p.1
大内 秀雄大内 秀雄国立循環器病研究センター病院国立循環器病研究センター病院
小児循環器科小児循環器科桂木 真司桂木 真司
榊原記念病院榊原記念病院
産婦人科産婦人科
稲井 慶稲井 慶東京女子医科大学病院東京女子医科大学病院
循環器小児科循環器小児科
市田 蕗子市田 蕗子富山大学富山大学小児循環器科小児循環器科
篠原 徳子篠原 徳子東京女子医科大学東京女子医科大学
循環器小児科循環器小児科立野 滋立野 滋千葉県循環器病センター千葉県循環器病センター
小児科小児科
椎名 由美椎名 由美聖路加国際病院心血管センター聖路加国際病院心血管センター
循環器内科循環器内科
坂本 一郎坂本 一郎九州大学九州大学循環器内科循環器内科
牧野 真太郎牧野 真太郎順天堂大学医学部付属順天堂医院順天堂大学医学部付属順天堂医院
産科・婦人科産科・婦人科増山 寿増山 寿
岡山大学岡山大学産科・婦人科学教室産科・婦人科学教室
兵藤 博信兵藤 博信東京都立墨東病院東京都立墨東病院
産婦人科産婦人科
照井 克生照井 克生埼玉医科大学総合医療センター埼玉医科大学総合医療センター
麻酔科麻酔科
八尾 厚史八尾 厚史東京大学東京大学循環器内科循環器内科
村島 温子村島 温子国立成育医療センター国立成育医療センター
神谷 千津子神谷 千津子国立循環器病研究センター病院国立循環器病研究センター病院
周産期・婦人科部周産期・婦人科部相馬 桂相馬 桂
東京大学東京大学循環器内科循環器内科
小口 秀紀小口 秀紀トヨタ記念病院トヨタ記念病院遠藤 誠之遠藤 誠之
大阪大学大阪大学産婦人科産婦人科
田中 博明田中 博明三重大学医学部付属病院三重大学医学部付属病院
産科婦人科産科婦人科杜 徳尚杜 徳尚
岡山大学岡山大学循環器内科循環器内科
竹田 純竹田 純順天堂大学医学部付属順天堂医院順天堂大学医学部付属順天堂医院
産科・婦人科産科・婦人科
高谷 陽一高谷 陽一岡山大学岡山大学循環器内科循環器内科班員
協力員
班長
合同研究班参加学会
日本循環器学会 日本産科婦人科学会2019 年3 月29 日発行
藤田 恭之藤田 恭之
九州大学九州大学産婦人科産婦人科赤木 禎治赤木 禎治
岡山大学岡山大学循環器内科循環器内科池田 智明池田 智明
三重大学三重大学産婦人科学講座産婦人科学講座
日本循環器学会/ 日本産科婦人科学会合同ガイドライン
心疾患患者の妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライン(2018 年改訂版)
JCS 2018 Guideline on Indication and Management of Pregnancy and Delivery in Women with Heart Disease
外部評価委員
関沢 明彦関沢 明彦昭和大学昭和大学産婦人科学講座産婦人科学講座先崎 秀明先崎 秀明
北里大学北里大学小児循環器集中治療学小児循環器集中治療学
小菅 雅美小菅 雅美横浜市立大学附属市民総合医療センター横浜市立大学附属市民総合医療センター
心臓血管センター心臓血管センター
木村 剛木村 剛京都大学京都大学循環器内科学循環器内科学
吉松 淳吉松 淳国立循環器病研究センター病院国立循環器病研究センター病院
周産期・婦人科部周産期・婦人科部
丹羽 公一郎丹羽 公一郎聖路加国際病院聖路加国際病院心血管センター心血管センター
中西 敏雄中西 敏雄東京女子医科大学東京女子医科大学
循環器小児科循環器小児科
(五十音順,構成員の所属は2019 年3 月現在)
本ガイドライン発行後のあらたな知見をまとめたフォーカスアップデート版が発行されているので,併せて参照のこと
フォーカスアップデート版 心血管疾患患者の妊娠・出産の適応と診療(2026 年3 月20 日発行)
p.2
改訂にあたって8
表1 推奨クラス9
表2 エビデンスレベル9
第1 章総論9 1. 妊娠・分娩の循環生理:妊娠・出産における母体の変化 ............................ 9
1.1 循環動態の変化 .................... 9図1 妊娠に伴う循環動態の変化10 1.2 血液学的変化 ......................10 1.3 呼吸機能の変化 ....................11 1.4 血管壁の変化 ......................11 2. 妊娠前の検査項目 ......................11 3. 妊娠カウンセリング ....................11
3.1 心疾患をもつ女性の妊娠カウンセリング ................11表3 心疾患患者に対する妊娠前カウンセリングのポイント
12 表4 modified WHO 分類を用いた母体心血管リスク評価(わが国独自の内容を追加)
14 表5 CARPREG II リスクスコア(わが国独自の内容を追加)
15 表6 ZAHARA リスクスコア(わが国独自の内容を追加)
15 3.2 心疾患をもつ男女共通の問題点 ......13 3.3 禁忌疾患/ 病態 ....................14表7 NYHA 心機能分類15
表8 妊娠の際に厳重な注意を要する,あるいは妊娠を避けることが強く望まれる心疾患
16 3.4 避妊法 ............................16 3.5 遺伝カウンセリング ................16表 9 遺伝子異常および染色体異常による代表的な先天性心疾患
18 表10 先天性心疾患の催奇形因子と環境因子20表11 遺伝性心筋症の疾患原因遺伝子21表 12 不整脈疾患にみられる遺伝子異常23
3.6 心理社会的問題 ....................23 3.7 妊娠が長期予後に与える影響について 23 4. 母体経過観察基準 ......................24 5. 妊娠中の血行動態評価 ..................25
5.1 心臓超音波検査 ....................25 5.2 放射線検査(胸部レントゲン,心臓カテーテル検査,CT 検査) ......26表13 診断手法から受けるおよその胎児線量26 5.3 MRI 検査 ..........................26 5.4 ナトリウム利尿ペプチド ............26 6. 出生前診断 ............................27目次
p.3
6.1 検査および診断の種類 ..............27 6.2 実施対象 ..........................27 6.3 注意点 ............................27 7. 胎児評価法 ............................28
7.1 胎児心拍数モニタリング ............28表14 胎児心拍数図波形の定義28
図2 胎児心拍数モニタリングによるノンストレステスト
30 図3 胎児心拍数モニタリングによるコントラクション・ストレステスト
30 7.2 超音波断層法 ......................29表15 Biophysical Profile Score(BPS)の判定基準31
図4 臍帯動脈逆流(超音波ドプラ血流計測) 31
7.3 超音波ドプラ血流計測 ..............29 7.4 胎児評価法の限界 ..................29 7.5 胎児心疾患のスクリーニング ........29図5 正常な胎児心臓超音波検査図のシェーマ32 8. 産後の管理,産褥,いかにして循環器科に移行するか ............................32
8.1 分娩~産褥の生理と管理 ............32 9. 感染性心内膜炎 ........................33表16 基礎心疾患別リスクと予防的抗菌薬投与34
表17 感染性心内膜炎リスク患者における,各手技と予防的抗菌薬投与
34 9.1 頻度,予後 ........................33 9.2 治療 ..............................35 9.3 予防 ..............................35表18 抗菌薬の標準的予防投与法35 10. 妊娠中の薬物療法 ......................35表19 妊娠総合評価の定義36
表20 授乳総合評価の定義36表21 妊娠中の薬物療法(抗凝固薬) 36表22 妊娠中の薬物療法(降圧薬) 38表23 妊娠中の薬物療法(利尿薬) 40表24 妊娠中の薬物療法(抗不整脈薬) 40表25 妊娠中の薬物療法(肺高血圧薬) 42表26 妊娠中の薬物療法(抗心不全薬) 42表27 妊娠中の薬物療法(その他) 43
11. 心疾患の重症度と望ましい管理施設基準 ..43表28 中等症の心疾患患者における妊娠・出産の管理を
行うための循環器を専門とする施設の基準
43 第2 章基礎心疾患別の病態44 1. 先天性心疾患 ..........................44
1.1 非チアノーゼ性心疾患(非手術例) ....44 1.2 非チアノーゼ性心疾患(修復術後) .... 46 1.3 チアノーゼ性心疾患(修復術後) ......48 1.4 チアノーゼ残存例 ..................49表29 チアノーゼ性先天性心疾患患者の妊娠に関する母体・胎児の合併症
50 表30 Eisenmenger 症候群患者が妊娠継続する場合の
注意点
51 1.5 Fontan 術後 ........................51表31 妊娠中における正常循環とFontan 循環の心血管応答の比較
p.4
表32 Fontan 術後患者の妊娠・出産報告53
2. 肺高血圧症 ............................54表33 再改訂版肺高血圧症の分類(ニース分類[2013 年])
54 2.1 妊娠時の肺高血圧症の発見・発症・鑑別 ..............................55 2.2 妊娠・出産の管理 ..................55表34 第1 群(CHD に伴うPAH)の臨床分類56 2.3 治療薬 ............................57 3. 弁膜症 ................................58
3.1 各弁膜症と人工弁置換術後 ..........58 3.2 抗凝固・抗血小板療法 ..............60表35 FDA による妊娠時の薬剤使用カテゴリー61
図6 機械弁置換術後の抗凝固療法63
4. Marfan 症候群とMarfan 類似疾患 ........63
4.1 病態 ..............................63 4.2 妊娠・出産 ........................64表36 Marfan 症候群患者における妊娠・出産の注意点64 4.3 高安動脈炎 ........................64表37 高安動脈炎患者における妊娠・出産の注意点65 4.4 先天性大動脈縮窄症 ................65表38 未修復大動脈縮窄症患者における妊娠・出産の注意点
65 表39 大動脈縮窄症修復術後患者における妊娠・出産の
注意点
65 5. 心筋症 ................................66
5.1 肥大型心筋症(HCM) ................66 5.2 拡張型心筋症 (DCM) ................67 5.3 周産期心筋症(産褥心筋症) ..........67表40 周産期心筋症の国別比較68 6. 不整脈 ................................68
6.1 種類と頻度 ........................68図7 10 万妊娠あたりの不整脈が原因で入院した患者数
69 6.2 器質的心疾患を合併した場合の不整脈 ............................69 6.3 不整脈治療 ........................69 6.4 不整脈の管理 ......................70 7. 虚血性心疾患 ..........................71
7.1 妊娠中の虚血性心疾患(急性冠症候群)の発症 ............................71 7.2 虚血性心疾患合併妊娠 ..............72 7.3 虚血イベント予防 ..................73図8 妊娠に伴う虚血性心疾患への対処73 8. 心不全(共通の病態として) ..............73
8.1 病態 ..............................73 8.2 リスク要因と管理 ..................74表41 心疾患合併妊娠における母体および胎児・新生児のイベント予測因子
75 8.3 治療 ..............................75 9. 高血圧症 ..............................76
9.1 高血圧合併妊娠 ....................76表42 高血圧合併妊娠に対する降圧薬投与の指針77 10. 妊娠中の高血圧症 ......................77表43 妊娠高血圧症候群の名称・定義・分類78
10.1 降圧薬の選択(経口) ..............79表44 妊婦が使用する降圧薬80 10.2 降圧薬の選択(静注) ..............80 10.3 降圧目標 ..........................80 10.4 授乳への影響 ......................80
p.5
11. 下肢静脈血栓症 ........................80
11.1 リスク予測 ........................80表45 妊娠・出産時の静脈血栓症の危険因子81
表46 妊娠,産褥期における静脈血栓症のリスク分類81
11.2 診断 ..............................81 11.3 予防 ..............................81 11.4 治療 ..............................82
第3 章産科的管理の注意点83 1. 避妊法 ................................83
1.1 避妊を指導する時期 ................83 1.2 避妊法 ............................83表47 各種避妊法と1 年間の推定妊娠率84 2. 不妊症と不育症 ........................85
2.1 不妊症 ............................85図9 ART を施行した女性における妊娠率・生産率・流産率(2014年度)
85 表48 不妊症の女性に関する問診項目86表49 不妊症の原因探索のための初期スクリーニング検査
86 図10 不妊治療のアルゴリズム87
2.2 不育症 ............................88図11 不育症の原因とその割合88
表50 不育症の原因検索と対策89
3. 母体の循環病態が胎児に与える影響 ......88
3.1 チアノーゼ ........................89 3.2 循環不全 ..........................89 3.3 Fontan 循環 ........................89 3.4 体外循環 ..........................89 4. 妊娠継続可否の判断 ....................89
4.1 母体からみた判断 ..................90 4.2 早期娩出児の予後 ..................90 5. 子宮収縮のコントロール ................90
5.1 子宮収縮抑制 ......................90表51 各種子宮収縮抑制薬の投与方法と禁忌91
表52 各種子宮収縮抑制薬使用の際に注意すべき副作用91
5.2 子宮収縮促進 ......................93表53 オキシトシンの副作用94
表54 オキシトシンの禁忌94表55 プロスタグランジンの副作用95表56 プロスタグランジンの禁忌95
6. 分娩法の選択 ..........................95
6.1 分娩時の循環病態 ..................95 6.2 人工妊娠中絶の様式 ................95 6.3 分娩様式の選択 ....................95表57 帝王切開の適応96 6.4 経膣分娩時の抗菌薬使用 ............96表58 抗血栓療法中の妊婦における区域麻酔97 6.5 麻酔 ..............................96 7. 分娩時の麻酔 ..........................96
7.1 必要性 ............................96 7.2 適応と禁忌 ........................96 7.3 麻酔前評価 ........................97
p.6
7.4 硬膜外無痛分娩の方法 ..............97 7.5 帝王切開における麻酔法選択 ........98表59 心疾患合併患者の帝王切開における麻酔法選択の
注意点
98 第4 章侵襲的な治療99 1. カテーテル・インターベンション ........99
1.1 カテーテルバルーン弁形成術 ........99表60 大動脈弁狭窄症に対するバルーン弁形成100 1.2 カテーテル心房中隔欠損閉鎖術 .... 100 2. 妊娠中の心臓血管外科手術,補助循環 .. 100
第5 章将来的な研究の方向性101
表61 心疾患女性の妊娠・出産に関する,今後の研究の方向性
101 第6 章心疾患をもつ患者さんとご家族のための,妊娠・出産の手引き102
表62 心疾患をもつ患者さんとご家族のための,妊娠・出産に関する手引き
103 付表 心疾患患者の妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライン:班構成員の利益相反(COI)に関する開示 ........105
文献........................................................................................................106
(無断転載を禁ずる)
推奨とエビデンスレベル
p.7
略語一覧ACC American College of Cardiology米国心臓病学会
AHA American Heart Association米国心臓協会APTT activated partial thromboplastin time活性化部分トロンボプラスチン時間ASD atrial septal defect心房中隔欠損BNP brain natriuretic peptide脳性ナトリウム利尿ペプチドBPA balloon pulmonary angioplastyバルーン肺動脈形成術
CCS Canadian Cardiovascular Societyカナダ心臓血管学会CHD- PAH congenital heart disease-PAH先天性心疾患を伴うPAH CTEPH chronic thromboembolic pulmonary hypertension慢性血栓塞栓症性肺高血圧CVP central venous pressure中心静脈圧DAPT dual antiplatelet therapy抗血小板薬2 剤併用療法DCM dilated cardiomyopathy拡張型心筋症DOAC direct oral anticoagulant直接作用型経口抗凝固薬DVT deep vein thrombosis深部静脈血栓症
ESC European Society of cardiology欧州心臓病学会
FDA Food and Drug Administration米国食品医薬品局
HCM hypertrophic cardiomyopathy肥大型心筋症HDP hypertensive disorders of pregnancy妊娠高血圧症候群ICD implantable cardioverter defibrillator植込み型除細動器IE infectious endocarditis,infective endocarditis感染性心内膜炎
IPAH idiopathic pulmonary arterial hypertension特発性肺動脈性肺高血圧症mPAP mean pulmonary arterial pressure平均肺動脈圧NSAID nonsteroidal antiinflammatory drug非ステロイド系抗炎症薬NTpro- BNP N-terminal pro-brain natriuretic peptide BNP 前駆体のN 端側フラグメントNYHA New York Heart Associationニューヨーク心臓協会
PAH pulmonary arterial hypertension肺動脈性肺高血圧
PDA patent ductus arteriosus動脈管開存
PEA pulmonary endarterectomy肺動脈内膜摘除術
PPS peripheral pulmonary stenosis抹消肺動脈狭窄
PTE pulmonarythromboembolism肺血栓塞栓症PVOD pulmonary veno-occlusive disease肺静脈閉塞性疾患PVR pulmonary vascular resistance肺血管抵抗値
RCT randomized controlled trialランダム化比較試験SpO2 percutaneous oxygen saturation経皮的動脈血酸素飽和度TAPSE tricuspid annular plane systolic excursion三尖弁輪収縮期移動距離TGF-β transforming growth factor β形質転換増殖因子β
VSD ventricular septal defect心室中隔欠損
WCD wearable cardiac defibrillator着用型自動除細動器
p.8
改訂にあたって
医療の発達の恩恵により,心疾患の予後は著明に改善している.これに伴い,心疾患を有する妊娠可能な女性の数は年々増加している.この数年でとくに大きな変化をみせているのが,これまで成人期に達することの少なかった複雑心疾患の患者群の増加である.すでに臨床の現場では, Fallot 四徴症や大血管転位症などのチアノーゼ型心疾患の術後患者,さらにはFontan 術後患者の妊娠・出産症例に対応する必要性が急速に高まっている.わが国では,心疾患を有する女性の妊娠が総妊娠数の0.5 ~1% に相当し,不整脈などを含めれば,その割合は2 ~3% 程度までに高まるといわれている1, 2).また,新生児医療の進歩に伴い,早期産児の生存率と予後が飛躍的に改善した.このため,妊娠後期の母体の循環への負荷が大きく,合併症が予想される場合は,妊娠を中断して分娩に移行することも可能となっている.妊娠・出産の高年齢化がみられているが,心疾患を有する女性は仮に重症心疾患であっても一般女性と比べて挙児希望が強いことが多く,若い年齢で結婚することも少なくない3, 4).「心疾患患者の妊娠・出産の適応,管理に関するガイドライン」の初版は,このような医療環境の変化が現れ始めた2005 年に作成された.当時,国内における心疾患患者の妊娠・出産管理はまだ手探り状態で行われており,適切な妊娠・出産管理のエビデンスもきわめて限られた状況であった.このため初版は欧州心臓病学会(ESC)で刊行されていた心疾患の妊娠・出産に関するエキスパートコンセンサス5–10),単行書11–16)をたたき台に作成された.それまで国内では心疾患を有する女性の妊娠・出産に関する専門家は非常に少なく,妊娠・出産が可能であるにもかかわらず避妊を勧められたり,妊娠・出産が非常に危険であるにもかかわらず,妊娠して重大な合併症を生じたりする事例もみられていた.また,妊娠・出産に際して,適切なカウンセリングや治療を受けられない場合も少なくなかった.この点から,初版は有用であり,広く用いられてきたと考えられる.2010 年には部分改訂が行われ,米国心臓協会(AHA)および米国心臓病学会(ACC)の成人先天性心疾患ガイドライン6),さらに,カナダ心臓血管学会(CCS)の成人先天性心疾患ガイドライン7–10)および単行書11–14)を参考に,国内の実情に応じた妊娠・出産管理,カウンセ
リングについても記載された.
現在,国内では毎年1 万人の患者が成人期に達すると推測されている.妊娠・出産の管理を必要とする女性の年齢は若く,その影響はほかの領域よりも早い時期に現れている.Fallot 四徴症患者の妊娠・出産管理はもちろんのこと, Fontan 術後患者の妊娠・出産管理は多くの施設で喫緊の課題である.さらに肺動脈性肺高血圧,抗凝固療法,不妊治療などついて目覚ましい医療改革が進み,ガイドラインの全面改訂を必要とする状況になった.
幸いにして,これまで日本循環器学会や日本成人先天性心疾患学会を中心として成人先天性心疾患患者の妊娠・出産管理について幅広い討議や教育活動が行われてきたため,本領域の重要性は循環器医にも広く関心をもたれるようになってきている.今回2018 年度の全面改訂版には,これらの課題について可能な限り科学的根拠に基づいた記載を行った.しかしながら,妊娠・出産に関する領域はランダム化比較試験(RCT)を実施することがきわめて難しい領域であり,各エキスパートの経験に基づく根拠に依存せざるを得ないことが多い.最新のAHA/ACC 17–19)やESC 20–22)のステートメント,ガイドラインについても加味しながら,わが国における心疾患を有する患者の妊娠・出産管理に役立つ,現時点で考えられる最善の方策の指針としてこのガイドラインを届けたいと思う.
それぞれの手技・治療法に関する,「推奨クラス」と「エビデンスレベル」は,AHA/ACC のガイドラインと同様に記載法した22)(表1,2).しかしながら,いまだにデータが不十分で,専門家も少ない分野であり,倫理的な問題から前向き研究はほとんど行われていない.したがって,ランク付けが困難なことが多いため,かならずしもすべての項目において記載されているわけではない.
p.9
第1章 総論
1 妊娠・分娩の循環生理:妊娠・ 出産における母体の変化
1.1 循環動態の変化(図1)
23, 24)
心疾患を有する女性の妊娠・出産を考えるうえでは,通常の妊娠・出産における循環動態の変動を理解することが重要である25, 26).妊娠・出産における循環動態の変化は,単に体液循環の変化のみによって引き起こされるものではなく,血液学的変化,呼吸機能の変化,内分泌学的変化,自律神経学的な変化の影響も受ける.通常の妊娠・出産では,これらの変化は巧妙なバランスをとりながら維持されている.すなわち,変化の起こる時期,変化の程度,変化が最大となる時期,最大変化をきたしたときの母体側の反応性などによって,さまざまな適応過程をとっている27–29, 29a, 30–32).
妊娠では,コルチゾール,エストロゲン,アルドステロンなどの増加に伴い,ナトリウム貯留が起こるため,循環血漿量は妊娠4 週頃から増加し始め,妊娠10 週頃より増加傾向が顕著となる.その後は妊娠32 週頃には最大となり,正期に至るまでほぼ一定か,緩やかに増加する.通
常,単胎の場合,循環血漿量は妊娠前の40 ~50% 増加する23, 33–35).この循環血漿量の増加は,腎尿細管でのナトリウム再吸収亢進を伴う体内の総ナトリウム量の増大によって引き起こされる.心拍数は妊娠経過とともに増加し,妊娠32 週前後でピークに達し,妊娠前の約20% の増加を示す.一回拍出量は妊娠前期から上昇し,妊娠20 ~24週でピークとなる.これらの変化に伴って,心拍出量も妊娠20 ~24 週にかけて妊娠前の30 ~50% まで増加し,その後は一定の値を保つ34–37).一方,妊娠の経過に伴って,大動脈圧および全身血管抵抗は低下する.とくに子宮,乳房,腎臓などへの血流が増加するため,拡張期血圧が低下する.妊娠後期には増大した子宮による下大静脈の圧迫により,仰臥位で低血圧を引き起こすことがある.肺動脈圧は,肺血流量の増大にもかかわらず,肺血管抵抗の低下により一定を保つ.妊娠中の心機能は,これら前負荷と後負荷の影響を大きく受けているが,通常はその変化に的確に適応している34–39).
分娩中の循環動態は,体位,分娩様式,陣痛,麻酔の程度などから大きく影響を受ける.陣痛に伴う痛み刺激により,交感神経系の緊張が亢進し,心筋収縮力,全身血管抵抗,静脈還流量が増大する.さらに,陣痛に伴う子宮収縮によって,循環血液量が300 ~500 mL 増加する.これら
表1 推奨クラス
クラス I有用性・有効性が証明されているか,見解が広く一致しているクラス II有用性・有効性に関するデータあるいは見解が一致していない場合がある
クラス IIaデータ・見解から有用・有効である可能性が高い
クラス IIbデータ・見解から有用性・有効性がそれほど確立されていないクラス III有用・有効でなく,ときに有害と証明されているか,否定的見解が広く一致している表2 エビデンスレベル
レベル A複数のランダム化介入臨床試験やメタ分析で実証されたものレベル B単一の無作為介入臨床試験や,ランダム化介入でない臨床試験で実証されたものレベル C専門家の意見,ケース・スタディ,標準的治療などで意見が一致したもの
p.10
によって,心拍出量は15 ~25% 増加し,一過性に心拍数や血圧は上昇する25, 26).仰臥位では,増大した子宮が腹部大動脈と下大静脈を圧迫するため,多少でもリスクのある心疾患合併妊婦の陣痛管理には左側臥位が好ましい.分娩進行時の怒責は,循環動態の急激な変化の原因となるため,少なくともNYHA 心機能分類II 度以上の妊婦は,硬膜外麻酔などの麻酔分娩の適応とされている27–30).
分娩時の母体出血量は経膣分娩で500 mL 程度(帝王切開では約2 倍)であり,妊娠中にもたらされた循環血漿量の増大で補われる範囲である.分娩直後は子宮による下大静脈の圧迫が解除され,急激な静脈還流の増加が起こる.分娩直後,一過性に増加した心拍数や血圧は,娩出後10分程度で元のレベルに戻る.増加していた心拍出量は,分娩後1 時間以内に10 ~20% 低下する.妊娠中に増加した循環血漿量のため,分娩後は一過性に容量負荷の状態をきたす.分娩後,循環動態が正常化するまでには約4 ~6 週間かかるといわれている25, 26).これらの急性変化は分娩直後の心機能にも影響を及ぼす可能性がある38, 39).
1.2 血液学的変化
妊娠前期から中期にかけて,赤血球容量の増加以上に循環血漿量が増加するため,ヘモグロビン値やヘマトクリット値が低下し,相対的貧血状態となる.腎臓でのエリスロポエチン産生亢進によって増加した赤血球は,より厚く球状に変化し,胎盤の通過に適した形態へと変化する25).白血球数は好中球を主体に増加し,平均9,000 ~11,000/mm3となり,妊娠末期には18,000/mm3 程度まで上昇することがある.分娩時は平均13,000/mm3 である.血小板数は軽度減少することがあるが,正常値以下まで低下することはない.妊娠後期には,血漿フィブリノーゲン,von Willebrand 因子,第V,VII,VIII,IX,X,IX 因子が増加し活性化される.このため,妊娠期間中は,血栓・塞栓症のリスクが高くなる25, 26, 40, 41).血栓症のリスクのある患
図1 妊娠に伴う循環動態の変化(Robson SC, et al. 1989 23),Johnson M, et al. 2016 24)より作図)
100 90
80 70
60 50 4 8 12 16 20 24 28 32 36 120 115
110 105
100 95
90 85
80 4 8 12 16 20 24 28 32 36
8 7 6 5 4
3 2 4 8 12 16 20 24 28 32 36 4 8 12 16 20 24 28 32 36
妊娠前出産後妊娠前出産後
妊娠前出産後妊娠前出産後
1,500 1,400 1,300 1,200 1,100 1,000
900 800
700 600
A.心拍数(拍/分) B.収縮期血圧(mmHg)
C.心拍出量(L/分) D.体血管抵抗(dyne•秒•cm‒5)
(拍/分)
(L/分) (週)
(週) (週)
(週)
(mmHg)
(dyne・秒・cm-5)
p.11
者や,血栓形成により重大な合併症(脳塞栓や肺塞栓など)を起こすリスクのある患者では,とくに注意が必要である.
1.3 呼吸機能の変化
妊娠中の呼吸生理機能は,母体の呼吸状態および胎盤における母体―胎児間のガス交換を反映する.妊娠の進行に伴い胸式呼吸から腹式呼吸へと変化する.予備吸気量,一回換気量,肺活量は増加するが,予備呼気量,残気量は減少する.安静呼気時の肺容量(機能的残気量)は,妊娠子宮による横隔膜の上昇により低下する.一方,吸気容量は増加するため全肺気量はほとんど変化しない.妊娠中の内分泌学的変化により末梢気管支は拡張するが,主気管支の拡張性が変化することはない.妊娠前期より,プロゲステロンの呼吸中枢に対する直接作用として分時換気量を増加させ,妊娠末期にかけて増加していく酸素消費量に対応する.呼吸数の増加,および酸素消費量の増加を上回る心拍出量の増加による動静脈酸素分圧較差の低下によって,動脈血酸素分圧は上昇する.呼吸数の増加と二酸化炭素分圧の低下は,腎臓での重炭酸の排出を促進させ,代償性呼吸性アルカローシスとして血中pH は正常域に維持される.妊娠後期には労作時の分時換気量と酸素消費量は最大となるが,予備呼吸量は維持されるため,労作が制限されることはない.動脈血酸素分圧は肺胞レベルの換気量増加によって上昇する.一方,動脈血二酸化炭素分圧は低下し,胎盤レベルでの胎児から母体への二酸化炭素の移動が促進させる25–27).
1.4 血管壁の変化
妊娠中はエストロゲンやエラスターゼの影響で,血管壁の構造にも明らかな変化が生じ,その脆弱性が増す.大動脈壁の中膜には,細網線維の断裂,酸性ムコ多糖類の減少,弾性線維配列の変化,平滑筋細胞の増殖と過形成が認められる.これらの変化により,妊娠中の大動脈径は軽度増加し,動脈壁のコンプライアンスは低下する.一方,これらの変化は大動脈壁の脆弱性を増加させるため,上行大動脈拡大を伴うMarfan 症候群などでは,大動脈解離を引き起こす危険性がある42–44).
2 妊娠前の検査項目
妊娠年齢の心疾患女性が,妊娠・出産時の変化に十分に適応できるかどうか,妊娠前に予測する必要がある.その
ため肺動脈圧,心室機能,大動脈径,チアノーゼ,NYHA心機能分類などを把握することは,母体・胎児の合併症を予測するうえで重要である.これらの評価を行うための妊娠前検査には,病歴,診察,胸部X線,心電図,心臓超音波などが含まれ,必要であれば,心臓カテーテル検査も行う.心機能の予備能が低下していると考えられる場合(NYHA 心機能分類II 度以上の場合,あるいはI 度でも左室駆出率が低下している場合や,大動脈弁狭窄の場合など)は,心肺運動負荷テストを行う.運動負荷テストは,妊娠後期と同様の循環動態に対応できるか判定できるため,心機能の予備能の客観的評価法として有用である45, 45a).不整脈を認める場合は,ホルター心電図記録を行う.また,大動脈拡張を生じやすい疾患(Marfan 症候群など)で,大動脈の評価が十分でない場合は,心臓MRI や心臓CTなどを行う46).これらの検査所見を組み合わせて,妊娠リスクを予測し,患者と妊娠について十分に話し合うことが重要である.(第1 章5. 妊娠中の血行動態評価を参照のこと)
3 妊娠カウンセリング
3.1 心疾患をもつ女性の妊娠カウンセリング
3.1.1 情報提供の原則
心疾患患者の妊娠・出産時の問題点,安全性などについては,妊娠前にカウンセリングを行うことが望ましい17, 47).妊娠前カウンセリング(pre-pregnancy counselling, preconception counselling)は,妊娠可能年齢である思春期以降,たとえば中学生頃から心臓定期検診で親とともに外来受診をするときなどを利用して,シンプルなコメントから開始するとよい47).女子学生を対象とするわけであるから,個々の性格や日常生活環境などを考慮しつつ,最初は「妊娠に耐えられる心臓であるかどうかを調べてから妊娠へ,という順序である」ことを教育する.毎年,定期検診のたびにその一言を伝え続けておくことや,同席している親も,ともに共有していくことが大切である.やがて,成人年齢に達する頃には,1 人で定期心臓外来の受診をするようになるので,通常の心臓の状態を説明するのに加えて,妊娠を考える場合のプランを説明するとよい.心臓カテーテルレベルの精査評価をしておいてから妊娠へのス
p.12
テップが望ましいか,あるいはその手前の段階の検査,たとえば心エコーやホルター心電図記録,運動負荷試験, MRI などの非侵襲的な検査でよいか,具体的な検査についての情報を提供する.なおかつ,次回の定期検診までに妊娠を考える可能性がある場合には,早めに診察,相談に来るように話をしておく.そして,本格的な結婚前,結婚後などでの妊娠前カウンセリングへと進んでいく.ここでのカウンセリングの内容は,まさしく挙児希望の患者を前にして,妊娠・出産における母体の心疾患に関係するリスクと産科的リスク,胎児リスク,遺伝,将来的展望(母体の心疾患患者としての寿命,就労復帰,経済的自立,保険,社会心理的展望も含む),性行為,育児問題など,具体的になってくる.表3 に妊娠前カウンセリングのポイントを示す17).
これらポイントをつねに念頭において,まず患者本人,次に本人がもっとも話を聞いてもらいたいと判断する人(夫・パートナー,家族など)とともに,何度も繰り返し説明し,確認し,情報を共有する.心臓の観点のみならず,産科的・麻酔科的観点からも分娩はいかなる方法となるか,麻酔法や無痛分娩に関する情報,妊娠中はどれくらいの頻度で診察が予定されるか,産科の診察と心臓の診察は同日か,頻度も同じかどうか,入院時期はいつ頃かなどの細部にわたる疑問についても,とくに初回妊娠の場合は時間をかけてわかりやすく繰り返して説明する.2 回目以降の妊娠では,前回妊娠中の経過を体験しているために,自己管
理の点において患者の理解を得やすい.しかし,第1 子の世話をしながら,「第2 子の方が楽である」という一般通念に家族ともどもとらわれた結果,日常生活で無理をしてしまうことが多く,前回に比べて疲労感や動悸などを強く自覚する傾向がみられる.中等度以上のリスクをもつ患者では,世間一般の考えとは逆に,妊娠回数が増えるほど,心機能維持に対するより注意深い配慮が必要となることを,家族にも理解してもらう.
心疾患合併妊娠は,小児期から先天性心疾患で,経過観察中の患児が妊娠年齢に達する場合と,先天性あるいは後天性心疾患が妊娠時に初めて診断される場合とにわけられる.後者では,結婚の前後になって初めて,妊娠に関するカウンセリングが行われることが多い.しかしながら,小児期から経過観察がなされている場合には,妊娠可能年齢となる前後の適当な時期に,生活環境や性格などを十分配慮したうえで,「妊娠した場合」,「避妊する場合」さらには「中絶が必要となった場合」などについて,教育を始めることが重要である.カウンセリングを開始する時期を明示することは困難であるが,日本の性的環境を考えると,たとえば,中学校在学中にカウンセリングを開始する意義は十分にあると考えられる.定期受診の際に,母親(あるいは父親)が同伴しているときは,家族全員で考え,情報を共有することが可能となるため,妊娠に関するカウンセリングを行うよい機会となる.ただし,重要なことは,実生活において妊娠は「許可する・しない」という次元の問題ではなく,本人を中心とした世界で決定されるということである.この原則を自然に受け入れたうえで,生命の危険を伴うほどの高リスク妊娠,あるいはリスクを無視して妊娠を希望する場合など,理想とはいえない状況でのカウンセリングにも対応する.そのためにも,基本路線をガイドラインにより知っておく必要がある.さらに,個々の状況で調整,変則法が生じることは必然であろう.
妊娠後に初めて心疾患が指摘された場合には,心雑音,心電図異常,不整脈などをきっかけに,産科から循環器科へと紹介されることが多く,ここからカウンセリングが開始されることとなる.この時点で可及的速やかに,正確な診断をする必要がある.本人,夫・パートナー,家族らにとって,驚きとショックは大きいため,わかりやすい説明を繰り返し行うなどの配慮を要する.また,心理的なケアも重要である.
カウンセリングは,循環器担当医と産科医が中心となって進められるが,必要に応じて,心臓血管外科医,麻酔科医,集中治療室担当医,新生児科医ら,さらに可能であれば妊婦,遺伝といった専門分野のカウンセラーや,助産師,
表3 心疾患患者に対する妊娠前カウンセリングのポイント
1 妊娠中のリスク
・ 母体の心臓リスク・ 母体の産科的リスク・ 胎児のリスク2 産褥~育児期における母体のリスクと注意点
・ 睡眠不足の影響・ 母乳栄養か人工乳か混合栄養か,これらが母体心臓に与える影響・ 育児のサポート,保育園などをどの程度必要とするか3 母体の将来的心臓予後に与える妊娠の影響4 母体の総合的寿命5 遺伝6 母体の薬剤調整7 母体の心臓と全身状態(就業による疲労のチェック) の調整8 妊娠にむけての計画立案
※不妊の場合:不妊治療時の注意点など※避妊の場合:安全で効果のある方法を検討(Elkayam U, et al. 2016
17)より改変) ©(2016) by the American College of Cardiology Foundation, with permission from Elsevier. https:/ /www. sciencedirect.com/journal/journal-of-the-american-college-ofcardiology
p.13
看護師の参加協力がなされ,チームとして各専門領域からの情報提供や相互理解が確認されていく.患者も含め,とくに専門領域間で情報を懇切丁寧に交換することは,非常に大切である.循環器担当医からの情報提供は,基礎心疾患の診断名と循環動態の現状報告だけでは不十分である.既往手術の術式と説明,内服薬,予測可能な心負荷のパターン,不整脈とその対処法,長年の経過観察によればこそ把握できる患者の性格や心理状態,今回の妊娠が今後の心疾患の予後に与える影響,出産時同時避妊手術に関する検討などにわたり,細やかな連携を展開するうえでの情報発信源となる必要がある.
3.1.2 妊娠リスク評価
医学的にもっとも重要なカウンセリング内容は,妊娠リスク評価17)である.想定されるあらゆるリスクについて正確に把握し,それに対する最善の戦略を確立する必要がある.そして,患者と家族が理解・納得し,おおまかなイメージを形成できるように導き,医療側と患者側が協力して妊娠経過が進められるように努める.
リスク評価法について種々の研究がなされてきたが,現在のわが国の心疾患診療の実情においては,modified World Health Organization(WHO)分類48, 49)を基本とし,これにわが国の現状を加味した概念がもっとも適切であると考えられる(表4).[レベルC]リスク評価のためのスコアリングは,対象とする母体の疾患の種類や医療事情の違い(国家間の差異)などにより,わが国の実情と合致しないことがあるため,わが国ではまず表4 の日本版modified WHO 分類でリスクを位置づけ,必要に応じ,CARPREG II リスクスコア29a)(表5),ZAHARAリスクスコア50)(表6)を適応させると,総合的に,より広い視野でのリスクが把握できる.そして,各施設における経験度や専門性を加味することで,その医療施設での管理可能な症例,リスクランクが客観的かつ現実的にまとめられる.[クラスIIa]
また,現在はその次の段階として,欧州を中心としたthe registry on pregnancy and cardiac disease(ROPAC)
51)を
はじめとする症例登録制度を強化し,臨床像を具体化する統計情報のみならず,種々の多施設研究,さらに真の高リスク患者を対象としたリスク評価や管理に特化した研究も始められている52–55).すなわち,先天性心疾患のなかでも複雑型に対する高度な修復術後(Fontan 術56)など),比較的単純型を対象とするが,そのなかでも高リスクとなる要素をもつ場合(例:心房中隔欠損[ASD]の術後で肺動脈性肺高血圧症57))の妊娠である.[レベルC] 3.2 心疾患をもつ男女共通の問題点
先天性心疾患患者の調査では,既婚率は女性のほうが男性よりも高い3).心疾患患者,とくに女性の結婚年齢は一般女性と比較すると若いとする報告もあるが,近年は結婚前にまず就職を考える女性が増加しているため,結婚・妊娠後に疾患の悪化する可能性を考慮しつつも,社会人としての背景も念頭にいれて,個々の人生設計を立てることが多い.男性は,妊娠・出産時のリスクはないが,それ以外の問題点では女性と共通することが多い.
3.2.1 性行為,妊娠のしやすさ
重症心疾患であっても,一般と変わらず,男女ともに性行為は可能である58).心疾患をもつ女性に避妊が必要になることがあるのは,性行為自体が危険だからではなく,妊娠後の妊娠継続・出産,出産後のリスクが高いからである.心疾患患者は,性行為に積極的でない場合が多い.この原因の1つは,性行為や妊娠・出産に関する適切なカウンセリングを受けていないためである.
基本的には,先天性心疾患の女性は,健常者と比べて,月経の周期,月経持続期間,出血量,安全性などに差はみられない.しかし,チアノーゼ性心疾患や外科手術回数が多い先天性心疾患では,月経異常や無月経の頻度が高いとする報告もある59).また,チアノーゼのある女性は月経の出血量が多い.非チアノーゼ性先天性心疾患では,妊孕能(妊娠のしやすさ)は健常者と同様であるが,Fontan 術後やチアノーゼ性先天性心疾患では,月経異常と妊孕能の低下が指摘されている59–61).
3.2.2 遺伝
心疾患をもたない親から心疾患を有する子が生まれる頻度と比べて,親子間での心疾患の繰り返し頻度は高い.母親が心疾患をもつ場合は,父親の場合よりも高率となる.多くは多因子遺伝によるとされており,飲酒や喫煙,向精神薬の内服などの,既知の要因に対する注意喚起も必要である.(第1 章3.5 遺伝カウンセリングを参照のこと).
3.2.3 育児/ 社会生活/ 保険
心疾患女性は,出産後に心不全や不整脈などを併発したり,心臓の状態が悪化したりすることがある.このため,出産後しばらくのあいだ,育児を行うことが難しい場合がある.中等症以上の心疾患をもつ女性の場合は,出産年齢は30 歳代よりも20 歳代のほうが,また,出産回数が少ないほうが,より妊娠・出産に耐えられる58).心疾患男性の
p.14
場合も,中等症以上では,育児参加が十分にできない場合がある.さらに,再手術,心不全,不整脈などによる治療や入院も,加齢に伴い増加する62, 63).一般家庭では,男性が家庭の経済的な役割を担うことが多いため,社会的・経済的側面を考慮すると,中等症以上の心疾患男性も,高齢で子どもをもつことは望ましくない.また,心疾患がある場合,生命保険や疾病保険に入れない場合も多い62).
3.3 禁忌疾患/ 病態
疾病に対する何らかの治療介入とは異なり,妊娠という人間の営みについて禁忌という言葉を用いることには議論
があるかもしれない.しかし,母体のリスクを考慮した場合,避けることが望ましい,あるいは推奨できない疾患や病態が存在することは確かである.
心不全患者における妊娠のリスク評価を考えるとき,ニューヨーク心臓協会(NYHA)の心機能分類が用いられることが多い(表7)
64).比較的安全と考えられているII
度以下では,妊娠・出産が可能であることが多いが,それでも死亡例がみられるので,NYHA 心機能分類のみで予後を推定し,絶対的な判断を下すことは危険である.個々の病態をしっかりと把握して,リスクを検討し,患者と情
表4 modified WHO 分類を用いた母体心血管リスク評価(わが国独自の内容を追加)
modified WHO分類妊娠リスクカテゴリー母体の危険因子modified WHO クラスI
母体死亡リスクの増加なし母体罹病リスクなし,あるいは軽度増加単純型の軽症肺動脈狭窄,PDA,僧帽弁逸脱
良好な修復術後である単純型先天性心疾患(ASD,VSD,PDA,肺静脈還流異常)単発性の心房あるいは心室期外収縮
modified WHO クラスII(妊娠していなければ問題とならないレベル)
母体死亡リスクの軽度増加母体罹病リスクの中等度増加未修復のASD,VSD
Fallot 四徴症心内修復術後ほとんどすべての不整脈
modified WHO クラスII~III(個々の状態による)
母体死亡リスクの中等度増加母体罹病リスクの中等度増加軽度の左心室機能低下
HCM自己弁あるいは生体弁の弁膜症でWHO 分類I かIV 以外Marfan 症候群(大動脈拡大なし)大動脈二尖弁を伴う大動脈疾患(大動脈径<45 mm)大動脈縮窄症術後
modified WHO クラスIII
母体死亡リスクの有意な増加母体の重症罹病リスクの有意な増加※ 妊娠禁忌まではいかないが,個々の状態によりWHO 分
類IV と同等のこともある.熟練した専門家のカウンセリングが必要.継続の場合は,妊娠全経過中,分娩,産褥期と,心臓・産科ともに集中かつ専門的経過観察が必要機械弁(わが国ではWHO クラスIV)
体心室右室Fontan 術後未修復のチアノーゼ性心疾患(チアノーゼの程度による)その他の複雑型先天性心疾患Marfan 症候群(大動脈径40~45 mm)大動脈二尖弁を伴う大動脈疾患(大動脈径45~50 mm)
modified WHO クラスIV
きわめて高い母体死亡リスクきわめて高い母体の重症罹病リスク~妊娠禁忌~ ※ 妊娠したら人工妊娠中絶を検討すべき.継続の場合はク
ラスIII に準ずる肺動脈性肺高血圧(いかなる原因でも)
高度な体心室機能低下(LVEF <30%,NYHA 心機能分類III~IV 度)周産期心筋症の既往と左心室機能低下の残存重症僧帽弁狭窄,症候性の重症大動脈弁狭窄Marfan 症候群(大動脈径>45 mm)大動脈二尖弁を伴う大動脈疾患(大動脈径>50 mm)未修復の重症大動脈縮窄症
ASD:心房中隔欠損,HCM:肥大型心筋症,LVEF:左室駆出分画,PDA:動脈管開存,VSD:心室中隔欠損(Thorne S, et al. 2006
48),Regitz-Zagrosek V, et al. 2011 49)を参考に作表)
p.15
表7 NYHA 心機能分類
I 度心疾患があるが,身体活動に制限なし,通常の労作で症状なしII 度心疾患があり,身体活動が軽度に制限される,通常の労作で症状ありIII 度心疾患があり,身体活動が著しく制限される,通常以下の労作で症状ありIV 度心疾患があり,すべての身体活動で症状が出現する.安静時にも症状があり,労作で増強する(Criteria Committee of the New York Heart Association. 1964 64)より作表)
表6 ZAHARA リスクスコア(わが国独自の内容を追加)
母体心血管イベントの危険因子スコア(重量化)不整脈の既往1.5妊娠前の心臓薬物治療1.5 NYHA 心機能分類III 度またはIV 度0.75左室流出路狭窄* 2.5体循環房室弁逆流(中等度以上) 0.75肺循環房室弁逆流(中等度以上) 0.75機械弁4.25チアノーゼ性心疾患(修復術前後を問わず) 1.0 * 平均大動脈弁圧較差 >50 mmHg あるいは大動脈弁口面積<1.0 cm
2 (Drenthen W, et al. 2010
50)を参考に作表)リスクスコアと母体心血管イベント発生率
リスクスコア値母体の心血管イベント発生率
0~0.50 2.9% 0.51~1.5 7.5% 1.51~2.5 17.5% 2.51~3.5 43.1%
>3.51 70.0%
報共有する必要がある.Perloff とKoos は,母体死亡率はI ~II 度で0.4%,III ~IV 度で6.8%,胎児死亡率はIV度で30% と報告している65).
妊娠の際に厳重な注意を要する,あるいは妊娠を避けることが強く望まれる心疾患・病態としては,表8 に示すものがあげられる66–68).これらは,母体・胎児ともに死亡率や罹病率からみて,妊娠の継続や出産が悪い結果を生み出す可能性がきわめて高いと考えられる.妊娠が判明した場合,話し合いによって中絶をすすめることが多いが,妊娠を継続する場合には,高いリスクを十分に伝えたうえで,厳重な注意・管理のもと妊娠を継続するほかない.
表5 CARPREG II リスクスコア(わが国独自の内容を追加)
危険予測因子点数
妊娠前の心血管イベント(心不全,狭心症,不整脈,脳虚血発作) 3 NYHA 心機能分類III 度またはIV 度,あるいはチアノーゼ(SpO2 <90%) 3機械弁置換術後3体心室機能低下(LVEF <40%) *1 2高度左室流入路弁あるいは流出路狭窄*2 2肺高血圧の合併2冠動脈疾患の合併2高度のAortoparthy 2過去に治療介入を受けていない病変1妊娠評価の受診が遅れた患者1 *1 心筋症の項も参照(とくにHCM,拘束型心筋症,周産期心筋症) *2 心臓超音波検査で僧帽弁有効弁口面積<2 cm
2,大動脈弁口面積<1.5 cm 2,最大左室流出路圧較差>30 mmHg (Silversides CK, et al. 2018
29a)を参考に作表)リスクスコアと母体心血管イベント発生率
リスクスコア値予測される母体心血管
イベント発生率
0~1 5%
2 8%
3 15%
4 20~25%
5 以上40~45%
p.16
3.4 避妊法
成熟女性は誰でも妊娠する可能性がある.成熟していれば未婚・既婚は問わない.年齢や社会的条件にも左右されない.妊娠は許可されて行うものではない.まして,禁止できるものではない.
現在のような個人の価値観の多様性が認知されている社会において,避妊に関するカウンセリングでもっとも重要なことは,母体のリスクによる根拠のみから判断するということであり,カウンセリングを行う人あるいは受ける人の個人的観念にとらわれないということである.
避妊を行うか否か,妊娠・出産を希望するならば,いつ妊娠をするか,時間的に疾患の治療を先行させるか,妊娠・出産を先行させるかなど,以下の項を参照し具体的方法を決定する.
なお,Thorne らは,心疾患合併の妊娠・出産のリスクを4 段階にクラス分類している69).また,WHO は,ある避妊法が,ある疾患合併女性に対して適合しているか否かを4 段階にクラス分類している.これらのクラス分類により,どの疾患の女性に対して,どの避妊法を推奨するか参考のうえ検討することができる.
3.4.1 避妊方法の選択
永久不妊方法として,卵管結紮による永久不妊術がある.妊娠の可能性を残すものとしては,子宮内避妊器具,低用量避妊薬,古典的バリア法がある.また,パートナーの避妊法として,精管結紮による永久不妊術やコンドーム法などがある.それぞれに利点, 欠点があるため,避妊方法に関する詳細は,第3 章1. 避妊法に譲る.
3.4.2 避妊法について,疾患面から考慮する事項
以下の5 項目について考慮する. 1 妊娠が危険とされている疾患あるいは状態か否か2 疾患が進行性か慢性的か3 現在の状況と,将来予測される状況を比較して,どち
らがよりよいか4 投薬や手術により疾患の状態が改善する可能性がある
か否か5 機械弁置換術後などでワルファリンを使用しているか
否か
3.4.3 避妊法について,社会的な面から考慮する事項
以下の6 項目について考慮する. 1 年齢2 既婚か未婚か,未婚の場合は定まったパートナーの存
在,結婚の予定の有無3 生活の安定性3 本人の職業5 生活地域,管理する医療機関との距離6 現在の子どもの数,将来希望する子どもの数
3.5 遺伝カウンセリング
心疾患患者の妊娠においては,心疾患の親子間の繰り返しの可能性など,遺伝学的な知識を正確に伝える必要があり,遺伝カウンセリングの重要性は増している.遺伝カウンセリングを行うにあたっては,対象者本人の自己決定権の尊重,わかりやすい十分な説明の実施,未成年者への配慮,得られた情報の守秘義務の遵守など,基本的人権に関与する事象への慎重な対応が強く求められる.また,遺伝カウンセリングでは,クライエント(遺伝カウンセリングを受ける人)の意思決定を誘導するのではなく(非指示性),意思決定の手助けをする姿勢(支援的態度)が求められる.そのため,心臓血管疾患の遺伝カウンセリングは,遺伝学・心臓病学・疫学の十分な知識と経験をもち,カウンセリング一般の基礎的技術を身につけた習熟したカウンセリング担当者によって行われることが望ましい.カウンセリング担当者はかならずしも医師である必要はないが,当該心臓血管疾患の診療に習熟した専門医との十分な連携が不可欠である.また,染色体異常/ 遺伝子異常症候群を合併した成人先天性心疾患患者には,知的障害や精神疾患の合併も多く,理解力を考慮した適切な説明,および親・配偶者・ソーシャルワーカーなどのキーパーソン同席での説明が必要である.
遺伝カウンセリングの原則は,遺伝関連 10 学会が提案した「遺伝学的検査に関するガイドライン(2003)」70),日本医学会の「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン(2011)」71),また,心疾患系疾患における遺伝カウンセリングのさまざまな留意点は,日本循環器学会の
表8 妊娠の際に厳重な注意を要する,あるいは妊娠を避け
ることが強く望まれる心疾患• 肺高血圧症(Eisenmenger 症候群) • 流出路狭窄(大動脈弁高度狭窄平均圧>40~50 mmHg) • 心不全(NYHA 心機能分類III~IV 度,LVEF <35~40%) • Marfan 症候群(上行大動脈拡張期径>40 mm) • 機械弁• チアノーゼ性心疾患(SpO2 <85%) (Therrien J, et al. 2001 66),Therrien J, et al. 2001 67),Therrien J, et al. 2001 68)より作表)
p.17
「心臓血管疾患における遺伝学的検査と遺伝カウンセリングに関するガイドライン(2011 年改訂版)」
72)に詳細が記
載されているので参照されたい.
