示されている(オッズ比:0.15,95%CI:0.08~0.32)4).しかしながら,各国のガイドラインにおいては,脊髄くも膜下麻酔に限定して特定の抗血小板薬・抗凝固薬の中止期間を緩和する旨の記載は認められない.したがって,本ガイドラインにおいても,「脊髄くも膜下麻酔に限定した休薬期間の緩和」は推奨しない.なお,具体的な薬物ごとの休薬期間については,総論5 の表9(p.25)を参照されたい.臨床的に重大な脊髄または硬膜外血腫のリスクは,以下のような複数の要因により,相加的または相乗的に増加する可能性がある. 1 薬物要因:抗血小板薬・抗凝固薬の種類(作用機序・半減期),用量(予防的または治療的),薬物相互作用 の有無,特異的拮抗薬の存在2 患者要因:高齢,低体重,肝・腎機能障害,脊髄・脊椎の解剖学的異常,基礎疾患としての凝固異常の存在3 施行要因:穿刺針の形状や太さ,穿刺操作の難易度,超音波の使用有無,血管穿刺の有無
1.脊髄くも膜下麻酔と抗血栓療法33 したがって,抗血小板薬・抗凝固薬の中止が「脊髄くも膜下麻酔を安全に施行すること」のみを目的とする場合には,その中止によって生じうる益と害を慎重に検討することが重要である.周術期における血栓塞栓症や虚血イベントのリスクが高い患者では,抗血小板薬・抗凝固薬の中止よりも継続が望ましい場合もある.また,脊髄くも膜下麻酔による血腫のリスクが高いと判断される症例では,全身麻酔や末梢神経ブロックなど,他の麻酔法を代替手段として検討すべきである10). 注 釈[1] 脊髄くも膜下麻酔のみを対象としたガイドラインやレビューは少なく,硬膜外麻酔や脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔を含めた脊髄幹麻酔とまとめていることが多い. [2] 本研究の出血の定義は,脊髄または硬膜外血腫の発症ではなく,穿刺時やカテーテルからの出血の吸引としてい る. 参考文献1) Horlocker TT et al:Neuraxial block and low—molecular—weight heparin:balancing perioperative analgesia and thromboprophylaxis.Reg. Anesth Pain Med 23:164—177, 1998. DOI:10.1016/s1098-7339(98)90143-2 2) Moen V et al:Severe neurological complications after central neuraxial blockades in Sweden 1990—1999. Anesthesiology 101:950—959, 2004. DOI:10.1097/00000542-200410000-00021 3) Pitkänen MT et al:Serious complications associated with spinal and epidural anaesthesia in Finland from 2000 to 2009. Acta Anaesthesiol Scand 57:553—564, 2013. DOI:10.1111/aas.12064 4) Makito K et al:Spinal epidural hematoma and abscess after neuraxial anesthesia:a historical cohort study using the Japanese Diagnosis Procedure Combination database. Can J Anaesth 68:42—52, 2021. DOI: 10.1007/s12630-020-01827-w 5) Kamimura Y et al:Comparative efficacy of ultrasound guidance or conventional anatomical landmarks for neuraxial puncture in adult patients:a systematic review and network meta—analysis. Br J Anaesth 132: 1097—1111, 2024. DOI:10.1016/j.bja.2023.09.006 6) Makino Y et al:Ultrasound guidance versus anatomical landmarks for neuraxial anaesthesia in adults. Cochrane Database Syst Rev 5:CD014964, 2025. DOI:10.1002/14651858.CD014964.pub2 7) Schroeder DR:Statistics:detecting a rare adverse drug reaction using spontaneous reports. Reg Anesth Pain Med 23:183—189, 1998. DOI:10.1016/s1098-7339(98)90145-6 8) Horlocker TT et al:Does preoperative antiplatelet therapy increase the risk of hemorrhagic complications associated with regional anesthesia? Anesth Analg 70:631—634, 1990. DOI:10.1213/00000539-199006000-00009 9) Horlocker TT et al:Preoperative antiplatelet therapy does not increase the risk of spinal hematoma associated with regional anesthesia. Anesth Analg 80:303—309, 1995. DOI:10.1097/00000539-199502000-00017 10) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 11) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 12) Scibelli G et al:Regional anaesthesia and antithrombotic agents:instructions for use. Minerva Anestesiol 83: 321—335, 2017. DOI:10.23736/S0375-9393.16.11414-2 13) Kubulus C et al:Antithrombotic drugs and the risk of bloody punctures in regional anesthesia— a retrospective registry analysis. Reg Anesth Pain Med 47:653—659, 2022. DOI:10.1136/rapm-2022-103806 14) Schieber MR et al:Influence of antithrombotic medication on size and neurological outcome of spinal epidural hematoma after neuraxial anesthesia:a systematic review. Reg Anesth Pain Med 50:20—25, 2025. DOI: 10.1136/rapm-2023-104864 15) Vela Vásquez RS et al:Aspirin and spinal haematoma after neuraxial anaesthesia:Myth or reality? Br J Anaesth 115:688—698, 2015. DOI:10.1093/bja/aev348
各 論34 2.硬膜外麻酔と抗血栓療法 Summary Statement ●硬膜外麻酔は脊髄幹麻酔に分類される. ●硬膜外麻酔に伴う血腫の発生頻度は対象とする患者集団によって異なり,近年の報告では非産科手術で 3,000~10,000 件に1 件程度,産科手術で200,000~250,000 件に1 件程度とされている. ●抗血小板薬・抗凝固薬を使用している患者で,硬膜外麻酔による血腫のリスクが高まるというランダム化比 較試験(RCT)による明確なエビデンスは存在しないが,血腫の頻度が増加する可能性がある.抗凝固療法中の硬膜外血腫発症は後遺障害のリスクが高まる. 解 説 硬膜外麻酔後の血腫に関してはさまざまな研究がなされている.患者要因や抗凝固療法の有無,その内容によって血腫のリスクは変わってくる.また,時代とともに硬膜外麻酔の器具,抗凝固療法の種類も変わってきている.1993 年の報告では硬膜外麻酔による血腫の頻度は約150,000 件に1 件とされている1).1906~1994 年までをまとめた研究では,61 症例の硬膜外血腫または脊髄血腫が報告されており,うち41 例(67%)は硬膜外麻酔に関するもので,32 例は硬膜外カテーテル挿入例,15 例はカテーテル抜去直後に血腫が発生しているとしている2). 2000 年代半ばに入ると,患者集団において硬膜外血腫の発生率に大きな違いがあるとされ,1990~1999 年の200,000 件の分娩を含む450,000 件の硬膜外麻酔の症例の後方視的研究では,産科集団における硬膜外血腫の発生率はきわめて低く,約200,000~250,000 件に1 件であったのに対し,女性の高齢整形外科集団における脊髄硬膜外血腫の発生率は約3,600 件に1 件であるとしている3). 2010 年以降の観察研究では,周術期に硬膜外麻酔を受けた62,450 人の非周産期患者では7 例に血腫除去手術を要する血腫が発生し,その頻度の95%信頼区間(CI)は約4,330~22,189 件に1 件であるとしている.また同研究で同時期に観察された周産期の硬膜外麻酔79,837例では血腫除去手術を要する血腫の発生はなかった4).合計3,703,755 件の硬膜外鎮痛処置(産科2,320,950 件,非産科1,382,805 件)が特定された後方視的研究では,産科患者における脊髄血腫の発生率は,硬膜外カテーテル留置10 万件あたり0.6 件であった(約167,000件に1 件,95%CI:0.3~1.0)5).非産科患者における脊髄血腫の発生率は10 万件あたり18.5 件(約5,400 件に1 件,95%CI:16.3~20.9)であった.脊髄血腫の予測因子には,外科手術の種類(血管外科で高い),病院の教育状況,併存疾患スコアが含まれた5).小児脊髄幹麻酔における出血に関連した重篤な合併症は非常にまれで,症例報告が数例発表されているのみであり真の発生率は不明である.小児区域麻酔ネットワーク(PRAN)のデータでは,硬膜外カテーテルによる硬膜外血腫は報告されていない(95%CI:0~3.5/10,000)6).抗凝固療法の硬膜外麻酔による血腫への影響も時代とともに変化してきている.特に欧米の報告では,1990年代後半に低分子ヘパリンが抗凝固療法の中心となるまでは,抗凝固療法は血腫のリスクには影響しないとされてきた7, 8).1990 年代末に低分子ヘパリン導入後に硬膜外血腫症例の増加が報告され,1997 年に米国食品医薬品局(FDA)は,低分子ヘパリン投与患者での脊髄くも膜下麻酔,硬膜外麻酔に関する注意勧告を出し,低分子ヘパリンの添付文書に禁忌事項が加えられた9).しかしながら,実際には詳細な検討は行われておらず,抗凝固療法で硬膜外麻酔による血腫のリスクが高まるという明確なエビデンスは存在しない.アスピリン単剤による脊髄幹麻酔後の硬膜外血腫のリスクの増加は認められないとされるレビュー10)があるが,他の抗凝固薬との併用ではリスクが有意に増大するため注意が必要であり,各薬物について定められた休薬期間の遵守を推奨している.しかしその他の薬物について硬膜外麻酔における血腫のリスクを直接評価した研究は明らかではない.これはランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)の倫理的な困難さと,サンプルサイズ設定の困難が影響している可能性がある.硬膜外麻酔における出血性合併症が1,000 人に1 人から1,000 人に2 人に増加したことを検出できるサンプルサイズは少なくとも47,030 人と推定される11).硬膜外血腫における抗凝固療法の影響を間接的に言及している研究として,脊髄幹麻酔後に生じた脊髄硬膜外血腫の報告345例の解析では,抗凝固薬の使用が硬膜外血腫の大きさそのものには有意な影響を与えないが,一方で,抗凝固薬を使用していた患者では永続的な神経学的後遺症のオッズ比が約2 倍に増加するほか,ガイ BQ2:硬膜外麻酔後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか?
2.硬膜外麻酔と抗血栓療法35 ドライン推奨に反するタイミングでの施行(抜去など)では後遺障害のオッズ比が約3.4 倍に上昇していた12).抗凝固薬の使用自体が硬膜外血腫発生率をどれだけ高めるかを直接評価した研究ではないものの,本レビューから抗凝固療法中の硬膜外血腫発症は予後不良となりやすいこと,ガイドライン遵守の重要性が示されている. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている妊婦以外の患者に硬膜外麻酔を施行する場合,抗凝固薬をその生物学的半減期に基づいて適切に中止することを強く推奨する. 推奨度:1[合意率87%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●抗血小板薬・抗凝固薬の投与を受けている妊婦以外の患者に対しては,患者の状態にかかわらず適切な休薬 期間を設けたうえで実施する. ●ワルファリンについてはプロトロンビン時間国際標準比(PT—INR)が正常化していることを確認する. ●基本的には低用量アスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を単独で使用している患者に対し ては,これらを休薬せずに硬膜外麻酔を行ってよい. ●用量が200 mg/日を超える高用量アスピリンを使用している場合は,適切な休薬期間を設けたうえで実施す る. 解 説 CQ2 では,妊婦以外の患者に対する硬膜外麻酔施行時の抗血小板薬・抗凝固薬の休薬について述べる.妊婦 に対しては,脊髄麻酔に伴う出血のリスクが低いこと,全身麻酔のリスク,抗血栓療法を中断するリスクを総合的に検討しながら脊髄麻酔を実施する必要がある.それゆえ,CQ2 は妊婦に対する硬膜外麻酔時の抗血栓療法の中断とは異なる推奨になっている(BQ34,CQ34[p.105]参照).抗凝固療法で硬膜外麻酔による血腫のリスクが高まるという明確なエビデンスは存在しないが,一方で,脊柱管のような圧迫止血が困難な閉鎖空間における出血は重篤な合併症をもたらすこと,また,生理学的に抗凝固療法による血腫の増加は容易に推測できるため,指針としては抗凝固薬投与から一定の期間を設けることを推奨する.抗凝固療法を受けている患者に対する神経ブロック実施に関する最近のガイドラインとして,2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン13),また,2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ ESRA)ガイドライン14)がある.これらのガイドラインでは旧版からの変更点として,抗凝固薬の用量区分を従来の予防用量・治療用量の区分から,低用量・高用量の区分へと変更している.ガイドラインに共通していることは,抗凝固薬の生物学的な半減期に基づいた適切な休薬期間を設けることを推奨していることである.特に抗凝固薬の低用量・高用量の違いに応じて異なる休薬期間を推奨しているだけでなく,腎機能(クレアチニンクリアランス)によっても休薬期間の推奨を変更している.これらは,直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOACs)では半減期の2 倍の時間が過ぎれば投与された薬物の25%のみが体内に残存すること,半減期の5 倍の時間が過ぎれば投与された薬物の3.1~6.2%のみが体内に残存していること,臨床的に出血に関して安全とされるDOAC の血中濃度は<30 ng/mL とされていることから,低用量・高用量のDOAC においてそれぞれの血中濃度が<30 ng/mL となるように半減期を考慮して設定されている.しかし,DOAC の中止期間が十分でない場合や腎機能が低下している患者では,可能であれば患者に投与されていたDOAC の血中濃度もしくは抗Xa 活性(aXa)を測定し,残存濃度が安全域(通常は<30 ng/mL またはaXa 活性≦0.1 IU/mL)であることを確認することが推奨されている13, 14).DOAC の拮抗薬使用について,イダルシズマブ(ダビガトランの特異的拮抗薬)やアンデキサネット・アルファ(直接作用型第Xa 因子阻害薬の特異的拮抗薬)などの使用によって脊髄幹麻酔の安全性を確保することは,現時点では推奨されていない13, 14). CQ2:抗血栓療法を受けている患者に硬膜外麻酔を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止すべき か?
各 論36 いずれのガイドラインでもワルファリンは休薬期間に関係なく,PT—INR が正常であることが目標とされる13, 14).しかし,ワルファリンの抗凝固活性がプロトロンビン複合体濃縮製剤(prothrombin complex concentrate:PCC),PT—INR 依存用量調整,ビタミンK と併用することで完全に消失すれば,個々の益と害の評価後,緊急手術において脊髄幹麻酔または深部の神経ブロックを行うことができるとされる14).また,ESAIC/ESRA ガイドラインでは,未分画ヘパリンについては休薬期間を設ける以外の方法として,未分画ヘパリンの抗凝固活性がプロタミンによって完全に拮抗され,プロタミンの過剰投与が回避されれば,緊急事態において脊髄幹麻酔または深部の神経ブロックを行うことができるとされる14).しかし,低分子ヘパリンおよびフォンダパリヌクスの拮抗については,薬理学的にプロタミンの拮抗効果は不完全であること,脊髄幹麻酔における低分子ヘパリンおよびフォンダパリヌクスの拮抗に関する前向きランダム化研究はないため,緊急時に推奨することはできないとしている14).産科領域,特に帝王切開や無痛分娩時における抗凝固療法を受けている患者についての指針としては,米国産科麻酔学会(SOAP)から2018 年に出されたコンセンサスステートメントがある4).ここでは特に未分画ヘパリン,低分子ヘパリンを低用量・中用量・高用量に区分し,推奨される休薬期間を提示している. SOAP のガイドラインにおいて未分画ヘパリンの皮下投与については,1 回量が5,000 単位以下の投与を2~ 3 回/日行う場合に低用量,1 回量が7,500~10,000 単位の皮下投与を2 回/日行うが1 日量が20,000 単位を超えない場合に中用量,中用量を超える場合に高用量としている4).また,低分子ヘパリンの皮下投与では,エノキサパリンについては,1 日1 回投与の場合に1 回量40 mg 以下もしくは1 日2 回投与の場合に1 回量30 mg以下の場合を低用量,1 日1 回投与の場合に1 回量が40 mg を超えるが1.5 mg/kg 未満の場合もしくは1 日2回投与の場合に1 回量が30 mg を超えるが1 mg/kg 未満の場合に中用量,中用量を超える場合に高用量としている4).ダルテパリンについては,1 回量5,000 単位以下を1 日1 回投与の場合に低用量,1 日1 回投与の場合に1 回量が5,000 単位を超えるが200 単位/kg 未満の場合もしくは1 日2 回投与の場合に1 回量が120 単位/ kg 未満の場合に中用量,中用量を超える場合に高用量としている4).またSOAP ガイドラインにおいて推奨される休薬期間は,未分画ヘパリンの皮下投与においては低用量: 4~6 時間,中用量:12 時間,高用量:24 時間であり,低分子ヘパリンの皮下投与においては低用量:12 時間,高用量:24 時間としており,中用量の低分子ヘパリンの皮下投与については特定の休薬期間を推奨できるだけのデータは不足しているとしている4).アスピリン投与により脊髄幹麻酔での血腫が増大するという大規模研究はない14).またアスピリン投与量が200 mg/日未満の低用量と200 mg/日以上の高用量で脊髄幹麻酔での血腫が増大するかを調査したRCT はない14).1 編の前向きコホート研究では,158 人のアスピリン使用患者が硬膜外ステロイド薬投与を受け,30 人はアスピリン投与量が325 mg/日以上だったが,アスピリン投与量が325 mg/日の患者では,325 mg/日よりも多い患者と比較して,脊髄硬膜外血腫の発生率に差はなく,硬膜外麻酔穿刺中の出血の発生率にも有意な差がなかった15).ESAIC/ESRA ガイドラインでは,脊髄幹麻酔を受ける患者に対して,用量が200 mg/日以下の低用量アスピリンの場合は手技の前の休薬は推奨しておらず,用量が200 mg/日を超える高用量アスピリン使用の場合は手技の前の3~7 日の休薬期間を推奨している14).また,ASRA ガイドラインでは,アスピリンの投与は脊髄幹麻酔における硬膜外血腫の発生率を上昇させないとし,休薬期間における推奨は行っていない13).アスピリン以外のNSAIDs について,ESAIC/ESRA ガイドラインでは記載はなく,ASRA ガイドラインでは脊髄幹麻酔における硬膜外血腫への影響はないとしている13, 14). 参考文献1) Tryba M:Epidural regional anesthesia and low molecular heparin:Pro. Anasthesiol Intensivmed Notfallmed Schmerzther 28:179—181, 1993. DOI:10.1055/s-2007-998902 2) Vandermeulen EP et al:Anticoagulants and spinal—epidural anesthesia. Anesth Analg 79:1165—1177, 1994. DOI:10.1213/00000539-199412000-00024 3) Moen V et al:Severe neurological complications after central neuraxial blockades in Sweden 1990—1999. Anesthesiology 101:950—959, 2004. DOI:10.1097/00000542-200410000-00021 4) Leffert L et al:The Society for Obstetric Anesthesia and Perinatology Consensus Statement on the Anesthetic Management of Pregnant and Postpartum Women Receiving Thromboprophylaxis or Higher Dose Anticoagulants. Anesth Analg 126:928—944, 2018. DOI:10.1213/ANE.0000000000002530 5) Rosero EB et al:Nationwide incidence of serious complications of epidural analgesia in the United States. Acta Anaesthesiol Scand 60:810—820, 2016. DOI:10.1111/aas.12702
2.硬膜外麻酔と抗血栓療法37 6) Ecoffey C et al:Practice advisory on the prevention and management of complications of pediatric regional anesthesia. J Clin Anesth 79:110725, 2022. DOI:10.1016/j.jclinane.2022.110725 7) Horlocker TT et al:Preoperative antiplatelet therapy does not increase the risk of spinal hematoma associated with regional anesthesia. Anesth Analg 80:303—309, 1995. DOI:10.1097/00000539-199502000-00017 8) Wu CL et al:Oral anticoagulant prophylaxis and epidural catheter removal. Reg Anesth 21 : 517—524, 1996 9) Wysowski DK et al:Spinal and epidural hematoma and low—molecular—weight heparin. N Engl J Med 338: 1774—1775, 1998. DOI:10.1056/NEJM199806113382415 10) Vela Vásquez RS et al:Aspirin and spinal haematoma after neuraxial anaesthesia:Myth or reality? Br J Anaesth 115:688—698, 2015. DOI:10.1093/bja/aev348 11) Estcourt LJ et al:Use of platelet transfusions prior to lumbar punctures or epidural anaesthesia for the prevention of complications in people with thrombocytopenia. Cochrane Database Syst Rev 4:CD011980, 2018. DOI:10.1002/14651858.CD011980.pub3 12) Schieber MR et al:Influence of antithrombotic medication on size and neurological outcome of spinal epidural hematoma after neuraxial anesthesia:a systematic review. Reg Anesth Pain Med 50:20—25, 2025. DOI: 10.1136/rapm-2023-104864 13) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 14) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 15) Horlocker TT et al:Risk assessment of hemorrhagic complications associated with nonsteroidal antiinflamma- tory medications in ambulatory pain clinic patients undergoing epidural steroid injection. Anesth Analg 95: 1691—1697, 2002. DOI:10.1097/00000539-200212000-00041
各 論38 3.腕神経叢ブロック(中枢側)と抗血栓療法 Summary Statement ●腕神経叢ブロック(中枢側)のうち,斜角筋間アプローチおよび鎖骨下アプローチは深部の神経ブロックに, 鎖骨上アプローチは体表面の神経ブロックに分類される. ●腕神経叢ブロック(中枢側)後の血腫のリスクは非常にまれである.また,抗血栓療法を受けている患者に 対する腕神経叢ブロック(中枢側)後の出血性合併症の報告はまれであるが,腕神経叢は動脈と伴走しており,血腫のリスクが高まる可能性がある. 解 説 中枢側の腕神経叢ブロックには,斜角筋間アプローチ,鎖骨下アプローチ,鎖骨上アプローチが含まれると定義する.本ガイドラインでは,解剖学的な深さや圧迫止血の容易さなどから,斜角筋間アプローチおよび鎖骨下アプローチを深部の神経ブロック,鎖骨上アプローチを体表面の神経ブロックとして位置づけている.海外の文献報告によると,斜角筋間アプローチでは手技中の血管穿刺が0~0.63%と報告され,超音波を使用していない手技において血腫は3 例報告されている1).鎖骨上アプローチでは血管穿刺が0~0.4%,超音波を使用していない手技において血腫は2 例報告されている1~4).鎖骨下アプローチでは血管穿刺が0~6.6%,血腫は2 例報告されている1, 5).腕神経叢ブロック(中枢側)において抗血小板薬や抗凝固薬を使用している患者で血腫のリスクは高まるかという問いに対するランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)は存在しない.抗血栓療法中の患者においても腕神経叢ブロック(中枢側)後の血腫の報告はきわめてまれである6).斜角筋間アプローチで1例,鎖骨上アプローチで1 例,血腫による合併症が報告されている3, 4).しかし報告されていない症例が存在する可能性があり,実際のリスクを過小評価しているかもしれない.これまで報告されている腕神経叢ブロックによる血腫は,脊髄硬膜外血腫による後遺症と比べると重症度は低いようである.しかし頸部の血腫は気道閉塞を生じる可能性があり,星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)による気道閉塞の報告例がある7).したがって,頸部の神経ブロックによって生じる出血性合併症は重大な事象になりうると考えるべきである.腕神経叢ブロックを施行する領域は,神経の近傍を動脈が走行している.腕神経叢ブロックは神経に近接する動脈および伴走する静脈を誤穿刺するリスクがあり,血腫のリスクが高まる可能性がある6, 8). Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に腕神経叢ブロック(中枢側)を施行する場合,神経ブロックの部位に応じて適切な休薬期間を設け,抗血小板薬・抗凝固薬を中止することを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●斜角筋間アプローチおよび鎖骨下アプローチは,アスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)以 外の抗血栓療法を適切に中止したうえで施行することが望ましい. ●鎖骨上アプローチは,血腫のリスクと施行者の技量を十分考慮し,抗血栓療法中でも施行が検討されうるが, 熟練者による超音波ガイド下で慎重に行うことが望ましい. 解 説 斜角筋間アプローチは,体表面の神経ブロックに分類されるか深部の神経ブロックに分類されるかについて BQ3:腕神経叢ブロック(中枢側)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高 まるか? CQ3:抗血栓療法を受けている患者に腕神経叢ブロック(中枢側)を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固 薬は中止すべきか?
3.腕神経叢ブロック(中枢側)と抗血栓療法39 は,議論がある.欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,体表面の神経ブロックとして分類されており,重篤な合併症は生じにくいと記載されている9).しかし,気道や頸部の大血管が近接しており,血腫形成時には気道圧迫や大血管圧迫による重篤な合併症を生じうる.穿刺部位と穿刺方向に椎骨動脈,肩甲背動脈,頸横動脈,外頸静脈が存在し,出血時の圧迫止血も脳血流や気道に影響を及ぼす可能性がある.これらを踏まえると体表面の神経ブロックに分類することは疑問視される8).本ガイドラインでも,血管豊富な部位であること,血腫が起こった場合の重篤な合併症リスク,圧迫止血による気道などへの影響,斜角筋間アプローチに近い深頸神経叢ブロックやSGB が深部の神経ブロックに分類されていることを踏まえ深部の神経ブロックと分類した.このため,アスピリンを含むNSAIDs 以外の抗血栓療法中では適切な休薬期間を設けることが望ましいと考える.鎖骨下アプローチは,腕神経叢ブロック内で最も深部に位置し,手技難度が高い.また,鎖骨下アプローチの穿刺領域では,腕神経叢の3 本の神経束(内側神経束,外側神経束,後神経束)は腋窩動脈の周囲を囲むように走行しており,神経に近接する動脈および伴走する静脈を誤穿刺する可能性がある.血腫形成時の圧迫止血は胸筋下にあるため困難である可能性がある6).ESAIC/ESRA ガイドラインや複数のシステマティックレビューでは深部の神経ブロックに分類され,抗血栓療法中の患者においての施行は推奨されていない1, 8, 9).このため,アスピリンを含むNSAIDs 以外の抗血栓療法中では,神経ブロックを行う前に適切な休薬期間を設けることが望ましい.鎖骨上アプローチは,腕神経叢ブロック(中枢側)で最も浅部に位置する.神経ブロック実施後に出血した場合,圧迫止血が可能であると考えられるため本ガイドラインでは体表面の神経ブロックに分類した. ESAIC/ESRA ガイドラインでも同様に定義され,抗血栓療法中でも施行可能とする意見もある9, 10).しかし,他の体表面の神経ブロックと異なり,鎖骨上アプローチの穿刺領域では,腕神経叢は鎖骨下動脈とともに鎖骨と第1 肋骨の間のスペースを通過し,また,鎖骨下動脈から分岐する肩甲上動脈や頸横動脈といった血管が腕神経叢の近傍を走行している.そのため,出血時には血胸などの重篤な合併症を生じうる2).このため,複数回穿刺を避け,熟練者による超音波ガイド下穿刺を行うことが推奨される4, 10).超音波による血腫形成の確認は小児の末梢動脈レベルでも可能であり,腕神経叢ブロック(中枢側)の施行中・施行後の血腫早期発見と評価に有用かもしれない11). 参考文献1) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/S12630-019-01466-W 2) Singh SK et al:Massive hemothorax:A rare complication after supraclavicular brachial plexus block. Anesth Essays Res 8:410—412, 2014. DOI:10.4103/0259-1162.143170 3) Horlocker TT et al:Regional Anesthesia in the Patient Receiving Antithrombotic or Thrombolytic Therapy: American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(Fourth Edition). Reg Anesth Pain Med 43:263—309, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000763 4) Joubert F et al:Bleeding complications following peripheral regional anaesthesia in patients treated with anticoagulants or antiplatelet agents:A systematic review. Anaesth Crit Care Pain Med 38:507-516, 2019. DOI:10.1016/j.accpm.2018.12.009 5) Pace MM et al:Axillary Artery Dissection After Ultrasound—Guided Infraclavicular Brachial Plexus Block. A Case Report. A A Pract 11:19—21, 2018. DOI:10.1213/XAA.0000000000000725 6) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/RAPM-2024-105766 7) Hirota K et al:Risk Vessels of Retropharyngeal Hematoma During Stellate Ganglion Block. Reg Anesth Pain Med 42:778—781, 2017. DOI:10.1097/AAP.0000000000000644 8) Rastgarian A et al:Puncture Site Bleeding Complications of Peripheral Nerve Block in Patients Taking Antithrombotic and Anticoagulant Drugs:An Umbrella Review. Galen Med J 12:e2958, 2023. DOI:10.31661/ GMJ.V12I.2958 9) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 10) Torrano V et al:Enhancing Safety in Regional Anesthesia:Guidelines from the Italian Society of Anesthesia, Analgesia, Resuscitation and Intensive Care(SIAARTI). Anesth Analg Crit Care 5:26, 2025. DOI:10.1186/ S44158-025-00245-Y 11) Jang Y—E et al:Subcutaneous Nitroglycerin for Radial Arterial Catheterization in Pediatric Patients:A Ran- domized Controlled Trial. Anesthesiology 133:53—63, 2020. DOI:10.1097/ALN.0000000000003308
各 論40 4.腕神経叢ブロック(末梢側)と抗血栓療法 Summary Statement ●腕神経叢ブロック(末梢側)は,体表面の神経ブロックに分類される. ●腕神経叢ブロック(末梢側)の血腫のリスクは非常にまれである. ●血腫性合併症のリスクは対照群(抗血小板薬・抗凝固薬を使用していない患者)と比べて,高まるかどうか は不明である. 解 説 腕神経叢ブロック(末梢側)には腋窩アプローチが含まれると定義する.本ガイドラインでは,腕神経叢ブロック(末梢側)は体表面の神経ブロックとして分類している.海外の文献報告によると,神経刺激手技および超音波ガイド下での血腫のリスクに関する疫学的報告はみられない.一方,動脈貫通手技では血腫のリスクが0.2%と報告されている1).また,5 例以上の血腫が報告されている1, 2).血腫による神経症状の回復に6 ヵ月要した症例もあったが,永続するという報告はない1, 2).神経刺激法における血管穿刺リスクは8.4%,超音波ガイド法では0~15%とされる1).抗血栓療法中の腕神経叢ブロック(末梢側)による血腫の報告は認めない.しかし報告されていない症例が存在する可能性があり,実際のリスクを過小評価しているかもしれない.腕神経叢(末梢側)が腋窩動・静脈など複数の血管を取り囲んでいるため,抗血栓療法中での腋窩アプローチにおける血腫のリスクが高まる可能性は否定できない.しかし,この問いに対する疫学研究とランダム化比較試験(randomized controlled trial: RCT)は行われておらず不明である. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に腕神経叢ブロック(末梢側)を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●腋窩アプローチは体表面の神経ブロックと位置付けられ,抗血小板薬・抗凝固薬を休薬せず施行可能と考え られる. ●腋窩アプローチは血管が密集する部位を穿刺するため,抗血栓療法を休止せずに施行する場合には,血管誤 穿刺を避けるため超音波ガイド法が推奨される. 解 説 欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,腋窩アプローチによる腕神経叢ブロックなどの体表面の神経ブロックは,アスピリンや抗血小板薬または抗凝固薬やヘパリン使用下において施行可能とされる3, 4).またカナダのエキスパートコンセンサスでは,腋窩アプローチは血腫リスクの低いブロックと位置付けられている1).米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン第5 版では,出血のリスクの高い深部の神経ブロックは,脊柱管へのブロックに準じた対応をするようにとされているが,腕神経叢ブロック(末梢側)に対する記載はない5).一方,米国の整形外科麻酔学会からのコンセンサスでは,硬膜外麻酔と比べ神経ブロックでは,抗凝固療法と併用した場合に出血性合併症の危険性が増すとの根拠はなく,合併症も重篤ではないために,神経ブロックの有用性を理解し,併用してもよいとの意見を述べている6).ただし,腋窩部は BQ4:腕神経叢ブロック(末梢側)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高 まるか? CQ4:抗血栓療法を受けている患者に腕神経叢ブロック(末梢側)を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固 薬は中止すべきか?
