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2021年改訂版 循環器疾患における緩和ケアについての提言 日本循環器学会・2021・90 ページ · 心不全・心筋症 · 腫瘍・緩和ケア
p.1
2021 年3 月27 日発行

日本循環器学会/ 日本心不全学会合同ガイドライン

2021 年改訂版

循環器疾患における緩和ケアについての提言

JCS/JHFS 2021 Statement on Palliative Care in Cardiovascular Diseases

木澤 義之木澤 義之神戸大学大学院医学研究科神戸大学大学院医学研究科内科系講座先端緩和医療学分野内科系講座先端緩和医療学分野古賀 政利古賀 政利国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター

脳血管内科脳血管内科

大石 充大石 充鹿児島大学大学院医歯学総合研究科鹿児島大学大学院医歯学総合研究科

心臓血管・高血圧内科学心臓血管・高血圧内科学

泉 知里泉 知里国立循環器病研究センター国立循環器病研究センター

心臓血管内科心臓血管内科

志賀 剛志賀 剛東京慈恵会医科大学東京慈恵会医科大学

臨床薬理学臨床薬理学竹石 恭知竹石 恭知福島県立医科大学医学部福島県立医科大学医学部

循環器内科学講座循環器内科学講座

坂田 泰史坂田 泰史大阪大学大学院医学系研究科大阪大学大学院医学系研究科

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循環器内科学分野循環器内科学分野山本 一博山本 一博鳥取大学医学部鳥取大学医学部循環器内科・内分泌代謝内科循環器内科・内分泌代謝内科

福本 義弘福本 義弘久留米大学医学部内科学講座久留米大学医学部内科学講座

心臓・血管内科部門心臓・血管内科部門

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神経精神科神経精神科

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心臓血管・高血圧内科学心臓血管・高血圧内科学

加藤 美香加藤 美香北海道大学病院北海道大学病院

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岡田 佳築岡田 佳築大阪大学大学院医学系研究科大阪大学大学院医学系研究科

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協力員

班長

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外部評価委員

斎藤 能彦斎藤 能彦奈良県立医科大学奈良県立医科大学

循環器内科学循環器内科学澤 芳樹澤 芳樹大阪大学大学院医学系研究科大阪大学大学院医学系研究科

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木村 剛木村 剛京都大学大学院医学研究科京都大学大学院医学研究科

循環器内科学循環器内科学

木原 康樹木原 康樹神戸市立医療センター神戸市立医療センター

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福田 恵一福田 恵一慶應義塾大学医学部慶應義塾大学医学部

循環器内科循環器内科

筒井 裕之筒井 裕之九州大学大学院医学研究院九州大学大学院医学研究院

循環器内科学循環器内科学

(五十音順,構成員の所属は2021 年3 月現在)

合同研究班参加学会

日本循環器学会  日本心不全学会  日本脳卒中学会  日本緩和医療学会

鈴木 敦鈴木 敦東京女子医科大学東京女子医科大学

循環器内科循環器内科

鈴木 豪鈴木 豪ゆみのハートクリニックゆみのハートクリニック柴田 龍宏柴田 龍宏久留米大学医学部内科学講座久留米大学医学部内科学講座

心臓・血管内科部門心臓・血管内科部門

佐藤 琢真佐藤 琢真北海道大学大学院医学研究院北海道大学大学院医学研究院

循環病態内科学循環病態内科学

敦賀 健吉敦賀 健吉北海道大学大学院医学研究院北海道大学大学院医学研究院

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脳血管内科脳血管内科

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循環器内科学講座循環器内科学講座

細田 勇人細田 勇人近森病院近森病院循環器内科循環器内科

濱谷 康弘濱谷 康弘京都医療センター京都医療センター

循環器内科循環器内科
p.2
目次

はじめに7

第1章総論8 1. 全人的苦痛の評価と緩和ケアの重要性 ........8

1.1 緩和ケアの定義 ........................8表1   緩和ケアの定義9

図1エンド・オブ・ライフケアと緩和ケアの違い9

1.2 緩和ケアを提供する時期 ................9図2病の軌跡と緩和ケアアプローチが必要な時期10 1.3 包括的評価 .......................... 10表2患者の包括的評価における評価項目とおもな評価方法・アセスメントツール

11 1.4 緩和ケアにおける意思決定 ............ 13図3 「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に基づいた意思決定のプロセス

14 1.5 循環器領域における緩和ケアの課題 .... 15表3 ICU における緩和ケアの課題15

図4心不全患者における緩和ケアの提供体制16

1.6 おわりに ............................ 16 2. アドバンス・ケア・プランニング(ACP)と事前指示のあり方 ........................ 16

2.1 ACP をめぐる概念の整理 .............. 16図5 ACP の概念図17 2.2 緩和ケアにおけるACP の目的と必要な要素 .......................... 17 2.3 ACP の効用と害 ...................... 18 2.4 ACP の実践方法 ...................... 18表4   ACP の実践方法18 2.5 緩和ケアにおける臨床倫理 ............ 21 3.  予後予測モデル .......................... 21

3.1 急性冠症候群(ACS)の予後予測モデル .. 22 3.2 心不全の予後予測モデル .............. 22図6 GRACE スコア22

図7 Seattle Heart Failure Model(SHFM) 24図8 MAGGIC 予後モデル25

3.3 予後予測モデルの適用タイミングと注意点 .............................. 25 4. コミュニケーション ...................... 26

4.1 患者・家族とのコミュニケーション .... 26 4.2 基本的なコミュニケーションスキル .... 26表5 Ask-Tell-Ask アプローチ27

表6 NURSE 27

4.3 悪い知らせの伝え方 .................. 27表7 SHARE の概要28 4.4 対応がむずかしい場合のコミュニケーション .................. 27 4.5 医療従事者間におけるコミュニケーション .................. 28
p.3
5.  集中治療における意思決定支援 ............ 28

5.1 循環器疾患における終末期の特徴 ...... 28 5.2 循環器集中治療における末期状態と終末期 .............................. 29 5.3 終末期と判断した後の対応 ............ 29図9患者・家族意思の有無による終末期における対応 30 5.4 医療チームの役割 .................... 31 6. 診療の質 ................................ 31

6.1 診療の質とは ........................ 32 6.2 Quality indicator(診療の質評価指標) .. 32図10 Quality indicator におけるドナベディアンモデルに基づく3 つの枠組み

32 6.3 がん緩和ケアのquality indicator ...... 33表8がん緩和ケア領域における一般集団ベースのquality indicator

33 6.4 循環器緩和ケアに特有のquality indicator .................... 33 6.5 心不全緩和ケアのquality indicator .... 34表9心不全緩和ケア領域のquality indicator 35 6.6 循環器緩和ケアの診療の質 ............ 34 7. 身体症状の評価とケア .................... 34

7.1 末期心不全の症状緩和 ................ 34表10 人生の最終段階の身体・精神症状36

表11 主観的症状評価ツール36

7.2 治療抵抗性の苦痛への対処 ............ 36図 11 心不全の症状緩和のイメージ36

表12 わが国で使用可能なオピオイドと開始時の投与方法

37 表13 オピオイドの副作用37表14 オピオイドの副作用に対する対策38図12 治療抵抗性の耐えがたい苦痛に対する鎮痛薬の投与 39

8. 精神症状の評価とケア .................... 39表15  心不全患者の全人的なストレス39

8.1 心不全における精神症状 .............. 39図13 PHQ-2,  PHQ-9 を用いたうつ病のスクリーニング

40 図14 PHQ-2, PHQ-9 の質問内容41

8.2 精神症状が循環器疾患の予後・意思決定に及ぼす影響 .......... 42図15 心不全患者のうつ・不安が予後を悪化させるメカニズム

42 8.3 循環器疾患に合併する精神症状のマネジメント ........................ 43

表16 心不全患者のうつ病に対する段階的ケア43表17 向精神薬のQT 延長リスク44表18 抗うつ薬の心臓への影響(QT 延長を除く) 45図16 せん妄に対する薬物療法アルゴリズム46

9. 多職種チームビルディング ................ 47

9.1 多職種チーム構成 .................... 47図17 多職種チームにおける各種医療モデル48 9.2 各職種の役割 ........................ 47 9.3 多職種チーム医療の実践 .............. 49 9.4 多職種チームの現状と課題 ............ 50 10. 在宅医療における緩和ケアのあり方........ 50表19 非がん患者における入院医療と在宅医療の比較50

10.1 在宅医療と地域社会資源の活用 ........ 50表20 地域の社会資源サービスと保険適用51 10.2 病診連携 ............................ 51表21 入院前カンファレンスにおける地域から病院への情報提供

51 10.3 社会的苦痛 .......................... 51 10.4 身体的苦痛 .......................... 52
p.4
第2 章各論52 1. 心不全 .................................. 52図18 心不全患者の臨床経過および提供されるケアのイメージ

53 1.1 心不全における緩和ケアについて ...... 52 1.2 Stage D の診断,治療について ........ 54 1.3 Stage D の患者に対する積極的治療と緩和ケアの両立について .............. 54 1.4 Stage D の患者に対する植込み型左室補助人工心臓 .................... 54 2. 不整脈 .................................. 56

2.1 ICD 患者における精神的問題と緩和ケア ............................ 56 2.2 終末期患者におけるCIED 治療とICD 作動状況 ........................ 57 2.3 CIED 植え込み例での終末期状態への対応 ................................ 57図19 終末期におけるICD の除細動機能停止決定への話し合いのプロセス

58 3. 虚血性心疾患・末梢血管疾患 .............. 59

3.1 急性冠症候群(ACS)における緩和ケア 59 3.2 下肢閉塞性動脈硬化症(ASO) ........ 61 4. 弁膜症 .................................. 63

4.1  TAVI/TAVR,MitraClip ® の医学的治療の有益性・無益性の検討 ................ 63表22 TAVI/TAVR の治療成績に関連する因子64

表23 MitraClip ® の治療成績に関連する因子64

4.2 Shared decision making の重要性 .... 65 4.3 臨床倫理の重要性 .................... 65 4.4 積極的な治療と並行した緩和ケア ...... 65 5. 高血圧・大動脈疾患 ...................... 66

5.1 高血圧 .............................. 66表24 降圧薬の中止および減量を検討する患者像66

表25 緩和ケアを受けているがん患者における降圧治療の推奨

67 5.2 大動脈疾患 .......................... 67表26 急性大動脈疾患における緩和ケアのポイントと問題点

67 表27 急性大動脈解離による疼痛の発生部位と発生率68

6.  肺高血圧症・成人先天性心疾患 ............ 69

6.1 肺高血圧症 .......................... 69表28 特異的肺動脈性肺高血圧症治療薬と代表的な副作用

69 表29 重症度に基づいた特発性肺動脈性肺高血圧症/遺伝性肺動脈性肺高血圧症の予後のリスク分類

70 6.2 成人先天性心疾患 .................... 71 7. 脳卒中 .................................. 71

7.1 脳卒中領域におけるケア .............. 71 7.2 脳卒中による全脳の不可逆的な機能不全 ............................ 72図20 脳卒中における終末期の医療およびケアの方針の決定手続き

73 7.3 脳卒中による身体的・精神的問題,社会的困難に対する緩和ケア .......... 72 8. 薬物治療のポイント ...................... 74

8.1 緩和ケアで用いる薬 .................. 74 8.2 心不全時の薬物動態と注意点 .......... 74
p.5
8.3 終末期患者におけるオピオイド ........ 74 8.4 ポリファーマシーと減薬 .............. 75

おわりに76

付表 班構成員の利益相反(COI)に関する開示 ................................................................ 77文献........................................................................................................ 82

(無断転載を禁じる)
p.6
略語一覧ABI ankle brachial index足関節上腕血圧比ACC American College of Cardiology米国心臓病学会ACE angiotensin converting enzymeアンジオテンシン変換酵素ACHD adult congenital heart disease成人先天性心疾患ACCP American College of Chest Physicians米国胸部疾患学会ACP advance care planningアドバンス・ケア・プランニング

AD advance directiveアドバンス・ディレクティブ事前指示ADL activities of daily livings日常生活動作

AHA American Heart Association米国心臓協会ARB angiotensin II receptor blockerアンジオテンシンII 受容体拮抗薬ASO arteriosclerosis obliterans (下肢)閉塞性動脈硬化症

BADL basic activities of daily living基本的日常生活動作

BDI Beck Depression Inventoryベック抑うつ尺度BPSD behavioral and psychological symptoms of dementia認知症における行動・心理症状BTT bridge to transplantation心臓移植までの橋渡し

BZD benzodiazepineベンゾジアゼピン

CBT cognitive behavioral therapy認知行動療法

CCU coronary care unit冠動脈疾患集中治療室

CHDF continuous hemodiafiltration持続的血液濾過透析CIED cardiac implantable electronic device植込み型心臓電気デバイスCLI critical limb ischemia重症下肢虚血COPD chronic obstructive pulmonary (lung) disease慢性閉塞性肺疾患CRT cardiac resynchronization therapy心臓再同期療法CTEPH chronic thromboembolic pulmonary hypertension慢性血栓塞栓性肺高血圧症CYP cytochrome P450チトクロームP450

DT destination therapy永久使用目的の治療

DNAR do not attempt resuscitation蘇生処置拒否ECMO extracorporeal membrane oxygenation体外膜型人工肺EOLC end of life careエンド・オブ・ライフケアEOLD end of life discussionエンド・オブ・ライフ・ディスカッション

ERA endothelin receptor antagonistエンドセリン受容体拮抗薬ESC European Society of Cardiology欧州心臓病学会ESAS-r Edmonton Symptom Assessment System Revisedエドモントン症状評価システム改訂版HRQoL health related quality of Life健康関連QOL HPA axis hypothalamic-pituitaryadrenal axis視床下部- 下垂体- 副腎軸(系) IABP intra-aortic balloon pump大動脈内バルーンポンプIADL instrumental activities of daily living手段的日常生活動作ICD implantable cardioverter defibrillator植込み型除細動器KCCQ Kansas City Cardiomyopathy Questionnaireカンザスシティ心筋症調査票LVAD left ventricular assist device左室補助人工心臓

MCI mild cognitive impairment軽度認知機能障害MLHFQ Minnesota Living with Heart Failure Questionnaireミネソタ心不全質問票NaSSA noradrenergic and specific serotonergic antidepressantノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬NICE National Institute for Health and Care Excellence英国国立医療技術評価機構NPPV noninvasive positive pressure ventilation非侵襲的陽圧換気療法NRS numerical rating scale数値評価スケール

NYHA New York Heart Associationニューヨーク心臓協会PAH pulmonary arterial hypertension肺動脈性肺高血圧症PCPS percutaneous cardiopulmonary support経皮的心肺補助装置PDE5 phosphodiesterase type 5ホスホジエステラーゼ5

PH pulmonary hypertension肺高血圧症

PHQ Patient Health Questionnaire患者健康質問票PROMs patient-reported outcome measures患者報告アウトカム尺度PTSD posttraumatic stress disorder心的外傷後ストレス障害

QALY quality-adjusted life year質調整生存年数

QOL quality of  life生活の質SNRI serotonin-noradrenaline reuptake inhibitorセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬SSRI selective serotonin reuptake inhibitor選択的セロトニン再取り込み阻害薬
p.7
はじめに

心血管疾患は欧米における最大の死亡原因であることから,各種薬剤や医療機器の開発が進み,その有効性や安全性が数多くのランダム化比較試験によって検証されてきた.しかし,これらの治療は生命予後改善をおもな目的としたものであり,生活の質(QOL)を改善するという意味で十分な効果を発揮するには至っていない.とくに,終末期を迎えた場合に,どのように対応すべきかという点は未解決である.さらに,循環器疾患のなかでも心不全患者数は社会の高齢化とともに急増しており,すべてのエビデンスに基づいた治療を駆使しても治癒させることができない,あるいはこれらの治療の対象とはならないような症例も年々増加している.

医療技術の進歩によっても解決できない状況のなかで,循環器医が積極的治療による生命予後改善だけでなく, QOL 改善のために何をなすべきか考える時期に達したといえる.2014 年の世界保健機関(WHO)の報告によれば,終末期に緩和ケアが必要とされる疾患のなかで,心血管疾患は全体の38% を占め,悪性新生物の34% を超えて第一位とされている1).

循環器疾患のなかでも,心不全はがんと同様あるいはそれ以上に不良な予後を有しながらも,一般的に良性疾患と認識されている.入院を要するような心不全でも,症状そのものは急性期治療によってすみやかに改善することから,患者や家族は病識に乏しいことが多い.過去の報告によれば,心不全が重症であるほど,客観的に推測される余命より患者本人が考えている余命が長く乖離していることが報告されている2).

医療従事者においても,とくに循環器医は,患者や家族から明確な希望がなければ,最期まで積極的治療を選択するのが通常である.実際に,機械的補助循環をはじめとした高度集中治療は,重症例の救命を可能とした.植込み型除細動器(ICD)や心臓再同期療法(CRT)などのデバイスは,心臓突然死の予防を可能にし,経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI/TAVR)をはじめとした低侵襲治療は,年齢や併存症を理由に手術困難とされた重症弁膜症患者に対する治療を可能にした.さらに,植込み型左室補助人工心臓(LVAD)は,心臓移植待機患者のみならず,移植適応とならない症例の予後やQOL を改善し3),LVAD を用

いた永久使用目的の治療(Destination Therapy[DT])も考慮される時代になった.一方でこれらの治療は,頻回のICD 作動やデバイス留置に伴う各種合併症をきたした場合,逆にQOL を悪化させてしまう可能性も否めない.

終末期に移行した際のICD,CRT の停止に関しては,本来,植込み手術前に本人,家族と医療従事者で十分に話し合っておくべきものであり,植込み型LVAD に関しても,心臓以外の要因によって終末期に至った場合の対応に関して事前に十分な説明が必要である.患者の人生観や価値観をふまえて,将来起こりうる課題について選択できるように支援することが重要である4).

循環器医療における緩和医療導入の重要性は十分に理解されていながらも,患者,家族,医療従事者の認識の相違などもあり,現状としては緩和医療の導入はしばしば困難である.終末期を含めた将来の状態の変化に備えるために,医療従事者が患者・家族と事前に話し合うプロセスであるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)も,日本循環器学会/ 日本心不全学会の「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017 年改訂版)」ではクラスI として推奨されたが5),十分に普及しているとはいえない状況である.とくに高齢者の終末期医療においては,苦痛を与える医療処置を行うのではなく,苦痛を緩和する医療処置を行うことも念頭に置く必要があり,多職種カンファレンスとACP の実施が重要である.一方で,表面的なDNAR(do not attempt resuscitation)指示の取得によって本来必要な救命処置が放棄されることは決してないようにすべきである.

循環器領域においては,緩和ケアのリソースも十分に活用されていない.米国の報告によれば,緩和ケアチームに対する初回コンサルテーションのなかで,循環器疾患患者が占める割合は15% ほどにとどまっている.その内訳としては,心不全が約70% を占めるものの,冠動脈疾患,弁膜症,末梢血管疾患など多岐にわたることが示されている6).循環器疾患のなかでも心不全患者は,身体的,社会的,精神・心理的,スピリチュアルな苦痛といった全人的苦痛を抱えており,これらのあらゆる苦痛を予防し取り除くためには,早期からの多面的アプローチが必要である.
p.8
多職種のメンバーが,それぞれの専門性を発揮し,協働して患者診療にあたることで,質の高い緩和ケアの提供が可能になる.

循環器疾患における緩和ケアでは,疾患そのものに対する適切な治療が症状ならびにQOL 改善のために必要であり,循環器医による介入は必須である.一方,治療抵抗性の呼吸困難や全身倦怠感,疼痛,抑うつ・不安などに対して有効とされるオピオイドなどを使用する場合には,緩和ケア医の経験が必要となるため,両者の連携がきわめて重要と考えられる.循環器緩和ケアはエビデンスが乏しい領域であり,推奨

クラスやエビデンスレベルをガイドラインとして記載することは困難であるが,循環器診療と緩和ケアをどのように両立させるべきかという喫緊の課題を解決するため,循環器疾患の各領域において,とくに侵襲的治療やデバイス治療を行う際に考慮すべき緩和ケアの視点に重点を置いて,今回の提言が作成された.本提言が循環器疾患における適切な緩和ケアの普及・均てん化ならびに患者・家族のQOL 向上に寄与することを期待する.

第1章 総論

1 全人的苦痛の評価と 緩和ケアの重要性

わが国では,緩和ケアはがん医療領域を中心に発展してきた.しかし,緩和ケアはそもそも,すべての生命の危機に直面した患者・家族に疾患を問わず提供されるものである.2016 年の調査によると,わが国では年間約130 万人が死亡し,その7 割を75 歳以上が占める.死亡原因は多い順に,がん(21%),心疾患(15%),肺炎(9%),脳血管疾患(9%)であり,心疾患は非常に大きな割合を占める.また,2018 年に世界保健機関(WHO)は緩和ケアをUniversal Health Coverage(すべての人が受けることができるように整備しなければならない医療)の一つとして位置づけ,その対象は“serious illness” を含むものとした.

わが国でも2018 年から循環器疾患の緩和ケアが末期心不全を対象として始まったが,現状では「積極的治療か緩和ケアか」といった二者択一で治療選択をする場面にしばしば遭遇する.緩和ケアは治療と同時に行うことができ,「予後と病状を勘案したうえで,患者の価値観に沿った,患者のための最善」をテーラーメイドでつくり出す医療・ケアであるという認識を広めていく必要がある.

また,進行期の心不全患者は,倦怠感,呼吸困難をはじめとする苦痛症状を伴うことが多い.心不全患者の緩和ケ

アを実践するためには,身体的,心理・社会的,スピリチュアルな苦痛,患者の価値観など,包括的で多岐にわたる項目の評価が必要である.さらに,治療・ケアの方針決定のためには生命予後をふまえた検討が必要であり,生命予後の予測も重要な評価項目となる.がんを中心に整備されてきた緩和ケアを,そのまま心不全に適用することはむずかしいが,包括的評価に関しては多くの部分を参考にすることができる.

本節では,循環器医療における全人的苦痛の評価と緩和ケアの重要性について述べたい.

1.1 緩和ケアの定義

2002 年のWHO の定義では,緩和ケアは,その提供する時期を問わず,生命の危機に直面している患者や家族にそのニーズに応じて行われるものとされた(表1)

7).しか

し,2018 年にWHO は緩和ケアをUniversal Health Coverage の一つとして位置づけ,緩和ケアの対象をさらに拡大することを念頭に置いている.緩和ケアの対象に“serious illness” を含むことで,「死亡する可能性が非常に高い状態だが,治療によっては治癒する状態も含む」患者にも緩和ケアを提供すべきだと提言している8).

それでは,「終末期医療」,「人生の最終段階の医療・ケ
p.9
ア」と緩和ケアの違いはどのように考えればよいだろうか. 2018 年11 月に出された日本医師会第XV 次生命倫理懇談会答申「超高齢社会と終末期医療」では,『厚生労働省は,これまで「終末期医療」としてきたことを,2015 年から「人生の最終段階における医療」と呼び変えるようになっている.これにならって「人生の最終段階におけるケア」をエンド・オブ・ライフケア(EOLC)に対応する日本語とすると,日本におけるEOLC は,医学的に判断される身体的生命が終わりに近づいているという「ターミナル期」に比して,「人生」の終りに近づいているという個々人の人生に注目する概念とするのが適当である.』とある9, 10).本提言では,この英国National Health Service(NHS),日本医師会の考え方を踏襲して,人生の最終段階の医療・ケアを,英国NHS で定義しているEOLC と同様であると考え,以下のように定義する.つまり,人生の最終段階の医療・ケアとは,死が避けられない状況にあり,「死に至るまでの時間が限られていることを考慮に入れる必要性のある状況下における医療・ケア」すべてを含み,「死に至るまでできるかぎりよく生きるように,また尊厳をもって死に至るように(to die with dignity)支援する」活動である.また,提供される時期は,疾患や個人によりさまざまであるが,おもに人生の最後の数ヵ月ないし数年を生きている人々へのサポートである,と定義する.

このように定義した場合,英国や米国での考え方をもとに,緩和ケアとEOLC との関係は図1 のように示される.端的にいうと,緩和ケアはEOLC を内包しているというと

らえ方である.緩和ケアとEOLC は多くの共通する面をもっている.しかし,緩和ケアとEOLC の最大の違いは,緩和ケアが「死が不可避かどうか」を問わずに提供される,つまり,回復する可能性があるがこのまま死亡するかもしれない状況の患者にも提供されるという点である.循環器医療の現場においてもしばしば遭遇する場面ではないだろうか.これらの患者・家族にも緩和ケアは提供されるべきものであることを忘れないでほしい.

1.2 緩和ケアを提供する時期

それでは,目の前の患者に,いつ,どの時点で緩和ケアを提供すればよいのだろうか.この臨床疑問を考える際に, Lynn らが提唱した病の軌跡(illness trajectory)が参考となるため,図2 として示し,緩和ケアが提供されるべき時期を青丸で示した11).Lynn らは人生の最終段階における機能低下の時間経過を4 つにカテゴリー化し,病の軌跡として示した.1 つめは,突然死の場合である.具体的には,心血管疾患や脳血管障害,事故や災害による死が例としてあげられる.このような場合,人生の最終段階は時間単位から数日単位の経過となることが多く,救急集中治療が同時期に集中して行われる.第2 には「がん」があげられる.人生の最終段階は月単位であることが多く,治療の経過中も従来の日常生活を送ることができるが,最後の数ヵ月で急激に機能が低下することが多い.第3 に「臓器不全」があげられる.このカテゴリーでは,慢性心不全をはじめ,代償不能の肝硬変,慢性閉塞性肺疾患(COPD)などが例としてあげられる.人生の最終段階は年単位であることが多く,寛解と増悪を繰り返して徐々に機能が低下し,死亡直前は急激に機能が低下することが多い.第4 にフレイルがあり,代表的な疾患として「認知症」があげられる.人

表1 緩和ケアの定義

緩和ケアとは,生命を脅かす病に関連する問題に直面している患者とその家族のQOL を,痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見いだし,的確に評価し対応することで,苦痛を予防し和らげることを通して向上させるアプローチである。

緩和ケアは, • 痛みやその他のつらい症状を和らげる• 生命を肯定し,死にゆくことを自然な過程ととらえる• 死を早めようとしたり遅らせようとしたりするものではない• 心理的およびスピリチュアルなケアを含む• 患者が最期までできるかぎり能動的に生きられるように支援する体制を提供する• 患者の病の間も死別後も,家族が対処していけるように支援する体制を提供する• 患者と家族のニーズに応えるためにチームアプローチを活用し,必要に応じて死別後のカウンセリングも行う• QOL を高め,さらに,病の経過にもよい影響を及ぼす可能性がある• 病の早い時期から,化学療法や放射線療法などの生存期間の延長を意図して行われる治療と組み合わせて用いることができ,つらい合併症をよりよく理解し対処するための精査も含む(WHO. 2002 7)より)図1 エンド・オブ・ライフケアと緩和ケアの違い

エンド・オブ・ライフケア緩和ケア

死が不可避かどうかわからない状態の患者へのケアを含む(例:救急集中治療,感染症)

予後予測包括的評価アドバンス・ケア・プランニング意思決定支援症状緩和家族ケアチームアプローチ
p.10
生の最終段階はさらに長く,数年単位から10 年を超えることもあり,いつが人生の最終段階かを見きわめることがむずかしい.心不全患者は第3 のカテゴリーに含まれることが多い.寛解と増悪を繰り返すことを前提に,今後の経過を患者・家族と共有し,患者の人生や価値観,今後予想される疾患の経過,家族の考えや病状理解などを把握したうえで,現在の治療・ケアにあたることが重要である.病の軌跡を意識しないと,長期的視野では患者・家族に緩和ケアを提供するべき状況であるにもかかわらず,医療従事者が緩和ケアを提供すべき機会を「見逃す」可能性がある.緩和ケアを適切な時期に提供するためには,すべての患者・家族の苦痛をスクリーニングし,緩和ケアニーズを把握する必要がある. 1.3 包括的評価

緩和ケアを提供するためには,まず患者の苦痛や苦悩に気づく必要があり,患者を包括的に評価することが緩和ケアを提供するうえで重要である.忙しい臨床現場において,初診時からもれなく包括的かつ効率的に患者の苦痛を評価することが求められるが,医療従事者が患者の緩和ケアニーズを適切に評価できず,緩和ケアが適切に提供されていないのが現在の課題であると考えられる.したがって,主治医や担当看護師が緩和ケアニーズのある患者を早期に同定し,主治医を中心とした適切な緩和ケアが提供され,必要時には専門的緩和ケアサービスへ紹介できるシステムを構築することが今後求められる.

では,包括的評価をする際には,どのような項目を評価

時間経過時間経過

機能機能

時間経過時間経過

機能機能

図2 病の軌跡と緩和ケアアプローチが必要な時期(Lunney JR, et al. 2003 11)を参考に作図)

突然死がん

• 全身の機能は比較的良好に保たれた期間が続く• 死亡前1 ~2 ヵ月で,急速に状態が悪化する• 予後の予測が比較的容易

• 急速な転帰• 機能の低下は瞬間的~数日

• 肺炎をはじめとした感染症の発症などによる急激な悪化と改善を繰り返しながら穏やかに状態が悪化する• 急激な変化が起こったときに,それが改善可能な変化であるのかどうかの判断がむずかしい• 死亡直前は比較的急速に変化する• 全身の機能が低下した時間が長く続く• 全体的にゆるやかな低下が続き,死亡まで機能が低下していく

臓器不全(COPD,心不全など)フレイル・認知症など

:緩和ケアが提供されるべき時期
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すればよいのだろうか.以下に評価項目や評価ツールを紹介する(表2).ただし,各症状に特異的な評価方法やツールに関しては,本章の7.「身体症状の評価とケア」,8.「精神症状の評価とケア」を参照されたい.

1.3.1 全身状態・身体機能

患者はさまざまな程度で日常生活動作(ADL)が障害され,心理・社会的な苦痛が増強される.身体機能を評価することは,適切なケアや環境を提供するために重要な項目である.身体機能を評価するツールとして,心不全患者においてはニューヨーク心臓協会(NYHA)心機能分類があげられる.また,患者の生活状況を把握するうえでは,基本的日常生活動作(BADL)と手段的日常生活動作(IADL)を評価することも重要である.

1.3.2 身体症状・精神症状

身体的・精神的な症状を複数同時に合併することは,循環器疾患の患者では珍しくない.適切な症状緩和は,緩和ケアにおける重要な役割の一つでもある.適切な症状緩和を行うためには患者が抱える苦痛症状をとらえる必要がある.したがって,包括的な症状評価を継続していくことが重要である.以下に代表的なツールをあげるが,これらのツールは各症状に関する一元的評価でしかない点に注意する必要がある.ここで紹介するツールにより症状をスクリーニングしたのちに,対応が必要な症状に関しては,各症状に特異的な多面的な評価を加えることが重要である. a.  包括的症状評価:患者報告アウトカム尺度

症状は,元来主観的なものであり,患者報告アウトカム尺度(PROMs)は症状評価におけるゴールドスタンダードである.各症状の強度を評価するものとしては,数値評価スケール(NRS)や視覚的評価スケール(VAS)が使用されることが多い.また,複数の症状を同時に評価できる代表的なツールとしては,エドモントン症状評価システム改訂版(ESAS-r),Integrated Palliative Care Outcome Scale(IPOS)があげられる.

ESAS-r は,8 つの身体・精神症状と全体的な調子に関してNRS を用いて評価するツールである.がん患者を対象に作成されたスクリーニングツールであるが,心不全を含めた非がん疾患における症状スクリーニングでも使用されている12).

IPOS は主要項目として,「身体症状」,「不安や心配,抑うつ」,「スピリチュアリティ」,「患者と家族のコミュニケーション」,「病状説明の十分さ」,「経済的,個人的な気がかりに対する対応」から構成されており,症状だけでなく社会的側面,スピリチュアルな側面なども含むことが特徴で表2 患者の包括的評価における評価項目と

おもな評価方法・アセスメントツール評価項目評価方法・アセスメントツール

全身状態・身体機能生活動作◆  BADL, IADL心不全

◆  NYHA 心機能分類

身体症状・精神症状患者報告アウトカム

◆  NRS, VAS, ESAS-r, IPOS代理評価◆  STAS-J, IPOS症状特異的な評価◆  不安・抑うつ:HADS, PHQ-2,PHQ-9 ◆  せん妄:CAM, DST, Nu-DESC

生活の質(QOL)健康関連QOL(全般的)

◆  SF-36, EQ-5D疾患特異的QOL

◆  悪性腫瘍:EORTC QLQ-C30 / -C15-PAL, FACIT ◆  心不全:KCCQ, MLHFQ

心理・社会的な面認知機能スクリーニング

◆  Mini-Cog高齢者総合的機能評価

◆  G8 screening tool

スピリチュアルな面スピリチュアルニーズ◆  FICA, SPIRITual History, HOPE, SpiPas

予後予測疾患非特異的◆  サプライズ・クエスチョン, SPICT疾患特異的◆  悪性疾患:PPI, PAP スコア, PiPS, e-prognosis ◆  心不全:SHFM, MAGGIC BADL: 基本的日常生活動作,IADL: 手段的日常生活動作,NYHA:ニューヨーク心臓協会,NRS: Numerical Rating Scale,VAS: Visual Analogue Scale,ESAS-r: エドモントン症状評価システム改訂版, IPOS: Integrated Palliative Care Outcome Scale,STAS-J: Support Team Assessment Schedule-Japanese,HADS: Hospital Anxiety and Depression Scale,PHQ-2: Patient Health Questionnaire-2, PHQ-9: Patient Health Questionnaire-9,CAM: Confusion Assessment Method,DST: Delirium Screening Tool,Nu-DESC: Nursing Delirium Screening Scale,SF-36: Medical Outcome Study Short Forum 36-Item Health Survey,EQ-5D: EuroQol 5 Dimension, EORTC: European Organization for Research and Treatment of Cancer,FACIT: Functional Assessment of Chronic Illness Therapy Measurement System,KCCQ: カンザスシティ心筋症調査票, MLHFQ: ミネソタ心不全質問票,SpiPas: Spiritual Pain Assessment Sheet,SPICT: Supportive and Palliative Care Indicator Tool,PPI: Palliative Prognostic Index,PAP スコア: Palliative Prognostic Score, PiPS: Prognosis in Palliative care Study, SHFM: Seattle heart failure model,MAGGIC: Meta-Analysis Global Group in Chronic Heart Failure
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ある.がん疾患だけでなく,心不全を含めた非がん患者の評価にも広く使用されている13). b.  包括的症状評価:代理評価

症状評価に関してはPROMs がゴールドスタンダードであるが,一方で病状進行に伴い患者の全身状態の悪化や認知機能障害が合併することで,主観的評価が困難になることがある.そのような場合に,代理報告による「患者中心のアウトカム評価」が有用となる.包括的症状評価のための代表的な代理評価ツールとしては,Support Team Assessment Schedule(STAS)があげられる.STAS は患者の症状および不安や病状認識,家族の不安や病状認識,患者-家族-医療従事者間のコミュニケーションなどの9項目で構成される.さらに,日本語版では症状評価に特化して,22 項目の症状を5 段階で代理評価できるSTAS-J 症状版が作成されている14).ただし,先述したIPOS がSTAS の後継版として開発されており,IPOS では家族・ケア提供者評価用,医療従事者評価用も準備されていることから,今後は代理評価のツールとしてもIPOS が使用される機会が増えると考えられる. c.  症状特異的な評価

詳細については別項に譲りたいが,包括的評価をする際に必要と考えられるツールを紹介したい. i. 不安・抑うつ

がん患者における精神症状のスクリーニングツールとして代表的なものに,Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS),患者健康質問票(PHQ)-2 やPHQ-9 などがある.どの質問票も短時間で実施可能であり,循環器疾患の患者でも使用できると考えられる. ii. せん妄

せん妄のスクリーニングは早期発見・早期介入のために重要である.適切なスクリーニングツールを用いて評価することが望ましい.代表的なものとして,Confusion Assessment Method(CAM),Delirium Screening Tool (DST),Nursing Delirium Screening Scale(Nu-DESC)などがあげられる.CAM は急性発症と症状の変動,注意力障害,まとまりのない思考,意識レベルの変化の4 項目で評価できる簡便なツールである.

1.3.3 生活の質(QOL)

緩和ケアの目標は,患者・家族にとって最良の生活の質(QOL)の達成にある.そのため,QOL を評価することは現在行っているケアや介入の効果を評価するために必須である.QOL は,身体面,精神面,認知面,機能面,社会面などの要素により多面的に構成されるものである.したがって,QOL 評価尺度は,これら多面的な要素を評価できるようになっており,基本的にはPROMs である.

疾患の種類に関わらない全般的な健康関連QOL を測定するツールとしては,Medical Outcome Study Short Forum 36-Item Health Survey(SF-36)

15)やEuroQol 5

Dimension(EQ-5D)

16)がある.SF-36 は特定疾患や症状

によらない包括的な健康概念を測定するツールである. EQ-5D は5 項目の質問で構成される簡便なツールで,質調整生存年数(QALY)を算出するツールとして国際的にもっとも汎用されている.そのほかに,がん特異的な健康関連QOL 測定尺度として,The European Organization for Research and Treatment of Cancer(EORTC) QLQ-C30 をもとに,緩和ケアの対象患者の負担を考慮して項目数を15 項目に減じたEORTC QLQ-C15-PAL が開発されている17).同じく,がん特異的な健康関連QOL尺度をもとに,慢性疾患に特異的なQOL 測定尺度として開発されたものとして,Functional Assessment of Chronic Illness Therapy Measurement System(FACIT)がある18).

心不全に特異的な評価ツールとしては,カンザスシティ心筋症調査票(KCCQ)

19),ミネソタ心不全質問票(MLH-

FQ)

20)があげられる.KCCQ は23 項目からなる有効性の確認された自記式の質問票で,身体的制約,症状,自己効力感,社会的接点およびQOL を定量化するものである. MLHFQ は,身体面と感情面から構成される21 項目の自記式の質問票であり,心不全患者のQOL について定量的に評価できる尺度である.

1.3.4 心理・社会的な面

健康関連QOL を評価する際には必ず含まれるものとして,心理的・社会的な面の項目について触れておきたい.今後の治療・ケアや療養の目標を患者・家族と意思決定していく際には,まずは患者・家族の病状理解を確認しておく必要がある.また,生活史として居宅状況(自宅/ 施設),就労状況,地域社会での役割,趣味,宗教,患者の性格,ストレスコーピング(ストレスへの対処方法;問題焦点型と情動焦点型に分類できる)について評価しておくことも重要である.患者と今後の治療やケアについて相談する際には,患者がどの程度情報を知りたいのか,意思決定にどの程度参加したいのか(自分で決めたい/ 家族や医療従事者と相談して決めたい/ 家族や医療従事者に決めてほしい),医療・療養に関する希望(してほしいこと/ してほしくないこと),人生観や価値観,死生観や死のイメージ(近親者との死別経験の有無)なども評価しておくとよい.さらに,患者が信頼している人,本人の意思を推定する者(いわゆる代理意思決定者),患者の介護者,医療費を負担している人なども知っておく必要がある.患者だけでなく
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家族の問題として,介護力,家族の疲労,家族の不安についても評価が必要である.