3.5.1 遺伝的要因
わが国における先天性心疾患の発生頻度は生産児の1.06% であり73),新生児死亡の原因となる先天性疾患のなかではもっとも頻度が高い.その成因による内訳は,染色体異常(8.2%)や遺伝子病(4.7%)などの遺伝要因によるものが全体の約12.9%,母体の全身疾患,胎内感染,催奇形因子など環境(外的)要因によるものが0.5% であり,残りの86.7% は成因不明の多因子遺伝(多くの先天性心疾患)によると報告されている74).純粋にメンデル遺伝のみで説明できる先天性心疾患は一部であり,大半は胎内での形態形成,生後の発達・発育,加齢に伴う環境要因によって疾患遺伝子の関与の程度が左右され,表現型の多様性と深くかかわっていることが明らかになってきた75).
一方,近年のゲノム医学ならび遺伝子改変マウスを用いた発生工学の目覚ましい発展により,多くの遺伝性先天性心疾患の責任遺伝子が明らかになってきた.その代表的な疾患と,表現型および疾患遺伝子を表 9 に示す74–78).各疾患の臨床像や妊娠・出産における問題点に関しては,第2 章 基礎心疾患別の病態を参照されたい.
3.5.2 環境要因
先天性心疾患の成因として,妊娠中の胎児および母体の環境要因も重要である(表10)
79).妊婦の喫煙は児の
VSD,Fallot 四徴症,ASD,完全大血管転位症の発症の危険因子であることが,妊婦の飲酒は中枢神経系の障害を伴う胎児性アルコール症候群の発症と関連することが報告されている74, 80).また,妊娠早期の風疹ウイルス感染 や,血糖値のコントロールが不良な糖尿病も危険因子である81).全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus: SLE)やシェーグレン症候群に罹患した妊婦では,抗SSA,抗SSB 抗体が経胎盤的に移行して児に高度房室ブロックが発症することがあり,治療として 1 度房室ブロック段階での母体へのステロイド投与が推奨されている82, 83) . フェニルケトン尿症では,心疾患を発症する危険性があり,妊娠前からの低フェニルアラニン食によるコントロールが必要となる84).また,胎児に先天性心疾患をもたらす可能性のある薬剤として,アンフェタミン,ヒダントイン, トリメタジオン, リチウムが報告されている76, 81).妊婦が摂取するビタミンの過不足も先天性心血管異常と深い関係があり,ビタミンA の過剰摂取は,胎児に心臓流出路障害とともに,中枢神経系,口蓋,胸腺の異常をきたす85).妊婦の葉酸摂取が不足すると,児にVSD な
どの心血管異常をきたすため,食品への葉酸の添加もなされている81).母体の有機溶媒への曝露も,児に房室中隔欠損症,完全大血管転位症,肺動脈狭窄症などさまざまな先天性心疾患をもたらす81).
3.5.3 各疾患群にみられる染色体異常・遺伝子異常
a. 先天性心疾患
先天性心疾患の多くは多因子遺伝と考えられており,メンデル遺伝様式には従わないことのほうが多い.しかし,先天性心疾患をもつ親から生まれる子供たちは,先天性心疾患を繰り返す頻度が高く,一般に比べて3 ~5 倍と考えられている73, 76).さらに,母親が先天性心疾患の場合は,父親が先天性心疾患である場合より2 倍以上高い.このため,心疾患を有する妊婦には,妊娠18 ~20 週に,胎児心エコー法スクリーニングを受けることが推奨される47).
近年,先天性心疾患の原因となる数多くの遺伝子異常が明らかになっているが(表9),先天性心疾患を有する妊婦の場合,子供への再発危険率や可能な遺伝学的検査に関する正確な情報を提供することが重要である.このため,3世代にわたる家系情報(血族結婚,流産・死産の有無)の聴取と,両親の染色体異常を疑わせる身体所見の精査は,基本事項である47).
22q11.2 欠失症候群,Marfan 症候群,Holt–Oram 症候群,Noonan 症候群,Alagille 症候群,Williams 症候群は優性遺伝形式をとり,児が罹患する確率は50% である.
22q11.2 欠失症候群は,先天性心疾患では21トリソミーに次いで2 番目に多く,円錐動脈幹心形成異常(大動脈弓離断,総動脈管遺残症,Fallot 四徴症,肺動脈閉鎖症,大動脈弓異常)の合併頻度が高い染色体異常である.家族内で重症度に差があり,第一世代より第二世代において症状が重く,親の臨床症状が目立たない場合が多い.親に軽症の心疾患,特徴的顔貌,口蓋裂の治療歴,軽度の精神発達遅滞などが認められる場合,22q11.2 の欠失保因者であることが疑われる.そのため,円錐動脈幹心形成異常などの優性遺伝形式をとる心疾患の場合や,家族歴のある妊婦の場合には,児の罹患率を予測するうえで,遺伝学的検査は有用である72, 85).
Marfan 症候群は,結合組織(細胞外マトリックス)異常が原因の遺伝性疾患で,その表現型により診断される.常染色体優性遺伝であるが,25% は遺伝性が証明されず,突然変異で発症したと考えられている71).15 番染色体上(15q21)のフィブリリン1 遺伝子(FBN1)が原因で,変異は1,000 以上報告されており,それぞれの変異は家系や散発例で特徴がある.
p.18
表 9 遺伝子異常および染色体異常による代表的な先天性心疾患
疾患名心血管系異常心血管系以外の表現型疾患遺伝子,
変異蛋白遺伝子座
Alagille 症候群末梢性肺動脈狭窄,肺動脈弁狭窄, Fallot 四徴症,VSD,ASD,大動脈狭窄,大動脈縮窄胆汁うっ滞,顔貌異常,精神発達遅滞,腎形成不全,眼異常,蝶型脊椎JAG1(jagged-1) NOTCH2 20p12 1p12 Barth 症候群DCM,左室緻密化障害神経筋異常,白血球減少,ミトコンドリア代謝異常,精神発達遅滞TAZ(Tafazzin) Xq28
Cat–Eye 症候群左心低形成,総肺静脈還流異常,虹彩裂,鎖肛,耳介変形,小顎症
DGCR duplication 22q11.1 VSD,ASD腎形成異常
CHARGE 連合Fallot 四徴症,房室中隔欠損, Ebstein 病,完全大血管転位虹彩欠失,後鼻孔閉鎖,発達遅滞,腎形成異常, 性器低形成耳介変形,難聴,食道気管瘻CHD7 SEMA3E 8q12.1 7q21.11
Down 症候群房室中隔欠損,VSD,ASD,鎖骨下動脈起始異常顔貌異常,成長発達遅滞,十二指腸閉鎖,鎖肛,気管軟化症,難聴,甲状腺機能低下,筋緊張低下,白血病Multiple Trisomy 21 Duchenne 型筋ジストロフィー心筋症,刺激伝導系障害,僧帽弁逸脱進行性骨格筋萎縮DMD(Dystrophin)Xp21.2
18 トリソミーVSD,PDA,大動脈二尖弁,肺動脈二尖弁子宮内発育遅延,羊水過多,臍帯動脈異常,顔貌異常,精神運動発達遅滞,指の重なり,筋緊張低下Multiple Trisomy 18
Ehlers–Danlos 症候群僧帽弁逸脱,三尖弁逸脱,大動脈拡大,脳動脈瘤,ASD皮膚の脆弱性,皮膚関節過伸展,皮下出血,青色強膜,気胸COL5A1,A2(I,II型) COL3A1(IV 型) PLOD(IV 型) 9q34.2-q34.3, 2q31 2q31 1p36.3 Ellis–Van Creveld症候群巨大ASD,房室中隔欠損四肢短縮, 多指症, 爪低形成,骨盤異形成EVC 4p16
Fabry 病心筋虚血,心筋梗塞,僧帽弁閉鎖不全,左室肥大,心筋症,不整脈,うっ血性心不全四肢疼痛,知覚異常,被角血管腫,低汗症,腎不全,脳血管障害,角膜混濁,白内障,便秘,食道アカラシア,難聴GAL (α-galactosidase)Xq22.1 Friedreich 失調症心筋症,刺激伝導系障害進行性失調,筋緊張低下FRDA(Frataxin) 9q13
Goldenhar 症候群VSD,PDA,Fallot 四徴症,大動脈縮窄,ASD顔面非対称,脊椎異常,小耳症,下顎形成不全,難聴,眼球結膜類上皮腫Unknown Unknown
内臓錯位症候群単心房,単心室,共通房室弁口,肺動脈閉鎖,大血管転位,房室中隔欠損,刺激伝導系障害Kartagener 症候群:男性不妊,内臓逆位,気管支拡張症,難聴Ivemark 症候群:無脾症/ 多脾症ZIC3,LEFTY2, CFC1, ACVR2B Xq26.2, 3p22-p21.3, 1q42.1, 2q21.1 Holt–Oram 症候群ASD,VSD,刺激伝導系障害(洞性徐脈,房室ブロック)橈骨系統異常(母指異常,第2~第5 指異常),上肢低形成TBX5 12q24.1
ホモシステイン尿症血栓塞栓症,大動脈拡大先天代謝異常,精神発達遅滞,骨格異常(高身長,四肢指伸長),水晶体偏位,精神障害,血栓塞栓症,骨粗鬆症MTHFR 1p36.3
Hurler 症候群心筋症,房室弁および半月弁閉鎖不全先天代謝異常,特異的顔貌,進行性骨異形成,発達遅滞,角膜混濁,難聴,成長障害,脊柱側彎,多毛症,肝脾腫IDUA (Alpha-L-
Iduronidase) 4p16.3
p.19
表9 遺伝子異常および染色体異常による代表的な先天性心疾患(続き)
疾患名心血管系異常心血管系以外の表現型疾患遺伝子,
変異蛋白遺伝子座
Jacobsen 症候群左心低形成,ASD,VSD精神運動発達遅滞,顔貌異常,足指関節の変形(槌趾症候群) BARX2 Deletion 11q25 Jervell and Lange- Nielsen 症候群QT 延長症候群難聴KCNQ1 KCNE1 11p15.5 21q22.1-q22.2
Kabuki 症候群大動脈縮窄,大動脈二尖弁,僧帽弁逸脱,VSD,肺動脈狭窄,大動脈狭窄,僧帽弁狭窄,Fallot 四徴症,単心室,両大血管右室起始,大血管転位顔貌異常,精神運動発達遅滞,皮膚紋理異常,骨格異常(脊柱側彎,股関節形成障害,小指短縮),難聴Unknown Sporadic
LEOPARD 症候群肺動脈狭窄,房室ブロック,HCM多発性黒子,眼間開離,外陰部異常,精神遅滞,成長障害,難聴PTPN11,KRAS SOS1,RAF1 12q24.1, 12p12.1 2p22-p21, 3p25
Marfan 症候群大動脈拡大,房室弁閉鎖不全,僧帽弁逸脱,大動脈弁輪拡大,解離性大動脈瘤,肺動脈拡張,肺動脈弁閉鎖不全高身長,水晶体脱臼,近視,青色強膜,脊柱彎曲,漏斗胸,クモ状指,関節の過伸展,長い手足, FBN1(Fibrillin) TGFBR1,2 15q21.1 9q33-q34, 3p24.
Leigh 脳症, NARP 症候群HCM進行性精神運動発達障害,痙攣, 小脳失調,哺乳嚥下障害,筋緊張低下,視神経萎縮mitochondrial loci mitochondrial DNA MERRF 症候群心筋症ミオクローヌス,癲癇,小脳失調,筋緊張低下,知的退行,低身長MTTK mitochondrial DNA筋強直性ジストロフィー刺激伝導系障害,心筋症,僧帽弁閉鎖不全筋強直,筋変性,白内障,眼瞼下垂DMPK,ZNF9 19q13.2 3q13.3
Noonan 症候群肺動脈狭窄,HCM,ASD翼状頚,低身長,発達遅滞,鳩胸,漏斗胸,眼瞼下垂,出血傾向,血小板機能異常PTPN11,KRAS, SOS1,RAF1 12q24.1, 12p12.1, 2p22-p21, 3p25
骨形成不全僧帽弁逸脱,大動脈弁閉鎖不全,大動脈拡大骨脆弱性,多発骨折,難聴,青色強膜,下肢の彎曲変形および短縮,成長障害,顔貌異常COL1A1 COL1A2 17q21.33 7q21.3
13 トリソミーVSD,PDA,ASD精神発達遅滞,全前脳胞症,小頭症,前額部傾斜,難聴,耳介変形,揺り椅子状足底,多指趾Multiple Trisomy 13 Pompe 病グリコーゲン蓄積による心筋肥大先天性代謝異常,筋力低下,肝腫大,巨舌GAA(Lysosomal Alpha-Glucosidase)17q25
Rubinstein-Taybi 症候群多岐の先天性心疾患,左心低形成発達障害,顔貌異常,多毛,眼瞼裂斜下,眼間開離,上顎低形成,前額部突出,低身長,幅広い母指趾CREBBP(CREBbinding protein) 16p13.3
Treacher Collins 症候群VSD,PDA,ASD耳介形成異常,難聴,下顎形成不全,頬骨形成不全,脈絡膜欠損,両側下眼瞼部欠損,口蓋裂,後鼻腔閉鎖TCOF1(Treacle protein) 5q32
結節性硬化症心臓腫瘍(横紋筋腫),不整脈腫瘍,痙攣,顔面血管線維種,白斑,カフェオレ斑,骨硬化,腎形成異常,精神発達遅滞,自閉症TSC1(Hamartin), TSC2(Tuberin) 9q34 16p13.3
Turner 症候群大動脈縮窄,大動脈二尖弁,左心低形成,ASD,VSD低身長,翼状頚,盾状胸,毛髪線の低位,卵巣形成異常,腎形成異常,難聴Multiple Unisomy X(45, X)
p.20
ほかに,細胞外マトリックスの蛋白合成を担うサイトカイン,形質転換増殖因子β(TGF-β)のI 型およびII 型受容体の遺伝子変異による Marfan 症候群が報告された.遺伝子はMarfan 症候群類縁疾患であるLoyes–Dietz 症候群の原因遺伝子であることも示されている.遺伝子変異の証明による発病予測や重症度判定は困難であるが,経過観察を行ううえで有用な情報を得ることが可能になる. b. 特発性心筋症
肥大型心筋症(HCM)の約50% に常染色体性優性遺伝による家族歴が認められる86).家族性HCM では,約50 ~60% で遺伝子異常が明らかになっている.HCM では,これまでに少なくとも10 種のサルコメア(関連)遺伝子を中心として,900 以上の突然変異が報告されている(表11)
86–93).そのなかでは,心筋βミオシン重鎖(MHY7)での変異が約20%,心筋トロポニンT(TNNT2),および心筋ミオシン結合蛋白C(MYBPC3)での変異がそれぞれ約10% であり,これら3 つが,家族性HCM の主要な原因遺伝子となっている.また,MYH7 およびMYBPC3 の変異例では肥大の程度が強く,TNNT2 の変異例では肥大の程度は弱いが,心収縮力が低下し,比較的早期より拡張相に移行する.孤発例のHCM おいても,約15% に変異が見つかるが86, 91),低下HCM に類似する病態を示す疾患として,多くの蓄積病の原因遺伝子も明らかになってきた.Pompe 病(α 1, 4-グルコシダーゼ欠損),Danon 病(リソソーム膜蛋白欠損症),Fabry 病(α-ガラクトシダーゼA 欠損症),AMP 活性化蛋白キナーゼ変異症などでは
表9 遺伝子異常および染色体異常による代表的な先天性心疾患(続き)
疾患名心血管系異常心血管系以外の表現型疾患遺伝子,
変異蛋白遺伝子座
VACTERL 連合VSD,ASD,PDA脊柱の異常,鎖肛,気管食道瘻,橈骨異形成,四肢の異常,腎泌尿器の異常Numerous loci Unknown
22q11.2 欠失症候群大動脈離断,総動脈幹遺残,肺動脈閉鎖を伴うFallot 四徴症,右側大動脈弓,鎖骨下動脈起始異常,VSD円錐動脈幹異常顔貌,鼻咽腔不全口蓋裂,胸腺低形成,副甲状腺機能低下,低カルシウム血症,易感染性,鎖肛,精神発達遅滞,血小板減少症TBX1,UFD1L del 22q11.2
Williams 症候群大動脈弁上狭窄,肺動脈弁上狭窄,末梢性肺動脈狭窄,大動脈狭窄,心筋症精神発達遅延,妖精様顔貌,虹彩の放射線模様,高カルシウム血症,不正咬合,視空間認知障害,関節拘縮,筋緊張亢進,学習障害,視覚認知障害ELN(Elastin) 7q11.23 (松岡瑠美子.2003 74),松岡瑠美子.2007 75),中澤誠.2005 76),Children’s Hospital Boston. 77),Pierpont ME, et al. 2007 78)より作表)
表10 先天性心疾患の催奇形因子と環境因子
先天性心疾患の頻度(%)おもな病型
催奇形因子
アルコールアンフェタミンヒダントイントリメタジオンリチウムレチノイン酸性ホルモンサリドマイド40 10 2~5 15~30 5 15~20 2~4 5~10 VSD,PDA,ASD VSD,PDA,ASD,完全大血管転位肺動脈狭窄大動脈狭窄大動脈縮窄完全大血管転移,Fallot 四徴症,左心低形成症候群Ebstein 病,三尖弁閉鎖,ASD VSD,ASD,PDA VSD,完全大血管転移,Fallot 四徴症Fallot 四徴症,VSD,ASD感染
風疹35末梢性肺動脈狭窄,PDA,VSD,ASD母体疾患
糖尿病ループスフェニルケトン尿症3~5(30~50) 40 25~100円錐動脈管幹異常,VSD,心肥大房室ブロックFallot 四徴症,VSD,ASD (日本循環器学会.2017 79)より)
p.21
表11 遺伝性心筋症の疾患原因遺伝子
蛋白遺伝子遺伝様式おもな表現型心筋βミオシン重鎖MYH7 AD HCM,DCM,RCM,左室緻密化障害心筋トロポニンT TNNT2 AD HCM,DCM,RCM α-トロポミオシンTPM1 AD HCM,DCM心筋ミオシン結合蛋白C MYBPC3 AD HCM,DCM心室型ミオシン必須軽鎖MYL3 AD HCM心室型ミオシン調節軽鎖MYL2 AD HCM心筋トロポニンI TNNI3 AD HCM,DCM,RCM心筋α-アクチンACTC AD HCM,DCM,左室緻密化障害タイチン/ コネクチンTTN AD HCM,DCM心筋トロポニンC TNNC1 AD HCM,DCM心筋α- ミオシン重鎖MYH6 AD HCM筋LIM 蛋白/MLP CSRP3 AD HCM,DCMカベオリン3 CAV3 AD HCMメタビンキュリンVCL AD HCM,DCMジャンクトフィリン2 JPH-2 AD HCMオブスキュリンOBSCN AD HCMデスミンDES AD DCM,RCM,ミオパチーα-アクチニンACTN2 AD DCMサイファー,ZASP LDB3 AD DCM,左室緻密化障害ホスホランバンPLB AD DCM,HCM KATP チャネルABCC9 AD DCM心筋Na チャネルSCN5A AD DCM αB-クリスタリンCRYAB AD DCM,HCM FHL2 FHL2 AD DCMラミニンα 4 LMNA4 AD DCMミオファラディンMYPN XR DCMジストロフィンDMD XR DCM,筋ジストロフィー(Duchenne,Becker)ラミンA/C LMNA AD DCM,左室緻密化障害,筋ジストロフィー(Emery-Dreifuss) δ-サルコグリカンSAGD AD DCM,筋ジストロフィー(limb girdle)エメリンEMD XR DCMタファジン/G4.5 TAZ XR左室緻密化障害,DCM,Borth 病フクチンFKTN XR DCMデスモプラキンDSP AR ARVC/D,DCMプラコグロビンJUP AR,AD ARVC/D,DCMプラコフィリン2 PKP2 AD ARVC/D TGF-β 3 TGFB3 AD ARVC/Dリアノジン受容体2 RYR2 AD ARVC/Dデスモグレイン3 DSG3 AD ARVC/D
p.22
心肥大がみられる86, 91, 92).
拡張型心筋症(DCM)の家族内発症はHCM に比べて少なく,約30% とされている.原因遺伝子としては,αアクチニン,デスミン,タイチン,ジストロフィンなど,心筋細胞骨格や細胞接着分子に遺伝子変異が認められることが多いが,HCM 同様にサルコメア変異も報告されている86, 91, 93)(表11).不整脈原性右室心筋症は,臨床的に右心室に有する心室不整脈を主症状とし,病理組織学的に右心室優位の心筋細胞の変性,脱落と線維脂肪浸潤の増加を示す疾患である.遺伝子異常として,約30% の症例にプラコフィリン2(PKP2)が,またその他に,デスモプラキン,プラコグロビン,プラコフィリン,リアノジン受容体-2,TGF-β3 などの遺伝子変異が報告さている94, 95).ミトコンドリア心筋症は,ミトコンドリアにおけるエネルギー産生障害に基づいて引き起こされるミトコンドリア病のなかで,HCM,DCM,拘束型心筋症,刺激伝導障害などのさまざまな心病変を示す代謝性心筋症である96, 97).一般にミトコンドリア病では,中枢神経障害(精神運動発達遅滞,痙攣,意識消失),筋力低下,乳酸アシドーシスなどの全身症状がみられることがある.ミトコンドリア心筋症は母系遺伝を示すことが多く,無症状の母方家族に変異が検出されることがあり,遺伝学的な配慮が必要である.
これらすべての遺伝性心筋疾患においては,妊娠に伴う循環動態の変化により生じる母体および児へのリスクを十分に説明するとともに,児への疾患の繰り返しに関する遺伝的情報を説明する必要がある.なかには,遺伝子変異を有しながら発症しない例や,臨床像との関連が少ない場合も多く,遺伝子診断の判定には慎重を要する場合がある. c. 遺伝性不整脈
突然死の原因となる遺伝性QT 延長(LQT)症候群,カテコラミン誘発多形性心室頻拍,Brugada 症候群,進行性心臓伝導障害,家族性洞機能不全症候群,家族性心房細動,QT 短縮症候群などでは遺伝子異常が明らかとなって
いる(第2 章6. 不整脈を参照のこと)
97–100)(表12).
QT 延長症候群は,基礎疾患がみられずに心電図上QT間隔が延長し,心室頻拍や心室細動から失神および突然死に至る可能性のある疾患群である.常染色体優性遺伝のRomano–Ward 症候群と常染色体劣性遺伝で難聴を伴うJervelle & Lange–Nielsen 症候群に大別されている.現在までに,カリウムおよびナトリウムチャネル遺伝子を中心として,LQT1-LQT13 まで分類されており,300 以上の遺伝子異常が報告されている98, 101)その内訳は,LQT1(約40%),LQT2(約30 ~40%),LQT3(約10%)とされており,LQT1 ~LQT3 で全体の約90% を占める.一般にLQT1 は運動中や水泳中に,LQT2 では睡眠中の聴覚刺激(目覚まし時計など)により,LQT3 では安静時および睡眠中に心イベントを起こす.遺伝子診断に基づいたリスク診断の可能性と,LQT タイプ別の治療方針の選択が推奨されている102, 103).
Brugada 症候群は,右側胸部誘導心電図(V1-V3)にて右脚ブロック様の心電図波形と特徴的なST 上昇(coved型またはsaddle back 型)を伴う,中年男性に多い特発性心室細動の症候群である.責任遺伝子としてナトリウムチャネルαサブユニット(SCN5A)の異常が15 ~25% に報告されている104).
カテコラミン誘発多形性心室頻拍は,学童や青年期において運動や交感神経の刺激に伴い心室頻拍から失神や突然死をきたす症候群であり,心筋細胞小胞体のリアノジン受容体(RyR2)の遺伝子異常が報告されている100).
遺伝性不整脈疾患の内服治療の詳細および植込み型除細動器の適応については,日本循環器学会「遺伝性不整脈の診療に関するガイドライン(2017 年改訂版)」105)を参照されたい.これらすべての遺伝性不整脈疾患においても,妊娠に伴う母体および児へのリスクを十分に説明するとと
表11 遺伝性心筋症の疾患原因遺伝子(続き)
蛋白遺伝子遺伝様式おもな表現型α-ディストロブレビンDTNA AD左室緻密化障害AMP 活性化プロテインキナーゼPRKAG2 AD HCM,WPW 症候群α-ガラクトシダーゼA GLA XR Fabry 病α 1,4- グルコシダーゼGAA AR Pompe 病リソゾーム膜蛋白2 LAMP2 XR Danon 病AD:常染色体優性遺伝,AR:常染色体劣性遺伝,XR:X 染色体劣性遺伝,HCM:肥大型心筋症,DCM:拡張型心筋症,RCM:拘束型心筋症,ARVC/D:不整脈原性右室心筋症(日本循環器学会.2012
86),Kimura A, et al. 2010 87),Landstrom AP, et al. 2010 88) ,Watkin H, et al. 2011 89),Bos MJ, et al. 2009
90),Kimura A, et al. 2008 91),Arad M, et al. 2005 92),Kamisago M, et al. 2000
93)より作表)
p.23
もに,児への疾患の繰り返しに関する遺伝的情報をカウンセリングする必要がある.
3.6 心理社会的問題
妊娠の際には内分泌学的変化が起こり,たとえ正常妊娠であっても,妊娠・出産や母親になること,子育てに対する不安などが生じることが多い.また,出産後は,いわゆるマタニティブルーや,産後うつとよばれるうつ状態など,精神的な動揺をきたすことも多い106).
先天性心疾患の患者は,疾患による症状,合併症,繰り返す入院・手術などの身体的制約や,社会適応障害,家族・生育歴などが原因と思われる不安や抑うつ症状をもち
やすい107).また,その不安や抑うつを不定愁訴や身体症状に転換している場合もある.周産期にはこれらの症状が悪化しやすく,さらに心疾患の女性は健康な女性以上に妊娠・出産に対する願望が強いため,妊娠が及ぼす自身の健康へのリスクや,遺伝的リスクへの不安を感じていることが多い108, 109).生命の危険を伴うほどの高リスク妊娠,あるいはリスクを無視して妊娠を希望する場合などのカウンセリングにも対応しなくてはならないことも少なくない.これは,思春期・青年期の心疾患患者においては,自身の疾患や病状,妊娠リスク,避妊,遺伝的リスクの情報などの認知度が低いことも原因であるが,個人の価値観や道徳的規範などにかかわる倫理観などの影響もあると考えられる110, 111)また,妊娠前に妊娠のリスクについて主治医や家族との話し合いやその受容が行われていないことが多いのも現状である112).周産期における抑うつや不安の予防には,思春期・青年期において,心疾患(病名,治療法,身体制限の有無,通院の必要性),避妊,性行動,社会的サポートなどに関する正確な情報伝達と教育が必要である110).さらに,妊娠,出産,遺伝リスクなどに関する情報伝達も必要である.妊娠前より抑うつや不安などの症状のある患者では,早期の精神療法や薬物投与を行うことにより,症状の改善を図る必要がある.これは,周産期になってからこのような症状を生じた場合も同様である.妊娠初期・後期・産後の心理状態の違いにより,介入方法が異なる場合もある111).また,妊娠中に入院が長引いたり,出産後の育児不安が生じた場合など,周産期を通して身体的・精神的負担を軽減させるために,家族や地域のサポートなどの環境調整も有用である.何よりも,妊娠前から,心疾患や妊娠に対する理解を深め,家族や担当医と妊娠について相談し,出産後も含めた協力体制を確認しておくことが重要である.
3.7 妊娠が長期予後に与える影響について
心疾患を合併する女性が妊娠した場合,その妊娠が長期予後に与える影響を評価した研究は限られており十分なエビデンスはないが,下記の報告がある113, 114).
3.7.1 生体弁
妊娠・出産によって生体弁の変性(機能不全)が進行する可能性があることが危惧されている115).一方,それを否定する報告も存在する116).現在のところ,妊娠・出産が生体弁の遠隔期機能に与える影響は明確なコンセンサスがない.
表 12 不整脈疾患にみられる遺伝子異常
遺伝子遺伝子座
Romano–Ward 症候群LQT1 KCNQ1 11p15.5 LQT2 KCNH2 7q35-36 LQT3 SCN5A 3p21-23 LQT4 ANK2 4q25-27 LQT5 KCNE1 21q22.1-q22.2 LQT6 KCNE2 21q22.1-q22.2 LQT7 KCNJ2 17q23.1 LQT8 CACNA1C 12p13.3 LQT9 CAV3 3p25 LQT10 SCN4B 11q23.3 LQT11 AKAP9 7q21-q22 LQT12 SNTA1 20q11.2 LQT13 KCNJ5 11q23.3-24.3 Jervell & Lange–Nielsen 症候群JLN1 KCNQ1(homozygous) 11p15.5 JLN2 KCNE1(homozygous) 21q22.1-q22.2 Brugada 症候群BrS1 SCN5A 3p21-24 BrS2 CACNA1C 12p13.3 BrS3 CACNB2 10p12.33 BrS4 GPD1-L 3p21 BrS5 SCN1B 19q13.1 BrS6 KCNE3 11q13-q14カテコラミン誘発性多形性心室頻拍RyR2 RyR2 1q42–q43 (Schimpf R, et al. 2009 97), Lehnart SE, et al. 2007 98), Shimizu W, et al. 2008
99), Priori SG, et al. 2001
100)より作表)
p.24
3.7.2 Aortopathy (第2 章4. Marfan 症候群とMarfan 類似疾患を参照のこと)
エストロゲンは大動脈壁のコラーゲンやエラスチン形成を抑制するため, Marfan 症候群にみられるような大動脈拡大を有する患者が妊娠・出産によってさらに増悪する可能性が指摘されている117).Marfan 症候群の患者では,出産後にも大動脈解離を発症する可能性が高いことが報告されている118).Donnelly らは69 例のMarfan 症候群の女性における199 回の妊娠の長期予後を検討し,妊娠中には非妊娠時Marfan 症候群の患者に比べ,大動脈径が有意に増大したことを報告している119).さらに約6 年間のフォローアップ期間中に,妊娠しなかったMarfan 症候群では,大動脈径は36 mm から37 mm とわずかな変化であったのに対し,妊娠したMarfan 症候群では,大動脈径は35 mmから43 mm に拡大していたことを報告している119).大動脈径が45 mm 未満のMarfan 症候群では,心血管イベントは比較的少ないとされているが,長期的生命予後に与える影響は今後も検討が必要である.
3.7.3 解剖学的右心室が体心室の患者
心房間転換術を受けた大血管転位症では,妊娠・出産によって体心室として働く右心室の機能不全,三尖弁逆流が増悪する可能性があることが報告されている120, 121). Zentner らは心房間転換術を受けた大血管転位症患者は出産後5 年間の心不全入院や突然死の頻度が非妊娠時と比べ増加することを報告している122).このように解剖学的右心室を体心室とする女性では妊娠・出産によって,体心室機能や房室弁逆流が低下もしくは悪化する可能性があることを念頭に,妊娠前の心機能評価には注意を要する必要がある123, 125).妊娠前より体心室機能不全が疑われる患者では,妊娠・出産により心機能がさらに低下する可能性がある.
3.7.4 Fallot 四徴症術後
妊娠時に安定した状態であるFallot 四徴症術後患者の妊娠・出産時リスクは比較的少ないとされているが,長期予後に関する情報は限られている.Kamiya らは25 人のFallot 四徴症術後例40 出産での検討を行い,妊娠中に拡大した右心室径は出産後6 ヵ月を経過しても改善しなかったと報告している126).一方,妊娠・出産によって右心室容量は拡大するものの,右心室機能は維持されるとの報告もある124).Fallot 四徴症術後症例の妊娠・出産症例は多く,心機能評価のみならず不整脈発生についても管理・評価が必要である. 3.7.5 その他
DCM で心室機能低下のある女性では,妊娠自体が心機能の短期的予後に悪影響を及ぼすという報告があるが127),異なる報告もある128).大動脈狭窄の女性が妊娠を経験することで,心血管イベントを発生する可能性が高くなるとの報告がある117).妊娠中に心血管イベントを経験した心疾患合併女性は,妊娠後にもイベントが起こりやすくなる可能性がある129, 130).
妊娠が長期予後に与える影響については,十分なエビデンスがないことを,心疾患を有する女性には伝えておくべきである.
4 母体経過観察基準
心疾患合併妊娠では,妊娠出産に伴う母体の生理的変化により,心不全・不整脈・血栓塞栓症や大動脈解離などの心血管合併症を併発する危険性を伴う.英国,日本の母体調査報告によると,心疾患は,母体間接死亡原因の上位にあり131, 132),妊娠の際にリスクの高い症例では,産科医,循環器を専門とする医師,麻酔科医,新生児科医,助産師や看護師らを中心とする学際的専門性をもつチームによる,継続的な経過観察が必要である133).
妊娠前に心疾患を診断されている症例では,妊娠前カウンセリングなどを通じ,妊娠前からの情報提供や経過観察が好ましい.妊娠の際,合併症のない妊婦の定期健診スケジュールは,おおよそ妊娠11 週末までに3 回程度,12 週から23 週末までは4 週ごと,24 週から35 週末までは2週ごと,36 週以降は1 週ごとが標準的である.これを基本として循環器担当医は,個々の心疾患の重症度,すなわち妊娠時のリスクレベル(第1 章3.1.2 妊娠リスク評価を参照のこと)に準じた経過観察のスケジュールを組み立てていく.一般に重症度が高まるほど,健診時には両科を同日受診することが多くなり,情報の交換を密に行うことが必要となる.すなわち,低リスクの心疾患患者(modified WHO 分類I,II)の妊娠の場合は,必ずしも妊婦健診ごとに循環器外来も受診する必要はないが,中~高リスクの心疾患患者(modified WHO 分類II,III,IV)の症例では,頻回な経過観察を行っていく.
産科医は,妊娠初診時に既往歴や家族歴,現症の十分な聴取を行い,基礎疾患専門医の受診へとつなげる.循環器を専門とする医師は,心疾患の重症度にかかわらず,妊娠が判明した時点で心臓超音波などによる心形態および心機
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能の評価や,心電図評価を速やかに行う.そして,産科担当医にこの時点での状態を説明し,分娩前後も含めた妊娠経過観察時の注意点について情報提供する.循環器担当医は,周産期母体のダイナミックな循環器変化に精通し,変化に応じた迅速な診療が望まれる.
妊娠中の循環血漿量の増大に伴い,心機能低下症例や狭窄病変などの容量負荷に耐容性が低い病態では,心不全を発症しやすい.器質的心疾患では,循環血漿量の増大がピークを迎える妊娠20 ~30 週が妊娠中の心不全の好発時期である134)(第2 章8. 心不全を参照のこと).循環器担当医は,この時期に心臓超音波などを再検し,早期の分娩待機入院の必要性などを概ね計画する(第1 章5. 妊娠中の血行動態評価を参照のこと).原則として,病態の変化がとらえられたら,検診の回数を増やして1 ~2 週に1 回とするが,明らかな心機能低下や心不全徴候がみられた場合には,ただちに入院安静とし,必要に応じて治療を追加する.
妊娠中の不整脈は,妊娠初期には悪阻症状に伴い,中期以降は循環血漿量と心拍数の増加に伴い増悪傾向にある.また,循環血漿量の増加により,希釈性に低カリウム血症となる妊婦も多く注意が必要である.適時,ホルター心電図記録などを施行し,高リスク症例を抽出する.
妊娠中に心疾患が新たに診断される場合は,その緊急度に応じた対応が必要である.母体生命にかかわる大動脈解離や急性冠症候群,肺塞栓を疑う症例などでは,胎児に配慮して放射線被ばくや造影剤の使用・投薬を躊躇するのではなく,産科・循環器科などの密接な連携下に,母体優先で診療方針を迅速に決定・施行することがきわめて重要である.
分娩前後は劇的に母体変化が生じるため,modified WHO 分類II 以上であれば,循環器専門医のいる施設,とくにII~III,III,IV は専門施設での分娩が望ましい135).
一般に,産後1 ヵ月健診で産後の経過観察を終えることが多いが,一部の心疾患をもつ女性にとっては,以降も高リスクが続く.QT 延長症候群では,分娩から産後9 ヵ月のあいだにイベントリスクがもっとも高く136),Marfan 症候群における周産期大動脈解離は,産後にも多く発症する137).また,母乳分泌や育児労作・睡眠不足などは,心不全や不整脈合併症の誘因となりうる.高リスク症例では,産後も継続した経過観察が必要である. 5 妊娠中の血行動態評価
妊娠・出産に伴う循環動態の変化に対して,母体心臓の適応可否を見極めるためには,妊娠から産後を通じ,複数回にわたって循環動態の評価を行うことが望ましい.
5.1 心臓超音波検査
妊娠中の循環動態を評価するうえで,非侵襲的かつ情報量の多い心臓超音波検査は非常に有用である.妊娠による循環動態の変化に伴い,正常心においても心臓超音波検査上の各指標は変化する.前負荷の増加を反映し,左房容積は妊娠初期から増え始める138).左室径や壁厚も増加し,左室心筋重量は20 ~30% 増す38, 139).また,左室収縮能が不変あるいは増加する.一方,左室拡張能は,妊娠後期には僧帽弁通過血流速度のE 波(拡張早期波)の減高とA 波(心房収縮期波)の増高を認め,拡張能の指標であるE/A の低下が観察されている38).しかし,ほとんどの場合これらの変化は正常値の範囲内である.ほかにも,弁輪拡大と機能的な僧帽弁,三尖弁,肺動脈弁逆流や少量の心嚢液貯留は,通常の妊娠においてもしばしば観察される.また,妊娠による子宮の増大に伴い下大静脈が圧迫され,妊娠後期には右房流入部位の血管径が縮小していることが多い.仰臥位や右側臥位時の子宮の増大による下大静脈の圧迫は,心拍出量を減少させる.妊娠後期になると,仰臥位では左側臥位の3 割ほど心拍出量が減少する140).そのため,長時間の仰臥位や右側臥位は血圧低下をきすことがあり(仰臥位低血圧症候群),エコー検査時は,被験者の症状をこまめに聴取し,気分不良や血圧低下出現時には,体位変換などの対応をする.
心疾患合併妊娠においては,妊娠直前あるいは妊娠による循環変化がまだ軽微である妊娠初期に最初の評価を行い,次に,心負荷が最大に近づく妊娠第二期末に再検し,あらためて循環動態の評価を行う141).評価項目としては,心室の大きさと機能,各弁狭窄・逆流の有無と程度,三尖弁逆流や肺動脈弁逆流から推定される肺高血圧の有無と程度,心拍出量などの一般的な項目と,機械弁合併妊娠における弁機能評価や,Aortopathy 症例における大動脈径測定など,個々の病態に応じた項目があげられる.
高リスク患者や,自他覚症状の出現時には,必要に応じてさらに頻回の評価が必要である.上行大動脈径が40 mm 以上のMarfan 症候群の患者では,2 ~4 週間ごとに
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超音波検査による大動脈径の測定が望ましいとされ141),肺高血圧症患者では,入院管理とともに,頻回の超音波検査による肺高血圧評価が必要である.
分娩後にも,再度の循環動態評価が必要である.産科の1 ヵ月健診は全員が受診するため,検査を施行するよい機会である.妊娠・分娩による心血管系への生理的な影響は半年程度続き142),心疾患は産後1 年間の母体死亡原因の上位にあるため131),重症度に応じて産後も定期的な経過観察が必要である.とくに,周産期に心血管イベントを合併した症例では,産後慢性期のより早期に心血管イベントを発症しやすいことが知られており129, 130),注意が必要である.
5.2 放射線検査(胸部レントゲン, 心臓カテーテル検査,CT 検査)
胎児への放射線の影響は,線量と被ばく時の妊娠週数に依存する.線量にかかわらず,可能な範囲で,器官形成期は避けた方がよい.胎児被ばく線量が50 mGy 未満では,小児がん以外の放射線の影響はないとされる.小児がんの発症リスクは,自然発生率が0.3% であるのに対し,10 mGy で0.4%,50 mGy で0.6% に増加すると報告されている143).現在のところ,100 mGy 未満では,被ばくによる胎児の発達遅滞,中枢神経系障害,先天異常のリスクの増大は認められておらず,妊娠中絶の正当な理由にならない.診断手法から受けるおおよその胎児線量を表13 に示す49, 144).
一般に,胸部のように胎児から離れた部位の医学的に適応のある撮影または透視は,X 線機器が適切に遮蔽され, X 線ビームが絞られていれば,妊娠中でも安全に実施することが可能とされている.妊婦の心臓カテーテル検査・治療における胎児の被ばく量は,母体被ばく量の5 分の1 程度である.それでも,できるだけ胎児被ばく量を減らすために,透視時間の短縮はいうまでもなく,照射野の制限,フィルタの使用,腹部遮蔽などが推奨される49).また,妊娠中は冠動脈の脆弱性が増しているため,医原性冠動脈解離のリスクが高いことを知っておく145).
肺動脈血栓塞栓症や大動脈解離を疑う時には,造影CT検査を行う.ヨード系造影剤は,胎児の甲状腺機能に影響を及ぼす可能性が懸念されているが,胎児への副作用は,これまでのところ報告されていない146).
5.3 MRI 検査
妊娠中のMRI 検査は,放射線被曝を伴わない利点があり,妊娠中の単純MRI 検査による,胎児への副作用報告
はこれまでない144, 147).しかしながら,胎児への危険性(熱・騒音・磁場などの影響)の詳細についてはわかっておらず,とくに器官形成期には,必要最低限での施行が推奨される.
右心系の評価や,複合型先天性心疾患・術後症例などで心臓超音波検査による評価が困難な場合があるが,心臓MRI 検査はこのような場合であっても,心室容積や機能の評価に有用である.また,放射線被曝を伴うCT 検査の代替として,血管評価などにも利用できる.
造影MRI 検査で使用されるガリウム製剤は,胎児羊水サイクルに長期間とどまり,児への悪影響が示唆されているため,使用は避けた方がよい146, 147).
5.4 ナトリウム利尿ペプチド
ナトリウム利尿ペプチド(脳性ナトリウム利尿ペプチド[BNP],BNP 前駆体のN 端側フラグメント[NT pro- BNP],心房性ナトリウム利尿ペプチド[ANP])は,心不全の診断や重症度評価,予後予測目的に広く測定・利用されている148).
循環血漿量の増加を反映し,正常妊娠でもBNP は平均で2 倍程度増加するが,心疾患を合併する妊娠では有意に高値である149).心疾患を合併する妊娠66 例の検討では,妊娠中に心血管イベントを合併した8 例すべてにおいて,妊娠中の最大BNP 値が100 pg/mL を超えており,BNP ≦100 pg/mL は妊娠中イベント陰性的中率が100% であった149).先天性心疾患を合併する妊娠213 例の検討では,妊娠20 週時のNT pro-BNP 値>128 pg/mL が周産期心血管イベントの独立した危険因子であり,NT pro-BNP 値<128 pg/mL の陰性的中率は95% であった55).心不全の
表13 診断手法から受けるおよその胎児線量
胎児被ばく量(mGy)
胸部レントゲン(2 方向) 0.0005~0.01胸部CT/ 肺血管造影CT 0.01~0.66冠動脈造影1.5 *冠動脈インターベンションアブレーション3 *腹部CT 1.3~35
骨盤内CT 10~50 *造影回数や撮像枚数に影響されるが,母体被ばく量のおよそ5 分の1 (Regitz-Zagrosek V, et al. 2011
49),Tremblay E, et al. 2012 144)より作表)
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ない妊娠高血圧症候群や多胎妊娠でもナトリウム利尿ペプチドは増加し,産後2 ~3 日目にピーク値をとるため,陰性的中率のほうが有意な指標とされている47).また,日本における周産期心筋症診断時の平均BNP 値は1,258 pg/ mL と非常に高値であり,既往症のない妊産婦に対する心不全スクリーニングに有用な検査である150).
6 出生前診断
6.1 検査および診断の種類
妊娠前半期に行われる出生前検査および診断には,母体血清マーカーや,羊水,絨毛,臍帯血,母体血液中等の胎児・胎盤由来細胞やDNA/RNA,その他の胎児試料などを用いた細胞遺伝学的,遺伝生化学的,分子遺伝学的,細胞・病理学的方法,および超音波検査などを用いた物理学的方法などがある.
出生前検査および診断には,確定的検査(診断がほぼ確定)と非確定的検査(正確な診断には確定的検査がさらに必要)の2 つがある.絨毛・羊水検査は確定検査であり,胎児超音波検査,母体血清マーカー検査および母体血を用いた胎児染色体検査は,非確定的検査である.
6.2 実施対象
絨毛採取,羊水穿刺など,侵襲的な出生前検査・診断は,下記のような場合の妊娠で夫婦からの希望があり,検査の意義について十分な理解が得られた場合に行う. • 夫婦のいずれかが染色体異常の保因者である場合• 染色体異常症に罹患した児を妊娠,分娩した既往を有す
る場合• 高齢妊娠の場合• 妊婦が新生児期もしくは小児期に発症する重篤なX 連
鎖遺伝病のヘテロ接合体の場合• 夫婦のいずれもが,新生児期もしくは小児期に発症する
重篤な常染色体劣性遺伝病のヘテロ接合体の場合• 夫婦のいずれかが,新生児期もしくは小児期に発症する
重篤な常染色体優性遺伝病のヘテロ接合体の場合• その他,胎児が重篤な疾患に罹患する可能性のある場
合6.3 注意点
6.3.1 遺伝学的検査および診断
日本産科婦人科学会の「出生前に行われる遺伝学的検査および診断に関する見解」151)を尊重し,倫理的および社会的問題を包含していることに留意することが重要である.
とくに以下の点に注意して実施する. • 胎児が罹患児である可能性(リスク),検査法の診断限
界,母体・胎児に対する危険性,副作用などについて検査前によく説明し,十分な遺伝カウンセリングを行うこと(第1 章3.5 遺伝カウンセリングを参照のこと). • 検査は,十分な基礎的研修を受けて,安全かつ確実な
検査技術を習得した産科医により,またはその指導の下に行われること.
6.3.2 超音波検査
ソフトマーカーを用いた遺伝学的検査と胎児形態異常を診断するための精密検査がある(第1 章7. 胎児評価法を参照のこと).ソフトマーカーには,胎児後頚部の浮腫(nuchal translucency),鼻骨低形成などが含まれる.実施に際しては,日本産科婦人科学会の産婦人科診療ガイドライン産科編152)を参照する.
6.3.3 母体血清マーカー検査
厚生科学審議会先端医療技術評価部会出生前診断に関する専門委員会による「母体血清マーカー検査に関する見解」153),日本人類遺伝学会倫理審議委員会による「母体血清マーカー検査に関する見解」154),および日本産科婦人科学会周産期委員会による報告「母体血清マーカー検査に関する見解について」155)を十分に尊重して施行する.
6.3.4 母体血を用いた胎児染色体検査
母体血漿中に循環する胎児由来cell-free DNA を利用して胎児染色体異常の可能性の高さを推測する検査である.本検査は,認定された施設で実施され,その実施に関しては「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に関する指針」156)を順守して行われる.対象疾患は,21トリソミー, 18トリソミー,13トリソミーに限定されている.
6.3.5 着床前検査および診断
きわめて高度な技術を要する医療行為であり,臨床研究として行われる.倫理的側面からもより慎重に取り扱う.実施に際しては,日本産科婦人科学会会告「着床前診断に
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関する見解」157)に準拠する.
6.3.6 網羅的遺伝子解析法
DNA 診断技術の進歩により,全ゲノム領域を対象にした網羅的遺伝子解析法も,出生前診断にも臨床応用されている.しかし,臨床医学的にも遺伝医学的にもまだ明確でない遺伝医学情報が多く,その意義づけや解釈が難しいことも多く含まれることから,出生前診断における網羅的遺伝子検査の前後に遺伝カウンセリングを行う必要がある(第1 章3.5 遺伝カウンセリングを参照のこと).
6.3.7 性別
重篤なX 連鎖遺伝病のために検査が行われる場合を除き,胎児の性別を告げない.
6.3.8 精度管理
出生前診断技術の精度管理については,つねにその向上に努める.
7 胎児評価法
胎児機能不全とは,「胎児が子宮内において,呼吸ならびに循環機能が障害された状態」と定義され,病態としては胎児の低酸素症を意味する.胎児の健康(well-being)評価法として,胎児心拍数モニタリングによるノンストレステスト(non stress test: NST)やコントラクション・ストレステスト(contraction stress test: CST),胎児心拍数モニタリングと超音波断層法を用いたバイオフィジカルプロファイル(biophysical profile score: BPS)や修正バイオフィジカルプロファイル(modified BPS),さらに胎児超音波ドプラ法による血流計測などがある158,159).
7.1 胎児心拍数モニタリング158, 159)
現在,胎児心拍数モニタリングによる胎児評価法として広く用いられているものは,NST とCST である.
胎児心拍数図波形の定義を表14 に示す160, 161).心拍数基線と基線細変動が正常であり,一過性頻脈があり, かつ一過性徐脈がないとき,胎児は健康であると判断する.以下のいずれかが認められる場合,胎児well-being は障害されているおそれがあると判断する162). 1 基線細変動の消失を伴った繰り返す遅発一過性徐脈2 基線細変動の消失を伴った繰り返す変動一過性徐脈3 基線細変動の消失を伴った遷延一過性徐脈
4 基線細変動の減少または消失を伴った高度徐脈
分娩時には,心拍数基線,基線細変動と一過性徐脈の組み合わせに基づいて胎児心拍数波形を1 ~5 までレベル分類し,レベル3 ~5 の場合,「胎児機能不全」と診断する.レベル分類1 ~5 に応じて,また妊娠週数,妊婦背景,ならびに施設の諸事情を考慮して,対応(経過観察,監視の強化,保存的処置,急速遂娩準備,急速遂娩)を検討する163).
NST は子宮収縮がない状態で,胎児の一過性頻脈の有無をみるものである.一過性頻脈が20 分間に2 回以上みられる場合は正常(reactive NST)で,胎児well-being は
表14 胎児心拍数図波形の定義
I. 胎児心拍数基線正常脈:110~160 bpm,徐脈:<110 bpm,頻脈:>160 bpm II. 胎児心拍数基線細変動
細変動消失:肉眼的に認められない細変動減少:5 bpm 以下細変動中等度:6~25 bpm細変動増加:26 bpm 以上III. 一過性変動
1) 一過性頻脈 (acceleration):心拍数増加の開始からピークまでが30 秒未満で,増加開始から頂点まで15 bpm 以上,元に戻るまでの持続が15 秒以上2 分未満のもの.妊娠32週未満では,心拍数増加10 bpm 以上,持続10 秒以上のもの. 2) 一過性徐脈心拍数の減少が急速であるか,緩やかであるかにより,肉眼的に区別することを基本とする.その判断が困難な場合は心拍数減少の開始から最下点に至るまでに要する時間を参考とし,両者の境界を30 秒とする.
1 早発一過性徐脈(early deceleration):子宮収縮に伴って,心拍数が緩やかに減少し,緩やかに回復する波形で,一過性徐脈の最下点が子宮収縮の最強点と概ね一致しているものをいう. 2 変動一過性徐脈(variable deceleration):15 bpm 以上の心拍数減少が急速に起こり,開始から回復まで15 秒以上2 分未満の波形をいう.その心拍数減少は直前の心拍数より算出される.子宮収縮に伴って発生する場合は,一定の形を取らず,下降度,持続時間は子宮収縮ごとに変動することが多い. 3 遅発一過性徐脈(late deceleration):子宮収縮に伴って,心拍数が緩やかに減少し,緩やかに回復する波形で,一過性徐脈の最下点が子宮収縮の最強点より遅れているものをいう.多くの場合,一過性徐脈の開始・最下点・回復が,おのおの子宮収縮の開始・最強点・終了より遅れる. 4 遷延一過性徐脈(prolonged deceleration):心拍数減少
が15 bpm 以上で,開始から回復まで2 分以上10 分未満の波形をいう.その心拍数減少は直前の心拍数より算出される.10 分以上の心拍数減少の持続は基線の変化と見なす.
(日本産科婦人科学会周産期委員会.2003
160),日本産科婦人科学会周産期委員会.2013
161)より作表)
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良好であると判断する(図2A).逆に,2 回以上みられない場合を異常(non-reactive NST)とする(図2B).一過性頻脈を認めない場合は,胎児に音響刺激を加えて観察する.
CST は子宮収縮という低酸素ストレスが負荷された状況下での,胎児予備能の評価法である.自然子宮収縮またはオキシトシンの投与や,乳頭刺激による人工的子宮収縮を起こすことにより,胎児の遅発一過性徐脈出現の有無をみる.検査の適応は子宮胎盤循環不全が予想される高リスク妊娠,すなわち糖尿病,妊娠高血圧症候群,過期妊娠,胎児発育不全などである.CST の判定は,陽性(positive),陰性(negative),陽性でも陰性でもない(equivocal),不成功(unsatisfactory)の4 つに分けられる.10 分以内に子宮収縮が3 回あり,遅発一過性徐脈が全子宮収縮の半数以上にみられる場合は陽性とし,異常とする(図3).一方,10 分以内に子宮収縮が3 回あり,遅発一過性徐脈がない場合を陰性とし,99% の確率で胎児が1 週間生存できるといわれている.equivocal のとき,あるいは不成功のときは翌日再検査とする.
