p.59 抽出テキスト
閉塞性肥大型心筋症合併妊娠では,妊娠中の循環血漿量の増大により左室腔が拡大すれば,流出路狭窄が軽減する可能性が考えられるが,重症例では,左室拡張障害に加え,心拍数の増加すなわち心室拡張期が短縮することにより,流出路の圧較差が増大する.非閉塞性肥大型心筋症合併妊娠でも,拡張障害が重度であれば,循環血漿量の増大に耐容できず,左室拡張末期圧が上昇し,うっ血性心不全のリスクとなる.妊娠中の左房拡大は,心房細動のリスクを上げ,また凝固能亢進により血栓リスクも増加する. 7.3.2 妊娠・出産リスク 肥大型心筋症の多くは妊娠に耐えうるが,おおよそ2~ 4割に心血管合併症を認める453-457).母体突然死の報告もあり,突然死の濃厚な家族歴や最大壁厚が30mm以上の症例であったことから454),肥大型心筋症における突然死の危険因子(肥大型心筋症に伴う突然死の家族歴(40~50歳未満),原因不明の失神,著明な左室肥大(≧30mm),ホルター心電図による非持続性心室頻拍,運動中の血圧異常反応→第3章6.2突然死の項参照)をもつ女性では,より注意深い妊娠前評価とカウンセリング,必要に応じて抗不整脈薬治療や植込み型除細動器治療などを事前に行う. 心血管合併症の危険因子は,妊娠前NYHA分類II度以上454-457),閉塞性病変454),妊娠前心血管合併症の既往454),妊娠前からの内服治療458)などが報告されている.妊娠前リスク評価スコアのCARPREGスコアでは,エコー上の左室流出路狭窄圧較差>30mmHgを心血管イベント予測因子の1つにあげている459). 妊娠初期から産後にかけて不整脈を広く認める一方,心不全合併症の好発時期は循環血漿量が増加する妊娠第2期から分娩後にかけての発症が多く452, 455, 458),とくに非閉塞性よりも閉塞性肥大型心筋症合併妊娠において,より早期に心不全が出現する傾向にあった452).日本循環器学会のガイドラインでは,妊娠の際厳重な注 意を要するあるいは妊娠を避けるべき心疾患の1つに,左室流出路狭窄(平均圧較差>40~50mmHg)をあげている460). 7.3.3 妊娠・出産管理 流出路狭窄や心房細動の心拍数調整,心室性不整脈に対しては,β遮断薬が有効である461, 462).妊娠前から内服している場合には妊娠中も継続し,妊娠中に症状が出現した場合は新たに開始する.重度の拡張障害や流出路狭窄の症例では,1回心拍出量がほとんど増えないため,妊娠中の心拍出量増加のためには,心拍数の増加が大きな役割を果たす.β遮断薬の開始・増量の際には,心拍数の低下から,循環血漿量の増大に適応できず心不全をきたす場合があることに注意する.ベラパミルも胎児の房室ブロック出現に注意しながら使用可能である.心房細動に対しては除細動を試みるが,洞調律に復帰しない場合は,心拍数調整と抗凝固療法を行う.適応症例では,妊娠前にPTSMAや中隔心筋切除術,アブレーションやペースメーカー・植込み型除細動器を行う.これらの治療を,妊娠中や産直後に行った報告もある463, 464). 一般には経膣分娩可能であるが,分娩時には静脈還流を低下させる体位や怒責はなるべく避ける.多量の出血や血管拡張性薬剤・交感神経刺激性薬剤の投与,子宮収縮薬の使用,硬膜外麻酔や脊髄麻酔の際には,母体・胎児の変化に十分注意しなければならない.とくに,重度の閉塞性病変では,分娩時の局所麻酔により,末梢血管拡張による静脈還流の減少と血圧低下が生じるため,その適応は慎重に検討する.多量の出血時や長時間の分娩による脱水時には,血圧が低下しないよう適宜補液や輸血による体液量調整を行う.一方,拡張障害のため,分娩直後の静脈還流の増加は肺うっ血を惹起する.