また,今後は高齢患者がますます増えてくることから,高齢者総合的機能評価や認知機能の評価も必要となる.簡便なものとしてそれぞれ,G8 screening tool 21),Mini- Cog 22)が知られている.

1.3.5 スピリチュアルな面

ふだんは意識しないスピリチュアリティであるが,病(やまい)や種々の困難な状況のなかでスピリチュアリティが覚醒する.病(やまい)を通して死を意識し,死が差し迫っている状況に置かれたとき,人間として生きることの支えとなるさまざまなスピリチュアルニーズ(愛や所属,自我自尊,自己表現など)を意識するようになる.欧米では,医療従事者が日常臨床のなかで簡便にスピリチュアルニーズを聴取するためのアセスメントツールが開発されており,代表的なものとして,FICA,SPIRITual History, HOPE などがある.わが国においてはSpiritual Pain Assessment Sheet(SpiPas)が開発されている.SpiPas では,患者のスピリチュアリティの状態についてスクリーニングを行い,特定の次元において現出されるスピリチュアルペインのアセスメントを深めることで,個々の患者が抱えるスピリチュアルペインを把握し,ケアを提供することができる23, 24).

1.3.6 予後予測ツール

患者の残されている時間を予測することは,医療従事者にとって,あらたな検査や治療などの医療的介入を選択し,ケアの方法を検討する際に必要不可欠である.また,患者・家族にとっては,治療・療養の目標設定や適切な意思決定を行ううえで,これまでの治療経過や現在の状況とあわせて,今後の見通しに関する情報は重要である.医療従事者の臨床的な予後予測を補完し推定精度を向上させるために,予後予測ツールなどの客観的な方法を組み合わせて判断することが望ましい.本章では予後予測ツールの紹介にとどめる.詳細については本章3.「予後予測モデル」を参照されたい.

まず,プライマリ・ケア医などがより適切なタイミングで緩和ケアを必要とする患者を見つけるために,疾患にかかわらず利用できる簡便なツール(Case finding Instruments)として,サプライズ・クエスチョン(SQ)やSupportive and Palliative Care Indicator Tool(SPICT)がある.

さらに,予後を評価するものとして,がん患者ではPalliative Prognostic Index(PPI),Palliative Prognostic Score(PAP スコア),Prognosis in Palliative care Study

(PiPS),e-prognosis などがある.また,心不全に特異的な予後予測ツールとして代表的なものに,Seattle heart failure model(SHFM),MAGGIC heart failure risk などがある.

最後に,緩和ケアニーズのスクリーニングは,米国や英国で先んじて行われてきたが,労力の割に効果が乏しいことから,現在ではその施行に賛否が分かれている.しかし,患者の苦痛に気づくこと,緩和ケアニーズを継続して評価していくことは重要なことである.今後は,どのようなスクリーニングツールが適切か,どのように患者の緩和ケアニーズを低侵襲かつ効率的にスクリーニングできるかについて検討する必要がある.

1.4 緩和ケアにおける意思決定

循環器疾患の緩和ケアを実践するにあたり,意思決定の支援は重要な役割をもつ.とくに,対象となる患者の高齢化が進み,認知機能が低下している患者も増加していることから,意思決定能力が十分でない患者の意思決定についてどのように話し合いを進めるかはとくに重要な課題である.2018 年3 月に改訂された「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」をもとに,ガイドラインに基づいた意思決定のプロセスの概要を図3 に示す25, 26).ガイドラインに基づく意思決定プロセスは大きく5 つのステップに分類することができる.具体的には,Step1:本人の意思決定能力を判断する,Step2 (本人の意思が確認できる場合):本人と医療・ケアチームとの合意形成に向けた十分な話し合いをふまえた本人の意思決定を基本とする,Step3(本人の意思が確認できず,かつ家族らが本人の意思を推定できる場合):本人の推定意思を尊重し,本人にとって最善の方針を取る,Step4 (本人の意思が確認できず,かつ家族らが本人の意思を推定できない場合もしくは家族らがいない場合):本人にとって最善の方針を医療・ケアチームで慎重に判断する, Step5(心身の状態等により医療ケアの内容の決定が困難な場合や家族らのなかで意見がまとまらない等の場合):複数の専門家で構成する話し合いの場を設置し,方針の検討や助言を行う,である.それぞれのステップについて概説する.

Step1:本人の意思決定能力を判断する

このステップでは患者の意思決定能力を評価する.ふだんわれわれは臨床現場で感覚的に患者の意思決定能力を判
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断しているが,話し合いの内容が複雑な場合,患者にとって深刻な結果をもたらす可能性がある場合,患者の表明する決定内容が相手によって異なる場合,患者の意思決定能力の評価が医療従事者の間で異なる場合,本人と評価者との間に利害対立がある場合などは,慎重に本人の意思決定能力を判断する必要がある.また,意思決定能力の評価にあたっては,年齢,病名,外見,社会背景,認知機能の低下や精神疾患の既往だけで意思決定能力の欠如を判定しないこと,評価の際に意思決定をする本人の力を高める努力をすること(エンパワーメント:図などが入ったパンフレットなどを用いて説明し後から見返すことができるようにする,本人の覚醒度がもっとも高い時間帯を選んで話し合いを行うなど)が大切である.具体的な意思決定能力の評価方法は複数提案されているが,Grisso,Appelbaum らの方法を用いることが標準的である27, 28).具体的には,本人の意思決定能力に関し,話し合いにおける情報提供や質問を通して,「理解(意思決定のために必要な事項を理解している)」,「認識(病気,治療,意思決定を自分自身の問題としてとらえている)」,「論理的思考(決定内容は選択

肢の比較や自分自身の価値判断に基づいている)」,「表明(自分の考えや結論を伝えられる)」の4 つの要素について注意深く観察し,総合的に評価するとよい.

Step2(本人の意思が確認できる場合):本人と医療・ケアチームとの合意形成に向けた十分な話し合いをふまえた本人の意思決定を基本とする

本人の意思決定能力が十分であると判断される場合には,本人自身と医療従事者が合意形成に向けて十分な話し合いを行い,本人が受けたいと思う医療・ケアを受けることが必要である.最終的に患者本人からインフォームド・コンセントを得る必要があり,その過程では意思決定支援(shared decision making)のプロセスを取ることが望ましい.とくに医療現場では,医療従事者が患者よりも多くの知識と経験をもっているために,医学的に最善であることが第一としてすべてが進む傾向にある.しかし,人生の最終段階においては,医学的に最善であることや長く生きる

図3 「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に基づいた意思決定のプロセス(厚生労働省.2018 25, 26)より)

本人の人生観や価値観等,できるかぎり

把握

本人や家族ら

※と十分に話し合う本人の意思が

確認できる本人と医療・ケアチームとの合意

形成に向けた十分な話し合いを踏まえた,本人の意思決定が基本

話し合った内容を都度文書にまとめ共有・ 家族ら

※が本人の意思を推定できる

本人の意思が確認できない

・ 家族ら

※が本人の意思を推定できない・ 家族がいない・ 心身の状態等により医療・

ケア内容の決定が困難・ 家族ら

※のなかで意見がまとまらないなどの場合→複数の専門家で構成する話

し合いの場を設置し,方針の検討や助言

本人の推定意思を尊重し,本人にとって最善の方針をとる

本人にとって最善の方針を医療・ケアチームで慎重に判断

心身の状態に応じて意思は変化しうるため

繰り返し話し合うこと

人生の最終段階における医療・ケアの方針決定

STEP1 STEP2

STEP3

STEP4 STEP5

※本人が自らの意思を伝えられない状態になる可能性があることから,話し合いに先立ち,特定の家族らを自らの意思を推定する者として前もって定めておくことが重要である. ※家族らには広い範囲の人(親しい友人ら)を含み,複数人存在することも考えられる.

人生の最終段階における医療・ケアについては,医師らの医療従事者から本人・家族らへ適切な情報の提供と説明がなされたうえで,介護従事者を含む多専門職種からなる医療・ケアチームと十分な話し合いを行い,本人の意思決定を基本として進めること.

おもなポイント
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ことが必ずしも患者にとっての最善ではないことがある.またこれとは逆に,自己決定を重視するあまり,患者にすべての意思決定を委任し,それが患者や家族の大きな負担となるケースも散見される.本人にとって何が大切か,どのように生きていきたいと考えているかなど,患者の価値観を十分に把握したうえで,医療従事者はその価値観にあった患者にとっての最善の医療・ケアを提案し,お互いに納得して方針決定をする必要がある.医療福祉従事者は,「自分たちは患者本人のことに対して素人である」というスタンスをもつことが大切である.

Step3(本人の意思が確認できず,かつ家族らが本人の意思を推定できる場合):本人の推定意思を尊重し,本人にとって最善の方針を取る

本人の意思決定能力が十分でなく,かつ家族らが患者本人の意向を推定できる場合は,家族らの推定する本人の推定意思を尊重して,患者にとって最善の方針を取るようにする.この場合の家族らとは,本人が信頼を寄せ,人生の最終段階の本人を支える存在であるという趣旨である.法的な意味での親族関係のみを意味せず,より広い範囲の人(親しい友人ら)を含み,複数人存在することも考えられる.われわれはつねに家族らに対して,「ご本人だったらどのような治療やケアを望まれるでしょうか?」と問いかけ,本人の価値観や今までの行動や言動などから本人の意思を推定する必要がある.本人の意思決定能力が十分なときに,意思決定能力の低下に備えて,患者,家族らの本人の意思を推定する者,医療従事者間でアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を行う目的の一つは,家族ら本人の意思を推定する者により患者本人の推定意思の質を高めることである.

Step4(本人の意思が確認できず,かつ家族らが本人の意思を推定できない場合もしくは家族らがいない場合):本人にとって最善の方針を医療・ケアチームで慎重に判断する

本人の意思決定能力が十分でなく,かつ家族らが患者本人の意向を推定できない場合,もしくは家族らがいない場合は,本人にとって最善の方針を医療・ケアチームで慎重に判断する.この際に重要なことは,医師が一人で独善的に決めるのではなく,多職種チームで家族らを含めて判断することである.

Step5(心身の状態等により医療ケアの内容の決定が困難な場合や家族らのなかで意見がまとまらない等の場合):複数の専門家で構成する話し合いの場を設置し,方針の検討や助言を行う以上のプロセスを経て人生の最終段階における治療・ケ

アに関する意思決定を行うが,医療従事者や家族らの間で意見がまとまらなかった場合には,臨床倫理コンサルテーションなどを利用して,複数の専門家から助言を得ながらさらに意思決定のプロセスを進めることが推奨されている.

1.5 循環器領域における緩和ケアの課題

前項で述べたように,緩和ケアは患者が人生の最終段階にあるか否か,改善が可能な状態か否かにかかわらず必要に応じて提供されるものであり,その主たる提供者は,循環器・救急・集中治療医をはじめとしたプライマリチームのスタッフである.いわゆる終末期のみに緩和ケアが提供されるわけではない.現在の循環器,とくに救急集中治療領域における緩和ケア・EOLC の課題を表3 に示す29).

循環器・救急・集中治療の現場で実践されるべき緩和ケアの内容は,次の6 つに集約される.1緩和ケアスクリーニングとニーズアセスメント,2身体的,心理・社会的,スピリチュアルな苦痛の緩和,3患者の価値観と状態を勘案したケアの目標設定・予後の話し合い,4患者の希望にあわせた治療・ケアの実施,5治療・ケアの場の移行と退院支援,6医療従事者自身のケアである.これらを明確に意識し,各項目について循環器疾患に携わる医療従事者が,実践する基本的な緩和ケアの知識とスキルの向上を図る必要がある.とくに,コミュニケーションスキルの向上は重要な課題の一つである.一方で,緩和することが困難な苦痛や,複雑な心理・社会的,倫理的問題に対しては,緩和

表3 ICU における緩和ケアの課題

1)患者の苦痛となる症状の発症頻度が高いにもかかわらず必要な対応が行われていない2)患者・家族とのコミュニケーションが適切に実施されていない(断片的,遅い) 3)医師と患者・家族がケアの目標について話し会う場が十分になく,家族が疑問や不安を解消できない4)医療従事者が家族に共感を示す場がなく,家族の気持ちのつらさが置き去りにされ,その結果,家族は代理決定に必要な情報の統合や咀しゃくができない5)生命維持治療の中止後に適切な症状緩和とコミュニケーションがなされていない6)退院/ 転床支援の際に患者・家族に十分な支援が行われていない7)必要でないICU の滞在やICU での死亡がある8)ICU サバイバーに対する緩和ケアニーズの把握とその後の継続的フォローアップ体制がない9)医療従事者のバーンアウト,抑うつに対応できていない。ICU: intensive care unit (Aslakson RA, et al. 2014

29)より作表)
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ケアの専門家からの支援を得ることでより効果的な対応が可能となる.そのため,どのような患者に対して緩和ケアの専門家にコンサルテーションするかという基準も重要となる(図4)

30).海外では,進行期心不全患者の緩和ケア

ニーズを評価し,緩和ケアをどのように提供すべきかを示すツールとして,Needs Assessment Tool: Progressive Disease-Heart Failure(NAT: PD-HF)が開発されている31).今後,わが国においても,循環器治療と緩和ケアの統合(インテグレーション)を臨床現場でどのように実装していくのかが喫緊の課題である.

1.6 おわりに

緩和ケアは今後の病状経過を予想しつつ,患者の価値観と患者を取り巻く環境に応じて提供する必要がある.循環器疾患領域では,病状や経過によっては集中治療や外科治療が患者のQOL に大きく寄与することがある.このため,「積極的治療か緩和ケアか」といった二者択一で治療を選択すべきではない.緩和ケアは,予後と病状を勘案したう

えでの患者の価値観にそった,患者にとっての最善の利益をかなえるための医療・ケアである.今後,緩和ケアが循環器領域で大きな発展を遂げることを期待したい.

2 アドバンス・ケア・プランニング (ACP)と事前指示のあり方

2.1 ACP をめぐる概念の整理

心不全をはじめとする重篤な疾患をもつ患者に対して質の高い緩和ケアを提供するためには,患者の希望や価値観にそった医療を行う必要がある.そのためには,現在の病状や予後,今後の見通しを医療従事者と患者が共有したうえで,今後の治療・ケアの目標を話し合うことが不可欠であると考えられている.しかし,死が近づいたときには,緩和ケアニーズのアセスメントを要する

心不全患者

緩和ケアニーズのアセスメントに加えて以下を評価

スピリチュアルな

側面社会的問題と家族のニーズ精神的な問題身体症状

ニーズや症状はどうか?

複雑/ 難治性患者の症状はどうか? (安定/ 悪化傾向/ 臨死期

誰が緩和ケアを提供するか?

心不全ケアチームによる

基本的な緩和ケア心不全ケアチーム+緩和ケア専門家へのコンサルテーション緩和ケア専門家主導による

緩和ケア

アウトカム評価

疾患の進行についての

話し合い

アドバンス・ケア・プランニングの継続

代理意思決定者の選定と事前指示

図4 心不全患者における緩和ケアの提供体制(Sobanski PZ, et al. 2020

30)より) Translated and modified/reprinted by permission of Oxford University Press on behalf of the European Society of Cardiology. OUP and the ESC are not responsible or in any way liable for the accuracy of the translation. The Licensee is solely responsible for the translation in this publication/reprint.
p.17
患者本人の意思決定能力が十分でなくなっていることがあり,そのような場合には患者の意向を聴くことがむずかしくなる32).患者の意思決定能力が十分でなくなったときにも,患者の意向を尊重した終末期ケアを提供するために,事前指示(アドバンス・ディレクティブ[AD]),アドバンス・ケア・プランニング(ACP),エンド・オブ・ライフディスカッション(EOLD)などの取り組みが行われてきた.まず,このような終末期に患者の意向を尊重するために行われているさまざまな言葉と概念(事前指示,ACP, EOLD)について解説し,それぞれについて定義する.

事前指示とは,患者あるいは健常人が,将来意思決定能力を失った際に,自らに行われる医療行為に対する意向を前もって示すことである.事前指示には,患者がどのような治療・ケア(とくに生命維持治療)を受けたいか,受けたくないかを示す「リビングウィル」と,患者が意思決定能力を失った際の代理意思決定者を表明しておくことの2種類が知られている33).事前指示とACP の大きな違いは,後者がその意思決定のプロセスそのものを指し,そのプロセスにおいて,患者-本人の意思を推定する者(いわゆる代理意思決定者)-医療従事者間で患者の価値観や選好を共有することに重点が置かれていることである.

世界的にはACP には大きく分けて2 つの考え方がある. 1 つは狭義のACP のとらえ方であり,ACP はあくまで,「患者が意思決定できなくなったときに備えて」行うものとする考え方である.もう1 つが広義のACP のとらえ方であり,ACP の話し合いの内容は意思決定能力がなくなったときに限定されず,患者が今現在,そして近い将来どのような治療・ケアを望んでいるかという話し合いと不可分であるという考え方である.

狭義のACP とは,患者が自分で意思決定ができなくなった場合の将来的な医療について,医療・ケアチームと患者,家族または代理意思決定者間で継続的に話し合う,患者およびケア提供者との間で行われる自発的なプロセスを指す34).一方,広義のACP とは,本人の価値観,大切なこと,希望,人生の目標,将来の医療に対する選好などを考慮しながら,本人,家族,本人の意思を推定する者,医療提供者の間で将来の治療・ケアのプランを話し合うプロセスである35-37).最新の欧米における心不全のガイドライン, ACP の国際デルファイ研究でも,広義のACP をその定義として採用しており,このガイドラインでは広義のACP をACP と表現する.これらの関係性を表すと図5 のようになる.

EOLD はend of life communication とも呼ばれ,死が近づいたときに患者が受けたい医療やケアに関する目標,具体的な選好を明確にするための話し合いを指す38, 39).事前指示とDNAR(do not attempt resuscitation)が混

同されていることがあるが,両者は概念的に異なる. DNAR とは,心停止時に心肺蘇生を行わないという医師の指示であり,その指示は心停止時に限り有効である40). DNAR 指示は,患者の状態,医学的適応,ACP の話し合い,事前指示,患者の推定意思,家族の意向などを総合的に判断し,患者および家族の同意のもと医師によって行われるべきものである.心停止時以外の状況における酸素投与,栄養・輸液,鎮痛・鎮静薬,抗不整脈薬,昇圧薬,人工呼吸器,血液浄化法などの差し控えや中止などについては,「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」25, 26)や「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」41)などをふまえて別途議論する必要がある.

2.2 緩和ケアにおけるACP の目的と 必要な要素

緩和ケアにおけるACP の目的は,患者の意向にそった医療・ケアを行うことである.そのためには,まず,病状説明と治療・ケアの目標の話し合いを必要な患者すべてに実践することが望ましい.具体的には,1病名と病状,2予想される今後の経過と見通しを患者と共有したうえで, 3患者の価値観,大切なこと,希望,生活状況や家族関係などについて話し合い,4今後の治療とケアの目標について話し合うことが必要になる.これらは患者の意向にそった緩和ケアを実践するために非常に重要なプロセスである.

続いて,患者に話し合う準備が十分にできており,患者が望むのであれば,狭義のACP の話し合いを行う.具体的には,5自分の代わりとして治療・ケアに関して医療従事者と話し合う役割をもつ本人の意思を推定する者は誰になるかを確認し,6病状の進行に伴って自分で意思決定す

図5 ACP の概念図ACP: アドバンス・ケア・プランニング

広義のACP (将来の医療・ケアに関する話し合い)狭義のACP (意思決定能力が低下したときに備えた,

将来の医療・ケアに関する話し合い)

アドバンス・ディレクティブ生命維持治療に関する希望
p.18
ることがむずかしくなったときに,どのような治療やケア,生活を望むか(生命維持治療を含む)を,本人の意思を推定する者とともに話し合う.そして,狭義のACP の話し合いの結果がまとめられたものが,事前指示となる.

2.3 ACP の効用と害

ACP の効用として,患者の自己コントロール感が高まる42),抑うつや不安をもつ患者の割合が減少する43),患者の意向が尊重されたケアが実践され,患者と家族の満足度が向上し,遺族の不安や抑うつが減少する44)ことが明らかになっている.心不全患者におけるACP の効果に関する最新のシステマティックレビューでは,ACP は医療従事者と患者・家族らとの話し合いを増加させ,患者の抑うつを減少させる可能性があるが,実施された研究の質が低く,かつACP の介入や測定されているアウトカムがさまざまであることから,ACP によって「患者の意向を尊重したケア」が達成されるかは評価できないと結論づけられている37).

ACP の害として,「自分の終末期について具体的に考える」心の準備ができていないと利益よりも害が多いこと,希望を失ってしまうことがあることが明らかとなっている45).また,医療従事者にとっては時間と手間がかかることが指摘されている.

2.3.1 誰を対象としていつ,ACP を行うか

ACP を誰に行うのが適切かについて検証した質の高い研究はない.患者が生命の危機に直面している状態となったら,すべての患者が対象になり,患者の準備状態に応じて始めるのが原則となる.ACP の対象患者をスクリーニングし,必要な患者を見逃さないための方法として,サプライズ・クエスチョン(SQ)が知られ,広く用いられている46-48).SQ は「この患者が1 年以内に亡くなったら驚くか」と医師が自問自答し,「驚かない」場合にスクリーニング陽性とするものである.

また,ACP を行う時期についても確立されてはいないが,病状が重すぎると話し合うことがむずかしくなるため,SQ陽性で病状が安定している外来時,もしくは退院時に行うのが1 つの方法である.

患者のアウトカムを改善させようと考えるのであれば,システマティックに患者を同定し,医師をはじめとする医療従事者にコミュニケーション教育を行って,一定の指針のもとに,患者の侵襲にならないように話し合いを導入し,その結果を誰もが見られる形で記録する必要がある49). 2.4 ACP の実践方法

現在までにACP の実践方法として確立したものはない.本提言では,欧米で実践が始まり,世界各国に広く普及しているRespecting Choices 50),Serious Illness Care Program 51)の両プログラムを参考に,心不全患者を想定して,日本の実情に合った方法を提案するにとどめる.ACPの実践方法をまとめて表4 に示す.

まずACP を実践するには,病状説明と治療・ケアの目標の話し合いを行い,その後にもし可能であれば狭義のACP を行うという順序で考える.前述したとおり,ACPは患者・家族にとって想定したくない未来を考えることにつながるので,患者の希望を維持しながら話し合いを進めることが重要である.したがって,患者の希望する目標について傾聴し,それをできるかぎり支えるとともに,起こりうる最悪の事態にも,ともに備える「最善を期待し最悪に備える」というスタンスを忘れずに取り組むことが重要である52).

2.4.1 病状説明と治療・ケアの目標の話し合い

1) 話し合いの導入

話し合いは,患者の大切なことを聴くことに焦点を当てて導入するとよい.

表4 ACP の実践方法

エンド・オブ・ライフディスカッションを行う1) 話し合いを導入する2) 病状理解を尋ねる3) 医学的情報をどのくらい,どのように知りたいかについて話し合う4) 予後について話し合う5) 目標について話し合う6) 恐れや不安について話し合う7) 支えになるものについて話し合う8) 欠かせない能力について話し合う9) 治療の範囲(トレードオフ)について話し合う10) 家族の認識について話し合う狭義のACP を行う(代理意思決定者とともに行う) 1) 代理意思決定者について話し合う2) 意思決定能力を失ったときに,どのような治療やケアを受けたいか,受けたくないか,その理由を話し合う3) 意思決定能力を失ったときに,どこで療養したいかを話し合う4) (可能であれば)話し合いの内容を文書に残す(事前指示書

の作成) ACP: アドバンス・ケア・プランニング(Bernacki RE, et al. 2014

49),Ariadne Labs 51)より作表)
p.19
例: 「今後希望される医療やケアをしていくことができ

るように,病気が今後どうなっていくかをお伝えし,あなたにとってどんなことが大切なのかを前もってお聴きしておきたいと思うのですが,よろしいでしょうか?」

2) 病状理解を尋ねる

診断と病状の経過に対する患者の認識と,話し合いに必要な準備状態を確認するために,病状と予後の理解を探っておくとよい.これにより医師は患者の理解度に合わせて話の内容を調整することが可能となる.

例: 「ご自分の病状についてどのように理解されていま

すか? 〇〇さんのお言葉で教えていただいてよろしいでしょうか?」

3) 医学的情報をどのくらい,どのように知りたいかに

ついて話し合う意思決定への参加や関与についての患者の嗜好を理解することで,医師は患者の希望に合わせて,これからの話し合いの内容と方法を調整することが可能となる.病状のことをまったく知りたくないという患者がいることをわれわれは忘れてはならない.病状を知りたくないと患者が考えている場合は,その理由を尋ね,場合によっては話し合いはこの時点で終了せざるを得なくなることもある.

例: 「今後,病気がどうなっていくかについて,どの程

度お知りになりたいですか?」

4) 予後について話し合う

今後の見通しを共有しないと,ACP の話し合いをすることは非常に困難になる.予後について話すときは,患者の情報提供の希望に合わせて,「...だとよいのですが,...を心配しています」,「...を願っていますが,...を心配しています」などの表現を使って間を置きながら会話を行い,患者の反応や表出される感情に留意し,対応する必要がある.

例: 「あなたの病状について,私が理解している範囲で

お伝えしたいと思います.」「あなたの病気が今後どのように進行するか予測す

ることはむずかしいと思います.できるだけ長く,病気が進行せずに元気で過ごしていただきたいと思っています.同時に,病状が急に悪くなる可能性もあり,そのことをとても心配しています.そのもし

ものときに備えておくことが大事だと思うのです.」「とても残念なのですが,残された時間が,(例:日

単位~週単位,週単位~月単位,月単位~年単位の期間で示す)になってきている可能性があることを心配しています.」「申し上げにくいのですが,あなたが感じているより

事態は差し迫っているのではないかと思います.そして,今後,もう少しむずかしい状況になる可能性があることを心配しています.」

5) 目標について話し合う

患者がもっているこれからの人生・生活の目標を尋ねることで,患者がこれからの人生・生活で優先したいことを話し合うことができ,より個別化された治療・ケアの計画を立てることができる.

例: 「万が一,病状がさらに進んだ場合のことを考えて

おきたいと思います.病状が進んだ場合,どんなことが一番大切ですか?」

6) 恐れや不安について話し合う

患者は今後病気がどう進んで生活にどのような影響が出てくるのかという恐れや不安をもっていることが多く,そこに焦点を当てて具体的な支援を行うことが非常に重要になる.

例: 「今後の病状に関して,一番怖いなと思っているこ

とは何ですか? どんなことが心配ですか?」

7) 支えになるものについて話し合う

恐れや不安を聴いた後は,病気と付き合って生活していくなかで,患者自身の支えとなっているものについて尋ねる.患者の支えとなっているものを,提供するケアのうえでも大切にしたり,それをさらに強固なものにするような支援を提案するとよい.

例: 「これから病気と付き合っていくうえで,どのような

ことがあなたの支えになると思われますか?」

8) 欠かせない能力について話し合う

患者の置かれた環境や人生によって,自分の身体機能において欠かせないと思うことはさまざまである.これからの治療・ケアを考えるにあたって,患者にとって大切な身
p.20
体機能を尋ねる.この質問をすることは,患者自身が許容可能な治療と許容できない治療を具体的に考えるための助けになる.

例: 「あなたにとってとても大切で,これができないまま

生きていくのは考えられない,と思うのはどんなことですか」(例:口から食べられること,身の回りのことが自分でできること,家族とコミュニケーションが取れること,など)

9) 治療の範囲(トレードオフ)について話し合う

心不全患者は,治療に伴いさまざまなデバイスが必要になったり,入院生活を強いられたり,生活に制限が加わることがある.生活の質(QOL)と生命の長さのバランスをどう取るかについて,どのような考えを患者がもっているかを知っておくことが意思決定のうえで大切になる.

例: 「病状がさらに進んだ場合,余命を延ばすためなら

どの程度(の治療)であれば,たとえつらくてもやっていきたいと思いますか?」

10)家族の認識について話し合う

家族が病状の今後の見通しを共有したうえで患者の治療・ケアに関する希望を理解していることは,患者と家族双方の健康アウトカムを改善することが知られている43, 44).患者と家族との関係性を把握したり,患者が病気や治療に対する考え方を家族とどれくらい話し合っているかについて話し合っておくとよい.

例: 「ご家族は,あなたのご希望や大切にしたいことに

ついてどのくらいご存じですか?」

ここまで話し合ったことをもとに,患者の大切にしたいことや治療・ケアに関する希望をまとめ,今後の具体的な治療・ケアの方針をたてていくこととなる.

2.4.2 狭義のACP

EOLD で話し合ったことをもとに,患者が話し合う準備ができているようであれば,「(病状がさらに進行して)患者が意思決定能力を失ったときに」どのような治療・ケア・生活をしたいかについて話し合っておきたいことを患者に伝える.以下の順番で進めていく.

1) 代理意思決定者について話し合う(確認する)

患者が意思決定能力を失ったときに,誰に自分の代わりに治療やケアについて医療従事者と話し合って決めていっ

てもらいたいかを尋ね,特定しておくことが重要である.またさらに,特定しておくだけでは不十分で,その代理意思決定者にあらかじめそれを伝え,承諾を得ておく必要がある.狭義のACP は代理意思決定の質を高めることを目的に行われるものであり,代理意思決定者とEOLD,ACPの内容やプロセスを共有する必要がある.

例: 「病状によっては,病気の治療やケアについて,ご

自分で決めることがむずかしくなることがあります.そのような場合に,○○さんが大切にしていることがよくわかっていて,○○さんになり代わって,治療などの判断ができる方はどなたでしょうか?」

「もしよろしければ,次回までに奥さまにこのことを

伝えて,次回一緒にお越しいただけませんか?」

事前に本人の意思を推定する者について話し合われている場合は,この時点で確認し,話し合いに加わってもらうとよい.

2) 意思決定能力を失ったときに,どのような治療や

ケアを受けたいか,受けたくないか,その理由を話し合う病状の進行などにより,意思決定能力を失うくらい体調が悪くなったときに,どのような治療・ケアを受けたいかについて話し合う.この内容は,蘇生や生命維持治療だけに限定されるべきではない.EOLD で話し合った,欠かせない能力やトレードオフの会話をもとに,具体的にどのような治療・ケアを受けたいかを話し合っていくとよい.

例1:「病状が進むと,意識が薄れて,ご自分の意思を伝

えることがむずかしくなることがあります.万が一のために,病状のために身の回りのことができなくなったときのことについて話し合っておきたいと思っています.そのようなときは,どこでどのように治療・療養をするか考えたことはありますか?」

「そのような場合に何か具体的な希望はあります

か?」「そのような場合に一番心配なことはどんなことで

すか?」

「そのような場合に,これだけはしてほしくないとい

うことがあったら具体的に教えてください」
p.21
「なぜそのようにお考えか,詳しく教えていただけま

すか?」

例2:「自分の考えを伝えることができないくらい病状が

悪化し,改善の見込みがない場合,どのような治療を望みますか?」

以下,自由回答が得られなければ例示:1延命に重

点を置く-ICU への入室,気管挿管,人工呼吸をする,2基本的・一般的な内科治療-ICU への入室,気管挿管,人工呼吸はしない,3延命は考えず,快適に過ごすことに重点を置く-「それはどうしてですか?」

3) 意思決定能力を失ったときに,どこで療養したいか

を話し合う上記と同様に,どこで療養したいかについて,具体的に話し合っておくことが望ましい.

例: 「病状が進むと,意識が薄れて,ご自分の意思を伝

えることがむずかしくなることがあります.そのようなときはどこで過ごしていきたいとお考えですか?」

4) (可能であれば)話し合いの内容を文書に残す(事前

指示書の作成)上記の,EOLD およびACP の内容を本人の意思を推定する者が文書にして残すことが望ましい.わが国では法的な効力をもつ定められた事前指示書の書式はないが,話し合いの内容をいつでも参照できるように,電子カルテに保存し,関わる人々の間で共有することが重要である.また,治療・ケアに関する選好は変化しうるため,事前指示書の内容は定期的に確認して,必要に応じて改変することが重要である.

2.5 緩和ケアにおける臨床倫理

緩和ケアにおいては,生命維持治療の差し控えや中止(例:補助人工心臓)を議論する際や,代理意思決定を行う際に,医療従事者の判断と本人,家族との希望の食い違いがみられ,葛藤を生じることが多い.そのような際には臨床倫理の考え方を取り入れて,家族を加え,多職種で事例を検討することが1 つの方法である.臨床倫理の目的は,診療において生じる倫理的課題を認識し,分析し,解決を試みることにより,患者のケアの質を向上させること53)とされ,その臨床応用の方法として,「臨床倫理4 分割法」

がJonsen らによって提示されている54).患者の情報を「医学的適応」,「患者の意向」,「QOL」,「周囲の状況」という4 つの項目に分類し,状況を整理することで,それをもとに「患者にとっての最善は何か」という視点を共有しながら多職種チームで議論し,適切な解決を図る方法論であり,倫理的ジレンマが生じた際の方針決定に有用である.関わっている関係者全員が100% 納得するような対応策を見つけることは臨床医学が不確実性を含む学問である以上困難であるが,臨床倫理の考え方を知り,問題点を整理し,議論することで「全員が承認できる,患者にとっての最善の解決策」を見つけることが,患者へのよい医療,ケアの提供につながる.

3 予後予測モデル

循環器疾患患者を診療する際,急性期・慢性期を問わず,予後リスクの把握は重要な意義をもつ.まず,予想されるリスクを医師が理解し,疾患の軌跡を患者とその家族に伝えることは,医師-患者関係を構築するための重要な側面となる.そして,将来リスクの知識は,とくに将来有害事象が高率に発生する高リスク患者において,最適な治療選択を行う一助となり,とくに薬物,心臓再同期療法(CRT)や植込み型除細動器(ICD)などのデバイス治療,より詳細なモニタリング,緩和ケアにおけるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)などにおいて,おもにそれらの導入時期の決定に欠かせないものである.また,低リスク患者の特定は,患者の不安の軽減,不必要な高額医療の介入の抑制,高リスク患者の特定は効果の少ない高額医療の介入の抑制につながり,医療経済的観点からも重要である.

しかし,循環器疾患はがんと比較して終末期を迎える経過が比較的ゆるやかであり,ときに病態が急激に変化するため,正確な予後予測が困難なことが多い.とくに心不全では,急激な増悪がみられても治療によって回復することが多いことも,予後予測を困難にしている要因である.現在までに循環器疾患の予後予測に関して多数の報告がされているが,おもにバイオマーカーなど単一因子による予測では不十分であることから,統計学的多変数モデルを用いた多くの予後予測モデルが開発されてきた経緯がある.

本節では,循環器疾患のなかでも比較的数が多く,将来イベントリスクが高い重症かつ高リスクの患者が多数存在する急性冠症候群(ACS)および心不全の予後予測モデ
p.22
ルに関して,とくにわが国においてその妥当性が確認されたモデルを中心に概説し,実際に臨床現場で適用するうえで認識すべき注意点についても述べる.

3.1 急性冠症候群(ACS)の予後予測モデル

ACS のおもな予後予測スコアとして,GRACE スコア, PURSUIT スコア,TIMI スコアがもっとも広く知られているが,なかでもGRACE スコアは,ST 上昇型心筋梗塞(STEMI),非ST 上昇型ACS(NSTEMI,不安定狭心症)を問わず,ACS 患者の包括的リスク評価としてもっとも精度の高いスコアとして用いられており,ウェブサイト上で容易に計算が可能である(https://www.mdcalc.com/ grace-acs-risk-mortality-calculator).

GRACE スコアは,1年齢,2心拍数,3収縮期血圧, 4初期血清クレアチニン,5Killip 分類,6心停止による入院,7心筋バイオマーカーの上昇,8ST 部分の偏位といった高リスク8 因子を用い,これらの因子に重みづけを行うことで,入院中および6 ヵ月後までに予測される死亡率または心筋梗塞発症率が算出されるしくみとなっている(図6) 55-57).さらに,本スコアはSTEMI,NSTE-ACSそれぞれにおける将来リスクの層別(低リスク,中等度リスク,高リスク)と,院内死亡率および生存退院後6 ヵ月の予後予測が可能である.

本スコア構築のために行われたGRACE 研究には,わが国をはじめアジアの施設は参加していない.しかし,わが国のACS 症例で本スコアの妥当性を検証したデータで

は,生存退院時のGRACE スコアが100 点未満,100 ~ 120 点,121 ~140 点,141 点以上の患者における長期(中央値3.9 年)死亡率は,それぞれ2.0%,6.3%,11.8%, 16.8% であり,わが国においても本スコアの正確性が示された.したがって,日常診療には十分適用できる予後予測指標であると考えられ58),日本循環器学会「急性冠症候群ガイドライン(2018 年改訂版)」においても推奨クラスIとされている59).

3.2 心不全の予後予測モデル

心不全はがんや認知症と比較し,予後予測がきわめて困難な疾患である.その理由として,1急性増悪による機能低下を繰り返し,治療により部分回復する,2増悪時にそのまま死の転帰をとる可能性がある,3慢性安定経過中に突然死の可能性があることなどがあげられる(図2) 11).しかし,とくに死亡リスクの高い重症心不全患者においては,植込み型人工心臓装着・心臓移植あるいは終末期緩和医療に踏み込む判断をするうえで,可能なかぎり客観的かつ正確な予後予測を行うことは,患者とともにその後の人生を考えるうえで,きわめて重要なプロセスと考えられる.

心不全には糖尿病,心房細動,慢性腎臓病,貧血,慢性閉塞性肺疾患(COPD)など多くの疾患が併存するだけでなく,栄養障害やサルコペニアなどさまざまな因子が心不全の病態を複雑に修飾し,生命予後に関連するとされてい

76 歳男性 不安定狭心症来院時の収縮期血圧106 mmHg,心拍数118 回/ 分,血清クレアチニン1.48 mg/dL,胸部レントゲンで肺水腫あり

図6 GRACE スコア(Center for Outcomes Research 57)より)   © 1998-2021 Center for Outcomes Research, University of Massachusetts Medical School

院内死亡率14%,6 ヵ月死亡率27%と算出される
p.23
る.また,近年,心筋トロポニンやナトリウム利尿ペプチドなどのバイオマーカーによる予後予測についても多くの報告がなされるようになり,現在までに多くの心不全予後予測モデルが報告されている.わが国の心不全患者に対して比較的良好にあてはまることが検証されている4 モデルを目的別(急性増悪時の短期予後予測,一時回復後の慢性期長期予後予測)に使用することで,複数のモデルを用いて導かれた結果から総合的に判断し,治療選択や患者説明の参考にすることが肝要である.