7.2 超音波断層法158, 159, 164)
超音波断層法を用いてBPS を観察する.これは呼吸様運動,胎動,筋緊張,NST,羊水量の5 項目からなるスコアリングシステムである.正常を2 点,異常を0 点として,その合計点により胎児の状態を評価し,4 点以下は異常と定義されている(表15)
164).BPS には,急性期と慢性期
のマーカーが混在し,NST における一過性頻脈の消失,呼吸様運動と胎動の減少,筋緊張低下などの変化は,急性期の変化と考えられる.これに対して羊水量の減少は,慢性的な低酸素状態時の血流再分配機構により,腎臓への血流が減少した結果,尿量の低下をきたすことで引き起こされると理解さられている.
羊水量評価法に羊水指数(amniotic fluid index: AFI)がある.これは,超音波プローブを母体の長軸に沿って垂直に置き,子宮が4 分割された場所でのそれぞれの羊水深度の和をセンチメートルで表したものである.AFI が5 cm以下の場合を羊水過少と判定する.AFI とNST を組み合わせた胎児評価法は,modified BPS とよばれ,どちらもよければそのまま経過観察,どちらかに異常があればCSTあるいはBPS などで評価する.
7.3 超音波ドプラ血流計測158, 159)
超音波ドプラ血流計測による胎児血流動態の評価法は,超音波入射角による補正を必要としないインデックスを用
いた波形分析が行われている.代表的なインデックスとして,S/D 比,抵抗指数(resistance index),拍動指数(pulsatility index)が知られているが,いずれも末梢血管床の血管抵抗を示す.血管抵抗が増大すれば拡張末期の血流が流れにくくなり,これらの値が増大する.拡張期血流の途絶や逆流が観察される場合には,予後不良な周産期事象が多くみられる(図4).
波形分析において考慮すべき因子に,胎児心拍数や呼吸様運動をはじめとする生体生理的活性(biophysical activity)や測定部位などがあげられる.対象血管は臍帯動脈・静脈,中大脳動脈,下大静脈,下行大動脈,子宮動脈などである.胎児発育不全症例に対する臍帯動脈,中大脳動脈の血流指標は胎児の状態との関連性が示されている.
7.4 胎児評価法の限界
前述の評価法,およびその他の各種胎児評価法の普及は,周産期死亡の減少に大きく貢献してきた.しかし,適切な運用にあたっては,陰性的中率は高いが陽性的中率は低く,偽陽性が多いという限界と問題点を理解しておく必要がある.NST,CST,BPS,modified BPS にて胎児の状態良好と判定したにもかかわらず,1 週間後に胎児死亡に至る例は,1,000 例あたりそれぞれ2~6.5,0.4,0.7~0.8,0.8と報告されている165).
7.5 胎児心疾患のスクリーニング
両親のどちらかあるいは両方が心疾患を有する場合,胎児に心疾患を合併する頻度が上昇することが知られているため(第1 章3.5 遺伝カウンセリングを参照のこと),先天性心疾患の高リスク群として,超音波検査による胎児心臓スクリーニングの適応と考えられている.なお,超音波検査も出生前診断の1 つであることから,検査前に患者本人・家族に対して十分な説明と同意を得ることがきわめて重要となる.また,わが国では母体保護法によって妊娠22 週以降の人工中絶は認められていない点にも留意する必要がある.
7.5.1 検査施行者
胎児心臓超音波検査に十分精通した検査者(産科医,小児循環器科医,または超音波検査技師)がスクリーニングさらには精密検査を施行するのが望ましい.現在,わが国で妊婦健診の際に施行されている産科超音波検査は,そ
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A.正常(reactive NST)一過性頻脈が20 分間に2 回以上みられる場合は正常(reactive NST)で,胎児の健康状態は良好であると判断する.
B.異常(non reactive NST)一過性頻脈が20 分間に2 回以上みられない場合は異常(non reactive NST)とする.
陽性(positeve CST) 10 分以内に至急収縮が3 回あり,遅発一過性頻脈が全子宮収縮の半数以上にみられる場合は陽性とし,異常とする.
図2 胎児心拍数モニタリングによるノンストレステスト
図3 胎児心拍数モニタリングによるコントラクション・ストレステスト
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の観察項目や目的が不均一であり,胎児スクリーニング検査の体制が確立されていない.そのため,家族,とくに母親が先天性心疾患を有する場合は,胎児は高リスク群として,スクリーニング検査を行うことが望ましい.
7.5.2 観察の時期
ESC ガイドラインでは,高リスク胎児の心臓スクリーニング検査は,妊娠18~22 週に行うことが推奨されている49).妊娠20 週台前半は,胎児心臓の観察がもっとも容易な時期であるが,半月弁の狭窄性疾患や房室弁の逆流性疾患では,妊娠後期に心臓の形態異常が明らかになってくることがあるため,妊娠30 週以降に再検することが望ましい.妊娠35 週を過ぎると胎児心臓の詳細な観察は難しくなる. 7.5.3 観察のポイント
胎児心四腔断面のみの観察では,胎児心疾患の診断率は十分ではなく,動脈弁狭窄や大血管転位といった疾患は診断困難である.胎児心スクリーニングを行う場合は,四腔断面と流出路断面・三血管断面で評価されることが多いが,スクリーニング陽性の症例に対して精密検査を行う場合には,より多くの心臓基本断面の観察が必要になる166, 167).胎児心スクリーニング検査の基本断面の観察時のポイントについて以下に示す(図5).
1 腹部断面:胃泡の位置,下行大動脈および下大静脈の
位置の観察.左右の確認. 2 四腔断面:心尖部の向き,心臓の大きさ(total cardiac
dimension: TCD,cardio thoracic area ratio: CTAR),心内形態(心房・心室の左右のバランス,中隔の形態,房室弁の形態,心室壁の厚さ),房室弁逆流,肺静脈の形態と流速などの観察. 3 流出路断面・三血管断面:動脈弁の形態,大血管の大
きさ・血管分岐,それぞれの血管の位置関係などの観察.なお,胎児心疾患を有する場合は不整脈や心外異常を合併する率が高く,これらの合併疾患によっては,児の予後が大きく左右される可能性もあるため,心臓以外の形態異常の有無あるいは胎児発育の評価も必要である168).
実際の検査手順の詳細については,日本胎児心臓病研究会が作成した「胎児心エコー検査ガイドライン」169)やInternational society of ultrasound in obstetrics and gynecology(ISUOG)が作成した「ISUOG Practice Guidelines(updated): sonographic screening examination of the fetal heart」170)などを参照されたい.
表15 Biophysical Profile Score(BPS)の判定基準合計スコアにより胎児の状態を評価する.4 点以下は異常.
正常(スコア=2)異常(スコア= 0)
胎児呼吸様運動(FBM) 30 秒以上のFBM が30 分間に1 回以上30 秒以上のFBM を30 分間で認めない胎動(FM)明瞭な躯幹/ 四肢の運動が30 分間に3 回以上(連続運動は1回と数える)躯幹/ 四肢の運動が30 分間に2 回以下胎児筋緊張(FT)躯幹/ 四肢の伸展とそれに引き続く屈曲が30 分間に1 回以上か,手掌の開閉運動が1 回以上弱い四肢の伸展位で屈位に回復しない,胎動消失,手掌が一部開いたままNon Stress Test(NST)胎動に伴う一過性頻脈(15 bpm 以上,15 秒以上)が20 分間で2 回以上一過性頻脈が20 分間で1 回以下か,15 bpm未満のとき羊水量(AFV)垂直断面像で2 cm 以上の羊水ポケットが認められる羊水ポケットがないか,2 cm 未満のとき( )
臍帯動脈血流拡張期の逆流出現は,胎児胎盤循環不全の可能性を示唆する.図4 臍帯動脈逆流(超音波ドプラ血流計測)
p.32
8 産後の管理,産褥,いかにして 循環器科に移行するか
8.1 分娩~産褥の生理と管理
妊娠中は,循環血液量増加や心拍数増加,凝固系亢進や線溶系低下により,分娩時出血に耐えうる生理的変化が起こっている(第1 章1. 妊娠・分娩の循環生理:妊娠・出産における母体の変化を参照のこと).しかし,分娩時出血によって,循環系は数週間のうちに劇的に変化する.妊娠32~34 週までに非妊時より約40% 増加した循環血液量は,出血などにより分娩直後には約1,000 mL 減少し,分娩3 日目までの体液移動により再び900~1,200 mL 増加し,約4 ~6 週間かけてもとに戻る.赤血球量は分娩後8週までに正常に回復し171),心拍出量は分娩後8 ~10 週の測定で正常に回復したという報告がある172).糸球体濾過量とクレアチニン・クリアランスは妊娠中に増加するが,分娩後8 週までに非妊時のレベルまで減少する.
妊娠高血圧症候群(HDP)の根本的な治療は妊娠の終了であるが,分娩後も影響が残っているため厳重な管理を要する.その際にはHDP の分類別の病態を十分に理解し,合併症の併発リスクを考慮した管理を行う.HDP は,絨毛細胞障害に血管内皮傷害,全身炎症が加わることで起こり,全身の血管透過性が亢進する加重型(superimposed)や妊娠高血圧腎症(preeclampsia),妊娠負荷に対する恒常性の破綻により血圧が上昇する妊娠高血圧症(gestational
hypertension),妊娠前から高血圧症のある高血圧合併妊娠(chronic hypertension)の3 つに分けた考え方で管理を行う.
8.1.1 輸液管理
分娩後,数日間は血管透過性の亢進が続き,高血圧に伴う肺静脈圧の亢進や膠質浸透圧の低下などにより子癇や,肺・肝・腎などの重要臓器に機能不全を起こす可能性がある.そのため,とくに分娩後36~48 時間はバイタルサインをモニタリングし,水分出納管理,血液検査,画像検査を必要に応じて行う.軽症HDP の場合であっても,分娩後に重症化する場合もあり注意する.
呼吸不全を伴う急性肺水腫は,重症妊娠高血圧腎症の2.9% に起こり,その70% は分娩後に起きる173).また, HDP に対する過量輸液投与と急性肺水腫発症には強い相関関係があり,5,000 mL 以上での相対リスクが1.9 倍, 10,000 mL で4.0 倍,15,000 mL で9.0 倍にまで上昇するとの報告がある174).とくに,腎機能障害,高度浮腫,胸水・高度腹水貯留,子癇,HELLP 症候群,産科的播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulatioin cyndrome: DIC)徴候またはこれが疑われる症例では,分娩後早期から,1 高血圧に対する降圧療法,2 SpO2 モニタリングのもと利尿薬投与,3 子癇予防のための硫酸マグネシウム投与,4 静脈血栓塞栓症予防のための対応などを検討し,それらを含めた厳重な輸液管理を行う175).利尿薬投与に関してガイドライン化されているものは少ないが,「British Columbia Reproductive Care Program(BCRCP)
A 四腔断面像
図5 正常な胎児心臓超音波検査図のシェーマB 三血管断面像
三血管断面像:左前から右後ろにかけて,ほぼ一直線上に並ぶ3 本の血管の断面が描出される.血管径は左前から,大,中,小の順番である.
四腔断面像:心臓が胸郭やや左に存在し,心尖部は左側を向く.心断面積は胸郭断面積の約1/3を占める.左右の心房心室は同等の大きさである.
左
右室左室右房
左房
下行大動脈左下行大動脈
主肺動脈上行大動脈上大静脈
p.33
2006」176)では,抗菌薬以外に生食や等張液を80 mL/ 時で点滴静注し,4 時間を1 つのブロックとして尿量を記録し,2 ブロック連続で40 mL/ ブロック未満の場合は,輸液量に合わせてフロセミドやアルブミン製剤を利用して利尿を図ることを勧めている.
8.1.2 血圧管理
分娩中に降圧治療を行っていた場合は継続し,高血圧脳症や重要臓器障害の予防のため,重症高血圧未満または妊娠前のコントロール域を目標に管理する.重症でも目標血圧域に関しては一定の基準はなく,重症の妊娠高血圧腎症や早期発症型ではより厳重な降圧管理が必要であり,英国National institute for health and care excellence(NICE)のガイドライン177)では<150/100 mmHg,カナダ産科婦人科学会(Society of Obstetricians and Gynaecologists of Canada: SOGC)の妊娠高血圧症候群の治療ガイドライン178)や米国産科婦人科学会(American college of obstetricians and gynecologists: ACOG)の妊娠高血圧腎症の治療ガイドライン179)では<160/110 mmHg を保つことを推奨している.また,降圧療法中は尿量低下にも注意する.高血圧腎症では25% 以上が産後に悪化する可能性があるため179),血圧測定とともに血小板数,AST/ALT,血清クレアチニンなどの血液検査や,in-out balance を測定し,軽症~中等症の場合でも重症に移行しないか注意観察する.HDP に伴う高血圧は,多くは分娩後1 週間以内に軽快するが,重症の場合は2 ~12 週間高血圧が持続する場合がある.退院後に血圧が再上昇し,産後1 週間頃に脳卒中に関連した母体死亡の頻度が高まるという報告もある180).少なくとも産褥12 週までフォローが必要だが,産後12 週以降も継続する高血圧の場合は内科医師とともに管理を行うことを考慮する.降圧薬の選択は,基本的には妊娠中と同様であるが,カプトプリル,エナラプリルなどのACE 阻害薬については少量の乳汁移行はあるものの,その安全性が確認されている.
重症高血圧,産褥子癇,脳出血,腎不全,HELLP 症候群,DIC などの重篤な合併症を危惧する重症妊娠高血圧腎症の場合は,病状と薬理作用に注意して薬剤を選択し,密に血圧を測定しながら投与量を調節する.とくに,ヒドララジンはその反射性交感神経作用と血管拡張作用から,脳出血急性期,過度の頻脈,心臓病合併には禁忌であり,蓄積性薬剤のため使用後は低血圧(収縮期血圧<90 mmHg)に気を付ける.また,ラベタロールは喘息合併の場合禁忌であることは注意する.そのため,高血圧緊急症や子癇発作の場合は,ニカルジピンの点滴静注の方が安全である.ニカルジピンは静注製剤のなかでももっとも半減期が短く,調節性にも優れているので使用しやすい181).
帝王切開後などで非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)を使用する際は,NSAID のプロスタグランジン産生抑制作用により腎障害を起こすことがある.とくに,高度腎機能障害(推算糸球体濾過量[eGFR]<50~60 mL/分/1.73 m)や,乏尿,クレアチニン上昇(≧1.3 mg/dL),血小板減少(<50×109 /L)などを認める場合には使用を避けることが望ましい178, 182).蛋白尿は早期に発症し,重症であるほど残存する期間が長い.産後12 週経過しても残存している場合は,内科医師とともに管理していくことを考慮する183).
9 感染性心内膜炎
感染性心内膜炎(IE)の発症には2 つの要因が関与する.心臓もしくは血管に感染しやすい部分があることと,菌血症を生ずる感染源の存在である.易感染病変は高速血流のジェット衝撃の加わる部分,乱流,ずり速度の速い部分である.感染リスクの高い心疾患は,心内膜炎の既往,チアノーゼ性先天性心疾患,大動脈肺動脈吻合術後,人工弁などの,合併症発生率や死亡率が高い疾患群である.一方, VSD や僧帽弁逆流の合併した僧帽弁逸脱症などの比較的軽症の疾患群は,欧米ではAHA のガイドライン(2007 年改訂)以降はIE の高リスク疾患から除外されることとなったが184),これらの疾患の心内膜炎発症後の死亡率は決して低くはない.そこで,日本循環器学会の「成人先天性心疾患診療ガイドライン(2017 年改訂)」79)と「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2017 年改訂)」185)では,引き続き低リスク群以外のIE の予防投与を行うことを否定するものではないとしている(表16,表17).
9.1 頻度,予後
IE は発生頻度が低い.また,妊娠中の循環血液量が増加することで,心内膜炎による心不全,頻拍,動悸などの症状はマスクされるために診断が遅れることが多い.心疾患全体を対象とした全国調査では,産科的処置後の心内膜炎をわずかながら認めており186),海外の報告では発生率は0.006% 程度とされている187-189).しかし,いったんIE を発症すると,母体死亡率は11 ~33%,胎児死亡率は14 ~ 29% と報告されており187-189),注意を要する.
p.34
表16 基礎心疾患別リスクと予防的抗菌薬投与
IE リスク推奨クラスエビデンス
レベル
1.高度リスク群(感染しやすく,重症化しやすい患者)
• 人工弁術後• IE の既往• 姑息的吻合術や人工血管使用例を含む未修復チアノーゼ型先天性心疾患• 手術,カテーテルを問わず人工材料を用いて修復した先天性心疾患で修復後6 ヵ月以内• パッチ,人工材料を用いて修復したが,修復部分に遺残病変を伴う場合• 大動脈縮窄I B 2.中等度リスク群(必ずしも重篤とならないが,心内膜炎発症の可能性が高い患者)
• 高度リスク群,低リスク群を除く先天性心疾患(大動脈二尖弁を含む) • 閉塞性HCM • 弁逆流を伴う僧帽弁逸脱IIa C 3.低リスク群(感染の危険性がとくになく,一般の人と同等の感染危険率とされる患者)
• 単独の二次孔型ASD • 術後6ヵ月を経過し残存短絡を認めないVSD またはPDA • 冠動脈バイパス術後• 弁逆流を合併しない僧帽弁逸脱• 生理的,機能性または無害性心雑音• 弁機能不全を伴わない川崎病の既往III Cエビデンス評価の詳細は,感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2017 年改訂版)の「CQ5:小児/ 先天性心疾患に対する歯科処置に際して抗菌薬投与はIE 予防のために必要か?」参照(日本循環器学会.2017
185)より)
表17 感染性心内膜炎高リスク患者における,各手技と予防的抗菌薬投与
抗菌薬投与状況推奨クラスエビデンス
レベル
予防的抗菌薬投与を行うことを強く推奨する・ 歯科口腔外科領域:出血を伴い菌血症を誘発するすべての侵襲的な
歯科処置(抜歯などの口腔外科手術・歯周外科手術・インプラント手術,スケーリング,感染根管処置など)・ 耳鼻科領域:扁桃摘出術・アデノイド摘出術・ 心血管領域:ペースメーカや植込み型除細動器の植込み術I B
抗菌薬投与を行ったほうがよいと思われる・ 局所感染巣に対する観血的手技:膿瘍ドレナージや感染巣への内視
鏡検査・治療(胆道閉塞を含む)・ 心血管領域:人工弁や心血管内に人工物を植え込む手術・ 経尿道的前立腺切除術:とくに人工弁症例IIa C
予防的抗菌薬投与を行ってもかまわない.ただし,IEの既往がある症例には予防的抗菌薬投与を推奨する・ 消化管領域:食道静脈瘤硬化療法,食道狭窄拡張術,大腸鏡や直腸
鏡による粘膜生検やポリープ切除術,胆道手術・ 泌尿器・生殖器領域:尿道拡張術,経膣分娩・経膣子宮摘出術,子宮内容除去術,治療的流産・人工妊娠中絶,子宮内避妊器具の挿入や除去・ 心血管領域:心臓カテーテル検査・経皮的血管内カテーテル治療・ 手術に伴う皮膚切開(とくにアトピー性皮膚炎症例) IIb C
予防的抗菌薬投与を推奨しない・ 歯科口腔外科領域:非感染部位からの局所浸潤麻酔,歯科矯正処
置,抜髄処置・ 呼吸器領域:気管支鏡・喉頭鏡検査,気管内挿管(経鼻・経口)・ 耳鼻科領域:鼓室穿孔時のチューブ挿入・ 消化管領域:経食道心エコー図・上部内視鏡検査(生検を含む)・ 泌尿器・生殖器領域:尿道カテーテル挿入,経尿道的内視鏡(膀胱尿道鏡,腎盂尿管鏡)・ 心血管領域:中心静脈カテーテル挿入III B
(日本循環器学会.2017 185)より)
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9.2 治療
抗菌薬は,非妊娠時と同様に起因菌の抗菌薬感受性に応じて使用する(抗菌薬の使用方法については,「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2017 年改訂)」185)参照のこと).ペニシリン,アンピシリンは安全であるが,ゲンタマイシン使用は胎児に聴覚障害を生じる可能性があるため,非常に重篤な状況で,利益がリスクを上回る場合のみ使用を検討することを,ESC 20)をはじめ多くのガイドラインが推奨している.2015 年の非妊婦のIE 治療に対するAHA のステートメント190)では,腸球菌に対する治療オプションとしてdouble β-lactam(アンピシリン+セフトリアキソン)もあげられているが,妊婦における多剤併用の効果・リスクはエビデンスがなく不明である.また, ESC の妊娠中の心血管疾患管理ガイドライン20)では,ペニシリン,アンピシリン,アモキシシリン,ダプトマイシン,エリスロマイシン,セファロスポリンは使用可とされているが,国内における妊婦におけるダプトマイシンの使用に関しては,2018 年の時点ではまだエビデンスがなく不明である.
妊娠中の心内膜炎に対する心臓外科手術は流産を生じる可能性が高く,集学的なチームにおいて慎重な検討が必要である.
9.3 予防
経膣分娩後の菌血症の頻度は0~5% と低いが186),中・高度リスク疾患群では感染を起こした場合の重大性と抗菌薬の費用を比較した場合,抗菌薬投与を否定する根拠はなく,また抗菌薬投与のリスクとされる抗菌薬アレルギーはほとんど認められていない20, 184, 185, 190).
以上より本ガイドラインでは,心疾患を有する女性の産科的手術・手技や分娩時の抗菌薬の予防投与の適応を以
下のように考える. • 少なくともIE の高度リスク群においては,分娩時の抗
菌薬の予防投与を推奨する20, 184, 185, 190). • 高リスク以外の心疾患では,IE の発生確率が低いこと
を考慮して抗菌薬の予防投与を強くは推奨しないが,その他の合併症予防などのリスク・ベネフィットの観点から,予防投与を行うことを否定するものではない.以上のような見解を医療従事者から患者に十分に説明することが重要である.そのうえで,予防投薬の判断は個々の症例や妊娠の状況,社会状況によって異なり,実際に診療に携わる産科または循環器担当医や,感染症科医の専門的な判断に委ねることとする.
泌尿生殖器や消化管に対する手術・処置後に発生する心内膜炎の起因菌の多くがEnterococcus faecalis であることを考慮し,分娩時に主として腸球菌をターゲットとした予防投薬を行うことが一般的であるが,Enterococcus faecium はほとんどがペニシリン非感性である.また,近年は黄色ブドウ球菌によるIE も増加している185)ことも念頭におく必要がある(表18).
10 妊娠中の薬物療法(表19 ~27)
妊娠時の薬物療法について表19 ~27 にまとめた.薬物療法における妊娠総合評価の定義は表19,授乳総合評価の定義は表20 に示した.実臨床で使用される場合を想定し,一部で添付文書の記載とは異なる推奨となっている.使用に際しては,それぞれの病態・重症度に応じて適宜判断する必要がある.
表18 抗菌薬の標準的予防投与法
経口投与βラクタム系抗菌薬
アレルギー抗菌薬投与量投与回数備考
可能なしアモキシシリン2 g *1, *2単回処置前1 時間に投与
不可能なしアンピシリン1~2 g単回
処置開始30 分以内に静注,筋注,または手術開始時から30 分以上かけて点滴静注セファゾリン1 gセフトリアキソン1 g処置開始30 分以内に静注,または手術開始時から30 分以上かけて点滴静注
*1 または体重あたり30 mg/kg *2 なんらかの理由でアモキシシリン2 g から減量する場合は,初回投与5~6 時間後にアモキシシリン500 mg の追加投与を考慮する
p.36
表21妊娠中の薬物療法(抗凝固薬)
分類一般名添付文書妊婦への
使用妊娠中投与の疫学研究評価妊娠総合評価妊娠転帰への
影響や管理上の注意授乳総合評価投与中の授乳
クマリン誘導体ワルファリン禁忌第1 三半期:胎児ワルファリン症候群(骨・軟骨形成異常,IUGR, 精神
運動発達遅滞等)第2~3 三半期: 出血性合併症による中枢神経系異常や死産率上昇×〇
未分画ヘパリンヘパリンおそらく安全である○〇
低分子ヘパリンエノキサパリンおそらく安全である○〇
ダルテパリン禁忌おそらく安全である○〇
ヘパリノイドダナパロイドデータは限られるが,使用経験からおそらく安全と考えられる△〇
抗血小板薬アスピリン(低用量)おそらく安全である○〇
ジピリダモールデータは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△〇
チクロピジンデータは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△ △授乳児に出血性合併症の報告があるクロピドグレルデータは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△ △シロスタゾール禁忌データは限られる▲臨床的有用性で判断する△プラスグレルデータは限られるが類薬からおそらく安全と考えられる△ △
合成Xa 阻害薬フォンダパリヌクスデータは限られるが使用経験からおそらく安全と考えられる△〇
表19 妊娠総合評価の定義
疫学研究で安全性が示唆されるもの
ヒトでのデータは限られるが類薬や経験からおそらく安全と考えられるものヒトでのデータがないか限られていて,経験も少なくリスクが否定できないもの催奇形性や妊娠転帰に影響する毒性のリスクが明らかであるもの.または,動物実験でリスクが強く疑われ,リスクを否定する疫学研究がないもの動物実験デ-タのみのもの.また,類薬がないか,類薬での情報や経験が乏しく評価できないもの表20 授乳総合評価の定義
疫学データ,使用経験,薬理学的特性からおそらく可能と考えられるものヒトでのデータがないか限られており,推奨できる根拠に乏しいもの
薬剤による毒性のリスクが明らかであるもの
ヒトでのデータがなく,リスクを評価できないもの
p.37
表21妊娠中の薬物療法(抗凝固薬)(続き)
分類一般名添付文書妊婦への
使用妊娠中投与の疫学研究評価妊娠総合評価妊娠転帰への
影響や管理上の注意授乳総合評価投与中の授乳
直接Xa 阻害薬リバーロキサバン禁忌データは限られる▲臨床的有用性で判断する催奇形性との関連を示唆する報告はこれまでのところない母体, 胎児,新生児の出血性合併症に注意を要する△
エドキサバンデータは限られる▲ △
アピキサバンデータは限られる▲ △
トロンビン直接阻害薬ダビガトランデータは限られる▲臨床的有用性で判断する母体, 胎児,新生児の出血性合併症に注意を要する△
p.38
表22妊娠中の薬物療法(降圧薬)
分類一般名添付文書妊婦への
使用妊娠中投与の疫学研究評価妊娠総合評価妊娠転帰への
影響や管理上の注意授乳総合評価投与中の授乳
中枢性交感神経抑制薬メチルドパおそらく安全である○〇
クロニジンデータは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△ △母乳移行量は少ないが母乳産生へ影響するため推奨されない
β遮断薬β1 選択性,ISA(-)アテノロール第1 三半期:おそらく安全と考えられる
第2~3 三半期:胎児体重,胎盤重量の減少,IUGR,徐脈,低血糖△
催奇形性との関連は示されていない第2 三半期からの使用で胎児体重,胎盤重量との関連が示されている
ISA を持たない製剤でとくに注意が必要との報告がある
分娩直前の投与では新生児のβ遮断作用出現に注意を要する△新生児で有害事象( チアノーゼ,徐脈,血圧低下)の報告があり使用時には慎重な観察が必要
ビソプロロール禁忌データは限られる( 類薬参照) △ △メトプロロール禁忌データは限られる( 類薬参照) △〇ベタキソロール禁忌データは限られる( 類薬参照) △ △
β1 選択性,ISA(+)アセブトロール禁忌データは限られる( 類薬参照) △ △母乳に移行しやすく,乳児に有害事象(低血圧,徐脈)の報告があり使用時には慎重な観察が必要
セリプロロール禁忌データはない( 類薬参照) △ -ピンドロール禁忌データは限られる( 類薬参照) △〇
β1 非選択性,ISA(-)プロプラノロール第1 三半期:おそらく安全と考えられる
第2~3 三半期:胎児体重,胎盤重量の減少,IUGR,徐脈,低血糖△〇
ナドロールデータは限られる( 類薬参照) △ △
αβ遮断薬ラベタロールおそらく安全である○〇
カルベジロール禁忌データは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△〇アロチノロール禁忌データはない▲臨床的有用性で判断する-
α遮断薬ウラピジルデータはない▲臨床的有用性で判断する-
ドキサゾシンデータはない▲臨床的有用性で判断する△薬剤の母乳移行量は少ないが,活性代謝物の半減期が長く移行の可能性があり使用時には慎重な観察が必要
p.39
表22 妊娠中の薬物療法(降圧薬)(続き)
分類一般名添付文書妊婦への
使用妊娠中投与の疫学研究評価妊娠総合評価妊娠転帰への
影響や管理上の注意授乳総合評価投与中の授乳
末梢血管拡張薬ヒドララジンおそらく安全である○第3 三半期の使用で新生児血小板減少の報告がある〇
カルシウム拮抗薬ニフェジピン20 週未満は禁忌おそらく安全である○〇
二カルジピン内服薬は
禁忌データは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△〇
ジルチアゼム禁忌データは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△〇
アムロジピン禁忌データは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△〇
シルニジピン禁忌データは限られるが類薬からおそらく安全と考えられる△ -
ベニジピン禁忌データは限られるが類薬からおそらく安全と考えられる△ -
マニジピン禁忌データは限られるが類薬からおそらく安全と考えられる△ -
アゼルニジピン禁忌データは限られるが類薬からおそらく安全と考えられる△ -
硝酸薬硝酸イソソルビドデータは限られる△ -
ニトログリセリンデータは限られる△ -
ACE 阻害薬カプトプリル禁忌第1 三半期:おそらく安全である
第2~3 三半期:腎機能障害, 羊水過少, 肺低形成,頭蓋・顔面・四肢形成異常, IUGR, IUFD, 新生児死亡のリスク上昇初期△,中後期×妊娠が成立したらただちに他剤へ変更する※ほかのACE 阻害薬でも同様のリスクがあると考えられる〇
エナラプリル禁忌初期△,中後期×〇
ARBカンデサルタン禁忌第1 三半期:おそらく安全である
第2~3 三半期:腎機能障害, 羊水過少, 肺低形成,頭蓋・顔面・四肢形成異常, IUGR, IUFD, 新生児死亡のリスク上昇初期△,中後期×妊娠が成立したらただちに他剤へ変更する※ほかのARB でも同様のリスクがあると考えられる〇
ロサルタン禁忌初期△,中後期×〇
直接的レニン阻害薬アリスキレン禁忌データはない×第1 三半期に関する情報はない第2~3 三半期にはACE 阻害薬, ARB と同様のリスクがある可能性がある-
p.40
表23 妊娠中の薬物療法(利尿薬)
分類一般名添付文書妊婦への
使用妊娠中投与の疫学研究評価妊娠総合評価妊娠転帰への
影響や管理上の注意授乳総合評価投与中の
授乳
利尿薬フロセミドおそらく安全である△循環血漿量の減少による胎盤還流低下のリスクのため,妊娠中の高血圧や末梢浮腫には使用しない〇
スピロノラクトンデータは限られる△初期に曝露した男児で外性器異常の報告がある抗アンドロゲン作用による可能性があるが症例が少ないため関連は不明〇ヒドロクロロチアジドおそらく安全である○循環血漿量の減少による胎盤還流低下のリスクのため,妊娠中の高血圧や末梢浮腫には使用しない〇
表24 妊娠中の薬物療法(抗不整脈薬)
分類一般名添付文書妊婦への
使用妊娠中投与の疫学研究評価妊娠総合評価妊娠転帰への
影響や管理上の注意授乳総合評価投与中の授乳
IAキニジンおそらく安全と考えられる○子宮収縮作用の報告がある〇
プロカインアミドデータは限られるが,使用経験からおそらく安全と考えられる△〇
ジソピラミドデータは限られるが,使用経験からおそらく安全と考えられる△子宮収縮作用の報告があるが症例が少ないため関連は不明〇
シベンゾリンデータはないが,使用経験からおそらく安全と考えられる△ -
IBリドカインおそらく安全と考えられる(局所麻酔としての報告) ○〇
メキシレチンデータは限られるが,使用経験からおそらく安全と考えられる△〇
フェニトインデータは限られる▲過去にてんかん治療における妊娠中使用で先天奇形発生リスク上昇が報告されたが最新の報告では否定的〇アプリンジン禁忌データはない▲ -
ICフレカイニド禁忌データは限られるが,使用経験からおそらく安全と考えられる△〇
プロパフェノンデータは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△〇
ピルジカイニドデータは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△ -
p.41
表24 妊娠中の薬物療法(抗不整脈薬)(続き)
分類一般名添付文書妊婦への
使用妊娠中投与の疫学研究評価妊娠総合評価妊娠転帰への
影響や管理上の注意授乳総合評価投与中の授乳
IIアテノロール第1 三半期:おそらく安全と考えられる
第2~3 三半期:胎児体重,胎盤重量の減少,IUGR,徐脈,低血糖△催奇形性との関連は示されていない第2 三半期からの使用で胎児体重,胎盤重量との関連が示されているISA をもたない製剤でとくに注意が必要との報告がある分娩直前の投与例では新生児のβ遮断作用出現に注意を要する△新生児で有害事象(チアノーゼ,徐脈,血圧低下)の報告があり使用時には慎重な観察が必要
プロプラノロール第1 三半期:おそらく安全と考えられる
第2~3 三半期:胎児体重,胎盤重量の減少,IUGR,徐脈,低血糖△〇
メトプロロール禁忌データは限られる( 類薬参照) △〇ランジオロールデータはない( 類薬参照) △ -
カルベジロール禁忌データは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△〇
IIIアミオダロンデータは限られる▲ヨウ素を含むため胎児甲状腺機能低下の可能性がある一過性甲状腺機能低下の報告があり,使用時には慎重な観察を要する×薬剤,ヨウ素は母乳に移行する.半減期が長いため乳児の甲状腺機能異常のリスクがあり推奨されない
ソタロールデータは限られる△ β遮断薬と同様のリスクの可能性がある△母乳移行量が多いため,使用時には慎重な観察が必要
IVベラパミル内服薬は
禁忌データは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△〇
ジルチアゼム禁忌データは限られるが類薬と経験からおそらく安全と考えられる△〇
クラス外アデノシン薬効動態ならびに経験から安全と考えられる〇〇ジギタリス
製剤ジゴキシンおそらく安全である○〇
p.42
表25 妊娠中の薬物療法(肺高血圧薬)
分類一般名添付文書妊婦への
使用妊娠中投与の疫学研究評価妊娠総合評価妊娠転帰への
影響や管理上の注意授乳総合評価投与中の
授乳
プロスタグランジン製剤ベラプロスト禁忌データは限られるが,薬理学的性質と使用経験からおそらく安全と考えられる△〇
エポプロステノール△〇トレプロスチニル△ △イロプロスト△ △セレキシパグデータはない▲臨床的有用性で判断する-
エンドセリン受容体拮抗薬(ERA)ボセンタン禁忌データは限られる×動物実験でERA に共通の催奇形性が示されている(心血管,口蓋,下顎奇形,
甲状腺・胸腺異常など)重症肺高血圧で投与の有用性がリスクを上回らない限り妊娠中は投与されない△
アンブリセンタン禁忌データはない× △マシテンタン禁忌データはない× △
PDE5 阻害薬シルデナフィルデータは限られる△ △
タダラフィルデータは限られる△ △
sGC 刺激薬リオシグアト禁忌データはない- -
表26妊娠中の薬物療法(抗心不全薬)
分類一般名添付文書妊婦への
使用妊娠中投与の疫学研究評価妊娠総合評価妊娠転帰への
影響や管理上の注意授乳総合評価投与中の
授乳
PDE 3 阻害薬ミルリノンデータは限られるが,使用経験からおそらく安全と考えられる△ △
オルプリノン禁忌データはない▲臨床的有用性で判断する-ピモベンダンデータはない▲臨床的有用性で判断する-
hAMPカルペリチドデータはない▲臨床的有用性で判断する-
カテコラミンドパミン初期:データはない
中期後期:データは限られるが,使用経験からおそらく安全と考えられる△〇
ドブタミンデータは限られるがおそらく安全と考えられる△〇イソプロテレノールデータは限られるがおそらく安全と考えられる△〇
バソプレシン受容体拮抗薬トルバプタン禁忌データはない- -
p.43
11 心疾患の重症度と 望ましい管理施設基準
心疾患を有する女性の妊娠では,妊娠による循環動態,呼吸機能,血液学的・内分泌学的・自律神経学的変化などが加わる(第1 章1. 妊娠・分娩の循環生理:妊娠・出産における母体の変化を参照のこと)ことにより,背景となる心疾患の病態が修飾される25).また,出産時は循環動態が急激に変動する.この妊娠・出産時の変化に対する,母体・胎児の適応の程度は,母体の心疾患の重症度に応じて異なる.したがって,心疾患を有する女性の妊娠・出産管理体制は,母体の心疾患の重症度に大きく依存する.心疾患の多数を占める軽症心疾患の場合(NYHA 心機能分類I 度)は,一般の妊娠と同様に,妊娠・出産リスクは低く(レベルB),妊娠・出産時の循環動態の変化に十分に対応が可能である.循環器担当医のコンサルテーションを受けつつ,産科医が中心となり妊娠・出産を進められる(循環器を専門とする施設でなくても管理可能である)
5, 25, 58)
(レベルB).しかし,中等症以上の心疾患(NYHA 心機能分類II 度以上,チアノーゼ性疾患の修復術後など)では,妊娠・出産時に心血管系合併症を生じる場合があり5, 25, 45, 194),胎児へのリスクも高い45, 66, 68, 195)(レベルB).したがって,中等症以上の心疾患を有する女性で,妊娠・出産のリスクが高いことが予想される場合は,計画的に妊娠する必要があり,妊娠後は循環器を専門とする施設で診療を受けることが推奨される.また,思春期や成人期を迎えた先天性心疾患を有する女性は,出産設備の整った成人先天性心疾患診療施設に紹介されることが,推奨され
表27妊娠中の薬物療法(その他)
分類一般名添付文書妊婦への
使用妊娠中投与の疫学研究評価妊娠総合評価妊娠転帰への
影響や管理上の注意授乳総合評価投与中の
授乳
ペニシリン系アンピシリン○ ○
アモキシシリン○ ○
セファロスポリン系セフトリアキソンおそらく安全である〇〇
アミノグリコシド系ゲンタマイシン初期:おそらく安全である中後期:ほかのアミノグリコシド系抗菌薬で聴覚神経への影響が報告されているが本薬剤での報告はない初期〇,中後期△〇
グリコペプチド系バンコマイシン初期:データなし中後期:データは限られる(感音性難聴や腎毒性はみられていない) △〇
表28 中等症の心疾患患者における妊娠・出産の管理を行
うための循環器を専門とする施設の基準1 循環器科を専門とする医師(循環器内科医,循環器小児科医,
心臓血管外科医など)によるコンサルテーションが,妊娠・出産時を通じて容易に得られる2 カテーテル・インターベンションや心臓外科手術が施行可能で
あり,24 時間体制で心血管造影室や手術室が使用可能である(まれであはあるが,妊娠中の病態悪化に対し,カテーテル・インターベンションや心臓血管手術を緊急に行わざるを得ない場合がある) 3 麻酔科医が常駐(24 時間対応)し,中心静脈圧,動脈圧,肺
動脈圧などの連続モニターが可能であり,麻酔装置が常備されている.さらに,緊急帝王切開や無痛分娩に対応できる4 臨床工学技士の協力がつねに得られ,人工呼吸器,人工心肺装
置,大動脈内バルーンパンピング(IABP)装置,経皮的心肺補助装置を含む機器が,つねに使用可能である5 集中治療施設があり,各科医師,助産師,産科病棟看護師の協
力が得られる6 新生児科医が常駐し,分娩に立ち会える.妊娠22 週以降の病
的新生児,早産・低出生体重児管理が可能な新生児集中治療室(NICU)を備えている7 人工妊娠中絶を安全に行える8 分娩待機室が完備されている9 重症の母体や胎児の状態を観察でき,必要に応じて入院管理が
行える10 分娩室,分娩手術室を備えている11 心臓超音波検査(循環動態の変化を即時に的確に把握できる)
が常時稼働できる12 高リスクの心疾患女性の妊娠・出産には,産科,循環器科,循
環器小児科,麻酔科,新生児科,心臓血管外科,内科関連各科,遺伝科,さらに,心疾患分野での経験のある看護師,コメディカルを含む総合したチーム医療を必要とすることが多く,その体制を備えていること(Warnes CA, et al. 1998 45),Therrien J, et al. 2001
66),Therrien J, et al. 2001 67),Therrien J, et al. 2001 68),Celermajer DS, et al. 1993 198),Allen HD, et al. 1992
199),Report of the British Cardiac Society Working Party. 2002 200), Dodo H, et al. 2003
201),Niwa K, et al. 2004 202),丹羽公一郎.2005
203), Marelli AJ, et al. 2009
204) より作表)
p.44
る196, 197).以上より,望ましい施設基準を表28 に示す45, 66–68, 198–204).
わが国における妊娠・出産では,心疾患に関連した妊産婦死亡は,1990 年代と比較して増加している可能性があることが報告されている196).リスクの高い妊娠の場合は,妊娠・出産を慎重に計画する必要がある.高リスクの心疾患の妊娠に精通している産科医,循環器を専門とする医師(循環器内科医,循環器小児科医,成人先天性心疾患を専門とする医師,心臓血管外科医など),麻酔科医などの協
力が得られる循環器を専門とする施設での管理が必要である.加えて,心疾患を有する女性の妊娠・出産では,早産となることもあるため,新生児科医のバックアップ体制も必要である.リスクの低い妊娠の場合は,一般と同様に妊娠・出産が可能であるが,IE 予防が必要な場合が少なくない200, 202)(レベルB).
第2章 基礎心疾患別の病態
1 先天性心疾患
1.1 非チアノーゼ性心疾患(非手術例)
この章では,明らかな合併心疾患のない単純疾患の場合について述べる.肺高血圧症(Eisenmenger 症候群)合併,有意な不整脈合併,その他の有意な心臓血管疾患合併の場合には,それぞれの項に述べる.合併症のない心房中隔欠損症(ASD)などの,ごく一部の疾患を除くと,感染性心内膜炎(IE)のリスクがあるため,これらの心疾患に対しては,分娩時のIE の予防が推奨される(第1 章9. 感染性心内膜炎を参照のこと).
1.1.1 心房中隔欠損症(ASD)
ASD は,成人先天性心疾患のなかでもっともよくみられる疾患である.妊娠のために心拍出量が増大し,心雑音が大きくなった結果として,初めて診断されることがある. ASD は,短絡量が多い場合でも,とくに大きな合併症なく妊娠・出産を終えることが多いが,妊娠後期に上室不整脈が頻発するか,奇異性塞栓症を合併することがある205). ASD を有する妊婦が肺高血圧症を合併する確率は低いとされている206).僧帽弁前尖逸脱のために僧帽弁逆流を呈することがあるが,妊娠・出産について大きな問題となる
ことは少ない.未修復例と修復術後例の妊娠の比較に関する最近の後ろ向きの多施設共同研究によると,未修復例では,妊娠高血圧腎症,胎児発育不全,胎児死亡などのリスクが高かったことが報告されている207).以上より,一般的に,未修復例の妊娠・出産時の心合併症のリスクは高くないが,妊娠合併症や胎児・新生児合併症のリスクが高くなる可能性があるので,注意が必要である.modified WHO分類ではクラスII に分類され,問題なく治療されているASD よりはリスクが高い47).
ASD 単独に対する分娩時のIE の予防は不要だが,僧帽弁逆流を伴う僧帽弁逸脱を合併する場合は,分娩時のIEの予防が推奨される.
1.1.2 心室中隔欠損症(VSD)
小児期に心不全症状を示さず,左右短絡のまま成人に達した例では,妊娠・出産によく耐容する.基本的に左室容量負荷疾患であるため,妊娠中は体血管抵抗が下がることから,心不全を発症することは少ない.短絡量の少ない例では,妊娠による循環血液量の増大に伴って,心雑音が大きくなるが,循環動態的には大きな影響はない.漏斗部欠損例では,大動脈弁直下に短絡血流が存在するため,隣接する大動脈弁右冠尖が欠損孔に向かって引き込まれ(大動脈弁右冠尖逸脱),結果として,右冠尖に変形が生じて大動脈弁逆流を呈する場合がある.有意な大動脈弁逆流の場合,心室中隔欠損症(VSD)の病態を修飾することがある.
p.45
有意な大動脈弁逆流以外は,負荷は軽度で妊娠時の問題は少ない.しかし,漏斗部欠損に伴う大動脈弁逆流は進行性のことが多く,機械弁置換術後の妊娠では,抗凝固療法による母体・胎児のリスクが少なくないため(第2 章3. 2抗凝固・抗血小板療法を参照のこと),大動脈弁の変形と逆流の状態によっては,弁置換術を必要としない軽症のうちに,VSD の修復術を行うことが推奨される.高度の肺高血圧症合併例では妊娠は禁忌である(第2 章2. 肺高血圧症を参照のこと).ASD と同様に,modified WHO 分類はクラスII に分類され,問題なく治療されているVSDよりはリスクが高い47).
1.1.3 心内膜床欠損症(房室中隔欠損症)
心内膜床欠損症(房室中隔欠損症)は,通常は小児期に手術される.しかし,一次孔型ASD に僧帽弁裂隙を合併する不完全型で肺高血圧症もない例では,小児期を通じて無症状なことが多く,妊娠を契機に発見されることがある.この場合の病態は,ASD に僧帽弁逆流が合併しているにすぎず,多くの場合は妊娠・出産を通じて大きな問題なく経過する.ただし,心房性不整脈の管理が必要となることがある.肺高血圧症合併例では,VSD における場合と同様の管理が必要である.
1.1.4 動脈管開存症(PDA)
短絡量が少なく,肺動脈圧も正常の例では,とくに問題なく妊娠・出産を経過する.modified WHO 分類はクラスI に分類される47).短絡量が多い例では,妊娠経過とともにうっ血性心不全を示す可能性があるため208),妊娠前に経カテーテル的閉鎖術や手術治療を施行しておくことが望ましい.
肺高血圧症例では,妊娠そのものが禁忌である.さらに,本症では肺動脈瘤を合併することがあり,妊娠中や産褥期に,まれに大動脈や肺動脈の解離や破裂を来たす場合がある209).
1.1.5 先天性大動脈弁狭窄症 (第2 章3. 1 弁膜症と人工弁置換術後を参照のこと)
妊婦の大動脈弁狭窄症は,ほとんどが先天性二尖弁に伴うものである210).予後は弁狭窄の重症度によって異なり,軽度から中等度の狭窄では,妊娠期間を通じてなんら合併症を起こすことなく経過する.一方,最近の報告では,中等症以上では,たとえ妊娠の予後が順調であっても,遠隔期に外科的インターベンションが必要となる確率が高くなることが報告されている117).これは,妊娠が中等症以上の大動脈弁狭窄症の自然歴を悪化させる可能性を示すもの
であり,注意が必要である.
高度大動脈弁狭窄は,平均圧較差>40 mmHg,弁口面積<1.0 cm2,著しい心肥大,左室機能低下のある例である.この場合は妊娠の経過とともに,循環血液量と1 回拍出量の増大のために狭窄部の圧較差が増加する.結果として,左室の負担が増加し,肥大した左室心筋に相対的虚血を引き起こし,狭心痛,左心不全,肺うっ血を来たすのみならず,ときに突然死を来たすことすらある211).
高度大動脈弁狭窄症例では母体リスクがきわめて高い.したがって,大動脈弁置換術や経皮的バルーン大動脈弁形成術により,大動脈弁狭窄解除後に妊娠することが推奨される212).機械弁置換術後の妊娠では,抗凝固療法による母体・胎児のリスクが少なくないため(第2 章3. 2 抗凝固・抗血小板療法を参照のこと),妊娠中の抗凝固療法のリスクを回避するために,生体弁置換術またはRoss 手術*が選択肢となり得る.バルーン弁形成術は石灰化や変形の著しい弁には不適であり,また高度大動脈弁逆流を生じる可能性があるため,弁置換術の方がより確実な効果を得られる.万が一,弁狭窄未解除例が妊娠した場合には,きわめて注意深く経過を観察し,症状の出現に注意を払い,心電図や心臓超音波検査を繰り返して,変化を把握する必要がある213).妊娠早期に心症状が強く出た場合には,人工妊娠中絶を考慮する.心電図での新たな再分極(ST–T 変化)の出現や,超音波ドプラ法計測による1 回拍出量の経時的増大が認められない場合などは,注意が必要である.この場合は,安静やβ遮断薬などによる加療が必要となる.なお,高度大動脈弁狭窄症においては,心拍出量は前負荷に依存しているため,出産時の出血による前負荷の低下からショックに陥ることがある.
二尖弁性の大動脈弁狭窄症では,大動脈縮窄症やPDAなど,ほかの異常を合併している可能性もあり,注意深く評価する必要がある.また,大動脈二尖弁は大動脈嚢胞性中膜壊死を伴うとされており,妊娠7 ヵ月目以降に大動脈解離を発症することもある214).妊娠中に大動脈弁置換術を施行した症例報告も散見されるが,母体・胎児への影響は大きい215).
大動脈二尖弁で大動脈径が45 mm 未満の場合, modified WHO 分類はクラスII ~III に分類され,45 mm ~ 50 mm の場合はクラスIII,50 mm 以上の場合はクラスIVに分類される47). * Ross 手術:大動脈弁位に弁を含んだ自己の肺動脈基部を移
植し,肺動脈弁は通常生体組織弁を移植する手術.
p.46
1.1.6 肺動脈弁狭窄症
軽度のものはmodified WHO 分類はクラスI に分類される47).狭窄部圧較差が50 mmHg 以上あれば治療の対象となる.本疾患では多くの場合は心拍出量が正常範囲に保たれ,無症状であるが,妊娠を契機に心雑音や呼吸促迫で発見されることが多い.右室機能不全症状を示すことはまれである.妊娠前NYHA 心機能分類II 度の症例が,妊娠中に一時的にIII 度になったという報告もある216)ため,有症状例には注意が必要であるが,本疾患の妊娠予後は概して良好である.中等度までの肺動脈弁狭窄症は,妊娠中も大きな問題になることは少ない.高度狭窄で症状の強い例では,経皮的バルーン肺動脈弁形成術が考慮される.この際,放射線被曝に伴う器官形成異常を避けるため,妊娠中期以降まで治療を遅らせることが望ましい.
1.1.7 Ebstein 病
Ebstein 病は,三尖弁中隔尖または後尖(または両尖)の心尖部側偏位による三尖弁逆流が主たる病態である.三尖弁逆流,右室機能,さらにASD を介する右左短絡によるチアノーゼの程度などが,妊娠経過に影響する.また,しばしばWolff–Parkinson–White(WPW)症候群を合併するため,発作性上室頻拍を認めることが多く,頻拍性心房粗動からの失神や心室細動を生じるリスクもある.これら条件において軽症例ではほとんど合併症はみられないが,重症例では右心不全,奇異性血栓塞栓症,IE,低酸素血症などがみられることがある.チアノーゼは妊娠後に初めて気づかれることがあるが,高度になると胎児と母体のリスクが増加する(第2 章1.4 チアノーゼ残存例を参照のこと).妊娠前のNYHA 心機能分類と三尖弁閉鎖不全症の程度が,母体および胎児の予後の予測因子である47).
Ebstein 病の妊婦44 例111 妊娠という多数例の報告217)によると,生産児は76% で,そのうち27% が早期産児であった.自然流産が19 例,人工流産が7 例,新生児死亡が2 例あった.出産は11% が帝王切開によるものであった.チアノーゼ症状がみられる母体からの児の出生時体重は小さく,新生児の4% に先天性心疾患を認めた.しかし,母体死亡はなく,母体の心イベント発生率も低かった.
1.1.8 修正大血管転位症(修正大血管転換症)
解剖学的右房が僧帽弁を介して解剖学的左室に結合し,解剖学的左房が三尖弁を介して解剖学的右室に結合し,大動脈は解剖学的右室から起始し,肺動脈は解剖学的左室から起始する疾患である.VSD,肺動脈弁狭窄,肺動脈弁下狭窄,Ebstein 病様の三尖弁異常を合併することが多く,循環動態はこれら心内異常および体心室である右室機能に
依存する.房室ブロック,発作性上室頻拍などの不整脈が多い.
体心室が解剖学的右室であり,modified WHO 分類はクラスIII に分類され,高リスク妊娠になる47).妊娠中に,体循環右室の機能不全,とくに三尖弁(体循環側房室弁)逆流の進行により心不全を発症する例がある.単冠動脈例での心筋虚血の報告もある.児の流死産は20% 前後で,これは心内異常によるチアノーゼのある例で多い218, 219).
妊娠分娩の管理は,弁疾患,VSD,房室ブロック,それぞれの管理に準ずる.