4.腕神経叢ブロック(末梢側)と抗血栓療法41 腋窩動・静脈を中心に複数の血管が近接しており,出血のリスクが完全に否定できない.このため抗血栓療法を中止せずに施行する場合は,超音波ガイド下で行い,血管穿刺を避けて穿刺回数をなるべく減らすべきである1, 4, 7).腋窩アプローチより末梢の遠位神経ブロック(尺骨,橈骨,正中神経)では血腫や永続的障害の報告はなく,抗血栓療法中でも安全に施行可能と考えられる1).ただし,これらの神経は,上腕,尺骨,橈骨動・静脈の近傍を走行している.血管穿刺を避ける目的で超音波ガイド下での施行が望ましい1, 4, 7).また,超音波による血腫形成の確認は小児の末梢動脈レベルでも可能であり,施行中・施行後の血腫早期発見に有用かもしれない8). 参考文献1) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/S12630-019-01466-W 2) Horlocker TT et al:Regional Anesthesia in the Patient Receiving Antithrombotic or Thrombolytic Therapy: American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(Fourth Edition). Reg Anesth Pain Med 43:263—309, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000763 3) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 4) Torrano V et al:Enhancing Safety in Regional Anesthesia:Guidelines from the Italian Society of Anesthesia, Analgesia, Resuscitation and Intensive Care(SIAARTI). J Anesth Analg Crit Care 5:26, 2025. DOI: 10.1186/S44158-025-00245-Y 5) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/RAPM-2024-105766 6) Chelly JE et al:Consensus of the Orthopedic Anesthesia, Pain, and Rehabilitation Society on the use of peripheral nerve blocks in patients receiving thromboprophylaxis. J Clin Anesth 26:69—74, 2014. DOI:10.1016/ j.jclinane.2013.09.012 7) Lewis SR et al:Ultrasound guidance for upper and lower limb blocks. Cochrane Database Syst Rev 2015: CD006459, 2015. DOI:10.1002/14651858.CD006459.pub3 8) Jang Y—E et al:Subcutaneous Nitroglycerin for Radial Arterial Catheterization in Pediatric Patients:A Ran- domized Controlled Trial. Anesthesiology 133:53—63, 2020. DOI:10.1097/ALN.0000000000003308
各 論42 5.傍脊椎ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●傍脊椎ブロックは深部の神経ブロックに分類される. ●傍脊椎ブロック後の治療を必要とする血腫のリスクは低いと考えられる. ●抗血栓療法を受けている患者で血腫のリスクが高まるとするエビデンスはない. 解 説 超音波ガイド法を用いない傍脊椎ブロック実施時の,ブロック針あるいは傍脊椎腔に留置したカテーテルからの血液逆流の頻度は3.8~6.8%と報告されている1).体表からの圧迫止血のみで対処可能な浅部での血腫形成の頻度は2.4%との報告があるが,この報告の症例で傍脊椎腔に血腫形成を伴っていたか否かは明らかではない1).傍脊椎ブロックに関連する出血性合併症の多くは,他の目的で実施された研究の副次的評価項目として報告されている.2019 年のカナダのエキスパートコンセンサスによると,偶発的血管誤穿刺を認めた研究報告は13 編ある.抗凝固療法を実施している2 編の報告も含めて,重篤な出血性合併症はきたしておらず,血管誤穿刺と傍脊椎腔での血腫形成との関連は明らかではない2).凝固異常を有する患者あるいは抗血栓療法を受けている心臓大血管手術患者での超音波ガイド下傍脊椎ブロックおよびカテーテル留置について解析した研究によると,140 件のカテーテル留置で傍脊椎腔あるいは脊柱管内の血腫形成は認めず,同部位で血腫形成を生じる可能性の95%信頼区間(CI)は0~2.7%であった3).この他,心臓手術中,術前からの凝固異常,血小板減少症,抗血小板薬投与中などの状況で傍脊椎ブロックを実施したとする報告も複数存在するが,出血性合併症は認めていない2).凝固異常がなく,抗血栓療法を受けていない患者での傍脊椎ブロックによる傍脊椎血腫のリスクは明らかになっていないが,少なくとも抗血栓療法で血腫のリスクが高まるとするエビデンスはないと考えてよい.これまでに傍脊椎ブロックにより出血性合併症をきたした症例の報告はわずかしかない4, 5).いずれの患者も抗血栓療法は受けておらず,凝固機能も正常であった.傍脊椎腔あるいは胸腔内での血腫形成は,初期の段階では無症状のことも多く,早期に気づくことは困難なことが多い2).つまり,血腫が形成されても無症状であれば見逃されている症例が一定数存在する.意識のある患者では,神経ブロック側の胸部痛などの症状から傍脊椎腔などでの血腫形成を疑うことで,早期の対応が可能かもしれない4).また,穿刺時にブロック針からの血液逆流を認めなくてもその後に血腫形成をきたす場合もあり,神経ブロック施行後の注意深い観察が重要である4).胸腔鏡手術では術野から傍脊椎腔などでの血腫形成の有無を確認できる5).胸腔鏡下肺切除術中に実施されたカテーテル留置を伴う傍脊椎ブロックで,26 例中5 例で壁側胸膜下の血腫を認めたという報告があるが,血腫に対する治療は行われていない6).壁側胸膜下に局所麻酔薬を投与すると,胸膜の剥離に伴いある程度の出血は生じるため,血液の混じった局所麻酔薬による膨隆が血腫様に見える可能性もある.これらは血管穿刺に伴う血腫とは区別して理解する必要がある. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に傍脊椎ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを強く推奨する. 推奨度:1[合意率87%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●抗血栓療法を受けている患者は,適切な休薬期間を設け,必要に応じて凝固能の改善を確認したうえで傍脊 椎ブロックを施行することを推奨する. BQ5:傍脊椎ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ5:抗血栓療法を受けている患者に傍脊椎ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止すべ きか?
5.傍脊椎ブロックと抗血栓療法43 ●持続神経ブロックでカテーテル留置を行う場合は,カテーテル抜去時にも傍脊椎ブロック施行時と同様の対 応を推奨する. ●患者の全身状態によっては,休薬期間の延長を考慮する. 解 説 基本的に「総論5」で示す深部の神経ブロックに準じて対応する.2018 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン第4 版では,深部で圧迫止血できない神経ブロックは全般に高リスクとされている7).本手技における針先の到達部位は傍椎体部で壁側胸膜近傍という深部に位置し,肋間動・静脈およびその分枝が存在する.この部位は解剖学的に深部であり圧迫止血が困難であることから,本ガイドラインでは解剖学的リスクに基づき推奨レベルを設定した.2019 年のカナダのエキスパートコンセンサスでも,出血のリスクを3 段階の分類で最高リスクの「高リスク」に分類している2).深部の神経ブロックのなかでも,傍脊椎ブロックはブロック針やカテーテルが脊柱管内に迷入する可能性がある.このため,脊髄幹麻酔での注意点も合わせて認識しておく必要がある.傍脊椎ブロック施行中に誤って脊柱管内に針先あるいはカテーテルが迷入し脊髄血腫をきたす可能性は低いが,やはり認識しておくことは重要である8, 9).特に脊髄幹内にカテーテルが迷入したことに気づかずに,傍脊椎ブロックという認識で比較的高用量の局所麻酔薬をボーラス投与すると,想定以上の過剰な神経遮断効果を生じる場合がある9).カテーテル抜去時においても,傍脊椎ブロック施行時と同様に,脊髄幹麻酔に準じた注意を十分に払う必要がある. 2013 年の英国のガイドラインでは,血液凝固異常を有する患者に対する脊髄幹麻酔および神経ブロックの相対的危険度についてまとめている10).これによると,傍脊椎ブロックは持続硬膜外麻酔(硬膜外カテーテル留置),単回硬膜外麻酔,脊髄くも膜下麻酔についで危険度が高いと位置付けられている.そのうえで以下の点について言及している. 1 高リスク患者に対するカテーテル留置は慎重に行う2 高リスク患者に対しては熟練者が手技を行う3 超音波ガイド法は安全性が高いかもしれない4 傍脊椎ブロックの手技中に脊柱管内に針先やカテーテルが迷入しうるリスクを考慮するカテーテル留置を行うと単回投与よりもリスクが増し,特にカテーテル抜去時の出血は無視できない.出血リスクの高い患者に対する神経ブロックは穿刺回数が増えるほど出血性合併症のリスクが高まるという理由から,初心者が高リスク患者に対する手技を行わないのはリスク回避の観点からは重要である.熟練者が傍脊椎ブロックを行うことで生じる益と害を考慮したうえで,患者に十分な説明と同意を得て,最小限のブロック針穿刺回数で行うべきである.超音波ガイド法はランドマーク法とは異なる技術を要するため,「熟練者による超音波ガイド下神経ブロック」は上記同様に穿刺回数を最小限度に抑え,なおかつ超音波画像で認識可能な血管を避けてブロック針を刺入することができるため,安全性向上に寄与しうるといえる10). 参考文献1) Naja Z et al:Somatic paravertebral nerve blockade. Incidence of failed block and complications. Anaesthesia 56:1184—1188, 2001. DOI:10.1046/j.1365-2044.2001.02084-2.x 2) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anaesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/s12630-019-01466-w 3) Okitsu K et al:Risk of Hematoma in Patients With a Bleeding Risk Undergoing Cardiovascular Surgery With a Paravertebral Catheter. J Cardiothorac Vasc Anesth 31:453—457, 2017. DOI:10.1053/j.jvca.2016.06.002 4) 本山泰士 他:超音波ガイド下胸部傍脊椎ブロック後に胸壁血腫をきたした症例.日本ペインクリニック学会誌22:88—91,2015 5) Song L et al:Inadvertent posterior intercostal artery puncture and haemorrhage after ultrasound—guided thoracic paravertebral block:A case report. BMC Anesthesiol 18:196, 2018. DOI:10.1186/s12871-018-0667-5 6) Kadomatsu Y et al:Comparison of the analgesic effects of modified continuous intercostal block and paravertebral block under surgeon’s direct vision after video—assisted thoracic surgery:a randomized clinical trial. Gen Thorac Cardiovasc Surg 66:425—431, 2018. DOI:10.1007/s11748-018-0936-8 7) Horlocker TT et al:Regional Anesthesia in the Patient Receiving Antithrombotic or Thrombolytic Therapy: American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(Fourth Edition). Reg Anesth Pain Med 43:263—309, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000763 8) Esper SA et al:Case 8——2015. Paravertebral Catheter—Based Strategy for Primary Analgesia After Minimally Invasive Cardiac Surgery. J Cardiothorac Vasc Anesth 29:1071—1080, 2015. DOI:10.1053/j.jvca.2015.02.018 9) Yoshida T et al:Unintentional epidural placement of a thoracic paravertebral catheter inserted using an ultra-
各 論44 sound—guided technique:a case report. J Anesth 30:727—730, 2016. DOI:10.1007/s00540-016-2170-9 10) Working Party:Regional anaesthesia and patients with abnormalities of coagulation:the Association of Anaesthetists of Great Britain & Ireland The Obstetric Anaesthetists’ Association Regional Anaesthesia UK. Anaesthesia 68:966—972, 2013. DOI:10.1111/anae.12359
6.肋間神経ブロックと抗血栓療法45 6.肋間神経ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●肋間神経ブロックは体表面の神経ブロックに分類される. ●肋間神経ブロック後の血腫のリスクは明らかではない.しかし,治療を必要とする血腫のリスクは低いと考 えられる. ●抗血栓療法を受けている患者で血腫のリスクについて,頻度が高まるとするエビデンスはないが,血腫が生 じた場合には広範囲に及ぶ可能性や大量出血に至る可能性がある. 解 説 古い報告だが,患者4,333 人に対する50,097 回の肋間神経ブロックで出血性合併症は生じなかったとする報告がある1).抗血栓療法の有無にかかわらず,肋間神経ブロックを行った際の出血性合併症について調査した質の高い研究は存在しない.肋間神経ブロックに伴う血腫形成は,血腫が小さい場合は無症状のことも多く,見逃されている症例が一定数存在すると考えられる2).胸腔鏡下肺切除術中に実施されたカテーテル留置を伴う肋間神経ブロックで,24 例中2 例で壁側胸膜下の血腫を認めたという報告があるが,血腫に対する治療は不要であった3).壁側胸膜下に局所麻酔薬を投与すると,胸膜の剥離に伴いある程度の出血は生じるため,血液の混じった局所麻酔薬による膨隆が血腫様に見える可能性もある.これらは明らかな血管穿刺に伴う血腫とは区別して理解する必要がある.肋間神経ブロックに関連して血腫を生じた症例の報告は少ないが,報告されている血腫は広範囲に及び出血量も多い4~6).心臓手術後に肋間神経ブロックを行い側腹部に広範囲の皮下血腫を認めたとする症例では経過観察のみで対処可能であった4).ヘパリン投与中に肋間神経ブロックを行い,胸壁から大腿部まで血腫を形成した症例では輸血を必要とした5).血液凝固異常のない症例で肋間神経ブロック後に血胸を生じた症例では,胸腔ドレナージにより1,000 mL の血液が吸引されたが輸血は必要としなかった6).肋間神経ブロックは体表面の神経ブロックに分類されてはいるが,肋間動・静脈を誤穿刺すると圧迫止血は困難である.また,胸腔内に出血や血腫が拡大すると出血性合併症の発見が遅れ,大量出血後に気づくことになる場合もある.血腫の発生頻度は高くないかもしれないが,血腫が生じた場合に重篤になる可能性は念頭においておくべきである. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に肋間神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●抗血小板薬や抗凝固薬による抗血栓療法を受けている患者は,休薬期間を設けることは必須ではないが,出 血のリスクの高い患者では必要に応じて適切な休薬期間を設けることを推奨する. ●肋間神経ブロックでは,圧迫止血が可能なタイプの体表面の神経ブロックに比べて,より慎重に休薬期間を 設ける必要がある. 解 説 基本的に「総論5」で示す体表面の神経ブロックに準じた対応をする.2018 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン第4 版では,神経ブロック手技のリスクを3 段階に分類されている.肋間神経ブロックは体表面の神経ブロックと考えられるものの,穿刺部位付近には肋間動・静脈およびその分枝が存在し,圧迫止血が可 BQ6:肋間神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ6:抗血栓療法を受けている患者に肋間神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止す べきか?
各 論46 能とはいえないため中間にあたる「中等度リスク」に分類される7).2019 年のカナダのエキスパートコンセンサスにおいても,出血のリスクは3 段階で分類されており「中等度リスク」に分類されている2).出血性合併症の報告は少ないが,報告されているものは血腫が広範囲に及んだり,大量出血に至ったりしている.大量の血胸を生じたとする症例報告では,血液凝固異常や抗血栓療法中などの出血のリスクは存在しなかったが6),リスクが存在するとさらに重篤となる可能性もある.圧迫止血が可能あるいは少量の血腫形成でも認識しやすいタイプの体表面の神経ブロックよりは,慎重な対応が必要であると考えられる.前稿の傍脊椎ブロックで言及した脊髄幹への影響は,肋間神経ブロックではより可能性が低いと考えられるが,明確な根拠を示す研究は存在しない2). 2013 年の英国のガイドラインでは,血液凝固異常を有する患者に対する脊髄幹麻酔および末梢神経ブロックの相対的危険度についてまとめられている8).これによると,肋間神経ブロックは「血管の近傍で実施する体表面のブロック(superficial perivascular block)」に該当し,中等度のリスクを有する神経ブロックとして分類されている.そのうえで,以下のような点に言及している. 1 高リスク患者に対するカテーテル留置は慎重に行う2 高リスク患者に対しては熟練者が手技を行う3 超音波ガイド法は安全性が高いかもしれないカテーテル留置を行うと単回投与よりもリスクが増すと考えられる.BQ6 の解説で挙げた3 つの症例報告のうち,2 つはカテーテル留置を伴う肋間神経ブロックで生じたものである4, 5).出血のリスクの高い患者に対する神経ブロックは,穿刺回数が増えるほど出血性合併症のリスクが高まるという理由から,初心者が高リスク患者に対する手技を行わないのはリスク回避の観点からは重要である.熟練者が肋間神経ブロックを行うことで生じる益と害を考慮したうえで,患者に十分な説明と同意を得て,最小限のブロック針穿刺回数で行うべきである.超音波ガイド法はランドマーク法とは異なる技術を要するため,「熟練者による超音波ガイド下神経ブロック」は上記同様に穿刺回数を最小限度に抑え,なおかつ超音波画像で認識可能な血管を避けてブロック針を刺入することができるため安全性向上に寄与しうるといえる8). 参考文献1) Moore DC et al: Intercostal nerve block in 4333 patients:indications, technique, and complications. Anesth Analg 41:1—11, 1962 2) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anaesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/s12630-019-01466-w 3) Kadomatsu Y et al:Comparison of the analgesic effects of modified continuous intercostal block and paravertebral block under surgeon’s direct vision after video—assisted thoracic surgery:a randomized clinical trial. Gen Thorac Cardiovasc Surg 66:425—431, 2018. DOI:10.1007/s11748-018-0936-8 4) Murphy DF:Continuous intercostal nerve blockade. An anatomical study to elucidate its mode of action. Br J Anaesth 56:627—630 1984. DOI:10.1093/bja/56.6.627 5) Nielsen CH:Bleeding after intercostal nerve block in a patient anticoagulated with heparin. Anesthesiology 71:162—164, 1989. DOI:10.1097/00000542-198907000-00027 6) Dangoisse M et al:Haemothorax after attempted intercostal catheterisation. Anaesthesia 49:961—963, 1994. DOI:10.1111/j.1365-2044.1994.tb04314.x 7) Horlocker TT et al:Regional Anesthesia in the Patient Receiving Antithrombotic or Thrombolytic Therapy: American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(Fourth Edition). Reg Anesth Pain Med 43:263—309, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000763 8) Working Party:Regional anaesthesia and patients with abnormalities of coagulation:the Association of Anaesthetists of Great Britain & Ireland The Obstetric Anaesthetists’ Association Regional Anaesthesia UK. Anaesthesia 68:966—972, 2013. DOI:10.1111/anae.12359
7.胸腰椎神経根ブロックと抗血栓療法47 7.胸腰椎神経根ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●胸腰椎神経根ブロックは,深部の神経ブロックに分類される. ●血腫の発生はまれであるが,発生した場合には神経障害などの重篤な合併症をきたす可能性がある. ●抗血栓療法中の患者では,明らかに出血のリスクが増加することが報告されており,特に複数の薬物を併用 している場合には,さらにそのリスクは高まる. 解 説 胸腰椎神経根ブロックは,胸腰椎の神経根周囲に対して行う深部の神経ブロックであり,出血が生じた場合には圧迫による止血が困難な非圧迫性領域に該当する.そのため,血腫が神経を圧迫した場合,永続的な神経障害に至る危険性がある. Kubulus らの大規模レジストリ解析では,抗血栓療法中の患者において,神経ブロック施行時の血性穿刺(blood puncture)の発生リスクが非抗血栓療法群と比較して有意に高く,オッズ比は1.60(95%信頼区間[CI]: 1.33~1.93)であった.また,抗血小板薬と抗凝固薬を併用している患者では,オッズ比が1.89(95%CI:1.48~ 2.40)とさらに高値を示し,薬物相互作用によるリスクの増加が示唆された1).米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン2)や欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドライン3)などの国際ガイドラインでは,胸腰椎神経根ブロックは出血時の対処が困難な「高リスク手技」として位置付けられており,血腫による神経圧迫の予防が特に重要とされている.超音波ガイド下での神経ブロックの施行は,血管や神経の可視化によって穿刺の精度と安全性を高め,血管損傷の回避に寄与する点で有用である.特に,解剖学的構造が個人差の大きい胸腰部では,リアルタイムでの針先の確認がリスク低減につながるとされている.しかしながら,超音波によってすべての出血のリスクを排除できるわけではなく,深部構造の視認には限界があるため,抗血小板薬・抗凝固薬服用中の患者におけるリスク管理において補助的手段にとどまる.したがって,胸腰椎神経根ブロックは,抗血栓療法中の患者において血腫のリスクが高まる手技であり,超音波ガイドは有用であるが,それのみで出血のリスクを完全に回避できるわけではない.十分なリスク評価と慎重な適応判断が不可欠である. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に胸腰椎神経根ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを強く推奨する. 推奨度:1[合意率87%]エビデンス総体の総括:B(中) Summary Statement ●胸腰椎神経根ブロックは深部かつ圧迫困難な部位を対象とするため,抗血栓療法中の患者に施行する際は, 出血のリスクを考慮し,原則として薬物ごとの薬物動態に基づいた適切な休薬期間を設けることが推奨される.ただし,血栓塞栓症の高リスク患者では,抗血小板薬・抗凝固薬の継続や代替手技(全身麻酔や体表面の神経ブロックなど)も含めた慎重な対応が求められる. ●深部の神経ブロックにおいては,抗血小板薬・抗凝固薬の適切な休薬が原則として必要である. ●抗血小板薬・抗凝固薬の中止によって血栓塞栓症のリスクが高まる場合には,神経ブロックの施行自体を再 検討するか,抗血栓療法中でも安全に施行できる代替手技を選択することが望ましい. BQ7:胸腰椎神経根ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ7:抗血栓療法を受けている患者に胸腰椎神経根ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中 止すべきか?
各 論48 解 説 ESAIC/ESRA ガイドラインでは,胸腰椎神経根ブロックのような深部かつ非圧迫性の神経ブロックにおいては,出血発生時に重篤な臨床的影響を及ぼす可能性があるため,抗血小板薬・抗凝固薬の一時的な休薬が推奨されている3).また,ASRA ガイドラインでは,薬物の休薬期間の設定は薬物の種類だけではなく,腎機能・体重・年齢など個別因子に基づいて調整すべきとされており,可能であれば抗凝固薬(特に直接経口抗凝固薬[direct oral anticoagulants:DOACs])の血中濃度測定を参考に施行の可否を判断することが望ましいと述べられている2).一方で,高リスクの血栓塞栓症では,抗血小板薬・抗凝固薬の中止により致命的なイベントが発生する可能性もある.このような場合には,神経ブロックの施行を中止または延期,浅層かつ圧迫可能な神経ブロックへの変更,全身麻酔や局所麻酔への切り替えなどを選択することで,抗血小板薬・抗凝固薬の継続と手技の安全性の両立を図ることが可能である. 参考文献1) Kubulus C et al:Antithrombotic drugs and the risk of bloody punctures in regional anesthesia — a retrospective registry analysis. Reg Anesth Pain Med 47:653—659, 2022. DOI:10.1136/rapm-2022-103806 2) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 3) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600
8.胸椎および腰椎椎間関節ブロックと抗血栓療法49 8.胸椎および腰椎椎間関節ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●胸椎および腰椎椎間関節ブロックは体表面の神経ブロックに分類される. ●局所の血腫のリスクは胸椎で1.0%,腰椎で0.1%との報告や,腰椎椎間関節ブロックにおける血管穿刺では 3.7~20.0%で生じるとの報告があるが,治療介入を伴う重篤な血腫はさらに頻度が低い. ●腰椎椎間関節ブロックにおいては,抗血栓療法で血腫のリスクは高まらないという報告もある.抗血栓療法 下で0.3~0.4%以下と推定されているが,部位別でのリスクは調査されていない. 解 説 椎間関節ブロックは椎間関節由来の痛みに対して行われ,局所麻酔薬に加えステロイド薬の投与が行われることもある.また後枝内側枝ブロックも同様の基準で行われることがあり,高周波熱凝固法(radiofrequency thermocoagulation:RF),パルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)が併用されることもある.椎間関節ブロックの合併症は,血腫,感染,脊髄神経ブロックまたは硬膜外ブロック,神経障害を含む疼痛の増悪,気胸などが挙げられる1).解剖学的には,頸椎の近傍を椎骨動脈や深頸動脈,上行頸動脈,根動脈などが走行している.とくに椎骨動脈の走行は個人差があるとされており,また動脈硬化などによる蛇行などもみられる.加えて,超音波ガイド法,X 線透視法のいずれの方法においても,一定の割合で穿刺部位に血管が存在することがあるという報告もある2).一方,胸腰椎においては穿刺上問題になる主要な血管は乏しい.椎間関節ブロックに関連する出血または血腫の報告として,Manchikanti らが部位別に調査した報告がある3).頸椎3,370 人,胸椎950 人,腰椎3,162 人の計7,482 人に対する延べ43,010 ヵ所の神経ブロックにおいて, oozing が頸椎29.2%,胸椎18.0%,腰椎10.8%,血管穿刺が頸椎20.0%,胸椎6.0%,腰椎4.0%,局所の血腫が頸椎2.3%,胸椎1.0%,腰椎0.1%で認められ,いずれも頸椎で胸椎・腰椎と比して高い結果となっている.また出血量が多かったものは頸椎0.7%,胸椎0.03%,腰椎0.4%であったが,重篤な合併症の発生はなかったとしている.またCohen らの229 人を対象としたランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)では,椎間関節ブロックの合併症は全体の7.0%に生じたが重篤なものはなく,出血に関連したものは記されていない4).抗血栓療法により血腫が増加するという報告は,現時点では見当たらない.腰椎椎間関節痛に関連するガイドラインでは,腰椎椎間関節ブロックに関連する血管穿刺は3.7~20.0%に生じると報告されているが,抗凝固薬中止に伴う血栓塞栓性の合併症のほうが,リスクが高くより重篤であるとしている5).また,Kim らの腰椎11,677 人,胸椎155 人,頸椎148 人の計11,980 人の椎間関節ブロックに対する合併症の調査では,合併症で入院または救急を受診したのは0.84%,そのうち手技に関連する合併症は痛みの増悪(0.52%),感染(0.07%)と続き,出血に関連する合併症は認めなかった.ただし,神経ブロック5 日前にワルファリンを低分子ヘパリンに置換した患者で,急性脳梗塞を発症したと報告している6).さらに,Endres らは抗血小板薬・抗凝固薬使用中の患者2,074 人に対して腰椎後枝内側枝ブロックを行い,出血による合併症はなかったと報告した7).この報告では,ワルファリンは1,090 人,クロピドグレルは890 人,アスピリンは31 人に対して内服されており,血腫のリスクは抗凝固薬内服下で0.3%以下,抗血小板薬内服下で0.4%以下と推定している.頸椎,胸椎,腰椎を個別に解析はされておらず,各々の部位におけるリスクは不明であり,また抗凝固薬中止による合併症の発症は0.2~0.7%と推定されている.このように,治療介入が必要な血腫の発生は非常に低いことが推定され,また抗凝固薬中止に伴う虚血性合併症の発症も懸念されるが,現時点では抗血栓療法で血腫のリスクが高まらないとするほど十分な根拠を示すことも難しい. BQ8:胸椎および腰椎椎間関節ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリス クは高まるか?
各 論50 Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に胸椎および腰椎椎間関節ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬を中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率100%]エビデンス総体の総括:B(中) Summary Statement ●基本的にはアスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs),シロスタゾール,ジピリダモール,セロ トニン再取り込み阻害薬(SSRI,SNRI),抗血小板薬を単独で使用している患者に対しては,これらを休薬せずに施行してよい. ●活性型第X 因子阻害薬,ヘパリン類などの抗凝固薬による抗血栓療法を受けている患者は,適切な休薬期間 を設けたうえで実施することが望ましい. ●ワルファリンは中止が望ましいがプロトロンビン時間国際標準比(PT—INR)が1.5 前後までは安全に実施で きる可能性がある.また,中止に伴う有害事象には十分に配慮する必要がある. 解 説 2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドラインにおいて,胸椎・腰椎椎間関節ブロックおよび後枝内側枝ブロックは「低リスク手技」に分類されている8).同ガイドライン第1 版では頸椎および胸腰椎のいずれも中等度リスクとされていたが,第2 版では胸腰椎に限り低リスクへと変更された.変更に至った理由として,抗血小板薬・抗凝固薬使用中の患者2,074 人に対して腰椎後枝内側枝ブロックを行い,重篤な出血性合併症はなかったとEndres らは報告している7).加えてこの報告では,抗凝固療法を中止した2,296 人のうち9 人で有害事象が報告されている. 2018 年に発表された,脊椎処置時の抗血栓療法の中止および継続の益と害について調査したシステマティックレビューがある9).椎間関節ブロックを含む脊椎に対する処置を抗血小板薬・抗凝固薬継続下で施行した観察研究のうち,1 例のみ血腫を生じたが保存療法で改善した.他はいずれも重篤な出血性合併症は認めなかった.局所の出血や血腫などを含む出血性合併症のリスクは,最大でも2.2~4.3%とされている7, 9).一方で血栓塞栓性有害事象は,前述のEndres らの報告の9 人以外にも肺血栓塞栓症や脳梗塞が報告されており,いずれもワルファリンの中止後に発症している5).これらを受けて,2020 年に発表された腰椎椎間関節の痛みに関するガイドラインでは,合併症予防のために抗凝固薬を中止しないことを推奨(Grade B,中等度の推奨)しており,中止が必要な症例については専門家に相談することを推奨している5).2020 年に米国インターベンショナルペイン医師会(ASIPP)より発表されたガイドラインでは頸椎と胸腰椎は同等に扱われており,中等度リスクに分類され,合併症の発生はまれではあるが発生した場合,重篤になりうると記載されている1).中等度リスク以下に分類される手技に対しては,患者の全身状態に応じてワルファリン以外の抗血小板薬・抗凝固薬を継続し,PT—INR 1.5,患者の状況によっては3.0 までは許容されるとしている.2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインは,主に麻酔に関連する神経ブロックについて記載されており,椎間関節ブロックについての記載はない10).このように,胸腰椎椎間関節ブロックは体表面のブロックとして抗血小板薬・抗凝固薬のすべてを休薬する必要は必ずしもなく,逆に抗血小板・抗凝固療法中止に伴う有害事象に十分注意する必要がある.ワルファリンではPT—INR,ヘパリン類では活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)などを用いて評価を行うとともに,患者の状態に応じて休薬の可否を判断する必要があると考えられる. 参考文献1) Manchikanti L et al:Comprehensive Evidence—Based Guidelines for Facet Joint Interventions in the Manage- ment of Chronic Spinal Pain:American Society of Interventional Pain Physicians(ASIPP)Guidelines Facet CQ8:抗血栓療法を受けている患者に胸椎および腰椎椎間関節ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗 凝固薬は中止すべきか?