3.2.1 急性心不全 (心不全増悪時の短期予後[院内死亡]予測モデル)

a.  OPTIMIZE-HF リスクスコア60)

米国で行われた,急性心不全約5 万人が登録された大規模レジストリ研究OPTIMIZE-HF(Organized Program to Initiate Life-saving Treatment in Hospitalized Patients with Heart Failure)から構築された予後予測モデルであり,年齢,収縮期血圧,心拍数,血清クレアチニン値,ナトリウム値,入院原因,左室駆出率の7 因子からリスクスコアが算出される.

一例として以下の症例で算出すると,OPTIMIZE-HF リスクスコアは48 点(院内死亡リスクは約10%)であり,短期予後は比較的高リスクと判断できる.

b.  GWTG-HF リスクスコア61)

GWTG-HF(Get With The Guidelines-Heart Failure)リスクスコアは,米国における急性心不全約4 万人において複数の院内死亡リスク因子を検討し,最終的に導かれた人種,年齢,収縮期血圧,心拍数,血清尿素窒素値,ナトリウム値,COPD の有無に関する7 つの変数をもとに算出されるリスクスコアである.

先ほどの症例で算出すると,GWTG-HF リスクスコアは52 点(院内死亡リスクは約5 ~10%)であり,本スコアにおいても短期予後は比較的高リスクと判断できる.

3.2.2 慢性心不全(心不全増悪後一時回復時の 長期予後予測モデル)

a.  SHFM 62)

SHFM(Seattle Heart Failure Model)は,6 つのランダム化比較試験または大規模レジストリ研究に登録された,

収縮能が低下した慢性心不全約1 万人のデータをもとに構築されたもので,臨床基本情報,使用薬剤,デバイス,検査所見情報から5 年後までの生命予後を算出できるだけでなく,あらたに開始する薬剤やデバイス治療介入後の予後を予測することも可能な包括的なモデルである.本モデルはウェブサイト上で計算可能であり(http://depts.washington.edu/shfm/?width=1422&height=889),欧米では広く使用されてきたが,収縮能の保たれた心不全における妥当性に関するデータは乏しい.

一例として以下の症例で算出すると,1 年後死亡率は17%,5 年死亡率は65% であり,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬,β遮断薬,アルドステロン拮抗薬導入により死亡率の改善が期待できることが予想される(図7) 63).

なお,本モデルはわが国の心不全症例を対象とした補正版が使用できる64). b.  MAGGIC 予後モデル65)

MAGGIC(Meta-analysis Global Group in Chronic Heart Failure)予後モデルは,ランダム化比較試験または大規模レジストリ30 試験に登録された慢性心不全約4 万人のデータをメタ解析することにより構築された予後モデルである.3 年後までの予後予測が可能であり,ウェブサイト上で計算できる(http://www.heartfailurerisk.org/).

SHFM と比べ比較的シンプルなモデルであるが,死亡率がやや高く算出される.長期予後モデルは急性期モデルと比較するとモデル間のばらつきがやや大きくなるため,ある程度幅をもって解釈する必要がある.

先ほどの症例で算出すると,1 年後死亡率は約27%,3年死亡率は約55% であり,SHFM よりも高い死亡率が算出される.このような症例の場合,予後説明の際には幅をもって説明を行う(図8) 66). c.  サプライズ・クエスチョン

サプライズ・クエスチョン(SQ)は本来Case finding instruments であり,予後予測尺度ではないが,患者の治療にあたる医師が自分自身に「この患者が1 年後に亡くなったら私は驚くだろうか?」と問いかけることで,患者に対する総合的な印象を言葉にし,緩和ケアに重点を置くべきタイミングを計るユニークな手法である.SQ は現在ま

症例:56 歳男性,拡張型心筋症,3 度目の心不全増悪,意識清明,入院時血圧102/52 mmHg,心拍数102 回/分,下腿浮腫,四肢末梢冷感,胸部X 線で両側胸水貯留を認め,血液検査では尿素窒素72 mg/dL,血清クレアチニン3.51 mg/dL,血清ナトリウム143 mEq/L,LVEF は32% であった.利尿薬・血管拡張薬を投与しても循環不全の改善が得られず,強心薬投与により,循環動態は改善された.症例:65 歳男性,拡張型心筋症,4 年前に初回心不全入院,

今回2 度目の心不全入院.糖尿病を合併し,禁煙未達成.急性期,血管拡張薬および利尿薬で症状改善し,近日退院予定.身長178 cm,体重80 kg,NYHA 心機能分類III 度,LVEF 30%,収縮期血圧120 mmHg, ヘモグロビン13.9 g/dL,白血球リンパ球率24%,尿酸6.5 mg/dL,総コレステロール205 mg/dL,血清ナトリウム140 mEq/L,血清クレアチニン1.35 mg/dL
p.24
図7 Seattle Heart Failure Model(SHFM) (University of Washington 63)より)© 2006-2017 University of Washington.

基本予後情報治療介入後の予測

基本臨床情報内服薬利尿薬検査所見デバイス

治療介入:内服薬治療介入:デバイス

でに報告されているような,おもに予後予測モデルに適用される臨床所見や検査データといった患者要因によるものではなく,医師の主観を言い換えたものである.しかし,医師は多くの臨床経験から,患者が死に至るまでの経過をイメージすることができるため,客観的な検査値などよりも,患者の印象など客観的に表現しにくい小さな特徴を総合して,死が近づいていることを察知している可能性がある.

カナダのトロント大学の研究グループは,心不全,がん,透析患者などを対象に,SQ に関する16 研究のシステマティックレビューとメタ解析を行い,SQ の緩和ケア適応患者選定における有用性を検討している67).その結果,6 ~ 18 ヵ月の間の死亡について,陽性的中率37.1%(95%CI

30.2 ~44.6%),陰性的中率93.1%(95%CI 91.0 ~

94.8%)であった.これは医師の予想で「亡くなっても驚かない」とされた場合の37.1% が実際に死亡し,医師が「亡くなったら驚く」と予想した場合の93.1% が実際に生存していたことを意味する.ただし,対象研究における死亡者数が少なかったことや,心不全患者などの非がん患者(C 統計量:0.77)ではがん患者(C 統計量:0.83)に比べ予測能が劣っていたことには注意が必要である.最近,英

国のリーズ大学のグループが,非代償性心不全の連続129人を対象にSQ の1 年予後予測能を検討したところ,循環器医においては感度85%,陰性的中率88% であった48).しかし,特異度は59% 程度にとどまっていたこと,年齢,腎機能,血清アルブミンなど重要な予後因子で補正後の有意差はmarginal であったこと,非循環器医における予測能はより低かったことから,症状緩和が中心の緩和ケア導入の契機にSQ のみを使用するには不十分なデータであるといわざるをえない.ただし,特別な検査・機器などを必要とせず,感度,陰性的中率が高い指標であることに鑑みると,shared decision making(意思決定支援:患者と医師の両方が医学的な意思決定に貢献するプロセス)や,より早期のACP を導入すべき患者の同定には有用であると考えられる68).英国国立医療技術評価機構(NICE)が発行しているガイダンスでは,循環器疾患患者において緩和ケアが必要な患者を同定する際に,統計モデルから機械的に導かれた予後予測モデルよりも最初にSQ を用いて, NYHA 心機能分類,心不全再入院回数なども考慮して同定することを推奨している69).
p.25
3.3 予後予測モデルの適用タイミングと 注意点

適切な適用のタイミングを検討した報告は少ないが, NICE ガイダンスによると「定期的な繰り返し予後評価」が推奨されている.したがって,ACS や非代償性心不全においては,入院時,退院時,そして退院後は各患者の臨床状態に応じて半年~1 年ごとに再評価する必要があると考えられる.ただし,本節で紹介した予後予測モデルはいずれも予後予測能に関しては不十分といわざるをえないことから,複数のモデルを繰り返し使用しながら総合的に判

断し,患者,家族,そして多職種医療従事者と情報を共有し,患者ごとに最適な治療方針を決定することが重要と考えられる.

また,これらの予後予測モデルはおもに欧米人のデータを基準に作成されたものである.心不全モデルに関しては,短期・長期予後いずれについても,わが国の心不全症例に適用した場合は死亡率が約1.5 ~2 倍過大評価されることが明らかになっており70, 71),患者説明の際には特別な配慮が必要である.

図8 MAGGIC 予後モデル(Meta-Analysis Global Group in Chronic Heart Failure 66)より)
p.26
4 コミュニケーション

4.1 患者・家族とのコミュニケーション

4.1.1 患者とのコミュニケーション

医師のすぐれたコミュニケーション技術は患者満足度を向上させ,治療アドヒアランスを改善することが知られている72, 73).共通の治療目標をめざす信頼関係を形成することで,医療者-患者間に有益な協力関係が生まれる.しかし,生命を脅かす疾患に罹患している患者を目の前にしたコミュニケーションに対して,困難を感じる医療従事者は少なくない.“ 心不全患者との終末期に関する話し合い”に関するシステマティックレビュー74)によると,心不全患者と医療従事者の会話の焦点の大部分は疾病管理に当てられ,ケアの目標や意向に関してはほとんど話し合われていなかった.

率直かつ思いやりのあるコミュニケーションは,患者と家族の現実的な目標設定や自律を促進し,医療従事者と患者の関係を強化することにもつながる75).患者の多くは医療従事者が事実を話してくれることを望み,希望を失わせないために情報の提供が差し控えられることを否定的にとらえている76-78).ただし,患者のコミュニケーションに関する意向は個別性が高く,病状や精神状態,周辺環境などにも左右されるため,どのように聴きたいかに配慮したコミュニケーションが必要である.

4.1.2 家族とのコミュニケーション

家族は患者を支え,ともに病気の苦しみを共有する存在である.患者にとっての最善をめざす医療を行うためには,家族とも良好な関係を築くことが重要であり,患者を取り巻く社会環境について十分に理解しておくことが望ましい.家族はしばしば“ 悪い知らせ” を患者に伝えないように医療従事者に求めることがある.そのようなときは家族を説得するのではなく,「なぜ本人に話してほしくないと思うのか,その理由を教えていただけませんか?」など,家族が心配している理由を尋ね,共感的態度を示すことが重要である.そのうえで患者へ伝えることのメリットとデメリットについて話し合う.このような議論が患者-家族-医療従事者間のオープンなコミュニケーションを生む機会にもなる.家族同席のもとで,患者自身に自分の健康状態についてどのくらい知りたいか,どのような質問があるかを尋ねて

みるのもよい.一方で,世界医師会の「リスボン宣言」79)における情報に対する権利として,患者は必要があれば自分に代わって情報を受ける人を選択する権利を有する.しかし,患者の希望がないかぎり,自己の医療情報を患者本人に提供することを差し控えることは倫理的な問題をはらむ.

4.2 基本的なコミュニケーションスキル

医師は正確な情報を誠実に伝えるだけでなく,患者の希望についても配慮し,つねに患者の最善の利益のために行動する姿勢を示すことが重要である.患者との効果的なコミュニケーションのためには,言語的コミュニケーションだけでなく,非言語的コミュニケーションが有用である.たとえば視線の高さを合わせる,適切なアイコンタクトをとる,肯定的なジェスチャーを取り入れることなどがあげられる.また,ゆっくり話すことや電話などによる不用意な面談の中断を避けることも心がける.コミュニケーションにおいては,話すことと同じくらい“ 聴く” ことも重要であり,共感的で支持的な傾聴を行う.

基本となるコミュニケーションスキルの一つとして, Ask-Tell-Ask アプローチ(表5)

80)が知られている.これ

は最初に医療従事者が質問をすることで患者のニーズを評価し,それらのニーズを満たす情報を伝えた後に,改めて患者の理解を確認する手法である81).まず,患者が自身の疾患や状況をどのように理解しているかをオープンクエスチョンで尋ね(Ask),患者がすでにどこまで理解しているかを把握するだけでなく,何を追加で知りたいのか,どのような誤解や不安があるのかを明らかにする.次に,医療従事者から患者がもっている情報に加えて新しい情報を提供(Tell)し,誤解があれば正しい理解を支援する.冗長で膨大な情報を提供することは避け,可能なかぎり率直で明確に,医療用語を避けた形で話し,消化不良を避けるために同時に3 つ以上のあらたな情報を伝えないように心がける.最後に医療従事者は患者から改めて質問を受け(Ask),理解度や疑問点を確認することで患者と医療従事者の共通理解を確かめ,さらに患者が心配していることを明らかにする.このAsk-Tell-Ask アプローチを用いることによって,医療に関する情報だけでなく感情的な問題についても話し合うことができる.

また,話し合いがうまく進まないときは,患者が言ったことに対して批判や解釈を挟むことなく傾聴し,肯定的に接しながら「どのような情報が必要か教えていただけますか?」「今どのように感じておられるか,お話しいただけま
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すか?」(Tell me more)などの問いかけを行う.患者のなかには感情を表に出さないタイプもいるが,これは必ずしも強い感情を抱いていないことを示すわけではない.コミュニケーションのなかで患者や家族の感情表出を促し,患者が自身の感情について話し合う機会をつくるためのポイントとしてNURSE(表6) 80)が知られている.

4.3 悪い知らせの伝え方

悪い知らせとは,「患者の将来への見通しを根底から否定的に変えてしまう知らせ」と定義されている82).その情報が“ 悪い” 知らせかどうかは患者の信念や認識に大きく左右され,また,文化的背景によって好まれるコミュニケーションの傾向も異なる.ほとんどの患者が診断と予後について話し合いたいと考える欧米諸国と比較して,わが国をはじめとするアジア諸国ではすすんで予後を話したいと考える患者は少ないとされてきた83).しかし時代とともに,わが国においても将来のことについて現実的に話し合いたいと考える患者が増加してきていることが報告されている84).患者と家族がともに来るべき死に向かって感情や周囲の状況を整理するためには時間が必要であり,今後の見通しに関する情報を伝えないことによって,患者の自律や信頼が損なわれる可能性がある.

患者や家族はしばしば予後に関する情報の提供を望むことがあるが,この先の人生設計のために将来の見通しを知りたいと思う患者もあれば,事態がそれほど深刻でないことを確認して安心したいために尋ねる患者もいるであろう.

予後の情報についての議論が起こったときは,その情報を知ることが患者や家族にどのような意味をもたらすかを熟考し,とくに患者側から自発的に尋ねられたときは知りたい理由を尋ねる.不確実性の高い循環器疾患の病の軌跡を考慮すると,「予後は6 ヵ月」などの断定的な期間の明言は避けることが望ましく,予後予測スコアやこれまでの臨床経過をふまえて,「数時間~数日」「数日~数週間」「数週間~数ヵ月」「数ヵ月~数年」など,医学情報と不確実性の両方をふまえた返答が検討される81).心不全患者は予後を過大評価しがちなため2),自身の予想より予後予測が悪かった場合に生じる失望や怒りに寄り添うことも必要である.また,予後予測には限界があることを伝え,“最善を期待しながら,最悪の事態にも備える(Hope for the best, prepare for the worst)” という医療従事者の姿勢を明確にして患者を安心させることも重要である.

悪い知らせの伝え方をガイドするフレームワークとして,がん領域においては米国で開発されたSPIKES 85)や,日本人の文化的背景をふまえて開発されたSHARE(表7) 86)が知られている.これはがん医療におけるコミュニケーションツールとして開発されたものであるが,循環器疾患のコミュニケーションにおいても参考になる.また,がんに限らず難治性疾患全般を対象としたコミュニケーションスキルに関するトレーニングプログラムとして,Serious Illness Care Program(SICP)なども存在する.

4.4 対応がむずかしい場合の コミュニケーション

医療現場では患者の不安や否認が強かったり,感情表出が激しかったりする場面に遭遇し,対応に苦慮することがある.そのような状況においては,まず医療従事者が冷静に一歩引き,相手の感情に巻き込まれないようにする.患者の話をさえぎらずに最後まで聴き,共感的な態度を示し,

表5 Ask-Tell-Ask アプローチ

Ask • 患者に現在の問題点をどのようにとらえているか尋ねる「これまで病状についてどのような説明がありました

か?」「あなたの病気や病状について,あなたは実際どのように感じておられますか?」「今一番話し合っておきたいと感じる問題点はありま

すか?」

Tell • 悪い知らせ,治療選択,その他の情報など,話し合いに必要なものを,医療用語を避けた平易な言葉で伝える• 情報はできるかぎり少なくシンプルに,患者が消化できる範囲で提供する(一度に3 つ以上の情報を提供しない)

Ask • 話し合いの内容が理解できたか,質問がないかを尋ねる• 場合によっては話し合った内容を患者自身の言葉でまとめてもらう「きちんとお伝えできたか自信がないので,ご家族に

今日話し合った内容をどのようにお話しされるのか,教えていただけませんか?」

(Back AL, et al. 2005 80)より作表)表6 NURSE

Naming患者の感情を言語化するUnderstanding困難な状況や感情を理解していることを伝えるRespecting相手の感情と存在に敬意を示すSupporting支援していくことを伝えるExploring患者の立場になって,その気持ちを探索する(Back AL, et al. 2005 80)より作表)
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根底にある問題点を明らかにする.そして患者とともに背景にある問題を解決していこうという姿勢を示すことが重要である.問題点を解決することはむずかしいこともあるが,感情の問題は解決できる可能性がある.それでも対応に苦慮する場合は,緩和ケアチームや精神科などの専門家に相談することも検討する.

4.5 医療従事者間における コミュニケーション

多職種チームは現代の医療に不可欠であるが,単に複数の医療従事者が集まっても自動的にアウトカムの改善がもたらされるわけではない.患者・家族が一貫したメッセージを受け取ることができるように,チーム構成員同士の良好なコミュニケーションが求められる.効果的なチーム活動のためには,チームの強みと弱みを認識することが必要である.とくに大人数のチームでは,個々の構成員が誤った発言を恐れて沈黙し,一部の構成員が議論を支配することでさらに他の構成員が沈黙し,最終的に皆がリーダーの意向に左右されがちとなる.

すべての構成員,とくに発言をしないスタッフの参加を促し,議論のためにはたとえ不完全なアイデアであっても歓迎する雰囲気を育てることが重要である.また,チーム活動において“ 謙虚さ” はとくに重要であり,自らの弱点を認識し,他の専門スタッフの強みや専門性を尊重し,チームのパフォーマンスを個人的な利益より優先する姿勢が求められる87). 5 集中治療における意思決定支援

本節では集中治療における意思決定支援について概説する.2014 年に日本循環器学会,日本集中治療学会,日本救急医学会の3 学会により作成された「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン~3 学会からの提言~」41)と,わが国における意思決定支援のよりどころとなる「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」25, 26 )を参考に記載した.

5.1 循環器疾患における終末期の特徴

循環器疾患における終末期は,心不全に代表されるように寛解増悪を経て慢性的な経過から移行する場合と,急性心筋梗塞・急性大動脈解離・脳卒中などの急激な発症により突然終末期を迎える場合がある.わが国では慢性的な心不全患者でさえ,多くは自宅や緩和ケア病棟で臨終を迎えるわけではない.多くが症状の悪化に伴い救急搬送され,集中治療を受ける.救急搬送により主治医のいない病院に収容されることも多い.末期状態と思われていた患者でさえ集中治療の導入により救命しうる点や,移植医療という起死回生の手段がある点が,循環器集中治療の特徴といえるため,原則的にはStage D で心不全の終末期と定義される状況でも,救命される例が少なからず存在する.したがって,明確な本人と家族の意思が示されないかぎり,患者救命のために侵襲的治療も含む最大限の集中治療が施される合目的性がある.一方で,急性心筋梗塞のように急激に発症する症例の場合は,十分な患者・家族背景が把握で

表7 SHARE の概要

Supportive environment (支持的な環境の設定)プライバシーが保たれた落ち着いた場所と十分な時間を確保する面談が中断しないように配慮する希望する家族の同席を勧める

How to deliver the bad news (悪い知らせを伝える)正直に分かりやすく,丁寧に説明する患者に質問を促し,理解度を確認しながら納得が得られるように説明するどの程度の情報を伝えるかに関して,患者の意向を確認する

Additional Information (付加的な情報を提供する)今後の治療方針を話し合う日常生活に病気や治療が与える影響について話し合う患者の気がかりや心配,希望する話題について尋ねる

Reassurance and Emotional support (安心感と情緒的サポートの提供)優しさや思いやりを示す患者に感情表出を促し,受け止める患者の気持ちと心配に関心をもっており,一緒に取り組んでいくことを伝える家族に対しても患者同様に配慮を示す(Fujimori M, et al. 2014 86)より作表)
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きていない状況で集中治療が施される.多くは治療が奏効し改善するが,一方で不幸な転帰を迎える例も存在する.一部には機械的治療に依存する例も存在し,本人の意思を確認できないまま終末期を迎えることもある.このように,循環器集中治療の救命の現場では患者の意思や家族背景(家族との関係)が不明確であり,本人・家族との合意形成が難解な症例にしばしば遭遇する.われわれはこのような特徴を十分に理解し,循環器集中治療における意思決定支援を進める必要がある.

5.2 循環器集中治療における 末期状態と終末期

5.2.1 定義

循環器疾患の「末期状態(end-stage)」とは,「最大の薬物治療や非薬物治療を施しても治療困難な状態」とされる88).救命を目的とした循環器集中治療においては,末期状態の患者に対してさえ,強心薬の使用に加え機械的治療として,人工呼吸,大動脈内バルーンポンプ(IABP),体外膜型人工肺(ECMO),IMPELLA 補助用ポンプカテーテル(Impella),補助人工心臓(VAD),持続的血液濾過透析(CHDF)などが施行される.

循環器集中治療における「終末期」とは,「末期状態の患者に対し救命のために最善の医療を尽くしても患者の病状が終末期の状況にあること」や,「治療が有効であっても結果として強心薬や機械的治療(人工呼吸器,IABP, ECMO,Impella,VAD,CHDF など)に依存してしまう状況」と定義される.循環器疾患患者では終末期として治療方針が決定される前に,移植医療の適応についてとくに検討される必要がある.

5.2.2 終末期の判定

前提として,急性期の重症患者においては患者背景にかかわらず救命のために適切な循環器集中治療が尽くされるべきであり,その状況下で患者が終末期であるかどうかが判断されるべきである.患者が終末期であるという判断は,主治医,主治医以外の複数の医師(複数科であることが望ましい),看護師らからなる医療チーム(以下,医療チーム)で客観的になされる必要がある.終末期にはさまざまな状況があり,以下の場合が考えられる41). 1) 不可逆的な全脳機能不全(脳死,重篤な低酸素脳症な

ど)であると十分な時間をかけて診断される場合2) 生命が人工的な装置に依存し,生命維持に必須な複数

臓器が不可逆的機能不全となり,移植などの代替手段の適応もない場合

3) 現時点で行われている治療に加えて,さらに行うべき治

療方法がなく,現状の治療を継続しても近いうちに死亡することが予測される場合や現状の治療の継続が合併症などにより困難な場合4) 回復不可能な疾病の末期,たとえば悪性腫瘍の末期で

あることが積極的治療開始後に判明した場合患者が死亡する可能性が高い重篤な状態になった時点で,医療安全室長,複数科の医師・看護師を中心とした多職種による回診システムを導入し,終末期の最終判断を行うといった取り組みを導入している施設もある.上記のような終末期の状況に合致しているかをさまざまな視点から確認することは,患者が終末期であるという重大な決断をくだす際に必要かつ不可欠であると考えられる.

5.3 終末期と判断した後の対応

終末期と判断した場合も,とくに終末像として心不全を呈する心疾患においては,適切な治療を継続することが症状緩和につながるため必須である89).ただし,どこまでが適切な治療といえるかについての明確な定義はない.利尿薬・血管拡張薬や強心薬による薬物治療,ときには非侵襲的陽圧換気療法(NPPV)のような比較的侵襲性が低いと考えられる機械的治療は,症状緩和に有益であれば考慮される.また,前述のように,患者・家族背景が不明確な状況で循環器集中治療が開始されている場合も多い.したがって,医療従事者は同時に患者背景の把握に努める必要がある.そのうえで,医療従事者は患者,およびキーパーソンとなる家族や関係者(以下,家族らという)に対して, 1最善の集中治療を尽くしても,患者の病状が終末期の状況にあること,2これ以上の措置は患者にとって最善の治療ではなく,患者の尊厳を損なう可能性がある生命維持治療となりえることを十分説明し,理解を得る.

5.3.1 患者・家族意思の有無に応じた対応

医療チームは患者,家族らの意思の有無に応じて以下のように対応する(図9). a.  患者の意思決定能力または事前指示がある場合

患者が意思決定能力を有しているまたは本人の事前指示(アドバンス・ディレクティブ[AD])がある場合は,それを尊重することを原則とする.この場合,医療チームは患者の意思決定能力を慎重に評価する.患者が意思決定能力を有していると判断された場合は,本人の状態に応じて,可能であれば複数回にわたり医療従事者から適切な情報の提供と説明がなされる必要がある.患者本人が現状を理解
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したうえで,その意思を尊重しつつ医学的妥当性を検討し,治療方針を決定する.本人の意思と家族との間に相違があることも起こりうる.このような場合には,医療チームは患者意思を尊重する立場で家族らとの合意形成が得られるよう,家族らの意思に配慮しつつ意思決定支援を行う.

事前指示書は,意識障害に陥った患者がどのような治療を受けたいかを,あらかじめ記述・指示する文書である.必要に応じて代理意思決定者も指示する.医療行為は医学的妥当性のみならず,患者の同意が必要であるという基本原則を有するが,ときに終末期の患者に対して患者本人が望んでいない侵襲的治療が施されることがある.事前指示はその問題の解決策となる可能性がある.一方で,米国の5 施設において,事前指示書の有用性を9,000 人規模で評価したランダム化比較試験であるSUPPORT study では,看護師が患者の病状を理解・確認した後に事前指示を聴取し,その情報を医師に伝えるという方法で,事前指示を行った群と行わなかった群におけるDNAR(do not attempt resuscitation)取得から死亡までの日数,疼痛,患者・家族満足度などのアウトカムが検討された.その結果,アウトカムに2 群間で有意な差は認められなかった90).最大の問題点は,事前指示が当該病態に対する治療の開始時

点での判断ではない点にあり,入院時点での患者意思が正確に反映されていない可能性がある.実際の普及率も非常に低く,平成30 年に厚生労働省が報告した「人生の最終段階における医療に関する意識調査」では,わが国では約70% の国民が事前指示書の作成に賛成にもかかわらず,実際に作成しているのは約8% であるとされている91).現状では事前指示書の作成そのものよりも,将来,意思決定能力がなくなったときに備えて,あらかじめ自分が大切にしていること,治療や医療に関する意向,代理意思決定者などについて話し合うプロセスであるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)が有用であろうと考えられる92). b. 患者の意思は確認できないが推定意思がある場合

家族らが患者の意思を推定できる場合には,その推定意思を尊重することを原則とする. c.  患者の意思が確認できず推定意思も確認できない場合

患者の意思が確認できず推定意思も確認できない場合には,代理意思決定者となる家族らと十分に話し合い,患者にとって最善の治療方針をとることを基本とする.医療チー

図9 患者・家族意思の有無による終末期における対応

終末期と判断された後に上記フローチャートに従い,治療方針に関する意思の優先度を確認する.

医療チームにより終末期と判断される場合

本人意思決定能力

事前指示

推定意思

家族ら意思

患者意思や事前指示を尊重(意思決定能力の評価)推定意思を尊重

生命維持治療

継続生命維持治療に関しての希望患者にとって最善の対応を

医療チームで検討

生命維持治療

差し控え医療チームに判断を委ねる

ありなし

なし

なし

なしあり

ありあり

終末期であり,これ以上の措置は患者の尊厳を損なう可能性があることを家族らに繰り返し説明し,合意形成を図る.患者に対し最善の対応をするという原則に従い,家族らとの複数回の協議を行ったうえで,生命維持治療を差し控える方法を選択する.医療チームは患者にとって最善の対応を検討し,代理意思決定者である家族らと合意形成を図る.

その他
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ムは代理意思決定者に現在の状況を繰り返し説明し,意思の決定ができるように支援する.最終的には代理意思決定者である家族らの総意としての意思を確認し,対応する. i.  代理意思決定者が生命維持治療を希望している場合「患者の状態が最良の治療を行っても救命不可能であり,これ以上の措置は患者の尊厳を損なう可能性がある生命維持治療となりうる」という点を平易な言葉で伝え,代理意思決定者である家族らの意思を再確認する.意思の再確認までは現在の措置を維持することを原則とする.繰り返し状況を説明し,家族らとの合意形成を図る. ii.  代理意思決定者が生命維持治療の差し控えを希望す

る場合患者にとって最善の対応をするという原則に従い,家族らとの複数回の協議を行う.その結果として,生命維持治療を差し控える方法を選択する. iii. 代理意思決定者が判断を医療側に委ねる,または代

理意思決定者と接触できない場合(身元不詳などの理由)医療チームは患者にとって最善の対応を検討し,代理意思決定者である家族らと合意形成を図る.

患者や家族らの意思は揺れ動くことがまれではないため,その変化に適切に対応するとともに複数回の話し合いの機会を設ける.また,医療チームで判断ができない場合や本人・家族らとの話し合いのなかで合意が得られない場合は,複数の専門家(医学・医療の専門家に加えて,法律家,病院外の一般人の代表者など)からなる委員会を別途設置し,医療チーム以外の視点からの,治療方針などについての検討および助言を求めることも有益である.

5.3.2 生命維持治療の差し控えにおける対応

医療チームは患者,家族らの意思に鑑みて,機械的治療として導入された生命維持装置や投与中の薬剤に関する対応について検討する必要がある.対応として,1現在の治療を維持し,あらたな治療を差し控える,2現在の治療を減量する,3現在の治療を終了するといった選択がある.循環器集中治療において,症状の増悪につながる場合は現在の治療は終了しがたい.一方で,終末期と判断された状態では,治療の継続は患者にとって最善の治療とはならず,かえって患者の尊厳を損なう可能性があることに配慮する必要がある.しかし,機械的治療からの離脱が困難な状況で機械的治療を中止する選択を行うかどうかについては,個々の症例で十分な検討が必要である.また,ECMO やImpella などの機械的補助循環では,合併症などの理由で治療の維持がむずかしく,措置の減量または終了をする必要性に迫られる場合がある.措置中止後に患者の容態が急

激に悪化し短時間で心停止に至る可能性も十分あるため,患者・家族らに十分説明してから行うべきである.治療中止の妥当性に関する多職種での議論も必要である.また,終末期と判断された場合,心停止時の対応としてはDNAR が選択されることが多いが,DNAR はあくまで心停止時のみに対する指示であり,心肺蘇生法の一部のみを行うPartial DNAR 指示は行うべきではない(詳細は他項参照).また,循環器集中治療では近年VAD(Impella を含む)が用いられている.VAD は強力に循環を補助し,停止する直前まで非鎮静下に意識が清明な状態での管理を可能とする.しかし,いったん停止すると急激に血圧が低下し,短時間で心停止に至ることが多い.したがって,本人・家族の十分な理解と準備,医療チームの十分なサポートが必要不可欠である.

5.4 医療チームの役割

循環器集中治療に関わる医療チームは,患者・家族らの意思決定や家族ケアにおいて重要な役割を果たす.突然の発症により患者本人が十分な意思決定を行うことができない場面はもとより,最新の循環補助装置に依存し,意識清明な状況でありながら自分が終末期であることを受け入れなければならない特殊な状況においても,医療チームは患者が終末期であると判断し伝えなければならない.このように突然目前に迫った死を知らされた患者・家族は激しい衝撃を受け,動揺する.患者または代理意思決定者となる家族らが患者本人にとって最善となる意思決定ができ,患者がよりよい最期を迎えられるように支援することが医療チームの重要な役割である.医療チームは適宜,患者の状況を理解できるように説明し,患者・家族らとの信頼関係を維持するよう努める必要がある.

循環器集中治療における意思決定支援はまだまだエビデンスに乏しく,最適な方法を模索している段階といえる.しかし近年,循環器医療における緩和ケアは多くの注目を集め,積極的に導入され始めている.今後,わが国からの積極的なエビデンスの発信が待たれる.

6 診療の質

緩和ケアは,身体的のみならず精神的,心理・社会的な苦痛(全人的苦痛)を早期に発見し,適切なアセスメント
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と対処を行うことによって苦痛を和らげ,生活の質(QOL)を改善するアプローチである.緩和ケアは,がんだけでなく,生命を脅かすすべての疾患に対して考慮すべきものとされている7).循環器疾患はさまざまな苦痛を有し,がんと同様に緩和ケアの需要が非常に高い93).実際に,2014年の世界保健機関(WHO)の報告によると,緩和ケアを必要とする疾患の第一位はがんを抜いて循環器疾患であり,全体の40% 近くを占めるとされている1).

一方で緩和ケアは,がん患者を対象にして発展してきた歴史があり,非がんの緩和ケアに関しては歴史が浅い.それゆえ,循環器緩和ケアを考えるにあたり,がん領域の緩和ケアを参考にしながら,循環器疾患に特有の問題もふまえて検討していく必要がある94, 95).

6.1 診療の質とは

診療の質とは,米国において「個人や集団を対象に行われる医療が,望ましい健康状態をもたらす可能性の高さ,その時々の専門知識に合致している度合い」と定義されている96).そして質の高い診療とは,そのときに得られている最良のエビデンスに基づいた“ 標準医療” が診療の場で実践されていることといえる.わが国の循環器緩和ケアにおいては,海外からのエビデンスやガイドラインを参考にして,さまざまな取り組みが診療の場で実践されている.ただし,各医療従事者・各医療機関レベルでの取り組みであり,どのようなタイミングでどのような内容を,循環器緩和ケアとして行っていけばよいか確立されたものは乏しい.それゆえ,「実臨床で質の高い循環器緩和ケアが実践されているか」を明らかにすることは容易ではない.ただし今後,循環器緩和ケアの診療の質を担保していくために必要なことである.

また,循環器疾患が多く関連する集中治療の領域では,蘇生のための処置を試みないDNAR(do not attempt resuscitation)指示のもとに,安易な終末期医療が実践されてしまう,あるいは救命の努力が放棄されてしまうという危険性をはらんでいる40).それゆえ,循環器緩和ケアを行う前提として,適切な循環器疾患への治療が行われているか,診療の質を評価することが重要と考えられる.

人口の高齢化に伴い,循環器疾患の有病率は増加の一途をたどり97, 98),循環器緩和ケアの需要が着実に増加している.そのなかで,循環器緩和ケアのすべてを緩和ケア専門医が担うことは不可能であり,基本的な循環器緩和ケアは循環器内科医がスキルを身につけて診療の場で実践する必要がある.現状では各個人・各施設に依存している循環器緩和ケアであるが,それらの診療の質を評価して,底上げしていくことが重要と考えられる.

診療の質は「度合い」であり,一定の基準が必要である.診療の質を評価するためには,診療の質評価指標(quality indicator)という基準を設定し,quality indicator を測定する方法が一般的である.実際にがん緩和ケア領域では,わが国においてもいくつかのquality indicator がすでに策定されており,がん緩和ケアの診療に役立っている.

6.2 Quality indicator(診療の質評価指標)

6.2.1 ガイドラインとquality indicator の相違

近年,わが国でもevidence-based medicine(EBM)の概念が普及し,エビデンスをもとにした診療ガイドラインが循環器疾患の各分野で作成されている.しかし多くの診療場面で,必ずしもガイドラインに基づいた標準医療が行われておらず,ガイドラインと診療の間にギャップが存在する.ギャップを埋めて質の高い診療を行うための方法の一つが,診療ガイドラインの重要項目やエビデンスに対応したquality indicator という基準を設定し,評価を行うことである.Quality indicator を用いることにより,実臨床における診療の質を定量的に測定することが可能となり,診療の質の担保や底上げにつなげることができる.

6.2.2 ドナベディアンモデルについて

Quality indicator を理解するにあたっては,ドナベディアンが提唱した3 つの枠組みが広く受け入れられている99). 3 つの枠組みとは,「ストラクチャー(構造)指標」,「プロセス(過程)指標」,「アウトカム(結果)指標」である.診療の質は,これらの3 つの枠組みによる指標から評価できる(図10).また,quality indicator の特徴として,これらの指標は評価し改善につなげるためのものでもあり,測定可能な指標でなければならない.

急性心筋梗塞を例にあげると,ストラクチャー指標は,「緊急冠動脈カテーテル治療が可能な施設か?」というものである.ストラクチャー指標は,対象となる施設の整備

ストラクチャー指標プロセス指標アウトカム指標

どのような設備・環境か何が行われたか患者に何が起こったか

図10 Quality indicator におけるドナベディアンモデルに基づく3 つの枠組み
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状況についての指標であり,おもに「あり」か「なし」かの二者択一の指標となる.プロセス指標は,例をあげると,「急性心筋梗塞で入院した患者で,抗血小板薬が投与されている患者の割合」というものである.すなわち,対象患者に対して行うべき診療行為で表される指標であり,対象疾患・分母・分子が定義され,測定が数値として可能な形となっている.アウトカム指標に関しては,「急性心筋梗塞で入院した患者の院内死亡率」などが一例である.院内死亡率,入院日数などが一般的であるが,QOL や遺族の満足度などもアウトカム指標になりうる.

6.3 がん緩和ケアのquality indicator

循環器緩和ケアにおけるquality indicator に関する報告は乏しく,がん緩和ケア領域が先行している.ただし,がん緩和ケア領域のquality indicator は,循環器緩和ケアのquality indicator に共通する項目が多いと想定されるため,ほとんどの指標は適用可能と考えられる.

診療録の調査を用いて,がんの終末期ケアにおけるquality indicator がわが国でも策定されている100).30 個のquality indicator が,4 つのドメイン,すなわち,1自覚症状のコントロール,2意思決定支援,3家族ケア, 4心理社会的な配慮に基づき策定された.

国立がん研究センターも,がん緩和ケアにおけるquality indicator を策定している101).ドナベディアンが提唱した3つの枠組みで,11 個のドメインに基づき,15 個のquality

indicator が策定された(表8).このquality indicator は医療機関ではなく,一般集団が対象であることに注意が必要であるが,緩和ケアを行っていくにあたり必要な要素が含まれており,循環器緩和ケア診療においても適用可能と思われる.

また,循環器緩和ケアにおける確立されたquality indicator の報告がないなかで,既存のがん緩和ケアのquality indicator に関する文献のシステマティックレビューが行われ,循環器疾患に適用可能な緩和ケアのquality indicator が抽出されている.このレビューでは,緩和ケアチームの存在や人的資源などのストラクチャー指標,緩和ケアニーズのスクリーニングや症状緩和に関する診療記録などのプロセス指標,QOL や死亡場所,遺族調査などのアウトカム指標が記載されている102).これらの緩和ケアにおけるquality indicator は,循環器緩和ケアにおいても非常に参考になると考えられる.