1.2 非チアノーゼ性心疾患(修復術後)
非チアノーゼ性先天性心疾患術後は,良好に修復される.遺残症(とくに肺高血圧症)や続発症の程度が軽い場合は,遺伝の問題を除けば,母体の死亡率を増加させず,合併症の頻度も増加しないか,増加してもわずかである47, 208, 220, 221) (レベルB).
修復術後に遺残短絡が残る場合,修復術により短絡は消失したが術後6 ヵ月未満であり,とくに人工材料を用いた手術の場合,修復術後に弁逆流(房室弁,大動脈弁,肺動脈弁)などの遺残症・続発症を伴う場合などは,IE のリスクが高くなる.したがって,このような症例においては,分娩時や産科的手術・手技の際の,予防投与を推奨する(レベルB,第1 章9. 感染性心内膜炎を参照のこと).また,術後,中等度以上の遺残病変・続発病変があり,妊娠中に悪化することが予想される場合は,再手術,カテーテル・インターベンションなどで,妊娠前に修復しておくことが推奨される.
1.2.1 心房中隔欠損症術後
問題なく治療されている場合はmodified WHO 分類はクラスI に分類される47).妊娠によく耐容し,母体と胎児の予後は良好である208, 221)(レベルB).ただし,手術後症例では妊娠時に不整脈を合併することがある221).成人期での手術例は小児期手術例に比べて心不全や不整脈の頻度が高いため222),妊娠時には注意が必要である.房室弁逆流を伴う僧帽弁逸脱を合併する場合は,分娩時の心内膜炎予防を推奨する.なお,肺高血圧症残存例は「肺高血圧症」の項に従う(第2 章2. 肺高血圧症を参照のこと).
1.2.2 心室中隔欠損症術後
問題なく治療されている場合は,modified WHO 分類はクラスI に分類され,妊娠によく耐容し,母体と胎児の予
p.47
後は良好である47, 208, 221)(レベルB).妊娠前NYHA 心機能分類II 度以上の症例では,心不全を合併することがある221).肺高血圧症残存例は「肺高血圧症」の項に従う(第2 章2. 肺高血圧症を参照のこと).
大動脈弁逆流が合併する場合,妊娠中の容量負荷増大により心不全が発症することもあるが,通常,妊娠中の末梢血管抵抗低下が有利に働くため,妊娠・出産には比較的よく耐えられる5)(レベルB).大動脈弁逆流の悪化に対しては血管拡張薬が有効である223)が,ACE 阻害薬は胎児腎毒性と催奇形性の可能性があるため,妊娠中は禁忌である.
1.2.3 心内膜床欠損症(房室中隔欠損症)術後
遺残症や肺高血圧がなく,NYHA 心機能分類I ~II 度であれば,妊娠によく耐容する208)(レベルB).遺残症(房室弁逆流および狭窄,左室流出路狭窄),不整脈(上室頻脈,完全房室ブロック),肺高血圧症などが問題となるため,妊娠前の十分な心機能評価が必要である.内臓心房錯位症候群** に合併した房室弁逆流は進行する可能性が非合併例より高く,また,洞性徐脈,完全房室ブロック,上室性頻脈の発生率も高い223a, 224, 225).したがって,妊娠中の心不全や不整脈の出現には注意を要する220).肺高血圧症残存例は「肺高血圧症」の項に従う(第2 章2. 肺高血圧症を参照のこと).
悪化した房室弁逆流に対して心不全治療を行う場合があるが,ACE 阻害薬の使用は胎児腎毒性と催奇形性の可能性から禁忌となる. ** 内臓心房錯位症候群(heterotaxy syndrome):無脾症
(asplenia)または右側相同(right isomerism),多脾症(polysplenia)または左側相同(left isomerism)とよばれる,内臓位置異常と心臓血管異常を合併する症候群である.胸腹部内臓および心臓大血管の通常の左右関係が崩れる(錯綜,錯位する)ために,この用語となっている.
1.2.4 動脈管開存症閉鎖術後
問題なく治療されている場合はmodified WHO 分類はクラスI に分類され,妊娠によく耐容する47, 221)(レベルB).コイル塞栓術後も基本的に同じである.
1.2.5 肺動脈弁狭窄症術後
問題なく治療されている場合はmodified WHO 分類はクラスI に分類され,妊娠・出産によく耐容する47, 221)(レベルB).有意な狭窄が残存している例では,妊娠前にカテーテル治療あるいは再手術を考慮する. 1.2.6 先天性大動脈弁狭窄症術後
Konno 手術後は,第2 章3. 弁膜症の項に準じる.Ross手術後は,大動脈二尖弁や大動脈縮窄症と同様に,妊娠による大動脈壁組織の変化が元来の壁異常を助長するため,大動脈拡張の進行に注意を要する44, 226).非手術例同様,大動脈拡大を伴う症例では,大動脈径の拡大に伴って妊娠のリスクが増加する47).Ross 手術後の妊娠において,大動脈弁位の自己肺動脈弁や肺動脈弁位の移植弁への悪影響はなく,妊娠中や妊娠後の母体合併症はなかったという報告がある227).抗凝固療法を必要としないRoss 手術は,機械弁の使用を避けられるため,大動脈弁置換術を必要とする若年女性にとって,考慮に値する術式と考えられる. Ross 手術は自己組織の置換であるが,右室流出路は人工物を使用することが少なくないため,IE のリスクは高い.よって,分娩時の心内膜炎予防を推奨する(レベルB).
1.2.7 Ebstein 病術後
右心機能が悪く,有意な三尖弁逆流を伴い,右室拍出量が少ないため,妊娠中の容量負荷時に右房拡張を生じ,上室不整脈を伴うリスクがある.外科的治療としては,三尖弁弁形成術(Cone 手術,Carpentier 手術),三尖弁弁置換術,one and one half repair などさまざまである.生体弁による三尖弁置換術後では,容量負荷増大により弁機能の低下や右心不全悪化が起こることがある(第2 章3. 弁膜症を参照のこと).WPW 症候群による上室頻脈も心不全を増悪させる.妊娠前のNYHA 心機能分類I ~II 度であれば,妊娠に耐容する217)(レベルB).母体の心合併症は少ないが,流早産率が高いとされる217).弁形成術後でも何らかの遺残弁病変が残ることが多いため,人工弁置換術後の場合も含めて,IE のリスクは高いと考えられる.そこで,基本的に,分娩時の心内膜炎予防を推奨する(レベルB).
1.2.8 修正大血管転位症術後
修正大血管転位症は,体心室が解剖学的右室であり,その心室の房室弁である三尖弁はEbstein 病様形態異常を伴うことがある.右室機能低下が加齢とともに現れ,三尖弁逆流の出現増悪が心機能低下を悪化させる218).完全房室ブロック合併の頻度も高い229).
手術は合併する心内異常による.単なるVSD 閉鎖,右側心室(形態的左室)肺動脈間に心外導管を使う心外導管手術,三尖弁置換術などである.房室ブロックにはペースメーカ植え込みを行う場合もある.
体心室が解剖学的右室であり,modified WHO 分類はク
p.48
ラスIII に分類され,高リスク妊娠になる47).三尖弁置換術後は2 章3. 弁膜症の項に,ペースメーカ植え込みは2章6.3 抗不整脈治療の項に従う.一部の症例に,従来の修復方法と異なり,左室を体心室とするdouble switch手術***が行われている230).この術式は,妊娠時の容量負荷に十分耐え得ると考えられるが,現時点で出産経験の報告は確認できない.
体心室である右室の三尖弁逆流を伴う疾患であり,修復術後も,人工弁や何らかの遺残病変・続発病変が残ることが多いため,IE のリスクは高いと考えられる.以上から,分娩時の心内膜炎予防を推奨する. *** double switch 手術:心房位と大血管の血流転換手術を同
時に行い,最終的に左室が体心室となる(心房位変換術であるMustard 手術もしくはSenning 手術と,大血管位変換手術のJatene 手術もしくは心外導管手術の組み合わせで行われる.術式の詳細については,「成人先天性心疾患診療ガイドライン(2017 年改訂版)」79)を参照されたい).
1.3 チアノーゼ性心疾患(修復術後)
Fallot 四徴症,完全大血管転位症,修正大血管転位症,両大血管右室起始症,単心室血行動態症候群など,複合型先天性心疾患患者の妊娠・出産が年々増加している.各疾患の特徴はもちろん,どのような修復術または姑息術が行われたかによって,妊娠出産時のリスクや管理における注意点もさまざまである.
チアノーゼ性先天性心疾患は,修復術後も含めて,IEのリスクが決して低くないが,分娩時や産科的手術・手技の際の抗菌薬予防投薬は,エビデンスの観点からACC/ AHA のガイドラインでは必ずしも推奨されていない6) (第1 章9. 感染性心内膜症を参照のこと).ただし,罹患した時の深刻さを勘案すれば,予防投薬は不要と断定するよりは,現時点では各主治医の判断にゆだねるとすべきであろう.
1.3.1 Fallot 四徴症修復術後
修復されている場合の多くは,妊娠・出産が可能である232)(レベルB).妊娠・出産のリスクは,心機能,遺残症,続発症の程度と循環動態の良否に左右される.妊娠前に心エコー,ホルター心電図検査,心MRI などで現状の評価をしっかり行っておくことが重要である.一般には, NYHA 心機能分類I 度の場合は,心不全や不整脈の合併は少なく,安全に出産にまで至ることが多い.
近年,Fallot 四徴症修復術後患者の妊娠出産は非常に増加していることが推測されるが,これまでに多数例や多施
設での検討は少ない.軽度から中等度の肺動脈狭窄・逆流以外に,循環動態に大きな異常がない場合は,妊娠・出産リスクは一般の妊娠に近い233, 234).しかし,高度右室流出路狭窄遺残,高度肺動脈弁逆流(三尖弁逆流を伴うことが多い),右室機能不全などを伴う場合は,妊娠による容量負荷が加わるため,右心不全の増強,上室頻拍・心室頻拍などの不整脈を合併することがあり,十分な注意が必要である235, 236)(レベルB).多数例の報告ではなく,選択された症例の重症度によって頻度は違うが,8 ~20% に心血管系の合併症を認める237).とくにNYHA 心機能分類II 度の場合は,妊娠中の不整脈を認めることが多く,出産後の心不全も1/3 程度に出現する.また,出産後に大動脈拡大や大動脈弁逆流が増悪し,大動脈弁置換術が必要となることもある238).
産科的合併症や児の合併症は,母体の心血管系合併症より多い.産科的合併症としては,帝王切開の20% をかわきりに,機械分娩,後産期出血,分娩II 期の遷延などをあわせて50% を超えるという報告がある.児の合併症も30% と多いが,大部分は在胎不当過小児(small for gestational age: SGA)と早産である.胎児リスクもやや高く,一般と比べると,流産率は少なくとも2 倍である236) (レベルC).児のリスクについては胎盤血行の異常と右心不全との関連を指摘する報告もあり,今後研究がまたれる239).
妊娠の際の危険因子は,遺残VSD,中等度以上の肺動脈弁狭窄・逆流,中等度以上の大動脈弁逆流,上行大動脈拡張(40 mm 以上),右室機能不全,左室機能不全(駆出率40% 以下),頻脈性不整脈の既往,未修復例,内服薬の使用などである5, 236, 240, 241)(レベルB).心血管イベントの予測因子として,妊娠中期の血漿脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)が有用であり,イベント発生群では100 mg/dL を超える例が多いとの報告もある126).
また,ときに肺高血圧合併している症例(とくにVSD兼肺動脈閉鎖)があり,この場合のリスクは非常に高い(第2 章2. 肺高血圧症を参照のこと).22q11.2 欠失症候群は50% の再発危険率のため,適切な遺伝カウンセリングと児の心疾患に注意を払う必要がある5).しかし,Fallot四徴症に合併した同症候群の妊娠例の報告は非常に少ないのが現状である.
VSD 兼肺動脈閉鎖の修復術後は,妊娠・出産が可能であるが,流産率や合併症発生率が高い.また,無月経などの母体異常も認めることが多いとされるが,妊娠出産に関する報告はいまだ少ない126).
まとめると,Fallot 四徴症修復術後は,多くの場合は良
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好に修復されているため,妊娠・出産に関する母体の心血管リスクは一般妊娠に近い.ただし,産科および児のリスクは決して低いとはいえないため注意が必要である. 妊娠・出産危険因子は,高度肺動脈弁逆流による右室機能不全,左室機能不全,肺高血圧などであり,心不全の増悪,頻脈性不整脈を伴うことがある.妊娠前の十分な心血管病態の評価が必要である.
高度の右室流出路狭窄を伴う場合は,妊娠前に再手術治療を行うことが推奨される.出産後,大動脈拡大や大動脈弁逆流が進行することがあるので注意する232, 233, 236, 237, 240) (レベルB).
1.3.2 完全大血管転位症修復術後
心房位転換手術(Mustared 手術あるいはSenning 手術後)は,右房血流と左房血流の心房内ルートを作成して転換した結果,右室が体心室を担うため,右室が後負荷(体血圧)に加えて,妊娠時の容量負荷に耐え得るかが,妊娠リスクを決める.また手術時期の遅れた症例では肺高血圧が残存していることがあり,事前の評価が必須である242, 243).心房位転換手術後で,体心室機能が良好,遺残病変が軽度の場合は,妊娠中のリスクはあまり高くはない244–247)(レベルB).しかし,有意な不整脈(22%),妊娠時高血圧(18%),早期破水(14%),切迫早産(24%),早産(31%),低出生体重児(22%)など,産科的合併症も多い248).また,早産や低出生体重児がやや多く,流産率も10 ~29% と高い244–251)(レベルB).
右室(体心室)機能低下,遺残肺高血圧,不整脈などがすでに合併していると,母児ともに慎重な経過観察が必要となる5)(レベルC).妊娠中や出産後に,心不全(16%),右室機能不全(約10%),三尖弁逆流増悪,心房細動を含む上室頻拍(数%),洞機能不全などが起こることがある244–248)(レベルB).また,出産後の心臓移植を含むと,母体死亡を4% 程度に認める249).
心房位転換手術後の予後を大きく左右すると考えられる右室機能低下や三尖弁逆流は,その約半数で出産後も改善しないと報告されている120).ACE 阻害薬の使用は胎児腎毒性と催奇形性の可能性から禁忌であることも管理を難しくする一要因となる5).このため,妊娠前のカウンセリングで十分な情報提供を行っておく必要がある
動脈位変換手術後(Jatene 手術)は,一般に心機能はよく,不整脈も比較的少ないため,妊娠出産にもよく耐容すると考えられる.本術式における中期予後で留意する必要がある肺動脈狭窄,大動脈弁逆流,冠動脈狭窄・閉塞による虚血性病変など存在すれば妊娠におけるリスクとなる.多数例の報告はまだないものの,妊娠・出産に関する比較的良好な結果が報告されている252).
Rastelli 手術後の妊娠・出産の報告はまだ多くはないが, Fallot 四徴症の修復術後と同様の注意が必要となる.心機能がよく,右室流出路狭窄が高度でない場合は,妊娠・出産のリスクは高くない253, 254).右室流出路狭窄が高度の場合は,右室機能不全,心室頻拍,心房細動を含む上室頻拍などを生じる可能性が高く,妊娠前に再手術による修復が推奨される.そのため,妊娠前に右室流出路導管狭窄,肺高血圧,右室機能などの評価を十分に行う必要がある.また,妊娠中に左室流出路狭窄が進行することがあるため留意が必要である28).
1.3.3 その他の特異な疾患
これ以外に,両大血管右室起始症255),VSD のない肺動脈弁閉鎖症257)などでの出産の報告がある.基本的には最終到達手術によると考えられるが,右室流出路形成術やRastelli 手術であれば,先述のとおり,妊娠・出産は可能であると考えられる.one and one half 手術では,いまだ経験症例数が少ない.Fontan 手術に関しては後の項目に譲る(第2 章1.5.1 解剖学的特徴と病態を参照のこと).
1.4 チアノーゼ残存例
チアノーゼを呈する先天性心疾患は,妊娠・出産の適応・管理を考えるうえで,肺高血圧が存在するかどうかがもっとも重要なポイントとなる.したがって,本ガイドラインではチアノーゼ性心疾患を以下の2 つに分類して,それぞれの病態やリスク管理のあり方について述べる.すなわち「肺高血圧症のないチアノーゼ性先天性心疾患」と,「Eisenmenger 症候群」である.両者ともに母児の妊娠リスクは非常に高いことが知られている.前者は胎児に高く,後者は母体に高い.現時点においても,チアノーゼ性先天性心疾患の妊娠・出産に関する報告は少なく,多数例での検討もほとんどない.しかし,ESC は,チアノーゼ性先天性心疾患女性の18% が出産を経験していると報告しており258),今後,わが国でも増加してくる可能性がある.
1.4.1 肺高血圧症のないチアノーゼ性先天性心疾患
肺動脈閉鎖・狭窄を伴う,肺血流減少型のチアノーゼ性先天性心疾患が,心内修復術を施行されず,チアノーゼが残存している状態である.肺血流増加のための姑息手術(Blalock-Taussig 短絡術****など)を受けている場合もある.Fallot 四徴症,完全大血管転位症,総動脈幹症,単心室症,三尖弁閉鎖症などが該当疾患である.妊娠・出産リスクは,チアノーゼの程度に依存し,母児ともにリスクは
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高いが,とくに胎児へのリスクが高い.妊娠・出産に伴う母体の心血管系合併症を約30% に認める259–261).チアノーゼの程度に依存するが,生産児を得られる確率は低い(レベルC)(表29). **** Blalock–Taussig 短絡術:鎖骨下動脈と肺動脈を吻合する
術式である.肺血流減少型心疾患の肺血流を増加する目的で施行する.
a. 母体のリスク
妊娠中は,体血管抵抗が低下し,右左短絡が増加するために,一般にチアノーゼは増強すると考えて母体・胎児の管理を行う必要がある.症例や疾患によるが,心予備能が低いため,妊娠中の容量負荷や出産時の急激な循環動態変動に適応できず,房室弁逆流の悪化,心機能低下やそれに伴う心不全の増悪などをみることがある262).しかし,妊娠・出産による母体死亡自体は多くない259–261)(レベルB).血液凝固系異常,血小板減少,血小板機能異常などの出血凝固系異常,さらに血管増生を伴うため,分娩時に大量出血を生じやすいので注意が必要である195)(レベルB).
一方,妊娠後期に生じる凝固機能亢進により,肺血栓症や脳梗塞を生じることがある.深部静脈血栓症は,これらの血栓症の原因となる195).以上のことから,妊娠後期の抗凝固薬使用の適否に関しては意見の統一がなされていないが,妊娠後期に血栓形成予防のためにヘパリンを使用する場合がある. b. 胎児のリスク
胎児リスクは非常に高く,自然流産,早産,死産,子宮内胎児発育不全が多い259–261)(レベルB).高度チアノーゼでは,胎児の発育は阻害される.動脈血酸素飽和度(SaO2)が85% 以下では,生産児を得られる確率は12% とされ,妊娠初期3 ヵ月での流産が多い259–261)(レベルB).しかし,胎児のリスクはチアノーゼの程度だけではなく,本来母体がもっているチアノーゼ性先天性心疾患の重症度や心機能(心拍出量)にも依存する.
c. 母体の妊娠・出産時の管理
左室・右室機能,肺動脈圧,心機能分類を妊娠前に十分に評価する.心機能が悪く(駆出率40% 以下),チアノーゼが高度(SaO2 <85%)の場合は,母体・胎児リスクともに高いため,避妊あるいは人工流産することが勧められる258, 259)(レベルB).周産期の血栓塞栓症発生予防として,脱水の予防や補正に加え,妊娠後期3 ヵ月から出産後1 ヵ月は抗凝固療法を行うことがある195)(レベルC).循環動態不安定,ないし産科的適応がある場合は,帝王切開を行う195).妊娠後期から出産時には,経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)モニターを行う.経膣分娩の際は,無痛分娩が推奨される258)(レベルC).チアノーゼ性心疾患はIE の高
リスク患者であるため,分娩時や産科的手技・処置の際の抗菌薬の予防投与を推奨する195)(第1 章9. 感染性心内膜炎を参照のこと)(レベルB).
1.4.2 Eisenmenger 症候群 (第2 章2. 肺高血圧症を参照のこと)
肺血流増加を伴う左右短絡疾患や,肺血流増加とチアノーゼを呈する両方向性短絡疾患などに合併する,非可逆的肺血管閉塞性病変である.前者の基礎心疾患には, VSD,ASD,PDA,心内膜床欠損症(房室中隔欠損症)などが,後者の基礎心疾患には,総肺静脈還流異常症やその他のチアノーゼ性心疾患などが該当する.チアノーゼおよび肺血管閉塞性病変の程度によるが,妊娠・出産のリスクは非常に高い.肺動脈圧/ 体血圧>2/3 の肺高血圧症では,母体死亡の可能性がある195).とくに,肺血管閉塞性病変の進行したEisenmenger 症候群では,母児ともにきわめてリスクが高く,妊娠を続行した場合の母体死亡率は約30 ~50% で31, 263),胎児死亡率も高率(50%)である31, 264, 265)(レベルB).1997 ~2007 年のEisenmenger症候群の妊娠・出産の報告例では,母体死亡率は25% と低下している.最近では8% という報告もあるが266),依然として死亡率は非常に高いと考えるべきである267).このため,Eisenmenger 症候群での妊娠は避けることが望ましい.妊娠した場合も,人工妊娠中絶が推奨される.また,妊娠年齢に達した女性は,避妊を心掛けることが推奨される195)(レベルB). a. 母体および胎児のリスク
Eisenmenger 症候群は,チアノーゼ性先天性心疾患と同様に妊娠中にチアノーゼの増強を認め,出血傾向とともに,広範な肺血栓症を発症することがある195, 268, 269).肺血管閉塞性病変を伴うため,肺血管抵抗が固定され,出産時の急激な循環動態変化に対し適応が困難である31, 263, 268, 269).このため,出産時の多量出血(チアノーゼ心疾患に伴う,出血凝固異常のため)により,血圧低下および酸素飽和度低下を生じることがある264).また,肺血栓症と同時に,肺出血を伴うこともある264).母体死亡は,おもに出産後数日か
表29 チアノーゼ性先天性心疾患患者の妊娠に関する
母体・胎児の合併症• 心機能低下,心不全• 出血,脱水• 血栓塞栓形成,奇異性血栓• チアノーゼ増悪• 流産,早期産,死産,低出生体重児(すべてレベルB)
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ら1 ヵ月以内に起こる31, 263, 267).死亡原因は,肺動脈血栓症,出産時多量出血による循環血液量減少,出産直後の急激な静脈還流量増加やチアノーゼの急激な増悪などに起因する254).帝王切開は,自然分娩と比較して死亡率が高いとの報告があるが270),重症例に対して帝王切開を行っているというバイアスがある.このため,現状では,経膣分娩との優劣は明らかでない271, 272)(レベルB).チアノーゼの重症度によるが,流早産,死産の頻度が高い31, 263, 264). Eisenmenger 症候群は,短絡とチアノーゼが残存した心疾患であるため,IE の高リスク患者となる.よって,分娩時や産科的手技・処置の際の予防投与を推奨する(第1 章9. 感染性心内膜炎を参照のこと). b. 妊娠継続をする場合の対応(表30)
リスク情報を十分に提供されたうえで,なお患者が妊娠継続を希望する場合は,妊娠20 週以降は入院として床上安静を保ち,脱水の予防や補正を行い,呼吸困難時は酸素吸入を行う.周産期には,ヘパリン投与や継続的な酸素吸入を行う.出産時は,SpO2,呼吸心拍数をモニターし,無痛分娩,集中治療室管理とする195)(レベルC).帝王切開を行う場合は,麻酔時の体血管抵抗低下を避け,できる限り循環動態を一定に保つ努力をしなければならない273, 274).大量出血や血圧低下は致死的となるので早急に補正する.死亡例では広範な肺動脈血栓症を認めることが多い.抗凝固療法の適否についてはいまだ意見の統一がみられていないが,施行する場合は,妊娠20 週からヘパリン投与を開始し,出産直前に中止,さらに,出産後に再開する195, 263).しかし,元来,出血傾向の強いEisenmenger 症候群でのヘパリン投与には厳重な注意を要する264).出産後,最低2週間は入院管理とし,全身状態や循環動態の厳重な監視を行う260).周産期の一酸化窒素や,シルデナフィル,ボセンタンなどの肺血管拡張薬の使用は,いまだ症例報告レベルで,現時点では明らかな有効性が認められるとはいえない275).また,出産直後の循環虚脱に対して,補助循環使用により救命された例があるが,広く行われるものではない.繰り返しになるが,Eisenmenger 症候群の妊娠・出産は,
母体死亡率(30 ~80%),胎児死亡率(約50%)ともに高いため,妊娠・出産は避けることが強く望まれる.出産後数日~1 ヵ月以内に死の転帰をとることが多い31, 263)(レベルB).
1.5 Fontan 術後
1.5.1 解剖学的特徴と病態
Fontan 手術は二心室修復が困難な機能的単心室血行動態を有するチアノーゼ性先天性心疾患患者(単心室,純型肺動脈弁閉鎖,三尖弁閉鎖など)の低酸素血症解消と心室容量負荷軽減をおもな目的とした姑息的最終修復術であり,肺循環への駆出心室が欠如した術式である.手術法は右心房と肺動脈の直接吻合法(atriopulmonary connection: APC)と心房(低形成右室)収縮の影響の少ない大静脈肺動脈連合法(total cavopulmonary connection: TCPC)に分類される.TCPC 法はさらに心房壁の一部を利用したlateral tunnel 法(intra-atrial rerouting: IAR),利用しないintra-atrial grafting 法,心臓外導管や下大静脈を肺動脈に直接吻合した心外導管(extra-cardiac rerouting: ECR)法がある276, 277).
肺循環への駆出心室欠如から,中心静脈圧(CVP)上昇と体心室拡張能が肺循環を維持する.結果的に体心室前負荷障害,後負荷増大による低心拍出量を特色とした慢性心不全病態を示す277).運動耐容能は低下しているが278),自覚症状と一致しない場合も多い279).また,成人Fontan術後患者では慢性的な腹部臓器の静脈うっ血による多臓器機能異常が懸念されている.術後遠隔期の合併症には房室弁機能異常を含んだ心機能異常や不整脈を含む心血管系障害277),肺動静脈瘻(pulmonary arteriovenous fistula: PAVF)やプラスチック肺炎を含む呼吸器系の問題,肺血栓,脳梗塞や喀血を含む止血線溶系異常277, 280, 281),また,これと関連する肝疾患や蛋白漏出性胃腸症(protein losing entropathy: PLE),腎機能不全等がある282–284).これらに加え糖脂質等代謝異常の存在と心事故との関連が指摘されている285, 286).さらに,Fontan 術後患者でのaortopathyの知見もみられ287),大動脈解離も報告されている288).成人Fontan 術後患者では,多臓器疾患としてのFontan 病態を詳細に把握することが長期予後改善を目指す管理,治療戦略に重要とされている277).
表30 Eisenmenger 症候群患者が妊娠継続する場合の
注意点• 妊娠20 週以降は入院管理,出産後も2 週間は入院管理• 酸素投与• 強心薬,利尿薬投与(心不全合併時) • 出産時の心拍,動脈圧,(経皮的)動脈血酸素飽和度,ヘマトクリット値の監視• 出血や血圧低下による循環動態変化に対する的確な対応• 抗凝固薬の使用(使用の可否につき定説はない) • 脱水の予防,早期補正(すべてレベルC)
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1.5.2 妊孕性
a. 生殖機能
Fontan 術後患者は月経異常の頻度が高く,妊孕性が低いとされている289).低酸素血症や慢性の静脈うっ血との関連が示唆されているが,異常のある場合には婦人科での卵巣機能等の評価を行うことがが好ましい(レベルC). b. リスク評価
Fontan 術後患者の妊娠出産に関する指針は確立していない.これまでの大規模な前向き観察研究から3 つのリスクスコア(CARPREG,CARPREG II,ZAHARA,modified WHO 分類)が報告されている29, 29a, 48, 49, 50).modified WHO 分類は,ほかのスコアでは評価し難い重症心疾患群が考慮され,より広範囲の母体のリスク評価に優れている54).しかし,胎児や新生児の合併症のリスク評価を含んでいない.この評価法では,患者のリスクはmodified WHO 分類III となる.I は妊娠による母体の死亡や関連事故のリスク上昇が想定されない.II は妊娠による死亡や関連事故リスクの多少の上昇が予測される.IIIは妊娠により,死亡や関連事故の有意なリスク上昇が予測され,専門家へのコンサルトが必要である.仮に妊娠が継続される場合は,妊娠中,出産,産後の全体を通じて,心臓および産科的な継続的な管理が必要とされる疾患群である.IV は妊娠出産は母体にとってきわめて危険で,死亡率や関連の合併症も高確率である.したがって,妊娠しても中絶が好ましいが,妊娠を継続する場合はIII に準じる.これらmodified WHO 分類の実際の適用の指針によれば,Fontan 術後患者はIII に分類されている.しかし,Fontan 術後患者に限らず,III の母体合併症は12 ~25% とばらつきが大きい54, 290). 1.5.3 妊娠に伴う心血管系応答と妊娠がFontan 循環に 及ぼす影響
妊娠に伴う心血管応答は,体血管抵抗低下,心拍数増加,心拍出量増加,そして酸素摂取量増加である291).運動時の心血管応答とは,循環血漿量増加と動静脈酸素含有格差減少の点が異なる292, 293).
妊娠では,リラクチン,プロゲステロン,プロスタグランジン,エストロゲンなどのホルモン増加より体血管や腎動脈などの血管抵抗は低下し,妊娠初期から中期には血圧は低下する294–297).この血圧低下は圧受容体反射から交感神経が賦活し心拍数は増加,同時にRA 系の賦活により循環血漿量は約50% 増加298),結果的に相対的な貧血となる.妊娠中の酸素摂取量は約30% 程度の増加にとどまり294),運動中よりはるかに少ない.妊娠中は子宮や皮膚血流の増加を伴うが,これら臓器での酸素消費は少なく“ 短絡”様となり,動静脈酸素含有較差は運動とは逆に少ないとされている294).
上記の健常女性とFontan 循環を有する女性で想定される比較を表に示す(表31).Fontan 術後患者では洞機能低下や心臓自律神経異常,とくに副交感神経支配の心拍制御機能の低下から299),その妊娠経過では健常女性で生じる心拍数や心拍出量の増加不良が生じ易い.その他の血圧,循環血漿量や血管抵抗等の変化の異常が想定されるが,その異常の程度について知見はないのが現状である.
1.5.4 妊娠報告
多数例での妊娠・出産の報告を表に示した(表32) 56, 61, 289, 300-302).118 例で255 回の妊娠が確認され,母体の年齢の平均値あるいは中央値は平均24 ~30 歳で,ほとんどはNYHA 心機能分類がI 度(98%)で,平均で2 回
表31 妊娠中における正常循環とFontan 循環の心血管応答の比較
正常循環Fontan 循環
特徴想定される原因
心拍数増加(≈+20%)増加不良洞機能低下,心臓自律神経異常不整脈(頻度) ―高い(上室頻拍)心房負荷,切開創,心筋障害,内因性(相同心)
一回拍出量増加(≈+20~30%)増加不良心機能低下,前負荷不良
血圧低下後上昇(-5~+5%)低下(?)心拍増加不良,心機能低下,前負荷不良心拍出量増加(≈+50%)増加不良心拍増加不良,心機能低下,前負荷不良循環血漿量増加(≈+50%)増加―体血管抵抗低下(≈-30%)低下―
p.53
の妊娠経験があった.しかし,その36% は流産で,8% で中絶が施行されていた.したがって,出生生存率は45% (255 妊娠で115 出生・生存)と低い(レベルC).
a. 母体合併症
母体の心血管系合併症では不整脈が少なくない.上室頻拍(心房頻拍や粗動)やペースメーカ植え込みを含めると15% であった.10% で心不全が発症していた. b. 胎児,新生児合併症
在胎週数の平均あるいは中央値は,31 ~38 週と早産率が高く(61%),出生体重は約1,500 ~2,300 g であった.胎児,新生児の合併症は,子宮内発育遅延が約20%,死産の1 例を含め周産期死亡は全体で約7%(8 例)であった.また,出生児の先天性心疾患を合併は約5% となっていた. c. 産科的合併症
産科関連の合併症は,17% で産後出血が認められたが,血栓3%,妊娠関連高血圧腎症と妊娠高血圧症候群は各2% と多くなかった. 1.5.5 妊娠・分娩時の病態管理
a. 抗凝固療法
一般に,Fontan 術後患者では心不全に加え,その特殊な静脈系のうっ滞から凝固能が亢進し,血栓症を合併しやすい.妊娠中はさらに凝固能が亢進することから,Fontan術後患者の妊娠中の凝固系の管理は重要とされ,何らかの抗凝固療法が推奨されている(クラスIIa).しかし, Fontan 術後遠隔期での抗凝固療法が確立されていないのと同様に303),妊娠・出産時の抗凝固療法も確立していない.これまでの後ろ向き研究の報告では,妊娠中の管理では,40 ~50% でアスピリンやヘパリンによる抗凝固療法が施行されていた52, 289, 301, 302, 303a).また,抗凝固療法がまったく施行されていなかったり,ワルファリンが持続投与されていた症例も報告されている56).出産後は下肢静脈血栓の発生を予防するための適切な管理が必要である. b. 分娩法
一般に成人先天性心疾患患者では出血量が少ないことや予定帝王切開の明らかな利点がないとのことから,経膣分
表32 Fontan 術後患者の妊娠・出産報告
合併症心血管系産科系胎児,新生児
報告出産
症例妊娠
回数年齢
平均/中央値NYHA
心機能分類I~II 度
/ III~V 度生存出
産中絶流産SVT/
PMI心不全帝王切開出血血栓症高血圧中毒症在胎週数
平均/ 中
央値出生体重
平均/ 中
央値早産IUGR周産期
死亡先天性
心疾患
Canobbio MM, et al. 1996 300) 21 33 24 15 5 13 1 1 11(14) ― ― 0 0 38 2,344 1 ― 0 1(ASD) Drenthen W, et al. 2006 61) 6 10 28.6 36/2 4 1 5 1 2 3/(4) 1 0 1 0 26-38 2,215 2 1 1 0 Gouton M, et al. 2015 56) 37 59 27 37/0 38 4 16 3 4 16/(38) 3 2 0 1 34 1,968 25 4 3 2(LSVC,
SV)
Caddwell M, et al. 2016 301) 8 43 29.4 8/0 14 0 6 3 1 7/(14) 7 1 0 0 29-30 1,682 10 8 1 0 Pundi KN, et al. 2016 289) 19 70 ― ― 29 6 35 9 3 10/(14) 2 0 1 1 33.1 2,086 18/
(22) 3 1 2(VSD,
PDA)
Zentner D, et al. 2016 302) 27 40 ― ― 15 4 17 1 1 ― 4 0 ― ― 31 1,585 10 ― 2(1 *) ―全体118 255 (24-
29.5) (81/2)115 20 92 18 12 (50%) 17 3 2 2 26-38 1,682-
2,344 66 16 8 5
頻度(%) ― 1.9/ 症
例― I~II
(98%)45% 8% 36% 15% 10% ― 17% 3% 2% 2% ― ― 61% 19% 7% 5%
頻度の母数― ― ― ― 255 255 255 115 115 ― 100 100 100 100 ― ― 108 85 115 100
ASD:心房中隔欠損,IUGR:子宮内発育遅延,LSVC:左上大静脈遺残,NYHA:ニューヨーク心機能分類,PDA:動脈管開存,PMI:ペースメーカー植え込み,SVT:上室頻拍,SV:単心室,VSD:心室中隔欠損, *:死産
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娩が奨励されている18, 304)(クラスIIb).しかし,Fontan術後患者でのこれまでの報告では約半数で帝王切開による出産が報告され,そのほとんどが産科的適応とされている.しかし,Fontan 術後患者の帝王切開では,合併症としての産後出血が多く,治療に至ことが少なくない56, 61, 289, 301, 302, 303a). Fontan 循環の維持には適切な体血管抵抗の上昇が必要であり305),麻酔の導入,とくに全身麻酔時には過度な体血管抵抗低下を防ぐ必要がある. c. 水分管理
循環管理法は確立されていない.前負荷不足は体血圧低下の原因となるため,適切にCVP を維持し血圧低下を防ぐ必要がある.また,吸気時の静脈還流増加,体心室の前負荷増加は,Fontan 循環維持に重要である306).したがって,胸腔内圧の上昇は体心室の前負荷を減少させることから長い時間の怒責は避けることが好ましく,適宜,鉗子や吸引を用いて,分娩第II 期を短縮することも必要である.また,Fontan 術後では,開窓手術,Fontan ルートのリーク,肺動静脈瘻,体静脈―肺静脈側副血行路の発達により,有意な右左短絡が残存している場合があり,静脈フィルターなどでの空気塞栓の発生予防が必要である. d. 集学的管理の重要性
これらの報告から,NYHA 心機能分類I 度で主要な合併症がなく,心肺機能を含めた心血行動態指標が比較的良好であれば,妊娠出産時の事故は少ない可能性がある.しかし,これまでのFontan 術後患者の知見を,本人,パートナー,そしてそれら両親が十分に理解する必要があり,小児および循環器内科,産婦人科,心臓外科などの集学的な医療体制でこの問題に取り組むことが重要である49, 307).
2 肺高血圧症
肺高血圧症の定義は,平均肺動脈圧(mPAP)が25 mmHg 以上の病態とされる.2013 年にフランスのニースで開かれた第5 回国際肺高血圧ワールド・シンポジウム(ニース会議)
308)において,表33 のように5 群に分類さ
れた.2 群は,おもに僧帽弁(体心室房室弁)膜症,左室(体心室)閉塞性疾患,左心(体心室)不全など,左心(体心室)系障害からの肺静脈圧上昇による受動的なmPAP上昇が基本病態とされる.したがって,第2 章3. 弁膜症,第2 章5. 心筋症,第2 章8. 心不全などの項をご参照いただきたい.3 群は肺疾患による病態であり低酸素障害の関与は指摘されるも,肺高血圧症に至る病因の詳細はいまだ不明の部分も多く,酸素投与などの従来からの治療以外の有効な治療指針は立ってはいない.呼吸器系のガイドライ
ンを参考に,経験のある専門医へのコンサルトが望まれる. 5 群の種々の疾患に関しても各疾患の専門書を参考に個別に評価していくしかない.ここでは,基本病変が肺動脈閉塞性の障害で,肺血管抵抗値(PVR)上昇によりmPAPが25 mmHg 以上となった1 群の肺動脈性肺高血圧(PAH)
表33 再改訂版肺高血圧症の分類(ニース分類[2013 年])
第1 群 肺動脈性肺高血圧症(PAH)
1.1 特発性PAH 1.2 遺伝性PAH 1.2.1 BMPR2 1.2.2 ALK1,endoglin(遺伝性出血性毛細管拡張症合併/非合併),SMAD9,CAV1,KCNK3 1.2.3 不明1.3 薬物・毒物誘発性PAH 1.4 各種疾患に伴うPAH(associated PAH: APAH) 1.4.1 結合組織病1.4.2 HIV 感染症1.4.3 門脈圧亢進症1.4.4 先天性心疾患(短絡性) 1.4.5 住血吸虫症第1′群 肺静脈閉塞性疾患(PVOD)および/ または肺毛細血管
腫症(PCH)第1′ ′群 新生児遷延性肺高血圧症(PPHN)第2 群左心性心疾患に伴う肺高血圧症
2.1 左室収縮不全2.2 左室拡張不全2.3 弁膜疾患2.4 先天性/ 後天性の左心流入路/ 流出路閉塞および先天性心筋症第3 群肺疾患および/ または低酸素血症に伴う肺高血圧症
3.1 慢性閉塞性肺疾患3.2 間質性肺疾患3.3 拘束性と閉塞性の混合障害を伴う他の肺疾患3.4 睡眠呼吸障害3.5 肺胞低換気障害3.6 高所における慢性曝露3.7 発育障害第4 群慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)第5 群詳細不明な多因子のメカニズムに伴う肺高血圧症
5.1 血液疾患:慢性溶血性貧血,骨髄増殖性疾患,脾摘出5.2 全身性疾患:サルコイドーシス,肺組織球増殖症,リンパ脈管筋腫症5.3 代謝性疾患:糖原病,ゴーシェ病,甲状腺疾患5.4 その他: 腫瘍塞栓,線維性縦隔炎,慢性腎不全,区域性肺高血圧症(Simonneau G, et al. 2013
308)より) ©(2013) by the American College of Cardiology Foundation, with permission from Elsevier. https://www.sciencedirect.com/journal/journal-of-the-american-college-ofcardiology
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および4 群の慢性血栓塞栓性肺高血圧(CTEPH)そして末梢性肺動脈狭窄による肺高血圧症に関して述べていくこととする.
PAH に属する疾患は,基本的には特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)の治療指針を参考に,原疾患の病態コントロールを行うことが重要となる.そのなかで,短絡性PAHに関しては,原病の先天性心疾患原疾患の治療状況により大きく管理方法が異なるため,さらに詳しく解説する. PAH は増殖性病変による中膜肥厚・内膜肥厚の進行から血管閉塞に至る病態に微小な血栓(塞栓)性の閉塞が加味される病態であり,CTEPH では大きな血栓から波及した多発性の肺動脈閉塞・狭窄が主体となり,血栓性障害がない部分にもIPAH 様の増殖性組織変化がみられる.すなわち,器質的血栓性狭窄の治療やIPAH 同様の薬物治療に加え,抗凝固療法も必須とされる病態である.そして近年,唯一の有効性の高い治療であった血栓内膜摘除術に加えて,きわめて有効な経皮的バルーン拡張術の手法がわが国にて確立し,非常に良好な治療成績を上げている309–311).このような,肺高血圧症をコントロールするための,基本的な治療薬や治療手技の確立をふまえ,患者の妊娠・出産をどう管理するかが今後の重要な課題である.
2.1 妊娠時の肺高血圧症の発見・発症・鑑別
妊娠前から診断がついている場合であれば,次項のガイドに従って管理することになるが,実臨床では妊娠を契機に失神や息切れの顕在化・増悪を生じ,初めて発見される場合もある.ここでは,妊娠後,肺高血圧症が疑われた場合の診断について述べる.方針決定のうえでも診断は重要であり,かならず,肺高血圧症の専門医師と協力して行う.侵襲性が高く放射線被爆を伴う心臓カテーテル検査や,放射性同位元素を使用する肺血流シンチ検査などは,基本的に施行が困難であり,肺高血圧症の確定診断は心エコーの三尖弁(肺心室房室弁)圧較差の値から推定して行うことになる.原疾患に関しては,心エコー検査,呼吸機能検査,各種血液検査により,専門家であればおおむねね見当はつくが,血流シンチが使用できないために,PAH とCTEPHの最終的な鑑別は難しい.また,PAH 内での原疾患の鑑別に関しては,除外的な診断である特発性PAH と短絡性PAH の鑑別が困難である.安静・労作時の動脈血酸素飽和度(SpO2)に加えて,心臓MRI が使用できれば,肺体血流の測定や実際の短絡口の同定から十分な診断が得られるかもしれない.また,1′群の肺静脈閉塞性疾患(PVOD)合併の可能性はつねに考えておく必要がある.合併時は妊娠中期以降の体液量が増加する時期や,肺高血圧症治療薬(肺血管拡張薬)使用時に,肺水腫や肺高血圧の急速
な悪化を生じることがあり,きわめて危険な状況となる可能性がある.これまでのPVOD 合併妊娠の報告はみあたらないため,得られた情報から可能性のある肺高血圧の疾患群を念頭に,管理・治療を行うことが重要である.
2.2 妊娠・出産の管理
2.2.1 基本姿勢
1978 ~1996 年における肺高血圧症患者の母体死亡率は38% とかなり高率であったが31),近年では25% 程度まで低下し,肺高血圧症治療薬による治療を受けた患者であれば16% まで低下するとの報告がある267, 312).IPAH 患者の場合はさらに低く,薬物治療により9% と報告されている. Eisenmenger 症候群患者は,かつては40 ~50% の高い死亡率50)で,1997 ~2007 年時点で改善したといっても, 25% 程度と高率であった267).経口PAH 治療薬の登場後も23% と低下していない312).その他の肺高血圧症の疾患群での死亡率も薬物治療により低下しているが,概ね13%程度の死亡率が報告されている31, 312).こういった病因や重症度を別にしても,肺高血圧症患者における母体リスク・胎児出生率はいずれも許容範囲とはいえない.したがって,カウンセリング時には避妊を徹底させ,妊娠を回避することを推奨すべきである(妊娠は禁忌).仮に妊娠が発覚したとしても,中絶を早期に行うことは,母体リスクを避ける意味では重要な選択肢となる.専門家による十分な説明を行ったうえでも妊娠継続という判断に至った場合には,経験の豊富な施設において必要な専門家を集めたチームを組んで管理することが必要となる.
2.2.2 妊娠・出産時の経過
上昇したPVR による右心不全・肺循環不全の存在のため,妊娠初期の体血管抵抗値の低下に対する心拍出量上昇による血圧維持や妊娠32 週まで増加する体液量増加への適応が十分行えないため両心不全増悪が懸念される.未修復短絡が存在する先天性心疾患を伴うPAH(CHD- PAH)においては,いずれも右左短絡が増加して低酸素・チアノーゼの悪化から胎児の発育にも大きな影響を及ぼす.また,凝固系の亢進から,肺動脈塞栓・血栓のリスクも高く,PAH の増悪の危険がつねに伴うため,抗凝固療法の管理を行う必要も生じる.一方で,これらの疾患は,出血傾向も強いため,抗凝固療法の管理は,注意が必要である.未修復短絡が存在する場合は奇異性塞栓のリスクもあるため,抗凝固療法の必要性はさらに高まる.出産の時期
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に関して,中等度以上の肺高血圧症の場合は,32 ~34週の出産を,それ以下の比較的安定した肺高血圧症の場合は35 ~37 週での出産を計画するが,右室(肺心室)機能やBNP の変動に注意して適切な時期を逸しないようにする.
出産時は怒責を避ける意味でも,体血管抵抗値が低下しないように注意しながら,熟達した麻酔科医師により硬膜外麻酔か脊髄・硬膜外麻酔併用による帝王切開を計画する.症例によっては同様の麻酔下での経験豊富な産科医師による経膣的無痛分娩も可能である.一般的な麻酔による分娩を適用させることは,むしろリスクを高める可能性がある267, 312).出産直後は,静脈還流量の急激な増加による心不全悪化と凝固能の亢進による血栓に注意する.利尿薬投与と抗凝固療法を出産直後から1 週間は入院して行うとともに,産後1 ヵ月は入院時と同様のとくに注意深いケアが必要となる.また,授乳のストレスは避ける方向とし,帰宅後の家族によるサポートの強化を徹底することで,産後母体のストレスによる心不全や肺高血圧悪化を避ける.そして,少なくとも産後3 ヵ月は利尿薬や抗凝固療法の継続と頻回の外来経過観察を行う.
2.2.3 主要な肺高血圧症に対する妊娠・出産時の治療
a. IPAH
IPAH の管理を参考に,以下のPAH の管理を行う.基本的には,肺循環・肺高血圧の管理,右(肺)心室不全の管理,抗凝固療法の施行の3 点が重要である.妊娠発覚後,肺血管拡張薬(PAH 治療薬)使用は継続すべきであるが,エンドセリン受容体拮抗薬は催奇形性の懸念があり,ほかの2 系統薬剤(一酸化窒素[NO]- 環状グアノシン一リン酸[cGMP]シグナル伝達[NO-cGMP]系,プロスタサイクリン系)への変更を可及的速やかに行う(クラスIa,レベルC).これについては,入院での変更が望ましい.無投薬患者に対しても,この2 系統薬剤の導入は推奨でき(クラスIIa,レベルC),産後も継続投与とする.一般に,カルシウム(Ca)拮抗薬に関しては成人でのレスポンダーは少なく313),妊娠後の新規導入は推奨できない(クラスIII,レベルC).しかしながら,レスポンダーの継続使用は比較的予後がよいとされ314),推奨される(クラスIIa,レベルC).心不全管理としては,利尿薬を中心に適宜使用を考慮する.抗凝固薬に関しては,妊娠以外の理由ですでに適応のある患者には使用すべきであり,それ以外の症例では個々の利益・リスクを考慮して使用する. b. 先天性短絡性肺動脈性肺高血圧(CHD-PAH)
表34 に示すように,この病態は4 群に分類される308).短絡修復後PAH と小短絡合併(I)PAH に関してはIPAHの指針と同様である.
Eisenmenger 症候群に関しては,肺血流がすでに減少している病態であり,体血管抵抗値が低下する妊娠初期の右左短絡増加によるチアノーゼ・低酸素悪化が懸念される.肺高血圧症治療薬のうち,Eisenmenger 症候群の酸素化を改善するとされるホスホジエステラーゼ5 (phosphodiesterase-5: PDE5)阻害薬のシルデナフィル275, 315)もしくはタダラフィル316)の漸増・慎重投与を体血圧に注意しながら行う(クラスIIa,レベルC).可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬のリオシグアトもPDE5 阻害薬と同様に酸素化を改善する可能性があるが,血圧低下を助長してチアノーゼが悪化することもあるため,注意して使用する必要がある(クラスIIb,レベルC).プロスタサイクリン系薬剤は体・肺血管抵抗値を同等に低下させるため,チアノーゼ悪化・血圧低下が全面に出る恐れがあり,やむなく試す場合には少量から注意して導入するが(クラスIIb,レベルC),イロプロスト吸入に関しては血中での半減期の短さから血管拡張効果の肺選択性が比較的維持され,Eisenmenger 症候群においても低酸素を悪化しにくいと報告されている317–319).したがって,プロスタサイクリン系薬剤のなかでは使用しやすい可能性がある(クラスIIa,レベルC).抗凝固療法に関しては,個別の塞栓症の状況から判断するが,Eisenmenger 症候群ではとくに喀血を含め出血のリスクも高く,積極的な導入推奨はできない(クラスIIb,レベルC).
未修復短絡性PAH(非Eisenmenger 化)患者では,表34 第1 群(CHD に伴うPAH)の臨床分類
Eisenmenger 症候群当初は心内外の多量の左右短絡により血管リモデリングが進行し,肺血管抵抗は重篤な上昇を示す.右左または両方向性短絡によりチアノーゼを呈し,赤血球増多と多臓器不全が合併してくる.有意な左右短絡を伴う群(left-to-right shunts)修復手術可能な症例と不可能な症例がある.中等度~多量の左右短絡により,肺血管抵抗は軽度~中等度上昇し,左右短絡の持続でチアノーゼは認めない.左右短絡では説明できない群(PAH with coincidental CHD)小さな心内左右短絡はあるが,肺血管抵抗の著明な上昇には関係がない.臨床像はIPAH に類似している.短絡閉鎖は禁忌である.有意な短絡残存がない修復手術後群(postoperative PAH)先天性心疾患の修復手術後で有意な短絡残存がないものの,術直後から,または術後数ヵ月~数年で肺高血圧を認める.臨床像は進行性であることが多い. (Simonneau G, et al. 2013
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Eisenmenger 症候群との大きな違いは高肺血流状態(肺体血流比:Qp/Qs >1)である点である.肺血管拡張薬は総じて高肺血流を助長する可能性が高く,積極的な多剤併用や静注製剤の使用などにより必要以上のPVR 低下を招かないよう注意を払う.体血圧の面から,薬剤の基本的な選択・使用法はEisenmenger 症候群に準じるが,SpO2 > 95% の場合には右左短絡が少ない,すなわち左右短絡主体の高肺血流が示唆されるため,投与量を控えめにする.体液量が最大になる32 週に近づくにつれ,肺高血圧悪化および右心(肺心室)不全増悪が生じる可能性が高くなるため,体重,血中BNP,心エコー所見(三尖弁圧較差)を参考に利尿薬および肺高血圧症治療薬の調整を行う.抗凝固薬に関しては,Eisenmenger 症候群ほど出血のリスクは高くはないが,吐血など重篤な状態に結びつくため, Eisenmenger 症候群と同様に,積極的な抗凝固療法導入の推奨はできない(クラスIIb,レベルC). c. 慢性血栓塞栓症性肺高血圧(CTEPH)
肺動脈の閉塞性障害からPVR 上昇により肺高血圧症となるため,血行動態的にはIPAH に近い.血栓性の器質的狭窄が主体であるが,血栓を認めない部分にもIPAH 様の病変が生じている.高齢女性に発生頻度が高いため,妊娠時に遭遇する頻度は少ないと考えられ,IPAH 同様の管理を行う.ただし,本疾患自体に適応のある薬剤は,sGC 刺激薬のリオシグアトであるため,薬剤選択はリオシグアトが第一選択薬となる(クラスIIa,エビデンスC).抗凝固療法は本来必須であるため,ワルファリンは中止のうえ,妊娠初期からヘパリンでの管理を行う(クラスI,エビデンスC).バルーン肺動脈形成術(BPA)および肺動脈内膜摘除術(PEA)の妊娠時の施行は,専門家の意見のもと救命的緊急時にのみ考慮すべきと考えられる. d. その他の肺高血圧症
肺高血圧症の分類に属するその他の疾患に関しては, IPAH に対する管理法をもとに専門家を含めたチーム医療により個別に対処する.肺高血圧症の分類に含まれていない末梢肺動脈狭窄(PPS)により生じている肺高血圧症に対しては,狭窄部位に対する肺高血圧症治療薬の効果は期待できない.しかしながら,狭窄部位の存在しない部位に生じている反応性の病変に対しては効果を有する可能性はある.原因として先天性風疹症候群,Williams 症候群, Alagille 症候群,Ehlers–Danlos 症候群といった先天性小児期発症のPPS の場合,前もって診断がついていることもある.しかし,成人期発症のPPS の場合,高安動脈炎のような自己免疫性の炎症性疾患に合併する以外のもやもや病や線維筋性異形成といった全身血管障害に合併するほか,原因不明のこともある.妊娠後に肺高血圧症が発症・発覚した場合は,確定診断には肺動脈造影が必須であるため,
IPAH,CHD-PAH,CTEPH といった病態と鑑別が困難となる.管理はIPAH と同様となり,多少のPVR 低下を期待しての肺高血圧症治療薬投与は必要に応じて試してみる(クラスIIb,エビデンスC).緊急時の救命的な治療として器質的狭窄部位に対するBPA 施行は選択肢としてあげられるが,経験豊富な医師の判断が必要である.