8.胸椎および腰椎椎間関節ブロックと抗血栓療法51 Joint Interventions 2020 Guidelines. Pain Physician 23:S1—S127, 2020 2) Finlayson RJ: A randomized comparison between ultrasound- and fluoroscopy-guided c7 medial branch block. Reg Anesth Pain Med 40:52—57, 2015. DOI:10.1097/AAP.0000000000000186 3) Manchikanti L et al:Complications of fluoroscopically directed facet joint nerve blocks:a prospective evaluation of 7,500 episodes with 43,000 nerve blocks. Pain Physician 15:E143—150, 2012 4) Cohen SP et al:Effectiveness of Lumbar Facet Joint Blocks and Predictive Value before Radiofrequency Denervation:The Facet Treatment Study(FACTS), a Randomized, Controlled Clinical Trial. Anesthesiology 129:517—535, 2018. DOI:10.1097/ALN.0000000000002274 5) Cohen SP et al:Consensus practice guidelines on interventions for lumbar facet joint pain from a multispecialty, international working group. Reg Anesth Pain Med 45:424—467, 2020. DOI:10.1136/rapm-2019-101243 6) Kim BR et al:Intra—articular facet joint steroid injection—related adverse events encountered during 11,980 procedures. Eur Radiol 30:1507—1516, 2020. DOI:10.1007/s00330-019-06483-3 7) Endres S et al:The Risks of Continuing or Discontinuing Anticoagulants for Patients Undergoing Common Interventional Pain Procedures. Pain Med 18:403—409, 2017. DOI:10.1093/pm/pnw108 8) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Medications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 9) Smith CC et al:Risks and Benefits of Ceasing or Continuing Anticoagulant Medication for Image—Guided Procedures for Spine Pain:A Systematic Review. Pain Med 19:438—448, 2018. DOI:10.1093/pm/pnx152 10) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600
各 論52 9.腹直筋鞘ブロック・腹横筋膜面ブロック(TAPA ブロックを含む)と抗血栓療法 Summary Statement ●腹直筋鞘ブロック・腹横筋膜面(TAP)ブロックは,体表面の神経ブロックに分類される. ●体幹の筋膜面ブロック(腹直筋鞘ブロック,TAP ブロック[TAPA ブロックを含む]など)後の血腫のリ スクに関しては系統的に行われた臨床研究は存在せず,リスクの程度については不明である.腰神経叢ブロックや腰方形筋ブロックのような深部の神経ブロックに比べ血腫の頻度は低いが,これまで考えられてきたよりもリスクは高い. ●抗血栓療法で血腫のリスクは高まる可能性がある. ●超音波ガイド下で神経ブロックを行ったほうが血腫のリスクが低下する可能性がある. 解 説 腹直筋鞘ブロック・腹横筋膜面(transversus abdominis plane:TAP)ブロックなど体幹部の筋膜面ブロック後の血腫のリスクに関する定量的な評価を行った研究は存在せず,抗血栓療法を受けている患者で,体幹部の筋膜面ブロックによる血腫のリスクが高まるか否かを検討した研究もない.体幹部の筋膜面ブロックは2022年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインにおいて体表面の神経ブロックに分類されており1),現在では多くの場合超音波ガイド法で施行されることが多いと考えられるが,過去にはランドマーク法による施行法も報告されており,超音波ガイド法でなくても施行可能な神経ブロックといえる.腹直筋鞘内には上下腹壁動・静脈が走行し,腹横筋膜面およびthoracoabdominal nerves block through perichondrial approach(TAPA ブロック)の際の薬液注入部位となる第10 肋軟骨下縁には肋間動・静脈から伸びる脈管が存在しており,腹直筋鞘ブロック・TAP ブロックでは過去に治療介入を要する程度の血腫形成が報告されている2~5).2019 年のカナダのエキスパートコンセンサスでは,各神経ブロックの出血関連合併症リスクを低リスク,中等度リスク,高リスクに分類しており,これらは「中等度リスク」に位置づけられている6).2023 年の抗血栓療法中の患者に対する末梢神経ブロックにおける出血のリスクを検討したアンブレラレビュー7),注[1]においても比較的リスクが高い神経ブロックとされている.一方でTAPA ブロックによる血腫形成の報告は今のところなく,各種レビューにおいても記載がないのが現状だが,解剖学的類似性を考慮するとTAP ブロックと同等のリスクと考えるのが妥当だと思われる.腹壁の神経ブロックは体表面の神経ブロックに分類されるが,腹壁は柔軟なため圧迫止血が困難かつ組織が伸展しやすく血腫が大きくなる可能性がある.このため,止血機構が弱まっている抗血栓療法中の患者においては血腫のリスクは増大すると考えられる.過去のレビューでは,血管穿刺のリスクは超音波ガイド下で同部位の神経ブロックを行ったほうが低下するとあり,血腫のリスクが高いと考えられる抗血栓療法中の患者では,超音波ガイド下による神経ブロックが推奨される6). Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に腹直筋鞘ブロック・腹横筋膜面(TAP)ブロックを施行する場合,超音波ガイド下で施行し,抗血小板薬・抗凝固薬は中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●ビタミンK 拮抗薬(VKA),直接経口抗凝固薬(DOACs),低分子ヘパリンおよび未分画ヘパリン,フォン ダパリヌクス,アスピリンを含む抗血小板薬の用量にかかわらず,体表面のブロックに分類される腹直筋鞘ブロック・腹横筋膜面(TAP)ブロックは施行できる. BQ9:腹直筋鞘ブロック・腹横筋膜面(TAP)ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法 で血腫のリスクは高まるか? CQ9:抗血栓療法を受けている患者に腹直筋鞘ブロック・腹横筋膜面(TAP)ブロックを施行する場合, 抗血小板薬・抗凝固薬は中止すべきか?
9.腹直筋鞘ブロック・腹横筋膜面ブロック(TAPA ブロックを含む)と抗血栓療法53 ●超音波ガイド法は血管穿刺のリスクを軽減するため,抗血栓療法を受けている患者に対しては超音波ガイド 下での神経ブロックを推奨する. ●局所的な出血による合併症は,常に考慮に入れ監視されるべきである.超音波ガイド下での神経ブロックの 経験をもつ術者により,出血のリスクが最も低い手法を選択し実施する必要がある. 解 説 腹直筋鞘ブロックやTAP ブロック,第10 肋軟骨直下の腹横筋起始部に局所麻酔薬を注入するTAPA ブロックなどにおいては,理論的に腹壁の神経ブロックにおける血管穿刺そのもののリスクは抗血栓療法の有無に関係なく,血腫が形成されたとしても血腫の圧迫による組織障害の可能性が低いことから,2022 年のESAIC/ ESRA ガイドラインによれば,抗血栓療法中の患者に対して腹壁の神経ブロックを行う場合には使用する薬物の用量にかかわらず施行可能とされている1).それゆえ,神経ブロックによる益と害を比較し,益が害を上回る場合においては,抗血栓療法を中断することなく施行することが認容される.腹壁の神経ブロックは,ほとんどが皮膚から4.0 cm 以下の,周囲に重要臓器がない浅層を目標とする穿刺であり,周辺組織は,血腫が生じた際に周辺に広がりやすい一方で圧迫による組織の障害を生じにくいため,安全度が高いと考えられていた.その反面,周辺組織が柔軟なために圧迫による止血が成立しにくく血腫が増大しやすいというリスクが存在する.このため2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドラインでは,3 段階のなかで最も危険性の低い「低リスク手技」に分類されていたが,抗血栓療法中を含む出血のリスクの高い患者についてはリスクを1 段階上の「中等度リスク」とみなすべきとされている8).前述の2019 年のカナダのエキスパートコンセンサス6)では,腹直筋鞘ブロックやTAP ブロックを「中等度リスク」と分類しており,これまでよりも危険度を上方にみなしている.解剖学的に腹直筋の血管の所在は上・下腹壁動・静脈が薬液注入部位である腹直筋/後鞘から隔たりがあるが,ブロック針の経路によってはこれらの脈管を損傷するリスクがある.また腹横筋膜面では比較的細い動・静脈が神経に伴走しており,超音波ガイド下でも血管穿刺を起こしうる.一方, 2022 年のESAIC/ESRA ガイドライン1)によれば,超音波ガイド下での神経ブロックが血腫の発生を減らすというエビデンスは存在しないが,超音波ガイド法が区域麻酔法全般における血管穿刺と局所麻酔薬中毒の発生を有意に減らすことは証明されている.それゆえ,体表面の神経ブロックといえども穿刺に伴う出血は常に考慮し,適切にモニターされるべきであり,神経ブロックを施行する際は熟練者により超音波ガイド法で行うことが推奨されている. 注 釈[1] アンブレラレビューとは,医学研究において複数のシステマティックレビューまたはメタアナリシスを統合的 に分析したレビューである.傘(アンブレラ)のようにメタアナリシスなどをまとめるため,そのように呼称されている. 参考文献1) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 2) Araz C et al:A gross abdominal wall hematoma secondary to transversus abdominis plane block. Agri 36: 123—125, 2024. DOI:10.14744/agri.2021.92499 3) Kim Y—M et al:Transversus abdominis plane block as a sole anesthetic technique for evacuation of rectus abdominis muscle hematoma— A case report. Anesth Pain Med(Seoul)15:344—348, 2020. DOI:10.17085/ apm.19102 4) Parvaiz MA et al:Large retroperitoneal haematoma:an unexpected complication of ilioinguinal nerve block for inguinal hernia repair. Anaesthesia 67:80—81, 2012. DOI:10.1111/j.1365-2044.2011.06971.x 5) Shirozu K et al:Hematoma After Transversus Abdominis Plane Block in a Patient With HELLP Syndrome: A Case Report. A A Case Rep 8:257—260, 2017. DOI:10.1213/XAA.0000000000000487 6) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anaesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/s12630-019-01466-w 7) Rastgarian A et al:Puncture Site Bleeding Complications of Peripheral Nerve Block in Patients Taking Antithrombotic and Anticoagulant Drugs:An Umbrella Review. Galen Med J 12:e2958, 2023. DOI:10.31661/ gmj.v12i.2958 8) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Med- ications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700
各 論54 10.坐骨神経ブロック(iPACK ブロック,膝窩神経叢ブロックを含む)と抗血栓療法 Summary Statement ●臀下部アプローチと膝窩アプローチによる坐骨神経ブロック(iPACK ブロック,膝窩神経叢ブロックを含 む)は体表面の神経ブロックに分類される.圧迫止血が可能であり,出血による合併症のリスクは低い. ●前方アプローチと傍仙骨アプローチによる坐骨神経ブロックは深部の神経ブロックに分類され,出血のリス クは高い. ●抗血栓療法を受けている場合,血腫のリスクは上昇する. 解 説 坐骨神経ブロックには複数のアプローチ法が存在し,代表的な手技として臀下部アプローチ,膝窩アプローチ,前方アプローチ,傍仙骨アプローチがある.さらに,膝窩周囲に穿刺する神経ブロックとして,iPACK ブロック(膝窩動脈関節包間ブロック)や膝窩神経叢ブロックがある.一般的に,深部の神経ブロックは圧迫止血が困難でリスクが中等度以上であるのに対し,体表面の神経ブロックは出血に対して圧迫止血が可能であるため,リスクが低いとされている.坐骨神経ブロックの場合,臀下部アプローチ,膝窩アプローチは欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは体表面の神経ブロックに分類され,すぐ近傍にある膝窩動脈や下臀動脈を穿刺しなければ,出血のリスクは体表面の神経ブロックと同等と考えられる1).抗凝固療法下に超音波ガイド下膝窩部坐骨神経ブロックを受けた患者105 人を対象とした前向き研究では,1 人に少量の血腫形成を認め,出血性合併症の発症率は0.95%と報告されている2).同症例は神経障害なく,軽快している2).また,他の抗凝固療法中の患者146 人を対象とした後方視的研究では,臀部・臀下部アプローチにより挿入されたカテーテルに関して,出血性合併症を認めなかった3).一方,前方アプローチ,傍仙骨アプローチは深部の神経ブロックに分類され,血腫が形成された場合,容易に圧迫止血できず,神経障害をきたす可能性がある.そのため,リスクの高い手技とされる.しかしながら,前方アプローチ,傍仙骨アプローチに関する記載は,ESAIC/ESRA ガイドライン1)や米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン第4 版 4)でも非常に限られており,正確な出血性合併症の頻度は不明である.一方,深部の神経ブロック全般における出血性合併症の発生率は,正確な疫学データが乏しいものの,症例報告レベルで神経障害に至る血腫形成例が散見される4).ESAIC/ESRA ガイドラインでは,深部の神経ブロックにおける出血のリスクは重篤な合併症を生じ得ると明記されている1).特に抗血栓療法を受けている患者では,血腫のリスクが増加するとされている1).また,薬物の種類,用量(治療量か予防量か),腎機能,併用薬物も出血のリスクを評価するうえで重要である1). iPACK ブロックや膝窩神経叢ブロックについては,現時点で出血性合併症の報告はない.また,ESAIC/ ESRA およびASRA のガイドラインにも記載がない.そのため,抗血栓療法中の血腫のリスクについては不明である.iPACK ブロックや膝窩神経叢ブロックの穿刺部位を考慮すると,体表面の神経ブロックと同等のリスクと考える1). Consensus Statement CQ10‒1:坐骨神経ブロック(臀下部アプローチ,膝窩アプローチ,iPACK ブロックや膝窩神経叢ブロックな どを含む)を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬を中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率100%]エビデンス総体の総括:C(弱) BQ10:坐骨神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ10:抗血栓療法を受けている患者に坐骨神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止 すべきか?
10.坐骨神経ブロック(iPACK ブロック,膝窩神経叢ブロックを含む)と抗血栓療法55 CQ10‒2:坐骨神経ブロック(前方アプローチ,傍仙骨アプローチ)を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬 の種類に応じて適切な期間中止することを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●超音波ガイド下で行う体表面の坐骨神経ブロック(臀下部アプローチ,膝窩アプローチ)においては抗血小 板薬・抗凝固薬の中止は必須ではない. ●圧迫止血が困難な部位での坐骨神経ブロック(前方アプローチ,傍仙骨アプローチ)においては抗血小板薬・ 抗凝固薬を中止すべきである. 解 説 臀下部アプローチ,膝窩アプローチは抗凝固療法下であったとしても出血のリスクはきわめて低い2, 3).またESAIC/ESRA ガイドラインでも同アプローチは体表面の神経ブロックに分類されており,抗血小板薬・抗凝固薬の中止は必須ではないと記載されている1).同様に,iPACK ブロックや膝窩神経叢ブロックの穿刺部位から考えて圧迫止血可能であり,出血による合併症のリスクも低いと考えられる.臀下部アプローチの坐骨神経ブロックは比較的深部のブロックではあるが,圧迫止血が可能な部位であると考えられている.ただし,血管穿刺のリスクを軽減するため,超音波ガイド法を併用することを積極的に考慮するべきである.一方,前方アプローチや傍仙骨アプローチなどの深部の神経ブロックは,出血時の止血が困難であり,抗血栓療法中に施行する場合は特別なリスク評価が必要である.ESAIC/ESRA ガイドラインでは,深部の神経ブロックを実施する際には抗血小板薬・抗凝固薬の中止を推奨している1).薬物の種類に応じて適切な期間中止する. 参考文献1) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 2) Eman A et al:Ultrasound—guided popliteal sciatic nerve block for surgical anesthesia in wound care patients with ongoing anticoagulant/antiaggregant therapy:A single—center, prospective study. Medicine(Baltimore) 103:e40311, 2024. DOI:10.1097/MD.0000000000040311 3) Wardhan R et al:Are the Placement, Maintenance, and Removal of Femoral and Sciatic Catheters Associated With Bleeding Complications in Vascular Patients on Antithrombotics? A Single—Center, Retrospective Cohort Study. Anesth Analg 134:188—193, 2022. DOI:10.1213/ANE.0000000000005743 4) Horlocker TT et al:Regional Anesthesia in the Patient Receiving Antithrombotic or Thrombolytic Therapy: American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(Fourth Edition). Reg Anesth Pain Med 43:263—309, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000763
各 論56 11.閉鎖神経ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●閉鎖神経ブロックは,体表面の神経ブロックに分類される. ●閉鎖神経ブロック後の血腫のリスクは低い.外科的手術や大量輸血などの介入を必要とする重篤なリスクは まれである. ●ランドマーク法を含む閉鎖管内にブロック針を進める手法では,筋膜間に注入する方法に比べて,血腫のリ スクが高まる可能性がある. ●抗血栓療法で血腫のリスクは高まる可能性がある. 解 説 閉鎖神経ブロックには複数のアプローチ法が報告されており,閉鎖管内にブロック針を進めて閉鎖神経の成分(前枝,後枝,股関節枝)を1 ヵ所ですべて遮断する方法,閉鎖神経が閉鎖管から大腿に出てきた直後の恥骨筋—外閉鎖筋間に局所麻酔薬を注入する方法,閉鎖神経が前枝と後枝に分かれた後の内転筋筋膜間で遮断する方法に大別できる.いずれの方法も体表面の神経ブロックに分類される.閉鎖神経ブロック後の血腫のリスクについて定量的に評価した研究は存在しない.同様に,抗血栓療法を受けている患者で,閉鎖神経ブロックによる血腫のリスクが高まるか否かを検討した研究もない.2019 年にカナダから発表された各神経ブロックの出血関連合併症リスクを低リスク,中等度リスク,高リスクに分類したエキスパートコンセンサスでは,閉鎖神経ブロックは,皮膚から深いところにターゲットが存在するが,重要な構造物からは遠く,出血と血腫が生じても重大な転帰に至る可能性が低いとされる,「中等度リスク」の手技とされている1).なお,同ガイドラインで同じ理由で中等度リスクとされた下肢の区域麻酔法には,経臀部・臀下部・前方アプローチの坐骨神経ブロック,鼠径上腸骨筋膜下ブロックがある.症例報告では,神経刺激ガイド法を併用したランドマーク法の閉鎖神経ブロックで,輸血を要する血腫を生じた一例がある2).本症例では,針先が閉鎖管内に入り,そこで閉鎖動脈を穿刺したと推察された.患者は抗血栓療法を受けておらず,推定出血量は600 mL であった.閉鎖神経ブロックのうち,ランドマーク法を用いて閉鎖管内へブロック針を刺入するアプローチでは,意図せず骨盤腔内へ針先が進展する可能性があり,ここでの動脈穿刺が生じた場合には体表からの圧迫止血は困難である.一方,長内転筋付着部内側での鼠径部アプローチによる穿刺の場合,ターゲットが比較的浅部であるため,出血が生じたとしても体表からの圧迫止血は可能と考えられる.さらに,超音波ガイド下での閉鎖神経ブロックでは,内転筋筋膜間アプローチや恥骨筋—外閉鎖筋間のアプローチのいずれにおいても,超音波ガイド下で動脈の検出が可能である.よって,神経ブロック時の血腫形成の頻度に関する比較検討の報告はないものの,理論的には超音波ガイド法はランドマーク法よりも有益性が高いと考えられる.しかしながら,現時点では,先に述べたように,エビデンスレベルの高い比較試験は存在しないため,今後のさらなる報告を待つ必要がある.近年,超音波ガイド下で閉鎖管内に針先を進めて行う閉鎖神経ブロックアプローチが報告された3).このアプローチでは超音波ガイド法で閉鎖管から大腿に現れる閉鎖動脈を観察できるものの,やはり閉鎖管内で動脈穿刺が生じてしまった場合には,体表からの圧迫止血は困難である. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に閉鎖神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止しないことを弱く推奨する(提案する).ただし,ランドマーク法を含む閉鎖管内にブロック針を進めるアプローチでは,深部のブロックに準じた適切な休薬期間を設けたうえで行うことが推奨される. 推奨度:2[合意率83%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) BQ11:閉鎖神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ11:抗血栓療法を受けている患者に閉鎖神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止 すべきか?
11.閉鎖神経ブロックと抗血栓療法57 Summary Statement ●アスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を使用している患者に対しては,休薬せずに閉鎖神 経ブロックを施行してよい. ●それ以外の抗血小板薬・抗凝固薬を使用している患者に対しては,薬物の使用継続の必要性を十分に勘案 し,超音波ガイド法を用いて血管の有無を確認したうえで,内転筋筋膜間アプローチあるいは恥骨筋—外閉鎖筋間アプローチによる実施が可能である.ただし,出血性合併症の可能性は排除できないことに留意し,慎重に施行すべきである. ●ランドマーク法を含む閉鎖管内にブロック針を進めるアプローチでは,閉鎖管内の動脈を損傷すると体表か らの圧迫止血が困難であるため,脊髄幹麻酔に準じた適切な休薬期間を設ける. 解 説 閉鎖神経ブロックには複数のアプローチ法が存在し,神経同定のためにランドマーク法を用いた神経刺激ガイド法や超音波ガイド法が用いられる.現状では抗血小板薬や抗凝固薬を使用している患者に閉鎖神経ブロックを安全に施行できるかという問いを明らかにするための比較試験は存在せず,抗血小板薬や抗凝固薬を使用中の患者における閉鎖神経ブロックに伴う出血性合併症の報告もないため,解剖学的検討から止血手技が容易かどうかを判断して,リスクを推測せざるを得ない. 2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,閉鎖神経ブロックに特化した記述はないが,出血した際に圧迫可能な浅部で,周囲の血管が豊富ではなく,仮に出血したとしても重大な転帰に至る懸念がない部位の神経ブロックに関しては,一般的に抗血小板薬や抗凝固薬の中止は必須でないとしている4).2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドラインも,深部ではない位置の神経ブロックを行うときに抗血栓療法を中止するか否かは,皮膚からの圧迫の可否,周囲の血管分布,出血した際の重大さに応じて個別に判断すべきとしている5).また,前述のESAIC/ESRA ガイドラインによれば,超音波ガイド法が神経ブロックによる血腫の発生を減らすというエビデンスは存在しないが,超音波ガイド法が区域麻酔法全般における血管穿刺と局所麻酔薬中毒の発生を有意に減らすことは証明されている4).BQ11の項で述べたとおり,カナダのエキスパートコンセンサスでは,閉鎖神経ブロックは,「皮膚から深いところにターゲットが存在するが,重要な構造物からは遠く,出血と血腫が生じても重大な転帰に至る可能性が低い」とされている1).したがって,超音波ガイド下で行う内転筋筋膜間アプローチや恥骨筋—外閉鎖筋間アプローチの閉鎖神経ブロックは,益と害を比較し,益が害を上回る場合においては,抗血栓療法を中断することなく施行することが認容される.一方で,ランドマーク法にせよ超音波ガイド法にせよ,閉鎖管内にブロック針を進めるアプローチは,脊髄幹麻酔に準じた適切な休薬期間を設けたうえで行うことが推奨される. 参考文献1) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/s12630-019-01466-w 2) Moriyama K et al:A Case Report of Femoral Hematoma Following Obturator Nerve Block. Case Rep Anesthesiol 2021:2556645, 2021. DOI:10.1155/2021/2556645 3) Yoshida T et al:Ultrasound—guided obturator nerve block technique at the distal end of the obturator canal: case series and cadaver evaluation. J Anesth 39:652—656, 2025. DOI:10.1007/s00540-024-03434-1 4) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 5) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:Ameri- can Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766
各 論58 12.大腿神経ブロック(PENG ブロックを含む)と抗血栓療法 Summary Statement ●大腿神経ブロックは体表面の神経ブロックに分類される. ●大腿神経ブロック後の血腫のリスクは非常に低く,抗血栓療法により血腫のリスクが増大するという報告は 認められていない. ●PENG ブロックは深部の神経ブロックに分類されているが,現時点で血腫の報告は認めない. 解 説 大腿神経ブロックは,鼠径部において表層を走行する大腿神経周囲に局所麻酔薬を投与することで,大腿前面および膝前面,下腿内側(伏在神経領域)の鎮痛を得る方法である.また,神経周囲に持続カテーテルを留置し,局所麻酔薬を持続投与することで,下肢手術における術後鎮痛に活かすこともできる.大腿神経は大腿動脈に近接しており,神経ブロック時には血管誤穿刺のリスクを伴う.過去の報告では神経刺激ガイド法を用いた大腿神経ブロック(カテーテル挿入)628 例のうち36 例(5.7%)で血管誤穿刺が起こっている1).一方で血腫を形成した症例はアスピリンを1 g 内服していた1 例のみであり,血管誤穿刺が起こった場合でも血腫形成に至る症例は少ないと考えられる.超音波ガイド法により血管誤穿刺の発生率はさらに低下するため,大腿神経ブロックの血腫のリスクはきわめて低く,安全に施行可能である.抗血栓療法による大腿神経ブロック後の血腫形成の症例報告はいくつか認められる2).いずれも術後の永続的な神経障害をきたすケースはみられず,一時的な知覚鈍麻,運動機能の低下はみられるものの,数日で回復するケースがほとんどである.観察研究として,リバーロキサバンを術後内服する患者に対して大腿神経カテーテル挿入を行った患者504 人における血腫形成や二次的末梢神経障害の発生率を検討した報告がある3).術後3 日以内に斑状出血のみを認めたが,血腫形成による末梢神経障害は1 例も認めなかった.また,Chellyらは766 人の患者で膝関節もしくは股関節置換術後に,低用量リバーロキサバンを投与し,休薬なしに大腿神経,坐骨神経,腰神経叢に留置したカテーテルを抜去した.穿刺部位の出血は2 人認めたが,血腫の発生までは認められなかった 4).これらの報告より抗血栓療法が大腿神経ブロックによる血腫のリスクを著しく増大させる可能性は低いと考えられる. PENG(pericapsular nerve group)ブロックは2018 年にGirón—Arango によって報告された神経ブロックで,深部の神経ブロックに分類される5).超音波ガイド下で腸恥隆起と大腰筋腱の間に局所麻酔薬を注入し,大腿神経,副閉鎖神経の股関節枝を遮断することで,大腿骨近位部や股関節の手術において有効な鎮痛が得られるとされている6).また,大腿神経ブロックに比べると大腿四頭筋の運動障害は少なく,術後の早期回復につながる可能性がある.新しい神経ブロックであり,その有用性や安全性については現在も検証中である. PENG ブロックにおける血腫の報告は現在のところ認められず,発生率は不明である.カテーテル挿入による持続PENG ブロック10 例のケースシリーズでは,カテーテルより血液の吸引が3 例で起こったとの報告があるが,いずれも血腫形成には至っていない7). Consensus Statement CQ12‒1:抗血栓療法を受けている患者に大腿神経ブロック(PENG ブロックを除く)を施行する場合,抗血 小板薬・抗凝固薬を中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) BQ12:大腿神経ブロック(PENG ブロックを含む)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で 血腫のリスクは高まるか? CQ12:抗血栓療法を受けている患者に大腿神経ブロック(PENG ブロックを含む)を施行する場合,抗 血小板薬・抗凝固薬は中止すべきか?
12.大腿神経ブロック(PENG ブロックを含む)と抗血栓療法59 CQ12‒2:抗血栓療法を受けている患者にPENG ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬を中止する ことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率87%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●出血性素因のない患者においては抗血小板薬・抗凝固薬の使用を継続した状態で大腿神経ブロックを実施す ることは可能である. ●穿刺部の圧迫が可能か,血管との位置関係,出血が起こった場合の予想される影響を踏まえて,益と害を評 価して実施する. ●経験豊富な医師が超音波ガイド下で施行し,穿刺後は穿刺部位,神経学的所見の観察を行い,血腫の早期発 見を図る. ●抗血小板薬・抗凝固薬使用中にPENG ブロックを施行する場合は脊髄幹麻酔と同様の休薬期間を設ける. 解 説 BQ12 で述べたように大腿神経ブロックによる血腫の発生率はきわめて低く,抗血小板薬・抗凝固薬による大腿神経ブロックの出血のリスクを評価したランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)は現在のところ存在しない.そのため,諸外国のガイドラインは症例報告,後方視的研究を用いて,弱い推奨を示している. 2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインにおいて,大腿神経ブロックは体表面の神経ブロックに分類されており,出血性素因がなければ抗血栓療法を継続した状態で施行可能としている8).また,術後は血栓予防のガイドラインに準じて抗血小板薬・抗凝固薬を継続投与してよいとしている.2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン第5 版でも抗血栓療法下での神経ブロックは可能としているが,穿刺部の圧迫が可能か,血管との位置関係,出血が起こった場合に予想される影響を考慮して穿刺,カテーテル挿入,カテーテル抜去を行うことを強調している9).患者ごとに神経ブロックの益と害を考慮して施行することが重要である.一方で,カナダのエキスパートコンセンサスでは各神経ブロックの出血のリスクを層別化しているが,大腿神経ブロックは外側大腿皮神経ブロックより出血のリスクは高く,腰神経叢ブロックより低い,「中等度リスク」としている.このリスク評価は大腿神経ブロックにおいて,血腫に伴う重篤な合併症の報告が認められたことによるものと考えられる.神経ブロック実施の決定は症例ごとに判断し,熟練者による超音波ガイド下での施行および術後の血行動態,出血症状を観察することが推奨されている10).症例報告ではカテーテル抜去後の血腫形成の報告があり,カテーテル挿入は行わず,単回投与で対応することを考慮する2).抗血小板薬・抗凝固薬を使用している患者はブロック針,シリンジ,カテーテル内に血液の逆流を認めるリスクが1.6 倍に増加し,休薬によってもそのリスクは変わらないとする報告がある11).休薬によらず血液の逆流を認めた場合は血腫のリスクを考慮して,神経ブロック後の穿刺部位や神経学的所見をより厳重に観察することが必要と考えられる. PENG ブロックはESAIC/ESRA ガイドライン上,深部の神経ブロックに分類される8).抗血小板薬・抗凝固薬投与中に施行する場合は,脊柱管ブロックにおける休薬の指針を遵守し,適切な休薬期間を設ける.しかしながら,PENG ブロックは血腫の報告がないことや周囲に血管が少ないこと,肥満患者においても鼠径靱帯から圧迫が可能であることから,今後の研究によっては血腫のリスクが再評価される可能性がある. 参考文献1) Wiegel M et al:Complications and adverse effects associated with continuous peripheral nerve blocks in orthopedic patients. Anesth Analg 104:1578—1582, 2007. DOI:10.1213/01.ane.0000261260.69083.f3 2) Horlocker TT et al:Regional Anesthesia in the Patient Receiving Antithrombotic or Thrombolytic Therapy: American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(Fourth Edition). Reg Anesth Pain Med 43:263—309, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000763 3) Idestrup C et al:The incidence of hematoma formation in patients with continuous femoral catheters following total knee arthroplasty while receiving rivaroxaban as thromboprophylaxis:an observational study. Reg Anesth Pain Med 39:414—417, 2014. DOI:10.1097/AAP.0000000000000127 4) Chelly JE et al:Combination of Superficial and Deep Blocks with Rivaroxaban. Pain Med 16:2024—2430, 2015. DOI:10.1111/pme.12801
各 論60 5) Girón—Arango L et al:Pericapsular Nerve Group(PENG)Block for Hip Fracture. Reg Anesth Pain Med 43: 859—863, 2018. DOI:10.1097/AAP. 0000000000000847 6) Kukreja P et al:Quality of recovery after pericapsular nerve group(PENG)block for primary total hip arthroplasty under spinal anaesthesia:a randomised controlled observer—blinded trial. Br J Aneasth 130: 773—779, 2023. DOI:10.1016/j.bja.2023.02.017 7) Del Buono R et al:Continuous PENG block for hip fracture:a case series. Reg Anesth Pain Med 45:835—838, 2020. DOI:10.1136/rapm-2020-101446 8) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 9) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 10) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anaesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/s12630-019-01466-w 11) Kubulus C et al:Antithrombotic drugs and the risk of bloody punctures in regional anesthesia— a retrospec- tive registry analysis. Reg Anesth Pain Med 47:653—659, 2022. DOI:10.1136/rapm-2022-103806
13.腰神経叢ブロックと抗血栓療法61 13.腰神経叢ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●腰神経叢ブロックは深部の神経ブロックに分類される. ●腰神経叢ブロック後の血腫のリスクはやや低い.外科的手術や大量輸血などの介入を必要とする重篤なリス クはまれである. ●抗血栓療法で血腫のリスクは高まる可能性がある. 解 説 腰神経叢ブロックは,下肢の手術における麻酔および周術期疼痛管理に用いられ,大腰筋筋溝ブロックとも呼ばれる.腰神経叢は,腰椎椎間孔から派生したL1—L4 の脊髄神経前枝から構成され,大腿神経,外側大腿皮神経,閉鎖神経などの主要な末梢神経を形成し,下肢の感覚と運動を支配する.腰神経叢ブロックは,体表面からやや深い部位である大腰筋の筋膜鞘内に局所麻酔薬を注入し,これらの神経支配領域における疼痛を抑制する.腰神経叢ブロックの適応は,股関節,大腿骨,膝関節手術における周術期鎮痛,術後鎮痛などが挙げられる.全身麻酔を併用する場合,オピオイド鎮痛薬の使用量を減量でき,良質な術後鎮痛によって術後回復に貢献できる可能性がある.腰神経叢ブロックは,深部の神経ブロックである.大腰筋動脈や腸骨動脈が周囲を走行しているため,血腫のリスクも高い.近年は,超音波ガイド下での施行が標準的となりつつあり,血管損傷や神経損傷のリスクの低減が期待される.腰神経叢ブロック後の血腫のリスクは一般的に低いと考えられているが,大規模な前向き研究が不足しているため,正確な数値化は困難である.重篤な血腫で,外科的減圧や輸血などの介入が必要となるケースはごく少数である1, 2).画像検査で検出される,症状のないものを含めた「あらゆる」血腫の発生率はより高くなるが,それでも比較的まれであると考えられる.血腫のベースラインリスクを高める要因には,ランドマーク法,複数回のブロック針の刺入,困難な解剖学的構造(肥満,解剖学的バリエーション),凝固異常(既知または未診断),ブロック針のサイズなどが挙げられる.抗血小板薬・抗凝固薬を使用している患者への神経ブロックを行うにあたり,前述のようなリスク因子をもつ場合,その危険性は上昇することが考えられる. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に腰神経叢ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを強く推奨する.推奨度:1[合意率80%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●腰神経叢ブロックを行う際は,抗血小板薬・抗凝固薬投与下での血腫のリスクが上昇する可能性がある. ●深部の神経ブロックであるため,脊髄幹麻酔に準じた適切な休薬期間を設ける. 解 説 抗血栓療法を受けている患者に対する腰神経叢ブロック施行後の血腫形成については,過去(20 年以上前)に少数の症例報告が存在し,超音波ガイド法が発達した現在も症例報告の数は少ない3).さらに,重要臨床課題を解決しうるデータは,ランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT),コホート研究ともに十分には示されず,エビデンスは不足している.そのうえで,腰神経叢ブロックにおける区域麻酔施行時の出血性合併症にまで幅を広げ,クリニカルクエスチョンを検証する. BQ13:腰神経叢ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ13:抗血栓療法を受けている患者に腰神経叢ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止 すべきか?