6.4 循環器緩和ケアに特有の quality indicator

がん緩和ケアのquality indicator は循環器緩和ケアにも十分適用可能であるが,循環器疾患はがんとは異なる特徴をもっていることにも留意する必要がある.

実際に,循環器疾患の終末像である慢性心不全とがんの

表8 がん緩和ケア領域における一般集団ベースのquality indicator

ドメインquality indicator分類

死亡場所#1.  死亡場所(自宅) #2.  死亡場所(施設)アウトカム指標アウトカム指標医療用麻薬の利用状況#3.  主要経口・経直腸・経皮医療用麻薬消費量プロセス指標緩和ケア専門サービス#4.  専門的緩和ケアサービスの利用状況プロセス指標緩和ケア専門人員サービス#5.  専門・認定看護師の専門分野への配置ストラクチャー指標一般医療従事者に対する教育状況#6.  緩和ケア研修修了医師数ストラクチャー指標一般市民への普及状況#7.  一般市民の緩和ケアの認識#8.  一般市民の医療用麻薬に対する認識プロセス指標プロセス指標緩和ケアに関する地域連携の状況#9.  地域多職種カンファレンスの開催状況ストラクチャー指標

がん患者のQOL の状況#10.  がん患者のからだのつらさ#11.  がん患者の疼痛#12.  がん患者の気持ちのつらさアウトカム指標アウトカム指標アウトカム指標終末期がん患者の緩和ケアの質評価#13.  医療従事者の対応の質プロセス指標終末期がん患者のQOL #14. 終末期がん患者の療養場所の選択アウトカム指標家族ケア#15.  家族の介護負担感アウトカム指標(Nakazawa Y, et al. 2016 101)より作表)
p.34
病の軌跡は,大きく異なっている(総論1,図2 参照).とくに慢性心不全の場合には増悪と寛解を繰り返しながら徐々に悪くなっていき,かつ経過で突然死も起こりうるため,がん以上に予後の予測が困難である103).加えて,強心薬や利尿薬などの心不全に対する治療自体が症状緩和にもなるため,がん領域で行われている医療用麻薬やステロイドなどを用いた介入のタイミングがむずかしい.また,重要なこととして,がんでは外科的治療や化学放射線治療などの積極的治療が終末期に行われることは少ないのに対し,循環器疾患では予後改善だけでなく症状を緩和するためにも最後まで循環器疾患に対する適切な治療の継続が必要である.その点ががんと循環器疾患では大きく異なる.

その他にも,循環器疾患に対しては,医療技術の進歩に伴い,多数の低侵襲治療が開発されている.これらの治療は治療自体が症状の緩和にもつながりうる反面,高額であり,一定の合併症も起こりうる.高齢化社会を迎えるわが国において,循環器緩和ケアを行うにあたり,意思決定はがん以上に多彩で複雑なものになっている.また,植込み型除細動器(ICD)や,今後,永久使用目的の治療(Destination Therapy[DT])が保険適用になる可能性がある補助人工心臓(VAD)に関しては,終末期にそれらの医療機器を停止するかについての検討は循環器疾患特有の問題である.

質の高い循環器緩和ケアを行うにあたっては,これらの循環器疾患に固有の特徴や課題をふまえる必要がある.それゆえ,がん緩和ケアのquality indicator に加えて,これらの特徴を盛り込んだ循環器緩和ケアのquality indicatorが望まれる.

6.5 心不全緩和ケアのquality indicator

循環器疾患の終末像である心不全に対しては,とくに緩和ケアの必要性が叫ばれている一方で,苦痛症状緩和の方法論や介入のタイミングは確立されていない.そのなかで,心不全緩和ケアのquality indicator を策定する取り組みが行われている104).今後客観的評価を経る必要があるが,本取り組みでは,「一般循環器内科医が行うべき基本的緩和ケア」を基準として,35 個の心不全緩和ケアのquality indicator が策定された(表9).これらは4 つのドメイン,すなわち,1ケアの構造とプロセス,2病期に応じた心不全治療・ケア,3全人的苦痛の緩和,4意思決定支援と倫理的問題の対応に分類されている.このquality indicator では心不全を含めた循環器緩和ケアにおいて,終末期に至っても継続した治療を検討する必要性が強調されている. 6.6 循環器緩和ケアの診療の質

循環器疾患はその疾患特性から歴史的に救命に重きが置かれ,依然として緩和ケアの視点が浸透しているとは言いがたい.一方で,今後は高齢化社会に伴い,循環器緩和ケアの必要性はますます高まってくる.循環器疾患はコモンディジーズであり,質の高い循環器緩和ケアが「どの医療従事者から」,「どの医療機関においても」,受けられることが理想である.循環器緩和ケアの普及と質の担保に, quality indicator は有用と考えられ,今後広く活用されることが望まれる.

7 身体症状の評価とケア

循環器疾患に伴う身体症状の評価とケアの総論について,とくに多くの循環器疾患に関わる心不全について本節で概説する.各疾患の症状緩和については後の各論を参照されたい.

7.1 末期心不全の症状緩和

7.1.1 症状評価

心不全患者は,呼吸困難,疼痛,倦怠感,抑うつ,不安,睡眠障害,認知障害,食欲不振,るい痩など多彩な症状を示す105).がんと比べても身体,精神症状ともに決して少なくはなく(表10)

106),末期には1 人あたり平均で6.7 種

類と,多くの症状を有することが報告されている93).一方で約7 割の患者が症状緩和の不足を認識しており107),がんと比べ症状緩和が不十分なまま終末期を迎えている現状がある.心不全の症状緩和が不十分である理由の一つとして,半数以上の患者が併存症(血管疾患,慢性閉塞性肺疾患[COPD],糖尿病,関節炎,腎不全,うつ病など)をもち108),薬剤の副作用や使用制限が多く,さらにそれらが複雑に心不全症状に関与するため,病態把握や治療が困難であることが考えられる.

心不全における身体症状は,多種の併存症からなる多様な症状を呈するだけでなく,心理的側面,社会的側面,スピリチュアルな側面(自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛)に影響をもたらし,心不全関連QOL の増悪をきたしている109).さらに,心不全の症状は各側面が密接に関連し,互いに影響を与えているため110),症状評価の際に
p.35
は,身体的,心理的,社会的,スピリチュアルな苦痛といった全人的苦痛の観点から各症状の相互関係を見きわめ,多面的に評価することが重要となる.

7.1.2 心不全における多面的評価と評価ツール

心不全における簡便な症状評価ツールとしてNYHA 心機能分類が用いられるが,評価者間でのばらつきが大きく,多面的評価に用いることもできない.そのため,質問票を用いた健康関連QOL 評価ツールが多面的症状評価に利用される.循環器内科領域でよく用いられる代表的な健康関連QOL 質問票としてMedical Outcome Study Short Forum 36-Item Health Survey(SF-36)

111)があり,さらに

心不全患者ではミネソタ心不全質問票(MLHFQ)

112)やカンザスシティ心筋症調査票(KCCQ)

19)が,心不全症状に

より焦点をしぼった,疾患特異的な質問票である.それぞれの質問票は,身体機能のみならず社会生活機能や心理的側面も評価可能であり,継続した評価に有用である.

全体像を把握するうえでは多面的評価が望ましいが,患者の主観性を重視した症状評価ツールとして,視覚的評価スケール(VAS),数値評価スケール(NRS),簡易表現スケール(VRS),Wong-Baker FACES Pain Rating Scale 113, 114),ボルグスケール(Borg scale)などがある(表11).これらは,それぞれの症状の強度を量的に評価できる尺度であり,治療効果の評価にも有用である.各指標についての詳細は,「総論1. 全人的苦痛の評価と緩和ケアの重要性」を参照されたい.

表9 心不全緩和ケア領域のquality indicator

ドメインquality indicator分類

ケアの構造とプロセス#1.  多職種チームの存在#2.  多職種チームへのアクセス体制の整備#3.  多職種チームにおけるディスカッション#4.  多職種チームによる介入率ストラクチャー指標ストラクチャー指標プロセス指標プロセス指標

病期に応じた心不全治療・ケア#5.  β遮断薬の導入検討率#6.  ACE 阻害薬/ARB の導入検討率#7.  アルドステロン拮抗薬の導入検討率#8.  ICD 治療に対する選択肢の説明率#9.  CRT 治療に対する選択肢の説明率#10.  心臓移植適応者の治療検討率#11.  冠動脈疾患および弁膜症の評価率#12.  再発予防に対する患者教育率#13.  ICD の相談窓口の整備プロセス指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標ストラクチャー指標

全人的苦痛の緩和#14.  全人的苦痛に対する評価用紙の整備#15.  苦痛緩和目標の診療録の記載率#16.  定量的スケールを用いた症状評価率#17.  疼痛患者に対する介入率#18.  オピオイドに関する説明文書の整備#19.  治療抵抗性呼吸困難へのオピオイド投与#20.  オピオイド投与患者の便秘評価率#21.  オピオイド投与患者の嘔気・嘔吐評価率#22.  精神症状に対するスクリーニング実施率#23.  精神科医への紹介体制整備#24.  死別前のグリーフケア実施率#25.  家族構成と機能についての情報収集率#26.  退院支援(カンファレンス)実施率#27.  延命治療の差し控え・中止の検討率#28.  ICD deactivation についての検討率#29.  死亡前のICD deactivation 率#30.  緩和的鎮静に対する多職種カンファレンス#31.  緩和的鎮静実施時の同意取得率ストラクチャー指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標ストラクチャー指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標ストラクチャー指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標プロセス指標

意思決定支援と倫理的問題の対応#32.  心不全の経過に対する説明文書の整備#33.  アドバンス・ケア・プランニングに関する医療従事者用マニュアルの整備#34.  延命治療に関する多職種カンファレンス実施率#35.  倫理的問題を検討する諮問機関の整備ストラクチャー指標ストラクチャー指標プロセス指標ストラクチャー指標ACE: アンジオテンシン変換酵素,ARB: アンジオテンシンII 受容体拮抗薬,ICD: 植込み型除細動器,CRT: 心臓再同期療法(Hamatani Y, et al. 2020

104)より)
p.36
7.2 治療抵抗性の苦痛への対処

前述のとおり,心不全の最終段階における身体症状,精神症状はがんと同様に多岐にわたり,生活の質(QOL)低下につながる.利尿薬,血管拡張薬,強心薬などの使用で改善する身体症状も存在するが,そのような治療にも抵抗性の症状が存在する場合は,オピオイドの使用などの追加薬物療法や非薬物療法,耐えがたい苦痛が存在する場合には妥当性を判断したうえで鎮痛薬や鎮静薬の使用を検討す

ることが選択肢となる(図11) 115).身体症状,精神症状のいずれにおいても症状の原因を把握し,原因に対しての対処を行うこと,症状の程度の経時的な評価を繰り返すことを忘れてはならない.

7.2.1 呼吸困難への対処

呼吸困難は心不全患者でもっとも多く認められる症状であり,末期においても対処を要する場合が多い.心不全の病状増悪に伴うものが主体となるが,倦怠感や不安などか

表11 主観的症状評価ツール

測定ツール測定方法・特徴

視覚的評価スケール(VAS)

100 mm の直線上で,その両端に両極端の状態を記載し(まったく症状がない状態と,想像しうるもっともひどい症状: 左表では呼吸困難),患者は自分の状態がもっともあてはまる線上にマークする.

数値評価スケール(NRS) 0 と10 を最端とし,0 から10 までの11 段階の数字を用いて,患者自身に痛みの程度を数字で示してもらう方法.0 は痛みなし,1~3 は軽い痛み,4~6 は中等度の痛み,7~10 は強い痛みを表す. VAS と比較し,より高い再現性があり,対応するスコアにおいて25% の差異を検出するために必要なサンプルサイズはより小さくてよいとされている(疼痛以外にも応用可能).

Wong-Baker FACES Pain Rating Scale 113, 114)「今の痛みにもっとも当てはまる顔はどれですか?」痛みを「にっこり笑った顔」から「しかめっ面」そして「泣き顔」まで,0~5の全6 段階で示したフェイス・マーク.不安や悩みのある場合に苦しい顔を選び,正しい症状評価が困難となる場合もあるため,注意を要する(疼痛以外にも応用可能).フェイス0:痛くないフェイス1:ほんの少し痛いフェイス2:もう少し痛いフェイス3:もっと痛いフェイス4:とっても痛いフェイス5:一番痛いVAS: Visual Analogue Scale, NRS: Numerical Rating Scale

息苦しさはない想像しうるもっとも

ひどい息苦しさ

0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

痛みがない中等度の

痛み最悪の

痛み

表10 人生の最終段階の身体・精神症状

症状がん(%)心不全(%)倦怠感23~100 42~82痛み30~94 14~78悪心・嘔吐2~78 2~48呼吸困難16~77 18~88不眠3~67 36~48せん妄・認知機能障害2~68 15~48抑うつ4~80 6~59不安3~74 2~49 (Moens K, et al. 2014 106)より作表)図11 心不全の症状緩和のイメージ

注:症状緩和を目的に提供される医療(利尿剤の増量なども含める)の割合が増加していくことが念頭にあり,適切な治療を差し控えていくことを意味するものではない. (Gibbs JS, et al. 2002

115)より改変) Reproduced from Heart., with permission from BMJ Publishing Group Ltd.

病態改善(治癒的な)のための治療

症状管理(緩和的な)のための治療

治癒的治療は継続!!

診断時死亡遺族ケア
p.37
ら増強することもあるため,包括的評価(身体的評価,心理・スピリチュアル的な評価,社会的評価),臨床的評価(併存症,パニック発作,胸腹水の有無など)を行う必要がある.

病態に合わせて,利尿薬,血管拡張薬,強心薬を使用し,治療抵抗性の呼吸困難に対しては,非侵襲的陽圧換気療法(NPPV),ポジショニング,顔面への冷気送風,環境調整(湿度の調整,動きやすい環境),呼吸訓練と有酸素運動,体液バランスの評価と教育,心理的介入,ヨガなどの非薬物療法,オピオイド(モルヒネ,コデインなど)の薬物療法の追加の有効性が報告されている116, 117).

末期心不全におけるオピオイド使用は急性心不全における使用よりもエビデンスに乏しく,適切な用量に関するエビデンスは十分ではない.ただし,がん領域ではあるが,疼痛での使用量と比べ少量で呼吸困難感が緩和されることが知られており118),心不全でも同様に少量で使用されている現状がある.

具体的にわが国で使用可能な薬剤と開始時の投与方法について,表12 にまとめる.難治性呼吸困難に対する症状緩和のエビデンスが豊富であること,心不全に対する保険適用はないが,激しい咳,疼痛に対して保険診療上使用可能であることから,塩酸モルヒネの静注,皮下注や粉末が処方されている.塩酸モルヒネは腎で代謝されるため,腎障害時は半量や1/4量で使用するなどの工夫が必要となる.

表13,14 に,オピオイド投与に伴う副作用と副作用への対処法を示す119, 120).症状の強さと副作用をVAS やNRS などを用いて評価しながら,適宜用量調整を行う.オピオイドは鎮静薬ではないため,耐えがたい苦痛に対する鎮静を目的とする場合には,ミダゾラムなどの鎮静薬の投与を検討する必要がある.呼吸困難を完全に消失させるのではなく,日常労作でQOL 低下をきたさない程度を目標とすることで過量投与を避けることができる.オピオイド

は急性期使用でも副作用が出現する可能性はあるが,末期に使用する場合はさらに長期使用となり,薬剤が蓄積する可能性があるため,副作用については慎重な評価が必要である.呼吸回数が10 回/ 分以下となる場合や意識障害が遷延する場合には,減量を検討することが推奨されている.せん妄や消化器症状に対しては,内服が困難な場合にはハロペリドールを1 日2.5 mg 程度,オピオイドと混注して使用することも有用である119, 120).呼吸困難感に対してオキシコドンが有効であるという報告もあり,腎機能障害をきたしている患者に対し使用が検討される場合もあると考えられるが,わが国では2019 年の時点で保険適用外であり,注意を要する.

わが国においても,NYHA 心機能分類IV 度の進行した心不全で,難治性呼吸困難を呈する43 人に対し,緩和ケアチームの介入下で塩酸モルヒネを使用した経験が報告されている.モルヒネの初期用量の中央値は,経口および経静脈投与ともに5 mg,使用期間の中央値は5 日であり,薬剤に関連する明らかな有害事象を認めず使用可能であったことが示されている121).ただし,有効性の評価は8 例のみと十分とはいえず,今後さらなる知見の蓄積が待たれる.

表12 わが国で使用可能なオピオイドと開始時の投与方法

一般名用量備考

コデインリン酸塩* 10 mg/ 回 頓用もしくは1 日3 回使用処方量によっては麻薬扱い

経口塩酸モルヒネ** 2.5 mg/ 回 頓用もしくは1 日4 回使用腎障害時は半量より開始

塩酸モルヒネ注** 5~10 mg/ 日持続静注/ 皮下注投与腎障害時は半量より開始高度腎障害時は1/4 量も検討* 呼吸器疾患に伴う鎮咳には保険適用があるが,心不全には適用が

ない. ** 心不全には保険適用はないが激しい咳嗽の症状に対して使用可能.わが国で使用可能な経口塩酸モルヒネは10 mg 錠であり,粉末での使用を要する.表13 オピオイドの副作用

投与初期によく生じるもの

嘔気・嘔吐眠気めまい・ふらつきせん妄投与継続中によく生じるもの

便秘嘔気・嘔吐口腔内乾燥投与継続中に生じる可能性があるもの

視床下部- 下垂体系の抑制免疫系の抑制発生が少ないもの

神経毒性ミオクローヌスアロディニア痛覚過敏認知機能障害幻覚発汗かゆみ(瘙痒感)まれなもの

呼吸抑制精神的依存(Twycross R. 2013 120),p 334 より)
p.38
7.2.2 痛みへの対処122)

心不全患者は,狭心痛や関節痛,神経障害性疼痛,治療目的でのカテーテルチューブ挿入に伴うものなどさまざまな疼痛を訴えることがあり,その原因に合わせて対処が必要である.症状への対処としては,まずアセトアミノフェンの内服や点滴の投与を検討し,鎮痛補助薬としてガバペンチンやプレガバリンなどの使用を考慮する.同薬剤でも効果が不十分の場合は,モルヒネなどのオピオイドの使用を考慮する.オピオイドの使用方法,副作用および対処法は呼吸困難と基本的には同様である(表13,14).ただし,疼痛に対する使用では,呼吸困難感に対する場合と比べ十分量を要し,長期にわたることも多いことから,代謝産物の蓄積には呼吸困難よりさらに十分に注意する必要がある.呼吸困難がない場合にはフェンタニル貼付剤の使用も選択肢となりうる.フェンタニル貼付剤は中等度から高度の慢性疼痛に対して保険適用があるが(非がんで使用可能), e-learning を受講する必要があり,使用する際に患者にも所定の書面に記名をしてもらう必要がある.

非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)の心不全患者に対する投与は,腎機能障害を増悪する可能性があることや,水分貯留を助長し心不全を増悪させる可能性があることから,避けることが望ましい. 7.2.3 倦怠感への対処

心不全に伴う倦怠感は治療抵抗性の症状であり,低カリウム血症,β遮断薬使用,睡眠障害,貧血,うつ,デコンディショニングの影響など,介入可能な因子を検討し介入を行う.カリウム補充,利尿薬やβ遮断薬の減量,中止の検討,輸血,抗うつ薬の投与,心理療法,リハビリテーションなどが対処法としてあげられる.利尿薬やβ遮断薬などは心不全の標準的治療薬として用いられている場合もあり,同薬剤を継続することで得られる治療効果と,中止に伴い得られると想定される症状緩和への効果を勘案し,中止を検討する必要がある.ステロイド薬の投与は溢水の増悪やせん妄を惹起する可能性があり,基本的には控えるべきと考えられる.

7.2.4 耐えがたい苦痛に対する鎮静薬の使用

薬物療法・非薬物療法を含むさまざまな方法でも耐えがたい苦痛が残存する場合には,多職種で検討し,患者・家族とも十分に話し合ったうえで,鎮静薬の使用が選択肢となる123).一般的に使用される薬剤には,注射薬としてミダゾラム,デクスメデトミジン塩酸塩,プロポフォールがあり,在宅では坐薬であるジアゼパム,フェノバルビタール,ブロマゼパムなども使用される.それぞれの薬剤の特徴として,ミダゾラムは腎で代謝されるため腎障害患者において蓄積する可能性があること,プロポフォールは相対的に呼吸抑制および血圧低下をきたす可能性が高いこと,デクスメデトミジン塩酸塩は使用に伴う呼吸抑制が少ないため呼吸抑制をきたさずに治療を継続したい場合(NPPV 使用の際など)に有用である一方,徐脈をきたすリスクが高いこと,深い鎮静レベルの維持は一般的にむずかしいことなどがあげられる.

使用目的に応じて,Richmond Agitation-Sedation Scale (RASS)などを用い,目標とする鎮静の深さ,時間を共有し,薬剤の選択を行う.さらに使用開始後も必要に応じて持続的な深い鎮静への切り替えを検討し,適宜漸増・漸減する.

心不全の末期に耐えがたい苦痛が存在する場合の鎮静薬使用は,意図して意識レベルを下げる治療となるため,治療抵抗性の判断の妥当性,予測される生命予後が短いことなどを複数名で確認し,倫理的にも鎮静が妥当と判断された場合に,目標とする鎮静レベルを共有し開始することが望ましい(図12) 123).鎮静薬の使用に関しても麻薬と同様,心不全を対象とした患者群での報告は乏しく,今後の知見の蓄積が待たれる.

表14 オピオイドの副作用に対する対策

症状対処法

悪心体動時:ジフェンヒドラミン 1 回1 錠 1 日3 回食後:メトクロプラミド5~10 mg 1 日3 回1 日中:ハロペリドール0.75~1 mg 1 日1 回就寝前

便秘酸化マグネシウム 1.5~3 g,ラクツロース 30~ 60 mLセンノシド1~4 錠,ピコスルファートナトリウム 3~30 滴

眠気数日以内に自然軽減オピオイド以外の原因(制吐薬,向精神薬,低酸素血症)探索と治療せん妄オピオイド以外の原因探索と治療向精神薬(ハロペリドールなど)の投与不随意運動ジアゼパム,ミダゾラム5 mgロラゼパム0.5 mg痛覚過敏アセトアミノフェンガバペンチン呼吸抑制オピオイド減量・中止,ナロキソン(オピオイド拮抗薬)投与(日本医師会. 2017 119),Twycross R. 2013 120)より作表)
p.39
8 精神症状の評価とケア

循環器疾患においては,虚血性心疾患をはじめ多くの疾患で精神症状の合併が指摘され,精神症状緩和が求められている.本節では,多くの循環器疾患に関わる心不全を対象に,心不全患者に合併する精神症状の評価とそのケアについて概説する.

心不全は進行性・致死性の疾患であり,その進行期には患者は呼吸困難感,浮腫,倦怠感などの身体症状の苦痛のみならず,社会的,心理的,スピリチュアルな苦痛(全人的苦痛)を抱える(表15).がんなど,他の緩和ケアの対象となる疾患と類似した苦痛もあれば,セルフケアに関連するストレス,突然死への恐怖やデバイスに関連したストレスなど,心不全に特有の苦痛もあり,さまざまな精神症

状を引き起こす.

心不全にはうつ病,不安症,心的外傷後ストレス障害(PTSD),せん妄などの精神障害が多く合併する124, 125).近年,心不全患者への抑うつの合併は,心不全の予後(再発や死亡リスク)にも影響を及ぼすことが知られるようになり125-127),早期に適切な対応をとることが求められている.また,認知機能障害の合併は,セルフケアの充足度および意思決定・同意能力に影響を及ぼすため128),適切な支援を行う必要がある.

心不全における精神症状のマネジメントとしては,医療従事者との良好なコミュニケーション,薬物療法,精神療法,運動/ リハビリテーションがあげられているが,いずれも単独では効果が十分ではなく,多職種による包括的支援の有効性が指摘されている129).

本節で頻繁に使用する用語は,次のように使い分ける.「不安」「抑うつ」「認知機能障害」は精神症状を表すものとして用いる.類似の用語だが,「不安症」「うつ病」「認知症」は精神障害の疾患名として用いる.なお,うつ病は大うつ病(米国精神医学会の診断基準DSM-5 におけるmajor depression)を含むものとして用いる.

8.1 心不全における精神症状

8.1.1 抑うつ・不安

心不全患者の33% に抑うつ,19% にうつ病が合併することが報告されている125).抑うつの合併率は心不全の重症度によって異なり,ニューヨーク心臓協会(NYHA)心機能分類I 度の患者では11%,II 度では20%,III 度では38%,IV 度では42% と,心不全が重症であるほど高率であった125).なお,心不全だけでなく心筋梗塞でも,28.7%

図12 治療抵抗性の耐えがたい苦痛に対する鎮静薬の投与(日本緩和医療学会. 2018 123)より改変)

調節型鎮静†1持続的深い鎮静†2

原則的に状況に応じて(限定的)

患者の意思と相応性

* から持続的鎮静が妥当

耐えがたい苦痛

治療抵抗性

フローに乗らない場合: 1 苦痛緩和の強化2 精神的ケアの強化3 間欠的鎮静(必要に応じて)

* 相応性: 1 苦痛の強さ2 治療抵抗性の確実さ3 予測される生命予後4 効果と安全性の見込み

メリットデメリット

† 1 調節型鎮静コミュニケーションできる可能性がある苦痛緩和が十分に得られない可能性がある† 2 持続的深い鎮静確実な苦痛緩和が得られる可能性が高いコミュニケーションできなくなる

持続的な鎮静薬の投与表15 心不全患者の全人的なストレス

1.身体症状呼吸困難感,咳嗽,浮腫,倦怠感,疼痛など2.多くの合併症糖尿病,腎疾患,脳血管障害など3.危機的状況身体機能の喪失,心停止体験4.セルフケアに関連するストレス食事制限,行動制限,服薬アドヒアランス5.デバイスに関連するストレス異物の違和感,除細動(ショック作動)体験6.社会的ストレス経済的問題,就労・就学の問題,家族調整
p.40
にうつ病が合併する130).

不安に関しては,心不全患者の半数以上にあたる56%に何らかの不安が認められ,そのうち臨床上顕著な不安は29%,不安症は13% にみられた131).不安症の亜分類(パニック障害,恐怖症,全般性不安障害など)については十分検討されていない.

循環器疾患に特有な治療である,デバイス関連の心理的反応が知られている.植込み型除細動器(ICD)では,異物の体内埋め込みによる違和感のほか,除細動時の強烈な電流のショックが心的外傷(トラウマ)となる可能性がある.ICD を利用している患者の11 ~26% に不安症,11 ~ 28% にうつ病が生じること,うつ病を併発すると心室性不整脈に対するICD 作動のリスクが増大することが報告されている132).PTSD につながる可能性もある.わが国におけるパイロット研究でも,26% のICD 患者にPTSD 症状がみられ,その危険因子は1 回以上の適正作動の経験,抗不安薬の内服であった133).

心不全患者に特化したうつ病のスクリーニング方法は確立していないが,たとえば冠動脈疾患患者に対しては,米国心臓協会(AHA)が患者健康質問票(PHQ)-2,PHQ-

9 134)を用いた2 段階のうつ病スクリーニング・プロトコルを推奨している.PHQ-9 の項目は米国精神医学会のうつ病

の診断基準(DSM-5)に対応しており,PHQ-2 はその必須項目である.PHQ-2 の2 項目の質問のうち,1 項目以上で「はい」に該当した場合,PHQ-9 による評価に進む.評価点が高い場合,あるいは自殺についての項目が「はい」であった場合には,専門医への紹介が推奨されている(図13,14 135)).ただし,心不全患者にこのスクリーニング・プロトコルを用いた場合,うつ病のスクリーニング性能は感度70%,特異度92% であった136).一方,ベック抑うつ尺度(BDI)は心不全患者において信頼性が高い尺度であることが示唆されているが137),心不全では倦怠感,意欲低下,不眠,食欲低下などの症状がうつ病の身体症状と重複するため,うつ病の診断に苦慮することも少なくない.

二次性の抑うつ・不安の鑑別は重要である.合併する身体疾患(甲状腺疾患など)によるもののほか,薬剤性にも生じる.循環器系薬剤ではメチルドパ(3.6%),レセルピン(6 ~15%)の報告が多いが,ニフェジピン(頻度不詳),ベラパミル(頻度不詳),ジルチアゼム(頻度不詳),クロニジン(1.5%),ジギタリス製剤(頻度不詳)なども原因となる138).β遮断薬に関しては,近年は抑うつとの関係を否定する報告が多い139).

経過観察2 項目ともなしPHQ-2 の実施

Q9(自殺)が「はい」の場合差し迫った自殺リスクを評価する

短期間のわずかな症状

PHQ-9 スコア<10中等症PHQ-9 スコア10 〜19重症PHQ-9 スコア≧20

1 ヵ月以内の支援・教育

症状の持続または悪化危険

1 項目でも「あり」

PHQ-9 の実施

うつ病の診断と治療が可能な専門医に紹介

適切な治療の決定(抗うつ薬,認知行動療法,補助的な介入)

モニタリング(治療に対するアドヒアランス,薬物療法の有効性・安全性)

安全緊急性なし

救急診療部

図13 PHQ-2,PHQ-9 を用いたうつ病のスクリーニング(Lichtman JH, et al. 2008 135)より作図)
p.41
8.1.2 認知機能障害(せん妄を含む)

認知機能障害には,認知症,軽度認知機能障害(MCI),そしてせん妄が含まれ,これらはさまざまな病態によって引き起こされる.

心不全においては25 ~75% と高率に認知機能障害が合併し140),MCI は24% に,明確な認知症は15% にみられたという報告もある141).心不全患者に認知機能障害が高率に合併する理由としては,次の2 点が考えられる142, 143). 1心不全では高血圧,糖尿病などの合併症を有する場合が多いが,それらは認知機能障害の危険因子でもある.2心不全による血行動態ストレス,心拍出量低下による脳血流低下が直接的に認知機能障害につながる.心不全における認知機能障害は,その合併率,重症度ともに心不全の重症度と正に相関することが認められている144, 145).

心不全に合併する認知機能障害のスクリーニングには, Mini-mental State Examination(MMSE),The Montreal Cognitive Assessment(MoCA)が用いられることが多く,

とくにMoCA はMCI にも感度が高く,多面的な認知機能評価が可能である140, 146).一方,せん妄は急性の脳機能障害であり,意識と注意の障害を中核症状として,さらに認知機能障害や幻覚・妄想,興奮などの精神症状によって修飾される.せん妄は,1幻覚・妄想を伴うことが多く不穏や興奮が目立つ過活動型せん妄,2傾眠や活動性の低下を主体とする低活動型せん妄,3両方の症状を認める混合型せん妄の3 つのサブタイプに分類される.低活動型せん妄は,認知症やうつ病と誤認されやすい.

高齢の急性心不全患者では,17% にせん妄の合併がみられたとの報告がある128).心不全にせん妄が合併する要因としては,心機能低下,脳灌流低下,代謝障害,電解質異常,感染症,ベンゾジアゼピン系(BZD)薬剤使用があげられる140, 147).一般に,精神科以外の医師が身体疾患に合併するせん妄を診断するのはむずかしいことが報告されており148, 149),心不全においても,合併するせん妄の半数

図14 PHQ-2,PHQ-9 の質問内容(Lichtman JH, et al. 2008 135)より作図)

PHQ-2この2 週間,次のような問題にどのくらい頻繁に悩まされていますか? 1.物事に対してほとんど興味がない,または楽しめない2.気分が落ち込む,憂うつになる,または絶望的な気持ちになる● 上記2 項目のうち1 項目以上に「はい」の回答が得られた場合,PHQ-9 に進む.

PHQ-9この2 週間,次のような問題にどのくらい頻繁に悩まされていますか?

1.物事に対してほとんど興味がない,または楽しめない2.気分が落ち込む,憂うつになる,または絶望的な気持ちになる3.寝付きが悪い,途中で目がさめる,または逆に眠り過ぎる4.疲れた感じがする,または気力がない5.あまり食欲がない,または食べ過ぎる6.自分はダメな人間だ,人生の敗北者だと気に病む,または自分自身あるいは家族に申し訳がないと感じる7.新聞を読む,またはテレビを見ることなどに集中することがむずかしい8.他人が気づくぐらいに動きや話し方が遅くなる,あるいはこれと反対に,そわそわしたり,落ちつかず,ふだんよりも動き回ることがある9.死んだ方がましだ,あるいは自分を何らかの方法で傷つけようと思ったことがある※ 上の1 〜9 の問題によって,仕事をしたり,家事をしたり,他の人と仲良くやっていくことがどのくらい困難になっ

ていますか? ● 各項目について「まったくない(0)」,「数日(1)」,「半分以上(2)」,「ほとんど毎日(3)」のいずれかにスコアする.合計が10 点以上であれば大うつ病の可能性あり. ● 最後に※で「まったく困難でない」,「やや困難」,「困難」,「極端に困難」のいずれかをスコアし,おおよその生活機能全般の困難度を評価する.
p.42
がせん妄と認識されず,適切なせん妄対応につながっていないことが指摘されている150).心不全にせん妄が合併することで,死亡リスク,再入院率の上昇,入院の長期化につながることも指摘されており128, 151, 152),的確な診断が重要となる.

8.2 精神症状が循環器疾患の予後・ 意思決定に及ぼす影響

8.2.1 精神症状が予後へ及ぼす影響

心不全患者に抑うつが合併すると,死亡や二次イベント(心臓移植,あらたな心イベント)のリスクが上昇(risk ratio 2.1),入院率や救急受診率が上昇125),とくに65 歳以上で全死因による死亡リスクが上昇することが報告されている126).不安は死亡リスクとは直接関連しないが127),抑うつに不安が合併することでさらに予後が悪化することが近年指摘されており127),わが国からも報告されている153).

抑うつ・不安が心不全患者の予後を悪化させるメカニズムについては諸説あるが,自律神経系の機能不全,視床下部- 下垂体- 副腎(HPA)軸の活性化,血小板機能障害などの生理学的機能不全に加えて,セルフケア(アドヒアランス:塩分,水分,服薬,通院)の低下,運動不足,喫煙といった不適切な行動上の問題が重視されている(図15)

154).

抑うつ・不安と同様,認知機能障害の合併も心不全患者の予後(再入院,死亡)に影響を及ぼす155, 156).認知機能障害が合併すると,記憶力,理解力,注意力,意欲の低下から,心不全患者に求められるセルフケアの充実度が低下する157).セルフケアの具体例は,症状のセルフモニタリング,服薬アドヒアランス,水分・塩分制限,禁煙,節酒,適度な運動など多岐にわたる.

8.2.2 精神症状が意思決定に及ぼす影響

心不全の療養期間には,治療や療養においてさまざまな選択が必要となる.他の進行性・致死性疾患と同様に,侵襲性の高い治療,療養場所,終末期の治療中止,急変時の対応などがあげられ,また,心不全に特異的な治療選択として,ICD,補助人工心臓(VAD)の植え込み,心臓移植などがあげられる.

精神症状の合併は心不全患者の意思決定・同意能力に影響を及ぼし,認知機能障害の合併は理解力,記銘力の低下から意思決定能力の低下につながる128).せん妄の合併も同様であり128),著しい不安・抑うつも意思決定に影響を及ぼす.とくにうつ病が重症である場合,悲観的思考や思考抑制などから現実的な意思決定を行う能力が低下する158).

上述のように,認知機能障害も不安・抑うつも,心不全が重症であるほど合併率が高い.これは,アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を心不全の早期に開始することが望ましい根拠となっている.早期であるほど,患者は家族や医療従事者とともに治療や療養選択について十分に検討することができる.ただし,認知機能障害を合併している場合でも,医療従事者の丁寧な対応によって患者は意思を伝えることが可能であり,認知機能障害の程度に応じて患者の理解を助ける働きかけを行うことが必要である.重度認知症の場合は,家族とともに患者の意思を推測しつつ,家族の代諾を支援する159, 160).

抑うつや不安が顕著である場合,第一にこれらの精神症状に対する適切な評価とマネジメントが必要となる.しかし,それらの症状の十分な改善が得られないまま重要な治療選択をしなければならないことがある.その場合,合併する抑うつ・不安に対する治療と並行して,患者の悲観的になりがちな思考を考慮しながら,意思決定を支援する.

図15 心不全患者のうつ・不安が予後を悪化させるメカニ

ズム(Moser DK, et al. 2016

154)より) Reprinted by permission from Springer Nature Customer Service Centre GmbH: Springer. https://www.springer.com/journal/11886  © 2016 Springer Science+Business Media New York

予後悪化日常生活機能の障害

再入院・死亡

生理学的機能不全自律神経系,視床下部- 下垂体- 副腎系,炎症,血小板,内皮機能,

免疫不適切な行動

アドヒアランス低下,

リスク行動の増加

うつ,不安,社会的孤立

行動的要因パーソナリティー要因

社会的要因急性/ 慢性

ストレス

生理学的感受性背景となるリスク要因
p.43
8.3 循環器疾患に合併する精神症状の マネジメント

8.3.1 抑うつ・不安に対する段階的ケアモデル

英国国立医療技術評価機構(NICE)の診療ガイドラインでは,慢性身体疾患患者のうつ病に対して,“ 段階的ケアモデル(stepped-care model)” が推奨されている(表16) 161).具体的には,抑うつ症状のスクリーニングおよびうつ病の発症を予防するための介入(ステップ1),軽症うつ病に対する初期介入(心理療法中心)(ステップ2),初期介入に反応しない中等症以上のうつ病に対する多職種による介入(精神科薬物療法を含む)(ステップ3),重度のうつ病に対する入院を含む精神科での専門的治療(ステップ4)の4 段階が含まれる.心不全に合併する抑うつ・不安のマネジメントについても,段階的ケアモデルに沿って考えることができる.表16 にはわが国の医療体制に照らして想定される,ステップごとの主たる介入職種を追加した.

心不全療養中の患者は上述のような多面的なストレス(表15)にさらされ,ステップ1 に該当する抑うつ・不安を経験することが多い.ステップ1において患者の抑うつ・不安に気づいて対応するのは,精神科専門職ではなく,日

頃から患者と接する循環器科の医療従事者である.患者は診察室での主治医に対してだけではなく,看護師,理学療法士,作業療法士,栄養士など,さまざまな職種に対してさまざまな場面で抑うつ・不安を表す可能性がある.患者に関わるすべての医療従事者が,身体症状のみならず心理状態にも目を向けることが求められる.