2.3 治療薬
2.3.1 プロスタサイクリン系薬剤
ベラプロスト120μg(経口分3),セレキシパグ0.4 ~1.6 mg(経口分2),イロプロスト2.5 ~5.0μg(吸入6 ~9 回吸入),トレプロスチニル(経皮・静注1.25 ~2.5 ng/kg/分),エポプロステノール(静注0.5 ~40 ng/kg)がPAHコントロールのため使用可能とされている.前述した用途に応じて薬剤選択を行う.静注製剤は,感染リスクを伴うため基本的には緊急時・重症化時の使用を推奨する.
2.3.2 NO-cGMP 系薬剤
以下の薬剤がPAH コントロールのため使用可能とされている.リオシグアトは,CTEPH にも保険適用されている. • PDE5 阻害薬シルデナフィル60 mg(経口分3),タダラフィル20 ~
40 mg (経口分1) • sGC 刺激薬リオシグアト3.0 ~7.5 mg(経口分3)
2.3.3 エンドセリン受容体拮抗薬
ボセンタン125 ~250 mg(経口分1),アンブリセンタン10 mg(経口分1),マシテンタン10 mg(経口分1)があるが,胎児催奇形性のため使用禁忌である.入院のうえ,他剤に変更を要する.
2.3.4 その他の薬剤
心不全治療薬および抗凝固薬に関しては,各項(第2 章8. 心不全,第1 章10. 妊娠中の薬物療法)を参照のこと.
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3 弁膜症
3.1 各弁膜症と人工弁置換術後
わが国では小児期のリウマチ熱はほとんどみられなくなり,妊娠・出産可能な年齢のリウマチ性弁膜症の患者はきわめて少なくなった.一方で,先天性心疾患の予後は改善し,その多くが妊娠・出産可能な年齢まで到達するようになった.したがって,修復の有無にかかわらず弁逆流や弁狭窄が残存した成人先天性心疾患患者での妊娠・出産管理が重要となってきている.これら先天性心疾患の弁膜症患者では,単独の弁膜症として病態を把握するよりも,基礎疾患(房室中隔欠損症や単心室形態など)の合併病変として病態を把握する必要がある.ただし,弁膜症患者の妊娠・出産に関しては,エビデンスレベルの高いランダム化比較試験はなく,欧州や米国のガイドライン49, 320)を参照する必要がある.
妊娠中は生理的に循環血漿量が40 ~50% 増加し,心拍出量,心拍数も10 ~20 拍/ 分増加する.これらの変化は妊娠第1 期から徐々に始まる.総論(第1 章1.4 血管壁の変化)に述べたように,妊娠中にはエストロゲンやエラスターゼの影響で血管壁の構造にも明らかな変化が生じ,その脆弱性が増す.一方で,娩出中は子宮が収縮し,血圧も上昇するなど循環器系へ与える影響も大きい(第1 章1.妊娠・分娩の循環生理:妊娠・出産における母体の変化を参照のこと).これらの影響は,逆流症か狭窄症か,また,どの弁かによって異なる.
3.1.1 各弁膜症での注意点
リスク評価には詳細な病歴聴取,身体所見,12 誘導心電図,そして心臓超音波検査等が有用である.とくに心臓超音波検査では弁膜症の状態のみならず,循環動態,肺高血圧症の程度も評価することができ非常に有用である.またBNP 値は弁膜症の重症度評価に有用であり,妊娠前および妊娠経過中の心負荷の指標となる可能性がある.現病歴の聴取の際に,患者の運動能力,心不全の病歴の有無,随伴する不整脈の状態などについて,詳しく問診することが必要である.一般に,弁逆流性疾患は弁狭窄性疾患と比べ,妊娠に耐容しやすいとされる.
先天性・後天性の弁膜症(人工弁置換術後を含む)とともにIE のリスクがあり,症例によっては産科的手術・手技や分娩時において,予防投薬が推奨される(第1 章9. 感
染性心内膜炎を参照のこと). a. 狭窄性弁膜疾患
高度の狭窄性弁膜症では,妊娠中に生じる心拍出量の増大,心拍数の増加,そして後負荷の減少といった妊娠中の血行動態の変化に十分に耐えることができず,血行動態の破綻をきたし母児ともにリスクが高い.したがって,妊娠前に狭窄性弁膜症の患者を特定しその重症度を判定することは,妊娠中や出産時の対応だけでなく,妊娠前の治療介入の判断をするうえでも重要である.検査の中でもドプラ法を含めた心臓超音波検査は有用性が高い.
高度の狭窄性弁膜症では,妊娠前に弁膜症合併妊娠に精通した循環器内科医による妊娠前カウンセリングを受けることが推奨される.また,妊娠前に弁膜症に対する手術を受けるのであれば,弁膜症合併妊娠に精通した循環器内科医より各々の手術および人工弁に伴うリスクについて十分な説明を受けることが推奨される49, 320, 321).具体的には,機械弁であれば妊娠の全経過を通じて抗凝固療法が必須であるが,抗凝固療法は母児ともにリスクを伴う.生体弁であれば弁自体の耐用年数に限界があり,とくに若年者ではその傾向が顕著である.さらに,妊娠中に弁の劣化を加速させる可能性がある322).
高度の狭窄性弁膜症で妊娠した際には,弁膜症合併妊娠に精通した循環器内科医,心臓血管外科医,麻酔科医,産科医を含む集学的なチームで経過観察することが望ましい. b. 僧帽弁狭窄症
僧帽弁狭窄症では僧帽弁の開放が制限され,拡張期での左房から左室への血液流入を制限する.妊娠時には心拍数が増加し左室拡張時間が短縮,さらに循環血液量が増加するので左房圧が上昇し,症状が出現しやすい.したがって中等度以上の僧帽弁狭窄症では妊娠中の血行動態の変化に対応できない症例が多い.
日常臨床において,僧帽弁狭窄症の評価には心エコーが有用である2).妊娠中の僧帽弁位での圧較差や推定肺動脈圧は,僧帽弁狭窄症の重症度を直接は反映しないが,予後予測には重要である323).さらに経皮的僧帽弁交連切開術を考慮する際には,僧帽弁の解剖や閉鎖不全症の合併,ほかの弁膜症の有無を事前に知っておくことが重要である320).たとえ無症状であったとしても,妊娠前に運動負荷試験を行うことで症状を顕在化し,母体のリスク評価を行うことができる.
母体のリスク評価には妊娠前の僧帽弁狭窄症の重症度とNYHA 心機能分類が重要である.高度の僧帽弁狭窄症(僧帽弁弁口面積≦1.5 cm2)ではリスクが高く,たとえ妊
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娠前は無症状であったとしても,妊娠中にしばしば心不全症状が顕在化してくる49, 324, 325).高度の僧帽弁狭窄症を合併した妊娠では合併症の出現頻度が高く,60% 以上の症例で妊娠中に心房不整脈もしくは肺うっ血,またはその両方が認められる324).死亡率は0 ~3% と報告されているが,先進諸国に限れば僧帽弁狭窄症を合併した妊婦の死亡はきわめて稀である32, 324, 325).軽度の僧帽弁狭窄症であれば症状が出現したとしても多くは重篤化することなく,妊娠に耐えうる症例が多い.
僧帽弁狭窄症の重症度と症状は胎児の予後に大きな影響を与える.症状を伴う高度の僧帽弁狭窄症であれば,妊娠中に症状が悪化するリスクが高く,母児の安全を考え妊娠前に何らかの治療介入を行う.弁形態などが条件に合えば経皮的僧帽弁交連切開術を選択する49, 320).条件に合わなければ施設の経験などに照らし合わせて,直視下交連切開術もしくは僧帽弁置換術を考慮する49, 320).さらに,たとえ無症状でも僧帽弁形態が適していれば,母児の安全を考えて妊娠前に経皮的僧帽弁交連切開術を行う320).
妊娠中は心拍数の増加に伴い,左室拡張期充満時間が短縮し,左房圧が上昇する.妊娠初期以降は活動制限を行い,心拍数の増加を避ける.さらに,β遮断薬は母児ともに比較的安全に使用することができる326).β遮断薬のなかでも子宮弛緩作用のあるβ2 選択性の薬剤は避けて,β1 選択性の薬剤を用いることが好ましい.メトプロロールはアテノロールに比べて胎児発育遅延の発生が少なく,妊娠中に用いるβ遮断薬としては好ましい薬剤である327, 328).心不全症状が顕在化した場合には利尿薬が有効であるが,利尿薬は胎盤循環を減少させる可能性があり,注意して使用する.発作性もしくは永続性心房細動を合併していれば,禁忌がない限り抗凝固療法を行わなければならない(第1 章10. 妊娠中の薬物療法を参照のこと).
妊娠中に最大限の薬物治療を行ってもなおNYHA 心機能分類III 度以上の心不全を呈する高度の僧帽弁狭窄症では,条件を満たせば経皮的僧帽弁交連切開術を考慮する17, 49, 320).ただし,この手技は妊娠20 週以降に行うことが望ましく,透視時間は最小限にとどめるようにする.開心術に関してはすべての治療が困難で,NYHA 心機能分類IV 度以上の症例でのみ考慮する17, 49, 320).
軽度の僧帽弁狭窄症や中等度以上の僧帽弁狭窄症でも,肺高血圧を伴わずNYHA 心機能分類II 度以下の症例では,経膣分娩を選択する.中等度以上の僧帽弁狭窄症で経皮的僧帽弁交連切開術が施行できない,もしくは不成功の症例で,薬物療法を行ってもなおNYHA 心機能分類III度以上もしくは肺高血圧が残存する症例では帝王切開を考慮する49). c. 大動脈弁狭窄症
妊婦で問題になる大動脈弁狭窄症の病因の多くが大動脈二尖弁もしくは一尖弁である.たとえ妊娠前に無症状でも,妊娠に伴う循環血液量と心拍数の増加から左室圧負荷が増大し,症状が出現する症例も少なくない.妊娠中は心臓超音波検査を含めた定期的な経過観察が必要であるが,とくに高度な大動脈弁狭窄症では毎月もしくは2 ヵ月ごとに心臓超音波検査を行い病態の把握に努める.さらに大動脈二尖弁もしくは一尖弁では上行大動脈の拡大や大動脈縮窄,もしくはその両方を合併することがあるので,経過を通して大動脈の観察は不可欠である.
無症状の高度の大動脈弁狭窄症(連続波ドプラ法による最高血流速度≧4.0 m/ 秒,もしくは簡易ベルヌイ式による収縮期平均圧較差≧40 mmHg)において,妊娠前の運動負荷試験は,「真に無症状かを判定する」「運動耐用能を評価する」「運動による血圧の反応性や不整脈の有無を評価する」といった目的で有用である.妊娠前の運動負荷試験で予後予測に有効な指標は明らかでないものの,非妊娠例では運動負荷試験において運動耐容能の制限や血圧低下を呈する症例でリスクが高い329).
大動脈弁狭窄症の重症度と症状は,母児の予後不良予測因子である.症状を伴う高度の大動脈弁狭窄症では妊娠前に大動脈弁への治療介入が推奨される.大動脈弁のバルーン拡張術では数年内に再狭窄が起きる可能性がある.大動脈弁置換術を選択する際には,生体弁と機械弁の各々の利点,欠点について十分に検討しなくてはならない.また,たとえ無症状であっても高度の大動脈弁狭窄症では妊娠に伴い心不全や不整脈を発症するリスクが高く,さらに胎児の予後も不良である32, 324, 330).したがって,無症状の高度大動脈弁狭窄症でも妊娠前に大動脈弁への治療介入を行うことは,これらのリスクを最小限にとどめられる可能性があり妥当である.また,症状にかかわらず,上行大動脈が50 mm(27.5 mm/m2)より大きい症例では妊娠前に手術を考慮する49).
大動脈弁狭窄症に対する薬物療法の効果は限定的である.妊娠中に症状が出現すればベッド上安静を行い,肺うっ血に対しては利尿薬を用いる.ただし,過剰な利尿薬の使用は胎盤循環を減少させるので避けなければならない.これらの安静と加療でも,血行動態の破綻やNYHA心機能分類III 度以上の心不全を呈する重度の大動脈弁狭窄(収縮期平均圧較差≧40 mmHg)でのみ,妊娠中の大動脈弁への侵襲的治療介入が考慮されることがある17).
重度の大動脈弁狭窄症で妊娠後期にも症状を伴う際には,気管内挿管の後,全身麻酔科での帝王切開による分娩が望ましい.また,重度の大動脈弁狭窄症でなければ,無
p.60
痛分娩や局所麻酔に伴う末梢血管抵抗の低下に留意しながらの経膣分娩が望ましい. d. 逆流性弁膜疾患
妊娠時には全身の血管抵抗が低下することもあり,左心系の弁逆流では逆流量が減少するので狭窄性弁膜疾患の合併妊娠よりもリスクは低い.しかし,すでに症状を伴っていたり,左室駆出率の低下,上室不整脈,肺高血圧を伴う高度の逆流性弁膜疾患では,妊娠に伴う循環血液量の増大により心不全を発症する可能性がある.したがって,高度の逆流性弁膜疾患が疑われる症例では,心臓超音波検査を含めた評価を妊娠前に行うことが望ましい.
高度の逆流性弁膜症では妊娠前に弁膜症合併妊娠に精通した循環器内科医による妊娠前カウンセリングを受けることを勧める.また妊娠前に弁膜症に対する手術を受けるのであれば,弁膜症合併妊娠に精通した循環器内科医より各々の手術および人工弁に伴うリスクについて十分な説明を受けることが望ましい.可能な限り弁形成術を選択するが,やむを得ず人工弁置換術を施行せねばならい症例もある(第2 章3.1.1.a 狭窄性弁膜疾患を参照のこと).
高度の逆流性弁膜症で妊娠した際には,弁膜症合併妊娠に精通した循環器内科医,心臓血管外科医,麻酔科医,産科医を含む集学的なチームで経過観察することが推奨される.
高度の逆流性弁膜症で無症状の症例では,妊娠前に運動負荷試験行うことも有用である.運動負荷試験によって,運動制限や運動誘発性の肺高血圧,その他の異常な症状を認めた場合は,妊娠中に合併症を発症するリスクが高いと考えられる49, 320).さらに運動負荷試験で症状が出現した際には症候性の逆流性弁膜症として対応する.
症状を伴う高度の逆流性弁膜疾患では,妊娠前に弁形成術もしくは弁置換術を施行することが推奨される.その際には弁形成術が望ましいが,弁置換術を行う際には妊娠中の人工弁に関わる問題について手術前に十分議論しなくてはならない.妊娠中の心臓弁膜症手術は母児ともにリスクが高く331),内科的加療後もNYHA 心機能分類IV 度が持続する高度の逆流性弁膜疾患でのみ弁膜症手術を考慮する.
無症状の高度の僧帽弁閉鎖不全症で妊娠を希望する症例に対しての妊娠前の僧帽弁形成術は,手術の利点と欠点そして将来の妊娠に対する影響を考慮し,十分に吟味されなければならない.僧帽弁形成術は成功率の高い手術であるが,もし形成術が不成功に終わり,人工弁の種類に関係なく弁置換術が施行されると妊娠中のリスクは高まる.したがって,妊娠を希望する高度の逆流性弁膜疾患に対する手術の適応は,妊娠を希望しない症例と比べてより厳しくなくてはならない.左室収縮力が低下している,もしくは
肺高血圧(収縮期肺動脈圧>50 mmHg)を伴うなど妊娠中に心不全を発症するリスクが高い僧帽弁閉鎖不全症に対して,妊娠前に僧帽弁形成術を検討するのであれば,僧帽弁形態,該当施設での形成術成功の可能性,手術のリスク,そして今後予期される僧帽弁置換術に関連する問題を十分に考慮する320).
狭窄性弁膜疾患異となり,原則として経膣分娩が可能であり,有症状例では硬膜外麻酔を用いて分娩第2 期を短縮することが推奨される.
3.1.2 人工弁置換術後
人工弁機能不全が存在すれば妊娠中の血行動態変化に伴い心不全を発症しやすくなる.さらに妊娠中は凝固系が亢進し,血栓塞栓症のリスクが高まる41).したがって,人工弁症例では,人工弁合併妊娠に精通した循環器内科医による診療とカウンセリングが妊娠前に行われることが望ましい.人工弁症例で妊娠した際には,人工弁合併妊娠に精通した循環器内科医,心臓血管外科医,麻酔科医,産科医を含む集学的なチームで経過観察を行う.
人工弁症例では妊娠前に心臓超音波検査による評価がなされることが望ましい.妊娠前に評価がされていなければ,妊娠中に心臓超音波検査での人工弁機能を含めた評価を行うべきである.妊娠中に呼吸困難等の症状が出現した際には心臓超音波検査を繰り返し行い,さらに血栓塞栓症や人工弁機能不全が疑われた際にも心臓超音波検査を行う.妊娠中の機械弁に対する抗凝固療法については次項参考のこと.
3.2 抗凝固・抗血小板療法
妊娠時の抗凝固療法や抗血小板療法は,母体のみならず児への影響もあるため,その実施にあたっては十分な説明と同意を得る必要がある.機械弁による弁置換術を受けた患者の場合には生涯にわたる抗凝固療法が必要であるが,これは妊娠中も例外ではない.むしろ妊娠時には凝固能が亢進するため,十分な抗凝固療法が行われていても,およそ3 ~4% の血栓塞栓症と1 ~2% の母体死亡が発生することが報告されている332, 333).機械弁患者以外に,深部静脈血栓症および心房細動での抗凝固療法中の場合も問題となる.
3.2.1 各薬剤の注意点
a. ワルファリン
非妊娠時における長期経口抗凝固療法薬として確立し
p.61
ているが,妊娠初期におけるワルファリンの使用は,胎児に対する催奇形性の問題より勧められない.ワルファリンは分子量が小さく胎盤通過性があり,米国食品医薬品局(FDA)による妊娠時の薬剤使用カテゴリー(表35)
191)
では「D」に分類されている. i. 催奇形性
妊娠初期(6 ~12 週)に母体にワルファリンが投与されると,胎児に対する催奇形性があることが知られている.もっとも多い異常は,骨形成,軟骨形成の異常である.次に多いものは脳神経の発達異常で,小脳症などがある.催奇形性は用量依存性といわれ,1 日投与量5 mg 以下では催奇形性の発現リスクが低いとされている333–337).しかしながら,用量と催奇形性の重症度との関連については,一定した見解がない.
ii. 胎児の出血性合併症
胎児は酵素系とビタミンK 依存性凝固因子が未発達のため,母体よりもワルファリンの影響が容易に出現する.このため,経膣分娩を考慮するのであれば36 週目までにはワルファリンの投与は中止し49),ヘパリンの持続静注で抗血栓療法を行いながら,娩出中の胎児出血死を予防することが望ましい.とくに,ワルファリンの効果が持続している場合は,帝王切開の適応となる. iii. 母乳栄養児への影響
ワルファリンの不活性な代謝物のみが乳汁中へ移行するため,授乳中の乳児へ悪影響はないと考えられている.
表35 FDA による妊娠時の薬剤使用カテゴリー
薬剤分類FDA勧告特徴・副作用モニタリング母乳への
移行胎盤通過性
ワルファリンクマリン誘導体D催奇形性(骨・軟骨形成,脳神経系)胎児の出血性合併症INRなしありヘパリン未分画ヘパリンC長期投与で脱灰化促進(母体の骨折)ワルファリンより血栓症の頻度が高いAPTTなしなしエノキサパリン
低分子ヘパリンBヘパリン起因性血小板減少症の報告(フォンダパリヌクスではHIT 抗体との交
差反応性は認められていないが,使用経験が少なく,安全性は確立していない)投与後4~6 時間後の抗Xa 活性なしなし
BダルテパリンなしなしBフォンダパリヌクス不明なし
ダビガトラン
直接作用型経口抗凝固薬C妊娠中の投与に関する安全性は確立していない授乳中の婦人に投与することを避け,やむを得ず投与する場合には授乳を中止させるなし可能性あり可能性あり
アピキサバンB妊娠中の投与に関する安全性は確立していない授乳中の婦人に投与することを避け,やむを得ず投与する場合には授乳を中止させるなし可能性あり可能性あり
リバーロキサバンC妊婦への投与は禁忌授乳中の女性に投与することを避け,やむを得ず投与する場合は授乳を中止させるなし可能性あり可能性あり
エドキサバンC妊娠中の投与に関する安全性は確立していない授乳中の婦人には本剤投与中は授乳を避けさせるなし可能性あり可能性あり
アスピリン(低用量)
抗血小板作用C比較的安全と考えられるが,使用量によらず妊娠28 週以降は使用不可なし潜在的毒性あり
ジピリダモールB低血圧,狭心症状の悪化なしおそらく
可能可能性あり
チクロピジンB出血,肝障害なし潜在的毒性可能性あり(Briggs GG, et al. 2017 191)より作表)
p.62
b. ヘパリン
未分画ヘパリンは分子量が大きく胎盤移行性がないため,胎児に害を及ぼすことはない.FDA による妊娠時の薬剤使用カテゴリーでは「C」に分類される.低分子ヘパリンはわが国においては限られた保険適用しかない.米国や欧州のガイドラインでは妊娠中の使用について記載があるが49, 320),わが国ではエノキサパリンや合成Xa 阻害剤であるフォンダパリヌクスが妊婦が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与することとされており,妊娠中の投与は十分なインフォームドコンセントが必要である.詳細は産婦人科診療ガイドライン―産科編2014 338)を参照されたい. i. 投与量の調節
ヘパリン療法の問題点は,有効な治療域をどう維持するかという点である.妊娠時は,ヘパリンの必要量が非妊娠時に比べて多くなる.これは,妊娠時におけるヘパリン結合蛋白の増加,循環血漿量の増加,凝固因子の増加,腎臓のクリアランスの問題などによる. ii. 副作用およびワルファリンとの比較
長期間にわたるヘパリンの投与は,脱灰化を促進し母体の骨折のリスクを大きくする.その他,注射部位の膿瘍,血小板減少,出血などが問題となる.ヘパリンによる抗凝固療法を行った群と,妊娠中を通してワルファリンによる経口抗凝固療法を行った群を比較すると,ヘパリン群で有意に血栓症の発生率が高く12 ~24% に達し,とくに血栓弁などの重症な合併症が起こる可能性がある332, 333, 336, 337). iii. 投与中のモニタリング
未分画ヘパリンの持続静注は効果が高いが,静脈ラインからの感染症や骨粗鬆症のリスクがある.機械弁症例では12 時間ごとの活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)が基準値の2 倍になるよう,または抗Xa 活性が0.35 ~ 0.7 U/mL となるようにコントロールする.
2012 年1 月から,わが国でもヘパリン在宅自己注射が保険適用された.適応症例は,1血栓性素因(先天性アンチトロンビン欠乏症,プロテインC 欠乏症,プロテインS 欠乏症,抗リン脂質抗体症候群など)を有する患者,2深部静脈血栓症,肺血栓塞栓症既往のある患者,3巨大血管腫,川崎病や心臓人工弁置換術後などの患者,で担当医師が治療対象と認めた患者である.皮下注射用のヘパリンを5,000 単位,12 時間ごとに皮下注射するのが一般的であるが(低用量未分画ヘパリン投与法),8 時間ごとの注射も可能である.また,APTT を測定し,その結果により適宜投与量を調整することも行われる(用量調節法). c. 直接作用型経口抗凝固薬
ワルファリンに代わり直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)が日常臨床に用いられるようになったが,妊婦に対する有
効性と安全性は明らかではない.ダビガトラン,アピキサバン,エドキサバンは妊婦に対して有益性投与の位置づけであるが,リバーロキサバンは妊婦に禁忌である.
3.2.2 疾患ごとの抗凝固療法
a. 機械弁置換術後(図6)
機械弁置換術後患者の妊娠・出産にあたりもっとも重要なことは,現時点での心機能や機械弁機能が良好であり,適切な抗凝固療法を行っていても,母体の血栓塞栓症のリスク,ワルファリン内服による胎児の催奇形性,頭蓋内出血などのリスクが存在する事実があること,また適切な管理方法が確立していないことを(できれば妊娠・出産に先立って)時間をかけて説明することである.
機械弁に対する血栓予防効果がもっとも高いのはワルファリンであるが,ワルファリンの妊娠初期での使用は胎児に対する催奇形性の問題があり,慎重な吟味が必要である.わが国ではワルファリンを妊婦に原則用いることはできず,低分子ヘパリンは限られた保険適用しかないが,機械弁に置換した患者の妊娠の管理は米国と欧州のガイドラインを参考にすることはできる49, 320).
第1 三半期でのワルファリンの使用は催奇形性の問題があるが,用量依存性と報告されており,5 mg ではリスクが少ない333–337).米国のガイドラインでは,第1 三半期についても,5 mg 以下の投与量であればワルファリンを厳重なモニタリング下で継続することについては,低分子ヘパリンや未分画ヘパリンの持続静注への置換より推奨レベルが高い.5 mg より多ければ中止とし,低分子ヘパリンもしくは未分画ヘパリンの持続静注への置換を推奨している.欧州のガイドラインでは,十分な説明のうえ,ワルファリンの投与量が5 mg より多い場合でも,ワルファリン継続が選択に入れられている.低分子ヘパリンの投与は1 日2 回行い,投与後4 ~6 時間での抗Xa 活性が0.8 ~1.2 U/ mL となるように投与量を調整する.未分画ヘパリンは持続静注を行い,APTT が基準値の2 倍になるように投与量の調整を行う.
欧州のガイドラインでは,第2 三半期と第3 三半期でワルファリンのみ投与とされているが,米国のガイドラインではワルファリンに加えて75 ~100 mg の低用量アスピリンの追加を推奨しており,国内で使用する場合は,いずれの場合に際しても,十分なインフォームドコンセントのもとに使用する必要がある.
妊娠第36 週以降はワルファリンを中止し,未分画ヘパリンの持続静注に変更し,APTT が基準値の2 倍になるように投与量の調整を行う.出産の4 ~6 時間前に持続静注
p.63
図6 機械弁置換術後の抗凝固療法母体・胎児へのリスクの説明
(本人と家族に)
抗凝固療法の評価
はじめの6 ~12(14)週:ヘパリン次の13(15)~33(35)週:ワルファリン
34 ~36 週:ヘパリン持続静注
分娩:ヘパリン持続静注中止
産褥:ヘパリン持続静注,ワルファリン再開
ワルファリンのみ妊娠中絶
ワルファリンのみ(<5 mg は安全か?)ヘパリンのみ
を中止し,出血等の合併症がなければ出産後4 ~6 時間で再開する.血栓塞栓症のリスクが高くワルファリンが中止できない症例や,ワルファリン投与中に分娩開始した症例では帝王切開を行う.
繰り返しとなるが,わが国での妊婦へのワルファリン投与は禁忌であり,低分子ヘパリンも限られた保険適用しかない.わが国の保険適用を考慮し,実態に即した管理は図6 のようになるが,十分なインフォームドコンセントが必要である.第1 三半期にワルファリンから未分画ヘパリンまたは低分子ヘパリンへの変更が必要となってくるが,低分子ヘパリンの場合,ヘパリンの自己注射の練習およびヘパリンの用量決定のために,短期間入院することが望ましい.妊娠第14 週以降は,患者にヘパリンの皮下注射をそのまま使用し続けるか,ワルファリンの経口投与に変更するかの選択がある.ヘパリンは血栓症予防効果が不確実であり,ワルファリンの経口投与への変更が母体にとって望ましい.妊娠36 週には,ワルファリンの経口投与は中止し,凝固能をモニタリングしながら用量を調節したヘパリンの点滴静注に切り替える. b. 静脈血栓塞栓症の予防としての抗凝固療法
および治療第2 章11. 下肢静脈血栓症を参照のこと. 4 Marfan 症候群と Marfan 類似疾患
4.1 病態
Marfan 症候群は15 番染色体の長腕に位置するfibrillin-1 の遺伝子変異による常染色体優性遺伝の結合組織病であるが,約20% は明らかな家族歴を有さずに突発的に発症する339).支持組織の脆弱性を呈し,臨床的には心血管系(大動脈拡大・心臓弁膜症),筋骨格系(長い手指や上下肢),眼症状(水晶体脱臼)を呈する.心血管系の合併症がMarfan 症候群の予後にもっとも影響を及ぼすとされており,大動脈解離・大動脈破裂・心不全がおもな死亡原因である.多くは20 ~40 歳で発病するが,予防的手術治療とβ遮断薬治療により,その平均寿命は改善しつつある340–343).
Marfan 症候群以外にも,大動脈,骨格病変を主とし,結合組織の脆弱性を呈する疾患が複数存在し,Marfan 類似疾患とよばれる.Loeys–Dietz 症候群は口蓋裂・二分口蓋垂・眼間解離などの特徴的な顔貌,全身動脈の蛇行,頭蓋骨早期融合,先天性心疾患,精神発達遅滞などをしばしば伴う疾患で,形質転換増殖因子β(TGF-β)受容体(1
p.64
型あるいは2 型)遺伝子(TGFBR1,TGFBR2)の変異(機能障害)を認める344).ほかの大動脈疾患に比べ,血管病変はより若年で生じ,大動脈拡張が軽度であっても解離に至る傾向が高いと指摘されている18, 345, 346).
家族性大動脈瘤もMarfan 症候群にみられる身体的特徴を有さないMarfan 類似疾患として知られているが,大動脈の拡大速度がMarfan 症候群よりも速い傾向にある18, 345, 346).家族性大動脈瘤にはさまざまな遺伝子異常が関与し,遺伝形式も常染色体優性のみではない.現在までに原因遺伝子としてはTAAD1,FAA(familial aortic aneurysm)1,TAAD2,TGFBR1,2 遺伝子や347),血管平滑筋特異的ミオシン(MYH11),アクチン(ACTA2)の遺伝子変異も報告されている.
Ehlers–Danlos 症候群は皮膚,関節の過伸展性,各種組織の脆弱性を特徴とする遺伝性結合組織疾患で,6 つの大病型(古典型,関節型,血管型,後側彎型,多発関節弛緩型,皮膚弛緩型)とその他の病型が存在し,特定のプロコラーゲン遺伝子またはコラーゲンを成熟させる過程に必要な酵素遺伝子の変異に基づく.内出血しやすい,皮膚が薄い(皮下静脈が透けてみえる)などの特徴があり,血管型においては,動脈病変(動脈解離・瘤・破裂,頚動脈海綿静脈洞瘻),臓器破裂(腸管,子宮破裂),気胸といった重篤な合併症を生じる347).
Marfan 類似疾患は典型的なMarfan 症候群と異なり,かならずしも高身長ではないため見逃されやすいが,大動脈の拡大速度はMarfan 症候群よりも速い傾向にあり,注意を要する.
4.2 妊娠・出産(表36)
妊娠による変化として,大動脈壁中膜には細網線維の断裂,酸性ムコ多糖体の減少,弾性線維配列の変化,平滑筋
細胞の増殖と過形成がみられる.さらに,妊娠・出産による心臓大血管に対する容量負荷や圧負荷(疼痛刺激や怒責も)が加わることにより,妊娠中期から末期,または分娩時や分娩後の大動脈解離や大動脈瘤破裂を合併しやすい18, 345, 346).
一般的には,Marfan 症候群の妊娠中の大動脈解離のリスクは大動脈径≧40 mm,妊娠中に大動脈拡大傾向を呈する,家族歴を有する,40 歳以下での大動脈手術の既往がある症例とされている18, 340, 345, 346, 348).大動脈基部径≧45 mm は原則として妊娠を避けることが望ましく,予防的手術の適応となる.急速な上行大動脈径の拡大を認めた場合は,母体の安全のため妊娠中絶の適応となることがある.上行大動脈径の拡大を伴うMarfan 症候群では,帝王切開分娩を基本とし,心臓血管外科のある病院で行うことが強く推奨される.麻酔科との緊密な連携が重要であり,血圧や疼痛管理を厳重に行う必要がある.上行大動脈の最大径が40 mm 以上44 mm 未満の場合も同様に注意深い経過観察を行う.上行大動脈の最大径が40 mm 以上44 mm 未満に対する予防的手術や分娩方法に関しては,現状では施設間で方針が異なる.妊娠前の上行大動脈の最大径が40 mm 未満の例でも,約1% に大動脈解離や他の心血管合併症が生じるとされている.解離の発生は少なく,通常分娩が可能であるが,上行大動脈径のモニターは必要であり拡大傾向のないことを確認する.
一般的にMarfan 症候群・Marfan 類似疾患に対して,大動脈解離の予防を目的としてβ遮断薬の投与が行われることが多いが,投与開始の基準に定説はない.β遮断薬を使用する場合は,母体と胎児への影響に注意する必要がある.上行大動脈径のモニターは必須であり,妊娠中は最低4 ~8 週ごと,出産後も6 ヵ月までは注意深く観察する必要がある18, 345, 346).Marfan 類似疾患の大動脈の拡大速度は,Marfan 症候群よりも速い傾向にあり,定説はないがより早期の予防的外科手術や帝王切開を選択することが望ましい.マウスを用いた実験では,大動脈瘤形成抑制にARB の有効性も報告されている349).
僧帽弁逆流症併発例については,循環器病の診断と治療に関するガイドラインに準じて治療を進める350).妊娠年齢に達したMarfan 症候群は,すでに何らかの弁膜症を合併していることが多く,とくに僧帽弁逸脱と僧帽弁逆流を伴う場合は心内膜炎のリスクも考慮する.
4.3 高安動脈炎(表37)
高安動脈炎(大動脈炎症候群)は大動脈およびその主
表36 Marfan 症候群患者における妊娠・出産の注意点
1 遺伝する可能性が50% あることを説明する(1 章3. 5 遺伝カ
ウンセリングを参照のこと) 2 外科治療の適応がある場合,妊娠前に手術を受けるよう指導す
る3 上行大動脈径(Valsalva 洞を含む)44 mm 以上か,大動脈解
離がある場合は,妊娠しないよう指導するそれ以下の場合は,妊娠可能と告げるが,解離による急変の可能性を説明する4 上行大動脈径40 mm 未満は,通常分娩が可能である(レベル
B) 5 僧帽弁逆流症は,循環器病の診断と治療に関するガイドライ
ン350)に準じて治療を進める6 必要に応じてβ遮断薬を投与する(母体と胎児への影響に注意
する) 7 血圧管理や疼痛管理を厳重に行う
p.65
要分枝や肺動脈,冠動脈に閉塞性,あるいは拡張性病変をきたす原因不明の非特異的大型血管炎である.妊娠・出産の報告はあるが,まとまった報告は認められないため指針を記載することは困難であり,少数例の報告をまとめた情報を記載する18, 345, 346, 351–353).
腹部の未治療の大動脈縮窄を有する場合,腎性高血圧から心不全や腎不全や脳出血となることが報告されている.妊娠・出産は基本的に可能であるが,高血圧を認める場合には,計画的に高血圧をコントロールして出産へと導くことが重要である.子宮内胎児発育不全や低出生体重児も多く,流産・死産も少なくない.外科治療の適応のある心疾患や大動脈疾患は,妊娠前に手術を受けるよう指導する.また敗血症や妊娠高血圧腎症を合併することもあり,この場合の予後は不良である.
ステロイド治療は基本的には継続する.出産後も,プレドニゾロン内服を続けるが,維持量程度であれば母乳栄養に問題はないとされている.冠動脈等の動脈の狭窄部位があるなどの理由で低用量アスピリン(80 ~100 mg/日)を内服する場合もある.その他,感染,貧血(鉄欠乏性),凝固因子異常などにも留意して管理する.血管炎であるため,ステロイド治療中であることが多く,弁膜症の合併も少なくない.IE のリスクが通常よりも高い可能性がある.
4.4 先天性大動脈縮窄症
未修復例は妊娠中に高血圧,左心不全,さらに大動脈瘤形成,大動脈解離などの重大な合併症が認められることがある.一方,修復術後は母児とも良好な妊娠・出産経過をとることが多い354, 355).大動脈縮窄症に合併頻度の高い先天性大動脈二尖弁でも,大動脈壁にいわゆる嚢胞性中膜壊
死(cystic medial necrosis)を伴い,大動脈中膜弾性線維の断裂により大動脈壁の脆弱化を生じる354–356).妊娠中は大動脈壁の組織学的変化が進行し,容量負荷が加わるため著明な大動脈拡張が起こりやすいため,拡張が進行し,大動脈瘤形成,破裂,解離を生じることがある356).大動脈縮窄症の妊娠では高血圧の合併が22% 程度にみられ,安静, β遮断薬投与での管理を必要とすることがある18, 345, 346, 354).また,大動脈縮窄症に合併頻度の高い大動脈二尖弁は,処置に伴いIE のリスクがあることを熟知しておく(第1 章9.感染性心内膜炎を参照のこと).
4.4.1 未修復大動脈縮窄症(表38)17, 20, 357)
未修復大動脈縮窄例では,これまで少なからず母体死亡(3 ~9%)を認めたが357),適切な高血圧治療により死亡例はまれとなった357).妊娠中に大動脈瘤,大動脈解離,大動脈瘤破裂(大動脈縮窄症の約10% に合併),左心不全,Willis 動脈輪の動脈瘤破裂を生じることがある354, 357). β遮断薬による降圧が必要であるが,血圧が下がりすぎると胎盤血流が減少するため注意を要する.未修復の重症大動脈縮窄症は妊娠前に手術またはカテーテル・インターベンションによる修復を受けることが望ましい.
4.4.2 大動脈縮窄症修復術後(表39) 17, 20)
修復術後の多くは,安全な妊娠・出産が可能である.上行大動脈拡張,大動脈弁狭窄遺残,大動脈弁逆流の観察
表37 高安動脈炎患者における妊娠・出産の注意点
1 未治療の腹部異型大動脈縮窄では,腎性高血圧から心不全,腎不全が報告されているため,敗血症,妊娠高血圧腎症となることもあり予後不良である(レベルB) 2 異型大動脈縮窄─成人先天性心疾患診療ガイドライン79)に準
じる3 大動脈弁逆流症─循環器病の診断と治療に関するガイドライ
ン350)に準じる4 大動脈瘤(大動脈弁輪拡張症を含む)─Marfan 症候群に準じ
る5 虚血性心疾患(冠動脈入口部狭窄)─外科治療後の適応を検
討する6 高血圧症に対しては,β遮断薬を投与し,ACE 阻害薬・ARB
は用いない7 ステロイド治療の継続をするが,投与量増量に至ることはま
れである8 自己免疫性疾患,結合組織病(膠原病)としての病態に注意
する表38 未修復大動脈縮窄症患者における妊娠・出産の
注意点• 未修復の大動脈縮窄症は,妊娠前に手術ないしはカテーテル・インターベンションによる修復を受けることが望ましい.縮窄より遠位部の過度の低血圧は,流産や胎児死亡を合併することがあるため,未修復の妊婦の高血圧治療は注意を要する.(レベルB) • 妊娠中でも大動脈縮窄症の修復は可能だが,内科的治療が困難な心不全や大動脈解離が認められる場合を除くと推奨されない.妊娠中は大動脈壁が脆弱化し,大動脈解離の危険が増加するため,妊娠中のバルーン血管形成術は推奨されない.しかし,ステントを併用すれば,比較的安全に施行できる可能性がある.(レベルB) (Elkayam U, et al. 2016
17), Regits-Zagrosek V, et al. 2018 20), McCrindle BW, et al. 1996
357)より作表)
表39 大動脈縮窄症修復術後患者における妊娠・出産の
注意点大動脈縮窄症修復術後の妊娠は,母児ともにリスクは低い.しかし,高血圧や大動脈拡張を伴う場合は,β遮断薬による内科管理を行う必要がある.(レベルB) (Elkayam U, et al. 2016 17), Regits-Zagrosek V, et al. 2018 20)より作表)
p.66
が必要だが,とくにパッチ修復術後やバルーン形成術後では,修復部大動脈瘤形成に注意する必要がある.心臓MRI 検査は妊娠中も施行可能であり,合併症の診断に有用である.有意な狭窄がなくとも,妊娠中に高血圧を伴うことが少なくないため,定期的な血圧測定が必要である.高血圧を合併する場合は,β遮断薬投与が有効である18, 345, 346, 354).未修復例と同様に,修復術後も大動脈拡張や瘤形成を生じることがあり,大動脈径の観察は重要である. Willis 動脈輪部動脈瘤の妊娠中の悪化の有無については明らかでない.
妊娠中の内科治療は安静と高血圧治療が中心となる.大動脈拡張の進行を予防するため,β遮断薬を使用することがあり,施設により使用開始基準が異なる.上行大動脈径が50 mm 以上の症例においては予防的外科手術を検討する18, 345, 346, 354).
5 心筋症
5.1 肥大型心筋症(HCM)
肥大型心筋症(HCM)は,心筋の異常肥大と左室拡張能低下を基本病態とし,心筋収縮関連蛋白の遺伝子等に病因変異を認める,もしくは,可能な限り評価を行い蓄積疾患や心臓外病変を有する全身疾患などの原因がみられない心筋症と定義される86).左室流出路閉塞をきたす「閉塞性」ときたさない「非閉塞性」に分類され,前者では収縮期に左室内圧較差が生じる.左室流出路以外に,心室中部や心尖部に限局して肥大する場合や,経過中,肥大した心室壁厚が減少・菲薄化して,心室内腔の拡大を伴う左室収縮力低下をきたし,DCM 様病態を呈する場合(拡張相HCM)もある.わが国における有病率は,10 万人当たり17.3 ~ 374 人と報告されており359, 360),合併妊娠をみることもまれではない.
左室拡張末期圧上昇による心不全,高度の左室流出路狭窄による失神や胸痛,左房負荷による心房細動から派生する脳血栓塞栓症,致死的な心室性不整脈などがおもな心血管合併症である.とくに突然死の主要な危険因子として,心室性不整脈,失神,突然死の家族歴,著しい左室肥大(≧30 mm)などが知られている86).
5.1.1 妊娠リスク
HCM の多くは妊娠に耐えうるが,約2 ~4 割にうっ血性心不全や不整脈合併症を認めると報告されている361–365).
妊娠中の循環血漿量の増大により,左室腔が拡大すれば,流出路狭窄が軽減する可能性が考えられる.多くの場合,心拍出量の増加に伴い左室流出路の圧較差は増大し,妊娠中の左房拡大は心房細動のリスクを上げる.循環血漿量の増大に,妊娠による心拍数の増加,すなわち心室拡張期の短縮が加わることで,左室拡張末期圧はさらに上昇し,うっ血性心不全のリスクとなる.
9 つのコホート,237 人408 妊娠を対象にした系統的レビューでは,母体死亡0.5%,合併症や症状の悪化29%,早産26% と,一般の発症率と比較して,いずれも高値であった361).母体死亡は,重度の流出路狭窄(>100 mmHg)と心室肥大(>30 mm)の1 例と,若年突然死の家族歴を持つ1 例であり362),これら突然死の危険因子をもつ女性においては,より注意深い妊娠前評価とカウンセリング,必要に応じた抗不整脈薬治療や除細動器植え込みなどを行う.
心血管合併症の危険因子は,妊娠前のNYHA 心機能分類II 度以上362–365),妊娠前心血管合併症の既往362),妊娠前内服治療366),CARPREG リスクスコア,ZAHARA リスクスコアの高得点366)が報告されている.
合併症の好発時期は,心不全は循環血漿量が増加する妊娠第2 期から分娩後にかけて発症が多い.一方,不整脈は妊娠初期から発症を認める363, 366).
5.1.2 治療
流出路狭窄や心房細動の心拍数調整,心室性不整脈に対しては,β遮断薬が有効である367, 368).妊娠前から内服している場合には妊娠中も継続し,妊娠中に症状が出現した場合は,新たに開始する.重度の拡張障害や閉塞性病変の症例では,1 回心拍出量がほとんど増えないため,妊娠中の心拍出量増加のためには,心拍数の増加が大きな役割を果たす.β遮断薬の開始・増量の際には,心拍数の低下から,循環血漿量の増大に適応できず心不全をきたす場合があることに注意する.ベラパミルも胎児の房室ブロック出現に注意しながら使用可能である(I 章10. 妊娠中の薬物療法を参照のこと).心房細動に対しては除細動を試みるが,調律復帰しない場合は,心拍数調整と抗凝固療法を行う.適応症例では,妊娠前に経皮的中隔心筋焼灼術や中隔心筋切除術,ペースメーカや除細動器の植え込みを行うが,妊娠中や産直後に行った報告もある369, 370).
5.1.3 分娩
一般には経膣分娩が可能であるが,分娩時には静脈還流を低下させる体位や怒責はなるべく避ける.重度の閉塞性
p.67
病変では,分娩時の硬膜外麻酔による末梢血管拡張により,静脈還流の減少と血圧低下が生じるため,その適応の可否を検討する.多量の出血時や長時間の分娩による脱水時には,血圧が低下しないよう適宜補液や輸血による体液量調整を行う.一方,拡張障害のため,静脈還流の増加は肺うっ血を惹起する.とくに胎盤娩出直後には,増大子宮に貯留されていた約500 mL の血液が一気に還流するため,注意する.
5.2 拡張型心筋症 (DCM)
拡張型心筋症(DCM)は,1心筋収縮不全,2左室内腔の拡張,を特徴とする疾患群と定義される371).原因不明であるが,一部に遺伝性,ウイルス感染,自己免疫異常が関与することがわかってきている.心機能低下,ポンプ失調による心不全と,不整脈,動脈の血栓塞栓症などが臨床上問題となる.多くは進行性であり,予後不良である.わが国における有病率の正確なデータはなく,10 万人あたり十数人~数百人と考えられており,HCM に比べ少ないことが知られている.男性に多いこと,小児期を含む若年者では予後が不良であることなどの理由から,DCM を有する女性が妊娠・出産を経験することは少ない.
5.2.1 妊娠リスク
妊娠前無症状で無投薬の,軽度心機能低下を認めるDCM では,妊娠経過が良好であることが多い.しかし,一般に予後不良な疾患であるうえ,後述の周産期心筋症とのオーバーラップも考えられるため,軽症例でも慎重な経過観察が必要である.妊娠・出産の経過中に急激な心機能低下が起こるリスクについて,妊娠前から十分な説明を行う368).
妊娠による循環血漿量や心拍数の増加,凝固能亢進により,さらなる心機能低下,心不全,心室不整脈,血栓塞栓症のリスクが増加する.合併妊娠のコホート研究は少ないが,母体心血管合併症の発生率は13 ~39% であり,危険因子としてLVEF <45%,NYHA 心機能分類III ~IV 度,妊娠前の心血管イベント既往が報告されている127, 372).
DCM 合併妊娠における心不全好発時期は妊娠後半から産後2 ヵ月(中央値は妊娠35 週)であり134),不整脈や脳卒中は,妊娠期間を通して発症する127).
CARPREG II スコアではLVEF<40%を危険因子とし29a), modified WHO 分類ではLVEF <30%,NYHA 心機能分類III ~IV 度の症例はクラスIV(妊娠禁忌)である.また,妊娠経過中にLVEF <20% となった場合は,母体死亡リスクが非常に高いため妊娠を終了すべきである368). LVEF <35 ~40% は,高リスクである(第1 章3.3 禁忌
疾患/ 病態を参照のこと).薬剤性心筋症や虚血性心筋症など,臨床的にDCM に類似した心筋症についても,同様の基準と考える.
5.2.2 治療
低心機能症例では,頻回の心エコー検査による心機能や肺高血圧の評価が必要である.
ACE 阻害薬やARB は妊娠中の内服による胎児の腎障害や羊水過少が報告されており,妊娠中の使用は禁忌とされている(第1 章10. 妊娠中の薬物療法を参照のこと).同薬剤の内服治療中に妊娠希望がある場合は,妊娠前に中止し,心不全の悪化がないか確認しておくことが好ましい.慢性心不全に対する利尿薬の使用においては,過度の利尿による子宮循環低下,羊水過少や胎児利尿による脱水や電解質バランスの異常に注意する.アルドステロン拮抗薬は,通常の投与量では,安全であると考えられている.β遮断薬は,胎児発育不全や新生児低血糖を惹起するため,慎重な経過観察が必要となるが,催奇形性はなく母体に対しては有益投与である.また,心不全の急性増悪に対する,利尿薬,ヒト心房性ナトリウムペプチド製剤(human atrial natriuretic peptide: hANP),カテコラミンの使用は,妊娠中も可能である.
5.2.3 分娩
コントロール不良の心不全症例では,帝王切開による分娩を考慮する.低心機能例では,心負荷軽減のため,硬膜外麻酔併用下の経膣分娩が推奨される.
5.3 周産期心筋症(産褥心筋症)
心疾患を指摘されていない妊婦が,妊娠後半から産褥期にDCM 類似の病態を呈し,うっ血性心不全を発症する原因不明の心筋症を周産期心筋症(産褥心筋症)と称する.いまだ診断基準は画一化されていないが373),心機能低下はLVEF <45% と定義されることが多い.現段階では疾患特異的な診断項目がなく,心筋梗塞や心筋炎などの心機能低下をきたす原因がない場合の除外診断であるため,複数の病態が関与している疾患群である.同年代女性では,心筋炎やDCM よりも高率に妊産婦で診断され,心不全発症のタイミング134)や予後372)が,前述のDCM 合併妊娠とは異なっているため,独立した疾患と考えられている.しかし,家族歴や遺伝子変異など,両者にオーバーラップした病態も存在する374).
p.68
5.3.1 疫学
わが国における発症率は1.5 万~2 万分娩に1 例であり,高齢,妊娠関連高血圧症の合併,多胎妊娠や子宮収縮抑制剤(β刺激薬)の使用が,危険因子である150).これら危険因子の合併率は,先進国ではほぼ同じである(表40)
150, 375,
376).とくに,妊娠関連高血圧症はわが国を含めた複数のコホート研究で,周産期心筋症患者の4 割が合併している最大の危険因子である377).近年,「妊娠高血圧症候群の病態は,全身の血管障害である」と捉えられるようになり,周産期心筋症との共通病因として,切断プロラクチンをはじめとする血管障害因子が注目されている378–380).
3 割が妊娠中,7 割が分娩から産後に心不全診断され,とくに分娩から産後1 ヵ月以内の診断が最多である.息切れ,体重増加,浮腫などの心不全症状は,健常妊産褥婦も訴える症状であることから,診断遅延に陥りやすい.危険因子をもつ妊産婦で心不全様症状の訴えがあれば,心筋症を鑑別疾患にあげ検査を行う.BNP やNT-proBNP は,妊産婦でも簡便に心不全スクリーニングができる有用な検査である(第1 章5. 妊娠中の血行動態評価を参照のこと).
5.3.2 治療
一般的な心不全に対する治療が広く行われている.重症例では,急性期のカテコラミン治療に加え,大動脈内バルーンパンピング(intra-aortic balloon pumping: IABP)や経皮的心肺補助装置(percutaneous cardiopulmonary support: PCPS)を使用する.慢性期には,ACE 阻害薬やβ遮断薬,利尿薬などの内服治療が行われるが,治療抵抗性の症例では,心臓移植や母体死亡に至ることもある.
凝固能亢進と低心機能,うっ血性心不全を背景に,心内血栓の合併報告が多く,血栓は予後不良因子の1 つである.
低心機能例では抗凝固療法の導入を考慮するが,帝王切開分娩直後で出血を伴う場合では,血栓と出血リスクを評価したうえで開始する.
近年,新規治療法として,切断プロラクチン病因説に基づき,抗プロラクチン療法が提唱されているが378),いまだ有効性は確立されていない.現在進行中の介入試験381)などの結果がまたれる.
5.3.3 予後と次回妊娠リスク
約1 割が最重症化(母体死亡もしくは心移植待機)する一方,6 ~7 割の患者では心機能が正常化する150).心機能改善の予測因子として,初診時もしくは発症2 ヵ月後のLVEF,左室拡張末期径,左室内血栓,人種などが報告されている382).異なる病態を反映してか,妊娠関連高血圧症を合併した患者の心機能は回復しやすく150, 375),DCMに関連した遺伝子変異を有する患者の心機能は回復しにくい374).