各 論62 システマティックレビューの結果,PICO に合致したRCT はなかった.コホート研究および後方視的研究において,血腫形成を含めた出血性合併症が報告されているものを選択したところ,2 件の文献を得た.抗血栓療法を併用したうえで神経ブロックを用いて手術時の鎮痛を行った6件の観察研究と18件の症例報告を含んだシステマティックレビュー1 件1),腰神経叢ブロックの持続カテーテルを挿入した人工股関節患者の単施設における合併症発生を調査した後方視的研究1 件である2).システマティックレビューにおいては,血腫形成を含む出血性合併症の発生は腰神経叢ブロックにおいて4件(全症例数9,738 件,腰神経叢ブロック件数は不明)であった1).うち1 件は輸血を必要とし,1 件はカテーテル血栓症,1 件は出血源の外科的検索を必要とした.1 件の死亡例は,クロピドグレル休薬約3 日後に腰神経叢ブロックを行い,後腹膜出血をきたして出血性ショックに陥った症例である.これより,抗血栓療法を併用して神経ブロックを行った場合の,腰神経叢ブロックを含むすべての神経ブロックでの出血リスクの発生頻度は0.82%と示唆されている.人工股関節患者の後方視的研究においては,11,395 件の手術のうち,腰神経叢ブロックに関連する血腫形成は1 件(複数の出血のリスクファクターがあったとされる)であり,発生頻度はおよそ0.01%と示唆された2).この報告においては,抗血栓療法が併用されているかどうかについては明らかにされておらず,特定の状況でのエビデンスは得られていないことに注意が必要である. 2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドラインでは,「傍脊椎・深部神経叢・深部神経を目標にした神経ブロックを行う際は,脊髄幹麻酔のガイドラインを適用することを推奨する(Grade 1C)」としている4).抗血栓療法を受けている患者への腰神経叢ブロック施行に伴う重篤な合併症は,このガイドライン上で6 例報告されている4).その多くが,生命予後に影響を与えるような合併症,もしくは永続的な障害をきたす合併症は認めないものの,後腹膜出血に伴う輸血の必要性や,一時的な感覚・運動機能の低下,入院日数の増加などの影響を及ぼしている. 2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,2013 年の英国のガイドラインを踏襲して,腰神経叢ブロックは「深部神経・脊髄幹麻酔」のカテゴリーに入っている5, 6).このなかで,抗血小板薬・抗凝固薬使用下での腰神経叢ブロック施行後に発生した合併症として,後腹膜血腫(未分画ヘパリン15,000 単位/日投与)が示されている.持続カテーテルの挿入に際しても,脊髄幹麻酔(硬膜外麻酔など)と同様の対応を行い,抗血小板薬・抗凝固薬の厳密な管理のもとで施行すべきであることが示されている.前述の英国のガイドラインでは,腰神経叢ブロックは脊髄幹麻酔の次に危険度が高い神経ブロックと位置づけられており,以下のような対応が望ましいと言及している5). 1 高リスク患者に対するカテーテル留置は慎重に行う2 高リスク患者に対しては熟練者が手技を行う3 超音波ガイド法は安全性が高い可能性がある4 神経ブロックの手技中に脊髄幹内に針先/カテーテルが迷入しうるリスクを考慮するこれらを俯瞰し,抗血栓療法を受けている患者に腰神経叢ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は脊髄幹麻酔と同様,中止することを強く推奨する. 参考文献1) Joubert F et al:Bleeding complications following peripheral regional anaesthesia in patients treated with anticoagulants or antiplatelet agents:A systematic review. Anaesth Crit Care Pain Med 38:507—516, 2019. DOI:10.1016/j.accpm.2018.12.009 2) Njathi CW et al:Complications After Continuous Posterior Lumbar Plexus Blockade for Total Hip Arthroplasty:A Retrospective Cohort Study. Reg Anesth Pain Med 42:446—450, 2017. DOI:10.1097/ AAP.0000000000000589 3) Weller RS et al:Extensive retroperitoneal hematoma without neurologic deficit in two patients who underwent lumbar plexus block and were later anticoagulated. Anesthesiology 98:581—585, 2003. DOI: 10.1097/00000542-200302000-00044 4) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 5) Working Party:Regional anaesthesia and patients with abnormalities of coagulation:the Association of Anaesthetists of Great Britain & Ireland The Obstetric Anaesthetists’Association Regional Anaesthesia UK. Anaesthesia 68:966—972, 2013. DOI:10.1111/anae.12359 6) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600
14.頸部神経根ブロックと抗血栓療法63 14.頸部神経根ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●頸部神経根ブロックは近傍に椎骨動脈が存在することから解剖学的リスクが存在するため,深部の神経ブ ロックに分類される. ●頸部神経根ブロック後の血腫のリスクに関しては系統的に行われた臨床研究は存在せず,リスクの程度につ いては不明である. ●抗血栓療法中の患者については血腫のリスクは高まることが考えられる. 解 説 頸部神経根ブロックは,X 線透視下および超音波ガイド下,CT ガイド下で行われる.透視下で行われる場合には目的とする神経根によってアプローチ法が変わるが,いずれの神経根であっても近傍には椎骨動脈が走行しているため,解剖学的構造を十分に理解したうえで施行すべきである.超音波ガイド下で行う場合は,カラードップラーを使用し,血管の有無を確認しながら行うべきである.超音波ガイド下で施行すれば,誤穿刺は回避できるが,熟練者による施行,もしくは助言が必要である1~3).重篤な出血性合併症の報告は存在しないが,軽微な出血性合併症としてはいくつかの報告が認められる. Pobiel らは,熟練者による頸部経椎間孔硬膜外ブロックの前向き研究を行い,手技の成功率は99.6%(799/802件)で重篤な合併症はなく,マイナーな合併症33 件が認められ,その内訳で血腫は1 件であったと報告している4).また頸部神経根ブロック後の硬膜外血腫による頸髄圧迫の症例報告も存在する5).頸部の出血性合併症は重篤になる可能性があるため,呼吸管理や循環管理が行える体制で施行すべきである. Park らは104 人を対象としたC3—C7 頸部神経根周囲の血管に関する研究で,神経ブロックの対象あるいは穿刺経路の周囲2 mm 以内に危険な血管が存在する比率はC3:8.33%,C4:13.86%,C5:16.35%,C6: 25.96%,C7:29.81%と下位神経根ほど高くなることを示している6). 2019 年にカナダから発表された各神経ブロックの出血関連合併症リスクを低リスク,中等度リスク,高リスクに分類したエキスパートコンセンサスでは,頸部神経根ブロックは記載されていないが,頸部経椎間孔硬膜外ブロックと同様と考えると「中等度リスク」に該当すると考えられる7). 2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドラインでは,頸部神経根ブロックなどの深い部位の神経ブロックは圧迫止血が困難な解剖学的特徴を踏まえて,「中等度リスク」の神経ブロックに分類されている8).したがって,頸部神経根ブロックは出血に対して注意が必要な神経ブロックであり,アスピリンおよび非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を使用している患者,それ以外の抗血小板薬・抗凝固薬の使用により血腫のリスクは高まることが考えられる. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に頸部神経根ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを強く推奨する. 推奨度:1[合意率83%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●ビタミンK 拮抗薬(VKA),直接経口抗凝固薬(DOACs),低分子ヘパリンおよび未分画ヘパリン,フォン ダパリヌクス,アスピリンを含む抗血小板薬の用量に応じた休薬期間を設けた後に頸部神経根ブロックは施行することを推奨する. BQ14:頸部神経根ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ14:抗血栓療法を受けている患者に頸部神経根ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中 止すべきか?
各 論64 ●ランドマーク法による頸部神経根ブロックで血腫のリスクが上昇するというエビデンスはないが,一般的に 超音波ガイド法は血管穿刺のリスクを軽減するため,抗血栓療法を受けている患者に対しては超音波ガイド下での神経ブロックを推奨する. ●抗血栓療法の適切な施行前コントロールや出血を最小限にとどめる工夫,実施後のモニタリングが推奨され る. 解 説 現在までに,抗血小板薬・抗凝固薬を使用している患者に頸部神経根ブロックを安全に施行できるか,出血性合併症のリスクは対照群(抗血小板薬・抗凝固薬を使用していない患者)と同等か,という問いに対するランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)は存在せず,後方視的研究もない.頸部神経根ブロックの対象部位では出血性合併症が重篤な結果となる可能性は容易に推察されることから,倫理的側面からも実施困難であると考えられる.2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドライン8),2019 年のカナダのエキスパートコンセンサス7),2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドライン9),2024 年の米国インターベンショナルペイン医師会(ASIPP)のガイドライン10)いずれにおいても頸部神経根ブロックは血腫のリスクが中等度の深部の神経ブロックに分類されており,2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドラインでは抗血栓療法中の患者においては,抗血小板薬・抗凝固薬の用量および患者の腎機能などに応じた適切な休薬期間を設けた後に実施すべきとされている11).また,頸部神経根は椎骨動脈や細動脈が近傍に走行しているため,神経ブロックの施行に伴う血管損傷のリスクがあり,特に抗血栓療法中の患者においては血腫のリスクが増大する可能性がある.超音波ガイド下頸部神経根ブロックとX 線透視下頸部経椎間孔硬膜外ブロックについての非劣性比較RCTが1 件ある.Cui らは,根性痛の156 症例を無作為にX 線透視下神経ブロック群と超音波ガイド下神経ブロック群の2 つのグループに分け,治療前,治療後1,3,6 ヵ月時点での疼痛強度および機能障害を比較した.また穿刺時間と合併症の頻度も調査した.その結果,超音波ガイド下頸部神経根ブロックは,X 線透視下神経ブロックと同様に有効であること,重篤な合併症はなく,穿刺時間がより短く,超音波画像をリアルタイムに観察することにより,血管穿刺を避けることができると報告している12).以前より超音波ガイド法については,それが熟練者によって行われた場合に,血管穿刺のリスクを低減することが示されている2).ESAIC/ESRA ガイドラインによれば,超音波ガイド法が神経ブロックによる血腫の発生を減らすというエビデンスは存在しないが,超音波ガイド法が区域麻酔法全般における血管穿刺と局所麻酔薬中毒の発生を有意に減らすことは証明されているため9),抗血栓療法を受けている患者に対しては超音波ガイド下での神経ブロックのほうが血管穿刺のリスクを低減できると考えられる.また,抗血小板薬・抗凝固薬の休薬により,冠動脈や脳血管疾患など,処方に至った原疾患の悪化を生じることもあるので,神経ブロックの効果と原疾患の重症度と休薬のリスクを十分に考えたうえで,処方医や患者との十分な議論を踏まえて施行するかどうかを判断することが望まれる. 参考文献1) Narouze SN et al:Ultrasound—guided cervical selective nerve root block:a fluoroscopy—controlled feasibility study. Reg Anesth Pain Med 34:343—348, 2009. DOI:10.1097/AAP.0b013e3181ac7e5c 2) Rathmell JP et al:The role of image guidance in improving the safety of pain treatment. Curr Pain Headache Rep 16:9—18, 2012. DOI:10.1007/s11916-011-0241-z 3) Mailis A et al:Evidence—based guideline for neuropathic pain interventional treatments:spinal cord stimulation, intravenous infusions, epidural injections and nerve blocks. Pain Res Manag 17:150—158, 2012. DOI: 10.1155/2012/794325 4) Pobiel RS et al:Selective cervical nerve root blockade:prospective study of immediate and longer term complications. AJNR Am J Neuroradiol 30:507—511, 2009. DOI:10.3174/ajnr.A1415 5) Lee JY et al:Epidural hematoma causing paraplegia after a fluoroscopically guided cervical nerve—root injection. A case report. J Bone Joint Surg Am 89:2037—2039, 2007. DOI:10.2106/JBJS.F.01332 6) Park D et al:Distribution Patterns of Vasculature Around Cervical Nerve Roots. PM R 11:815—820, 2019. DOI:10.1016/j.pmrj.2018.09.028 7) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anaesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/s12630-019-01466-w 8) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Med- ications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine,
14.頸部神経根ブロックと抗血栓療法65 the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 9) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 10) Manchikanti L et al:Perioperative Management of Antiplatelet and Anticoagulant Therapy in Patients Undergoing Interventional Techniques:2024 Updated Guidelines from the American Society of Interventional Pain Physicians(ASIPP). Pain Physician 27:S1—S94, 2024 11) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 12) Cui X et al:An open—label non—inferiority randomized trail comparing the effectiveness and safety of ultra- sound—guided selective cervical nerve root block and fluoroscopy—guided cervical transforaminal epidural block for cervical radiculopathy. Ann Med 54:2681—2691, 2022. DOI:10.1080/07853890.2022.2124445
各 論66 15.頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックにおける穿刺領域には椎骨動脈をはじめとした血管が存在し, 血腫形成時の症状が重篤となる可能性から深部の神経ブロックに分類される. ●頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロック後の血腫のリスクに関しては系統的に行われた臨床研究は少な い.X 線透視法で,重篤な後遺症はないものの,高頻度に局所出血が生じ,2.3%に局所血腫が生じたと報告されている. ●抗血栓療法中の患者については頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックによる血腫のリスクは高まると 考えられる. 解 説 頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックは,頸部や後頭部痛に対して高頻度に実施される神経ブロックの一つである.頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロック後の血腫のリスクに関しては,2012 年にManchikanti らによる20,544 件のX 線透視下頸椎椎間関節ブロックを対象に実施した,出血性合併症の頻度についての報告がある.これによれば,血管穿刺20.0%,局所出血66.9%,局所血腫2.3%であり,重篤な合併症や後遺症は認めなかった1).したがって,出血の頻度は高いものの,血腫形成やそれに伴う重篤な合併症の頻度は高くはないと考えられる. 2018 年に発表された疼痛関連6 学会合同ガイドラインでは,各神経ブロックの出血関連合併症リスクを低リスク,中等度リスク,高リスクに分類しており,頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックは「中等度リスク手技」と分類している2).一方で,2024 年の米国インターベンショナルペイン医師会(ASIPP)のガイドラインでは「低リスク手技」と分類されており,意見が分かれている3).頸椎椎間関節周囲は腰部と比較して血管の分布が豊富であること,上位頸椎では椎間関節近傍を椎骨動脈が走行することを考慮すると,抗血栓療法中の患者においては,止血機構が阻害されることから深部の神経ブロックとして取り扱い,一般的には穿刺による血腫のリスクは同療法を受けていない患者と比較して高くなると考えるべきである. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●ビタミンK 拮抗薬(VKA),直接経口抗凝固薬(DOACs),低分子ヘパリンおよび未分画ヘパリン,フォン ダパリヌクス,アスピリンを含む抗血小板薬の用量に応じた適切な休薬期間を設けたうえで,頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックを行うことが望ましい. ●X 線透視下での頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックでは抗血栓療法の有無にかかわらず,出血の頻 度は高いことから,血流情報を可視化できる超音波ガイド法は血管穿刺のリスクを軽減する可能性があり,抗血栓療法を受けている患者に対しては超音波ガイド下あるいは併用による神経ブロックを推奨する. ●抗血栓療法の休止による血栓のリスクを十分考慮し,益と害を勘案したうえで継続あるいは中断の判断を行 うことも重要である. BQ15:頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で 血腫のリスクは高まるか? CQ15:抗血栓療法を受けている患者に頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックを施行する場合,抗 血小板薬・抗凝固薬は中止すべきか?
15.頸椎椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックと抗血栓療法67 解 説 頸椎椎間関節ブロックおよび後枝内側枝ブロックは,椎間関節痛の診断に有効であることが示されている4).一方,抗血小板薬や抗凝固薬を使用している患者を対象に神経ブロックを安全に施行できるか否かについては明らかではなく,症例報告を含め,高いエビデンスをもつ報告は存在しない.使用患者群と対照群(非使用患者群)を比較して,神経ブロックによる出血性合併症の頻度を比較するランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)を行うことは非現実的であろう. 2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドラインでは,椎間関節ブロックは圧迫止血が困難な解剖学的特徴を踏まえ,「中等度リスク」の神経ブロックに分類されている2).2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,椎間関節ブロックに関する記述はないが,浅部であっても血管と並走する神経に対する神経ブロックは中等度リスクの手技と位置づけている4).椎間関節(第3 頸椎より下位)前方の横突孔には椎骨動脈が走行しているが,X 線透視下,超音波ガイド下に施行すれば,誤穿刺は回避できる.ただし,熟練者による施行もしくは助言が必要である5). 2018 年に発表された,脊椎処置時の抗血栓療法の中止および継続の益と害について調査したシステマティックレビューがある6).椎間関節ブロックを含む脊椎に対する処置を抗血小板薬・抗凝固薬継続下で施行した観察研究のうち,1 例のみ血腫を生じたが保存療法で改善した.他はいずれも重篤な出血性合併症は認めなかった.抗血栓療法を中止しても血腫が生じた報告もあり,局所の出血や血腫などを含む出血性合併症のリスクは,最大でも2.2~4.3%とされている.6, 7)休薬によって原疾患の増悪に伴う死亡例も存在することから3),おのおのの抗血小板薬や抗凝固薬については,1複数の抗血小板薬・抗凝固薬の使用,2年齢,3肝・腎機能,4異常出血の既往,などを踏まえて薬物に応じた適切な休薬期間を設けるか否かを,処方医,患者とともに決定すべきである.また抗血小板薬・抗凝固薬の休薬により冠動脈や脳血管疾患など原疾患の増悪を生じることもあるため,神経ブロックの効果と原疾患の重症度,休薬による益と害を十分に考慮し,処方医や患者との十分な議論を踏まえたうえで施行するかどうかを判断することが望まれる. 参考文献1) Manchikanti L et al:Complications of fluoroscopically directed facet joint nerve blocks:a prospective evaluation of 7,500 episodes with 43,000 nerve blocks. Pain Physician 15:E143—150, 2012 2) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Medications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 3) Manchikanti L et al:Perioperative Management of Antiplatelet and Anticoagulant Therapy in Patients Undergoing Interventional Techniques:2024 Updated Guidelines from the American Society of Interventional Pain Physicians(ASIPP). Pain Physician 27:S1—S94, 2024 4) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 5) Rathmell JP et al:The role of image guidance in improving the safety of pain treatment. Curr Pain Headache Rep 16:9—18, 2012. DOI:10.1007/s11916-011-0241-z 6) Smith CC et al:Risks and Benefits of Ceasing or Continuing Anticoagulant Medication for Image—Guided Procedures for Spine Pain:A Systematic Review. Pain Med 19:438—448, 2018. DOI:10.1093/pm/pnx152 7) Endres S et al:The Risks of Continuing or Discontinuing Anticoagulants for Patients Undergoing Common Interventional Pain Procedures. Pain Med 18:403—409, 2017. DOI:10.1093/pm/pnw108
各 論68 16.浅頸神経叢ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●浅頸神経叢ブロックは体表面の神経ブロックに分類される. ●浅頸神経叢ブロック後の血腫のリスクは低い.外科的手術や大量輸血などの介入を必要とする重篤なリスク はまれである. ●抗血栓療法で血腫のリスクは高まる可能性がある. 解 説 浅頸神経叢ブロックは,頸部の表層に位置する浅頸神経叢を標的とし,主に頸部の皮膚領域における手術や疼痛管理に用いられ,体表面の神経ブロックに分類される.浅頸神経叢は,頸神経C1—C4 の前枝から構成され,大耳介神経,小後頭神経,頸横神経,鎖骨上神経の4 つの皮神経を分枝する.これらの神経は,耳介下部,後頭部,頸部前外側部,鎖骨上部の皮膚の感覚を支配する.浅頸神経叢ブロックは,これらの領域における疼痛を抑制する.浅頸神経叢ブロックの適応としては,頸部リンパ節生検,甲状腺手術における術後鎮痛,頸部瘻孔切除術,ペースメーカー植え込み術などが挙げられる.深頸神経叢ブロックと比較して,横隔神経麻痺や星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)のリスクが低いとされ,より安全な手技と考えられている.浅頸神経叢ブロック後の血腫のリスクは一般的に低いと考えられているが,大規模な前向き研究が不足しているため,正確な数値化は困難である1).画像検査で検出される,症状のないものを含めた「あらゆる」血腫の発生率はより高くなるが,それでも比較的まれであると考えられる.穿刺部位は血管に富み,特に近傍には外頸静脈が走行するため,血管損傷に注意が必要である.血腫のベースラインリスクを高める要因には,ランドマーク法,複数回のブロック針の穿刺,困難な解剖学的構造(肥満,解剖学的バリエーション),基礎的な凝固異常(既知または未診断),ブロック針のサイズが挙げられる.抗血小板薬・抗凝固薬を使用している患者への神経ブロックを行うにあたり,前述のようなリスク因子をもつ場合,その危険性は上昇することが考えられる.浅頸神経叢ブロックは,比較的簡便な手技であるが,施行後にホルネル症候群を引き起こした症例が報告されている2).このことから,局所麻酔薬がより深部にまで拡散する可能性が示唆されている.ブロック針のわずかな進み具合が,意図しない組織への穿刺と損傷を引き起こす可能性がある.穿刺に伴う合併症のリスクを十分に理解したうえで,超音波ガイド法を用いた慎重な処置が,血管穿刺を減少させ,血腫のリスクを下げることにつながる. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に浅頸神経叢ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●浅頸神経叢ブロックを行う際は,抗血小板薬・抗凝固薬投与下での血腫のリスクが上昇する可能性がある が,重篤な合併症が発生する危険性は低い. ●体表面の神経ブロックであるため,特別な休薬期間は不要である.出血のリスクを考慮して,治療上休薬す ることが可能な場合は,休薬を妨げない. BQ16:浅頸神経叢ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ16:抗血栓療法を受けている患者に浅頸神経叢ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中 止すべきか?
16.浅頸神経叢ブロックと抗血栓療法69 解 説 浅頸神経叢ブロックについては,出血性合併症を示す文献がなく,PICO を用いた検証が困難である.さらに,抗血栓療法を受けている患者への浅頸神経叢ブロック施行に伴う重篤な合併症もほとんど紹介されていない.よって,体表面の神経ブロック全般において考えられる知見を,文献から検証する. 2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドラインでは,「傍脊椎・深部神経叢・深部神経以外の神経・神経叢を目標にした神経ブロックを行う際は,出血の際に圧迫できること,血管の分布,出血の程度を評価できることを前提に,抗血小板薬・抗凝固薬使用下での管理を行うことを推奨する(Grade 2C)」としている3). 2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,2013 年の英国のガイドライン4)を踏襲して,浅頸神経叢ブロックは「体表面の神経ブロック」のカテゴリーに入っている5).ここでは,神経ブロックによる出血に伴う表在性の血腫は,臨床的にはあまり重要ではなく,出血性合併症の管理は容易であり,圧迫可能な部位では侵襲的介入が必要になる可能性は低いことから,神経ブロックに起因する出血のリスク低減を目的とした抗血小板薬・抗凝固薬の中止は必須ではないと示されている.また,システマティックレビューでも,抗血栓療法を受けている患者に浅頸神経叢ブロックを行ったケースシリーズは示されているが,この文献のなかで,浅頸神経叢ブロック施行後の血腫など出血性合併症を含めた,区域麻酔関連合併症については報告されていない 6).これらを俯瞰し,抗血栓療法を受けている患者に浅頸神経叢ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は,中止しないことを弱く推奨する.ただし,この推奨は,治療上抗血栓療法を中止することが可能であり,危険性を著しく上昇させない場合,安全な範囲内で休薬することを妨げるものではない. 参考文献1) Joubert F et al:Bleeding complications following peripheral regional anaesthesia in patients treated with anticoagulants or antiplatelet agents:A systematic review. Anaesth Crit Care Pain Med 38:507—516, 2019. DOI:10.1016/j.accpm.2018.12.009 2) Flores S et al:Horner’s Syndrome after Superficial Cervical Plexus Block. West J Emerg Med 16:428—431, 2015. DOI:10.5811/westjem.2015.2.25336 3) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 4) Working Party:Regional anaesthesia and patients with abnormalities of coagulation:the Association of Anaesthetists of Great Britain & Ireland The Obstetric Anaesthetists’Association Regional Anaesthesia UK. Anaesthesia 68:966—972, 2013. DOI:10.1111/anae.12359 5) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 6) Joubert F et al:Bleeding complications following peripheral regional anaesthesia in patients treated with anti- coagulants or antiplatelet agents:A systematic review. Anaesth Crit Care Pain Med 38:507—516, 2019. DOI:10.1016/j.accpm.2018.12.009
各 論70 17.深頸神経叢ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●深頸神経叢ブロックは深部の神経ブロックに分類される. ●深頸神経叢ブロック後の血腫のリスクに関しては系統的に行われた臨床研究は存在せず,リスクの程度につ いては不明である. ●穿刺目標近傍には頸動脈鞘が走行しているため,抗血栓療法中の患者については血腫のリスクが高まると考 えられる. 解 説 深頸神経叢ブロックは,胸鎖乳突筋と前斜角筋・中斜角筋の間,もしくは頭長筋内に局所麻酔薬を注入する神経ブロックである.甲状腺や内頸動脈内膜剥離術(頸動脈内膜切除術)など頭頸部手術の麻酔・鎮痛目的にランドマーク法,もしくはX 線透視法および超音波ガイド法で行われる.深頸神経叢近傍には頸動脈鞘や椎骨動脈が走行しているため,血管穿刺には注意が必要である1).抗血小板薬や抗凝固薬を使用している患者を対象に神経ブロックを安全に施行できるかについては明らかでなく,出血性合併症に関する症例報告を含め,高いエビデンスがある報告は存在しない.深頸神経叢ブロック後の血腫のリスクに関しては系統的に行われた臨床研究は存在せず,リスクの程度については不明である.深頸神経叢ブロックに関連した血腫形成の症例報告も存在していないが,Hakl らの後方視的研究では浅頸神経叢と深頸神経叢の区別はないものの,1,166 例の内頸動脈内膜剥離術のうち,2 例の椎骨動脈穿刺と7 例の血液の吸引が認められたと報告されている1).2019 年のカナダのエキスパートコンセンサスでは深頸神経叢ブロックは文献的には報告はないが,解剖学的リスクから「高リスク」と分類されている2).神経叢近傍を頸動脈鞘が走行していることからリスク軽減には超音波ガイド下での施行が望ましい.一方,抗血栓療法中の患者においては,止血機構が障害されているため,一般的に穿刺による血腫のリスクは同療法を受けていない患者と比較して高くなる.2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインにおいては,深頸神経叢ブロックは深部の神経ブロックと分類され,出血時の圧迫が困難であるため,抗血栓療法の有無・程度によって事前の対応が必要とされている3). Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に深頸神経叢ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬を中止することを強く推奨する. 推奨度:1[合意率100%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●ビタミンK 拮抗薬(VKA),直接経口抗凝固薬(DOACs),低分子ヘパリンおよび未分画ヘパリン,フォン ダパリヌクス,アスピリンを含む抗血小板薬の種類や用量に応じた適切な休薬期間を設けることを推奨する. ●施行に際しては,ランドマーク法による深頸神経叢ブロックで血腫のリスクが上昇するというエビデンスは ないが,解剖学的リスクが存在することから,血管穿刺のリスクを軽減するため,超音波ガイド下での神経ブロックを推奨する. ●術式によっては休薬の不要な,より浅部の神経ブロックなど代替手段の検討を推奨する. ●施行後も出血の有無や血腫形成に伴う症状の有無のモニタリングを行うことを推奨する. BQ17:深頸神経叢ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ17:抗血栓療法を受けている患者に深頸神経叢ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中 止すべきか?