顕在化したうつ病の初期対応を行うステップ2 では,抑うつや不安が具体的にどのようなストレスと関連しているのかを尋ねることから始める.そのうえでストレスを軽減するために可能な支援を検討する.主治医をはじめ,医療従事者との良好な関係性は,患者にとって大きな支えとなる.ステップ2 での介入の主体は,慢性心不全看護認定看護師やこれに準ずる看護師が想定される.今後,循環器科カンファレンスに緩和ケアチームが参加する体制が整えば,ステップ1,ステップ2 の段階から,精神症状緩和を担当する精神科医と循環器科スタッフが話し合い,より的確なアセスメント,早期の介入を行うことが可能となるだろう.このような初期対応にもかかわらずうつ病が増悪する場合には,精神科専門職へのコンサルト,精神科での専門治療が必要となる.

ステップ3 では,精神科医による薬物療法と並んで精神看護専門看護師(リエゾンナース),公認心理師ら精神科

表16 心不全患者のうつ病に対する段階的ケア

介入の対象症状介入の内容介入の主たる職種*

ステップ4 ● 重症で複雑なうつ病● 生命の危機● 高度の自己ネグレクト● 薬物療法● 高度に集中的な心理療法● 電気けいれん療法● 危機介入● 上記を組み合わせた治療● 入院を含む精神科専門職による治療精神科医

ステップ3 ● 中等症~重症のうつ病●初期介入に反応しなかった軽症~中等症うつ病● 持続する閾値下抑うつ● 薬物療法● 高度に集中的な心理療法● 上記を組み合わせた治療● 多職種協働での介入● 精神科専門職への紹介公認心理師精神看護専門看護師(リエゾンナース)精神科医

ステップ2 ● 軽症うつ病● 持続する閾値下抑うつ** ● 軽度の心理社会的介入● 心理療法● 薬物療法● 精神科専門職への紹介を検討認定看護師(心不全の場合,慢性心不全看護認定看護師)あるいはこれに準ずる看護師

ステップ1 ● すべての抑うつ症状● スクリーニングアセスメント● 支持的対応● 心理教育● 積極的な観察● 精神科専門職への紹介を検討患者にかかわるすべての医療従事者* わが国の医療体制に照らして想定される介入職種** 閾値下抑うつ:抑うつ症状を有するが,うつ病の診断基準を満たさない状態(National Institute for Health and Care Excellence. 2009

161)より作表)
p.44
専門職が協働で介入する.

ステップ4 の重症うつ病に対しては,入院を含めた精神科専門治療が検討される.

心不全患者に対する精神科薬物療法および精神療法(心理療法)については,心不全の病態および心不全の療養環境に則した配慮が必要であり,詳細を次項で説明する.

8.3.2 抑うつ・不安に対する薬物療法

a.  心不全患者における向精神薬使用の一般的原則

心不全患者では,向精神薬による重篤な副作用(鎮静,せん妄,血圧低下)が生じるリスクが高い162).心不全患者に頻繁にみられる,消化管の浮腫,肝血流量の低下,腎血流量・糸球体濾過量低下などから,薬物の吸収,代謝,排泄が低下し,薬物分布も変化することが影響していると考えられている.このため,心不全患者における向精神薬使用においては,通常の使用量に比べて少量から開始する.また,副作用を監視しながら慎重に漸増していく.薬剤選択においては,できるだけ薬剤数を少なくする,長時間作用型の薬剤を避ける,QT 延長が認められる薬剤を避けるなどの点も重要である162-164).表17 に向精神薬のQT 延長リスクをまとめた163). b.  不安/ 不安症

診断基準を満たす不安症やPTSD に対して,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)(c.「抑うつ/ うつ病」で詳述)が第一選択薬として用いられる164).不安症状が

顕著であり,主観的に苦痛が強い場合は,対症的にBZD系抗不安薬が用いられる164).BZD 系抗不安薬は,不安に対して即効性があり,不安に関連した頻脈や心筋の易刺激性を緩和することから,心不全患者に頻繁に用いられてきた165).心血管系への悪影響はないが,依存性,認知機能障害,転倒などの副作用があり,長期投与の有効性も否定されている.このため,BZD 系抗不安薬の使用は,可能なかぎり短期間かつ必要最少量での使用にとどめることが重要である.

BZD 系抗不安薬のうち長時間作用型のもの(ジアゼパム,クロルジアゼポキシド,クロナゼパムなど)や,活性代謝産物を有するものは,副作用が遷延する可能性があるため注意が必要である.一方,ロラゼパムは他のBZD 系抗不安薬と異なり,チトクロームP450(CYP)による代謝(第1 相反応)を受けることなくグルクロン酸抱合されるため162, 164),薬物代謝による変化を受けにくく,心不全患者にも比較的安全に使用できる. c.  抑うつ/ うつ病

一般には,抑うつ・うつ病には抗うつ薬が用いられるが,心不全患者の抑うつ・うつ病に対する薬物療法のコンセンサスは得られておらず166),ネットワークメタ解析では抗うつ薬の有効性は否定されている167).心不全患者において抗うつ薬の効果が一致しない理由としては,倦怠感などの心不全の症状とうつ症状が重複すること,心不全に対する薬剤の副作用としてうつ症状が生じること,抗うつ薬を十分に増量できないことなどが考えられている168).

抗うつ薬の代表的なものとしては,不安/ 不安症に対する薬物療法でも用いられるSSRI のほか,ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA),セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI),三環系抗うつ薬(TCA)がある.これらのなかで,心不全患者において第一選択とされているのはSSRI である. SSRI のなかでもセルトラリン169)とエスシタロプラム170)が,ランダム化比較試験によって心不全患者における安全性が実証されている.ただし,両薬ともQT 延長のリスクのある患者には慎重投与が必要とされており,エスシタロプラムについてはQT 延長を有する患者には禁忌である. NaSSA であるミルタザピンは,心筋梗塞患者に対する安全性を示すエビデンスをもっており171),心不全患者においても,SSRI が奏効しない場合には次の選択肢となりうる.SNRI はノルアドレナリン作用による頻脈,高血圧が生じる可能性があり,心不全患者には注意が必要である. TCA は,血圧低下(α1 アドレナリン受容体阻害作用),頻脈(コリン受容体阻害作用)が生じるばかりでなく,キニ

A:QT 延長のリスクはないか,あってもわずかB:QT 延長の傾向ありB

*:QT 延長が明らか,あるいはTorsades de pointes の報告がある(Fanoe S, et al. 2014

163)より作表)

一般名リスク抗精神病薬アリピプラゾールオランザピンペルフェナジンクロザピンレボメプロマジンパリペリドンクエチアピンリスペリドンスルピリドハロペリドールピモジドA A A B B B B B B B *

B *

抗うつ薬(三環系)アミトリプチリンクロミプラミンイミプラミンB B B一般名リスク

抗うつ薬(その他)パロキセチンセルトラリンデュロキセチンミルタザピンエスシタロプラムベンラファキシンA A A A B B気分調整薬カルバマゼピンラモトリギンバルプロ酸リチウムA A A Bその他ベンゾジアゼピン系ガバペンチンプレガバリンA A A

表17 向精神薬のQT 延長リスク
p.45
ジン様作用から種々の心室性不整脈が生じ,Torsades de Pointes も報告されているため,心不全患者への使用は避けるべきである.表18 に抗うつ薬が心臓にもたらす影響をまとめた168).

心不全患者に抗うつ薬を使用する場合,薬物相互作用にも留意する必要がある.なかでもSSRI のフルボキサミンにはCYP 1A2 を主として2C9,2C19,3A4 に高度~中等度の阻害作用,パロキセチンには2D6 の強力な阻害作用があるため,これらによって代謝される薬物の血中濃度を上昇させる可能性がある.たとえば,β遮断薬はCYP 2D6で代謝されるため,少量のβ遮断薬でコントロールしている心不全患者にはパロキセチンの使用を避ける.

上述のように,心不全患者の抑うつ/ うつ病に対する抗うつ薬の有効性は確立されていない.セルトラリン,エスシタロプラムの有効性はともに否定されているが169, 170),セルトラリンによってうつ病が寛解した患者では,身体機能,QOL が有意に改善したことが報告されている172).一方,セルトラリンに反応しなかった患者の危険因子として, ICD の装着(PTSD の合併が多い),不安スコアの高値が見いだされたことなどから,併存する不安に焦点をあてた介入が課題と考えられている173).また,抗うつ薬は心不全の予後改善には寄与しないとされているが170, 174),抗うつ薬によってうつ病を適切にコンロトールできれば,予後改善につながる可能性があると考えられている175).

8.3.3 抑うつ・不安に対する精神療法

うつ病の治療方法として抗うつ薬とともに有効性が示されているのが認知行動療法(CBT)である.CBT は心不全患者のうつ病に対しても有効だが,予後(入院や死亡)の改善には寄与しないという報告がある176).

抗うつ薬の忍容性に問題がある場合や,患者が薬物療法を望まない場合などにはCBT が有用である.また,中等

症から重症のうつ病患者に対しては,薬物療法とCBT を併用することが,それぞれの治療方法単独で加療するよりも有効であると考えられる.

8.3.4 抑うつ・不安に対する運動/ 心臓リハビリテーション

有酸素運動,心臓リハビリテーションは,心血管機能の改善をもたらすばかりでなく,うつ病の症状をも軽減させることが知られている177-179).ただし,うつ病にかかると,運動やリハビリテーションに対する意欲も低下してしまう.運動やリハビリテーションが抑うつ症状の改善も期待できることを本人や家族に十分に説明して,参加を促したい.

8.3.5 せん妄のマネジメント

せん妄のマネジメントの基本戦略は,1安全確保(危険物の除去など),2せん妄の原因(疾患・病態や物質・医薬品)の同定と,これらの治療あるいは除去,3環境調整(昼夜リズムの適正化,疼痛緩和,不動化の最小化など),4薬物療法,5家族への説明である.とくに,2はせん妄治療にとってもっとも重要であるが,臨床上,原因を同定できたとしても治療あるいは除去するには時間を要することが少なくない.このため,対症療法として薬物療法が併用される.薬物療法が用いられるのは,不穏や興奮を主症状とする過活動型せん妄であり,低活動型せん妄に対する薬物療法は確立されていない180).

心不全に合併するせん妄に対して,薬物療法の有効性・安全性に関するエビデンスはきわめて限られている.そのため,ここでは一般的なせん妄に対する薬物療法を示したうえで,心不全の病態への留意点をあげる.

表18 抗うつ薬の心臓への影響(QT 延長を除く)

抗うつ薬起立性低血圧高血圧頻脈徐脈抗血小板作用体重増加三環系++++ - +++ -/+ - ++++ SSRIs + + + -/+ + a ++ b SNRIs +/+++ +/++++ c ++ - + d -/+ eミルタザピン+ + - - - ++++トラゾドン+++ + + + - ++ f ++++:強い,+++:中等,++:弱い,+:ごく弱い,-:ないa. とくにパロキセチン,セルトラリン,エスシタロプラムが強いd. とくにデュロキセチンが強い可能性b. とくにパロキセチンが強いe. ベンラファキシンでは体重減少もみられるc. 用量依存的に強まるf. 体重減少もみられる(Teply RM, et al. 2016

168)より改変) Reprinted from Prog Cardiovasc Dis., 58(5), Copyright (2016), with permission from Elsevier.
p.46
a.  抗精神病薬

せん妄に対する薬物療法の第一選択は抗精神病薬(一般には統合失調症治療薬として用いられる薬剤)であるが,いずれもわが国でせん妄に対する適応を有していない.しかし,2011 年に厚生労働省がクエチアピン,ハロペリドール,ペロスピロン,リスペリドンの4 剤について,せん妄に対する適応外使用を認めている181).

抗精神病薬の選択については,日本総合病院精神医学会せん妄治療指針改訂班によって作成されたアルゴリズムを図16 に紹介する180).まず内服可能であれば,錐体外路系副作用の少ない第二世代抗精神病薬が選択される.糖尿病の合併がなければ,鎮静作用が強く,半減期が短いクエチアピン,あるいは口腔内崩壊錠のあるオランザピンが推奨されている.糖尿病があれば(クエチアピン,オランザピンともに糖尿病には禁忌),液剤があるリスペリドン,あるいは半減期の短いペロスピロンが推奨されている.内服不可で経静脈投与を行う場合には,第一世代抗精神病薬であるハロペリドールが用いられる.

抗精神病薬投与の基本姿勢としては,半減期の短い薬剤を低用量から投与する.効果不十分な場合には,同量程度の追加を繰り返していく.せん妄症状が落ち着けば漸減・中止すべきであり,漫然と継続投与してはならない. b.  心不全患者における留意点

上述の第二世代抗精神病薬のうち,クエチアピン,リスペリドン,ペロスピロンは,α1 アドレナリン受容体遮断作用による血圧低下が生じるため,心血管疾患,低血圧,またはこれらの疑いのある患者には慎重投与が求められている.また,クエチアピン,リスペリドンはQT 延長を起こしやすい患者にも慎重投与が求められている.オランザピンは心血管系へのリスクが全般に低く,QT 延長のリスクも低い.同じく第二世代抗精神病薬であるアリピプラゾールも,心血管系への影響が低く,心不全患者に有用である可能性がある.

内服不可の場合に用いられるハロペリドールでは,心筋に対する障害作用,血圧降下作用が報告されており,重症の心不全患者には禁忌となっている.心血管疾患,低血圧,またはこれらの疑いのある患者にも慎重投与が求められている.心室細動,心室頻拍(Torsades de pointes を含む), QT 延長などの報告があり,QT 延長を起こしやすい患者にも慎重投与となっている.

すべての抗精神病薬が,アドレナリンと併用禁忌となっていることにも留意する必要がある.抗精神病薬のα受容体遮断作用により,アドレナリン作動性β受容体刺激作用が優位となり,急激な血圧降下が生じるためである.また,抗精神病薬はアドレナリン以外のカテコラミンとも併用注意となっている.

まとめると,心不全患者においては,投与前から心電図などでモニターしながら,第二世代の抗精神病薬の経口投与,あるいは内服不可の場合はハロペリドールの経静脈投与を,少量から開始することが推奨される.また,投与中は定期的に心電図検査を行い,異常が認められれば投与量の変更,他剤への変更を考慮する. c. その他の向精神薬

抑肝散は,認知症患者におけるせん妄を含む行動・心理症状(BPSD)に対して有効かつ安全であることがメタ解析で示されている182).限られたエビデンスではあるが,高齢者が多い心不全患者のせん妄に対しても,有用である可能性がある.

BZD 系薬剤はせん妄の原因となるため,原則として使用しない.また,心不全の増悪時はせん妄発症のリスクが高まるため,このような患者の不眠にも,BZD 系薬剤を使用することは避けるべきである.

新規不眠症治療薬であるメラトニン受容体アゴニストのラメルテオン,オレキシン受容体拮抗薬のスボレキサントは,いずれもせん妄予防効果が示唆されており,心不全増悪時の不眠に対して有用である可能性がある183, 184).

8.3.6 多職種による協働ケア

心不全に合併したうつ病に対して,抗うつ薬を中心とし

図16 せん妄に対する薬物療法アルゴリズム(日本総合病院精神医学会せん妄指針改訂班. 2015 180)より改変)

ハロペリドール

短半減期

オランザピン(口腔内崩壊錠)リスペリドン

(内用液)剤形の利

注射製剤せん妄(過活動型・混合型)

糖尿病の有無

ペロスピロン*クエチアピン

錐体外路症状が出現しやすい人向き* QT 延長のリスクは少ないと考えられるが,わが国でのみ使用されている薬剤であるため情報は十分とはいえない.

+/ − −
p.47
た標準的な治療を行っても,その効果は決して十分ではなく,ましてや予後改善にはつながらない169, 170, 173).これは他の慢性疾患,たとえば冠動脈疾患や糖尿病などに合併したうつ病でも同様である185).そこで近年,これらの慢性疾患に対する新たなケアモデルとして多職種による協働ケア(collaborative care)が北米を中心に注目されている186).概要を示すと,ケアの中心的な役割を担うのはうつ病のケアマネージャー(トレーニングを受けた看護師,臨床心理士,ソーシャルワーカーなど)である.彼らはプライマリ・ケア医のもとに配置され,精神科医のスーパービジョンの下で,うつ病治療をサポートする.具体的には,精神症状の包括的な評価,エビデンスに基づいた治療プランの提案,治療開始後のフォローアップなどを行う.加えて重視されるのが,個人ごとの包括的支援(ケースマネジメント)である.

協働ケアは心不全患者に特異的な健康状態(カンザスシティ心筋症調査票[KCCQ]スコア)を改善させるには至らなかったものの,抑うつと倦怠感を改善させた129).メタ解析でも通常のケアと比較して,協働ケアは心不全患者の生活の質(QOL),不安,さらには身体機能を改善させることが示唆された187).

本アプローチはわが国の「多職種による包括的疾病管理プログラム」188)や「包括的心臓リハビリテーションプログラム」189)など,心不全患者に対する多職種による疾病管理,リハビリテーションプログラムと統合可能ではないかと思われる.

9 多職種チームビルディング

近年,医療技術が高度化・複雑化するにつれて,医療従事者は専門分化した立場で患者・家族に関わることが多い.また,患者・家族の医療に対する価値観も多様化しており,チーム医療の重要性が認識されている.

チーム医療は,「医療に従事する多種多様な医療スタッフが,各々の高い専門性を前提に,目的と情報を共有し,業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い,患者の状況に的確に対応した医療を提供すること」と定義されている190).

多様な医療専門職がチームを形成して患者・家族に関わることで,それぞれの視点から情報や知識が統合され,質の高いケアを提供することが可能となる.とくに緩和ケアの実践では,潜在的な問題点を抽出し,全人的な苦痛に対して包括的に介入することが求められるため,多職種チームでアプローチする意義はきわめて大きい191, 192).

9.1 多職種チーム構成

多職種チームによって提供される緩和ケアは,メンバー各々の専門職としての能力や経験によって規定されるが,メンバー全員が高いモチベーションをもって,共通の目標に向かって行動することによってケアの質が高まる.最大限のアウトカムを引き出すには,リーダーやコーディネーターなどの役割分担を明確にし,バランスの取れた多職種チームを組織することが重要である.

多職種チームの構成(医療モデル)は時代とともに変遷してきた.従来は,医師が各職種に指示を出して医療を進める医療モデル(図17A:Classical medical model)が主体であった.しかし,医療の進歩とともに医療専門職種間での連携が求められ,多職種に出された医師の指示が職種間で共有されながら医療を進める形式(図17B: Multidisciplinary model)を経て,患者を中心として各専門職がその特性を生かして連携しながら医療を進める形式(図17C:Interdisciplinary model)へ,さらに各々の専門職域を超えて,適宜他の専門職の役割を補完しながら医療を進める形式(Transdisciplinary model)へと発展してきている.

緩和ケアに取り組む多職種チームは,最終的に多職種で業務を分担しつつも互いに連携・補完し合いながら実践されるのが望ましいが,多職種チームを初めて立ち上げるなどチーム体制が成熟していない場合には,まずClassical medical model の体制で活動を始め,医師が各専門職からじょうずに意見を引き出しながら,チーム体制の成熟度に応じて,しだいに医療モデルをシフトさせていく方法もある.このように多職種チームによる緩和ケアにおいて,多職種チームの枠組みは重要であるが,チームに加わるメンバーの専門職としての能力や経験も,チーム全体のアウトカムを規定する.とくに医療従事者としてのプロフェッショナリズムやコミュニケーションスキルは,職種間協働の成否を決めるポイントである.

9.2 各職種の役割

9.2.1 医師

医師は医学的知識に基づいて多職種チームとして最大限のアウトカムを出せるよう,1多職種チームに求められている患者・家族のニーズから目標を設定し,2構成するメンバーの専門性を尊重しながら多様な意見を引き出し,3
p.48
チーム全体のコンセンサスを得る調整役としての役割が期待される.さらに,4多職種チームとしての意見を主治医サイドに伝える役割も果たす必要がある.多職種チームに参加する医師として,循環器医は原疾患や身体症状に関するマネジメントを担当するほか,精神症状の評価を行い,精神療法や薬物療法など適切な対処法を支援する精神科医の存在は欠かせない.そのためには,個々の症例において病態や病状の的確な

把握が必要であり,多職種メンバーから発言を引き出せるよう,メンバーとのコミュニケーションを図ることが求められ,チーム全体の環境整備にも配慮しなければならない.

9.2.2 看護師

看護師は医療現場で患者・家族に寄り添う立ち位置であることから,患者・家族の価値観やニーズに関して多くの情報を有しており,多職種チームメンバーに重要な情報を伝えるコーディネーター的役割を果たす.また,ケアリングを通じて患者がその人らしい時間を過ごせるよう,心身および生活全体を調整するとともに,自己決定の支援をすることも求められている.療養の場が医療機関から在宅へと移行した場合には,訪問看護師として質の高い医療処置と看護ケアを提供する役割を担うこととなる.

そのためには,患者・家族との信頼関係の構築が多職種メンバーのなかでもとりわけ求められ,患者の想いを十分に聴くことや,オピオイド導入後の呼吸状態や意識レベルの推移など,患者の心身の些細な変化を見逃さない観察眼が要求される.

9.2.3 移植コーディネーター

標準的心不全治療が奏効しない重症心不全患者では,左室補助人工心臓(LVAD)の装着や心臓移植の適応が検討される.移植コーディネーターはこれらの症例において,患者・家族の病状理解や意思決定をサポートするうえで重要な役割を果たす.また,多職種間の調整役となり,円滑なチーム医療の実践をめざす.万が一,これらの積極的治療の適応とならない場合においても,多職種チームメンバーと情報共有に努め,意思決定支援(shared decision making)などのサポートが引き続き行われるよう配慮する.

9.2.4 薬剤師

薬剤師は適正な薬物療法が実施されるように,薬学的観点から多職種チームを支え,薬剤投与時の有害事象のリスク回避や栄養療法の処方支援などで果たす役割は大きい.また,患者・家族に対して投与薬剤に関する説明・指導を担う.とくに,オピオイド導入前に患者・家族の不安を軽減するため,投与薬剤に関する説明を行うとともに,導入後に嘔気や便秘などの副作用が出現した際には治療薬の提案を行うなどの対応が求められる.

薬剤師にとって最新の医薬品情報の収集は欠かせず,個々の患者で適正な薬物治療が行われているか(用法・用量・剤形は適切か,重複処方がないか)を把握し,必要に応じて薬物血中濃度モニタリング(TDM)を活用し,具体

図17 多職種チームにおける各種医療モデルA Classical medical model:医師が各職種に指示を出して医療を進めるモデルB Multidisciplinary model:多職種に出された医師の指示を職種間で共有しながら医療を進めるモデルC Interdisciplinary model:各専門職が特性を生かして患者を中心に

連携しながら医療を進めるモデル

看護師医師

医師

医師

患者

薬剤師臨床心理士管理栄養士臨床検査技師臨床工学

技士社会福祉士

理学療法士作業療法士

看護師

薬剤師

臨床心理士管理栄養士臨床検査技師臨床工学

技士社会福祉士

理学療法士作業療法士

看護師

薬剤師

臨床心理士管理栄養士臨床検査技師臨床工学

技士

社会福祉士

理学療法士作業療法士移植コーディネーター

A

B

C
p.49
的な薬剤投与計画を提案することが求められる.

9.2.5 理学療法士・作業療法士・言語聴覚士

理学療法士は運動療法や温熱療法などの物理療法を通じて,運動機能の維持・改善を図ることにより,基本的動作能力の改善や生活の質(QOL)の向上をめざす.心不全患者は高齢であることや運動器疾患などの重複障害を有していることが多いため,理学療法士の果たす役割は大きい.

作業療法士は,基本的動作能力のみならず,応用的動作能力(家事などの日常生活活動)や社会的適応能力(地域活動への参加など)の維持・改善を図ることにより,その人らしい生活の獲得をめざす.

理学療法士・作業療法士は,療養の場が医療機関から在宅へと移行した場合には,訪問・通所リハビリなどを通じて身体機能の維持を図るとともに,家屋訪問指導で適切な福祉用具の選定や使用訓練を通じて,在宅療法環境の整備も行う.また,患者が社会的役割を取り戻し,患者自身が自立した生活のなかから生きがいを見いだせるように支援する.そのため,個々の症例での日常生活上の問題点を把握し,どうすれば安全に効率よく身体を動かすことができるのか,患者・家族に的確に助言・指導する能力が求められる.

言語聴覚士は,言葉によるコミュニケーションの問題や摂食・嚥下に関する問題に対して,専門的評価のうえ,適切な訓練や指導・助言を行う.急性増悪をきたした心不全患者では摂食・嚥下障害の合併が多くみられることから,言語聴覚士による介入効果が期待される193).

9.2.6 臨床心理士

臨床心理士は患者との面接(カウンセリング)や心理検査などを通じて,患者が抱える心の問題を抽出し,患者が抱える問題を患者自身が折り合いをつけられるように支援する役割を果たしている.多職種チームでは,看護師と同様に傾聴の立場をとることが多いが,カウンセラーとして患者が抱える感情の特性をより客観的に分析することが可能であるため,患者の心理的状況を多職種チーム全体にフィードバックする役割も担っている.

患者が抱える心理的問題は多様であり,臨床心理学を基盤とした広範な知識と臨床心理学的手法を用いたカウンセリング力が求められる.

9.2.7 管理栄養士

管理栄養士は患者の栄養状態を評価し,患者の病期に合わせて栄養管理計画を提案し,栄養状態のアンバランスによる代謝能力の低下を予防する役割を果たす.療養の場が

医療機関から在宅に移行した後も,在宅訪問管理栄養士として最期まで患者が食事から満足感を得られるよう,支援する.とくに循環器疾患の終末期では,骨格筋萎縮を主体としたいわゆるサルコペニアが進行し,心不全増悪の悪循環の要因となっており,おもに管理栄養士が担う患者栄養状態の維持はきわめて重要な介入点である.

病状の進行とともに食欲不振が増強するため,管理栄養士は日々変化する摂食状況を的確に把握する必要がある.さらに低栄養を避けるためには,全身状態のほか,患者の嗜好や精神状態,生活環境,家族環境なども勘案して,状況に応じた対処法を提案することが求められる.

9.2.8 臨床検査技師

臨床検査技師は,血液などの検体検査や心エコーなどの生理機能検査を担当し,患者の病状に関する客観的情報を提供し,病態把握や治療効果判定の精度を担保する役割を果たしている.検査結果と病状に乖離が生じる場合には,測定プロセスの検証に加えて,何らかの患者要因が検査結果に影響を及ぼしていないか検討することも求められる.

9.2.9 臨床工学技士

臨床工学技士は医療機器管理のスペシャリストであり,人工呼吸器からペースメーカーや除細動器に至るまで,医療現場で汎用されている多様な生命維持管理装置の保守管理を担っている.療養の場が医療機関から在宅に移行する際には,麻薬性鎮痛薬などの投与を行う持続点滴ポンプの準備・使用指導・定期点検なども担当する.

9.2.10 医療ソーシャルワーカー(社会福祉士)

医療ソーシャルワーカーは患者・家族の抱える経済的・心理的・社会的問題点を抽出し,社会保障制度の活用支援を通じて,医療と福祉の橋渡しとしての役割を果たす.患者・家族からの相談をもとに福祉の面から問題解決に向けた情報提供を行い,院内の医療チームと他院や在宅医療施設など院外の医療従事者との橋渡しとしての役割を果たすため,多職種チーム内での情報共有は重要である.

9.3 多職種チーム医療の実践

効果的な多職種チームを作り上げるためには,1各医療スタッフの専門性を向上させるとともに,2各専門職が果たす役割を拡大させて,3専門職種間の連携・補完体制の強化を図りつつ,定期カンファレンスや医療倫理カンファレンスなどの具体的な取り組みを通じて,多職種チームの
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さらなる向上をめざす.また,チームビルディングを意識した教育リソースは,多職種チームのスキルアップに有用である.

チーム医療の実践を支援するツールとしてTeam Strategies and Tools to Enhance Performance and Patient Safety(TeamSTEPPS)があげられる194).TeamSTEPPSは米国で開発された医療の質・安全・効率の改善をめざすプログラムであり,医療チームのパフォーマンス向上に主眼が置かれ,チームトレーニングを通じ,「リーダーシップ・状況モニター・相互支援・コミュニケーション」のチームパフォーマンスの向上に重要な4 つのコンピテンシーの体得をめざす195).

9.4 多職種チームの現状と課題

循環器緩和ケアでの多職種チームの枠組みは全国一律のものではなく,医療資源の実情に応じて柔軟に設定するのが望ましい.大病院においては,すでにがん患者を対象とした「緩和ケアチーム」および「心不全多職種チーム」が設置されていることが多く,両チームが連携して協働しながら「循環器緩和ケアチーム」へと発展する流れが想定される192).

一方,同一医療機関で「緩和ケアチーム」または「心不全多職種チーム」のどちらも設置されていない場合は,他の医療機関に設置されている既存のチームと連携しながら,循環器緩和ケアの提供を開始することを考慮する.また,療養の場が医療機関から在宅に移行する場合には,かかりつけ医を中心に地域の医療機関や訪問看護ステーションなどが連携してケアを提供するため,事前に関係者間で在宅医療や介護サービスに関する役割分担を明確にしておく必要がある.

なお,これらの取り組みを進める過程で,一部の医療従事者に負担が集中することのないよう,介入時期や内容によってイニシアチブをとる職種を変更するなど,それぞれの医療機関の状況に応じて柔軟に対応することが重要である. 10 在宅医療における 緩和ケアのあり方

心不全は,心臓を含めた全身の臓器障害を引き起こす症候群であり,根治的治療が困難となる慢性疾患である.このため,心不全医療を考えるうえで,心臓という臓器疾患への介入に焦点を置く「疾病モデル」だけではなく,生活の質(QOL)を意識しながら,個々の生活環境に合った「生活モデル」への転換が重要となっている.このような観点から,病院医療とともに,生活の場に近い地域での「LIFE:生命,生活,人生」を考えた医療介護体制の構築が必要となる.

在宅での循環器疾患における緩和ケアを考えるうえで,まずは入院医療と在宅医療の違いを考える(表19).入院医療は基本的に看取りを目的としたものではなく,あくまでも救命・延命を目的としている.このため,現実的には末期・終末期の医療への切り替えが必要となることが多い.一方で,在宅医療は障害をもちながらもQOL を維持することを目的としており,緩和的な考え方へスムーズな移行が行いやすいといわれている.また,入院医療と在宅医療は相対する医療モデルではないものの,それぞれの強みは双方にとっての弱みに変換されることは興味深い.非がんの循環器疾患の緩和ケアを行ううえで,このような違いを理解しながら臨床を行う必要がある.

10.1 在宅医療と地域社会資源の活用

心不全の在宅医療の役割は,1長期入院からの退院, 2再入院の予防,3急性増悪時の治療,そして4在宅看取りにある.これらにより,急性期病院の役割の明確化,心不全患者の再入院予防,そして在宅療養の継続が可能となる.地域での在宅ケアは,病院や診療所をはじめ,訪問看護,訪問リハビリ,薬局,歯科診療所,訪問介護事業所

表19 非がん患者における入院医療と在宅医療の比較

入院医療在宅医療目標健康増進・社会復帰自立と尊厳の保障目的疾病の治療・救命・延命生活の質(QOL)の向上対象疾病(生理的正常の維持)障害(生活活動度の維持)チーム同一施設・医療従事者多施設・医療介護従事者・家族強み医療専門職・緊急時対応・介護負担軽減住み慣れたところ・患者家族の意向が反映されやすい・家族との時間
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などの医療・介護サービス提供に関する多くの関係機関に支えられている.地域での社会資源サービスを表20 にまとめる.

在宅医療は,医療保険の適用となり,「在宅療養を行う患者であって,疾病・傷病のため通院が困難なものに対して定期的に医師が訪問して診療を行うこと.」とされている(2018 年度診療報酬改定).地域の社会資源サービスの基本は医療保険と介護保険をじょうずに組み合わせていくことにある.このなかで訪問看護の有効活用が重要である.訪問看護は疾患や病期により介護保険と医療保険の適用となる.地域で訪問看護を利用するには以下のような課題があることに留意するとよい.1訪問看護導入においては医療保険より介護保険が優先されるため,介護保険の単位数が少ない患者では,訪問看護の十分な活用がしにくい.とくに,医療保険の適用はがん終末期では認められているが, 2018 年度の診療報酬改定時点では,末期心不全では認められていない.2病院医療従事者の訪問看護・特別訪問看護指示書に対する認識が低い.3訪問看護では,医師が症状増悪時の頓用指示や連絡指示基準を指示書に十分に記載することが望まれる.地域の医療現場では,多施設・多職種でのチーム医療を要する.そこでは職種間での疾患に対する知識の差が,患者の捉え方に相違を生じさせる.このため,医療従事者が生活をサポートする介護職側に立ち,患者家族にとって何が最善かを協働することが重要である.

10.2 病診連携

心不全は増悪を繰り返すため,地域と病院での病診連携の充実が必要である.心不全の再入院の時期には,退院直後と終末期の二峰性があることが知られており196),適切な在宅ケアの介入により在宅療養を維持できる.とくに,退院直後は心不全の増悪を要因とし,終末期は非心不全の要因,たとえば誤嚥性肺炎や転倒,介護負担などによるものが多いことに留意するとよい.慢性疾患で病状が変化しやすいのが心不全の特徴であり,病期,治療ケアの方針など,施設間でのコミュニケーション,情報共有が大切であ

る.退院前には「退院調整カンファレンス」を行い,病院から地域に病状や専門的情報を伝え,退院から在宅移行期をスムーズに過ごすための取り組みを行う.また,地域内では「担当者会議」と称して,地域の医療介護職で直接話し合う場を設ける.そして,地域から病院への入院が必要なケースでは,「入院前カンファレンス」として,地域から必要な情報を病院へ伝えたり,入院目標をあらかじめ共有することにより病院側の負担を減らすことができる(表21).地域では人的資源が限られていることもあり,情報通信技術(ICT)を利用したWeb カンファレンスの発展が期待される.

10.3 社会的苦痛

在宅緩和ケアでは「苦痛の予防」の意識をもつことが重要である.がん終末期と同様に心不全においても,苦痛は呼吸困難や全身倦怠感などの身体的な症状だけでなく,社会的,精神的,スピリチュアルな側面から構成されるトータルペインであることを理解し,包括的な全人的ケアを行う.心不全では生活環境のサポートが必要とされるため,介護保険サービスの充実が望まれるが,実際は病状の変動が介護度の過小評価につながっており,十分な介護サービスの導入ができない.在宅療養の継続のためには,社会的苦痛の予防のためにも事前の理解が必要である.おもな社会的苦痛として,1介護負担と家族関係の問題,2療養場所の選定の問題,3経済的な問題,4地域コミュニティの問題があげられる192).このなかでも介護負担は在宅療養の切れ目となる.在宅医療においては,患者だけではなく介護者にも同様に目を向ける必要がある.同居している介護者は24 時間勤務であること,また家族としての役割

表20 地域の社会資源サービスと保険適用

• 訪問診療:医療保険• 訪問看護:医療保険または介護保険• 訪問リハビリテーション:医療保険または介護保険• 定期巡回・随時対応型訪問介護看護:日中から夜間まで,介護・看護の一体的な定期訪問や緊急時の随時訪問を受けられる.介護保険のみ(要介護度1 以上) • 訪問鍼灸マッサージ:マッサージ・鍼灸・機能訓練を行い,痛みや自律神経症状の改善・緩和を目指す.医療保険のみ表21 入院前カンファレンスにおける地域から病院への情

報提供1)医療のこと地域での診療経過病状説明の内容と理解・受け入れ病院の医療に求めることどのタイミングで地域に戻すか2)療養のこと地域でのアドバンス・ケア・プランニング(ACP),リビングウィル,患者の価値観・キャラクター家族状況生活状況3)事務的なこと家族・関係機関連携先一覧地域医療介護職事業所名,連絡先
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と同時に,介護ヘルパー,セラピストや看護師,代理意思決定者としての重要な役割を担う必要がある.それぞれが小さな負担でも重なると大きな負担になることに留意しなければならない.とくに心不全の終末期になると,これらの負担はさらに大きくなるため,介護者への適切な予後通知が精神的負担を軽減する.このほか,介護負担を軽減するために,多施設・多職種での情報共有,患者の症状緩和,介護者自身の問題解決,傾聴,マンパワーの強化,レスパイト場所の確保などを行う.

10.4 身体的苦痛

心不全における終末期症状は多種多様であり,まずは症状の質と量を判断することが大切である.心不全の90%以上が有する呼吸困難感に対しては,1質と量,2治療可能な原因が存在するか,3低酸素状態である呼吸不全を伴うか,4不安を伴うかに留意する.また,呼吸困難感に対する非薬物治療(在宅酸素療法,在宅人工呼吸機器,症状緩和リハビリテーション,看護ケアなど)と薬物治療(心不全治療薬,オピオイド類)を考慮し,そのうえで症状緩和が困難な場合は,鎮静の手段を考える.

末期心不全への訪問リハビリテーションでは,通常の症状緩和を目的としたリハビリテーションとともに,「寝・食・排泄・清潔分離」の観点を大切にする.たとえば,「ポータブルトイレを使いたくない」という患者では,患者の尊

厳を考え,トイレへ行けるための動作確認から福祉用具の検討,家族介助の指導を行う.薬物治療におけるオピオイドの使用の詳細については別項に譲るが,心不全患者への頻呼吸を伴う呼吸困難感への導入は,症状の軽減,QOLの改善に有効である.そして,苦痛緩和の最後の手段として鎮静がある.

鎮静については,患者の苦痛緩和を行う最終手段であり,生命予後の短縮のために行うわけではないこと,また,意思疎通が取れなくなる可能性について患者家族に説明することが大切である.在宅の現場では,BZD 系座薬が頻用される.注意する点として,医師が「症状緩和」か「鎮静」のどちらを目的に使用するかを明確にする必要がある.

高齢者では,終末期となったときに患者の状態を心不全ととらえるのか,老衰と考えるのか判断がむずかしい場合がある.老衰とは加齢により心身の能力が衰えることであり,その結果として死ぬことが老衰死とされるが,医学的な定義は明確ではない.老衰は加療によって改善は見込めないが,心不全であれば入院治療によって治療効果が見込める点で相違がある.重症例ほど,心不全として治療を継続するか,老衰とするのかは循環器医であっても判断に難渋する場合があるが,今後増加していく心不全患者をかかりつけ医を含めた地域や自宅で診ていくには,その見きわめが必要である.

第2章 各論

1 心不全

心不全は,循環器疾患のなかでも,すべての心疾患に共通した終末的な病態であり,今後の患者増加が予想され,緩和ケアの対象となるおもな循環器疾患として想定されている192).また,全人的苦痛への対応という観点から,図18 に示されるように,心不全に対する緩和ケアはStage Cの段階から心不全の治療と並行して提供されるべきであ

る.本節では,心不全に対する緩和ケアの全体像について概説したのち,緩和ケアが全体のケアのなかで大きな比重を占めうる,Stage D の心不全をおもな対象として記載する.