分娩後もLVEF ≦50% が継続する症例では,再妊娠により心機能が悪化して死亡する例もあるため,次回妊娠は勧められない368, 383).分娩後に心収縮力が正常化した例でも,心不全の再発リスクは約3 割と報告されており383),妊娠前には慎重な検討と丁寧な妊娠前カウンセリング,妊娠の際は注意深い経過観察が必要である.
6 不整脈
妊娠中は,循環血液量増加による伸展活性化チャネルの変化,自律神経機能の変化,内分泌機能の変化に加えて,精神的・心理的ストレスにより不整脈が悪化しやすい384).甲状腺機能異常,電解質異常,薬剤性による二次性の不整脈のほか,基礎心疾患に合併する不整脈では血行動態異常を伴うことが多く,厳重な管理が必要となる.
6.1 種類と頻度
妊娠中の不整脈の頻度はそれほど多くはなく,とくに治療を要する不整脈は少ない29, 29a, 223a, 384, 386–391).米国の1施設19 年間の136,432 回の妊娠に関わる入院のなかで,不整脈を原因として入院したのは10 万妊娠あたり173 人(0.17%)である.内訳は洞性不整脈(洞性徐脈・洞性頻拍)が104 例(0.1%),上室期外収縮および心室期外収縮が33例(0.03%),上室頻拍は24 例(0.02%)と比較的多
表40 周産期心筋症の国別比較
日本150) (102 例)ドイツ375)
(115 例)米国376)
(100 例)
年齢(歳) 32.7 34 30経産数(回) * 1.7 2 2.2初産婦の割合(%) 55 – –アフリカ系人種(%) 0 – 30危険因子妊娠関連高血圧症(%)多胎妊娠(%)切迫早産治療(%) 42 15 14 45 15 4 45 – –母体死亡率(%) 4 2 4 *初産を1 とする(Kamiya CA, et al. 2011 150), Haghikia A et, al. 2013
375) , McNamara DM, et al. 2015 376)より作表)
p.69
いが,心房粗動・心房細動は2 例(0.002%),心室細動ないし心室頻拍は2 例(0.002%),房室ブロックは1.5 例(0.0015%)と頻度は低い386)(図7).
妊娠前に頻拍性不整脈がある場合,妊娠中の再発率は全体で44%,不整脈別では,上室頻拍50%,発作性心房粗動・心房細動52%,心室頻拍27% と高率である392).
6.2 器質的心疾患を合併した場合の不整脈
基礎心疾患として,弁膜症,心筋症,先天性心疾患などがあるが,近年,弁膜症の頻度は減少し,先天性心疾患が増加している.1988 年はそれぞれ60%,31% であったが, 2001 年時点では22%,74% と報告され,現時点では先天性心疾患患者がさらに増加している29, 205).
先天性心疾患患者1,562 妊娠では4.5% に不整脈がみられ,なかでもFontan 術後では16% と高率で,完全大血管転位症15.6%,房室中隔欠損症10.2%,Fallot 四徴症6.4%となっている53).わが国での調査でも,126 妊娠中6.6%に管理を要する不整脈を認め,3.5% で治療を要していた223a).心房粗動,心房細動,心房頻拍,心室頻拍や徐脈性不整脈の発症が多く392),分娩時には先天性心疾患患者以外と比較して約20 倍から80 倍と報告されている393).
先天性心疾患術後患者が,妊娠中に不整脈を認める場合でも,厳重な観察や適切な抗不整脈治療を行えば,母体・胎児ともに罹病率は高いものの母体死亡は少ない29, 220, 221, 387).
6.3 不整脈治療
基本的な治療方針は非妊娠時と変わらないが,薬物や放射線被曝による胎児への影響を考慮して制限される.ただし,不整脈により母体や胎児の生命の危険が高いと判断される場合には,不整脈治療が優先される場合もある.
基礎心疾患合併例では,合併症により不整脈の発症が血行動態の破綻をきたすこともあり,治療を優先させることもある.そのため不整脈の既往がある場合には妊娠前に非薬物的な治療を検討すべきである.
6.3.1 抗不整脈薬
急性期の頻拍停止と慢性期の頻拍予防,心拍コントロールを目的とする.キニジン,プロカインアミド,リドカイン,ジゴキシン,アデノシン,ベラパミル,ソタロールは比較的安全に使用することができる394)(第1 章10. 妊娠中の薬物療法を参照のこと).フェニトインは胎児ヒダントイン症候群などの催奇形性があり,不整脈への適応がジギタリス中毒に限られるため使用する機会はまれである.β遮断薬
では,アテノロールが他剤に比べて副作用の頻度が高いため,β1 選択性のメトプロロールがよく用いられる.アミオダロンは甲状腺に対する影響から,避けることが望ましい.アデノシンは胎盤通過性がなく胎児への影響はない.
6.3.2 血栓予防
持続する心房細動や心房粗動では,血栓予防を検討する. CHADS2 スコアが2 未満の場合は,低用量アスピリンによる抗血小板治療,スコア2 以上で抗凝固療法が必要な場合には,機械弁患者と同様にヘパリンやワルファリンによる管理が必要となる.新しい抗凝固薬はまだ人でのデータが少ないが,ワルファリンを超える副作用の報告も今のところはない.
6.3.3 直流除細動
妊娠中は安全とされているが,胎児心拍を確認することが望ましい395).パットの位置は通常通りで,妊娠後期に蘇生が必要な場合,心臓マッサージは通常より頭側よりで行う.子宮による下大静脈や下行大動脈の圧排を避けるため,左側臥位か,用手的に腹部を左側に圧排する.ただしエビデンスが十分でないため,通常の心肺蘇生が優先される396).
6.3.4 カテーテルアブレーション
放射線被曝による胎児への影響から,頻拍の既往がある場合,妊娠前のアブレーションを行うことが望ましい.妊娠中の薬剤耐性の頻拍に対しては,心臓超音波や,3D マッピングシステムを用いて,透視なしで行った報告もあ
心停止(6 例)
洞性不整脈洞性徐脈洞性頻拍(104 例)
上室期外収縮心室期外収縮(33 例)
上室頻拍(24 例)
心房粗動・心房細動(2 例)
心室頻拍・心室細動(2 例)
房室ブロック(1.5 例)
図7 10 万妊娠あたりの不整脈が原因で入院した患者数
(Li JM, et al. 2008 386)より作図)
p.70
る397, 398).透視する場合でも,なるべく13 週以降に行い,被曝を最小限に抑える必要がある399).これまでの報告は,難治性かつアブレーション手技が容易な上室頻拍,心房頻拍,心室頻拍に限られている400).
6.3.5 ペースメーカ
症候性あるいは突然死の危険のある徐脈性不整脈が対象となる.3D マッピングシステムや超音波検査を併用し,ほぼ透視なしで植え込むことも可能となった401).ペースメーカ植え込み患者の妊娠経過は良好である29).正常心では,妊娠初期より心拍数は上昇するため,洞機能不全やVVI モードの房室ブロック患者では設定心拍数をあげる場合がある.
6.3.6 植え込み型除細動器(ICD)
突然死予防を目的とする.妊娠中の植え込みはペースメーカと同様に可能で402),ペーシング不要の場合には皮下植え込み型除細動器(ICD)も検討される.植え込み後の妊娠経過は良好で,44 人中11 人(22%)に作動があったが,ICD 作動による胎児への悪影響は認めず,ICD 作動頻度とICD 関連の合併症の頻度は,妊娠前と変わらなかった403, 404).
6.3.7 着用型自動除細動器(WCD)
周産期心筋症患者7 人に着用型自動除細動器(WCD)を装着したところ,3 人に心室細動が出現し適切作動したとの報告がある405).ICD 植え込みまでの橋渡しとして有用である可能性がある.
6.4 不整脈の管理
6.4.1 上室期外収縮,心室期外収縮
器質的心疾患の有無にかかわらず頻度は高く,上室期外収縮は58 ~89%,心室期外収縮は40 ~74% に認められる2, 384, 400).多くは無症状で治療を要さないが,症状が強い場合,禁酒,禁煙,カフェイン制限,睡眠指導や精神的サポート等で効果なければ,薬物治療を検討する.
6.4.2 上室頻拍
副伝導路を介する房室回帰性頻拍(WPW 症候群など)や,房室結節回帰性頻拍などの上室頻拍は,妊娠中に初発することは比較的まれである391).妊娠前の上室頻拍は妊娠中に約50% が再発392),22% において妊娠中に症状が悪化する407).妊娠中には頻拍発作が増加することもあるため388),妊娠前にカテーテルアブレーションにより治療し
ておくことが望ましい.妊娠中は薬物治療が主体となる.
6.4.3 心房粗動,心房細動,心房内リエントリー性頻拍, 異所性心房頻拍
心房筋の障害により出現する心房性の頻拍は,器質的心疾患に伴って出現することが多く,基礎心疾患のない場合はまれである223a, 392).分娩時の発症は,器質的心疾患を有さない場合に比し,心房細動で23 倍,心房粗動で85 倍となる393).ほかに甲状腺機能亢進症,電解質異常により二次的に出現する.妊娠中の再発率は約50% と高率である392).薬剤耐性であることも多く,心機能障害がある場合には発作時に血行動態が破綻する場合もある.急性期にはまず心拍コントロールが中心となるが,血行動態が不安定な場合や,頻拍の持続により心不全が悪化する場合には直流除細動が選択される.薬物治療は発作の停止および予防目的で行われるが,催不整脈作用,陰性変力作用に注意する.頻拍が持続する場合には血栓予防が必要となる.
6.4.4 心室頻拍
特発性心室頻拍として流出路起源性やベラパミル感受性の症例が報告されているが389, 408),多くは基礎心疾患を伴い,出産時の出現率は29 倍となる393).Fallot 四徴症では約3.3% に心室頻拍が出現する223a, 240).妊娠前にみられた心室頻拍の妊娠中の再発率は27% とそれほど多くはない.いずれも薬物治療が効果的である223a, 240, 389, 408, 409).
6.4.5 QT 延長症候群
先天性QT 延長症候群では,妊娠中の不整脈イベントの発生率は妊娠前と比較して著変しないが,出産後の発生率は有意に高く,不整脈イベント回避にβ遮断薬は有効である136, 410, 411).さらに出産後の不整脈イベントは, 2 型において高率である136).β遮断薬は不整脈イベント発生を有意に低減する136, 411).
抗不整脈薬,向精神薬,抗菌薬,抗真菌薬,抗アレルギー薬,消化器疾患薬などによる薬剤性QT 延長症候群や,心不全,心筋症,冠動脈疾患,高血圧,左室肥大,徐脈性不整脈を原因とする二次性のものでは,原因の除去,原疾患の治療も重要である105).
6.4.6 Brugada 症候群
Brugada 症候群を有する女性104 人219 出産の調査では,妊娠中に6 人で11 回の失神がみられたが,心臓突然死はなかった412).心室細動ストームを起こした症例報告では,少量のイソプロテレノールとキニジンが有効であっ
p.71
た413).
6.4.7 不整脈源性右室心筋症
不整脈原性右室心筋症患者26 人36 妊娠の経過中,持続性心室頻拍が5 人で出現,年間発症率は0.274 で非妊娠時の0.138 より多いが有意差はなかった.妊娠時の初発が4 人,β遮断薬とICD 治療により,予後は良好である414).
6.4.8 洞結節機能不全
器質的心疾患に合併することが多く,出産時の頻度は57倍である223a, 393).器質的心疾患のない場合は,甲状腺機能低下症による徐脈や,神経調節性失神による一過性徐脈が多い.無症候性の場合は,治療の必要はない408).
6.4.9 房室ブロック
II 度房室ブロック(Wenckebach 型)までは,妊娠可能年齢において比較的多くみられる415).治療対象となる高度以上の房室ブロックは,先天性完全房室ブロックと器質的心疾患に合併する223a).多くは妊娠前からペースメーカ治療を受けている.妊娠中に有症候性となった場合にはペースメーカ治療の対象となる416, 417).
7 虚血性心疾患
妊娠可能年齢の女性における虚血性心疾患の頻度は低く,周産期の急性冠症候群発症はきわめてまれ(1 万分娩あたり1)ではあるが,ライフスタイルの欧米化や妊婦の高齢化により,今後増加することが予想されている418–420).実際,最近のわが国からの報告でも,出産数が経時的に減少しているにもかかわらず,妊娠に関連する心筋梗塞の数は増加している421).50 歳未満の女性における虚血性心疾患の危険因子は,喫煙,高血圧,高コレステロール血症,低HDL コレステロール血症,糖尿病,家族歴,妊娠高血圧症候群,経口避妊薬内服の既往である422, 423).とくに,喫煙あるいは高血圧と経口避妊薬内服既往の重複は,周産期急性冠症候群発症のもっとも重大な危険因子である424).また,川崎病既往,大血管転位症のJatene 手術後の女性が,出産年齢に達していることから,既知のメカニズムとは異なる虚血性心疾患が今後増加することが予想される. 7.1 妊娠中の虚血性心疾患(急性冠症候群) の発症
7.1.1 急性冠症候群の基礎病態
周産期における急性冠症候群は,16 ~45 歳の妊婦のいずれの妊娠時期においても発症の報告があるが,欧米の報告では,年齢が33 歳以上の妊娠後期においてもっとも多い425).経産婦に多く,梗塞部位は前壁が多い.母体死亡は,発症時あるいは発症2 週間以内にもっとも多く,死亡率は21 ~50% である420).急性冠症候群発症の病因は,冠動脈硬化が最多であるが50% 未満であり,冠動脈造影で狭窄が認められず,冠攣縮あるいは冠動脈内血栓が原因と考えられる場合も少なくない420, 423).
一方,最近のわが国の報告では,欧米よりも発症頻度は低く,30 ~34 歳の妊婦に発症の報告が多く,虚血性心疾患の危険因子を有する症例が少なかった421).急性冠症候群発症の病因は,動脈硬化は少なく,冠動脈解離,血栓症,冠攣縮の3 つで全体の50% を超えていた421).冠動脈解離は妊娠中以外ではきわめてまれな心筋梗塞の原因であるが,妊娠中に発症する心筋梗塞の原因としてはまれではない.冠動脈解離による急性心筋梗塞は出産直後に発症することが多い.80% で左前下行枝にみられるが,多枝に及ぶこともある423, 426).冠動脈解離の原因として,妊娠による血管壁への壁応力の増大427),抗リン脂質抗体428),血管外膜の炎症429),嚢胞性中膜変性430),高プロゲステロン血症49)などの関与が指摘されてはいるが,いまだ明確ではない.
妊娠に伴う高血圧,あるいは周産期に投与される麦角アルカロイド,ブロモクリプチン,オキシトシン,プロスタグランジンなどが誘因となることもある423).その他,結合組織病(膠原病),冠動脈瘤の残存した川崎病,鎌状赤血球症,血小板増多症,周術期感染症,血液凝固異常,冠動脈血栓塞栓症なども,周産期急性心筋梗塞の原因となり得る420).
7.1.2 急性冠症候群の診断
周産期の心筋虚血や心筋梗塞は,典型的な胸痛,心電図検査,心臓超音波検査などにより診断される.胸痛,呼吸困難,嘔気などの症状は,正常妊婦でもしばしば自覚する症状であるため,虚血性心疾患が念頭にない場合は,診断が遅れることになる49).また,診断に際して妊娠による母体変化も考慮に入れる必要がある.心電図でのIII 誘導のQ 波,T波陰転化,V1 誘導でのR/S 比の増大などは,正
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常妊婦でも認められることがある.血液生化学検査においては,正常分娩でも,ミオグロビン,クレアチンキナーゼ(CK),クレアチンキナーゼMB 分画(CK-MB)は出産30 分後に正常値の2 倍に上昇するため,心筋梗塞の生化学的診断にはトロポニンを測定する431).心臓核医学検査は避けるべきで331),冠動脈造影の施行を余儀なくされる場合は,橈骨動脈アプローチを選択することで,胎児の放射線被曝を最小とすることができる.
7.1.3 急性冠症候群の治療
急性心筋梗塞に対する血栓溶解療法は,胎児への催奇形性がなく,母体・胎児とも予後が良好であるとの報告もあるが432),わが国の急性心筋梗塞治療の現状を考慮すると,妊婦に対しても経皮的冠動脈形成術が施行されることが多い421).とくにST 上昇型心筋梗塞の場合は,速やかに冠動脈造影検査,経皮的冠動脈形成術が施行できる施設に搬送する必要がある49).非ST 上昇型心筋梗塞の場合は,中~高リスクの場合には冠動脈造影検査を施行する49).血栓溶解療法は母体の出血については十分な注意が必要であり,とくに出産時の出血リスクは高い.報告は限られているが,妊娠中の冠動脈バイパス術も有効である331).冠動脈解離に対してはステント留置術が第一選択であるが,広範囲にわたる冠動脈解離では緊急手術が必要である.胎児への影響を考慮すると,妊娠初期にはこれらの手技はできる限り避ける必要がある.妊娠女性における薬剤溶出性ステントの安全性は不明で,かつ抗血小板薬2 剤併用療法(DAPT)が長期間必要な点からも,避けるべきである331).
心筋梗塞後の左室リモデリング予防のために,β遮断薬,低用量アスピリン,スピロノラクトンの投与は許容される(レベルC).ACE 阻害薬は,胎児毒性(胎児・新生児の腎機能障害,羊水過少,子宮内発育不全,頭蓋骨低形成など)と催奇形性の懸念があり,妊娠中は中止することが望ましい433).
7.2 虚血性心疾患合併妊娠
陳旧性心筋梗塞,狭心症,川崎病冠動脈病変,Bland– White–Garland 症候群,大血管転位症のJatene 手術後など,冠動脈に病変を要する,あるいは冠動脈に治療を行った女性の妊娠は今後増加してくる.
7.2.1 陳旧性心筋梗塞,狭心症
カナダの冠動脈疾患を有する妊婦43 例50 妊娠の報告によると,母体死亡1 例,急性冠症候群3 例,心不全1 例のが母体に生じた434).虚血性心疾患の病因は,40% が動
脈硬化,36% が血栓であり,わが国の病院とは一致しないが,この病因による虚血性心疾患合併妊娠は,きわめて母体のリスクが高い.一方,児は早期産児が14%,18 トリソミーによる新生児死亡が2% ある以外は,比較的良好であった.
陳旧性心筋梗塞の既往がある症例では,残存虚血がなくても,心機能低下の程度によっては心不全発症の危険性も有する.
7.2.2 川崎病冠動脈病変
川崎病既往の女性が既に出産年齢に達している.冠動脈狭窄がなく,心機能が正常である場合は,妊娠・出産に問題はないと考えられている.しかし,冠動脈病変(とくに冠動脈狭窄病変)を残した場合,心筋梗塞後や冠動脈インターベンション後(冠動脈バイパス術後)の妊娠・出産は,虚血病変の進行や心不全悪化の可能性がある.妊娠中の循環動態変化や凝固能亢進状態の,冠動脈病変に与える影響については明らかではない.また,冠動脈病変を残した川崎病の妊娠の報告はいまだ少ないが,冠動脈病変をもつ川崎病の女性43 人,合計60 回の妊娠・出産の報告がある435–441).そのうちの7 人は,冠動脈バイパス術後である438, 439, 441).1 人は無治療で,妊娠中に急性心筋梗塞を起こしている435).冠動脈瘤があっても冠動脈狭窄を認めず,左室駆出率も良好な場合は,合併症なく妊娠に耐容できている.出産の半数は経膣分娩で,残りは帝王切開である.母体死亡はない.約2/3 の患者は低用量アスピリン,ジピリダモール,ニトログリセリン,ヘパリンなどが投与されていた.これらの患者は,妊娠中に心筋梗塞を起こしていない.出生児は3 例が低出生体重児で,1 例にVSD を認めたが,ほかはすべて正常児であった.
妊娠中の低用量アスピリンの使用に関する世界的な流れは,胎児への影響も少なく比較的安全と考えられているが,わが国では薬剤危険度に関する研究・整備が不十分であるため,投与の際には十分な説明と同意が必要となる.抗血小板薬や抗凝固薬の影響については,第2 章3.2 抗凝固・抗血小板療法を参照のこと.
川崎病については,妊娠前の評価がもっとも重要である.成人期川崎病への対応は,日本循環器学会のガイドライン442)を参照されたい.冠動脈狭窄を認める場合は,妊娠前に冠動脈病変を評価し,適応があれば妊娠前に冠動脈インターベンション,冠動脈バイパス術が推奨される.心筋梗塞後で心機能の悪い場合は,心不全,心筋症に準じる.適切な分娩方法と麻酔法は明らかでないが,冠動脈狭窄病変では,無痛分娩や帝王切開が安全と考えられる.冠動脈
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病変を伴う場合は,妊娠中の注意深い経過観察を必要とする.
7.2.3 Bland‒White‒Garland 症候群
妊娠中や出産後に診断された未治療症例,治療後に出産に至った症例の報告がある443, 444).
7.2.4 大血管転位症のJatene 手術後
第2 章1.2.8 修正大血管転位症術後を参照のこと.
7.3 虚血イベント予防(図8)
妊娠中および産褥期の心血管系へのストレスを可能な限り減らすことに留意する.妊娠初期にコントロール不良な心筋虚血が認められる場合は,中絶を考慮する(レベルC).分娩時には適度な除痛と酸素投与が必要である.虚血性心疾患合併妊娠の分娩に帝王切開は必須ではないが,適切な薬物治療にもかかわらず心筋虚血が明らかで,循環動態が不安定なときには,帝王切開を選択する.いずれの出産後にも,最低数時間は,循環動態の持続モニターが推奨される.
極端な血圧上昇や頻脈は避ける必要がある.胸痛や不安の軽減にはモルヒネが有効ではある(レベルC)が,新生
児の呼吸抑制をきたす可能性がある.経口硝酸薬は虚血性心疾患や血圧コントロールのために使用されることが多いが,安全性についての情報は少ない.抗血小板薬を投与中の症例では,貧血のチェックを頻回に行う必要がある.妊娠によって増大する心負荷を軽減し,心筋虚血を防ぐために,β遮断薬が第一選択となる(レベルC).また,低用量アスピリンは妊娠中の心筋虚血発作予防に有効である(レベルC).ただし,わが国では「出産予定日の12 週以内の妊婦には(用量にかかわらず)禁忌」とされているため,投与する際には十分な説明と同意が必要である.スタチンは胎児への影響が不明であるため,少なくとも妊娠を考慮する3 ヵ月前から中止すべきである331).
8 心不全(共通の病態として)
8.1 病態
心不全患者の妊娠・出産を考えるうえで,通常の妊娠・
虚血性心疾患合併の疑い
狭心症症状・基礎疾患の有無,高血圧,
喫煙などのリスク評価
心電図検査,心臓超音波検査,採血検査(生化学的診断にはトロポニンを測定)
図8 妊娠に伴う虚血性心疾患への対処急性心筋梗塞
β遮断薬+アスピリンt-PA,PCI
PCI,CABG
コントロール不良注)妊娠に虚血性心疾患を合併することがあることを念頭に置
く.つねに胎児への侵襲度を考慮する.冠動脈造影は,PCI/CABG まで考慮したうえで施行する.分娩時に十分な除痛,酸素投与,モニタリングを施行する.
CABG:冠動脈バイパス術,PCI:経皮的冠動脈形成術,t-PA:血栓溶解療法
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出産における循環動態の変動を理解することが重要である.
妊娠時にはまず妊娠初期において体血管抵抗値が低下する23).その代償機構として1 回拍出量の増加および心拍数の上昇が起こり心拍出量が増大する.心拍出量は24 週頃に最大となり以降はほぼ一定で推移する.妊娠では基本的にはエストロゲンなどの増加に伴い,ナトリウム貯留とともに循環血漿量が増加する.循環血漿量の増加は妊娠10 週頃より顕著となり妊娠32 週頃に最大となる.肺動脈圧は,肺血流量の増大にもかかわらず肺血管抵抗の低下により一定を保つ.妊娠中の心機能はこれら前負荷と後負荷の影響を大きく受けている(第1 章5. 妊娠中の血行動態評価を参照のこと).
心不全は左心(体心室)不全,右心(肺心室)不全,収縮不全,拡張不全,などにわけられるが,いずれの病態でも妊娠経過中に認められる循環血液量の増大,心拍数の増加はその増悪因子となる.体血管抵抗と肺血管抵抗の低下は心不全コントロールに際して通常は有利に働くが,不全心では容量負荷と頻脈の不利な影響の方が強く表れ,妊娠中に状態が悪化することが少なくない.すなわち,本来は体血管抵抗値低下に対して心拍数上昇や1 回拍出量増加で代償するはずの機構が働かず,心拍出量が増加せずに全身の低灌流状態を引き起こす.また,母体の心血管系が循環血漿量の増加に対応できずに心室拡張末期圧が上昇し肺うっ血をきたし,静脈圧も上昇して末梢浮腫を引き起こす.さらに,前負荷の増大に加えて妊娠中に生理的に生じる自律神経系の異常が不整脈や頻脈を誘発し心不全を悪化させる.妊娠中期以降は健常例でも左室径が大きくなり出産後1 ヵ月程度で回復していくが,不全心では心拡大がより顕著に認められ,これにより心室壁張力が増大してますます心機能が障害される.この心機能障害の回復までには健常例と比して時間がかかる34, 37, 53, 120).
出産時には血行動態の急激な変化を生じる.まず,カテコラミンにより心拍出量が増加し,さらに陣痛に伴う子宮収縮によって循環血液量が300 ~500 mL 増加する.これらによって,心拍出量は15 ~25% 増加し一過性に心拍数や血圧は上昇する.分娩後には子宮収縮も加味して下大静脈の圧排が消失し,急速な前負荷の上昇を生じる.出産に伴う出血は500 mL 程度(帝王切開では1,000 mL 程度)であり,これは妊娠中にもたらされた循環血漿量の増大で補われる範囲である.心拍出量の上昇とともに体血管抵抗の上昇や低い血管抵抗値を有する胎盤の消失,間質に漏出した水分の血管内への移行も生じており前負荷後負荷の上昇が一気に起こるため肺水腫発生のリスクが高い.分娩後に循環動態が正常化するまでには約4 ~6 週間かかるといわれている6).これらの急性変化は分娩直後の心機能に
も影響を及ぼす可能性がある38, 39).
ACE 阻害薬やARB は基本的に妊娠前から中止することが望ましいため,これら心不全治療薬の中止が心不全発症の要因となり得る.妊娠高血圧や子癇,貧血なども高リスク患者において心不全発症の契機となる.
8.2 リスク要因と管理
8.2.1 リスク要因
心疾患患者の妊娠リスク予測スコアリング法はいくつか存在する.まず,CARPREG,CARPREG II リスクスコアは後天性,および先天性心疾患の患者を対象に行われた観察研究に基づいた指標である(表5)
29a).母体心血管リス
クはこれらのスコアに該当なしの場合は5%,1 項目該当ありの場合は27%,2 項目以上該当ありの場合は75% と予想される.CARPREG リスクスコアはいくつかの研究でも使用され,その妥当性が検証されている.その他,先天性心疾患に関してはZAHARA リスクスコア(表6)も使用されている50).
このような研究をふまえてESC では,先天性心疾患患者女性の妊娠リスク予測にはmodified WHO リスク分類に基づいて評価することを推奨している(表4)
49).しかし,こ
の分類においては症例によっては状態次第でクラスII かクラスIII にわかれる症例があり,熟練した知識を求められる.
管理に関しては,modified WHO クラスIII では妊娠に際して専門家によるカウンセリングを要し,妊娠出産管理の計画を入念に立てる必要がある.心機能が妊娠を契機に悪化し,母体のリスクとなること,心機能低下が不可逆な可能性もありうることを念頭におかねばならない.また,妊娠,出産,産褥期までの周産期管理に関して専門的な循環器内科医,産婦人科医による集中管理を要する. modified WHO クラスIV では基本的には妊娠禁忌とされるため妊娠前カウンセリングや避妊指導が必要である.たとえ妊娠しても早期に中絶を行うことが推奨されている47).
心疾患合併妊娠では20 ~28% で胎児,新生児に有害事象が発生する.具体的には早期産,子宮内胎児発育不全,胎児死亡,新生児死亡などである.胎児死亡,新生児死亡は心疾患合併妊娠に1 ~4% で発生する49).心疾患合併妊娠における胎児,新生児の有害事象に関連する母体危険因子を表41 に示す444a).多くは母体心血管イベントの危険因子と一致しており,実際に胎児,新生児の有害事象発生と母体心血管イベントの発生には強い相関を認め
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る.
これらのリスクスコアを併せると,心収縮能低下例,ベースラインのNYHA 心機能分類III/IV 度例,左室流出路狭窄例,肺高血圧症例,心筋症症例,心不全既往例はとくに妊娠中の心不全発症リスクが高いと予想される29, 50, 134).左室流出路狭窄や心収縮能低下例,Eisenmenger 症候群,体心室右室症例では左心不全,肺水腫進行のリスクが,右室流出路狭窄や肺心室房室弁逆流症例では右心不全進行のリスクがある.
8.2.2 管理
妊娠時の心機能循環動態は刻々と変化するため,個々の症例において注意深く臨床経過や心臓超音波検査などの検査結果を観察する.中絶が可能である妊娠22 週まで,臨床症状の進行がないことや心拍出量が十分に増加しているかを観察する必要がある.妊娠22 週に達するまでにNYHA 心機能分類III 度以上に増悪した症例は中断も考慮する.妊娠第3 三半期,32 週時点で循環血漿量が最大になるが,動脈血酸素濃度の低下や左房圧上昇に伴う肺うっ血所見がみられないかを注意深く観察する47).病態の変化が認められれば,入院加療を行うことが重要である.過労は避ける一方で,逆に極度の安静による静脈うっ滞,血栓形成にも注意が必要である.塩分制限についても心不全悪化を予防するために指導を行う必要がある.
出産時には産科医,循環器内科医,麻酔科医を含めた集学的なチームによる集中管理が必要である.分娩前後の急激な前負荷,後負荷の変化は心機能に大きな影響を及ぼすため,出産時期,方法をどうするかについてあらかじめ決定しておくことが重要である.治療抵抗性の心不全の場合にはその時点で帝王切開を考
慮せざるを得ないが,早期出産,とくに37 週以前の早期出産は新生児リスクも高まるためできるだけ避ける.分娩の際には血圧上昇を防ぐために硬膜外麻酔の使用で疼痛コントロールを行うことが望ましく,分娩第2 期を短縮するなど工夫を行う445)(第3 章7. 分娩時の麻酔を参照のこと).血行動態のモニターは必要であり,安定している心不全患者であっても分娩時には経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)や心拍数モニターは必要である.動脈圧モニターやSwan– Ganz’s カテーテルモニターを必要とすることもある.できるだけin-out balance を保つようにし,分娩後には循環動態の再評価を行う.
8.3 治療
8.3.1 慢性心不全
慢性心不全を有する若年女性患者では,まず妊娠を考慮する前に定期的な診察により薬剤調整と状態の安定化をはかっておくことが重要である.通常,慢性心不全患者の薬物治療においてはACE 阻害薬もしくはARB とβ遮断薬の併用が基本である.妊娠(継続)可能と判断する要因としてコントロールが十分にされているNYHA 心機能分類II 度以下の症例であることが必要だが,その場合でも妊娠中はACE 阻害薬やARB を原則中止することが必要条件となることを忘れてはならない.しかし,現在これら薬剤の中止可否を検証する手段はなく,ACE 阻害薬/ARB 中止症例では入念な経過観察が必要である.心保護目的としても,頻脈不整脈の発症リスクを抑えるためにも,β遮断
表41 心疾患合併妊娠における母体および胎児・新生児のイベント予測因子
母体の心血管イベントの予測因子新生児期イベントの予測因子
・心疾患既往(心不全,一過性脳虚血発作,脳卒中,不整脈)・NYHA 心機能分類III~IV 度・左室流出路狭窄(中等度以上)・体心室収縮機能低下(左室駆出率<40%)・肺動脈弁下心室機能低下(TAPSE <16 mm)・体心房室弁逆流(中等度以上)・肺心房室弁逆流(中等度以上)・肺動脈性肺高血圧・妊娠前の心疾患治療薬使用・チアノーゼ(酸素飽和度<90%)・ナトリウム利尿ペプチド(妊娠20 週時のNT-proBNP >128 pg/mL)・喫煙歴・機械弁置換術後・修復後,未修復後のチアノーゼ性心疾患・NYHA 心機能分類III~IV 度または出産前のチアノーゼ・母体の左室流出路狭窄・妊娠中の喫煙・母体の低酸素飽和度(<90%)・多胎妊娠・妊娠中の抗凝固薬使用・妊娠前の心疾患治療薬使用・出産時のチアノーゼ性心疾患・機械弁置換術後・妊娠中の心血管イベント・妊娠中の心拍出量低下・子宮胎盤のドプラフロー異常(Regitz-Zagrosek V, et al. 2018
444a)より) Translated and reproduced by permission of Oxford University Press on behalf of the European Society of Cardiology. Please visit: www.escardio.org/ Guidelines/Clinical-Practice-Guidelines/Cardiovascular-Diseases-during-Pregnancy-Management-of OUP and the ESC are not responsible or in any way liable for the accuracy of the translation. The Japanese Circulation Society is solely responsible for the translation in this publication/reprint.
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薬の内服は継続が望ましい47).HCM や左室流出路狭窄を有する患者では,β遮断薬内服が推奨されている.左室内や流出路の狭窄病変がない患者では,ヒドララジンや硝酸イソソルビドを後負荷抑制目的に使用することもある.薬物治療以外にも,日常生活の安静度を保つことが重要であることを教育する必要がある.
8.3.2 急性心不全
心不全急性増悪時には妊娠時使用が禁忌でない薬剤を使用しながら,基本的には非妊娠患者と同様に心不全治療を行う49).心疾患合併妊娠において急性心不全発症は妊娠第2 三期の後半や第3 三期に起こることが多い.
また,分娩後初期の子癇は心不全急性増悪のリスクになりうる.高血圧や貧血など心不全増悪のリスクになりうる因子は早期に補正することが望ましい.通常,妊娠中のレントゲン撮影は控えるが,肺うっ血が疑われる時には身体所見の他,レントゲン撮影もやむを得ない.BNP 値も診断や治療効果判定に有用であるため妊娠経過中はフォローしておくことが望ましい.
肺うっ血や右心不全はループ利尿薬投与で治療する.胎盤血流を下げぬように少量から血圧,尿量をモニターしながら投与する47).また,後負荷を下げるために血管拡張薬を使用することもある.カテコラミンは,低心拍出状態の際に使用を考慮するが,妊婦への安全性は明らかではない.カテコラミン投与が必要なほど増悪した場合には妊娠中断を考慮する.心不全が増悪し安静や利尿薬投与が必要になった症例には,通常の心不全管理と同様に抗凝固薬の投与が推奨される49).
9 高血圧症
9.1 高血圧合併妊娠
後述される妊娠高血圧症候群の分類には含まれず,妊娠前または妊娠20 週未満に140/90 mmHg 以上の高血圧を呈し,分娩12 週以降も高血圧が持続する場合を高血圧合併妊娠という177, 178, 446–448).詳細は,「妊娠高血圧症候群の診療指針 2015 -Best Practice Guide-」(日本妊娠高血圧学会)に記載されている183).
高血圧合併妊娠は近年の妊婦の高齢化と肥満の増加に伴い,増える傾向にある449–451).
日本高血圧学会が提唱する高血圧の分類452)を妊産婦に適用してよいかは明らかではない.NICE 臨床ガイドライ
ン2011 177)などを参考に,妊産婦の高血圧は軽症を140 ~ 159/90 ~109 mmHg,重症を≧160/≧110 mmHg とすることが妥当とされている183).
9.1.1 母児の予後
高血圧合併妊娠では報告ごとの試験デザインが異なり判断に迷うところもあるが453),いずれにしても母児ともにリスクが高いことが報告されており十分な配慮が必要である454).母児死亡のリスクだけでなく,周産期リスクとしては加重型妊娠高血圧腎症,常位胎盤早期剥離,早産,胎児発育不全,帝王切開率の増加などがある183).合併症の発症率は,高血圧の罹病期間や重症度,加重型妊娠高血圧腎症の併発と関連がある446).
9.1.2 降圧薬投与開始の基準となる血圧値
降圧薬投与の開始時期は,血圧の重症度と臓器障害の合併により決定される.重症高血圧症例(≧160/≧110 mmHg)では降圧薬投与を考慮することが推奨されており, 140 ~160/90 ~110 mmHg を降圧の目標とする177, 183, 455).
軽症高血圧症例の降圧治療には議論がつきない領域である.積極的な降圧は母体リスクを減らす一方で,子宮胎盤循環は自己調節機能をもたないので,過度の降圧は胎児胎盤循環系において循環不全をきたし胎児成長に悪影響を与える可能性があり注意を要する456–461).軽症高血圧症例において降圧薬を導入することは重症高血圧への移行リスクを減少させるものの,加重型妊娠高血圧腎症や児の死亡,早産,在胎不当過小(small for gestational age: SGA)児,周産期死亡の減少などの効果は認められなかった457).さらに軽症高血圧症例に対して厳格な降圧を行った群(目標拡張期血圧85 mmHg)と比較的緩やかな降圧を行った群(目標拡張期血圧105 mmHg)とでは,重症高血圧への移行リスクは厳格な降圧を行った群で低かったものの,妊娠の中断や重度イベント発生,新生児の集中治療や母体への重篤な合併症の発症に差を認めなかった462).したがって,臓器障害を伴わない軽症高血圧合併妊娠では降圧療法の有益性が確認できないため,妊娠前から降圧療法がなされている場合には胎児への影響や妊娠経過に伴う生理的な血圧低下を勘案し,降圧薬をいったん中止もしくは減量することも考慮する183).
軽症高血圧であっても心疾患,腎疾患,脳卒中などの臓器障害や糖尿病や脂質異常症などの代謝異常を有する場合には,一般的に降圧療法が行われている.このような症例では140/90 mmHg(120 ~140/80 ~90 mmHg)を降圧目標とする183).
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9.1.3 降圧薬の選択
降圧薬の選択はおもに胎児への安全性を考慮して決定される.ただし,安全性と効果に関しての検証は不十分であり数種類の薬剤に限定され(表42)
463).子宮胎盤血流量
や胎児循環への影響が少なく,胎児への副作用の少ないメチルドパ,副作用が少なく有効性の高いラベタロール(α β遮断薬)が推奨される183, 452, 464).ヒドララジンは産科医が多く使用している現実もあり,第一選択薬に入れられている183).降圧不良の際には多剤併用も考慮されるが,妊婦に対しての降圧薬併用の有効性を示すエビデンスがほとんどなく,循環器内科医と産婦人科医で十分に吟味するべきである.なお,表42 中のニフェジピンは妊娠20 週以降の投与しか認められておらず,注意が必要である.
重症高血圧が持続する場合や高血圧緊急症(180/120 mmHg を超える場合)では,ニカルジピン持続静注もしくはヒドララジンの静注が考慮される.
9.1.4 妊娠前から投与されていた降圧薬について
妊娠前からACE 阻害薬やARB を内服していた場合には,これらの薬剤は妊婦に禁忌であるため,妊娠判明後速やかに(2 日以内)中止し,他剤に変更する177).β遮断薬はSGA 児出産のリスクはあるが,大動脈拡張疾患,流出路狭窄疾患など本剤に伴う有用性が勝る患者には適応を考慮されることがある.
正常妊娠では妊娠初期から妊娠中期にかけて血圧が低下し,以後分娩にかけて再上昇する.したがって臓器障害を
伴わない軽症高血圧では,妊娠前から降圧薬を投与されていたとしても,このような血圧低下を期待して,いったんは薬物投与を中止もしくは減量して経過観察を行う場合がある183).
9.1.5 加重型妊娠高血圧腎症
以下のいずれかに該当する場合を加重型妊娠高血圧腎症と定義する183). 1 高血圧が妊娠前あるいは妊娠20 週までに存在し,妊娠
20 週以降に蛋白尿,もしくは基礎疾患のない肝腎機能障害,脳卒中,神経障害,血液凝固障害のいずれかを伴う場合. 2 高血圧と蛋白尿が妊娠前あるいは妊娠20 週までに存在
し,妊娠20 週以降にいずれかまたは両症状が増悪する場合. 3 蛋白尿のみを呈する腎疾患が妊娠前あるいは妊娠20 週
までに存在し,妊娠20 週以降に高血圧が発症する場合. 4 高血圧が妊娠前あるいは妊娠20 週まで存在し,妊娠
20 週以降に子宮胎盤機能不全を伴う場合.
臨床的には血圧上昇に頭痛,眼華閃発などの中枢神経症状,右上腹部痛,心窩部痛などの消化器・呼吸器症状が出現した場合には加重型妊娠高血圧腎症を疑い,入院のうえ精査を行う.
加重型妊娠高血圧腎症の管理は妊娠高血圧腎症に準じて160/110 mmHg で降圧療法を開始し,140 ~160/90 ~ 110 mmHg を治療目標とする183).
10 妊娠中の高血圧症
妊娠にみられる高血圧症の分類は,妊娠高血圧症候群の新しい定義・分類として2005 年4 月より変更され463), 2018 年には新定義・臨床分類が発表された(表43) 464a).また,2016 年には妊娠高血圧症候群の英語表記が,これまで用いられてきたpregnancy induced hypertension から主要な海外ガイドラインや多くの国際誌で用いられているhypertensive disorders of pregnancy(HDP)へと変更された465).高血圧合併妊娠では,正常血圧の妊婦に比べて,早産,胎児発育不全(fetal growth retardation: FGR),周産期死亡,妊娠高血圧症候群などの周産期異常を伴いやすいことが知られている446, 454).そのため,高血圧が妊娠前あるいは妊娠20 週までに存在し,加重型妊娠高血圧腎症
表42 高血圧合併妊娠に対する降圧薬投与の指針
高血圧症の血圧の評価は,家庭平均血圧を重視して行う1 選択薬:メチルドパ,ヒドララジン,ラベタロール(αβ遮断薬) 2 降圧効果不良時重症高血圧が持続する場合には併用を考慮できる
1. メチルドパ経口とヒドララジン経口の併用2. ラベタロール経口とヒドララジン経口の併用3. ラベタロール経口と長時間作用型ニフェジピン経口(カルシウム拮抗薬)の併用など
重症高血圧が持続する場合には入院管理,高血圧緊急症の治療薬1 選択薬:ニカルジピン注微量持続点滴ヒドララジン注(1 アンプル筋注,あるいは徐々に静注)子癇が疑われる場合,あるいは子癇予防の際には上記に硫酸マグネシウム持続点滴を併用する2 降圧効果不良時なし,早期妊娠終結または緊急帝王切開を選択注: 経口カルシウム拮抗薬のニフェジピンと経口αβ遮断薬のラベタロールは2011 年6 月に妊婦への使用が可能となった.ただし,ニフェジピンは妊娠20 週以降の投与しか認められていない. (日本妊娠高血圧学会.2015
463)より)
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1 名称
和文名称 “妊娠高血圧症候群”英文名称 “hypertensive disorders of pregnancy(HDP)”
2 定義
妊娠時に高血圧を認めた場合,妊娠高血圧症候群とする.妊娠高血圧症候群は妊娠高血圧腎症,妊娠高血圧,加重型妊娠高血圧腎症,高血圧合併妊娠に分類される.
3 病型分類
病型分類は以下の4 つとなる1 妊娠高血圧腎症(preeclampsia: PE) 2 妊娠高血圧(gestational hypertension: GH) 3 加重型妊娠高血圧腎症(superimposed preeclampsia: SPE) 4 高血圧合併妊娠(chronic hypertension: CH)
1 妊娠高血圧腎症
1) 妊娠20 週以降に初めて高血圧を発症し,かつ,蛋白尿を伴うもので,分娩12 週までに正常に復する場合. 2) 妊娠20 週以降に初めて発症した高血圧に,蛋白尿を認めなくても以下のいずれかを認める場合で,分娩12 週までに正常に復する場合.
i ) 基礎疾患のない肝機能障害(肝酵素上昇[ALT もしくはAST >40 IU/L],治療に反応せず他の診断がつかない重度の持続する右季肋部もしくは心窩部痛) ii) 進行性の腎障害(Cr >1.0 mg/dL,他の腎疾患は否定) iii) 脳卒中,神経障害(間代性痙攣・子癇・視野障害・一次性頭痛を除く頭痛など) iv) 血液凝固障害(HDP に伴う血小板減少[<15 万/ μ L]・DIC・溶血3) 妊娠20 週以降に初めて発症した高血圧に,蛋白尿を認めなくても子宮胎盤機能不全( *1 胎児発育不全[FGR],
*2 臍帯動脈血流波形異常,
*3 死産)を伴う場合. 2 妊娠高血圧妊娠20 週以降に初めて高血圧を発症し,分娩12 週までに正常に復する場合で,かつ妊娠高血圧腎症の定義に当てはまらないもの. 3 加重型妊娠高血圧腎症1) 高血圧が妊娠前あるいは妊娠20 週までに存在し,妊娠20 週以降に蛋白尿,もしくは基礎疾患のない肝腎機能障害,脳卒中,神経障害,血液凝固障害のいずれかを伴う場合. 2)高血圧と蛋白尿が妊娠前あるいは妊娠20 週までに存在し,妊娠20 週以降にいずれかまたは両症状が増悪する場合. 3)蛋白尿のみを呈する腎疾患が妊娠前あるいは妊娠20 週までに存在し,妊娠20 週以降に高血圧が発症する場合. 4)高血圧が妊娠前あるいは妊娠20 週まで存在し,妊娠20 週以降に子宮胎盤機能不全を伴う場合. 4 高血圧合併妊娠
高血圧が妊娠前あるいは妊娠20 週までに存在し,加重型妊娠高血圧腎症を発症していない場合.
*1 FGR の定義は,日本超音波医学会の分類「超音波胎児計測の標準化と日本人の基準値」に従い胎児推定体重が-1.5 SD 以下
となる場合とする.染色体異常のない,もしくは,奇形症候群のないものとする. *2 臍帯動脈血流波形異常は,臍帯動脈血管抵抗の異常高値や血流途絶あるいは逆流を認める場合とする. *3 死産は,染色体異常のない,もしくは,奇形症候群のない死産の場合とする.
4 妊娠高血圧症候群における高血圧と蛋白尿の診断基準
1 収縮期血圧140 mmHg 以上,または,拡張期血圧が90 mmHg 以上の場合を高血圧と診断する.
2 次のいずれかに該当する場合を蛋白尿と診断する.
1. 24 時間蓄尿でエスバッハ法などによって300 mg/日以上の蛋白尿が検出された場合. 2. 随時尿でprotein/creatinine(P/C)比が0.3 mg/mg・CRE 以上*である場合.
* なお,わが国の産婦人科診療ガイドライン(産科編2017)ではより厳密に0.27 mg/mg/CRE 以上となっている. 3 24 時間蓄尿や随時尿でのP/C 比測定のいずれも実施できない場合には,2 回以上の随時尿と用いたペーパーテストで2 回以上連続
して尿蛋白1 +以上陽性が検出された場合を蛋白尿と診断することを許容する.
表43 妊娠高血圧症候群の名称・定義・分類
血圧測定法1. 5 分以上の安静後,上腕に巻いたカフが心臓の高さにあることを確認し,座位で1~2 分間隔にて2 回血圧を測定し,その平均値をとる.2 回目の測定値が5 mmHg 以上変化する場合は,安定するまで数回測定する.測定の30 分以内にはカフェイン摂取や喫煙を禁止する. 2. 初回の測定時には左右の上腕で測定し,10 mmHg 以上異なる場合には高い方を採用する. 3. 測定機器は水銀血圧計と同程度の精度を有する自動血圧計とする.
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5 症候による亜分類
1 重症について
次のいずれかに該当するものを重症と規定する.なお,軽症という用語はハイリスクでない妊娠高血圧症候群と誤解されるため,原則用いない. 1. 妊娠高血圧・妊娠高血圧腎症・加重型妊娠高血圧腎症・高血圧合併妊娠において,血圧が次のいずれかに該当する場合収縮期血圧 160 mmHg 以上の場合拡張期血圧 110 mmHg 以上の場合2. 妊娠高血圧腎症・加重型妊娠高血圧腎症において,母体の臓器障害または子宮胎盤機能不全を認める場合・蛋白尿の多寡による重症分類は行わない. 2 発症時期による病型分類
*妊娠34 週未満に発症するものは,早発型(early onset type: EO)妊娠34 週以降に発症するものは,遅発型(late onset type: LO)
* わが国では妊娠32 週で区別すべきとの意見があり,今後,本学会で区分点を検討する予定である.
表43 妊娠高血圧症候群の名称・定義・分類(続き)
付記
1. 妊娠蛋白尿妊娠20 週以降に初めて蛋白尿が指摘され,分娩後12 週までに消失した場合をいうが,病型分類には含めない. 2. 高血圧の診断白衣・仮面高血圧など,診察室での血圧は本来の血圧を反映していないことがある.とくに,高血圧合併妊娠などでは,家庭血圧測定あるいは自由行動下血圧測定を行い,白衣・仮面高血圧の診断およびその他の偶発合併症の鑑別診断を行う. 3. 関連疾患i) 子癇(eclampsia)妊娠20 週以降に初めて痙攣発作を起こし,てんかんや二次性痙攣が否定されるものをいう.痙攣発作の起こった時期に よって,妊娠子癇・分娩子癇・産褥子癇と称する.子癇は大脳皮質での可逆的な血管原性浮腫による痙攣発作と考えられているが,後頭葉や脳幹などにも浮腫をきたし,各種の中枢神経障害を呈することがある. ii) HDP に関連する中枢神経障害皮質盲,可逆性白質脳症(posterior reversible encephalopathy syndrome: PRES),高血圧に伴う脳出血および脳血管攣縮などが含まれる. iii) HELLP 症候群妊娠中・分娩時・産褥時に溶血所見(LDH 高値),肝機能障害(AST 高値),血小板数減少を同時に伴い,ほかの偶発合併症によるものではないものをいう.いずれかの症候のみを認める場合は, HELLP 症候群とは記載しない.HELLP 症候群の診断はSibai の診断基準(下記)に従うものとする. iv) 肺水腫HDP では血管内皮機能障害から血管透過性を亢進させ,しばしば浮腫をきたす.重症例では,浮腫のみでなく肺水腫を呈する. v) 周産期心筋症心疾患の既往のなかった女性が,妊娠・産褥期に突然心不全を発症し,重症例では死亡に至る疾患である.HDP は重要な危険因子となる.
Sibai の診断基準
溶血血清間接ビリルビン値>1.2 mg/dL, 血清LDH>600 IU/L,病的赤血球の出現肝機能血清AST (GOT)>70 IU/L, 血清LDH>600 IU/L血小板数減少血小板数<10 万/mm
3 (日本妊娠高血圧学会.2018
464a)より)
を発症していない場合を高血圧合併妊娠(chronic hypertension)としてHDP に加えられた.加重型妊娠高血圧腎症を合併すると,肝酵素上昇,腎機能障害,早産,胎児発育遅延,新生児集中治療室(neonatal intensive care unit: NICU)入室率,新生児の人工呼吸器管理などの頻度が上昇することが報告されている466).また,原疾患も妊娠の影響を受けて,悪性高血圧,脳出血,心不全,腎機能障害などが起こりやすくなるので,適切な管理が要求される.これには降圧薬の使用が中心となるが,妊娠中の薬剤使用にあたっては次のような問題に注意を要する. 10.1 降圧薬の選択(経口)(表44)463)
2011 年に,ラベタロールとニフェジピンの添付文書が改訂となった.ラベタロールは妊婦または妊娠している可能性のある女性に投与可能となった.ニフェジピンは,妊娠20 週以降の妊婦に対して長時間作用型を基本に,有益性がリスクを上回ると判断された場合にのみ使用するとして,事実上の禁忌から外れた.これらをふまえて,経口降圧薬の第一選択薬は,メチルドパ(アルドメット),ラベタロー
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ル(トランデート),ニフェジピン(アダラート:妊娠20週以降),ヒドララジン(アプレゾリンなど)のいずれかを用いる.なお,十分な効果が得られない場合は,多剤併用が推奨される.ACE 阻害薬やARB は,胎児・新生児の腎臓に直接作用して,腎不全や流産・死産などを引き起こすため,妊娠中の使用は禁忌とされている.
10.2 降圧薬の選択(静注)(表44)
薬剤添付文書で妊婦への投与が禁止されておらず,経口降圧薬が無効な時に有効なものは,ニカルジピン(ペルジピン),ニトログリセリン(ミリスロール)である.また,重症高血圧(≧160/110 mmHg)の際には子癇発作の予防として硫酸マグネシウムを投与する.高血圧緊急症(≧ 180/120 mmHg)の際にはただちに降圧療法を,静注製剤を用いて開始する152).
