p.40 抽出テキスト
また,遺伝子診断を臨床応用する際に注意すべき点として,同定されたバリアントが病因変異か否かに関して慎重に検討する必要がある.検出されたバリアントが病因変異かどうかを決定するのは容易ではなく,病因変異として報告された変異であってもその後に病因性が取り下げられた変異も存在している.現時点では,同定されたバリアントの病因性については,病因か否かの2者択一ではなく,pathogenic, likely pathogenic,variant of uncertain significance(VUS), likely benign,benignの段階で判定される状況であることを認識しておかなければならない. 4.8.2 肥大型心筋症における疾患遺伝子の種類 Seidmanらによる肥大型心筋症における心筋βミオシン重鎖遺伝子点突然変異の発見以来,心筋症での原因遺伝子の報告が世界各地で行われている265).肥大型心筋症では,明らかな家族歴を有する患者の約半数,家族歴がないか不明な患者の約15%で,サルコメア構成要素等をコードする遺伝子のいずれかに変異が検出され,これらの蛋白の異常が肥大型心筋症の原因になりうることが判明している266-269).肥大型心筋症の約半数は常染色体顕性遺伝の家族内発症であり,このような家族性肥大型心筋症の多くは心筋サルコメア疾患と捉えられている.家族性肥大型心筋症の主な遺伝子異常には,心筋βミオシン重鎖遺伝子(MYH7),心筋ミオシン結合蛋白C遺伝子(MYBPC3),トロポニンT遺伝子(TNNT2)が挙げられ,16を超える遺伝子の1000種以上の変異が報告されている265, 270).同定される変異のなかでは,心筋βミオシン重鎖遺伝子(MYH7)と心筋ミオシン結合蛋白C遺伝子(MYBPC3)の2者が多くを占めている266-268, 271).遺伝学的検査によって既報の遺伝子変異が同定されなかった場合でも未同定の変異が原因となっていることがあり,また,これまでに報告された上記遺伝子に変異が同定されなくても他の遺伝子に病因変異が存在している可能性が残る. 4.8.3 遺伝子解析と臨床応用 心筋症の遺伝子解析が行われその病因が次々と明らかになってきたが,これらの解析はまだ限られた施設での研究段階の部分が多く,わが国においては臨床の場で日常的には行われていないのが現状である.しかしながら今後は,遺伝子診断実施施設(民間の商業ベースも含む)の増加や次世代型シークエンサー活用による多検体の迅速シークエンスが可能となった点から,多くの患者で遺伝子診断が行われる可能性が高まってきている. 肥大型心筋症が疑われる患者に対して遺伝学的検査を行うメリットは次のようなものが挙げられる.1発端者の遺伝学的検査により病因遺伝子変異が同定されれば,その 家族内血縁者の診断やフォローアップの必要性を決定することができる.また発端者の遺伝子診断が確定することで家族内スクリーニングを促進することが期待される.2肥大型心筋症類似の形態を呈する特定心筋症の鑑別に有用である.とくに疾患特異的治療の存在している特定心筋症を診断し治療介入に結び付ける意味は大きい.3肥大型心筋症患者の予後の推定に遺伝子診断が有用かもしれない.ただしこれまでの知見からは,同一遺伝子変異を有している患者でも異なる臨床経過をたどることが示されており,遺伝子変異から臨床病型を,また臨床病型から原因遺伝子を推定することは容易ではない.一方で最近の報告では,サルコメア遺伝子変異を有している肥大型心筋症患者は変異が同定されず家族歴もない患者よりも予後が不良であることが示されている272). 5 病態別評価 5.1 胸痛 胸痛は,運動時などの頻拍時に起きやすいが,安静時に胸痛が出現する場合もある.食事や飲酒で増悪することもある.冠動脈造影で有意狭窄のない症例でも胸痛は出現し,心肥大に伴う心筋酸素需要の増大に見合うだけの血流が供給されない相対的虚血や微小循環障害のために生じると考えられている. 5.2 心不全 5.2.1 心不全の病態 肥大型心筋症ではしばしば労作時息切れや呼吸困難などの心不全症状が出現する.多くの場合は左室拡張障害に伴う二次的な左房圧上昇に起因し,左室駆出率が保持された心不全(HFpEF)の病態を呈するが,閉塞性肥大型心筋症では心拍出量低下に基づく心不全症状がより顕著となる22, 33, 34).さらに,拡張相肥大型心筋症へ移行した場合には,左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)を呈し心不全死や突然死の頻度が高く,予後不良である23, 35).また,合併する頻脈性心房細動や心室頻拍は肥大型心筋症の血行動態を著しく悪化させ,心不全の増悪因子となる273).