1.1 心不全における緩和ケアについて

心不全における緩和ケアは,Stage C の段階から予後改善治療と並行して提供されるべきものであり,時相的に線
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を引いてStage D の段階になってから提供されるものではない.そのため,心不全に対する積極的治療と緩和ケアを両立させていくためには,患者がStage C からStage D へと進行していく,心不全の病の軌跡を十分に理解することが重要である.しかし,心不全において,急性増悪時の症状は治療によってすみやかに改善することも多く,心不全患者の予後に対する認識には,現実と乖離があることが知られている2).そのため,心不全発症の早期の段階から,患者やその家族に心不全の病の軌跡を十分に理解してもらう機会を設けることが,心不全に対する積極的治療と緩和ケアを適切に両立させていくうえでの前提となる.

このように,患者やその家族に心不全の病の軌跡を十分に理解してもらったうえで,心不全の臨床経過のなかでの状態の変化に備えるため,意思決定の過程を共有するプロセスであるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を行うことが重要である(詳細は総論2.「アドバンス・ケア・

プランニング(ACP)と事前指示のあり方」を参照).

病の軌跡のなかで,心不全患者は,呼吸困難,全身倦怠感,疼痛,抑うつ・不安,せん妄など,多彩な身体症状,精神症状を示す.利尿薬,血管拡張薬,強心薬などの心不全の病態に対する治癒的治療により症状は改善しうるが,十分に症状の緩和が得られない場合には,心不全に対する治療を継続したうえで,身体症状・精神症状への薬物・非薬物的介入を追加する(詳細は総論7.「身体症状の評価とケア」,8.「精神症状の評価とケア」を参照).

また,心不全患者では身体症状,精神症状に加えて,社会的苦痛,スピリチュアルな苦痛といった苦痛も抱えており,これらを全人的苦痛としてとらえ,医療の視点以外も含めて,多面的・包括的にアプローチする必要がある.そのため,多様な医療専門職による多職種チームを形成して

図18 心不全患者の臨床経過および提供されるケアのイメージJCS: 日本循環器学会,JHFS: 日本心不全学会(厚生労働省.2018

192)より)

心不全の重症度(JCS/JHFSステージ分類)

身体機能苦痛の程度必要とされるケアの強度リスクステージ(ステージA/B)心不全ステージ

(ステージC)治療抵抗性心不全ステージ

(ステージD)

• 高血圧,糖尿病,動脈硬化性疾患等の発症(ステージA) • 器質的心疾患の発症(ステージB)心不全症状出現慢性心不全の増悪による入院治療

治療抵抗性心不全* への移行

適応があれば補助人工心臓や心臓移植を考慮

心不全患者の全人的な苦痛• 身体的苦痛(呼吸困難,全身倦怠感,疼痛等) • 精神心理的苦痛(うつ,不安,認知機能障害,睡眠障害等) • 社会的苦痛(家族や介護,経済的な問題等)等

従来ケア(原疾患への治療) • 薬物治療(RA 系阻害薬,β遮断薬,利尿薬,強心薬等) • デバイス治療(両室ペーシング,植込み型除細動器等) • 増悪時の専門的な治療(全身管理,カテーテル治療等)等※高齢心不全患者では,併存症等を含めた全身管理も必要

情報の共有(重症度・併存症の状態・患者の価値観等)/ 多職種連携・地域連携による介入

心不全患者の状態に応じた,適切なケアの提供

支持的なコミュニケーションによる継続的な意思決定支援

緩和的なアプローチを中心としたケアプランへの変更を考慮

循環器疾患の専門的な医療を提供する医療従事者の関与かかりつけ医等を中心とした地域における総合的診療

専門的な緩和ケアを提供する医療従事者の関与

緩和ケア• 身体的苦痛に対するケア• 精神心理的苦痛に対するケア• 社会的苦痛に対するケア 等

時間経過

*   治療抵抗性心不全:ガイドラインに沿った治療を最大限行っても,慢性的に著明な心不全症状を訴える状態.

(心臓移植・補助人工心臓)
p.54
介入するとともに,ケアマネージャー(介護支援専門員)やソーシャルワーカーと連携し,介護や福祉の視点も含めた適切な社会保障制度や地域社会資源を活用することが重要である(詳細は総論9.「多職種チームビルディング」, 10.「在宅医療における緩和ケアのあり方」を参照).

このように,全人的苦痛を有する心不全患者に対する緩和ケアを実施するにあたっては,心不全発症の早期の段階から心不全の病の軌跡を十分に理解・共有し,ACP,心不全に対する積極的治療,苦痛に対する症状緩和を,多職種チームによりバランスよく提供していくことが重要である.

1.2 Stage D の診断,治療について

心不全のStage D について,日本循環器学会/ 日本心不全学会合同ガイドライン「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017 年改訂版)」では,「おおむね年間2 回以上の心不全入院を繰り返し,有効性が確立しているすべての薬物治療・非薬物治療について治療ないしは治療が考慮されたにもかかわらず,NYHA 心機能分類III 度より改善しない患者」と定義されている5).よって,Stage D の診断には,ガイドラインに準拠した心不全に対する適切な治療が行われていることが前提となる.しかし,心不全はがんとは異なり,急性増悪による入退院を繰り返しながら悪化するため,Stage D の診断はしばしば困難である.また,一見NYHA 心機能分類III 度より改善しないように考えられても,適切な治療介入により症状が改善する可能性もあり,治療可能な病態を的確に評価し介入することが重要である.基礎疾患の徹底した検索,至適薬物治療,非薬物治療の可能性について,十分な検討および治療を行ったうえで, Stage D の判断を行う.

一方,長期予後を改善する治療としての心臓移植の適応も同時に評価しなければならない.わが国における心臓移植の適応基準は,心臓移植以外に有効な治療手段がなく,患者・家族が移植治療を理解し,免疫抑制療法や心筋生検などの検査を移植後一生涯継続することができることとされている5).しかし,65 歳以上,心臓以外の全身疾患や不可逆的臓器障害を有する,本人および家族の心臓移植に対する十分な理解や協力が得られない場合は心臓移植の適応はない.

1.3 Stage D の患者に対する積極的治療と 緩和ケアの両立について

それまで行われてきた疾患に対する治療が終末期には行われにくいがんなどとは異なり,心不全では,増悪と寛解を繰り返す臨床経過の特徴から,終末期においても症状改

善のためにStage C の患者と同様の治療継続が必要となる場合がある.そのため,症状改善目的の継続治療と,あらたに導入する緩和ケアを,個々の患者の状態に応じて,適切なバランスで提供する必要がある.まず,Stage D の心不全患者に対しては,臓器うっ血と臓器低灌流による症状が強いため,病態に応じた治癒的治療と並行して,積極的な症状緩和ケアを検討する必要がある.

利尿薬は,日米欧の複数の心不全診療ガイドラインにおいて,心不全患者の予後に対する効果は明らかではないものの,うっ血症状の改善目的での,症候性左室収縮性心不全に対する投与が推奨されている5, 197, 198).また,2016 年の欧州心臓病学会(ESC)「心不全治療ガイドライン」では,緩和ケアや終末期のケアにおいて,重度のうっ血症状の緩和のために利尿薬は利用しうるとされている197). Stage D の心不全患者では,呼吸困難感の悪化,浮腫の悪化などの臓器うっ血症状が前面に出ている場合も多く,このような場合には十分な用量の利尿薬を検討すべきである.

静注強心薬について,2013 年の米国心臓病学会(ACC)/米国心臓協会(AHA)「心不全診療ガイドライン」では, Stage D の心不全患者に対し,収縮機能不全による低心拍出状態に伴い臓器低灌流による症状やうっ血症状を認めている場合に推奨されており,機械的補助循環や心臓移植の適応がないStage D の心不全患者に対して,症状の緩和目的に静注強心薬の長期間持続投与を行うことが,推奨クラスIIb として認められている198).Stage D の心不全患者に対して静注強心薬の適応を検討する場合は,個々の症例での静注強心薬の利用目的を明確にしながら,適切に利用する必要がある.

このような利尿薬や静注強心薬などの病態に応じた治癒的治療と並行して,身体症状や精神症状などの苦痛に対する緩和ケアを行い,積極的に苦痛の緩和を図る(詳細は総論7.「身体症状の評価とケア」を参照).

1.4 Stage D の患者に対する 植込み型左室補助人工心臓

1.4.1 左室補助人工心臓治療における緩和ケア

わが国において左室補助人工心臓(LVAD)治療は,移植適応のある重症心不全患者に対して保険医療が認められており5),心臓移植までの橋渡し(Bridge to Transplantation[BTT])として用いられてきている.LVAD 装着患者の管理は心不全の自己管理のみならず機器管理や創傷管理
p.55
など多岐にわたり,患者・家族(なお,以下,家族とは患者自身と血縁関係がなくても患者にとって重要他者である場合も含める)への指導を必要とし,術前から周術期,在宅治療と長期間にわたるチーム医療が不可欠である. LVAD 治療は,Stage D の心不全患者にとって,心不全症状や生命予後を短期的には劇的に改善しうる治療法であるが,感染症,脳出血,脳梗塞などの合併症は一定の割合で生じうるため,これらの合併症により重篤な状態へ至った場合や,あらたに悪性腫瘍などの疾患を認めた場合には, LVAD 装着下で終末期へ移行することがありうる199).このような環境下では,LVAD 停止に関する倫理的問題が存在するため,LVAD 導入前に患者や家族に対し,終末期におけるLVAD 停止に関する事前の十分な説明を行うこと,および植え込み後の対応が重要とされている200).したがって,LVAD 治療においては,治療の開始から終末期に至るまで,補助人工心臓実施医や補助人工心臓管理医を含む医師(循環器内科,心臓血管外科,小児科,集中治療,緩和ケアなど),人工心臓管理技術認定士や補助人工心臓コーディネーターを含む看護師(循環器領域,集中治療領域,緩和ケア領域)および臨床工学技士,薬剤師,臨床心理士,ソーシャルワーカーなどの多職種からなるチームで診療を行う必要があり,このようなLVAD 治療におけるチーム医療のなかで,緩和ケアは,精神的なサポート,ACP,症状緩和などの観点から,治療の初期より継続的に関与が可能であるとされている199).

1.4.2 LVAD の永久使用目的患者における緩和ケア

諸外国では,LVAD 治療は心臓移植を前提としない永久使用目的の治療(Destination Therapy[DT])としても用いられている197, 198).今後,わが国においても,DT としてのLVAD 使用が導入される見込みであり,DT 目的でのLVAD 治療における緩和ケアの適切な関わり方について議論を深めていく必要がある.

DT 目的でのLVAD 治療に関しては,国際心肺移植学会のガイドラインにおいて,LVAD 治療適応検討時の緩和ケアへのコンサルトが推奨クラスIIa で,LVAD 導入前の終末期の事項も含めた議論の促進や事前指示(アドバンス・ディレクティブ[AD])の確立のための緩和ケアへのコンサルトが推奨クラスI で推奨されている201). a. DT 治療開始時における,ACP と事前指示書

DT においては,治療開始時に治療のend point である死を意識せざるをえない.このため,植え込み手術や術後管理に関する通常の説明に先立って,終末期を含めた将来の病状変化に備えるためのACP を早期の段階から行う. ACP とは,患者本人の意思決定能力が低下する前に,患者や家族らの望む治療と生き方を医療従事者と共有し計画

するプロセス全体を指し,そのなかに終末期における事前指示がある.現時点から終末期までに行う治療内容に関して,その予想される経過を患者本人に伝えたうえで,前述の多職種チームにより意思決定支援(shared decision making)を行う.今後の治療についての話し合いは,現在の患者の意向はもちろんのこと,病状の進行により患者本人の意思が伝えられなくなったときを想定して,終末期に至った場合の鎮痛,鎮静,胃ろうや点滴などによる栄養補給,人工呼吸,人工透析,ICD/ ペースメーカー,植込み型LVAD を含む補助循環治療に関して具体的に本人の希望を確認し,事前指示書を作成することが望ましい.この事前指示書は一度作成すればそれで終了ではなく,治療経過の途中で変更可能であることを医療従事者は知り,患者へもその旨を伝えておく.

1.4.3 LVAD 治療における 「人生の最終段階における医療」

BTT 目的やDT 目的を含んだLVAD 治療における終末期の定義としては,1進行性の身体的・精神的機能低下を認め,日常生活のほとんどに介助を要し,2適切な薬物・非薬物治療を行っているにもかかわらず,生活の質(QOL)の著しい低下を伴い,3頻回の入院あるいは重篤な悪化を繰り返しながらも,心臓移植やさらなる補助人工心臓の適応がなく,4心臓悪液質を認めるなどの状態と考えられる.これらを参考に多職種による医療チームにて終末期の判断にあたる.

終末期における植込み型LVAD の管理について,本人の苦痛症状(呼吸困難,全身倦怠感,抑うつ,不安など)の緩和を十分に行うことが重要である.また,治療方針については本人の意思を第一に尊重し,本人の意思決定能力が十分でない場合は家族らとともに,事前指示書などを参考にして,本人の推定意思を明らかにすることが重要である(図3) 25, 26).

循環器疾患の終末期における生命維持治療の中止に関しては,日本循環器学会「2021 年改訂版重症心不全に対する植込型補助人工心臓治療ガイドライン」200),日本集中治療医学会/ 日本循環器学会/ 日本救急医学会による「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」41),日本循環器学会/ 日本心不全学会「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017 年改訂版)」5)に従い,本人の意思または推定意思を第一に尊重してその方針を決定する.本人の意思/ 推定意思が明らかでない場合は,家族らを含めた多職種チームで患者にとっての最善を考えたうえで方針について合意し,当該施設で決められた手順を踏んで行う.
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また,このような状況においては,家族にとってもよりよい最期を迎えられるように,医療チームは家族らの意思決定を支え,家族らへの心のケアを最後まで行う必要がある.終末期の家族対応に関しては「集中治療領域における終末期患者家族へのこころのケア指針」などを参考にする202).なお,終末期状態でないにもかかわらず本人から植込み型LVAD 駆動中止の強い要望がある場合など,医療チームで判断することがむずかしい場合には,各施設の倫理委員会などで判断の妥当性を検討することも勧められる.

2 不整脈

循環器疾患における不整脈治療のゴールは,突然死の予防と不整脈による症状の改善,生活の質(QOL)の改善にある.従来,抗不整脈薬が中心であった不整脈治療でも,非薬物治療の進歩とともに,徐脈性不整脈に対するペースメーカー治療,頻脈性不整脈に対するカテーテルアブレーション治療,突然死予防としての植込み型除細動器(ICD),さらに心臓同期不全を伴った心不全に対する心臓再同期療法(CRT),およびこれらの組み合わせによる治療が行われている.

心臓突然死は心不全死とともに循環器疾患患者の主要な死因であり,その発生を未然に防ぐことは,高リスクの患者にとって生命予後の改善にきわめて重要である.ICD は心臓突然死の一次予防,二次予防にかかわらず,生命予後を改善するもっとも有効な治療法の一つである.わが国では1996 年に保険適用されたが,それ以降,電子工学の進歩に伴うICD 本体の小型軽量化や多機能化,遠隔モニタリングシステムなどの開発により,植え込み手技や術後管理が容易となり,植え込み数は増加している203).

しかし,このように新しい技術進歩により治療法は大きく展開しても,すべての患者はいずれ人生の終わりを迎える.たとえば,ICD 植込み患者では死までの数週間に約20% がショック作動による痛みを経験し204),QOL が低下することが知られている204, 205).また,このような治療に伴う負の問題は終末期だけでなく,植込み型心臓電気デバイス(CIED)植え込み患者では治療が導入された時点から起こりうる.その意味では,患者の身体的,心理・社会的苦痛を和らげ,QOL を改善する緩和ケアは,CIED 治療のどの時期においても必要とされるといってよいだろう.体内に植え込まれたCIED は,患者自身が止めることはできず,体外から専門家の手でプログラム設定を変更するまたは止めるか,デバイス抜去手術を受けなければならない.よって,このオプションについては,医療従事者と患者の

みならず家族,あるいは本人の意思を推定する者とも十分に話をし,相互に理解しておく必要があり,また,CIED植え込み前から患者と医療従事者の間で共有しなければならない事項でもある.

2.1 ICD 患者における精神的問題と 緩和ケア

ICD は,心臓突然死高リスク患者に対して生命予後を改善する有用な治療デバイスである.このような背景をもった多くの患者では,ICD を植え込むことによりQOL が改善するといわれている206, 207).

しかし,ICD 患者の24 ~33% はうつ症状を有しているといわれる208).とくにショック作動はICD 患者におけるうつ症状のリスクとなり,年齢が若い(<50 歳),女性,精神的問題の既往,社会的サポートが乏しいなどもうつ症状に関連する207, 208).さらに一定の頻度でICD の作動を経験した例はうつが持続するという報告もあり,作動がうつ症状の維持に関与していることが示唆される209).また, ICD 植え込み患者では空間恐怖や広場恐怖といった予期不安に起因する回避行動がみられ,このような行動様式はうつ症状と関連するとする報告もある210).ICD 植え込み患者の基礎疾患としては心不全が多い.心不全患者とうつ症状の関連は以前より指摘されており,重症心不全ではうつ症状を有する割合は42% に達し,NYHA 心機能分類が高いほどうつ症状をもつ割合は増加するとされている125).このため,ICD 植え込み患者におけるうつ症状に対するアプローチとして,緩和ケアが重要となる.抗不整脈薬併用によるICD 作動抑制がうつ症状を緩和するかは検証されていないが,重要な選択肢であることには変わりない.抗うつ薬による効果については不明である.

一方,不安はICD 患者の24 ~87% に認められ,とくにショック作動は痛みや恐怖から不安のレベルを高めるといわれる208).さらに作動の有無に関係なく,ICD そのものへの憂慮やType D 性格・気質(ネガティブ感情をもちやすく,他者からの非難を避けるために社会での感情を抑制する)なども不安に関連するといわれる211).ICD が作動してしまうかもしれないという予期不安は生活活動を大きく制限する.ICD 患者における不安への治療介入の検討はほとんどないが,認知行動療法(CBT)が不安(とくに予期不安)の改善に効果的であることは経験する.

また,ショック作動を経験したICD 患者の20% に心的外傷後ストレス障害(PTSD)が認められるといわれる208). PTSD には選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が
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第一選択薬となるが,ほかにCBT も有用である.循環器医がICD 患者の精神的問題に気づき,精神科医や臨床心理士と協働して症状緩和に努める必要がある.

これらのICD を含めてCIED を使用する患者に対して,植え込み前の説明は,患者の治療の受け入れ(device acceptance)を確認するという点からもきわめて重要である.突然死予防という利点のみならず,誤作動の可能性やCIED 感染のリスク,作動の種類と設定プログラムの内容,作動に伴う不安が増強した際には薬物療法やCBT などの心理面でのサポートもあることなどを十分説明する必要がある.また,退院後には作動時の対応が重要であり,病院への連絡や家族の対応の仕方を説明しておく.近年は自宅でCIED の作動状況やリード状態を常時監視するホームモニタリングシステムが普及しており,早期の頻回作動回避や誤作動の回避にその有用性が期待できる.高齢者が対象患者である場合,自宅の送信機の設置場所,操作方法,設置業者との連絡方法などについても,介護者である家族へ十分説明しておく必要がある.

2.2 終末期患者におけるCIED 治療と ICD 作動状況

徐脈性不整脈に対するペースメーカー治療は,徐脈に伴う症状緩和が主目的であり,「不整脈非薬物治療ガイドライン(2018 年改訂版)」では終末期患者に言及した記載はない.ただ,患者の全身状態とペースメーカー植え込みのリスクなどに鑑みて判断すべきであることはいうまでもない.CRT では,1 年以上の余命が期待できない症例は適応外(推奨クラスIII)とされ,ICD では,余命が1 年以上期待できない例とともに心移植,CRT,LVAD の適応とならないNYHA 心機能分類IV 度の薬物治療抵抗性の重度うっ血性心不全は適応外(推奨クラスIII)とされている203).したがって,終末期と判断される症例について新規にCIED の導入を検討することは原則ない.

一方,問題となるのは,終末期と判断される前から継続されていたCIED 治療を中止するか否かである.非がん疾患である心不全をはじめとする循環器疾患患者では,終末期と判断されても,症状改善への寄与が大きい循環器治療そのものがすべて中止されることは基本的にない.しかし, ICD 治療には突然死予防の目的しかなく,ショック作動は患者のみならず介護する家族にも苦痛を与えることになり,終末期患者における緩和ケアの目的に相反する.心不全患者では終末期を迎える経過が比較的緩徐であり,症状が増悪しても治療により症状がすみやかに改善するため,実際の病態よりも余命を過大評価してしまう傾向があるといわれる2).さらに,安定しているように見えても容態が急変

することもあり,時間的予後予測が困難であることが多い.このため,臨床現場ではICD の治療機能停止(deactivation)を行うタイミングを計るのがむずかしい.

終末期と判断されたICD 植え込み患者の作動状況に関する報告は少ない.循環器疾患にかかわらず終末期と判断されたICD 植え込み患者49 人に関する後ろ向き観察研究では,死亡前1 年以内に42.9% の患者がICD 作動を経験したこと,終末期と診断がなされた後でも24.5%,さらに死亡1 ヵ月前でも約20% の患者がICD 作動を経験したこと,deactivation されたのは3 分の1 に過ぎなかったことが報告されている212).MADIT-II のサブ解析では,98 人の終末期患者の作動状況が報告されている.それによると, DNAR(do not attempt resuscitation)を得られていない47 人で,死亡前1 ~7 日に6 人(13%),死亡前24 時間以内でも9 人(19%)が作動していた.また,DNAR とされてもICD のdeactivation を行っていなかった例は98 人中37 人(37%)おり,そのうち3 人(8%)がショック作動を受けていた213).スウェーデンの観察研究からは, DNAR とされたICD 患者65 人中32 人しかICD のdeactivation がされておらず,死亡前24 時間以内に10 人がショック作動を受けていたことが報告されている214).また,2010 ~2019 年に東京女子医科大学病院で心不全終末期と判断されたICD 植え込み患者51 人中,DNAR とされたのは39 人であり,ICD のdeactivation が行われた例は12 人(24%)であった215).さらに,ショック作動は死亡3 ヵ月前で21 人(41%),死亡1 ヵ月前で14 人(27%),頻回作動(抗頻拍ペーシングを含む)は死亡1 ヵ月前で12 人(24%)と高率であった215).ICD のdeactivation は医師からの提案ばかりでなく,本人や家族からの依頼もあった213, 215).その理由は,痛みを避けたい,頻回の作動に耐えられない,不安を軽減したいといったものであった215).

2.3 CIED 植え込み例での終末期状態への 対応

ICD のdeactivation については,アドバンス・ケア・プランニング(ACP)に基づく終末期ケアをプランする段階から,患者・家族の希望を確認しながら話し合いを重ねていくことが求められる.このプロセスは倫理的背景,患者の判断能力なども考慮する必要があり,その判断は個々の状況に応じて循環器医,看護師だけでなく,緩和ケアチーム,精神科医,臨床心理士も交えた医療・ケアチームとしての協議と十分な説明により成り立つものである(図19).
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この多職種チームにより,終末期におけるICD 作動がもたらす不必要な身体的,精神的負荷,およびICD 設定変更に伴い致死性不整脈の治療が行われないことについてのデメリットなどの追加説明を十分に行ったうえで,意思決定支援(shared decision making)を行う必要がある.また,それはその後も変更可能であることを伝える.患者の意思が確認できない場合は,介在する家族を通じて推定意思を尊重し,ICD に関する十分な情報提供を行い,家族とともに患者にとって最善の選択を行う.患者の推定意思の確認ができない場合は,多職種による医療・ケアチームで慎重に検討する.このため,終末期における事前指示書(アドバンス・ディレクティブ)を作成することにも,患者の意思を尊重するうえで重要な役割がある.もちろん,その内容はその後も変更可能であることはいうまでもない.

米国不整脈学会では,ICD 植え込み時にインフォームド・コンセントの過程でdeactivation について話し合うことを推奨しており,それは疾患の進行とともに,患者の病態や治療ゴールについて議論するなかで変化しうるものであるとしている216).しかし,臨床現場ではわずか4% の患者しかICD のdeactivation について医師と話していなかっ

たとする報告もある217).比較的予後予測が立ちやすい,がんを併発したICD 植え込み患者を対象とした調査からも,stage IV のがん患者において実際にICD deactivationを行っていた例は35.3% であったと報告されている218).このように推奨と実際の臨床現場との間に乖離が生じている理由として,医療従事者が終末期の進行などの議論に積極的ではなく,死の直前までICD のdeactivation といった問題を先送りする傾向があること219),DNAR の方針決定はICD のdeactivation を行うことを意味しないと考えること,さらには臨床医の26% はdeactivation 自体が倫理的に一種の自殺ほう助につながると考えていることなどが背景にあると考えられる217).緩和ケアの視点からは, deactivation の議論において,ICD ショック作動による苦痛を避けるという考え方が重要である.

一方,ペースメーカー(ICD のペーシング機能も含む)やCRT の植え込み患者でペーシングに依存している場合, ICD とは異なり,deactivation は死に直結する.これはわが国における人工呼吸器や血液透析治療の中止と同じ問題

図19 終末期におけるICD の除細動機能停止決定への話し合いのプロセスICD:植込み型除細動器,DNAR:do not attempt resuscitation

家族(意思決定代理人)が患者の意思を推定できる.

ICD に関する十分な情報提供を

行う

患者・家族と医療従事者が話し合い,患者が意思決定を行う患者の推定意思を尊重し,家族とともに最善の方法を選択患者にとって最善の方法を医療・ケアチーム* で慎重に判断

ICD の除細動機能停止(deactivation)について方針決定

家族が患者の意思を推定できない.家族内で意見がまとまらない.家族がいない.

医療・ケアチームで確認しておくこと● DNAR の方針が取られているか● 終末期におけるICD による利点と負担について説明を十分に行ったか● ICD の設定変更以外の代替治療は十分に検討されたか● 患者に意思決定能力があるか(精神科医による判定が必要な場合も) ● 医療・ケアチーム* による議論は適切に行われたか/ 議事録の確認

終末期における事前指示書(アドバンス・ディレクティブ)が

ある場合は,患者の意思を尊重する

患者の意思が確認できない患者の意思が確認できる

ICD 植え込み患者が終末期にさしかかっている

* 医療・ケアチームは循環器医(心不全および不整脈専門医)/ 精神科医/ 臨床心理士/ 看護師/ 緩和ケアチームで構成される多職種チームが望ましい.
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を抱えており,倫理的および法的な背景が整備されなければ臨床現場での判断はむずかしいのが現実であろう.ペーシングが患者の苦痛を生んでいないかぎりは,そのまま治療を継続することが多い.

十分な薬物治療および非薬物治療が行われた難治性末期心不全例においては,ICD 作動が及ぼす精神的,肉体的ストレスを十分に検討し,患者・家族とともに十分なコミュニュケーションを図りつつ,臨床心理士や精神科医,緩和医療チームとの密な連携を行い,方針決定する必要があると考えられる.

3 虚血性心疾患・末梢血管疾患

3.1 急性冠症候群(ACS)における緩和ケア

「急性冠症候群(ACS)診療ガイドライン(2018 年改訂版)」59)では,ACS と診断された場合,「心筋虚血による胸部症状のある患者に対して,ニトログリセリンを舌下またはスプレーの口腔内噴霧で投与する(推奨クラスI,エビデンスレベルC)」こと,「硝酸薬投与後にも胸部症状が持続する患者に対して,塩酸モルヒネを投与する(推奨クラスI,エビデンスレベルC)」こと,症状および虚血の緩和を行い,さらに,「発症12 時間以内の患者に対し,できるかぎり迅速にprimary 経皮的冠動脈インターベンション(ステント留置を含む)を行う(推奨クラスI,エビデンスレベルA)」ことと早期再灌流療法が推奨されている59). ACS 患者では,ガイドラインに基づく適切な薬物治療および非薬物治療を行うとともに,全人的な苦痛緩和が重要である.一方,患者自身の希望やリビングウィルなどの理由で,経皮的冠動脈インターベンション(PCI)や冠動脈バイパス術(CABG)などの侵襲的な加療や蘇生を希望しない場合220)も,患者および家族の身体的・精神心理的・社会的苦痛の緩和を目的としたケアを実施すべきである. ACS を含む集中治療に関して,2014 年に日本集中治療学会から提唱された「日本版・集中治療室における成人重症患者に対する痛み・不穏・せん妄管理の臨床ガイドライン」(J-PAD ガイドライン) 221)では,重症患者の痛み,不穏,せん妄を総合的に管理することの重要性が示されている221).また,わが国における心筋梗塞の急性期死亡率(30日以内の院内死亡率)は,OASIS 研究で7.1% 222), HIJAMI 研究で9.4% 223),J-MINUET 研究ではST 上昇型心筋梗塞(STEMI)7.1%,非ST 上昇型心筋梗塞(NSTEMI)7.8% 224),日本循環器学会で実施された

J-ROAD 研究では約7% と報告されており,そのような場合,家族における悲嘆作業(グリーフケア)も重要である.

3.1.1 身体的苦痛の緩和(鎮痛)

PCI 後の穿刺部位や安静に伴う腰背部などの疼痛に対して,適切な体位交換や早期離床,鎮痛などの対策を講じる必要がある.身体的な苦痛を軽減し,全身状態の安定化を図ることは後述する不安,不眠,せん妄の予防にも効果がある.疼痛マネジメントのためには,疼痛を評価することが必要である.意識が清明な患者であれば,視覚的評価スケール(VAS),疼痛の程度を10 段階で評価する数値評価スケール(NRS) 225),6 段階の表情で示すフェイススケールなどが用いられる.意識が清明でない場合,人工呼吸管理下にある場合など自己申告できない場合では,behavioral pain scale(BPS),critical-care pain observation(CPOT)が推奨される226, 227).NRS >3 またはVAS >3,あるいはBPS >5 またはCPOT >2 は患者の痛みの存在を示すため,何らかの介入基準とすることが推奨される221).頻脈や血圧上昇,発汗などの交感神経緊張と関連するバイタルサインの変化も参考となる228, 229).疼痛の情報については医師,看護師,臨床工学技士,薬剤師,理学療法士などすべての医療従事者が共有し対処すべきである.大動脈内バルーンポンプ(IABP)や経皮的心肺補助装置(PCPS)の留置,抜去など痛みを伴う処置の前(先行性鎮痛)や継続的な痛みを伴う全身管理の際には,鎮痛を考慮すべきである.集中治療室(ICU)における鎮痛薬として静注オピオイドを第一選択薬として,さらにその必要量を減量するために非オピオイド性鎮痛薬の使用を考慮してもよい.オピオイドとして,モルヒネ塩酸塩水和物,フェンタニルクエン酸塩やペチジン塩酸塩,レバロルファン酒石酸塩の静脈内投与が検討される.ペンタゾシンやブプレノルフィン塩酸塩などは麻薬拮抗性鎮痛薬であり,他のオピオイドとの併用には十分な知識と注意が必要である.

3.1.2 急性期における精神心理的・社会的苦痛の緩和 およびせん妄への対応

緊急時では,生命の危機状態に伴う身体的苦痛とともに,突然の出来事に対する大きな不安感など精神心理的苦痛を抱いている.一方,患者の家族も困惑し,成り行きの不確かさから情緒的混乱をきたしやすいうえ,患者の重症度や緊急度によっては,患者に代わって意思決定を迫られるというストレスの高い状況に置かれる.また,患者・家族と医療従事者の関係性が十分には構築されないなか,時間的制約のある状況において,インフォームド・コンセントお
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よび治療方針の意思決定が行われていく.状況変化に応じて,可能な範囲で医師および医療従事者が患者・家族の話を傾聴し,病状説明を少しずつ行うことが重要である.また,入院・手術に伴う生活への影響は社会的苦痛の原因となる.慢性経過をたどる疾患や予定された手術とは異なり, ACS による入院では,患者の社会的役割や家庭内での役割が突然中断される.突然に起こった家族内での役割の変化や,患者自身の社会的役割が中断することに対する対処(職場での調整,育児や介護における役割分担)や緊急入院・手術となった患者のための入院の準備などが大きな負担となる.急性期の処置後なるべくすみやかに,「患者の不安や抑うつを防止,治療するために,患者およびその家族に対して早期の病状説明や生活指導を行う(推奨クラスI,エビデンスレベルC)」こと230)が推奨される59).

冠動脈疾患集中治療室(CCU)の管理では,厳しい監視,生体監視装置の機械音,身体束縛,不眠,点滴ラインによる拘束,尿道カテーテルなどによる苦痛,不十分な病状の説明などが,不安,抑うつ状態やせん妄を引き起こす230).せん妄発症は,点滴,呼吸器などの機械補助を要するACS 患者の治療の大きな妨げとなり,CCU 入室期間の延長231-234),認知機能障害235, 236),短期および長期死亡率の悪化に関与する221, 231-234, 237).円滑な治療や予後改善,また,人権尊重や緩和ケアの観点からも,せん妄の発症を予防することは重要である.

せん妄発症には,リスクとなる患者特性である準備因子(高齢・認知症・視力障害・聴力障害など),意識変容をもたらす可能性のある直接因子(循環変動・呼吸障害・感染症・治療薬によるものなど),身体および心理的なストレスによる促進因子(環境変化・社会的な関わりの変化・不適切な鎮静による感覚遮断・身体抑制・カテーテル類の留置・不十分な鎮痛・睡眠障害など)が関与するとされ,患者個別の改善しうる要因について多職種で検討・対応することが重要である238).とくにACS 患者では,痛み,不安,鎮静薬に対する耐性・離脱症状,循環不全,低酸素血症,高炭酸ガス血症,アシドーシス,電解質異常,低血糖,尿毒症,感染などにより注意すべきである.睡眠のコントロールでせん妄が予防・改善することもあるが,睡眠薬でせん妄が悪化する場合もあり,睡眠薬の使用(とくにベンゾジアゼピン[BZD]系)は慎重に行う.CCU では,照明や音を調節し,ケアを日中に集中させることなどにより,患者の睡眠リズムを維持・改善し,夜間の睡眠環境を整えるなどの多角的な取り組みを行う.

鎮静には,1患者の快適性・安全性の確保(不安・不穏の防止),2酸素消費量,基礎代謝の減少,3換気の改善と圧外傷の減少などの利点がある.一方,過度の鎮静が人工呼吸期間やCCU 入室期間を延長させ239-242),デコン

ディショニングやCCU 退出後の心的外傷後ストレス障害(PTSD)発生と関連し,予後を悪化させるため,鎮静薬使用を必要最小限にする鎮静管理が推奨される221).前出の「J-PAD ガイドライン」では,十分な疼痛管理を基盤とした必要最小限の鎮静(鎮痛優先の鎮静)が推奨されている221, 228).鎮静薬として,プロポフォール,ミダゾラム,デクスメデトミジン塩酸塩などが考慮されるが,呼吸抑制や循環抑制に注意が必要である.鎮静深度に関して,深い鎮静では,筋萎縮・筋力低下,肺炎,人工呼吸器依存,血栓・塞栓,神経圧迫,褥瘡,せん妄など多くの合併症があるため243-245),近年では浅い鎮静が推奨されている221).浅い鎮静では,患者ストレスなどにより,カテコラミンの増加,酸素消費量の増加が生じるが246, 247),心筋虚血が増悪することはない246, 248).とくにデクスメデトミジン塩酸塩を主体とした早期の浅い鎮静は,不穏が少なく,身体抑制が減少する.鎮静深度や質の評価には,Richmond Agitation- Sedation Scale(RASS)とSedation-Agitation Scale(SAS)が有用であり249-251),浅い鎮静(RASS =-1 ~-2 またはSAS =3),深い鎮静(RASS =-3 ~-5 またはSAS =1 ~2)を目安とする.RASS およびSAS による鎮静スコアと,脳波やbispectral index(BIS)値には,中等度から高度の相関が認められる252-254).

3.1.3 回復期における精神心理的・社会的苦痛の緩和 および不眠・うつへの対応

回復期では,生命の危機状態に陥った患者の多くが,死への不安,病状やACS 再発への不安など,多くの不安や恐怖を抱えている.また,医療費や職場復帰への問題などから経済的な不安を抱くようになる.さらに,患者の容態急変により家族も危機状態に陥っている場合もあり,心理的・精神的ケアが重要となる.これらの不安はPTSD,不眠,うつ病発症,外出困難など,生活の質(QOL)の低下に影響するため,生命の危機に直面した患者・家族の心理学的サポートは重要なケアとなる.患者の不安や抑うつを防止,治療するためには,患者およびその家族に対する早期の病状説明や生活指導が重要である255).とくに配偶者の病状の理解はその後の患者の回復に大きく影響するといわれており256),病態,治療内容,予後だけでなく,発症要因(A 型行動パターン,遺伝的素因,食事などの生活習慣,ストレス要因など)について,患者の回復過程に合わせて教育する.「睡眠導入薬による十分な睡眠の確保,抗不安薬の投与,専門の精神科医やカウンセラーによる面接を行う(推奨クラスI,エビデンスレベルC)」ことや257, 258),「患者の不安
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や抑うつを防止,治療するために,患者およびその家族に対して早期の病状説明や生活指導を行う(推奨クラスI,エビデンスレベルC)」こと230)が推奨される59).全身状態や薬物の影響による不眠にも注意が必要である.虚血による胸痛や心不全による呼吸困難は不眠症の原因となる.また,β遮断薬,カルシウム拮抗薬,アンジオテンシンII 受容体拮抗薬(ARB)などの薬剤が不眠や悪夢の原因となることがある259, 260).さらにせん妄や認知症,薬物(リドカイン,β遮断薬,ジギタリスなど)による外因性精神症状にも十分に注意を払わなくてはならない.

回復期における包括的心臓リハビリテーションでは,運動処方,冠危険因子の是正,教育およびカウンセリングが行われるが,その際,メンタルケアにも留意すべきである.一般にACS 患者は不安感が高く,うつ病の発症率は一般人と比較して約3 倍と報告されていることから,患者健康質問票(PHQ-9)を用いた抑うつ評価や心理的支援は大切である.高齢冠動脈疾患患者を対象としたランダム化試験において,6 ヵ月間の外来心臓リハビリテーション施行により下肢骨格筋筋力,Medical Outcome Study Short Forum 36-Item Health Survey(SF-36)下位尺度および不安指標は有意に改善したが,抑うつ指標は改善しなかった261).抑うつに関しては認知行動療法(CBT)など,臨床心理士の関与が重要である.退院前には,退院後の入浴方法,性行為など日常生活に関する生活指導を行う59).社会復帰は重要な問題であるが,若年女性の復職率は同年齢の男性に比べて低い.復職は左室機能,完全血行再建,調律異常の有無,仕事の内容によって決定されるが,休養期間が長いことは弊害となるため,可能なかぎり軽~中等度の身体活動を保つように指導する262).患者が医療費,生活費に困っているような場合,ソーシャルワーカーなどを通じて,福祉,保険等関係制度の活用や社会復帰への援助を行うことで,患者・家族の社会的苦痛が軽減される.