17.深頸神経叢ブロックと抗血栓療法71 解 説 抗血小板薬や抗凝固薬を使用している患者を対象に深頸神経叢ブロックを安全に施行できるかについては明らかでなく,出血性合併症に関する症例報告を含め,高いエビデンスがある報告は存在しない.英国からの報告では,深頸神経叢ブロックは深部の神経ブロックであり,比較的高いリスクを有する神経ブロックに分類されており4),深部であるため圧迫止血が困難なことから,出血性合併症が発生した際には重篤となる可能性は高いと考える.2018 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン第4 版では,深い部位の神経ブロックは圧迫止血が困難な解剖学的特徴を踏まえて,「高リスク」の神経ブロックに分類されている5). 2025 年のASRA ガイドライン第5 版では,高リスクの神経ブロックはアスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs),その他の抗血小板薬や抗凝固薬に関しては,1複数の抗血小板薬・抗凝固薬の使用,2高齢,3高度な肝・腎機能障害,4合併症の既往を加味して,必要に応じた適切な休薬期間の検討を推奨している6).ランドマーク法で行われた頸動脈手術に対する頸神経叢ブロックの大規模前向き研究では,浅・深の区別がないため,どちらの神経ブロックを試みているときかは不明ではあるが,1,000 件のブロックのうち,30%で血液が吸引されており,血管穿刺のリスクを軽減するために超音波ガイド下で血管の存在を確認しながら施行することが望ましいとされている7).超音波ガイド下に施行すれば誤穿刺は回避できるが,熟練者による施行もしくは助言が必要である.最近では,内頸動脈内膜剥離術の麻酔を深頸神経叢ブロックの代替として浅頸神経叢ブロックと中間頸神経叢ブロックの併用で安全に行えるという報告もあるため,より浅層の神経ブロックへの変更も選択肢となる8).深頸神経叢ブロックは,出血に対して注意が必要な神経ブロックであり,アスピリンを含むNSAIDs を使用している患者,それ以外の抗血小板薬および抗凝固薬を使用している患者に対しても,適切な休薬期間を設けて,処方医,患者とともに施行するかどうかを決定することが望ましい. 参考文献1) Hakl M et al:Regional anaesthesia for carotid endarterectomy:an audit over 10 years. Br J Anaesth. 99: 415—420, 2007. DOI:10.1093/bja/aem171 2) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anaesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/s12630-019-01466-w 3) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 4) Ashken T et al:Regional anaesthesia in patients at risk of bleeding. BJA Educ 21:84—94, 2021. DOI:10.1016/ j.bjae.2020.11.004 5) Horlocker TT et al:Regional Anesthesia in the Patient Receiving Antithrombotic or Thrombolytic Therapy: American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence-Based Guidelines(Fourth Edition). Reg Anesth Pain Med 43:263—309, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000763 6) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 7) Davies MJ et al:Superficial and deep cervical plexus block for carotid artery surgery:a prospective study of 1000 blocks. Reg Anesth 22:442—446, 1997. DOI:10.1016/s1098-7339(97)80031-4 8) Ratnayake A et al:Use of intermediate cervical plexus block in carotid endarterectomy—an alternative to deep cervical plexus block:a case series. BMC Anesthesiol 24:288, 2024. DOI:10.1186/s12871-024-02674-8
各 論72 18.星状神経節ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●星状神経節ブロック(SGB)は,深部の神経ブロックに分類される. ●SGB 後の血腫のリスクに関しては少数の臨床報告しか存在せず,リスクの程度については不明であるが,抗 血栓療法を受けている患者において血腫のリスクは高まると考えられる. ●SGB のような深部の神経ブロック後の血腫の合併症の重症度は高いため,注意が必要である. 解 説 星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)を行う第6 および第7 頸椎横突起付近には,総頸動脈,椎骨動脈,上行頸動脈,下甲状腺動脈などの動脈が走行しており,血管穿刺のリスクが高い.SGB 後の頸部血腫の発生率は9~10 万件に1 件程度1, 2)という報告や超音波ガイド下SGB の後方視的研究で血腫形成は0.5%との報告3)などがあるが明確なリスクは不明である.血腫のリスクは低頻度であっても,後咽頭間隙血腫は重症化する危険性が高く,死亡例も報告されている2).SGB の合併症に対するシステマティックレビューでは, 1990~2018 年に出版された論文67 編中に260 例の合併症が報告されており,そのうちの5 例で重大な血腫形成が報告されている4).全例で発症が30 分~数時間後と遅く,気管切開が必要であったが,全例で出血性素因や抗血小板薬・抗凝固薬の使用はなかった.後咽頭間隙での血腫形成は小動脈の損傷と考えられているが,造影3 次元CT のレトロスペクティブ解析では80 人の患者で両側頸部160 例のうち,第6 頸椎横突起および第7頸椎横突起の腹側表面内側にそれぞれ6 本(3.8%),および82 本(51.3%)の小動脈が観察された.第6 頸椎横突起腹側表面内側に認められた6 本の小動脈のうち5 本は下甲状腺動脈であった.また,160 本の椎骨動脈のうち4 本(2.5%)が第5 頸椎横突孔に入り,1 本(0.6%)が第4 頸椎横突孔に入っていたと報告されている5).このような解剖学的差異があるため,従来のランドマーク法SGB では防ぎきれない血管穿刺の危険性があり,超音波ガイド下SGB で血管穿刺の回避が期待できる. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に星状神経節ブロック(SGB)を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを強く推奨する. 推奨度:1[合意率87%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●星状神経節ブロック(SGB)は深部の神経ブロックであり,出血に対して注意が必要である. ●出血のリスクが高いと予想される患者に対しては,必要に応じて適切な休薬期間を設けたうえで実施する. ●低用量アスピリンおよび非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を除く抗血小板薬・抗凝固薬を使用している 患者に対しては,適切な休薬期間を設けることが望ましい. 解 説 SGB は,その解剖学的特性から血管穿刺の可能性が高く,凝固異常などが認められない患者でも,頸部血腫を発生し,致死的になる可能性もある.抗血栓療法中の患者では血腫のリスクは高まると考えられる.基本的にはアスピリンを含むNSAIDs,シロスタゾール,ジピリダモール,また,抗血栓療法に用いる薬物ではないが,セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI,SNRI)を単独で使用している患者に対しては,これらを休薬せずにSGB を行ってもよい.しかし,出血のリスクが高いと予想される患者に対しては,必要に応じて適切な休薬 BQ18:星状神経節ブロック(SGB)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは 高まるか? CQ18:抗血栓療法を受けている患者に星状神経節ブロック(SGB)を施行する場合,抗血小板薬・抗凝 固薬は中止すべきか?
18.星状神経節ブロックと抗血栓療法73 期間を設けたうえで施行する.上記以外の抗血小板薬や抗凝固薬による抗血栓療法を受けている患者は,患者の状態にかかわらず適切な休薬期間を設けたうえで施行する. 2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドラインでは,SGB は3 段階の中間である「重篤な出血を生じる危険性が中等度に存在する手技(中等度リスク手技)」に分類されている6).SGB は,周囲に血管が走行しているという解剖学的特性から特に注意すべき手技とされている.患者の全身状態から出血のリスクが高いと判断される場合(高齢者,出血傾向の既往,複数の抗血小板薬・抗凝固薬の併用,重篤な肝・腎機能障害など),SGB はリスクレベルを一段階上げて「高リスク手技」として扱われるべきとされ,抗血栓療法の休止に関する対応もこれに準じることになる.中等度リスクの場合と異なる点は,1アスピリンの休薬を検討する,2NSAIDs を休薬する,3シロスタゾール,ジピリダモールを休薬する,4SSRI やSNRI の休薬を検討する,などである. 参考文献1) Kashiwagi M et al:Sudden unexpected death following stellate ganglion block. Leg Med(Tokyo)1:262—265, 1999. DOI:10.1016/s1344-6223(99)80048-0 2) 奥田泰久 他:星状神経節ブロック後頸部血腫に対するリスクマネージメント.ペインクリニック26:469—474, 2005 3) Aleanakian R et al:Effectiveness, Safety, and Predictive Potential in Ultrasound—Guided Stellate Ganglion Blockades for the Treatment of Sympathetically Maintained Pain. Pain Pract 20:626—638, 2020. DOI: 10.1111/papr.12892 4) Goel V et al:Complications associated with stellate ganglion nerve block:a systematic review. Reg Anesth Pain Med 16:rapm—2018—100127, 2019. DOI:10.1136/rapm-2018-100127 5) Hirota K et al:Risk Vessels of Retropharyngeal Hematoma During Stellate Ganglion Block. Reg Anesth Pain Med 42:778—781, 2017. DOI:10.1097/AAP.0000000000000644 6) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Med- ications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700
各 論74 19.後頭神経ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●後頭神経ブロックは,体表面の神経ブロックに分類される. ●後頭神経ブロック後の血腫のリスクに関しては系統的に行われた臨床研究は存在せず,リスクの程度につい ては不明である. ●抗血栓療法中の患者については血腫のリスクは高まることが考えられるが,後頭神経ブロックについては抗 血栓療法の有無にかかわらず施行できるとされている. 解 説 後頭神経ブロック後の血腫のリスクに関しては系統的に行われた臨床研究は存在せず,リスクの程度については不明であるが,2026 年6 月現在,後頭神経ブロックに関連した血腫形成の症例報告も存在していない.後頭神経ブロックは頭頸部の体表面の神経ブロックに分類され,超音波ガイド下で施行するにしても近傍に重要臓器がなく,比較的伸展が少ない部位での神経ブロックとなるため,血管穿刺となった場合でも容易に圧迫止血が可能である.2019 年にカナダから発表された各神経ブロックの出血関連合併症リスクを低リスク,中等度リスク,高リスクに分類したエキスパートコンセンサス1)や,末梢神経ブロックに関するレビューをまとめたいわゆるアンブレラレビュー2), 注[1]においても,後頭神経ブロックは「低リスク」とされている.一方,抗血栓療法中の患者においては止血機構が障害されているため,一般的に穿刺による血腫のリスクは,同療法を受けていない患者と比較して高まっている.しかし,前述のように圧迫止血が可能な部位での穿刺であることから,カナダのエキスパートコンセンサス1),欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ ESRA)ガイドライン3)においては抗血栓療法の有無・程度にかかわらず施行可能とされている. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に後頭神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●ビタミンK 拮抗薬(VKA),直接経口抗凝固薬(DOACs),低分子ヘパリンおよび未分画ヘパリン,フォン ダパリヌクス,アスピリンを含む抗血小板薬の用量にかかわらず,後頭神経ブロックは施行できる. ●ランドマーク法による後頭神経ブロックで血腫のリスクが上昇するというエビデンスはないが,一般的に超 音波ガイド法は血管穿刺のリスクを軽減するため,抗血栓療法を受けている患者に対しては超音波ガイド下での神経ブロックを推奨する. 解 説 後頭神経は第2 頸神経の後枝から分枝し,後頭三角を通って頭半棘筋に分布した後に僧帽筋上部を貫通し,後頭部を後頭動脈とともに上行して後頭部と頭頂部の皮膚に分布する.後頭神経ブロックはランドマーク法,超音波ガイド法で行う.これまで,抗血小板薬や抗凝固薬を使用している患者に後頭神経ブロックを安全に施行できるか,出血性合併症のリスクは対照群(抗血小板薬・抗凝固薬を使用していない患者)と同等か,という問いに対するランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)は存在せず,後方視的研究もない.症例報告も調べうる限り見当たらない.2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドライン4),2019 年のカナダのエキスパートコンセンサ BQ19:後頭神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ19:抗血栓療法を受けている患者に後頭神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止 すべきか?
19.後頭神経ブロックと抗血栓療法75 ス1),2022 年のESAIC/ESRA ガイドライン3),2024 年の抗血栓療法中の患者に対する末梢神経ブロックにおける出血リスクを検討したアンブレラレビュー2), 注[1]のいずれにおいても後頭神経ブロックは血腫のリスクが低い神経ブロックに分類されており,抗血栓療法中の患者においては,抗血小板薬・抗凝固薬の用量にかかわらず施行可能とされている.ただし,6 学会合同ガイドラインでは,抗血栓療法施行中を含む出血リスクの高い患者については,リスクを1 段階上の「中等度リスク」とみなすべき4)とされている点に留意する必要がある.一方,後頭神経は頭半棘筋—下頭斜筋間の筋膜面および僧帽筋を貫き後頭部に分布する際に動脈と並走するため,神経ブロックの施行に伴う血管損傷のリスクはあり,特に抗血栓療法中の患者においては血腫のリスクが増大する可能性はある.一方,ESAIC/ESRA ガイドライン3)によれば,超音波ガイド法が神経ブロックによる血腫の発生を減らすというエビデンスは存在しないが,超音波ガイド法が区域麻酔法全般における血管穿刺と局所麻酔薬中毒の発生を有意に減らすことは証明されているため,抗血栓療法を受けている患者に対しては超音波ガイド下での神経ブロックのほうが血管穿刺のリスクを低減できると考えられる. 注 釈[1] アンブレラレビューとは,医学研究において複数のシステマティックレビューまたはメタアナリシスを統合的 に分析したレビューである.傘(アンブレラ)のようにメタアナリシスなどをまとめるため,そのように呼称されている. 参考文献1) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anaesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/s12630-019-01466-w 2) Rastgarian A et al:Puncture Site Bleeding Complications of Peripheral Nerve Block in Patients Taking Antithrombotic and Anticoagulant Drugs:An Umbrella Review. Galen Med J 12:e2958, 2023. DOI:10.31661/ gmj.v12i.2958 3) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 4) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Med- ications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700
各 論76 20.三叉神経節ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●三叉神経節ブロックは深部の神経ブロックに分類される.深部の神経ブロック後に発生する血腫の合併症は 重症度が高いため,注意が必要である. ●三叉神経節ブロック後の血腫のリスクについて報告はない. 解 説 三叉神経節ブロックの血腫のリスクはどれくらいか,抗血栓療法で血腫のリスクは高まるかという問いに対するランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)は存在せず,症例報告も認められていない.本神経ブロックは,X 線透視下に頰部から側頭下窩を経由して卵円孔内にブロック針を刺入して三叉神経節を穿刺する方法が一般的である.三叉神経節の存在するメッケル腔は中頭蓋窩に位置し,三叉神経節周囲で持続性の出血が起こると頭蓋内血腫となる.よって,三叉神経節ブロックは,圧迫止血が不可能な深部の神経ブロックといえる.欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,深部の神経ブロックにおいて以下の点に注意を喚起している.1出血部位が圧迫不可能であること,2皮膚表面に出現する血腫の前兆がないため早期発見が困難であること,3出血に続いて神経障害が遅れて出現する可能性があること, 4脊髄や大血管に近接する解剖学的位置関係にあること1).これらの理由から,深部の神経ブロック後に発生する血腫は重篤な合併症を引き起こす可能性があり,特に抗血栓療法中の患者に対してはリスク評価と適切な手技が求められる. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に三叉神経節ブロックを施行する場合,低用量アスピリンおよび非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を除く抗血小板薬・抗凝固薬は,適切な休薬期間を設けたうえで中止することを強く推奨する. 推奨度:1[合意率87%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●三叉神経節ブロックは深部の神経ブロックであり,出血に対して注意が必要である. ●出血のリスクが高いと予想される患者に対しては,必要に応じて適切な休薬期間を設けたうえで実施する. ●低用量アスピリンおよび非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を除く抗血小板薬・抗凝固薬を使用している 患者に対しては,適切な休薬期間を設けることが望ましい. 解 説 2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドラインでは,三叉神経節ブロックは「中等度リスク手技」に分類されているが,出血高リスク因子(高齢,出血傾向の既往,他の抗血小板薬・抗凝固薬の併用,肝硬変または進行した肝疾患,進行した腎疾患)を有する患者においては「高リスク手技」として取り扱うべきであるとされている2). 2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドラインでは,深部の神経ブロックは,脊柱管ブロックと同等のリスク管理を行うことが推奨されているが,三叉神経節ブロックに関する具体的な記載はない3). 2022 年のESAIC/ESRA ガイドラインでは,出血部位が深部または圧迫不可能な神経ブロックを高リスクと分類しているが,三叉神経節ブロックについての明記はない1). BQ20:三叉神経節ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ20:抗血栓療法を受けている患者に三叉神経節ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中 止すべきか?
20.三叉神経節ブロックと抗血栓療法77 2013 年の英国のガイドラインでは,凝固異常を有する患者における深部の神経ブロックは,硬膜外麻酔や傍脊椎ブロックにつぐ高リスク手技とされているが,三叉神経節ブロックに関する記載はない4).現在のところ,三叉神経節ブロックにおける出血性合併症の報告はないが,解剖学的特性および処置部位の深部性を踏まえ,出血のリスクには十分な注意を有する.したがって,低用量アスピリンおよびNSAIDs を除く抗血小板薬・抗凝固薬の使用に際しては,適切な休薬期間を設けて三叉神経節ブロックを施行することが望ましい. 参考文献1) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 2) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Medications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262. 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 3) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 4) Working Party:Regional anaesthesia and patients with abnormalities of coagulation:the Association of Anaesthetists of Great Britain & Ireland The Obstetric AnaesthetistsʼAssociation Regional Anaesthesia UK. Anaesthesia 68:966—972, 2013. DOI:10.1111/anae.12359
各 論78 21.舌咽神経ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●舌咽神経ブロックは深部の神経ブロックに分類される.深部の神経ブロック後に発生する血腫は重症度が高 いため,注意が必要である. ●舌咽神経ブロック後の血腫のリスクについて報告はない. 解 説 舌咽神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか,抗血栓療法で血腫のリスクが高まるかという問いに対するランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)は存在せず,症例報告も認められていない.本神経ブロックは,血管穿刺のリスクを避けるためにX 線透視下では乳様突起および側頭骨茎状突起を確認し,解剖学的ランドマークを明確にしたうえで施行する.超音波ガイド下では,内頸動脈が舌咽神経の近傍を走行するため,カラードップラーを用いて動脈を可視化し,動脈穿刺を避けて実施するが,神経に近接するこれらの血管を誤穿刺する可能性がある.また,これらの血管は体表から深部に位置し圧迫による止血が困難であるため,出血性合併症には注意が必要である.欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,深部の神経ブロックにおいて以下の点に注意を喚起している.1出血部位が圧迫不可能であること,2皮膚表面に出現する血腫の前兆がないため早期発見が困難であること,3出血に続いて神経障害が遅れて出現する可能性があること,4脊髄や大血管に近接する解剖学的位置関係にあること1).これらの理由から,深部の神経ブロック後に発生する血腫は重篤な合併症を引き起こす可能性があり,特に抗血栓療法中の患者に対してはリスク評価と適切な手技が求められる. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に舌咽神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率80%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●舌咽神経ブロックは深部の神経ブロックであり,出血に対して注意が必要である. ●出血のリスク因子がある患者に対しては,必要に応じて適切な休薬期間を設けたうえで実施する. ●低用量アスピリンおよび非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を除く抗血小板薬・抗凝固薬を使用している 患者に対しては,適切な休薬期間を設けることが望ましい. 解 説 抗血栓療法を受けている患者に対する神経ブロック実施に関するガイドラインとして,2018 年の疼痛関連6学会合同ガイドライン2)の他,2013 年の英国3),2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)4),2022 年のESAIC/ ESRA1)のガイドラインがある.舌咽神経は頸静脈孔を出て下神経節をつくり,内頸動・静脈の間を走行し,次に内頸動脈と茎突咽頭筋の斜め後方を下行する.神経に近接するこれらの血管を誤穿刺する可能性があるので,出血性合併症には注意が必要である.また,これらの血管は体表から離れているため,6 学会合同ガイドラインを援用すると舌咽神経ブロックは「中等度リスク」の神経ブロックに分類される.1複数の抗血小板薬・抗凝固薬の使用,2高齢,3高度な肝・腎機能障害,4出血傾向の既往がある場合は高リスクの神経ブロックに分類される2).英国のガイドラインでは,舌咽神経ブロックは深部の神経ブロックであり比較的高いリスクを有している3). BQ21:舌咽神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ21:抗血栓療法を受けている患者に舌咽神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止 すべきか?
21.舌咽神経ブロックと抗血栓療法79 ASRA ガイドラインでは,舌咽神経ブロックに関する記載はないが,リスクの高い深部の神経ブロックは,脊髄幹麻酔に準じた運用を行うように推奨されている4). ESAIC/ESRA ガイドラインでは,出血部位が深部または圧迫不可能な部位の神経ブロックを「高リスク手技」に分類している1).したがって,舌咽神経ブロックは出血に対して注意が必要な神経ブロックであり,低用量アスピリンおよびNSAIDs を除く抗血小板薬および抗凝固薬を使用している患者に対しては,適切な休薬期間を設けることが望ましい. 参考文献1) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 2) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Medications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262. 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 3) Working Party:Regional anaesthesia and patients with abnormalities of coagulation:the Association of Anaesthetists of Great Britain & Ireland The Obstetric AnaesthetistsʼAssociation Regional Anaesthesia UK. Anaesthesia 68:966—972, 2013. DOI:10.1111/anae.12359 4) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766
各 論80 22.下顎神経ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●下顎神経ブロックは深部の神経ブロックに分類され,出血時の対応が困難である.抗血栓療法で血腫のリス クは高まる. ●下顎神経ブロック後の血腫についての報告は確認できず,リスクは不明である. 解 説 下顎神経ブロックは,頭蓋腔から卵円孔を通過した後の下顎神経をX 線透視下に穿刺する前方アプローチが一般的である.下顎神経ブロック後の血腫のリスクについての報告は確認できないが,下顎神経の前方,外側翼突筋の前面を顎動脈が走行し,卵円孔付近では背外側に棘孔へ向かう中硬膜動脈が走行するため,動脈穿刺のリスクはあり抗血栓療法での血腫のリスクは高まる. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に下顎神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率87%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●下顎神経ブロックは出血時に圧迫止血困難な深部の神経ブロックであり,抗血小板薬・抗凝固薬は中止し, 適切な休薬期間を設けた後に施行すべきである. ●基本的には低用量アスピリン(<200 mg/日)を含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs),イコサペント酸 エチル,シロスタゾール,ジピリダモール,ハーブ類(にんにく,イチョウ葉,チョウセンニンジン),抗うつ薬を単独で使用している患者に対しては,これらの休薬は必須ではない. ●抗凝固薬の種類に応じた適切な休薬期間を設ける. ●ワルファリン投与の患者では5 日間の休薬と神経ブロック実施前のプロトロンビン時間国際標準比(PT— INR)測定が望ましい. ●直接経口抗凝固薬(DOACs)投与の患者では,低用量と標準・高用量に応じた休薬期間を設ける必要があ る.高度腎機能障害を合併した患者では,休薬期間の延長や神経ブロック以外の治療法を検討する. ●P2Y12 受容体遮断薬投与患者では,それぞれの薬物に応じた休薬期間が必要である. 解 説 本ガイドライン初版以降に発表された海外のガイドラインのなかで,下顎神経ブロックについての言及はなされていないが,出血時の圧迫止血が困難な神経ブロックであることから,深部の神経ブロックに分類され,重篤な出血性合併症を生じる可能性のある中等度リスク手技とされる1~3).これまでに,下顎神経ブロックを抗血小板薬・抗凝固薬を使用中の患者に安全に施行できるかどうかを調査した報告や,抗凝固療法中の患者に下顎神経ブロックを行い合併症が発症したという報告は確認できない.下顎神経ブロックの実施にあたっては,深部の神経ブロックであることを踏まえ,抗血小板薬・抗凝固薬それぞれの薬物に応じた適切な休薬期間を設けた後に行うことが望ましい. 参考文献1) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Med- BQ22:下顎神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ22:抗血栓療法を受けている患者に下顎神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止 すべきか?
22.下顎神経ブロックと抗血栓療法81 ications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262. 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 2) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 3) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:Ameri- can Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766
各 論82 23.おとがい神経ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●おとがい神経ブロックは体表面の神経ブロックに分類される. ●おとがい神経ブロック後の血腫発生はまれで重大な神経障害に至る報告はない. ●抗血栓療法による大きなリスク上昇を示す臨床データは現時点で乏しいが,血管損傷が起こった場合には皮 下血腫が拡大しやすい点に留意する. 解 説 おとがい神経は三叉神経第3 枝(V3,下顎神経)の末梢枝で,おとがい動脈とともにおとがい孔から出て下顎骨表面を走行する.おとがい神経ブロックはランドマーク法・X 線透視法・超音波ガイド法で行うが,いずれもブロック針でおとがい孔を貫通する方法は動脈穿刺・血管内注入・神経損傷の危険性があるため推奨されていない.おとがい神経ブロックではおとがい動脈誤穿刺による出血の可能性があり,血腫形成も合併症として指摘されている.しかし神経ブロック部位は皮膚と下顎骨に挟まれた表層部に位置するため圧迫止血が容易であり,出血が起こっても皮下に限局するため低リスクの手技であると考えられる.抗血栓療法による著明なリスク上昇は報告されていないが,穿刺部位の血管損傷があれば皮下血腫が拡大しやすい可能性がある.ブロック針のサイズは25 G または27 G の小径が推奨される. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者におとがい神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●基本的にはいずれの抗血小板薬および抗凝固薬を使用している患者であっても,休薬せずにおとがい神経ブ ロックを施行できる. ●ワルファリンおよび類似薬についてはプロトロンビン時間国際標準比(PT—INR)が患者固有の治療域であ ることを確認する. ●血管穿刺があった場合は次回の薬物投与を遅らせることを考慮する. 解 説 抗血栓療法を受けている患者に対するおとがい神経ブロック施行後の,出血性合併症や血腫形成の発生頻度に関するランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)や具体的な症例報告は存在せず,エビデンスがきわめて乏しい.三叉神経末梢枝の神経ブロックは体表近くで圧迫可能であり,また穿刺深度も浅いため血腫形成低リスクの神経ブロックであると考えられる.米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン1)やカナダのエキスパートコンセンサス2),欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)3)のガイドラインではおとがい神経ブロック独自の記載はないものの,体表の低リスク手技であれば抗血小板薬・抗凝固薬を休薬せずに施行可能としている.追加事項として,2025 年のASRA ガイドラインでは,体表で圧迫可能な低リスクの神経ブロックであっても穿刺時に血管損傷が発生した場合には次回の薬物投与を遅らせることを考慮するのが望ましいと述べてい BQ23:おとがい神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ23:抗血栓療法を受けている患者におとがい神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は 中止すべきか?
23.おとがい神経ブロックと抗血栓療法83 る1).本邦でのおとがい神経ブロックの施行状況を鑑みると,ランドマーク法やX 線透視法でおとがい孔を貫通させる方法も浸透している可能性があり,この場合は圧迫止血が困難なおとがい孔内部での血腫も発生しうるため,深部の神経ブロックに相当し本推奨の対象外となる注[1].超音波ガイド法ではおとがい動脈を認めることがあり,血腫のリスクを低下させる可能性がある.以上より,抗血栓療法中の患者に対するおとがい神経ブロックでは,抗血栓療法を継続したまま施行することを弱く推奨する.ただし抗血栓療法の目的である患者背景,出血のリスクを助長する患者因子の有無,施行者の熟練度や手技手法なども加味し,薬物に応じた適切な休薬期間を設けるか否か,また施行後の抗血栓療法を遅らせるか否かについては施行時の血管穿刺の有無をもとに,症例ごとに総合的に判断することが望ましい. 注 釈[1] 予測される合併症のリスクが高いことから,特に注意深い観察・管理や熟練者による実施が求められる. 参考文献1) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 2) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anaesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/s12630-019-01466-w 3) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600
各 論84 24.翼口蓋神経節ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●翼口蓋神経節ブロック(PPGB)後の血腫のリスクを示すエビデンスは現時点では乏しいが,動脈誤穿刺の 危険性があり,圧迫が困難な深部の神経ブロックに分類される. ●抗血栓療法で血腫のリスクを有意に増大するというエビデンスは不明だが,理論上はリスク増大が懸念され る. 解 説 翼口蓋神経節(pterygopalatine ganglion,またsphenopalatine ganglion も同義)は副交感神経節で,顔面神経に由来する副交感神経線維,上頸神経節に由来する交感神経線維,上顎神経(三叉神経第2 枝[V2,上顎神経])に由来する知覚神経線維を含んでいる.翼口蓋神経節は上顎神経が正円孔を通過して頭蓋外に出た直後の翼口蓋窩(pterygopalatine fossa)内に位置し,上顎神経の下方に隣接している.翼口蓋神経節ブロック(pterygopalatine ganglion block:PPGB)は複数のアプローチ法(上頰骨法・頰骨弓下法・経鼻法・経口腔法)があるが,翼口蓋窩内には顎動脈が流入しており,いずれも動脈誤穿刺の危険性を伴う手技である.翼口蓋窩は上顎骨と蝶形骨に囲まれ体表からおよそ50 mm 奥にあるため,体表からの圧迫止血が困難である.そのためPPGB はすべてのアプローチ法で深部の神経ブロックに該当する.アプローチ法によって異なるが,PPGB はランドマーク法,X 線透視法,超音波ガイド法で行われる.超音波ガイド法では翼口蓋窩付近を走行する顎動脈を視認できることがあり,血管損傷リスクを低減することが期待される. PPGB 後の血腫のリスクは,大規模な前向き研究がなく不明である.また抗血栓療法中の患者に対するPPGB 後の血腫のリスクを比較検証したランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)や大規模研究もなく,抗血栓療法で血腫のリスクを増加させるかは不明である.ただし,複数回穿刺,凝固異常,高齢者,肝・腎機能障害などの高リスク因子を併せもつ場合には出血のリスクが増大すると考えられるため,慎重な手技と総合的な評価が必要となる. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に翼口蓋神経節ブロック(PPGB)を施行する際,抗血小板薬・抗凝固薬を中止することを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率86%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●翼口蓋神経節ブロック(PPGB)では,抗血栓療法継続下での出血性合併症のエビデンスはきわめて乏しい. ●深部の神経ブロックであるため,脊髄幹麻酔に準じた休薬期間を設けることを推奨する. 解 説 抗血栓療法を受けている患者に対するPPGB 施行後の,出血性合併症の発生頻度に関するRCT や具体的な症例報告は存在せず,現時点ではエビデンスがきわめて乏しい. PPGB は体表から深くて圧迫が困難であり,また翼口蓋窩の付近や内部を顎動脈が走行するため血腫のリスクの高い深部の神経ブロックである.米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン1)やカナダのエキスパートコンセンサス2),欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)3)ガイドラインではいずれもPPGB 独自の記載はないものの,深部で圧迫が困難な神経ブロックでは脊髄幹麻酔に準じた抗血栓薬管理が必要である BQ24:翼口蓋神経節ブロック(PPGB)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスク は高まるか? CQ24:抗血栓療法を受けている患者に翼口蓋神経節ブロック(PPGB)を施行する場合,抗血小板薬・抗 凝固薬は中止すべきか?