10.3 降圧目標
妊娠高血圧症候群の診療指針2015-Best Practice Guide-では,拡張期血圧は90 ~100 mmHg の範囲に管理し,収縮期血圧が155 ~160 mmHg を超えないことを管理目標として設定している467).母体の血圧低下により母児循環動態へ影響し,胎児心拍異常をきたすことがあるため注意が必要である.母児循環を保つため,緊急回避的な降圧を除いては,緩徐に降圧を行うことが望ましい.一方,産後からは胎児への影響はなくなるため,正常域への降圧が可能となる.産後の高血圧では,子癇を防ぐためにも十分な降圧が行われることが必要となる.
10.4 授乳への影響
薬物の母乳中への移行に関しては,第1 章10. 妊娠中の薬物療法を参照のこと.妊娠中に禁忌であるACE 阻害薬やARB は,産後は使用が可能となるので,腎機能障害の程度に応じて選択できる.
11 下肢静脈血栓症
産科領域における合併症で,下肢静脈血栓症とそれに起因する肺血栓塞栓症(PTE)は非常に重要である.米国では1 年間に深部静脈血栓症(DVT)として200 万人以上, PTE は約60 万人に発症しており そのうち約6 万人が死亡しているとされる468).妊産婦においても,静脈血栓症は
0.05 ~0.2% の割合で発生しているとされ,分娩直後(と
くに帝王切開後)にもっとも多いことが知られている469). PTE は産科合併症でも重篤かつ致命的なもので,英国では10 万妊娠に対して死亡が1.56 と妊産婦の死亡率としては2 番目に多い49, 470).発症時には迅速かつ適切な対処が必要となる.
11.1 リスク予測
Virchow が提唱した,静脈血栓症の誘発因子である,1血流の停滞,2静脈壁の障害,3血液凝固能の亢進,の3 徴は現在でもその重要性を失っていない471).これらの因子に,妊娠・出産や各心疾患の血液凝固系への影響が加わって,易血栓形成傾向が生じる.
表44 妊婦が使用する降圧薬
1 添付文書上,妊婦に対する使用が認められているもの
a. メチルドパ(アルドメット®)脳幹部α2 受容体に作用する中枢性交感神経抑制薬,効果発現まで経口投与後最低6 時間必要,副作用として肝障害に注意.使用量:250~750 mg/ 日で開始,適当な降圧が得られるまで増量.250~2,000 mg/ 日b. ヒドラジン(アプレゾリン® など)血管拡張薬,長期使用により降圧効果が減弱するので他剤併用を要する.使用量:経口では30~200 mg/ 日,点滴静注では0.5~ 10 mg/ 時c. ラベタロール(トランデート®)交感神経α,β受容体拮抗薬,β1 拮抗薬よりも妊娠高血圧症候群患者への有用性が高いとの報告が多い.FGR との関連は否定できていない.使用量:150~450 mg/ 日d. ニフェジピン(アダラート®) Ca 拮抗薬,胎仔アシドーシス,低酸素症,催奇形性などの動物実験成績があり,妊娠20 週以降の使用が可能.長期間作用型の使用が推奨される.降圧目的の使用が分娩遅延や産褥出血増強をきたすとの明らかなエビデンスはない.使用量:1 回20~40 mg,80 mg/ 日まで増量可能
2 薬剤添付文書上妊婦への投与が禁止されておらず,上記薬剤が無効なときに有用なもの
a. ニカルジピン(ペルジピン®)静注製剤Ca 拮抗薬,子宮収縮抑制作用を有するので分娩中や産褥期の投与には注意が必要使用量:0.5~6μg/kg/ 分で血圧をモニターしながら点滴静注b. ニトログリセリン(ミリスロール®)一酸化窒素による血管平滑筋細胞弛緩.妊婦では頭痛を起こす頻度が高い.使用量:手術時の異常高血圧の緊急処置として,0.5~5μ g/kg/ 分で開始,5~15 分ごとに0.1~0.2μg/kg/ 分ずつ増量,維持量として1~2μg/kg/ 分を投与する. (日本妊娠高血圧学会.2015 463)より)
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先天性心疾患患者の妊娠・出産にあたっては,あらかじめリスク評価を行っておく必要がある.静脈血栓塞栓症の家族歴・既往歴,抗リン脂質抗体陽性,肥満・高齢妊娠等の帝王切開術後,長期安静臥床(重症妊娠悪阻,卵巣過剰刺激症候群,切迫流早産,重症妊娠高血圧症候群,前置胎盤,多胎妊娠など),常位胎盤早期剥離の既往,著明な下肢静脈瘤などは,高リスク妊婦と考えられる.また,長期安静臥床後に帝王切開を行う場合には,術前に静脈血栓塞栓症のスクリーニングを行うべきである(クラスI).
これまでいくつかのリスク分類が存在するが,ここでは英国産科婦人科学会(RCOG)から2015 年に出されたGreen-top Guideline におけるリスク分類に,わが国独自の基準を追加し,紹介する(表45,表46)
472, 473).これらの
リスク分類を参考に,各リスク群に応じた予防処置を施行することが重要である472–474).
11.2 診断
妊娠中は患者の四肢の色調変化や腫脹を定期的に確認する.触診も行って,深部静脈や筋群の性状を判定する.下腿筋の硬化や圧痛の有無も確認しておく.また血栓が発生した時に,このような症状が出現することを患者に知らせ,理解しておいてもらうことが重要である(クラスI).
確定診断には非侵襲的な静脈エコーが第一選択である.それで診断が困難な場合には,MRI が選択される.さらに診断がつかなければ血管造影CT を選択するしかないが,下肢静脈血栓であれば多くの場合はエコーでの診断が可能である475, 476).一方,選別診断として,D ダイマー値の測定があるが,妊娠時はもともと上昇していることが多く,一般的なカットオフ値は採用できない.1 回の測定では判断が難しいため,経過を追って急な上昇がある場合は静脈エコーを考慮する(クラスI)
477).
11.3 予防
11.3.1 早期離床および積極的な運動
予防の基本は早期離床を促すことである.臥床を余儀なくされる状況においても,可能な限り早く下肢の自動・他動運動やマッサージを行うことが重要であり,すべてのリスクレベルの妊婦に推奨される(クラスI)
478).
11.3.2 弾性ストッキング
高リスクの妊産婦では使用が推奨される(クラス1).ただし単独使用での有効性は低いため,薬物療法との併用になる.中リスクの妊産婦では単独での使用でも予防効果があるとされ,弾性ストッキングの使用が望ましい(クラスIIa).足首が16 ~20 mmHg の圧迫圧で,サイズがしっかり合った弾性ストッキングを使用する.ストッキングが足の形に合わない場合や下肢の手術や病変のために使用できない時には,弾性包帯の使用を検討する479, 480).
表45 妊娠・出産時の静脈血栓症の危険因子
妊娠前から存在する危険因子・ 静脈血栓症の反復・ 静脈血栓症の既往(誘因なし,またはエストロゲン関連)・ 静脈血栓症の既往(誘因あり)・ 静脈血栓症の家族歴・ 既知の易血栓形成性疾患・ 合併疾患(心・肺疾患や結合組織病など)・ 35 歳以上・ 肥満,BMI >30 kg/m2・ 出産歴3 回以上・ 喫煙・ 静脈瘤産科的危険因子・ 妊娠高血圧腎症・ 脱水,悪阻,卵巣過剰刺激症候群・ 多胎妊娠,生殖補助医療・ 緊急帝王切開・ 予定帝王切開・ 鉗子分娩・ 遅延分娩(24 時間以上)・ 周産期出血(1L 以上または輸血)一時的危険因子・ 全身感染症・ 床上安静・ 妊娠中または産後6 週間未満での手術介入(RCOG. 2015 472),Friedman AM, et al. 2016 473)を参考に作表)表46 妊娠,産褥期における静脈血栓症のリスク分類
リスク群定義
高リスク以下のいずれか1 つが存在する場合・ 静脈血栓症反復の既往・ 誘因のない,またはエストロゲン関連の静脈血
栓症・ 静脈血栓症の既往+家族歴または血栓性素因*
中リスク・ 上記以外の危険因子
**3 項目以上・ 入院中の場合は上記以外の危険因子2 項目以上
低リスク・ 危険因子3 項目未満* アンチトロンビン欠乏症,プロテインC/S 欠乏症,プラスミノー
ゲン異常症,抗リン脂質抗体症候群など**危険因子は表45 に基づく(RCOG. 2015
472),Friedman AM, et al. 2016 473)を参考に作表)
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11.3.3 間欠的空気圧迫法
高リスクの妊産婦にも有効である.とくに出血のリスクが高い場合に役立つ.高リスク症例では少なくとも十分な歩行が可能となるまで終日装着する.ただし,下腿の圧迫による総腓骨神経麻痺やコンパートメント症候群には十分注意する必要がある481, 482).
11.3.4 薬物による予防
高リスクの妊産婦に対しては,妊娠初期からの予防的薬物療法が推奨され(クラスI),未分画ヘパリン5,000 単位皮下注射を1日2 回(8 時間もしくは12 時間ごと)行う483, 484).分娩に際しては,陣痛が発来したらいったん未分画ヘパリンを中止し,分娩後止血を確認した後できるだけ早期に未分画ヘパリンを再開し(分娩後6 時間,帝王切開後12 時間が目安),少なくとも6 週間は継続する.血栓症の長期予防が必要な場合は,未分画ヘパリンからワルファリンに切り換えて抗凝固療法を継続する.中リスクの妊婦では,出産後からの予防的へパリン投与を最低7 日間は継続し,その後は残存するリスクに応じてさらなる継続を検討する.低リスクの妊婦には一般に予防的へパリン投与は推奨されず,早期離床と脱水の回避で対処する(クラスI).
ワルファリンによる予防は,プロトロンビン時間国際標準化比(PT-INR)が1.5 ~2.5 となるように調節する.高リスク妊産婦にも単独で効果があるが,妊婦においては使用できる期間が限られる(第1 章10. 妊娠中の薬物療法を参照のこと).
新しい抗凝固薬である低分子量ヘパリンやXa 阻害薬は,高リスク領域の予防に有効であるとして用いられている.低分子量ヘパリンの利点としては,未分画ヘパリンと比較して半減期が長く皮下投与時のバイオアベイラビリティーがよいためにより安定的に管理が可能なこと,投与量に比例した効果が期待できること,血小板第4 因子や血小板に対する親和性が低いためヘパリン起因性血小板減少症を誘導しにくいことなどがあげられる.また,抗Xa 活性/IIa活性比がより大きいことから活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)延長作用が弱い薬剤であるため,抗血栓作用を残しつつ,出血助長作用が少ないという特徴もある. VTE の予防に対する効果や安全性においても,未分画ヘパリンと少なくとも同程度の効果・安全性をもつことが,多くの成績結果から明らかとなっている485).ただし,わが国においては股関節,膝関節手術または腹部手術時の静脈血栓の予防に適応が限られており,その他の下肢静脈血栓症の予防と治療には適応がないのが現状である.また,帝王切開時の静脈血栓予防には「安全性が確立されていないためリスクとベネフィットを慎重に考慮すること」となって
いる486).2007 年,低分子量ヘパリンと同様の効果をもつXa 阻害薬(フォンダパリヌクス)のわが国での使用が認められ,その臨床的有用性が期待されているが,妊産婦への安全性は確立されていない.また授乳中の内服は避けなければならない487, 488).DOAC についても同様にいまだ使用経験,エビデンスともに十分ではない489).
11.4 治療
予防がもっとも重要ではあるが,DVT が発症してしまった場合には肺血栓塞栓症の合併を防ぎ,速やかに静脈血栓の溶解を図って,再発を防がなければならない.妊娠の時期,心疾患の重症度および自然経過などを十分考慮したうえで薬物治療,カテーテル治療,外科的血栓摘除などを選択する.同時に,関係する診療科がすべてそろった専門施設での対応が必須となる(クラスI).
DVT のみでPTE を合併していない段階では,保存療法と薬物療法を行う.まず保存療法として長時間の立位・座位を避け,下肢の安静と圧迫療法を行う.急性期で下肢の腫脹が強い場合や血栓性静脈炎を合併している場合は弾性包帯を用い,軽快した時点で弾性ストッキングに移行する.薬物療法には抗凝固療法と血栓溶解療法がある.治療のゴールドスタンダードは抗凝固療法であり,ヘパリン投与が基本となる.初回5,000 単位静注後,10,000 ~ 15,000 単位を24 時間で持続点滴する.APTT 値を測定して増減し,APTT 値が対照の1.5 ~2.5 倍に延長するように調整する.2 週間程度で血栓の再評価を行い,器質化し新たな血栓形成がなければ,予防的な抗凝固療法へ移行する.器官形成期が過ぎた場合は,ワルファリンへの変更も可能であるが,調整性の問題から,出産時には再度ヘパリンに置換しなければならない.投与量はPT-INR が1.5 ~ 2.5(目標2.0)になるように調節する490, 491).
PTE が発症した場合,症度によっては分娩の終了を検討しなくてはならない.正常血圧で右心機能障害も有しなければ,抗凝固療法を第一選択とする491, 492).正常血圧であるが右心機能障害を有する場合には,効果と出血のリスクを十分に考慮したうえで血栓溶解療法も選択肢に入れる493).血栓溶解療法は迅速な血栓溶解作用や血行動態改善作用には明らかに優れるものの,いずれのRCT においても予後改善効果は認めていない.最近のメタ解析でも,有意差はないものの血栓溶解療法は死亡率を改善し肺血栓塞栓症の再発を防ぐが,出血性合併症も多くなる傾向を示している494–496).しかし,重症例を対象とした検討は少なく,重症例でも抗凝固療法のみで十分かどうかはいまだに
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議論がある.とくに妊産婦の場合,児への影響も含めて出血性合併症は深刻な問題であり,血栓溶解療法の選択には慎重であるべきである.とはいえショックや低血圧が遷延する場合には,血栓溶解療法を選択せざるを得ないこともありうる.その場合には,組換え型組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)を発症後6 時間以内に13,750 ~27,500 IU/kg を静脈内投与する497).このような重症のPTE 例では,胎盤後血腫形成リスクのため児の早期娩出を考慮し,迅速に児の娩出をはかり,母体の治療を優先しなければならない.週数が早い場合には,児のNICU での管理となる.先にも述べたように,産科,新生児科,血管外科,循環器内科など関係診療科の密接な連携が重要である.
治療後の再発予防としては,弾性ストッキングを着用して可能な限り早期の歩行開始を勧める.これによって再発を防ぐとともに,症状を早期に改善させ,血栓後遺症の発生頻度を減少させることができる498–500).前述したように,
薬物療法としてはワルファリンの内服が推奨される.弾性ストッキングの使用やワルファリンの内服をいつまで継続するかについては,心不全の重症度や血液凝固異常の有無,静脈機能などから症例ごとに決定する.
DVT が残存する場合,下大静脈フィルターが考慮されることもある.しかし,妊娠という生理的過凝固状態の負荷が一過性にかかったための発症であるケースが多いことを考えると,PTE 予防のための永久型下大静脈フィルター留置は推奨されない.また,一時的に下大静脈フィルター留置に関しても感染や血栓形成のリスクが20% 程度にみられることから,その留置は慎重であるべきである501, 502).妊娠34 週前後での器質化していない遊離血栓の存在がある場合や,ヘパリン抵抗性血栓または抗凝固療法が何らかの理由で困難である例にのみ慎重に考慮する.
第3章 産科的管理の注意点
1 避妊法
1.1 避妊を指導する時期
妊娠経過観察中に,妊娠終了後のさらなる妊娠が望ましくないことが明らかである場合,分娩直後や帝王切開時は,卵管結紮を行いやすい環境なので,産科医と循環器担当医から本人・家族に対して,卵管結紮に関する十分な術前説明と同意を得ておくことが望ましい.妊娠継続が不可能なために,人工妊娠中絶術を施行する場合も,同様に卵管結紮術を施行することが可能である.
妊娠・出産後の経過観察中に心機能の悪化がみられ,次回の妊娠を勧められなくなった場合は,初回妊娠前の評価と同様に,おもに循環器担当医の判断で避妊の指導が開始される.このとき,個々の状況に即した最適な避妊法について,産科医と循環器担当医による検討と説明がなされ,
患者の納得の下に最良の方法が選択される.
1.2 避妊法
各避妊法を実施した場合の,1 年後に妊娠する確率を表47 に示した503).一般に,避妊法を完璧に実施することは現実的ではないため,一般的な使用法による推定妊娠率を参照にされたい.わが国でもっとも使用されている避妊法はコンドーム法であり,90% 以上との報告がある.避妊効果が高い経口避妊薬,子宮内避妊器具(intrauterine contraceptive device: IUD),避妊手術の使用割合は,2%未満ときわめて低い.
1.2.1 卵管結紮術
永久不妊術であり確実であるが,再疎通術は困難なことが多い.以下のように実施される. a. 帝王切開時の卵管結紮術
もっとも簡単で確実な卵管結紮が可能である.術前に卵
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管結紮の方針は決定しておく.ただし,今回出生した児に障害がある場合や,転帰死亡の可能性が出生後にわかる場合もあるので,患者には十分な説明と同意が必要である. b. 経膣分娩後の卵管結紮術
分娩翌日,もしくは2 日後の実施が行いやすい.臍直下に10 mm 程度の横切開を加えることで可能である.分娩直後に行う理由は, 子宮が大きく, 臍直下の切開で卵管を直視下に見ることができるからである. 開腹による感染のリスクもあるが, 分娩に対する感染対策はとられているので, 問題にはならない. 麻酔は腰椎麻酔, 硬膜外麻酔, 全身麻酔のいずれでもよい. c. 内視鏡下卵管結紮術
分娩後,非妊娠時のいずれも,小切開で手術が可能である.気腹を行うので全身麻酔による管理が必要とされる.
1.2.2 子宮内避妊器具(IUD)
IUDは子宮内の環境を変えることによって着床を妨げる.銅が付加されているIUD は精子の運動性を抑え,精子と卵子の受精を妨げる働きがあり,より高い避妊効果が得られる.銅付加IUD は一度の装着で2 ~5 年間避妊ができる.IUD の挿入に際しては,骨盤内感染症がないことを確認し,挿入時の痛みによる迷走神経の発生に注意する.挿入後は不正性器出血の経過の観察や超音波検査でIUD が正しい位置にあるか確認するなど,定期的な診察が必要である.
黄体ホルモンを子宮内に持続的に放出する子宮内避妊システム(intrauterine contraceptive system: ICS)(ミレーナ®)は黄体ホルモンにより子宮内膜が薄くなり,着床を妨げる.一度の装着で最長5 年間避妊ができる.またICSにより月経量が減るため,過多月経の治療にもなる. 1.2.3 低用量経口避妊薬
低用量経口避妊薬(oral contraceptive: OC)には卵胞ホルモンと黄体ホルモンが含まれ,この2 つのホルモンが脳下垂体からの卵胞刺激ホルモンと黄体化ホルモンの分泌を抑制し,卵胞発育と排卵を抑制する.またOC には子宮内膜を薄くする作用があり,着床を妨げる.これらにより避妊効果が得られる.OC は毎日決まった時間に内服し,服薬忘れのないように注意する.また,OC が排卵を抑制し,月経周期を整え,月経量を減らすため,月経不順,月経困難症,子宮内膜症,過多月経の治療ともなる.しかしOC使用者全体の0.6% で血栓症のリスクがあるため,血栓症の高リスク群には使用禁忌である(血栓性静脈炎,肺塞栓症,脳血管障害,冠動脈疾患またはその既往歴のある患者, 35 歳以上で1 日15 本以上の喫煙者,肺高血圧症または心房細動を合併する心臓弁膜症の患者,亜急性細菌性心内膜炎の既往歴のある心臓弁膜症の患者など).OC の開始には血栓リスクの評価が必要である.
1.2.4 緊急避妊法
緊急避妊法は妊娠を望まない女性が避妊をせずに性交をした場合や,避妊に失敗した場合に,性交後に妊娠を回避する方法である.性交後72 時間以内に,できるだけ早く緊急避妊薬(緊急避妊用のホルモン製剤)を内服する.緊急避妊薬は排卵を抑制して妊娠成立の可能性を減少させる.避妊成功率は100% ではなく,すでに妊娠成立している場合には妊娠を終了させる効果はない点に留意が必要である.緊急避妊薬内服後には悪心,不正性器出血,月経不順が一時的にみられることがある.
1.2.5 コンドーム,基礎体温
コンドームは確実に正しく装着していれば,避妊効果は高いが,パートナー任せになるので確実性がない.また,基礎体温は本人の自覚のみに任せることになるので確実性はなく,一般的にコンドームとの併用を指導する.
1.2.6 パートナーの不妊手術(精管結紮術)
心疾患の女性が予後不良となることもあり,男性パートナーの将来の生活を考えると積極的には勧められない.
表47 各種避妊法と1 年間の推定妊娠率
避妊法一般的な使用理想的な使用避妊なし85% 85%性交中絶(膣外射精) 27% 4%月経周期・禁欲法25% 1~9%コンドーム15% 2%ペッサリー16% 6%経口避妊薬8% 0.3%子宮内避妊器具0.1~0.8% 0.1~0.6%卵管結紮術0.5% 0.5%精管結紮術0.15% 0.1% (日本産科婦人科学会.2005 503)より改変)
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2 不妊症と不育症
2.1 不妊症
不妊症について日本産科婦人科学会では,「生殖年齢の男女が妊娠を希望し,ある一定期間,避妊することなく通常の性交を継続的に行っているにもかかわらず,妊娠の成立をみない場合を不妊という.その一定期間については1年というのが一般的である.なお,妊娠のために医学的介入が必要な場合は期間を問わない.」と定義している.
2.1.1 妊娠年齢の上昇
わが国において,女性の晩婚化やキャリア形成指向,その他の理由により女性の妊娠する年齢が上昇しており,女性がより早期に適切な不妊治療を受けることができるよう期待されている.妊娠を希望する健常な夫婦であれば, 3 ヵ月以内に約50% が,6 ヵ月以内に約70% が,1 年以内に90% 近くが妊娠に至る.不妊原因についてはさまざまなレポートがあるが,WHO が8,500 組の不妊症カップルを対象に行ったレポートでは,女性因子37%,男性因子8%,女性および男性因子35%,その他原因5% であった.そのうち女性因子の内訳は排卵因子25%,卵管因子25%,子宮内膜症15%,骨盤内癒着12%,高プロラクチン血症7%であった.
また,女性の妊孕性は加齢とともに低下することが知られており,そのおもな原因は加齢による「卵子の質の低下」と考えられている.卵子は胎生5 ヵ月頃に第1 分裂前期で細胞周期がいったん停止する.排卵周期までの細胞周期の停止が長期間になるほど染色体不分離および染色体異常の卵子が増加し,女性の妊孕性低下につながると考えられている.生殖補助医療(assisted reproductive technology: ART)においても,治療成績は女性の加齢により低下する.わが国の2014 年ART 登録データ504)では,胚移植あたりの妊娠率,治療あたりの生産率,妊娠あたりの流産率は, 25 歳で25.6%,21.5%,13.6%,30 歳で26.3%,20.6%, 17.1%,35 歳で24.0%,18.1%,20.6%,40 歳で14.4%, 8.8%,35.2%,45 歳で2.6%,0.8%,66.1% であった.しかし,若年女性の提供卵子を用いたART ではレシピエントの年齢が上昇しても生産率が高いデータが得られており,加齢による「卵子の質の低下」が強く示唆される(図9) 504). 2.1.2 不妊症の検査
不妊症の検査を受ける対象は,1女性の年齢が35 歳未満で,避妊のない性交があるにもかかわらず12 ヵ月以上妊娠成立しないカップル,2女性の年齢が35 ~40 歳で,避妊のない性交があるにもかかわらず6 ヵ月以上妊娠成立しないカップル,3女性または男性に何らかの不妊原因または危険因子のあるカップル,となっている.女性側の危険因子として,女性の年齢が40 歳以上,稀発月経や無月経などの月経異常,骨盤内炎症性疾患の既往,子宮筋腫や子宮腺筋症などの子宮疾患,重症の子宮内膜症,卵巣の手術既往,抗がん剤や放射線治療の既往,性交障害などがある.検査の開始にあたっては詳細な問診を行うことが望ましい(表48).不妊症カップルの約3 割で女性および男性の両者に不妊原因があるため,検査は両者で同時に行うことが望ましい.また全身合併症を検出するためにも診察時に身長,体重,BMI,血圧,脈拍数を測定し,一般血液検査(血算,生化学,血糖),検尿を行う.産婦人科診療ガイドライン―婦人科外来編2017 505)には「不妊症の原因検索に関する検査と並行して,遅くとも不妊症治療を開始する前には,妊娠することの安全性について確認することが勧められる.妊娠した場合に問題となる心疾患,代謝性疾患,内分泌生疾患,結合組織病(膠原病),血液疾患などの疾患について,除外または診断しておくことが望ましい.」と記載されている.とくに心疾患を有する女性では,妊娠・出産を許容できる状態であるかの評価および妊娠出産に伴うリスクを,パートナー,原疾患担当医,生殖医がそれぞれ共有できているかが重要である(表49).
妊娠率/ 総胚移植妊娠率/ 総治療生産率/ 総治療流産率/ 総妊娠
26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48
年齢(歳)
(%)
90 80
70 60
50 40
30 20
10 0
妊娠率・生産率・流産率
図9 ART を施行した女性における妊娠率・生産率・流産
率(2014 年度) (日本産科婦人科学会.2016 504)より)
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2.1.3 不妊症の治療
図10 に一般的な不妊治療アルゴリズムを示す.WHOによると,ART の定義は「妊娠を成立させるためにヒト卵子と精子,あるいは胚を体外で取り扱うことを含むすべての治療あるいは方法」としている.具体的には体外受精(in vitro fertilization: IVF)・胚移植(embryo transfer: ET),接合子卵管内移植,胚卵管内移植,配偶子ならびに胚凍結保存,卵子ならびに胚提供,および代理懐胎を含み,配偶者間人工授精や非配偶者間人工授精を除外している.日本産科婦人科学会の体外受精・胚移植に関する見解506)には,「本法は,これ以外の治療によっては妊娠の可能性がないか極めて低いと判断されるもの,および本法を施行することが,被実施者またはその出生児に有益であると判断されるものを対象とする.」と記載されている.1978 年英国で世界初の体外受精児が誕生し,日本でも1983 年に
体外受精児が初めて誕生した.その後,日本ではART 件数が増加し続け,顕微授精や融解胚移植の件数は世界有数である.わが国の2014 年ART 登録データでは,ARTによるIVF・ET による年間出生児数は47,322 人で,日本の出生児の21 人に1 人の割合である.ART でもとくに凍結融解胚移植による出生児が77.3% を占める.
通常,ART では,1 回の採卵処置で複数の成熟卵を獲得できるように調節卵巣刺激法が行われる.複数の卵胞発育のためにゴナドトロピン製剤やクエン酸クロミフェンが用いられ,早期排卵を抑制するためにGnRH アゴニストやGnRH アンタゴニストが用いられる.卵胞が十分発育した後に,卵成熟のためのヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)製剤またはGnRH アゴニストを投与し,36 時間待機後に採卵処置を行う.採卵に伴う合併症として,膣壁および腹
表49 不妊症の原因探索のための初期スクリーニング検査
評価項目検査項目排卵基礎体温,超音波検査,黄体中期の黄体ホルモン,卵胞刺激ホルモン,黄体化ホルモン,プロラクチン,エストラジオール,甲状腺刺激ホルモン,テストステロン卵巣予備能月経3 日目の卵胞刺激ホルモンおよび胞状卵胞数,抗ミュラー管ホルモン卵管通過性子宮卵管造影検査,クラミジア抗体精液精液検査全身合併症一般血液検査(血算,生化学,血糖),検尿その他風疹抗体価
表48 不妊症の女性に関する問診項目
問診項目詳細および注意点不妊期間避妊期間は含めない妊娠・分娩歴流産・異所性妊娠を含めて聴取,既往妊娠の方法月経歴初経年齢,月経周期(順か不順か),月経期間,月経量,月経困難の有無乳汁分泌や多毛の有無婦人科疾患の既往子宮筋腫,子宮腺筋症,子宮内膜症,骨盤内炎症性疾患,子宮・卵管・卵巣の手術腹部手術の既往他全身疾患の既往病勢がコントロールされているか,担当医に妊娠出産の相談をしているか,現在の投薬内容など性交頻度,性交障害の有無不妊症検査・治療歴嗜好歴喫煙,アルコール摂取生活環境パートナーとの婚姻関係,職業家族歴
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腔内出血,感染,麻酔による合併症がある.心疾患を有する女性では,ART の治療計画時に抗凝固療法や抗血小板薬使用の有無の確認,麻酔計画,感染性心内膜炎(IE)のリスク評価を行う.また調節卵巣刺激法に伴う合併症に卵巣過剰刺激症候群(ovarian hyperstimulation syndrome: OHSS)がある.わが国での入院を要するOHSS(中等症で自覚症状が強い,または重症)の発症頻度は0.8 ~1.5%と報告されている.重症例では大量の腹水・胸水が貯留して循環血漿量が減少し,急性腎不全や血栓症などの重篤な合併症へ進展する場合もあるため,早期の対応が必要である.OHSS の発症予防として,1OHSS リスクの事前評価に合わせた調節卵巣刺激法を選択する,2卵胞発育に合わせてゴナドトロピン製剤を減量する,3卵成熟のためのhCG をGnRH アゴニストに変更する,4妊娠はOHSS を重症化させるため新鮮胚移植を避けて全胚凍結を行う,などがあげられる.また,1990 年代前半からART による多胎妊娠が問題となり,日本産科婦人科学会や日本生殖医学会から移植胚数制限の勧告が数回なされた.2008 年の日本産科婦人科学会「生殖補助医療における多胎妊娠防止に関する見解」改定507)では,「移植する胚は原則として単一とする.ただし,35 歳以上の女性,または2 回以上続けて妊娠不成立であった女性などについては,2 胚移植を許容する.」とされた.新鮮胚,凍結胚を用いたART での多胎妊娠率はそれぞれ,2007 年12.0%,9.9%,2014 年3.0%,3.2% と大きく減少した.多胎妊娠は単胎妊娠よりも母体循環動態の変動が大きく,周産期合併症も増加する.心疾患を有する女性ではとくに多胎妊娠の予防が必要である.不妊治療に伴う合併症をいかに最少にして,挙児希望カップルの目標を達成するかが重要である.
2.1.4 不妊治療と抗菌薬
採卵など侵襲的処置の場合,IE 予防のために抗菌薬が必要である.以下に心内膜炎予防のための抗菌薬投与法を記載する. a. IE 予防なし
以下の場合は正常分娩と同等に取り扱う. • 器質的疾患のないもの(不整脈合併妊娠など) • 修復術後6 ヵ月以上経過して,遺残短絡のない心室中
隔欠損症(VSD),動脈管開存症(PDA),心房中隔欠損症(ASD) • 冠動脈バイパス術後などの冠動脈疾患• 川崎病またはリウマチ熱の既往(弁機能不全を伴わない
もの) b. IE 予防あり(抗菌薬1 剤)
以下の場合はIE 予防を行う.低リスクのため抗菌薬1剤投与する. • 多くの未修復または術後遺残病変のある,もしくは術後
6 ヵ月以内の非チアノーゼ性先天性心臓疾患(VSD, PDA,ASD) • 修復術後のチアノーゼ性先天性心疾患(TOF やTGA
修復術後) • 先天性・後天性弁膜症• 心筋症• 人工ペースメーカまたは除細動器植え込み後• 長期にわたる中心静脈カテーテル留置
手術治療
3 ~6 周期
体外受精顕微授精乏精子症精子無力症性機能障害
卵管・子宮の異常
図10 不妊治療のアルゴリズム
3 ~6 周期不妊症スクリーニング検査ホルモン検査子宮卵管造影検査夫精液検査
タイミング療法
人工授精
35~37 歳<34 歳>38 歳35~37 歳
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c. IE 予防あり(抗菌薬2 剤)
以下の場合はIE 予防を行う.高リスクのため抗菌薬を2剤投与する. • 生体弁,同種弁を含む人工弁置換術後• IE の既往• 未修復もしくは姑息術後のチアノーゼ性先天性心臓疾
患(Fontan 術後を含む) • 心臓移植患者
2.1.5 心疾患と不妊症治療
心疾患を有する女性が不妊治療を行う前に,妊娠・出産できる状態であるか否か,不妊治療を行う医師は判断を行う必要がある.
2.2 不育症
不育症は「妊娠は成立するが,流産,死産を繰り返して児を得られない状態」と定義され,3 回以上連続する流産は習慣流産と定義される.妊娠反応は陽性となるがエコー検査で胎嚢を確認する前に妊娠が終了してしまう生化学的妊娠(biochemical pregnancy)は流産に含めない.1 回の流産は約15%,習慣流産は1 ~2%,不育症は5% 程度の頻度と推定される.流産は女性の加齢とともに増加し,40代では40% にもなる.
2.2.1 不育症の原因
不育症の原因には抗リン脂質抗体,子宮奇形,夫婦染色体異常がある.不育症1,676 組を対象とした研究では,抗リン脂質抗体10.7%,子宮奇形3.2%,夫婦どちらかの染色体異常6%,糖尿病,甲状腺機能低下症,多嚢胞性卵巣
症候群などの内分泌異常12%,原因不明が約70% の頻度であった(図11A)
508–510).胎児染色体検査と系統的検査が
すべて行われた不育症482 組では,胎児染色体異常が41% 含まれ,原因不明が25% に留まった(図11B) 508–510).ほかに危険因子として,血液凝固異常(第XII 因子欠乏症,プロテインC 欠乏症,プロテインS 欠乏症など),精神的ストレス,喫煙,カフェイン,感染症,同種免疫異常などが報告されている.不育症の原因検索と対策について表50 に示した.
3 母体の循環病態が 胎児に与える影響
人の流産は,妊娠と認識されるもののうち15 ~20% と考えられる.その多くは受精卵の異常であり,子宮胎盤循環が確立する以前のできごとである.母体心疾患合併妊娠について流産率が15 ~25% とされているが47),その比較対照は「0%」ではない.また,早産は一般にはおよそ5%であるが,心疾患女性の妊娠の場合10 ~12% と多くなっている47).すなわち,胎児はその生命維持を胎盤によって支えられているので,母体の循環動態の影響が子宮胎盤循環に及べばそのまま胎児へ影響すると考えられ,流産・子宮内胎児死亡,早産,低出生体重児などの原因となる.母体循環動態の変化の要素として,酸素飽和度,血流量,血圧(動脈圧・静脈圧)などがあげられる.その他,母体の身体的変化や治療薬の影響など二次的なものについては,疾患各論や薬物治療の項を参照すること.
■ 抗リン脂質抗体症候群■ 偶発抗リン脂質抗体■ 夫婦染色体異常■ 子宮奇形■ 内分泌異常■ 真の原因不明■ 混合■ 胎児染色体異常
10%
5% 6%
25%
41%
3%
6%
4% B. 胎児染色体異常を含む不育症患者482 人の原因とその割合
■ 抗リン脂質抗体症候群■ 偶発抗リン脂質抗体■ 夫婦染色体異常■ 子宮奇形■ 内分泌異常■ 原因不明
12%
4%
6%
6% 3%
12%
69%
A.不育症患者1,676 人における原因とその割合図11 不育症の原因とその割合(日本生殖医学会.2014
508).Sugiura-Ogasawara M, et al. 2012 510)より) Translated and reproduced by permission of Oxford University Press on behalf of the European Society of Human Reproduction and Embryology. OUP and ESHRE are not responsible or in any way liable for the accuracy of the translation. The Japanese Circulation Society is solely responsible for the translation in this publication/reprint.
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3.1 チアノーゼ
胎児は低酸素下で生育しているというものの,胎盤における母児間の酸素交換は濃度拡散によるので,母体が低酸素であれば胎児に供給される酸素は少なくなる.経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)が85% 以下では,妊娠初・中期の流産や胎児死亡となり,生産率が12% 未満とされている1).妊娠が継続しても,多くの場合,胎児発育不全を呈する.安静により酸素消費量を減らし,酸素投与で供給量を増やすことはある程度は有効と考えられ,妊娠を継続する場合は,入院管理のメリットがあるかもしれない.また,血液濃縮を伴っていることが多く,抗凝固療法が考慮される.安静を伴う場合はなおさらである.
3.2 循環不全
母体の左室収縮不全・拡張不全,流出路狭窄,頻脈,徐脈など,心拍出量が低下するような病態は子宮血流の低下につながり,結果的に子宮胎盤循環不全をきたす.うっ血性心不全でも,ポンプ機能の低下は生じる.また,急激な利尿が子宮胎盤循環不全を招いてしまうことがある.循環不全の場合,入院管理による安静は,子宮胎盤循環への影響を減らすことが期待され,また,徐々に進行する心不全に対して早期の介入が可能となる.
3.3 Fontan 循環
静脈還流から心室を経ずに肺循環までまかなうため,全身の静脈圧が高い状態である.そのため,何らかの原因で,子宮胎盤循環が阻害されていると考えられる.また,絨毛
膜下血腫や第2 三半期以降の胎盤からの出血が多いが,詳しい機序はよくわかっていない.一方,心拍出量の増減が,直接的に肺循環量に影響するため,循環血漿量低下が酸素飽和度低下に直結する.
3.4 体外循環
妊娠中の体外循環使用において,胎児に対する安全性は保証されておらず,関連する胎児死亡は16 ~33% と高い47).もし,妊娠中に開心手術が必要になり,児の生存を望む場合は,原則的には帝王切開を先行させるか,胎児の成熟を待ち手術を遅らせることを追求する.児の胎外生存が可能な時期以降の開心手術では,緊急帝王切開の準備をしたうえで,体外循環中も胎児心拍数をモニタリングすることが望ましい.
4 妊娠継続可否の判断
妊娠の母体循環に対する負荷は基本的に週数が進むにつれ増大するため,妊娠を継続するのは母体循環がそれを許容できるまでである.それが,児の胎外生活が不可能な時期であれば中絶となり,それ以降であれば,早産となる.中絶の場合も,早産の場合も,人工流産手術や経膣分娩・帝王切開を経ないことには妊娠は終了しないので,これらの過程による負荷の分は余裕をもって判断しなければならない.
また,母体循環のリスクを考慮して中絶を勧める場合に
表50 不育症の原因検索と対策
検査対策
抗リン脂質抗体抗CL β2GPl 複合体抗体
抗CLIgG 抗体ループスアンチコアグラント
夫婦染色体異常染色体G 分染法遺伝カウンセリング,着床前診断子宮奇形子宮卵管造影検査,エコー検査中隔子宮の中隔切除術胎児染色体異常流産絨毛の染色体G 分染法カウンセリング
内分泌異常空腹時血糖,TSH,Free T4
原疾患のコントロール多嚢胞性卵巣症候群のスクリーニング
血栓性疾患APTT,第XII 因子活性
プロテインC 活性,プロテインS 活性
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は,母体の側のカウンセリングは重要である.もし,その後母体の状態に改善の余地があるなら,「ここまで改善してからの妊娠がより安全である」ということを具体的に示すことは,意思決定の大きな助けとなる.
4.1 母体からみた判断
母体の許容範囲は,とくに「禁忌疾患/ 病態」に該当する場合はきわめて狭く,それゆえ,人工妊娠中絶が勧められる.それ以外の場合でも,個々の病態によって増悪の仕方が変わったり,あるいは,妊娠高血圧症候群など妊娠による負荷が症例ごとに異なるため,一概に疾患名だけで判断すべきではない.
4.2 早期娩出児の予後
出産時期の決定に際しては,母体のメリットと児のデメリットという,直接比べることのできないものを比べることになるので,正解があるわけではない.とくに早い時期であればあるほど,母体は母性心理的にも「少しでも妊娠を延長したい」という考えへ傾くかもしれない.分娩時の妊娠週数別に,生存率や神経学的後遺症を含む生産児の障害発生率がどの程度なのかをできるだけ示すことが重要であり,ひいては母体の安全につながる.とくに,1,000 g 未満(超低出生体重児)や妊娠28 週未満の出生児(超早産児)の予後は,周産期医療の発達した現在でも厳しいことが少なくない.わが国の主要施設において,2001 年に出生した児の生存率を妊娠22 週より1 週ごとに検討したところ,27.2%,58.2%,80.9%,92.1%,94.0% となった.隣接する週での生存率の比較では,22 週と23 週(P = 0.0053),23 週と24 週(P =0.0017)で有意差がみられたが,24 週以降では差はみられなかった2).超早産児の治療成績は施設間の差も大きく,娩出時期の決定には各施設の実情が加味される.
5 子宮収縮のコントロール
子宮収縮のコントロールは,産科に特有の治療である.切迫流産,切迫早産には,子宮収縮抑制薬の適応となり,一方,陣痛誘発を行う場合や微弱陣痛がみられる場合には,子宮収縮促進薬の適応となる.薬剤の投与については,薬剤による母児への有益性とリスクを考慮して,投与するか否かを総合的に判断するのが一般的である.心疾患合併妊婦では,母体の心血管系への影響を及ぼ
す薬剤の使用については,循環器科医と産科医がそれぞれの立場から,母児への有益性とリスクを十分に検討して,慎重に判断する必要がある.また,これらの薬剤は心疾患合併妊婦に対しては,母体の循環器系への重大な副作用もまれではなく,使用時には厳重な観察を要する.
5.1 子宮収縮抑制
先天性心疾患合併妊婦の自然流産率は12 ~15% で52, 300),正常妊婦の自然流産率8 ~20% 511, 512)とほぼ同等であり,正常妊産婦と同等の切迫流産が存在すると推察される.しかし,流産の予防効果が確立された薬剤はない513).
正常妊婦の早産率は11% であるのに対し514, 515),先天性心疾患合併妊婦の早産率は17 ~21% と高率であるが,そのうちの59% が自然早産で,41% が治療的早産と報告されている29, 52).したがって先天性心疾患合併妊婦の自然早産率はほぼ正常妊婦と同等と考えられる.切迫早産治療の禁忌として,母体側の合併症(子癇あるいは重症の妊娠高血圧症候群,高血圧,心疾患,甲状腺機能亢進症),胎児側の合併症(胎児死亡,致死的先天異常,絨毛膜羊膜炎,胎児機能不全,胎児発育不全)に加え,4 cm 以上の子宮口開大,推定体重2,500 g 以上,妊娠週数37 週以上が予想される場合などがあげられる516).子宮収縮抑制薬の投与方法を表51 に,主な副作用を表52 に示す.
一般的に子宮収縮抑制薬は安全とされているが47),わが国で頻用されているβ作動薬(国内ではイソクスプリン塩酸塩とリトドリン塩酸塩,国外ではテルブタリン塩酸塩)では,β1 アドレナリン受容体の刺激作用として心拍数と1回拍出量の増加,β2 アドレナリン受容体の刺激作用として末梢血管の拡張,拡張期の血圧低下,気管支の拡張,β1およびβ2 アドレナリン受容体の同時刺激による頻脈,動悸,血圧低下などの母体への副作用がある517).このため,心疾患合併妊婦では母体の心機能への影響を十分に考慮する必要がある.
切迫早産治療では,児の肺成熟や頭蓋内出血予防を目的として,母体にコルチコステロイドが投与されるが518),効果の発現に48 時間を要することから,最低48 時間の妊娠延長が必要となる.切迫早産治療の最終目的は,わが国と国外では大きく異なっている.国外では切迫早産治療の最終目的をコルチコステロイド投与,もしくは高次医療施設への安全な母体搬送のみに設定し517, 518),48 時間以内の投与法を支持する結果が示された519).このため,国外では母体に副作用の強いβ作動薬からインドメタシンやニフェジピンが主流となりつつある517).一方,わが国では,
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治療の最終目的が妊娠週数の延長であり,子宮収縮抑制薬の長期投与を否定する研究報告は少なく,副作用の発症に注意しながら長期投与が慣習的に行われている518).このため,わが国ではインドメタシンは長期投与により児に重篤な副作用をきたすため,妊婦には禁忌薬となっている.
心疾患合併妊婦でも,可能であれば児の予後の改善目的に母体へコルチコステロイドを投与し,48 時間の妊娠延長
を行う必要がある.しかし,β作動薬の副作用が母体心機能に悪影響を与える可能性があるため,β作動薬を使用する場合,48 時間の使用が許容されるかを検討する必要がある.また,β作動薬を使用した場合,急性期を経て48時間以上投与を継続する場合には,投与の中止も考慮した
表51 各種子宮収縮抑制薬の投与方法と禁忌
投与方法投与禁忌
ピペリドレート塩酸塩150~200 mg/ 日を3~4 回に分割し,経口投与する緑内障,重篤な心疾患,麻痺性イレウスイソクスプリン塩酸塩1 回5~10 mg を1~2 時間ごとに筋肉内注射する脳出血,妊娠12 週未満
リトドリン塩酸塩50μg/ 分から始め,10~20 分おきに50μg/ 分ずつ増量する.最大投与量は200μg/ 分であるコントロール不良の糖尿病,肺高血圧症,重篤な甲状腺機能亢進症,重篤な高血圧症,重篤な心疾患,妊娠16 週未満
硫酸マグネシウム4 g を20 分かけて静注した後に,1 g/ 時で持続静脈投与する.増量は0.5 g/ 時ずつで,最大投与量は2 g/ 時である低カルシウム血症,重症筋無力症,腎不全,房室ブロック,低張性脱水症,妊娠22 週未満
ニフェジピン初回投与量は経口で20~30 mg とし,3~8 時間ごとに10~20 mg を追加する.最大投与量は180 mg/日で最大投与期間は48 時間である心原性ショック,急性心筋梗塞,妊娠20 週未満
インドメタシン初回投与量として経口もしくは坐薬として50~100 mg を投与し,4~6 時間ごとに25 mg 追加する.最大投与期間は72 時間である消化性潰瘍,血液疾患,肝機能不全,喘息,膵炎,直腸炎,産科出血,妊婦
*
テルブタリン硫酸塩2.5~5.0 μg/ 分から始め,最大投与量の25 μg/ 分まで20~30 分ごとに2.5~5.0 μg/ 分ずつ増量する*わが国では原則禁忌
表52 各種子宮収縮抑制薬使用の際に注意すべき副作用
リトドリン塩酸塩重大な副作用:肺水腫,急性心不全,無顆粒球症,低カリウム血症,横紋筋融解症新生児への副作用: 心室中隔の肥厚,腸閉塞その他:頻脈,不整脈(母体および胎児),肝機能障害,血小板減少,振戦,高血糖,高アミラーゼ血症を伴う唾液腺腫張,頭痛,
紅斑など
硫酸マグネシウム重大な副作用:肺水腫,呼吸不全,房室ブロック,心停止,テタニー,筋麻痺,低血糖,麻痺性イレウス,横紋筋融解症新生児への副作用: 骨の異常所見(上腕骨近位側骨幹端に放射線透過性の横断像や皮膚の菲薄化)その他:顔面紅潮,体熱感ニフェジピン重大な副作用:紅皮症,無顆粒球症,血小板減少,ショック,意識障害その他:肝機能障害,動悸,悪心,顔面紅潮,腎機能障害などインドメタシン重大な副作用:ショック,肝機能障害,腎不全,消化管出血,喘息,再生不良性貧血,溶血性貧血,皮膚粘膜眼症候群(Stevens– Johnson 症候群),羊水過少胎児への副作用:動脈管収縮,腎不全,腸穿孔新生児:壊死性腸炎テルブタリン硫酸塩重大な副作用:アナフィラキシー,低カリウム血症に伴う不整脈その他:動悸,振戦,悪心など
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うえで,継続投与を行うか検討する必要がある.β作動薬の使用が困難である心疾患合併妊婦においては,48 時間の妊娠延長が必要な場合,硫酸マグネシウム,インドメタシン,ニフェジピンの使用も考慮する必要がある.
5.1.1 ピペリドレート塩酸塩(ダクチル®)
抗コリン作用により子宮筋の収縮を緩和する作用があり,わが国では切迫流産,切迫早産に保険適用がある.150 ~ 200 mg/日を経口投与し,子宮収縮抑制効果はβ作動薬であるイソクスプリン塩酸塩,リトドリン塩酸塩,テルブタリン塩酸塩に比較してきわめて弱い.
5.1.2 イソクスプリン塩酸塩(ズファジラン®)
わが国では妊娠12 週以降,16 週未満の切迫流産に保険適用があり,経口薬と筋肉注射薬がある.30 ~60 mg/ 日を経口投与するか,1 回5 ~10 mg を1 ~2 時間ごとに筋肉注射する.筋肉注射よりも,保険適用外使用ではあるが,患者負担と簡便性から50 ~200 μg/分での点滴静注が慣習的に行われている.β1 受容体刺激作用が比較的強く,副作用として頻脈や血圧低下などが起こりやすい.
5.1.3 リトドリン塩酸塩(ウテメリン®)
β2 アドレナリン受容体と結合することで細胞内のcAMP が増加し,細胞内遊離カルシウム濃度が減少することでミオシン軽鎖キナーゼの活性が低下し,子宮収縮を阻害する517).わが国では妊娠16 週以降の切迫流産,切迫早産に保険適用があり,妊娠16 週未満の妊婦への投与は禁忌である.経口薬と点滴静注薬があり,経口薬は15 ~30 mg/日を経口投与する.持続静脈点滴では50 μg/分から始め,10 ~20 分おきに50μg/分ずつ増量する.最大投与量は200μg/分である.わが国で保険適用になっているピペリドレート塩酸塩,イソクスプリン塩酸塩と比較して,もっとも子宮収縮抑制効果が強い.
β作動薬とプラセボを比較したランダム化比較試験(RCT)のシステマティック・レビューでは,β作動薬の使用により,48 時間以内(リスク比[RR]0.68,95% 信頼区間[CI] 0.53-0.88)および7 日以内(RR 0.80,95%CI 0.65-0.98)の早産は有意に減少した.新生児呼吸窮迫症候群はβ作動薬の使用により減少傾向であったが(RR 0.87,95%CI 0.71-1.08),新生児死亡率に影響はなかった(RR 0.90,95%CI 0.27-1.08)
519).副作用について,RCT
では,β作動薬による一般的副作用(β作動薬vs. プラセボ)は振戦(39% vs. 4%),動悸(18% vs. 4%),息切れ(15% vs. 1%),および胸部不快感(15% vs. 1%)であった520). 5.1.4 硫酸マグネシウム(マグセント®)
メカニズムは解明されていないが,原形質膜の電位依存性チャネルでカルシウムと競合してミオシン軽鎖キナーゼ活性を阻害すると考えられている517).切迫早産に保険適用があるが,妊娠22 週未満の切迫流産における有効性および安全性が確立していないことから,原則として妊娠22週以降の切迫早産が適応となる.また,原則として妊娠35週以下または推定体重2,500 g 未満の切迫早産に使用することが望ましいとされている.わが国では,初回量として4 g を20 分かけて静脈内投与した後,母体のマグネシウム血中濃度をモニターしながら,1 g/時より持続静脈投与を行い,子宮収縮が抑制されない場合は0.5 g/ 時ずつ増量し,最大投与量は2 g/時とする.
硫酸マグネシウムとプラセボを比較したRCT のシステマティック・レビューでは,硫酸マグネシウム投与は,48時間以内の早産の有意な減少はなく,新生児および母体の転帰に有意な差は認めなかった.また,33 件の比較試験では,硫酸マグネシウムはほかの子宮収縮抑制薬(β作動薬,カルシウム拮抗薬,シクロオキシゲナーゼ[cyclooxygenase: COX]阻害薬等)と比較して,早産の予防効果は認められなかった521).米国産科婦人科学会(ACOG)では,短期間(最長48 時間)の妊娠延長の選択肢として考慮されるとしている522).
米国食品医薬品局(FDA)より7 日以上の硫酸マグネシウムの投与は児に低カルシウム血症や骨形成不全の危険があるとの警告は出されているが523),脳性麻痺児予防に寄与している可能性が示されているため524, 525),WHO は妊娠32 週未満の早産が予想される妊婦に対し,児の脳保護を目的とした硫酸マグネシウムの投与を推奨している526).
5.1.5 ニフェジピン(アダラート®)
細胞膜のカルシウムチャネルと小胞体から細胞内へのカルシウム放出を阻害し,細胞内遊離カルシウム濃度を減少させることでカルシウム依存性ミオシン軽鎖キナーゼのリン酸化を阻害し,子宮筋を弛緩させる.母児に対する安全性,経口投与による簡便さ,コンプライアンスのよさ,新生児有害事象の減少から,国外では子宮収縮抑制薬として頻用されている.国外では,インドメタシンが使用できない24 ~32 週の妊婦と,32 ~34 週の妊婦に対しては第一選択薬として使用されている517).切迫早産におけるニフェジピンの投与量は確立されていないが,初期投与量は経口で20 ~30 mg とし,3 ~8 時間ごとに10 ~20 mg を追加するのが一般的である.最大投与量は180 mg/日で投与期間は48 時間以内である517).なお,ACOG では初期投
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与量を30 mg とし,4 ~6 時間ごとに10 ~20 mg を追加する投与法を推奨している527).