3.1.4 終末期における精神心理的・社会的苦痛の緩和, 悲嘆作業(グリーフケア)

早期再灌流療法,機械的補助,低体温療法など包括的なACS 管理により,心停止をきたした重篤なACS 患者であっても社会復帰率の改善が認められている.一方,治療経過中に不可逆的な脳障害や心不全に至り,終末期のケアが必要になる場合もある220).日本循環器学会にて実施されたJ-ROAD 研究では,急性心筋梗塞の院内死亡率は約7% と報告されている.この場合,患者の苦痛を取り除く緩和ケアを行いつつ,患者・家族の悲嘆に対するケアが必要となる.また,終末期には治療方針について倫理的問題が生じる場合もあり,患者や家族を含めた多職種での合意形成とそのプロセスを大切にし,患者にとっての最善の治

療が選択できるサポートを心がける220).また,急変する事態に備え,医師および医療従事者は患者・家族とともに継続的なアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を進め,家族間の意思決定をサポートする.

終末期ケアは家族の悲嘆過程に影響を与える.患者看護における保清,口腔ケア,ポジショニングの工夫,患者-家族間の共有時間を確保することなどが,患者の身体的,精神的苦痛を軽減し,患者ニーズが充足される.また,遺族にとっても「安らかな死を迎えられた」,「最善の治療がなされた」と認識することで,喪失感などの精神的苦痛が和らげられる.予期悲嘆とは,近い将来,家族と死別することが予測された場合,死別したときのことを想定して嘆き悲しむことであり,予期悲嘆の作業により,死別後の家族の悲嘆が和らげられる.慢性疾患と比べ,ACS では十分な時間の確保はむずかしい場合が多いが,短時間であってもその過程は重要である.意識状態の悪化により患者自身が意思を伝えられず,かつリビングウィルの提示がない場合には,家族が代弁者となり,終末期ケアの選択,生命維持治療の中止,臓器移植といった重大な意思決定を行うことが多く220),家族のストレスは多大である.死別後に,家族が自責や後悔の念を抱き,健康状態を悪化させる可能性がある.医療従事者が家族の意思決定の支援を行い,「患者にとって最善の選択であった」という思いをもつことができるように意思決定前後の家族を擁護・支援することも重要である229).

3.2 下肢閉塞性動脈硬化症(ASO)

下肢閉塞性動脈硬化症(ASO)は50 歳以上の高齢男性に好発する.症状の多くは間歇性跛行であり,重症化すると皮膚潰瘍,壊死を形成し263),患者のQOL および予後を悪化させる264).日本循環器学会「末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン(2015 年改訂版)」264)に基づく適切な治療を行うとともに,全人的な苦痛緩和が重要であり,身体的・精神心理的・社会的苦痛の緩和を目的としたケアを実施すべきである.ASO の治療には関連する診療科や医療従事者による集学的治療を要し,とくに重症下肢虚血(CLI)のケアにおけるチーム医療が望まれる.糖尿病患者や慢性腎疾患の患者では,医療従事者による下肢の定期的観察,検査,フットケアが早期発見やASO の苦痛緩和につながる265).また,外来通院中の安定しているASO 患者であっても,1 年間の死亡率は4% 近い.ASO は他の血管疾患の合併率が高く,1 年以内に下肢の局所治療(血行再建術,切断術)を受けるリスクと,脳心血管イベント(脳
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心血管死亡/ 心筋梗塞/ 脳卒中)を起こすリスクはほぼ同等であり264),患者・家族に対して予後に関する説明やACP を進めておくことが重要である.

3.2.1 間歇性跛行肢

間歇性跛行はASO 患者の70 ~80% の主訴であり,症状は発症~1 年の間がもっとも進行しやすい266).1 年を過ぎると症状は安定し,保存的治療のみで著明な改善を得られることは少ないが,急速に悪化することも少ない.これは側副血行路の発達,骨格筋の代謝順応性の改善,患者の歩き方の変化などによると推定されている.5 年後の症状は,不変が70 ~80%,跛行悪化が約4 分の1 であり,後述のCLI に陥るのは10% 以下である267).間歇性跛行患者1,244 人を追跡した研究では,10 年後に潰瘍を生じる危険率は23%,安静時疼痛を生じる危険率は30% であった268).将来CLI に陥る危険因子は,喫煙の継続,糖尿病,足関節上腕血圧比(ABI)ないし足関節血圧の低値である268).禁煙はASO 悪化の抑制,下肢症状の改善にも重要である.

ASO における適切な運動療法は,間歇性跛行など症状の改善にも有効であり,監視下運動療法は非監視下よりも間歇性跛行の改善効果が高く,米国心臓病学会(ACC)/米国心臓協会(AHA)ガイドライン,Trans-Atlantic Inter- Society Consensus(TASC)II,Society for Vascular Surgery(SVS)ガイドラインのいずれにおいても初期治療として推奨されている269).効果のメカニズムとしては,歩行効率,内皮機能および骨格筋での代謝順応性の改善などがあげられている270).運動には,下肢のみならずQOL や危険因子を改善する効果も期待される.運動の強度が上がることで,合併する冠動脈疾患による胸痛が出現しないか注意する.糖尿病性神経障害を有する患者では適切な履物を使用し,足部病変を生じないよう観察する.効果の継続には運動の継続が必要である271).監視下運動療法を行うのがむずかしい場合には,効果は劣るものの在宅運動療法も有効である271-273).下肢を洗い,爪の手入れを適切に行い,感染を予防する注意が必要である.下肢を保温し,血流を保つことも重要であるが,熱傷による創部の悪化,感染にも注意が必要である.

3.2.2 重症下肢虚血(CLI)

重症下肢虚血(CLI)とは,慢性虚血による安静時疼痛または潰瘍・壊死を伴い,血行再建なしでは組織の維持や疼痛の除去が行えないような肢の病態を指す.自覚および他覚的症状は重度の虚血による下肢末端の安静時疼痛,潰瘍・壊死であり,このような症状が少なくとも2 週間持続し,改善しない.Fontaine 分類ではIII,IV 度,Rutherford 分

類では4,5,6 度に相当する269).

安静時疼痛は下肢下垂によって改善される.これは静水圧による血流の増加のためである.患者は足を下垂する姿勢をとりがちで,下腿浮腫が著明になることもある274).虚血による血管内皮細胞増殖因子の分泌が浮腫を助長するともいわれている.また,夜間や透析時には疼痛が強まることがあり,血圧低下や循環血液量の減少による循環不全,各種メディエーターが引き起こす末梢動脈収縮による虚血の増悪のためとされている275, 276).潰瘍・壊死は通常は足趾先端や踵部から始まり中枢側に進行するが,動脈の閉塞部位によってはまれに足背,足底,下腿に始まるものもある.とくに糖尿病患者では,靴擦れや深爪などの軽微な外傷から進行することも多いとされる277).これは創傷のない組織の生存維持に比べ,組織の修復にはかなり多くの血流量が必要であるためと考えられる.また,感染を併発すると局所の酸素消費量が増え,相対的な虚血が生じる.よって虚血性潰瘍は一般的な皮膚創傷の治療だけでは改善せず,治癒には血行再建が必要となる274).鎮痛薬に関して,がん患者におけるWHO 段階除痛ラダーでは,ステップ1としてアセトアミノフェンなど非オピオイド性鎮痛薬,ステップ2 としてコデインなどの弱オピオイド性鎮痛薬,ステップ3 として塩酸モルヒネなどの強オピオイド性鎮痛薬が推奨されているが,虚血による潰瘍・壊死の疼痛は通常の鎮痛薬では抑えることが困難である.そのため,多くの場合オピオイドが必要となり,モルヒネのほか,オキシコドンやフェンタニルなどが使用される.また,非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)は,消化管出血,腎機能悪化などの副作用の観点からも使用しづらい.組織欠損が持続すると外部からの感染が問題となる.糖尿病患者,透析患者,ステロイド使用患者などは免疫力の低下があり,感染がより危惧される.

大切断を要する確率は,間歇性跛行から安静時疼痛,潰瘍へと段階的に進行した肢よりも,急速にCLI に陥った肢で高い278).ひとたび下肢切断術を受けた患者は,繰り返し切断術を受けるリスクが高くなる.膝下切断が一次治癒した患者における2 年予後は,大腿切断が15%,対側切断が15%,死亡が30% であった278).REACH registry によると,大小を問わず切断の既往がある患者では3 年以内に12.4% が再切断を要し,これは既往がない場合の5 倍であった279).TASC がまとめたデータでは,血行再建術が非適応ないし不成功であったため薬物治療のランダム化比較試験に参加した患者のプラセボ群における1年予後は,切断が30%,死亡が25% であった280).ドイツの単施設の報告では,初期治療として65% に血行再建術が,9% に一
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次切断が行われた結果,1 年後の救肢率,生存率,救肢生存率はそれぞれ81%,65%,56%,3 年後ではそれぞれ73%,41%,31% と予後不良であった263, 281).また,CLIは初期診断を受けてから5 年後の全死因死亡率が8 割に上る263)ことも念頭に置く必要がある.

腎不全患者,とくに透析患者ではCLI に陥る例が多い282).そして血行再建術ないし肢切断を要するASO を合併した透析患者では,生命予後も著しく不良である283, 284).大切断後の身体的疼痛・幻肢痛に対する疼痛管理,身体の一部を失うことによる喪失感や日常生活動作(ADL)低下に伴う精神心理的苦痛,社会生活への制限による社会的苦痛にも対応する必要がある.必要に応じて,ペインクリニックとの連携で身体的疼痛を緩和し,精神科との連携で精神心理的苦痛へ対応し,患者が医療費,生活費に困っているような場合,ソーシャルワーカーなどを通じて,福祉,保険等関係制度の活用や社会復帰への援助を行うことで,患者・家族の社会的苦痛が軽減される.

4 弁膜症

重度の弁膜症を合併した心不全の内科的治療の予後は悪く,大動脈弁狭窄症の平均余命は2 年,左室機能障害を合併した僧帽弁閉鎖不全症の5 年生存率は約50% である285).重症弁膜症に対する根治的治療は弁形成術/ 置換術であるが,手術リスクが高いことを理由に開心手術をあきらめるケースが多いことが報告されている286).しかし,経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI/TAVR)や,経皮的僧帽弁接合不全修復術(MitraClip ®)といった低侵襲なカテーテル治療が臨床応用されたことにより,症状緩和しか方策がなかった末期弁膜症患者を救命できるようになり,大きな福音となっている.

TAVI/TAVR やMitraClip ® の治療対象となる患者は,高齢,フレイル,低心機能,さまざまな合併症を有するなどの予後不良な症例であり,治療介入が必ずしも生命予後,症状,生活の質(QOL)の改善に寄与するとはかぎらない287, 288).手術が不可能な重症大動脈弁狭窄症に対してTAVI の有用性を検証したPARTNER-I 試験では,TAVIは薬物治療と比べ約40% の死亡リスク低減効果を認め,末期心不全の予後を改善する効果的な治療であることが示された289).しかし,手術が不可能と想定される心不全患者の予後は非常に悪く,TAVR で死亡リスクを大きく低減させても1 年後で約30%,2 年後で約40% と死亡率は高い290).また,TAVR を受けた患者の約半数は,1 年後に死亡またはNYHA 心機能分類III 度以上の心不全症状を有

しており,末期心不全におけるTAVI/TAVR の治療効果は患者によっては限定的であることを認識する必要がある.

MitraClip ® の治療対象となる患者でも1 年後の死亡率は約20% と高く,治療効果の有益性は確立されていない291, 292).デバイス,手技の進歩によりカテーテル治療の成績はさらなる向上が期待されるが,技術が進歩すればするほど,よりリスクが高いむずかしい治療にチャレンジすることが想定される.したがって,治療効果の不確実さ,予測のむずかしさは,つねにつきまとう問題である.また,十分な治療効果が得られなかった場合には,身体的,精神的,社会的なサポートも不可欠である.本節では,弁膜症を合併した末期心不全のなかでも緩和ケアのニーズが高い,TAVI/TAVR,MitraClip ® の治療選択における意思決定支援と緩和ケアについて述べる.

4.1 TAVI/TAVR,MitraClip

® の医学的治療の有益性・無益性の検討

治療適応を検討するうえで最初に行うべきことは,客観的な医学的情報,エビデンスに基づき治療の有益性,無益性を複数の医師で議論することである.治療適応を検討するうえで参考となる,TAVI/TAVR,MitraClip ® における術後の死亡率,QOL に関連する因子について以下に概説する(表22,23).

4.1.1 TAVI/TAVR

a. 左室収縮機能

左室収縮機能の低下はTAVI/TAVR 術後の予後規定因子の一つである.Stroke volume index(SVI)が35 mL/m2未満の症例は,左室駆出率にかかわらず死亡率が高い293, 294).SVI が低くかつ平均大動脈弁血流速が低い(平均圧較差<40 mmHg)奇異性低灌流・低圧較差重症大動脈弁狭窄症は,とくに予後が不良である293, 294).また,重症大動脈弁狭窄症にATTR アミロイドーシスを合併すると奇異性低灌流・低圧較差重症大動脈弁狭窄症の病型を示すことが多い.TAVR を受けた患者の16% にATTR アミロイドーシスの合併が報告されており,留意する必要がある295).左室駆出率が低下した心不全でSVI が低く,かつドブタミン負荷で心予備能が低い(20% 以上の心拍出量の増加を認めない)症例は,外科的大動脈弁置換術では予後不良であり手術は推奨されないが,TAVI/TAVR では必ずしも危険因子にはならないことが報告されており,個々の症例での検討が必要である296).
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b. 併存弁膜症

中等度~重度の僧帽弁逆流の合併は,術後の予後不良因子であるとする報告と297, 298),予後には関係がないとする報告があり,見解は一致していない299).中等度以上の僧帽弁逆流の半数は慢性期に改善し,予後への影響が少なくなる可能性がある.とくに機能性僧帽弁逆流,非心房細動,肺高血圧の合併がない症例では僧帽弁逆流が改善する可能性があり,個々の症例での検討が必要である297, 298).中等度~重度の三尖弁閉鎖不全症の合併は,左室駆出率が

40% 以上の症例では術後の予後不良因子である300). c. 肺高血圧症

肺高血圧症の合併は独立した予後規定因子である.とくに左心不全に伴う肺静脈圧の上昇のみでは説明しきれない肺高血圧症(combined pre and postcapillary PH)を合併した症例の死亡率は高い301). d. フレイル・低栄養・認知症

臨床フレイルスケールが7 以上のフレイルを合併した症例や302),栄養リスクスクリーニングの指標の一つであるGeriatric Nutritional Risk Index(GNRI) 303)で重度の低栄養障害(<82)を有する症例の死亡率は高い304).認知症の合併(Mini-Mental State Examination[MMSE]<16)も予後不良因子である305). e. リスクスコア

心臓手術のリスク評価であるThe Society of Thoracic Surgeons(STS)リスクスコアは,TAVI/TAVR 術後の予後予測にも有用である.PARTNER-I 試験では,STS >15% は予後不良であることが報告されている290).また, PARTNER 試験のデータをもとに術後もQOL スコアが改善しない症例を予測するリスクスコアも報告されている306).

4.1.2 MitraClip ®

左室駆出率が低下した重度の機能性僧帽弁逆流に対するMitraClip ® の有用性は確立されていない.COAPT 試験では薬物治療と比べ予後改善効果が示されたのに対して,MITRA-FR 試験では薬物治療と比べ有益性は示されなかった291, 292).したがって,重度の機能性僧帽弁逆流に対する一律な介入は推奨されず,適切な患者選択が重要と考えられる. a. 心不全の重症度指標

NYHA 心機能分類IV 度やNT-proBNP 高値(>10,000 pg/mL)の心不全重症度が高い症例は予後が悪い307, 308). b. 残存僧帽弁逆流

治療後の残存僧帽弁逆流は強力な予後規定因子であり, 3 度以上の重度僧帽弁逆流では死亡率が高い307). c. 左室リモデリング・左室駆出率

機能性僧帽弁逆流の病態の主座は左室心筋であり,リモデリングが進み収縮能が低下した症例では,僧帽弁逆流の制御による効果は限定的である.とくに,虚血性で収縮末期容積>110 mL の症例309),左室駆出率<30% の症例307)は予後が悪い. d. 右室機能低下

三尖弁輪部移動距離(TAPSE)などのエコー指標で評価した右室機能の低下は,予後規定因子である310, 311).

表23 MitraClip ® の治療成績に関連する因子

危険因子心不全重症度NYHA 心機能分類IV 度, NT-proBNP >10,000 pg/mL手技不成功残存僧帽弁逆流(僧帽弁逆流≧3+)背景心疾患虚血性心筋症左心機能左室駆出率<30%,左室収縮末期容積>110 mL右心機能TAPSE <15 mm,PSVtdi <9.5 cm/s重度三尖弁逆流併存症eGFR <30 mL/ 分/1.73 m

2 貧血,末梢動脈疾患

NYHA: ニューヨーク心臓協会,NT-proBNP: N 末端プロB 型ナトリウム利尿ペプチド,TAPSE: 三尖弁輪部移動距離,PSVtdi: 組織ドップラー法による最大収縮期移動速度,eGFR: 推算糸球体濾過量

表22 TAVI/TAVR の治療成績に関連する因子

危険因子左室収縮機能stroke volume index <35 mL/m

2 low transvalvular gradient

心筋線維化心臓MRI による遅延造影併存弁膜症中等度~重度の僧帽弁閉鎖不全症,三尖弁閉鎖不全症

肺高血圧症肺動脈収縮期圧>60 mmHg pre-capillary or combined PH (平均肺動脈圧>25 mmHg)リスクスコアSTS >15%,MAGGIC score >30 Partner-TAVI-score併存症慢性肺疾患,慢性腎臓病,肝硬変フレイル臨床フレイルスケール≧7,Katz index <6 6 分間歩行距離<150 m低栄養GNRI <82認知症MMSE <16 TAVI/TAVR: 経カテーテル大動脈弁留置術,PH: 肺高血圧症,STS: The Society of Thoracic Surgeons,MAGGIC: Meta-Analysis Global Group in Chronic Heart Failure,GNRI: geriatric nutritional risk index,MMSE: Mini-Mental State Examination
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e. 併存症

腎機能障害の合併(推算糸球体濾過量[eGFR]<30 mL/ 分/1.73 m2),末梢動脈疾患,貧血などの合併では死亡リスクが高い307). f. 標準的な薬物治療

MitraClip ® の有用性が示されたCOAPT 試験は,術前・術後を通して標準的心不全治療薬の導入と投薬量の適正化が厳格に行われた試験である.本試験では,MitraClip ®による治療後,有意にβ遮断薬の投与量が増えており,僧帽弁逆流の制御に伴いβ遮断薬の増量が可能となったことによる心保護効果も予後改善に寄与したものと考えられる312).したがって,術前,術後の継続した適切な薬剤調節が予後改善には不可欠である.

4.2 Shared decision making の重要性

カテーテル治療は従来の開心手術に比べ治療介入の敷居が低くなったため,高齢,手術リスクが高い=カテーテル治療といった,安易なパターン式の治療選択にならないよう,患者・家族とカテーテル治療のリスクとメリットを十分に話し合い,治療目標を明確にする必要がある.しかし,医学的な情報を十分提供しても,患者や家族が提供された情報を正しく理解し,自ら意思決定をすることは容易ではない.したがって,治療決定においては患者のニーズを十分に把握し,意思決定を支援する必要がある.医療従事者の基本的な価値観は患者を(医学的に)良くする・救うといういわゆる救命原則であるが,患者がメリットやデメリットについてどこに重きを置くかは異なる可能性がある.医療従事者が大きなメリットと考えていても患者が同じようには考えていない可能性もあるし,その反対もありうる.したがって,個々の患者の希望,価値観,人生観,その人らしさをハートチームで共有しながら,医学的最善のエビデンスと,患者の想いを双方向に共有・統合させて最善の治療を一緒に考え意思決定を支援していくプロセス,shared decision making が不可欠である(総論2.「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)と事前指示のあり方」を参照) 287, 288).患者の価値観,人生観には,「納得がいくまで治療を受けたい」,「苦痛なく過ごしたい」,「身の回りのことを自分でしたい」,「家族に迷惑をかけたくない」,「趣味や楽しみなことを続けたい」,「自然に近い形で過ごしたい」,「信頼する医師の判断に任せたい」など,個々の症例でさまざまであり313),カテーテル治療がその人の求める価値観,人生観に合うかを一緒に検討する必要がある.治療効果が不確実な状況では,「カテーテル治療をしない」という治療選択肢も同等のものとして提示し,医学的な情報と患者の希望の双方をふまえたうえで検討する.その結

果,合意が得られればカテーテル治療はその患者にとって最善の治療と考えられるが,カテーテル治療の有益性やリスクが患者の希望,価値観の観点から許容されなければ,保存的加療が最善の治療選択と考えられる.ただし,1医学的検討が十分行われていない,2患者が医学的情報を十分に理解していない,3医療従事者が患者の希望を十分に理解していないといった不十分な意思決定支援により,無益な治療の選択や,逆に安易な治療の差し控えに患者を誘導しないよう留意が必要である.

4.3 臨床倫理の重要性

適切な意思決定を行うには,医療従事者や患者の視点に加え,家族の視点や社会的な視点も広く取り入れながら,医療倫理に基づいたバイアスのない公正な議論が必要である.このなかには患者と家族間や医療従事者間の利害関係,限りある医療資源の社会的な有効活用の問題なども含まれる.たとえば,経済的な利益相反から家族が患者にカテーテル治療を勧めるケースや,他院から紹介された患者で断ると損失が生じる場合,超高齢の大動脈弁狭窄症患者における医療経済の側面もふまえたTAVI/TAVR の適応などの問題があげられる.臨床倫理の4 分割法(総論2.5「緩和ケアにおける臨床倫理」[p. 21]参照)は,患者の情報を「医学的適応」「患者の意向」「QOL」「周囲の状況」に分類して,「患者にとっての最善は何か」を多職種チームで議論することで,系統だった公正な意思決定を進めるのに有効とされている54, 314).

4.4 積極的な治療と並行した緩和ケア

TAVI/TAVR,MitraClip ® の治療対象となる患者は末期心不全であり,身体的苦痛,心理的苦痛,社会的苦痛,スピリチュアルペインなど,さまざまな痛みを伴っている.手術を行わない場合はもちろんのこと,手術をする場合においても,積極的な治療と並行しながら必要に応じて全人的苦痛を緩和し,患者が自分らしい生活を送れるようにサポートしていく必要がある.
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5 高血圧・大動脈疾患

5.1 高血圧

高血圧は,心不全や脳卒中,大血管疾患,末梢血管疾患など,心血管疾患発症の危険因子として知られている.日本高血圧学会の「高血圧治療ガイドライン2019」315)によると,降圧治療を行う場合に,到達血圧平均が131.4/76.5 mmHg の厳格治療群は,140.3/80.7 mmHg の通常治療群と比較して複合心血管イベント(致死性/ 非致死性不整脈,致死性/ 非致死性脳卒中,致死性/ 非致死性心不全,心血管死,急性冠症候群,閉塞性動脈疾患,大動脈瘤)のリスクが有意に低値であることが示されており,降圧が心血管イベント発症抑制に有効であることは明らかである.しかし,降圧治療がすべての症例で必要とされるわけではなく,治療の中断を検討すべき症例も存在する.虚血性心疾患や心不全,末梢血管疾患,脳卒中など,高血圧に関連したさまざまな心血管疾患で緩和ケアが必要となることも多く経験するが,それに関しては他に譲り,本節では,緩和ケアの一環として降圧治療の継続を中止せざるをえない患者像について述べる.

5.1.1 降圧治療の中止および減量を検討すべき 患者像(表24)

a.  エンド・オブ・ライフにある高齢者「高齢者高血圧診療ガイドライン2017」では,高齢者に対し降圧薬をどのように使用すべきかが示されている316). 80 歳以上の高齢者を対象とした研究によると,降圧利尿薬を中心とした降圧治療により全死亡および心血管疾患による死亡が抑制されることが示されており317),高齢者においても降圧治療を行うことが推奨されている.しかし,高度の身体機能低下を伴う介護施設入所者において,厳格な降圧治療が予後を悪化させる可能性がある一方で,比較的壮健な場合は予後を改善させる可能性があるため,個別に判断する必要があると記載されている.これは,Nursing home 居住者を対象とした研究で,収縮期血圧<120

mmHg の群は120 ~139 mmHg の群と比較し死亡率が高いという報告や318),6 m 歩行の歩行速度が<0.8 m/ 秒の高齢者において,正常血圧より高血圧患者においてむしろ生命予後がよかったという報告319)に基づいている.エンド・オブ・ライフにある高齢者については,高血圧緊急症のような病態,血圧上昇に伴う症状が出現している場合,血圧上昇により症状が悪化する場合などには降圧治療が推奨されるが,心血管イベント抑制を目的とした使用は避けるべきである.一方,以前から投与されている降圧薬であっても,生命予後改善を目的としている場合は積極的に中断を検討すべきであるとされている. b.  がん終末期

終末期がん患者には,症状緩和などのために多くの薬剤が使用されるようになるが,心血管疾患のイベント抑制目的に使用される降圧薬については,そのベネフィットを受けられないまま患者はがんによって死亡する可能性がある.そのため,どの降圧薬をいつまで使用すべきか検討する必要がある.

緩和ケアが必要ながん患者における心血管疾患に対する薬物治療について論じたレビューでは,がん患者の予後と降圧薬の継続について論じられており,緩和ケア治療中のすべての患者で降圧薬の必要性を評価し,期待されるベネフィットがわずかしかないのであれば中止を検討すべきであるとされている320).余命2 ヵ月が期待できない終末期においては,正常血圧であればすべての降圧薬の漸減中止を検討すべきであり,とくに,α遮断薬は,起立性低血圧を誘発し転倒のリスクが高くなるため,2 ~12 ヵ月の余命が期待される場合でも推奨されていない(表25). c.  認知症

降圧治療が認知機能にどのような影響を与えるかは,「高血圧治療ガイドライン2019」に記載されている315).降圧薬による治療は高齢高血圧患者の認知機能を保持することが示唆されるが,確固たるエビデンスはない.一方で,降圧薬により血圧が過度に低下することにより,認知機能に悪影響を及ぼす可能性も懸念されることから,降圧目標値を大きく下回らないように降圧薬を調節すべきであるとされ,降圧薬の漸減を検討すべきである.また,認知症のある症例に使用する降圧薬として,カルシウム(Ca)拮抗薬や利尿薬,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬,アンジオテンシンII 受容体拮抗薬(ARB),β遮断薬は推奨されるが,α遮断薬は推奨されておらず,使用を避けるべきである321).

表24 降圧薬の中止および減量を検討する患者像

• フレイルを合併した高齢者• エンド・オブ・ライフにある高齢者• 終末期医療としての緩和ケアが必要となるがん患者• 血圧が目標血圧を過度に下回った認知症患者
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5.2 大動脈疾患

大動脈疾患で緩和ケアが必要となる疾患として,主に急性大動脈解離や大動脈瘤があげられる.急性大動脈解離や大動脈瘤破裂では緊急手術が必要となることがある一方で,超高齢者や臓器合併症をきたした症例の場合は,保存的に加療される場合もあり,その病態はさまざまである.急性期ではさまざまな臓器障害を合併し,病状も急激に変化するため,緩和ケアを行う場合,いくつかのポイントがある一方で多くの問題点も生じる(表26).また,比較的病状が安定し,慢性的に経過をみていかなければならない場合もある.そのため,大動脈疾患に対しては症例に応じた緩和ケアが必要となる.本節では,急性期と慢性期に分けて大動脈疾患の緩和ケアについて概説する.

5.2.1 急性発症の大動脈疾患

a.  急性発症の大動脈疾患に対する緩和ケア

急性大動脈解離や大動脈瘤破裂など,急性発症の大動脈疾患は病態が重篤であり,緊急手術が必要となることが多い.とくに,急性大動脈解離において臓器灌流障害により意識レベルが低下している場合や広範な多臓器虚血を伴う場合,真性大動脈瘤の破裂によるショック状態などの症例は,一刻を争って対応しなければならない.医療技術の進歩にもかかわらず,周術期死亡率は25% と依然として高いが322),侵襲的治療のタイミングを逃さず,専門チームで協議のうえで適切な治療方法を選択する必要がある323).意識障害や心タンポナーデに続発するショック,冠動脈または末梢動脈の灌流不良,脳卒中など,さまざまな合併症をきたすと予後は厳しくなるが,どのような症例で手術が有効であるかの予測はむずかしい.腹部大動脈瘤破裂症例に対する48 時間後の予後予測スコアの精度の検討がなされているが,十分な精度ではなく,手術による介入率を増やすべきであるとされている324).患者本人や家族に,どのような治療を選択すべきか,その予後はどのようなものか具体的に説明することがむずかしい現状がある.

緊急搬送されてから手術までの時間が限られており,患者本人は意識がない場合もあるため,本人の意思を確認することが困難なことも多い.その場合は,家族に病態や今後の予後について十分説明を行う必要があり,急変時の対応などについて決定してもらう必要がある.しかし,急性発症でかつ結論を出すまでの時間に限りがあるため,家族の受け入れが困難であることも多い.そのため,説明を行う際は,医師だけでなく看護師などの医療従事者が同席することが望ましい.また,急激に病状が変化するため,医師は緊急の処置に当たらなければならないことも多く,看護師を中心とした医療従事者の役割が重要となる.しかし,医療従事者の人員にも限りがあり,いかにして患者や家族のサポートを行っていくか,多くの課題が残される.

全身状態が悪く手術リスクが高い場合には,手術を行わずに保存的に加療を行う場合もある.大動脈解離患者において,外科的治療を受けた患者の院内および1 年死亡率は,それぞれ6% と8% であったのに対し,保存的治療を受けた患者ではそれぞれ65% と73% であったと報告されており325),保存的治療が選択された場合にはきわめて予後が

表25 緩和ケアを受けているがん患者における降圧治療の推奨

薬剤予測生存期間2~12ヵ月予測生存期間2ヵ月未満

アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬またはアンジオテンシンII 受容体拮抗薬(ARB)用量調整を検討正常血圧の場合は漸減中止β遮断薬用量調整を検討正常血圧の場合は漸減中止α遮断薬中止中止利尿薬用量調整を検討正常血圧の場合は漸減中止(Pasierski T. 2017 320)より抜粋)

表26 急性大動脈疾患における緩和ケアのポイントと問題点

ポイント• 病態がさまざまであり,症例に応じたケアが必要である• 多職種で密接に連携を行い,患者・家族へのケアを行う• 血圧管理と疼痛コントロールの継続が病状の進行抑制だけでなく緩和ケアにつながる• 終末期であっても本人の意思確認ができる場合は希望にそった医療の提供に努める問題点• 緊急に対応する必要があり本人の意思が確認できない場合がある• 急激に状況が変化するため家族の受け入れがむずかしいことがある• 医療従事者のマンパワー不足が起こりうる
p.68
悪いことが明らかとなっている.手術が行えない場合も同様に意識レベルの低下を合併したり,集中管理を要することが多く,本人の意思決定能力が欠如していることもある.その場合は家族に十分な説明を行い,今後の治療方針について決定してもらわなければならない.その場合も多職種による介入が必要であり,家族ケアをどのようにして行っていくか綿密な連携が必要である. b.  緩和ケアの一環としての血圧管理と

疼痛コントロール急性大動脈疾患の治療は,血圧管理と疼痛コントロールが重要である.急性大動脈解離においては,緊急の手術を検討するとともに,すべての患者において薬物による疼痛の緩和と血圧のコントロールが推奨される.大動脈解離では,大動脈のずり応力抑制により解離腔の拡大抑制が期待され,そのために血圧と脈拍数の管理が必要となる.したがって,降圧を行うことは,疾病自体の進行だけでなく疼痛の緩和にもつながる.降圧目標は収縮期血圧≦120 mmHg が推奨されており,薬剤は降圧効果だけでなく脈拍数を減少させる効果のあるβ遮断薬や,より速く降圧効果の得られる非ジヒドロピリジン系Ca 拮抗薬の持続静注が選択される323).

急性大動脈解離において,A 型解離では胸痛が80%,背部痛が40%,腹痛が25%,B 型解離では胸痛が70%,背部痛が70% の症例で認められる(表27).痛みは,その起点から他の部位に移動し,大動脈を通る切開経路をたどる場合がある326).疼痛により血圧の上昇や頻脈をきたし解離腔の拡大につながる可能性があるため,疼痛コントロールは疼痛緩和だけでなく,血圧や脈拍の上昇の軽減,病状の進行抑制につながり,疼痛コントロール自体が緩和ケアにつながる.疼痛コントロールに用いられる薬剤に関するエビデンスは乏しいが,通常,モルヒネやフェンタニルなどのオピオイドが使用される.大動脈解離の部位や進展により,腎機能障害など他臓器に障害をきたしていることがあるため,臓器障害に応じた治療薬選択が必要である.また,非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)は,出血や塞栓症のリスクを増加させるため,慎重に用いるべきである. c.  臓器障害を合併した終末期としての大動脈疾患

臓器障害を合併した大動脈疾患は,手術適応にならず,終末期ケアを中心に治療されることがある.その場合は疼痛コントロールが中心となる.降圧治療については,降圧自体が動脈破裂や解離の進展するリスクを軽減し,疼痛を軽減させる可能性があるため,安易に中断すべきではない.ただ,血圧低下により臓器虚血を誘発する可能性がある場合には,継続の有無を慎重に決定する必要がある.

もし,本人の意識がしっかりしており意思が確認できる場合には,病状を十分に説明し,希望に沿った医療の提供に努めるべきである.しかし,少しの血圧の変化で状態悪化をきたしたり,ベッドから移動できない症例もあるため,症例ごとに検討する必要がある.

5.2.2 慢性に経過する大動脈疾患

慢性に経過する大動脈疾患として,慢性の合併症のないB 型大動脈解離や,手術適応に至らない胸部および腹部大動脈瘤があげられる.また,人工血管置換術やステントグラフトにて治療された症例においても術後経過を観察していく必要がある.いずれにおいても,降圧による保存的治療を行い,反復的な画像のフォローアップによる病変の評価を行いながら手術適応を検討していくことが一般的な治療となる.また,血圧が上昇するような運動は避けるべきであり,生活指導が重要である.自覚症状の出現なく病状が安定し経過することも多いが,大動脈が破裂してしまうと予後は非常に厳しくなる.人工血管置換術やステントグラフトにて治療された症例では,グラフト感染により重篤化する危険性がある.

以上のようなさまざまな状態により,緊急で手術を行う必要が出てくるため,患者への十分な説明が困難なこともある.一方,超高齢者や手術リスクの高い基礎疾患を合併しているために手術の実施が困難なこともある.いずれにしても,状態が安定しており,患者本人の意思が確認できるうちに,家族も含めて病状を十分に説明し,状態悪化時の対応について相談しておく必要があるだろう.

表27 急性大動脈解離による疼痛の発生部位と発生率

症状A 型大動脈解離B 型大動脈解離胸痛80% 70%背部痛40% 70%突然発症の疼痛85% 85%移動性の疼痛15% 未満20% (Erbel R. 2014 326)より抜粋)
p.69
表28 特異的肺動脈性肺高血圧症治療薬と代表的な副作用

ホスホジエステラーゼ5 阻害薬皮膚の紅潮,悪心,頭痛,顎痛,関節痛,下痢,低血圧エンドセリン受容体拮抗薬鼻づまり,頭痛,末梢浮腫,肝障害,貧血プロスタグランジン系薬皮膚の紅潮,ほてり,悪心,頭痛,末梢神経障害,下痢,出血可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬皮膚の紅潮,ほてり,悪心,頭痛,低血圧,失神(Fenstad ER, et al. 2016 335)より作表)

6 肺高血圧症・成人先天性心疾患

6.1 肺高血圧症

6.1.1 肺高血圧症における緩和ケアニーズ

肺高血圧症(PH)はさまざまな原因によって肺動脈の血管れん縮や肺血管系の進行性リモデリングを引き起こし,肺動脈圧の上昇から右心不全,そして生存率の低下をもたらす疾患である.PH は病因・病態に応じて5 つの群,すなわち第1 群:肺動脈性肺高血圧症(PAH),第2 群:左心性心疾患に伴う肺高血圧症,第3 群:肺疾患および/または低酸素血症に伴う肺高血圧症,第4 群:慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH),第5 群:詳細不明な多因子のメカニズムに伴う肺高血圧症に分類され327),予後と治療選択肢がそれぞれ異なる.

PH が患者の健康関連QOL(HRQoL)に与える影響は大きく,もっとも多い症状は安静時または運動時の呼吸困難であり,そのほか易疲労感,胸部不快感,下腿浮腫,腹部膨満感,食欲不振なども認める.精神面においても,PH患者の7.5 ~53% が抑うつを,19 ~51% が不安障害およびパニック障害を有するとも報告されているが328),身体症状と比べて見落とされがちである329).また,病気が患者や家族の社会的,経済的問題を引き起こすことも少なくない.心不全と同様に,PH の病の軌跡のどの段階でも,緩和ケア的なアプローチはHRQoL 改善のために有用であると考えられるが,その一方で緩和ケアに対する意識やアクセス環境が乏しいことが指摘されている330).

本提言では,もっとも典型的なPH の臨床像を示す第1群PAH を中心に記載する.PAH の標準治療と緩和ケアを組み合わせることの有効性を実証した研究はいまだに明らかでないが,患者や家族の苦痛症状やHRQoL に対する緩和ケアの潜在的な利益が,エビデンスの欠落によって否定されるものではない.2019 年に米国胸部疾患学会(ACCP)

から発表された「PAH ガイドライン」331)では,PAH 治療に緩和ケアサービスを組み込むことを“ 提案” するとされている.

6.1.2 PAH 治療と緩和ケア

特異的PAH 治療薬として,現時点では,1プロスタサイクリンとその誘導体,2エンドセリン受容体拮抗薬(ERA),および3NO 系製剤のホスホジエステラーゼ5 (PDE5)阻害薬とグアニル酸シクラーゼ刺激薬の3 系統の薬剤が使用可能である.これらの薬剤は症例によっては第4 群CTEPH や第5 群での使用も検討される.一方,第2群や第3 群で使用されることはまれである.これらの薬剤がPAH 患者の再入院率を低下させ,疾患の進行を抑制し, HRQoL を改善することが実証332-334)されている.