24.翼口蓋神経節ブロックと抗血栓療法85 と明記している.追加事項として,ESAIC/ESRA ガイドラインでは,腎機能低下例や高齢者などでは効果が延長しうるため,休薬期間を必要に応じて延長することも考慮すべきと述べられている3).以上より,抗血栓療法中の患者に対する翼口蓋神経節ブロックでは,抗血小板薬・抗凝固薬は脊髄幹麻酔に準じた休薬期間を設けることを推奨する.なお適応の判断にあたっては,症例ごとの患者特性に基づいて個別に判断されるべきものである. 参考文献1) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 2) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anaesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/s12630-019-01466-w 3) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600
各 論86 25.眼窩下神経ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●眼窩下神経ブロックは圧迫が容易な体表面の神経ブロックに分類される. ●近傍には眼窩下動・静脈が走行しており,軽度の皮下血腫が発生する可能性がある. ●抗血栓療法による大きなリスク上昇を示す臨床データは現時点で乏しいが,血管損傷が起こった場合には皮 下血腫が拡大しやすい点に留意する. 解 説 眼窩下神経は三叉神経第2 枝(V2,上顎神経)の末梢枝で,眼窩下動・静脈とともに眼窩下孔から出て上顎骨表面を走行する.眼窩下神経ブロックはランドマーク法・X 線透視法・超音波ガイド法で行うが,いずれもブロック針で眼窩下孔を貫通する方法は血管穿刺・血管内注入・神経損傷・眼球損傷の危険性があるため推奨されていない.眼窩下神経ブロックでは眼窩下動・静脈誤穿刺による出血の可能性があり,近年のメタアナリシスでも皮下出血は合併症の一つとして指摘されている1).しかし神経ブロック部位は皮膚と上顎骨に挟まれた表層部に位置するため圧迫止血が容易であり,出血は皮下に限局するため低リスクの手技であると考えられる.抗血栓療法による著明なリスク上昇は報告されていないが,穿刺部位の血管損傷があれば皮下血腫が拡大しやすい可能性がある.ブロック針のサイズは25 G または27 G の小径が推奨される. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に眼窩下神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率87%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●基本的にはいずれの抗血小板薬および抗凝固薬を使用している患者であっても,これらを休薬せずに眼窩下 神経ブロックを行ってよい. ●ワルファリンおよび類似薬についてはプロトロンビン時間国際標準比(PT—INR)が患者固有の治療域であ ることを確認する. ●血管穿刺があった場合は次回薬物投与を遅らせることを考慮する. 解 説 抗血栓療法を受けている患者に対する眼窩下神経ブロック施行後の,出血性合併症や血腫形成の発生頻度に関するランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)や具体的な症例報告は存在せず,エビデンスがきわめて乏しい.三叉神経末梢枝の神経ブロックは体表近くで圧迫可能であり,また穿刺深度も浅いため血腫のリスクが低い神経ブロックである.米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン2)やカナダのエキスパートコンセンサス3),欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)4)ガイドラインでは眼窩下神経ブロック独自の記載はないものの,体表の低リスク手技であれば抗血小板薬・抗凝固薬を休薬せずに施行可能としている.追加事項として,ASRA から2025 年に公表されているガイドラインでは,体表で圧迫可能な低リスクの神経ブロックであっても穿刺時に血管損傷が発生した場合には,薬物の次回投与を遅らせることを考慮するのが望ましいと BQ25:眼窩下神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まる か? CQ25:抗血栓療法を受けている患者に眼窩下神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中 止すべきか?
25.眼窩下神経ブロックと抗血栓療法87 述べられている2).本邦での眼窩下神経ブロックの施行状況を鑑みると,ランドマーク法やX 線透視法で眼窩下孔を貫通させる方法も浸透している可能性があり,この場合は圧迫止血が困難な眼窩下孔内部での血腫も発生しうるため,深部の神経ブロックに相当し本推奨の対象外となる注[1].超音波ガイド法では眼窩下動脈を視認できることがあり,血腫のリスクを低下させる可能性がある.以上より,抗血栓療法中の患者に対する眼窩下神経ブロックでは,抗血栓療法を継続したまま施行することを弱く推奨する.ただし抗血栓療法施行の目的である患者背景,出血リスクを助長する患者因子の有無,施行者の熟練度や手技・手法なども加味し,薬物に応じた適切な休薬期間を設けるか否か,また施行後の抗血栓療法を遅らせるか否かについては施行時の血管穿刺の有無をもとに,症例ごとに総合的に判断することが望ましい. 注 釈[1] 予測される合併症のリスクが高いことから,特に注意深い観察・管理や熟練者による実施が求められる. 参考文献1) Kim DH et al:Effect of Infraorbital and/or Infratrochlear Nerve Blocks on Postoperative Care in Patients with Septorhinoplasty:A Meta—Analysis. Medicina(Kaunas)59:1659, 2023. DOI:10.3390/medicina59091659 2) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 3) Tsui BCH et al:Practice advisory on the bleeding risks for peripheral nerve and interfascial plane blockade: evidence review and expert consensus. Can J Anaesth 66:1356—1384, 2019. DOI:10.1007/s12630-019-01466-w 4) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600
各 論88 26.上顎神経ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●上顎神経ブロックは,深部の神経ブロックに分類される. ●血腫形成の発生頻度はまれであるが,発生した場合には重篤な臨床的影響を及ぼす可能性がある.抗血栓療 法中の患者では血腫のリスクが高まることが考えられる. 解 説 上顎神経(V2)は三叉神経の第2 枝であり,通常はX 線透視下にて,頰骨弓下から尾側方向へ刺入し,頭蓋底近くに位置する翼口蓋窩で神経ブロックが行われる.この部位には上顎動脈や翼突静脈叢をはじめとした多数の血管構造が密集しており,誤穿刺による血腫や血管損傷のリスクが存在する.ドイツの大規模レジストリ研究では,区域麻酔中の出血のリスク評価として,穿刺時の血液出現(bloody puncture)を指標に用い,以下の結果を示している1).抗血小板薬または抗凝固薬使用中の患者におけるbloody puncture のオッズ比は1.60(95%信頼区間[CI]:1.33~1.93)と有意な増加がみられ,また,抗血小板薬と抗凝固薬の併用患者では,オッズ比が1.89(95%CI:1.48~2.40)とさらに上昇している.これらのデータから,抗血栓薬の多剤併用は明確なリスク増加因子であるとされ,上顎神経ブロックのように深部かつ非圧迫部位では,わずかな出血も深部血腫に発展する可能性があるため,十分な注意が必要である.また,近年,報告されている超音波ガイド下での上顎神経ブロックは,皮下や浅層の血管・神経構造の可視化に有用であり,安全性の向上が期待されている.しかしながら,神経ブロックの対象である翼口蓋窩は骨構造に囲まれた狭い空間であり,深部小血管の視認性が低く,針先の追尾が困難である.そのため,局所血管への誤穿刺のリスクが存在するといった課題があり,施行には高い解剖学的理解と熟練した技術が必要であることに留意すべきである. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に上顎神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率87%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●上顎神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬の適切な休薬期間が原則として必要である. ●抗血小板薬・抗凝固薬の中止によって血栓塞栓症のリスクが高まる場合には,神経ブロックの施行自体を再 検討するか,抗血栓療法中でも安全に施行できる代替手技を選択することが望ましい. 解 説 2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,上顎神経ブロックは「深部で非圧迫性の神経ブロック」に分類されており,出血が発生した場合には臨床的に重篤な転帰をたどる可能性があるため,抗血栓療法中の施行には特に慎重な対応や,抗血小板薬・抗凝固薬の一時的な休薬が推奨されている2).2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドラインでは,薬物の休薬期間の設定は薬物の種類だけではなく,腎機能・体重・年齢など個別因子に基づいて調整すべきとされており,可能であれば抗凝固薬(特に直接経口抗凝固薬[direct oral anticoagulants:DOACs])の血中濃度測定を参考に施行の可否を判断することが望ましいとされている3).一方で,高リスクの血栓塞栓症では,抗血小板薬・抗凝固薬の中止により致命的なイベントが発生する可能 BQ26:上顎神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ26:抗血栓療法を受けている患者に上顎神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止 すべきか?
26.上顎神経ブロックと抗血栓療法89 性もある.このような場合には,神経ブロックを中止または延期,浅層かつ圧迫可能な神経ブロックへの変更,全身麻酔や局所麻酔への切り替えなどを選択することで,抗血栓薬の継続と手技の安全性の両立を図ることが可能である. 参考文献1) Kubulus C et al:Antithrombotic drugs and the risk of bloody punctures in regional anesthesia— a retrospective registry analysis. Reg Anesth Pain Med 47:653—659, 2022. DOI:10.1136/rapm-2022-103806 2) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 3) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:Ameri- can Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766
各 論90 27.眼窩上神経ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●眼窩上神経ブロックは体表面の神経ブロックに分類される. ●眼窩上神経ブロック後の血腫のリスクは明らかではないが,体表面の神経ブロックであり,適切に圧迫止血 を行えば血腫のリスクは低いと考えられる. ●抗血栓療法による血腫のリスク上昇の可能性は低いと考えられる. 解 説 眼窩上神経ブロック後の血腫のリスクを調査した研究は存在しない.症例報告としては,抗血小板薬や抗凝固薬使用の有無についての記載はないが,54 件の眼窩上神経ブロック施行後に血腫をきたしたとの報告が1 件あるのみで,眼窩上神経ブロック後の血腫の頻度は明らかではない1).海外のガイドラインにおいても,眼窩上神経ブロックに関する個別の記載はない.抗血栓療法を受けている患者に眼窩上神経ブロックを実施する場合,出血性合併症のリスクは対照群(抗血栓療法を受けていない患者)と比較して高まるか,という問いに対するランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)をはじめとする研究は存在しない.2023 年に発表されたアンブレラレビューによると,頭頸部での神経ブロック手技において抗血栓療法による出血性合併症のリスクは低いとされている2). Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に眼窩上神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●低用量アスピリン(<200 mg/日)を含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用患者では,施行前の休 薬は必須でない. ●抗血小板作用を有するイコサペント酸エチル,シロスタゾール,ジピリダモール,ハーブ類(にんにく,イ チョウ葉,チョウセンニンジン),抗うつ薬については,施行前の休薬は必須でない. ●出血リスクの高い患者では,必要に応じて抗血小板薬や抗凝固薬の適切な休薬期間を設ける. 解 説 基本的に「総論5」で示す体表面の神経ブロックに準じた対応をする. 2018 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン第4 版では,体表面で圧迫止血可能な神経ブロックの多くは3 段階のうち最もリスクの低い「低リスク」としている3).英国のガイドラインでは,体表面の神経ブロックに関するリスクを血管周囲での手技か否かで区別している4).並走する眼窩上動脈の誤穿刺による出血リスクに注意が必要ではあるが,浅部に位置する細い動脈であり,圧迫止血が可能であるため,眼窩上神経ブロックは血管の存在によりリスクが上昇する手技とは考えにくい.また,英国のガイドラインでは,血管穿刺の回避という観点では,使用に精通していれば超音波ガイド下に手技を行うことで安全性を向上させられるかもしれない,としている4).欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインによると,体表面の神経ブロックは抗血栓療法中に実施することも許容しうる5).高齢,複数の抗血小板薬や抗凝固薬の併用,高度の肝・腎機能障害,異常出血の既往などの要因がある場合,薬物に応じた適切な休薬期間を設けることを患者ごとに検討する. BQ27:眼窩上神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ27:抗血栓療法を受けている患者に眼窩上神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中 止すべきか?
27.眼窩上神経ブロックと抗血栓療法91 参考文献1) Ismail AR et al:Regional nerve block of the upper eyelid in oculoplastic surgery. Eur J Ophthalmol 16:509— 513, 2006. DOI:10.1177/112067210601600401 2) Rastgarian A et al:Puncture Site Bleeding Complications of Peripheral Nerve Block in Patients Taking Antithrombotic and Anticoagulant Drugs:An Umbrella Review. Galen Med J 12:e2958, 2023. DOI:10.31661/ gmj.v12i.2958 3) Horlocker TT et al:Regional Anesthesia in the Patient Receiving Antithrombotic or Thrombolytic Therapy: American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(Fourth Edition). Reg Anesth Pain Med 43:263—309, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000763 4) Working Party:Regional anaesthesia and patients with abnormalities of coagulation:the Association of Anaesthetists of Great Britain & Ireland The Obstetric Anaesthetists’ Association Regional Anaesthesia UK. Anaesthesia 68:966—972, 2013. DOI:10.1111/anae.12359 5) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600
各 論92 28.肩甲上神経ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●肩甲上神経ブロックは体表面の神経ブロックに分類される.肩甲上動・静脈を損傷するリスクがある. ●抗血栓療法で肩甲上神経ブロック後の血腫のリスクが高まるという報告はない. 解 説 肩甲上神経ブロックでは,肩甲上動・静脈が肩甲上神経と並走しているため,血管損傷のリスクがある.後方アプローチとしての肩甲上神経ブロックのランドマーク法には,古典的なMoore の方法と簡便法があるが, Moore の方法では血管損傷のリスクはより高くなると考えられる.超音波ガイド法では肩甲上動脈が確認できることが多く,血管穿刺のリスクを軽減できる可能性がある.血管周囲に重要臓器は存在しないため,生命の危機につながるような出血性合併症は起こりにくいが,やや圧迫止血が難しい部位であり,血管損傷,出血は避けなければならない.近年超音波ガイド下に行われている前方アプローチでは,肩甲上動脈,肩甲背動脈,頸横動脈,外頸静脈などの血管損傷に特に注意する.抗血栓療法で血腫のリスクが高まるかという問いに対するランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)は存在しない.また,抗血小板薬・抗凝固薬を使用している患者で肩甲上神経ブロックを安全に施行できたという症例報告や,出血性合併症を生じたという症例報告もない. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に肩甲上神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●抗血小板薬は休薬せずに肩甲上神経ブロックを行ってよい. ●抗凝固薬や複数の抗血小板薬を使用している患者については原則として休薬せずに肩甲上神経ブロックを 行ってよいが,患者背景,手技を考慮して出血のリスクが高いと考えられる場合には深部の神経ブロックに準じた休薬期間を設けることを検討する. 解 説 肩甲上神経ブロックは大きな合併症につながる可能性は低いものの,出血のリスクにある程度注意が必要な神経ブロックであると考えられる.体表面の神経ブロックとして抗血栓療法を継続したまま施行することを弱く推奨するが,患者背景や施行者の熟練度,超音波ガイド法の有無などを考慮して,複数の抗血小板薬や抗凝固薬を使用している患者については症例ごとに総合的に判断することが望ましい. 2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン 1)の推奨では,深部の神経ブロックは脊髄幹麻酔と同等に扱うべきとされているが,肩甲上神経ブロックのような比較的体表面に近い神経ブロックに関する記載はない.2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドライン第2 版 2)ではペインクリニック領域にも適応が拡大されており,肩甲上神経ブロック単独では言及されていないが,体表面に近い神経ブロックは低リスク手技に分類されている.低リスク手技における薬物ごとの推奨では,アスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)に加え,シロスタゾール,クロピドグレルなどの抗血小板薬は単独投与の場合は中止せずに処置を行えるとしている.一方,ワルファリンは神経ブロックの益と害を考慮して,個々の症例で検討すべきと記載されている.ヘパリンは静脈内投与と皮下投与のいずれも適切な中止期間をおいて神経ブロックを行うように推奨されてい BQ28:肩甲上神経ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ28:抗血栓療法を受けている患者に肩甲上神経ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中 止すべきか?
28.肩甲上神経ブロックと抗血栓療法93 る.フォンダパリヌクス,リバーロキサバン,ダビガトランなどのその他の抗凝固薬に関しては,神経ブロックの益と害を考慮して,個々の症例で検討すべきとされている2). 2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドライン3)では,肩甲上神経ブロックのような体表面に近い神経ブロックは抗血小板薬・抗凝固薬の使用下で行うことも許容されると記載されている. 2022 年に米国胸部医学会(ACCP)が発表した周術期の抗血栓療法に関するガイドライン4)では,肩甲上神経ブロックのような体表面に近い神経ブロックは低リスクもしくは最小リスクに当てはまると考えられる.低リスク,最小リスクの手技では抗血小板薬単剤は中止の必要はなく,抗凝固薬はリスクに応じて中止を検討すべきとされている. 参考文献1) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 2) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Medications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 3) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 4) Douketis JD et al:Perioperative Management of Antithrombotic Therapy:An American College of Chest Physicians Clinical Practice Guideline. Chest 162:e207—e243, 2022. DOI:10.1016/j.chest.2022.07.025
各 論94 29.トリガーポイント注射と抗血栓療法 Summary Statement ●トリガーポイント注射(TPI)は体表面の神経ブロックに分類される. ●TPI における血腫のリスクは施行部位により異なるが,筋肉内投与後の血腫発生率は0.024~0.07%と報告さ れている. ●抗血小板薬・抗凝固薬を使用している患者でもTPI による血腫のリスクは低いが,そのリスクを増加させる 可能性はある. 解 説 トリガーポイント注射(trigger point injection:TPI)後の血腫のリスクを評価した大規模な研究は存在しないが,TPI と同等のリスクと考えられる筋肉内投与後の血腫については,0.07%と報告されている1).抗血小板薬や抗凝固薬を使用している患者にTPI を安全に施行できるか,出血性合併症のリスクは抗血小板薬や抗凝固薬を使用していない群と同等か,という問いに対するランダム化比較試験(randomized controlled trial: RCT)は存在しないが,抗血小板薬と抗凝固薬を使用している患者に対してTPI を行い,合併症を評価した前向き研究が行われている2).この研究では,456 人の患者が抗血小板薬や抗凝固薬の使用を継続しTPI を受けたが,出血性合併症の報告はなかった.また,抗凝固薬を使用している患者に筋肉内投与を行った際の合併症を評価した後方視的研究では,抗凝固薬を使用していない患者では195,587 回筋肉内投与が行われ1 例も注射部位の血腫を認めなかったのに対し,抗凝固薬を使用中の患者に40,819 回の筋肉内投与が行われ2 例(0.024%)で注射部位の血腫を認めた3).血腫の発生頻度は低く,抗凝固薬使用の影響は明らかでないが,同薬物を使用中の患者においてTPI 後の血腫発生の症例報告もあることから,リスク増加の可能性は否定できない4, 5). Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者にトリガーポイント注射(TPI)を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率100%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●アスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を使用している患者に対しては,休薬をせずにトリ ガーポイント注射(TPI)を施行してよい. ●それ以外の抗血小板薬,ワルファリン,直接経口抗凝固薬(DOACs)を使用している場合には,注射部位や 止血の可否などに基づく出血のリスクと,神経ブロックの治療的利益を慎重に比較し,個別に適応を判断すべきである. 解 説 TPI は,筋膜における索状の過敏点に対する局所浸潤注射であり,基本的には体表面への処置に限られる.圧迫などによる止血が比較的容易であり,大きな出血性合併症は生じにくいと考えられるが,頸部での血腫による気道閉塞など,部位によっては重篤な合併症につながる可能性も否定できない.2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドラインでは深部の神経ブロックに関する記載が中心であり,体表面の神経ブロックについては言及がない6).2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドライン7)や2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドライン8)では,さまざまな神経ブロックが出血のリスクに応じて分類されてい BQ29:トリガーポイント注射(TPI)後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは 高まるか? CQ29:抗血栓療法を受けている患者にトリガーポイント注射(TPI)を施行する場合,抗血小板薬・抗凝 固薬は中止すべきか?
29.トリガーポイント注射と抗血栓療法95 るが,TPI は体表面のブロックであり低リスク手技に分類されると考えられる.どちらのガイドラインでもTPI はアスピリンやNSAIDs,クロピドグレルなどの抗血小板薬の継続下に施行可能とされ,ワルファリンは治療域内もしくはプロトロンビン時間国際標準比(PT—INR)<3.0 であれば継続下に施行可能とされている.フォンダパリヌクス,リバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバン,ダビガトランなどのDOAC についても休薬は必須ではなく,患者背景(例:腎機能,併用薬,注射部位)に応じた個別評価を行ったうえで継続投与下での施行が許容される.ヘパリンについては,2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドラインでは施行6 時間前の停止が推奨されている7).抗凝固薬や抗血小板薬を多剤併用している症例では,個別に出血のリスクと治療効果の慎重な評価を行う. TPI に関する総説では,抗凝固薬や抗血小板薬を使用している患者に対して,出血性合併症の予防を目的とした以下の推奨事項が示されている9).ワルファリンを使用している場合は,直近のPT—INR が3.0 を超えている場合はTPI を避ける.TPI を行う際には,周囲の動脈を触知し,損傷を避けるよう注意を払う.注射部位の数は最小限にとどめる.TPI は圧迫しやすい部位に限定して施行する.また,各注射部位に対して5~10 分間圧迫を行う. 参考文献1) Greenblatt DJ et al:Intramuscular injection—site complications. JAMA 240:542—544, 1978 2) Endres S et al:The Risks of Continuing or Discontinuing Anticoagulants for Patients Undergoing Common Interventional Pain Procedures. Pain Med 18:403—409, 2017. DOI:10.1093/pm/pnw108 3) Davidov M et al:Bleeding complications following intramuscular injections among hospitalized anticoagulated patients:a retrospective observational comparative study. Thromb J 22:92, 2024. DOI:10.1186/s12959-024- 00662-z 4) Kim SG et al:Intramuscular hematoma with motor weakness after trigger point injection:A case report. Medicine(Baltimore)96:e8135, 2017. DOI:10.1097/MD.0000000000008135 5) Sato S et al:Careful medical interview and ultrasonography enabled detection of acute kidney injury and hematoma after lumbar trigger point injection—a case report. JA Clin Rep 7:12, 2021. DOI:10.1186/s40981- 021-00416-0 6) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 7) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Medications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 8) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 9) Robbins MS et al:Trigger point injections for headache disorders:expert consensus methodology and narra- tive review. Headache 54:1441—1459, 2014. DOI:10.1111/head.12442
各 論96 30.関節内注射と抗血栓療法 Summary Statement ●関節内注射では重篤な合併症につながる出血は起こりにくいため,体表面の神経ブロックに分類される. ●抗血栓療法で血腫のリスクが高まるという報告はない. 解 説 関節内注射において,関節内血腫は感染と並んで注意が必要な合併症であるが,重篤な合併症につながる出血は起こりにくいと考えられる.本邦で関節内注射を抗血栓療法中の患者に安全に行えるかという問いに対する報告はないが,海外では抗血栓療法中の患者における関節内注射について検討されている.ワルファリンを継続している患者に対する関節内注射における関節内血腫の発生に対するメタアナリシスでは,出血性合併症は増加しないとされている1).Yui らはリバーロキサバン,アピキサバン,ダビガトランを使用している患者に対する1,050 件の関節内注射で出血性合併症は生じなかったと報告している2). Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に対して関節内注射を行う場合,抗血小板薬・抗凝固薬を中止しないことを弱く推奨する(提案する). 推奨度:2[合意率100%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●抗血栓療法を受けている患者では関節内注射前の休薬は必須ではない.出血のリスクと抗血栓療法を中止し た場合のリスクを考慮して,個々の患者の状態に応じて対応する. 解 説 BQ で示したとおり,抗血栓療法を受けている患者でも重篤な関節内血腫が生じるリスクは低い.一方で海外のガイドラインに目を向けると,やや慎重な姿勢を取っているものもある.2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドラインでは,深部の神経ブロックは脊髄幹麻酔と同等に扱うべきと推奨されているが,体表面に近い神経ブロックや関節内注射に関する記載はない3).2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドライン第2 版ではペインクリニック領域にも適応を拡大しており,関節内注射は「低リスク手技」に分類されている4).低リスク手技における薬物ごとの推奨では,アスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)に加え,シロスタゾール,クロピドグレルなどの抗血小板薬は単独投与の場合は中止せずに処置を行えるとしている.一方,ワルファリンは神経ブロックの益と害を考慮して,個々の症例で検討すべきと記載されている.ヘパリンは静脈内投与と皮下投与のいずれも適切な中止期間をおいて神経ブロックを行うように推奨している.フォンダパリヌクス,リバーロキサバン,ダビガトランなどのその他の抗凝固薬に関しては,神経ブロックの益と害を考慮して,個々の症例で検討すべきとされている.ただし,このガイドライン4)はBQ で示した関節内注射に関する近年の文献が反映されていないことを考慮する必要がある. 2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,関節内注射については言及されていないが,体表面に近い神経ブロックは抗血小板薬・抗凝固薬の使用下で行うことも許容されると記載されている5).米国胸部医学会(ACCP)が2022 年に発表した周術期の抗血栓療法に関するガイドラインでは,関節内注射は低リスクもしくは最小リスクに当てはまると考えられている6).低リスク,最小リスクの手技では抗血小板薬単剤は中止の必要はなく,抗凝固薬はリスクに応じて中止を検討するべきとされている. BQ30:関節内注射後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高まるか? CQ30:抗血栓療法を受けている患者に関節内注射を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止すべき か?
30.関節内注射と抗血栓療法97 抗血栓療法を受けている患者では関節内注射前の休薬は必須ではないが,益と害を考慮して,個々の患者の状態に応じて対応すべきである. 参考文献1) Tarar MY et al:Bleeding complications in patients on warfarin undergoing joint injection/aspiration:systematic review and meta—analysis. Rheumatol Int 43:245—251, 2023. DOI:10.1007/s00296-022-05232-y 2) Yui JC et al:Arthrocentesis and Joint Injection in Patients Receiving Direct Oral Anticoagulants. Mayo Clin Proc 92:1223—1226, 2017. DOI:10.1016/j.mayocp.2017.04.007 3) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 4) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Medications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 5) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 6) Douketis JD et al:Perioperative Management of Antithrombotic Therapy:An American College of Chest Physicians Clinical Practice Guideline. Chest 162:e207—e243, 2022. DOI:10.1016/j.chest.2022.07.025
各 論98 31.胸部交感神経節ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●胸部交感神経節ブロックは,深部の神経ブロックに分類される. ●胸部交感神経節ブロック後の血腫のリスクは具体的には不明だが,原疾患に抗血栓療法を必要としている患 者が多い. ●解剖学的な観点からは出血のリスクは高まる可能性が高いと考える. 解 説 胸部交感神経節ブロックは,レイノー症候群をはじめとする上肢の虚血性疾患,上肢および胸背部の痛みなどに対し,神経破壊薬や高周波熱凝固法(RF)を用いて行われる.胸部交感神経節ブロックに関連する出血について調べた研究は多くないが,234 人557 回の神経ブロックで14 例の出血が発生したという報告,血気胸の合併症の症例報告,胸部交感神経節ブロックを胸腔鏡併用で行ったところ294 例中1 例で血胸が発生した報告がある1~3).出血以外の合併症としては,気胸,ホルネル症候群,肋間神経ブロック,硬膜外麻酔などが報告されており,血腫と比して報告の頻度は高い1, 4, 5).解剖学的には,胸部交感神経幹は肋骨頭の外側を椎体に沿って縦走し,同部位を走行する肋間動・静脈と近接したり交差していることがあると報告されている6).そのため一定の出血や血腫のリスクはあると考えられ,そのリスクが抗血栓療法により高まる可能性はある. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に胸部交感神経節ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬を中止することを強く推奨する. 推奨度:1[合意率100%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●基本的にはアスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs),ホスホジエステラーゼ阻害薬,セロトニ ン再取り込み阻害薬(SSRI, SNRI)を単独で使用している患者に対しては,これらを休薬せずに施行してよい. ●抗血小板薬や抗凝固薬による抗血栓療法を受けている患者は,適切な休薬期間を設けたうえで実施すること が望ましい. ●ワルファリンおよび類似薬についてはプロトロンビン時間国際標準比(PT—INR)が正常化していることを 確認する. ●抗血栓療法が必要な原疾患をもつ患者も多く,休薬については患者の状態を十分に検討する必要がある. 解 説 胸部交感神経節ブロックは,2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドラインでは「中等度リスクの手技」に分類され7),また,2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは「深部の神経ブロック」に分類されている8).胸部交感神経節ブロックに伴う血腫のリスクは明らかにはなっていないが,脊髄幹麻酔・深部の神経ブロックに準じた,抗血栓療法の中止が望ましい.一方,上肢の虚血性疾患の患者などで抗血栓療法を必要とする場合もあり,中止した場合の血栓形成や血流障害のリスクなど患者の状態を十分に検討する必要がある. BQ31:胸部交感神経節ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高ま るか? CQ31:抗血栓療法を受けている患者に胸部交感神経節ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬 は中止すべきか?
31.胸部交感神経節ブロックと抗血栓療法99 参考文献1) Ohseto K:Efficacy of Thoracic Sympathetic Ganglion Block and Prediction of Complications:Clinical Evaluation of the Anterior Paratracheal and Posterior Paravertebral Approaches in 234 Patients. J Anesth 6:316— 331, 1992. DOI:10.1007/s0054020060316 2) 堺 雄大 他:胸部交感神経ブロック後に発症した血気胸の1 例.胸部外科67:599—601,2014 3) Han JW et al:Use of thoracoscopy for thoracic sympathetic nerve block in primary hyperhidrosis. Sci Rep 13:1402, 2023. DOI:10.1038/s41598-023-28727-5 4) Kim J et al:Thoracic sympathetic ganglion blocks:real—world outcomes in 207 chronic pain patients. Reg Anesth Pain Med 49:528—535, 2024. DOI:10.1136/rapm-2023-104624 5) Hong JH et al:Incidence of inadvertent intercostal or epidural spread during thoracic sympathetic ganglion block. Anesth Pain Med 15:486—491, 2020. DOI:10.17085/apm.20052 6) Haam S et al:An anatomical study of the relationship between the sympathetic trunk and intercostal veins of the third and fourth intercostal spaces during thoracoscopy. Clin Anat 23:702—706, 2010. DOI:10.1002/ ca.21001 7) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Medications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 8) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600
各 論100 32.腰部交感神経節ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●腰部交感神経節ブロックは深部の神経ブロックであり,出血に対して注意が必要である. ●腰部交感神経節ブロック後の血腫のリスクに関しては症例報告しか存在せず,リスクの程度については不明 であるが,抗血栓療法で血腫のリスクは高まると考えられる. 解 説 腰部交感神経節は腹部大動脈および下大静脈の背側椎体前面にあり,刺入経路には大腰筋や腎臓などが存在する.腰部交感神経節ブロックは他のインターベンション治療の適応にならない重症下肢虚血や,下肢の神経障害性疼痛などに施行される.重症下肢虚血患者の抗凝固療法は必須であり,血腫のリスクは高まると予想されるが,血腫のリスクがどの程度なのか明らかな報告はない.高齢女性の複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRPS)に対して超音波ガイド下に腰部交感神経節ブロックを行い,大腿神経を圧迫する巨大後腹膜血腫を生じた症例1),心疾患・肝・腎機能障害,脳卒中の既往があり,3 日前までアスピリン/ジピリダモール合剤を内服していた高齢男性の重症下肢虚血に対して腰部交感神経節ブロックを施行して大腰筋血腫を生じた症例などの報告がある2). Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に腰部交感神経節ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを強く推奨する. 推奨度:1[合意率80%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●出血のリスクが高いと予想される患者に対しては,必要に応じて適切な休薬期間を設けたうえで実施する. ●低用量アスピリンおよび非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を除く抗血小板薬・抗凝固薬を使用している 患者に対しては,適切な休薬期間を設けることが望ましい. 解 説 特に重症下肢虚血患者には抗凝固療法が必須となっており,神経ブロックを行う際の抗凝固療法休薬期間にヘパリンに変更して直前まで投与されることもある.心房細動(atrial fibrillation:AF)や機械弁などの全身性の抗凝固管理が必要な場合と,虚血肢の局所の虚血進行予防に対する抗凝固管理など,状況を考慮してヘパリンへの変更投与が検討される.2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドラインでは,腰部交感神経節ブロックは3 段階の中間である「中等度リスク手技」に分類されている3).全身状態や既往歴などで出血リスクが高いと予想される場合には,特に注意が必要であり,高リスク手技に準じた対応も必要である. 参考文献1) Bai Y et al:Diagnosis and management of a giant retroperitoneal hematoma compressing the femoral nerve, following an ultrasound—guided lumbar sympathetic block:a case report. BMC Neurol 25:70, 2025. DOI: 10.1186/s12883-024-03808-8 2) Rizk N et al:Psoas Hematoma Following Lumbar Sympathetic Block in a Patient with Renal and Liver Diseases and Recent Use of Aggrenox. Open J Anesthesiol 4:99—103, 2014. DOI:10.4236/ojanes.2014.44015 3) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Med- BQ32:腰部交感神経節ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高ま るか? CQ32:抗血栓療法を受けている患者に腰部交感神経節ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬 は中止すべきか?