カルシウム拮抗薬(ほとんどがニフェジピンを使用)とプラセボを比較したRCT のシステマティック・レビューとメタアナリシスでは,カルシウム拮抗薬の使用により,48時間以内の早産は有意に減少した(RR 0.30,95%CI 0.21- 0.43).β作動薬との比較では48 時間以内の早産は減少したが,有意差はなかった(RR 0.86,95%CI 0.67-1.10).しかし,カルシウム拮抗薬は,妊娠の延長(平均4.38 日, 95%CI 0.25-8.52),重篤な新生児合併症(呼吸窮迫症候群,脳室内出血,壊死性腸炎,黄疸),および母体の副作用に関してβ作動薬よりも有意に優れていた(RR 0.36, 95%CI 0.24-0.53) 528).
ニフェジピンは末梢血管拡張薬であり,副作用として吐き気,潮紅,頭痛,めまい,動悸などがある.動脈弛緩は全血管抵抗を低下させ,代償性に心拍出量が増加する.これらの代償性変化は,心筋機能不全を有しない場合には血圧を維持できるが529),重度の低血圧の報告もあるため530, 531),心疾患合併妊婦では母体心機能への影響を考慮する必要がある.
わが国では妊娠20 週以降の妊婦の降圧目的での使用は保険適用されているが,切迫早産に対しては保険適用がないため,その有益性とリスクについては十分説明したうえで,同意を得てから投与する必要がある518).
5.1.6 インドメタシン(インテバン®)
COX1 とCOX 2 を阻害し,プロスタグランジンの産生を抑制することで子宮収縮を抑制し,きわめて強い子宮収縮抑制効果を有する.国外では,24 ~32 週の子宮収縮抑制薬として第一選択で使用されている.投与法は初回投与量として50 ~100 mg を経口もしくは坐薬として投与し, 4 ~6 時間ごとに25 mg を経口投与する517).投与期間は最大72 時間で,48 時間を超えて投与する場合には,羊水過少症と動脈管の狭窄がないかを週1 回,超音波断層法で確認する必要がある532, 533).
インドメタシンとプラセボを比較した2 件のRCT のシステマティック・レビューでは,インドメタシンの使用により, 48 時間以内の早産は有意に減少し(RR 0.27,95%CI 0.08-0.96),新生児有害事象の有意な増加はなかった534). β作動薬とのRCT では,インドメタシンは,β作動薬と比較して,48 時間以内の早産は有意に減少し(RR 0.27, 95%CI 0.08-0.96),ニフェジピンとの比較試験では,有効性はニフェジピンと同等であった(RR 1.08,95%CI 0.58- 2.01) 534).
インドメタシンの胎児への副作用としては,動脈管の収縮,羊水過少症が報告されている517).胎児動脈管の狭窄・
閉鎖は,胎児の肺高血圧および三尖弁逆流の原因となるが,動脈管の収縮は在胎週数,インドメタシンへの曝露時間の両方に依存している517).インドメタシン投与中の動脈管の収縮は妊娠31 ~32 週以降の報告が多く535),33 週以降ではインドメタシンの投与は推奨されていない.インドメタシン投与中に動脈管の収縮が報告された症例では,インドメタシン曝露時間は48 時間以上であり536, 537),投与時間が48 時間以内であった500 例超の胎児において,動脈管は収縮しなかった517).以上より,インドメタシンは妊娠32 週までで,48 時間以内の投与であれば,動脈管の収縮は起こりにくいと考えられている.新生児への副作用としては気管支肺胞形成異常,壊死性腸炎,PDA,脳室周囲白質軟化症および脳室内出血が報告されている538–542).27の観察研究を含むシステマティック・レビューとメタ解析では,呼吸窮迫症候群,PDA,新生児死亡率,新生児敗血症,気管支肺形成異常,脳室内出血の発症率に統計学的な有意差はなかった.しかし,重篤な脳室内出血(RR 1.29,95%CI 1.06-1.56),壊死性腸炎(RR 1.36,95%CI 1.08-1.71),および脳室周囲白質軟化症(RR 1.59,95%CI 1.17-2.17)についてはリスクの上昇が報告されている543).
わが国では切迫早産に対しては保険適用がなく,妊婦への投与は禁忌となっているため,ほかの選択肢がない場合に限り,その有益性とリスクについては十分説明したうえで,同意を得てから投与する必要がある.
5.1.7 テルブタリン硫酸塩(ブリカニール®)
リトドリンと同じβ2 作動薬で,気管支喘息に適用がある.わが国では切迫早産に保険適用はないが,米国ではもっとも頻用されたβ作動薬である.投与法は間欠的皮下注射と持続的静脈注射がある.間欠的皮下注射では20 ~30 分ごとに0.25 mg を皮下注射する.4 回まで投与し,子宮収縮が落ち着いたら3 ~4 時間ごとに0.25 mg を皮下注射する.または,2.5 ~5μg/分から持続静注で開始し,20 ~ 30 分ごとに2.5 ~5 μg/分ずつ,最大25 μg/分まで増量する方法である517).しかし,妊婦に重大な母体心疾患および死亡の可能性があるため,FDA より48 ~72 時間以上テルブタリン塩酸塩を使用しないよう警告が出されている544).とくに不整脈の既往のある妊婦への投与は避けるべきであるとされている516).
5.2 子宮収縮促進
陣痛誘発をする場合や微弱陣痛がみられる場合には,子宮収縮促進薬が使用される.現在では,安全性と有効性か
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ら,おもにオキシトシンとプロスタグランジンが使用されている545).両薬剤ともに,子宮収縮のパターンが自然陣痛と類似している.しかし,心疾患合併妊婦では陣痛のストレスが許容できない状態であれば,予定帝王切開での分娩を選択する.また,経膣分娩が許容できると判断された場合でも,分娩の進行に伴い母体の循環動態が変化し,緊急帝王切開となる場合があることを考慮し,厳重な管理下で分娩を行う必要がある.
5.2.1 オキシトシン(アトニン®)
オキシトシンによる子宮収縮パターンは,投与開始から子宮内圧が高く,規則的な周期で子宮収縮が認められる.感受性は妊娠週数によって異なり,個人差も大きい.薬剤感受性は,妊娠20 ~30 週より増加し,34 ~36 週には変化なく,37 週より再び増加する.投与時間が8 ~10 時間を超えると,感受性は低下し,投与量を増やしても有効陣痛を得られないことが多い.投与方法としては,点滴本体に薬剤を入れて行う点滴静注法や,注入ポンプを使用する持続静脈注入法が行われているが,後者の方が安全性は高い546).分娩促進中には分娩監視装置を使用し,医師や助産師による母児観察が必須である.オキシトシンの場合は,投与開始後3 ~5 分から効果が現れ,効果が安定するまで40 分間かかるため,増量後の40 分はとくに過強陣痛に注意する547–550).
過強陣痛を予防するため,投与は少量より開始し,ゆっくり増量して有効陣痛に至るようにする.1 ~2 mIU/分より開始し,安全限界である20 mIU/分以内にとどめる546).また,1 日総投与量は,10 IU 以内にする.これは,オキシトシンには抗利尿作用があり,20 mIU/分以上投与すると,腎クリアランスが著しく低下するためである.オキシトシンによる誘発分娩後に弛緩出血を起こすことがあり,分娩後の第4 期もオキシトシンを引き続き使用するとよい. PGF2α,PGE2 との同時投与,PGE2 投与終了後1 時間以上経過していない場合は著明な過強陣痛のリスクのため,オキシトシンの投与は禁忌となっている.オキシトシンの副作用を表53 に,オキシトシンの禁忌を表54 に示す.
5.2.2 プロスタグランジン
プロスタグランジン(prostaglandin: PG) 547)は不飽和脂肪酸の一種であり,大きく9 種類にわけられる.そのうち,子宮収縮作用を有するのはE1,E2,PGF2αである.妊娠中は羊膜や子宮筋などで産生され,子宮筋に作用する.半減期は短く,調節性がある.PGF2α製剤は妊娠末期に使用すると,投与開始直後は不規則で,子宮内圧が低く,持続が1 ~1.5 分と長い.その後,次第に作用持続時間が短縮し,内圧が低いままでも分娩は進行する.分娩直前には規
則正しい収縮となり,自然陣痛の子宮収縮パターンと似た陣痛となる.PG 使用中に,胎児頻脈が認められることがあるが,中止すれば回復する.PG は個体による感受性の差が少ない.頚管未熟例でも有効で,陣痛誘発の作用以外に頚管熟化作用を有する.また,糖尿病や妊娠高血圧症候群に使用可能である.
PGF2αの投与方法は,点滴静注法または持続静注法が行われている.過強陣痛を予防するため,オキシトシンと同様に,投与は少量より開始する.1.5 ~3.0μg/分より開始し,30 分以上経ってから時間あたりの輸液量を1.5 ~3.0 μg/分ずつ増やし,安全限界である25μg/分以内にとどめる546).25μg/分以上では,過強陣痛の頻度が上昇し,副作用(下痢,嘔吐,咳など)が出現しやすい.投与中の管理についてはオキシトシンに準ずる.オキシトシン,PGE2との同時投与,PGE2 投与終了後1 時間以上経過していない場合は著明な過強陣痛のリスクのため,PGF2αの投与は禁忌となっている.
PGE2 は経口投与で使用する.PGE2 は子宮収縮作用と頚管未熟例の頚管熟化作用が期待できる.通常1 クールは1 回1 錠,1 時間おきの投与で,1 日総量は6 錠となっている.効果が認められないときは翌日以降の再投与となる.ほかの薬剤誘発法と同様に,分娩監視装置を使用のうえ,
表53 オキシトシンの副作用
・ 過剰投与による過強陣痛(間欠期1 分以内,発作90 秒以上)・ 胎児機能不全および胎児死亡・ 子宮破裂・ 分娩後出血・ 不整脈,血圧変動・ 大量輸液による肺水腫・ 悪心,嘔吐
表54 オキシトシンの禁忌
絶対禁忌・ 前置胎盤・ 常位胎盤早期剥離(胎児生存時)・ 切迫子宮破裂・ 胎児機能不全・ 過強陣痛慎重投与・ 児頭骨盤不均衡や胎児機能不全の疑い・ 妊娠高血圧症候群・ 心・腎・血管障害症例・ 軟産道強靭症・ 多産婦・ 胎位異常
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医師と助産師による母児観察が必要である551).PGE2 錠は調節性に乏しいため,陣痛誘発効果が認められれば,投与を中止して経過観察する552).オキシトシン,PGF2αの同時投与や投与終了後1 時間以上経過していない場合は,著明な過強陣痛のリスクのため,PGE2 の投与は禁忌となっている.PG の副作用は表55 に,禁忌は表56 に示す.
6 分娩法の選択
6.1 分娩時の循環病態
心疾患合併妊婦において,分娩はもっとも循環動態が変化するときである.分娩進行中は,心拍出量は陣痛開始前と比べて13% 増加するといわれ,陣痛発作時にはさらに34% 増加し,総計約50% は増加するといわれている553).また,分娩中は左側臥位をとることが心拍出量の変化を減少させるために推奨され554),これは仰臥位低血圧症候群を予防するためにも有用である.分娩直後には,循環血漿量は,子宮血液の還流(autotransfusion)により500 mLほど増加する.分娩後に,元の安定した循環動態へ戻るまでには4 ~6 週間かかる.
輸液は,必要時に確実に行い,In/Out バランスを密に観察する.非観血的血圧測定を定期的に行い,右左短絡がある場合には,エアフィルターをかならず用いる.複雑先天性心疾患や,右左短絡がある場合には,SpO2 を持続的にモニタする.妊娠前や妊娠中に不整脈のイベントがある場合は,持続心電図モニタを行う.こういったモニタリングは,分娩後24 時間は継続することが望ましい.侵襲的なモニタリングは基本的には不要であるが,中心静脈カテーテルによる中心静脈圧モニタリングは,とくにうっ血性心
不全などで容量負荷のモニタリングに役立つ可能性がある.また,動脈カテーテルは血圧の変化をより敏感に察知し,出血の影響のモニタリングに役立つと考えられる.
6.2 人工妊娠中絶の様式
12 週未満の人工妊娠中絶は,器械的に子宮内容除去手術を行う.通常,手術のリスクは低いが,入院設備の下で適切なモニタリングを行うことが望ましい.12 週以降は子宮頚管拡張のうえ,PGE1 膣坐剤などで陣痛誘発を行う.妊娠21 週までの経膣分娩でも循環動態の変化は,早産期の経膣分娩ほどではないが負荷が増大し,硬膜外麻酔は負荷の軽減に役立つ.
6.3 分娩様式の選択
基本的には,産科的適応(表57)による.産科的適応,すなわち経膣分娩が適切でないと考えられるのは,1急いで分娩させる必要があるが経膣分娩では時間がかかりすぎる,2経膣分娩では産道が狭すぎる・児が大きい・向きが通常でない(横位,骨盤位など)・多胎,3経膣分娩に必要な娩出力が得られない,などの場合である.帝王切開についても,「分娩」経過中の循環動態のさまざまな変化は起き,循環動態の変動の大きい時間帯が短縮されること以外,負荷は同様に考えなければならない.裏を返せば,たいていの場合,許容されうる.
分娩第1 期(陣痛発来から子宮口全開大)には陣痛発作の痛みがしだいに増強し,分娩進行に伴い自然と力を加えたくなる.子宮口全開大前には,子宮頚管の裂傷を招くことがあるため,陣痛発作時に息を止めないよう呼吸法を工夫し,リラックスに努める.これは,心負荷軽減にもつな
表55 プロスタグランジンの副作用
オキシトシンと共通するもの
・ 過剰投与による過強陣痛(間欠期1 分以内,発作90 秒以上)・ 胎児機能不全および胎児死亡・ 子宮破裂・ 分娩後出血・ 不整脈,血圧変動・ 悪心,嘔吐プロスタグランジンの平滑筋刺激作用によるもの
・ 腹痛,下痢(消化管刺激による)・ 咳,喘鳴,呼吸困難(気管支平滑筋の刺激による)その他
・ 動悸,頻脈・ 薬剤投与中,刺入部の静脈炎表56 プロスタグランジンの禁忌
オキシトシンと共通するもの・ 前置胎盤・ 常位胎盤早期剥離(胎児生存時)・ 児頭骨盤不均衡・ 切迫子宮破裂・ 胎児機能不全・ 過強陣痛オキシトシンと共通しないもの・ 既往帝切後妊娠・ 気管支喘息またはその既往歴あり・ 緑内障
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がる.分娩第2 期(子宮口全開大から児娩出)には,努責で娩出力を強めることが広く行われるが,心負荷軽減のため,分娩第2 期を短縮し努責をしなくてすむように,吸引や鉗子などを用いた器械分娩を行うこともある.
母体心疾患を理由とする帝王切開の適応は,「上行大動脈径の拡大を伴うMarfan 症候群などの大動脈疾患」や「ワルファリン内服中の(あるいは中止後間もない)分娩」などである2).帝王切開の利点は「確実な計画分娩」とすることができるところにもある.そのため,母体が厳重なモニタリングを要する場合,分娩前後の循環動態の大きく変化する時間帯に各職種・各設備のスタンバイを確実に行うため,夜間休日を避けることも少なくなく,実際には,分娩様式の選択に大きく影響している.
6.4 経膣分娩時の抗菌薬使用
• 低リスク(抗菌薬1 剤)
経膣分娩時は陣発時もしくは活動期に入った時,帝王切開時は術前(麻酔導入時)にアンピシリン(ABPC)2 g を点滴静注,以後6 時間ごとにABPC 1 g を点滴静注
・ 高リスク(抗菌薬2 剤)
経膣分娩時は陣発時もしくは活動期に入った時,帝王切開時は術前(麻酔導入時)にABPC 2 g +ゲンタマイシン60 mg を点滴静注,以後6 時間ごとにABPC 1 g を点滴静注,12 時間ごとにゲンタマイシン60 mg を静注,分娩後もう1 回追加投与
ABPC アレルギー時はバンコマイシン1 g を1 ~2 時間かけて静注
6.5 麻酔 (第3 章7. 分娩時の麻酔を参照のこと)
分娩に際し,硬膜外麻酔を行うことは,心拍出量を減少させるため負荷の軽減に有用であり,また疼痛緩和が行えるため,患者の不安を取り除くことも可能である.さらに産科的緊急処置に速やかに対応できるといった利点もある.
7 分娩時の麻酔
7.1 必要性
分娩中の循環動態は,体位,分娩様式,陣痛,麻酔の程度などに大きく影響を受ける(第1 章1. 妊娠・分娩の循環生理:妊娠・出産における母体の変化を参照のこと).したがって,妊婦が有する心疾患の種類と程度によっては,これらの影響を緩和するための鎮痛・全身管理と適切なモニタリングが経膣分娩に際しても必要となる.硬膜外麻酔による鎮痛法は,循環動態変化が少なく,効果的な鎮痛を提供できる優れた方法である18)(レベルC).
7.2 適応と禁忌
硬膜外麻酔の適応となるのは,頻脈性不整脈,虚血性心疾患,大動脈病変(Marfan 症候群など),僧帽弁狭窄症,肺動脈性肺高血圧,Fontan 循環などである.かつては相対的禁忌と考えられた大動脈弁狭窄症,閉塞性肥大型心筋症,有意の右左短絡を伴う先天性心疾患,Eisenmenger 症候群については,硬膜外麻酔による体血管抵抗低下に対して適切に管理すれば,硬膜外麻酔を施行する利点はある.とくに経膣分娩での硬膜外鎮痛の場合は,麻酔による交感
表57 帝王切開の適応
産科的適応時間的余裕がない(=急速遂娩を要する) • 胎児機能不全,臍帯脱出,常位胎盤早期剥離など産道が十分でない,産道あるいは児が経膣分娩に適さない• 児頭骨盤不均衡(狭窄,瘢痕,子宮筋腫など骨盤内腫瘍により経膣分娩が困難) • 軟産道強靭• 子宮破裂の危険があるとき(前回帝王切開,子宮筋腫核出術などの既往) • 前置胎盤• 骨盤位,横位• 多胎娩出力が得られない
• 分娩停止• 微弱陣痛• 遷延分娩母体適応産科疾患• 重症妊娠高血圧腎症,子癇などその他の疾患
• 心疾患・ 心機能低下・ 血圧変動がきっかけで循環動態が破綻しやすい場合
(Marfan 症候群,有意な大動脈縮窄,大動脈弁狭窄,高度肺動脈狭窄,Fontan 術後(経膣分娩が可能なこともある)・ 肺高血圧・ コントロールが困難な不整脈・ 機械弁(抗凝固薬のコントロール不良)・ チアノーゼを呈する場合• 血液疾患,脳血管疾患,腎疾患など
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神経遮断の範囲が第10 胸髄以下に限定されるため,帝王切開の硬膜外麻酔と比較して交感神経遮断の範囲が狭く,麻酔による低血圧にも対処しやすい.機械弁置換術後などで抗凝固療法を受けている患者も区域麻酔(脊髄クモ膜下麻酔,硬膜外麻酔,脊髄クモ膜下硬膜外麻酔併用法[combined spinal epidural anesthesia: CSEA])の絶対的禁忌とはならず,出産に向けて抗凝固療法を中止する患者では,そのタイミングに合わせて硬膜外カテーテルの挿入・抜去を行う(表58) 555).肺血栓塞栓症に対して未分画ヘパリン静注を受けている患者では,出産の4 ~6 時間前にヘパリン静注を中止し,区域麻酔を行う前に活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)正常化を確認すべきである20).
硬膜外麻酔の絶対的禁忌は,循環血液量減少,抗血栓療法継続中,硬膜外穿刺部局所の感染,敗血症,患者の拒否などである.
7.3 麻酔前評価
心疾患合併妊婦においても,産科的適応により妊娠満期以前に緊急帝王切開を必要とする場合があるため,十分早
い週数に麻酔科医によるコンサルテーションを受けることが望ましい.その際には,心疾患の病態と治療経過,妊娠中の心肺機能変化と現在の心機能,手術・麻酔歴とその問題点,産科的経過と分娩方針について,循環器科医や産科医から十分な情報を得る.
とくに妊娠・出産におけるリスクが高いと考えられる先天性心疾患の場合は,現在の循環動態と,周産期における循環動態管理目標とその許容範囲について,担当医より助言を得る必要がある.それらに基づき,経膣分娩,予定帝王切開,緊急帝王切開のそれぞれについて,麻酔と周術期管理の計画を立て,患者に説明する.
7.4 硬膜外無痛分娩の方法
麻酔開始6 時間前には絶食とし,重症例では経口水分摂取も控えて,輸液により水分出納を厳密に管理する.下部腰椎椎間に留置した硬膜外カテーテルより,低濃度局所麻酔薬(0.25% ブピバカインやロピバカインなど)を3 mLずつ9 ~12 mL までの少量を分割注入し,T10 以下の無
表58 抗血栓療法中の妊婦における区域麻酔
薬物投与量推奨NSAID区域麻酔は禁忌ではないチクロピジン14 日前に中止GP IIb/IIIa 阻害薬8~48 時間前に中止ワルファリン経口・ 妊娠36 週までに低分子量ヘパリンか未分画ヘパリンに切り替える・ INR 正常なら区域麻酔可能・ カテーテル抜去はINR ≦1.5 で可能(投与開始後)未分画ヘパリン1 万単位/ 日皮下注, 12 時間ごと・ 区域麻酔は禁忌ではない・ 区域麻酔困難が予想される場合はヘパリン投与は区域麻酔後とする・ それ以上の投与量での区域麻酔の安全性は確立していない・ 区域麻酔か帝王切開から12 時間経過してから再開
静注・ 分娩予定時刻の4~6 時間前に中止・ 区域麻酔の1 時間後にヘパリン投与・ カテーテル抜去は最終投与の2~4 時間後
低分子量ヘパリン・ 分娩誘発もしくは帝王切開の36 時間前には中止して,必要なら未分画ヘパリン静注もしくは皮
下注に切り替える・ 1 日2 回投与では24 時間後に再開・ 術後初回投与の2 時間前にカテーテル抜去・ 治療量投与中は,ブロックまで24 時間空ける
フォンダパリヌクス・ 1 回で穿刺に成功し,カテーテル留置なしなら区域麻酔可能・ それ以外ではほかの抗凝固療法を選択すべきアルガトロバン区域麻酔の施行は禁忌トロンビン阻害薬区域麻酔の絶対的禁忌血栓溶解薬区域麻酔の施行は禁忌(日本ペインクリニック学会・日本麻酔科学会・日本区域麻酔学会合同.2016 555))
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痛域を得る.少量分割注入を遵守することで,カテーテルが血管内に迷入した場合でも局所麻酔薬中毒は神経症状のみにとどまり,カテーテルがクモ膜下腔に迷入した場合でも全脊髄クモ膜下麻酔には至らず,両下肢への影響にとどめることができる.
初回投与後は,0.1% ロピバカインなどの低濃度局所麻酔薬とフェンタニル2μg/mL 混合液を6 ~12 mL/時で持続硬膜外注入し,急激な交感神経遮断を避けつつ十分な鎮痛を図る.分娩中は仰臥位低血圧症候群を回避するために側臥位とし,適切なモニタリングを継続する.子宮収縮に伴う変動を的確に把握するためには,観血的動脈圧モニタリングや経胸壁心エコー検査の有用性が高い.非侵襲・低侵襲心拍出量モニタリングの有用性も示唆されている556).
出産時の努責の可否は,心疾患の病態と重症度に応じて判断する.努責を避けるべき患者では,鉗子・吸引分娩により分娩第II 期短縮を図る.児娩出後に弛緩出血対策として用いられる子宮収縮促進薬は,それぞれに心血管系に対する特有の副作用がある(表53,55).マレイン酸メチルエルゴメトリンは血管収縮作用が強く,高血圧や冠動脈攣縮などをきたすことがある.オキシトシンは心電図上ST変化をきたしうる557)ほか,体血管抵抗を低下させ,心収縮力を減弱し,肺血管抵抗を上昇させる.したがって,児娩出後の子宮収縮薬の投与は回避するか,必要ならばオキシトシンを持続静注することで影響を最小限にする(レベルC). 7.5 帝王切開における麻酔法選択
心疾患合併妊婦の帝王切開においては,個々の心疾患の病態を考慮して,もっとも安定した循環動態を提供できる麻酔方法を選択する.ある麻酔法がほかの方法より優れているという証拠はない.しかし,心疾患妊婦全体の分娩時麻酔においても558),先天性心疾患合併妊婦に限定しても559, 560),さらには複雑先天性心疾患や肺高血圧合併例においても561),分娩時の区域麻酔の使用割合は高い.区域麻酔法のなかでも,麻酔範囲を徐々に広げていく硬膜外麻酔か,少量の脊髄クモ膜下麻酔と硬膜外麻酔局所麻酔薬追加投与を組み合わせた脊髄クモ膜下硬膜外麻酔併用法(sequential combined spinal epidural anaesthesia sequential: CSE)では,効果的な麻酔と安定した血行動態が得られるため,肺高血圧症562)や周産期心筋症563)においても推奨するガイドラインがある. 脊髄クモ膜下麻酔単独の麻酔法では急激で広範囲な交感神経遮断をきたすため,重症心疾患患者では適さない.全身麻酔の場合は,オピオイドや短時間作用性β遮断薬を併用して,気管挿管や抜管時の交感神経反射を緩和する必要がある(レベルC).
麻酔法選択に際して考慮すべき点を表59 に示す.それぞれの麻酔法が母体の循環動態,とくに体血管抵抗や肺血管抵抗に及ぼす影響を考慮して麻酔法を選択する.たとえば,全身麻酔での陽圧呼吸は動脈血二酸化炭素分圧(arterial partial pressure of carbon dioxide: PaCO2)を介
表59 心疾患合併患者の帝王切開における麻酔法選択の注意点
脊髄くも膜下麻酔硬膜外麻酔全身麻酔
誤嚥のリスクなしなしあり交感神経遮断急激緩徐ほとんどなし交感神経刺激なしなし気管挿管・抜管時あり体血管抵抗低下低下軽度低下浅麻酔で上昇肺血管抵抗調節不能調節不能人工呼吸でPaO2,PaCO2 調節可能胸腔内圧不変不変陽圧換気で上昇心収縮力不変不変麻酔薬により低下痛みと不安まれ高頻度なし経食道エコーモニタ苦痛苦痛容易
抗凝固療法用量と投与タイミングにより麻酔可能用量と投与タイミングにより麻酔可能(脊麻より脊椎内血腫リスク高い)可能・ 経膣分娩での硬膜外麻酔による鎮痛法は,麻酔範囲がT10 以下で十分なため,交感神経遮断の範囲が狭い.・ 帝王切開術の硬膜外麻酔では,T4 以下の麻酔が必要なため,血行動態への影響は比較的大きいが,脊髄くも膜下麻酔に比較する
と作用の発現が緩徐である.
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して肺血管抵抗を下げることができるが,胸腔内圧上昇を介して肺血管抵抗を上げるため,Fontan 循環や肺動脈性肺高血圧例で注意が必要である.一般に全身麻酔では,新生児がオピオイドなど麻酔薬の影響下に娩出される可能性が高く,NICU 入院率も高くなる559)ため,分娩時の新生児科医立ち会いを要する(レベルC).
帝王切開中の児娩出直後は,子宮からの自己輸血による前負荷の増加と,出血との影響で,循環血液量が大きく変動し,その方向が一定ではない.重度の心疾患合併妊婦では,適切な前負荷の範囲が狭いため,中心静脈圧や経食道エコーなどのモニタリングが有用と考えられる.
術後鎮痛には,痛みによる循環動態影響や過換気を緩和するため,作用持続時間の長いクモ膜下または硬膜外モルヒネが有用である.低濃度局所麻酔薬とオピオイドを用いた持続硬膜外鎮痛は鎮痛効果がもっとも高いが,術後抗凝固療法を行う患者ではカテーテル抜去のタイミングに留意して,脊柱管内血腫発生を防ぐ.術後は区域麻酔の効果が消退するにつれて,循環血液量過多に陥る危険性があるほか,重症心疾患患者での心血管イベントは産後にもっとも高いため,集中治療室でのケアを要する.
第4章 侵襲的な治療
1 カテーテル・インターベンション
1.1 カテーテルバルーン弁形成術
わが国では,妊娠・出産可能な年齢でリウマチ性弁膜症を経験することは皆無に等しい.わが国で妊娠・出産で時に経験される症例は,先天性の大動脈弁狭窄症,僧帽弁狭窄症および肺動脈弁狭窄症などがあげられる.東南アジア諸国など発展途上国では,リウマチ性弁膜症がいまだ多く存在するため,これらの国からわが国へ移住した女性が,リウマチ性弁膜症を合併している可能性がある.
これらの弁膜症は,妊娠中の心拍出量増大に伴い,圧較差が増大することが知られている25, 28, 32).通常,その変化は許容範囲内であり,心不全症状の増悪を認めることは少ない.しかしながら,高度の狭窄症の場合は,妊娠中に心不全症状が増悪することが報告されている.高度の狭窄症は,妊娠前に治療すべきであるが,妊娠中にインターベンションが必要になる症例も存在する.このような状況において,エビデンスは乏しいが,バルーンカテーテルを用いたカテーテル治療の有効性が報告されている564).妊娠中のバルーン弁形成術を主体としたカテーテル治療は,妊娠
継続に伴い重篤な合併症を発生する可能性がある場合など,あくまでも心不全症状の改善を目的で施行されるものであり,緊急避難的な意味合いが強い.よって,通常のカテーテル治療の基準ではなく,その適応を慎重に考慮しなければならない.
妊娠中の心不全症状が,各狭窄病変に起因するものか,通常の妊娠経過に伴う一過性のものか,鑑別することが重要であり,カテーテル治療の適応は,心不全症状の増悪が各狭窄病変によってもたらされていることを客観的に評価する必要がある28, 565, 566).狭窄症の評価は,妊娠中,複数回行い,とくに妊娠前と比較することが重要である.
妊娠中のカテーテル治療は,心臓血管外科,循環器内科,小児科だけでなく,産科や新生児科など周産期部門も含む集学的なチーム医療を行える施設で施行することが望ましい.また,カテーテル治療の時期は,胎児の器官形成時期を経過した後の妊娠18 週以降に行われることが望ましい.さらに,胎児への放射線被爆を最小限にとどめるために,母体腹部周囲を放射線遮蔽用具で保護することが推奨される566, 567).
1.1.1 適応
カテーテル治療の対象は,大動脈弁狭窄症,僧帽弁狭窄症,肺動脈弁狭窄症および末梢性肺動脈狭窄症などが考
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えられ,薬物治療にもかかわらず心不全症状(NYHA 心機能分類クラスIII ~IV 度)が残存する場合が適応となり,弁形態がバルーン弁形成術に適しているか評価することが重要である564).大動脈弁狭窄症に対するバルーン弁形成術は,大動脈弁逆流を引き起こす可能性があり,その発生を最小限に抑えるために,慎重なバルーンサイズの選択が必要である(表60) (クラスIIa,レベルC).
大動脈縮窄症は組織学的に存在する大動脈壁の嚢胞性中膜壊死(cystic medical necrosis) が,妊娠に伴いさらに脆弱化を増している可能性があるため,カテーテル治療は危険と考えられる.
1.1.2 有効性と予後
妊娠中に施行されたバルーン弁形成術の長期予後に関する報告は,きわめて限られている.肺動脈弁狭窄症に対するバルーン弁形成術においては,良好な長期予後が報告されている566).一方,大動脈弁狭窄症においては,石灰化や変形の著しい弁には不適あるいは効果が不十分であり,大動脈弁逆流の進行により人工弁置換術を含む外科的治療を必要とする場合が多く,長期予後は必ずしも良好とは限らない(クラスIIa,レベルC).
1.2 カテーテル心房中隔欠損閉鎖術
心房中隔欠損(ASD)に対する,AMPLATZERTM Septal Occluder,Figulla ® Flex II などの閉鎖栓によるカテーテル治療が,わが国でも治療可能となっている.ASDは,多くの場合,未治療でも妊娠・出産が可能であり,妊娠中にカテーテル治療が必要となることは通常は考えられない.また,奇異性塞栓症を合併した場合でも,ASD に対するカテーテル治療は通常は行われない.
2 妊娠中の心臓血管外科手術, 補助循環
妊娠中に心臓血管外科手術が必要とされる場合がある2, 9).弁狭窄症や弁逆流症に伴う心不全増悪,大動脈拡張性疾患での大動脈解離や巨大瘤,あるいは感染性心内膜炎(IE)罹患による疣贅(vegetation)や心不全増悪などが手術介入の判断の決め手となる25, 195, 215, 568).これら緊急手術は次の2 つにわけられる. 1 胎児発育が出生後の発育に不十分な時期は,人工流産
後に外科手術を行う2 胎児に出生後の発育が望める場合は,帝王切開あるいは誘発分娩を行い,同時あるいは直後に外科手術を行
う妊娠中の人工心肺を用いた心臓血管外科手術による母体死亡率は低いが,胎児死亡率は13 ~20% とリスクが高い195, 215, 331, 568)(レベルB).妊娠中の外科手術は,内科的治療が限界で,母体に明らかな悪影響を及ぼすと考えられる場合以外は,避けるべきである564)(レベルC).あるいは,可能な限り低侵襲な治療法を選択することが望ましい.
外科手術が避けられない場合,妊娠16 ~20 週あるいは24 ~28 週以降に手術を行うと,胎児の安全性が高いとされる28, 565, 566)(レベルC).現在では新生児管理が発達しているため,28 ~30 週以降であれば,分娩後に外科手術を行うことが可能な場合がある569, 570).
妊娠中の人工心肺を用いた外科手術は,低心拍出状態から胎児を守ることが非常に大切である.人工心肺は,胎児側にとって,高流量,動脈平均圧を高く保ち,低体温を避け,短い運転時間にすることが望ましい568, 571)(レベルB).人工心肺中は,胎児心拍数モニタリング下に胎児心拍数を一定に保つことが重要である.胎児徐脈発生時には人工心肺流量を増量すると胎児徐脈が回復することが多い.また,人工心肺中,陣痛進行安定化作用をもつプロゲステロン血中濃度が下がるため,子宮収縮が始まることがある215).これは胎児死亡を引き起こすため,子宮収縮が起こらないように監視する必要があり568),プロゲステロン投与が行われることも多い215)(レベルB).外科手術中に胎児機能不全(non-reassuring fetal status)がみられる場合や,胎児徐脈が持続する場合は,緊急帝王切開術を行うことがある.
妊娠中の心臓血管外科手術は,心臓血管外科,循環器内科,小児科,麻酔科だけでなく,産科や新生児科など周産期部門も含む集学的なチーム医療を行える施設で施行することが望ましい.
表60 大動脈弁狭窄症に対するバルーン弁形成
大動脈弁狭窄症適応: 左室~大動脈圧較差50 mmHg 以上,弁口面積0.6 cm2 以下バルーン径:大動脈弁輪径の80~100%僧帽弁狭窄症適応: 弁口面積1.5cm2 以下肺動脈弁狭窄症および末梢性肺動脈狭窄症適応: 右室~肺動脈圧較差50 mmHg 以上バルーン径:肺動脈弁輪径の100~140%
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第5章 将来的な研究の方向性
改訂版では,前回2010 年版のガイドライン発表後に報告された論文のデータを,可能な限り取り入れている.しかし,疾患別の総妊娠・出産数が少なく,倫理的に対照を設けた研究が行えないために,多くは経験的な研究に限られている.新しい研究が少ないため,前回の記述を踏襲した部分も少なくない.このような状況のなかで,今後の改訂に向けての研究の方向性を概観する.
今後の診療・研究の方向性は大きくわけると,1カウンセリング,2診療体制,3母体管理(父性管理),4胎児管理,5周産期管理,6出生児および母体の出産後の遠隔期管理,7先天性心疾患患者の妊娠・出産に関する登録制度の確立,に分類可能である.これら7 項目について以下に要約する(表61). 1 カウンセリング(pregnancy counseling)
心疾患女性(男性も含む)が,結婚,妊娠,出産時期を迎える場合に,専門的知識を持った医療関係者からのカウンセリングが必要である.しかし,適切なカウンセリングを行うためには,多くの分野でデータが不足している.たとえば,心疾患が妊娠・出産に与える影響,胎児に与える影響,妊娠・出産が心疾患の予後に与える影響などに関するデータは不十分である.母体および胎児の妊娠・分娩時の管理や治療に関しても,データに基づいた明らかな基準がない.さらに,誰がどのような場所でカウンセリングを行うか,遺伝に関するカウンセリングをどのように行うかなどは,今後の実際の臨床で広く行えるように確立しなければならない問題である.また,カウンセリングと同時に,心理的なサポートも非常に重要であるが,この面での研究は始まったばかりである. 2 診療体制(management system)
中リスク以上の心疾患の女性は,妊娠・分娩の際に循環器系の合併症を伴うか,早期産児や低出生体重児,先天性心疾患児を出産することが少なくない.これらの点からも,集学的なチーム診療(multidisciplinary approach)が必要なことは明らかである.しかしながら,産科医,循環器を専門とする医師(循環器内科医,循環器小児科医,成人先天性心疾患を専門とする医師,心臓血管外科医など),麻酔科医,新生児科医,看護師,臨床心理士など,すべての分野のスペシャリストと必要な設備を備えた心疾患女性の
妊娠に習熟したチームはいまだに少ない.必要に応じて,母体搬送や新生児搬送を行うなど,周産期センターとの密接な共同治療も,今後さらに検討すべき課題である.日本の現状において,どのような体制をどのように構築していくかも,今後の大きな課題である. 3 母体管理(maternal management)
妊娠・出産が高リスクである心疾患が明らかになりつつあるが,これらの心疾患の妊娠・出産に関するデータの集積は少ない.循環動態の適正なモニタリング方法,母体合併症の危険率の予測方法などは,今後明らかにすべき問題である.また,避妊が勧められる場合に,日本人にもっとも適した避妊法はいまだ確立されていない.妊娠中の薬物
表61 心疾患女性の妊娠・出産に関する,今後の研究の方
向性1 カウンセリング
妊娠・分娩の管理,遺伝(再発危険率),母体・胎児の予後,家族の協力体制,心理学的アプローチなど2 診療体制
チーム診療,望ましい診療施設基準,周産期センターとの協力など3 母体管理
循環動態のモニタリング,各心疾患別の管理,避妊法,薬物治療,インターベンション(カテーテル治療,心臓血管手術),父性管理など4 胎児管理
母体の心疾患の胎児への影響,母体投与薬物の胎児への影響,胎児well-being のモニタリング,胎児先天異常の診断,胎児治療5 周産期管理
周産期モニタリング,分娩誘発法,麻酔法,分娩管理,新生児管理(早産・低出生体重児,先天性心疾患児),母体投与薬物の母乳移行,授乳が母体の心疾患に与える影響,育児6 出生児および母体の出産後遠隔期管理
母体の心機能評価,妊娠・分娩が心疾患の自然歴に与える影響,児の成長発達,次回妊娠時の注意点など7 先天性心疾患患者の妊娠・出産に登録制度の確立
重症心疾患,Fontan 患者の妊娠・出産の実態,管理方法の調査,妊娠・出産時における新規抗凝固薬,肺高血圧薬などの新規薬物療法の有効性・安全性
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治療の際の,適正な薬剤の選択,使用量,効果,胎児に与える影響なども,今後の検討が必要である.妊娠中のインターベンション(カテーテル治療や心臓血管手術)に関して,これらの適応,方法,術中・術後管理方法,術後妊娠可能時期などについても,いまだ明らかでない. 4 胎児管理(fetal assessment)
母体の心疾患が胎児に及ぼす影響や,母体投与薬物の胎児への影響などに関する,基礎的・臨床的な研究の蓄積が期待される.胎児超音波検査などによる,胎児発育の評価,胎児のwell-being の診断,胎児臓器の形態機能診断などは,今後さらに精度が高まることが予想される.胎児モニタリングの精度が高まることにより,適正な分娩管理が可能となり,母児の周産期予後の向上が期待できる.心疾患女性の妊娠では,心臓をはじめとする胎児先天異常の合併が多いが,胎児治療に関する研究は,安全性や倫理面の問題などクリアすべき点がなお多い. 5 周産期管理(perinatal management)
母体および胎児にとっての適正な分娩時期を決定するための,母体・胎児モニタリング法も今後確立する必要がある.適正な分娩誘発法や麻酔法なども,改善の余地があると考えられる.母体投与薬物の母乳移行と新生児移行についても,新たな知見が望まれている.母乳哺育の母体への影響や,出生児の心機能に対する影響の解析も,今後の課題となる. 6 出生児および母体の出産後遠隔期管理
(long-term follow-up of mother and child)
中リスク以上の心疾患では,心不全,不整脈,血栓形成などの母体合併症が知られているが,これら合併症の長期予後についてはほとんど知られていない.しかし,これらの合併症が遷延した場合,母体の生命予後や罹病率に与える影響は大きく,また,育児にも影響すると考えられる.これらの合併症の中長期予後の解明,危険因子の解析なども,今後重要な課題である.早期産児や低出生体重児の分娩が少なくないが,出生児の予後,発達,管理方法などに関しても,明らかになっていない.次の妊娠・出産を希望する場合の,母体および胎児の危険率に関しても明らかではない. 今後,チーム医療の発達,心疾患女性の妊娠・出産数の増加,心疾患女性の妊娠・出産の登録制度の順調な運営が予想される.次回のガイドライン改訂時期までには,以上に述べた研究の方向性や,現在の問題点のいくつかは,解明されていることが期待される. 7 先天性心疾患患者の妊娠・出産に登録制度の確立
(nationwide registration system)妊娠・出産に関するエビデンスレベルを高めるためには単施設の限られた経験では制約がある.とくに重症心疾患やこれまで経験の乏しいFontan 術後患者の妊娠・出産に関しては,国内多施設での妊娠出産症例の登録制度を確立し,エビデンスの集積が重要である.新規抗凝固薬,肺高血圧薬などの薬物療法の有効性・安全性についても要望が大きい.
第6章 心疾患をもつ患者さんとご家族の
ための,妊娠・出産の手引き
本ガイドラインの内容は多岐にわたるため,診療の際の便宜を考慮して,「心疾患をもつ患者さんとご家族のための,妊娠・出産に関する手引き」を作成した(表62).診療のチェックリストや,患者さんに手渡す資料として利用
されることを想定している.個々の症例の心疾患の状態や社会的環境などを考慮して,適宜改変して使用されたい.
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表62 心疾患をもつ患者さんとご家族のための,妊娠・出産の関する手引き医療の発達の恩恵により,心疾患の患者さんの治療成績や生活の質が改善し,妊娠・出産が可能な患者さんの数は年々増加しています.一方で,妊娠の際に厳重な注意を要する,あるいは,妊娠を避けることが強く望まれる心疾患も存在します.この手引きは,心疾患をもつ患者さんが,結婚,妊娠・出産をする前に,知っておいていただきたいことを,まとめたものです.
概要• 大多数の心疾患の女性は,とくに危険性の高い心疾患でない限り,専門医の指導・管理のもとに,妊娠・出産することが
可能です.しかし,ご自身の心疾患の状態を把握し,妊娠による母体や胎児・新生児への危険性を理解したうえで,安全な妊娠・出産を目指す必要があります.妊娠による体の変化• 妊娠すると体に大きな変化が生じます.血液量,心拍数,心拍出量が増加し,血圧と全身の血管抵抗は低下します.結果
として,心臓の負担が大きくなり,心不全,不整脈を起こすことがありますが,通常はこの変化に的確に適応しています.妊娠後期には,増大した子宮による下大静脈の圧迫により,仰臥位で低血圧となることがあります.妊娠後期には,血液中の凝固因子が活性化されるため,血栓症のリスクが高くなります.また,ホルモン作用により,血管壁の脆弱性が増すため,疾患によっては,動脈瘤や動脈解離が起こりやすくなります.妊娠リスクの高い心疾患• 重度の肺高血圧症(Eisenmenger 症候群など),重度の流出路狭窄(大動脈弁狭窄症など),心不全(中等度以上の場合), Marfan 症候群(上行大動脈の拡張を伴う場合),機械弁置換術後(ワルファリン内服中),チアノーゼ性心疾患(チアノー
ゼが残存する場合)などでは,妊娠の際に厳重な注意が必要か,妊娠前にカテーテル治療や手術での修復が必要か,妊娠を避けることが強く望まれる場合があります.妊娠(前)カウンセリング• 心疾患をもつ患者さんに対する妊娠・出産のカウンセリングは,妊娠判明後に初めて行われることが多いのが実情ですが,
安全な妊娠・出産を目指すためには,妊娠前からカウンセリングを受けることが理想です.具体的なカウンセリング内容は,患者さんの心疾患の状態や,社会的環境によっても,異なります.あらかじめ,心疾患や妊娠に対する理解を深め,家族や担当医と妊娠について相談し,出産後も含めた協力体制を確認しておくことが必要です. • 重症な心疾患であっても,一般と変わらず,男女ともに性行為は可能です.チアノーゼ性心疾患(未手術,修復術後,チアノーゼ残存などを含む)や,肺高血圧症の女性は,月経異常が合併するか,妊娠しにくい場合があります. • 比較的リスクの高い心疾患の女性は,妊娠中や出産後に,心不全,不整脈,血栓症,出血性合併症,チアノーゼ,大動脈
瘤や大動脈解離などが,出現または悪化する場合があります.結果として,流産や早産となるか,胎児や新生児の状態が悪化することもあります.母体の状態が不安定なため,授乳や育児を行うことが難しくなる場合もあります.また,妊娠中や育児中は,母体の不安や抑うつ状態が悪化することがあります. • 両親や家族,とくに母親に先天性心疾患がある場合は,先天性心疾患の子供が生まれる可能性が高くなります.一方で,
喫煙,過度の飲酒,特殊な薬物の服用など,心疾患の発生との関連が強い環境要因もありますので,これらに対する注意も必要です.また,特殊な不整脈や心筋症など,遺伝子異常の合併が確認された心疾患では,とくに注意が必要となります. • 避妊法として,子宮内避妊器具,低用量避妊薬,卵管結紮(永久不妊術)などがあります.パートナーの避妊法としては,コンドーム法や,精管結紮(永久不妊術)などがあります.妊娠中の心臓検査• 心疾患担当医は,妊娠が判明した時点で,最初の心臓検査を行い,現在の心疾患の状態と,出産前後も含む妊娠中の注意
点について,産科担当医に情報を提供します.比較的リスクの低い心疾患では,妊娠中期後半(26~30 週)に,2 回目の心臓検査を行います.リスクの高い心疾患では,さらに頻回の検査が必要となります.妊娠中は,基本的にX 線検査を行いませんが,診療上不可欠と判断した場合は,腹部への放射線照射を最低限にしつつ行う場合もあります.胎児の評価• 胎児の健康状態や発育状態を評価するために,産科において,胎児心拍数図検査や胎児超音波検査を行います. • 両親のどちらかが心疾患をもつ場合は,心疾患のリスクが高くなることが多いため,胎児心臓超音波検査をおすすめして
います.妊娠20 週前後は胎児の心臓の観察がもっとも容易な時期なので,この時期に初回検査を行うことが多くなっています.妊娠後期に心臓の形態異常が明らかになる場合もあるため,妊娠30 週前後に再検することが望ましいとされています.
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感染性心内膜炎(IE)の予防• 妊娠中や出産後にIE になることは少ないとされています.しかし,発症した場合には,長期の抗生剤治療が必要とされ,
妊娠中に外科手術が必要となることもまれながらあります.そこで,感染性心内膜炎のリスクが高い心疾患では,出産時においても抗生物質の予防投与を行うことが推奨されています.予防投与の対象となる患者さんは,心疾患や出産の状況によって異なります.妊娠を管理する医療施設• 妊娠を管理する医療施設は,心疾患の重症度と地域の医療事情などを考慮して決定されます.心疾患の大部分を占める,
ごく軽症の心疾患の場合は,妊娠・出産のリスクは一般と同程度であるため,心疾患担当医からの情報提供に従って,産科医が中心となって妊娠を管理します(心疾患を専門とする施設でなくても,管理可能です).中等症以上の心疾患では,妊娠・出産時に合併症を生じる場合もあり,胎児リスクも高くなります.このような場合は,計画的に妊娠する必要があり,妊娠後は心疾患を専門とする施設で産科的管理を受けることが,推奨されます.早産・低出生体重児の出産が予想される場合は,新生児集中治療室(NICU)も必要となります. • 一施設内ですべての診療を行うことが困難な場合は,複数の医療機関の緊密な連携のもとに,妊娠・出産を管理します.薬物療法• 妊娠中に薬物を使用する際は,母体と胎児に対する有効性と危険性のバランスについて検討します.薬物の胎児への有害
作用には,大きく分けて,催奇形性と胎児毒性の2 つがあります.妊娠を計画しているか,妊娠の可能性がある場合は,比較的安全な薬物へ変更する場合があります.薬物の母乳中への移行はごく少量にとどまりますが,一部の薬物では,濃縮効果のために,母乳中の薬物濃度が高くなる場合もあります. • 妊娠中の使用に特に厳重な注意を要する心疾患治療薬として,ACE 阻害薬,ARB,ワルファリン,一部の抗不整脈薬な
どがあります.侵襲的な治療• 弁狭窄症などに伴う妊娠・出産で,妊娠中のカテーテル治療が必要になる場合があります.妊娠中に心臓血管外科手術が
必要となることはまれですが,その場合は,母体と胎児への影響はきわめて大きなものとなります.産科的な管理• 母体の病状が悪化し,母体の健康ないし生命が著しく脅かされることが予測される場合には,妊娠の中断(中絶ないし早
期の分娩)を考慮します.母体の病状の悪化のために,胎児の健康状態や発育状態が悪化した場合も,妊娠の中断(早期の分娩)を検討します. • 産科的管理のための薬物(陣痛誘発薬や陣痛抑制薬など)を使用する際は,母体の心疾患や胎児に対する影響に十分に注
意します.出産は,一般的に経膣分娩を目指しますが,一部の例外的な症例や,母体・胎児の急変時には,帝王切開術を行います.硬膜外麻酔を行って,出産時の心負荷の軽減と疼痛緩和を行う場合もあります.出産後の管理• 病状によっては,長期入院か,頻回の外来通院が必要となる場合もあります.母体の病状や治療薬によっては,母乳栄養
を断念せざるを得ない場合があります.また,育児参加が困難となる場合もあります.早産を余儀なくされた場合は,新生児の集中治療や長期入院が必要となる場合もあります.家族による心身のサポートは,母体や新生児にとって,大きな助けとなります.注意:この表は,心疾患女性の妊娠カウンセリングや診療を行う際の便宜を考慮して,一般的な説明内容をまとめたものである.説明の際のチェックリストとして,あるいは,患者さんに手渡す資料として使用可能である.個々の症例の病状や社会的環境などを考慮して,適宜改変する必要がある.
表62 心疾患をもつ患者さんとご家族のための,妊娠・出産の関する手引き(続き)
p.105
氏名参加者自身の申告事項配偶者・一親等親族または収入・財産を共有する者についての申告事項所属する組織・部門の長に関する申告事項(参加者が組織・部門の長と共同研究の立場にある場合)
顧問株保有・
利益特許使用料講演料原稿料研究費奨学寄附金寄附講座その
他顧問株特許研究費奨学寄附金
班員:村島 温子アステラス製薬田辺三菱製薬中外製薬アステラス製薬中外製薬協力員:竹田 純アトムメディカル協力員:田中 博明医療法人 尚徳会ヨナハ総合病院
外部評価委員:木村 剛サノフィ日本ベーリンガーインゲルハイム興和創薬ブリストル・マイヤーズ スクイブアボットバスキュラージャパン第一三共EP クルーズIQVIAサービシーズジャパン大塚製薬イーピーエスエムアイディ大日本住友製薬大塚製薬日本ベーリンガーインゲルハイム第一三共田辺三菱製薬武田薬品工業ボストンサイエンティフィックジャパンアステラス製薬外部評価委員:小菅 雅美第一三共外部評価委員:先崎 秀明旭化成アクテリオンファーマシューティカルズジャパン外部評価委員:中西 敏雄アクテリオンファーマシューティカルズジャパン
付表 心疾患患者の妊娠・出産の適応、管理に関するガイドライン:班構成員の利益相反(COI)に関する開示(2016 年1 月1 日~2018 年12 月31 日)
*法人表記は省略*以下の構成員については特に申告事項無し班 長:赤木 禎治班 員:池田 智明班 員:市田 蕗子班 員:稲井 慶班 員:大内 秀雄班 員:桂木 真司班 員:坂本 一郎班 員:椎名 由美班 員:篠原 徳子班 員:立野 滋班 員:照井 克生班 員:兵藤 博信班 員:牧野 真太郎班 員:増山 寿班 員:八尾 厚史協力員:遠藤 誠之協力員:小口 秀紀協力員:神谷 千津子協力員:相馬 桂協力員:髙谷 陽一協力員:杜 徳尚協力員:藤田 恭之外部評価委員:関沢 明彦外部評価委員:丹羽 公一郎外部評価委員:吉松 淳
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文献
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