その一方で,特異的PAH 治療薬は導入過程でさまざまな副作用(表28) 335)を生じ,それらがHRQoL に与える影響は少なくない.とくに持続静注や持続皮下注のプロスタサイクリン製剤は侵襲度が高く,患者のHRQoL に与える影響は大きい.たとえばエポプロステノールは,中心静脈カテーテルを留置し,1 ~2 日ごとに患者が無菌状態で希釈液を作製してポンプに装塡する必要があり,血栓症や感染症,ポンプ関連トラブルなどのリスクがある.トレプロスチニルは持続静注だけでなく皮下投与も可能であるが,皮下投与は注射部位の痛みが生じやすく,4 分の1 の患者で薬物の中止につながる336).酸素療法も同様にHRQoL の低下と関連しているといわれている337).心不全と比較して,血行動態を改善させるための標準的な治療自体がHRQoL を障害しやすいことはPH の特徴の一つであり,最大限の治療を実現する意味でも治療と並行した症状緩和や導入に際しての意思決定支援は重要である.

なお,PAH 患者のHRQoL 評価ツールとして,Pulmonary Arterial Hypertension-Symptoms and Impact(PAH- SYMPACT)

338)やemPHasis-10 339),Cambridge Pulmonary

Hypertension Outcome Review(CAMPHOR) 340)などが知られている.
p.70
6.1.3 PH 患者の予後予測・意思決定支援

PH は非代償性心不全増悪による増悪寛解を繰り返しながら進行し,最後は比較的急速な経過で終末期を迎える病の軌跡を描く341).経過中に突然死のリスクもあり,心肺蘇生の80% は不成功に終わり,神経学的転帰良好で90 日以上生存した患者はわずか6% であるとも報告されている342). PH の正確な予後予測は非常にむずかしく343),その結果,侵襲的治療を含めた積極的治療に偏重して続けられがちであり,どのような終末期を過ごしたいかについて話し合われることがないまま,気づけば緩和ケアの恩恵を受けるタイミングを逃していることが多い.実際,米国では医療機関で死亡したPAH 患者のうち,52 ~83% が集中治療室での死亡であったと報告されている344, 345).

医療従事者-患者間のコミュニケーションの強化は緩和ケアの基盤であり,疾患に対する知識や病の軌跡の理解,予後への認識を深めることにつながる.また,コミュニケーションをとる際には,とくにPAH では比較的若年で女性が多い背景などに十分に配慮をする.予後に関して話し合う機会は,治療選択肢やそのリスクの話などとともに,PHの診断時から病状の経過に合わせて適宜検討し335),予後に関するネガティブなイメージに焦点を当てるのではなく,患者が可能なかぎり最良の選択をするためのアドバンス・ケア・プランニング(ACP)ができるように努力する346).日本循環器学会「肺高血圧症治療ガイドライン(2017 年

改訂版)」のリスク分類(表29) 347)で示された項目は重症度・予後を考える際の参考となり,治療の修正を行うだけでなく,ACP や症状緩和を含めた緩和ケアニーズのアセスメントを行うタイミングを判断するうえで有用な可能性がある.

6.1.4 PAH 患者の症状緩和

PH は終末期の症状が強く,慢性閉塞性肺疾患(COPD)や腎不全,治療抵抗性のがん患者と同様に著しい生活の質(QOL)の低下がみられる348).とくに呼吸困難は強い苦痛症状として自覚され,最大限のPH 治療を行うことが前提である.難治性の呼吸困難症状に関してはオピオイドの有効性,安全性が報告されているが349),PH 領域におけるエビデンスは乏しい.また,特異的PAH 治療薬の使用下でのオピオイドや抗精神病薬,三環系抗うつ薬使用は,薬物相互作用による低血圧が生じる可能性に注意が必要である350).また,進行したPH 患者のほとんどで体液貯留に伴う症状を認めるが,経口利尿薬は腸管浮腫のために十分に吸収されない可能性があり,症状緩和のために適宜静注利尿薬が必要になることもある.便秘や強い咳嗽は胸腔内圧の上昇から失神をきたす可能性があるため,それらの症状に対しては積極的な介入を行う.

なお,特異的PAH 治療薬は非常に高価であり,療養場

表29 重症度に基づいた特発性肺動脈性肺高血圧症/ 遺伝性肺動脈性肺高血圧症の予後のリスク分類

予後規定因子(1 年後推定死亡率)低リスク(<5%)中リスク(5~10%)高リスク(>10%)右心不全の臨床所見なしなし(or あり)あり症状の進行なし緩徐に進行速く進行失神なし偶発的な失神繰り返す失神NYHA/WHO 機能分類I,II III IV 6 分間歩行距離>440 m 165~440 m <165 m

心肺運動負荷試験peak V· O2 >15 mL/ 分/kg (>65% 予測値)

V· E/V· CO2 slope <36 peak V· O2 11~15 mL/ 分/kg (35~65% 予測値)

V· E/V· CO2 slope 36~44.9 peak V· O2 <11 mL/ 分/kg (<35% 予測値)

V· E/V· CO2 slope ≧45

BNP 値NT-proBNP 値BNP <50 ng/L NT-proBNP <300 ng/L BNP 50~300 ng/L NT-proBNP 300~1400 ng/L BNP >300 ng/L NT-proBNP >1400 ng/L画像(心エコー,心臓MRI)右房面積<18 cm2

心嚢液なし右房面積 18~26 cm2

心嚢液なし,または少量右房面積>26 cm2

心嚢液あり

血行動態(カテーテル検査)平均右房圧<8 mmHg心係数≧2.5 L/ 分/m2

SvO2 >65%平均右房圧 8~14 mmHg心係数 2.0~2.4 L/ 分/m2

SvO2 60~65%平均右房圧>14 mmHg心係数<2.0 L/ 分/m2

SvO2 <60%

NYHA: ニューヨーク心臓協会,WHO: 世界保健機関,V

4 O2: 酸素摂取量,VE/VCO2: 二酸化炭素換気当量,BNP: B 型ナトリウム利尿ペプチド, NT-proBNP: N 末端プロB 型ナトリウム利尿ペプチド,SvO2: 混合静脈血酸素飽和度(日本循環器学会.2017

347)より)
p.71
所の選択によっては継続が困難になることもある.一方でこれらの薬剤の急激な中止は急速な機能低下と死につながる可能性があるため,多職種で慎重な検討が必要である.

6.2 成人先天性心疾患

6.2.1 成人先天性心疾患における緩和ケアの留意点

医学の進歩によって,先天性心疾患をもって生まれた多くの患者が,乳幼児期ではなく成人期以降に死亡する時代となった351).一般的な成人心不全患者と異なり,成人先天性心疾患(ACHD)患者は生涯にわたって慢性疾患を抱えて過ごし,重症例は若年で死亡することも多く,そして意思決定における両親の意向が強いという特徴がある.一般的な心不全では,多くの場合,心不全発症時から包括的ケアが始まるが,先天性心疾患においては出生時から,時にもっと早期の胎生期に複雑心奇形と診断された後の両親に対する支援から始まる342).さらにACHD 患者は疾患ごとの個別性が大きく,たとえば無症候性の心房中隔欠損症術後患者と,多臓器不全を伴うFontan 循環破綻(failed Fontan)患者とでは,症状や臨床経過,予後が大きく異なる.ACHD 患者の予後を予測することはむずかしく,人生最後の入院中に積極的な治療を受けていることが多いと報告されている352).

6.2.2 ACHD 患者の意思決定支援

2018 年の米国心臓協会(AHA)/ 米国心臓病学会(ACC)「成人先天性心疾患のガイドライン」353)では,終末期の問題と事前指示(アドバンス・ディレクティブ[AD])に関する話し合いは患者とその家族にとって有益である(推奨クラス IIa,エビデンスレベルB-NR)とされている.現時点ではACHD に対するACP の有用性を検証した前向き研究は知られていないが,ACHD 患者のACP に関するシステマティックレビューによると,患者はACP に強い関心を示している一方で,実際にACP が行われた患者はごくわずかであった354).また,ACP に前向きな患者の多くが早期からのACP を希望しており,ACP への関心は疾患の重症度とは無関係であったと報告されている355).

幼少期から生死に関わる手術などの治療が行われ,術後もさまざまな合併症や続発症のリスクを抱えて過ごしてきたACHD 患者にとって,終末期に至った際に患者個人の意思をどのように尊重するかは重要な問題である.ACHD患者の多くはHRQoL に影響を与える社会的,精神的な問題に直面している356).この精神社会的問題の背景としては,幼少期から長期入院を繰り返すことによる友人などとの対人関係の未成熟や,両親への依存度の高さなどの養育

環境の影響が指摘されている.その結果,社会的問題の解決能力や独立性が低く,両親への強い依存とともに意思決定能力に問題を生じることがある357).また,ACHD では染色体異常や精神発達遅滞を伴う患者や,幼少期より持続する低酸素状態や手術合併症で神経認知機能障害をきたしていることもあり,そのようなケースでは社会的自立がさらにむずかしく,両親や家族のサポートへの依存度が高い.意思決定支援(shared decision making)に難渋する際は,主治医チームは適宜緩和ケアチームや精神科医,臨床心理士と連携することが望ましい.また,ACHD 患者が小児科から成人期のケアへと移行する過程で,多職種サポートによって本人との疾患経過に対するイメージの共有を進め,治療選択肢に関する意思決定に対する本人の寄与度を徐々に高めていくことが,その後のACP の推進にもつながっていくものと考えられる.

7 脳卒中

7.1 脳卒中領域におけるケア

脳卒中とは脳血管障害による脳急性疾患を示す言葉であるが,単一疾患ではなく虚血性脳血管障害,脳出血,クモ膜下出血といった病型により,その病態や経過が異なる.脳卒中は,末期がん患者や慢性疾患患者とは違い,急性発症後に数時間から数週間で死期が迫る場合がある一方で,急性期を脱すると死亡する可能性は低下し,生命予後予測は容易ではない.重症の脳卒中では意識障害が遷延し,寝たきり状態が長期間にわたって持続することも想定される.生命には関わらないが,脳損傷により麻痺,嚥下障害や言語障害,高次脳機能障害といった患者の生活の質(QOL)に直結しうる後遺症を抱える場合も多い.

脳卒中発症後の予後について,機能的側面および生命予後に基づいた予測モデルはいくつか研究があるものの,確立されたものはない.よって,個々の患者がたどる機能的転帰や生命予後の予測について,脳神経内科医や脳神経外科医がそれぞれの臨床経験や医学知識に基づき臨床情報から判断しているのが現状である.

脳損傷の程度や局所神経徴候,神経学的重症度は個々の患者によって多様であり,緩和ケアを検討するには,他の疾患領域よりも患者一人一人の病態,身体的問題,精神的問題,社会的困難,家族や介護者の負担を正確に評価
p.72
し,さらに個人に寄り添う姿勢が求められる.多様な背景に応じた緩和ケアが必要となる可能性があり,潜在的に緩和ケアを検討すべき脳卒中患者は多い.

厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」25, 26)では,一般的な人生の最終段階における医療・ケアのあり方と方針の決定手続きについての指針が示されており,患者本人が医療・ケアチームと十分話し合ったうえで,本人の意思決定を基本とすることが重要とされている.重症脳卒中症例であって,事前指示(アドバンス・ディレクティブ[AD])やアドバンス・ケア・プランニング(ACP)が確認できない場合,昏睡状態,失語,遷延性意識障害などのため意思疎通が取れず,また突然の発症であるため,発病前における本人の意思を家族らも確認できないことが少なくない.このような問題をどのように解決するか,今後,国内で議論を醸成していくことが重要であろう.

7.2 脳卒中による全脳の不可逆的な機能不全

日本脳卒中学会が作成した「脳卒中における終末期医療に関するガイドライン」(2018 年12 月公表)

358)で,脳卒中に

おける終末期のなかで全脳機能不全に対する対応が示されている.このガイドラインに従い,脳卒中の特殊性を考慮したうえで,医療・ケアチームは終末期の対応についての判断・方針決定を支援する必要がある.脳卒中における終末期は,回復不可能な全脳機能不全から遷延性植物状態(persistent vegetative state),脳卒中再発や増悪を繰り返して寝たきりとなり死が間近に迫っている状態まで,幅広い状態を含みうる概念であり,個々の状態における緩和ケアのあり方について今後もさまざまな議論を醸成しつつ,引き続き検討していく必要がある.本項では,「脳卒中における終末期医療に関するガイドライン」を参照して,「脳卒中における終末期」のなかの「脳卒中による全脳機能不全」を扱う.「脳卒中による全脳機能不全」の確定判断のために満たすべき5 つの要件は,法的脳死判定マニュアルの「脳死とされうる状態」と同じ,1深昏睡,2無呼吸,3瞳孔の固定・散大(瞳孔径が左右とも4 ミリメートル以上),4脳幹反射(対光反射,角膜反射,毛様脊髄反射,眼球頭反射,前庭反射,咽頭反射,および咳反射)の消失,5平坦脳波である.すなわち,脳卒中における終末期として位置づけた「全脳機能不全」とは,法的脳死判定における「脳死とされうる状態」と同様の状態である.確定判断にあたっては2 名の医師で確認しながら判断し,医療・ケアチーム1 名が立ち会い,確認された項目について記録する.手順の詳細は「脳卒中における終末期医療に関するガイ

ドライン」に示されたとおりであるが(図20),以下に要約する.「脳死とされうる状態」と判断する場合は,担当医師は医療・ケアチームの協力を得て,本人の意思または家族らから確認した本人の推定意思を尊重したうえで,本人にとって何が最善であるかをつねに考慮しながら治療方針を決定し,家族らに対して,今後取りうる選択肢のなかで臓器提供の機会があること(いわゆるオプション提示),およびその承諾にかかわる手続きに際しては担当医師以外の者による説明があることを口頭または書面により告げる.家族らから希望がある場合は,日本臓器移植ネットワーク等の臓器のあっせんに関わる連絡調整を行う者(コーディネーター)が説明を行うが,コーディネーターの説明を聴くことを強制してはならない.コーディネーターからの説明を希望しない場合は,医療・ケアの変更や中止について家族らの希望の有無を確認する.医療・ケアの変更や中止について希望がある場合には,家族らの同意があれば「全脳機能不全の確定診断」を行うという選択肢があることを説明する.「全脳機能不全」と確定判断された場合には,家族らと十分話し合ったうえで,現在行われている医療・ケアの変更や中止を行う.なお,現在行われている生命維持治療(心停止時における心肺蘇生,人工呼吸器,ペースメーカー[植込み型除細動器の設定変更を含む],補助循環装置などの生命維持装置,血液透析などの血液浄化,昇圧薬や血液製剤などの投与,輸液,人工栄養を指す)の中止や生命維持治療の差し控えについては,各施設の臨床倫理委員会などの審議を経て病院長の承認のもとに行うことが必要である.医療・ケアの変更や中止のいずれも希望しない場合は,担当医師が医療・ケアチームの協力を得て,本人にとって何が最善であるかを考慮して決定した医療・ケアを行う.すべての手順や話し合った内容に関して文書にまとめておくことが重要である.

7.3 脳卒中による身体的・精神的問題, 社会的困難に対する緩和ケア

全脳機能不全に該当しない場合も,脳卒中後の多くの患者が日常生活動作(ADL)やQOL の低下を伴い,それぞれの身体的・精神的問題および社会的困難は緩和ケアの対象となりうる.治療適応や緩和ケアの方針については,医学的治療適応を考慮しつつ,患者・家族中心の意思を尊重して,医師・看護師・ソーシャルワーカーなどの多職種による医療・ケアチームで検討して合意により決定する.その際,次の1)から7)の点について留意する必要がある. 1)緩和ケアを受けている患者の身体的,精神的,文化的,
p.73
心理的,社会的ニーズに対応するため,多職種からなる医療・ケアチームは,適切なコミュニケーションスキルと知識を備えておく. 2)患者の病状や脳卒中の重症度により,救命・延命が可

能か,機能的な回復をめざせるか,あるいは苦痛除去・緩和ケアを優先すべきか,患者や家族らとケアの最終目標に関して定期的に議論し,必要があれば,治療・緩和ケアの方針を変更する. 3)介護する立場にある家族の精神的支援についても配慮

する. 4)話し合うべき内容には,特定の医学的介入の停止,急

変時の対応(蘇生など),および療養の場所も含める. 5)こうした話し合いのつど,医療・ケアチームは文書を残

す. 6)健康状態は時間の経過とともに変化する可能性がある

ため,ケア計画書は状態の変化があるたびに,あるいは医療・ケアチームが変わるたびに確認する. 7)患者または家族がケア目標の修正をすることが可能で

ある.カナダ359)および米国360)のガイドラインを参考にすると,わが国で医療・ケアチームが議論すべき緩和ケアの具体的な検討項目は,脳卒中による痛み,嚥下障害時の栄養・水分投与方法,呼吸困難および気道分泌物,せん妄,失禁,悪心,嘔吐,便秘,褥瘡,けいれん,精神症状(不安・うつ),易疲労性,社会的困難の評価・管理である.加えて,重症で致死的経過が予想される脳卒中では,急変時の対応(蘇生など),機械的換気,経腸/ 静脈栄養,静脈内輸液などの生命維持対策の適切性を議論する.積極的医療を中止する方針となった場合は,中止を含めた薬物治療内容の再検討,バイタルサイン評価の頻度,血液検査・画像診断などの中止,死亡時に優先的に連絡をとる家族・人物について議論する.その後の治療・療養の場所(たとえば自宅,療養型医療施設,介護施設)も検討すべき項目の一つである.

脳卒中による終末期が疑われる病態

本人または家族らの意思の確認

担当医による脳死とされうる状態に判断

臓器提供施設である:臓器提供オプション提示臓器提供施設ではない

コーディネーターの説明を希望する希望しない

臓器提供意思があるない医療ケアの変更・中止に関する家族らの希望が

あるない

全脳機能不全の判断を行う行わない

確定判断全脳機能不全ではない

法的脳死決定

死亡診断・臓器提供

医療ケアの変更・中止生命維持治療中止については臨床倫理委員会等の審議に諮る生命維持治療中止以外の

医療・ケアの変更中止医療ケアの継続

図20 脳卒中における終末期の医療およびケアの方針の決定手続き(日本脳卒中学会.2019 358)より作図)
p.74
わが国では,緩和ケアの具体的な方法論について議論を重ね,臨床データを蓄積していく必要がある.医療・ケアチームは,現場での取り組みのなかで適切な緩和ケアが行われているかを評価し,改善する仕組みを検討していく必要がある.嚥下障害,疼痛,脳卒中後うつ状態など,いくつかの脳卒中後の状態に対する治療法やリハビリテーションについては,日本脳卒中学会「脳卒中治療ガイドライン2015[追補2019 対応]」361)に記載されており,参考になる.症状のコントロールが困難な場合,終末期の意思が決まらない場合,または複雑な心理社会的背景をもつ場合などは,専門家の判断が必要であるため,緩和ケアの専門家に相談できることが望ましいが,わが国では専門家が十分に育成されているとはいえず,緩和ケア分野の人材の育成が期待される.

8 薬物治療のポイント

8.1 緩和ケアで用いる薬

循環器疾患における末期状態としては,治療抵抗性の心血管疾患や心不全終末期が代表的な病態である.このような患者では,呼吸困難や全身倦怠感のほか,疼痛,食欲不振,抑うつなど,さまざまな症状を伴う.終末期の心不全患者を対象とした報告によると,60 ~88% に呼吸困難, 69 ~82% に全身倦怠感,35 ~78% に疼痛を認めるといわれる124, 362, 363).終末期患者では,抑うつ,不安,不眠などメンタルヘルスの失調をきたすことも多く,入院を要する終末期心不全患者では,うつ症状を70% に認めるといわれている125).心不全治療を継続しつつ,症状の緩和を図る際に薬物治療が必要となる.

緩和ケアは,がん以外の疾患をも対象にするという共通の前提に立ち,用いられる主な薬物についてはがん患者の際に用いられる薬物と同様である.

8.1.1 緩和ケアにおける薬剤費用

療養場所によっては,治療薬が高価なため継続が困難になることもある.一方で薬剤の急激な中止が,急速な身体機能低下や死につながる可能性があるため,多職種で慎重な検討が必要である. 8.2 心不全時の薬物動態と注意点

心不全時は消化管のぜん動運動低下,胃停滞時間の延長,腸管浮腫,吸収部分の血流減少により経口薬の消化管吸収は低下することが多い.とくに心不全増悪期で集中治療を要するような状態では,経口薬による治療では限界がある.また,心不全時は肝血流が低下し,肝実質細胞の変性,代謝酵素活性の低下により肝代謝能は一般に低下する.このため,肝で代謝を受ける薬(肝血流依存性,代謝能依存性とも)は血中濃度が高くなる可能性がある364).

一方,心不全では,心拍出量の低下や交感神経の亢進により,組織血流量,各組織への血流配分の変化,組織内血流分布の変化が生じるため,薬物の分布特性の変化が起きる.一般に心不全では血液分画中への薬の分布が増大し,分布容積は低下する(浮腫があると分布容積は増大するようにみえるが,循環血液量は低下し,血中濃度は上昇する).また,心不全で血漿アルブミン値が低下すると,アルブミンと結合する薬では遊離型が増え,効果が増大する.ただし,心不全では炎症性蛋白であるα1-酸性糖蛋白濃度が上昇するため,α1-酸性糖蛋白に結合する薬では遊離型が減り,効果が小さくなる364).

心不全では低心拍出量により腎血流量が低下し(腎前性),糸球体濾過率や腎血流速度の低下,さらには腎実質や尿細管障害(腎性)も加わり,薬物の腎クリアランスは低下する.このため,腎排泄型(水溶性の高い)薬では除去半減期は延長し,血中濃度も高値となる.一方,ループ利尿薬やサイアザイド系利尿薬は近位尿細管から原尿中に分泌され,尿細管腔側から作用するため,高用量が必要なことがある.

心不全では薬物動態上,血中濃度が上昇する方向に働くことから,通常用量より低い用量から開始するほうが安全であろう.また,効果が十分に得られない場合は,投与経路の変更や用量の見直しが必要となる.さらに,心不全患者では併用薬が多く,思わぬ作用の増強や有害反応が出現しうるため,薬物相互作用にはつねに留意しておく.

8.3 終末期患者におけるオピオイド

呼吸困難,激しい疼痛,倦怠感は,末期心不全患者では高率に認められる症状である365).終末期心不全患者に対する適切な症状緩和としてオピオイドを含めたホスピスケアが推奨されている366).オピオイドは,心不全の異常な換気パターンを改善する作用があり,呼吸困難,疼痛緩和をもたらす.心不全患者に対する経口オピオイドの呼吸困難
p.75
の緩和効果について実証した研究において,経口オピオイドは慢性心不全患者の呼吸困難に対して長期的にも短期的にも効果があり,有害作用がないと報告されている117, 367, 368).ただし,末期心不全患者の呼吸困難,疼痛緩和におけるオピオイドの使用方法は確立されていない.また,疼痛に関してはさまざまな部位の痛みがあり,心原性要因(筋骨格の痛み,痛風,末梢血管障害,下腿浮腫,腹水)を特定する必要がある369).倦怠感は,利尿薬による利尿過多,β遮断薬に伴う疲労,睡眠障害や貧血などの可逆的要因による場合もあるため,そのアセスメントが重要である.

オキシコドン,アセトアミノフェンなどの併用薬は,オピオイドの用量漸増を妨げる可能性があるため,一般的には推奨されない.モルヒネやコデインなどの短時間作用型オピオイドは,1 日の必要量が決定された後に徐放性製剤に切り替える.徐放性製剤使用下でも,短時間作用型薬剤は頓用で使用できる.メサドンは長期疼痛に有用であるが, QT 延長に注意を要する.腎機能障害の患者には,メペリジン,モルヒネ,およびコデインを慎重に使用する必要がある.経口剤が困難な場合には,経皮(フェンタニル)または皮下(モルヒネまたはヒドロモルフォン)の使用も可能である.

8.4 ポリファーマシーと減薬

循環器疾患の治療では,ポリファーマシーが多い.これは循環器疾患の多くが多因子疾患であり,要因となるリスクを管理するというエビデンスに基づいた治療戦略が原因である.さらに高齢者では多疾患罹患により必然的に薬が多くなる.しかし,併用薬が増えれば,効果だけでなく有害反応のリスクも上がることを忘れてはならない.

とくに長い経過をたどる循環器疾患患者では,状況の変化により,治療のゴールをリセットすることが必要である.緩和ケアにおいては生活の質(QOL)改善が主であり,患者に苦痛を与えることは避けなければならない.その目的において,各患者,各フェーズで薬を整理していくことは

重要なプロセスである.

ポリファーマシーに対する減薬方法としてScott らが提唱するプロトコールは,循環器疾患治療においても有用である370). 1) まず,患者が服用しているすべての薬(他医からの処

方薬も含め)を確認する.また,処方されても服薬していない薬の有無も尋ねる. 2) 個々の患者に応じて,薬による有害反応のリスクを総合

的に考える.薬側の要因(薬の数や高リスク薬など)と患者側の要因(高齢,併存症,認知障害,ノンアドヒアランスなど)を考慮する. 3) 各薬について服薬を中止することが患者に適している

か評価する.・ そもそも正しい適応で使用されているか(診断が確

実か.薬のエビデンスがあるのか).・ 処方カスケードとして出されていないか(アンジオテ

ンシン変換酵素[ACE]阻害薬による咳に対して鎮咳薬使用など).・ 薬の害が明らかに利益を上回っていないか.・ 疾患への治療あるいは対症療法として薬は効いてい

るのか.症状は治まっているのに漫然と出されていないか(制酸薬,消化薬など).・ 予防を目的とする薬は,すべての患者に必要ない.

とくに余命が限られている患者において大きな利益があるとは考えにくい(末期患者に対するスタチンなど).・ 薬を服用することで患者に負担を強いていないか(飲

みにくい,費用がかかる,採血の頻度が増えるなど). 4) 中止する薬に優先順位をつける(利益より害が大きい

薬,止めても離脱症状や再燃が少ない薬,患者が最初に止めたいと思っている薬など). 5) 薬を中止した後も症状の変化や有害反応の発現につい

て観察していく.
p.76
おわりに

各種薬物治療に加え,ステントや各種デバイスを用いた非薬物治療が進歩し,生命予後改善を目的にエビデンスが構築されてきた循環器医療に対して,テクノロジーに依存せず,患者とのコミュニケーションや多職種によるサポートを中心に生活の質(QOL)改善をめざして行われてきた緩和医療との間には,歴史的背景や医療従事者の認識において大きな隔たりがある.そうしたなかで,先進国の多くは超高齢社会に突入し,必ずしも生命予後だけではなく, QOL やクオリティ・オブ・デス(QOD)をも考慮すべき時代に至り,両者の融合が喫緊の課題とされている.

循環器医療における緩和医療導入の重要性は十分に理解されていながらも,患者,家族,医療従事者間における認識の相違などもあり,現状としては緩和医療の導入はしばしば困難であり,緩和ケアチームによるサポートやホスピスなどの緩和ケアリソースを十分に活用できていないのが現状である.わが国においては,2016 年に行われたがん対策基本法の改正の際に,WHO の提言と同様に緩和ケアの定義が改められ,がん以外の患者にも緩和ケアを広げるための「がん等における緩和ケアの更なる推進に関する検討会」が始まり,循環器疾患患者に対する緩和ケアの議論が開始された.2017 年11 月より,検討会の分科会として「循環器疾患の患者に対する緩和ケア提供体制のあり方に関するワーキンググループ」が発足し,慎重に議論が重

ねられてきた.その結果,心不全に関しては,従来の治療を継続しつつも,症状が出現した早期の段階(ステージC)から全人的苦痛に対して多職種チームによる症状に応じた適切な緩和ケアを提供し,支持的なコミュニケーションによる継続的な意思決定支援を行うべきと報告された.その報告と同時期に発表された日本循環器学会/ 日本心不全学会の「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017 年改訂版)」においては,末期心不全に対するアドバンス・ケア・プランニング(ACP)がクラスI として推奨され,2018 年4 月より,末期心不全を対象にした緩和ケアチーム医療に対して診療点数が加算されるようになった.

このように緩和ケアは,心不全の診療のなかに徐々に組み込まれつつあるが,循環器疾患全体に対して考慮されているとはいえず,前述したように多くの課題を抱えている.

今回の提言は,心不全だけでなく,脳卒中を含めた広い意味での循環器疾患の各領域において,最新かつ最善の循環器診療と同時にいかにして緩和ケアを取り入れ,QOLの改善を図るかについてまとめられた.本提言により,循環器診療と緩和医療の融合が進み,多くの循環器疾患患者およびその家族が緩和ケアの恩恵を受けられるようになることに期待したい.
p.77
付表 2021 年改訂版 循環器疾患における緩和ケアについての提言:班構成員の利益相反(COI)に関する開示(2018 年1 月1 日~2020 年12 月31 日)

氏名参加者自身の申告事項配偶者・一親等親族または収入・財産を共有する者についての申告事項所属する組織・部門の長に関する申告事項(参加者が組織・部門の長と共同研究の立場にある場合)

顧問株保有・

利益特許使

用料講演料原稿料研究費奨学寄附金寄附講座その

他顧問株特許研究費奨学寄

附金

班長:安斉 俊久アストラゼネカトーアエイヨーノバルティスファーマバイエル薬品ファイザーブリストル・マイヤーズ スクイブ小野薬品工業大塚製薬第一三共田辺三菱製薬日本ベーリンガーインゲルハイム武田薬品工業ブリストル・マイヤーズ スクイブ大塚製薬アボットメディカルジャパンボストン・サイエンティフィック ジャパン第一三共日本ベーリンガーインゲルハイム日本ライフライン武田薬品工業ウイン・インターナショナルバイオトロニックジャパンほくやく・竹山ホールディングスメディカルシステムネットワーク日本メドトロニック班員:泉 知里エドワーズライフサイエンスノバルティスファーマ大塚製薬第一三共第一三共班員:大石 充アストラゼネカノバルティスファーマ小野薬品工業大塚製薬第一三共日本ベーリンガーインゲルハイム武田薬品工業日本ベーリンガーインゲルハイム武田薬品工業第一三共班員:木澤 義之第一三共協和発酵キリン中外製薬班員:古賀 政利バイエル薬品班員:坂田 泰史アストラゼネカノバルティスファーマバイエル薬品大塚製薬第一三共日本ベーリンガーインゲルハイム日本メドトロニック田辺三菱製薬B i o s e n s e Websterブリストル・マイヤーズ スクイブアクテリオンファーマシューティカルズ ジャパンアムジェンアボットメディカルジャパンソニーニプロロシュ・ダイアグノスティックスカーディナルヘルスジャパンアステラス製薬アボットメディカルジャパンエドワーズライフサイエンスジョンソン・エンド・ジョンソンセント・ジュード・メディカルノバルティスファーマバイエル薬品バイオトロニックジャパンボストン・サイエンティフィック ジャパン興和小野薬品工業大正医科器械
p.78
氏名参加者自身の申告事項配偶者・一親等親族または収入・財産を共有する者についての申告事項所属する組織・部門の長に関する申告事項(参加者が組織・部門の長と共同研究の立場にある場合)

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用料講演料原稿料研究費奨学寄附金寄附講座その

他顧問株特許研究費奨学寄

附金

班員:坂田 泰史(続き)塩野義製薬JIMROインテグラルレグイミューン日本ベーリンガーインゲルハイム富士フイルム富山化学大塚製薬第一三共帝人ファーマ田辺三菱製薬日本バイオセンサーズ日本ベーリンガーインゲルハイム日本メドトロニック武田薬品工業班員:志賀 剛小野薬品工業ブリストル・マイヤーズ スクイブ第一三共第一三共小野薬品工業班員:竹石 恭知MSDバイエル薬品ブリストル・マイヤーズ スクイブ大塚製薬第一三共田辺三菱製薬日本ベーリンガーインゲルハイム富士フイルム富山化学ノバルティスファーマキヤノンメディカルシステムズミツフジMSDアステラス製薬フィリップス・レスピロニクス小野薬品工業大塚製薬大日本住友製薬帝人ファーマ日本メジフィジックス日本メドトロニック富士フイルム富山化学武田薬品工業フィリップス・ジャパンアクテリオンファーマシューティカルズジャパンアボットメディカルジャパンセント・ジュード・メディカルバイオトロニックジャパンフクダライフテックフクダライフテック南東北フクダ電子フクダ電子南東北販売日本光電工業班員:西村 勝治MSD大日本住友製薬班員:福本 義弘アクテリオンファーマシューティカルズジャパンアストラゼネカノバルティスファーマバイエル薬品ヤンセンファーマ小野薬品工業大塚製薬第一三共アルナイラムアクテリオンファーマシューティカルズ ジャパン第一三共日本新薬MSDアステラス製薬アボットメディカルジャパンエーザイノバルティスファーマバイエル薬品塩野義製薬興和持田製薬帝人ファーマ日本ライフライン武田薬品工業班員:安田 聡CSL ベーリングバイエル薬品ブリストル・マイヤーズ スクイブ興和第一三共武田薬品工業IQVIA サービシーズ ジャパンJSR NEC ソリューションイノベータアクテリオンファーマシューティカルズ ジャパンアボット バスキュラー ジャパンアボットメディカルジャパンアミカス・セラピューティクスバイエル薬品ロシュ・ダイアグノスティックス興和大塚製薬大日本住友製薬武田薬品工業アボットメディカルジャパンサウンドウェーブイノベーションゼオンメディカルテスコテルモ塩野義製薬興和持田製薬小野薬品工業
p.79
氏名参加者自身の申告事項配偶者・一親等親族または収入・財産を共有する者についての申告事項所属する組織・部門の長に関する申告事項(参加者が組織・部門の長と共同研究の立場にある場合)

顧問株保有・

利益特許使

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他顧問株特許研究費奨学寄

附金

班員:安田 聡(続き)バイエル薬品興和第一三共武田薬品工業大塚製薬日本ベーリンガーインゲルハイム日本メドトロニック日本ライフライン日本光電工業日本新薬武田薬品工業班員:山本 一博大塚製薬ファイザー小野薬品工業田辺三菱製薬日本ベーリンガーインゲルハイムノバルティスファーマアボットメディカルジャパンノバルティスファーマノボ ノルディスク ファーマバイオトロニックジャパンフクダ電子ボストン・サイエンティフィック ジャパン日本メドトロニックL i f e S c a n Japan興和小野薬品工業大塚製薬第一三共帝人ファーマ田辺三菱製薬日本ライフライン日本光電工業武田薬品工業協力員:石森 直樹メディカルシステムネットワークほくやく・竹山ホールディングス協力員:大石 醒悟第一三共大塚製薬協力員:岡田 佳築バイエル薬品協力員:柴田 龍宏大塚製薬第一三共協力員:永井 利幸ノバルティスファーマ第一三共メディックメディア協力員:弓野 大第一三共ノバルティスファーマ協力員:義久 精臣フクダ電子フクダライフテックフクダ電子南東北販売フクダライフテック南東北
p.80
氏名参加者自身の申告事項配偶者・一親等親族または収入・財産を共有する者についての申告事項所属する組織・部門の長に関する申告事項(参加者が組織・部門の長と共同研究の立場にある場合)

顧問株保有・

利益特許使

用料講演料原稿料研究費奨学寄附金寄附講座その

他顧問株特許研究費奨学寄

附金

外部評価委員:木原 康樹第一三共大塚製薬日本ベーリンガーインゲルハイム帝人在宅医療武田薬品工業帝人ファーマ帝人ファーマEP クルーズメビックスMSDアステラス製薬第一三共サノフィボストン・サイエンティフィック ジャパン日本ベーリンガーインゲルハイムバイオトロニックジャパン医療法人あかね会妹尾病院国家公務員共済組合連合会 呉共済病院外部評価委員:木村 剛アボット バスキュラー ジャパンサノフィブリストル・マイヤーズ スクイブボストン・サイエンティフィック ジャパン興和日本ベーリンガーインゲルハイムエドワーズライフサイエンスEP クルーズファイザー興和第一三共アステラス製薬エムアイディ大塚製薬第一三共田辺三菱製薬日本ベーリンガーインゲルハイム武田薬品工業外部評価委員:斎藤 能彦ノバルティスファーマファイザー大塚製薬第一三共田辺三菱製薬アムジェンテルモノバルティスファーマロシュ・ダイアグノスティックス興和第一三共アステラス製薬ノバルティスファーマバイエル薬品ブリストル・マイヤーズ スクイブ塩野義製薬協和キリン小野薬品工業大塚製薬大日本住友製薬第一三共帝人ファーマ田辺三菱製薬日本メジフィジックス武田薬品工業外部評価委員:澤 芳樹エドワーズライフサイエンスクオリプスジェイテックコーポレーションセンチュリーメディカルダイキン工業テルモナカライテスクニプロハートラボリヴァノヴァアボットメディカルジャパンエドワーズライフサイエンススミス・アンド・ネフューセンチュリーメディカルテルモニプロパラメディック・ジャパンジェイ・エム・エスマイオリッジ日本メドトロニック
p.81
※法人表記は省略※以下の構成員については申告事項なし班 員:坂下 明大協力員:赤穂 理絵協力員:阿部 隆宏協力員:加藤 美香協力員:衣笠 良治協力員:窪薗 琢郎協力員:佐藤 琢真協力員:鈴木 敦協力員:鈴木 豪協力員:高木 正仁協力員:高田 弥寿子協力員:敦賀 健吉協力員:濱谷 康弘協力員:細田 勇人以上氏名参加者自身の申告事項配偶者・一親等親族または収入・財産を共有する者についての申告事項所属する組織・部門の長に関する申告事項(参加者が組織・部門の長と共同研究の立場にある場合)

顧問株保有・

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用料講演料原稿料研究費奨学寄附金寄附講座その

他顧問株特許研究費奨学寄

附金

外部評価委員:澤 芳樹(続き)ロート製薬サンメディカル技術研究所メディプラス製薬住友理工小野薬品工業多木化学大日本印刷大日本住友製薬第一三共帝人ファーマ日本メドトロニック小西医療器小野薬品工業大塚製薬日本アビオメッド日本メドトロニック外部評価委員:筒井 裕之アストラゼネカノバルティスファーマバイエル薬品ファイザー興和小野薬品工業大塚製薬第一三共帝人ファーマ田辺三菱製薬日本ベーリンガーインゲルハイムブリストル・マイヤーズ スクイブ日本臨牀社IQVIA サービシー

ズ ジャパンオムロン ヘルスケアメディカルイノベーション九州メディネット第一三共田辺三菱製薬日本たばこ産業日本ベーリンガーインゲルハイム聖マリア病院第一三共帝人ファーマ帝人ヘルスケア田辺三菱製薬日本ベーリンガーインゲルハイムアボットメディカルジャパン大塚製薬ボストン・サイエンティフィック ジャパン小野薬品工業アクテリオンファーマシューティカルズジャパン

外部評価委員:福田 恵一Heartseed Heartseed MSDファイザーHeartseedブリヂストン日本新薬日本メドトロニックアボットジャパンバイオトロニックジャパン日本ベーリンガーインゲルハイム中外製薬トーアエイヨー
p.82
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