32.腰部交感神経節ブロックと抗血栓療法101 ications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700
各 論102 33.腹腔神経叢(内臓神経)ブロックと抗血栓療法 Summary Statement ●腹腔神経叢(内臓神経)ブロックは深部の神経ブロックに分類される. ●圧迫止血が困難であり,大動脈や血管に富んだ臓器(腎臓など)の近傍に向け穿刺するため,血腫以外の出 血イベントの評価も厳密に行う必要がある. ●欧米人を対象とした大規模調査では,アスピリンまたは非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の単剤投与は 重大な腹腔神経叢(内臓神経)ブロックの出血性合併症のリスクを増大させなかった.ただし日本人を対象とした調査はなく,主に進行がん患者を対象とする本神経ブロックの特徴も併せて検討する余地がある. 解 説 上腹部内臓に由来する痛みは,求心性線維を介して腹腔神経叢の腹腔神経節を経由し,内臓神経(上・下・最下内臓神経)・交感神経幹や各交通枝で形成されたカスケードを通る.この後に脊髄後根に入力し,脊髄を上行し大脳で認識する.この経路を遮断することにより,鎮痛を図るのが本神経ブロックである.腹腔神経叢ブロック(celiac plexus block:CPB)と内臓神経ブロック(splanchnic nerve block:SNB)は,標的部位が近接し,穿刺点がともに第1 腰椎付近で刺入深度もほぼ等しい.そのため,合併症(出血や交感神経遮断,神経障害など)も多くが共通する.ゆえに同列に説明されることが多く,本稿もそれに準じる.厳密には,CPB は腹部臓器により近い大動脈前面の腹腔神経叢を直接標的とするのに対し,SNB は腹腔神経叢から派生し中枢へ向かう内臓神経を,椎体前面・横隔膜脚・大動脈背側面で囲まれたコンパートメント内で遮断するという点が異なり,狭義の“内臓神経ブロック”と呼ばれることもある1).これら2 つに加え,脊椎前面を並走し上行する神経叢を遮断するという共通点から,広義の“内臓神経ブロック”は,より尾側を穿刺する“上下腹神経叢ブロック(総腸骨動脈分岐部付近の上・下腹神経叢を標的とする.骨盤内静脈叢損傷時は止血困難につながる)”や“不対神経節ブロック(仙尾関節付近前面の不対神経節を標的とする.下位のため血腫形成は限定的)”を含むこともある.しかしこれらの有害事象の報告数はさらに少ない.そこで本稿では対象をCPB とSNB に絞って説明を行う. CPB とSNB は,大動脈近傍や腎臓や肝臓といった血管に富む臓器の近傍に向かって刺入し,深部までブロック針を進めるため体表からの圧迫による止血が困難である.実際の合併症報告として,大動脈から分岐し脊髄を栄養するAdamkiewicz 動脈の損傷による脊髄梗塞,腎臓への穿刺による後腹膜血腫形成,大動脈と腹膜の合併損傷による腹腔内出血など,深部の神経ブロックのなかでも重篤かつ特異な合併症がある.そのためか, Warner らの58,000 例に及ぶ大規模な神経ブロック療法と合併症の検討のなかでも,検討対象手技から除外されている2).両神経ブロックは,一方向性に転帰をとる術後痛や,逆に緩徐な経過をたどる慢性痛と異なり,上腹部臓器由来の悪性新生物や,その周囲神経・リンパ節浸潤に由来するがん性疼痛に優れた鎮痛効果を示す.その結果,併用されるオピオイドの減量が可能になることでその副作用を軽減するエビデンスが存在し3),また終末期せん妄の頻度を低下させるとの報告もある4).持続(ときに突出)する強い内臓痛が特徴であるがん性疼痛に,本神経ブロックは有用な治療法である.しかし難しいことに,適応となる患者の多くが,高齢で血栓塞栓症のリスク因子(表13)を複数抱え,多くが抗 BQ33:腹腔神経叢(内臓神経)ブロック後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリス クは高まるか? 表13 上腹部臓器担がん患者の血栓塞栓症リスク因子・加齢・手術後・長期臥床・担がん状態による凝固亢進・血流障害(腫瘍による血管圧迫)・合併症(糖尿病,不整脈,血管疾患)
33.腹腔神経叢(内臓神経)ブロックと抗血栓療法103 凝固療法を受けているというのが事実である.よってこれらを勘案し,休薬による合併症のデメリットと,疼痛緩和のメリットの双方を患者(ときにその家族)に提示し,十分な説明のうえ同意を得た場合には,抗凝固療法併用下に実施する余地があると思われる.もっともその場合は,施行後の看視を適切に行い合併症を未然に防ぐように努めなければならない. CPB を実施した402 例の検討で,実施後に輸血が必要となった確率は,アスピリンまたはNSAIDs 単剤投与の有無とは無関係であり,神経学的合併症の発現にも差を認めなかったとする報告がある5).しかしこの報告の解釈には,1輸血が必要になった要因が,本当に穿刺時の出血イベントによるものなのか否か,2欧米人を対象としたものであり,凝固能や薬物応答性(例:直接経口抗凝固薬[direct oral anticoagulants:DOACs])には人種差が存在する可能性がある,3多くの交絡因子をもった不均一な患者集団において,発生頻度の低い出血イベントを推定することの統計的な限界といった点も考慮に入れなければならない.また深部の神経ブロックのなかでも,脊椎に沿って大血管および血管に富んだ上腹部臓器近傍まで刺入するCPB は,止血困難であると同時に,表14 のような出血リスクが併存しうる. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている患者に腹腔神経叢(内臓神経)ブロックを施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを強く推奨する. 推奨度:1[合意率93%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●標的部位が神経幹ブロック同様脊髄近傍かつ重要臓器・血管に近いため,出血時は重篤な合併症のリスクが 大きい.また区域麻酔中に本手技が占める割合は小さく,抗凝固療法中の実施について直接言及したガイドラインや調査報告は限られる.しかし,がん性疼痛などには高いエビデンスがあるため,患者の個別性を考慮したうえで,実施時は十分な監視を行う. ●アスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs),シロスタゾール,ジピリダモール,セロトニン再取 り込み阻害薬(SSRI, SNRI)は,休薬せずに腹腔神経叢ブロック(CPB)や内臓神経ブロック(SNB)を行ってよい. ●ワルファリンおよび類似薬についてはプロトロンビン時間国際標準比(PT—INR)が正常化していることを 確認する. ●直接経口抗凝固薬(DOAC)は,薬物の種類や患者の腎機能,併用薬により効果持続期間が異なるので注意 を要する. 解 説 CPB やSNB は,オピオイドではコントロールが困難な上腹部臓器のがん性疼痛に対する有効な治療手段であり,エビデンスも確立されている.しかし患者の多くは高齢で担がん状態にあり,表13 に示すような複数の血栓塞栓症のリスク因子を抱え,抗凝固療法を受けているケースが少なくない.神経ブロック手技時の抗血栓療法の中断が重篤な合併症を引き起こすことは高いエビデンスで示されている CQ33:抗血栓療法を受けている患者に腹腔神経叢(内臓神経)ブロックを施行する場合,抗血小板薬・ 抗凝固薬は中止すべきか? 表14 上腹部臓器担がん患者のリスク因子 ・進行がんの化学療法併用では肝・腎機能障害例が存在→抗凝固薬の作用延長・造血機能低下・高齢による脊柱病変(骨転移を含む)→穿刺困難による出血リスク増大・活動量低下による静脈系の血液うっ滞による血栓形成→側副血行路発達・凝固因子消費・各臓器の疾患に由来する凝固能低下→肝臓(血小板減少・凝固因子産生低下) 血流障害(腫瘍による血管圧迫)合併症(糖尿病,不整脈,血管疾患)
各 論104 が,抗血栓療法を中断せずにCPB やSNB を実施した場合のデメリットに関する知見は限定的である6).がん性疼痛緩和を目的としたCPB やSNB は計画的に行うことが可能であり,まずこの事実を患者に十分に説明することが重要である.実施にあたっては,患者の身体予備能を考慮し,可能な限り抗凝固薬を単剤投与に切り替え,施行後は血腫による神経障害を含む出血のイベントの発現がないか,十分に観察することが望ましい.また患者の状況次第で抗凝固療法併用下にブロックを実施する余地もあるが,その場合,施行後の監視を適切に行い合併症を未然に防ぐよう努めなければならない.参考までに,近年海外で公表された抗血栓療法中の患者に対する区域麻酔ガイドラインにおけるCPB やSNB に関しての記載は,以下のとおりである.米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドラインでは,深部の神経叢ブロックは高リスクとみなされ,神経幹ブロックと同様の管理を行う必要があるとされており(レベルI,Grade C),また神経障害よりも出血性合併症が重篤な結果を招く可能性があること,さらに,担がん患者においては出血と血栓症の双方のリスクに留意すべきと明記されている7).2018 年の疼痛関連6 学会合同ガイドラインでは,CPB やSNB は「中等度リスク」に分類されているが,抗凝固療法中の患者や高齢者,進行性腎疾患を有する症例など,出血のリスクが高い場合には「高リスク手技」として取り扱うべきであるとされている8).また,欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,抗凝固療法中に深部の神経ブロックを実施する際には,多職種チームによる神経症状の出現に対する監視を行い,脊髄あるいは硬膜外血腫が疑われる場合にはMRIなどを実施する(レベルI,Grade C)必要があるとしている.加えて,訓練を受けた医療従事者が,実施後少なくとも24 時間の監視を行い,必要に応じて回復のため減圧手術を6 時間以内に実施することが求められている(レベルII, Grade C)9).なお,記載されている各推奨のエビデンスレベルやグレードは,各学会のガイドラインにおける定義に準拠する. 参考文献1) 日本ペインクリニック学会,インターベンショナル痛み治療ガイドライン作成ワーキンググループ:腹腔神経叢(内臓神経)ブロック.インターベンショナル痛みの治療ガイドライン—非がん性疼痛とがん性疼痛—,文光堂,160—164,2024 2) Warner NS et al:Bleeding and Neurologic Complications in 58,000 Interventional Pain Procedures. Reg Anesth Pain Med 42:782—787, 2017. DOI:10.1097/AAP.0000000000000672 3) Arcidiacono PG et al:Celiac plexus block for pancreatic cancer pain in adults. Cochrane Database Syst Rev 2011:CD007519, 2011. DOI:10.1002/14651858.CD007519.pub2 4) Arai Y—CP et al:Neurolytic celiac plexus block reduces occurrence and duration of terminal delirium in patients with pancreatic cancer. J Anesth 27:88—92, 2013. DOI:10.1007/s00540-012-1486-3 5) Warner NS et al:Bleeding Complications in Patients Undergoing Celiac Plexus Block. Reg Anesth Pain Med 41:488—493, 2016. DOI:10.1097/AAP.0000000000000409 6) Endres S et al:The Risks of Continuing or Discontinuing Anticoagulants for Patients Undergoing Common Interventional Pain Procedures. Pain Med 18:403—409, 2017. DOI:10.1093/pm/pnw108 7) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 8) Narouze S et al:Interventional Spine and Pain Procedures in Patients on Antiplatelet and Anticoagulant Medications(Second Edition):Guidelines From the American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine, the European Society of Regional Anaesthesia and Pain Therapy, the American Academy of Pain Medicine, the International Neuromodulation Society, the North American Neuromodulation Society, and the World Institute of Pain. Reg Anesth Pain Med 43:225—262, 2018. DOI:10.1097/AAP.0000000000000700 9) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600
34.産科麻酔と抗血栓療法105 34.産科麻酔と抗血栓療法 Summary Statement ●妊婦の脊髄幹麻酔後の脊髄および硬膜外血腫は非常にまれな合併症であり,正確な発生率はわからない.こ れまでの報告では,約200,000 件に1 件である. ●血栓予防を受けた妊婦においても,脊髄幹麻酔後の血腫のリスクは,他の患者集団と比較して低い可能性が ある. ●HELLP 症候群や播種性血管内凝固症候群(DIC)など凝固異常や血小板数の減少,あるいは血小板機能障害 を伴う病態では,血腫のリスクが高まる可能性がある. 解 説 帝王切開術の麻酔や分娩中の疼痛緩和(分娩時鎮痛:鎮痛分娩)においては,母体の安全性が高く,胎児への影響も少ないことから,脊髄幹麻酔(脊髄くも膜下麻酔および硬膜外麻酔)が広く用いられている1).そこで本BQ では,区域麻酔のなかでも脊髄幹麻酔に焦点を当てることとした.妊婦における脊髄くも膜下麻酔および硬膜外麻酔後の脊髄および硬膜外血腫の正確な発生率は不明である.しかしながら,妊婦では,高齢患者と比較して血腫の発生率が有意に低いことが報告されている2).Moen らのスウェーデンにおける調査研究では,凝固異常のあった妊婦における2 例の脊髄血腫(1 例は脊髄くも膜下麻酔,1 例は硬膜外カテーテル抜去)を報告しており,発生率は約200,000 件に1 件とされている2).米国産科麻酔学会(SOAP)の調査では,帝王切開分娩を含む257,000 例以上の麻酔に関するデータが収集され,硬膜外血腫の発生は,251,463 件に1 件(95%信頼区間[CI] 1:46,090~1:10,142,861)だった3).Bateman らは,142,287人の硬膜外鎮痛を受けた患者のうち7 例(20,326 件に1 件)で硬膜外血腫が発生したが,そのうち産科患者における発生は1 例も認めなかったと報告しており,妊婦における脊髄および硬膜外血腫のリスクがきわめて低いことを示している4).これらの頻度は,人工膝関節置換術を受けた高齢女性における発生率(3,600 件に1 件)と比較して著しく低かった.これは,妊婦では凝固能の亢進をはじめとする生理学的特性が影響していると考えられる.したがって,妊婦においては脊髄くも膜下麻酔および硬膜外麻酔後の脊髄および硬膜外血腫のリスクは低いと考えられる.ただし,HELLP 症候群や播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation:DIC)など,凝固異常や血小板数の減少,あるいは血小板機能障害を伴う病態では,脊髄および硬膜外血腫のリスクが高まる可能性があるため,十分な注意が必要である. 2017 年に発表された血栓予防を受けた産科患者における脊髄および硬膜外血腫の発生に関する系統的レビューでは,1952 年から2016 年までの観察研究および症例報告を含む検討が行われている5).このレビューによると,血栓予防を受けた妊婦に対して脊髄くも膜下麻酔,硬膜外麻酔,または脊髄くも膜下硬膜外併用麻酔を施行した後に脊髄および硬膜外血腫が発生した症例は報告されていなかった.ただし,総症例数は明示されておらず,正確な発生率の算出は困難である.また分娩中の疼痛緩和(分娩時鎮痛:鎮痛分娩)を受けた後,ヘパリンを投与された褥婦に脊髄レベルの血腫が発生した2 例が報告されているが,いずれの症例も血腫の原因としては,ほかの要因が関与していたと考えられている5).抗血栓療法による血腫のリスクが高まることが生理的には推測できるものの,血栓予防を受けた妊婦においても,脊髄幹麻酔後の脊髄および硬膜外血腫のリスクは,他の患者集団と比較して低い可能性がある. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている妊婦に区域麻酔(脊髄幹麻酔)を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止することを弱く推奨する(提案する). BQ34:妊婦において,区域麻酔後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高ま るか? CQ34:抗血栓療法を受けている妊婦に区域麻酔を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止すべき か?
各 論106 推奨度:2[合意率100%]エビデンス総体の総括:C(弱) Summary Statement ●抗血栓療法を受けている妊婦に対しては,一般成人と同様に適切な休薬期間を設けたうえで,区域麻酔(脊 髄幹麻酔)を実施すべきである. ●アスピリンを含む非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を単独で使用している妊婦に関しては,脊髄幹麻酔 の実施は可能である. ●妊婦では,全身麻酔に特有のリスク(例:困難気道など)があるため,全身麻酔の高リスク症例においては, 休薬期間が不十分であっても,活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)などの凝固機能検査の結果を踏まえたうえで,脊髄幹麻酔の適応を個別に判断する必要がある. 解 説 本CQ に対して,MEDLINE などにて文献検索を行った.検索対象期間は,初版作成時の検索期間以降となる2014 年から2025 年5 月までとし,言語による制限は設けなかった.検索の結果,対象となった文献において取り上げられていた抗血栓療法は,未分画ヘパリン,低分子ヘパリン,およびアスピリンに限られており,実施された区域麻酔は脊髄幹麻酔のみであった.経口抗凝固薬(直接経口抗凝固薬[direct oral anticoagulants:DOACs]など)や,脊髄幹麻酔以外の区域麻酔(神経ブロックなど)に関するデータやコンセンサスは現時点では不十分である.そのため,これらの施行を検討する際には,妊婦特有の生理学的特性を考慮したうえで,原則として一般成人への対応を参考にすることが適切と考えられる.本稿では,未分画ヘパリン,低分子ヘパリン,およびアスピリンを使用中の妊婦に対して脊髄幹麻酔を施行する場合の推奨事項について解説する.検索により129 件の文献が同定されたが,PICO に合致するランダム化比較試験(randomized controlled trial :RCT)は存在しなかった.観察研究を含めても,抗血栓療法の中止の有無によってアウトカムを定量的に比較検討した研究は確認されなかった.ただし,脊髄幹麻酔の安全な実施に際して参考となるデータを提示した文献がいくつか認められたため,以下にその内容を示す.まず,2017 年に発表された血栓予防を受けた産科患者における脊髄および硬膜外血腫の発生に関する系統的レビューでは,観察研究および症例報告を含む検討が行われている5).米国区域麻酔学会(ASRA)の推奨する休薬期間を遵守せずに脊髄幹麻酔を受けた28 例,および低分子ヘパリンを中止せずに脊髄幹麻酔を受けた52例において,いずれも脊髄および硬膜外血腫の発生は認められなかった 5).さらに,休薬期間の有無にかかわらず,レビューに含まれた文献中において,予防的抗血栓療法に関連した血腫の発生も認められなかった5).また,その後に発表された観察研究やケースシリーズにおいても,ASRA の休薬期間の推奨を遵守していた症例で脊髄および硬膜外血腫の発生は報告されていない.一方,症例報告レベルでは,以下のような出血性合併症の報告があった.予定帝王切開術の14 時間前に低分子ヘパリン3,000 単位を皮下投与し,術後9 時間後に低分子ヘパリンを再開した症例において,退院後10 日目に腰椎レベルの硬膜外血腫が発見された症例6)や,妊娠14 週からアスピリン81 mg/日を内服していた妊婦が,妊娠37週に脊髄くも膜下麻酔下で帝王切開術を受け,術後48 時間で頸椎レベルの硬膜外血腫が発生した症例7)である.なお,これらの症例は,いずれも血小板数および凝固機能は正常範囲内であった.また,抗血栓療法の中止と継続を直接比較した研究は存在しなかったが,抗血栓療法を施行中の妊婦において,計画分娩(誘発分娩)と自然陣痛による分娩を比較した観察研究が報告されている8).この研究では,出血量および輸血実施率に両群間で有意な差は認められなかったが,計画分娩群では血栓症の発症率が3.3%と,自然陣痛群の0%と比較して高率であった.この結果について,計画分娩群では休薬期間の長期化が血栓症リスク増加に関与した可能性が示唆されている.したがって,不必要な抗血小板薬・抗凝固薬の中止は,血栓症リスクの増加につながる可能性があり,慎重な判断が求められる.抗血栓療法を受けている妊婦においては,薬物療法の中止の有無にかかわらず,脊髄および硬膜外血腫の発生リスクは低いと考えられる.しかしながら,脊髄幹麻酔に伴って発症する脊髄および硬膜外血腫は,ひとたび発症すると不可逆的な神経障害を残す可能性がある.実際に,妊婦における脊髄および硬膜外血腫の39 例中, 16 例で永続的な神経障害が報告されている9).このため,脊髄幹麻酔を施行する際には,ASRA 10)が推奨する
34.産科麻酔と抗血栓療法107 休薬期間を原則として遵守することが望ましい.ただし,妊婦では急な分娩進行などにより,緊急に脊髄幹麻酔を実施せざるを得ない状況も少なくない.この点に関して,2018 年にSOAP から発表されたコンセンサスステートメント11)では,緊急時の脊髄幹麻酔の施行について,対応フローに基づいて判断することが提案されている.このSOAP のステートメント11)は,2025 年のASRA ガイドライン10)とも整合性が取れている.本邦では,分娩前には未分画ヘパリンの使用が一般的12)であり,本稿では未分画ヘパリンに関する対応フローを図4 に示す.また,アスピリンは抗リン脂質抗体症候群や妊娠高血圧腎症の予防目的で使用されることがある12).ASRA ガイドライン10)の推奨に基づけば,妊婦がアスピリンを含むNSAIDs を単独で使用している場合は,脊髄幹麻酔の施行が可能である.ただし,硬膜外カテーテルを留置している患者がヘパリン皮下投与による血栓予防を受けている場合は,カテーテル抜去までアスピリンの中止が推奨されており,慎重な対応が求められる11).さらに,抗リン脂質抗体症候群では,ヘパリンとの併用療法が行われることが多く,当該症例では,APTT を含む凝固機能検査の結果を踏まえ,脊髄幹麻酔の適応について個別に慎重な判断を行う必要がある.妊婦においては,全身麻酔よりも区域麻酔(脊髄幹麻酔)のほうが,母体・胎児双方にとって多くの利点を有するとされている1).そのため,困難気道などにより全身麻酔のリスクが高いと判断される症例では,休薬期間が不十分であっても,APTT など凝固機能検査の結果を踏まえ,脊髄幹麻酔の実施が検討されることがある11).抗血栓療法が適応となる妊婦については,事前に把握し,多職種で協議のうえ,薬物療法の開始・中止時期,分娩方法,麻酔方法について周到に計画を立てておくことが望ましい10).現時点では,抗血栓療法を受けている妊婦に関する大規模な研究は存在せず,抗血栓療法の中止の是非を直接評価したエビデンスも乏しい.したがって,本CQ では,海外のガイドラインやステートメントを参考に,抗血栓療法を受けている妊婦に対して区域麻酔(脊髄幹麻酔)を施行する場合には,原則として抗血栓療法を中止することを推奨する.ただし,産科集団での低い血腫発生頻度や,全身麻酔に特有のリスク(例:困難気道など)を踏まえ,CQ2 と異なり,「弱く推奨する」とした. 注 釈[1] 文献11 では,抗Xa 活性の記載もあるが,本邦では一般的でないため,APTT のみ記載した. 参考文献1) Eltzschig HK et al:Regional anesthesia and analgesia for labor and delivery. N Engl J Med 348:319—332, 2003. 図4 未分画ヘパリン皮下投与下にある妊婦に対する脊髄幹麻酔施行の指針注[1](文献11 より作成) 低用量5,000単位 2~3回/日中用量7,500~10,000単位 2回/日(総量≦20,000単位/日)高用量>10,000単位/回(総量>20,000単位/日) 最終投与から>4~6時間最終投与から≧12時間最終投与から≧24時間 APTTが正常範囲内APTTが正常範囲内APTTが正常範囲内 脊髄幹麻酔を施行しても リスクは低い困難気道を評価して全身麻酔と脊髄硬膜外血腫の相対リスクを比較検討する*脊髄幹麻酔の回避を 検討する *臨床状況の緊急度および患者の併存疾患を考慮すること はいいいえはいいいえ はいいいえはいいいえはいいいえ はいいいえ
各 論108 DOI:10.1056/NEJMra021276 2) Moen V et al:Severe neurological complications after central neuraxial blockades in Sweden 1990—1999. Anesthesiology 101:950—959, 2004. DOI:10.1097/00000542-200410000-00021 3) DʼAngelo R et al:Serious complications related to obstetric anesthesia:the serious complication repository project of the Society for Obstetric Anesthesia and Perinatology. Anesthesiology 120:1505—1512, 2014. DOI: 10.1097/ALN.0000000000000253 4) Bateman BT et al:The risk and outcomes of epidural hematomas after perioperative and obstetric epidural catheterization:a report from the Multicenter Perioperative Outcomes Group Research Consortium. Anesth Analg 116:1380—1385, 2013. DOI:10.1213/ANE.0b013e318251daed 5) Leffert LR et al:Neuraxial Anesthesia in Obstetric Patients Receiving Thromboprophylaxis With Unfractionated or Low—Molecular—Weight Heparin:A Systematic Review of Spinal Epidural Hematoma. Anesth Analg 125:223—231, 2017. DOI:10.1213/ANE.0000000000002173 6) Pujic B et al:Epidural hematoma following low molecular weight heparin prophylaxis and spinal anesthesia for cesarean delivery. Int J Obstet Anesth 37:118—121, 2019. DOI:10.1016/j.ijoa. 2018.09.008 7) Vu KV et al:Cervical Spinal Epidural Hematoma After Spinal Anesthesia for Cesarean Section in the Parturient Using Long—Term Low Dose Aspirin. Case Rep Anesthesiol 2024:6729275, 2024. DOI: 10.1155/2024/6729275 8) Rottenstreich A et al:Planned induction versus spontaneous delivery among women using prophylactic anticoagulation therapy:a retrospective study. BJOG 127:1241—1248, 2020. DOI:10.1111/1471-0528.16247 9) Benzon HT et al:Literature review of spinal hematoma case reports:causes and outcomes in pediatric, obstetric, neuraxial and pain medicine cases. Reg Anesth Pain Med 49:900—906, 2024. DOI:10.1136/rapm- 2023-105161 10) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 11) Leffert L et al:The Society for Obstetric Anesthesia and Perinatology Consensus Statement on the Anesthetic Management of Pregnant and Postpartum Women Receiving Thromboprophylaxis or Higher Dose Anticoagulants. Anesth Analg 126:928—944, 2018. DOI:10.1213/ANE.0000000000002530 12) 日本産婦人科学会,日本産婦人科医会:産婦人科診療ガイドライン―産科編2023―, https://www.jsog.or.jp/ activity/pdf/gl_sanka_2023.pdf(2025 年10 月閲覧)
35.小児に対する区域麻酔と抗血栓療法109 35.小児に対する区域麻酔と抗血栓療法 Summary Statement ●小児における区域麻酔後の血腫のリスクは低い. ●抗血栓療法で血腫のリスクは高まる可能性がある. 解 説 小児における区域麻酔後の出血性合併症はまれであり,大規模な前向き研究は不足し,報告されている症例も散発的である.米国小児麻酔学会(SPA)内の小児区域麻酔の実践,リスク,合併症発生率を研究する共同サブグループである小児区域麻酔ネットワーク(PRAN)からの報告では,小児区域麻酔の合併症調査において,10 万件余の区域麻酔に対して,血腫形成の合併症は,脊髄幹麻酔では1 件も発生せず,両側傍脊椎ブロックでは1 件の血腫形成(幸いにも神経学的異常はなかった)を認めたのみで,血腫形成や出血性合併症はみられなかった1).しかし,区域麻酔における出血・血腫形成は,ときとして重篤な神経障害を引き起こす可能性があるため注意が必要である.脊髄幹麻酔(脊髄くも膜下麻酔,硬膜外麻酔)と神経ブロックに分けて,簡単に述べる. 【脊髄幹麻酔(脊髄くも膜下麻酔,硬膜外麻酔)】リスク:硬膜外血腫はまれだが,乳幼児では血管脆弱性からリスクが高まる可能性がある.凝固異常,抗血小 板薬・抗凝固薬使用,複数回穿刺,困難な穿刺もリスク因子となる.予 防:既往歴聴取,凝固機能検査,超音波ガイド下穿刺,愛護的な穿刺が重要.術後は神経症状に注意し, MRI などで早期診断・治療を行う.なお,活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)の平均値は,妊娠後45 週未満の新生児や乳児ではしばしば異常値を示し,APTT>40 秒を示す割合が60%を超える2).凝固時間が延長しているにもかかわらず,トロンビンの生成は超早産児と正期産の新生児で同程度であることから,個々のデータを慎重に判断し,益と害の分析を徹底して行ったうえでの手技施行が望まれる. 【神経ブロック】リスク:脊髄幹麻酔同様にまれ.乳幼児,凝固異常,抗血小板薬・抗凝固薬使用,血管近傍部位での神経ブロッ クはリスク因子である.予 防:既往歴聴取,凝固機能検査,超音波ガイド下穿刺,愛護的な穿刺,術後圧迫が重要.神経症状出現時 は画像検査を行い,血腫確認時は減圧術を考慮する.これより,抗血栓療法下では出血のリスクが上昇するため,多職種連携によるリスク評価,超音波ガイド下穿刺,慎重な手技,十分なモニタリングが重要となる. 【抗血栓療法下の区域麻酔と血腫のリスク】3)小児において,抗血栓療法が施行される状況は限られるが,主な適応としては,先天性心疾患術後,人工弁置換術後(特に機械弁),血栓性疾患などが挙げられる.これらの疾患を有する小児に対し区域麻酔を施行する場合,以下の点で血腫のリスクの上昇が懸念される.・凝固能の低下:抗血栓療法は,凝固カスケードの特定段階を阻害するか,血小板機能を抑制することで,止 血機構を妨げる.これにより,区域麻酔における血管穿刺時に出血が遷延し,血腫のリスクが高まる.特に深部組織に血腫が形成された場合,神経圧迫による不可逆的な神経障害を引き起こす可能性がある.・小児特有の脆弱性:小児,特に乳幼児は,血管壁が脆弱であり,血管径も小さいため,血管損傷のリスクが 高い.また,体動によるブロック針の移動も起こりやすく,血管穿刺のリスクをさらに高める可能性がある.・診断の遅れ:小児は,成人と比較して自身の症状を正確に伝えることが難しい場合がある.そのため,血腫 形成に伴う神経症状の発見が遅れ,早期治療の機会を逸する可能性がある.したがって,抗血栓療法下の小児に対し区域麻酔を施行する際には,出血のリスクと鎮痛効果のバランスを BQ35:小児において,区域麻酔後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫のリスクは高ま るか?
各 論110 慎重に評価し,十分な準備と注意を払う必要がある. Consensus Statement 抗血栓療法を受けている小児患者に区域麻酔を施行する場合, CQ35—1:脊髄幹麻酔および深部神経・神経叢ブロックを行う場合は,抗血小板薬・抗凝固薬は中止すること を強く推奨する. 推奨度:1[合意率87%]エビデンス総体の総括:C(弱) CQ35—2:体表面の神経・神経叢ブロックを行う場合は,抗血小板薬・抗凝固薬は中止しないことを弱く推奨 する(提案する). 推奨度:2[合意率93%]エビデンス総体の総括:D(とても弱い) Summary Statement ●小児患者において,抗血栓療法を受けている場合,ならびに臨床的に重大な凝固障害・血小板減少などの凝 固機能の異常がみられるとき,脊髄幹麻酔や深部の神経ブロックは血腫のリスクが高く避けるべきである. ●体表面の神経ブロックの場合は,特別な休薬期間は不要であるが,出血のリスクを考慮して,臨床上休薬す ることが可能な薬物は,休薬すべきである.また,凝固機能検査を行い,異常値がみられる場合は益と害の考慮を徹底すべきである. 解 説 抗血栓療法を受けている小児患者に対するエビデンスは不足しており,重要臨床課題を解決しうるデータは,ランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT),コホート研究ともに十分には示されていない.そのうえで,小児患者における区域麻酔施行時の出血性合併症にまで幅を広げ,クリニカルクエスチョンを検証する.システマティックレビューの結果,PICO に合致したRCT はなかった.コホート研究および後方視的研究において,血腫形成を含めた出血性合併症が報告されているものを選択したところ,4 件の文献を得た4~7).胸部硬膜外麻酔後の血腫形成1 件(135 例中)4),新生児への硬膜外麻酔後の血管誤穿刺6 件(307 例中)5),腹横筋膜面(TAP)ブロック施行後の血管誤穿刺1 件(1,994 例中)6),予防的エノキサパリン投与中の傍脊椎ブロック施行後の表在からの出血1 件(41 例中)7)であった.この4 つの報告における出血性合併症は,2,477例中9 件であったが,実際にはBQ35 で述べているとおり,より大きなサンプルサイズにおける後方視的研究でも出血性合併症はほとんど報告されていないため,実際のリスクはより低いものと推測される. 2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン8)において,小児については一切触れられておらず,成人についてのガイドラインとして認識されている.ただし,小児患者が除外規定にはなっておらず,成人のガイドラインを援用することは許容されるだろう.しかしながら,成人の状況とは対照的に,凝固機能の変化をきたしている小児患者における区域麻酔の実施には,十分なエビデンスがない.そのなかで,英国・アイルランド小児麻酔医協会(APAGBI)のガイドラインでは,抗血栓療法を受けている小児患者に対する区域麻酔の方法論と安全管理について述べており,その内容は,ほぼ成人の区域麻酔における管理と同等である9).抗凝固療法を受けている小児患者(ならびに,凝固異常をきたしている小児患者)における区域麻酔の出血性合併症の相対リスクは,施行すべき区域麻酔の手技によって異なる.成人と同様,脊髄幹麻酔においては,脊髄外科分野の緊急事態が発生する可能性があることを考慮し,より厳しい管理を必要とする.脊髄幹麻酔や神経ブロックの持続注入カテーテルを挿入している場合も,管理手法は原則として成人に準拠 CQ35:抗血栓療法を受けている小児に区域麻酔を施行する場合,抗血小板薬・抗凝固薬は中止すべき か?
35.小児に対する区域麻酔と抗血栓療法111 する.常に,出血と血栓症のリスクの適切な妥協点に配慮し,小児患者の利益を最大化する手段を意識すべきである.脊髄幹麻酔を施行したうえで,ヘパリン化を行い,体外循環を導入した心臓手術の小児患者714 人における調査では,脊髄/硬膜外血腫の発生は認められなかった10).全身麻酔後に区域麻酔を行うことが多い小児患者の場合,成人に比べて区域麻酔からヘパリン投与までの時間が短い状況でも,血腫のリスクが非常に少ないことを示している.しかしながら,短時間で再びヘパリンを中和して抗凝固状態を是正する本事例は,長期間にわたって抗血栓療法を行っている(および凝固障害を有する)小児患者と同一視はできない.これらを俯瞰し,抗血栓療法を受けている小児患者に区域麻酔を施行する場合,CQ35—1 に記載した脊髄幹麻酔,および深部神経・神経叢ブロックを行う際は,抗血栓療法は中止することを強く推奨,CQ35—2 に記載した体表面の神経・神経叢ブロックを行う際は,抗血栓療法は中止しないことを弱く推奨する.ただし, CQ35—2 の推奨は,治療上抗血栓療法を中止することが可能であり,危険性を著しく上昇させない場合,安全 な範囲内で休薬することを妨げるものではない. 参考文献1) Walker BJ et al:Complications in pediatric regional anesthesia:an analysis of more than 100,000 blocks from the Pediatric Regional Anesthesia Network. Anesthesiology 129:721—732, 2018. DOI:10.1097/ ALN.0000000000002372 2) De Saint Blanquat L et al:Preoperative coagulation tests in former preterm infants undergoing spinal anaesthesia. Paediatr Anaesth 12:304—307, 2002. DOI:10.1046/j.1460-9592.2002.00853.x 3) Ecoffey C et al:Practice advisory on the prevention and management of complications of pediatric regional anesthesia. J Clin Anesth 79:110725, 2022. DOI:10.1016/j.jclinane.2022.110725 4) Benzon HT et al:Literature review of spinal hematoma case reports:causes and outcomes in pediatric, obstetric, neuraxial and pain medicine cases. Reg Anesth Pain Med 49:900—906, 2024. DOI:10.1136/rapm- 2023-105161 5) Long JB et al:The use of neuraxial catheters for postoperative analgesia in neonates:a multicenter safety analysis from the Pediatric Regional Anesthesia Network. Anesth Analg 122:1965—1970, 2016. DOI:10.1213/ ANE.0000000000001322 6) Long JB et al:Transversus abdominis plane block in children:a multicenter safety analysis of 1994 cases from the PRAN(Pediatric Regional Anesthesia Network)database. Anesth Analg 119:395—399, 2014. DOI: 10.1213/ANE.0000000000000284 7) Pickle J et al:Review of bleeding risk associated with prophylactic enoxaparin and indwelling paravertebral catheters:a pediatric retrospective study. Reg Anesth Pain Med 50:514—516, 2025. DOI:10.1136/rapm- 2023-104492 8) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 9) Morgan J et al:Prevention of perioperative venous thromboembolism in pediatric patients:Guidelines from the Association of Paediatric Anaesthetists of Great Britain and Ireland(APAGBI). Paediatr Anaesth 28: 382—391, 2018. DOI:10.1111/pan.13355 10) Weiner MM et al:Neuraxial anesthesia and timing of heparin administration in patients undergoing surgery for congenital heart disease using cardiopulmonary bypass. J Cardiothorac Vasc Anesth 26:581—584, 2012. DOI:10.1053/j.jvca.2011.10.010
各 論112 36.心臓大血管手術領域における区域麻酔と抗血栓療法 Summary Statement ●人工心肺下心臓大血管手術において,血腫のリスクは約1,500~5,500 件に1 件と推定されている. ●抗血栓療法中の患者では,区域麻酔後の血腫のリスクが増加する. ●区域麻酔(穿刺・カテーテルの挿入・抜去)の安全な施行には,体表面・深部の神経ブロック種別に応じた 適応判断とともに,休薬期間や凝固機能の把握が不可欠であり,これらを遵守できない場合には,原則として区域麻酔は回避すべきである. 解 説 心臓大血管外科手術患者に対する胸部硬膜外麻酔は,術後疼痛管理の改善,人工呼吸管理時間の短縮,不整脈発生率の低下といった利点が報告されている1, 2).一方で,集中治療室滞在期間や入院期間の短縮,周術期心筋梗塞や死亡率の低下など,長期的アウトカムの改善に関する明確なエビデンスは乏しい.区域麻酔施行に際しては,未分画ヘパリンの使用や術中の凝固異常が,脊髄・硬膜外血腫のリスクを増加させる可能性があることに留意すべきである.特に人工心肺を用いた心臓手術では,高用量ヘパリンの投与や希釈性凝固障害の影響から,血腫形成に対するリスクが理論的に高まる.よって,区域麻酔の実施可否については,診療科間で十分な益と害の評価を行い,症例ごとに慎重に判断する必要がある. Ho らは,人工心肺下手術患者における血腫のリスクについて脊髄麻酔後は約3,610 件に1 件,硬膜外麻酔後は約1,528 件に1 件と推定している3).計33,089 例を対象とした解析において血腫の発生は0 件であり,報告例を含めた統計的推定では血腫のリスクを約7,643 件に1 件(95%信頼区間[CI]1:3,860~380,916)と報告している4).小児心臓手術200 例における観察研究では,血腫は1 例も認められなかった5).これらはいずれもゼロイベントを含む統計モデルに基づく推定値であり,実際の発生頻度はきわめて低いながらも,無視できるものではない.2025 年の米国区域麻酔学会(ASRA)ガイドライン第5 版では,心臓外科領域での区域麻酔による血腫発生のデータは限られているが,ゼロイベントであってもリスクが皆無とはいえないとし,推定頻度の提示を行っている6).2022 年の欧州麻酔集中治療学会/欧州区域麻酔学会(ESAIC/ESRA)ガイドラインでは,心臓手術における高用量ヘパリン投与を「高リスク」に分類し,定量的なリスクは示さないものの,原則として脊髄幹麻酔(脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔)は回避が望ましいとされている7).腹部大動脈置換術では人工心肺を用いず,術中のヘパリンも比較的低用量であるため,凝固障害の程度は軽度であり,出血性合併症のリスクは心臓手術と比較して低いと考えられる.これらの背景から,腹部硬膜外麻酔は本邦においても術後鎮痛法として比較的広く採用されている.一方で,硬膜外血腫のリスクが完全に排除できるわけではなく,抗凝固療法の有無や術中出血量,凝固能の変化などを総合的に評価し,症例ごとの適応判断が不可欠である.胸骨正中切開で行われる従来の心臓手術と比較して,胸腹部大動脈瘤置換術など左側肋間アプローチを要する手術においては,傍脊椎ブロックなどを併用することで,比較的安全かつ有効な術後鎮痛管理が可能であると考えられる.特に低侵襲心臓手術(minimally invasive cardiac surgery:MICS),ロボット支援手術,肋間小開胸など,手術侵襲の低減が進む近年では,片側肋間創に対する鎮痛手段として,単回もしくは持続投与の傍脊椎ブロックが選択されることが多い.超音波ガイド下に実施される傍脊椎ブロックは,血管損傷や気胸のリスクが低く,また傍脊椎腔が硬膜外腔のような閉鎖腔ではないことから,脊髄圧迫をきたす重篤な血腫形成は比較的まれと考えられている.一方で,胸腔に隣接する解剖学的特性から,胸壁または胸腔内に大量の血腫を形成するリスクがあり,心臓手術におけるヘパリンの使用や希釈性凝固障害の影響を受けることで,そのリスクはさらに増大する可能性がある.ASRA ガイドラインでは,傍脊椎ブロックを含む深部の神経ブロックについて硬膜外麻酔に準じた注意が必要とされており6),特に抗凝固療法を伴う心臓手術においては,慎重な適応判断が求められる.抗血栓療法中の脊髄幹麻酔は,脊髄・硬膜外血腫のリスク増大と関連しており,なかでも未分画ヘパリンの併用,腰椎穿刺との短時間での併用(1 時間未満),穿刺時の外傷性穿刺,ならびにアスピリンの併用がリスク因子とされている.これらは,342 人を対象とした研究や複数の症例報告のレビューで支持されている8).この BQ36:心臓大血管手術領域において,区域麻酔後の血腫のリスクはどれくらいか? 抗血栓療法で血腫 のリスクは高まるか?
36.心臓大血管手術領域における区域麻酔と抗血栓療法113 ため,脊髄幹麻酔の実施にあたっては,個々の症例について診療科間での十分な情報共有と判断が求められる.開腹下の腹部大動脈置換術における腹部硬膜外麻酔は,低用量ヘパリン(例;5,000~10,000 単位)投与であること,人工心肺を用いないため希釈性凝固障害の程度が高度でないことなどから,本邦でも比較的受け入れられている鎮痛法である.穿刺時に血管損傷や血液の逆流(bloody tap)を伴うような穿刺(外傷性穿刺)が発生した場合,一部の報告では手術の延期や中止が推奨されている.しかし,この推奨を裏付ける臨床データはないため,実際には外科医と個別に益と害を評価し,手術実施の可否を判断することが求められる.本邦ではこのようなリスクを考慮し,手術前日に硬膜外ブロックカテーテル挿入を実施することが受け入れられている.ヘパリン療法中に硬膜外麻酔カテーテルを抜去すると,血腫のリスクが高まる9, 10).カテーテル抜去によって血腫が生じるリスクがあるため,全身ヘパリン療法を受けた患者では硬膜外カテーテルの操作や抜去の前にヘパリンを4~6 時間中止し,凝固状態を評価した後に実施することが推奨される.低用量皮下未分画ヘパリンは,各種手術後の静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism:VTE)予防に広く用いられている.ヘパリン5,000 単位を1 日2~3 回皮下投与する治療法は広く用いられており,活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)などの凝固検査では,検出可能な変化は認められないことが多く,APTTが正常値の1.5 倍を超えることはまれである.ヘパリン投与後4~6 時間以内に正常化することおよび,脊髄・硬膜外血腫は報告されていることから,穿刺前もしくは抜去時には,投与後4~6 時間以降に実施するほうが安全であろう10~13).高用量皮下未分画ヘパリン(用量>5,000 単位または1 日総用量>15,000 単位)は,ヘパリンの抗凝固作用が非線形で,用量増加とともに不均衡に増加するため,5,000 単位を超えて投与すると,抗凝固作用の強度と持続時間が長くなる.産科患者を対象とした研究では,高用量皮下未分画ヘパリンを投与された11 人の女性のうち6 人が,最終投与から12 時間後にAPTT 上昇を示したことから,残留ヘパリン効果の凝固状態評価のタイミングは,投与量と投与頻度に基づくほうが有益である.1 日投与量が≦20,000 単位の場合,皮下ヘパリン投与の12 時間以降に,1 日総投与量が20,000 単位を超える場合,皮下ヘパリン投与の24 時間以降にAPTT 評価を行い,正常化を確認した後に脊髄幹麻酔を実施することが推奨される.低用量低分子ヘパリン(例:エノキサパリン40 mg/日)は,穿刺またはカテーテル抜去に際しては,投与後12 時間以上経過していれば安全とされるが,腎機能障害(クレアチニンクリアランス[CCr]<30 mL/min)がある場合は24時間以上の待機が推奨される.低用量低分子ヘパリン中の硬膜外麻酔カテーテルを挿入された状態での低分子ヘパリンによる脊髄血腫のリスクは,1 日1 回もしくは2 回投与において,約3,000 件に1 件,脊髄麻酔では約40,000 件に1 件と推定されている8, 14).投与再開は術後出血リスクを考慮し,神経ブロック実施後4 時間以降が望ましい.高用量低分子ヘパリン(例:治療目的でのエノキサパリン)は,抗凝固作用が強いため,脊髄幹麻酔の穿刺またはカテーテル抜去の際には,少なくとも投与後24 時間以上の間隔を設ける必要がある.腎機能が低下している場合は48 時間以上が推奨される.カテーテル留置中の高用量投与は避けるべきであり,抜去後は次回投与まで少なくとも4 時間以上の間隔を設ける.なお,引用された文献の多くは,心臓大血管手術に限定された報告ではなく,一般手術領域や産科,整形外科などを対象としたデータを含んでいる.したがって,本領域においては,脊髄硬膜外血腫が発生した場合の重篤な転帰や,術中ヘパリン投与ならびに希釈性凝固障害の影響による出血性合併症のリスクは高くなる前提でこれらの知見を参考にしつつ,益と害のバランスにより個々の術式や患者背景に応じて慎重な判断を行うべきである. Consensus Statement 心臓大血管手術において区域麻酔(穿刺・カテーテルの挿入・抜去)を実施する際には,抗血小板薬・抗凝固薬の薬理学的特性(生物学的半減期),ならびに腎機能を考慮した適切な休薬および凝固機能管理を行うことを強く推奨する. 推奨度:1[合意率87%]エビデンス総体の総括:C(弱) CQ36:心臓大血管手術において区域麻酔を実施する場合,休薬期間・凝固機能管理を行うべきか?
各 論114 Summary Statement ●抗血小板薬・抗凝固薬の投与を受けている患者では,薬物の種類や患者状態を問わず,区域麻酔(穿刺・カ テーテルの挿入・抜去)に際しては適切な休薬期間を設ける. ●モニタリングが可能な薬物については,実施時点での凝固機能が正常範囲にあることを確認する. ●カテーテル留置手技は手術前日または当日に行い,手術当日に実施する場合には,穿刺からヘパリン投与ま でに少なくとも1 時間以上の間隔を設ける. ●術後は,血腫形成に伴う神経学的徴候の出現に注意深く観察を継続する. 解 説 心臓大血管手術において区域麻酔を実施する際は,出血性合併症,とくに脊髄・硬膜外血腫のリスクを念頭に置く必要がある.とくに,脊柱管および硬膜外腔という閉鎖空間においては,血腫による神経圧迫の進行が迅速かつ不可逆的であることから,出血性合併症が重篤な神経障害につながる可能性がある.心臓大血管手術患者は,術中の血行動態や体温変動,人工心肺による凝固線溶系の変動など,多くの要因が重なる高リスク集団である.特に,体外循環による希釈や血小板機能低下などの複合的な凝固障害は術後も遷延する可能性があり,プロタミン中和後に活性化凝固時間(ACT)が基準値に回復していても,必ずしも凝固能全体が完全に回復しているとは限らない点に臨床上十分な注意が必要である.そのため,区域麻酔の穿刺・挿入・抜去の各操作に際しては,ガイドラインに準拠した適切な休薬期間の設定と,ACT のみに依存しない総合的な凝固機能の確認が必要不可欠である. 2025 年にASRA から6),また2022 年にESAIC/ESRA から発表された最新のガイドライン7)では,抗凝固薬の管理において予防用量・治療用量の従来分類から,「低用量」「高用量」への分類へと整理がなされている.加えて,薬物の生物学的半減期と腎機能(CCr)に基づいた休薬期間の個別設定が強調されており,直接経口抗凝固薬(direct oral anticoagulants:DOACs)やヘパリン類の再投与・休薬のタイミングに対しても明確な推奨が示されている.モニタリング可能な薬物については,休薬期間の設定だけでなく,実施時点での凝固機能評価も推奨されている.例えば,エノキサパリンなどの低用量低分子ヘパリンに対しては,穿刺またはカテーテル抜去に際して投与後12 時間以上の間隔を設けること,腎機能障害(CCr<30 mL/min)では24 時間以上の待機が推奨されている7, 15).また,DOAC では血中濃度<30 ng/mL が安全域とされており,腎機能による個別調整,必要に応じた抗Xa 活性測定なども提案されている6, 7).さらに,アスピリンに関しては, ASRA,ESAIC/ESRA いずれのガイドラインにおいても,低用量(200 mg/日未満)の場合には区域麻酔の禁忌とはされておらず,休薬を要しないとされている6, 7).ただし,高用量アスピリンについては個別判断が推奨されている.また,アスピリン以外の非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)に関しても,これを単独投与されている患者において,硬膜外血腫のリスク増大を示す根拠は現時点で示されていない.カテーテル留置に関しては,手術前日あるいは当日に行うことが推奨されており,特に手術当日に実施する場合は,穿刺からヘパリン投与までに1 時間以上の間隔を設ける必要がある.これは,穿刺部位での初期止血過程が完了するまでに時間を要するためであり,この間隔が不十分な場合には血腫のリスクが高まることが症例報告やレビューで示唆されている.術後管理では,血腫形成に伴う神経学的徴候(下肢運動障害,感覚異常,排尿障害など)に対する継続的な観察が必須である.とくに,抗凝固療法下では血腫が進行しやすく,不可逆的な神経障害に至る可能性があるため,麻酔管理チームのみならず,看護師や外科チームも含めた多職種でのモニタリング体制の構築が重要である.疑わしい症状が出現した場合には,迅速な画像診断(MRI など)と神経学的評価が求められる.抗血小板薬・抗凝固薬再開時のカテーテル留置管理には特に注意が必要である.未分画ヘパリンや低分子ヘパリンの投与再開後もカテーテルを留置し続けることは,抗凝固作用の発現に伴い留置部の微小出血が血腫へ進展しやすい状態を招く.そのためASRA ガイドラインにおいても,薬物再開前にカテーテルの抜去を完了しておくことが望ましいと明記されている6).具体的には,カテーテル抜去後に低分子ヘパリンまたは未分画ヘパリンを開始・再開する場合には,薬物の作用発現までの時間差を考慮し,十分な止血過程を確保するため,低分子ヘパリンでは, 投与開始の少なくとも4 時間以上前までに,未分画ヘパリンでは投与開始の少なくとも2時間以上前までに,抜去を完了すべきである(総論 表9).なお,術中未分画ヘパリン化を優先するカテーテル留置穿刺時(1 時間以上)と,カテーテル抜去時で待機時間に差を設けているのは,両者のリスクが対称ではないためである.穿刺時の1 時間は,外科的要請も踏まえた許容可能な最小限の間隔であるのに対し,抜去時は術後管理への移行および使用薬物ごとの作用発現時間を考慮し,止血の安定化を優先して,より慎重な
36.心臓大血管手術領域における区域麻酔と抗血栓療法115 安全域が設定されている6, 7).抗血小板薬・抗凝固薬の再開が予定されている場合は,それらの薬物効果が発現する前に抜去を完了させるべきであり,薬物使用中のカテーテル留置継続自体が推奨されない6, 7).実際に,カテーテルを留置したままDOAC や高用量低分子ヘパリンを再開した症例において,血腫による重篤な神経障害をきたした報告もあるため,出血性合併症の徴候(例:新規の神経症状,穿刺部痛,圧痛など)に対しては迅速な対応が必要である10, 12).よって,術後の抗血栓薬再開スケジュールを麻酔科と外科・循環器科などで共有し,再開前に抜去を完了させるよう周術期マネジメントを最適化することが推奨される.心臓大血管手術における区域麻酔は,抗凝固療法中の症例であっても適切な休薬期間,凝固機能の評価,周術期管理体制の整備がなされていれば,安全に実施可能である.したがって,区域麻酔の実施に際しては,個別の出血のリスクと鎮痛の益と害を評価し,多職種での連携のもと,慎重な判断が求められる. 参考文献1) Liu SS et al:Effects of perioperative central neuraxial analgesia on outcome after coronary artery bypass surgery:a meta—analysis. Anesthesiology 101:153—161, 2004. DOI:10.1097/00000542-200407000-00024 2) Roediger L et al:New approaches and old controversies to postoperative pain control following cardiac surgery. Eur J Anaesthesiol 23:539—550, 2006. DOI:10.1017/S0265021506000548 3) Ho AM et al:Neuraxial blockade and hematoma in cardiac surgery:estimating the risk of a rare adverse event that has not(yet)occurred. Chest 117:551—555, 2000. DOI:10.1378/chest.117.2.551 4) Laferrière—Langlois P et al:Epidural Catheterization in Cardiac Surgery:A Systematic Review and Risk Assessment of Epidural Hematoma. Ann Card Anaesth 27:111—120, 2024. DOI:10.4103/aca.aca_160_23 5) Peterson KL et al:A report of two hundred twenty cases of regional anesthesia in pediatric cardiac surgery. Anesth Analg 90:1014—1019, 2000. DOI:10.1097/00000539-200005000-00002 6) Kopp SL et al:Regional anesthesia in the patient receiving antithrombotic or thrombolytic therapy:American Society of Regional Anesthesia and Pain Medicine Evidence—Based Guidelines(fifth edition). Reg Anesth Pain Med 0:1—29, 2025. DOI:10.1136/rapm-2024-105766 7) Kietaibl S et al:Regional anaesthesia in patients on antithrombotic drugs:Joint ESAIC/ESRA guidelines. Eur J Anaesthesiol 39:100—132, 2022. DOI:10.1097/EJA.0000000000001600 8) Schroeder DR:Statistics:detecting a rare adverse drug reaction using spontaneous reports. Reg Anesth Pain Med 23:183—189, 1998. DOI:10.1136/rapm-00115550-199823062-00009 9) Mimata R et al:Spinal Epidural Hematoma Following Epidural Catheter Removal in a Patient with Postoperative Urgent Coronary Intervention and Intra—Aortic Balloon Pumping(IABP):A Case Report. Am J Case Rep 20:1356—1359, 2019. DOI:10.12659/AJCR.917716 10) Vandermeulen EP et al:Anticoagulants and spinal—epidural anesthesia. Anesth Analg 79:1165—1177, 1994. DOI:10.1213/00000539-199412000-00024 11) Schulman S et al:Hemorrhagic complications of anticoagulant and thrombolytic treatment:American College of Chest Physicians Evidence—Based Clinical Practice Guidelines(8th Edition). Chest 133:257S—298S, 2008. DOI:10.1378/chest.08-0674 12) Greaves JD:Serious spinal cord injury due to haematomyelia caused by spinal anaesthesia in a patient treated with low—dose heparin. Anaesthesia 52:150—154, 1997. DOI:10.1111/j.1365-2044.1997.63-az0065.x 13) VanderWielen B et al:Recognition of a Thoracic Epidural Hematoma in the Setting of Transient Paralysis. A A Case Rep 8:294—296, 2017. DOI:10.1213/XAA.0000000000000492 14) Moen V et al:Severe neurological complications after central neuraxial blockades in Sweden 1990—1999. Anesthesiology 101:950—959, 2004. DOI:10.1097/00000542-200410000-00021 15) Leffert L et al:The Society for Obstetric Anesthesia and Perinatology Consensus Statement on the Anesthetic Management of Pregnant and Postpartum Women Receiving Thromboprophylaxis or Higher Dose Anticoagulants. Anesth Analg 126:928—944, 2018. DOI:10.1213/ANE.0000000000002530
116 資料 日本ペインクリニック学会有害事象調査報告のなかでの抗血栓療法や血腫形成に関する記載 それぞれのブロック・処置・手術ごとの有害事象総数も併記した. 2015 年第5 回調査の結果(1 年間) 1)腰部硬膜外ブロック 血腫 1 件/有害事象11 件中2)三叉神経末梢枝ブロック 血腫 1 件/有害事象1 件中3)ガッセル神経節ブロック くも膜下出血 1 件/有害事象1 件中(転帰:ブロック施行中に併発,クリッピング手術を施行し,後遺障害なし) 2016 年第6 回調査の結果(1 年間) 1)星状神経節ブロック 血腫 1 件/有害事象13 件中(転帰:気管内挿管が困難で気管切開施行) 2)腰部硬膜外ブロック 血腫 1 件/有害事象20 件中 2017 年第7 回調査の結果(1 年間) 1)腰部硬膜外ブロック 血腫 1 件/有害事象77 件中 2018 年第8 回調査の結果(1 年間) 1)星状神経節ブロック 血腫 2 件/有害事象14 件中2)腰部硬膜外ブロック 血腫 2 件/有害事象52 件中3)腰部交感神経ブロック 血腫 1 件/有害事象2 件中4)脊髄刺激療法 血腫 2 件/有害事象9 件中5)経皮的髄核摘出術 出血 1 件/有害事象2 件中その他,抗血小板薬再開の指示忘れで脳梗塞発症の報告があった. 2019 年第9 回調査の結果(1 年間) 1)頸部・胸部硬膜外ブロック 血腫 1 件/有害事象15 件中2)神経根外ブロック 血腫 2 件/有害事象3 件中3)椎間関節ブロック 血腫 1 件/有害事象2 件中4)脊髄刺激療法 血腫 1 件/有害事象8 件中 2020 年第10 回調査の結果(1 年間) 1)腰部硬膜外ブロック 血腫 3 件/有害事象37 件中2)三叉神経末梢枝ブロック 血腫 2 件 出血1 件/有害事象3 件中3)脊髄刺激療法 血腫 1 件/有害事象2 件中 2021 年第11 回調査の結果(1 年間) 1)星状神経節ブロック 血腫 1 件/有害事象11 件中2)腰部硬膜外ブロック 血腫 1 件/有害事象39 件中3)カテーテル挿入・留置(詳細不明) 血腫 1 件/有害事象9 件中その他,抗血栓薬中止による下肢動脈血栓症発症の報告があった. 2022 年第12 回調査の結果(1 年間) 1)硬膜外ブロック 血腫 1 件/有害事象16 件中2)透視下ブロック(ブロック名不明) 血腫 1 件/有害事象2 件中3)腹腔神経叢ブロック 血腫 1 件/有害事象1 件中 2023 年第13 回調査の結果(1 年間) 1)透視下硬膜外ブロック 血腫 1 件/有害事象1 件中2)硬膜外カテーテル挿入・留置 血腫 1 件/有害事象1 件中
資 料117 2024 年第14 回調査の結果(1 年間) 1)超音波ガイド下ブロック(ブロック名不明) 血腫 1 件/有害事象1 件中 近年の傾向として,出血性合併症は少なくなっている.しかしながら,まったく発生していないということではない.高齢化に伴い抗血栓療法中の患者は増加傾向にあり,休薬によるリスクも考慮しなければならない.ブロック・インターベンショナル治療の際には,一定期間休薬が必要であり,リスク・ベネフィットを考え,抗血栓療法の処方医と連携をとり,患者に十分な説明と同意が必要である.さらに適切な再開時期についても十分に注意を払わなければならない. ※引用元:日本ペインクリニック学会誌.2020;27:133—142 日本ペインクリニック学会誌.2020;27:271—280 日本ペインクリニック学会誌.2022;29:233—240 日本ペインクリニック学会有害事象調査報告
抗 こう血 けっ栓 せん療 りょう法 ほう中 ちゅうの区 く域 いき麻 ま酔 すい・神 しん経 けいブロックガイドライン 2026 年7 月3 日 第2 版 第1 刷発行 編 集一般社団法人 日本ペインクリニック学会 一般社団法人 日本麻酔科学会一般社団法人 日本区域麻酔学会 合同抗血栓療法中の区域麻酔・神経ブロックガイドライン改訂ワーキンググループ 発 行 者浅井 麻紀発 行 所株式会社 文光堂〒 113‒0033東京都文京区本郷7‒2‒7 TEL (03)3813‒5478(営業) (03)3813‒5411(編集)